異世界ハードモード!〜持ってるチートスキルが使えなくても強くなれる剣士として努力を続けようと思います!〜

「――――では、身分の証明書でもあるギルドカードが出来上がるまで、冒険者の説明をしてしまいますね」

 俺とホノラは、受付のお姉さんと共に別室に通され、簡単な講習を受ける事になった。

「冒険者と魔物、そしてクエスト難易度にはそれぞれE~Sのランク分けがあります。ここくらいは知ってる人も多いかと思いますが――――」

 お姉さんの話を纏めると、みんな最初はEランクからスタート。討伐系のクエストは自分のランクの一つ上の難易度まで、採取系のクエストは二つ上まで受注出来るそうだ。

「冒険者ランクはD~Aまではクエストのクリア数や活躍度に応じて自動的に上がっていくので、あまり気にしないでくださいね。ここまでで何か質問はありますか?」

「はいお姉さん! Sランクになるにはどうしたら良いんですか?」

「それ、私も気になる!」

 俺の質問にホノラも追随した。やっぱりやるからにはトップを目指したいよな。

「いい質問ですね。Sランクというのは”世界を魔の手から護りし人類の英雄“にのみ与えられる、いわば名誉のようなものなので、ギルドの一存でSランク冒険者を設定する事はできないんです」

「じゃあ実質的なトップはAランクという事ですか?」

「そうです。でも、Aランク冒険者も一つの支部に数人しかいない超英雄級の存在なので、そこを目指して頑張ってくださいね!」

「「はい!」」

 俺たちは元気よく返事をした。そのタイミングで、カードと機械のような物が載った台車が運ばれてきた。

「あ、ちょうど来ましたね! こちらがお二人のギルドカードです。後はこれをこの魔道具にセットして......と! 後は魔力を流して完成です!」

 曰く、これが万が一の身分証になるのだそう。もし何かが起り遺体の判別が出来なくなっても、このカードを読み込めば誰だったか分かるという。やっぱり命懸けの職業なだけあるな......

「それではまずホノラさんからやってみましょう」

「わかったわ!」

 ホノラは魔道具の水晶に手を翳し、目を閉じる。

「ふん!」

 魔力を込め出すと同時に水晶が光り輝き――――! 爆発した。

「あ、あの...わざとじゃないんです! ちょっと加減が効かなくて!!」

 ホノラは泣きそうな顔で謝りだした。

「凄い魔力量ですね......この魔道具結構頑丈に作られてるんですけど...壊れたのは今回で史上2回目です......まあ、ちゃんとギルドカードが作れたので良いでしょう!」

「ねぇマツル! 私魔法の才能があるのかも!」

 さっきまで泣き顔だったのが嘘のように明るい顔になって飛び跳ねている。

「じゃあなんで今も使えてないんだ?」この言葉を言うとまた泣き出しそうなので、深く深く飲み込んだ。

 急いで代わりの魔道具が持って来られて、次は俺の番だ。

「はぁぁぁぁ......」

 ホノラの時は光った水晶が、今回はまるで光らない。

「魔力の反応がないですね......」

 お姉さんも不思議そうな顔をして見ている。

 あれナマコ神様ー? なんでー?

『マツル君......君魔力が無いね!』

 は?

『だからね、君は元々この世界の住人じゃないでしょ? 元の世界に魔法が無いんだから当然魔力も無い』

 そこら辺は何か修行とかで増えたりは?

『しないね~魔力量は生まれつきだから。君は一生、魔法は使えないよ』

 じゃあ俺がナマコ神様から貰ったチートの全力全開(フルスロットル)は? 魔法が使えないなら意味が無いんじゃ......

『......ごめーんね? 今はちょこっと私の魔力貸すからさ!』

 この瞬間、俺のチートスキルは完全に死んだ。落胆している所に何やら体に力が流れてくる感覚がした。これが魔力という奴なのだろう......

「すみませんお姉さん。もう一度いかせていただきます」

「無理やり魔力を流さないで、薄く掌に留める感じだと成功しやすいですよ~」

 今度は光った。ちゃんと魔力を流す事に成功したのだ。

 あれだな。体の中の水を手から出す感覚だな。

「あら......海獣と似た様な魔力...随分と珍しいですね」

 そりゃあ、ナマコの魔力ですからね。

「はい! という事でこれでお二人も、正式な冒険者として登録されました! それでは、頑張ってくださいね!」
 早速俺達は、依頼を受ける為にクエストボードを見ているのだが......

「何よこのE,Dランクの依頼の少なさはぁ! 私は早くランクを上げたいのにぃぃぃ!」

 あまりの少なさに、俺が何か言うよりも先にホノラがキレた。

「確かに少ないな......討伐系は『攻撃魔法が使える人のみ!』とかの受注制限があるし、それ以外の依頼はそもそも無い。まだ初日だし、そんなに急いで上げることはないだろ」

「ダメ! すぐがいいの! 高ランク冒険者になれば国家の魔導書の図書館にも入れるわ! そこにしか無い系統の魔法も多いの。もし私にそこの魔法に適正があったらすぐ行かないのは損じゃない!」

 ホノラの冒険者になりたい理由が少しわかった気がした。俺の目的も大事だが、ホノラの使える魔法を見つける目的にも力を貸そう! 

 「お~兄ちゃんに嬢ちゃん! 無事に冒険者になれたんだなぁ!」

 先程パンナ達から俺達を助けてくれようとしたドワーフのおっちゃんが駆け寄ってきた。

「ドワーフさん! さっきは助けようとしてくれてありがとうございました!」

「いやぁ兄ちゃん達がぶっ飛ばしてくれてスカッとしたよ! あと、俺の名前はドワーフさんじゃなくて”メツセイ“な!」

「メツセイさん、それでどうかしたんですか?」

「兄ちゃん達、低ランクの討伐依頼がなくて困ってるんだろ? いい事教えてやろうと思ってよ!」

「いい事ですか?」

「そう! なぜ低ランクの討伐依頼が少ないか分かるか? それは魔物を討伐した方が早くランクが上がるからだ」

 成程。確かに理にかなっていると言える。危ない依頼をこなした方が強くなるのは当然だろうからな。

「ならばどうするか! 採取依頼は2ランク上の難易度まで受注する事が出来る。しかも、採取中に魔物を討伐してもその討伐数はランクアップ条件に加算されていくんだ」

「つまりCランク採取クエストをこなしつつ魔物を討伐すれば爆速でランクが上がるって事ですか!?」

「その通りよ! 教えてやったからにゃあ、この方法使って早く出世して、俺に酒でも奢ってくれや! ガッハッハ!」

「メツセイさん! ありがとうございますっ!」

「ちょっとこれ凄くいい方法聞いちゃったんじゃないの!?」

 横で話を聞いていたホノラも目を輝かせながら俺に抱きついて揺らしている。

「――――じゃあ、このCランクの採取クエスト【特選!!青魔ンドラゴラ3個の納品】やっちゃうか!」

「おー!」

 俺とホノラは、魔ンドラゴラを取るなら必要だろうという事で耳栓を購入して、森の中へ向かうのだった。


◇◇◇◇


「――――で、青魔ンドラゴラってどこに生えてんの?」

「そりゃあ【特選!!】なんだからそう簡単に見つからないでしょ」

 俺達はサラバンドの西に広がるウッソー大森林、その奥地に約3日をかけて到達した。

「あ、そういえば依頼文に『デカい木の根元に生えてる青いキノコっぽいのが魔ンドラゴラ』って書いてあったな......」

「あ! マツルみて! このキノコじゃない?」

 ホノラが手を振っている方に行ってみると、確かにデカい木の根元にビビットブルーのキノコが四つ生えていた。

「ちょうど三本あるし、これでクエストクリアね!」

「何そのまま抜こうとしてんのストップストップ!」

 俺はホノラがそのまま抜こうとしているのを急いで止めた。

「良いか? 魔ンドラゴラってのは、抜いた瞬間に叫び声をあげるんだ。それを直接聞くと死ぬから、耳栓買ってきたんだろ?」

「マツルって異世界人なのに変な所詳しいわね......」

ゲームとか本の知識だよね。

「――――ホノラ耳栓付けたか?」

「......え?」

 俺の声が聞こえて無さそうなのでバッチリだな!

 俺とホノラはせーので魔ンドラゴラを引き抜いた。

 世にも恐ろしい絶叫とは、一体どんな声なのだろうか――――

”マンドラゴラァァァァァァ!!!!!!“

「お前そうやって叫ぶんかいィィィィ!」

 意外すぎる絶叫に驚きながらも俺達は、特選!!青魔ンドラゴラを3本収穫することに成功したのだった。一本は残しておこう。過剰採取は良くないことらしいからな。

「――――声圧にはちょっと驚いたけど、案外楽勝だったわね!」

「Eランクの俺達でも行ける採取だからな。ちゃんと対策すればこんなもんだ――――」

 物陰からガサガサと、何かが近付いてくる音がする。

「なんの音?」

「しっ......ホノラもいつでも戦闘ができるような体制を取って......」

「わかったわ!」

 俺も刀を抜き構える。物陰から現れたのは、背中に大量の棘を蓄えた魔獣であった。

「グルルルルル......」

 魔獣は棘を逆立たせ、臨戦態勢といった様相だ。

「ホノラ、あの魔獣は?」

「あの魔獣は針球獣(ボールボーグ)、Cランクの魔獣ね。背中を丸めて大きな針球になって突進して来るわ! ちょうどあんな風に......」

 ホノラの説明の通り、ボールボーグは巨大な針の球となりこちらに転がって来た。

「避けろ避けろ!! あんなの喰らったら全身穴だらけだぞ!?!?」

「あっぶないわね!」

 突進を間一髪で躱した。するとボールボーグは俺達の後ろにあった大木に激突! 大木はメキメキと音を立てて根元から倒れてしまった!

「グルルルルルル......」

 ボールボーグは針球から元に戻り、フラフラとよろめき始めた。

「流石にでっかい木とぶつかるのは堪えたか!? 今の内にトドメを刺してやる!」

 俺は身動きの取れないボールボーグに向かって刀を振り下ろす。しかし、刃は背中の針の塊に阻まれ体に傷を付けることは出来なかった。

「かってぇ! ホノラのグーパンチでなんとかならないか!?」

「嫌よ! あんな針触ったら痛いでしょ!?」

 ちょっとくらい我慢してくれよぉぉぉ!

