異世界ハードモード!〜持ってるチートスキルが使えなくても強くなれる剣士として努力を続けようと思います!〜

 ナマコ神様、この魔獣の大群の解析はできてるか?

『もうできてるよ~。えっとね、大半はEからDランクの魔物だね。強さ自体は目の周りの黒煙で変わったりしないみたいだからはっきり言えば君達の敵じゃないね』

 “大半は”って事は、Cより上のランクの魔獣もいるって事だよな?

『そうだね。私の感知に引っかかっただけで10体はいるよ』

 よし、これで俺が倒すべき標的は決まった。あとの問題はどこにいるかも分からないソイツを探すのに周りの雑魚を殺し続けなければいけないという事だな。

「やってやるぜウォォォォォ!!!!!!!!」

 先ずちょこっと力を入れて横に薙ぎ払ってみた。大体10体吹き飛んだ。

 体力温存の為にもまだ剣技は使えない......地道にやっていくか。

 俺は片っ端から刀を振り回して切り刻む作戦で無限と思える程湧いてくる魔獣を蹴散らすのだった。

――――

 大体一時間が経過した頃、ギルドマスターから通信が入った。

―マツル君、君の今いる位置から右側に進んでくれ。高い魔力反応がある......近くにホノラ君もいるから、二人で対応に当たるように―

 ようやく見つけたぞ強い魔獣! やったるでホンマァ!

「――――ホノラ! いるなら返事してくれ!」

「アハハハハッ!! どうしたのどうしたのォ!? 雑魚が徒党組んだ位で私に勝てると思ってるなら大間違いよ!!!!」

  あ、ダメだ、全然聞こえてない。

 だってもうアレだもん。目が完全にイッちゃってるもん。猟奇殺人鬼みたいな笑い方しながら魔獣を一気に吹き飛ばしてるもん。

 どうやったら俺の声が届くんだ......? 恐らく俺が体を張って制止したら俺ごと殺し始めかねない......

 戦闘狂(バトルジャンキー)のホノラが喜ぶような事......あ、そうだ。丁度良いのがあるじゃん!

「ホノラー!! あっちにめっちゃ強い魔物がいるってよ! 行こうぜ!」

「ホント!? 早く行きましょ!」

 よし! 成功だ!

 俺はホノラと共にギルドマスターの言う位置へと向かう。

 そこには、他の魔獣より何倍もでかい化け物がいた。

 その魔獣は、白銀の狼であった。

 他の魔獣と違うのは、その圧倒的な威圧感だけではなく、目を黒煙に喰われていなかったという事だ。

 わーめっちゃ鋭い目してる。めっちゃ俺らの事睨んでるじゃん......

「我は偉大なる白銀閃狼(ワイヴァーグリッドウルフ)の末裔にして魔王ニシュラブの配下である!! 我らが歩みを邪魔しているのは貴様等だな? 良いだろう! この我自らが――――」

「マツル見てよほら! でっかい狼が喋ってるー! すごいわよすごいわよ!」

「なんで狼が喋るんだよ! おかしいだろ異世界!!」

「黙れよ貴様等ァ!!!! 今我の喋りのターンだったじゃん! 別に良いだろ狼が喋ってたって! 今は亀だって空飛ぶ時代なんだぞ!? 我が話してる時は黙って聞けよぉぉぉ......」

 なんか今凄い無茶苦茶な理屈で怒られたぞ俺達......

 無視してしまったことに切れたのか、狼は地面が揺れる程の地団太を踏んでいる。

「すまん、悪かった! ほらホノラも謝って!――続けていいよ」

「ごめんね狼ちゃん......話遮っちゃって。続きはなんて言うの?」

「この状況で話続けれる奴いねぇだろぉぉぉぉ......!!!! なんかすっごい可哀想な奴みたいじゃん我!」

 傲岸不遜って感じの態度だったのに割と繊細で面倒臭いなこの狼。

「じゃーどうすんの?」

 狼は軽く咳払いを挟み話を続けた。

「コホン......この我を止めたくばァ! 我と闘いその力を証明するがいい!!」

 その咆哮は先の軟弱な態度とは正反対に威圧増し増しで、空が、大地が、俺達の体がビリビリと震えさせる。

「分かりやすくて良いな」

「マツルと一緒に戦闘って何気に初めて? なんかドキドキするわね」

「二人同時か......良いだろう! かかって来い!!!!」

 あ、めっちゃ前脚チョイチョイってしてる! 挑発のつもりなんだろうけど可愛い!

 だが、可愛いからって油断は禁物だな。あの威圧感はマジだ......

 ナマコ神様、あの狼単体での解析はできるか?

『もうできてるよ~。アレはね、Aランクの中でも上位の強さを誇るクソ強魔獣だね。ぶっちゃけ二人での連携が完璧でも勝てるか怪しいマジのガチで化け物だよ』

 そんなに強いのか......ただまぁ、やってみない事には分からないよな。

「先手必勝!!【居合 四王(しおう)“東”斬鬼(ざんぎ)】!!!!」

 俺が今使える剣技の中で最速を誇る居合斬術。

 自分の音を忘れたかのような断空の一閃は確実に狼の頸を捉えた。

 しかし、狼の首は落ちなかった。

「硬すぎだろ......見た目モフモフですげー触り心地良さそうなのに、ほとんど鋼鉄だぜ」

「先手必勝......では無かったのか? 鬼は斬れても、()は斬れなかったようだな」

 狼は後ろを振り向きニヤリと嗤う。

「――――俺は今背を向けてるぞ? トドメを刺しておかなくていいのか?」

「ほざけ小僧。背を向けた無防備な相手を殺すのは我の誇りと流儀に反する」

 魔獣も誇りとか流儀とか言うのな。見た目も相まってちょっと、いやかなりかっこいいぞ。

「余所見なんてしてても良いの!!!! 今度は私の番なんだけど!」

 ホノラが拳を大きく振りかぶり突進する。

「喰らいなさい!!!! 私の必殺!」

「小娘の拳など痛くも痒くもな――――」

「回し蹴り!!!!」

 ホノラは振りかぶった腕を地面に付け、勢いそのままに回し蹴りを繰り出した。

 狼の頸にホノラ渾身の蹴りは命中。その衝撃波は直線上の地面を抉り、魔獣を粉のように吹き飛ばした。

「ア......ガ...ビビった......まじで油断した......」

「いったぁぁぁい!!!! (スネ)! 脛で蹴っちゃった! 痛い! めっちゃ痛い!」

 首を痛がる狼。脛を痛がるホノラ。

 なんだろう、攻撃した方もされた方もダメージ喰らうのって珍しいね!

「小娘ェ......舐めた事をしてくれるではないか......」

 狼は怒りでプルプル震えていた。

「舐めてないわ! 蹴ったのよ。てか、私小娘じゃないし」

「じゃかあしい!!!! そういう事言ってんじゃないんだよ!」

「知ってますぅ~! わざと言ったんですぅ~! 狼ちゃんも、こんな小娘の言葉にいちいち怒って恥ずかしくないんですかぁ~? プークスクス!」

 ホノラがすっごい調子に乗り出した。

 おいおいあんまり刺激するとヤバいんじゃないか?

