.6 禁術
「消去って、何を言って……」
「『魔導公女』様はあたしたち九つの魔導書を生み出し、命と心を与えてくださった。唯一無二の女神であり主であり母なのよ! なのに、他の者がマスターになるなんて──あり得ない」
ラハムが叫ぶ。
尋常じゃない雰囲気だ。
まるで、何かに取りつかれているような──。
「うーん……昔から思いこみが激しい子だったからね、ラハムって」
ティアがつぶやいた。
「消去する!」
叫んでラハムが右手を振りかぶる。
「【攻撃強化】【貫通弾】」
放り投げた石が、矢のような速度で──いや、矢をはるかに超えた速度で迫ってきた。
俺は【身体強化】で反応速度をアップさせているから、かろうじて弾道を追える。
けど、普通の人間なら反応さえできないだろうな……。
俺はサイドステップで石弾を避けた。
【自動魔法結界】で防ぐ手もあるけど、相手の攻撃力がどれくらいなのかは不明だし、今の【自動魔法結界】は本来よりも効果範囲を広げた分、防御力が落ちている。
まともに受けるのは危険かもしれない、という判断だ。
「──速い。【魔力無限成長】【全属性魔法習得】【自動魔法結界】の三種の固有魔法を使いこなせているようね」
つぶやくラハム。
「だけど『魔導公女』様に比べれば、まだまだよ」
「そりゃ、伝説の大賢者と比べられても……」
「いいえ、ラハムさん。アルス様の成長速度は並ではありませんの」
キシャルが抗弁した。
「初めて出会ったときから、恐ろしい速さで魔法能力が磨かれています。いずれは『魔導公女』様を超えることだって──」
「ふざけないで! どう見ても平凡な魔法使いじゃない。『魔導公女』様を超えるなんて、あり得ない! 絶対にあり得ない! あり得ない!」
あり得ない、を連呼するラハム。
「なんなら、あたしが証明してあげる。そっちの二人を使ってね」
と、視線をエレナとミリーナに向けた。
「えっ? えっ?」
「あ、あたしたち……?」
事の成り行きを呆然と見ていたらしい姉妹冒険者が、戸惑いの声を上げる。
「【強制想念連結】」
ラハムが告げる。
異常なほど冷ややかな声で。
「っ……!?」
「こ、これは……!?」
エレナとミリーナの体がビクンと痙攣した。
同時に、二人の瞳がスッと光彩を失う。
虚ろな瞳だった。
「【強制想念連結】──対象を一時的に想念連結者にする禁術よ」
想念連結者。
それは魔導書を従え、その力を行使する者。
つまりは、俺と同じ力……ということか?
「しかも、二人の意思はあたしが制御できる。どういうことか分かる?」
ラハムがニヤリと笑う。
「あたしの力を最大限に引き出せる、ということよ。『魔導公女』様がマスターだったときに近いレベルまで、ね!」
.7 魔導書VS魔導書1
「まず落ち着くんだ、ラハム」
俺は声のトーンを落として彼女をなだめた。
ラハムは明らかに様子がおかしい。
ティアは『昔から思いこみが激しかった』なんて言ってたけど、今の彼女はそんなレベルじゃない。
以前のマスターである『魔導公女』を強く慕っているのだとしても、俺をいきなり殺そうとするのは、さすがに変だ。
「あたしは落ち着いてるよ」
ラハムが冷たい目で俺を見た。
「あたしの中の何かが語りかけてくるの。九つの魔導書のマスターは『魔導公女』様ただ一人。他のマスターなど認めない。必ず消去せよ、と」
「お、おい……」
「ラハム、やっぱりあなた変だよ! まるで何かに操られてるみたいな──」
「あたしはあたしの意思でその男を殺す」
ティアの声にもラハムは動じない。
「エレナ、ミリーナ。君たちとリンクした今、あたしは最大限の力を使える。いくよ」
「了解」
姉妹冒険者がうなずいた。
虚ろな表情のままで。
「『第八の魔導書』の固有魔法【攻撃超絶強化】を発動──」
ボウッ!
姉妹の手が紫色の輝きを放った。
いや、正確には──いつの間にか二人の手に握られていた石が光を発しているのだ。
「吹き飛べ、【爆裂破導弾】」
ラハムの声とともに、姉妹が同時に石を投げる。
単なる小石は紫色の輝きをまとい、螺旋状に打ち出された。
まずい──。
本能が警告する。
この攻撃は、まずい。
単なる石が、まるで上級魔法の【メテオブレイク】や【バリスタ】クラス、あるいはそれ以上の威力かもしれない。
そう感じさせるだけの迫力があった。
「! キシャル、俺たちと隊商の人たち全員を【自動魔法結界】で守れ! 全魔力で、だ!」
「了解、ですの!」
俺の前面に緑色の光があふれる。
光の幕が、紫色の石弾二つを受け止めた。
轟音と、激しい振動。
「くっ……!」
すさまじいまでの衝撃波が吹き荒れる。
爆発とともに地面が揺れる。
「へえ、今のをしのいだの? さすがはキシャルね」
ラハムが笑っていた。
「だけど──次は耐えられるかな?」
「くっ……!」
俺の前面に展開されている緑色の輝き──【自動魔法結界】は激しく明滅していた。
たぶん、今の攻撃を防いだだけで大量の魔力を削られたのだ。
防御力もかなり落ちただろう。
次は──防げない。
「なら、攻撃に転じるしかないか」
俺は覚悟を決めた。
「いいよ。あたしは君を消去する。君はあたしを消去する。互いに命のやり取りね」
「違う」
ラハムの挑発に、俺は首を左右に振った。
「俺は、君を助ける」
やっぱり俺には、彼女が元からこんな女の子だとは思えない。
何かに操られている──そんな気がしてならない。
だから、
「必ず君を元に戻して、ティアたちと笑って再会させてみせる──」
.8 魔導書VS魔導書2
「【貫通散弾】!」
今度は石ではなく砂利を投げてきた。
無数の砂粒が、小石が、強大な威力の矢となって浴びせられる。
「【ホーミングボム】!」
俺は自動追尾魔法でこれらを迎撃した。
爆光が、視界を覆う。
と、その向こうからエレナとミリーナが突っこんできた。
魔法使いのはずの彼女たちが、武闘家さながらに拳や蹴りを見舞ってくる。
「くっ……!」
俺は【身体強化】を全開にして避けた。
ぐごおぉっ!
