♢♦♢
~洞窟内・空洞前~
「――聞こえた。もう真横だ」
「バウ! バウ!」
「怒ってるのか? だから何度も迷ってごめんって言ってるだろう。まさかここまで道が入り曲がってるとは思わないよな普通。お陰で凄い遠回りしちゃったな。
って言うか、初めから洞窟の壁なんて壊して進めば良かったよなハク」
「バウ」
道に迷った俺とハクは、何度も何度も魔法団に近付いては遠ざかり、また近づいては遠ざかりを繰り返していた。直ぐ近くにいる筈だったののに道がグニョグニョ蛇行しているせいで大変な目に遭った。
そんな下らない事をしている間に、いつの間にか魔法団の奴らはノーバディ本体と思われる魔力と対峙していた上に今では多くの足音がどんどん遠くへと走り去っている。
恐らく真横から感じるこの強い魔力がノーバディ本体であり、大方それを討伐出来なかったアイツらが慌てて逃げているんだろう。
「良かった。あの子も何とか生きているみたいだな」
「バウ!」
壁の向こうからさっきの女の子の声が確かに聞こえた。その声は消えそうな程小さいし魔力もほぼ感じられない。だが幸い命はある。
「行くぞハク」
――ドォォォォンッ!
俺は洞窟の壁を破壊し、広い空洞へと出た。
すると、思った通り今までとはレベルの違うノーバディの姿と、今まさに奴に食べられそうになっている彼女の姿を捉えた。辺りには他にも多くの魔法団員達が倒れており、皆夥しい量の血を流していた。
もう息のある者は彼女以外いない。
突如俺が壁を壊した事により、ノーバディと彼女はほぼ同時に俺の方を向いていた。彼女は余程怖かったのだろうか、その大きな瞳からは涙が溢れている。
「生きてて良かった。これでハクも安心しただろ?」
「バウッ!」
「あ、貴方は……!」
安易に大丈夫と言える状態ではない。それは勿論分かっている。だが何よりも命があった。それが1番重要だ。ごめんな、もっと早く助けてあげられなくて。
『ャッヴォヴォォォォォォァァァッ!』
「うるさいな。洞窟で余計に音が響くって分からないのかこの馬鹿は」
何を思っているのかまるで分からないが、4つ頭のノーバディは俺に気付くなり雄叫びを上げて威嚇してきた。馬鹿だが本能は察知している様だな。
目の前の俺がお前よりも強いという事に――。
「貴方はさっきの……。いや、そ、それよりも……早く! 早く逃げて下さい……ッ! このモンスターは魔法団でも敵わなかったのッ!」
自分が死にそうな状況なのに、なんて優しくて強い子なんだろう。
「ハハハ、大丈夫。俺は逃げないし、君を絶対に助ける」
「……⁉」
『ギィゴゴァァァ!』
次の瞬間、ノーバディの1つの頭が汚い大口を開けて襲い掛かってきたが、俺は抜いた剣を軽く振って奴の頭を切断した。
――ザシュ。
『ヴァッギッ……⁉』
斬った奴の頭がボトッと地面に落ち、切断した場所から緑色の血が溢れ出る。
「嘘……。エンビア様の魔法でも無傷だったのに……」
彼女は目を見開いて驚いていた。
ノーバディは頭を斬り落とされ、藻掻きながら悲鳴の様な呻き声を上げている。そのまま戦意喪失するかとも思ったが、奴は残りの3つの口を大きく開き魔力を練り出した。
「やっぱコイツがあの触手の本体か。お前がまだやる気なら付き合ってやるよ。また王都に向かってる途中で襲われても面倒だからな。
ハク、あの子の所に行ってろ。アイツ片付けてくるから」
「バウワウ!」
俺はハクを彼女の元へ向かわせ、距離を取る為ノーバディを空洞の奥へと誘導する。そしてまんまと付いてきたノーバディは魔力が溜まったのか突如動きを止め、口に蓄えた眩い魔力を俺に放ってきた。
――スパァァン。
『……⁉』
しかし、奴が放ってきた魔力の咆哮は一振りで相殺。そしてノーバディに止めを刺すべく俺は剣を振りかぶり、久しぶりにちょっとだけ強めに振るった。
「これで終わりな」
――ドパァァァン!
