スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

~ローロマロ王国~

 所変わらず、イヴ達の特別指導という名の特訓が始まって6日目。

「やっと使える様になったか。ほら、もう1発撃ってみな」
「うん!」

 エネルギーの感覚をかなり掴んだ俺達は初日とは比べ物にならない程成長したと思う。その証拠に、俺とフーリンは大分ハクの動きに付いて行けるようになっていた。相手のエネルギーの流れを見るとはこういう事なのだろう。今までの戦い方とまるで違う。凄い効果だ。

 だが、そんな俺とフーリン以上にエネルギーをコントロールし始めたのはエミリア。彼女は一呼吸し意識を集中させると、一瞬で膨大な魔力を練り上げた。

「おー、凄いな」
「これがエミリアの本当の力よ」

 高められたエミリアの魔力は今までの比ではない。エミリアの全身を包み込む様に輝く聖なる魔力は、神秘的な輝きと力強さを纏った特別な存在感を放っている。更にその聖なる魔力を練り上げたエミリアは直後、滑らかな魔力の動きから魔法を放った――。

「精霊魔法、“エルフズ・フレイム”!」

 エミリアが放ったのは火炎球。
 その火炎球は真っ直ぐ勢いよく飛んでいくと、遥か数十メートル先で静かに消え去った。

「やったやった! また撃てた! グリム、フーリン、今の見た⁉」

 子供の如くはしゃいで喜びを露にするエミリア。
 そう。彼女はこの特別指導によってなんと魔法が撃てるようになったんだ。それもマグレではなく、しっかりと自分でコントロールしているっぽい。

「そんな雑魚火炎球1つ出たからってはしゃぐんじゃないよみっともない。精霊魔法が安っぽく見えるじゃないか」
「ハハハ……ごめんなさい。でも私、防御壁以外でこんなにしっかり魔法使えたの初めてだから、嬉しくてつい……」

 正直、エミリアが普通に魔法を使った事に俺もフーリンも驚いた。エミリアと出会ってから、彼女はずっと防御壁しか出せないと燻っていたから驚く半面、何故か自分の事の様に嬉しくも思ってしまった。

「私がアンタに力を与えた事によって、元々アビスから与えられた魔力と私の魔力が反発していたんだよ。自分のエネルギーをコントロール出来れば自ずと魔力もコントロール出来る。今の様にねぇ」
「本当に自分でも信じられない! ありがとうイヴ!」
「馬鹿者。だからはしゃぐんじゃない全く。アンタはまだ本来の力の3分の1も引き出せていないんだよ。今のだってせいぜい1級魔法レベル。アンタが扱っているのは、アンタ達人間が“神1級魔法”とか呼んでいる精霊魔法。
私の精霊魔法を使ってやっと火炎球を出してる様では、まだアンタに『恵杖イェルメス』を渡す事は到底出来ないねぇ。渡しても扱えん」
「うん、分かってる。私だって満足している訳じゃない。もっと強くなりたいんだから!」

 恵杖イェルメス。
 これはイヴがエミリアに与えた神器だ。

 俺達の特別指導が始まった日、俺はふとこの神器の事を思い出していた。目的であるイヴを呼び起こしたのだから、自然な流れでいけばフーリンと同様にエミリアも神器で本当の力を覚醒させるべきだろう。だがイヴは未だに神器をエミリアに渡していなかったのだ。

 イヴ曰く、エミリアに限らず俺もフーリンも、ただ神器を手にすれば良いという訳ではないと言った。全ては使う者の力量次第という事だ。まだまだ強くなれというイヴからのメッセージとも受け取れる。

「さて、それじゃあ私達も再開しましょうか。グリムもフーリンも思った以上にエネルギーの流れが見えてきたみたいだから、ここからはもう一段階ギアを上げるわね。
先ずグリムはこのエネルギーのコントロールをもっと洗練させて。自分の動きは勿論、相手の動きも完璧にね。その上で私がもっと剣術を教えるわ」
「ああ、分かった」
「次にフーリン。貴方にも勿論エネルギーのコントロールをより高めて欲しいけど、貴方はそれと同時に“神威”を完璧に自分の物にしてもらいたいの」
「ラウアーと戦った時のアレか」
「うん。神威を完璧に扱えた時こそ、私が貴方に力を託した事の意味が成るの。頼んだわよフーリン」

 ハクはそう言い終えると再び剣を構え、話し終えた俺達は特訓を再開する。

 すると、俺達が特訓していたこの荒地に、突如来訪者が現れたのだった――。

「まさか本当にこんな所におられたのですね、精霊王イヴ様」
「ん? アンタは確か……」

 突如俺達の前に姿を現した男。その男は短い髪に髭を蓄えた屈強な肉体を持つ男の人だった。彼は屈強な筋肉を覆う様に鎧を纏い、大きく重そうな大剣を後ろに背負っている。

 俺達はこの男と面識はない。

 いや、正確に言うとこの男は俺達を知らないと思うが、俺達はこの男を“知っている”。

 何故ならば……。

「突然のご無礼をお許し下さい。私はこの王国の国王である“ウェスパシア様”の命によって貴方様の元へ参りました。名を“ヘラクレス”と申します。
偉大なる我らがローロマロ王国の守護神、精霊王イヴ様よ。どうかお願いです。悩める我々を、その大いなる力で救って頂けないでしょうか!」
「「――!?」」

 何を何処から言い出せばいいのだろう。

 突如誰かが現れたかと思えば、その男は俺達がローロマロ王国に辿り着いた初日に閻魔闘技場であのラグナレクをいとも簡単に倒した戦士、ヘラクレスだった。

 しかもこのヘラクレスが現れた挙句、予想だにしていないかった目の前の展開は何なんだ。俺達はヘラクレスが現れた事にも当然驚いている。だが、それ以上に目を疑っているのが、現れたヘラクレスが当たり前の様にイヴの前で片膝を付き、まるで崇める様にイヴに何かを訴えているからだ。

 一体全体何が起きている……?

 突然の展開に俺達が呆気に取られていると、そんな俺達を他所に今度はイヴがヘラクレスに話し掛けたのだった。

「ウェスパシアの命だと? これはまた久しい名を聞いたものだねぇ。ヒッヒッヒッ、まだ生きていたのかいあの“小娘”は」
「はい。貴方様の事は昔からウェスパシア様に伺っておりましたイヴ様。ですが、ウェスパシア様はもう先が“長くありません”……。それに加え、先日の“予知夢”によって今ローロマロ王国は窮地に立たされているのです」

 続けられるイヴとヘラクレスの会話。直ぐ近くにいた俺達にも当然話は聞こえているが、2人の会話を聞いても全く話が見えてこない。

「ウェスパシア様の予知夢では“イヴ様の力”によってローロマロ王国に平和が訪れると暗示された様です。だからどうかお願いします精霊王イヴ様! 我々に……どうかお力添えをして頂けませんでしょうか――!」

 人気のない静かな荒地で、ヘラクレスの懸命な思いが響き渡ったのだった――。

「急にそんな事言われてもねぇ、私も忙しいんだよ。他を当たりな」
「え?」

 イヴの返答に、俺は思わず声を漏らしてしまった。

「どうしたグリム。何か文句でもあるのかい?」
「あ、いや、そういう訳じゃないけどさ……何かヘラクレスさん困ってるみたいだし、てっきり助けてあげるのかなって思ったから……」

 イヴらしいと言えばイヴらしい。
 その答えが最もしっくりくる事は確かだが、話を聞いていた俺達はなんとなく彼の頼みを受けるものだと思っていたから、イヴのまさかの返答に驚いて声を出してしまった。

 これは勿論俺の勝手な思い込みだし、イヴとヘラクレスさんの関係や事情も全く知らない。でもなんとなくの雰囲気でせめて話の続きだけでも聞くものだと思ったから正直不意を突かれている。多分エミリアもフーリンも同じ事を思ってるだろう。ハクだけはどっちとも読み取れない表情をしているけど。

「馬鹿言うんじゃないよ。私はボランティアで神をやっている訳じゃないんだからねぇ。いちいち人間一人一人の頼みなんて聞けるか。
それに何よりも先ず、私はアンタ達を強くさせないといけないんだ。断っておくが時間は無限じゃない。
終焉も迫っていれば、私達の魔力だって何処まで持つか定かではないよ。私の事よりも自分達の立場と状況を理解しな。アンタ達がやらなければこの世界は終わるんだからねぇ――」