姉妹冒険者の拳と蹴りが、地面に叩きこまれる。
小さなクレーターができていた。
「嘘だろ……」
信じられない威力だ。
さっきの拳や蹴りも、ラハムの【攻撃超絶強化】で威力が爆発的に上がってるのか──。
まともに受ければ、一発で体を粉々にされるだろう。
かといって、ただ操られているだけの二人に攻撃魔法を撃ちこむわけにもいかない。
「どうすればいい──」
俺は必死で頭を巡らせた。
彼女たちを傷つけずに無力化する方法を。
そして、その向こうにいるラハムの戦意を解く方法を。
「なるほど、【身体強化】をそのレベルで使えるのね」
ラハムが微笑んだ。
「ちょっと厄介かな。でも、しょせん君は魔導書の力をすべて使いこなせていない。借り物の状態ね」
「借り物……」
「真の所有者である『魔導公女』様には遠く及ばない。そんな君が魔導書を扱うことが許せない。きっと『魔導公女』様も嘆いている」
……確かに、それはそうだろう。
俺が魔導書の力を身に着けてから、まだ二か月も経っていない。
ティアたちの固有魔法は、俺に強大な力を与えてくれた。
それでも、伝説の大賢者にはまだまだ届かない。
「次はまた遠距離から撃ち抜くか、それとも近距離で仕留めるか──どちらにしても、君は逃げるだけで精一杯。あたしが一方的に攻撃し続け、君が疲労したところで仕留める」
ラハムの笑みが深くなる。
「見ていてください、『魔導公女』様。あなたの魔導書を扱う不届き者を、今このあたしが始末してごらんにいれます──」
「やだ……こんなの、やだよ」
魔導書からティアの声が響いた。
「ラハムは、そんな子じゃない。お願いだから目を覚まして」
「そうですの。いつもは『魔導公女』様や他の魔導書や、それ以外の人たちにも優しかったですの。他人を傷つけることを楽しむような、非道な性格じゃありませんの」
キシャルも必死で言い募る。
と、
「んー……たまに怖いときがあったから、案外これが地なのかも……」
……頼む、この雰囲気に水を差さないでくれ、エア。
「──ふん、泣き落としなんて効かない。あたしは、君を消去する」
ラハムが告げる。
その左右にエレナとミリーナが戻り、身構える。
そろそろ決着をつける気か。
なら、俺は──、
「俺が魔導書を扱うことが許せない、と言ったな」
ラハムを見据える。
「言ったけど?」
「俺が『魔導公女』並に魔導書を操ってみせたら、どうだ? それなら君は、俺のことを認めてくれるか」
「何を……言っているの?」
ラハムが戸惑ったような顔をする。
「ティアとキシャル、エアの力を借りて──いや、使いこなして、君を無力化する」
.9 魔導書VS魔導書3
「ひ、ひいい……さっきからなんなんだ、あんたたちは……!」
隊商たちがおびえた様子でうめく。
腰が抜けているらしく、全員立ち上がれない様子だ。
「俺が彼女を抑えます。下手に動くと危険なので、その場にとどまってください」
彼らに言い含めた。
と、
「君があたしを無力化する? 大きく出たね」
ラハムが俺をにらんだ。
「見たところ、君と魔導書との想念同調値はせいぜい50程度。あたしが強制的にリンクした二人の数値は80近くよ」
「同調値……?」
初めて聞く言葉だった。
「その値が高ければ高いほど、魔導書の固有魔法の威力を強く引き出すことができる──つまり、同じ大賢者の魔導書でも君が引き出せる力は、あたしたちには遠く及ばない」
「……なるほど」
まあ、俺は初心者だからな。
「なら、今の数値で君を無力化できるようにやってみるさ」
「無理ね」
言うなり、ラハムの全身から魔力のオーラが立ちのぼった。
同時に、エレナとミリーナが石つぶてを放つ。
さっき同様に、手数で勝負か。
俺は【身体強化】を全開。
ジグザグに走って無数のフェイントを入れつつ、距離を詰めていく。
「くっ……!?」
ラハムがうめいた。
姉妹冒険者の投石の動きが、目に見えて鈍る。
──思った通りだ。
確かに魔導書の魔法能力を引き出す力は、相手の方が上である。
だけど、ラハムは強制的に姉妹を操っている。
つまり、彼女から姉妹に命令を送る分だけ、行動のタイムロスがあるはずだ。
そこを利用して、叩く──。
俺はさらに加速し、
「【影の炎】!」
攻撃呪文を放つ。
「この魔力波長は──魔族固有魔法!? ちいっ」
ラハムが後退した。
彼女と姉妹冒険者の距離が離れる。
「仕上げだ」
俺は最大限に加速した。
爆炎にまぎれて、彼女たちの背後に回りこむ。
「し、しまっ……」
反応しきれないラハム。
「ティア、キシャル!」
俺は二つの魔導書を使い魔モードに戻す。
「りょーかい!」
「ですの!」
俺の指示に従い、二人がラハムに抱き着き、押し倒した。
「【マジックバインド】!」
俺は魔力の網を生み出し、まずエレナとミリーナを、次にラハムをそれぞれ拘束した。
「くっ……!」
もがくラハムだが、魔力の網は単純な筋力ではほどけない。
彼女自身の攻撃能力は低いし、エレナやミリーナも拘束済み。
「無力化完了、ってことでいいか? ラハム」
「うううう……」
俺の言葉に、ラハムは悔しげな表情を浮かべた。
.10 紋様
「離せ! 離してぇっ!」
ラハムがもがいている。
「離したら、また襲ってくるだろ? まずは落ち着いてからだ」
「くっ……殺せ!」
ラハムが叫んだ。
……これじゃ、俺が完全に悪役じゃないか。
「ラハム、おでこに変なのついてる」
エアが馬車からひょこっと顔を出した。
ティアとキシャルは魔導書に変化しているが、彼女だけは使い魔モードのままだ。
サンドワーム出現時からラハムの襲撃まで、ずっと面倒くさそうに馬車内で待機してたからな。
まあ、待機というか……正確には、ゴロゴロしてるんだけなんだけど。
そのエアが、珍しく真剣な顔だ。
「おでこに変なの?」
俺はラハムに視線を向けなおした。
「うーん……?」
目を凝らす。
「……! これは……!?」
よく見ると、うっすらとラハムの額に淡く光る紋様が浮かんでいた。
「よくこんなのに気づいたな、エア」
「えっへん」
エアが胸を張った。
「あたし、有能」
「ああ、有能だ」
ついでにもうちょっとやる気があると、なお嬉しい。
「この紋様はなんなんだ、ラハム?」
どことなく稲妻に似たデザインだった。
「……紋様? なんのこと?」
ラハムが眉を寄せた。
「えっ、ちょっとよく見せて」
ティアが顔を近づけた。
「この紋様は、まさか──」
青ざめた顔でつぶやく。
「知ってるのか、ティア」
「かつて最強と謳われた古の賢者の一人──」
ティアが厳かに告げた。
「そして『魔導公女』様が大戦で激しく争った相手──『雷帝錫杖』の紋様に、よく似てる」
「古の、賢者……?」
「賢者たちは大戦でほとんどが死滅したの。現代まで生き残っている者はほとんどいないはずだよ」
と、ティア。
……その大戦っていうのはずっと大昔のはずなんだけど、今も生き残ってるやつがいるのか?
古の賢者ともなれば、何百何千年と生きられるものなんだろうか……。
「あ……ぐぅっ……!?」
突然、ラハムの体がびくんと仰け反った。
「どうした、ラハム!?」
「あたしは、マスターの魔導書を使う者を……消す……ころ、す……ぐううううっ……」
もがき苦しんでいる。
その額に浮かぶ紋様が、輝きを増していた。
「もしかして──」
俺はハッと気づく。
「ラハムはその紋様に操られている……?」
だとすれば、今までの攻撃はラハムの本意ではなかったのかもしれない。
そして、彼女を元に戻す手段があるかもしれない。
.11 少女たちは、いつかの再会を誓う1
「んー……紋様の魔力がラハムに干渉してるみたい。逆らうと、魔力を大幅に削り取っちゃう系……」
ぽつりとつぶやいたのは、エアだ。
さっき紋様に気付いたのもそうだが、魔力の感知能力が本当に高いな。
「ラハムを助ける方法は?」
「……わかんない。あたしの知識には、ない」
ふるふると首を振るエア。
「『魔導公女』様なら分かるかも……現代の魔法レベルでは無理っぽい」
「古の賢者レベルじゃないと無理、ってことか」
俺はうなった。
どうすればいい──。
焦る。
何せラハムはどんどん衰弱しているのだ。
このままじゃ、彼女は……!