俺の放った一撃によってノーバディの巨体は勢いよく弾け飛んだ。
「うわー、やっぱ気持ち悪いな。踏まない様に気を付けないと」
辺りに散らばったノーバディ肉片と緑色の液体に気を付けながら、ハク達の元へ駆け寄った。
「大丈夫だったか?」
「バウ」
「君はどう?」
俺はハクの横にいた彼女を見ながら言った。
「あ、はい……何とか大丈夫です……。また助けて頂き、本当にありがとうございましたッ……!」
「だから礼なんていいって。それより、流石にコレは医者に診せないとマズいな」
彼女の足を潰していた岩をゆっくりと持ち上げると、色白の細い脚がとても痛々しい色に変色して腫れあがっていた。見るからに酷い状態というのが分かる。
こういう時に回復魔法でも使えればと、無い物ねだりな事を考えながら、俺はせめてもの応急処置にと彼女に薬草を塗った。だがコレはあくまで擦り傷を治す程度。この足の怪我は医者に連れて行かないと治せない。
「俺が担ぐから直ぐ医者に行こう。本体は倒したけど洞窟内にまだ沢山いるから」
「あの……本当にありがとうございます! 何とお礼をすればいいか……」
「だからいいってそんなの。それより君名前は?」
「あ、私はエミリアです……。エミリア・シールベス」
「エミリアね。俺はグリム。宜しくな」
軽く自己紹介を済ませ、俺が洞窟から出ようとエミリアを担ごうとした時、徐にハクがエミリアの足の上にそっと覆い被さった。
「お、おいハク何してるんだよ。足怪我してるんだぞ!」
「ワウ」
「え……?」
さっぱり理解出来ない行動。
そっと触れただけでも激痛が走りそうな彼女の足にハクは乗ってしまった。反射的に焦った俺は慌ててハクを動かそうとしたが、そんな俺を他所に、エミリアは不思議そうな表情で自らの足に覆い被さるハクを見ていた。
「あれ?」
「どうした? やっぱ痛いんだろ? 早くどけってハク!」
「ち、違うんです……! 痛いどころか……逆に何か痛みが和らいでいる様な――」
え、そんな訳ないだろ。
予想外過ぎたエミリアの言葉に俺は思わず心の中でツッコんでしまっていた。だってこんな酷い怪我に……。
「バウワウ!」
「ハク?」
変わらずエミリアの足に覆い被さっているハク。
しかしよく見ると、青紫色に腫れあがっていた彼女の足が瞬く間に治っていた――。
「噓だろ……」
「凄い、もう全然痛くない。 それに血も止まって傷まで塞がってます!」
「バウ!」
「おいおい、これお前の力なのかハク」
エミリアは勿論俺も驚いた。まさかハクにこんな回復能力があるなんて全く知らなかった。怪我を治してもらったエミリアはハクに抱きついて「ありがとう!」と何度も言っている。ハクも嬉しいのか尻尾をぶんぶん振ってみせた。
「なんだよハク、そんな事出来るなら森で自分の傷を治せば良かったじゃないか」
「バウバウ」
俺がそう言うと、ハクは首を横に振った。どうやら自分には出来ないらしい。
「そうなのか。まぁお前のお陰で助かったよハク。後はもう洞窟から出るだけだな」
「グリムさんもハクさんも本当にありがとうございます。ですが……一体どうやってここから出るのでしょう? 私達が通って来た唯一の道は塞がれてしまっていますし……」
「大丈夫だよ。道なんて幾らでも作れる。それにあの程度の防御壁なんて簡単に壊せるが、あっちは“ハズレ”だ――」
「え?」
そう。
魔法団の多くの足音が響いているあっちの道には、ノーバディの地面を這う音が大量に聞こえている。それに俺はさっきそこを通って来たが、あちこち崩れ落ちているせいで道が塞がっていた。
「なんか全員で魔法撃ちまくってなかった?」
「は、はい。さっきのノーバディを倒す為に一斉攻撃を……。その後もエンビア様の援護でもう1回一斉攻撃をしていました」
「やっぱりな。この洞窟ただでえ穴だらけだから崩れやすくなっているんだろうな。そこへその一斉攻撃とやらの衝撃が加わったせいで凄い崩れてたぞ。
しかもそれだけ魔法使ったとなると、もうアイツらはノーバディの残党と戦う力残ってないだろなぁ」
「そうなんですね……」
俺とエミリアがそんな会話をしていると、洞窟内の遠くから悲鳴が聞こえてきた。魔法団の奴らがノーバディの残党と遭遇したのだろう。
最初の数秒こそ勢いよく魔法が放たれている音がしたが、それも直ぐに消え去りどんどん声も無くなっていった。そして、最後に一際大きな女性の叫び声が響き、洞窟内は静かになった。
仕方がない。これが奴らの運命だった。それだけの事だ。
今の一部始終が聞こえていたのは勿論俺だけ――。
「エミリアを置き去りにしなかったら、また違う運命だったかもしれないのにな」
「ワウ」
「よし。じゃあ俺達も急いで出るぞ。こっちだ」
「あ、待って下さい!」
「俺が道を作るからそのまま付いて来てくれ。ただ足場が悪いから気を付けろよ」
エミリアにそう告げ、俺は剣で壁を破壊した。ここに来るまでの道中とノーバディとの戦いでそろそろ剣が限界。もって後2~3振りだな。それまでに地上に出ないと生き埋めだ。
「す、凄いですねグリムさん。この穴と言いさっきのノーバディと言い……強過ぎます」
