神Sランクの無能召喚士~最弱無能だと追放されたが、どうやら僕は『アーティファクト』を召喚出来るという唯一無二のレアスキル持ちだった。さぁ反撃といこうか~

**

~ダンジョン・メインフロア~

 ダンジョンのフロアの出入口に設置されている転送サークル。これに乗ると一瞬でダンジョン内を移動をする事が出来る。

 取り残されたフロアから無事に戻ったアーサーは、彼にとってはもうお馴染みのダンジョン“受付嬢”である「リリア」と言葉を交わす。

「お帰りなさい。アーサー君」
「あ、リリアさん! お疲れ様です。(相変わらず強力な“アーティファクト”を装備しているな……)」

 ほぼ毎日のように彼女と顔を合わしているアーサーであったが、何度会っても彼はリリアのそのはち切れそうな豊満な“胸”に毎度必ず視線を奪われていた。

 ダンジョンの最も下のフロア――。

 ここはハンターがダンジョンに挑む為の全員の出入口であり、そんなハンター達が自由に休息や交流を行える場ともなっている。

 メインフロアの中央には新規のハンター登録やダンジョンで手に入れた魔鉱石やアーティファクトなどの換金といった全ての窓口となる“受付”があり、他にも簡単な飯屋や武器屋などの商会も完備されている場所。

「どうしたのかしら、アーサー君。なんだかいつもより元気そうに見えるけど。いい事でもあった?」

 アーサーに色っぽい声で話し掛けたのはここの受付嬢の1人でもある“リリア・エロイム”。

 長い髪を束ねている彼女は抜群のスタイルを強調するそのタイトな服装と目元のほくろが妖艶な大人の女の魅力をこれでもかと放ち、アーサーを含めた多くの男達の視線を日々奪っている。

「え、そうですか?」
「あら。もしかして女でも出来たのかしら」
「いやいや、いませんよそんな人……! 僕をからかうのは止めて下さいリリアさん」

 リリアは悪戯っぽい笑みを浮かべてアーサーをからかう。これもいつも通りだ。少し体を動かしただけで暴れる彼女の巨乳は、女性経験の無いアーサーにとっては毎回刺激が強すぎる。

「フフフ。やっぱり可愛いわねアーサー君は。っていうか、今日は君1人なの?」

 アーサーの事をよく知るリリアは直ぐにその変化に気付く。

「あ、実はですね――」

 上手く嘘も付けないアーサーはリリアを心配させてしまうと分かっていながらも、バットに裏切られた事の経緯を簡潔に説明した。するとリリアは予想通りバット達への怒りを露に。

「ちょっとあり得ないわねそれ。私が“上”に報告してあげるわ」
「い、いやッ、それは止めて下さいリリアさん! 僕もこうして無事に戻れたわけですし……!」
「そういう問題じゃないわ。一歩間違えれば死んでいたのかもしれないのよ? そんんなの絶対に許さないわ。しかも“私のアーサー君”にそんな仕打ちを」

 怒りが収まらない様子のリリア。一瞬“私のアーサー君”という言葉に引っ掛かったアーサーであったが、これ以上周りのハンター達から注目を集めたくない為必死にリリアをなだめる。

「本当に大丈夫ですからリリアさん! お気持ちは嬉しいですが、そんな事をしてまた逆恨みでもされたら面倒くさいので……」

 アーサーの言葉で徐々に冷静になっていくリリア。まだ不満そうな表情であったが、彼女はアーサーの気持ちを尊重するのだった。

「そう。まぁアーサー君が言うならそうね。私が出しゃばる事じゃないわ。でもまた何かあったら直ぐに教えてね。本当にアーサー君の事心配してるんだから」

 そう言いながら真剣な表情でグッとアーサーを見るリリア。

(いつもいつも、仕草や表情がいちいち“エロい”な――)

 不測の事態の一報を聞いたリリアが本気で心配しているのもかかわらず、健全ないち男の子であるアーサーはリリアの言葉よりもまず“視覚”からの凄まじい攻撃を冷静に処理するので頭が一杯であった。

 まぁアーサーがそうなるのも無理はない。
 リリアは他のハンター……多くの男達をいとも簡単に魅了してしまう程に美人だからだ。しかもアーサーよりも7個年上であるリリアは現在24歳。
 
 17歳のアーサー少年からすれば、リリアは男の子ならば誰もが1度は夢を見るであろう憧れの“綺麗な年上のお姉さん”なのだ。

 ある程度の免疫があって女性に慣れている男であったとしても、リリアのこの色気を受けて正気を保てる者はごく僅かであろう。

「ちょっと、聞いてるアーサー君?」
「あ、はい……! しっかり気を付けます!」

 リリアの何とも言えないボディに目を奪われていたアーサーは一瞬で我に返り、焦って返事を返した。

「何はともあれ、見た感じ傷はちょっと酷そうだけど、無事に帰って来てくれて良かったわ。でも万が一また今日みたいな事があった直ぐにウォッチで連絡を入れて。死にそうな時も直ぐに緊急連絡するのよ。分かった?」
「は、はい。分かりました!」
「それとこれも何度も言っているけど、絶対に無理して“上のフロア”にも挑んじゃダメよ。私との約束だけは守ってね」

 リリアの圧に押されたアーサーは小さく頷く。
 今回の事は然ることながら、「上のフロア」という件に関しては彼女が言っている事が正論だった。

 ハンターはそれぞれの強さに応じて“ランク”が分かれており、ハンター達が挑むダンジョンにも同様のランクが指定されている。これは幾年もの長い歴史の中でハンター達が築き上げてきたものであり、何よりもまずハンター達の“命”を第一優先に考えられた絶対的な規則でもあった。

 現在、ダンジョンは一番下のフロア1から上はフロア89まで攻略されており、ハンターは当たり前の如く上のフロアを目指す。ダンジョンは上に行くほど強くて危険なモンスターが出現するのと同時にランクの高いアーティファクトも入手出来る。

 強いアーティファクトが手に入れば更に上へ。しかし上に行くにはそれ相応の命の危険がつきまとう。己の限界を見極め、命を懸けて道を切り開くのがハンターという職なのだ。

 弱いハンターでは絶対に上には行けない。辿り着けない。

 今のアーサーは最下層と呼ばれるフロア4をクリアするのがギリギリの実力。
 ハンター1人1人の実力をしっかりと見定め、それ相応のダンジョンフロアにあてがうのもリリア達受付嬢の責任ある仕事でもあった。

 だからこそリリアは母親のようにアーサーを気に掛けてくれているのだ。

「アーサー君、ちゃんと分かったのかしら? 返事は」
「わ、分かりました! 以後気を付けます! いつもありがとうございます!」

 小さな頷きでは納得出来なかったのか、リリアはアーサーの顔を覗き込んでしっかりと言葉に出させた。

 こんな状況でも不意に視界に入った鋭いリリアの表情と主張の強い胸に、アーサーが理性を飛ばされそうになったのは言うまでもない。

(わぁ……今の角度も激しいエロさだったなリリアさん。しかもめちゃくちゃいい匂いする……)

 そんな事を思いながら、リリアに別れを告げたアーサーは全速力でダンジョンを出て家に向かって走った。

**

~家~

「ただいまー! エレイン、今日は久しぶりの外食に行くぞ!」
「お帰りお兄ちゃん。え、ガイ……ショク……? って、えぇぇッ!? それって家じゃなくて外に美味しものを食べに行くあの“外食”!?」
「勿論その外食だ。ついて来い妹よ!」
「嘘~! どこまでもお供します兄上!」

 ダンジョンを出てから止まる事なく猛烈ダッシュで家に帰ったアーサー。細かい説明はとにかく後。彼は開口一番にエレインにそれ告げると、流石は兄妹といったところだろうか、エレインは一瞬兄の言動にクエスチョンマークが浮かんだが細かい説明よりも本能が彼女に訴えかけた。

 “とにかくまず美味い飯だ”と――。

**

 ――ジュゥゥゥ。
「「お、美味しそう~」」

 兎にも角にも家を飛び出したアーサーとエレイン。

 普段の2人の生活はとても貧しい。まともに食料を買う事すらままならず、大半がアーサーが取ってくる食べれられる“草”の数々。

 初めは食べられる草と食べられない草の区別も分からず知識もなかったが、今となっては何気ない散歩中にも食べられる草は見逃さなくなっている。アーサーを雑草博士と呼んでも過言ではないだろう。

 アーサー達はタダで取れる食料でなんとか生活する事が出来ていた。
 自然への尊敬と感謝を常に抱いているアーサーだが、それでも今日の様な特別な日にはやはり幾らか贅沢したい。

「それでそれで? なんで急にこんな美味しい夕飯に辿り着けたのよお兄ちゃん!」
「焦るなエレイン。今は兎に角目の前の“肉”に集中するんだ!」
「そ、それもそうね。理由はちゃんと後で説明してよ。私も6日ぶりのまともなご飯に集中するわ!」