「そうだ、休眠状態にしたらどうだ?」
彼女たち『魔導書』にはいくつかの形態がある。
固有魔法の起動形態である『魔導書モード』や、人の姿を取る『使い魔モード』、そしてイヤリングやペンダントといった装身具に変身する『休眠モード』。
ティアは別だが、キシャルとエアは初めて会ったときは、まだ人型を取ることができず、休眠モードでティアの装身具になっていた。
「強制的に休眠モードにはできない。ラハム自身がそう願わないと」
ティアが言った。
「ラハム、このままじゃ君は死ぬかもしれない。その前に休眠モードになるんだ」
「誰が……君の言うことなんて……!」
険しい表情で俺をにらむラハム。
「あたしのマスターは……『魔導公女』様……だけ……あたしにとって、母にも等しいお方……」
意識が混濁しているのか、彼女の言葉はうわごとのようだった。
「ラハムさん、お願いします」
キシャルが進み出た。
「君たちは、こんな男に従って……『魔導公女』様を、裏切るの……!」
「違いますの。私たちはアルス様とともに、みんなを探すためにがんばっていますの」
キシャルが首を振る。
「『魔導公女』様は、もういない。だけど、みんなはきっとどこかで生きている。だから──」
つぶらな瞳に涙を浮かべ、
「お願いします、ラハムさん。今は、眠って。『魔導公女』様だけでなく、あなたまで失いたくない……ですの」
「あたしは──」
ラハムの瞳が揺らぐ。
仲間の涙には、さすがに逡巡しているのだろうか。
「私も、お願い。友だちが苦しんでいるのは見たくないよ」
ティアも涙ぐんでいた。
「んー……ラハムはちょっと休んだ方がいい」
エアがラハムに抱きついた。
「ぎゅー」
「……あたた……かい……」
呆然とした表情でつぶやくラハム。
「この温かさ……懐かしい……」
「ねんね、ねんねー」
エアが赤ん坊をあやすように歌う。
──短い沈黙が流れる。
「私は……その男を、いずれ消去する」
ラハムが俺をにらんだ。
「そのために、今は眠る……」
言うなり、彼女の全身が光の粒子となって弾けた。
.12 少女たちは、いつかの再会を誓う2
──からん。
地面に小さな指輪が落ちる。
「これは……」
「ラハムの休眠モードだね」
ティアは指輪を拾った。
「とりあえず預かっていてくれ」
俺はティアに言った。
ラハムは今のところ、エレナ、ミリーナ姉妹の使い魔である。
その処遇について、彼女たちと相談しなきゃいけないな。
「これでラハムは大丈夫なのか?」
「休眠モードは本人の意識もないからね。たぶんさっきの現象は、『紋様を刻んだ者の意思に反する』ことで発動するタイプだと思うの。意識がない状態なら、意思に反するも何もないから。おそらく大丈夫──」
と、ティア。
「んー……ラハムの魔力波長が安定してきた。大丈夫」
エアが補足説明する。
「そうか、よかった……」
とはいえ、まだ何も解決していないとも言える。
結局、ラハムの呪縛は解けていないんだ。
「彼女を元に戻す方法を考えないとな」
「アルス……」
ティアが俺を見つめた。
「『雷帝錫杖』はかつての大戦で『魔導公女』様に殺された。だけど、その研究成果は大陸のどこかに残っているはずだよ。それを調べれば、あるいは──」
「といっても、『雷帝錫杖』が遺した研究となれば、それなりの施設やダンジョンなどに厳重に保管されているはずですの。手に入れるのは、容易ではないと思いますの」
キシャルが言った。
「んー……大変そう……ふあ」
エアがあくびをしている。
古の賢者の研究成果、か。
確かに入手するのは大変そうだ。
『魔導公女』の残りの魔導書探しに加えて、また一つ大変そうなミッションが加わったともいえる。
だけど──。
俺は三人を見つめ、
「ティア、キシャル、エア、協力してくれるか。『雷帝錫杖』の──古の賢者の呪縛は簡単には解けないと思う。でも、みんながいれば何とかなりそうな気がする。俺もがんばるから」
「もちろんだよ、アルス。一緒にがんばる!」
「ですの!」
「んー……そろそろ眠くなってきた……」
元気よくうなずくティアとキシャルに対し、エアはやっぱりマイペースだ。
「……でも、がんばる」
ぽつりとつぶやくエア。
やっぱり仲間を大事に想う気持ちは、彼女も一緒なんだな。
「じゃあ、みんな。よろしく頼む」
俺は三人に微笑んだ。
「いつか、元に戻ったラハムに再会できるように──」
ティアが、キシャルが、エアがうなずく。
これは俺の──俺たちの願いであり、誓いだ。
ラハム、必ず呪縛を解いてやるからな。
.1 護衛クエスト終了
「お、おい、どうなったんだ、一体……」
隊商の人たちが恐る恐る近づいてきた。
ラハムとの戦闘時には離れてもらっていたけど、戦いが終わったことを察して戻ってきたんだろう。
「もう大丈夫です」
俺は彼らに微笑んだ。
「ううっ……」
エレナとミリーナはビクンと痙攣し、それからボーッとした表情を俺たちに向ける。
「あれ……? あたしたちは……」
「なんか意識がぼやけて、それで……」
「もう全部片付いたよ。えっと、幻覚魔法を使うタイプのモンスターだったんだ」
俺は適当にごまかしておいた。
「幻覚魔法……うーん……なるほど」
怪訝そうな顔をする姉妹だけど、とりあえずは納得してくれたらしい。
「っていうか、ラハムがいない……!?」
ハッとした顔で周囲を見回す二人。
あ、そっちはどう説明しよう……。
とりあえず、事実をそのまま言うことにした。
「じゃあ、彼女は別の賢者の呪縛を受けているってこと? 別の賢者の」
エレナが目をしばたかせる。
「『雷帝錫杖』……聞いたことがある。古の賢者でも最強って言われた一人じゃない」
と、ミリーナ。
「俺たちは彼女の呪縛を解きたいんだ。だから……ラハムを預けてもらえないかな」
ラハムはもともと姉妹冒険者の使い魔扱いだろう。
だから、俺がそれを譲り受けるという形にすればいい。
彼女たちが了承してくれれば、だけど。
「……あなたたちじゃないと、ラハムを元に戻せないんでしょ?」
「じゃあ、迷う必要はないね」
意外なほどあっさりと了承してくれた。
「頼んだよ、アルス」
「あたしたちの仲間を託すんだから」
二人が力強く言った。
「ああ、任された」
俺は力強くうなずいた。
そうだ、彼女たちにとってもラハムは仲間だもんな。
あっさりと了承したんじゃない。
強い気持ちを込めて、即断してくれたんだ。
「必ず、ラハムを解放してみせるよ」
俺はその気持ちをますます強くした。
──その後、俺たちはふたたび隊商の護衛クエストを再開した。
以降の道中は、特に何事もなく終了。
エレナたちと共同で、俺たちはクエスト達成の実績を得たのだった。
.2 手がかりを求めて
そして、二日後。
俺たちは本拠地であるケラルシティの『希望の旅路』亭に戻ってきた。
「さっそくだけど……『雷帝錫杖』が残した研究成果について調べたいんだ」
俺はティア、キシャル、エアを見つめる。
三人とも使い魔モードである。
ティアとキシャルは真剣な表情、エアだけはあくび混じり……といういつもの感じだ。
「ティアたちは何か知らないのか? 賢者大戦時代に、彼がどんな場所で魔導研究を行っていた、とか」
「心当たりならいくつかあるけど、ここからは遠い場所ばかりだね」
「ですの」
と、ティアとキシャル。
「んー……近場に一つありそう」
ひょこっ、と手を挙げたのはエアだ。
やっぱり感知能力では、彼女が優れているな。
「あたし、探せる」
「おお、頼む」
「んー……めんどくさ……ううん、ちょっとやってみる」
面倒くさいと言うのかと思ったけど、さすがにラハムのことが絡むとがんばってくれるらしい。
「でも、一眠りしてから……すぴー……」
あ、寝た!