「そうか?」
「はい! 絶対強過ぎますよ! どこの騎士団の方ですか?」
「いや、俺は騎士団じゃない」
「え、そうなんですか。あ、じゃあ剣を使っていますが魔法なんですねそれ! どこの魔法団ですか?」
「いや、魔法団でもない」
「じゃあフリーの冒険者なんですね!」
「いや、冒険者でもない」
「え……?」
普通であれば彼女の反応が自然だろう。勿論どこにも属さない一般の人もいるが、そもそもそんな普通の人がこんな場所にいるのは絶対に可笑しいからね。
「う~ん、ちょっと色々事情があるんだけど、エミリアはレオハート家って名前は知ってる?」
「え、はい勿論です。レオハート家は王国で1番有名な剣聖の名家です。逆にリューティス王国で知らない人なんていないですよ」
「まぁそうだよな。俺さ、実はそのレオハート家の人間だったんだよ。名前はグリム・レオハート」
俺がフルネームを出すと、エミリアは目を見開いて明らかに驚いている様子だった。
「え⁉ あ、貴方が“あの”グリム・レオハートさんだったんですか⁉」
彼女がそんなに驚く事も気になったが、それ以上に俺は“あの”という言い方が気になってしまった。
「えっと……何をそんなに驚いているんだ? しかも“あの”ってどういう意味?」
「あ、いえ、すみません……! 実はもう何年も前に1度、スキルが覚醒しないと言う理由だけでグリム・レオハートという方が辺境の森に飛ばされたと、風の噂で聞いた事がありまして……まさかその方が本当に実在してるとは――」
成程。
彼女が急に苦虫を嚙み潰した様に歯切れが悪くなったのも頷ける。俺が辺境の森に追放されてからもうかれこれ8年は経っているが、まさか王国内でそんな噂が広まっていたとは……。まぁしょうがないか。一応有名なレオハート家であって父さんの息子だったんだから。
エミリアは急にハッとした表情をして、俺なんかを気遣ってくれたのか慌てた様子で謝ってくれた。
「あ、あの、すみませんッ! 私失礼な事を……」
「ハハハ。別に大丈夫だよ。それにその噂本当だし。正真正銘、俺が辺境の森に追放されたグリム・レオハートです」
「そんな……」
まだ信じ難いのか、エミリアはその青い大きな瞳をパチパチさせながら俺を見て固まっていた。彼女からすれば死人でも見ているかの様な気分だろうな。王国で噂になったレオハート家の恥さらしがのうのうと生き残っていたんだから。そりゃ当然そういう反応にッ……「――とても嬉しいです!」
ん?
「実は私、ずっと貴方にお会いしてみたかったんです!」
どうやら聞き間違いではないらしい。
エミリアは急にパッと明るい表情を浮かべながら興奮気味にそう言ってきた。
「え、どういう事……?」
「まさか私なんかを何度も助けてくれた命の恩人が…、あの噂のグリム・レオハートさんだったなんて! 私とても感激しています!」
俺の質問の答えとなっていないエミリアは、そう言いながらグッと俺に近付き勢いよく手まで握ってきた。意味不明。
「あの! 急に失礼かと思いますが、宜しければ私を“仲間”にしてくれないでしょうか! どうかお願いします! まさか“呪われた世代の1人”にお会い出来るなんて……! それに私、どうしてもグリムさんの様に強くなりたいんですッ!」
理解不能の展開は更なる予想外なところに着地した。
本当に急過ぎるし色々ツッコミたい所だらけ。いつの間にこうなった? 突然噂を暴露され感激され仲間にしてくれと志願されている挙句に再び気になるワードが出てきた。
呪われた世代って何だ……?
うん。シンプルに困った――。
「あ、あのさ、一先ず落ち着いてくれるか? 兎に角今はここから急いで出る。そして今の話は地上に戻ってからゆっくり聞きましょう」
「分かりました!」
と、そんなこんなで俺は取り急ぎまた壁を破壊し、崩れていく洞窟を横目に全員で無事脱出したのだった――。
♢♦♢
~遺跡近くの平原~
「ふぅ。取り敢えずここら辺ならもう大丈夫だろう」
「ありがとうございますグリムさん」
洞窟を無事に脱出した俺とハクとエミリアは、王都へと続く広くて静かな平原に来た。ここなら周囲の見晴らしもいいし、ノーバディの残党の気配もない。
「よし。じゃあ一旦落ち着いたところで話を整理しようか」
順番に追って行かないと頭がパンクする。
「まず最初に、君が俺の事を知っていると言うのは分かった。不本意な噂だったらしいけど事実だから仕方ない。それにお互いの名前も分かった。
……で、強くなりたいから俺の仲間になりたいと?」
「はい。お願いします!」
これが急に分からないんだよ。
「あのさ、え~と、困ったな。どっから話そう」
「逆に私が聞いていいですか? 一応確認なんですけど、私と同じ呪われた世代の1人という事は18歳ですよね? 騎士団でも魔法団でも冒険者でもないのに、こんなところで何されているんでしょうか? そして何故そんなに強いのですか?」
おっと、まさかの怒涛の質問攻め。まぁいい。1つずついこう。
「さっきからその“呪われた世代”とか言うのが分からないけど、取り敢えず俺は18歳だ。エミリアも同い年って事だよな?
