異世界ハードモード!〜持ってるチートスキルが使えなくても強くなれる剣士として努力を続けようと思います!〜

「――――はい! マツル君にはギルドマスターからの支給品として素敵なプレゼントがありまーす!!」

 早朝、俺とホノラが“目無しの魔獣”発生の原因を探るべく出発しようとしたところをパジャマ姿のギルマスに呼び止められた。

「朝っぱらからテンション高いですね......それで、俺への支給品ってなんですか?」

「やっぱり気になるかい? 気になっちゃうよね!? よしそんなマツル君にはこれをあげちゃおう!」

 朝からこのテンションはキツイな......ダメだホノラ。相手は仮にもギルドマスターだ。幾ら朝からコレだからって殴ろうとするんじゃない。

 俺に手渡されたのは一冊の本だった。しかし表紙と背表紙しか無いぞ?

「『月刊ギルド!! 新人冒険者入門シーズン特別特集号』?」

 何だこの元の世界の少年誌のような絵柄は......まさか異世界でデフォルメキャラを見ることになるとは思わなかったぞ......

「そのとーり! この本はギルド本部から月に1回出版される全冒険必読の総合情報誌なんだよ! 普段はランクアップの秘訣とか魔道具の魔法通信販売とか昔の神話に絵を付けた読み物とかが載ってるんだけど――――」

 ほぼ日本の少年誌じゃねぇか!!!! 

 絶対これ日本人が出版の片棒担いでるだろ!

「今回は新人冒険者が沢山ギルドに来る時期だから、今までに確認された魔獣や魔物のありとあらゆる情報が詰め込まれた売り切れ必至の最強号なのだ!」

 めちゃくちゃ便利じゃん! 異世界の少年誌すげーな!

「つまり、これを使って目無しの魔獣討伐を捗らせてね......って事ですよね?」

「そう! それで、こんな朝早くからなんのクエストに行くの?」

 俺達がこれから向かうのは魔獣に占領された隣の村の聖堂だ。どうやらDランクの“下位戦猫(レッサーキャット)”が数頭だけらしいので、手始めにこの依頼から行ってみるかという事になったのだった。

「隣の村って事は“チッチエナ村”か......確かに歩けば半日位かかるね。じゃあ、俺は戻ってもう一眠りするから、行ってらっしゃぁ~い」

 ギルドマスターは大きなあくびをしながら立ち去っていった。いくら早朝とは言え呑気にまた寝るのか......

 おっと、早めに行かないと今日中に帰って来れなくなってしまう。急がねば!

「それじゃあホノラ! 隣の村までしゅっぱーつ!」

「おー!」

 俺達は日が昇り始めた薄明るい草原を行くのだった。


◇◇◇◇


 さて、ただ歩くだけというのも味気無いし月刊ギルドでも読んでみるか。

「取り敢えず今まで討伐した魔獣は正攻法で倒そうとするとどんななのか見てみよう」

 つか、そもそも魔物と魔獣って何が違うんだ?

 そう思いながら表紙をめくると、見開きが光だし、文字が浮かんできた。

 なるほど! こうやって読みたいページを魔法で出すからそもそも紙とかが必要無いのか! やっぱり異世界の少年誌すげぇ!!

「えーと?『魔物は魔力を持つ亜人族以外の生物の総称で、その中でも動物の見た目なのが魔獣』」

 つまりボールボーグは魔獣で、リザルドマンは魔物って分け方が正しいのか? ややこしいから統一しとけよ。

 じゃあ本題の、今まで倒した魔物達の正攻法だな。

「ボールボーグは......『巨大な針の球になって突進してくるので近付かれる前に高火力魔法で吹き飛ばしましょう。それが不可能なら罠魔法などで埋めてしまいましょう』......」

 うん、じゃあリザルドマンは?

「なになに?『魔法に対して高い耐性を所持しているので、耐性を貫通できる位の高火力で吹き飛ばしましょう』......」

 脳筋が......脳筋が過ぎるッ!!!! なんの対処法にもなっていない! 威力大正義すぎるだろ!

 ん、待て。まだ続きが書いてあるぞ?

「『――――尚、会話が可能な個体は進化して純粋な亜人族、“リザードマン”になる可能性があるので討伐はしないように!』進化?」

 魔物って進化するのか。それでいて進化すると人間と同じ扱いになると......なんかこの世界の魔物事情難しいなー

「――――マツル? 私疲れちゃったんだけど......」

 後ろを歩いていたホノラから声をかけられた。月刊ギルドを読むのに夢中で自然と歩くのが早くなっていたようだ。

「じゃあ少し休憩でもする?」

「それは大丈夫よ。その代わり投げても良い? 移動を短縮出来るわ!」

 お、移動を短く出来るのは良いな! でも一体何を投げるんだ?

「じゃあちょっと背筋を伸ばして立って......」

「うん、」

「行くわよ! 歯を食いしばって!」

 そう言うが早いか、ホノラは直立不動の俺を槍投げの要領でブン投げて、その上に飛び乗った。

「ぇぇぇぇ!? ちょっとホノラ!? 嘘だろ!?」

「はやーい! 飛んでる! これでチッチエナ村までひとっ飛び! 帰りもこうしましょ?」

「二度とごめんだァァァァ!!!!」

 数十秒でもう村が眼下に見えてきた。速度だけはまじで一級品だなこれ。

 あれ? これどうやって着地するの?

「ホノラさんホノラさん? これどーやって着地すれば良いですか?」

「あ......! 頑張って!」

 絶対そこまで考えずに俺の事投げやがったな!? ふざけんなよ!

「ぶつかるゥゥゥッ!!」

 ズガン! と凄い音をたてて俺は頭から地面に突き刺さった。その数秒後に、どのタイミングで離脱したか分からないホノラが俺の横にふわりと着地した。

 頭を引き抜いて辺りを見回してみると、ちょうど聖堂の目の前にいた事がわかった。

 既に扉は開いており、中から戦闘音が聞こえてきた。

「アイツ.......! 俺が頭抜くのに手間取ってる間に一人で始めたな!? 詳しい頭数は聞いてないんだから慎重に行こうって話し合ったのに!」

 急いで俺も中に入ると、既にレッサーキャットは7匹倒れており、ホノラは最後の1匹と戦闘をしていた。

 やっぱり目の部分に傷が付いていて潰れていた......今ホノラが戦っている1匹にもやはり目の辺りに黒い煙が纏わり付いている。

 黒煙は対象が死ぬと消えるのか...? 

「ホノラ! 助けは必要か?」

「大丈夫よ! もう...片付くわ!」

 その言葉通り、レッサーキャットは既に満身創痍、意識があるかどうかすら怪しい狂ったような形相で何度も飛びかかってはホノラに軽くあしらわれていた。

「ごめんね猫ちゃん! ほんとはこんな事したくないんだけど村の人とかに被害が出てるから!」

 その迷いの無い拳は確実に腹を捉え、レッサーキャットは殴られた勢いのまま壁に叩きつけられた。

「やったか?」

「楽勝! 今回はマツルは移動手段だけだったわね」

 そういえば俺何もしてないな。まぁたまにはこんなクエストもあっても良いか――――

「キシ......」

 崩れた壁の瓦礫の中から鳴き声が聞こえる......

 その瞬間、俺達はおぞましい空気の震えを感じ思考が生じる前にトドメを刺そうと身体が動いていた。

 今殺しておかなければ、コイツ(レッサーキャット)はヤバい......と。

――――しかし、思考より速く動いた俺達より一瞬早く、レッサーキャットの周りを覆っていた瓦礫が爆音と共に粉微塵になった。

 いや、爆音ではなかったのかもしれない。その時既に俺達の聴覚は奪われていたのだから。

―なんだ今の!? ホノラ! 大丈夫か!?―

―あ......―

 ホノラは目、鼻、耳、口から血を垂れ流し力無く突っ立っていた。気を失っているようだ......

 そして今気づいた。俺も耳が聞こえない...何があった!?

『......ちょっとまずいかもね...マツル君は私が聴覚保護を急いでかけたから一時的な聴覚異常で済んでるけど、彼女は危険な状態だ。すぐにでも回復魔法をかけないと』

 そんな......! レッサーキャットのどこにこんな能力が!

『今、瓦礫を粉にして出てきたアレは......レッサーキャットが進化した魔獣、”狂戦猫(キャスパリーグ)“』

 キャスパリーグ......って進化!? 魔物が純粋な亜人になる事だけじゃないのか!?

 レッサーキャット改めキャスパリーグは、先程より数倍は巨大になり、茶色だった体毛は黒く変色して禍々しい爪と牙を備えていた。

 進化しても変わらなかったのは、目の周りに黒い煙が纏わり付いていること。狂ったような表情で涎を垂らし唸っている所だ。

「――――やっと耳が回復してきた......ナマコ神、キャスパリーグの情報をくれ。事態は一刻を争う」

『私が適当に解析しておいた月刊ギルドの情報によると、あらゆる物を破壊する超音波。強靭な爪と牙。素早い動きが強みだね......てか、マツルは勝機があるの?』

「ある。一瞬で終わらせる」


◇◇◇◇


 俺の親父は言っていた。

――――我が流派は“斬れないものを斬る”事が真髄だと......

