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~ダンジョン・メインフロア~

「見つけたわよ、アーサー君」

 リリアは受付のモニターを見ながらアーサーにそう言った。

「ありがとうございますリリアさん! それで、『一の園』ってどこのギルドなんですか?」

 アーサーとエレイン、そして突如としてアーサー達の前に姿を現したシェリル・ローライン。

 予想だにしていなかった面子でアーサーが訪れたのはダンジョン。
 理由はシェリルから受け取った封筒にあった唯一の手掛かり、『一の園』というギルドの情報を得る為。リリアに調べてもらえば何か分かるかもしれないと思ったアーサーは、直ぐにこのダンジョンへと足を運んだのだ。

「ちょっと待って……。こんな事って有り得るのかしら」

 何やらモニターを見ながら驚いている様子のリリア。そんな彼女を見てアーサーも一瞬きょとんした。

「リリアさん、どうしたんですか?」
「いや……あのね、このギルド『一の園』なんだけど……ここに記録されているデータが間違っていなければ、ギルド人数は1人だけ」
「え、1人だけのギルド?」

 人数が1人だけのギルドはそれほど珍しい訳ではない。だが基本的には4~5人のパーティが組める人数になってからギルド設立をするのが一般的な流れであるが、スキルが『ヒーラー』や『鍛冶師』の者達が稀にダンジョンには挑まずに専門職としてギルド設立をする場合がある。

 ダンジョンでの病院的役割を果たしていると言えば分かりやすいだろう。需要と供給が成り立っている、お互いに必要不可欠な存在ともなっている。

 しかし、リリアが驚いているのはギルド人数が1人だからではなかった。

「ええ。それも“彼女”のスキルはヒーラーや鍛冶師ではなくて『魔術師』よ……。しかもこのギルドが創設されたのが、今から“99年前”になっているの」
「きゅ、99年前!? 一体その人何歳なんですか!? と言うかまだ生きて……」

 皆まで言い掛け、これは失礼な発言だと悟ったアーサーは反射的に自分の口を押えていた。だがリリアも思っている事は同じだったのだろう。それにアーサーとリリアは『魔術師』という聞き慣れないスキルも気になった。

「生きてはいる筈よ。もし死んだのならハンターとしてのデータは全て消えてしまうから、残っているのなら生きていると思うわ。それにこの人の魔術師って私もアカデミー生の頃に本でしか見た事がないけど、凄い珍しいスキルじゃなかったかしら?」
「そうですね……。確か魔術師のスキルはこれまでに1人しか見つかっていないとか言われてる珍しいやつです。そんな人が何故僕にこんな封筒を……?」

 調べた結果余計に訳が分からなくなったアーサーは、徐に隣にいたシェリルに尋ねた。

 しかし。

「何度も言いましたが私も知りません。お会いした事がありませんので」
「やっぱりそうなのか……。もう意味不明だよホントに!」

 ダンジョンに来る前、アーサーは勿論シェリルに聞いていた。この封筒の差出人はどんな人物で何が目的なんだと。何故シェリルを自分なんかの所に来させたのかと。だがシェリル本人は一切知らないとの事。

 差出人とのやり取りは最低限であり、いつもウォッチでのメッセージか今回の様な封筒が彼女の元に届くらしく、シェリル自身も1度もこの差出人に会った事がないそうだ。彼女曰く、差出人は“何時からか自分がお世話になっている信用出来る人”という絶妙に理解に苦しむ返答であった。

(そんな馬鹿げた話があるか)

 アーサーは率直にそう思ったが、無表情で真っ直ぐ自分を見つめるシェリルを見て、アーサーはこれが本当に真実なんだと理解――いや、恐怖を覚えた瞬間であった。

「それよりアーサー君。何で君があの勇者の子と一緒にいるのかしら?」

 封筒の差出人から突如話が切り替わる。アーサーにそう尋ねるリリアは目を細めて少し機嫌が悪そうだ。

「いや、それが僕にも全く理由が分からなくて……。なので今こうして調べている所なんです」
「ふーん。(ちょっと、何でよりによってあの有名なシェリルちゃんが私のアーサー君といるのよ。まさか彼女もアーサー君を狙ってるのかしら? だとしたら早急に手を打たないといけないわね)」

 リリアがそんな事を思っているなど、アーサーはおろかエレインもシェリルも微塵も気付く訳がなかった。

「リリアさん、因みにその人の名前と一の園ギルドの場所って分かります?」
「ちょっと待ってね。え~と、名前は“イヴ・アプルナナバ”。ギルドの場所は……登録されていないわね」
(イヴ・アプルナナバか……聞いた事がないな)

