もう人生を諦めたまさにその瞬間、俺の足に何かが当たった。
足元に転がっていたのは1本の剣。ほとんど錆びていたが形は確かに剣だ。
「今更見つかっても遅いよ。もう剣1本でどうこう出来る状況じゃ……!」
何気なく剣を拾おうとした瞬間、俺の視界に異様な光景が飛び込んできた。
「なんだあれは」
視界に飛び込んできたもの。それは優に数百という数を超えているであろう人の骨だった――。
無造作に積まれた骨の山は4、5mはあるだろうか。それが人の骨だと直ぐに分ったのは、その骨が生きていた頃に身に着けていたであろう錆びた鎧やら剣やらがこれまた無造作に積まれていたからだ。骨と一緒に積み重なっていた光景を見て直感でそう思った。
錆ついて黒くなっていた事に加え、生い茂る雑草や木の根っこに隠れて気が付かなかったが、よく見るとここら辺一帯に剣、槍、杖、書、斧など様々武器が落ちていた。
「こんな所に何でッ……『『――グルルル!』』
おっとそうだ。こんな状況にも関わらず一瞬コイツらの存在を忘れていた。我ながら恐ろしい。向こうの骨程じゃないけど、俺もかなりの数のスカルウルフに狙われていたんだった。
「はぁ、俺があの骨の山に加わるのも直ぐだな」
――ザクッ!
俺は持っていた剣を地面に突き刺した。
もう死ぬからな。せめて自分の墓ぐらい自分で建てておこう。何かここ武器一杯落ちてるし、どうせならこの辺境の森で1番派手に建てててやる。どうにでもなれこんな世界。
――ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ!
長剣に槍に斧に杖、それから剣、剣、剣、剣……! 木の剣や錆びた剣に折れた槍。刺せる物は全部突き刺してやろう。
『『グルルル!』』
俺の奇怪な行動を見かねてかは分からないけど、遂に痺れを切らしたスカルウルフの群れが一斉に突撃してきた。
「これが最後かな」
先頭のスカルウルフが来るまでもう10秒もない。
右手には剣が1本。
左手でもう1本拾い、その2本を突き刺せば丁度群れに襲われるぐらいだろう。
全部で10本ぐらいは刺せたかな?
こんな場所だと考えれば十分派手で立派な墓になっただろう。よしよし。最後に不思議な達成感を感じた俺は、空いていた左手で最後の剣を拾った。
すると次の瞬間。
――ブワァァァンッ!
「なッ……!?」
『ギャウッ!』
剣を拾った次の瞬間。
突如眩い光が俺の視界一杯に広がった。
「うわッ、何だ!?」
眩い光によって、寸前の所まで迫っていたスカルウルフ達が一斉に退き俺から離れた。
右手には剣。左手にも剣。
光が生じた理由は勿論分からない。だけど、俺はこの時思った。
“スキルが覚醒”したと――。
やはり理由は分からない。
でも確かに体が、脳が、本能がそう訴えかけた気がする。それに一瞬であったが、この光り方は紛れもない覚醒時に起こる現象。
この覚醒をずっと待ちわびていたから分かる。実際に弟がスキル覚醒した瞬間もこの光が現れた。
何度も言うが理由は分からない。けれど何だろう? 両手に剣を持っているこの感覚が妙にしっくりきているのは……。
今まで1度としてこんな感覚を感じた事はない。
『片手剣』のスキルを与えられたあの日から全然覚醒が起こらなかった俺を見かねた父さんは、少しでも覚醒のきっかけになればと物凄い種類の剣を俺に使わせた。
今更だけど、俺は自分のスキルに対して子供心に何処か違和感を抱いていた。感覚的なものだからはっきりとは言えないが、どの剣を手にしても自分に合っていると思えなかったんだ。
勿論武器のせいにする訳じゃない。
抱いていたその小さな違和感も、日々の訓練の中で何時しか消えてしまっていた。覚醒しないのは自分の努力が足りないのだと。
でも今俺は、ある1つの“答え”に辿り着いていた。
これまた感覚や本能という話になる。だがその理屈では語れない自身の感覚が、俺の本能が、確かに“そう”だと訴えかけているんだ。
俺の本当のスキルは“片手剣ではない”。
『双剣』であると――。
「まさかね……。有り得ないでしょ」
『ガルル!』
突然発せられた光に面食らったスカルウルフ達であったが、その光は一瞬。危険はないと察知した1体のスカルウルフが再び飛び掛かってきた。
――シュバン。
無意識に剣を振るっていた俺は、自分でも疑うぐらい簡単にスカルウルフを斬り倒していた。
「気のせいじゃない……これは勝てるぞ」
スキル覚醒の期限は5年間。これに“例外”はない。女神から与えられた武器を手にした瞬間からそれは始まる。そしてそこから覚醒に至るまでは自ずと個人差が生じてくる。
覚醒が早い者、遅い者。
一概にもそうだとは言い切れないが、一般的にこのスキル覚醒は早ければ早い程自身とスキルの相性が合っており、覚醒の力も大きくなると言われている。実際に覚醒が早ければ早い者ほど騎士団や魔法団で団長になっている者が多い。
勿論、覚醒が遅い者でも早い者より強く、団長になっている様な者も大勢いる。だからスキル覚醒の早い遅いにあまり意味はない。昔からただ早い者の方がより強くなるという漠然としたイメージがあるだけだ。
ただし、覚醒者の中でもほんの僅か一握りの確率で、稀にスキルを与えられてから3日以内にスキル覚醒をする者がいると言う――。
何十年かに1度起こるか起こらないかの確率であり、3日以内の覚醒者は普通の覚醒者よりも遥かに実力が上をいく。そしてこれだけは曖昧な言い伝えなどではなく、はっきりと証明されている事。実際に俺の父さんがそうであった。
最強と謳われた剣聖。
当時5歳で洗礼の儀を受けた父さんは、その2日後にスキル覚醒したとの事だ。
「全てに見放されたと諦めたけど、神様だけは見ていてくれたのかな?」
辺境の森に飛ばされてから、俺は今初めてふと上を見上げた。
「空が全く見えないな。どうりでずっと薄暗い訳だ」
『グルルル』
「運が良いのか悪いのか。仮に目の前のスカルウルフを運良く倒せたとしても、もっと強いモンスターが出てきたらどうせ終わりだな。
ひょっとして神様は助けてくれたんじゃなくて、俺を使って暇つぶしでもしているのかもしれない」
『ガルルッ!』
――ズバァン!
再び飛び掛かってきたスカルウルフを俺は斬った。そしてそれが合図かの如く、全てのスカルウルフが一斉に突っ込んできた。
『『ガルルルッ!』』
「畜生。皆して俺を雑に扱いやがって……。急に腹が立ってきた。畜生……畜生畜生畜生畜生ちくしょぉぉぉッ!