「あまり我を舐めるなよ! いや物理的にじゃなく心理的にだ! 喰らえ!【閃狼魔法“深淵乱剛雷(アビスサンダーレイ)”】!!!!」

「キャァァァァッ!!!!」

「ホノラァァァァ!!!!」

 十数本の白い雷がホノラ目掛けて降り注いだ。轟音と共に落ちた雷は地面を焼き焦がし、狼にとって味方であるはずの魔獣達ごとホノラを焼き払ってしまっていた。
「嘘だろ......ホノラが......」

「クァハハハ!! みたか小僧! これが我の力! 我とその一族のみが使える究極の魔法!“閃狼魔法”!! ほんの雑魚処理用ですらこの威力だ!」

「はーびっくりした!」

「――この声は......」

 もうもうと立ち上る煙の中から現れたのは他の誰でもないホノラであった。
 服こそ焼け焦げているが、その白い肌には傷一つ付いていない。

「ナニィィィィ!? 我の閃狼魔法を喰らって無傷だと!? いや、上手く避けたに違いない! 今度は外さん! 死ねぇ!【閃狼魔法 轟狼六光雷(ウルフバーン・ヘキサグル)】!!!!」

 “アビスサンダーレイ”を6個同時に放ち、それらがホノラに向かって一斉に襲いかかる。
 狼の上位魔法は、確実にホノラの身体を貫いた。

「流石にこれはまずいんじゃねぇか!? ホノラァァァッ!!!!」

「アバババババッ!」

 大丈夫そうだ。本当にこんな雷撃喰らってる奴は恐らく「アバババババッ!」なんて言わない。

「このクソオオカミ! これ以上服が無くなったら帰れないでしょ!? どうしてくれるの!?」

 ホノラはクレーターのように抉れた地中から怒りを前面に出した鬼の様な形相で狼を睨み付けていた。

 ホノラの身体を覆う布面積は既にギリギリアウトな範囲まで減っていた。

 直視したらブチ殺されるから目を逸らしておこう。

「なぜ無事なんだこの小娘は!? あの魔法は我の切り札だぞ......? 我が最強の魔法だぞぉぉぉ!!」

 俺狼なんて今日初めて見たのにこれが困惑の表情をしているとはっきり分かる位困惑した表情をしている。

 俺だって同じ気持ちだよ! ホノラって時々化け物より化け物してないか?

「なぁ小僧よ......貴様付き合う奴は考えた方が良いぞ?」

 初めの威厳のあった切れ長の目からは想像もつかない程に丸くなった目を狼はこちらに向ける。
 そんな目で見るなよ! なんかちょっと悲しくなるだろ!?

「その潤んだ目でこっちを見るなぁ!!!! 俺達と相対した時の威厳を取り戻せよI☆GE☆Nをよォ!」

「黙れ小僧!!!!」

 狼は気を持ち直した。目がかっこいい方に戻ったのだ。

「――――貴様にこの我の傷付いたメンタルを癒す事ができるのか!? 出来ないであろう? ならば我は証明する!! 貴様を我の魔法で殺し、やはり我の魔法は最強であったと言う事を!!」

 なんか話がおかしな方向に飛躍したぞ!? さてはこのクソ狼、ホノラに自分の魔法が効かなかった腹いせに俺の事殺っちゃおうとしてる?

「さっきまで“誇り”だの“流儀”だの言ってた奴とは思えない台詞!! そんな下らない理由で殺されてたまるか!!」

「ふざけんじゃないわよ! 私の服を燃やす程度が精々の魔法がマツルに効くわけないじゃない!」

 なんでホノラは怒りに薪をくべてんだよ!? 焚き付けんなバカ!

「そこまで言うなら見せてやろう! そこの小娘もこの男が我の最強魔法に耐えられるか、そのちんちくりんな(まなこ)で確かめると良いわァ!!」

 あ......俺、死んだ。

 流石にここまでの状況になったらホノラも事態のヤバさに気が付いて止めるだろ......いや止めてくれ!

「上等じゃないのよやってみなさいよ!! マツルー! 絶対に死ぬんじゃないわよー!!」

 お前はどっちの味方なんだよホノラおい! 

 え、まじでどうする? 今回ばかりは本当の本当にまずい気がする。
 
『なんでこうなるまで止めなかった訳? この状況は一歩間違えなくても死んじゃうよ?』

 こうなるって分かってたら初めの時点で止めてたよ!! 頼むナマコ神様! 今回はお前の知恵が欲しい!

『んぇーとね......この世界での素晴らしい来世に期待してワンチャン転生目当てで雷撃を喰らう(サンダー)とか?』

 人間とは感覚が違いすぎる! 俺は人間だ。今世をそんな簡単に諦め切れない。

 まずは俺の死期を引き伸ばさなければ......さてどうする......こういう場合は俺の全てを使って勝負に勝つしかない! 試合には負けても良い。生き延びた方が勝ちだ。

「なぁ狼さんよ......お前が今から使うのはお前にとって最強の魔法なんだろう?」

「......その通りだ」

「ならその最強の魔法を俺が耐える事が出来たら、お前は俺の言う事を一つ聞いてもらう」

「くだらん......我がその条件を呑む理由が無い」

 よし、ここまでは予想通り。あとはこの狼が単細胞馬鹿である事を願うばかりだが......

「あれれぇ~!? もしかしてもしかして怖いんですか~!? その”最・強“の魔法とやらは高々人間一匹殺せない程の軟弱! 脆弱な魔法なんですか~? そんな心持ちだからお前の言うホノラ(小娘)に魔法が効かなかったんじゃないですか~?」

「小僧言うではないか!! 良いだろうその話乗った!! 我を本当の本気にさせた事を死んだ後に悔いるが良い!」

 単細胞馬鹿だったァァァァァ!!!! 

 よぉし! これで耐えれば俺の勝ちまで持って来れた!



 さてどうやって耐えようかな......

「小僧言うではないか!! 良いだろうその話乗った!! 我を本当の本気にさせた事を死んだ後に悔いるが良い!」

 さて条件は整った。あとはどうやって狼の最強魔法を耐えるかだけだな......

『バカは君の方なんじゃないのかい? わざわざ本気にさせることは無かっただろうに』

 あー、本気のあいつの魔法を耐え切ってこそあいつも気持ち良く俺のお願いが聞けると思うんだよ。あと、俺の師匠なら絶対そうするからかな。

『イカれてるねぇ......やっぱり私は君の事が大好きだ!』

 自称女神のナマコに言われても嬉しくないなぁ......

「――――小僧、準備は良いか?」

「ああ! どっからでもかかって来い!」

 とは言ったものの、結局確実に耐える手立ては思い付かなかったので、俺は賭けに出る事にした。
 
 狼は頭を下げ、何かを呟き始めた。

「天を裂き、地を穿つ万雷の皇帝よ。閃狼の王は欲す。その力よ、眼前の御敵を焼き尽くせ【閃狼魔法 “狼王轟雷皇咆(ウルフガーンロア)”】!!!!」

 詠唱を経て繰り出されたたった一本の爆雷は今までのどの魔法よりも強力で、俺が防御の反応をするよりも早く身体を貫きその勢いのまま地面を抉り周囲を吹き飛ばした。

「ガァァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!!!!!!」

「マツルーーーー!!!!」

 ホノラも涙ぐみながら俺の名を叫んでいる。いや、ほぼホノラがこの状況作ったんだからな? 