「――――じゃあ俺が首を落とす!」

 顔の部分に近付いて初めて気が付いた。コイツ、目が完全に潰れていた。

ただ傷付いている訳じゃない。ドス黒い煙のような物が今も顔を喰っているのだ。

「!?  なんだその顔!?」

 俺は一瞬、刀を振り下ろすのが遅れてしまった。その一瞬でボールボーグはまた針の球になり、次は俺達を殺さんと雄叫びをあげた。

「ああなっちまったらアイツは無敵だ! 何か衝突させられるようなデカい木とか岩は!」

 クソッ! 近くにそんな都合良くある訳ないか!

「――――マツル! ボールボーグを出来るだけ引き寄せて私の所に走って!」

 ホノラは先程倒れた大木の近くに居た。何か策があるようだ。

「オーケイ! 信じるぞ!」

「グルギャァァァァ!!!!」

 俺が走り出すと同時に、ボールボーグ改め巨大針球も突撃を始める! 少しでも気を抜けば追い付かれるスピード感でホノラの元へと飛び込んだ。

「――――一体何をする気なんだ!?」

「マツルもちゃんと耳塞いどきなさいよ!」

 ホノラは倒れた大木の根元に生えていた青いキノコを抜き去った。あのキノコは俺達がさっき残しておいた――――

”マンドラゴラァァァァ!!!!“

「グギィ!!?!!?!!?!?」

 ボールボーグが俺達を串刺しにする直前、魔ンドラゴラの絶叫を耳にしたボールボーグは泡を吹いてその場に倒れ込んだ。

「魔ンドラゴラの声を直接聞いたら死ぬ。そうだったわよね?」

「ああ......助かった!」


◇◇◇◇

「さて、高ランクの魔獣も討伐できたことだし、依頼も達成してるし、帰るとするか!」

「そうね! こんな完璧にこなしたんだったら、一気にDランクに上がっててもおかしくないんじゃないの!?」

「帰ったらメツセイさんに感謝しないとな~」

「――――それで、どっちから帰るの?」

 あれ? そういえば森の地図って無いよな......?

「ホノラちゃん......? 帰り道ってどっちか覚えてる...?」

「? 分からないわよ? マツルが知ってるんじゃないの!?」

 その後、たまたまこの森にクエストに来ていたメツセイさんに発見されるまで二日、俺達は森の中を彷徨うのだった。
「――――んで、俺が来なかったら森の中で野垂れ死にしてたかもしれない......と」

「メツセイさんいやもう本当にありがとうございます」

 採取クエストでウッソー大森林に赴いた俺とホノラは、Cランク魔獣の”ボールボーグ“に襲われたり、帰り道が分からなくなるなどのハプニングがあったものの、なんとか街まで帰ってくる事ができたのだった。そして受付に魔ンドラゴラを提出してびっくり! なんと初クエストでDランクに上がる事が出来たのだ! 

 受け付けのお姉さん曰く「採取難度Cの魔ンドラゴラでこんなに元気な顔なのは初めて」との事。魔ンドラゴラは口が開いていれば開いている程良質な薬になるらしく、それが一発昇格の決め手だったんだそう。

 しかし、帰ってからいい事ばかりは続かないのであった。

「ギャハハハハハ!! 大体商人でも半日あれば覚えられる探索魔法すら使えないクセに大森林に入るのが間違いなんだよ!」

「やっぱり魔法が使えない奴らの集まるパーティはダメだな! 出直してこい~!」

 酒場の酔っ払い冒険者が俺達を笑い者にして酒を浴びている。あーもうほらホノラなんか涙目になって下を向いちゃって。

「やめねえかお前らァ!」

 その場を一喝したのはメツセイだった。

「コイツらは冒険者になりたての新米(ルーキー)だ! ”女狩り“の一件で
強さは申し分無いと思って高ランクの依頼を紹介した俺にも責任がある! 笑うならまずこの俺を笑いやがれ!」

 メツセイの言葉で周りは静まり返る。ドワーフのおっちゃんカッコよすぎかよ! ならず者集団の大将って感じがしていいね!

「でもよぉメツセイ、コイツらがボールボーグを仕留めたってのはいくらなんでも信用出来ねぇぜ?」

「魔法が使えても沼魔法で沈めて窒息...ってのが定石のアイツを......しかも男位の大きさなんてそうそういないぜ...?」

 まぁ知ってたけどここも疑いの声が漏れ出てきている。ボールボーグの死体は持って来れなくて証拠も無いので当然と言えば当然なのだが。

「そういえば兄ちゃんに嬢ちゃん、あの時のボールボーグの死体はどうしたんだ? 確か俺と森で会った時には嬢ちゃんが担いでたよな?」

「あぁ......帰り道で腐り出して...それで......う気持ち悪くなってきた」

「暑かったですからね...腐敗が中々に早くて......」

 ホノラの背中が腐敗した死体でぐちゃぐちゃのびちゃびちゃになったのだった...あれは女の子じゃなくてもトラウマだよ。俺も思い出したくない。

「それぁ災難だったな......」

 本来なら保存魔法や氷魔法が必ず一人は使える為、長距離移動でも防腐処理は完璧なのだそう。よってメツセイもこのような状況は初めての体験らしい。

「あ、そうだ。ボールボーグ関連で一つ皆さんに聞きたい事があるんですけど――――」

「おう? どうしたんだ兄ちゃん?」

 メツセイだけでなく酒場の冒険者も、果ては受付のお姉さんまで興味津々な顔で俺を見始めた。大勢の人の前で質問なんて小学校以来だからなんか緊張する......

「あの、実物は見せられないんですけど、俺達が倒した個体の目が潰れてたんです。しかもただ怪我したんじゃなくて、よく分からない黒い煙みたいなのが顔を食べてて。そういう魔物とか魔獣ってよくいるんですか?」

「なんだそれ...聞いた事あるか?」

「さぁ? 見た事も聞いた事も無いな」

「魔法が使えないのをバカにした腹いせで俺達をからかってるんじゃ無いのか~?」

「ちげぇねぇ! さっさと白状しちまえよ!」

 なんでそうなるんだよ!? 

「お前らいい加減に――――」

「良いわよメツセイさん。こんな酔っ払いに何かを期待した私達が悪かったわ。マツル、帰りましょ!」

 ホノラは俺の手を強引に引っ張りギルドを後にしようとする。

「嬢ちゃんちょっと待ってくれ!」

 俺を反対から引っ張る形で引き止めたのはメツセイだった。

「なに?」

「さっきの詫びの話だ! 嬢ちゃんも兄ちゃんも装備がなんと言うか......簡素だからな! 良い武具屋紹介してやるよ!」

「おお! 武具屋! やっぱりあるのか!」

 俺のホノラの装備は、お世辞にも立派とは言えない物である。

 俺は師匠から貰った刀一本だけだし、ホノラに至っては完全丸腰である。今回の一件でさすがに防具位は欲しいねと二人で話をしていたところだったのだ。

「――いいじゃない! 早く行きましょ!」

「嬢ちゃんも乗り気で助かるぜ! 案内してやる!」


◇◇◇◇


 メツセイに連れられて、俺達は街の外れまで来ていた。

「――――ここだ。この店は、俺が知る限り最高の品を提供してくれる」

 メツセイが立ち止まり指さした建物は、やけにボロボロで、入口の前に掲げてあったであろう看板は掠れて文字を読み取る事は出来ない。

「メツセイさん? ホントにここであってるんですか?」

「ああ! ここの店主は...まぁなんと言うか少々ガサツでな。あんまり見てくれにゃあ興味が無い訳よ」

「だが、腕は本物だ!」と豪快に笑いメツセイはドアを開けた。それと同時に店の中からホコリとカビが解放される。

「これはガサツなんてもんじゃ無いわよ!? 何をどうしたらこんな埃だらけになるわけ?」

 メツセイを含む3人の中で一番綺麗好きであろうホノラが目を見開き驚愕の表情で叫ぶ。

「やっぱり職人って放っておくとこうなる運命なんですかね......」

 俺は師匠の家の惨劇を目にしているので動揺が少ない。何か一つを極める職人は、それ以外の部分が疎かになってしまう物なのだろう。弟子の修行とか弟子の修行とかね。

「やっぱり兄ちゃんと嬢ちゃんはお似合いのパーティだな......おーいフューネス! 生きてるかー!!」

 一体どこでそう思ったのか分からないメツセイが店の奥へ声をかける。

 少し時間を置いて、店の奥から人影が現れた。

「――――ンだよ久しぶりに客かと思ったらお前かよメツセイ......飛び起きて損したわ...」

「残念ながら本当に客だ。俺じゃないがな」

 メツセイと親しげ(?)に話すその人物は、メツセイと同じ褐色の肌で、茶髪の女性だった。名前はフューネスと言うらしい。

「ほーん...メツセイにしてはやるじゃないか。こんな可愛い男の子を連れてくるなんて......」

 近くで見るとよく分かる。フューネスはデカい! 威圧感がすごい! 後顔がちょっと怖い!

「――――食べるなよ?」

「安心しな! メツセイにはアタシが客も食べる怪物に見えてンのかい? それに、アタシはもう少し年下が好みなんだよ......」

「良かったわねマツル! 食べられそうだったけど助かって!」

 にこやかなホノラがヒソヒソと耳打ちをする。ごめんなホノラ。多分言葉通りの意味じゃないんだ。

「食べるってそういう意味じゃ......」

「違うの? じゃあなんの事?」

 あ、知らないなら大丈夫でーす。そのままでいてくださーい。

「それで、客はなんの用だい? まさか! ウチが武具屋だと知ってここに......」

「フューネス......俺が連れて来たんだから当たり前だろうが!」

 なぜ俺達がここへ来たのか、メツセイが全て説明してくれた。魔法が使えないから近接戦闘主体な事と、そしてそれに伴う装備が欲しい事を。

「――――つー訳なんだが、一つ頼まれちゃくれないか?」

「無理だな」

 無理なのかよ! 腕のいい職人じゃ無かったのか!?

「理由は2つある。まず1つに、アタシは近接戦闘主体の奴に向けた装備を作った事がない。ジジーの代まではノウハウがあったらしいが親父が儲からないからと私に作り方を教えちゃくれなかった」

 元の世界でも似た様な悩みがあった気がするな......伝統技術の後世の担い手が少ない的な問題とそっくりだ。

「そして2つ目。これが技術云々よりも問題だ」

「その心は?」

「頑丈な防具を作る為の鉱石が足りねえ。魔鉱は腐る程あるのに普通の鉱石が全くと言っていいほど手元に無い」

 フューネスが言うには、鉱石にも大まかに分けて通常の鉱石と魔力を大量に含んだ魔鉱石の2種類があるのだと。

 魔鉱石は魔力を通しやすい為様々な魔道具や魔法発動の触媒としてはよく使われるが、硬さに難点があるという事で防具には向かないそうだ。そして通常の鉱石の採掘量が段々減ってるんだと。

 そもそも魔法使いしかいないこの世界では、防具と言えば対魔力に耐性のあるローブやコートを着用するのが一般的。物理攻撃はされる前に消し飛ばすのが常識なのでこの問題はあって無いような物なのだが......