前言撤回。こうなったら、何がなんでも生き延びてやるからな――!」
**
こうして、俺はこの辺境の森で必死に生き抜いた。
毎日の様に遭遇するモンスターを討伐し自ら調理。
調理と言ってもほぼ切り落として焼くだけだけど。そして自分の寝床も造り、見つけた川で飲み水確保兼水浴び。自分より強いモンスターと遭遇した時は殺されかけた。
その度に命からがら逃げ出しては、傷を癒やす為に日々集めていた薬草を使って自ら治療。
憎くもレオハート家での手厚い訓練体制のお陰で、剣術だけではなく魔法や薬草等の最低限の知識を得ていた。自分でも生きているのが奇跡だと思う。
どのモンスターが美味いか不味いか。
見た事もない木の実は食べれるか否か。
他にも使える薬草やモンスター除けは無いか。
辺境の森は何処まで続いているのか。
毎日魔物と戦い、傷つき、自己回復。ただひたすらそれを毎日繰り返す日々。毎日、毎日、毎日、毎日、毎日。
そして、そんな日々を過ごす事早“8年”――。
気が付けば、俺は剣を僅か一振りするだけであらゆるモンスターを切り滅ぼす“最強の双剣士”になっていた――。
♢♦♢
~辺境の森・最深部~
「だから止めとけって忠告したのに」
今しがた、俺はこの辺境の森の主を倒した。
「それにしてもデカいなぁ。よく今まで遭わなかったよ本当に」
横たわる大きな巨体。全身が毛で覆われており、体毛の間から垣間見られる屈強な筋肉がよりこの巨体を大きく見せていた。斬った胴体からは夥しい量の血が流れている。
辺境の森の住むモンスターの数や種類は数多。どれだけの数がいるかなんて正確な計測も出来ない程この森は大きく深い。人などほぼ立ち入る事の無い無法地帯。そんな森の世界のモンスター達には、完全なる弱肉強食という秩序が生まれていた。
そして、たった今俺が倒したこの馬鹿デカいゴリラの様なモンスターこそが、この辺境の森のキングだった。
「よし。いつも通り必要な部分だけ切り落として……っと。これでもちょっと多いけどしょうがない。取り敢えず“村”に運ぶとするか」
俺は倒したモンスターからお金になりそうな大きな牙と大量の毛皮だけを切り落とし、それをロープで束ねて背負った。
「こんな大きいの初めてかもな」
森の外にある村へ行くべく、俺は慣れた森道を小走りで駆ける。
「ん?」
暫く進んでいると、ある異変に気が付いた。動くのを止め一旦耳を澄ますと、遠くから幾つかの足音が聞こえてくる。
「似た響きの足音が4体、これはオークだな。もう1つ聞こえる小さな足音は何だ? まだ遭遇した事の無いモンスターかな?」
8年という歳月をこの辺境の森にて過ごしたお陰で、今ではある程度の距離ならば足音だけでモンスターを判断出来るようになっていた。だがそれは勿論出会った事のあるモンスターのみ。この5年間で大抵のモンスターには出会ったと思っていたが、この小さな足音は“初耳”だ。
ちょっと言葉の使い方が違うよな。
「取り敢えず行ってみよう。動き方的にオーク達から逃げてるみたいだ。何のモンスターだろう?」
俺は向かっていた村方向から少しばかり方角をかえ、オーク達の方へ走った。こんな大岩の様な荷物を背負いながら軽々背負えるのも、木々の上を小動物の様に飛び跳ねながら移動できるのも、この辺境の森という超過酷な環境で生き抜いた賜物だ。
軽くジャンプしただけで遥か真下に生い茂る木々が見える。
図らずも、過酷な環境によって結果スパルタ修行となった俺はこの8年で人間のそれを遥かに超越する身体能力を手に入れていた。
「お。やっぱりこの足音はオークだったか。それでもう1つの小さな足音のほうは」
軽快に進んできた俺はもうオーク達に追いついていた。木の上から様子を伺うと、そこには足音通りオークが4体と、やはり見た事の無い白銀の……犬? らしきモンスターがいた。
簡単に抱き上げられそうな程の小さな犬。オーク達と比べると尚更小さく見える。白銀の犬はオーク達に襲われたのか体中傷だらけで出血が酷かった。
まるで何時かの自分を見ているよう。
家にも王国にも見放されたあの日。スカルウルフの群れに追い詰められた俺は、全てがどうでもよくなり諦めて自分の墓造っていた。オーク達に追い詰められた白銀の犬の姿が、あの時の自分と重なる。
「ここは強い奴だけが生き残る弱肉強食の世界。弱い奴は殺られるしかないんだよ」
この森に来てから独り言が多くなった。そりゃ当然話し相手がいないからだ。無理もないだろう。でも、今のは独り言じゃないぞ。
俺は木から飛び降り、対峙する白銀の犬とオーク達の丁度ど真ん中に降り立った。
「「――!?」」
突然現れた俺に驚くオーク達。分厚い脂肪が体を覆い、手には棍棒を持っている。人間より二回り程の大きさだろうか。さっき山の様な森の主を見たせいでオークすら小さく見えてしまう。
とは言っても、人間の俺よりはかなり大きいんだけども。
『フンガッ!』
目の前に現れた俺に獲物を奪われるとでも思ったのか、1体のオークが攻撃しようと棍棒を振り上げながら突っ込んできた。
こちらも攻撃するべく腰の両脇に提げている剣に手を添える。
オークは振り上げた棍棒を勢いよく俺の顔面目掛けて振り下ろしてきたが、俺は必要最小限の動きで奴の棍棒を躱し、抜刀した1本の剣でそのだらしない脂肪まみれの体を両断した。
――シュバン。……パキン。
『プギャア!?』
胴体と下半身がぱっくり割れ、ベチャっと地面に流れ出る大量の血溜まりに胴体が崩れ落ちた。そしてそれとほぼ同時、奴を攻撃した俺の剣がパキンと壊れてしまった。
「あ、やべ」
抜刀した右手の剣が壊れ、まだ抜刀せずに握っている左手の剣は無事。だが、俺のスキル『双剣』は文字通り双方の剣が“揃っていない”と成り立たないのだ。
「ほら、来いよ。俺に斬られたい奴からな」
どんな時でも冷静に。強い奴が生き残るんだよここは。俺は折れている剣を奴らに向けながら言った。
『『……』』
オークは単細胞で知能が余り高くない。だけどこの森で生き抜く為の本能は察している。弱肉強食の世界。食えない敵と遭遇した場合はもう殺られるか逃げるかの道しかないのだ。
残った3体のオークは逃げる様にその場を去って行った。
「よしよし。流石のオークも状況を理解したか」
ぶっちゃけ微妙に危なかった。まさかここで剣が壊れるとは。やっぱランクの低い武器じゃ耐久性がないよな。他の双剣使い達もそうなのかは知らないけど、皆俺みたいにちょっと力を入れて振る度に折れるものなのか? それが双剣というものなのか?
俺はスキル覚醒をしたあの日から何百回と『双剣』を試して分かった事だけど、この双剣が覚醒した俺は“両方の手に剣を持っていないと”ダメ。しかも力を込め過ぎると折れてしまう。ランクが高い耐久性のある武器なら数回は持つけどね。
それに俺の双剣は文字通り“2本1対”でないと力が発揮出来ない。しっかり右と左。双方の手に剣を握っていないと俺は戦えないんだ。しかも使う2本の剣が“同じ剣”じゃないとこれがまたダメなんだよ。
まぁ不幸中の幸いがあるとすれば、双剣だから今みたいに1本折れても“剣の柄”さえ握っていればスキルの力は継続される。正直これはこのスキルの生命線だ。
……と、まぁ色々ややこしいだろ? このスキルは。
「って、話し相手がいないからって無意識に自問自答しちゃう俺はやっぱヤバいよな」
そんな事より。
オーク達が完全に消え去った為、俺は後ろを振り返った。
「大丈夫か?」
傷だらけの白銀の犬。綺麗な白銀の毛並みによって出血が酷く見える。実際にそこそこ酷いけどね。俺は持っていた薬草を傷に塗り込んであげた。
すると、痛々しい傷が徐々に治って塞がっていくのが確認出来た。
「良かったぁ。なんとかこの薬草で応急処置は間に合ったな」
「バウ……」
「どうだ、さっきよりは楽になったか?」
「バウ!」
白銀の犬は嬉しそうな鳴き声を上げた。
ところでコイツは犬なのか? 狸……ではないよな。
狼にも見えるし、何の種類のモンスターだろ。見た事ないな。それにしてもこのフワフワな毛並みは凄い気持ちよくてクセになる。白銀の犬は俺が両腕で簡単に抱き上げられる程のサイズ。喋る事は出来なさそうだが、オークを追い払って傷を癒した事によって喜んでくれている。
気がする。
「バウ?」
「そんな心配そうな顔するな。別に食ったりしねぇぞ。お前の姿が昔の自分と重なってな。お前もひょっとして俺みたいに家を追い出されたか? ハハハ、まさかな」
「バウワウ!」
「え、もしかして当たり? こりゃ何かの縁かもしれないな。そろそろ独り言がヤバいし、行く所がないなら俺の話し相手になってくれよ。森は危険が多いが、俺ならお前を守ってやれる」