そして俺が何者でもないのはご存じの通り、スキルが覚醒しなくてレオハート家や王国の面汚しをしたから辺境の森に飛ばされたんだ。それがかれこれ8年前の話し。
俺はそれからずっと森で暮らしていたんだけど、突然騎士団の奴らに森を焼かれた上に、ここにいるハクを何故だか狙ってやがるんだ。だからその理由を確かめる為と、俺の家でもあった森を焼いた国王に文句を言ってやろうと王都に向かっていたら、襲われていた君をハクが見つけた……ってそんな感じ」
「成程。そういう事だったんですね……」
「じゃあ今度は俺が聞くぞ。さっきから言っている呪われた世代ってのは何の事だ? それにノーバディとか言うあの触手のモンスターも、君達騎士魔法団が総出でハクを狙う理由は?」
彼女からの質問に答えた俺は逆に気になっている事を全部聞いた。だが自分で彼女に問うと同時に、このエミリアという子のフワフワした感じというか天然というか少し鈍臭いという感じが、どうも今起きている事態を把握しているとは思えなかった。
何となくで決めつけて申し訳ないが、直感でそう思ってしまったのだ。だが、この直感は正しかった――。
「あ、えーと、それはですね……まず呪われた世代というのは、少し言いづらいのですが、きっかけはグリムさんのスキルが覚醒しなかった事なんです……。
その時はまだそんな呼ばれ方はしていなかったのですが、グリムさんが森に飛ばされてから数年後、スキルが覚醒しているにも関わらず3級魔法すら使えない私の事がいつの間にか多くの人に知れ渡っていました。
魔法が扱えない事に加えてこの木の杖しか使えないという事も重なり、そこから皆さんに笑われ馬鹿にされるのはとても早かったのを覚えています。
そして、私が皆さんから笑われる様になった頃からまたある噂が流れていました。私も直接会った事はありませんが、どうやらその方は“槍”のスキルの持ち主で槍術の腕が凄かったらしいのです。
ですが私と同じようにスキル覚醒はしたものの、最弱な“土の槍”しか使えない挙句に何度も槍を壊してしまうそうで、一時は訓練生としていたらしいのですが突然何処かへ行ってしまってそのまま行方不明になったとそうです……。
呪われた世代と呼ばれる様になったのは、グリムさんと私とその槍のスキルの方が全員“同じ年”だったいう事が後に判明したからであり、偶然に偶然が重なった結果そう呼ばれる様になってしまったという訳です。
なんかすみません……」
エミリアは丁寧に説明してくれた後に頭を下げた。呪われた世代と言われる原因になってしまった理由に少なからず自分が関係している事を俺に謝っているのだろう。
「謝る事じゃない。エミリアは何も悪くないし、寧ろ被害者だ」
環境こそ違えど、エミリアも俺と同じ様な思いをしてきたんだな。俺は森でずっと1人だったけど、彼女はきっと毎日毎日辛い目に遭っていた。その気持ちは計り知れない。
「ありがとうございますグリムさん。呼ばれ方は良くないですけど、私は心の何処かで親近感を覚え、グリムさんともう1人の方に何時か会ってみたいと勝手に思っていました」
「成程。まさか俺がいなくなってからそんな事になっていたとは……。なんか俺のせいでゴメンな。エミリアに辛い思いさせていたみたいで」
「い、いえ、それは違いますよ! 私は私に才能がなかったから皆さんに馬鹿にされていただけです。グリムさんのせいではありません!」
彼女が俺に謝るなど以ての外。逆に俺が謝れって感じだよな。
「あ、すみません。何か話が長くなってしまって……。まだノーバディとハクさんの事も知りたいんですよね」
「ああ。何か知っているか?」
「結論から言いますと、申し訳ありませんがハクさんを狙っているという理由は分かりません。私もグリムさんの話でこのハクさんが討伐対象ある白銀のモンスターと知ったぐらいなので……」
「やっぱりそうなのか。分かったよ、ありがとうエミリア」
「いえ。もっとグリムさんのお役に立てる事を知っていれば良かったのですが」
「でも益々怪しくなってきたな。ちゃんと理由も告げずにこれだけの団員が動いているのは異常だ」
「そうですね。私はそれも少し感じていました。王国は今“終焉”にも手をこまねいてますから」
「終焉って何の事だ?」
エミリアの口から出た聞いた事のない言葉。
「グリムさん終焉もご存じないですか?」
「ああ。何の事かさっぱり。ずっと1人で森にいたから外の事がまるで分からないんだ」
「そうだったんですね。だからノーバディの事も聞かれたのですか」
「ああ。あんなの初めて見たからな。森にいなかったし」
俺はエミリアの話を聞いて、そしてエミリアは俺の話を聞いて、互いに少しずつ相手の事と今起きている現状を把握し始めた。