 イヴの言ってる事は正論。
 兎にも角にも深淵神アビスを倒さなければならない以上、俺達はイヴの言う様に強くなる事が第一優先。

 それにこれはイヴとヘラクレスさんの話であって、俺が横槍を入れるのは確かに間違っている。

「話ぐらい聞いてあげなよイヴ。そのウェスパシアって国王、貴方の知り合いじゃないの?」
「知っているからと言って手を貸す理由にはならんだろうがシシガミ」
「嘘よ。イヴも本音は気になっているのよね。確かにグリム達の特訓も急ぐけど、目の前の困ってる人をみすみす無視するなんて3神柱としてはどうかしら」

 ハクとイヴは同じ3神柱であり仲間でもある。俺なんかが想像も出来ない程の古い関係でもあれば、互いに互いの事をこれ以上知ってる者は存在しないだろう。だからこそハクはイヴの気持ちを汲み取った上で、わざとイヴを挑発する様な物言いをした。

 そしてそれはイヴもまた、ハクが自分に何を言いたいのかしかと理解していたのだった。

「嫌味な言い方をするねぇ。挑発しても無駄だよシシガミ。全く、アンタは本当にお節介で面倒だ。仕方がない、取り敢えず話だけ聞いてやるぞヘラクレス」

 イヴが溜息交じりにそう言うと、ヘラクレスはパッと顔を上げて明るい表情を見せた。

「感謝致しますイヴ様! ですが……申し上げにくいのですが、私はウェスパシア様から話の内容まで伺っていないのです」
「何だそれは。本末転倒もいいとこだねぇ」
「申し訳ございません。しかし、ウェスパシア様はイヴ様にこの話をすれば、自ずとイヴ様の“お仲間達”が貴方様をウェスパシア様の元へと導いてくれると仰っておりました」

 頭を垂れてイヴに語りかているヘラクレスの近くで、俺達はまたその気になる話の内容に目を見合わせていた。

「お仲間達って、俺らの事?」
「多分……。結果的に今ハクちゃんがイヴを促した様にも取れるし……」
「馬鹿も休み休み言いな! それじゃあまるで私がシシガミに上手い事操られたみたいじゃないか」

 恐らくエミリアに言われる前にイヴも察していただろう。都合の良い捉え方かもしれないけど、今の話を聞くと自然そう思えてくる。何よりも、この話の肝となっている“ウェスパシア様”とは一体誰なんだろうか。

「ねぇイヴ。この国の王国であるウェスパシア様とはどういう関係なの? お互いに前から知っている様な感じだけど。それに予知夢って言うのも何の話なの?」

 ハクは俺達が思っていた疑問を全て聞いてくれた。ハクもこの件に関しては何も知らない様だ。

「別にわざわざ話す事でもないが、ウェスパシアの事は彼女がまだ子供だった時から知っている。
そして予知夢というのは彼女が見る夢の話であるが、彼女の見たこの予知夢がまた特殊でな。絶対に“当たる”のさ――」

 絶対に当たる夢?

「それってユリマみたいに未来が視えるって事か?」
「いや、それとは少し違うねぇ。ユリマ・サーゲノムもウェスパシアも、言ってみればその力は生まれ持っての才。
ユリマの場合は神器を手にした事によって眠っていた才能が開かれ、特殊な未来予知として世界の未来を知っていたが、ウェスパシアの予知夢はユリマよりも視える未来の範囲が著しく狭いのさ。

ウェスパシアの予知夢はユリマの様に都合よく自分の意志で見られるものではなく、本人でさえも何時その予知夢を見るのか分からないのさ。予知夢と言っても、誰もが毎日見る夢の1つだからねぇ。
だが、ウェスパシアが見るその予知夢は、数こそ少ないが私達3神柱やユリマが視る未来よりも確実。いや、絶対に起こってしまうのさ。
未来を変えようと思ってもねぇ――」

 そう語るイヴの話は、単に知っている知識や情報を俺達に説明していると言うより、実際に自分が体験したとでも言わんばかりの口調だった。

「初めてウェスパシアと出会った時も、私にとっては単なる偶然だと思っていたが、それは彼女にとっては既に知っていた必然。ウェスパシアと知り合ったのはそれがきっかけであったが、その時も予知夢は当たっていた。
このローロマロ王国が独自の文化を持ちここまで栄えたのも、全てはウェスパシアの予知夢と言っても過言ではないからねぇ」

 凄いな……。ユリマ以外にもまだそんな人がいるなんて。って言うか、未来視える人が多過ぎると思うのは気のせいだろうか。そんな簡単に見えるものなのか……未来って。俺も視てみたいな。

「へぇ。そんな人がいたのね。だから私達がここにいて、イヴが結局そのウェスパシアっていう人の元へ行く事が分かったのね」
「何を言っている。私は行くなんて一言も言っていないよ」
「貴方こそ何時までも何を言ってるのイヴ。彼女の予知夢がどれだけ的中するかは貴方がもう1番分かっているんでしょ? だとしたらもう彼女の元へ行く他にないと思うけど。そうよね、ヘラクレス」
「え、はい……確かにウェスパシア様の予知夢は外れた事がありません。私が国王にお仕えする様になってもう20年以上は経ちますが、ローロマロ王国にとっての重大な決断は全てウェスパシア様の予知夢通りです。
今回の件も、イヴ様が城に来てから話を続けると仰っておりました。ウェスパシア様は既に何が起こるのかを全て知っているのではないかと……」
「やっぱりそうよね。ありがとうヘラクレス。ほら、聞いたでしょイヴ。皆困っているみたいよ」

 ウェスパシア様という人の予知夢が本当に当たっているのか俺には分からないが、さっきヘラクレスさんが言ったように間違いなく仲間のハクによってイヴが行かざるを得ない空気なってしまった。でもその前に、そこまで知っていながら何故イヴは納得していない様子なんだろう。

「五月蠅いんだよどいつもこいつも。私は常に自分が主導権を握っていないと嫌なのさ。神だからねぇ。だがウェスパシアの予知夢は神の私であっても絶対に覆せない。奴は相当質が悪いのさ!」

 一気にご機嫌斜めになったイヴ。

 成程、つまり面白くないと。気に食わないと。

 そういう解釈でいいのか? 

 主導権を握っていないと嫌ってハッキリ物申したもんな。神なのに。プライド高いなぁおい。

「そんな事だろうと思ったわよイヴ。いいから取り敢えず行きましょう、ウェスパシアっていう人の所に。もうそうなる運命なんだから」
「それが気に食わん」
「何とかお願い出来ないでしょうかイヴ様。ウェスパシア様は貴方様にお会い出来るのが実に“95年振り”だと嬉しそうに話しておられました」

 きゅ、95年!? ウェスパシア様って何歳なんだ!?

「元からウェスパシア様はとても温厚な方で何時も穏やかな笑顔を向けられている方ですが、イヴ様の話をした時のウェスパシア様のその表情は、私が今まで見た中で最も素敵な笑顔でありました」

 ヘラクレスはその時の事を思い出しているのか、とても暖かい笑みを浮かべながらイヴに伝えていた。

 ウェスパシアの思いとヘラクレスの気持ち。
 
 ここにきてやっと少し心情に変化が生まれたのか、イヴは再び深い溜息を吐くと、そのまま突如体の向きを変えて歩みを始めたのだった。

「イ、イヴ様?」
「何だい。何時までそこにいるつもりだ。私は決して暇ではないが、取り敢えずウェスパシアの話だけ聞いてやる。さっさと行くよヘラクレス――」

 イヴがそう言うと、ヘラクレスは嬉しそうにイヴの後を追って行った。

「何してるんだい! アンタ達もさっさと付いて来な!」 

 歩いていたイヴは突然こちらを振り返るや否や俺達にも勢いよくそう言い放ち、戸惑いながらも俺達もイヴとヘラクレスと共にウェスパシア様の所へ向かった――。





 忍び寄る影に気付く由もなく――。
♢♦♢

~ローロマロ王国~

 グリム一行の元へ、突如訪れたローロマロ王国の戦士ヘラクレス。ウェスパシアの予知夢によって導かれ、抗う事が出来ないと悟ったイヴは遂に諦めウェスパシアの元へと向かうのだった。

 グリム達がエネルギーの流れの特訓を始めて早6日目。
 彼らが立ち去ったローロマロ王国の荒地では、密かにグリム達の動向を伺う怪しい影が迫っていた――。


「ホッホッホッ。どうですか? 行った通り邪神を見つけましたよカルさん」
「ああ。確かに“やっと”見つけたな。アレが邪神とその味方をしている謎の人間達か」

 何処からともなく荒地に静かに響いた声。
 次の瞬間、突如空間に歪みが生じるや否や、その歪みの中から2人の男が姿を現した。

 現れた男はローゼン・クリス神父とカル・ストデウス。リューティス王国が誇る七聖天のメンバーであり、先のラドット渓谷での一件からグリム達を追って来た存在だ。

「いやはや、それにしてもあのシシガミとイヴという邪神は計り知れない魔力を持っていましたね。あれは些か厄介ですな」
「流石に世界をどうこうしようとしているだけはあるみたいだ。口だけの奴らではない。だがそれよりも、俺は他に気になる事が2つある――」