「バウワウッー!」
一応喜んでくれているみたいだ。
白銀の犬は顔をペロペロと舐めてきた。
「ハハハハ! よしよし分かった。お前はこの森に来て初めての仲間だ。よろしくな相棒」
「バウ!」
辺境の森で生きる事8年。
俺に初めて仲間が出来た――。
**
一旦村へ行くのは中止し、俺は森の中にある広い湖へ来た。
辺境の森も住めば都。
だがこの森の中は何処も薄暗く湿った空気で溢れている。もう慣れた俺には全く気にならないが、唯一この湖周辺だけは空気が澄んでいるんだ。
だからここは数少ない俺のお気に入り場所。
「バウ」
「お前も気にいったか?」
白銀の犬はすぐに湖に駆け寄ると、舌を伸ばしゴクゴクと水を飲み始めた。
よほど喉が乾いていたんだな。
どういう経緯か知らないけど、きっと何かあってこんな森まで迷い込んだのだろう。運悪くオークにも襲われてまともに水分補給も出来なかったか。
「なあ、腹は減ってないか?」
「ワウ?」
俺は背負っていた荷物の中からある包みを取り出した。これは森にいるガーデンバードと言う鳥のモンスターのチキン。この鳥の肉は焼いても揚げても美味いんだ。チキンを見た白銀の犬は凄い尾を振りながら口を開けていた。
「やっぱ腹減ってたか。ほら、食べな」
勢いよくかぶりつく白銀の犬の姿を見ながら、俺はフワフワの頭を撫でた。
「俺の家ならまだチキンがあるぞ。行くか?」
「バウワウ!」
涎を垂らしながら白銀の犬は吠えた。よほど空腹らしい。そんなに腹ペコなら幾らでも食べさせてあげるよ。俺は「行くぞ」と言って白銀の犬を抱き抱え、家へと向かった。
**
~辺境の森・グリムの家~
「さぁ着いたぞ。ここが俺の家――」
「バウ!」
辺境の森の最深部。森の最も深い場所には、この世界で1番大きな樹である“世界樹エデン”が存在している。周囲何㎞と続く太い幹に雲を突き抜ける程の高さ。そして空を覆うかの様に枝や葉が広がっている。
ここが俺の家。世界樹エデンの超太い幹にいい感じに空いたこの大きな穴が俺の家だ。
雨風が凌げることは勿論、見晴らしもいい。
「秘密基地みたいで格好いいだろ」
「バウ!」
「ハハハ、分かってくれるか。いい奴だなお前は」
王家出身の者からしたらとても家と呼べる代物ではない。でも俺にとってはそんな豪華な家よりも落ち着ける世界で1番居心地の良い場所だ。初めて見つけた時から一目惚れしている。
「確かまだ備蓄用のチキンがここに……。あ、あったあった」
俺がチキンを取り出すと、白銀の犬はまた勢いよく食べ始めた。
「誰も取らないから落ち着いて食べろって。そうだ、お前の事を調べないと」
今までに見た事の無いこの白銀の犬。当然この世界には多くの種族やモンスターが存在するからただ俺が見た事ないだけだとは思うけど、何か気になるんだよな。そう思いながら手に取った本を開いた。
これは何年か前に辺境の森を訪れた学者のおじさんから貰った本。
こんな場所にいる俺を見て驚いていたが、事情を話すと直ぐに理解を示してくれた。そして「少しばかりの助けになれば」とこの本を俺にくれたんだ。
本にはモンスターの種類や生息地、他にも剣と魔法の知識や薬草や薬学の事まで幅広くしかも詳細に記されていた。正直、この森で生き抜くのに少しどころかとても助けとなった俺の大事な仲間みたいなものだ。
「モンスターについてのページはここだな」
何でもいいからこの白銀の犬の情報が欲しい。
そう思ったんだけど、あれ? どこにも書いてないな。
似たような姿をした犬や狼のモンスターは確かにいるけど、こんな色をした奴はいないぞ。
「可笑しいなぁ。見当たらないぞお前。これは似てるけど毛色が違うし、こっちは耳と尻尾が違う」
辛うじて気付いた事と言えば、多分犬ではなく狼のモンスター。耳とか尻尾が狼系の特徴にピッタリだ。
「犬じゃなくて狼のモンスターっぽいなお前。あ、スカルウルフ。コイツ見る度にあの時の事を思い出すな畜生」
それから分厚い本を何ページも捲ったが、この白銀の犬……じゃなくて狼の事は書いていなかった。しかし唯一最後のページに、ドラゴンと獣人、そして白銀の狼によく似たモンスターの絵が描かれていた。
絵の下には“精霊”、“獣人”、“ドラゴン”の“3神柱”が世界の始まりと記されているが、それ以上の事は書かれていない。知識が乏し過ぎる俺には意味不明。
「しょうがない。考えても分からないからまぁいいや」
「バウ?」
「何でもないよ。チキンは食べたか?」
「バウ!」
「そうか。下にいけば水も流れているから、喉が乾いたら何時でも飲めばいいからな」
「バウワウ~!」
こんな会話をするのは何年ぶりだろうか。
森に入って初めて会ったのが学者のおじさんだから、あれからもう4年近く話していないな。おじさん以降も2、3回冒険者っぽい人を見かけた事があったけど、いちいち話すのも面倒くさいと思って接していないし。
「そう言えばまだ名前を言ってなかったな。俺はグリム、グリム・レオハートだ。宜しくな!」
「バウ!」
「もしかして名前呼んでくれてる? ありがとな。お前は名前とかあるのか?」
「バワワワ」
おっと困った。
今何となく名前を言った気がするがさっぱり分からん。どうしよう。
「ごめん……。名前が分からないからさ、悪いけど俺が付けてもいいか?」
「ワウ!」
良かった。どうやら分かってくれたみたい。ごめんな。でも名前があるっぽいから、コイツひょっとして誰かに飼われていたのか?
「ありがとう。言っといてアレだけど、名前どうしよう。う~ん、そうだなぁ。白銀だから、シロマルとか!」
「ワウゥ……」
おお。明らかに嫌そうな表情だ。
名前なんて付けた経験がないから難しぞ。
「じゃあ、銀のすけは?」
「……」
「じゃあチキンが好きだからチキン」
「……」
やばいやばいやばい。
自分でも分かるぐらいネーミングセンスがねぇ。最後なんて反応もしなくなった。早くも友情関係が崩壊になってしまう。
う~ん、ちょっと待てよ。そもそもコイツ“雄”なのかな?
俺勝手に男の子っぽい名前つけてたけど。
「なぁ。お前雄じゃないのか?」
「バウ!」
「成程。そう言う事か。まぁだからと言ってこの絶望的なネーミングセンスが改善させる訳ではないけど、それならじゃあ……“ハク”って言うのはどうだ? 綺麗な白銀だし。って言うかそれぐらいしかもう思いつかないから勘弁してくれ」
「バウ!」
俺がそう言うと、意外に反応よく返事を返してくれた。しかも手をペロペロと舐めている。何とか気に入ってくれたか?
「じゃあこれからはハクって事で。宜しくな!」
「バウ!」
こうして、無事に白銀の狼はハクと言う名前に決まった。本人が何処まで納得しているかは分からないが。
「さて、お前の事調べて名前まで考えていたらいつの間にか日が落ちてきた。晩飯用にちゃちゃっとモンスター狩って久々に贅沢な飯にしよう! ハクと出会った記念だ」
まだ疲れが溜まっているであろうハクを家で待たせ、俺は手頃なモンスターを狩りに行った。何時もなら自分用で終わりだが、今日は当然ハクの分も飯を用意。チキン以外にも何が好きか分からないから一通り食べられるモンスターを狩りまくった。
貰った本には食べられるモンスターや薬草や木の実まで書かれており、その上美味しく調理する方法まで書かれて為、俺は結構調理の腕も上達した。まぁ誰とも比べられないから、俺の腕がいいのかどうかは分からない。
一先ずそれはさておき、あれだけチキンを食べたのにも関わらずハクは俺が用意した飯を嬉しそうに全て平らげてしまった。本当に凄い食欲だ。それに自分の作った飯を美味しそうに食べてもらうのがこんなにも嬉しいとはな。
そんなこんなですっかり夜も更け、疲れていたハクは勿論、俺も眠りに着いた。俺の寝床にハクが潜り込んで一緒に寝ている。何度触ってもフワフワで気持ちいいな。それに暖かい。
俺は凄く久しぶりに深い眠りについた――。
**
<……ぇ……きて……ッ……>
遠くから聞こえてくる声。俺は夢を見ている様だ。
<ねぇ……起き……! ……グリム……!>
夢の中で聞こえて声は、確かにそう俺の名前を呼んだ。
視界はハッキリとしていないが、いつの間にか目の前には1人の“女の子”が立っていた。それが女の子だと認識したのは、虚ろな俺の視界の中で、その綺麗な白銀の長い髪と端正な顔立ちを確認出来たから。
綺麗な子だな。歳は俺と同じ17、8歳ぐらいだろうか?
可愛くも綺麗で何処か神秘的な気品を漂わす目の前の女の子は、また静かに俺の名前を呼んだ。
<グリム……起きて……!>
「君は一体……。それに俺はまだ眠い……」
<起きてグリム……。ダメよ……森が――!>
森……?