「クァハハハ!! どうだ小僧! 詠唱を破棄せず繰り出された我の魔法の味は!! やはり貴様は我を本気にさせてしまったことを後悔しながら死ね!!」

 ここまで言って狼は不可解な事に気が付いたみたいだ。

「小僧......何故貴様はまだ人の形を保って絶叫していられる!? 本来ならば声を上げる事すら許されず消滅するはず......貴様一体何をしたァァァ!!!!」

 驚愕の表情で叫ぶ狼。

「根性!!!!」

 本当に種も仕掛けもないただの根性だ。体裂けるんじゃないかって位痛いのと熱いのとで意識はいつ飛んでも可笑しくないが、それでも死んでない俺が今一番驚いてる。

「根性......我の最強魔法を根性......今日だけで二人に耐えられた......なんなのだこの小僧と小娘は......」

 狼はガックリと項垂れる。その時、延々と降り注ぎ続けた雷も止まった。

「っはぁ~! どうだクソ狼......俺の勝ちだ......」

 とにかく大きく深呼吸。酸欠だった全身に酸素が行き渡るのがわかる。
 あと数秒雷が当たり続けてたら死んでたかも知れない。

「我は貴様等の強さを存分に知った。小僧の願い。なんでも聞こうぞ」

 強い電撃で忘れかけてた......えーとじゃあどうしようかな...そうだ!

「お前、俺の仲間にならないか?」

「良いぞ」

「――――やっぱりお前みたいな強い魔獣を従えるってなんかカッコイイし。あ、嫌なら他の...え? 良いの?」

「なんでも言う事を聞くと言っただろう? それに、強き者の仲間と言うのは我も願ったり叶ったりだ」

 狼はしっぽをブンブンと振り回し、とても嬉しそうな声で吠えた。

「マツル......根性で耐えるって何よ!? アンタさては化け物だったのね!?」

 無傷だった奴に化け物呼ばわりはされたくねーよ。

「じゃあ狼、俺達の仲間として最初の仕事だ。服が殆ど燃え尽きて痴女まっしぐらのホノラをその毛並みで優しく包みつつ城壁の上まで運んでくれ......あとは頼ん...」

 あれ......身体に力が入らない...地面に倒れたのに......受身を取れなかったのに痛くない...肺に空気が入らない......あれ?

「どうした小僧!? 返事をしろ! おい!!」

「マツルが息してない! 私は良いからマツルを――――」

 俺の意識は、ここで途切れてしまったのだった。
「――うぐ......アァ......!」

「おぉ!! 息してる! おーいギルマス! 兄ちゃんの呼吸が戻ったぞ!!」

 どこか遠くでメツセイの声が聴こえている気がする......あれ、俺どうしたんだっけ? 体が動かない......

 少し視点をずらしてみると、そこは前遭難しかけた(なんならしてた)時と同じ真っ白の何も無い空間で、後ろを見てみるとそこには――――

 俺に絞め技をかけているナマコ神様がいた。

「あの......ナマコ神様? 何してるんですか?」

「何って......美脚チョークスリーパーだよ?」

「なんの技か聞いた訳じゃねぇんだよォォォ!! なんでそんな事してたのかって聞いてんの!! あと美脚とかいう情報いらん!」

 そこまで強く絞められてはいなかったようで、すぐに振りほどき飛び退く事に成功した。

 今後この空間に来た時はしっかりと意識のある状態で来るよう心掛けよう......

「君さぁ......ああいう無謀な賭けは今後一切やめてくれよ? あんな”勝算あります“みたいな感じだったのに根性て! 死んでもおかしくなかったね。てかなんで生きてんの?」

「そうだよ!! 俺どれくらい意識飛んでた!? みんなは? 魔獣の群れは!?」

 俺はナマコの脇部分を掴んで捲し立てるように問い詰める。コイツが何か出来る訳じゃないのに。
 こんな所でナマコ神様に構ってる場合じゃない! 早く意識を戻さなければ。

「落ち着きなさいな......君が寝ていても私は起きていた......見るかい? 君が死にかけている間何があったのか......それを見てからでも、遅くはないだろう?」

 ナマコ神様はそう言うと俺が遭難して死にかけてた時と同じように画面のような物を俺の目の前に映しだした。

 そこには、俺が意識を失ってからが映っていた――――


◇◇◇◇

 映像は、俺とホノラが狼の背に乗っている所から始まった。

 狼は20メートルはある城壁を一跳びして上にいるギルドマスター達の所へ着地した。

「ギルドマスター! 大変なの!! マツルが......! マツルが!!」

 狼がぐったりとした俺を優しく寝かせたり、ホノラの泣き顔を見た事でギルドマスターはすぐさま状況の深刻さに気が付いたようだ。

「ッ!!!! これは......待機していた回復魔道士は総員彼の治癒に当たるように!! 急げ!! あとホノラ君にはなにか着るものを!」

「着替え覗いたら魔獣より先にぶち殺すわよ......」

 俺の身体は速攻で医務テントまで運ばれて行ってしまった。

 しかし、視点はギルドマスター達の俯瞰で固定されているようで、便利な事この上ない。

「マツル君に何があった? さっきのバカデカい雷の魔法となにか関係が?」

 着替えを終えたホノラはギルドマスターと心配で上に上がってきたメツセイに状況を説明していた。

 そこに控えている狼と戦闘になった事。俺が雷撃を根性で耐えて狼を仲間にしたはいいものの呼吸が止まり、いきなり倒れ今に至る事。

 ここまで聞いてギルドマスターとメツセイは唖然とした顔をしていた。

「マツル君、あの大魔法を辛うじてとは言え耐えたの? はは......相変わらず滅茶苦茶だなぁ......」

「うむ......我も詠唱までして威力の底上げを図った我の最強魔法を人間の小僧に耐えられるとは思わなかった......我もお陰で魔力切れだ」

「――――だが、兄ちゃんの呼吸がないのは楽観視していい状況じゃぁねぇなぁ......事態は一刻を争う」

「ハッ......ちょっと良いかギルドマスターよ......」

 そこで急に会話に割り込んできたのはパンナだった。ホントコイツ話に割り込んで来るの大好きだな。

「パンナ、どうした?」

「ハッ......俺......こんな魔法を長時間使い続けるの初めてで......魔力が切れそうなんだぜ......」

 パンナをよーく見てみると、足はガクガクしてるし、冷や汗を滝のように流しながらさっきのホノラより泣いていた。

 すると徐々に徐々に地平線の向こうからうっすらと見えていたパンナの溶岩壁が小さくなっていくのがわかった。

「ありがとう、パンナ......さて、急遽この作戦は第二段階へと移行する! この段階での目標は、マツル君が意識を取り戻すまで粘る事! それだけだ!」

 え......俺? 

「――――マツル君は異世界から来た人間だ......それが関係しているかは分からない。けど! 彼ならなんとかしてくれる......そんな気がするんだ。だってこの僕に勝ったんだぜ? いや、僕負けてないけどね?」

 おいおいギルドマスターがなんか変な事言い出したぞ!? みんな「ちょっと責任乗せすぎじゃない?」って反論してくれ!

「確かに! ギルドマスターの言う通りかもしれん! 兄ちゃん、閃狼の大魔法の直撃を受けても意識と呼吸が無いだけで済んでるんだぜ? 兄ちゃんはすげぇ奴だ! 俺が保証する!! ガッハッハ!!!!」

 いやメツセイさん!?!? 呼吸が無いって相当ですよ!? あとすぐ横に無傷だった人がいますよ!?

「そうよ!! 私の拳をあんなに耐えたのは! みんなが気味悪がって近付いて来なかった私と対等に接してくれたのはマツルが初めてなの!! アイツならきっと、また私と暴れてくれるって信じてる!」

 ホノラ? 俺がなんとかしそうって話と関係ないねそれ? 変に持ち上げるの止めてくれない?

 ギルドマスター、メツセイ、ホノラの言葉を聞いた周りの人達からも「その通りだ」と言う声がちらほら上がり始めた。

「「マッツッル!! マッツッル!!」」

 そしてついにはマツルコールが始まってしまった......

 ヤバい......みんなして俺に何を求めてるんだよ!? てか殆どの冒険者と俺絡みなかっただろ? なんでそんな元気よく俺の名前を叫べるんだよ!