 近所のとある定食屋に赴いていたアーサー達。
 2人のテーブルの前にはそれぞれ320Gのポークチキン定食が1つずつ。更に今日は300G追加でスープとデザートを付けた。更に今のリルガーデン家からは想像も出来なかった550Gの小さなステーキを2人で1つ注文していた。

 2人で合計1,790G。

 1日の食費の平均が約450Gのアーサーとエレインにとってはまさに破格の晩餐。草以外のおかずが食卓に並んだだけでも歓喜する彼らにとって、お肉……それも贅沢な外食は最早超お祭り状態。

 十分な贅沢を噛み締めながら、アーサーとエレインは一心不乱に全ての料理を平らげたのだった。

**

「あ~、美味し過ぎた~。人生最後かも~」
「大袈裟だな。いや、それぐらい久々の外食だったから無理もないか」

 美味しい夕飯を食べた2人は満たされた満腹中枢と余韻に浸る。

「さて。それじゃあ今度は本当に理由を聞こうかな。まさか人生投げやりになって強盗でもしたんじゃないよね?」
「自分の兄貴をそんな風に思っているのか君は」
「ハハハ、冗談に決まってるじゃん。それで何があったの?」

 エレインに聞かれたアーサーはグイっと水を飲み干し、一呼吸の間を開けた後に唐突に言い放った。

「“体を売る”のは絶対に止めてくれ」
「ッ――!?」

 兄からの思いがけない一言に、エレインは一瞬息の仕方を忘れた。
「な、何よ急に……!」
「確かに僕達はお金に余裕のない貧乏暮らしだ。でもエレインがそんな犠牲になることはない」
「え? ちょっとお兄ちゃん。さっきからどういう意味……?」
「実はな、兄ちゃんこの間お前が男の人と話しているのを聞いてしまったんだ――」

**

 事の経緯は数日前。

 アーサーがいつもの日課であるダンジョン周回を終えて家に帰宅した時、エレインはウォッチで誰かと話していた。盗み聞きをしたかった訳ではない。しかし部屋は当然の如く狭く、会話の邪魔をしてはいけないと思ったアーサーは少し玄関に座っていた。

 最初はアカデミーの友達と話しているんだろうと気にも留めていなかったアーサーだが、次の瞬間エレインから放たれた「体の関係は初めて」というワードに体がビクついた。

 正確に聞き取れた訳ではないから聞き間違いかもしれない。
 でもその後も話が気になったアーサーはいつの間にかエレインの会話に聞き耳を立てていた。

 そして、エレインから聞き取れた“体の関係は初めて”、“手は繋ぐだけ”、“延長は追加”、“お金は前払い”というワードを収集したアーサーはここから1つの答えを導き出した。

 妹が体を犠牲にしてお金を稼いでいると――。

「全ッッ然違います!」
「え!? そうなのか?」

 しかし、アーサーの名推理はどうやら間違っていた模様。

「妹とはいえ女の会話を盗み聞くなんてお兄ちゃん最低!」
「い、いや、別に聞くつもりはなかったんだ……! その事は本当にごめん! でも僕は妹がまた危ない方向に進んでいるなら助けないとと思ってだな……」
「もう。勘違いだい逆よお兄ちゃん。アカデミーの子が私みたいに野良ハンターのヤバい仕事をしそうだからって、相談を聞いていただけなのよ」

 思いがけない話の答えにアーサーは目を見開かせている。
 自分の妹が体を犠牲にしている訳ではないと分かった安心感と、あの時の会話は何だったのかという疑問が諸に表情に出ていた。

 それを見たエレインが補足するようにアーサーに告げる。

「あのねぇ、何をどう聞いたのか知らないけど、アカデミーの子が男の人と出掛けるだけでいっぱいお金を貰えるって言ってたから、友達がそれを聞いて不審に思って私に相談してきたのよ。

それでよくよく話を聞いてみれば、その子は男の人と出掛ける前に“男性経験はあるかないか”、“体の関係は初めてかそうじゃないか”、“どこまでの行動がOKか”……みたいなものを確認されたらしいの。
だからそんなの絶対危ないから止めた方がいいって言ってあげただけ。

どう? これで納得してもらえましたか? 盗み聞きの変態兄上よ――」

 完全論破されたアーサーはぐうの音も出なかった。

 ただただ申し訳なさそうにエレインを見つめている。

 今の彼は入れる穴があったら速やかに入るだろう。

「おーい。聞こえてますかお兄ちゃん」
「ん……。あ、お、おうッ……! 勿論だ! 美味かったな、久々の肉は!」
「話を変えるな。もう絶対そんな事言い出さないでよね」

 ギッと鋭い視線でエレインに念を押されたアーサーはおろおろと戸惑いながらも、この流れを一撃で逆転させる“本題”を思い出したのだった。

「そ、そうだエレインッ! 今日僕達がこうして肉を食べられたのは、他でもないこれのお陰である! とくと見よ!」

 自信満々に言い放ったアーサーはその勢いのまま自分のウォッチをエレインに見せつける。だがハンターのステータスを全く見慣れていないエレインは、兄が成し遂げた偉大な功績になかなか気が付かない。

 ウォッチのステータスを眺める事数十秒。
 突如ハッと恐怖映像でも見たかの如く驚いたエレイン。彼女は驚きの余り目を見開き手を口に当てている。

「お、お兄ちゃん、それ……」
「フッフッフッフッ。遂に気が付いたか我が妹よ」

 驚くエレインの反応を見たアーサーは何とも言えないドヤ顔を浮かべて勝ち誇る。まだ見ても良いぞと言わんばかりに、アーサーは更にエレインの顔にウォッチを近づけた。

「お兄ちゃん、めっちゃ能力値低くない? 激弱ステータスじゃん」
「ぐばふぉッ……!」

 エレインのまさかの着地点に、アーサーは撃たれたようにテーブルに倒れ込んだ。

「違う! いや、正確には違わないけど、言いたいのはそこじゃない」
「え、違うの? 私アーティファクトの種類とかよく分からないんだけど」

 アーサーとは対照的に、ハンターではない妹のエレインはそもそもハンター事情に疎い。ランクの高いアーティファクトがとても高価である事ぐらいしか知らないのだ。

「それもそうか。兄ちゃんが勝手に盛り上がってしまったな。だったらエレインにも分かるように伝えてあげよう。例えアーティファクトに詳しくなかったとしても、この『ゴブリンアーマー(D):Lv1』の価値は分かるだろう!」

 そう言いながら、アーサーは自慢げにアーティファクトをエレインに見せつけた。

「ゴブリンアーマーって……テレビでも流れてるあの有名なやつ? モンスターネームだっけ……? って嘘、ちょっと待って。それって凄い高いんじゃないの!?」

 アーティファクトに詳しくないエレインでもその名に聞き覚えがあった。その値段の高さも。モンスターの名が入った最上物であるモンスターネームは一般の人達にも多く知られている有名なアーティファクトだから。

「ああ。だから今日はこんなに奮発したのさ」
「凄ッ! え、待って待って待って。確かこのゴブリンアーティファクトって全部揃えたら数十万とかするやつだよね? って事は単純にこれ1つでも100,000G以上とかしちゃう訳!? やっば。これなら毎日このポークチキン定食が食べられるじゃん……。しかもスープとデザート付きで……」

 最近の貧乏生活の反動だろうか。エレインはそう話しながら涎を垂らす。アーサーは今にもウォッチにかぶりつきそうな我が妹を何とか静止して話を続ける。

「お、落ち着けエレイン。兄ちゃんもまだ興奮してるが重要な話はここからだ。いいか? ひとまずこれで兄ちゃんはハンターとして突如お金を工面出来るようになったかもしれない。だから結果兄ちゃんの勘違いだったけど、今後絶対に怪しい仕事はしないでくれ。お前に心配掛けないぐらい僕が稼ぐから」

 アーサーは何よりまず自分の思いを伝えると、それを聞いたエレインは頷いて「ありがとう、お兄ちゃん」と柔らかい笑顔で言った。

 こうして、何十日かぶりにお腹も気持ちも満たされた2人は家に帰って眠りについたのだった――。

♢♦♢

~ダンジョン・メインフロア~

 贅沢な晩餐から一夜明け、アカデミーが休みのアーサーは早朝からダンジョンに足を運んでいた。勿論ハンターとして、そして新たに覚醒した自分のスキルをもっとよく知り理解する為。そしてそして、最も重要な生活費を稼ぐ為だ。

「あら。おはようアーサー君。今日も可愛いお顔ね」
「リリアさん、おはようございます! (今日もセクシー全開だ)」

 アーサーは挨拶がてら、流れるようにリリアの乳を見る。

「そっか。今日はアカデミー休みだからこんなに早いのね。いつもと同じフロアの周回でいいかしら?」
「はい。それでお願いします。今日は頑張って1日中周回しまくろうと思ってます!」
「分かったわ。元気なのはいいけど無理はしない様に。何かあったら直ぐに連絡ね」