 カルは何やら意味ありげな表情を浮かべながらローゼン神父にそう言った。ラドット渓谷でのカルはとても冷静で落ち着いた雰囲気を纏っていたが、今は何処か鋭い目つきをしている。

「気になる事? それはなんでしょうかカルさん。悩みがあるのならば、神父の私が貴方の魂を健やかなる方へ導いてあげますよ」

 神父と呼ばれるだけあって、どうやら彼は七聖天のメンバーであり本物の神父でもある様だ。

 だがしかし、この時ローゼン神父はまだ知らなかった。
 今の発言がブーメランとなって自分に返って来るという事を。

「……成程。じゃあ早速聞いてもらうが、そもそも悩みではない。まず気になる1つ目の事、それは“木の杖”を持っていたあの少女の事だ。
俺もしっかりと顔を覚えていた訳ではないが、彼女は確か呪われた世代とか呼ばれていた子の1人だ」
「ほほう、あの子が。確か呪われた世代と言えば、彼女の他にもあのグリード“元”大団長のご子息もおりましたな」
「ああそうだ。彼の息子とあの木の杖の少女、それともう1人いるみたいだが今はその事より、何故その少女が邪神と行動を共にしているのかだ。横にいた双剣と槍の少年もな」

 グリム達が去り、誰もいなくなった荒地を見つめながらカルはそう口にしていた。

「そう言われると気になりますね。因みに今のが1つ目となるともう1つは何でしょうか」
「なぁローゼン神父、アンタそれ本気で言っているのか」
「……と、言いますと?」

  カルが何か言いたそうな態度に対し、全く身に覚えがない様子のローゼン神父は訝しい表情でカルに尋ねている。そんなローゼン神父を見たカルは少し呆れ顔で、ここぞとばかりに内に秘めていた思いを全て彼に告げたのだった。

「もう1つは他でもない、ここに辿り着くまでのアンタの“転移魔法”の事だ――」

 そう。
 ローゼン神父とカルがグリム達の後を追ってもう6日目。彼らはラドット渓谷を出てからついさっきグリム達を見つけるまでの間、ずっとイヴの魔力の残り香を追って異空間を彷徨っていたのだった。

「先ず誤解のない様言っておくが、アンタの魔法には感謝しているぞローゼン神父。俺は波動を扱う者だから魔法に関して一切文句を言える立場でもなければ、“リューティス王国一の魔法使い”であるアンタに不満はない。
だがな、それを差し引いたとしても時間掛かり過ぎだろ。6日だぞ」
「ホッホッホッ、そこは流石邪神とでも言うべきでしょうか。いやはやこんな事は私も初めてですな。邪神イヴの転移魔法が複雑で残り香を追うのに苦労しましたよ」

 ローゼン神父はカルに悪いと思いながらも、変わらずマイペースな感じである。リューティス王国で1番の魔法の使い手であるローゼン神父の力を持ってしても6日目も掛かってしまった。

 いや、ローゼン神父だからこそ6日でグリム達に追いつき見つける事まで出来たのだ。普通の魔法使いであればそもそも魔力の残り香の追尾すらままならない。転移魔法ですら扱える者が限られる高等魔法でもある。

「まぁもういい、結果奴らを見つけた事だしな。後は邪神とあの少年達を倒して拘束するだけだ」
「そうですね。邪神の倒せば国王の機嫌も良くなるでしょう。そうすれば手柄を上げた私達はとんでもない報酬が待っていますぞカルさん。ホッホッホッホッ」

 そう言って高笑いするローゼン神父の顔は今までの穏やかな表情から一変し、神父ならぬ私利私欲の欲望に憑りつかれた不気味な笑顔を見せていた。しかし、そんなローゼン神父とは対照的に、カルは再びグリム達が去った荒地を眺めながら1人何かを考えている様子であった。

(ラドット渓谷の時もそうだったが、奴らは死人を1人も出さなかった。それにこのローロマロ王国には何が目的で来た……?
世界を滅ぼそうとしている邪神がわざわざ人間と行動を共にしている上に、あの少年達と訓練みたいな事をしている行動もまるで意図が分からん。一体何が目的だ。国王から聞いていた邪神達のイメージとまるで違う――。

いや、だがあの邪神達が凄まじい力を持っているのは確か……。それこそ世界を自分達の手に出来る程に。油断は禁物だ。奴らの行動は引き続き注視する必要がある。そこでタイミング見計らい仕留めるか)

 カルが無言で考え事をしていると、ローゼン神父が彼に話し掛けた。

「どうしましたかカルさん。まだ他にも悩みが?」
「だから悩みではない。邪神達の狙いを考えているだけだ」
「成程、確かに奴らの行動は読めませんな。何故こんな所に来たのかも不明ですが、私的にはあのヘラクレスと繋がっている事も驚きですよ」
「ヘラクレス? それって邪神イヴの前で片膝ついていた奴か?」
「そうです。彼はローロマロ王国の国王側近でもある“親衛隊隊長”。役割は似ていますが、この国では騎士魔法団という呼び方ではなく親衛隊と呼ぶのが一般的ですね。
それに彼らは戦士とも呼ばれていて、我々とは異なる“気”とか言うエネルギーを用いて戦う特殊な存在です。勿論戦士と呼ばれる者達の実力も様々ですが、ヘラクレス率いる親衛隊は、噂では我々七聖天とも“同格”とか――」

 ローゼン神父のまさかの発言に、聞いていたカルの眉がピクリと動いた。

「そんな奴らがこの国にいるのか。今まで知らなかったな」
「ローロマロ王国は色々と独自な文化を持つ変わった国ですからな。余り他国とも交流が無く、元から情報が少ない国なんですよ」
「独自の文化ね……。確かにヘラクレスとか言うあの男、事もあろうか邪神を崇拝している様な感じだったな。アイツ個人だけが繋がっているのか、はたまた“この国”が繋がっているのか」
「ホッホッホッ。邪神がこの国の戦士を洗脳して、自分達の駒として扱おうとしているとも考えられますな」
「ああ。兎に角奴らを追うぞ。何を企んでいるか探らないとな」

 ローゼン神父とカルは話を終えると、彼らは再びグリム達の後を追うのだった――。
♢♦♢

~ローロマロ王国・城~

 イヴとヘラクレスさんの後に続いて移動する事数十分。
 俺達はローロマロ王国の中心に聳える様に建つ1つの城の前までやって来た。

 ここに来るまでの道中、実に95年振りの再会という言葉が気になっていた俺がイヴにウェスパシア様の年齢を聞くと、イヴが初めてウェスパシア様と出会ったのは彼女が10歳の時だと言った。

 つまりウェスパシア様は“105歳”。

 聞いた俺達は当然驚いた。長生きしてる事は勿論、105歳の今尚現役で国王を続けているのもかなり凄い。しかし、神であるイヴやハクにとっては寿命という感覚がよく分からないらしい。生きている様で生きていないものだと。まぁ何とも理解し難い感覚だなこれは。

 人間の俺達からすれば当然であるが、ヘラクレスさんが言っていた通りにウェスパシア様の先は長くないらしい。寿命との事だ。

 ヘラクレスさんの案内され、俺達は大きな城の中を進んで行く。すると、俺達は城の中でも一際広い部屋と通された。

「ヒッヒッヒッ。随分と老けたじゃないか、ウェスパシアよ――」

 部屋に通されるなり、イヴはそう口にした。静かな部屋に声が響き、イヴと俺達の視線の先には大きなベッドとその上に座る1人の女性の老人がいた。その人を見た瞬間、俺は彼女がこのローロマロ王国の国王であるウェスパシア様だと直ぐに理解する事が出来た。

「貴方は全く変わらないわね、イヴ。元気にしていたかしら?」

 俺達に気が付いた彼女はそっと微笑むと、イヴの言葉に口を開いて返した。勿論ウェスパシア様と会うのは初めてだけど、俺はイヴを見て微笑む彼女の表情がとても嬉しそうに見えた。

「神の私を呼び出すとは、アンタも随分と偉くなったじゃないか」
「フフフフ。動けるものなら私が動いていたわ。でもあれからもう95年が経った。私にもお迎えが来ているのよイヴ」
「ふん。私からすれば人間の寿命なんてほんの一瞬さ。寧ろアンタはしぶとく生き過ぎだねぇ。贅沢ばっか言ってるんじゃないよ」