「王国に終焉というものが訪れる様になったのは、あの触手のモンスター……ノーバディがリューティス王国に突如現れ、王国の人々を襲いだしたからです。
爆発的にノーバディの数が増えて至る所で団員が討伐を行っているのですが、王都もオレオールも騎士魔法団が人手不足の状態です。
そんな時に、ずっと訓練生でいた私にオレオールの魔法団の団長さんが声を掛けてくれたのです」
「へぇ、王国ではそんな事が起こってるのか」
「はい。ですが私は魔法もろくに扱えない為、派遣されたエンビア様の団でも迷惑ばかり掛けてしまいました。その結果がアレです。最後は捨てられてしまいました……」
そう語るエミリアの姿が、やはり何時かの自分と重なって見えていた。
「そっか。奴らに裏切られた上に、エミリアがいた魔法団はもうノーバディの腹の中。行く当てもないから俺の仲間になりたいと」
「はい。私にとっては運命です! 2度も命を救ってくれた恩人が、私と同じ呪われた世代のあのグリムさんだったなんて、それ以外考えられません! それに私はグリムさんの様に強くなりたいんです!」
ようやくここまで話がきたか。うん。これが最後の問題だ。
「仲間になりたいだの強くなりたいだの言われてもな……。
俺はエミリア達が追っているハクを連れている挙句に騎士団とも揉めたばっかりだからなぁ。もう指名手配されてるんじゃないかな俺。
一応エミリアとは敵対している立場なんだけどそもそも……」
「私には関係ありません! もう魔法団になるのは諦めていましたし、派遣された魔法団もなくなってしまいました。元から正式な団員でもなければ私はもうグリムさんと出会ってしまいましたから!」
今までとは一転し、まるで開き直ったかの如く堂々と言い放ってきたエミリア。彼女の言ってる事はもっともだが、今の俺とハクと一緒に行動するのはかなり危険だと思う。
「エミリアがどんな道を進もうが、それを俺にどうこう言える資格はなし。ただ、俺とハクは今や狙われる身だ。その事も分かって仲間になりたいなんて言ってるのか?」
「はい。ちゃんと分かってます! 本当は魔法団の団長になるのが夢でしたけど、その夢は潰えてしまいました……。ですが今日、同じ呪われた世代のグリムさんと出会って、終わりだと思っていた自分の人生に突如希望の光が差し込んできました!」
「ちょっと大袈裟だな」
「いいえ、そんな事ありません。心の底からそう思っています!諦めていましたが、やっぱり少しでもグリムさんの様に強くなりたいんです。お願いします!」
エミリアはそう言って、深々と俺に頭を下げてきたのだった。
彼女が軽い気持ちで言っているのではないと直ぐに分かった。奇しくも似た境遇に置かれ、彼女もまた周りから軽蔑された目で見られていたのだろう。8年前の俺と全く同じだ。
あの時、誰かが手を差し伸べてくれていたらもっと違う未来が待っていたかもしれない。根本は自分にも原因があるのかもしれないが、それでも俺は誰かに助けてもらいたかった。
エミリアは今まさにその真っ暗闇の中――。
自分がそれだけ頑張って足掻いても変えられない状況。周りの目はどんどん冷たく冷酷になっていくにも関わらず、誰も助けてくれないどころか笑われ馬鹿にされてしまう……。
昔の自分とそっくりだ。
「エミリア……。俺は剣士だから魔法は使えない。だから強くなりたいと言われても、魔法が使えない俺は魔法なんて到底教えられないんだ。
だけど、今エミリアがいる暗闇から抜けだす方法なら、俺でも少しは教えられるかもしれない。これでもエミリアと似た道を歩んできた呪われた世代の1人だからな――」
「グリムさん……」
「きっとエミリアも、その暗闇から抜け出せば自分の力で強くなれる筈だよ。それなら俺にも助言が出来るしな。
だからエミリア、こんな俺でもいいなら君の助けになる。だが、何度も言うが俺は狙われている身だ。当然危険があるだろう。それでも仲間になって来るか? 俺と一緒に――」
俺がエミリアにそう問うと、彼女は微塵の迷いもない真っ直ぐな瞳を俺に向けて頷いた。
「はいッ――!!」
♢♦♢
「……全然帰ってこないな……」
「バウ……」
俺とハクは、エミリアが向かって行った方向を見ながらそう話していた。
あれから、一応エミリアは俺と仲間?になったみたいで、俺が王都に向かうと言ったら快く了解してくれた。だがさっきの洞窟でのノーバディとの戦闘と壁の破壊で剣がまた壊れてしまっていた。
何処かで剣を調達しないといけないなと話していたら、エミリアが「この近くに街がありますよ」と教えてくれた。
だが俺とハクは人目の多い場所を極力避けたい。まだ辺境の森からそう離れていないこの場所では、騎士団や魔法団の奴らが近くにいても可笑しくないからだ。だけど進むにはどうしても剣は必須。