その言葉を最後に、俺はハッと目が覚めた。
**
「バウワウッ!」
「ハク!? ……って、何だこの“熱波”は!?」
焦る様なハクの鳴き声に、感じた事の無い肌への熱さ。
異様な事が起きてると一瞬で理解した俺は直ぐにエデンの穴から外を確認した。
すると、辺境の森の至る所で炎が激しく燃え上がっていた。
「何だよこれ……」
「バウ!」
「大丈夫だハク。こっちに来い。ありがとう」
お前は俺を懸命に起こそうとしてくれていたみたいだな。
幸い高い場所を住処にしていたお陰でここまで炎は上がっていない。
それにしても、何故急に森が燃えているんだよ。これで気が付かなかった俺も可笑しいぞ。余程眠りが深かったらしいな。こんな事は初めてだ。
「兎に角逃げるぞハク! しっかり捕まってろよ」
「ワウ!」
俺は必要最低限の荷物を背負い、穴の外から一気に木の上まで高く飛び上がった。
「マジで何だよコレ。向こうまで燃え広がっているじゃないか」
まさに炎の海。
広大な辺境の森が一面炎で覆われている。世界樹エデンの根本を炎が包み、その天まで伸びる幹にも徐々に炎が焼き上っていた。
何時も薄暗い辺境の森がここまで明るいのは恐らく初めての事だろう。少なくとも俺がいた8年間ではこんな事無かった。
「くそ、どうして森が」
多種多様な生き物やモンスターが住み暮らす辺境の森。年がら年中薄暗くも、この森は星の数程花や木や草が芽吹く大自然でもあった。
そして何より此処はもう俺の家――。
そんな風に思っていた俺の大切な居場所であり、此処は勿論他の生物達の居場所である。それなのに、一体何故燃えているんだ?
辺境の森が、俺の居場所が……。
その豪炎によって飲み込まれていくのを、俺はただ避難しながら見る事しか出来なかった。
**
~辺境の森から近い村~
森から離れた俺とハクは、炎の海と化した辺境の森を遠くから眺めている。多くの生物にとっての住処であった大きな森がたったの一晩で燃えていく。
「まだ夢でも見てるのか俺は」
「ワウ」
辺境の森に一体何が起こったというのか。
森は何時もと何ら変わり映えがなかった筈。寝る時だって焼けている様子もまるでなかった。仮に落雷や何かの不始末で森に火の手が上がったとしても、ここまで広い森全体が一気に燃え広がるとは考えられない。
自然災害というよりは“人為的”。
理由はないが、俺は直感でそんな風に感じ取っていた。火属性のモンスター仕業か、はたまた誰かの魔法によるものなのか。
取り敢えず避難してきた此処は辺境の森から1番近い小さな村。森を抜けたところから少し離れているし今はまだ当然夜だけど、村はまるで昼間の様な明るさだ。
村人達も1人、また1人とどんどん家の外へ出てきている。
「おいおい、何だアレは!」
「森が燃えてるぞ」
「え、どうして森がッ!?」
「皆慌てるな!」
村が一気に慌ただしくなってきた。
そりゃ無理もない。目の前で起こっている事が誰にも分からないんだから。驚いて当然だ。村が慌ただしくなるのを横目に、俺はある店の扉を叩いた。
「おばちゃん、いる?」
俺の声が聞こえたのか、家の奥の部屋からおばちゃんが出て来た。
「おお、グリムじゃないか! 良かった、無事じゃったか。心配しておったんじゃよ!」
「ありがとう。この通り俺は大丈夫だよ。何とか逃げてきたところなんだ」
「部屋にお入り。飲み物を入れてあげるから」
そう言って、俺を温かく迎え入れてくれたこのおばちゃんは村の長老だ。モンスターの素材や薬草を何時もこの村で買い取ってもらっているんだ。
「兎も角無事で何よりじゃグリム。突然の火事で私も驚いておる。何があったんじゃ?」
「それがさっぱり分からないんだよ。俺も寝てて起きたら森が大火事になっていたんだ。逆に何か知らない?」
「そうだったか……。私達も誰も状況が分からなくてのぉ。けど、森が燃える前に遠くで響くような轟音が聞こえてのぉ。窓から外の様子を見た時は既に辺境の森から炎が上がっておった」
響くような轟音だって? 何時そんなのが……。
確かに寝ていたとはいえ、ここの村にまで響く様な爆音が森でしたなら、気が付かない訳がない。
どうしてだ? この森に来た時から俺は寝ている間でさえもずっと周りの注意を怠らなかったに。
もしかしてあの“夢”のせいか――?
「疲れてるおるだろう。今は休めば良い。部屋は余っておるから好きなだけ使ってくれて構わん」
「本当にありがとうおばちゃん。急に押し掛けてごめんな」
「何水臭い事を言っておるのじゃ。アンタには村の皆が世話になっておる。あれからもう5年も経つかのぉ。村に現れた巨大なモンスターを倒してくれたのが始まりじゃったか」
「ハハハ。もうそんなに経つのか。早いな」
そう。俺が初めてこの村を見つけたのは住民は5年前の事。偶然にもスキル覚醒した俺は毎日森を散策しており、そこから3年程経った時にこの村を見つけた。
そして運が良くか悪くか、村を見つけた数分後に、森に棲む巨大なモンスターが突如現れこの村で暴れ出したんだ。そのモンスターは弱くもないが強くもない。分かりやすく言えば俺を襲ったスカルウルフよりもうちょっと強いぐらいだった。
だけど、王都からかなり離れたこの小さな村では、出てきたモンスターの討伐は難しかった。雇っていたフリーの冒険者が駐在していた様なのだが、その冒険者達のランクは1番低く、一応3人でまとめて挑んだのだが見事に負けた。
唯一の頼みの綱であった冒険者達が倒れ、興奮した様子のモンスターはより勢いを増して暴れ出そうとしたまさにその刹那、俺がモンスター討伐した。
別にヒーローになりたかった訳でも恩を売ろうとした訳でもない。ただただ俺は行き場のないストレスを発散しようと、毎日がむしゃらに森で剣を振るっていただけ。その延長でたまたまこの現場に居合わせただけなんだ。
目の前で子供や女性やお年寄りが襲われそうになっていたから気が付けば既に体が動いていた。家族にも王国にも見放され人間不信になっていた俺にとっては、その無意識の行動が何だか嬉しくも感じていた。
まだ完全に腐りきってはいないと……。
おばちゃんを初め、村の人達皆がモンスターを討伐いた俺に感謝してくれた。
今思えば、この出来事が俺という人間を最後に繋ぎとめてくれたのかもしれない。モンスターを倒しただけで感謝されているが、本当に感謝したいのは俺のほう。このきっかけがなければ、俺はあのまま森で恨みや憎しみだけを抱いて剣を振るっていたかもしれない。
「グリム、アンタは村皆の恩人じゃ。モンスターを倒してくれただけでなく、その後も森で取った素材や薬草を売りに来てくれていたじゃろう。それでこの村は今までよりも豊かになった。感謝してもしきれないんじゃ」
「おばちゃん……」
「バウ」
少し切ない空気が流れているのを察したのか、場を和ませるようにハクが鳴いた。
「おう、どうしたハク」
「さっきから気になっておったが、これまた綺麗な毛並みの狼じゃなぁ。森におったのかい?」
「そうだよ。今日会ったばかりの俺の仲間だ」
おばちゃんは優しい顔でハクを撫でた。ハクもおばちゃんが良い人だと分かったのか手をペロペロ舐めている。
「これは何の種類のモンスターだね?」
「俺も分からない。本にもハクの事載ってなかったんだよね。あんまり見かけない種類なのかも」
「そうかい。この村じゃなく王都にでも行けば何か分かるかもしれないが……。アンタの事だから行く気はないじゃろ」
「そうだね。2度とあそこに行くつもりはないよ」
あんな場所に誰が戻りたいと思う。
俺を王国から追放した国王のいる城もレオハート家も王都にある。そして王都はおろかそれ以上にまで俺の事は広まっている。由緒あるレオハート家、更にはリューティス王国の面汚しとして。
王都などに行けば笑われ罵声を浴びさせられるのがオチだ。8年も経つが皆の記憶には確かに存在する出来事だろうからな。
「そう言うと思ったよ。それにしても落ち着かない日じゃの今日は。朝昼間からずっと慌ただしいのぉ」
「昼間から? 村で忙しい仕事でもあったの?」
「いやいや、そうじゃなくてな。今日は昼間に騎士団が大勢訪れたんじゃよ。このはずれの村に来るなんて誠に珍しい。しかも大勢でな」
それは確かに珍しいな。王都の騎士団がわざわざこんな所まで……。
「それ王都の騎士団だったの? 何が目的で」
「甲冑に王都の紋章が入っていたからそうじゃよ。何やら恐ろしいモンスターの討伐任務とやらで辺境の森に向かって行ったわい。森で見かけなかったかいグリム」
「いや、1人も見ていない」
「そうだったか。騎士団の皆は無事じゃろうか……。まさかこんな大火事が起こるとはのぉ。騎士団員も犠牲になってるかもしれぬ」
そんな大勢の騎士団がいたのに足音も気配も感じなかったぞ。俺が感知出来る範囲外だったか。
「お恐ろしいモンスターの討伐って、おばちゃん。誰か村の人が騎士団に依頼を出したのか?」
「誰もそんな事はしておらぬ様じゃ。そもそもアンタが森で暮らす様になってから、ここがモンスターに襲われる事は無くなったからのぉ」
そうだよな。また襲われた危ないと思って、俺がこの村にはモンスターが近づかないようにしたんだから。
それに前に聞いたおばちゃんの話じゃ、騎士団にモンスター討伐の依頼を出しても、王都の騎士団どころか最寄りに派遣されている騎士団員ですら来てくれた事が無いと言っていたよな。
それが今になって何故急に……。
しかも大人数で辺境の森まで討伐なんて、どんなモンスター狙っているんだ?