 相変わらずの“イヴ節”とでも言おうか。とても老衰して死が近づいている人に対する言葉ではないが、俺にはこの何気ない2人の会話から、到底他の人達には分からないであろう2人の揺るぎない信頼関係の様なものを強く感じた。

「本当に変わらないわね。“最後”に貴方に会えて良かったわイヴ」
「悪いがウェスパシアよ、私はこんな話をしている暇はない。さっさと本題を聞かせてもらおうか。わざわざ私をここまで呼んだという事は、勿論それなりの価値があるんだろうねぇ?」

 最低限の会話をし終えると、イヴは早速話を切り替えてしまった。ウェスパシア様も分かっていたと言わんばかりにまた微笑みを浮かべると、今度は少し真剣な面持ちで話始めた。

「全ては予知夢の通り。貴方が仲間と共にここに訪れる事も、貴方が再びこのローロマロ王国を“救ってくれる”事もね――」

 ウェスパシア様がそう言うと、イヴは大きな溜息を吐いて肩を落とした。

「はぁ~、勘弁してくれないかねぇ。やはり面倒事だったのかいウェスパシア。私は暇じゃないと言っているだろう。一体何が起きているんだい」
「フフフ、ごめんなさいねイヴ。でも貴方も知っている通り、予知夢で見た事は確実に起きてしまう……。
私は今回の予知夢で、ローロマロ王国が“襲われる夢”を見たわ」
「国が襲われる? 誰にだ」
「ローロマロ王国を脅かす存在……それは“魔人族”と、彼らを従えている“人ならざる者”の存在よ――」

 ウェスパシア様が話し終えた時には、場には秒な緊張感が生まれていた。

 “魔人族”と“人ならざる者”。

 これまでずっと話を聞いているだけの俺達だったが、今の話で皆に一気に疑問が生じたのだった。

「魔人族って、このローロマロ王国の直ぐ隣に位置する“ジニ王国”に住む種族よね? その魔人達がここを攻撃しようとしてるって事?」
「それはまた物騒な話だな。ローロマロ王国とそのジニ王国って中悪いのか?」
「口を慎め! ウェスパシア様に何たる無礼な態度だ」

 ハクと俺が疑問を漏らすと、俺達はヘラクレスさんに怒られた。確かにこれは俺が悪い。ヘラクレスさんに言われてふと我に返ったが、俺達の目の前にいるのは他でもない国王様だ。他国と言えど、国王様の前でこんなふざけた態度を取っていい訳がない。

「そうだよグリム……! 失礼だよ!」
「やば。あ、ごめんなさい!」

 俺はそう言いながら直ぐにウェスパシア様に頭を下げた。エミリアも慌てた様子で戸惑い頭を下げたが、ハクとフーリンは我関せずみたいな顔で突っ立っていた。ハクは分からんでもないが、何故フーリンもハク側に?

 頭を下げ、横目で焦りながらハク達を見ていると、そんな俺達にウェスパシア様が声を掛けてきた。

「フフフフ。いいのよヘラクレス。貴方達もそんなにかしこまる必要はないわよ。頭を上げて、普段通りの対応で構いません。
今の私達は国王と民の関係ではなく、イヴとそのお仲間である貴方達と私の単なる世間話。心を開ける友人との会話でかしこまる必要なんてないでしょう?」

 穏やかな微笑みでそう言ったウェスパシア様は、何とも言えない暖かな空気感と気品あるその存在感で俺達を優しく包み込んだ。

 一国の王としての存在感を纏いながら、まるで自分の祖父母の様な親しみやすさと暖かさを纏うウェスパシア様は、今まで出会ったどの人よりも不思議な感覚を与える素敵な人であった――。

「ウェスパシア様がそう仰るのならば……。かしこまりました」
「あのー、何かすみませんでした……。ヘラクレスさんにもご迷惑を」

 何となくヘラクレスさんにも悪いなと思った俺は、こういう時に気の利いた事を言える能力もないので取り敢えず一礼して謝った。するとヘラクレスさんも「全然構わないよ」と優しく言葉を返してくれた。

「こらこら! 話がどんどん脱線しているじゃないか! そんな事はどうでもいいから続きを話しなウェスパシア。結局その魔人達が何だと言うんだい」

 痺れを切らしたイヴの一言で一気に話が戻ると、ウェスパシア様は再び真剣な表情を浮かべ、自分が見た予知夢を全て話し始めた。

 何でも、このローロマロ王国は昔から隣国であるジニ王国と揉めているらしい。とは言っても、互いの国の領土や貿易に関しての小競り合いが度々起きているぐらいだと言う。ジニ王国に住む魔人族は魔力や戦闘力が高いが、それはローロマロ王国の戦士達も同様。

 互いに無意味な争いを起こしたい訳ではないので、これまでは何とか互いの国王同士や実力あるヘラクレスさん達同士で場を鎮めてきたそうだ。だが、少し前にジニ王国に現れた“人ならざる者”の出現によって、この均衡が突如崩れたと言う。

 この話の最も重要部分となるその人ならざる者の正体、それは先の閻魔闘技場でヘラクレスさんが戦っていたあのラグナレクであった――。

 リューティス王国と比べてまだ終焉の影響が少ないローロマロ王国ではノーバディやラグナレクの情報が乏しく、ウェスパシア様達も正体が分からず終いだったらしい。

 更に話を聞くと、どうやらジニ王国に出現した人ならざる者……ラグナレクは、事もあろうかある日突然、魔人達を率いてこのローロマロ王国に攻め込んできたと言う。

 ジニ王国に現れたラグナレクはヘラクレスさんが戦ったラグナレクとは見た目が異なる個体であったみたいだが、ヘラクレスさん率いる親衛隊が魔人達を追い返し、更にはそのラグナレクを見事に倒したとの事。しかし後日、倒した筈のジニ王国でラグナレクが復活したと、ローロマロ王国の偵察部隊から情報が入ったそうだ。

 しかも復活したラグナレクは前回よりも一回り小さくなっていたにも関わらず、魔力が大幅に上昇していたらしい。俺達がフィンスターで戦ったあのラグナレクと同じパターンだ。確実に核を仕留めなければ奴は再生して復活する。そしてそれは恐らく、前よりもパワーアップして。

 ウェスパシア様の予知夢ではこのラグナレクによってローロマロ王国が壊滅的なダメージを負うとの事だ――。

 だが、ここで俺達にはある1つの疑問が浮かぶ。それは“予知夢で見た事は絶対に起こる”というイヴとウェスパシア様の言葉だ。俺はてっきりこのラグナレクを倒すのがイヴなのかと思ったが、どうやら解釈が違うらしい。正確に言うと、予知夢が絶対に起こるという事に変わりはないのだがごく稀に、その“予知夢を変える予知夢”を見る事があるそうだ。

 話がややこしくなってきたが、つまりはその最悪な予知夢を唯一覆す事が出来るのがイヴであり、ジニ王国にいるラグナレクを倒す事で全てが解決されるという事だ。

「ヒッヒッヒッヒッ。これは面白いねぇ――」

 話を聞いたイヴは突如笑い出し、このイヴの笑いから数時間後、ローロマロ王国を出発した俺達は、怒涛の特訓を盛り込みながら3日間も掛けて遂にジニ王国へと辿り着いたのだった。











 何故こうなった――??

**

~ジニ王国~

「準備はいいか? ジニ王国に入るぞ――」
「いや……少し休ませてくれ……」
「あの程度で動けなくなるとは情けないねぇホントに」
「じゃあ先に私が行って様子を見て来るわ。ジニ王国に“異変”が起きているなら尚更その方がいいわ。グリム達はその間に少しでも休んでいて」
「ありがとう……ハクちゃん」
「やれやれ。アンタは甘いねぇシシガミ」

 そんな会話が終えると、ハクは現状を確認するべくジニ王国へ偵察に入った。

「今の内にしっかり体力戻しな。恐らく平和に事は進まない。何時でもやり合える準備をしておくんだねぇ。ヒッヒッヒッ」

 こんな状況でも笑っているイヴ。

 だが俺達は到底そんな気分ではない。

 思い返せば3日前、ウェスパシア様の予知夢の話を聞いてから今に至るまで、それはもう怒涛の日々でほぼ記憶がない――。

 何してたんだっけ……?