……エアが起きるまで、待つことになった。
彼女をベッドで寝かせ、俺たちは一階の食堂に降りてきた。
ちょっと遅めの昼食である。
「今回も色々とありがとう。ティアたちの魔法のおかげで、クエストをこなせてる」
俺は二人に礼を言った。
「やだなー、あらたまって」
「ふふ、私たちはあなたの使い魔ですの。なんなりと命じてくださいませ」
ティアとキシャルが微笑む。
「ここ、よろしいでしょうか?」
一人の客が声をかけてきた。
温和な顔立ちをした二十代前半くらいの美女だ。
長い金色の髪に血のような赤い瞳。
身に着けているのは青色をした僧侶のローブだった。
どこかの司祭だろうか。
「あ、どうぞ」
いつの間にか、一階はほぼ満席だった。
彼女は俺の横に座り、相席状態になる。
「わたくしは隣町で僧侶をしておりますサンドラと申します」
彼女が一礼した。
「アルスです。彼女たちは使い魔のティアとキシャル」
自己紹介を返す俺。
「──なるほど。やはり、あなたが」
サンドラが俺をじっと見つめる。
深い──すべてを見透かすような光をたたえた、瞳。
「『魔導公女』の魔導書を受け継ぐ人間がついに現れたのですね。興味深いわ」
.3 サンドラ
「あんたは、一体──」
「名はサンドラ。二つ名は『水竜妃』」
サンドラが微笑む。
「かつて『魔導公女』アレクシアの唯一の友であった者──ですわ」
「っ……!? 古の賢者……ってやつなのか」
俺は呆然と彼女を見つめた。
「そういう呼ばれ方をすることもありますね」
サンドラがうなずく。
一瞬、その横顔に寂しげな表情が浮かんだ。
「少し──昔話をしましょうか」
「えっ」
「現代よりもずっと魔法文明が栄えていた太古──優れた魔法使いは『賢者』と呼ばれ、各々がその魔法技術を磨いていました。さらなる力を得るために。神をも超える存在になるために」
「神をも……」
壮大な話だ。
でも、なんで唐突に昔語りなんだ?
「やがてその風潮は賢者同士の対立へと発展していきました。どちらがより優れているか……誇りや名誉欲、権勢などが絡み合い、のちに『賢者大戦』と呼ばれる大いなる戦いへと発展していきました」
サンドラの話は続く。
突然、古代の話を始めた意図はなんなのか?
そもそも彼女は本当にそんな時代から生きている賢者なのか?
敵なのか、味方なのか?
俺に近づいてきた理由はなんなのか?
分からないことだらけだが、まずは話を聞くことにした。
「──まあ、古代のことはいいんです。今は、目前の脅威の話をしたいので」
「えっ?」
目前の脅威……?
「現代にまで生き残っている賢者はおそらく十数人程度。その中でもっとも強く、凶悪な賢者──『雷帝錫杖』。彼があなたの存在に気づきました」
サンドラが俺を見つめる。
その瞳に浮かぶ真剣な光。
俺を、思いやっているような光。
「俺……に……?」
「彼は、危険です。かつての大戦で一度、『魔導公女』に命を奪われ──蘇生魔法で復活しました。その屈辱をこの時代で返そうと考えているのかもしれません」
「まさか、俺を相手に……か?」
「ええ、まさに。『魔導公女』の力を受け継ぐあなたに」
驚く俺に、サンドラは静かにうなずいた。
「彼は『魔導公女』に対して、愛憎の混じった感情があるようです。必ずしもあなたに敵対するとは限りませんが──可能性は、あります」
「古の賢者……か」
いくらティアたちの力があっても、そんな奴に狙われたらひとたまりもないだろう。
「だからこそ、わたくしが来たのです」
サンドラが微笑む。
「えっ……?」
「かつての友の、力を継ぐ者──アルス・ヴァイセさん。あなたの力を引き出して差し上げましょう」
.4 VS古の賢者『水竜妃』1
次の瞬間、周囲の景色は一変していた。
「な、なんだ、ここは……?」
見渡す限り、純白の空間が広がっている。
「【異空間現出】の魔法を使いました。要はわたくしたちだけが別の空間にいるということです」
と、サンドラ。
「今から、少し派手に魔法戦闘をしますからね。周囲に被害が及ばないようにしたのです」
サンドラが微笑んでいる。
「いきなりの展開だな……」
俺は気持ちを引き締め、身構えた。
「殺しはしません。ご安心を」
サンドラは微笑んだまま。
だが、その全身から目に見えるほどの魔力のオーラを吹き出していた。
こいつ──!
すさまじい重圧に俺は思わず後ずさった。
サンドラの周囲が歪んで見える。
信じられないほどの膨大な魔力が、空間を変容させているのか……!?
「ただし──死ぬかもしれない程度の目には合わせます。全力で抗うことをお勧めしますわ」
──そして、戦いが始まった。
サンドラは、さすがに強い。
魔法の威力、発動スピード、そして駆け引き。
すべてにおいて、信じられないほどハイレベルだ。
しかも、まったく本気を出していないのが分かる。
「あら、この程度の呪文も相殺できませんの?」
「どうしました? 次の魔法を撃つまで待って差し上げます」
「今のは、わたくしがその気なら撃たれていましたよ、アルスさん」
攻防の合間に、サンドラは淡々と告げる。
それは戦いというより、教師が教え子に指導しているような調子だった。
実際、俺とサンドラの実力差はあまりにも大きい。
だけど、何もできないままでは終われない。
「くっ……【影の炎】!」
「魔族固有魔法ですか。思ったよりもやりますね!」
サンドラの声が弾んだ。
「魔族固有魔法──【黒の障壁】」
「何っ……!?」
サンドラも魔族固有魔法が使えるのか!
ばぢぃぃっ!