「じゃあ何でそんな騎士団が大勢来たんだろう。しかも王都の奴らがこんな所まで」
「それは分からぬ。今までまともに取り繕う事がなかった癖にのぉ。突如大勢で現れた挙句に森の大火事……。さっきは心配じゃったが、もしかすると騎士団が何か絡んでいるのかしれぬのぉ」
おばちゃんの言う通り。
俺もまさに“それ”を感じていたところ。今まで見向きもしなかった辺境の森に偶然王都の騎士団が現れ、偶然火事が起こるとは考えにくい。
偶然だって時には重なり得る事。だけどそれが重なり過ぎるならば、それは偶然ではなく誰かの手による必然に違いない。
「おばちゃん、もしかしてこの村とか周辺に待機している団員達はいる?」
「ああ、おるぞ。不思議に思っておったが、団員達はこんな事態にも関わらず何も慌てておらぬ様なのじゃ。可笑しくないかい?」
やっぱりそうか。
「分かったよおばちゃん。ありがとう。何か分からないけどやっぱ違和感だらけだ。ちょっと様子を見に行ってくる」
「待つんじゃグリムよ。今は真夜中じゃ。確かに騎士団の動きが少々気になるが、一先ず休んでおいき。そっちの子も怪我しているみたいじゃないか。別に急ぐ必要もないじゃろう」
「うん。確かに急いでる訳じゃないけどね、何か引っかかるんだ。それに俺はこの大火事の原因も知りたい。誰が何の目的でこんな事をしたのかを。だから悪いけど行ってくるよおばちゃん」
俺がそう言うと、おばちゃんは無理に引き留めようとはしなかった。それどころか俺の気持ちを汲み取ってくれたのか、「気を付けて行っておいで」といつもの様に優しく言葉を掛けてくれた。
――ドンドンドンドンッ。
「「……!」」
おばちゃんの家を出ようとしたその時、突如家の扉が叩かれた。一瞬俺と目を合わせた後、おばちゃんが扉に向かった。
「誰だい、こんな夜遅くに」
「私達は王都の騎士団員である。直ぐにこの扉を開けて頂きたい」
「騎士団様が何の用じゃ。今起こってるあの火事についての事かのぉ?」
「生憎、森の火事は“過程”に過ぎない。それよりも他の団員から今しがた目撃情報が入った。白銀のモンスターを抱えた者がこの家に入っていくのを見たとな」
「白銀のモンスター?」
おばちゃんは俺の方を確認する様に振り返った。
それってハクの事かひょっとして。これまた理由が定かではないが嫌な予感がするぞ。何故騎士団がハクなんかを探しているんだ。
俺のそんな思いと同じだったのだろうか、騎士団の行動を怪しく感じたおばちゃんは俺とハクを庇ってくれた。
「そんなのいないよ。モンスターどころか、私は爺さんが死んでから長年独り身じゃ」
「だが確かに目撃情報は入っている。扉を開けて1度確認させてもらおう。
もし本当に白銀のモンスターならば非常に危険だ! 我々騎士団はそのモンスターを討伐する為に来ているのだッ!」
騎士団員はそう言うと更に強く扉を叩いた。早く開けろと言わんばかりに。それにしても、ハクを討伐ってどういう事だ。
「人ん家の扉を馬鹿みたいに叩くんじゃないよ! 壊れたら弁償してくれるんだろうね当然!」
「早く開ければそうはならん。だが開ける気がないのならこちらも力強くで開けさせてもらう」
騎士団員の発言も気になるが、それ以上に一般人にここまで威圧的な態度なのもまた異常だ。普通なら有り得ない。
「マズいな。おばちゃん、ありがとう。何か俺が面倒事を持ってきちゃったみたいだ。直ぐにここを出るよ」
「バウ」
ハクも状況を察してかは分からないが、どことなく申し訳なさそうに静かに鳴いていた。
「気にするでないグリム。それにハクもじゃ。どうやらやはり何か良からぬ事が起こっているのぉ。裏口から見つからない様に早く逃げな。気をつけるんじゃぞ」
「うん。行くぞハク。また遊びに来るよ。おばちゃんも無理しないで」
俺はハクを抱え家の裏口から一気に走り去った。
「裏から男が逃げました! 白銀のモンスターらしきものを抱えています!」
「何!? やはり目撃情報は正しかったか。直ぐに後を追え!」
「他の団員にも知らせるんだ。 絶対に逃がすな!」
相も変わらず謎だらけ。
だがどんな正当な理由があろうと、俺の家である辺境の森を焼き仲間のハクまで狙うなど見過ごせない。俺はもう、お前達を絶対に許さないからな――。
「振り落ちないように気を付けろよハク」
「バウ!」
ハクを抱えたまま走る俺の後を騎士団員達が追って来ている。数もさることながら皆物々しい空気を纏っている。思った以上に周囲に騎士団員が配置されているな。横にも前方にも団員の影がチラチラ見える。
一体何が目的なんだ。何故森を焼きハクを狙っているんだ。
――ボォン!
「ッ!?」
「バウ⁉」
逃げる俺とハク目掛けて何かが勢いよく飛んできた。衝突音が響き、若干の熱さと硝煙が残っている。見た足元の地面には抉られた様な跡があった。
「大丈夫かハク! くそ、どこから飛んできた」
俺達を襲ったのは1発の火炎球。誰かの魔法であることは明らか。この攻撃自体は当たってもいなければ特別威力も無い弱い魔法だった。だがその攻撃の強さ以上に、不覚にも逃げていた足を止めってしまったのが問題を生んだ。
「今だ! 全員で囲め! 白銀のモンスターを始末するのだッ!」
「ちっ、何処から湧いて出てきたんだこんなに」
ふと視線を元に戻すと、視界には大勢の騎士団員の姿があった。前方には何十人という数の団員が半円状に俺達を囲い、何時から隠れていたかも分からない、周囲の木々の上からも多くの団員が俺達に狙いを定めていた。
「おい貴様、その狼を早く渡せ。そうすれば命だけは守ってやるぞ」
「何で騎士団がハクを狙ってるんだ」
「そんな事は貴様に関係ない。渡す気がないなら止むを得んな。白銀のモンスターを殺す為なら手段は問わんと命令が出ているからな。……放てぇぇぇッ!」
この団を率いている団長であろう男が周りの団員達に大きな声でそう言い放った瞬間、一斉に俺とハク目掛け無数の矢や魔法が飛んできた。
「そうかよ。やっぱりお前達を許す事は出来そうにないな――」
俺は片手でハクを抱えながら腰の剣の柄を握り、もう片方の手で反対側に提げていた剣を抜いた。そっちがその気なら容赦はしない。俺の大事な森を燃やしやがって。お前達は少しその態度を改めて……って、ちょい待ち。
今しがた抜いたばかりの剣の妙な“違和感”に、俺はハッとある事を思い出した挙句に嫌な汗を掻いた。
やっぱり。
見たくなかったが俺は恐る恐る剣を見た。すると、視界に映った剣はやはりオークを追い払った時の“折れた剣”のままだった。
換えるの忘れてた。やべ。
「死ぬッ……!」
――ズババババババババッ!
飛んできた無数の攻撃が一斉に降り注ぎ、1秒前まで俺がいた場所は土埃や硝煙によって一帯が煙に覆われていた。
「ふぅ、あぶねぇ」
「バウワウ!」
「悪かったって。ビビったよなお前も」
完全に攻撃態勢に入っていたから流石に焦った。森の火事で慌てて飛び出してきたからすっかり剣の事なんて忘れてた。
「奴らを仕留めたか?」
団長が煙に覆われた箇所を見ながら確認する様に問う。
今の攻撃でその場にいた全員が煙によって視界を悪くしていたが、それが徐々に晴れていき、いち早く気が付いた団員が声を張って言った。
「団長! 奴の姿が確認出来ません! 死体も転がっていない様です!」
「何だと⁉ そんな馬鹿な事があるか。ちゃんとよく探すッ……「――アンタの部下が正しいよ」
「……⁉」
折れた剣をしまい、まだ折れていないもう一方の剣を抜いた俺は、そのまま軽く剣を一振りした。
――シュバァァァン!