 俺は今、搾り取られた体力を必死に回復させながらこの3日間の事を思い返していた。

 確かにウェスパシア様の予知夢の話を聞いた事は覚えている。始まりはジニ王国に現れたというラグナレクが魔人達を率いてローロマロ王国を襲った事。そして、その時まだラグナレクの存在を認知していなかったヘラクレスさん達はラグナレクを倒したと思っていたが、恐らく倒されたラグナレクは核が破壊されなかった為に復活してしまったんだ。

 それから数日経ち、ヘラクレスさん達にラグナレクが更にパワーアップして復活したという情報が入り、同時にウェスパシア様は予知夢でこのラグナレクがローロマロ王国を壊滅させてしまうという事を知った。

 予知夢で見た事は絶対に起こる――。

 だが、ウェスパシア様のその長い人生でも予知夢はこれまでに何十回と見てきたそうだが、“予知夢を変える予知夢”というものはたった2回しか見た事が無いらしい。どういう運命の巡り合わせだろうか。その1回目がイヴと出会った時であり、2回目がまさに今回との事。またしてもイヴが出てきたと嬉しそうにウェスパシア様が言っていた。

 そして結論、ジニ王国にいるラグナレクを倒さなければならないと分かった俺達は何故か不敵に笑い出すイヴと共にローロマロ王国を出発したんだ。

 しかし、ここからが壮絶だった。

 ローロマロ王国からジニ王国までの距離は徒歩で約3日。馬ならもっと早いし、イヴの転移魔法なら一瞬だった。だけどここからイヴが不敵に微笑んでいた理由が解明されていく――。

 話を振り出しに戻すと俺達はそもそもエネルギーの流れの特訓をしていた。ジニ王国のラグナレクも倒さなければいけないが、何より俺達の最終目的は深淵神アビスを倒す事。その為に今より強くなる必要があった。今回のウェスパシア様の予知夢は俺達にとって予想外の事態となったが、どの道特訓は続いていただろう。

 イヴが何処まで考えて発言したのかは定かではないが、予知夢を覆せないと分かっていたイヴはそれすらも利用したのだ。転移魔法なら一瞬で行けるにも関わらず、引き続き俺達へ特別指導を施す為にわざわざ3日も掛かる徒歩でジニ王国に向かうと言い出した。

 そしてこの3日間の道中が地獄だった。

 ジニ王国にラグナレクを倒しに行く為に最初はヘラクレスさん率いる親衛隊も同行しようと話していたのだが、どうやらラグナレクが現れた頃から魔人族の様子が可笑しいとの噂も入っていたらしく、実態を探る為にも最低限の少人数でジニ王国に向かおうとなった。メンバーは俺達に加えてヘラクレスさんのみの計6人で決定したんだ。

 ここからが地獄の始まり。
 道中はイヴが言った通り、ひたすら移動とエネルギーの特訓を朝から晩まで繰り返した。それはもう馬鹿みたいに。このエネルギーの流れと言うのはシンプルながら奥が深く、まともに使える様になったかと思えば更なる課題をイヴとハクが俺達に投げてきた。そして俺達はがむしゃらにそれをこなす。その繰り返しをずっと行っていた。

 俺はこの特別指導の最中、度々思った事がある。

 多分この特訓……俺が辺境の森で過ごした8年よりもキツイんじゃないかって――。

 でもそんな思いに浸っている暇もなかったから、俺とエミリアとフーリンはただひすらにイヴとハクの特別指導を乗り越えた。ただ、唯一大誤算だったのがヘラクレスさんの存在だった。

 彼はローロマロ王国が誇る親衛隊の隊長。ローロマロ王国は俺達が特訓しているエネルギーという力を使う言わばスペシャリスト集団でもある。戦士とも呼ばれる彼らはエネルギーの事を“気”と一般的に呼んでいるらしく、当たり前の如くこの気のコントロールに長けていた。

 親衛隊の実力はリューティス王国の騎士魔法団と同等レベルの実力を持っているそうで、親衛隊の幹部クラスは団長レベル、更に副隊長やヘラクレスさんは七聖天レベルであるとイヴとハクが口を揃えて言っていた。だから確かだろう。実際にヘラクレスさんはかなりの強かった。それが俺の大誤算でもあったけどな。

 貴方のせいで……いや、言葉を間違えた。ヘラクレスさんのお陰もあって特別指導はよりキツい……じゃなくて刺激的で価値のあるものとなったんだ。本当にそう思ってる。確かに思い出したくもない事も多いが、結果的に俺達は見違える程に強くなっている。多分な。早く実力を試したいところだ。

 ここで一旦特訓の件は置いといて、俺はこの道中で気になる出来事が1つあった――。

 それは兼ねてから小耳に挟んでいた“魔人族の異変”の事。これは俺だけでなく皆が気になっている事。ハクが今しがた偵察に行ったのもこれが理由だ。事の発端は昨日、もうジニ王国の傍まで来ていた俺達の元に3人の魔人族がやって来た事が始まり。現れたその魔人族の奴らは何を思ったか、突如俺達に襲い掛かって来た。

 今思い返しても本当に突然で驚いた。仕方なく相手したけれど、魔人族の奴らはまるで“自我を失った”様に話も聞かず暴れていた。ローロマロ王国とジニ王国は度々小競り合いをしている関係でもあったが、通常ならこんな事は有り得ないとヘラクレスさんが言っていた。明らかに彼らの様子が可笑しいと。それは俺達も一目で分かった。

 ジニ王国で何が起こっているのだろうか。

 率直に疑問に思った俺達は、遂にジニ王国へと入ろうとしていたのだが、まぁ直ぐには動けない。この有り様だからな。

 イヴの特訓は本当に容赦がない。それにハクも結構スパルタだった。それにヘラクレスさんも結構スパルタ。加えてローロマロ王国は、当時10歳だったウェスパシア様の初めての予知夢によってイヴに前回にも1度ローロマロ王国を救ってもらっていたらしい。だからこの王国はその時はからずっとイヴを崇拝しているんだとか。

 その話を聞いて俺は納得した。
 自分が崇拝している神に「協力してくれ」と頼まれれば、そりゃ嬉しくてやる気にもなるよな。ある意味洗脳……いや、また言葉を間違えるところだったが、イヴに頼まれ使命感に燃えたヘラクレスさんは鬼の様な指導を俺達に施してくれた。

 いやいや、本当に有り難いよ。

 お陰で俺達は強くなった。なっている筈。ううん、なっていなきゃ可笑しいし割に合わないだろ。

 待ってろラグナレク。今度こそ確実に仕留めてやるからな――。

「おーい、皆こっちに来て!」

 必死で呼吸を整え体力を回復していると、偵察に行っていたハクが俺達を呼んだのだった――。
「あそこを見て――」

 ハクに呼ばれ、俺達は遂にジニ王国へと入った。ハクは俺達が来るなり険しい顔である方向を指を差した。その先には数人の魔人族。更にその魔人族達は何処か様子が可笑しそうだった。

「“やっぱり”遅かった。ジニ王国中の魔人族達が皆自我を失った様に俳諧しているわイヴ」
「やはりか。昨日襲って来た奴らを見た時にまさかとは思ったがねぇ」

 魔人族を見ながら意味深なやり取りをするハクとイヴの会話が耳に入った。

「どういう事だよハク。やっぱりって、こうなっているのを知ってたのか?」
「ううん。昨日私達に襲い掛かってきた魔人族達がいたでしょ? あの魔人族達の様子は明らかに可笑しかった。それに何より、彼らから“深淵神アビスの魔力”を僅かに感じられたの」
「「……!?」」

 まさかの言葉に俺達は思わず驚く。
 深淵神アビスという名前は幾度となく聞いていたが、実際に奴を見た事もなければ直に感じた事もないから、奴の存在にまるで実感がなかった。しかしここにきて初めてそれを体感出来るのかもしれない。

「何で魔人族の奴らから深淵神アビスの魔力が感じられるんだよ」
「それはまだ定かじゃない。だがラグナレク自体が奴の影響さ。最早この世界に何が起ころうと何の不思議もないのさ」
「そんな……」
「遅かれ早かれ倒さなくてはならん相手。丁度強くなった自分の力を試したいと思っていたところだ。手合わせする為に早く探し出そう」

 深淵神アビスという現実味が急に帯びてきた。皆思う事それぞれだが、フーリンはやはり少し違う。

「お前何時もちょっとズレてるぞフーリン。まぁ今更だけどな。それよりも、先ずどう動くつもりだハク。まさか魔人族も全員相手にする訳じゃないだろうな」
「流石にそこまでは出来ないわね。それに無理に魔人族と戦う必要もない。ここにいるラグナレクを倒せば、恐らく魔人達への影響も無くなるッ……「いや、それはないねぇ」

 ハクが話していると、突如イヴが遮った。

「さっきまではまだ曖昧だったが、今直に奴らの魔力を感知して分かった。魔人族共の魔力は確かにアビスのもの。正確に言えば、ここにいる“ラグナレクの魔力”だねぇ」
「ん、つまりどういう事?」
「思い描いていた中で最も“最悪の状況”さ。魔人族達は既に壊滅している。アレはラグナレクが魔力によって操っている、魔人族の見た目をした人形ってとこだねぇ。思った以上に厄介だよ……。アビスの力が確実に増してきている」

 イヴのその言葉によって、一斉に俺達の体に緊張が走った。

「壊滅しているって、じゃあ目の前にいる魔人族は……」
「だから言っているだろう。アレは魔人族の皮を被ったラグナレクの仕業。ここにいるラグナレクがジニ王国の獣人族を殺して体を乗っ取り操っているのさ」

 おいおい、何だその恐ろしい話は。ラグナレクにはまだそんな力があるのか……?