彼女の前面に出現した黒いクリスタル状の盾が、魔力の炎を受け止め、弾き散らす。
「ふふふ……楽しくなってきました。うふふふふふふ」
サンドラの口元が三日月のような笑みの形になった。
「わたくし、実は戦うのが大好きでして」
「……『魔導公女』ともこうやって戦ったことがあるのか?」
「彼女との戦闘は日課でした」
にっこりと説明するサンドラ。
「ちなみに、対戦成績はわたくしの1勝60927敗です」
「戦いすぎだろ!?」
「いつか、彼女を超えたい──その思いはついに叶いませんでした。ですが、あなたという存在が現れた。あなたがかつての魔導公女と同じくらいに強くなれば、わたくしの願いは叶えられるかもしれません」
サンドラがうっとりとした顔で告げる。
「ですから、あなたには生き延びてほしいのです。生きて、強くなってほしい。そして、わたくしと戦ってくださいな」
「お前の目的は、それか」
「もちろん、友としてアレクシアの力を継いだあなたを思いやる気持ちもありますよ? わたくしは味方です」
サンドラが右手を振りかぶった。
次の魔法の発動体勢だ。
「この一撃で、あなたの資質を計りましょう。見事にしのいでくださいませ」
青い輝きが弾ける。
サンドラの右手に、巨大な光球が現れていた。
「でかい──」
大きさは、直径二十メートルはあるだろうか。
あれがすべて魔力の塊だとしたら、その威力は一体どれほどのものか。
「死にはしませんが、死ぬほどの目にはあるかもしれません。お覚悟を」
「冗談じゃない……」
一方的に叩きのめされるのは、ごめんだ。
俺は闘志を燃え上がらせた。
残りの魔導書を見つけ、ティアたちと再会させるために強くなる──。
俺は以前にそう誓った。
そして『雷帝錫杖』との戦いの可能性を見越し、また一つ、強くならなきゃいけない理由ができた。
だから、俺は──。
「今、強くなる」
決意とともに、体の奥底から新たな魔力が湧き上がる。
魔力が、どんどん増大していく。
「……? その力は、まさか──」
サンドラの表情が変わった。
理屈ではなく、本能でわかる。
不思議な確信があった。
俺の中の何かが、目覚めようとしている──。
.5 VS古の賢者『水竜妃』2
俺の中の何かが、目覚めようとしている──。
「では、行きますよ。この一撃であなたの資質を見極めます」
サンドラが言った。
「これから先、あなたは『魔導公女』の力を継ぐ者として、幾多の激しい戦いに巻きこまれるでしょう。たとえ、『雷帝錫杖』があなたに友好的だったとしても、他にも古の賢者はいます。魔族の脅威や伝説級の遺物、それに竜や巨人──世界には、いくつもの脅威がひそんでいるのです」
「世界の、脅威……?」
「力ある者は、その戦いに飲みこまれていく──ゆえに、あなたは力を身につけねばなりません。今から放つ一撃は、その試練だと思ってください」
サンドラの右手の上に浮かぶ光球がさらに輝きを増す。
「覚悟は──いいですね」
「……ああ」
「では、受けなさい。我が固有魔法──【蒼の雫】!」
そして。
巨大な青い光弾が放たれる──。
「とんでもない魔力がこもってるな……」
俺は目前に迫る光球を見て、感心にも似た気持ちだった。
我ながら悠長だと思う。
だけど、不思議と恐怖はなかった。
俺はこの一撃に対処できる。
そんな奇妙な自信がみなぎってくるのだ。
「ティア、キシャル。いくぞ」
両手の魔導書に声をかける。
「魔族固有魔法──【影の炎】!」
俺は手持ちの呪文の中で最大火力の一撃を放つ。
「無駄ですよ。その魔法は確かに強力ですが、それでもわたくしの方が威力は上です」
「だろうな」
俺が放った光弾は、サンドラの光弾に弾かれる。
やはり、火力は向こうの方が高い。
サンドラの光弾は多少威力を減じながら、さらに迫り──、
「もう一度だ。【影の炎】!」
「二発目……ですが、それでも無駄──」
「知っているさ。だから」
俺はさらに魔力を高めた。
「同時に固有魔法【自動魔法結界】収縮展開!」
キシャルの【自動魔法結界】を、範囲を最小にする代わりに防御力を最高に高める。
「二つの魔法を、同時に発動──!?」
【自動魔法結界】はその名の通りオートで発動するけど、今みたいに範囲や防御力を可変させる場合は、新たに呪文を唱えるのと同じ扱いになる。
普通の魔法使いは、二つ以上の呪文を同時に扱うことができない。
だから、今までの俺だったら【自動魔法結界】の効果を可変させる際には、他の魔法を使えなかった。
「今までは、な」
俺がさっき放った二発目の【影の炎】がサンドラの光弾をさらに削る。
威力がまた減った光弾を、防御力最大に高めた【自動魔法結界】で弾き返す。
「わたくしの最大魔法を……しのいだ……!? それが、あなたの新しい力──」
「ああ、複数魔法同時並行発動──追いつめられたおかげで、目覚めることができたみたいだ」
言って、俺は苦笑する。
「ぎりぎりだったけど、な」
「……いえ、大したものです。太古に比べて弱体化してしまった現代の魔法レベルで、よくぞここまで」
サンドラは深い吐息をついた
「あなたなら──いずれ『魔導公女』の魔導書を使いこなせるようになるでしょう。いつか、わたくしたち古の賢者と肩を並べるほどに。あるいは」
深い光をたたえた瞳が、俺を見据えた。
「わたくしたちをも超えるほどに──」
.6 次の方針
「複数魔法の同時発動……か」
俺はあらためて振り返った。
「なんで、突然こんなことができるようになったんだろう……?」
そもそも、魔法というのは普通、二つ以上を同時に操ることはできない。
「現代の魔法使いにとっては、そうでしょう。ですが、古の賢者は複数魔法を操ることが可能です」
と、サンドラ。
「むしろ基本技能に属します」
「そ、そうなんだ……」
やっぱり、古の賢者って、現代魔法使いよりずっとレベルが高いんだな。
「あなたには、その古の賢者の力が──『魔導公女』の精髄ともいえる魔導書を操る力が宿っているのです。魔導書の扱いに習熟していけば、複数魔法同時発動ができても不思議ではありません」
「魔導書の扱いの、習熟……」
「慣れていけば、もっと色々なことができるようになりますわ」
サンドラがにっこり笑った。
「もっともっと強くなれます……ああ、そんなあなたと戦ってみたい……!」
「サンドラ、ちょっと目が怖いんだけど……」
「久しく強敵との戦いに飢えてますから……じゅるり」
よだれ垂れてるぞ……。
見た目は上品で清楚な美人って感じなのに、内面は結構なバトルマニアなのかもしれない、サンドラって。
で、今後の方針を俺はサンドラと話した。
すでにティアとキシャルは魔導書から使い魔モードに戻している。
「まずは魔法の制御能力を上げることですね。魔力自体は、一気に増えることはありません。地道に増やしていくしかないので。魔法習得も同じですね」
サンドラが言った。
「あなたが一番手っ取り早く強くなるには、『複数魔法の同時発動』をより高い精度で実現すること──そのためには、『第五の魔導書』の力が必要です」
「ネルガル……」
つぶやく俺。
「彼女がいる場所は分かるのか?」
「ええ……そうですね」
サンドラが一瞬、口ごもった。
ん、どうしたんだろう?