「ギィィィィ!!!!」

俺達を一瞬戦闘不能にした超音波をキャスパリーグが放つ。目が見えない分これで相手との位置や距離を測っているのだろう。

当たれば終わり。これで俺の仮説が間違ってたら結論は死。だが......

「音の疾さがあっても、当たらなきゃ意味が無いよなァ!!」

『音を斬った!?』

 その通り! これは技でもなんでもなく、親父の流派! 基礎中の基礎“刀法 滅入(めにゅう)”なのだ! これがあれば音だろうが水だろうが物理的に斬れないものを斬ることができるんだってよ!

『んな滅茶苦茶な......』

「ギャリャァァァァ!!!!!?」

 突然キャスパリーグが俺めがけて爪を振り下ろした。

 探知兼攻撃手段の超音波が通用しない事を本能で理解したのか......そうなったら人間とは桁違いの膂力で押し潰すのは良い判断だろう。

 相手が剣士の俺じゃなかったらな。

「じゃあな猫ちゃん......俺に近付いてきた時点で俺の勝ちだ」

【我流“介錯” 穫覇蝶(かるはちょう)

 それは狂気と苦しみから解放する慈愛の刃。

 俺に突き立てようとした前脚を強引に掴み地面に叩きつけ、俺は首を一刀の元切り落とした。

その瞬間、黒煙が霧のようになって散るのが見えた。やっぱり死ぬと消えるのだろう。

――――今はそんな事考えてる場合じゃない! ホノラを回復させなければ!

「ホノラ! 俺の声が聞こえてるか!?」

「あ......う......」

目は虚ろで呼吸も絶え絶えだ......

 今から村に急いで回復魔法をかけてもらう?

 いや、今の聖堂から村までまた少しだけ距離がある。この状態のホノラを動かす、またはここに置いておくのはリスクがデカすぎる。

『マツル君! 月刊ギルドだ! 今すぐ開け!』

 ナマコが頭の中で叫ぶ。本なんて今読んでる場合じゃないのに!

 そう思いながら開くと、そこには緑色に光る札がくっついていた。

「これは......! 回復の呪符!?」

『これが今月号の付録だったんだ!! 呪符は魔力のない君にも使える! 早くホノラちゃんの体に貼って!』

 俺は慌てて本から切り離し、ホノラの体に呪符を貼り付ける。

 すると呪符と身体が少し光り、その光が消える頃には呪符はポロポロと崩れていた。

「うぅ......猫は...?」

「安心しろ。俺が討伐した」

 ホノラはがっかりしたように俯いたが、すぐさま立ち上がって叫んだ。

「私もまだまだね......音如きで動けなくなるなんて! もっと強くならなくちゃ駄目ね!」

 いやね、音如きって、普通の人は死んでもおかしくなかったのよ? 

 ああいう攻撃を耐えれるようになったらもうどっちが魔物か分かんないなこれ。

「――――何やらすごい物音が......何があったのでしょうか?」

ボロボロになった聖堂へ入ってきたのは、この村の村長である老婆だった。


◇◇◇◇


「――――あなた方がサラバンドギルドの......私達の依頼を受けて下さり、ありがとうございます」

 俺とホノラは村長の家に迎え入れられ、食事をご馳走になった。

 村長から話を聞いて、色々と分かった事がある。

 まず聖堂にいたレッサーキャットは全てこの村で飼われていた魔獣だった。

 レッサーキャットは本来大人しい魔獣でこの世界ではペットとして人気が高いのだが、ある日突然暴れだし、沢山の住民を傷つけ、聖堂に立てこもったのだそう。

「それで暴れ出した日、目の周りに黒い煙が纏わり付いているのを見た......と」

「はい。初めは意識もあって、名前を呼ぶと少しは反応があったのですが、いつの間にかそれも無くなって......」

 ここまで話を聞いて、俺の中に1つの可能性が浮かんだ。

 それは、誰かに操られている可能性である。

 第三者が黒い煙を媒体とした魔法で魔物を操っているのだとしたら最近急に発生し出した事にも説明がつく。

 でも誰が? 何のために?

「分からん事を考えてもしょうがないな。村長、取り敢えず今回の依頼はこれで完了ですので、俺達はこれで。また何かあったらギルドマスターの方に」

「この度は本当にありがとうございました...」

 そう言って村長は何度も俺達に頭を下げた。

「よーしホノラ! 日が暮れる前に帰るぞ!」

「そうね! ハイ! マツルはビシッと立つ!」

 これは......まさか...!

「あああああああああああ!!!!」

「やっぱりはやーい!!」

 行きと同じように、俺はホノラに投げられ、ホノラは俺に飛び乗った。

――――

「賑やかな人達だったわね......あら、何かしら? 黒い......大波?」

 地鳴りと共に、何かが村へと迫っていた。

――――チッチエナ村が消滅したという話を俺達が聞かされたのは、それから2日後の事だった。
 ギルドマスターは、ウィールから急ぎと思われる報告を受けていた。

「――――チッチエナ村からの連絡が途絶えた? 原因は......」

「はい。最後の魔法通信が『黒い波が来た』その通信のあとすぐ調査隊を派遣。その調査隊からの報告によると、村は壊滅、生存者は確認出来る限り0と......」

調査隊を派遣したギルドマスターがこの報告を受けたのは、マツル達がサラバンドに帰還してから数時間後の事である。

「ギルドマスター!! 調査隊からの緊急報告です!」

 無造作に扉を開け、普段は各機関との通信を行っている女性が入ってくる。息は荒く、かなり焦っている様子だ。

「今度は何があった? 落ち着いて話してくれ」

「......はい。チッチエナ村近辺に莫大な数の目無しの魔獣の群れを確認......その総数は......およそ200万。現在サラバンドに向かって移動している模様......」

「200万だって!? なぜその数の魔獣に誰も気付かなかったんだ!? その数は数え間違いじゃないのか?」

「何度も魔力感知や熱源探知、解析系の魔法で確認しましたが、結果は変わらなかったそうです......」

 皆がパニックにならないよう、冷静な対応を心掛けていたギルドマスターもこの報告には驚きを隠しきれない。

 そもそも、そんな馬鹿げた数の魔獣が徒党を組んで移動するなど有り得ない話であり、どこかで大きな被害が出る前にギルド本部といくつかの支部、予想される行路周辺の国の騎士団が総力を挙げて対処しなければいけない大問題なのだ。

 それを「どこも気付きませんでした」は有り得ないと自然とギルドマスターの声も荒くなるのだった。

「......サラバンドへの到達予定日時は?」

「最速で2日後の早朝です」

「2日後......よし分かった! 現在国王の護衛とやらで全員出払っている騎士団の馬鹿共に代わり冒険者ギルド、サラバンド支部が総力を挙げて200万の魔獣の群れを撃滅する!! 全冒険者、並びにギルド本部に通達を! 国民には避難を開始するよう伝えて!」

「はいっ!」

 サラバンド支部の全冒険者がギルドへ集合したのは、翌日の深夜であった。


◇◇◇◇


「――――こんな真夜中に呼び出しって何事だよ......」

「マツル~私眠いんだけど......」

 俺達は『超特殊!? 七色に光る24色色鉛筆を見つけて来て!』のクエストの途中、ギルドマスターから転移魔法陣付きの緊急招集書が転送されてきたので、急いで帰ってきたのだった。

 カウンター前の大広間には、真夜中だというのに100人近くの冒険者と思われる人達がいる。中には見知った顔の人もいて......

「おお! 兄ちゃんに嬢ちゃん! 元気だったか?」

「メツセイさんも来てたんですね! 何の集まりなんですか? これ」

「俺も何が何だかよく分からねぇまま集められてな......しかしこれは大事だぞ? なんせサラバンド支部の冒険者がランク問わず全員集められてるし、冒険者じゃない人達は続々と避難を始めてるし......」

 全員!? 本当に何があったんだ......

「あー、みんな。先ずは僕の急な招集に集まってくれてありがとう」

 日付が変わった頃、クエストカウンターの前にギルドマスターとウィールが現れた。

「急に招集ってなんなんだー?」

「ちゃんと説明してくれー!」

そんな声があちこちから聞こえる。どうやら説明を受けていなかったのは俺達だけじゃ無いようだ。

 ギルドマスターは少し険しい顔をした後、静かに口を開く。

「――――みんな落ち着いて聞いて欲しい......今この国に魔獣の大群が迫っている。その数およそ200万、そしてその全てが例の目無しの魔獣だ」

......は? 