「じゃあみんな!! 覚悟は決まったか!!!!」

「「「応!!!!」」」

「俺達全員で、マツル君が目を覚ますまでの時間稼ぎを全力でやる!」

「――ガッハッハ!! まずは俺が先陣を切ろう!【岩石魔法“巨岩大牢壁(ロックンウォール)”】!!!!」

 メツセイが杖を打ち付けると、魔獣の群れを丸々囲む巨大な岩壁が生成された。

「さぁ! これで周りへの被害を気にせずにぶっぱなせるぞ!! てめぇら始めろォ!」

 メツセイの合図と共に、先程より強大な魔法が飛び交いだした。

 ここで映像は止まった。


◇◇◇◇

「――――どうだった? 面白かっただろう?」

「まじかよ......責任で胃が......」

 なんだよあの「マツル君なら、何とかしてくれそうな気がするんです」って!! おかしいだろ! なんだよあのマツルコール!? 宗教!?

 でも......ホノラの言葉はちょっとだけ嬉しかった。なんか普段は聞けない本音が聞けた気がして。

「正直私はあんな責任の中に君を放り込むのは忍びなくてね......だから君があれを見て判断して欲しいと思ったんだ」

 ナマコ神様は、「もし責任が重いと感じるなら、私も知らないどこかにこのまま転生させても良い」と続けてくれた。

 なるほどそれでわざわざ記録を取っておいて見せてくれたのか。

 ぶっちゃけ、俺はあんな風に言われるほど立派な人間じゃない。アイツらよりずっと弱いし......でも――

「俺......やるよ。強くなりたいとか、ここで死んだら元の世界へ帰れないかもしれないとか、そういうのもあるけど......」

「けど?」

「俺がいない所で好き勝手言われてるのがムカつくからだよぉぉぉ!!!! こうなったら絶対目に物見せてやるわ!!」

 これはもう意地だな。

 ナマコ神様は一瞬驚いたような顔(顔どこか知らないけど)をした後ぶにぶにと飛び跳ね始めた。

「あははははは! あーやっぱり君は私が見込んだ通りの男だ! 最高だよ! じゃあ、早速だけど君の意識をあっちに飛ばすよ? 事態は一刻を争うらしいからね」

「今回ばかりはありがとな、ナマコ神様。ちょっと奇跡起こしに行ってくるわ!」

 そこで俺の意識はまた一瞬飛び、俺の肉体で目を覚ます事になった。
「ブハアッ! くぁー......俺!! 完全復活!!」

 俺は、ナマコ神様の神的なパワーでなんとか意識を取り戻す事に成功した。

「あっ!! ギルドマスター! マツルさんが目を覚ましました!!」

 俺の横にいたウィールさんが慌ただしく向こうへ走っていった。どうやらウィールさんが俺の回復をしてくれていたようだ。

「マツル君!! やっと目が覚めたんだね!! 早速だけど今の状況は――――」

「大丈夫です! 大体の情報は今! 把握しました!」

 俺の脳内に超高性能録画機能を備えた海洋生物がいる事は秘密にしておきたいので、こう言うしかない。


「――――所でホノラは?」

 真っ先に飛び付いて来てもおかしくないホノラが俺の視界の範囲にはいない......て事は......

「ホノラ君なら......今もあの岩壁の中で暴れているよ」

「マツルさんが運ばれて来てから、かれこれ10時間は頑張ってますもんね......メツセイさんもあのレベルの魔法を維持し続けるとは......流石我が支部唯一のAランク冒険者なだけありますね」

 ギルドマスターとウィールが俺そっちのけでペラペラと中々に重大な情報を話している。

 俺って10時間も寝てたの!? てかメツセイってAランク冒険者だったの!? 酒ばっか飲んでるのに!? ホノラ頑張りすぎじゃね?

 空を見上げれば確かに夕暮れのオレンジ色が広がっている......まじに10時間寝てたのか......みんな頑張りすぎだろ!!

「ギルドマスター、魔獣の群れの残りってあと何体なんですか?」

「みんなが一日頑張ってようやくあと半分って所かな......」

「皆さんの魔力も、ホノラさんの体力も既に限界を超えているでしょう......」

 あと100万......俺は魔法が使えないちょっとフィジカルが強いだけのただの一般人だ。期待されている程の一発逆転の一手を持っている訳では無い。

「せめて魔力が少しでもあればなぁ......」

「あれ? マツルさんって魔力ありましたよね?」

 ここでウィールが驚きの発言をした。

 ギルドマスターもかなり驚いたようで、少し笑いながらウィールを窘める。

「ウィール。何を言っているんだい? マツル君は異世界人だ。魔力なんてある筈が――――」

「だって、個人の魔力識別が可能な魔道具でギルドカード作りましたよね? つまり多少なりとも魔力があるという事じゃないですか?」

「......確かに!! なんで!?」

 ここまで言われてギルドマスターが「当たり前すぎて気が付かなかった......」と目ん玉飛び出んじゃないかってくらい目をひん剥いて俺を見る。

 うわーそうじゃん!! 言われるまで気付かなかった!! 冒険者登録の為にナマコ神様に魔力分けてもらったから、俺には今ちょっとだけ魔力があるよ!! 

「メツセイさーん!! 今ちょこっとだけこっち来て解析魔法使えるー?」

 ギルドマスターが大急ぎでメツセイを呼ぶ。なんでも、魔法の精度においてはギルドマスターよりも上なのだとか。

「――――ムムッ!! 確かに兄ちゃんの身体に微量だが魔力の反応がある!」

「本当かよ!? じ、じゃあメツセイさん! この魔力が空になるまで使ってもいいから、今俺に使える魔法を教えてくれ!!」

「この魔力量で使える魔法となると...... 【初等石魔法“小石投げ(プチストーン)”】だけだな......」

 初等魔法? 初めて聞く魔法だ。

「なんですか? 初等魔法って」

 ギルドマスターも知らないのか。ますますどんな魔法なんだ?

「これはドワーフの国の子供達が遊び用に使う魔法でな。下級魔法の更に下、安全対策バッチリのおもちゃ魔法だよ......生成出来るのも小石だから当たってもちょっと痛い程度が精々だな......」

 つまり、威力ほぼゼロの魔法て訳か.......

 だが、魔法でありさえすれば、俺のスキルは戦える!

「いや、魔法なら十分だ。教えてくれ」

「そ、そうか? 兄ちゃんがそういうならこの本に書いてあるここの部分を詠唱するんだ。それで魔法を発動出来る」

 若干困惑気味のメツセイは俺に小さな冊子をくれた。

 指をさされた部分を見てみると、大人が言うにはなんとも形容し難い詠唱文が書かれていた。

「これ読まなきゃなの......」

「安全対策の一環だな。ある程度字が読めなきゃ使えないようにする為だろう......」

「よし! これを読んだら俺達の勝ちだ......読む読む! 読むぞ!!」

 自分に言い聞かせ心を奮い立たせる。

「ギルドマスター、ホノラを呼び戻してください。これから何が起こるか俺も分からないので」

「え? うん、分かったよ」

 少しして、岩壁を一部吹き飛ばしてホノラが出てきた。着替えた服はまたボロボロになってはいるものの元気なようだ。

「マツル!! よかった! 起きたのね!!」

「おう!! あとは俺に任せておけ!」

 ユニークスキル【全力全開(フルスロットル)】発動!!

 ユニークスキルを発動すると、俺の身体がちょっと光った。なんかかっこいいじゃん!? 覚醒って感じがして!

 で、コレを詠唱しなきゃいけないのか......