「彼女がいるのは──『大賢者の洞窟』なんです」
「っ……!」
俺は息を飲んだ。
「それって超難度のダンジョンなんだよな。じゃあ、簡単には入手できないってことか」
そもそも、俺たちのパーティは洞窟に挑めるランクじゃないし。
「挑むことに関しては、ちょっとした裏技があるので不可能ではありません」
サンドラが言った。
「ただし──当然、危険が伴います。だから、後はあなたの意思次第です」
「俺の、意思……」
そんなの聞かれるまでもない。
「いくよ。『第五の魔導書』を手に入れるために」
.7 『大賢者の洞窟』を目指して
「俺、『大賢者の洞窟』に挑んでみるよ」
「そうですね……ただ、魔力がまだまだ足りないです」
サンドラが言った。
「挑むこと自体は、わたくしがギルドの規則に抵触しないよう、なんとかしましょう。ただし、『大賢者の洞窟』は最高難度のダンジョン。あなたが挑まなければならないのは、低階層ですが、それでも今の魔法能力では厳しいでしょう」
「魔力か……」
じゃあ、もうちょっと鍛えてみるか。
「まずは一か月、魔力増強のために魔力が高いモンスターを狩りまくるよ。うまくいけば、有用な魔法を習得できるだろうし」
「なるほど。では一か月後にふたたび会いに来ましょう」
言って、サンドラが背を向けた。
「願わくば、あなたに強大な力が宿りますように──」
「ああ、がんばる」
「楽しみにしています。あなたが見違えるように成長することを」
サンドラは指をパチンと鳴らした。
視界が一瞬暗転し、次の瞬間には『希望の旅路』亭の一階食堂に戻っていた。
「一か月後の昼に、ここで待ち合わせ──ということでよろしいですか?」
「ああ」
サンドラの言葉にうなずく俺。
「本来ならわたくしが鍛えて差し上げたいのですが、あいにくこちらにも準備がありますし、他にもやらなければならないことがあります。申し訳ありませんが、あまり時間を割けないのが実情です」
「いや、色々と情報をもらったし、『大賢者の洞窟』に挑むための手段を整えてくれるんだろ? それだけで十分すぎるほど助かるよ」
俺はサンドラに礼を言った。
「ありがとう、サンドラ」
「かつての友のよしみですから」
気品のある笑みとともに、古の賢者は去っていった。
「──じゃあ、あらためて。俺はこれから一か月、魔力を上げるためにひたすらモンスターを狩ろうと思う」
俺はティアたちに言った。
「ティアたちも一緒に戦ってほしい」
「もちろんだよ」
「ですの」
「んー……まあ、できる範囲で……ふあ」
ティア、キシャル、エアが答える。
で、さっそく──魔力が高いモンスターと戦うために、窓口に向かう。
よさそうな討伐クエストがあればいいんだけどな。
「こんにちは、ポーラさん」
「アルスさん、今日はどのようなクエストをご希望ですか」
「討伐系で。できるだけ魔力が高そうなモンスターを狩りたいです」
この日から、俺は討伐クエストに明け暮れることになった。
毎日のようにクエストに出かけては、モンスターを討つ。
そのたびに魔力を上げ、新たな魔法を習得する。
そして──。
あっという間に一か月が経った。
.8 『赤い三連兵』の来訪
あれから一か月。
今日は、昼からサンドラと再会することになっている。
が、その前に俺を訪問する人たちがいた。
「あんたがアルス・ヴァイセか」
「噂は聞いている」
「折り入って頼みがあり、馳せ参じた」
『希望の旅路』亭まで来て、俺を呼び出したのは中年男三人組だ。
いずれも暑苦しい雰囲気をしたヒゲ面の男たちである。
三人とも鮮やかな赤い色をした甲冑を身に着けていた。
「あの、あなたたちは……?」
「申し遅れた。俺はライア。彼らはトッシュとエルテガ。『赤い三連兵』というパーティを組んでいる」
「っ……! それってSランクの──」
Sランクパーティ『赤い三連兵』。
一糸乱れぬ連携を得意とする三人組の魔法戦士。
その力は、上位魔族すら恐れるほどだという。
「突然の訪問で恐縮なんだが、話を聞いてもらえないだろうか」
ライアさんが言った。
「話、ですか?」
「単刀直入に言うと──討伐クエストの助力依頼だ」
──俺はライアさんから話を聞くことにした。
「伝説級の魔獣『グルモリア』。太古の昔、一人の賢者によって封印されたというそいつが、目覚めようとしている」
と、切り出すライアさん。
「俺たちはその魔獣が眠る王国から討伐依頼を受けたんだ」
「古の賢者に封印された、ってことですか……」
俺はティアたちに小声でたずねる。
「誰か、知ってるか?」
「うーん……聞いたことない」
「私も知らないですの」
「んー……記憶をたどるのがめんどいけど、たぶん知らない」
三人が答えた。
誰も知らないみたいだ。
「が、俺たちだけでは手に余りそうで、な」
ライアさんの話が続く。
「他のSランクパーティも対処できそうな連中はいずれも別の依頼を実行中か、あるいは遠方にいて連絡を取るのが難しい」
「そのときにあんたの噂を聞いたんだ」
「俺の……?」
何か噂になってたんだろうか。
「最近、高ランクのモンスターを立て続けに狩っているそうじゃないか」
「Eランクくらいの新興パーティの割にとんでもない戦果だと噂になっててな」
「調べたら、元Sランクパーティメンバーが作った新パーティだとか。戦績から判断すると、おそらくSランク冒険者並の力があるだろう、と判断したわけだ」
Sランクパーティに届くくらいにまで評判になってたのか、俺……。
だから、ライアさんたちが助力依頼に来たわけだ。
さて、依頼を受けるかどうかだけど──。
それだけ強力な魔獣なら、討伐時に多くの魔力を得られるだろう。
いや、それ以前の問題として、そんな魔獣が復活したらどれだけの被害が出ることか。
俺がそれを止めるための力になれるなら、戦ってみたい。
「分かりました。この後、人と会う用事があるので……それを済ませ次第、現場に向かいます」
「よろしく頼む」
「あてにしているぞ」
「ともに魔獣を討ち果たそう」
三人組が俺に握手を求める。
がっちりとその手を握り、俺はうなずいた。
「全力を尽くします」
.9 グルモリア
昼になり、俺は『希望の旅路亭』の食堂でサンドラと会っていた。
約一か月ぶりの再会である。
「──見違えるようですね、アルスさん」
俺を一目見るなり、サンドラは驚いた顔をした。
「【魔力無限成長】の固有魔法を持っているのは知っていますが……それにしても、成長率が並ではありません。よほど魔導書との相性がいいのか……」
「俺、そんなに魔力が増えたのか?」
確かにモンスターを狩りまくったけど。
数字なんかで自分の魔力を測るような能力を持っていないから、具体的にどれくらい魔力がアップしたのかは分からないのだ。
「ふふ、それは遠からず分かるでしょう」
サンドラが微笑んだ。
「たとえ『雷帝錫杖』やその使い魔が襲ってきたとしても、そう簡単にはやられないはずです。もちろん、彼らが友好的である可能性も十分ありますが……」
分かっている。
もし、友好的じゃなかったら、間違いなく激しい戦闘になる。
古の賢者やその使い魔──一筋縄ではいかない相手だ。
だから俺は強くならなきゃいけない。
「ただ、『雷帝錫杖』の前に一戦交える相手ができたよ」
「えっ」
「サンドラは知ってるかな? 『グルモリア』っていう伝説級の魔獣が目覚めそうなんだ。なんでも古の賢者が封印したらしいんだけど……」
「グルモリアが……!?」
サンドラがハッと目を見開いた。
「知ってるのか?」
「ええ、当時、『魔導公女』や『雷帝錫杖』と並んで最強格の一人だった賢者『燐光導師』が封じた魔獣です」
サンドラが説明する。
