.1 護衛クエスト終了


「お、おい、どうなったんだ、一体……」

 隊商の人たちが恐る恐る近づいてきた。
 ラハムとの戦闘時には離れてもらっていたけど、戦いが終わったことを察して戻ってきたんだろう。

「もう大丈夫です」

 俺は彼らに微笑んだ。

「ううっ……」

 エレナとミリーナはビクンと痙攣し、それからボーッとした表情を俺たちに向ける。

「あれ……? あたしたちは……」
「なんか意識がぼやけて、それで……」
「もう全部片付いたよ。えっと、幻覚魔法を使うタイプのモンスターだったんだ」

 俺は適当にごまかしておいた。

「幻覚魔法……うーん……なるほど」

 怪訝そうな顔をする姉妹だけど、とりあえずは納得してくれたらしい。

「っていうか、ラハムがいない……!?」

 ハッとした顔で周囲を見回す二人。

 あ、そっちはどう説明しよう……。
 とりあえず、事実をそのまま言うことにした。



「じゃあ、彼女は別の賢者の呪縛を受けているってこと? 別の賢者の」

 エレナが目をしばたかせる。

「『雷帝錫杖』……聞いたことがある。古の賢者でも最強って言われた一人じゃない」

 と、ミリーナ。

「俺たちは彼女の呪縛を解きたいんだ。だから……ラハムを預けてもらえないかな」

 ラハムはもともと姉妹冒険者の使い魔扱いだろう。
 だから、俺がそれを譲り受けるという形にすればいい。

 彼女たちが了承してくれれば、だけど。

「……あなたたちじゃないと、ラハムを元に戻せないんでしょ?」
「じゃあ、迷う必要はないね」

 意外なほどあっさりと了承してくれた。

「頼んだよ、アルス」
「あたしたちの仲間を託すんだから」

 二人が力強く言った。

「ああ、任された」

 俺は力強くうなずいた。

 そうだ、彼女たちにとってもラハムは仲間だもんな。
 あっさりと了承したんじゃない。
 強い気持ちを込めて、即断してくれたんだ。

「必ず、ラハムを解放してみせるよ」

 俺はその気持ちをますます強くした。



 ──その後、俺たちはふたたび隊商の護衛クエストを再開した。

 以降の道中は、特に何事もなく終了。
 エレナたちと共同で、俺たちはクエスト達成の実績を得たのだった。
.2 手がかりを求めて


 そして、二日後。
 俺たちは本拠地であるケラルシティの『希望の旅路』亭に戻ってきた。

「さっそくだけど……『雷帝錫杖』が残した研究成果について調べたいんだ」

 俺はティア、キシャル、エアを見つめる。

 三人とも使い魔モードである。
 ティアとキシャルは真剣な表情、エアだけはあくび混じり……といういつもの感じだ。

「ティアたちは何か知らないのか? 賢者大戦時代に、彼がどんな場所で魔導研究を行っていた、とか」
「心当たりならいくつかあるけど、ここからは遠い場所ばかりだね」
「ですの」

 と、ティアとキシャル。

「んー……近場に一つありそう」

 ひょこっ、と手を挙げたのはエアだ。
 やっぱり感知能力では、彼女が優れているな。

「あたし、探せる」
「おお、頼む」
「んー……めんどくさ……ううん、ちょっとやってみる」

 面倒くさいと言うのかと思ったけど、さすがにラハムのことが絡むとがんばってくれるらしい。

「でも、一眠りしてから……すぴー……」

 あ、寝た!



 ……エアが起きるまで、待つことになった。
 彼女をベッドで寝かせ、俺たちは一階の食堂に降りてきた。
 ちょっと遅めの昼食である。

「今回も色々とありがとう。ティアたちの魔法のおかげで、クエストをこなせてる」

 俺は二人に礼を言った。

「やだなー、あらたまって」
「ふふ、私たちはあなたの使い魔ですの。なんなりと命じてくださいませ」

 ティアとキシャルが微笑む。
「ここ、よろしいでしょうか?」

 一人の客が声をかけてきた。

 温和な顔立ちをした二十代前半くらいの美女だ。
 長い金色の髪に血のような赤い瞳。
 身に着けているのは青色をした僧侶のローブだった。
 どこかの司祭だろうか。

「あ、どうぞ」

 いつの間にか、一階はほぼ満席だった。
 彼女は俺の横に座り、相席状態になる。

「わたくしは隣町で僧侶をしておりますサンドラと申します」

 彼女が一礼した。

「アルスです。彼女たちは使い魔のティアとキシャル」

 自己紹介を返す俺。

「──なるほど。やはり、あなたが」

 サンドラが俺をじっと見つめる。
 深い──すべてを見透かすような光をたたえた、瞳。

「『魔導公女』の魔導書を受け継ぐ人間がついに現れたのですね。興味深いわ」
.3 サンドラ


「あんたは、一体──」
「名はサンドラ。二つ名は『水竜妃(すいりゅうひ)』」

 サンドラが微笑む。

「かつて『魔導公女』アレクシアの唯一の友であった者──ですわ」
「っ……!? 古の賢者……ってやつなのか」

 俺は呆然と彼女を見つめた。

「そういう呼ばれ方をすることもありますね」

 サンドラがうなずく。
 一瞬、その横顔に寂しげな表情が浮かんだ。

「少し──昔話をしましょうか」
「えっ」
「現代よりもずっと魔法文明が栄えていた太古──優れた魔法使いは『賢者』と呼ばれ、各々がその魔法技術を磨いていました。さらなる力を得るために。神をも超える存在になるために」
「神をも……」

 壮大な話だ。
 でも、なんで唐突に昔語りなんだ?