「ねぇ、グリム。確かフィンスターで戦ったあの第5形態のラグナレクって、ドミナトルの攻撃で復活した後に“喋った”わよね?」
「ああ……確かに喋ったな。俺達人間は敵だとかなんとか」
「これは私の憶測だけど、多分ラグナレク達は進化する程人間みたいに言葉や知力を得るんじゃないかしら。更に魔力も強くなって。
そう考えればこのジニ王国の惨状も頷ける。ここにいるラグナレクが自らの意志で動いているのよ」

 ハクの話を聞いた瞬間、俺は心から“憶測”であってほしいと思った。だってもし今の憶測が現実に起きているとしたら、ここにいるラグナレクは一体どれだけ強い個体だと言うんだ。下手したらフィンスターの第5形態と同じか、それ以上に洗練された個体という事になる。

 あんな化け物が知力や自我を持って自ら動いたとなれば、これほど恐ろしい事はないぞ。

『ヴオォォッ!』
「「……!?」」

 次の瞬間、俺達を見つけた魔人族2体が一切の躊躇なく襲い掛かって来た。

 ――ガキィン!
 突然の魔人族の攻撃に対し、咄嗟に俺とヘラクレスさんは剣で攻撃を受け止めた。だが今の物音で近くにいた他の魔人族の奴らにも気付かれてしまった。俺達を見つけた奴らは次々とこちらに向かって走ってきている。

「気付かれてしまったな。イヴ様、コイツらを元に戻す方法はあるのでしょうか」
「ない。もう死んでいるんだよ。しっかり葬ってやるのが唯一の救いかもねぇ」
「くッ! マジかよ!」
『ヴガァァァ!』

 確かに目の前のこの魔人族達はとても正気とは思えない。それによく見ればどいつもこいつも怪我して大量の血を流している。イヴが言った様に、コイツらはもう本当に死んでいるんだ……。その上で亡骸をラグナレクに操られている。

 胸糞悪いぜ。

「お前に恨みはないけど、せめて安らかに眠ってくれ」

 ――ザシュン!
 俺は受け止めていた攻撃を払いそのまま目の前にいた魔人族1体を
斬ると、奴はそのまま地面に倒れ込んでしまった。だが全く安心は出来ない。俺達に気付いた他の魔人族達が既に四方からこちらに近付いて来ていた。

「こんなの全部相手にしてる暇ないぞ。早くここから逃げッ……『――ヴヴゥゥ』
「「……!?」」

 俺が皆まで言いかけた刹那、倒した筈の魔人族が再び立ち上がってきた。

「いや、ちょっと待て! コイツらもしかして」
「ヒッヒッヒッ、こりゃ倒しても無駄だったねぇ」
「皆あっちだ! 向こうの道なら魔人達がいないぞ!」

 ヘラクレスさんの機転の利いた誘導で、俺達は即座にその場から走って立ち去った。魔人族に見つからない様隠れながら走ってはみたものの、辺りを見回せばそこかしこに魔人、魔人、魔人。

「こりゃ次見つかったら瞬く間に囲まれるな」
「まさかジニ王国がこんな状態だったとは……」
「グリム、彼らが倒せないと分かった以上、もうラグナレク本体を叩くしかないと思う」
「ああ、俺もそのつもりだ。どの道それが目的だし」
「今度のラグナレクはどれ程の強者か楽しみだな」

 ラグナレク本体を叩くと決めた俺達は、明らかにこのジニ王国で1番異質で強力な魔力を発している王国の中心街に向かう事にした。ラグナレクがいるならばそこしかないだろう。そう断定出来るぐらい強力な魔力だ。

「よし、なるべく魔人達に気付かれない様にしつつ、一気にラグナレクの元へ向かおう」

 俺達は互いに顔を合わせて頷き、ラグナレクがいる中心街を目指して動き出した。

 だが次の瞬間――。


「お待ちなさい、そこの少年達」


 俺達が動き出したとほぼ同時、突如誰かの声が響いた。俺は一瞬仲間の誰が声を発したのかと思ったが違う。声が聞こえた方を振り返った瞬間、その考えは既に掻き消されていた。

「ホッホッホッ。どうもお初にお目にかかります。邪神御一行様」
「何を挨拶なんてしているんだローゼン神父。さっさと終わらせるぞ」

 振り返った俺達の視線の先。
 そこには面識のない2人の男の姿があった。

 1人は神父の様な装いに白い髭を蓄え手に大きな杖を持った穏やかそうな老人。もう1人は長い髪を束ね、武闘家の様な装いをしている隙を感じさせない男。

 2人共顔も名前も全く記憶ない。

 だが、俺はこの2人が只者ではない事だけを瞬時に感じ取っていた――。
♢♦♢

~ローロマロ王国~

 グリム達がジニ王国でローゼン神父とカルと出会う3日前――。

「中には入れないのか?」
「いやはや、それはかなり厳しいですな。何せ邪神イヴの魔力感知は精度と範囲が異常ですよ。今は私の魔法で全てを遮断をする異空間に身を隠していますが、これ以上近づくと確実にバレてしまうでしょうな」

 ローゼン神父とカルの2人は、あれから荒地を後にしたグリム達を追っていた。勿論気付かれない様に。

 ローゼン神父の上級魔法で特殊な異空間に身を隠してグリム達を追っている2人であったが、イヴの驚異的な魔力感知を前に流石のローゼン神父もこれ以上は踏み込めないと察知していたのだった。それに加えてここはローロマロ王国の国王がいる城。親衛隊の警備が厳重の為、下手に動くのは得策ではなかった。

 仕方がないと状況を呑み込んだ2人は、それからグリム達がウェスパシア様と話し終えて城に出て来るまで、静かに身を潜めて待っていたのだった。

 そして……。

「来たか――」

 グリム達を待つ事1時間弱。
 再び姿を現したグリム達は城を出るなり、そのままの足でローロマロ王国を後にして行く。そんなグリム達を見たローゼン神父とカルは直ぐに彼らを追い、邪神の目的を探るべく後を付けた。

「多分あの城にいたのはこの国の国王だろ? こうなってくるとやはり国絡みで邪神と繋がりがあるのか」
「分かりませんがその線は一気に濃厚になってきましたね。邪神の力ならば国1つぐらい洗脳するのは容易いでしょうからな」

 グリム達の動きにより一層不信感を抱くローゼン神父とカル。

 しかし、ローロマロ王国を出た後のグリム達の行動に、2人は思いがけない戸惑いを受けるのだった――。

**

~ジニ王国の直ぐ側・道中~

「ハァ……ハァ……! なぁ、また特訓が厳しくなっていないか?」
「グリムもフーリンもほぼエネルギーの流れを会得したわね。後は呼吸をするぐらい自然に扱えれば完璧よ」
「正直グリム君達には驚かされている。こうも早く“気”のコントロールを会得するとはね」
「ヘラクレスさんのお陰ですよ。まだ安定はしていないけどかなり手応えは感じてます。ありがとうございます」
「こら! だから何度も言わせるんじゃないよ! 口より手! 体を動かしな馬鹿者──」

 グリム達がローロマロ王国を出発してからというもの、ローゼン神父とカルは己が抱いていたイメージとはかけ離れた邪神達の行動に戸惑いを隠せずにいた。

「今日でもう“3日目”か」
「いやはや、邪神と言うのは考えがまるで読めませんな」

 グリム達を尾行する事早3日。
 ローゼン神父とカルはグリム達の行動にいまいち確信が掴めず戸惑いが生じている。

「その前に、そもそもアイツら何処に向かっているんだ? 邪神が何かあの子らに特訓しているのは分かるが、確実に移動もしてるな」
「確か直ぐそこにジニ王国とか言う国がありましたな。もしかするとそこが次の行き先かもしれませんよ」
「ジニ王国……あそこは魔人族の国だったな。何故そんなところに」
「相手は邪神、もしや魔人族まで洗脳して仲間にしているのかもしれませんよカルさん」
「成程な。でも昨日魔人族っぽいのが奴らに襲い掛かっていなかったか?」
「そう言われてみればそうですな。アレは何だったのでしょう。ホッホッホッ」