その時、この場の全ての人間がそう思っただろう。勿論、俺も例外ではなく呆気に取られていた。

「よって僕達ギルド、サラバンド支部は、この国の目の前に広がる大草原でその群れを撃滅する事にしました! 既にチッチエナ村などにも被害が出ているのでこのまま放置して置けば被害が更に拡大します! て事でここら辺でサクッと消し飛ばしておきましょう!」

「「「何簡単に言ってくれてんだギルマステメェ!!!!」」」

 100人の声が重なる大ツッコミが巻き起こる。

 それはそうだろう。あまりにも説明が足りない上に荒唐無稽過ぎる。何だよ200万の魔獣の大群って、頭おかしいんじゃないの?

「――――やっぱりそうだよね......ごめんみんな! 今言ったのが最初の計画だったんだけど、無理そうだったから変更したんだ! 今から伝えるのが本当の計画ね」

ギルドマスターから伝えられた本命の作戦は、それでも無茶苦茶な物だった。

 曰く、E~Cランクの冒険者、総数70人はまだ避難をしていない国民を護衛しつつギルド本部のある国へ避難。Bランク以上の冒険者はここへ残り魔獣の足止め。国民の避難が完了し次第救援が到着する手筈なのでそこから一気に押し切る......と

 つまり、国民の避難完了まで数日、そしてそこから救援が来るまで数日を30人で粘らなくてはいけないのだ。

 ここまで聞いた上でその場の誰からも文句が出なかったのは、自分の、または国の命を諦めた者が大半だったからだろう。

 数名を除いては、の話だが

「俺はまだDランクだが、“目無しの魔獣”については俺が依頼を受けている......俺は残る。いや、俺に戦わせてください!」

「逃げて守って待つって私には合わないわね......私がぶっ飛ばしてやるわ」

 俺とホノラが前に躍り出る。

「マツル君にホノラ君まで......」

「ハッ!!!! 兄貴と姉御の言う通りだ!! お前ら! 仮にも冒険者が勝負をする前から諦めて恥ずかしくないのか!? 冒険者は冒険者らしく戦うのだ!!!!」

「パンナ様が名言言った!!!!」

「流石パンナ様だぜ!!!!」

 俺とホノラの後ろから肩を叩き前へ踊り出たのは――――!

「マツル...アレ誰だっけ?」

「えーと......誰だ?」

「ハッ!! この私を覚えてないとな!? だが良いだろう緊急事態だからな!」

『マツル君! ほら、ホノラちゃんが地面に埋めて土下座させたあの!』

 ナマコ神様が補足を入れてくれた事でようやく思い出せた。

「三馬鹿!」

「私も思い出した! 女たらしの三馬鹿!!」

「酷いな二人して......」

「三馬鹿! 君達は謹慎中のはず......なぜ出てきた!」

 叫ぶギルドマスター

「なぜギルマスまで私達を三馬鹿と呼ぶのだ!? その呼び方今知っただろう今! 急なアドリブは体に悪いぞ!! だが緊急事態だ...そうも言ってられないだろう? ハッ!!!!」

「さすがのスルースキル! パンナ様最高だぜ!」

「一生ついて行きます! パンナ様!」

 うっぜぇぇぇ......下まつげ、上を脱いで決めるポーズ、下っ端の花吹雪、全てがうざい。ある意味ユニークスキルだろこれ。

「それに兄貴に姉御! 私たちはお二人の愛の鞭で変わったんだ!! まぁ兄貴はまだ私の肉体的魅力には遠く及ばない所ではあるがそれでも素晴らしい魅力だ!! 是非私を美し過ぎる舎弟として迎え入れてくれ!! ハッ!!!!」

 兄貴と姉御って俺とホノラの事だったのかよ!? めっちゃやだ......

「ねぇマツル......この三馬鹿もう一度埋めた方が良いわよね?」

「許可する」

「早まるなよ兄ちゃん達!? それにギルマスも! 三馬鹿だって腐ってもBランクの冒険者だ。この際戦える人間は多いに越したことはないだろ?」

 メツセイがホノラの制止に入る事で、三馬鹿の命日が数時間早まらずに済んだのだった。

 そしてメツセイのこの言葉が周りの空気すらも変えてしまった。

「メツセイの言う通りだ! サラバンド冒険者の俺達の総力! 魔獣共の目にもの見せてやろうぜ! 包丁と怪力娘が出張って俺達が逃げるなんて魔法使いの名が廃るわァァァ!!」

「バカ! みんな目が潰れてるって話だから何も見えてねぇぞ?」

「ギャハハ!! すぐ終わらせてみんなで祝杯だァァァ!!!!」

「「「ウォォォォォ!!!!」」」

 凄い......メツセイとパンナの言葉で流れが変わった...

 メツセイの一喝が効くのはいつもの事だとしてもパンナもこう見えてカリスマがあるのか?

「俺達の腹は決まりました。ギルドマスター、俺達に指示をくれ!」

 そう口々に叫ぶ冒険者達に若干気圧されながらも、ギルドマスターは作戦を話すのだった。

「え、あ、うん! じゃあ細かい作戦の説明をするね!」

――――ギルドマスターはこの時の出来事を後にこう語っている。

「あのね、200万って普通に考えてやばいじゃん? いくら僕が目立ちたがり屋だとしても普通に引き際は考えてるつもりよ? 僕のスキルは対大勢向きじゃないし。でも立場上先陣切って逃げる訳にはいかないからみんなに無理難題吹っかけて逃げるムード作ろうと思ってたのになんか急にやる気出しちゃって引けなくなっちゃったよ! あはは!」

 俺が“ギルドマスターが真っ先に逃げようとしていた”と言う事実を知るのは、もう少し後の話である。
 夜が明ける。太陽の光で薄く照らされている一面の草原は先日の鮮やかな緑色から一転、どす黒い塊が絨毯のように地平線の遥か向こうから大地を埋めつくしている。

「――あれが全部“目無しの魔獣”......」

「200万ってこの目で見ると圧倒的ね。マツル」

 俺とホノラ、そしてメツセイは城門の前。パンナとギルドマスター、その他のBランク冒険者は城壁の上で戦闘準備を整えていた。

「――時間だみんな。そろそろ攻撃を始めるけど、もう一度細かな作戦の確認をしておこう」

 ギルドマスターの重みのある言葉に全員が静かに頷く。

「まず城壁上のチームは、パンナの溶岩魔法で分断を図る。そこから後ろの方を高火力範囲魔法で攻撃していこう。回復魔法を使える者は待機しておいてくれ」

「「「おう!!!!」」」

 結構念入りに決めてたからな。最後まで指示たっぷりだ。

 そう言えば、俺とホノラはまだ指示を受けていないんだが、これからあるのか?

「そして、城門前のマツルとホノラは......まぁなんとか上手くやってくれ」

「雑ゥゥゥゥ!! 俺達だけ雑ゥゥゥゥ!! なんだよ“上手くやる”って! 細かくなくていいからもっと的確な指示くれよ!!」

「だってしょうがないじゃん!! 僕だって近接職動かすの初めてなんだから! 好きに暴れてとしか言えないよ! 」

 あんまりに雑な指示にキレたら泣きそうな声で反論された。「なんかごめん......」としか言えないので、取り敢えず“突っ込んで暴れる”作戦でホノラと合意したのだった。

「安心しろ兄ちゃん。何かあれば俺が援護してやるから、な?」

そう言えばメツセイも城門前なんだな。酒飲んでる所しか見た事ないけど強いんだろうか......

「――さぁ、時間だ。全住民の国外退避が完了した。パンナの魔法が発動し次第各自行動に移ってくれ」

「ハッ!!!! 承知したぞギルマスよ! とくと見よ! これがこの私の最強範囲魔法!【溶岩魔法”長城溶岩壁(壁で裂かれた愛☆回り出す運命の歯車)“】」

 パンナが魔法を発動すると、遥か前方で地平線を覆う溶岩の壁が生成された。

「ハッ......! 範囲と距離を限界まで引き伸ばしているからこの魔法はいつまで持つかわからん......早くケリをつけて貰おうか......」

「みんな!! 作戦開始だ! 相手は200万回殺さないと永遠に再生する一つの生物だと思って対処してくれ!」

「「「了解!!!!」」」

 ギルドマスターの声と同時に、城壁の上から数多の高火力範囲魔法が降り注ぐ。

 火炎、激流、烈風、顕岩。様々な爆煙が魔獣の塊を散らしていく。

「すっげ......」

「見蕩れてる場合じゃないわよマツル! 私も遅れてられないわ!!」

 ホノラは目をキラキラさせ、身震いしながら突っ込んで先頭部分を吹き飛ばし始めた。

 パンチ一発で30匹位一気に消し飛んでる気がするんだけど......