「......み、ミラクルすーぱートゥインクル☆!(心を込めて) 大地から産まれし星屑よ、今目の前の敵を討ち払え!(あ、でも人に向けて撃っちゃダメだゾ?♡)【初等石魔法 小石投げ(プチストーン)】!!!!」

 ()で囲まれた所は本文に書いてあった注釈だ。良い子への約束として書いてある。
 
 そして手の中にピンポン玉サイズの小石が出てきた。これがユニークスキルで限界まで威力の上がった初等魔法の小石か。

「ガハハハハッ!! やっぱり兄ちゃんはすげぇや!!!!」

 大爆笑のメツセイ。

「どんなに小さな子供でもアレは言わないでしょ......」

「ある意味“最狂”の魔法ですね......」

 あまりの俺の可愛さにドン引きのホノラとウィール、以下冒険者の皆さん。

「ったァー恥ずかしい!!!! だが、これで俺達の勝ちだ。みんなよぉ~く見ておけよ? これが俺の最初で最後の大魔法だ!!」

 俺は岩壁の中に小石を投げ入れた。

 小石が魔獣に当たった瞬間、それは炸裂し、俺がこの異世界に来てから2番目の規模の大爆発を巻き起こした。

 それは太陽が沈みかけた薄暗い周囲を昼と見間違う程に明るく照らし、はるか天空まで昇った極大の爆炎はメツセイの創った岩壁ごと全てを消滅させた。

 100万匹の目無しの魔獣の大群は、その一瞬で全てが死に絶えたのだった。

 俺達は完全勝利を成し遂げた!!


―本作戦の最終被害報告―

・死者、負傷者0名(魔力切れによる頭痛、吐き気等の体調不良28名)

・周囲の環境への影響【甚大】

〈備考〉

 国際条約で禁止されている超魔導兵器使用の可能性大。本作戦の責任者であるサラバンド支部ギルドマスターと超魔導兵器関係者へ至急本部諮問委員会に出席するよう通達。
 ギルド舎に戻ってきた一同は、クエストカウンターの横に併設されている酒場“ヨージ”にて祝勝会を行っているのだった。

「――――えー、と言う訳でみんな!! お疲れ様でした!! 今日は僕の奢りだから、好きなだけ楽しんでくれ!! 乾杯!!」

「「「乾杯ァーイ!!!!」」」

 ギルドマスターの号令と共に皆が酒を酌み交わす。酒の他にも様々な種類の料理が並び、見渡す限り笑顔、笑顔、笑顔だ!

「やっぱり兄ちゃんはすげぇや! 俺達まで吹っ飛んじまうかと思ったぜ!!」

 酒樽を片手にメツセイが肩を組んでくる。

「酒クサッ!! 開始数分でもう酔ってる!」

「バッキャロウ......! まだ2樽半しか飲んでねぇやい!」

 2樽と言うと、大体40L位だろうか? 

 ドワーフってこんなにお酒に強いのか......

「マルル~......」

 俺の膝の上に寝転がってきたのはホノラだった。

 なんか声がフワフワして呂律が回ってないし顔トロトロじゃね?

「お前まさか未成年の身で酒を――!」

「いや、嬢ちゃんは酒は飲んでないぞ? どうしても飲みたいって聞かないもんだからオレンジジュースを酒と言って渡したらこうなった」

 メツセイはホノラがこうなった理由を樽3本目を飲み干しながら教えてくれた。

 オレンジジュースと言っても、俺が元の世界で慣れ親しんだオレンジジュースではなく、薄く黄色に発光している飲み物だ。味は元の世界のオレンジジュースと全く変わらないのだが。

「マルルもたりかりすろかっらけろわらひのくろろにいりゃんがいれらもっろかんらんにかれらのに~」

 うん。何言ってるかわからんからそっとしておこう。

 因みに俺もオレンジ(のような果実を使った)ジュースだ。酒の美味さがイマイチ分からんからな。

◇◇◇◇


 みんなが良い感じに酔ってきた所で、俺はある重大な事に気が付いた。

「魔法を使えた! オマケにこの国の危機を救った今なら女の子にモッテモテのウッハウハなのでは!?」

 俺が唐突に立ち上がったせいで肩を組んでいたメツセイは酒樽ごと一回転し、膝の上で寝ていたホノラは床に転がっていった。

「――――凄いよね~」

「ね~ホントに! 好きになっちゃいそう」

 俺達から少し離れたテーブルで女性冒険者達が集まって何かを褒める話している!!!!

 これは!? まじにあるのでは?

 早速行ってみるしかあるまい!

「なんの話してる――――」

「この白い毛もふもふでフワフワ~すごーい!」

「お目目もくりくりでかわいい~好きになっちゃいそう」

「ワンちゃん名前なんて言うの~?」

「我は名も無き只の閃狼よ......えぇ背中にくっつくでない!!」

 俺が連れて来た狼に女性冒険者達は集まっていた。

 背中、お腹、顔。ありとあらゆる所をモフっている。

 狼も嫌がっているように見えてしっかりと尻尾をぶん回している辺り、めちゃくちゃ嬉しいようで何よりだ。

「兄ちゃん......漢の魅力ってぇのは、完璧には女に伝わらないモンなのよ......」

 状況を察したメツセイが俺の背中をポンと叩く。なんだろう......すっごい涙が出そうだ。

「ハッ!!!! 兄貴、メツセイ殿の言う通りだ! 俺も先程子猫ちゃん達に話し掛けたら、俺のチャームポイントの下まつ毛を全部抜かれてしまった!」

 パンナが話に割り込んで来た。そういえばいつの間に俺の事“兄貴”って呼んだりし始めたんだ? 今更遅い改心って奴か。

「ハッ!!!! だが俺は兄貴の事を尊敬してるぜ?」

 パンナが渾身のキメ顔で俺の顎をクイッとする。

「キモ死ね」

「パンナ......お前は、今は亡きその下まつ毛と言動と性格をなんとかしたら普通にモテると思うんだがなぁ......」

「全部ではないか!! ハッ!!!!」

 この一言は俺とメツセイとパンナは大爆笑をかっさらっていった。

 酒の気でこっちも酔っているような気分になりつつ、宴はまだまだ続く......


◇◇◇◇


「メツセイさん......そろそろお酒が無くなりそうです」

「マジかイントリーグ......大将のヨージは?」

「それが......置き手紙に『あるよ』とだけ書き記してどこかへ行ってしまって......」

 イントリーグさんは酒場“ヨージ”の見習い兼雑用係の俺と同じ位の歳の青年だ。

 また、ヨージさんとはこの酒場のマスターである。俺も今初めて知った。

 しかしヨージさんとは......なんか日本人っぽい名前だな。今度大将が居る時にご飯食べに来よっと。

――――

「――はいみんな注目ー!! 僕から重大発表があります!」

 椅子の上に立ってギルドマスターが急に叫び出した。完ッ全に顔が酔っ払ってる。真っ赤だもん。

「今回のサラバンド防衛戦で! 特に沢山の魔獣を討伐したマツル君とホノラ君は、なんと一気に二ランクアップ!! Bランクに昇格しまーす!!!!」

「スゲぇぇぇぇ!!!!」

 みんな酔った勢いだろうか。凄まじい歓声が上がる。

「マルルすろ~い!!」

 いつの間にか起き上がってきたホノラが俺をよじ登り肩車の体勢でジュースを飲み始める。そしてすぐにそのまま寝てしまった。

「野郎共!! 今度は兄ちゃんの昇格祝いだ!! もっと飲むぞォォォ!!」

「「「ウェェェェェイ!!!!」」」

 それから宴はさらに盛り上がり、俺達は酒と食べ物が店から消え去るまで騒いだのだった。

 こうして、俺の人生で一番長い一日は終わったのだった。


◇◇◇◇


 翌日――

「う......頭痛てぇ......」

 俺が目を覚ますと、そこには荒れに荒れた店内が広がっていた。

 大いびきをかきながら床で倒れたそのままの体勢で眠る冒険者達。

 割れた食器類、山のように転がる酒樽、壊れたテーブル・窓ガラス。これはもう戦場と言っても差し支えない惨状だ。

......あれ? こんな面白い顔の石像、ギルドにあったっけ?