「俺達には致命的だな......」

「どうするマツル? 私達も殺られる前に殺るノーガード戦法で行く?」

 ホノラ、それは余りにもリスクがあるね。うん。

「――――という事で客とメツセイに冒険者として依頼を出そうと思う! 私が案内するので、質の良い鉱石が取れる坑道までの護衛と採掘の手伝い! 報酬はアンタ達に最高の武具防具を作ってやる! どうだい? 受けるかい?」

 フューネスはメツセイそっくりな豪快な笑みを浮かべ提案をしてきた。ホノラの方に顔を向けて見るとウキウキ顔で頷いている。決まりだな。

「その依頼! 受けさせていただきます!」

「じゃあ決まりだな! アンタら、すぐ出かけるよ! 準備しな!」

「「はいっ!」」

「あー...フューネス? 俺の報酬は?」

「メツセイにはギルドの酒場で酒でも奢ってやるよ。それが一番好きだろ?」

「流石は俺の旧知の友!! 最高だぜ! ガハハッ!」

 酒と装備で繋がる信頼。俺達は準備を整え、採掘場へと向かうのだった。


◇◇◇◇


「目無しの魔物...か......」

「はい、最近入ったばかりのマツルと言う冒険者がウッソー大森林で見たと」

 ギルド内のとある一室で受付嬢と若い男が話をしている。

「何か不吉な事の前触れかもしれない。他の地域でも目撃した人物がいないか調べておいてくれ」

「かしこまりました。ギルドマスター」

――――目を黒煙に喰われた魔物、これは僕が動く案件かもね。

 ギルドマスターは思案する。全てはこの街を、国を守るため。
「――ここが魔鉱じゃない鉱石が大量に眠ってると噂の、”イクッサ大坑道“だ!」

 フューネスの案内で俺達はサラバンド王国の裏に聳える”イクッサ山“の中腹に来ていた。

「休憩があったとは言え山道を半日は......中々にキツかったわね...」

「結構急な山道だったのに......メツセイさんもフューネスさんも平気そうですね」

 へばっている俺とホノラとは対照的に、二人はピンピンしていた。

「――――ん? ああ、俺達は同じドワーフの国、“ハントヴァック”の出身でな。その国を出入りする為にはこの山以上の険しい道を通らなくちゃならなかった訳よ」

「そうそう。この山みたいに魔獣が少ない訳じゃないからしょっちゅう襲撃を受けて」

「その度にフューネスが道ごと魔獣を吹き飛ばすから国王によく怒鳴られたなぁ! ガハハッ!!」

 メツセイとフューネスは同郷なのか。

 しかしドワーフの国ハントヴァックか......可能ならば是非とも行ってみたいね!

「――――さ、お話はこれくらいにして、そろそろ坑道に入るよ。誰か光源魔法を使える奴はいないかい?」

「あ、すまねえ......こんな事になるなら俺が使えるようになっておけば良かったな......」

 メツセイが俺達が魔法を使えない事を察してか謝りだした。確かに薄暗い坑道で灯りが無いのは探索難度が大きく変わる。

 だがしかし! 今回はそんな事もあろうかと、俺が準備してまいりました!

「メツセイさん! 大丈夫です。こんな事もあろうかとコレを持ってきました」

 俺はポーチの中をゴソゴソと漁り手の平サイズの魔道具を取り出す。

充魔(チャージ)式ポケットライト~」

 これは魔ンドラゴラクエストの報酬で買った俺達の新しい便利アイテムなのだ!

「この魔道具は魔力を充填する事で従来の光源魔法の約1.3倍(当店比)の光が出せるそうです」

「私の大量の魔力が込められているから結構持つはずよ!」

 ホノラは魔法が使えないだけで魔力の操作は出来るみたいなので、今回は魔力を充填してもらった。

 坑道の中のはずなのに、外と変わらない位の光が放たれる。

「すごい魔道具があるもんだなぁ......」

「感心は後でしな! これは先頭のアタシが持とう。よし!! じゃあ迷わないようにね!」

 先頭にフューネス、続いて俺とホノラ、最後尾にメツセイの並びで俺達はようやく坑道内部へと足を踏み入れるのだった。


◇◇◇◇

「ここも落盤してるのか......ホノラ、頼むよ」

「わかったわ! せーのっ!!」

 道を塞ぐ大岩をホノラが殴り砕く。

「いいねー! 最高だよ!!」

 どうやらこの坑道は随分と前に廃坑になっていたようで、あちこちで道が崩れていた。しかし新しく道を掘るのは               面倒なフューネス主導の元、ホノラが絶妙な力加減で落盤箇所の岩を粉々にして強引に進んでいるのだった。

 木材で多少支えられているだけの粗末な通路。いつ全体が崩れてきてもおかしくはないな。

「はは......嬢ちゃんすげぇな」

「あんまり怒らせないようにしよう......」

 女性二人が笑いながら突き進む後ろで、男二人は若干引きながらその後ろをついて行く。異世界の女性、恐るべし。

「グルギャァァァァ!!!!」

「キャァァァァァ!!!!」

 曲がり角の先でホノラと明らかに俺達の物とは違う絶叫があがる。

「何があった!?」

「ッッ!! なんでこいつが......」

 俺とメツセイが見たものは、二又の槍を持った巨大な蜥蜴だった。

「フューネスッッ!!!!」

「フューネスさんが......私を庇って...怪我を......」

 ホノラに覆い被さる形で項垂れるフューネスの背中はばっくりと裂け、血が噴き出していた。

 そこに大蜥蜴が止めを刺さんと槍を振り上げる。

「――――危ねぇ!!」

 俺の刃が間一髪で槍を受け止める。凄いパワー...俺が押し負けそうとか、どんな冗談だよ......

「早くフューネス抱えて下がれ!! メツセイ! 回復を頼む!」

「そ、それじゃあ兄ちゃんが一人で」

「俺は大丈夫! 絶対勝ちます!」

 三人が安全な場所まで下がった事を確認してから、俺は槍を弾き体制を整えた。

 ナマコ神、この蜥蜴(コイツ)、なんだか分かるか?

『なんだか段々私の呼び方雑になってな~い? まぁ良いけど。この魔物は“蜥蜴亜人(リザルドマン)”。Cランクの中でも上位の魔物ね。硬い鱗は高い魔力耐性を持ち合わせ生半可な魔法は効かない.....って君には関係ないか!』

 腹立つこのナマコぉぉぉ!! その一言が余計なんだよ。その一言で俺の心が傷付いちゃったらどーすんのって話よ。

「さてどうやって戦おうか」

 よく見たらコイツも目に黒い煙が纏わりついている。傷だらけで、恐らくだが全く見えていないだろう。

 降り注ぐ槍の雨を捌きつつ考えてみるが、何も有効打点が思い付かないね。

 まず硬いからって火力の高い技はダメだ。万が一それで天井が崩れて生き埋めなんて事になったら笑えない。だからホノラも下がらせた。

「よし! アレで行くか......」

 最っ高の作戦を思いついた。あんまり使いたく無かったけどこれしか勝つ方法がないししょうがないな。

――――

「マツル......何してるの...?」

「兄ちゃん、リザルドマンの攻撃を避けながら少しづつ攻撃してやがる!」

「でもどれも致命傷になってないわよ!? このままじゃ先に限界が来てマツルが負けるんじゃ――」

 そんな会話が俺の耳に入ったので、声をかけてみる。

「あー、安心して? もう俺の勝ちだから。メツセイさん、フューネスさんは大丈夫ですか?」

「フューネスは心配ない! 上位回復薬(ハイポーション)を飲ませた!」

「ギュリィィィ!?」

 お? リザルドマンの攻撃が徐々に遅くなってきたぞ? つまり俺の技が効いて来た訳だな?

「どーゆう事!? マツルはちょびっとしか攻撃してないわよ!?」

「何が起こったんだ......? 兄ちゃんまさか遂に魔法を――!」

 遂に攻撃の手が止まりその場に膝をついたたリザルドマンの首に刃を当てる。

「魔法は相変わらず使えねーよ。コイツは俺に攻撃を捌かれると同時に斬られてたんだよ。全身の”血管“と”筋繊維“をな」

「剣士ってのはそんな高等技術が使えるのか!」

 そりゃ、大きい二足歩行する蜥蜴の体組織なんて分かる訳が無いから適当に斬りまくったんだけどね。

 因みに、これは俺の親父一番のお気に入り剣技らしく、真っ先に教えて来た。大事なのは相手を如何に無力化出来るかだ......と。
 当時の俺はやってる事えぐいと思っていたから、まさか自分で使う日が来るとは......

燈燐(とうりん)葬亡牢(そうぼうろう)

「ギ――――!!」

 全身から血を噴き出し、筋繊維と筋を斬られた事により崩れ落ちたリザルドマンはそのまま息絶えた。

「マツルすごーい!!!!」

 後ろから勢いよく抱きついてくるホノラ。

「流石は兄ちゃんだ......まさか一人であのリザルドマンを倒しちまうとは」

 驚きと感心の入り交じった表情で俺を見るメツセイ。

「――さぁ! なんとかみんな無事に生き残れたところで! 目的の鉱石集めルゲブャ!」

 ヨロヨロと立ち上がり親指を上に立てるもそのまま血を吐くフューネス

「フューネスさんが血を吐いた!」

「馬鹿野郎ッ! お前が一番無事じゃねえんだから大人しく休んでやがれ!」

 とまぁ唯一無事じゃなかった人が回復薬を飲み切っていなかったことが判明し大慌てで全て飲ませるなどの一悶着があったものの、なんとか必要分の鉱石を集め、街まで帰ってくる事ができたのだった!


◇◇◇◇


「――――というわけで上質な硬固鋼鉱(こうここうこう)を大量に入手できた訳だが! ここで問題その1ー! アタシが近接職用の防具作れない問題はどーすんの?」

 来たぞ!! 遂に俺の鍛冶師の弟子(仮)としての経験を活かす時がっ!!