 リリアはウォッチを指差しながらアーサーに言った。昨日の事に念を押すかのように。
 
 受付での手続きが終わったアーサーは、スタート地点となるフロア1へのサークルに入った。
~ダンジョン・フロア1~

 現在、ダンジョンは数多のハンター達が何十年という歳月と労力を積み重ねた結果、人類はつい先日“フロア90”まで辿り着いたのだ。だがまだ誰にも知る由はない。この未知のダンジョンがどこまで続いているのかを。

 このフロア90の到達は国中……いや、世界中で瞬く間にニュースとなり、アーサー自身もこの事実に胸を踊らせた。

 だが、彼にとっては別次元のお話。
 毎日命を落とさぬよう、地に足を着け、ギルドメンバーに迷惑を掛けないようにハンター活動をしていたアーサーにとってはフロア90など一生手が届かない。そもそも考えた事もなかった。
 
 そう。昨日までは――。

「よし。今日は一番下のフロアを周回でもして“魔鉱石”を集めよう。ギルドを追放された今、僕は1人となってしまった……。いくら新しいスキルを手にしたからと言っても、上のフロア強いモンスターと遭遇したら絶対に死ぬ」

 冷静にそう判断していたアーサーは早速魔鉱石を集める為にフロアを進んで行く。魔鉱石はモンスターから取れる素材であり、アーティファクト同様に取引が出来るのでお金に換金する事が出来る。

「1人だとめちゃくちゃ心細いな……。でもやるしかない。まずは召喚から。日付が変わってリセットされてるから、出来る所まで一気に召喚してみるか」

 独り呟くアーサーは昨日と同じように召喚。ハンターが装備出来るアーティファクト数は全部で5つ。既に『良質な剣(D):Lv1』と『ゴブリンアーマー(D):Lv1』を装備していたアーサーは残りのスロットを埋める為に3回の召喚を使った。


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アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(7/10)
・ランクアップ召喚(3/3)
・スキルP:0

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:『スライムのヘアバンド(E):Lv9』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv1』
・スロット4:『スライムの手袋(E):Lv9』
・スロット5:『スライムの靴下(E):Lv9』

【能力値】
・ATK:15『+159』
・DEF:18『+70』
・SPD:21『+9』
・MP:25『+9』

====================


「やっぱDランクアーティファクトの能力値は凄いな。EランクのレベルMAXと比べても段違い」

 改めてDランクアーティファクトの強さを実感するアーサー。そして……。

「さてと……。それじゃあやってみようか!」

 気合いを入れたアーサー。
 『スライムのヘアバンド(E):Lv9』『スライムの手袋(E):Lv9』『スライムの靴下(E):Lv9』の3つにそれぞれランクアップ召喚を使用する。

「ランクアップ召喚!」
『ランクアップ召喚を使用しました。『スライムのヘアバンド(E):Lv9』が『ゴブリンの帽子(D):Lv1』にランクアップしました』

『ランクアップ召喚を使用しました。『スライムの手袋(E):Lv9』が『ゴブリンのグローブ(D):Lv1』にランクアップしました』

『ランクアップ召喚を使用しました。『スライムの靴下(E):Lv9』が『ゴブリンの草履(D):Lv1』にランクアップしました』

 静かに鳴り響いた無機質の祝福。
 前代未聞の展開にアーサーが叫ぶ。

「よっしゃああああああ! 僕のスキル覚醒は夢じゃなかった! よしよしよーーーーしッ!」

 全ての装備がDランクアーティファクト――それも最上物であるゴブリンのネームの入ったアーティファクトを召喚する事に成功したアーサーは何度もガッツポーズを繰り出す。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(4/10)
・ランクアップ召喚(0/3)
・スキルP:0

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:『ゴブリンの帽子(D):Lv1』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv1』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv1』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv1』

【能力値】
・ATK:15『+220』
・DEF:18『+70』
・SPD:21『+70』
・MP:25『+70』

====================


「いける――! これなら1人でもダンジョンに挑めるぞ……!」

 希望、そして新たな力を手に入れたアーサーは本格的に動き出した。
 剣を構え、軽い足取りでフロアを突き進んで行く。

(体が軽い。これがDランクアーティファクトの力か)

 まるで水を得た魚の如く生き生きとしているアーサーは早速モンスターと遭遇。

 スライム、スライム、スライム、ゴブリン、スライム、ゴブリン、ゴブリン。

「はあッ!」
『グギャ!』
「凄過ぎるぞDランク! 自分じゃないみたいだ」

 これまでは最弱ランクのスライムやゴブリンを倒すのにも傷だらけで苦戦をしていたアーサー。しかし、Dランクアーティファクトの力を手に入れた彼は苦戦するどころか早くも1人でフロア4まで到達していた。

 それもまだまだ本気の力ではない。

 その後も順調にフロアを登って行ったアーサーはこの日、自身最高記録である33個の魔鉱石を集めた。このフロアの魔鉱石は1個あたり300Gで換金される。つまり破格の9,900Gを稼ぎ出す事に成功したのだ。

 初めに言っておくが、この稼ぎはハンターとしてあり得ない程に低い。だがアーサーにとって、それも1人で稼いだ事を踏まえると間違いなく破格の稼ぎであった。

「あり得ない事態だ。まさかこんなに稼げるなんて。しかもいつもは傷だらけなのに、ほぼダメージを受けていない。それに1人だし」

 自分の体を確かめながら喜ぶアーサー。
 早朝からダンジョンに籠り、快調にフロアを進んでいたが気が付けば時間はもう夕飯時。とりあえず今日はもう帰ろうと考えたアーサーは、最後に残りの召喚を使ってアーティファクトのレベル上げをしたのだった。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(0/10)
・ランクアップ召喚(0/3)
・スキルP:0

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:『ゴブリンの帽子(D):Lv1』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv3』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv2』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv2』

【能力値】
・ATK:15『+230』
・DEF:18『+90』
・SPD:21『+80』
・MP:25『+70』

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「今日はこれで終わりだな」

 1日の可能な召喚を全て使い切ったアーサーは更に能力値が上昇した。そしてアーサーは帰る為に転移サークルに乗ってメインフロアへと戻る。

(これからは1人でもハンターとしてやっていける。今まで散々我慢してきたんだ……もう1回ぐらい“贅沢”してもいいよね――?)

 何かを思いついたのだろうか。
 決意を固めた表情のアーサーはいつもの流れで、魔鉱石を換金してもらう為に受付嬢のリリアの元へと向かうのだった。


**

~ダンジョン・メインフロア~

「あら、お帰りアーサー君。今日は私を困らせなかったわね。偉いわ、ご褒美よ」
「わッ! リ、リリアさん!?」

 ――むぎゅ。
 受付に戻った瞬間、アーサー少年はリリアの大谷間へ吸い込まれた。勿論突然の事に焦ったアーサー少年であったが、彼はどこか懐かしさを感じるその感触に、自然と身も心もリリアに委ねたのだった。

(うっそ、なにこれ。アーサー君可愛すぎるんだけど~。お姉さん興奮しちゃうじゃなぁい)

 そう。
 アーサー少年はまだ知る由もない。
 彼女リリア・エロイムが無類の“可愛いもの好き”だという事を。そして彼女が根っからの“チェリーボーイキラー”だという事を。アーサー少年はまだ知る由もなかったのだ――。

「あぁぁ、このまま食べちゃいたい……」
「リリアさん! そろそろ離してもらいたいんですけど! (正直永久にこのままでも構わないんだが、なんか周りから突き刺さる様な視線が……)」
「え? あ、あらヤダ。ごめんなさい、私ったら」

 理性を抑えられずに手を出しそうになってしまったリリア。思わず心の声が漏れたが、幸い周りの視線に気を取られていたアーサー少年には聞こえなかった様だ。

「いえいえ。それよりリリアさん、今日の収穫分を換金してもらいたいんですけど」
「ええ、分かったわ。今日は何個魔鉱石取れたのかしら?」

 そう言われたアーサーは少しバツが悪そうに『ゴブリンの帽子(D):Lv1』を取り出す。

(もう1回だけ……。今まで苦労してきた分、これでもう1回だけエレインと美味い飯を食べたい)

 アーサーは慣れた手つきで魔鉱石を受付のカウンターに置く。更に自然に『ゴブリンの帽子』も。

「凄いじゃないアーサー君、今日はこんなに魔鉱石取れ……ッ!?!?」

 次の瞬間、この場に存在する事があり得ないアーティファクト『ゴブリンの帽子』を見たリリアは目を見開き言葉を失う。

 そして。

 ダンジョン中に響き渡る大発狂を奏でたのだった。

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
「ちょ、ちょっとリリアさん!」

 リリアの凄い発狂で周りの者達の視線が自ずと彼らに集中した。ハッと我に返ったリリアは適当に愛想笑いで誤魔化し、周囲の視線をなんとか散らせた。

「ア、アーサー君! これどうしたの! 何で貴方がこんな物持っているの!?」

 驚きを隠せないリリアは小声ながらもアーサーを問い詰める。まるで「盗んだ訳じゃないわよね?」とでも言いたそうな懐疑な視線を向けていた。この緊迫する中ですら彼女にエロさを感じてしまっているアーサーは一旦置いておこう。