「「……ッ⁉⁉」
俺のその一振りによって、団長以外の団員達全てが地に倒れた。全員が身に纏っていた甲冑を砕かれ、当たり所の悪い者は気を失ったり吐血をしていた。
団長を含めた敵全員がまるで状況を理解出来ていない……。まぁしょうがないだろう。お前達の動きが“遅すぎる”んだから。
「き、貴様ッ! 何故……ぐッ⁉」
「それはこっちの台詞だ」
俺は剣の切っ先を団長の喉元に突き付けながら言った。今の奴の発言からも、俺の動きを捉えられていない事は明白だ。だから言っただろ、遅すぎるって。
確かに剣が折れている時は一瞬驚いて初動が遅れたけど、こっちはとっくに逃げてたよ。誰も気付いていなかったみたいだけどな。騎士団ってこんなに弱かったか?
違うな……。スキル覚醒して辺境の森で剣を振りまくった今の俺は、自分でも思っている以上に強くなり過ぎたのかも。お前達程度の攻撃は止まって見える。どうやらここにいる団員達はスキル覚醒していない奴らだろうなきっと。
「何故いきなり森を火事にしたんだ」
「貴様は何者だ……!」
「言葉が理解出来ないのか? 俺の質問と答えが合っていないぞ」
団長に突き付けていた切っ先に力を入れ、これが脅しではないと無言で睨み返すと、 観念したのか団長は渋々口を割った。
「ソイツだよ。我ら騎士団は“国王”からそのモンスターを討伐しろと命を受けて此処まで来たのだ!
この狼が森に迷い込んだのを確認したからな、炙り出す為に森を焼いたにすぎん」
そう言いながら奴はハクを指差していた。狙いはやはりハク。けどやっぱり理由が分からない。それに……。
「ハクを狙う理由は。何でわざわざ国王がそんな命令を出した?」
「質問が多いな。そんな事知る訳がないだろう。仮に知っていたとしても、もう“死ぬ”貴様に教える義理はないッ!」
さっきまで全く戦意を感じなかった団長であったが、突如目の色を変えて好戦的な態度になった。
「バウッ!」
何故かと疑問に思った矢先、背後から鋭い気配を感じた俺は直ぐに振り返った。俺より早く気が付いていたハクも咄嗟に教えてくれたみたいだ。眼前に迫っていた刃と、それを振るってきた者の事を。
――ガキィィン!!
「……!」
「お、反応しやがったじゃん」
「助かりましたよラシェル“団長”!」
成程、そういう事ね。
「コイツが噂の白銀のモンスターか。へッへッへッ。で、このガキ何?」
突如背後から俺に斬りかかってきた男。
長い髪を掻き上げながらニヤニヤした表情でそう口にした。背が高くひょろっとした体格で何処となく目つきが悪い。気味の悪い雰囲気を纏った男であったが、対峙した瞬間に全ての合点がいった――。
「私も知りません。急に現れたと思ったらずっとあの狼を庇ってやがるんですよ」
「王国の騎士団にしては弱すぎると思ったけど、アンタが“本当”の団長だったのか」
「あぁ? 訳分からねぇ話を勝手にするんじゃねぇ。死にてぇか」
さっきの奴が偉そうに指示出してたから団長かと思ってたけど、全然違ったみたいだ。だよな、いくらなんでも弱過ぎる。でもこっちの人は他の団員と明らかに違う空気だな。
「ハクを渡す気はない。それに力の差は見せつけた筈だ。さっさと帰りなよ、団長さん達」
「討伐の為なら手段は問わん。確かそういう命令だったよな?」
「はい」
「殺すか――」
そう呟いた瞬間、ラシェル団長と呼ばれていた男は再び俺に斬りかかってきた。
背後から攻撃された時もそうだったが、コイツは足音も気配も感じにくい。スピードも今までの団員とは比べものにならない速さ。コイツはやはりスキル覚醒者か。
「へーへッへッ!」
一瞬で距離を詰めたラシェルは、その細身の体系に似た細長い長剣を勢いよく振り下ろす。見た目に反して攻撃も重そう。それに流石団長と言うべきか、その動きは無駄な動きを感じさせない経験値の成す動き。
「おいおい、マジか」
――バキン……ッ!
このタイミングで、唯一残っていたもう1本の剣まで折れてしまった。ラシェルの剣は“まだ”俺に届いていない。
「へッへッへッ、何を遊んでやがる! そのまま死ッ……⁉」
ラシェルが皆まで言いかけた瞬間、奴は口から血を吐きながら砕かれた甲冑の残骸と一緒に地面に崩れ落ちた。
俺が“斬った”腹部から噴き出す鮮血と共に。
「あーあ、こりゃヤバい。もうコレしか残ってなかったのに……ったく。思った以上に“遅くて”無駄に力込めちゃったよ。どうしようかハク」
「ワウ」
「ば、馬鹿な……」
彼にとっては予想外だったのだろうか。ラシェルが地面に倒れたのを見て、彼も絶望の表情と共に地面に項垂れた。
他の有象無象と比べたらラシェルは段違いに強かった。それに自分達の団長だから団員が彼を信頼するのは分かるし立派だけどさ、俺との力の差は誰がどう見ても歴然だったろ。
今更何をそんなに絶望してるんだよ――?
ラシェルは完全に意識を失っている。
国王の命だと少し気になる事を言っていたから詳しく聞き出そうと思ったのに。これじゃあ無理だよな。ハクを始末する為だけにわざわざこんな数の騎士団を動かすなんて、一体何が理由なんだ……。
「なぁハク、お前何かしたのか?」
「バウワウ」
俺の問いにハクは頭を横に振った。
「そうだよな。お前が何かする訳ないか。自分が追われていたぐらいだからな」
そう思いながらも、やはり国王の動きが気になった。
「――無事だったかいグリム!」
「おばちゃん!」
次の瞬間、俺のところへおばちゃんが駆け寄ってきた。
「良かったよグリム。ハクも無事で何よりじゃ」
「ありがとう。おばちゃんまで巻き込んじゃってゴメンね」
「何をまた水臭い事言っておる。それより、今さっき他の人から聞いた事じゃが、この騎士団の中に半グレ冒険者共が混じっているそうじゃ」
「え、どういう事……⁉」
「私にもよく分からんがのぉ、以前村にちょっかいを出してきた野良の冒険者がおったらしい。しかも風の噂では、数ヶ月前から騎士団がフリーの冒険者を誰これ構わず集めていたらしいのじゃ。半グレ冒険者も金で騎士団で雇うとな」
何だそれ……。本当に何が起こっているんだ。
「そうなんだ。分かったおばちゃんありがとう!
俺ちょっと“王都まで”様子を見に行ってくる。さっき騎士団の奴らにも手を出しちゃったし、ハクを連れている俺を奴らも全力で追って来る思うからさ、暫くここから離れるよ」
「グリム……」
「大丈夫。心配しないでよ。俺が強いの知ってるでしょ?」
「まさかアンタが王国に行く気になるとはね。まぁ事態が事態じゃからのぉ。力になってやりたいが私にはもう何も出来ぬ」
「ハハハ。おばちゃんこそ何言ってるんだよ。もう十分過ぎるぐらいしてもらってるよ。村の皆にもね」
「そうかい、なら止めはしない。でも十分気を付けて行っておいで。絶対にと帰って来るんだよ」
「うん、勿論!」
俺はおばちゃんにそう告げ、ハクと一緒に王都を目指すべく森を村を出た。辺境の森やこの村から更に王都に近付くのは実に8年ぶり。
よくも俺の大事な家と村の皆をこんな目に遭わせやがって。
ハクも絶対に渡さないぞ。
目的は知らないが、こんな命令を出した国王を俺はもう許さない――。
♢♦♢
~リューティス王国・とある道中~
『――ギギャァァ』
「またか。邪魔だよ」
――シュバン!
突如飛び掛かってきた“何か”を、再び俺は斬り倒した。
「今ので何体目だ?」
道中でモンスターと遭遇するのは珍しくないと思うが、それにしても出てき過ぎだし何より、今まで出てきたモンスターはこれまでに1度も見た事がない。あんなモンスターいたかな?
蛇でもないしワームの様なモンスターでもない気がする。ただ見た目がグロテスクな触手。そう言うのが最も近い表現だろうか……。しかもこの触手1体1体デカいし数も多ければ突然地面から襲い掛かってくる。
微妙に個体ごとに大きさや長さが違うが、根本は同じだろうな。俺が辺境の森で過ごしていた8年の間に、モンスター達の生存環境が大幅に変わったとでも言うのか?