「実はもう装備の設計案はできてます! これの通りに作って頂ければなー......と!!」

「なるほどこう作れば......オーケイ!! フューネスの名に賭けて、最高の品を作ってやるよ!」

 数時間後、俺達がギルドにクエストの報告に行っている間にとんでもないスピードで出来上がったとの報告が入った。

「早いですね!」

「アタシゃ仕事は早いんだよ! それより見てくれ! これが、アンタ達の装備さ!」

 そう言って俺に手渡されたのは、それはもう美しい黒銀和風の手甲と脛当であった!

「イメージ通りの出来栄えぇぇぇ!!」

「――――そして、ホノラちゃんにはこれを」
 
 ホノラに渡されたのはクリームホワイトのナックルグローブだ。この前棘を殴りたくなさそうだったので、これで手の怪我の心配はないね!

 すごいキラキラした顔で手に嵌めている。

「私の好きな色! これでムカつく奴も魔物もボコボコにできるわね! ありがとうフューネスさん!!」

 言ってる事とんでもないけど喜ぶ姿が可愛いからヨシ!

「礼ならマツルに言いな。コイツの最高な設計図が無かったら、ここまで良い品は出来なかった! アンタどこで修行したんだい?」

「俺の師匠はグレンって言うんです。この刀も師匠の作品です!」

 俺は脇に差している刀を取り出しフューネスに見せる。

「グレン? 確かに有名と言えば有名だが、鍛冶師では聞いた事が無いね......」

 なんか含みのある言い方だが、まあいいだろ! 俺の師匠は名前が売れてるどうこうなんて気にしてないだろうし!


◇◇◇◇

 マツルとホノラが大喜びしていたちょうどその時、今日も報告を受けるギルドマスターが一人。

「――――また目無しの魔獣の報告!? ここ数日で2件はちと多いでしょうに......」

「まあまあそう仰らずに。今回もマツルさんですね。リザルドマンでしたよ?」

「ボールボーグの他にリザルドマン......え、彼って魔法使えないんだよね? めっちゃ強くない?」

「クエストカウンターで話を聞く限りではそうですね」

「魔法無しでそんなCランク中位と上位の魔獣狩れるとは思えないんだけど......うん、これは僕が直々に話を聞くべきだろうね。ウィール、彼が次ギルドに顔を出し次第僕の所へ来るよう伝えて」

 ウィールと呼ばれたいつもカウンターにいる女性は、「かしこまりました」とだけ残して部屋を去った。

――――もしかしてマツル君って......異世界から来た人だったり?

 ギルドマスターは待つ。彼に会える日を心待ちにして。

 そんな事は微塵も知らないマツルが次にギルドへ行ったのは、ギルドマスターの指示から約2週間後の事だった。
「マツルさん、お待ちしておりました。ギルドマスターがお呼びですので、二階奥の部屋へどうぞ」

 2週間振りにギルドへ行くと、すぐに受付のお姉さんから声をかけられ、あれよあれよと言う間に二階の奥の部屋へ案内された。

 ギルドマスター? そりゃあ居るか。そうだよな。で、なんでそんな凄い人が俺なんかと会おうとするんだ?

――――まさか! 「魔法が使えないようなクズは私の理想とするギルドには必要無いのですよ......消えろゴミ」

 ギ ル ド 追 放 ! !

 みたいな感じなのでは!? そこからなんか俺が意外とチートな事にみんなが気付いてなんやかんやあって「ざまぁwwww」を俺が言って俺の事見下してた奴らを全員顎で使って逆に見下す的な展開になるんですか!?

 俺には無理だ!! 人の事を見下しつつ顎で人を使ったら顎がしゃくれて水がすくえるようになってしまう!!

 それは困る! そうならないようにはどうすれば良いか? 舐められてはいけない! 

 とりあえず指を鳴らしながらヘドバンしてガンを飛ばすしかあるまいッ!!

「――では、この先でギルドマスターがお待ちです」

 めちゃくちゃ豪華かつ重厚な扉がゆっくりと開く。完全に開いてからが勝負だ!

「やあ! 君がマツル君だね! 僕がサラバンド支部、ギルドマスターの――――」

「オウオウオウ!! テメー何ガンつけてくれとんじゃコラァァァ!!!!」

 頭が取れる程振れ!! 指の骨が砕ける程鳴らせ!! 目が飛び出る程凝視しろ!! これが俺の舐められない為の奥義じゃあああああ!!!!

「え、ちょ......何!? あの......分かったから! 落ち着いてぇぇぇ!!」

――――

 俺は気が触れていた。焦り過ぎてとんでもない失態を犯してしまった......

「ギルドから追放とかじゃなかったんですね...本当にすみませんでした。早とちりでした......」

 頭が削れる程の土下座。顔が見れないッ! まじこの一件でクビとかでもおかしくはないだろ......本気でやってしまったかもしれん。

「わかってくれたみたいで良かった。とりあえず顔上げて? ゆっくり話をしようか」

「はい......分かりました...」
 
 俺が顔を上げた瞬間、目に見えない程の速さでギルドマスターの顔が目の前に来た。

 何怖い! 速いし! なんかめっちゃじろじろ見てくる!! 何!?

「ふーむ......大陸のどの種族とも顔の感じが違う。それに魔法が使えないという事前情報......君、異世界人だろう?」

 ギルドマスターは顔を元の位置に戻した後俺に指を指してそう問うた。

 バッ......バレたァァァ!! 

 どうすんべこれ!? 隠し通せる? 無理くね? この人絶対強いじゃん!! 嘘ついたらその場で処刑とか無きにしも非ずんば虎児を得ずって感じがする! 助けて美人で聡明なナマコ神様!!

『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン! ん~、誤魔化しは効かなそうだし、正直に話しちゃえば~?』

 信じるぞ?

『大丈夫だよ~結局人生なんてなるようになるんだから安心してね? もし何かあったらこの私が助けてあげるよ』

 俺は浅く深呼吸をした後、椅子に落ち着いて座り、事の顛末を正直に答えた。

「確かに俺は元々この世界の人間ではありません。目が覚めたらなんかこの世界にいて、冒険者として名を挙げたらモテるって聞いて......でも魔法使えなかったら女の子見向きもしてくれなくて......ウゥ...!」

 目から大量に汗が出る...俺が汗っつったら汗なんだよ。

「うーん......この世界にいる異世界人は召喚、転移、転生とか色々な方式でやって来るんだけど......みんな何かしらの特殊能力(ユニークスキル)を持ってるんだよね、それがあったら冒険者として有名になる事なんて簡単なんじゃないかな~? って僕は思うんだけども」

「ユニークスキル? 魔法とは違うんですか?」

 この世界に来て初めて聞いたなユニークスキル。俺はてっきり魔法の世界でそういう類の物は無いと思ってたよ。

「ユニークスキルっていうのは本来この世界の人間が稀に持って生まれる......まぁ特殊な能力の事だよ。適正と魔力さえあれば誰でも使える魔法とは一線を画す、能力者本人にしか使えない強力な力さ」

 なるほど、基本誰でも使える魔法とは違ってユニークスキルは本人にしか備わってない能力なのか。

「それで、異世界人は必ずユニークスキルを持ってるんだけど......君はそれがないの?」

 あー、あれか! ナマコ神様から貰ったあの使えない能力!! 

 えーっと能力名なんて言ったっけ......

「思い出した!! 俺も“魔法の威力を無制限に上げられる”スキル持ってました!」

「おお! いいスキルじゃないか!! じゃあそれを使う前提で君にお願いが――――」

「でも俺魔力が無くてそもそも魔法が使えないから全く意味の無いスキルなんですよね......」

「あ......」
 
 ギルドマスターはゆっくりと俺の後ろへ周り、肩にポンと手を置いた。

 本来ユニークスキルと言うのは、魔力の無い異世界人の救済措置的な役割なので、魔力に関連しない物が大半らしいのだが......どうやら俺のは違ったらしい。

「――――どんまい、」

 その憐れみを多少含んだ、優しい微笑みが逆に俺の心を深層まで抉った。


◇◇◇◇


「――――傷心の所申し訳ないけど本題に入らせて貰うね」

 そうだった、ギルドマスターは俺に聞きたい事があって俺は呼ばれてたんだった。

「俺に聞きたい事......ってなんですか?」

 大方予想はついちゃいるけど。

「その顔は僕が何を聞きたいか知ってるって顔だね。もし違ったら恥ずかしいから一応言うけど、【目無しの魔獣】について、で合ってるよね?」

「......目無しの魔獣? あぁもちろんそうですよね。はい、やっぱりそうですか」

 あっぶねぇぇぇ! 俺ァてっきりホノラと2人でBランク冒険者を埋めた話かと思ったァァァ!

 ボロが出る前に話を合わせておこう。

「それで、マツル君。君が知っている事でいい、僕に全てを教えて欲しい!」

「知ってる事って言われても.....黒い煙みたいなのに目を喰われてたって事くらいしか分かりませんよ?」

「黒い煙......新情報だね。よし! ありがとう!」

 え? これだけ? あっさりしてるね。

「――――という事で僕からのギルドマスターとしてのお願いだ」

 やっぱり何かあった......俺は知っている。こういうお願いが大体ロクな物じゃ無いと言う事を。

「君がギルドに顔を出さなかった間にも結構“目無しの魔獣”は発見されていてね......でも通常の魔獣よりも圧倒的に強い事からまだ君の2件の他に数件しか討伐報告があがってないのさ。ギルドからも支援するからさ、“第一発見者”の君が、この目無しの魔獣問題を解決してよ!」

「......嫌ですよ!!!!? 俺新米冒険者! 責任重大!」

「もし君が解決出来たら......ランクも爆上がりですごいんだろうなあ......」

「ぐっ...!」

 なんでギルドマスターがその事(俺の目標)知ってるんだ!? でもこれは流石に無理難題がすぎるってものではなかろうか?

「――――じゃあこうしよう! もし僕と戦って勝つ事が出来たら、この話は無かった事にしてあげる! どう?」

 えぇ......こんな条件出すくらいなんだからめっちゃ強いじゃんギルドマスター!
 
 でも、いくらなんでもあれもダメこれもダメは筋が通らないよな......

 よし! 今の俺の強さがどの程度の物なのかを推し量るのも兼ねて戦ってみるか!