「あの、先に言っておきますけど僕は絶対盗んだりしていませんからね! 絶対にしませんよそんな事!」
「いや……。まぁアーサー君ならそんな事しないなぁと思ってはいるけど、じゃあコレ一体どうしたのよ? Dランクの、しかもモンスターネームのアーティファクトなんて“フロア20以上”じゃないと手に入らないわ」

 そう。これはまさしくリリアの言う通り。
 Dランクアーティファクトである『ゴブリンの帽子』はアーサーが周回しているフロアでは絶対に手にする事が出来ない代物。しかもアーサーの実力までしかと把握していた彼女が疑ってしまうのも無理はなかった。アーサーはそんな疑いを解消しようとリリアに事の経緯を伝えたのだった。

「リリアさん。これ言っていいのか分からないんですけど……実は――」

**

 アーサーの説明で納得したリリアは大きく頷いた。

「成程、そう言う事ね。分かったわ。でも……本当にそんな事が出来るなんて驚きね。受付の私達には色んな情報が集まるけど、アーサー君みたいなスキルは聞いた事がないわ」
「僕も正直あまり実感がないと言いますか、まだ手探りの状態なので今以上の事は分からないんですけどね」

 そこまで話すと、リリアは急に口角を上げてアーサーの腕に絡みつく。

「え、リリアさん……!?」
「アーサー君。今の話は一先ず私と貴方だけの秘密にしておかない?」
「秘密にですか?」
「そうよ。だってこんな話を皆にしたら絶対に狙われちゃうわ。危ないハンターとか怪しい裏稼業をしている連中にね。折角アーサー君が自分で稼げるようになったのに、そんな目に遭ってもいいのかしら」

 これまたリリアの言う通り。
 確かにアーサーのスキルは他に全く情報が無い上に、聞く人が聞けば強引にでも奪う者達がいてもおかしくない。

 リリアの助言で改めて身の危険を感じたアーサーは無駄に周りに伝えるのは良くないだろうと彼女の提案を受け入れる。寧ろ親切にしてくれる彼女に頭が上がらないアーサーだった。

(もぅ~。本当になんなのよこの子。ただ美味しそうなチェリーなだけじゃなく、そんな凄いスキルを持っていたなんて……。
これは絶対に他の女には奪わせない。アーサー君。貴方は必ず私が頂くわ)

 アーサーは当然リリアの本性に気が付く訳がなかった。
 彼はこの日、ある意味最も危険なハンターに完全にロックオンされたのかもしれない――。

「ありがとうございますリリアさん。それでこの『ゴブリンの帽子』はいくらになりそうですか?」
「ああ、そうだったわね。直ぐに調べるわ」

 リリアは受付に設置されているモニターで換金の処理を行う。

「とりあえずこっちの魔鉱石が33個で9,900G。それでこっちのアーティファクトがえ~と……Lv1だから17,664Gよ。合計で27,564Gね。凄いじゃないアーサー君!」

 金額を聞いたアーサーは耳を疑う。これまでの彼からすると大事件の金額だったから。

「嘘……2万越え? よっしゃぁぁ!」

 アーサーはガッツポーズで喜びを露にする。昨日までの疑心が確信に変わったのだ。これまでの苦労がやっと報われる時が来た。これでやっとハンターとしてそれなりの稼ぎを得られる様になった。

「フフフ。良かったわねアーサー君。これが換金分のお金よ、どうぞ」
「よしよしよーし! 
(やったぞエレイン。昨日の事は夢じゃなかった! これから兄ちゃんはもっと稼ぐ。だから今日だけ最後にもう1度美味しいものを食べに行こう!)」

 アーサーは今日エレインと再び美味しい物を食べようと『ゴブリンの帽子』を持ち帰ったのだ。新たなスキルを習得したからといって浮かれている訳ではない。ただこれまで苦労した分、ほんの数回だけ妹と共に贅沢をしたかっただけ。

 早くこの事をエレインに話そうと、カウンターにあるお金をしまうアーサー。だがそこである事に気が付く。

「あれ? 換金額って確か27,000Gぐらいでしたよね? なんか少し多い気が……」
「ああ、それは私からのご・ほ・う・び。 稼げるハンターになったお祝いよ」
「え! いいんですか!?」
「ええ。その代わり、これからも何かあったら先ずは私に相談してね」
「分かりました! ありがとうございますリリアさん!」

 元気にそう返事を返したアーサーは、リリアからのお祝い金10,000Gを追加した37,564Gを受け取ってダンジョンを後にしたのだった。

(あぁ~堪らない。直ぐにでも食べたいぐらいそそられちゃう)

 リリアの獲物を狙う視線に気が付く事もなく――。 

♢♦♢

~近所の料理屋~

「ねぇ、嘘でしょお兄ちゃん……。本当にこれ全部食べていいの……?」
「ああ。勿論だ妹よ。好きなだけ食べるが良い」

 口の中が唾液で溢れるアーサーとエレインの目の前には、様々な食べ物と飲み物がテーブル一杯に並んでいる。

「凄ーい! 私バイキングなんて初めて!」
「正確にはお父さんがまだ生きていた頃に1度だけ経験しているぞ。兄ちゃんもまだ小さかったから鮮明には覚えていないけど」
「信じられない。まさか2日連続でこんなご馳走を食せるなんて……。ひょっとして私もう死んでるとか? ここは夢の中? そうじゃなきゃあり得ないよこんなの!」
「大丈夫だ。お前はしっかり生きている。さぁ、死ぬほど食べるぞ!」

 ハンターとして初めてまともに稼ぐことが出来たアーサー。その可能性はこれからもどんどん広がっていくだろう。贅沢するのも一旦今日で最後。ダンジョンでは僅かな油断が命取りになってしまうと身をもって理解しているアーサーには油断はない。

 明日からまた気を引き締めてダンジョンに挑む為にも、今日のバイキングはアーサーにとっての特別な決意表明の意味もあった。

「「いただきまーす!!」」

 幸せを噛み締めながら更に美味しい料理を噛み締めるアーサーとエレインは幸福の頂点に達するのだった。

 そして。

 一生分の幸福を得たであろう2人の前に、突如その者は現れた――。

「あれ。お前アーサーじゃねぇか」

 突如聞こえた声に全身が反応する。
 噓であってほしい。間違いであってほしい。アーサーの本能がそう訴えかけていた。

(何でよりによって今なんだ……)

 バイキングの味を全て忘れてしまうぐらいの嫌悪感に襲われるアーサーはゆっくりと声のした方を向く。

 するとそこにはアーサーにとって忘れる事など出来ない、ギルド『黒の終焉』のマスターであるバット・エディングがそこにいた――。

「バット……」

 アーサーにとって最も見たくない顔、聞きたくない声の主がそこにはいた。

「おいおい、お前みたいなクソ底辺ハンターがこんな店で何やってんだよ!」

 店や周囲の他の客などへの配慮は微塵もなし。開口一番からアーサーを蔑む罵声が店内に響き渡った。

「関係ないだろ。料理屋なんだからただご飯を食べているだけだ」

 バットと目も合わせずに淡々と答えたアーサー。だがそんな彼の態度がバットの癇に障ったようだ。

「あぁ? お前如きが何偉そうな態度取ってんだボケッ!」

 バットは再び暴言を吐くと同時に不快感を表情一杯に出す。更にアーサーとエレインが食事しているテーブルをガンッと強く蹴った。

「ちょ、ちょっと、何ですか急に!? やめて下さい!」
「関わるなエレイン。放っておけ」
「いつまでもふざけた態度取ってんじゃねぇぞ無能のアーサー君。お前何様のつもりッ……「早く行きましょう――」

 今にも暴れ出しそうなバットの言葉を遮った1つの声。
 その声は荒立つバットは真逆の透き通るような綺麗な声だった。

 場にいたアーサーとエレイン、それにバットと一緒にいた『黒の終焉』メンバー数人も一斉にその声の方向へと振り向く。

「なんだよ“シェリル”。まさかコイツの肩を持つ気か?」

 綺麗なのは声だけではない。
 艶のある美しい銀色の髪を靡かせ、男女関係なく見る者達の視線を簡単に奪うであろう端正な顔立ち。加えて上品さと凛々しさまでをも醸し出す“少女”は国中――いや、世界中で有名なハンター。

 アーサーが最も憧れを抱く“勇者”の姿がそこにあった。

「いいえ。こんなのは時間の無駄だと思っているだけです」

 世界一美しいハンター。またの名を“白銀のシェリル”――。
 淡々と冷静に言葉を返すシェリルによって、場の空気は一変。彼女の登場で場がしらけたと言わんばかりに溜息をついたバットは最後に舌打ちを吐き捨てそのまま店を出て行くと、それに伴って他のメンバー達もバットの後を追って次々に店を出て行くのだった。