どうしたものかと悩んでいたら、エミリアが「私が行ってきます!」と張り切って申し出てくれたのだ。
俺は流石に申し訳ないと思い断ったが、彼女もハクもお腹が空いたらしく買い物がてらに行ってくると言って本当に行ってしまった次第である。
「まぁ確かに助かったけど、それにしても遅くないか? もう日が沈み始めてるぞ」
「バウ」
エミリアが向かって早くも何時間が経っただろう。俺の都合で街に行ってもらっているのだが、幾らなんでも時間が掛かり過ぎじゃないか? 俺が思っている以上に街との距離があったのか、それとも何かトラブルに巻き込まれたんじゃ……。
「ワウ!」
「お、来たか」
そんな事を思っていると、向こうから音が聞こえてきた。ハクも気付いたらしい。しかし近づいてくる音はエミリアの足音ではなく、何故か馬の走る音とガタガタと車輪が転がる音だった。
一瞬騎士団や魔法団かと思い慌てて道の向こうを確認したが、そこには1頭の馬が馬車を引いており、その馬車の荷台の上にエミリアが乗っていた。そして彼女は俺達に向かって大きく手を振っている。
「おーい、グリムー! ハクちゃーん!」
「ん……どういう事?」
「バウ」
取り敢えず騎士魔法団でない事に安堵したと同時、エミリアのまさかの登場の仕方に驚いた。同い年だから名前も呼び捨てでいいし敬語も止めてくれと言ったのは俺だが、いざ呼ばれると少し恥ずかしい。
そんな事を思っていると、エミリアを乗せた馬車は俺とハクの前で止まった。
「ただいま! 遅くなってすみませ……じゃなくて、遅くなってごめんね。ハクちゃんもお腹空いたよね。コレなら食べられるかな?」
「バウ!」
「グリムはコレどうぞ。街に売ってる双剣がコレしかなかったんだけど……」
そう言いながら馬車から降りてエミリアは俺に剣を渡した。
「コレで十分だよ。ありがとなエミリア。それよりも……」
買い物は確かに助かった。だが、それよりも気になったのが馬車を運転していた1人のお爺さんだ。
「ああ。こちらは街の町長さんです! 」
「初めまして」
「あ……初めまして……」
「実はねグリム。町長さんがなんか困っているらしくて、強い人を探しているらしいの。だからここまで送ってもらうついでにグリムと1度会ってみたらどうかと思ってね」
エミリアの事だから全く悪気はないんだろう。経緯は分からないが、目の前にいる町長さんが本当に困っているから助けたいと思っての行動だと思う。
だがエミリアよ……。さっきも言ったが、俺達はもう追われているという事を自覚しなければならない。目立つのは良くないんだ。君にもちゃんとそう言ったよな?
え、俺のこの考えで間違ってないよね……? 合ってるよね……? 状況理解してるよね……?
俺はそう思いながら慌ててエミリアを引き寄せ、小声で確認した。
「ハハハ……ちょっといいかエミリア」
「ん、どうしたの?」
「あのなぁ、俺はあまり目立ちたくないって言っただろ? 俺が狙われたらエミリアも危険だ。何の為に1人で街まで行ってくれたんだよ。もしこの町長さんに俺やハクの情報が伝わっていたらどうッ……「――それは大丈夫! ちゃんと町長さんに確認したから!」
エミリアは屈託のない笑顔を俺に向けて言ってきた。
「いや、そういう事じゃなくて。俺達は今から王都にも向かわなきゃいけないだろ」
「ごめんなさい。それは分かっていたんだけど、たまたま町長さんと街の方が話しているのが聞こえちゃって……。とても困ってるみたいだからどうかお願いします!」
「言ってる事滅茶苦茶だぞ。俺は困った人を助けるヒーローじゃない」
「勿論それも分かってるけどそこを何とか! ヒーローになれるチャンスだよ!」
やっぱり仲間にしなければ良かったと率直に思ったが、俺とエミリアが口論しているとハクが俺の足元に寄ってきた。
「どうしたハク。 まさかお前この村長の助けろとか思ってるんじゃ……」
「バウ!」
ハクはそうだと言わんばかりに大きく吠えた。
どうやら俺はもう請け負うしかないらしい。何だ?まるで俺が空気読めない奴みたいなこの雰囲気は。
思うところが多々あったが、エミリアとハクに促された俺は一先ず町長さんの話を聞く事にした。すると町長さんは「ありがとうございます」と言いながら話を始めた――。
町長さんの話しによると、街から南に数キロ行った場所に石碑が置かれた広場があるらしく、そこは昔から街の人達が先祖への祈りの為に皆で管理している場所との事。
だがここ暫くの間、終焉の影響でノーバディが出没しているせいで街の皆が石碑に行く事が出来ず、その間に何やら怪しい者達が石碑の場所に住み着いてしまった挙句に不審な行動をしているそうだ。