「ホノラって本気だとあんなパワー出たのか......俺も負けてられねぇな!!」

「兄ちゃんこれを使いな!」

「これは?」

メツセイから手渡されたのは二枚の呪符だった。

「それは身体強化(アームドバフ)の魔法が込められた呪符だ! お二人の為に王国大図書室の奥底で見つけてきた! 使ってくれよ!!」

 この前フューネスに使用した回復の呪符同様、胸に当てると呪符はポロポロと崩れ身体に染み込んでいった。

 凄いぞこれ! 力が漲るってこういう感覚の事を言うのか!

「メツセイありがとう! 俺も行ってくる!!」

「あと一枚は嬢ちゃんに渡してくれよー!」

その言葉を後に、俺も魔獣の中へ突っ込んで行くのだった。
 ナマコ神様、この魔獣の大群の解析はできてるか?

『もうできてるよ~。えっとね、大半はEからDランクの魔物だね。強さ自体は目の周りの黒煙で変わったりしないみたいだからはっきり言えば君達の敵じゃないね』

 “大半は”って事は、Cより上のランクの魔獣もいるって事だよな?

『そうだね。私の感知に引っかかっただけで10体はいるよ』

 よし、これで俺が倒すべき標的は決まった。あとの問題はどこにいるかも分からないソイツを探すのに周りの雑魚を殺し続けなければいけないという事だな。

「やってやるぜウォォォォォ!!!!!!!!」

 先ずちょこっと力を入れて横に薙ぎ払ってみた。大体10体吹き飛んだ。

 体力温存の為にもまだ剣技は使えない......地道にやっていくか。

 俺は片っ端から刀を振り回して切り刻む作戦で無限と思える程湧いてくる魔獣を蹴散らすのだった。

――――

 大体一時間が経過した頃、ギルドマスターから通信が入った。

―マツル君、君の今いる位置から右側に進んでくれ。高い魔力反応がある......近くにホノラ君もいるから、二人で対応に当たるように―

 ようやく見つけたぞ強い魔獣! やったるでホンマァ!

「――――ホノラ! いるなら返事してくれ!」

「アハハハハッ!! どうしたのどうしたのォ!? 雑魚が徒党組んだ位で私に勝てると思ってるなら大間違いよ!!!!」

  あ、ダメだ、全然聞こえてない。

 だってもうアレだもん。目が完全にイッちゃってるもん。猟奇殺人鬼みたいな笑い方しながら魔獣を一気に吹き飛ばしてるもん。

 どうやったら俺の声が届くんだ......? 恐らく俺が体を張って制止したら俺ごと殺し始めかねない......

 戦闘狂(バトルジャンキー)のホノラが喜ぶような事......あ、そうだ。丁度良いのがあるじゃん!

「ホノラー!! あっちにめっちゃ強い魔物がいるってよ! 行こうぜ!」

「ホント!? 早く行きましょ!」

 よし! 成功だ!

 俺はホノラと共にギルドマスターの言う位置へと向かう。

 そこには、他の魔獣より何倍もでかい化け物がいた。

 その魔獣は、白銀の狼であった。

 他の魔獣と違うのは、その圧倒的な威圧感だけではなく、目を黒煙に喰われていなかったという事だ。

 わーめっちゃ鋭い目してる。めっちゃ俺らの事睨んでるじゃん......

「我は偉大なる白銀閃狼(ワイヴァーグリッドウルフ)の末裔にして魔王ニシュラブの配下である!! 我らが歩みを邪魔しているのは貴様等だな? 良いだろう! この我自らが――――」

「マツル見てよほら! でっかい狼が喋ってるー! すごいわよすごいわよ!」

「なんで狼が喋るんだよ! おかしいだろ異世界!!」

「黙れよ貴様等ァ!!!! 今我の喋りのターンだったじゃん! 別に良いだろ狼が喋ってたって! 今は亀だって空飛ぶ時代なんだぞ!? 我が話してる時は黙って聞けよぉぉぉ......」

 なんか今凄い無茶苦茶な理屈で怒られたぞ俺達......

 無視してしまったことに切れたのか、狼は地面が揺れる程の地団太を踏んでいる。

「すまん、悪かった! ほらホノラも謝って!――続けていいよ」

「ごめんね狼ちゃん......話遮っちゃって。続きはなんて言うの?」

「この状況で話続けれる奴いねぇだろぉぉぉぉ......!!!! なんかすっごい可哀想な奴みたいじゃん我!」

 傲岸不遜って感じの態度だったのに割と繊細で面倒臭いなこの狼。

「じゃーどうすんの?」

 狼は軽く咳払いを挟み話を続けた。

「コホン......この我を止めたくばァ! 我と闘いその力を証明するがいい!!」

 その咆哮は先の軟弱な態度とは正反対に威圧増し増しで、空が、大地が、俺達の体がビリビリと震えさせる。

「分かりやすくて良いな」

「マツルと一緒に戦闘って何気に初めて? なんかドキドキするわね」

「二人同時か......良いだろう! かかって来い!!!!」

 あ、めっちゃ前脚チョイチョイってしてる! 挑発のつもりなんだろうけど可愛い!

 だが、可愛いからって油断は禁物だな。あの威圧感はマジだ......

 ナマコ神様、あの狼単体での解析はできるか?

『もうできてるよ~。アレはね、Aランクの中でも上位の強さを誇るクソ強魔獣だね。ぶっちゃけ二人での連携が完璧でも勝てるか怪しいマジのガチで化け物だよ』

 そんなに強いのか......ただまぁ、やってみない事には分からないよな。

「先手必勝!!【居合 四王(しおう)“東”斬鬼(ざんぎ)】!!!!」

 俺が今使える剣技の中で最速を誇る居合斬術。

 自分の音を忘れたかのような断空の一閃は確実に狼の頸を捉えた。

 しかし、狼の首は落ちなかった。

「硬すぎだろ......見た目モフモフですげー触り心地良さそうなのに、ほとんど鋼鉄だぜ」

「先手必勝......では無かったのか? 鬼は斬れても、()は斬れなかったようだな」

 狼は後ろを振り向きニヤリと嗤う。

「――――俺は今背を向けてるぞ? トドメを刺しておかなくていいのか?」

「ほざけ小僧。背を向けた無防備な相手を殺すのは我の誇りと流儀に反する」

 魔獣も誇りとか流儀とか言うのな。見た目も相まってちょっと、いやかなりかっこいいぞ。

「余所見なんてしてても良いの!!!! 今度は私の番なんだけど!」

 ホノラが拳を大きく振りかぶり突進する。

「喰らいなさい!!!! 私の必殺!」

「小娘の拳など痛くも痒くもな――――」

「回し蹴り!!!!」

 ホノラは振りかぶった腕を地面に付け、勢いそのままに回し蹴りを繰り出した。

 狼の頸にホノラ渾身の蹴りは命中。その衝撃波は直線上の地面を抉り、魔獣を粉のように吹き飛ばした。

「ア......ガ...ビビった......まじで油断した......」

「いったぁぁぁい!!!! (スネ)! 脛で蹴っちゃった! 痛い! めっちゃ痛い!」

 首を痛がる狼。脛を痛がるホノラ。

 なんだろう、攻撃した方もされた方もダメージ喰らうのって珍しいね!

「小娘ェ......舐めた事をしてくれるではないか......」

 狼は怒りでプルプル震えていた。

「舐めてないわ! 蹴ったのよ。てか、私小娘じゃないし」

「じゃかあしい!!!! そういう事言ってんじゃないんだよ!」

「知ってますぅ~! わざと言ったんですぅ~! 狼ちゃんも、こんな小娘の言葉にいちいち怒って恥ずかしくないんですかぁ~? プークスクス!」

 ホノラがすっごい調子に乗り出した。

 おいおいあんまり刺激するとヤバいんじゃないか?

「あまり我を舐めるなよ! いや物理的にじゃなく心理的にだ! 喰らえ!【閃狼魔法“深淵乱剛雷(アビスサンダーレイ)”】!!!!」

「キャァァァァッ!!!!」

「ホノラァァァァ!!!!」

 十数本の白い雷がホノラ目掛けて降り注いだ。轟音と共に落ちた雷は地面を焼き焦がし、狼にとって味方であるはずの魔獣達ごとホノラを焼き払ってしまっていた。
「嘘だろ......ホノラが......」

「クァハハハ!! みたか小僧! これが我の力! 我とその一族のみが使える究極の魔法!“閃狼魔法”!! ほんの雑魚処理用ですらこの威力だ!」

「はーびっくりした!」

「――この声は......」

 もうもうと立ち上る煙の中から現れたのは他の誰でもないホノラであった。
 服こそ焼け焦げているが、その白い肌には傷一つ付いていない。

「ナニィィィィ!? 我の閃狼魔法を喰らって無傷だと!? いや、上手く避けたに違いない! 今度は外さん! 死ねぇ!【閃狼魔法 轟狼六光雷(ウルフバーン・ヘキサグル)】!!!!」

 “アビスサンダーレイ”を6個同時に放ち、それらがホノラに向かって一斉に襲いかかる。
 狼の上位魔法は、確実にホノラの身体を貫いた。

「流石にこれはまずいんじゃねぇか!? ホノラァァァッ!!!!」

「アバババババッ!」

 大丈夫そうだ。本当にこんな雷撃喰らってる奴は恐らく「アバババババッ!」なんて言わない。

「このクソオオカミ! これ以上服が無くなったら帰れないでしょ!? どうしてくれるの!?」

 ホノラはクレーターのように抉れた地中から怒りを前面に出した鬼の様な形相で狼を睨み付けていた。

 ホノラの身体を覆う布面積は既にギリギリアウトな範囲まで減っていた。

 直視したらブチ殺されるから目を逸らしておこう。

「なぜ無事なんだこの小娘は!? あの魔法は我の切り札だぞ......? 我が最強の魔法だぞぉぉぉ!!」

 俺狼なんて今日初めて見たのにこれが困惑の表情をしているとはっきり分かる位困惑した表情をしている。

 俺だって同じ気持ちだよ! ホノラって時々化け物より化け物してないか?