「失礼しました」

 銀髪の少女、シェリルだけが去る直前にアーサーに一言だけそう告げると、彼女もまたそのまま静かに店を後にしてしまった。

「綺麗……」

 シェリルの美しさに思わず同性のエレインも目を奪われていた。

(白銀のシェリル……。そういえば『黒の終焉』にいた時も1度も彼女と話す機会がなかったな。向こうは僕の事を認識してくれているのだろうか……? というか助けてくれた……んだよね今)

 アーサーはそんな疑問を抱きながら、シェリルが去った場所をじっと見つめていた。

「って、何なのよあの人達。お兄ちゃん大丈夫? それよりさっきの本物のシェリルだよね!? やばくない!? めちゃくちゃ綺麗だし生で見ちゃった! っていうかお兄ちゃん知り合いなの? あのシェリルと? どういう世界線なのこれ」

 運が良くか悪くか。
 エレインは見ず知らずのバット達の態度より、有名なシェリルに気持ちを持っていかれていたようだ。

 アーサーにとってはラッキー。妹に余計な心配を掛けたくない。そう思っていた彼はそのまま適当な言葉でエレインに話を合わせてそのまま上手い具合に話題を切り替える。折角の楽しい時間を潰されたくない。

 それにいくらギルドから追放されたといえ、アーサーがバットと会うのは“何時もの事”。何故ならアーサーとバット達は同じアカデミーに通っている同期生なのだから。バットの事など微塵も考えたくはなかったが、アーサーは彼がこのまま大人しくしているかどうか一抹の不安が残った。

(何だかんだ、奴と出会ってもう1年は経つのか――)

♢♦♢

~イーストリバーアカデミー~

 1年前――。
 アーサーはイーストリバーアカデミーに108期生として入学。

「俺の名前はバット・エディング。宜しくな」
「アーサー・リルガーデン。こちらこそ宜しく」

 これがアーサーとバットの出会い。
 入学の初日に多くの者達が自然と交わすであろう最初のコミュニケーション。そしてここからどんな方向に話が広がるかは、どちらかの何気ない一言によって決まる。

 アーサーとバットにとってのそれは、ハンターの話となった。

「お前もハンター登録してるのか?」
「ああ、まぁね。登録してるって言ってもつい昨日の話なんだけど」
「そうなのか。何かいいスキル手に入れた?」
「いいスキルかどうか分からないけど、一応『召喚士』というやつを」
「へぇ~。(召喚士って確かモンスターを出せるスキルだったな。しかもまだ人数が少ない珍しいスキル。どっかのギルドでこの召喚士はかなり使えるとか言っていたから、まぁとりあえずキープしておくか)」

 バットは一瞬だけニヤリと不敵な笑みを浮かべると、心なしか愛想が良くなったような表情に。そしてバットはアーサーを自分のギルドへと勧誘する。

「勿論これからハンターとしてやっていくんだよな? だったら俺のギルドに入らねぇか? 仲間探してるんだ」

 アーサーは思いがけない勧誘を受けて素直に嬉しかった。
 しかもゆくゆくバットの話を聞いてみると、彼はこの国で最も有名なあの『エディング装備商会』の御曹司だった。

 もう100年近くも前の話。
 突如世界にダンジョンとアーティファクトが出現したばかりの頃、真っ先にハンターの手助けになろうと思い立ったバットの祖父が立ち上げたのが今のエディング装備商会である。

 エディング装備商会は立ち上げからハンター達の心強いバックアップとして成り立ち、一気に商会としても利益を生み出し瞬く間に大商会となった。

 バットはこのエディング装備商会の御曹司であり、自らもハンター活動をしている。同じ歳、同じハンターであるアーサーとバットであったが、2人には到底埋める事の出来ない圧倒的な“財力”という差が存在していた――。

 バットがマスターを務める『黒の終焉』は新設されてまだ日が浅いにもかかわらず、その財力で手に入れた優秀なハンター達の力で自他共に認める程勢いあるギルドとなっていた。

 言い方を変えれば金の力。

 スキルとアーティファクトの強さが物を言うダンジョンで、バットは新米ハンターながらに全ての装備がCランクアーティファクトで揃えられていた。それもCランクの中で最上物――モンスターネームが入った“オーガ”のアーティファクトだ。

 オーガアーティファクトのフル装備は金額にすれば優に30,000,000Gを超える値段。更にバットのスキルは『騎士』というハンターの中でも1,2を争う当たりスキル。

 後に最弱無能と分かるアーサーの召喚士とは違い、騎士は基礎能力値が初めから高く習得するスキルも強い。その上スキルのレベルを上げればそこから更に能力値も上昇していくという贅沢三昧スキル。

 実力がない人間でも簡単にある程度の強さを手に入れられる超当たりスキル+金の力でバットはハンターとして既にフロア40まで上り詰めていた。

「僕なんかが君のギルドに入っていいのかな……」
「当然だろ。召喚士は貴重な戦力だ。兎に角まずは参加してみろって」

 こうして、アーサーはバット率いる『黒の終焉』に入った。
 アーサーは初めてのギルドに胸を踊らせたが、そんな彼の心を更に奪ったのは美しき白銀の少女の存在。

 その名も“シェリル・ローライン”。

 銀色の髪を靡かせた彼女はその見た目も然ることながら、ハンターとして“その世代に1人しか生まれない”と謳われる『勇者』のスキルを手にした本物の選ばれし人間。そして彼女のその実力は既に世界中のハンターから認められている。

 若くして英雄と称えられる白銀の少女は、他ならないアーサー・リルガーデンがハンターを目指すきっかけともなった憧れの存在であった――。

 だがしかし。

 アーサーが黒の終焉に入った半年後……。



「お前使えないからもうクビな。追放――」



 アーサー・リルガーデンは追放されるのだった。

「え?」

♢♦♢

~イーストリバーアカデミー~

 アーサーとエレインが夢のバイキングを経験した翌日。
 通い慣れた道を歩き、多くの若者達がアカデミーへと向かって行く。当たり前の日常の光景だ。

 真っ青な快晴な空を見上げ、アーサーはアカデミーよりも早くダンジョンに行きたいなと思いながら歩いていた。学年が1つ違うエレインと別れを済ませたアーサーは自分のクラスに向かう。するとそこにはまさかの連日のバットの姿が。
 
 アーサーに気が付いたバットは他の生徒には一切目もくれず、そのまま真っ直ぐアーサーに近づく。

(うわ、またコイツかよ。朝から何なんだ)

 バットの姿が視界に入った瞬間、自然と全身から嫌悪感が溢れ出たアーサー。同じクラスの為ほぼ毎日顔は合わせていたが、追放されてからはまともに話す事なんてなかった。しかしそんなアーサーとは対照的になにやら機嫌でもいいのか、バットは笑いながら声を掛けてきたのだった。

「おう、アーサー。昨日ぶりだな」
「……何か用?」

 アーサーは明らかに嫌そうな態度で返事を返す。こんな態度を取れば、短気で傲慢でプライドの高いバットは昨日の様に高圧的な態度を取るだろう。

 そんな事は百も承知のアーサーであったが、やはり彼の前では作り笑いの1つもしたくない。また面倒くさい絡みをしてくるのだろうとアーサーは思ったが、バットの行動は予想外のものだった。

「クックックッ。また妹と楽しく飯食えるといいな、ひもじい貧乏人」

 不敵な笑みでそれだけ言ったバットは直ぐに自分の席に戻って行った。

「それだけ……?」

 席に戻ったバットはいつもの仲間連中とアーサーの方を見てニヤニヤと笑っている。その光景を訝しく思いながらアーサーが自分の席に向かうと、そこでバット達の“低レベル”な所業に気が付く。

(おいおい、マジか)

 自分の席の机に視線を落として固まるアーサー。それを見たバット達は更にゲラゲラと笑い出している。

 机の上には1枚の紙。そしてそこには黒い文字で紙一杯に“死ね”、“ボケカス”、“貧乏人”などのなんとも語彙力のない悪口が書けるだけ書いてあった。

 怒りを通り越して呆れるアーサー。
 ダルそうに溜息を付きながら紙を捨てようとしたが、何気なく裏返した紙の反対側を見たアーサーは呆れを通り越して怒りが沸点に達した。

「――!?」

 そこに写されてたもの。
 それは何時かエレインが野良ハンターの仕事を無自覚に受けてしまっていた時の、心無い男達に襲われてしまった瞬間が写し出されていた。

「ギャーハッハッハッハッ! お前の妹は誰とでも寝るクソビッチらしいな! 今度俺が買ってやるよ! いくらだ貧乏人!」

 バット達の下衆な笑い声と発言に怒るアーサー。

 何故こんなものが?
 この写真を何処でどうやって手に入れた?
 あれはバットが絡んでいたのか?