 笑いながらそう口にしたローゼン神父。カルもグリム達が魔人族と繋がっている可能性があると確かに思ったが、そんな彼には同時に“ある光景”がフラッシュバックしていた――。

**

<“終焉を退けるのは私達七聖天ではありません……。この終焉の手から世界を救うのは……他でもない、彼らなのです――”>

**

 カルの脳裏にフラッシュバックした何時しかの光景。
 それは鉄格子の奥で鎖に繋がれていたユリマ・サーゲノムの姿であった。

 彼女は事もあろうか邪神の陰謀を担いでいた王国の反逆者として罪人扱いされ、デバレージョ町を訪れたヴィル達によって身柄を拘束された。カルがユリマを見た時には既に彼女は城の1番厳重な地下牢に閉じ込めらた後。傷だらけで魔力もほぼ感じない。抵抗する気力も体力も残っていなければ、意識すら朦朧としている様子だった。

 国王は見せしめと言わんばかりに他の七聖天や団長達に捉えたユリマの姿を晒し、引き続きグリム達を仕留めるよう鼓舞をした。国王の言葉に反応した多くの団長達は士気が高まり勢いよく声を上げると、一瞬にして場が湧くのだった。

 しかし場が湧くその中で、僅かに意識を取り戻したユリマ・サーゲノムが静かにそう呟いた。

 檻の直ぐ近くにいた国王とカルを含めた七聖天達は確かにユリマの言葉が聞こえていたが、誰も彼女の言葉の真意を知る者などいなかった。

 ただ1人、国王を除いて――。

 この時はカルも当然ユリマの言葉など真剣に捉えていなかった。それはヴィルや他の七聖天も然り。彼女が捕まってから早くも数日が経過し、誰もがその瞬間の出来事などとうに忘れ去っていた。それ程までにユリマの一言を誰も気に止めていなかったのだ。

 だが、ここにきて何故かカルはその時の事を鮮明に思い出していた。

(終焉の手から世界を救う……。アイツらが……?)

 そんな事は有り得ない。真っ先にそう思ったカルであったが、この時から彼の中では何かが引っ掛かってしまった――。

「なぁローゼン神父、アンタこの間ユリマが言っていた事覚えているか?」
「ユリマさんが……? はて、何の事でしょう」
「そうか。ならいい。それより奴らを追うのももう止めにしよう。行動もまるで理解不能だ。後は奴らを仕留めて直接吐かせる他ない」
「ホッホッホッ、そうですな。早く邪神を仕留めて国王から褒美を貰わねば。いやはや私は余生が楽しみになってきましたよカルさん。
邪神達を確実に仕留めるとなればやはりタイミングが重要です。本当に奴らがジニ王国に向かっているとするならば、魔人族まで味方にされては相当厳しい戦況になりますよ」
「ああ。一先ず奴らがこのままジニ王国とやらに行くまでは待とう。もし王国を通り過ぎるのならそこで始末。魔人族と接触しようものならその瞬間始末だ。
ローゼン神父の言う通り、邪神2体とあのヘラクレスとかいう奴を同時に相手するのはそこそこ難しいだろう。そこに更に魔人族まで加わったらかなり不利だ」

 遂にグリム達を仕留める算段を練ったローゼン神父とカルは、来るべきタイミングが訪れるまで再び身を潜めるのだった。

(国王は邪神が全ての元凶だと言っていた……。だが実際目の当たりにした奴らの行動は不可解。
俺のこの妙な胸騒ぎも払拭する為にも、最後は直接奴らに真意を問う他ないだろう――)
 
**

~ジニ王国~

「お前達は――」

 突如俺達の前に姿を現した2人の男。戸惑いを見せる俺達を見て、彼らは更に会話を進めた。

「いやはや、近くで見ると思っていた以上に若いですな。それに邪神の魔力も凄まじい」
「おい邪神共、早くこの終焉とやらを止めろ。大人しく捕まるなら手荒な事はしないと約束しよう」

 現れた男達の言葉を聞き、俺達は瞬時にこの2人が騎士魔法団であると悟った。それも2人共かなりの実力者。間違いなく団長クラス。

 いや、もしかすると。

 俺がそう疑問を抱い次の瞬間、その疑問をエミリアが氷解した。

「貴方達は確か七聖天の……」
「ホッホッホッ、よくご存じですなお嬢さん。如何にも、私達はリューティス王国の七聖天のメンバー。名をローゼンと申します。こちらはカルさん。以後お見知りおきを」

 七聖天。
 ヴィルの仲間の奴らか。
 突如現れた七聖天の奴らによって、一瞬にして場に緊張にが生まれていた。

「七聖天って事は、目的は当然俺達か」
「これからラグナレクを倒さなきゃいけないのに」
「そこの2人、かなりの強者と見た。是非俺と手合わせ願おうか」
「ダメよフーリン。ラグナレクと戦うまで無駄な争いは避けなくちゃ……とは言っても、とても穏便に済む空気じゃなさそうね」

 七聖天の2人はまだ構えていない。
 しかし、俺達と対峙する奴らは次の瞬間にでも襲い掛かって来そうな雰囲気も醸し出していた。

「やはり意図が分からんな。そっちの女は確か騎士魔法団に所属していた者だろう。何故邪神と共に行動している。何が目的だ?」

 カルと呼ばれていた武闘家の様な男が俺達にそう言ってきた。

 成程、どうやらこの男はエミリアが団員として王都にいた事をしっている様だな。だとすれば何故俺達がハクやイヴと一緒に行動しているのか疑問に思うのも頷ける。それにしてもこの間のラドット渓谷で戦ったアックスやデイアナと言い、揃いも揃ってハク達を邪神なんて呼びやがって。完全に国王に騙されているな。

「国王からどう話を聞かされているのか知らないが、ハク達は邪神でもなければこの終焉とも関係ない。俺達は他にやる事があるんだから邪魔するなよ」
「俺達の邪魔をしているのはお前らだろう。自分達が無実だと言うならば、尚更抵抗せず一緒に来てもらおう。洗い浚い全てを話せばそれで済む事だ。
終焉の原因、邪神の存在、お前達の目的。それにリューティス王国を裏切って地下牢にいる“反逆者ユリマ”との関係性も全てな――」

 俺とエミリアとフーリンとハクは、カルと言う男が口にしたその名前に一斉に体の全細胞が反応した。

「ユリマが反逆者……?」
「地下牢にいるってどういう事なの!?」

 困惑を隠せなかった俺達に、カルは眉をピクリと動かしながら口を開いた。

「何だ、知らないのかお前達」
「ホッホッホッ、これはまた滑稽な話ですな。ユリマさんは邪神達を匿って反逆の罪を着せられたというのに、その本人達がその事を知らないとはどういう状況でしょう。仲間ではないのですか? いやはや何処までも理解に苦しみますな」

 ローゼン神父とカルの言葉で、俺は不意にデバレージョ町を出た日の事を思い出していた。

 確かあの日、ユリマは用があるとかで俺達の見送りに来られないと町の人から聞いた。ユリマと会ったのはその前日が最後。何時ユリマは反逆の罪で囚われてしまったんだ? 

 いや、ちょっと待て。

 そういえばユリマは俺達がデバレージョ町に滞在していた間も何度も何処かへ出かけていた。アレはもしかして……。

「おい! お前らがユリマを捉えたのか!」
「どうした、急に声を荒げて。まさか仲間に手を出されて怒ってるとでも言うのか邪神共」
「反応から汲み取るに、どうやらユリマさんがこの邪神達と何らかの繋がりがある事は確実な様ですな」
「耳が遠いのかよオッサン達。俺はお前らがユリマに手を出したかどうか聞いているんだ――」
「「……!」」

 体の奥底から込み上げてくる感情が、無意識に凄まじい波動へと変化して俺の体から溢れ出す。俺の波動を見たローゼン神父とカルは一瞬にして目つきが変わり、反射的に戦闘態勢を取っていた。

 くそ。俺は何処まで馬鹿なんだ。

 世界の未来を全てを知っていたとはいえ、ユリマは間違いなくリューティス王国に仕える最強の七聖天の1人でもあった。七聖天や騎士魔法団は国王や国の為に動く事が何よりも最優先される。例えそれが世界を救う為の行動であったとしても、七聖天という立場でユリマが1人であれだけ裏で動いていたのは相当な労力を費やしていたに違いない。

 誰にもバレないよう姿を変えて団長を務め、特殊な結界で覆ったデバレージョ町も管理していた。ユリマは常に危険を伴いながら行動していたんだ。

 もしユリマがデバレージョ町で度々席を外していた理由が俺達を匿う為だったら? 