「やがてその風潮は賢者同士の対立へと発展していきました。どちらがより優れているか……誇りや名誉欲、権勢などが絡み合い、のちに『賢者大戦』と呼ばれる大いなる戦いへと発展していきました」

 サンドラの話は続く。

 突然、古代の話を始めた意図はなんなのか?
 そもそも彼女は本当にそんな時代から生きている賢者なのか?
 敵なのか、味方なのか?
 俺に近づいてきた理由はなんなのか?

 分からないことだらけだが、まずは話を聞くことにした。

「──まあ、古代のことはいいんです。今は、目前の脅威の話をしたいので」
「えっ?」

 目前の脅威……?

「現代にまで生き残っている賢者はおそらく十数人程度。その中でもっとも強く、凶悪な賢者──『雷帝錫杖』。彼があなたの存在に気づきました」

 サンドラが俺を見つめる。
 その瞳に浮かぶ真剣な光。

 俺を、思いやっているような光。

「俺……に……?」
「彼は、危険です。かつての大戦で一度、『魔導公女』に命を奪われ──蘇生魔法で復活しました。その屈辱をこの時代で返そうと考えているのかもしれません」
「まさか、俺を相手に……か?」
「ええ、まさに。『魔導公女』の力を受け継ぐあなたに」

 驚く俺に、サンドラは静かにうなずいた。

「彼は『魔導公女』に対して、愛憎の混じった感情があるようです。必ずしもあなたに敵対するとは限りませんが──可能性は、あります」
「古の賢者……か」

 いくらティアたちの力があっても、そんな奴に狙われたらひとたまりもないだろう。

「だからこそ、わたくしが来たのです」

 サンドラが微笑む。

「えっ……?」
「かつての友の、力を継ぐ者──アルス・ヴァイセさん。あなたの力を引き出して差し上げましょう」
.4 VS古の賢者『水竜妃』1


 次の瞬間、周囲の景色は一変していた。

「な、なんだ、ここは……?」

 見渡す限り、純白の空間が広がっている。

「【異空間現出】の魔法を使いました。要はわたくしたちだけが別の空間にいるということです」

 と、サンドラ。

「今から、少し派手に魔法戦闘をしますからね。周囲に被害が及ばないようにしたのです」

 サンドラが微笑んでいる。

「いきなりの展開だな……」

 俺は気持ちを引き締め、身構えた。

「殺しはしません。ご安心を」

 サンドラは微笑んだまま。
 だが、その全身から目に見えるほどの魔力のオーラを吹き出していた。

 こいつ──!

 すさまじい重圧に俺は思わず後ずさった。

 サンドラの周囲が歪んで見える。
 信じられないほどの膨大な魔力が、空間を変容させているのか……!?

「ただし──死ぬかもしれない程度の目には合わせます。全力で抗うことをお勧めしますわ」



 ──そして、戦いが始まった。

 サンドラは、さすがに強い。
 魔法の威力、発動スピード、そして駆け引き。
 すべてにおいて、信じられないほどハイレベルだ。

 しかも、まったく本気を出していないのが分かる。

「あら、この程度の呪文も相殺できませんの?」
「どうしました? 次の魔法を撃つまで待って差し上げます」
「今のは、わたくしがその気なら撃たれていましたよ、アルスさん」

 攻防の合間に、サンドラは淡々と告げる。
 それは戦いというより、教師が教え子に指導しているような調子だった。

 実際、俺とサンドラの実力差はあまりにも大きい。
 だけど、何もできないままでは終われない。

「くっ……【影の炎】!」
「魔族固有魔法ですか。思ったよりもやりますね!」

 サンドラの声が弾んだ。

「魔族固有魔法──【黒の障壁】」
「何っ……!?」

 サンドラも魔族固有魔法が使えるのか!

 ばぢぃぃっ!