 アーサーの頭には一瞬であらゆる憶測が駆け巡る。そしてそれとほぼ同時、反射的に体が動き出していたアーサーは乱雑に紙をグシャグシャに丸めてバットに詰め寄った。

「おい、バット! 僕の事は別に構わない。だがエレインの事を言うのは絶対に許さないぞ!」

 クラス中にアーサーの怒号が響き、彼は怒る感情のままバットの胸ぐらを掴んだ。

「触るんじゃねぇよ。離せコラ! お前誰に向かって盾突いてんだよ。しかもそれだけキレるって事はやっぱりお前の妹は簡単に股開く尻軽みてぇだな! ハッハッハッ!」
「いい加減にしろ! そんな事する訳ないだろうが!」
「なぁに、恥ずかしがる事はねぇさ。そりゃ誰だって毎日雑草ばっか食う人生なんてみっともなくて嫌だもんな。体売れば簡単に金稼げるんだからお前の妹は賢いぜ!」

 次の瞬間、アーサーは無意識に握り締めた拳をバットの顔面に向け放っていた。だがギリギリの所で反応したバットがアーサーの拳を躱し、逆に体勢を崩して隙が生まれたアーサーは勢いよくバットに殴り飛ばされてしまった。

「がッ!?」
「調子こいてんじゃねぇぞクソ! 三流の無能召喚士如きが馴れ馴れしく俺に触れるんじゃねぇッ!」

 アーサーとバットの力の差は歴然。装備しているアーティファクトの効果はなにもダンジョンにいる時だけではない。ウォッチに登録してあれば日常生活でも同等の効果を受けられる。つまり全ての装備をCランクのオーガアーティファクトで揃えているバット相手に、最近やっとDランクを手に入れたアーサー如きが当然勝てる筈もないのだ。

「いいなぁ~。確かアーサーの妹ってめちゃ可愛いんだよな!」
「そうなのか? それ最高じゃん。俺もヤりたい」
「だったら黒の終焉専属のビッチにでなってもらうか!」
「「ギャハハハハッ!」」

 バットの周りの取り巻き達も加わり、皆で過剰にアーサーを挑発する。

「ふざけるなぁぁぁぁ!」

 立ち上がったアーサーは再び殴りかかったが結果は同じ。追放された日の再現と言わんばかりに、殴られたアーサーの鼻からは血が滴り落ちていた。

「ちくしょう……ちくしょう……ちくしょうッ……!」

 自分の無力さに涙が零れるアーサー。自分のせいでエレインまで馬鹿にされるのが悔しくて苛立つ。歯を食いしばって爪が食い込む程拳を握り締める事しか出来ない。

「ここまで無様な姿を晒されると流石に引くな。なんか一気に醒めたわ」

 バットがそんな事を口にした瞬間、クラスの扉が開いてアカデミーの教官が入ってきた。そしてそれが合図と言わんばかりにクラスの者達も皆自分の席へ。

 何事もなかったかの様に席に着く者達。
 バツが悪そうにアーサーを見つめる者達。
 ヘラヘラと笑みを浮かべるバットと連れ達。

 クラスの他の人達は何も悪くない。全ての元凶はバット達のせい。力の無い自分のせいだ。アーサーは今にも爆発しそうな怒りを懸命に自分のエネルギーに変えようとする。

 全てはダンジョンで発散する為。

 全ては己が強くなる為。

 全ては生活に困らない程の大金を稼ぐ為。

 そして。

 全ては何時か“バットを思い切りぶっ飛ばす為”に――。 

**

~ダンジョン・メインフロア~

 アーサーはアカデミーが終わって直ぐにダンジョンへと足を運んだ。日中ずっと怒りを堪えてやっと今日という長い1日が終わった。いつものように受付でリリアと手続きを済ませたアーサーは溢れる闘志を全面に出してダンジョンへと入る。

「待っていろよバット。絶対にお前を越してやるからな――!」

 改めて決意を口に出したアーサーはウォッチでステータスを確認。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(10/10)
・ランクアップ召喚(3/3)
・スキルP:222

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:空き
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv3』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv2』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv2』

【能力値】
・ATK:15『+230』
・DEF:18『+90』
・SPD:21『+80』
・MP:25『+0』

====================


(貧乏人の強さを舐めるなよ。先ずはDランクのゴブリンアーティファクトを全て揃えてレベルMAXに。それにスキルPを大量に稼ごう。スキルレベルは上げればきっとCランクへのランクアップ召喚も可能になる筈だ――)

 アーサーはステータスの“詳細”をウォッチで確認。するとそこにちゃんと表示がされていた。

==========
スキル:召喚士(D) Lv10
次レベルまでの必要P:1100P
========== 

 召喚士のスキルレベルがどこまで上げられるのかは当然アーサー自身も分からない。だがアーサーちゃんと感じていた。自分の未知なるスキルへの可能性を。

 深々と深呼吸をしたアーサー。
 彼は揺るぎない信念を抱いてひたすらフロア周回と召喚をやりまくるのだった――。
~ダンジョン・フロア1~

 アーサーが強くなる方法。それは“召喚をしまくる”という一択のみ。通常のアーティファクト召喚も新たなランクアップ召喚も日の上限回数が決まっている以上出来る事は限られる。

 しかし、塵も積もれば山となる。
 これまで底辺を這いつくばってきたアーサーにとってはたかが数日の我慢など無問題。早速召喚を開始するのだった――。

**

・召喚1日目。

 アーサーは今日はフロアを周回する前に、全ての召喚を先に使った。1日の召喚可能数はランクアップ召喚を含めて10回。どれからレベルを行ってもそこまで大きな差はない為、アーサーはひとまず全ての装備のレベルMAXを目指す。

 まずはアーティファクト召喚&ランクアップ召喚を1回ずつ使用。
『ゴブリンの帽子(D):Lv1』を生み出し更にアーティファクト召喚。

 Dランク以上のランクアップが出来ない今、アーサーは残り回数8を全て均等にアーティファクト召喚に使用。

『ゴブリンの帽子(D):Lv1』→『ゴブリンの帽子(D):Lv4』
『ゴブリンアーマー(D):Lv3』→『ゴブリンアーマー(D):Lv4』
『ゴブリンのグローブ(D):Lv2』→『ゴブリンのグローブ(D):Lv4』
『ゴブリンの草履(D):Lv2』→『ゴブリンの草履(D):Lv4』

 日の上限回数を全て使い終えたアーサーは、そのレベルアップしたアーティファクトでそのままフロアを周回。初日は魔鉱石を25個入手して終了。

**

・召喚2日目。

 昨日より少し上のフロア5より上の周回。初日と同様に先に召喚を全て使用。

『ゴブリンの帽子(D):Lv4』→『ゴブリンの帽子(D):Lv7』
『ゴブリンアーマー(D):Lv4』→『ゴブリンアーマー(D):Lv7』
『ゴブリンのグローブ(D):Lv4』→『ゴブリンのグローブ(D):Lv6』
『ゴブリンの草履(D):Lv4』→『ゴブリンの草履(D):Lv6』
 

 この日のレベルアップ完了。アーサーは強化されたアーティファクトでその後も順調にフロアを周回。魔鉱石を32個入手して終了。

**

・召喚3日目。

 この日も同じフロアの周回。初日と2日目と同様に先に召喚を全て使用。

『ゴブリンの帽子(D):Lv7』→『ゴブリンの帽子(D):Lv9』
『ゴブリンアーマー(D):Lv7』→『ゴブリンアーマー(D):Lv9』
『ゴブリンのグローブ(D):Lv6』→『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』
『ゴブリンの草履(D):Lv6』→『ゴブリンの草履(D):Lv8』

 全ての装備がレベルMAX目前。
 武器である『良質な剣(D):Lv9』以外は最上物のゴブリンアーティファクト。連日のレベルアップでこの日はなんと魔鉱石を51個入手して終了。

**

「よしよし。順調にアーティファクトをレベルアップ出来ているぞ。未だにとても自分のステータスだとは思えない。驚きだ」

 ウォッチでステータスを確認しているアーサーは思わずそんな独り言が漏れていた。


====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(0/10)
・ランクアップ召喚(0/3)
・スキルP:333

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:『ゴブリンの帽子(D):Lv9』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv9』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv8』

【能力値】
・ATK:15『+300』
・DEF:18『+150』
・SPD:21『+140』
・MP:25『+150』

====================


 Dランクアーティファクトになってからのステータス上昇率は凄い。これまでのスライムアーティファクトとは比べものにならない数値。同じモンスターネームのアーティファクトにもかかわらず、ランクが1つ上がるだけでここまでさが出るのかと改めて思い知らされたアーサー。

 兎にも角にも彼はこの3日間で急成長を遂げ、ついでに合計108個の魔鉱石を入手。アーサーは32,400Gも稼いでいたのだった。

**

~ダンジョン・メインフロア~

 そして4日目。
 全てのDランクアーティファクト装備をレベルMAXにし終えたアーサーは受付のリリアと何やら話しをし始めた。

「リリアさん! “約束通り”全てのアーティファクトをDランクで揃えました。レベルもMAXです!これで“上のフロア”に挑んでも大丈夫ですよね!」
「あら、本当に揃えたのねアーサー君。偉いわ。お姉さんからご褒美をあげまーす♡」

 ――ばふっ。
 リリアはアーサーの耳元で色っぽい声を出すと、そのままアーサーの顔を自身の谷間に埋め込んだ。アーサーは少し抵抗しつつも、どうやらまんざらでもない様子。