「なぁ小僧よ......貴様付き合う奴は考えた方が良いぞ?」

 初めの威厳のあった切れ長の目からは想像もつかない程に丸くなった目を狼はこちらに向ける。
 そんな目で見るなよ! なんかちょっと悲しくなるだろ!?

「その潤んだ目でこっちを見るなぁ!!!! 俺達と相対した時の威厳を取り戻せよI☆GE☆Nをよォ!」

「黙れ小僧!!!!」

 狼は気を持ち直した。目がかっこいい方に戻ったのだ。

「――――貴様にこの我の傷付いたメンタルを癒す事ができるのか!? 出来ないであろう? ならば我は証明する!! 貴様を我の魔法で殺し、やはり我の魔法は最強であったと言う事を!!」

 なんか話がおかしな方向に飛躍したぞ!? さてはこのクソ狼、ホノラに自分の魔法が効かなかった腹いせに俺の事殺っちゃおうとしてる?

「さっきまで“誇り”だの“流儀”だの言ってた奴とは思えない台詞!! そんな下らない理由で殺されてたまるか!!」

「ふざけんじゃないわよ! 私の服を燃やす程度が精々の魔法がマツルに効くわけないじゃない!」

 なんでホノラは怒りに薪をくべてんだよ!? 焚き付けんなバカ!

「そこまで言うなら見せてやろう! そこの小娘もこの男が我の最強魔法に耐えられるか、そのちんちくりんな(まなこ)で確かめると良いわァ!!」

 あ......俺、死んだ。

 流石にここまでの状況になったらホノラも事態のヤバさに気が付いて止めるだろ......いや止めてくれ!

「上等じゃないのよやってみなさいよ!! マツルー! 絶対に死ぬんじゃないわよー!!」

 お前はどっちの味方なんだよホノラおい! 

 え、まじでどうする? 今回ばかりは本当の本当にまずい気がする。
 
『なんでこうなるまで止めなかった訳? この状況は一歩間違えなくても死んじゃうよ?』

 こうなるって分かってたら初めの時点で止めてたよ!! 頼むナマコ神様! 今回はお前の知恵が欲しい!

『んぇーとね......この世界での素晴らしい来世に期待してワンチャン転生目当てで雷撃を喰らう(サンダー)とか?』

 人間とは感覚が違いすぎる! 俺は人間だ。今世をそんな簡単に諦め切れない。

 まずは俺の死期を引き伸ばさなければ......さてどうする......こういう場合は俺の全てを使って勝負に勝つしかない! 試合には負けても良い。生き延びた方が勝ちだ。

「なぁ狼さんよ......お前が今から使うのはお前にとって最強の魔法なんだろう?」

「......その通りだ」

「ならその最強の魔法を俺が耐える事が出来たら、お前は俺の言う事を一つ聞いてもらう」

「くだらん......我がその条件を呑む理由が無い」

 よし、ここまでは予想通り。あとはこの狼が単細胞馬鹿である事を願うばかりだが......

「あれれぇ~!? もしかしてもしかして怖いんですか~!? その”最・強“の魔法とやらは高々人間一匹殺せない程の軟弱! 脆弱な魔法なんですか~? そんな心持ちだからお前の言うホノラ(小娘)に魔法が効かなかったんじゃないですか~?」

「小僧言うではないか!! 良いだろうその話乗った!! 我を本当の本気にさせた事を死んだ後に悔いるが良い!」

 単細胞馬鹿だったァァァァァ!!!! 

 よぉし! これで耐えれば俺の勝ちまで持って来れた!



 さてどうやって耐えようかな......

「小僧言うではないか!! 良いだろうその話乗った!! 我を本当の本気にさせた事を死んだ後に悔いるが良い!」

 さて条件は整った。あとはどうやって狼の最強魔法を耐えるかだけだな......

『バカは君の方なんじゃないのかい? わざわざ本気にさせることは無かっただろうに』

 あー、本気のあいつの魔法を耐え切ってこそあいつも気持ち良く俺のお願いが聞けると思うんだよ。あと、俺の師匠なら絶対そうするからかな。

『イカれてるねぇ......やっぱり私は君の事が大好きだ!』

 自称女神のナマコに言われても嬉しくないなぁ......

「――――小僧、準備は良いか?」

「ああ! どっからでもかかって来い!」

 とは言ったものの、結局確実に耐える手立ては思い付かなかったので、俺は賭けに出る事にした。
 
 狼は頭を下げ、何かを呟き始めた。

「天を裂き、地を穿つ万雷の皇帝よ。閃狼の王は欲す。その力よ、眼前の御敵を焼き尽くせ【閃狼魔法 “狼王轟雷皇咆(ウルフガーンロア)”】!!!!」

 詠唱を経て繰り出されたたった一本の爆雷は今までのどの魔法よりも強力で、俺が防御の反応をするよりも早く身体を貫きその勢いのまま地面を抉り周囲を吹き飛ばした。

「ガァァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”!!!!!!!!」

「マツルーーーー!!!!」

 ホノラも涙ぐみながら俺の名を叫んでいる。いや、ほぼホノラがこの状況作ったんだからな? 

「クァハハハ!! どうだ小僧! 詠唱を破棄せず繰り出された我の魔法の味は!! やはり貴様は我を本気にさせてしまったことを後悔しながら死ね!!」

 ここまで言って狼は不可解な事に気が付いたみたいだ。

「小僧......何故貴様はまだ人の形を保って絶叫していられる!? 本来ならば声を上げる事すら許されず消滅するはず......貴様一体何をしたァァァ!!!!」

 驚愕の表情で叫ぶ狼。

「根性!!!!」

 本当に種も仕掛けもないただの根性だ。体裂けるんじゃないかって位痛いのと熱いのとで意識はいつ飛んでも可笑しくないが、それでも死んでない俺が今一番驚いてる。

「根性......我の最強魔法を根性......今日だけで二人に耐えられた......なんなのだこの小僧と小娘は......」

 狼はガックリと項垂れる。その時、延々と降り注ぎ続けた雷も止まった。

「っはぁ~! どうだクソ狼......俺の勝ちだ......」

 とにかく大きく深呼吸。酸欠だった全身に酸素が行き渡るのがわかる。
 あと数秒雷が当たり続けてたら死んでたかも知れない。

「我は貴様等の強さを存分に知った。小僧の願い。なんでも聞こうぞ」

 強い電撃で忘れかけてた......えーとじゃあどうしようかな...そうだ!

「お前、俺の仲間にならないか?」

「良いぞ」

「――――やっぱりお前みたいな強い魔獣を従えるってなんかカッコイイし。あ、嫌なら他の...え? 良いの?」

「なんでも言う事を聞くと言っただろう? それに、強き者の仲間と言うのは我も願ったり叶ったりだ」

 狼はしっぽをブンブンと振り回し、とても嬉しそうな声で吠えた。

「マツル......根性で耐えるって何よ!? アンタさては化け物だったのね!?」

 無傷だった奴に化け物呼ばわりはされたくねーよ。

「じゃあ狼、俺達の仲間として最初の仕事だ。服が殆ど燃え尽きて痴女まっしぐらのホノラをその毛並みで優しく包みつつ城壁の上まで運んでくれ......あとは頼ん...」

 あれ......身体に力が入らない...地面に倒れたのに......受身を取れなかったのに痛くない...肺に空気が入らない......あれ?

「どうした小僧!? 返事をしろ! おい!!」

「マツルが息してない! 私は良いからマツルを――――」

 俺の意識は、ここで途切れてしまったのだった。
「――うぐ......アァ......!」

「おぉ!! 息してる! おーいギルマス! 兄ちゃんの呼吸が戻ったぞ!!」

 どこか遠くでメツセイの声が聴こえている気がする......あれ、俺どうしたんだっけ? 体が動かない......