普通ならスライムとかゴブリンみたいな下級モンスターしか出てこない領域で、この訳の分からんモンスター達は絶対に異様だ。コレも今起きている事態と何か関係があるのか……。
「こんなペースで遭っていたら剣が持たないな。折角さっき丁度いい騎士団員の剣貰ってきたのにさ」
「バウ」
「やっぱハクもそう思うよな。やたらと地面から湧いて出てくるけど、下に何かいるのかな? 全部まとめて狩ってもいいけど、今はコレ相手にするより王都に向かおう」
「バウワウ!」
「ん、どうした?」
触手のモンスターとなるべく遭遇しない様思い切り地面を蹴って跳躍していると、突然ハクが首をある方向に向け大きく吠え出した。俺がハクの向いている方向へ視線を移すと、そこは多くの岩が転がった遺跡のある場所だった。
「バウッ!」
何やらハクが訴えかけているのはやはりあの遺跡のほうみたいだ。
「急に何だ。あっちに何かあるのか?」
「バウッ!」
俺の言葉にハクは力強く吠えた。仕方ない。何か分からないが一旦遺跡に向かってッ……「――きゃあぁぁ……!」
そう思った刹那、遺跡の方向から誰かの叫び声が響いてきた。
「誰だ。お前は今の声の奴の事を言ってるのか?」
「バウワウ!」
耳を澄ますと、叫び声を上げた人物の他に、さっきの触手のモンスターの動く音も聞こえた。どうやらハクは触手に襲われている人間を教えてくれたらしい。
俺は急いで遺跡の方向へ切り返し、無数に転がる大きな岩を潜り抜けて行くと、そこにはやはり触手のモンスターと人の姿があった――。
腰を抜かしたように地面をへたり込んでいるのを見ると、触手のモンスターに襲われているのは一目瞭然だ。
「ちょっと待て」
俺は襲われている人も気になったが、その人物が羽織っているローブに施された紋章に目が留まった。
アレは王国の“騎士団の紋章”――。
森や村を襲った騎士団員や倒したラシェル団長の甲冑にもこの紋章が施されていた。それにあの紋章は色によって実力や地位が分かれており、襲われている人物の赤色の紋章は“スキル覚醒者”。
「ダメだハク。アイツは王国の騎士団でしかも覚醒者。助けても意味ないどころか寧ろ敵だ」
俺達は騎士団に狙われている立場。騎士団は絶対に団体で動いているから、恐らくこの周辺に他の団員達がいるだろう。
「ワウワウッ!」
「どうした、ハクなら分かるだろ?アレは助けてもダメだ」
「バウッ!」
そう言ったが、何故かハクは俺に「助けろ」と言わんばかりに吠えて訴えかけてきた。
「もう、あの子が何だって言うんだよ。知らないぞどうなっても――」
ハクの必死の訴えに根負けした。
俺は仕方なく襲われている人物を助けようと再び視線を移すと、ローブの者は既に背後が岩に塞がれ、目の前では触手のモンスターがその鋭い牙を携えた大きな口を開き襲い掛かろうとしていた。
そして、触手がローブの者に襲いかかった次の瞬間。
――ズバン!
「……ッ⁉」
俺は触手のモンスターを一刀両断、真っ二つに割れた体はズドンと地に落ちた。
ローブを纏った騎士団員は何が起こったのか分からない様子でキョロキョロ辺りを見渡し、俺を見つた団員はゆっくりと立ち上がりながらこちらに近付き口を開いた。
「あ、あのッ! ありがとうございました……!」
団員は困惑しながらも、俺に勢いよく頭を下げた。
「ああ、いいよ別に。大丈夫?」
そう言うと、彼女は頭を上げ真っ直ぐ俺を見てきた。
綺麗な金色の髪が靡き、薄っすらと涙ぐんでいる大きな青い瞳。透き通るような白い肌と端正な顔立ちした団員の彼女は、不安さをまだ抱きつつも俺にニコリと微笑んだ。
こんなところで何故1人なのか。
覚醒者である団員があの程度の触手に何故襲われていたのか。
君達騎士団は何が目的で動いているのか。
様々な事が一瞬で頭を駆け巡ったが、俺は何よりも……団員で覚醒者でもある筈の彼女が手にしていた不釣り合いな“杖”が気になった――。
「なぁ、君って王国の騎士団……だよね?」
俺が間違っていなければ彼女は確かに騎士団員。
だが彼女の持つ杖はどう見ても1番ランクの低い“木の杖”。スキル覚醒者で騎士団員となれば相応の実力がある筈だけど、彼女の木の杖ではそれは絶対に無理。それに正式な騎士団員ならば武器ももっと良い物が支給されている。
彼女もおばちゃんが言っていた、今回の騒動の為の金で雇われた人員なのだろうか。いや、それは有り得ない。仮に半グレや金で雇った奴らだとしたら、わざわざ赤色の紋章を施す訳がないからな。
「は、はい、そうです! とは言っても、まだ正式に騎士団にも魔法団にも属していない訓練生ですが……」
成程、訓練生ね。甲冑ではなくてローブを着ているという事は一応魔法団志望という事か。それで杖をね。
「そうなのか。でもスキルは覚醒しているんだよな? ローブに赤色の紋章付いてるし」
「ええ、一応は……」
スキル覚醒者ならばさっきの触手ぐらい訳ない筈だよな。しかもやっぱりただの木の杖。そもそもスキル覚醒していて“この歳”まで何で訓練生なんだろう。多分俺と変わらないぐらいだよな?
「スキル覚醒しているのにまだ訓練生なんだ。しかもそれただの木の杖だよね? そんなので魔法使えるのか」
そう。木の杖は別名“最弱の武器”でもある。杖に関係なく剣でも槍でも素材が木の物は最弱ランクの武器の証拠だ。
「ああ、コレですか? ハハハ。実は私、スキル覚醒はしているんですが、何故かこの“木の杖しか”使えないんですよね――」
まさかの返答に俺は固まってしまった。
だってそんな話聞いた事無い。
「やっぱり可笑しいと思いますよね……。自分でもそう思っているんです。女神様から魔法使いのスキルを与えられ、その時にこの木の杖も貰って奇跡的にスキル覚醒までしたのですが、何度試してもコレ以外全く他の武器が使えなくて」
「そんな事があるのか」
彼女の話は真実なのだろう。
だが、正直話を聞いてもピンとこなかった。10歳までは俺も王国にいたけどこんな事初耳だ。しかし、細かい事情は違うにせよ、彼女のその特殊なケースの悩みを聞いた俺は何処か自分と彼女が一瞬重なった気がした――。
「あ。こ、こんな話関係ないですよねッ! それより助けて頂いたお礼をしなくては! あの、直ぐに魔法団の団長さんを呼んできますのでお待ち頂いッ……「――それはいい。礼なんかいらないよ。急いでるから俺はもう行く」
彼女が本当に俺に感謝してくれているという事は十分に分かる。でも冷静に考えて助かったのは俺だ。幸い、彼女は俺とハクが騎士団から追われているのを知らなそうだ。
ならば一刻も早くここを離れるしかない。魔法団なんて呼ばれたらたちまち終わりだ。
「え、あの⁉ ほ、本当に行ってしまうんですか? 」
「色々面倒な事情があってね。じゃあ――」
俺はそう言ってハクを抱えながらその場を後にした。
♢♦♢
「お前はあの子を助けたかったのか? ハク」
「バウ」
「そっか。お前はやっぱ優しい奴だ。国王は何が目的なんだよホント」
辺境の森に飛ばされてからというもの、俺は王国内や王都での出来事を何も知らない。勿論知ろうと思えば知る事も出来たが、最早興味がなかった。
唯一耳に入った事と言えば、辺境の森を訪れた冒険者達が何気なく話していた“騎士団大団長”の話。
“グリード・レオハート”と息子の“ヴィル・レオハート”。
その名を聞いたのは何年振りだったろうか。
自身ではもう何とも思っていなかったのが、その名前に思わず体が反応してしまっていた。グリード・レオハートは紛れもない俺の父親の名であり、ヴィルは俺の弟の名。
当時の冒険者達の話しでは、俺の歳下であった弟のヴィルが、王国の騎士団創設以来の最年少記録で大団長になったとか――。
話が事実でも別に驚かない。奴はスキル覚醒も早かったし昔から才能があった。俺とは違ってな。だが今はまた違う。
どこまでが事実であれ、最年少で騎士団大団長となっていようが、俺の家である森を焼き払いハクを狙うお前達は断じて許さない。コレが本当に国王の命なれば、俺は相手が国王だろうが騎士団の大団長だろうが相手にしてやるよ。
「ん?」
そんな事を考えながら再び王都への道に戻ろうとしていた所、さっきの女の子の仲間と思われる魔法団のローブを纏った者達数人を見掛けた。
そして、別に聞くつもりもなかったが、その魔法団達の会話が徐に聞こえてしまった。
「全く! どこ行ったのよアイツは⁉」
「ホント、使えない上にあそこまでグズだとイライラするわ!」
「さっき出会った触手に食われたんじゃない?」
「キャハハ! それはそれで別にいいけど、まだ餌になるのは早いのよね。これから行く“触手の住処”で餌になって貰わなくちゃ――!」
やはり聞かなければ良かったか……?