(本当に可愛い生き物ねぇ。ちょっと逞しくもなったかしら。興奮しちゃう)
「あ、あの、リリアさん……! 早速上のフロアに行ってきてもいいですか?」
「そうだったわね。ちゃんと約束を守ったし、この能力値なら問題ないわ。上のフロアへの挑戦を許可してあげる」
「よっし!」

 アーサーは先日リリアと約束をしていた。全ての装備をDランクアーティファクトで揃え、更に魔鉱石を100個以上集められたら上のフロアへ挑んでも良いと――。

 上のフロアに行けば勿論出現するモンスターも強く多くなるし、フロア攻略自体がは難しくもなる。だがそれ相応のリターンもあった。何よりアーサーは日々強くなっていく自分の力を純粋に試したいと思っていた。

「でもアーサー君、行くのはいいけど何処まで挑戦するつもりかしら? 今のアーサー君の能力値だけでいうなら一応フロア20までは行けるけど……。流石に1人でフロア19のボスは厳しそうね。
仮に討伐出来たとしても、フロア20に上るには1度“昇格テスト”も受けないといけないし」

 昇格テスト――。
 それは各ハンターに定められている強さの証でもある“ランク”を上げるもの。このハンターランクは現状、全部で5段階の強さに振り分けられている。

 最も下のフロア1~フロア19を攻略するハンターが“新《しん》Eランク”。
 アーサーもここである。

 その上のフロア20~49を攻略するハンターが“人《じん》Dランク”。

 フロア50~69を攻略するハンターが“炎《えん》Cランク”。

 フロア70~79を攻略するハンターが“天《てん》Bランク”。

 フロア80~89を攻略するハンターが“竜《りゅう》Aランク”。

 今まではこの5段階のハンターランクが当たり前となっていたが、つい先日、ここ数十年進展がなかった前人未到の“フロア90”を攻略した者達によって新たなハンターランクが誕生していた。

 それが“神《かみ》Sランク”――。

 アーサーの実力では程遠い、まさに神の領域の選ばし実力者のみが辿り着ける境地である。

「そうか、昇格テストがありましたね。だったら一気に行けるとこまで行って、その後の事はその時考えます!」

 フロアにはそれぞれ決まったボスが存在する。
 新Eランクはフロア10のギガスライムとフロア19のビッグゴブリン。これまでのアーサーでは夢のまた夢の話であったが、Dランクアーティファクトを揃えた今の実力ならばギガスライムは1人でも勝てるレベル。

 問題はその上のビッグゴブリンだろう。

 ハンターと言っても本業はまだ学業であるアーサー。彼がダンジョンに挑めるのはアカデミー終わりの夕方から夜にかけての数時間と休みの日のみとなる為、前から少しでも上のフロアで効率よく稼ぎたいと思っていた。

「分かったわ。ならアーサー君が挑戦出来るフロアまで頑張ってみて。ただし、絶対に無茶はしない事。それと引き続きまだスキルの事は2人の秘密。守れるかしら?」
「はい! 必ず守ります!」
(やだ、可愛い。持って帰りたい――)

 内なる欲求を堪え、リリアはアーサーの上のフロア挑戦を許可したのだった。
**

~ダンジョン・フロア5~

====================

アーサー・リルガーデン

【スキル】召喚士(D): Lv10
・アーティファクト召喚(9/10)
・ランクアップ召喚(3/3)
・スキルP:333

【装備アーティファクト】
・スロット1:『良質な剣(D):Lv9』
・スロット2:『ゴブリンの帽子(D):Lv9』
・スロット3:『ゴブリンアーマー(D):Lv9』
・スロット4:『ゴブリンのグローブ(D):Lv9』
・スロット5:『ゴブリンの草履(D):Lv9』

【能力値】
・ATK:15『+300』
・DEF:18『+150』
・SPD:21『+150』
・MP:25『+150』

====================


 これが現状のアーサーのステータス。

(とにかく行ける所まで進もう。アーティファクトがちょっと強くなったからといっても油断は禁物だ)

 気を引き締めたアーサーは遂にフロア5から上のフロアに足を進める。出現するモンスターは変わらずスライムとゴブリンばかり。だが出現数や個体の強さが徐々にではあったが確実に増していた。

 しかし、新たに手に入れたDランクアーティファクトもまた確実にアーサーの力を高めている。順調にスライムとゴブリンを倒しまくったアーサーが辿り着いたのはフロア10。今彼の目の前には重厚な石の扉が立ち塞がっていた。

「ここが最初のボスのギガスライムか。まさか本当に来てしまうとは。以前の僕なら考えられない」

 一呼吸置き、気持ちを固めたアーサーは力一杯石の扉を開く。待っていたのは広く空けた空間と大きな松明の炎。そしてそんな広い空間の丁度中央に、そいつはいた。

「あれがギガスライム――」

 そこにいたのは今まで散々倒してきた最弱のスライム。だが明らかに今までのスライムとは様子が違う。大きさも一回り以上大きく、感じる魔力も普通のスライムより強い。部屋に入ってきたアーサーに気が付いたのか、徐に目が合ったギガスライムは部屋中に響く鳴き声を上げてそのままアーサー目掛けて突撃してきたのだった。

『ピピーッ!』

 ギガスライムはその青いボディで勢いよく体当たりを狙う。対するアーサーは剣でギガスライムの攻撃を受け止めた。

 流石はボス。やはり普通のスライムと比べてパワーもスピードも上。

 しかし。

 やはりアーサーはそれ以上に強くなっていた――。

「これがフロア10のギガスライムの力……。思っていた以上に強くないかも」

 ギガスライムの体当たりを受け止めたアーサーはそこから剣を振るってギガスライムを弾き飛ばす。そしてグッと地面を蹴って距離を詰めたアーサーはその勢いのまま剣を振り下ろした。

『ピギィィィ……!』
「よし、これならいける」

 フロア10のギガスライムを一刀両断したアーサー。
 決して敵が弱かった訳ではない。ギガスライムを見くびったハンター達がEランクアーティファクトのまま挑んで帰らぬ人となった事案も数多い。

 アーティファクト召喚――。
 無能と謳われた彼の唯一無二にして最強のスキルが、誰にも知られず静かにであるが確かにその真価を発揮した瞬間であった。

『フロア10のギガスライムを討伐しました。魔鉱石(中)を獲得。スキルPが20P追加されました』な

(うおー。一気に20Pも増えた! やっぱ上のフロアは凄い。確か次のレベルアップに必要なのが1,100Pぐらいだったから、まだ半分にも達していないか。でもこれなら後40回も周回すれば余裕で集められるぞ)

 ギガスライムを倒したアーサーはまだ余力がある。嘘みたいにテンポよく進んでいた彼はこのまま更に上のフロアに進む事を決める。

 優先するはフロアの攻略とスキルPの獲得。正直まだCランクまでランクアップ召喚が可能なのかも分からないが、それでもスキルレベルが上げられるのなら上げる他ない。その後もアーサーはフロア11、12、13……と快調に攻略を重ね、あれよあれよという間に遂に新Eランク最終となる“フロア19”まで上り詰めたのだった。

**

~ダンジョン・フロア19~

「やば。遂にこんな所まで辿り着いてしまった」

 今アーサーの目の前にはフロア10の時よりも更に大きな扉が待ち構えていた。この先にいるのはビッグゴブリン。まだ対峙していないにも関わらず、扉の向こうから感じてくる魔力をアーサーはしかと感じ取れた。

(本来ならDランクアーティファクトを装備していても比較的複数人のパーティを組んで挑むのが無難なボス。いくら装備がランクアップしたとはいえ、やっぱここを1人で行くのは無茶か……?)

