浅い眠りから目を覚ますと、時刻は朝の七時だった。寝たはずなのに寝た気がしないのは、夜にあんなことを聞いたからだろう。
朝なのに、下で誰かと話している声が微かに聞こえてきた。
「あ、きたきた。汐音」
階段を降りた先の玄関には、お母さんと唯空が立ち話をしていた。
見間違いだと思った。確かに昨日、また明日と話していたけど、夢だと思っていた。いや、夢であってほしかったのかもしれない。
「汐音、早く準備して。出かけよう」
本当に余命半年なのか疑いたくなるほど、私の目に映る限り、唯空はそこら辺の男子高校生と変わらないように見えた。よく見ると少し痩せていたけど、痩せこけているわけでもなく、普通だった。
「あ、うん……」
「はやくね」
おはようを言う暇も与えないまま、降りてきた階段をまた登り、自分の部屋に戻る。
眠りが浅かったせいか、やけに足元がふわふわしていて、まだ夢の中にいるみたいだ。
どこまでが夢で、どこまでが現実か、実際に唯空のことをこの目で見ると全てがごちゃごちゃになってしまう。
「ごめん、おまたせ」
クローゼットの中の一番かわいい服を着て、いつかいつかと知らない人の投稿を保存していた中から、かわいいひつじヘアに髪を選び、説明通りセットした。慣れないメイクも派手すぎないように気をつけて色を乗せ、唯空の前に立つ。
「いいね、似合ってる」
昔から変わらない笑顔を向けて、私の手を取った。
「じゃあ、いってきまーす」
まるで自分の家のように、私の家を出た。
歩き方も不自由そうな感じはしなくて、軽快な足取りで歩いている。どこに行くのかも教えてもらえないまま。
少し歩いて、最寄り駅の改札をICカードでくぐり抜けた先のベンチに肩で息をしながら腰掛けた。やっぱり、これが現実なんだ。唯空がいない未来が、もうすぐそこまで迫っているんだ。
「どこ行くの?」
「夏っぽいところ」
答えになっていなかった。でも、息苦しそうなのになんだか楽しそうで、まあいいかと、隣に腰掛けて唯空の息が整うのを待った。
「学校、慣れた?」
中学三年生の秋、一生を病院で過ごすと決まってから、高校進学を諦めてしまった。お見舞いに行くと、よくぼーっと窓の外を眺めていて、あの頃の方がよっぽど辛くて、見ている方も心が痛かった。
「うん。だってもう二年生の夏休みだよ?」
「あは、そっか」
同い歳で、同じ学年。私よりも頭がいい唯空と同じ高校に行きたくて、死ぬ気で勉強した。努力はちゃんと実になって、唯空が目指していた高校に合格したけど、そのとき隣に唯空はいなかった。もう、入院していた。
「楽しい?」
そう、私から線路へと目線を移した。あんまりしっかり聞きたいことじゃない。目線で感情が現れていることは、多分本人は気付いていない。
「うん。でも唯空といるときのほうが楽しい」
これが果たして正解なのか、表情を変えることなく「そっか」と口にするその声色からはわからなかった。
「好きな人とか、いる?」
唯空の口からそんな言葉が出てくるなんて思っていなかった。いくら幼なじみとはいえ、こういう話をしたことはなかった。
「いないよ。恋とか愛とか、よくわからないし」
これが私の本音だった。思い切り胸がキューッとして、誰か一人に息苦しくなるほどときめく経験なんて一度もしたことがない。
それを恋と呼ぶのであれば、私の人生、恋とはきっと縁がない。
「僕は初恋こじらせてる」
「私はまだ、初恋すらできてない」
私が言うと、唯空は嬉しそうに口角を上げた。
どんなことで勝ち負けを競っているんだと、私までつられて笑ってしまった。
不思議と、時間が病気発覚の前に戻ったように、何も考えずに唯空と話をできていた。このまま時が止まればいいと、無意識のうちに願っていた。
朝なのに、下で誰かと話している声が微かに聞こえてきた。
「あ、きたきた。汐音」
階段を降りた先の玄関には、お母さんと唯空が立ち話をしていた。
見間違いだと思った。確かに昨日、また明日と話していたけど、夢だと思っていた。いや、夢であってほしかったのかもしれない。
「汐音、早く準備して。出かけよう」
本当に余命半年なのか疑いたくなるほど、私の目に映る限り、唯空はそこら辺の男子高校生と変わらないように見えた。よく見ると少し痩せていたけど、痩せこけているわけでもなく、普通だった。
「あ、うん……」
「はやくね」
おはようを言う暇も与えないまま、降りてきた階段をまた登り、自分の部屋に戻る。
眠りが浅かったせいか、やけに足元がふわふわしていて、まだ夢の中にいるみたいだ。
どこまでが夢で、どこまでが現実か、実際に唯空のことをこの目で見ると全てがごちゃごちゃになってしまう。
「ごめん、おまたせ」
クローゼットの中の一番かわいい服を着て、いつかいつかと知らない人の投稿を保存していた中から、かわいいひつじヘアに髪を選び、説明通りセットした。慣れないメイクも派手すぎないように気をつけて色を乗せ、唯空の前に立つ。
「いいね、似合ってる」
昔から変わらない笑顔を向けて、私の手を取った。
「じゃあ、いってきまーす」
まるで自分の家のように、私の家を出た。
歩き方も不自由そうな感じはしなくて、軽快な足取りで歩いている。どこに行くのかも教えてもらえないまま。
少し歩いて、最寄り駅の改札をICカードでくぐり抜けた先のベンチに肩で息をしながら腰掛けた。やっぱり、これが現実なんだ。唯空がいない未来が、もうすぐそこまで迫っているんだ。
「どこ行くの?」
「夏っぽいところ」
答えになっていなかった。でも、息苦しそうなのになんだか楽しそうで、まあいいかと、隣に腰掛けて唯空の息が整うのを待った。
「学校、慣れた?」
中学三年生の秋、一生を病院で過ごすと決まってから、高校進学を諦めてしまった。お見舞いに行くと、よくぼーっと窓の外を眺めていて、あの頃の方がよっぽど辛くて、見ている方も心が痛かった。
「うん。だってもう二年生の夏休みだよ?」
「あは、そっか」
同い歳で、同じ学年。私よりも頭がいい唯空と同じ高校に行きたくて、死ぬ気で勉強した。努力はちゃんと実になって、唯空が目指していた高校に合格したけど、そのとき隣に唯空はいなかった。もう、入院していた。
「楽しい?」
そう、私から線路へと目線を移した。あんまりしっかり聞きたいことじゃない。目線で感情が現れていることは、多分本人は気付いていない。
「うん。でも唯空といるときのほうが楽しい」
これが果たして正解なのか、表情を変えることなく「そっか」と口にするその声色からはわからなかった。
「好きな人とか、いる?」
唯空の口からそんな言葉が出てくるなんて思っていなかった。いくら幼なじみとはいえ、こういう話をしたことはなかった。
「いないよ。恋とか愛とか、よくわからないし」
これが私の本音だった。思い切り胸がキューッとして、誰か一人に息苦しくなるほどときめく経験なんて一度もしたことがない。
それを恋と呼ぶのであれば、私の人生、恋とはきっと縁がない。
「僕は初恋こじらせてる」
「私はまだ、初恋すらできてない」
私が言うと、唯空は嬉しそうに口角を上げた。
どんなことで勝ち負けを競っているんだと、私までつられて笑ってしまった。
不思議と、時間が病気発覚の前に戻ったように、何も考えずに唯空と話をできていた。このまま時が止まればいいと、無意識のうちに願っていた。