アイツらの探している奴って、もしかしてさっきの女の子じゃないだろうな。あー、何か嫌な予感がする。コイツらの事情なんて俺には全く関係ないのに。
何でだろう。
何故いまの会話を聞いただけで俺はさっきの女の子の顔がッ……「すいません皆様ッ!」
俺がそう思っていると、魔法団の元へ1人の者が慌てた様子で走って来た。
「あーあ」
そう。悪い予感は見事に的中――。
遠くから魔法団の元へ走って来た者は、さっき助けたばかりの木の杖の女の子だった。
この話は、グリムが助けた魔法使いの女の子がグリムに助けられる少し前まで遡る――。
♢♦♢
~ドラシエル王国・騎士団訓練場~
この日、1人の少女は今日も訓練場で魔法の特訓をしていた。
彼女の名前は“エミリア・シールベス”。
彼女は5歳の時に『魔法使い』のスキルを女神に与えられ、そこから努力する事4年程経ったある日。もう諦めていた彼女にスキル覚醒が起こった。
晴れてスキル覚醒者となった彼女は王国の魔法団に声を掛けられ、立派な団員となるべく訓練所に入ったのだった。正式な騎士団や魔法団に所属するには、実力があろうがスキル覚醒者だろうが関係なく誰もが先ずは訓練生として訓練所に入るのが決まりである。それはまた彼女も然り。
兼ねてから団員になる事を目指していたエミリアは、何の迷いも無く訓練所へ入る事を決めたのだった。
「あら、あの子まだ訓練してるじゃない」
「本当だ。って言うかあの子でしょ? スキル覚醒者なのに未だに訓練生のままだっていう子……」
「え! それってあの人なんだ」
「スキルなんて覚醒すれば直ぐに団長クラスでしょ? あんなに訓練してまともに魔法使えないなんて、本当に覚醒してるのかしら」
エミリアが訓練場で魔法の特訓をしていると、その姿を見掛けた他の訓練生が小声で話していた。
「“ファイア”!」
エミリアが呪文を唱えながら手にしている木の杖を振ると、そこから1つの小さな火の玉が飛ばされ、弱々しく放たれたその火の玉は数メートル進むとそのまま消えてしまった。
「やっぱりダメだ……。幾ら訓練しても、1番使える木の杖でコレが限界。どうしてなの? 他の武器なんて全く使い物にならないし……」
9歳で訓練所に入ったエミリアは、あれから毎日毎日魔法の特訓をしていた。目標は勿論自身が目指している魔法団に正式に入団する為。彼女はどうしても魔法団に入りたいある“理由”があった――。
だが、エミリアが訓練生として入った日から早くも8年余りが経っていた。
本来であれば、スキル覚醒者の訓練生としての平均期間は長くて5年。これは仮に5歳で覚醒したとしても、そこから魔法学を学んだり実践訓練など経験して10歳から直ぐに王国を守る騎士団や魔法団として動ける様にする為の言わば準備期間でもある。
スキルが覚醒した時点で、そもそも団長クラスの剣術や魔法を扱える為訓練は必要最低限であり、実際に今まで“例外”はいなかった。10歳手前でギリギリで覚醒が起こったとしても、騎士団、魔法団共に創設以来15歳以上の訓練生など存在しなかったのだ。
彼女、エミリア・シールべスを除いては。
だから彼女はこの訓練所……いや、既に全騎士団、魔法団内で有名になっていた。勿論良くない意味でである。それはエミリア本人もしっかりと分かっていた。自分が笑われている事も冷ややかな目で見られている事も全部。
だがしかし、彼女はそんな思いをしてまでも、どうしても魔法団に入りたかった。
「“アクアボール”!」
――パシャン。
先程とは別の魔法を放った様子の彼女であったが、火の玉が水に変わっただけで結果は同じだった。エミリアは溜息を吐きながら大きく肩を落としている。
「ハァ、どの魔法もやっぱり基本の3級魔法にも満たない」
スキルの覚醒有無に関係なく、3級魔法は誰もが使える超基本魔法である。エミリアは間違いなく覚醒者であるにも関わらず、長い特訓を経ても未だにこの3級魔法すらまともに扱えなかったのだ。
この世界の魔法クラスは全部で6段階。
下から3級魔法、2級魔法。1級魔法。そして超3級魔法、王2級魔法、神1級魔法と、当然上のランクになればなる程強力な魔法になる。
エミリアは落ち込みながらも足元に置いてある魔法書を開いた。
「魔法書通りにちゃんと魔力を練ってコントロール出来ているのに、どうして直ぐに消えちゃうんだろう」
エミリアは何度も何度も魔法書を見ては特訓していたのだろう。開く魔法書は見るからにくたびれており、表紙や中のページも大分汚れている。
「あ! またいやがったぞ。 “魔法打てないモンスター”!」
「うわ本当だ! “パチモン魔法使い”だ!」
「本当にスキル覚醒してるとは思えねぇ“金色訓練生”だよな」
「何歳まで訓練生でいる気だあの“オバさん”!」
「「ハハハハハハッ!」」
魔法書を読んでいるエミリアに突如聞こえてきたのは、これでもかと自分を馬鹿にする10歳前後の少年達の声であった。
「ゔッ。1番の強敵が来ましたね……」
どれだけ周りに笑われようと虐げられようと気にしていなかったエミリアであったが、子供の純真無垢さ故か、時折現れる少年達の包み隠さないどストレートな言葉だけがエミリアの唯一にして最大の相手であった。
防ぎようのない少年達の“言葉”の魔法攻撃。
「どれだけ練習しても意味ねーんだよ!」
「へへへ、俺なんかもう訓練生終わったもんね!」
「あんなオバさんに構うと俺達まで魔法が下手になりそうだぜ!」
「ハッハッハッ! ホントだよね!」
「でもな、見てろよお前ら! ポンコツ魔法使いのアイツでも“1個だけ”魔法使えるんだよ!」
1人の少年はそう言うと、地面に転がっていた石を徐に拾いエミリアに投げつけた。
すると。
「“ディフェンション”」
エミリアは瞬時に魔法を繰り出し、淡く光る防御壁で自身を覆う。
少年が投げた石は彼女の防御壁によって弾かれてしまった。
「うわ出たよ!」
「な! アイツあの魔法だけは使えるんだぜ?」
「何で防御壁だけ出せるんだよ! 他の攻撃魔法全部ダメなのに」
「やっぱ可笑しいよなあのオバさん!」
「やーい、ヘボ杖のニセ魔法使い!」
「「ギャハハハハハ!」」
少年達の嘲笑が響き渡る中、エミリアは再び魔法の特訓を始めるのだった。
「もうあんなの相手にしてもつまらないからさ、遊び行こうぜ!」
「そうだよな! 行こう行こう!」
「そう言えば今日魔法団の実践演習やってるらしいぞ」
「マジか! じゃあそれ見に行こう!」
少年達はそう言いながら元気よくその場を去って行った。
「ハァ。私は子供にも馬鹿にされるヘボ杖のニセ魔法使いだわ本当に」
去った少年達がいた場をボーっと見つめながら、エミリアは静かに呟いていた。
彼女は自身の持つ木の杖でしか魔法を出せない。他の杖では一切ダメなのだ。そして唯一使えるその木の杖ですら3級魔法もまともに放てない。強いて使えるのがさっきの“ディフェンション”という防御魔法のみであった。
このディフェンションは勿論3級魔法。
だが実力者達は通常、自分の魔法に火属性や風属性などの得意な性質を加えてより強力な魔法にするのが一般的であるが、エミリアはそれも出来なかった。
どの属性も直ぐに消えてしまう。
何年もの特訓の中で、唯一使えたのがこのディフェンションのみであった。これでは到底魔法団に入団するどころか訓練生すら卒業出来ないという事をエミリアは誰よりも実感していた――。