 扉を前にアーサーは一旦冷静に。

 “約束はちゃんと守ってね”。

 リリアとの会話も頭に過り、やはり誰かとパーティを組んで確実に討伐を狙った方がいいなと思いついたアーサー。

 だが。

「どうしよう。ここまで来て調子に乗ってるのかな……? ワクワクが抑えられない――」

 アーサーは目の前の扉を見て僅かに口角が上がる。

 もっと稼ぎたい。
 もっと上のフロアに挑みたい。
 もっともっと自分が見た事のない景色を見てみたい。
 もっともっと先の可能性に辿り着きたい。

(ごめんなさいリリアさん。やっぱり僕はここまで来て引き下がれません。無茶ではなくて、確実に超えられる自信があればリリアさんも許してくれますよね? 絶対に生きて帰りますから)

 アーサーは自分に言い聞かせる様に決意を固めると、いざ力強く前へ進み扉を開けた。

「さぁ。勝負だビッグゴブリン!」

 部屋はフロア10の雰囲気と大して変化はない。目の前にいるボスがただギガスライムがビッグゴブリンに変わっただけ。しかしギガスライムの時よりも明らかに空気が殺伐としていた。

『グアァァァ!』

 鋭い目つきでアーサーを捉えたビッグゴブリン。
 優に3メートルは超えるであろう体格と、手には岩をも簡単に砕きそうな巨大な棍棒が握られていた。

 過去に『黒の終焉』に所属していた際、アーサーは数回だけフロア40前後に行った事もある。そしてその時にギガスライムやビッグゴブリンよりも強いモンスターと遭遇した経験もある。

 しかしその時とは違い、今は複数人のパーティでもなければ荷物持ちでも雑用枠でもない。自分1人であり最前線。目の前に対峙するビッグゴブリンはアーサーにとって間違いなく今までの中で最強の敵であった。

「すげぇ圧……。ワクワクしてるのかビビってるのか自分でも分からなくなってきた」

 そして。

 ビッグゴブリンが再び激しい咆哮を上げると、その巨体に似つかない速さで一瞬でアーサーとの間合いを詰めて振り上げた巨大な棍棒を勢いよく振り下ろす。

 ――ドゴォォン。
「ぐッ!? 想像以上の速さと威力……!」

 紙一重でビッグゴブリンの棍棒を躱したアーサー。棍棒が地面を捉えると、その衝撃によって砕かれた地面が辺りに飛び散った。

 だがピンチはこれで終わり。

 次の瞬間、棍棒を躱して瞬時に態勢を立て直したアーサーはそのままビッグゴブリンの丸太の様な太い腕を斬りつける。

『グギャ……!?』

 切り口から人間とは違う色の血飛沫が舞い、アーサーは今の攻撃で怯みを見せたビッグゴブリンに対し更に追撃。これまで何百体と倒したゴブリンとの戦闘経験が功を奏し、アーサーは流れる様な動きでビッグゴブリンの首を斬り落とす事に成功するのだった――。


**

~ダンジョン・メインフロア~

「リリアさん、今日の換金額いくらになりました?」
「まさか本当にビッグゴブリン倒しちゃうなんてねぇ。しかも1人で。(これは絶対に一流のハンターになるじゃない。やっぱりもう頂いて完璧に“私のもの”にしちゃおうかしら)」
「やっと少しハンターとして自信が持ててきました」

 見事フロア19のボスであるビッグゴブリンを倒したアーサーは受付で今日の収穫をリリアに換金してもらっている。

 いつもと同様にメインは魔鉱石。だが今日は魔鉱石の中でも少しランクの高い魔鉱石(中)を入手していた。価格にすれば1つ450G程度だが、アーサーにとってはとても大事な収入。フロア5から順調に上ったアーサーの今日の魔鉱石の収穫数は全部で77個。トータルで23,250Gを稼いでいた。

「はい。じゃあこれ今日の換金分ね。頑張ったわねアーサー君。でも、本当に昇格テスト受けなくていいの? その実力なら許可出してあげるわよ」

 リリアは再度アーサーに確認した。

「ありがとうございますリリアさん。確かに昇格テストは直ぐにでも受けたいんですけど、仮に“人Dランク”に上がったとしても今の実力じゃフロア30ぐらい限界だと思うんです。なのでもう少しここで余裕を持って周回して、魔鉱石とスキルPを先に稼ごうかと思いまして」

 そう。
 ビッグゴブリンを討伐したアーサーは最初昇格テストを受けようと思っていた。だが今のスキルレベルではDランクまでのランクアップが限界。全てのアーティファクトをLv9にしても、それ以上のランクアップ召喚が出来ないのならどの道そこから上のフロアには進めない。

 アーサーは人Dランクで苦戦するより、余裕を持って今のフロアを周回する事を選んだ。

「そう言う事ね。分かったわ。じゃあまた昇格テストを受けたくなったらいつでも言って」
「はい。ありがとうございます」
「今日はもう終わりにするでしょ? Dランクの『ゴブリンの棍棒(D):Lv1』も手に入って良かったじゃない。また明日待ってるわよアーサー君」

 リリアとそんな会話を終え、アーサーはダンジョンを後にする。彼がリリアに伝えた事は嘘ではない。しかし、あれが全てという訳でもなかった。

**

~家~

「あ、お帰りお兄ちゃん」
「ただいま。遅くなってごめん」

 アーサーの稼ぎはここ数日で格段に増えたが、まだまだ母親の治療費を稼がなければいけない。毎日――とはいかないが、少しづつご飯の量やおかずが増やす事が出来ている。

(もう少しだけ待っててくれよエレイン。本当は召喚したゴブリンアーティファクトを毎日売るかレベルアップさせれば稼ぎが増えて食卓もいくらか豪勢になる。
だけどお母さんの治療費を払うにはまだまだ足りない。今は一刻も早く強くなってもっと稼いでやる。それにバットとも“ケリ”を着けなくちゃ――)

 アーサーはあれから毎日バットに嫌がらせを受け続けていた。
 全て大した事はない幼稚な行為であったし、肝心の矛先がエレインから自分に変わっていたのがアーサーの中でも大きかった。

 エレインに対する侮辱は許せないが、自分だけならば全然耐えられる。毎日バット達の下衆な笑いを見るのはやはり癪に障るものがあったアーサーであったが、彼は奴らを見返し今よりもっと稼ぎを得る為に虎視眈々と“下準備”を始める決意をしていたのだ。

 目先の稼ぎより圧倒的な富。
 目先の仕返しより圧倒的な見返し。

 貪欲なアーサーは全てを手に入れるべく、Dランクアーティファクトのを更に上のCランクアーティファクトのする為に今のフロアに留まる事を決めた。人Dランクに上がるのはもう問題ない。しかしアーサーは少しでも変化を見せ、またバットの気分で面倒事に巻き込まれるのは避けたかった。

 たかが新Eランクから人Dランクへの昇格。
 そんな騒ぐ事もない当たり前の出来事であったとしてもその対象がアーサーとなれば、どんな理由でどんな角度からバットが狙ってくるか分からない。全く目立つ事なく、且つCランクアーティファクトを装備するバットよりも強くなる。

 それが今アーサー・リルガーデンが密かに狙っている下準備であった――。

**

 翌日。
 この日も日中アカデミーでバット達から嫌がらせを受けたアーサーだが、当の本人は全く気にしていない。それよりも彼の気持ちは全てダンジョンに向いていた。

「リリアさん、今日も宜しくお願いします!」

 お決まりの手続きをリリアの元で済ませ今日もダンジョンを周回するアーサー。長い1週間が終わり明日から束の間の休日。アーサーは勿論1日中ダンジョンに籠るつもりである。

「さて。単純計算でいくと……日の召喚上限は10回だから、ただ召喚をするだけならDランクアーティファクトを1日10個入手出来る。10日で100個。1ヵ月で約300個ちょいか。改めて考えると凄まじいな……」

 Dランクアーティファクト――それも最上のゴブリンアーティファクトでレベルMAXとなれば換金額の相場は1個30,000~40,000G相当。最低でも1日300,000Gは稼げる。

「ゴブリンアーティファクトは市場で買うと全部で500,000Gはする代物。流石に換金額はそれよりも下回るけど、それでも1ヵ月で約……きゅ、きゅ、きゅうひゃくまん!? 噓だよな……。計算ミスしてないか俺!?」

 大金を稼ぎたいと思っていたアーサー。だがそれが改めてその大金が現実味を帯びた瞬間、既に骨の髄まで貧乏が染みている彼にとっては直ぐに受け入れられない額であった。

「お母さんの治療費にその他諸々滞納している支払い……。それに借金も返せないかこれ……。いや、寧ろこれなら毎日3食ポークチキン定食にスープとデザートを付けても余裕だ! やったぞエレイン! 遂に貧乏から解放される!」

 と、喜んだのも束の間。

 一先ず稼ぎの問題はグッとハードルは低くなったが、これでは肝心のバットへの見返しが出来ない。当然Dランクアーティファクトに比べてCランクアーティファクトは金額が更に上。モンスターネームのCランクフル装備となればその額は優に“20,000,000G”を超える――。

 バットは親のすねかじりで何の苦労もせずにこのCランクアーティファクトで装備を全て揃えている。それ相応の実力も伴っていないのに。

 親の力。金の力。権力の力。
 
 世界が決して平等ではないという事を如実にバットが体現していた。

「ふぅ。まだまだ浮かれるのは早いぞ僕。バットに勝つためにはCランクアーティファクトが絶対に必須だ。奴のステータスを完全に上回るにはCランクの中でも最上である“オーガ”のアーティファクトを揃えてレベルMAXにする必要がある」

 自らの召喚スキルで稼ぎが増えたとはいえ、流石にCランクアーティファクトを買い揃えるとなると足りない。しかもオーガアーティファクトは5種類全てを普通に買い揃えるとなると40,000,000Gに及ぶのだ。

 アーサーが休むことなく数か月間毎日スキルを使い続けてやっとの金額。

「スキルレベルがあれば召喚の回数とかって増えるのかな……? まぁごちゃごちゃ考えてもしょうがない。とりあえず稼げる事は確実なんだから頑張らないと」

 いつかの来るべき日に備え、アーサーはひたすら毎日フロア周回をこなすのであった。