「あ、マツルさん! おはようございます」

「もし良ければここの片付け手伝って貰えませんか?」

 話し掛けてきたのはウィールとイントリーグであった。何時から起きていたのか分からないが、二人で戦後処理(後片付け)をしているようだ。

「手伝います......それで、何がどうしてこんな事になってるんですか?」

「やっぱりなにも覚えてないんですね......」

 俺は片付け手伝いつつ、何があったのか聞くことにした。

――――

 まず、俺達の昇格祝いも落ち着いて、ちらほらと寝始める人が出てきた頃、(俺もこのタイミングで寝た)それまで寝ていたホノラが起きたらしい。

『おらけがたりないー!!』

 酒が足りないと暴れ出したホノラ。それがこの散らかりようの正体か......

「で、つい先程ギルドマスター様が起きられたのですが......」

 あれ? そういえば俺より先に起きてきたらしいギルドマスターはどこにいるんだ?

「それが、こちらの領収書を見せたら石になってしまいまして......」

「石に? 石ってまさかこの面白い顔の石像ギルドマスターなの!?」

 ギルドマスターは、今回の宴の総額が大金貨200枚。日本円に直すと2000万円だろうか? 金額を知った途端石になってしまったそうだ。原理は知らん。

「石になる直前に、『本部にツケといて』と仰っていたのでそうしようと思いますが、バレたら不味いですよね......」

 ほぼ徹夜で仕事をしていた事が、イントリーグの疲れた顔からとても良く想像出来る。

 俺達三人はみんなが起きてくる前に片付けを全て終わらせ、昼からまた通常業務が再開された。

 避難していた住民も徐々に帰ってきていると言う。

 こうして、俺がこの世界に来てから初めての大事件。“目無しの魔獣”事件は幕を下ろしたのだった。
 サラバンド防衛戦から大体一週間が過ぎた。

「28万9635......28万9636......」

 俺は暇が限界突破して右手の人差し指だけで逆立ちして腕立てをしているのだった!

 その横で先日俺の仲間になった狼は昼寝をしている。全く呑気な事で......

 そういえば、コイツって名前あるんだろうか。

「おいオオカミこの野郎」

「なんだ小僧......せっかくいい気分で昼寝をしていたというのに......」

「お前さ、名前どうする?」

 流石にずっと“狼”と呼ぶ訳にもいかないからな。そろそろ名前を付けないとだと思っていたのだ。

「我には“ワイヴァーグリッドウルフ”と言う立派な名前が――――!」

「それ種族名だろ? 個体名の話をしてるの!」

「ふむ。確かにそう言われてみればそうだな。では小僧よ、我にカッコイイ名前を付けてみるが良い!」

 なんでちょっと上からなんだよ......

「付けるとは言ったものの俺名前付けるの下手だからなぁ......」

 とりあえず、思いついた名前を片っ端から言っていくことにした。

「ウルフェンとか?」

「ダサいな。却下」

「フェン」

「さっきと同じでは無いか!」

「......マルコ」

「普通に嫌」

 こっ......このやろぉ......!!

「じゃあ逆に狼この野郎はどんな名前がいいんだよ」

 それに則したやつを考えるか。

 狼はしばらく悩んだ後、「例を挙げるとするなら」と話し始めた。

「そうだな......優美かつ豪華で愛らしく、しかしカッコよくて荘厳で威厳のある。そんな名前が良いな」

「そんな名前ある訳ねぇだろ脳みそぶちイカれてんのか狼コラおい!! お前はモフローで良いわ! かっこよくは無いけど愛らしくて可愛いぞ!」

「モフロー......良いではないか!! 今から我の名は“モフロー”だ!」

 良いんだ......

 そんなこんなしていると、ホノラが帰ってきた。

「マツルただいまー。あ、狼も起きてたのね」

「ふっ......小娘よ、我はもうただのワイヴァーグリッドウルフではない! 今、小僧から“モフロー”の名前を貰ったのだ!! どうだ? 愛らしくカッコイイ名前だろう?」

「確かに可愛いとは思うけど、モフローって感じの大きさじゃないわよね」

 あ、俺も思ってたけど敢えて言わなかったこと言っちゃった。

 そう。モフローはデカいのだ。脚だけで俺と同じ位の高さがあるので、お座りやお昼寝の状態じゃないと上手くモフモフ出来ないのである。

「確かにホノラの言う通りだな......モフモフできないのに名前がモフローなのは名前負けという事になってしまう......」

「何ィ!? 我は名前なんぞに負けん! うぉぉぉぉぉ......!」

 モフローは力むと同時に体が光りだした。

 すると見る見るうちに小さくなって、大型犬程の大きさになった。

「どうだ? これで名前に負けないモフローになったであろう?」

 小さくなってもモフ度は大きい時のままみたいで、白い大福のようになってしまったが「大きさは自在」とモフロー自信が話しているのでまぁ気にしないでおこう。

「――――あ、そうだマツル? ホントはこんな事言いたくないんだけど......」

「なに?」

 なんだ? ホノラからの言いたくない事って? まさか!? 「アンタの事......好きになっちゃった......」的な!? 的な!?

「私のクソ兄貴が帰ってくるんだけど、見に行く?」

「ああ......ってお前お兄ちゃんいたの!? 行く行く!!」

「小僧! 我も同行しよう! 一応小僧の使役魔獣(サーヴァント)だからな!」

 という訳で、俺と狼改めモフローはホノラのお兄ちゃんに会いに行くのだった。
「なんじゃこの人だかりはァァァァ!!!!」

 俺とホノラ、そしてモフローはホノラのお兄ちゃんに会うために外へ出てきたのだが、どこへ行っても人、人! 人!! 何かの通り道を隔てて同じような人混みがもう一個ある。

 あれだな、元の世界の某夢の国のパレードそっくりだな。

 とりあえず俺達は、人混みの最前列に躍り出ることに成功した。モフローには手乗りサイズまで小さくなってもらったので、俺の頭の上で鑑賞だ。

「ホノラの案内で人掻き分けて来たけどよー、お前のお兄ちゃんどこだよ」

「もー少しで会えるわよ......」

「私本当は会いたくないけど......」と小声で言ったような気がしたけど気のせいかな。

――――

 暫く待っていると、俺達の左側。西城門の方の人が沸き立ち始めた。ようやく何かが始まったようだ。

「何か始まったみたいだけど、これなんなんだ?」

 歓声がデカいので、自然と俺達の声もデカくなる。

「今日は国王の凱旋よ! 今日まで王国の騎士を全員連れてがいゆう? に行ってたの!」

 なるほどな。目無しの魔獣は国の一大事だと言うのにギルドだけが対処していたのはそれが理由か。

「って国王の凱旋!? それとお前のお兄ちゃんとなんの関係があるんだよ!?」

「ほら、来たわよ」

 そう言ってホノラが指さす方向には、恐らく歓声の正体であろう人物が馬に乗ってこちらへ近付いて来ていた。

 その人物は優しい笑顔とイケメンオーラを振り撒きながら、優しく手を振っている。

 一瞬、俺とバッチリ目が合った。その瞬間、その男は慌てて馬を降り、高速でこちらへ向かってきた。

「冒険者としては珍しい装備、アホ面......君が、俺がいない間にこの国の危機を救ってくれた英雄さんだね?」

 めっちゃ失礼な覚え方だけど俺の事を知ってくれてるのか。このイケメンは。

 しかし近くで見るとよりイケメンだな!