「――――その話乗った!! 俺が勝っても文句言わないで下さいよ!」

 ギルドマスターは「楽しそうだね」とだけ呟き先にどこかへ行ってしまった。


◇◇◇◇


「この前ヤリナとモクナを2人同時に相手取って瞬殺した新人が今度はギルマスと戦うんだってよ!」

「お前どっちが勝つと思う?」

「流石にギルマスだろ!」

「でも俺ァギルマスが直接戦ってる所なんて見た事がないぜ? あの速さがあれば新人もワンチャン―――」

 そんな会話があちこちで聞こえる。

 俺とギルドマスターはギルド地下にある訓練場に来ていた。何故か外周には観客席が併設されており、そこは大量の冒険者で満員だ。

「なんでこんなに人がいるんですか!?」

「あ~、僕が集めたんだ!」

 ギルドマスターはそう言うと俺に文字と魔法陣の書いてある紙を渡してきた。

「えーとなになに?『最強VS最強の大決戦!! 期待の新生(ホープ)マツルVSサラバンド最強その3の男ギルマス! 勝つのはどっちだ!? (裏面に転送用魔法陣が描いてあるので、クエスト中の方もぜひ戻ってご観覧ください)』......」

「これをサラバンド支部の全冒険者に転送したんだ! 僕が最強って所をみんなに見せる為にね!」

 目立ちたがり屋すぎるだろ!! 何このギルマスに降り注ぐ声援! なんか『ギルマス勝って!!』って書いてある横断幕出てるし! 

 ってあの横断幕、持ってるのこの前俺達が助けた女性冒険者の皆さんじゃん!

「マツルーーー!!」

「兄ちゃん!!」

 ッ! この声はホノラとメツセイ!? 

 そうか全冒険者に通達が行ったならアイツらも来てるのか! 俺の応援をしに来てくれたんだ――――

「あんたギルマスってめっちゃ強いらしいのよ!? 今のうちに降参しちゃった方が良いわよー!」

「兄ちゃんアレだ!......怪我だけはしないようにしろよ!」

 応援じゃなかったんかいィィィィ!!!!

「なんかこの空気で負けるの腹立つ! 絶対勝ってやるわ!!!!」

「君のそういう心意気が僕は好きだぜ!」

「ルールは一撃でも相手に当てた方が勝利となります! では、用意......初め!!」

 そう言って受付のお姉さんが笛を鳴らすと同時、

 俺は地面を蹴り、一瞬で俺の間合いにギルドマスターを入れる事に成功した。

 一撃で決める!

【居合”四――――!】

「確かに速い......けど、僕の知覚速度からしてみたら遅い方だし、何より君の身体は鉛の様に重そうだよ?」

「何!?」

世界共有(ワールドワイド)

 なんだ!? 身体が急に重く! これがギルドマスターの魔法!? 

「動きが――!」

「それに、その刀とやらの扱いもなってないね。今にもどこかへ飛んでいきそうに見えるよ」

「ふざけんな―――!」

 力任せに重い右腕を振り上げると、その勢いのまま俺の刀は手を離れ地面に突き刺さった。

「はぁ!? どういう事だこれッ!」

「これが僕の思う世界......それを君と共有しただけさ」

 共有? クソ! 身体がみるみる重くなって......

 俺は自分の体重を支えきれなくなり、うつ伏せに倒れ込んでしまった。

 そこにギルドマスターは近寄り、俺だけに聞こえる声で耳打ちをする。

「これが僕のユニークスキル【共有】。僕に見えている、考えている世界を君と共有したんだ。これ、みんなには秘密ね?」

 なんだよその能力......じゃあギルドマスターが”マツルの身体は重い“と思ったから本当に重くなっちまったのか? 

 こんなの、せーので戦い始めた時点で俺の負けじゃねぇか...俺もこんな強いスキルが良かったな......あれ、なんかめっちゃ悔しくなってきた。

「ぐっ......負けるかァ...!!」

「そんなに手足を動かしても無駄だよ。チャチャッと負けを認めないと怪我するぞ?」

「うるせぇなぁガチャガチャとッ!!!!」

 よし! 全身に力入れたら立てたぞ!

「嘘ォ!? 僕のスキルが破られ.......いや、そんなハズは――――!」

 俺が立てた理由? そんなの決まってるだろう!!

「根性!」

「なにそれェェェ!」

「じゃあギルドマスター、一発殴らせて頂きますッ!!」

 俺はホノラから殴られ続けけた事で殴り方を学んだ。身体が重いなら!! その分威力も上乗せされるッ!!!!

「これは僕の負けかな......なんてね」

 誰に聞こえたか分からない程の声でそう呟くと、ギルドマスターは俺の拳を受け止めるように両手を突き出した。

【防御魔法 反射防御壁(リフレクト・ウォール)

 俺の拳がギルドマスターの手に触れた瞬間、全衝撃......それ以上の衝撃が俺の身体を駆け抜けた。

「グァァァァッ!!!!」

「攻撃の威力を倍以上にして跳ね返す上位の防御魔法だよ。スキルは解除したけど、それでも暫くは立ち上がれないだろうね」

「くっそぉ~! 俺の負けだ!!」

 観客席が揺れる。凄まじい歓声だな......中には俺の事を賞賛するような声も混じっている。

「マツル! 大丈夫!?」

 観客席とフィールドを隔てる柵を蹴り飛ばしてホノラが駆け寄ってきてくれた。

「あぁ、なんとか生きてる......でも完璧に負けちゃったよ...」

「もっと腰を入れないからよ! 私なら魔法が反応するより早く殴り飛ばせてたわ!」

 そんなはずは無いと思うのだが、この笑顔をみると本当にやりそうでちょっと怖い。

「いやぁ良い勝負だったね! これは皮肉でもなんでもなく純粋な気持ちだ。まさか【世界共有】が破られるとは思わなかったよ......でも、僕の勝ちだから、分かってるよね?」

「はい、俺はやると決めたら全力でやる男ですよ」

「いいえ。この勝負、マツルさんの勝利です」

「え?」

「えぇ?」

「「「えェェェェェェ!?」」」

「ウィールちゃんそれはないよ~! だって俺打撃の全衝撃を完璧に反射したよ!? それでマツル君ダウンしたし負けも認めてたよ!? なんで僕が負けなのさ!」

「完璧に反射できたからこそ負けなのです。私は、先に攻撃を《《当てたら》》勝利と宣言したので、反射するしないは関係なく、拳を当てた時点でマツルさんの勝ちです」

「という事は?」

 ざわりと観客席がどよめきだす。

「マツルの大逆転大勝利ィ!!!!」

 ええぇぇええええ!? そんな事ある!?

 おぶさって来たホノラを降ろしながらふと前を見てみるとギルドマスターは困惑の表情を浮かべていた。多分俺も似たような顔をしているだろう。

「マツル君、まぁ......僕は試合に勝って勝負に負けた感じだね......てことであの話は無かった事に――――」

「いや、やらせてください。俺は一度やると言った身。責任を持ってこの問題を解決します」

「なになに!? 強い魔物や魔獣と戦えるの?」

 ホノラが身震いしながら話に割り込んで来た。めっちゃ楽しみにしてるじゃん戦闘狂(バトルジャンキー)過ぎるだろこの子。

「俺の相棒もこう言ってる事ですし、俺に......いや、俺達に任せて下さい」

「よし! じゃあギルドマスター直々の依頼だ!! 『目無しの魔獣を討伐して、その原因の調査解決に当たる事』!」

「「はい!!」」

 こうして、俺とホノラは目無しの魔獣が何処から来て、どうして生まれるのかを調査する事になったのだった。

 この一連の事件の先に何が待っているのかもまだ知らずに。
「――――はい! マツル君にはギルドマスターからの支給品として素敵なプレゼントがありまーす!!」

 早朝、俺とホノラが“目無しの魔獣”発生の原因を探るべく出発しようとしたところをパジャマ姿のギルマスに呼び止められた。

「朝っぱらからテンション高いですね......それで、俺への支給品ってなんですか?」

「やっぱり気になるかい? 気になっちゃうよね!? よしそんなマツル君にはこれをあげちゃおう!」

 朝からこのテンションはキツイな......ダメだホノラ。相手は仮にもギルドマスターだ。幾ら朝からコレだからって殴ろうとするんじゃない。

 俺に手渡されたのは一冊の本だった。しかし表紙と背表紙しか無いぞ?

「『月刊ギルド!! 新人冒険者入門シーズン特別特集号』?」

 何だこの元の世界の少年誌のような絵柄は......まさか異世界でデフォルメキャラを見ることになるとは思わなかったぞ......

「そのとーり! この本はギルド本部から月に1回出版される全冒険必読の総合情報誌なんだよ! 普段はランクアップの秘訣とか魔道具の魔法通信販売とか昔の神話に絵を付けた読み物とかが載ってるんだけど――――」

 ほぼ日本の少年誌じゃねぇか!!!! 

 絶対これ日本人が出版の片棒担いでるだろ!

「今回は新人冒険者が沢山ギルドに来る時期だから、今までに確認された魔獣や魔物のありとあらゆる情報が詰め込まれた売り切れ必至の最強号なのだ!」

 めちゃくちゃ便利じゃん! 異世界の少年誌すげーな!

「つまり、これを使って目無しの魔獣討伐を捗らせてね......って事ですよね?」

「そう! それで、こんな朝早くからなんのクエストに行くの?」

 俺達がこれから向かうのは魔獣に占領された隣の村の聖堂だ。どうやらDランクの“下位戦猫(レッサーキャット)”が数頭だけらしいので、手始めにこの依頼から行ってみるかという事になったのだった。

「隣の村って事は“チッチエナ村”か......確かに歩けば半日位かかるね。じゃあ、俺は戻ってもう一眠りするから、行ってらっしゃぁ~い」

 ギルドマスターは大きなあくびをしながら立ち去っていった。いくら早朝とは言え呑気にまた寝るのか......

 おっと、早めに行かないと今日中に帰って来れなくなってしまう。急がねば!

「それじゃあホノラ! 隣の村までしゅっぱーつ!」

「おー!」

 俺達は日が昇り始めた薄明るい草原を行くのだった。


◇◇◇◇


 さて、ただ歩くだけというのも味気無いし月刊ギルドでも読んでみるか。

「取り敢えず今まで討伐した魔獣は正攻法で倒そうとするとどんななのか見てみよう」

 つか、そもそも魔物と魔獣って何が違うんだ?

 そう思いながら表紙をめくると、見開きが光だし、文字が浮かんできた。

 なるほど! こうやって読みたいページを魔法で出すからそもそも紙とかが必要無いのか! やっぱり異世界の少年誌すげぇ!!