村長さんが俺に頼みたいのは、この怪しい者達を石碑の場所から退去させる事。
話を聞いた俺は「申し訳ないがそれは俺じゃなくて王都の騎士魔法団に頼んだ方がいいと思う」と告げると、町長さん達は既に何か月以上も前に依頼を出したにも関わらず未だに団員が来てくれないという――。
「つい先日も3度目の依頼を騎士団に依頼したのですが、今は終焉のせいでどこも人手不足だから無理だと言われてしまいました……。
それでも街の多くの者にとって、あの場所は代々先祖を祭ってきた大事な神聖な場。騎士魔法団がダメならと、皆で話し合ってフリーの冒険者を雇ったのですが、物凄い怪我で戻ってきたのです……」
「その石碑に住み着いてる奴らが強いという事か?」
「私共には詳しく分かりません。ただ、その冒険者の方は“悍ましい化け物”を見たと全身震えるながら口にして、そのまま大きな病院のある王都まで運ばれていってしまいました……」
成程。それで強い人を探しているって訳か。
「今日出会ったばかりの方にこんなご相談はとても失礼かと思いますが、あの場所は昔から街の皆で管理してきた大事な場所であります。
騎士魔法団も当てにならない今、もう我々では成す術がなかったのですが、こちらのエミリアさんがとても強い仲間がおられると申してくださいまして……。失礼を承知しながら藁にも縋る思いで頼ませていただいた所全です。
勇者様、どうかお助け願います……! 当然お礼はしっかりとさせて頂きますのでどうか――!!」
村長さんは本当に藁にも縋る程の勢いで頭を下げてきた。そんな村長を見てエミリアとハクは俺をジッと見ている。
はぁ。マジかよ。これで断ったら何か俺が悪者みたいじゃないか。
「村長さん。それにエミリアもハクも。冷たい言い方かもしれないが、俺はヒーローでもなければ勇者でもない。なんなら今や騎士団とは敵対し追われる身。それは俺とハクは勿論、仲間になったエミリアもだ。それをお前達はちゃんと理解しているか?」
「それは分かっているけど、でも……」
「ワウ……」
俺が厳しくそう言うと、ハクもエミリアも少し顔を俯けた。
「だったらこれからはもう少し緊張感を持ってくれ。それだけ分かってくれれば今回だけは話を受ける。
エミリアに1人で街まで行ってもらったし、町長さんにもこんな所まで来てもらったからな――」
「グリム……ッ!」
「バウワウ!」
「本当ですか⁉ あ、ありがとうございます勇者様!」
俺の言葉に、皆が嬉しそうに喜んでいる。
「だから俺は勇者ではないんですって」
「あ、そうでしたね! 名前はグリム様でしたよね? 本当にありがとうございます。もう何とお礼を申し上げればよいか」
「いえ、まだ全く解決もしてないのでお礼は全部終わった後で」
「確かにそうですが、こんな話を聞いて受けてくれるという返事を聞けただけでも有難い事でして……!
そうだ! 今回の報酬はどうすれば宜しいですかな?」
「報酬か……。それならお金は要らないから、もし出来るならコレ以外にもう1組だけでも双剣を用意してもらえませんか?」
これから王都に向かうのにやはり双剣1組では心細い。多くても邪魔で動けないが、それでも予備を準備しておかないと。それに、今の話しの“悍ましい化け物”とやらも何か嫌予感がする。
「え、双剣……ですか?」
「はい。今街で買わせてもらったんですが、コレしかなかったみたいで……。どうにか町長さんの力でもう1組だけ双剣を譲ってもらえないでしょうか?」
俺の申し出に村長さんは戸惑いを見せながらも、「街中を探して用意しておきます!」と力強く言ってくれた。
こうして、俺達は村長さんから石碑の場所を記した地図を受け取り、何やらそこに住み着いているという怪しい者達の討伐に明朝向かう事を決めたのだった――。
♢♦♢
視界全てが真っ暗な“夢”の世界。
俺はその中で横たわっている。
誰かが自分の頭を優しく撫でている事に気が付いた俺は、ゆっくりと瞼を開いた。
すると、そこには白銀の綺麗な髪を靡かせる綺麗な女の子がいた。
何故か俺はその女の子の膝に頭を置き横たわっている。そして俺の頭を撫でるその女の子と不意に目が合うと、彼女はそっと微笑んだ。
神秘的な雰囲気を纏うこの子に俺は見覚えがあった。
そう。
彼女は確か森が火事になった時の夜に、夢の中で必死に俺を呼んでいた子――。
ぼんやりとした夢の中で彼女を見た事も覚えているし、珍しく深い眠りについていた事も覚えている。
またこの感覚。
とても優しくて暖かいこの感じ。
このままずっとここで眠っていたいと思った次の瞬間、突如遠くの方から声が聞こえてきた。
そしてそれと同時に、何かに体を揺らされている不思議な感覚に襲われた――。
「……グリム、起きて! もう朝だよ!」
――バッ!