「『燐光導師』でさえ倒すことができず、封印するのがやっとでした。それが目覚めるとなると……かなりまずいですね」
思ったより大ごとらしい。
「俺、そいつの討伐クエストを受けてるんだけど。Sランクパーティの手伝いで……」
「アルスさんが?」
「勝てるかな、俺」
「……アルスさんが強くなったのは、確かです。ただグルモリアは恐ろしい相手です」
と、サンドラ。
そんなに強いのか。
ちょっと不安になってきたぞ……。
「わたくしも行きましょう」
「えっ」
「グルモリア関連は最優先事項になりそうです。わたくしも共に戦います」
サンドラと共闘、か。
これは頼もしい──。
それから二時間後、支度を終えた俺たちは、先に現地に行っている『赤い三連兵』に合流すべく、町を出立した。
.1 ダンジョン到着
王国南端にある古代遺跡。
七層にわたるダンジョンになっているその最下層に、伝説の魔獣グルモリアが封印されているという──。
「まずはそいつらを突破し、封印場所までたどり着く」
『赤い三連兵』のリーダー、ライアさんが説明した。
トッシュさん、エルテガさんともに、細長い直刀を装備している。
「それから封印を強制解除する」
「強制解除、ですか?」
たずねる俺。
「ああ、どのみち封印は数日中には破れてしまう。なら、こちらの攻撃態勢を整え、奴が出てくると同時に最大火力の攻撃を叩きこみ、一気に大ダメージを与える」
「後は総攻撃。完全に力押しだが、小細工を弄するよりも勝率はずっと高いと思う」
「……不意打ち程度で優位に立てるほど甘い相手ではありませんよ」
サンドラが言った。
「グルモリアに対しては、用心してもしすぎることはないでしょう」
「悪いが、俺たちには幾多のモンスターを討伐し、Sランクまで上がってきた実績がある」
「あんたは魔法使いといっても、冒険者ではないんだろう」
「ここは俺たちの立案した作戦に従ってもらいたい」
と、ライアさんたち。
「まったく……後で痛い目に遭っても知りませんよ」
サンドラは呆れた顔をした。
まあ、太古から生きている古の賢者、って言ってもなかなか信用してもらえないか。
俺だってティアたちがいなかったら、古の賢者の実在なんてとても信じられなかった。
「……サンドラはどう思ったんだ? 今の作戦」
ライアさんたちに角が立たないよう、小声でこっそりたずねる。
「正直、彼らが考えているようには上手くいかないでしょうね」
サンドラが答えた。
「ただ、現戦力でとれる作戦としては悪くはありません。もっと大きな戦力で当たるべきですが、現状では他に強者を連れてこられないのでしょう。それにグルモリアの復活は間近……ならば、力押しでも行くしかありません」
「なるほど……」
「それに彼らも冒険者として上位の者たちでしょうし、ある程度の戦力にはなってくれるでしょう」
ある程度どころか、冒険者としては最高ランクの人たちなんだけどな……。
古の賢者から見れば、それでも不足ということなのか。
それだけ──グルモリアは強敵だということか。
「前衛は俺たちが務める。アルスとサンドラ、それに使い魔たちは後衛を頼む」
ライアさんが言った。
戦士系が前衛、魔法使い系が後衛──オーソドックスな陣形だ。
俺はティア、キシャル、エアの三人とも連れてきている。
……エアは例によって『めんどくさい』と渋ったのだが、なんとか説得できた。
「じゃあ、行くか。全員で必ず無事に戻ってこよう!」
ライアさんの号令とともに、俺たちはダンジョンに入った。
.2 ダンジョン進行
俺たちは薄暗いダンジョン内を進んでいく。
ダンジョンは明らかに人工的なものだった。
石造りの壁でできていて、入り組んだ構造が迷宮を作り出している。
すでに安全なルートを調べてあるらしく、先を行くライアさんたちの足取りに迷いはなかった。
「きゃっ……」
ふいにティアがふらつき、俺にもたれかかった。
柔らかな体の感触にドキッとなる。
「ティア……?」
「あ、ごめんごめん。ちょっとバランス崩しちゃって」
恥ずかしそうに謝るティア。
その顔色が少し青ざめていた。
「どうした? 気分でも悪いのか」
心配になってたずねる。
「このダンジョン、すごく濃い魔力が満ちていて……息が詰まっちゃう」
ティアが軽く顔をしかめた。
「私、ちょっと苦手ですの……」
「頭がくらくらする……うー……」
キシャルとエアも、ティア同様に気分が悪そうだ。
「大丈夫か、みんな」
「なんとか……ね。私たちは魔力の影響を受けやすいから、ここに満ちた魔力は正直、あんまり気分がよくない……」
と、ティア。
「たぶん、魔獣グルモリアが垂れ流す魔力だから、かな」
「グルモリアの魔力……か」
「では、わたくしが中和しましょう」
サンドラが言った。
「え、できるのか、そんなこと?」
「ダンジョン中の魔力に作用するのは無理ですが、ティアさんたちが苦しまない程度に魔力の簡易障壁を作って、ダンジョン内の魔力を弾くことなら可能です」
言って、サンドラは右手を軽く振った。
「【バリアシート】」
「っ!? あ、すごい。一気に気分が楽になった!」
ティアが叫んだ。
「私もですの」
「らくらく……感謝」
キシャルとエアも顔を輝かせる。
「ありがとう、サンドラ」
俺は彼女に礼を言った。
「ふふ、彼女たちは大事な戦力ですし、それに何よりも……あなたにとって大切な仲間なのでしょう?」
サンドラが微笑む。
「『魔導公女』と同じですね。あなたも、自分の魔導書たちをとても大切にしている……」
そう言って、懐かしげに目を細めた。
ヴヴヴヴヴヴ……!
ふいに、羽虫のような音が鳴った。
「これは……!?」
「空間震動……? 何者かが空間を超えて、ここに現れようとしています」
サンドラが言った。
声音ににじむ警告の色。
「みなさん、備えてください──来ます!」
前方の空間が歪み、巨大なシルエットが出現する。
牛の頭に人の体──ミノタウロスだ。
その全身が紫色の甲冑に覆われていた。
「濃度の高い魔力を注入され、改造された特別製ですね」
サンドラが告げる。
「おそらくは──魔獣グルモリアの配下です。ただのミノタウロスとは戦闘能力の桁が違いますよ。お気を付けを」
.3 ミノタウロス・カスタム
ミノタウロス。
Sランクのモンスターであり、不死身とも称される耐久力と圧倒的な近接戦闘能力を備えた強敵である。
Aランク以下のパーティでは歯が立たないだろう。
とはいえ、こっちにはSランクパーティのライアさんたちがいるし、俺もいる。
通常のミノタウロスであれば、連携してあたれば十分に倒せる敵だ。
「問題は、あいつが通常のミノタウロスとどれくらい違うのか──だな」
「魔導改造を施されて強化されたミノタウロス──ミノタウロス・カスタムといったところですね」
解説するサンドラ。
「おそらく封印が緩んだことで、魔獣の配下が外に漏れ出てきたのでしょう」
「グルモリアの配下、か」
「わたくしはグルモリア戦までできるだけ魔力を温存したいと思います。ここはあなたたちでお願いします」
いきなり丸投げされた!
いや、まあサンドラを温存するのは戦略的に正しいんだろうけど……。
「問題ない。俺たちが処理する」
「たとえ改造されていようと、ミノタウロスなど『赤い三連兵』の敵じゃない」
「あんたたちは見ていてくれ」
ライアさんたちが前に出た。
Sランクパーティならではの強者のオーラがにじみ出ている。
頼もしい。
「トッシュ、エルテガ、あれを仕掛けるぞ!」
「了解だ!」
「派手にいこうぜ!」
三人は直刀を手に、飛び出した。
「【サンダーボム】!」
まずエルテガさんが雷撃魔法を放つ。
ぐおうっ!