「えーと?『魔物は魔力を持つ亜人族以外の生物の総称で、その中でも動物の見た目なのが魔獣』」

 つまりボールボーグは魔獣で、リザルドマンは魔物って分け方が正しいのか? ややこしいから統一しとけよ。

 じゃあ本題の、今まで倒した魔物達の正攻法だな。

「ボールボーグは......『巨大な針の球になって突進してくるので近付かれる前に高火力魔法で吹き飛ばしましょう。それが不可能なら罠魔法などで埋めてしまいましょう』......」

 うん、じゃあリザルドマンは?

「なになに?『魔法に対して高い耐性を所持しているので、耐性を貫通できる位の高火力で吹き飛ばしましょう』......」

 脳筋が......脳筋が過ぎるッ!!!! なんの対処法にもなっていない! 威力大正義すぎるだろ!

 ん、待て。まだ続きが書いてあるぞ?

「『――――尚、会話が可能な個体は進化して純粋な亜人族、“リザードマン”になる可能性があるので討伐はしないように!』進化?」

 魔物って進化するのか。それでいて進化すると人間と同じ扱いになると......なんかこの世界の魔物事情難しいなー

「――――マツル? 私疲れちゃったんだけど......」

 後ろを歩いていたホノラから声をかけられた。月刊ギルドを読むのに夢中で自然と歩くのが早くなっていたようだ。

「じゃあ少し休憩でもする?」

「それは大丈夫よ。その代わり投げても良い? 移動を短縮出来るわ!」

 お、移動を短く出来るのは良いな! でも一体何を投げるんだ?

「じゃあちょっと背筋を伸ばして立って......」

「うん、」

「行くわよ! 歯を食いしばって!」

 そう言うが早いか、ホノラは直立不動の俺を槍投げの要領でブン投げて、その上に飛び乗った。

「ぇぇぇぇ!? ちょっとホノラ!? 嘘だろ!?」

「はやーい! 飛んでる! これでチッチエナ村までひとっ飛び! 帰りもこうしましょ?」

「二度とごめんだァァァァ!!!!」

 数十秒でもう村が眼下に見えてきた。速度だけはまじで一級品だなこれ。

 あれ? これどうやって着地するの?

「ホノラさんホノラさん? これどーやって着地すれば良いですか?」

「あ......! 頑張って!」

 絶対そこまで考えずに俺の事投げやがったな!? ふざけんなよ!

「ぶつかるゥゥゥッ!!」

 ズガン! と凄い音をたてて俺は頭から地面に突き刺さった。その数秒後に、どのタイミングで離脱したか分からないホノラが俺の横にふわりと着地した。

 頭を引き抜いて辺りを見回してみると、ちょうど聖堂の目の前にいた事がわかった。

 既に扉は開いており、中から戦闘音が聞こえてきた。

「アイツ.......! 俺が頭抜くのに手間取ってる間に一人で始めたな!? 詳しい頭数は聞いてないんだから慎重に行こうって話し合ったのに!」

 急いで俺も中に入ると、既にレッサーキャットは7匹倒れており、ホノラは最後の1匹と戦闘をしていた。

 やっぱり目の部分に傷が付いていて潰れていた......今ホノラが戦っている1匹にもやはり目の辺りに黒い煙が纏わり付いている。

 黒煙は対象が死ぬと消えるのか...? 

「ホノラ! 助けは必要か?」

「大丈夫よ! もう...片付くわ!」

 その言葉通り、レッサーキャットは既に満身創痍、意識があるかどうかすら怪しい狂ったような形相で何度も飛びかかってはホノラに軽くあしらわれていた。

「ごめんね猫ちゃん! ほんとはこんな事したくないんだけど村の人とかに被害が出てるから!」

 その迷いの無い拳は確実に腹を捉え、レッサーキャットは殴られた勢いのまま壁に叩きつけられた。

「やったか?」

「楽勝! 今回はマツルは移動手段だけだったわね」

 そういえば俺何もしてないな。まぁたまにはこんなクエストもあっても良いか――――

「キシ......」

 崩れた壁の瓦礫の中から鳴き声が聞こえる......

 その瞬間、俺達はおぞましい空気の震えを感じ思考が生じる前にトドメを刺そうと身体が動いていた。

 今殺しておかなければ、コイツ(レッサーキャット)はヤバい......と。

――――しかし、思考より速く動いた俺達より一瞬早く、レッサーキャットの周りを覆っていた瓦礫が爆音と共に粉微塵になった。

 いや、爆音ではなかったのかもしれない。その時既に俺達の聴覚は奪われていたのだから。

―なんだ今の!? ホノラ! 大丈夫か!?―

―あ......―

 ホノラは目、鼻、耳、口から血を垂れ流し力無く突っ立っていた。気を失っているようだ......

 そして今気づいた。俺も耳が聞こえない...何があった!?

『......ちょっとまずいかもね...マツル君は私が聴覚保護を急いでかけたから一時的な聴覚異常で済んでるけど、彼女は危険な状態だ。すぐにでも回復魔法をかけないと』

 そんな......! レッサーキャットのどこにこんな能力が!

『今、瓦礫を粉にして出てきたアレは......レッサーキャットが進化した魔獣、”狂戦猫(キャスパリーグ)“』

 キャスパリーグ......って進化!? 魔物が純粋な亜人になる事だけじゃないのか!?

 レッサーキャット改めキャスパリーグは、先程より数倍は巨大になり、茶色だった体毛は黒く変色して禍々しい爪と牙を備えていた。

 進化しても変わらなかったのは、目の周りに黒い煙が纏わり付いていること。狂ったような表情で涎を垂らし唸っている所だ。

「――――やっと耳が回復してきた......ナマコ神、キャスパリーグの情報をくれ。事態は一刻を争う」

『私が適当に解析しておいた月刊ギルドの情報によると、あらゆる物を破壊する超音波。強靭な爪と牙。素早い動きが強みだね......てか、マツルは勝機があるの?』

「ある。一瞬で終わらせる」


◇◇◇◇


 俺の親父は言っていた。

――――我が流派は“斬れないものを斬る”事が真髄だと......

「ギィィィィ!!!!」

俺達を一瞬戦闘不能にした超音波をキャスパリーグが放つ。目が見えない分これで相手との位置や距離を測っているのだろう。

当たれば終わり。これで俺の仮説が間違ってたら結論は死。だが......

「音の疾さがあっても、当たらなきゃ意味が無いよなァ!!」

『音を斬った!?』

 その通り! これは技でもなんでもなく、親父の流派! 基礎中の基礎“刀法 滅入(めにゅう)”なのだ! これがあれば音だろうが水だろうが物理的に斬れないものを斬ることができるんだってよ!

『んな滅茶苦茶な......』

「ギャリャァァァァ!!!!!?」

 突然キャスパリーグが俺めがけて爪を振り下ろした。

 探知兼攻撃手段の超音波が通用しない事を本能で理解したのか......そうなったら人間とは桁違いの膂力で押し潰すのは良い判断だろう。

 相手が剣士の俺じゃなかったらな。

「じゃあな猫ちゃん......俺に近付いてきた時点で俺の勝ちだ」

【我流“介錯” 穫覇蝶(かるはちょう)

 それは狂気と苦しみから解放する慈愛の刃。

 俺に突き立てようとした前脚を強引に掴み地面に叩きつけ、俺は首を一刀の元切り落とした。

その瞬間、黒煙が霧のようになって散るのが見えた。やっぱり死ぬと消えるのだろう。

――――今はそんな事考えてる場合じゃない! ホノラを回復させなければ!

「ホノラ! 俺の声が聞こえてるか!?」

「あ......う......」

目は虚ろで呼吸も絶え絶えだ......

 今から村に急いで回復魔法をかけてもらう?

 いや、今の聖堂から村までまた少しだけ距離がある。この状態のホノラを動かす、またはここに置いておくのはリスクがデカすぎる。

『マツル君! 月刊ギルドだ! 今すぐ開け!』

 ナマコが頭の中で叫ぶ。本なんて今読んでる場合じゃないのに!

 そう思いながら開くと、そこには緑色に光る札がくっついていた。

「これは......! 回復の呪符!?」

『これが今月号の付録だったんだ!! 呪符は魔力のない君にも使える! 早くホノラちゃんの体に貼って!』

 俺は慌てて本から切り離し、ホノラの体に呪符を貼り付ける。

 すると呪符と身体が少し光り、その光が消える頃には呪符はポロポロと崩れていた。

「うぅ......猫は...?」

「安心しろ。俺が討伐した」

 ホノラはがっかりしたように俯いたが、すぐさま立ち上がって叫んだ。

「私もまだまだね......音如きで動けなくなるなんて! もっと強くならなくちゃ駄目ね!」

 いやね、音如きって、普通の人は死んでもおかしくなかったのよ? 

 ああいう攻撃を耐えれるようになったらもうどっちが魔物か分かんないなこれ。

「――――何やらすごい物音が......何があったのでしょうか?」

ボロボロになった聖堂へ入ってきたのは、この村の村長である老婆だった。


◇◇◇◇


「――――あなた方がサラバンドギルドの......私達の依頼を受けて下さり、ありがとうございます」

 俺とホノラは村長の家に迎え入れられ、食事をご馳走になった。

 村長から話を聞いて、色々と分かった事がある。

 まず聖堂にいたレッサーキャットは全てこの村で飼われていた魔獣だった。

 レッサーキャットは本来大人しい魔獣でこの世界ではペットとして人気が高いのだが、ある日突然暴れだし、沢山の住民を傷つけ、聖堂に立てこもったのだそう。

「それで暴れ出した日、目の周りに黒い煙が纏わり付いているのを見た......と」

「はい。初めは意識もあって、名前を呼ぶと少しは反応があったのですが、いつの間にかそれも無くなって......」

 ここまで話を聞いて、俺の中に1つの可能性が浮かんだ。

 それは、誰かに操られている可能性である。

 第三者が黒い煙を媒体とした魔法で魔物を操っているのだとしたら最近急に発生し出した事にも説明がつく。

 でも誰が? 何のために?

「分からん事を考えてもしょうがないな。村長、取り敢えず今回の依頼はこれで完了ですので、俺達はこれで。また何かあったらギルドマスターの方に」

「この度は本当にありがとうございました...」

 そう言って村長は何度も俺達に頭を下げた。

「よーしホノラ! 日が暮れる前に帰るぞ!」

「そうね! ハイ! マツルはビシッと立つ!」

 これは......まさか...!