 彼女の前面に出現した黒いクリスタル状の盾が、魔力の炎を受け止め、弾き散らす。

「ふふふ……楽しくなってきました。うふふふふふふ」

 サンドラの口元が三日月のような笑みの形になった。

「わたくし、実は戦うのが大好きでして」
「……『魔導公女』ともこうやって戦ったことがあるのか?」
「彼女との戦闘は日課でした」

 にっこりと説明するサンドラ。

「ちなみに、対戦成績はわたくしの1勝60927敗です」
「戦いすぎだろ!?」
「いつか、彼女を超えたい──その思いはついに叶いませんでした。ですが、あなたという存在が現れた。あなたがかつての魔導公女(アレクシア)と同じくらいに強くなれば、わたくしの願いは叶えられるかもしれません」

 サンドラがうっとりとした顔で告げる。

「ですから、あなたには生き延びてほしいのです。生きて、強くなってほしい。そして、わたくしと戦ってくださいな」
「お前の目的は、それか」
「もちろん、友としてアレクシアの力を継いだあなたを思いやる気持ちもありますよ? わたくしは味方です」

 サンドラが右手を振りかぶった。
 次の魔法の発動体勢だ。

「この一撃で、あなたの資質を計りましょう。見事にしのいでくださいませ」

 青い輝きが弾ける。
 サンドラの右手に、巨大な光球が現れていた。

「でかい──」

 大きさは、直径二十メートルはあるだろうか。
 あれがすべて魔力の塊だとしたら、その威力は一体どれほどのものか。

「死にはしませんが、死ぬほどの目にはあるかもしれません。お覚悟を」
「冗談じゃない……」

 一方的に叩きのめされるのは、ごめんだ。

 俺は闘志を燃え上がらせた。

 残りの魔導書を見つけ、ティアたちと再会させるために強くなる──。
 俺は以前にそう誓った。

 そして『雷帝錫杖』との戦いの可能性を見越し、また一つ、強くならなきゃいけない理由ができた。
 だから、俺は──。

「今、強くなる」

 決意とともに、体の奥底から新たな魔力が湧き上がる。
 魔力が、どんどん増大していく。

「……? その力は、まさか──」

 サンドラの表情が変わった。

 理屈ではなく、本能でわかる。
 不思議な確信があった。

 俺の中の何かが、目覚めようとしている──。
.5 VS古の賢者『水竜妃』2


 俺の中の何かが、目覚めようとしている──。

「では、行きますよ。この一撃であなたの資質を見極めます」

 サンドラが言った。

「これから先、あなたは『魔導公女』の力を継ぐ者として、幾多の激しい戦いに巻きこまれるでしょう。たとえ、『雷帝錫杖』があなたに友好的だったとしても、他にも古の賢者はいます。魔族の脅威や伝説級の遺物、それに竜や巨人──世界には、いくつもの脅威がひそんでいるのです」
「世界の、脅威……?」
「力ある者は、その戦いに飲みこまれていく──ゆえに、あなたは力を身につけねばなりません。今から放つ一撃は、その試練だと思ってください」
 サンドラの右手の上に浮かぶ光球がさらに輝きを増す。
「覚悟は──いいですね」
「……ああ」
「では、受けなさい。我が固有魔法──【(あお)(しずく)】!」

 そして。
 巨大な青い光弾が放たれる──。



「とんでもない魔力がこもってるな……」

 俺は目前に迫る光球を見て、感心にも似た気持ちだった。

 我ながら悠長だと思う。
 だけど、不思議と恐怖はなかった。

 俺はこの一撃に対処できる。
 そんな奇妙な自信がみなぎってくるのだ。

「ティア、キシャル。いくぞ」

 両手の魔導書に声をかける。

「魔族固有魔法──【影の炎】!」

 俺は手持ちの呪文の中で最大火力の一撃を放つ。

「無駄ですよ。その魔法は確かに強力ですが、それでもわたくしの方が威力は上です」
「だろうな」

 俺が放った光弾は、サンドラの光弾に弾かれる。
 やはり、火力は向こうの方が高い。

 サンドラの光弾は多少威力を減じながら、さらに迫り──、

「もう一度だ。【影の炎】!」
「二発目……ですが、それでも無駄──」
「知っているさ。だから」

 俺はさらに魔力を高めた。

「同時に固有魔法【自動魔法結界】収縮展開!」

 キシャルの【自動魔法結界】を、範囲を最小にする代わりに防御力を最高に高める。

「二つの魔法を、同時に発動──!?」

【自動魔法結界】はその名の通りオートで発動するけど、今みたいに範囲や防御力を可変させる場合は、新たに呪文を唱えるのと同じ扱いになる。
 普通の魔法使いは、二つ以上の呪文を同時に扱うことができない。

 だから、今までの俺だったら【自動魔法結界】の効果を可変させる際には、他の魔法を使えなかった。

「今までは、な」

 俺がさっき放った二発目の【影の炎】がサンドラの光弾をさらに削る。
 威力がまた減った光弾を、防御力最大に高めた【自動魔法結界】で弾き返す。

「わたくしの最大魔法を……しのいだ……!? それが、あなたの新しい力──」
「ああ、複数魔法同時並行発動(マルチキャスト)──追いつめられたおかげで、目覚めることができたみたいだ」

 言って、俺は苦笑する。

「ぎりぎりだったけど、な」
「……いえ、大したものです。太古に比べて弱体化してしまった現代の魔法レベルで、よくぞここまで」

 サンドラは深い吐息をついた

「あなたなら──いずれ『魔導公女』の魔導書を使いこなせるようになるでしょう。いつか、わたくしたち古の賢者と肩を並べるほどに。あるいは」

 深い光をたたえた瞳が、俺を見据えた。

「わたくしたちをも超えるほどに──」