 もしユリマが囚われてしまったのが俺達のせいだったとしたら?

 嫌な憶測だけが頭を駆け巡る。
 だがこの憶測は正しいものだと、俺の直感がこれでもかと訴えかけていた。

 そう考えれば全ての辻褄が合う。
 あの時は自分の体を回復させる事や、ハクや未来の真実の話ばかりに気を取られていた。気のせいかと思っていたが、あの時のユリマは姿を現す度に“違和感”があった気がする。何かを隠している様な、何処か疲労している様な何とも言えない感じ。

 アレが確実に俺達を“何か”から守ってくれていたと今確信出来た――。

「さあ、どうかな。仮に俺達がユリマを捉えたからと言って何だ。奴は七聖天でもあるにも関わらず、特殊な結界で町ごとお前達を匿っていた。それも全ての元凶である邪神をな。
お前達とユリマのせいでどれ程の被害が生まれていると思っているんだ。奴が反逆者として裁きを受けるのは当然の事。寧ろまだ生かされているのが可笑しいぐらいだッ……!」

 カルが鼻で笑いながらそう言い終えると同時、腰から双剣を抜いた俺はカル目掛けて剣を振り下ろしていた。

 ――ガキィィン!
「だから無駄話が長いんだよ。俺の質問は“はい”か“いいえ”で済むだろ」
「そもそも答える義理はない」

 振り下ろした俺の剣はカルの身に着けていた“籠手”によって受け止められ、カルはそのまま俺の剣を振り払いながら強烈な蹴りを放ってきた。カルの蹴りをバックステップで何とか躱した俺は一旦奴と距離を取る。

「グリム大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。それよりも」
「うん。ユリマが心配。あれから何も接触がないから気にはなっていたけど……」
「まさか反逆者として捕まっているとはな。地下牢は確か重罪人が入れられる城の地下にある牢だ」

 奴らの言う事が確かならユリマは本当に地下牢に幽閉されている。直ぐにでも助け出したいが、如何せん王都の城なんて最も警備が厳重な場所。無暗に突っ込む訳にもいかない。今直ぐにはどうする事も出来ない状況に焦りと苛立ちを込み上げていると、場にイヴの不敵な笑い声が響いたのだった。

「ヒッヒッヒッヒッ。そのユリマとらがシシガミの言っていた未来を視た人間か。彼女の存在はアビスにとってもイレギュラーな存在。私ら3神柱を陰ながらに支えていた立役者と言っても過言ではないねぇ。
まだ生きているなら大儲け。いや、彼女ならば自分がまだ“死なない事まで知った”上での最善の行動を取ったとも言えよう。

丁度いい。
グリム、エミリア、フーリン。コイツらなら特訓の成果を試すこれ以上ない人形だ。好きに壊してやりな! ヒッーヒッヒッヒッ――!」
 不気味に轟くイヴの笑い声。
 その笑い声もそうだが、口にした言葉がまた何とも物騒だ。この口の悪さと汚さだけ取ればある意味邪神と呼ぶのがしっくりくるのだろうか……。そんなどうでもいい事が頭を過っていたが、場は変わらず緊迫している。

 そして、次のイヴの更なる一言で状況が大きく動いた。

「向こうがユリマとやらを捉えているならこっちも“フェア”にいこうかねぇ。目の前2人を人質に取って堂々と正面から国王を引きずり出してやろう。ヒッヒッヒッ」

 どこがフェアなのか分からない。

 冗談っぽく言い放ったイヴであったが、その空気はとても冗談とは思えない。それを即座に感じ取ったローゼン神父とカルは、遂にそれぞれ波動と魔力を練り上げ本気の戦闘態勢を取ってみせた。

「流石は邪神。ここまで潔いと逆に清々しいですな」
「やはり初めからこうするべきだった」

 ローゼン神父からは魔力。カルからは波動。両者から感じる力は相当なもの。七聖天は1人1人がこのレベルなのか。

「楽しみにしていた強者と手合わせ。しかしこっちは3人。誰が手を引く? 無論俺は断るがな」

 そう言ってフーリンは1歩前に出ると、待ってましたと言わんばかりに波動を練り上げた。そして自然と手前にいたローゼン神父と対峙する形となる。

「今聞いた意味あったのか……? 相変わらずマイペースだなフーリンは」
「私はユリマを早く助けてあげたい。もうグリムとフーリンに頼ってばかりじゃなくて自分の力で。イヴとの特訓の成果を見せなくちゃ」

 エミリアもユリマが捕まったと聞いて珍しく怒っている。まぁ無理もない。俺達は感謝してもし切れないぐらいユリマに世話になっているからな。エミリアはイヴとの特訓で実力も然ることながら、少なからず自信も生まれた様だ。

「そうだな。ユリマがそんな状況と知った以上、コイツらもラグナレクもさっさと片付けてユリマを助けに行こう」

 俺が再びカルと向き合うと、カルも一切目を逸らさずこちらに鋭い視線を飛ばしてきていた。

「いやはや驚きましたな。これも邪神の影響か存じませんが、この子達からも思った以上の実力を伺えますよ。
ホッホッホッホッ、アックスさんとデイアナさんがやられたのも頷けます」

 次の瞬間、ローゼン神父と対峙するフーリンの後方に、突如もう1人のローゼン神父が現れた。

「「――!?」」
「王2級魔法、“ドッペルゲンガー”」

ローゼン神父はそのおっとりとした口調とは対照的に、一般的な魔法使いとはまるで比べものにならない速さと質で王2級魔法を繰り出していた。

 彼は自身と瓜二つの“水”分身をフーリンの背後に出現させるや否や、既に水分身は手にするその大きな杖に輝かしい光を纏わせ攻撃魔法を繰り出してきた。まるで自ら意志を持っているかの様な水分身は、水で造形された体が杖の光に反射し、その体を煌めかせながら大きな杖を振るったのだった。

『王2級魔法、“アクア・ガンショット”』

 ――ズババババババ!
「くッ!」

 水分身から勢いよく放たれた無数の水弾。
 攻撃に瞬時に反応したフーリンは素早く身を動かし、間一髪のところで水弾を躱した。空を切った水弾がそのまま地面を捉えると、地面はその水弾の威力で抉られてしまっていた。

「流石は七聖天、かなりの強者だ」
『ホッホッホッ。よく私の攻撃を躱しましたね。貴方も王国で噂されていた呪われた世代とやらの1人でしょうか』
「ほお。分身のくせにまるで本当に生きている様だな」

 フーリンの言う通り、ローゼン神父の出した水分身は見た目が水で造形されたという以外本物のローゼン神父と変わらない。口調や纏う雰囲気、感じる魔力までも。

「凄い。分身魔法は扱いが難しい上級魔法。しかもあれだけ実態に近い“質”で分身を繰り出しているなんて……」
「ヒッヒッヒッ。一応七聖天という肩書きを持っているだけあるねぇ。まぁ私からすればお遊びみたいなものだが」
『ホッホッホッ。渦中の邪神に褒められるとは、分身人生でも最初で最後でしょうな』

 エミリアとイヴの反応から、相手のローゼン神父がやはり実力者である事が伺えた。魔法は詳しくないが、もしあの分身が実体とほぼ変わらないと言うならシンプルに七聖天が1人増えたという事になる。人数的にはまだこちらに分があるけど、仮にローゼン神父がまだ分身を出せたとしたらかなり厄介だ。

「これで3対3ですな。正直、そちらの邪神と戦士にも加わわれると厄介でしたが、いやはや本当にこの子達だけが我々の相手をする様で」
「舐められたものだな」

 ローゼン神父は微塵の隙も見せる事無く静かに視線をハク達に移しながら言った。今戦闘態勢に入っているのは奴らと俺とエミリアとフーリンのみ。ハクとイヴとヘラクレスさんは全く戦いに参戦する気配を出していない。イヴは本当に特訓の成果を試す為に俺達だけに戦わせようとしている。だがローゼン神父とカルからすれば警戒するのは当然の事だった。

 今のローゼン神父の攻撃で構図が少し変化した。
 俺は変わらずカルと対峙。しかしさっきまでローゼン神父と向かい合っていたフーリンは今水分身と対峙しており、今度は横にいたエミリアがローゼン神父本体と向き合う形になっている。

 全員が自分と対峙している目の前の相手と目が合う。

 そして何が合図という訳もなく、俺達6人は皆が同じタイミングで動き出したのだった――。