「あああああああああああ!!!!」

「やっぱりはやーい!!」

 行きと同じように、俺はホノラに投げられ、ホノラは俺に飛び乗った。

――――

「賑やかな人達だったわね......あら、何かしら? 黒い......大波?」

 地鳴りと共に、何かが村へと迫っていた。

――――チッチエナ村が消滅したという話を俺達が聞かされたのは、それから2日後の事だった。
 ギルドマスターは、ウィールから急ぎと思われる報告を受けていた。

「――――チッチエナ村からの連絡が途絶えた? 原因は......」

「はい。最後の魔法通信が『黒い波が来た』その通信のあとすぐ調査隊を派遣。その調査隊からの報告によると、村は壊滅、生存者は確認出来る限り0と......」

調査隊を派遣したギルドマスターがこの報告を受けたのは、マツル達がサラバンドに帰還してから数時間後の事である。

「ギルドマスター!! 調査隊からの緊急報告です!」

 無造作に扉を開け、普段は各機関との通信を行っている女性が入ってくる。息は荒く、かなり焦っている様子だ。

「今度は何があった? 落ち着いて話してくれ」

「......はい。チッチエナ村近辺に莫大な数の目無しの魔獣の群れを確認......その総数は......およそ200万。現在サラバンドに向かって移動している模様......」

「200万だって!? なぜその数の魔獣に誰も気付かなかったんだ!? その数は数え間違いじゃないのか?」

「何度も魔力感知や熱源探知、解析系の魔法で確認しましたが、結果は変わらなかったそうです......」

 皆がパニックにならないよう、冷静な対応を心掛けていたギルドマスターもこの報告には驚きを隠しきれない。

 そもそも、そんな馬鹿げた数の魔獣が徒党を組んで移動するなど有り得ない話であり、どこかで大きな被害が出る前にギルド本部といくつかの支部、予想される行路周辺の国の騎士団が総力を挙げて対処しなければいけない大問題なのだ。

 それを「どこも気付きませんでした」は有り得ないと自然とギルドマスターの声も荒くなるのだった。

「......サラバンドへの到達予定日時は?」

「最速で2日後の早朝です」

「2日後......よし分かった! 現在国王の護衛とやらで全員出払っている騎士団の馬鹿共に代わり冒険者ギルド、サラバンド支部が総力を挙げて200万の魔獣の群れを撃滅する!! 全冒険者、並びにギルド本部に通達を! 国民には避難を開始するよう伝えて!」

「はいっ!」

 サラバンド支部の全冒険者がギルドへ集合したのは、翌日の深夜であった。


◇◇◇◇


「――――こんな真夜中に呼び出しって何事だよ......」

「マツル~私眠いんだけど......」

 俺達は『超特殊!? 七色に光る24色色鉛筆を見つけて来て!』のクエストの途中、ギルドマスターから転移魔法陣付きの緊急招集書が転送されてきたので、急いで帰ってきたのだった。

 カウンター前の大広間には、真夜中だというのに100人近くの冒険者と思われる人達がいる。中には見知った顔の人もいて......

「おお! 兄ちゃんに嬢ちゃん! 元気だったか?」

「メツセイさんも来てたんですね! 何の集まりなんですか? これ」

「俺も何が何だかよく分からねぇまま集められてな......しかしこれは大事だぞ? なんせサラバンド支部の冒険者がランク問わず全員集められてるし、冒険者じゃない人達は続々と避難を始めてるし......」

 全員!? 本当に何があったんだ......

「あー、みんな。先ずは僕の急な招集に集まってくれてありがとう」

 日付が変わった頃、クエストカウンターの前にギルドマスターとウィールが現れた。

「急に招集ってなんなんだー?」

「ちゃんと説明してくれー!」

そんな声があちこちから聞こえる。どうやら説明を受けていなかったのは俺達だけじゃ無いようだ。

 ギルドマスターは少し険しい顔をした後、静かに口を開く。

「――――みんな落ち着いて聞いて欲しい......今この国に魔獣の大群が迫っている。その数およそ200万、そしてその全てが例の目無しの魔獣だ」

......は? 

その時、この場の全ての人間がそう思っただろう。勿論、俺も例外ではなく呆気に取られていた。

「よって僕達ギルド、サラバンド支部は、この国の目の前に広がる大草原でその群れを撃滅する事にしました! 既にチッチエナ村などにも被害が出ているのでこのまま放置して置けば被害が更に拡大します! て事でここら辺でサクッと消し飛ばしておきましょう!」

「「「何簡単に言ってくれてんだギルマステメェ!!!!」」」

 100人の声が重なる大ツッコミが巻き起こる。

 それはそうだろう。あまりにも説明が足りない上に荒唐無稽過ぎる。何だよ200万の魔獣の大群って、頭おかしいんじゃないの?

「――――やっぱりそうだよね......ごめんみんな! 今言ったのが最初の計画だったんだけど、無理そうだったから変更したんだ! 今から伝えるのが本当の計画ね」

ギルドマスターから伝えられた本命の作戦は、それでも無茶苦茶な物だった。

 曰く、E~Cランクの冒険者、総数70人はまだ避難をしていない国民を護衛しつつギルド本部のある国へ避難。Bランク以上の冒険者はここへ残り魔獣の足止め。国民の避難が完了し次第救援が到着する手筈なのでそこから一気に押し切る......と

 つまり、国民の避難完了まで数日、そしてそこから救援が来るまで数日を30人で粘らなくてはいけないのだ。

 ここまで聞いた上でその場の誰からも文句が出なかったのは、自分の、または国の命を諦めた者が大半だったからだろう。

 数名を除いては、の話だが

「俺はまだDランクだが、“目無しの魔獣”については俺が依頼を受けている......俺は残る。いや、俺に戦わせてください!」

「逃げて守って待つって私には合わないわね......私がぶっ飛ばしてやるわ」

 俺とホノラが前に躍り出る。

「マツル君にホノラ君まで......」

「ハッ!!!! 兄貴と姉御の言う通りだ!! お前ら! 仮にも冒険者が勝負をする前から諦めて恥ずかしくないのか!? 冒険者は冒険者らしく戦うのだ!!!!」

「パンナ様が名言言った!!!!」

「流石パンナ様だぜ!!!!」

 俺とホノラの後ろから肩を叩き前へ踊り出たのは――――!

「マツル...アレ誰だっけ?」

「えーと......誰だ?」

「ハッ!! この私を覚えてないとな!? だが良いだろう緊急事態だからな!」

『マツル君! ほら、ホノラちゃんが地面に埋めて土下座させたあの!』

 ナマコ神様が補足を入れてくれた事でようやく思い出せた。

「三馬鹿!」

「私も思い出した! 女たらしの三馬鹿!!」

「酷いな二人して......」

「三馬鹿! 君達は謹慎中のはず......なぜ出てきた!」

 叫ぶギルドマスター

「なぜギルマスまで私達を三馬鹿と呼ぶのだ!? その呼び方今知っただろう今! 急なアドリブは体に悪いぞ!! だが緊急事態だ...そうも言ってられないだろう? ハッ!!!!」

「さすがのスルースキル! パンナ様最高だぜ!」

「一生ついて行きます! パンナ様!」

 うっぜぇぇぇ......下まつげ、上を脱いで決めるポーズ、下っ端の花吹雪、全てがうざい。ある意味ユニークスキルだろこれ。

「それに兄貴に姉御! 私たちはお二人の愛の鞭で変わったんだ!! まぁ兄貴はまだ私の肉体的魅力には遠く及ばない所ではあるがそれでも素晴らしい魅力だ!! 是非私を美し過ぎる舎弟として迎え入れてくれ!! ハッ!!!!」

 兄貴と姉御って俺とホノラの事だったのかよ!? めっちゃやだ......

「ねぇマツル......この三馬鹿もう一度埋めた方が良いわよね?」

「許可する」

「早まるなよ兄ちゃん達!? それにギルマスも! 三馬鹿だって腐ってもBランクの冒険者だ。この際戦える人間は多いに越したことはないだろ?」

 メツセイがホノラの制止に入る事で、三馬鹿の命日が数時間早まらずに済んだのだった。

 そしてメツセイのこの言葉が周りの空気すらも変えてしまった。

「メツセイの言う通りだ! サラバンド冒険者の俺達の総力! 魔獣共の目にもの見せてやろうぜ! 包丁と怪力娘が出張って俺達が逃げるなんて魔法使いの名が廃るわァァァ!!」

「バカ! みんな目が潰れてるって話だから何も見えてねぇぞ?」

「ギャハハ!! すぐ終わらせてみんなで祝杯だァァァ!!!!」

「「「ウォォォォォ!!!!」」」

 凄い......メツセイとパンナの言葉で流れが変わった...

 メツセイの一喝が効くのはいつもの事だとしてもパンナもこう見えてカリスマがあるのか?

「俺達の腹は決まりました。ギルドマスター、俺達に指示をくれ!」

 そう口々に叫ぶ冒険者達に若干気圧されながらも、ギルドマスターは作戦を話すのだった。

「え、あ、うん! じゃあ細かい作戦の説明をするね!」

――――ギルドマスターはこの時の出来事を後にこう語っている。

「あのね、200万って普通に考えてやばいじゃん? いくら僕が目立ちたがり屋だとしても普通に引き際は考えてるつもりよ? 僕のスキルは対大勢向きじゃないし。でも立場上先陣切って逃げる訳にはいかないからみんなに無理難題吹っかけて逃げるムード作ろうと思ってたのになんか急にやる気出しちゃって引けなくなっちゃったよ! あはは!」

 俺が“ギルドマスターが真っ先に逃げようとしていた”と言う事実を知るのは、もう少し後の話である。
 夜が明ける。太陽の光で薄く照らされている一面の草原は先日の鮮やかな緑色から一転、どす黒い塊が絨毯のように地平線の遥か向こうから大地を埋めつくしている。

「――あれが全部“目無しの魔獣”......」

「200万ってこの目で見ると圧倒的ね。マツル」

 俺とホノラ、そしてメツセイは城門の前。パンナとギルドマスター、その他のBランク冒険者は城壁の上で戦闘準備を整えていた。

「――時間だみんな。そろそろ攻撃を始めるけど、もう一度細かな作戦の確認をしておこう」

 ギルドマスターの重みのある言葉に全員が静かに頷く。

「まず城壁上のチームは、パンナの溶岩魔法で分断を図る。そこから後ろの方を高火力範囲魔法で攻撃していこう。回復魔法を使える者は待機しておいてくれ」

「「「おう!!!!」」」

 結構念入りに決めてたからな。最後まで指示たっぷりだ。

 そう言えば、俺とホノラはまだ指示を受けていないんだが、これからあるのか?