 The! 偉い魔法使いとでも言いたそうな純白の豪華なローブ。肩まで伸びる男にしては長めの金髪もローブとよく似合っている。

「俺の事を知ってくれてるなんて、ありがとうございます! 俺はマツルって言います。初めまして!」

 “マツル”の名前を聞いた瞬間、イケメンの笑顔は一瞬で崩れ、凄まじい勢いで俺を睨みつけ始めた。

「そうか......貴様がマツルか......俺の愛しのホノラを誑かした大罪人......殺す!!!!」

 ええええええ!? 急に豹変した!?

 ん? クリーム色に近い金髪......ホノラのお兄ちゃんが今日来る......愛しのホノラ.....まさか!?

「このクソ兄貴いきなり何を口走ってるの!?」 

 ホノラが俺とイケメンの間に割り込む。やっぱりコイツがホノラのお兄ちゃんだったようだ。

「ホノラ!! お前は騙されてるんだ! 俺以外について行く価値のある男はいない!! そして丁度いい所に凱旋してきました国王よ!! 俺の愛しの妹に手を出した不届き者を今ここで処刑する許可を下さい!!!!」

 あ! コイツ汚ねぇ! 今通りかかったばかりで殆ど話を分かってない国王らしき人に話振りやがった!

「なんの事か全然分からないけど......子供同士の争いは“戦いごっこ”で決めましょうって私の妻が言ってる」

 俺とホノラ兄を子供扱いしてるのはまぁ置いておいて、戦いごっこって......俺また決闘させられるの? 三回目?

「良いじゃないのマツル!! このクソ兄貴をボコればいいのよ! おいクソ兄貴!! ホントは私が殴って終わりにしたい所だけど、私のマツルはね! すっごく強いのよ!!」

 あー、これ戦う流れか......なんでこうホノラは血の気がやたら多いんだ?

「良いではないか小僧! 要は勝てば良いのだ!」

 頭の上のモフロー大福が楽しそうにポムポムと跳ねている。

「ホノラが俺以外の男を認めている? 許さん!! おいマツル!! 絶対に貴様を殺してやるからな!」

 すげー嫌だけど、ホノラ兄とのホノラを賭けた(?)決戦が始まるのだった!
 何故かホノラの兄と戦うことになった俺は、例によってギルド地下の訓練場に来ていた。

 国王の凱旋パレードを見に来ていた人がそのまま観客席に入ったので、ギルドマスターと戦った時より多く人が来ていた。

「じゃあホノラ兄、ルールはどうする?」

「無い。死ぬまでやろう」

 おっかねえなまじで! コイツ本当は騎士じゃなくて危険人物だろ!

「流石にそれは私が許しません。どちらかが降参させるか、戦闘不能の状態になったら勝負ありとします!」

 立会人のウィールの提案を、ホノラ兄は渋々だが受け入れてくれた。マジで俺の事殺すつもりだったんかいワレェ......

「――では、サラバンド王国騎士団長筆頭“レオノラ”様対! 冒険者ギルド、サラバンド支部Bランク冒険者“マツル”さん! 試合――――開始です!」

 開戦の笛の音が鳴り響いた。

――――

 さてどうするか......確かギルドマスターと戦った時は突っ込んで負けたからな、今回は様子を伺ってみるか......

 ホノラ兄......レオノラだっけ? はローブを脱ぎ、長い髪を纏めて動きやすい服装になっている。だが魔法を使う為の杖等は持っていない......どうやって魔法を使うんだ?

 そういえば俺だとは知らなかったけど目無しの魔獣事件解決の立役者が剣士だって事は知ってたよな......

 アイツは俺の情報知ってて俺は知らないって既に不利じゃねぇか!?

「――――おい、あまり流暢にしていると貴様の負けが確定するぞ?」

「だったら俺が攻撃を始めたらテメェの負けが確定するけどいいのか?」

「じゃあやってみるといいさ」

 舐めやがって......! じゃあお望み通り斬ってやるよ!

「疾!!」

 全身の力を足に移動させ、踏み込みの速度を上げる!

 俺の間合いに入った瞬間! 足に込めた力を腕に移動!! これで終わりだァッ!!

 必殺の威力を込めた剣撃が人の反応を軽く超える速さで腕に命中する。

 ギィィン!!!!......

 しかし響く音は鋼と何か硬い物を打ち付けた様な音だった。

「硬い!?」

 いや、ただ硬いだけじゃない。それなら簡単に斬れるはずだ.......

「不思議かい? この程度の貴様が救国の英雄だのとは笑わせてくれる......」

 レオノラは俺を馬鹿にしたような、ニヤついた顔で話しかけてくる。

「ンだとテメェ......! 余裕こいてられるのも今のうちだぞ!?」

 俺は休む間を与えないように連続で攻撃を繰り出した。
 
 三十分程斬り続けただろうか......しかし全てダメージになることは無く、ただ虚しい金切り音を響かせるだけだった。

「クソ......これじゃあ俺が先にバテちまう!」

 レオノラはピンピンしてるのに俺の息が上がってきた。肩で大きく息をしないと酸素の供給が間に合わない。

「あぁ......もう終わりか。じゃあ、大人しく負けを認めてもらおう」

 心底退屈そうな表情のレオノラが俺に降参を勧めてくる。

「まだ俺負けてねぇからな!? 絶対その無敵余裕面をボコボコの泣き顔に変えてやるわぁ!!!!」

 大きく息を吸い込め! 次の行動のエネルギーに全てを変えろ!!

「――――貴様の負けだ」

 大きく息を吸い込んだ瞬間、肺に凄まじい激痛が走る。

「ゲホッゴホッ......!」

 咳が止まらない......肺が痛い......

 口に当てていた手を見ると大量に吐血していた事が分かった。肺と気道から出血したであろう血液は、手に収まり切る事はなく地面にボタボタと滴っている。

「な゛ん゛だ......ごれ゛」

 これがレオノラの魔法って事か......!?


◇◇◇◇


 くっそ......息が上手く吸えねぇし吐けねぇ......

『肺と気道。特に肺の方が大きく損傷しているね......このまま動き続けるのはダメージが大き過ぎる気がするよ』

 ナマコ神様が言うには、何か粉のような有害物質を吸い込んだ可能性が高いらしい。

 つまり、それがレオノラの魔法による効果って訳だな。

 あれ? でも魔法使いって魔鉱石を媒体にして魔法を使ってるって言ってたよな? 杖らしきものは持ってないし、一体どうやって......

『多分あれだね――――』

「レオノラ......お前がどうやって魔法を使っているのか気になってたが......その左手薬指の指輪だな?」

 指輪には、灰色に発光する石が埋め込まれている。恐らくあの石が魔鉱石なのだろう。

「ふふ......口から血を垂れ流しながら無様に倒れ伏す男が聞く事ではないが良いだろう教えてやる――――」

 レオノラは退屈そうな表情から一転して満面の笑みを浮かべながら語り出した。

「そう! この指輪は魔鉱石が埋め込まれた俺の宝物!! これは俺の誕生日にまだ小さかった頃のホノラが『おりーりゃんプレゼント!』と俺にくれた世界最高の至宝! あぁ......! 今のホノラも最強に可愛いがあの頃のホノラもまた愛らしい!」

 遂には指から外し頬擦りまで始めた......