 少し視点をずらしてみると、そこは前遭難しかけた(なんならしてた)時と同じ真っ白の何も無い空間で、後ろを見てみるとそこには――――

 俺に絞め技をかけているナマコ神様がいた。

「あの......ナマコ神様? 何してるんですか?」

「何って......美脚チョークスリーパーだよ?」

「なんの技か聞いた訳じゃねぇんだよォォォ!! なんでそんな事してたのかって聞いてんの!! あと美脚とかいう情報いらん!」

 そこまで強く絞められてはいなかったようで、すぐに振りほどき飛び退く事に成功した。

 今後この空間に来た時はしっかりと意識のある状態で来るよう心掛けよう......

「君さぁ......ああいう無謀な賭けは今後一切やめてくれよ? あんな”勝算あります“みたいな感じだったのに根性て! 死んでもおかしくなかったね。てかなんで生きてんの?」

「そうだよ!! 俺どれくらい意識飛んでた!? みんなは? 魔獣の群れは!?」

 俺はナマコの脇部分を掴んで捲し立てるように問い詰める。コイツが何か出来る訳じゃないのに。
 こんな所でナマコ神様に構ってる場合じゃない! 早く意識を戻さなければ。

「落ち着きなさいな......君が寝ていても私は起きていた......見るかい? 君が死にかけている間何があったのか......それを見てからでも、遅くはないだろう?」

 ナマコ神様はそう言うと俺が遭難して死にかけてた時と同じように画面のような物を俺の目の前に映しだした。

 そこには、俺が意識を失ってからが映っていた――――


◇◇◇◇

 映像は、俺とホノラが狼の背に乗っている所から始まった。

 狼は20メートルはある城壁を一跳びして上にいるギルドマスター達の所へ着地した。

「ギルドマスター! 大変なの!! マツルが......! マツルが!!」

 狼がぐったりとした俺を優しく寝かせたり、ホノラの泣き顔を見た事でギルドマスターはすぐさま状況の深刻さに気が付いたようだ。

「ッ!!!! これは......待機していた回復魔道士は総員彼の治癒に当たるように!! 急げ!! あとホノラ君にはなにか着るものを!」

「着替え覗いたら魔獣より先にぶち殺すわよ......」

 俺の身体は速攻で医務テントまで運ばれて行ってしまった。

 しかし、視点はギルドマスター達の俯瞰で固定されているようで、便利な事この上ない。

「マツル君に何があった? さっきのバカデカい雷の魔法となにか関係が?」

 着替えを終えたホノラはギルドマスターと心配で上に上がってきたメツセイに状況を説明していた。

 そこに控えている狼と戦闘になった事。俺が雷撃を根性で耐えて狼を仲間にしたはいいものの呼吸が止まり、いきなり倒れ今に至る事。

 ここまで聞いてギルドマスターとメツセイは唖然とした顔をしていた。

「マツル君、あの大魔法を辛うじてとは言え耐えたの? はは......相変わらず滅茶苦茶だなぁ......」

「うむ......我も詠唱までして威力の底上げを図った我の最強魔法を人間の小僧に耐えられるとは思わなかった......我もお陰で魔力切れだ」

「――――だが、兄ちゃんの呼吸がないのは楽観視していい状況じゃぁねぇなぁ......事態は一刻を争う」

「ハッ......ちょっと良いかギルドマスターよ......」

 そこで急に会話に割り込んできたのはパンナだった。ホントコイツ話に割り込んで来るの大好きだな。

「パンナ、どうした?」

「ハッ......俺......こんな魔法を長時間使い続けるの初めてで......魔力が切れそうなんだぜ......」

 パンナをよーく見てみると、足はガクガクしてるし、冷や汗を滝のように流しながらさっきのホノラより泣いていた。

 すると徐々に徐々に地平線の向こうからうっすらと見えていたパンナの溶岩壁が小さくなっていくのがわかった。

「ありがとう、パンナ......さて、急遽この作戦は第二段階へと移行する! この段階での目標は、マツル君が意識を取り戻すまで粘る事! それだけだ!」

 え......俺? 

「――――マツル君は異世界から来た人間だ......それが関係しているかは分からない。けど! 彼ならなんとかしてくれる......そんな気がするんだ。だってこの僕に勝ったんだぜ? いや、僕負けてないけどね?」

 おいおいギルドマスターがなんか変な事言い出したぞ!? みんな「ちょっと責任乗せすぎじゃない?」って反論してくれ!

「確かに! ギルドマスターの言う通りかもしれん! 兄ちゃん、閃狼の大魔法の直撃を受けても意識と呼吸が無いだけで済んでるんだぜ? 兄ちゃんはすげぇ奴だ! 俺が保証する!! ガッハッハ!!!!」

 いやメツセイさん!?!? 呼吸が無いって相当ですよ!? あとすぐ横に無傷だった人がいますよ!?

「そうよ!! 私の拳をあんなに耐えたのは! みんなが気味悪がって近付いて来なかった私と対等に接してくれたのはマツルが初めてなの!! アイツならきっと、また私と暴れてくれるって信じてる!」

 ホノラ? 俺がなんとかしそうって話と関係ないねそれ? 変に持ち上げるの止めてくれない?

 ギルドマスター、メツセイ、ホノラの言葉を聞いた周りの人達からも「その通りだ」と言う声がちらほら上がり始めた。

「「マッツッル!! マッツッル!!」」

 そしてついにはマツルコールが始まってしまった......

 ヤバい......みんなして俺に何を求めてるんだよ!? てか殆どの冒険者と俺絡みなかっただろ? なんでそんな元気よく俺の名前を叫べるんだよ!

「じゃあみんな!! 覚悟は決まったか!!!!」

「「「応!!!!」」」

「俺達全員で、マツル君が目を覚ますまでの時間稼ぎを全力でやる!」

「――ガッハッハ!! まずは俺が先陣を切ろう!【岩石魔法“巨岩大牢壁(ロックンウォール)”】!!!!」

 メツセイが杖を打ち付けると、魔獣の群れを丸々囲む巨大な岩壁が生成された。

「さぁ! これで周りへの被害を気にせずにぶっぱなせるぞ!! てめぇら始めろォ!」

 メツセイの合図と共に、先程より強大な魔法が飛び交いだした。

 ここで映像は止まった。


◇◇◇◇

「――――どうだった? 面白かっただろう?」

「まじかよ......責任で胃が......」

 なんだよあの「マツル君なら、何とかしてくれそうな気がするんです」って!! おかしいだろ! なんだよあのマツルコール!? 宗教!?

 でも......ホノラの言葉はちょっとだけ嬉しかった。なんか普段は聞けない本音が聞けた気がして。

「正直私はあんな責任の中に君を放り込むのは忍びなくてね......だから君があれを見て判断して欲しいと思ったんだ」

 ナマコ神様は、「もし責任が重いと感じるなら、私も知らないどこかにこのまま転生させても良い」と続けてくれた。

 なるほどそれでわざわざ記録を取っておいて見せてくれたのか。

 ぶっちゃけ、俺はあんな風に言われるほど立派な人間じゃない。アイツらよりずっと弱いし......でも――

「俺......やるよ。強くなりたいとか、ここで死んだら元の世界へ帰れないかもしれないとか、そういうのもあるけど......」

「けど?」

「俺がいない所で好き勝手言われてるのがムカつくからだよぉぉぉ!!!! こうなったら絶対目に物見せてやるわ!!」

 これはもう意地だな。

 ナマコ神様は一瞬驚いたような顔(顔どこか知らないけど)をした後ぶにぶにと飛び跳ね始めた。

「あははははは! あーやっぱり君は私が見込んだ通りの男だ! 最高だよ! じゃあ、早速だけど君の意識をあっちに飛ばすよ? 事態は一刻を争うらしいからね」

「今回ばかりはありがとな、ナマコ神様。ちょっと奇跡起こしに行ってくるわ!」

 そこで俺の意識はまた一瞬飛び、俺の肉体で目を覚ます事になった。
「ブハアッ! くぁー......俺!! 完全復活!!」

 俺は、ナマコ神様の神的なパワーでなんとか意識を取り戻す事に成功した。

「あっ!! ギルドマスター! マツルさんが目を覚ましました!!」

 俺の横にいたウィールさんが慌ただしく向こうへ走っていった。どうやらウィールさんが俺の回復をしてくれていたようだ。

「マツル君!! やっと目が覚めたんだね!! 早速だけど今の状況は――――」

「大丈夫です! 大体の情報は今! 把握しました!」

 俺の脳内に超高性能録画機能を備えた海洋生物がいる事は秘密にしておきたいので、こう言うしかない。


「――――所でホノラは?」

 真っ先に飛び付いて来てもおかしくないホノラが俺の視界の範囲にはいない......て事は......