「そして、城門前のマツルとホノラは......まぁなんとか上手くやってくれ」

「雑ゥゥゥゥ!! 俺達だけ雑ゥゥゥゥ!! なんだよ“上手くやる”って! 細かくなくていいからもっと的確な指示くれよ!!」

「だってしょうがないじゃん!! 僕だって近接職動かすの初めてなんだから! 好きに暴れてとしか言えないよ! 」

 あんまりに雑な指示にキレたら泣きそうな声で反論された。「なんかごめん......」としか言えないので、取り敢えず“突っ込んで暴れる”作戦でホノラと合意したのだった。

「安心しろ兄ちゃん。何かあれば俺が援護してやるから、な?」

そう言えばメツセイも城門前なんだな。酒飲んでる所しか見た事ないけど強いんだろうか......

「――さぁ、時間だ。全住民の国外退避が完了した。パンナの魔法が発動し次第各自行動に移ってくれ」

「ハッ!!!! 承知したぞギルマスよ! とくと見よ! これがこの私の最強範囲魔法!【溶岩魔法”長城溶岩壁(壁で裂かれた愛☆回り出す運命の歯車)“】」

 パンナが魔法を発動すると、遥か前方で地平線を覆う溶岩の壁が生成された。

「ハッ......! 範囲と距離を限界まで引き伸ばしているからこの魔法はいつまで持つかわからん......早くケリをつけて貰おうか......」

「みんな!! 作戦開始だ! 相手は200万回殺さないと永遠に再生する一つの生物だと思って対処してくれ!」

「「「了解!!!!」」」

 ギルドマスターの声と同時に、城壁の上から数多の高火力範囲魔法が降り注ぐ。

 火炎、激流、烈風、顕岩。様々な爆煙が魔獣の塊を散らしていく。

「すっげ......」

「見蕩れてる場合じゃないわよマツル! 私も遅れてられないわ!!」

 ホノラは目をキラキラさせ、身震いしながら突っ込んで先頭部分を吹き飛ばし始めた。

 パンチ一発で30匹位一気に消し飛んでる気がするんだけど......

「ホノラって本気だとあんなパワー出たのか......俺も負けてられねぇな!!」

「兄ちゃんこれを使いな!」

「これは?」

メツセイから手渡されたのは二枚の呪符だった。

「それは身体強化(アームドバフ)の魔法が込められた呪符だ! お二人の為に王国大図書室の奥底で見つけてきた! 使ってくれよ!!」

 この前フューネスに使用した回復の呪符同様、胸に当てると呪符はポロポロと崩れ身体に染み込んでいった。

 凄いぞこれ! 力が漲るってこういう感覚の事を言うのか!

「メツセイありがとう! 俺も行ってくる!!」

「あと一枚は嬢ちゃんに渡してくれよー!」

その言葉を後に、俺も魔獣の中へ突っ込んで行くのだった。
 ナマコ神様、この魔獣の大群の解析はできてるか?

『もうできてるよ~。えっとね、大半はEからDランクの魔物だね。強さ自体は目の周りの黒煙で変わったりしないみたいだからはっきり言えば君達の敵じゃないね』

 “大半は”って事は、Cより上のランクの魔獣もいるって事だよな?

『そうだね。私の感知に引っかかっただけで10体はいるよ』

 よし、これで俺が倒すべき標的は決まった。あとの問題はどこにいるかも分からないソイツを探すのに周りの雑魚を殺し続けなければいけないという事だな。

「やってやるぜウォォォォォ!!!!!!!!」

 先ずちょこっと力を入れて横に薙ぎ払ってみた。大体10体吹き飛んだ。

 体力温存の為にもまだ剣技は使えない......地道にやっていくか。

 俺は片っ端から刀を振り回して切り刻む作戦で無限と思える程湧いてくる魔獣を蹴散らすのだった。

――――

 大体一時間が経過した頃、ギルドマスターから通信が入った。

―マツル君、君の今いる位置から右側に進んでくれ。高い魔力反応がある......近くにホノラ君もいるから、二人で対応に当たるように―

 ようやく見つけたぞ強い魔獣! やったるでホンマァ!

「――――ホノラ! いるなら返事してくれ!」

「アハハハハッ!! どうしたのどうしたのォ!? 雑魚が徒党組んだ位で私に勝てると思ってるなら大間違いよ!!!!」

  あ、ダメだ、全然聞こえてない。

 だってもうアレだもん。目が完全にイッちゃってるもん。猟奇殺人鬼みたいな笑い方しながら魔獣を一気に吹き飛ばしてるもん。

 どうやったら俺の声が届くんだ......? 恐らく俺が体を張って制止したら俺ごと殺し始めかねない......

 戦闘狂(バトルジャンキー)のホノラが喜ぶような事......あ、そうだ。丁度良いのがあるじゃん!

「ホノラー!! あっちにめっちゃ強い魔物がいるってよ! 行こうぜ!」

「ホント!? 早く行きましょ!」

 よし! 成功だ!

 俺はホノラと共にギルドマスターの言う位置へと向かう。

 そこには、他の魔獣より何倍もでかい化け物がいた。

 その魔獣は、白銀の狼であった。

 他の魔獣と違うのは、その圧倒的な威圧感だけではなく、目を黒煙に喰われていなかったという事だ。

 わーめっちゃ鋭い目してる。めっちゃ俺らの事睨んでるじゃん......

「我は偉大なる白銀閃狼(ワイヴァーグリッドウルフ)の末裔にして魔王ニシュラブの配下である!! 我らが歩みを邪魔しているのは貴様等だな? 良いだろう! この我自らが――――」

「マツル見てよほら! でっかい狼が喋ってるー! すごいわよすごいわよ!」

「なんで狼が喋るんだよ! おかしいだろ異世界!!」

「黙れよ貴様等ァ!!!! 今我の喋りのターンだったじゃん! 別に良いだろ狼が喋ってたって! 今は亀だって空飛ぶ時代なんだぞ!? 我が話してる時は黙って聞けよぉぉぉ......」

 なんか今凄い無茶苦茶な理屈で怒られたぞ俺達......

 無視してしまったことに切れたのか、狼は地面が揺れる程の地団太を踏んでいる。

「すまん、悪かった! ほらホノラも謝って!――続けていいよ」

「ごめんね狼ちゃん......話遮っちゃって。続きはなんて言うの?」

「この状況で話続けれる奴いねぇだろぉぉぉぉ......!!!! なんかすっごい可哀想な奴みたいじゃん我!」

 傲岸不遜って感じの態度だったのに割と繊細で面倒臭いなこの狼。

「じゃーどうすんの?」

 狼は軽く咳払いを挟み話を続けた。

「コホン......この我を止めたくばァ! 我と闘いその力を証明するがいい!!」

 その咆哮は先の軟弱な態度とは正反対に威圧増し増しで、空が、大地が、俺達の体がビリビリと震えさせる。

「分かりやすくて良いな」

「マツルと一緒に戦闘って何気に初めて? なんかドキドキするわね」

「二人同時か......良いだろう! かかって来い!!!!」

 あ、めっちゃ前脚チョイチョイってしてる! 挑発のつもりなんだろうけど可愛い!

 だが、可愛いからって油断は禁物だな。あの威圧感はマジだ......

 ナマコ神様、あの狼単体での解析はできるか?

『もうできてるよ~。アレはね、Aランクの中でも上位の強さを誇るクソ強魔獣だね。ぶっちゃけ二人での連携が完璧でも勝てるか怪しいマジのガチで化け物だよ』

 そんなに強いのか......ただまぁ、やってみない事には分からないよな。

「先手必勝!!【居合 四王(しおう)“東”斬鬼(ざんぎ)】!!!!」

 俺が今使える剣技の中で最速を誇る居合斬術。

 自分の音を忘れたかのような断空の一閃は確実に狼の頸を捉えた。

 しかし、狼の首は落ちなかった。

「硬すぎだろ......見た目モフモフですげー触り心地良さそうなのに、ほとんど鋼鉄だぜ」

「先手必勝......では無かったのか? 鬼は斬れても、()は斬れなかったようだな」

 狼は後ろを振り向きニヤリと嗤う。

「――――俺は今背を向けてるぞ? トドメを刺しておかなくていいのか?」

「ほざけ小僧。背を向けた無防備な相手を殺すのは我の誇りと流儀に反する」

 魔獣も誇りとか流儀とか言うのな。見た目も相まってちょっと、いやかなりかっこいいぞ。

「余所見なんてしてても良いの!!!! 今度は私の番なんだけど!」

 ホノラが拳を大きく振りかぶり突進する。

「喰らいなさい!!!! 私の必殺!」

「小娘の拳など痛くも痒くもな――――」

「回し蹴り!!!!」

 ホノラは振りかぶった腕を地面に付け、勢いそのままに回し蹴りを繰り出した。

 狼の頸にホノラ渾身の蹴りは命中。その衝撃波は直線上の地面を抉り、魔獣を粉のように吹き飛ばした。

「ア......ガ...ビビった......まじで油断した......」

「いったぁぁぁい!!!! (スネ)! 脛で蹴っちゃった! 痛い! めっちゃ痛い!」

 首を痛がる狼。脛を痛がるホノラ。

 なんだろう、攻撃した方もされた方もダメージ喰らうのって珍しいね!

「小娘ェ......舐めた事をしてくれるではないか......」

 狼は怒りでプルプル震えていた。

「舐めてないわ! 蹴ったのよ。てか、私小娘じゃないし」

「じゃかあしい!!!! そういう事言ってんじゃないんだよ!」

「知ってますぅ~! わざと言ったんですぅ~! 狼ちゃんも、こんな小娘の言葉にいちいち怒って恥ずかしくないんですかぁ~? プークスクス!」

 ホノラがすっごい調子に乗り出した。

 おいおいあんまり刺激するとヤバいんじゃないか?

「あまり我を舐めるなよ! いや物理的にじゃなく心理的にだ! 喰らえ!【閃狼魔法“深淵乱剛雷(アビスサンダーレイ)”】!!!!」

「キャァァァァッ!!!!」

「ホノラァァァァ!!!!」

 十数本の白い雷がホノラ目掛けて降り注いだ。轟音と共に落ちた雷は地面を焼き焦がし、狼にとって味方であるはずの魔獣達ごとホノラを焼き払ってしまっていた。