 手に入った情報は名前のみ。
 これ以上の手掛かりがないアーサーは再び頭を悩ませたが、もう遅い時間になっていた事もあってとりあえず今日の所は帰ろうという結論に至る。

 リリアにお礼を言ったアーサー達はダンジョンを後にしたのだった。

**

~家~

 そして。

 家に帰ったアーサーは人生で1番の大問題にぶつかった。

「あのー、シェ、シェリルさん……! 貴方、本当にここで“寝る”気ですか!?」
「はい。私はそう伝えられてここに来ましたので。それに他に行く当てもありません」
「え! じゃあ私あのシェリルの隣で寝られるって事? やば。明日絶対皆に自慢しちゃう!」
「いや、待て待て待て。絶対可笑しいぞこんなの。(根本的に僕とエレインが寝るだけでも狭い部屋なのに、もう1人加わるなんて明らかに狭過ぎる。しかも相手があのシェリルさんとなったら問題はもっと別だ)」

 慌てふためくアーサー。
 受け入れ寸前のエレイン。
 冷静かつ微動だにせぬシェリル。

 三者三様の思いが渦を巻き、この小さな空間は既にカオスに浸食された。
 慌てふためくアーサーを他所に、エレインは着々とシェリル受け入れの準備を進め始める。

「シェリルさんは私の隣で一緒に寝ましょう! あ、もしお風呂入りたければ何時でもどうぞ! それとも先にご飯にします?」
「ありがとうございます。貴方がエレインですね。私の事も呼び捨てで構いません。お腹が空ていますので先に食事を取りましょう、エレイン」
「了解!」

 妹もシェリルさんも初めましての距離感が馬鹿なのだろうか――。

 アーサーが思わずそんな事を考えてしまう程、エレインとシェリルは秒で仲良くなってしまったのだった。

「お兄ちゃん、そうと決まれば食材買いに行こう! 今日はシェリルがいるからちょっと奮発お願いね!」
「今はアーサーが私のご主人様となります。必要とあれば何でも指示を出していただいて構いません。因みに食べ物の好き嫌いもありませんので、何でもいいので食べさせて下さいアーサー」

 ツッコミどころ満載。
 だがアーサーはエレインの勢いと、未だに実感の湧かないシェリルの存在に気持ちの整理が全くついていない。とにかく落ち着いてきたら一旦冷静に考えようと、一先ずアーサー達は皆で買い物をし、小さな部屋の小さな食卓で温かいご飯を食した。

 そして。

「待て待て待てぇぇぇぇ! やっぱり普通に考えて可笑しいだろこの状況!」

 ご飯もお風呂も済ませ、すっかりもう寝る体勢に入っていたアーサー達。だがここで、今一度冷静さを取り戻したアーサーが大声を上げた。

 彼はもう限界なのだ。

 健全な男の子である彼が、妹以外の女の子と初めて様々な経験をしている。それも普通の女の子ではなく、自分にとって憧れのハンターであり世界中が釘付けになる程の美女。そんな憧れの人とこの様なシチュエーションになるなど、最早普通の神経では耐えられない。

 アーサーともなればそんな普通よりも更に刺激が強いのは確実だ。

 食事をしている時の美しい横顔、何気ない仕草、風呂上がりの匂い、そして無防備なパジャマ姿。しかも少し体を動かせば触れてしまう程の距離で横たわる憧れのシェリルの存在が、アーサーの理性を完全にぶっ飛ばそうとしていた。

「今更何言ってるのお兄ちゃん。うるさいよ。これからもうガールズトークして寝るんだから静かにしてよね」
「エレインの意見に同意です。私も寝ますのでアーサーも早く寝て下さい」

 これは自分が可笑しいのだろうか。
 1人でそんな事を思いながら、アーサーはエレインとシェリルの雰囲気に押されてそのまま静かになった。

 どんな状況でも時間が止まる事はない。

 何時しか楽しそうに話していたエレインとシェリルの声が聞こえなくなり、代わりに静かな寝息がアーサーの耳に届いていた。

(2人共寝たみたいだな……)

 徐に体を起こしたアーサーは、月明かりに照らされた2人の顔を見た。結局なんでこんな状況になったのかいまいち理解出来ない。差出人も名前が分かっただけ。居場所もわからなければシェリルとどういう関係なのかも分からない。当然自分のところに来た理由も。

 アーサーはごちゃごちゃと考えていると、遂に眠気が襲ってきた。

(ふあぁ~。まぁ明日からまた手掛かりを探すしかないな。流石に僕も眠くなってきたから寝よう)

 こうして、アーサーも何とか眠りについたのだった――。


「……ロイ……」