「ホノラ君なら......今もあの岩壁の中で暴れているよ」

「マツルさんが運ばれて来てから、かれこれ10時間は頑張ってますもんね......メツセイさんもあのレベルの魔法を維持し続けるとは......流石我が支部唯一のAランク冒険者なだけありますね」

 ギルドマスターとウィールが俺そっちのけでペラペラと中々に重大な情報を話している。

 俺って10時間も寝てたの!? てかメツセイってAランク冒険者だったの!? 酒ばっか飲んでるのに!? ホノラ頑張りすぎじゃね?

 空を見上げれば確かに夕暮れのオレンジ色が広がっている......まじに10時間寝てたのか......みんな頑張りすぎだろ!!

「ギルドマスター、魔獣の群れの残りってあと何体なんですか?」

「みんなが一日頑張ってようやくあと半分って所かな......」

「皆さんの魔力も、ホノラさんの体力も既に限界を超えているでしょう......」

 あと100万......俺は魔法が使えないちょっとフィジカルが強いだけのただの一般人だ。期待されている程の一発逆転の一手を持っている訳では無い。

「せめて魔力が少しでもあればなぁ......」

「あれ? マツルさんって魔力ありましたよね?」

 ここでウィールが驚きの発言をした。

 ギルドマスターもかなり驚いたようで、少し笑いながらウィールを窘める。

「ウィール。何を言っているんだい? マツル君は異世界人だ。魔力なんてある筈が――――」

「だって、個人の魔力識別が可能な魔道具でギルドカード作りましたよね? つまり多少なりとも魔力があるという事じゃないですか?」

「......確かに!! なんで!?」

 ここまで言われてギルドマスターが「当たり前すぎて気が付かなかった......」と目ん玉飛び出んじゃないかってくらい目をひん剥いて俺を見る。

 うわーそうじゃん!! 言われるまで気付かなかった!! 冒険者登録の為にナマコ神様に魔力分けてもらったから、俺には今ちょっとだけ魔力があるよ!! 

「メツセイさーん!! 今ちょこっとだけこっち来て解析魔法使えるー?」

 ギルドマスターが大急ぎでメツセイを呼ぶ。なんでも、魔法の精度においてはギルドマスターよりも上なのだとか。

「――――ムムッ!! 確かに兄ちゃんの身体に微量だが魔力の反応がある!」

「本当かよ!? じ、じゃあメツセイさん! この魔力が空になるまで使ってもいいから、今俺に使える魔法を教えてくれ!!」

「この魔力量で使える魔法となると...... 【初等石魔法“小石投げ(プチストーン)”】だけだな......」

 初等魔法? 初めて聞く魔法だ。

「なんですか? 初等魔法って」

 ギルドマスターも知らないのか。ますますどんな魔法なんだ?

「これはドワーフの国の子供達が遊び用に使う魔法でな。下級魔法の更に下、安全対策バッチリのおもちゃ魔法だよ......生成出来るのも小石だから当たってもちょっと痛い程度が精々だな......」

 つまり、威力ほぼゼロの魔法て訳か.......

 だが、魔法でありさえすれば、俺のスキルは戦える!

「いや、魔法なら十分だ。教えてくれ」

「そ、そうか? 兄ちゃんがそういうならこの本に書いてあるここの部分を詠唱するんだ。それで魔法を発動出来る」

 若干困惑気味のメツセイは俺に小さな冊子をくれた。

 指をさされた部分を見てみると、大人が言うにはなんとも形容し難い詠唱文が書かれていた。

「これ読まなきゃなの......」

「安全対策の一環だな。ある程度字が読めなきゃ使えないようにする為だろう......」

「よし! これを読んだら俺達の勝ちだ......読む読む! 読むぞ!!」

 自分に言い聞かせ心を奮い立たせる。

「ギルドマスター、ホノラを呼び戻してください。これから何が起こるか俺も分からないので」

「え? うん、分かったよ」

 少しして、岩壁を一部吹き飛ばしてホノラが出てきた。着替えた服はまたボロボロになってはいるものの元気なようだ。

「マツル!! よかった! 起きたのね!!」

「おう!! あとは俺に任せておけ!」

 ユニークスキル【全力全開(フルスロットル)】発動!!

 ユニークスキルを発動すると、俺の身体がちょっと光った。なんかかっこいいじゃん!? 覚醒って感じがして!

 で、コレを詠唱しなきゃいけないのか......

「......み、ミラクルすーぱートゥインクル☆!(心を込めて) 大地から産まれし星屑よ、今目の前の敵を討ち払え!(あ、でも人に向けて撃っちゃダメだゾ?♡)【初等石魔法 小石投げ(プチストーン)】!!!!」

 ()で囲まれた所は本文に書いてあった注釈だ。良い子への約束として書いてある。
 
 そして手の中にピンポン玉サイズの小石が出てきた。これがユニークスキルで限界まで威力の上がった初等魔法の小石か。

「ガハハハハッ!! やっぱり兄ちゃんはすげぇや!!!!」

 大爆笑のメツセイ。

「どんなに小さな子供でもアレは言わないでしょ......」

「ある意味“最狂”の魔法ですね......」

 あまりの俺の可愛さにドン引きのホノラとウィール、以下冒険者の皆さん。

「ったァー恥ずかしい!!!! だが、これで俺達の勝ちだ。みんなよぉ~く見ておけよ? これが俺の最初で最後の大魔法だ!!」

 俺は岩壁の中に小石を投げ入れた。

 小石が魔獣に当たった瞬間、それは炸裂し、俺がこの異世界に来てから2番目の規模の大爆発を巻き起こした。

 それは太陽が沈みかけた薄暗い周囲を昼と見間違う程に明るく照らし、はるか天空まで昇った極大の爆炎はメツセイの創った岩壁ごと全てを消滅させた。

 100万匹の目無しの魔獣の大群は、その一瞬で全てが死に絶えたのだった。

 俺達は完全勝利を成し遂げた!!


―本作戦の最終被害報告―

・死者、負傷者0名(魔力切れによる頭痛、吐き気等の体調不良28名)

・周囲の環境への影響【甚大】

〈備考〉

 国際条約で禁止されている超魔導兵器使用の可能性大。本作戦の責任者であるサラバンド支部ギルドマスターと超魔導兵器関係者へ至急本部諮問委員会に出席するよう通達。
 ギルド舎に戻ってきた一同は、クエストカウンターの横に併設されている酒場“ヨージ”にて祝勝会を行っているのだった。

「――――えー、と言う訳でみんな!! お疲れ様でした!! 今日は僕の奢りだから、好きなだけ楽しんでくれ!! 乾杯!!」

「「「乾杯ァーイ!!!!」」」

 ギルドマスターの号令と共に皆が酒を酌み交わす。酒の他にも様々な種類の料理が並び、見渡す限り笑顔、笑顔、笑顔だ!

「やっぱり兄ちゃんはすげぇや! 俺達まで吹っ飛んじまうかと思ったぜ!!」

 酒樽を片手にメツセイが肩を組んでくる。

「酒クサッ!! 開始数分でもう酔ってる!」

「バッキャロウ......! まだ2樽半しか飲んでねぇやい!」

 2樽と言うと、大体40L位だろうか? 

 ドワーフってこんなにお酒に強いのか......

「マルル~......」

 俺の膝の上に寝転がってきたのはホノラだった。

 なんか声がフワフワして呂律が回ってないし顔トロトロじゃね?

「お前まさか未成年の身で酒を――!」

「いや、嬢ちゃんは酒は飲んでないぞ? どうしても飲みたいって聞かないもんだからオレンジジュースを酒と言って渡したらこうなった」

 メツセイはホノラがこうなった理由を樽3本目を飲み干しながら教えてくれた。

 オレンジジュースと言っても、俺が元の世界で慣れ親しんだオレンジジュースではなく、薄く黄色に発光している飲み物だ。味は元の世界のオレンジジュースと全く変わらないのだが。

「マルルもたりかりすろかっらけろわらひのくろろにいりゃんがいれらもっろかんらんにかれらのに~」

 うん。何言ってるかわからんからそっとしておこう。

 因みに俺もオレンジ(のような果実を使った)ジュースだ。酒の美味さがイマイチ分からんからな。

◇◇◇◇


 みんなが良い感じに酔ってきた所で、俺はある重大な事に気が付いた。

「魔法を使えた! オマケにこの国の危機を救った今なら女の子にモッテモテのウッハウハなのでは!?」

 俺が唐突に立ち上がったせいで肩を組んでいたメツセイは酒樽ごと一回転し、膝の上で寝ていたホノラは床に転がっていった。

「――――凄いよね~」

「ね~ホントに! 好きになっちゃいそう」

 俺達から少し離れたテーブルで女性冒険者達が集まって何かを褒める話している!!!!

 これは!? まじにあるのでは?

 早速行ってみるしかあるまい!