吠えて、それを右手で叩き落とすミノタウロス。
「【唐竹割り】!」
その隙に接近したトッシュさんが剣術スキルを叩きこむ。
これも手にした斧で防ぐミノタウロス。
「終わりだ──【ルーンスラッシュ】!」
剣に魔力をまとわせたライアさんがジャンプ一番、強烈な一撃を食らわせた。
魔力攻撃と斬撃の合わせ技──いわゆる魔法剣である。
ミノタウロスは首を刎ね飛ばされ、鮮血を吹き出しながら倒れた。
いくら不死身の異名を持つミノタウロスとはいえ、首を刎ねられれば、さすがに生きていることはできない。
『赤い三連兵』の圧勝だった。
「見たか、これが俺たちの三位一体攻撃──『レッドストリームアタック』だ」
三人が勝ち誇った。
中距離からの魔法、近距離からの斬撃、そして止めの魔法剣という三連攻撃。
さすがはSランクパーティだけあって、見事な連携だった。
ぐおおおおおううっ!
「えっ……?」
首を失ったミノタウロスが平然と起き上がる。
「【ハイエンド・リペア】」
首の断面から新たな顔が出現した。
「超高速再生魔法──だと!?」
ライアさんがうめく。
ぐおおんっ!
「ぐあっ……」
一閃した斧がライアさんたちを吹き飛ばす。
なんか、さっきより元気になってないか……?
ぎろり、とミノタウロスが俺たちをにらんだ。
「ちっ、もう一回『レッドストリームアタック』を仕掛けるぞ!」
ライアさんたちはふたたび三連攻撃を放つ。
が、ミノタウロスは斧をめちゃくちゃに振り回し、ライアさんたちを近づけさせない。
「なんだ、こいつ──さっきとはパワーが違う!?」
まさか、と思った。
「一度『死んだ』ことで、あいつは強化されて復活した……?」
「そのようですね」
サンドラが言った。
「殺されるたびに強化されて復活する──なかなか厄介な改造を施されているようです。もはやライアさんたちでは勝てないでしょう」
「なら、俺が出る」
進み出る俺。
「選手交代です、ライアさん、トッシュさん、エルテガさん」
ちょうどいい機会だ。
この一か月でパワーアップした俺の力を見せてやる──。
.4 今の実力
「いくぞ、ティア、キシャル。エアは戦闘終了後に一仕事頼む」
「りょーかい」
「ですの」
「ん……」
俺の言葉にうなずく三人。
「【魔力無限成長】【自動魔法結界】起動」
俺はティアとキシャルが変じた魔導書を両手でつかみ、告げる。
ミノタウロスが斧を手に突進してきた。
「【スロウ】」
まずは対象の動きを鈍らせる呪文。
ぐおおんっ……!?
戸惑ったような声とともに、ミノタウロスの動きが遅くなる。
魔法使いにとって、呪文を発動するまでのタイムラグは泣き所だ。
その間に近接戦闘タイプに距離を詰められると、こっちが魔法を発動する前に肉弾攻撃を食らってしまう。
この魔法はそんな魔法使いの弱点をカバーするのにうってつけだった。
相手が距離を詰めてくる時間を大幅に遅らせることができる。
そうやって稼いだ時間で、俺は次の呪文を唱えた。
「魔族固有魔法──【影の雷】!」
この一か月で討伐した二体目の中級魔族から会得した魔法である。
名前の通り、【影の炎】の雷撃バージョン。
そして威力も同等を誇る。
俺が放った雷はミノタウロスを黒焦げにした。
倒れるモンスター。
「【ハイエンド・リペア】」
が、その肉体が、ぴく、ぴく、と痙攣し、黒焦げになった肌がみるみる再生していく。
さっきの戦いでも見せた超高速回復魔法か。
「さすがに回復能力が高いな」
普通に戦ったら、とても勝てない。
ほとんど反則級の回復速度だった。
「じゃあ、お前の回復が追いつかない速度で叩きこむか」
俺は両手を前に突き出す。
ミノタウロスはまだ回復途中のうえ、【スロウ】の効果で動きが鈍い。
今なら大技を当て放題だ。
「魔族固有魔法【影の炎】!」
右手から飛び出す魔力の火炎。
さらに、
「【ルーンジャミング】!」
もう一つの呪文を唱える。
複数魔法同時並行発動。
サンドラとの戦いで会得した、俺の能力。
通常なら一つずつしか唱えられない魔法を、俺は二つまで同時に操ることができる。
さらに習熟すれば、三つ、四つと増やせるらしいが……今はまだ、その域には至っていない。
ともあれ、俺が二つ目に唱えたのは、相手の魔法効果を妨害する呪文だ。
これによってミノタウロスの超高速回復を妨害し、【影の炎】で肉体を塵一つ残さず、消滅させてやる──。
ごうんっ!
一瞬の後、爆炎とともにミノタウロスの肉体は消し飛んだ。
相手にまったく攻撃させず、完勝である。
.5 最下層を目指して
「改造ミノタウロスをこんなにあっさり倒すだと……!」
「あんた、一体──」
「いやいや、噂よりもさらにとんでもない強さだな」
ライアさんたちは目を丸くして驚いていた。
「二つの呪文の同時発動──完全に会得したようですね」
サンドラが微笑む。
「強力な呪文も増えているし、魔力自体も随分と底上げされている……すでにこの時代の魔法使いの中では上位の実力といえるでしょう」
え、そこまで強くなってるのか、俺は?
「ふふ、『魔導公女』の魔導書を三冊も保持しているのですもの。まだまだ強くなれますよ、アルスさんは」
サンドラの笑みが深くなった。
「後世に名を残す大魔法使いにだってなれるでしょう」
「なんか実感がわかないな」
俺は思わず苦笑した。
もちろんティアたちが魔導書として貸してくれる力はすごいけど──。
俺自身はまだまだ二流の魔法使いだったころの認識が残っている。
「まあ、強くなれば、それだけ『大賢者の洞窟』の攻略や、他の魔導書の入手にも近づくんだ。がんばって力を磨くよ」
「欲のないことですね」
「アルスはそうでなくちゃ」
魔導書から使い魔モードに戻ったティアが微笑んだ。
「ですの。アルスさんが突然『俺は英雄になる』とか言い出したら、そっちの方が驚きですの」
同じく使い魔モードに戻ったキシャルが言った。
「ん」
短くうなずくエア。
「頼もしいな。あらためて、よろしく頼むぞ、アルス・ヴァイセ」
ライアさんが俺に言った。
「俺たちも全力を尽くす。全員の力で魔獣を打ち破ろう」
「ですね」
俺たちはふたたび進み始めた。
その後の道中でも、何度かミノタウロス・カスタムに遭遇した。
いずれもグルモリアの配下だ。
「【スロウ】! 【闇の雷】! 【ルーンジャミング】!」
俺の方はすでに要領が分かっているから、まず動きを鈍らせ、それから攻撃魔法と妨害魔法の同時発動であっさりと片付ける。
特に苦戦することもなく、ほとんどフリーパス状態で進んでいく。
「す、すごいな……」
「改造ミノタウロスがただの雑魚モンスターのようだ」
「これほどの魔法使いが、今までBランクにとどまっていたとは……」
ライアさんたちは驚くことしきりといった様子だった。
──そして。
俺たちはダンジョン最下層にたどり着く。
この先に待つのは、伝説の魔獣グルモリア──。
【投稿いったんここまで!】
*****
【グラスト大賞用説明・今後のストーリーについて】
この後、主人公は残りの魔導書を巡って、さまざまな敵と戦いを繰り広げていきます。その中で新たな魔導書及びその魔導書が擬人化した美少女たちと出会います。
それぞれの美少女と絆を深めつつ、最強の魔術師である古代の賢者たちとの決戦を経て、主人公は世界を救い、そしてまた新たな冒険へと旅立っていきます。
基本的にハーレム&無双をひたすら繰り返していく感じです。