「おいクソ兄貴コラァ!! なに恥ずかしい事大人数の前で言っちゃってるの!?」

 とんでもない過去をバラされた結果、顔を怒りで真っ赤に染めたホノラが乱入してきた。

 つか、妹からのプレゼントを左手薬指にはめてるのか......シスコンキモいな。

「愛する俺の妹よ。なぜ怒る? 後世に語り継ぐべきエピソードではないか?」

「そういう所が一々気持ち悪いって言ってるの! ホント信じられない!」

 遂には俺を差し置いて兄妹喧嘩が始まってしまった。

「あの......ホノラさん? そろそろ再開したいんですけど......」

 ウィールさんも困惑のこの表情である。

「わかったわ......邪魔して悪かったわね......マツル! 私のクソ兄貴の得意な魔法は“灰魔法”よ! だから気を付けなさい!」

 最後の最後で超重要な情報きたぁァァァ!!!! 

 成程灰魔法か......灰を作る魔法ってのが自然な考えで、それを吸い込んだから
肺が損傷したと! 

「ホノラ、サンキュな! ネタが割れたならこっちのもんじゃい!」

「......絶対勝ちなさいよ」

「任せとけって」

 ホノラは顔が赤いまま観客席へ戻って行った。モフローを頭に乗せて一緒に跳ねている。

「貴様......そうやって僕の愛する妹を誑かしたのだな......」

「だから誑かしてなんかいねぇって! アイツは俺の大事な仲間だ!」

 こっちはこっちでご立腹か。だが、灰を生成すると言う魔法のネタが知れた以上負ける事は――――

「貴様、俺がなんの魔法を使うか分かったから勝てるとか思っていないよな......良いだろう。俺の灰魔法の真の力、見せてやろう......」


◇◇◇◇

 マツルとレオノラの戦闘を見るモフローは、大福の形状に似合わない険しい顔でホノラに話しかける。

「小娘よ......小僧が本気で勝てると思っているのか?【灰色の英雄(ロード・オブ・アッシュ)のレオノラ】と言えば、我の元主である魔王ニシュラブも警戒する程の人物。いくらなんでも――」

 ここまで言いかけたモフローをホノラが顔の前に近付けてつぶやく。

「黙って見てなさい。マツルなら勝てるわ。でも、ここから戦いはより激しくなってくるわね」

 ホノラの言う通り、ここから戦闘は激化していく。その決め手は思いの外早く訪れた。
「貴様、俺がなんの魔法を使うか分かったから勝てるとか思っていないよな......良いだろう。俺の灰魔法の真の力、見せてやろう......」

「見せてみろやシスコン野郎がァ!!」

 よし、少し時間が空いたから肺と気道の損傷もほんの少しだが回復した。

 後は何故か斬れないバリアらしき物を破るだけだが、そっちの方の見当は全く付かん。やっぱり灰魔法とは別に防御系の魔法を使ってるのか?

『その線はちょっと薄いね~』

 ナマコ神様? それはまた何でだ?

『んとね。防御魔法ってすっごい魔力と精神力を使うのよ。それを三十分なんて長い間展開し続けるのは現実的じゃない訳』

 そういえばギルドマスターも俺の攻撃を受ける一瞬だけしか防御魔法を展開してなかったな......となると、俺に対する攻撃と防御を全て一つの魔法、灰魔法で行っている可能性が高い訳だ。

「――やれやれ。では、今度は僕から動こう」

 レオノラの身体がブレたように歪み、消えた。

「消える事も出来んのか――」

「ヴッ――!!」

 次の瞬間、鳩尾を殴られた俺は、意識が追い付く頃には後方へ吹き飛ばされていた。
 ホノラと同等、いやそれ以上のパワー!

「グッ......流石はお兄ちゃんってか?」

「当然だ。兄妹喧嘩だって負けた事は無い」

 また消えやがった! 

 落ち着けマツル......姿が消えただけで音が消えてる訳じゃない! 

 レオノラは音と気配を限りなく消してはいるが完全じゃない......ゆっくりとこっちに来ている......

「そこぉ!!!!」

 俺の顎を刈り取る予定だった回し蹴りを辛うじて刀の峰で受ける事に成功した俺は、体勢を立て直す為に大きく距離を取った。

『うーん......何度見ても分からないね~。彼も“ユニークスキル”を持ってるんじゃないのかい?』

 いや、違うな。姿が消えるのも灰魔法の一部、なんなら硬くて見えない防御魔法もその一部だ

 取り敢えずあるとめんどくさいあの防御魔法を解く!

 全身に空気を巡らせろ......全てを剣先に集中!!

「ガフッ!!」

 呼吸をすると吸った空気と同じくらいの血が出てくる......なら!!
 痛みすらも力に換える!

【我流剣術“刺突術”八気(やき)東門六甲(とうもんろっこう)

「ガァァァァ!!!!」

 地面がヘコむ程の踏み込みを経て繰り出される突きがレオノラの目の前の防御壁に接触する。

ガシャァァァン!!!!

 次の瞬間、防御壁が音を立てて砕け散った。

「な......何!?」

「ハッハッハァ!! お兄ちゃんの身体を護ってた壁の正体......それは“ガラス”だ!!」

「――どうやったかは知らないが、屈折率とかをなんやかんやして姿もついでに消してたんだろ!」

 魔法があればなんでも出来るんだ。原理的なのは俺よく知らん!

 レオノラは一瞬動揺こそしたものの、またすぐ表情に余裕が戻った。

「ふ......僕のホノラが着替え中とかの無防備な時に襲われないか確認する為にこの魔法を編み出したんだ......今までホノラ以外の誰にもバレた事なかったのだがな――――」

 うわきも! でもホノラにはバレてんのか......その度にボコボコにされてるだろうに懲りない兄貴だな。

「まさか防御と姿消しの両方を同時に破られるとは......僕のホノラを誑かすような不届き者にしてはやるではないか」

「だからそんな事してないっての! マジ人の話聞かねぇなお前!」

「黙れよ下郎!! ならなぜ王国騎士団に入団するはずだったホノラが今冒険者をやっているのだ!! 貴様が誑かしたからだろうが!!」

「え、そうなの?」

「え?」

 俺とレオノラの間にかなり微妙な空気が流れる。お互いがお互いの目を見るのも憚ってたのに今は目を見合わせてポカンとしている。

 ホノラは――――

「ピュープスー......」

 決してこっちを見ようとしない。ごまかしの口笛すらも吹けていない。これは何か隠してるな?

「おいホノラ!! ちょっとこっち来て説明しろ!!」

「う......分かったわよ......」

 ホノラは全てを白状したのだった。


◇◇◇◇


 ホノラの言うことには、本来ホノラは兄、レオノラ率いる王国騎士団が国に帰ってきたらそのまま騎士団に入団する予定だったらしい。

 しかし、俺という存在が出現。ホノラはしめたとばかりに俺と一緒にギルドへ加入。そして今に至ると......

 なぜそんなに騎士団に入るのが嫌だったのか聞いてみると、

「この兄貴と同じ場所で働くのは死んでも嫌」

 と至極真っ当な答えが帰ってきた。

「で、結局どっちが勝ったの?」

 ホノラが観客席に再び戻る前に質問を俺達二人に投げかけた。
 うん、もうどっちでも良いかなって思ってたんだけど、これはもうレオノラに任せよう。

「どうする? まだやるって言うならやるけど」

「......今日の所は引き分けにしないか?」

「それがいいな」

 という事でアッサリと引き分け、勝負の結果はいつかへ持ち越しとなったのだった。