「なんの話してる――――」

「この白い毛もふもふでフワフワ~すごーい!」

「お目目もくりくりでかわいい~好きになっちゃいそう」

「ワンちゃん名前なんて言うの~?」

「我は名も無き只の閃狼よ......えぇ背中にくっつくでない!!」

 俺が連れて来た狼に女性冒険者達は集まっていた。

 背中、お腹、顔。ありとあらゆる所をモフっている。

 狼も嫌がっているように見えてしっかりと尻尾をぶん回している辺り、めちゃくちゃ嬉しいようで何よりだ。

「兄ちゃん......漢の魅力ってぇのは、完璧には女に伝わらないモンなのよ......」

 状況を察したメツセイが俺の背中をポンと叩く。なんだろう......すっごい涙が出そうだ。

「ハッ!!!! 兄貴、メツセイ殿の言う通りだ! 俺も先程子猫ちゃん達に話し掛けたら、俺のチャームポイントの下まつ毛を全部抜かれてしまった!」

 パンナが話に割り込んで来た。そういえばいつの間に俺の事“兄貴”って呼んだりし始めたんだ? 今更遅い改心って奴か。

「ハッ!!!! だが俺は兄貴の事を尊敬してるぜ?」

 パンナが渾身のキメ顔で俺の顎をクイッとする。

「キモ死ね」

「パンナ......お前は、今は亡きその下まつ毛と言動と性格をなんとかしたら普通にモテると思うんだがなぁ......」

「全部ではないか!! ハッ!!!!」

 この一言は俺とメツセイとパンナは大爆笑をかっさらっていった。

 酒の気でこっちも酔っているような気分になりつつ、宴はまだまだ続く......


◇◇◇◇


「メツセイさん......そろそろお酒が無くなりそうです」

「マジかイントリーグ......大将のヨージは?」

「それが......置き手紙に『あるよ』とだけ書き記してどこかへ行ってしまって......」

 イントリーグさんは酒場“ヨージ”の見習い兼雑用係の俺と同じ位の歳の青年だ。

 また、ヨージさんとはこの酒場のマスターである。俺も今初めて知った。

 しかしヨージさんとは......なんか日本人っぽい名前だな。今度大将が居る時にご飯食べに来よっと。

――――

「――はいみんな注目ー!! 僕から重大発表があります!」

 椅子の上に立ってギルドマスターが急に叫び出した。完ッ全に顔が酔っ払ってる。真っ赤だもん。

「今回のサラバンド防衛戦で! 特に沢山の魔獣を討伐したマツル君とホノラ君は、なんと一気に二ランクアップ!! Bランクに昇格しまーす!!!!」

「スゲぇぇぇぇ!!!!」

 みんな酔った勢いだろうか。凄まじい歓声が上がる。

「マルルすろ~い!!」

 いつの間にか起き上がってきたホノラが俺をよじ登り肩車の体勢でジュースを飲み始める。そしてすぐにそのまま寝てしまった。

「野郎共!! 今度は兄ちゃんの昇格祝いだ!! もっと飲むぞォォォ!!」

「「「ウェェェェェイ!!!!」」」

 それから宴はさらに盛り上がり、俺達は酒と食べ物が店から消え去るまで騒いだのだった。

 こうして、俺の人生で一番長い一日は終わったのだった。


◇◇◇◇


 翌日――

「う......頭痛てぇ......」

 俺が目を覚ますと、そこには荒れに荒れた店内が広がっていた。

 大いびきをかきながら床で倒れたそのままの体勢で眠る冒険者達。

 割れた食器類、山のように転がる酒樽、壊れたテーブル・窓ガラス。これはもう戦場と言っても差し支えない惨状だ。

......あれ? こんな面白い顔の石像、ギルドにあったっけ?

「あ、マツルさん! おはようございます」

「もし良ければここの片付け手伝って貰えませんか?」

 話し掛けてきたのはウィールとイントリーグであった。何時から起きていたのか分からないが、二人で戦後処理(後片付け)をしているようだ。

「手伝います......それで、何がどうしてこんな事になってるんですか?」

「やっぱりなにも覚えてないんですね......」

 俺は片付け手伝いつつ、何があったのか聞くことにした。

――――

 まず、俺達の昇格祝いも落ち着いて、ちらほらと寝始める人が出てきた頃、(俺もこのタイミングで寝た)それまで寝ていたホノラが起きたらしい。

『おらけがたりないー!!』

 酒が足りないと暴れ出したホノラ。それがこの散らかりようの正体か......

「で、つい先程ギルドマスター様が起きられたのですが......」

 あれ? そういえば俺より先に起きてきたらしいギルドマスターはどこにいるんだ?

「それが、こちらの領収書を見せたら石になってしまいまして......」

「石に? 石ってまさかこの面白い顔の石像ギルドマスターなの!?」

 ギルドマスターは、今回の宴の総額が大金貨200枚。日本円に直すと2000万円だろうか? 金額を知った途端石になってしまったそうだ。原理は知らん。

「石になる直前に、『本部にツケといて』と仰っていたのでそうしようと思いますが、バレたら不味いですよね......」

 ほぼ徹夜で仕事をしていた事が、イントリーグの疲れた顔からとても良く想像出来る。

 俺達三人はみんなが起きてくる前に片付けを全て終わらせ、昼からまた通常業務が再開された。

 避難していた住民も徐々に帰ってきていると言う。

 こうして、俺がこの世界に来てから初めての大事件。“目無しの魔獣”事件は幕を下ろしたのだった。
 サラバンド防衛戦から大体一週間が過ぎた。

「28万9635......28万9636......」

 俺は暇が限界突破して右手の人差し指だけで逆立ちして腕立てをしているのだった!

 その横で先日俺の仲間になった狼は昼寝をしている。全く呑気な事で......

 そういえば、コイツって名前あるんだろうか。

「おいオオカミこの野郎」

「なんだ小僧......せっかくいい気分で昼寝をしていたというのに......」

「お前さ、名前どうする?」

 流石にずっと“狼”と呼ぶ訳にもいかないからな。そろそろ名前を付けないとだと思っていたのだ。

「我には“ワイヴァーグリッドウルフ”と言う立派な名前が――――!」

「それ種族名だろ? 個体名の話をしてるの!」

「ふむ。確かにそう言われてみればそうだな。では小僧よ、我にカッコイイ名前を付けてみるが良い!」

 なんでちょっと上からなんだよ......

「付けるとは言ったものの俺名前付けるの下手だからなぁ......」

 とりあえず、思いついた名前を片っ端から言っていくことにした。

「ウルフェンとか?」

「ダサいな。却下」

「フェン」

「さっきと同じでは無いか!」

「......マルコ」

「普通に嫌」

 こっ......このやろぉ......!!

「じゃあ逆に狼この野郎はどんな名前がいいんだよ」

 それに則したやつを考えるか。

 狼はしばらく悩んだ後、「例を挙げるとするなら」と話し始めた。

「そうだな......優美かつ豪華で愛らしく、しかしカッコよくて荘厳で威厳のある。そんな名前が良いな」

「そんな名前ある訳ねぇだろ脳みそぶちイカれてんのか狼コラおい!! お前はモフローで良いわ! かっこよくは無いけど愛らしくて可愛いぞ!」

「モフロー......良いではないか!! 今から我の名は“モフロー”だ!」

 良いんだ......

 そんなこんなしていると、ホノラが帰ってきた。

「マツルただいまー。あ、狼も起きてたのね」

「ふっ......小娘よ、我はもうただのワイヴァーグリッドウルフではない! 今、小僧から“モフロー”の名前を貰ったのだ!! どうだ? 愛らしくカッコイイ名前だろう?」

「確かに可愛いとは思うけど、モフローって感じの大きさじゃないわよね」

 あ、俺も思ってたけど敢えて言わなかったこと言っちゃった。

 そう。モフローはデカいのだ。脚だけで俺と同じ位の高さがあるので、お座りやお昼寝の状態じゃないと上手くモフモフ出来ないのである。

「確かにホノラの言う通りだな......モフモフできないのに名前がモフローなのは名前負けという事になってしまう......」

「何ィ!? 我は名前なんぞに負けん! うぉぉぉぉぉ......!」

 モフローは力むと同時に体が光りだした。

 すると見る見るうちに小さくなって、大型犬程の大きさになった。

「どうだ? これで名前に負けないモフローになったであろう?」

 小さくなってもモフ度は大きい時のままみたいで、白い大福のようになってしまったが「大きさは自在」とモフロー自信が話しているのでまぁ気にしないでおこう。

「――――あ、そうだマツル? ホントはこんな事言いたくないんだけど......」

「なに?」

 なんだ? ホノラからの言いたくない事って? まさか!? 「アンタの事......好きになっちゃった......」的な!? 的な!?

「私のクソ兄貴が帰ってくるんだけど、見に行く?」

「ああ......ってお前お兄ちゃんいたの!? 行く行く!!」

「小僧! 我も同行しよう! 一応小僧の使役魔獣(サーヴァント)だからな!」

 という訳で、俺と狼改めモフローはホノラのお兄ちゃんに会いに行くのだった。