「エ、エミリア……⁉」
ぐっすり眠っていたのか、エミリアに声を掛けられていた俺はバッと体を起こした。
「おはようグリム。凄い疲れてたんだね。何回呼んでも目を覚まさないんだもん。もう少し休む?」
「もうこんなに明るく……」
有り得ない。“また”だ。
森に飛ばされてからというもの、俺はずっと寝ている時でさえも辺りに注意していた。なのに火事の時といい今といい、人にこんなに呼ばれながら体も揺すられていたのに気付かないなんて有り得ない。
一体何なんだあの夢は。
「ごめんエミリア。俺なら全然疲れていないから直ぐに出発しよう。あれ、ハクは?」
「フフフ。そこにちゃんといるよ」
俺がきょろきょろとハクを探していると、エミリアが笑いながら俺の後ろを指差した。すると、俺が寝ていた頭の辺りで気持ちよさそうに寝ているハクの姿があった。
「お、こんなところにたのか」
「グリムってば、ずっとハクちゃんを枕にしてたよ」
「俺がハクを枕に?」
何気なくハクに視線を落とすと、俺はハクの白銀の毛並みが夢の中の女の子と一瞬に重なって見えた。
いや、まさかな……。ただの夢だし。
「ハクも起こして朝食を済ませよう。そしたら直ぐに出発だ」
「分かった」
「おーい、ハク。朝だぞ」
「ワウ」
俺はハクを起こし、皆で朝食済ませた。
♢♦♢
「そう言えばエミリアってこの辺りに詳しいの? 街がある事も知っていたし」
「来た事はないんだけど、私世界中を飛び回る事が夢だったからよく色んな場所の地図を見てたの。王国内もね」
「そうだったのか。今から行くこの石碑のある場所も知ってるのか?」
「何となく名前を聞いた事があるぐらいかな……。ここら辺だと“3神柱”の神殿の方が有名だから」
「あー、それってドラゴンとかいるやつだよな? 難しい事はさっぱり俺には分からないけど」
「そう。3神柱は精霊、獣人、ドラゴンの3種族の事で、これが世界の始まりとも言われているの。
大昔はこの3神柱が神だと崇められて多くの人達が信仰していたみたいだけど、リューティス王国は今“女神様”を信仰しているわよね。
これは、今では当たり前の“スキルが与えられる”という習慣が何百年も前にこの女神様と共に誕生した事がきっかけになっているみたい。
だからこの3神柱の歴史は今ほとんど知られていないって、前にお父さんから聞いた事があるの」
「へぇ、そんなのが存在していたんだな。元々勉強得意じゃないし、女神が当たり前の存在だと思ってたよ」
「私もお父さんから聞くまで全く知らなかったよ。
何百年か前にリューティス王国が一気に大国へと発展した理由がこの女神様の力によるものなんだって。
何でも、当時の国王と側近達が女神様を召喚する儀式とやらに成功したみたいで、現れた女神様と“制約”の契りを結んだとか。
そのお陰でスキルが与えられる様になって、優秀な人材が毎年生まれる様になったリューティス王国は瞬く間に一大大国を築いたらしいの――」
スラスラと話すエミリアの知識は凄い。流石世界を飛び回ろうとしているだけはある。俺なんて全くそんな事知らないもんな。
「凄いなエミリアは。それにお父さんも歴史に詳しいんだな」
「そうなの。お父さんはモンスターや王国の歴史をずっと追っていて、それであちこち飛び回っているみたい」
エミリアとそんな話をしながら石碑のある場所へ向かっていると、俺達の目と鼻の先に目的の石碑らしき物が見えてきた。
「あそこだな」
街を出てからずっと森林が続いていたが、大きな石碑とその周辺は木々がなく、石碑以外にも大小様々な大きさの岩があちこちに転がっていた。遺跡の様な雰囲気と言うのが近いだろう。
奥にあるあの一際大きな物が石碑だな。
アレだけ手入れされている様だし、目の前も綺麗に舗装されている。
「これが町長さんの言っていた石碑か。俺達以外誰もいないな」
「そうね。何か逆に静か過ぎて不気味」
「ああ。でもやっぱ“いる”みたいだな。まだ新しそうな足跡が幾つかあるぞ」
町長さんが言っていた通りなら街の人達は暫くここには来れていない。だとすれば、この足跡はその怪しい連中のものと考えるのが自然だ。
「でもどこにもいる気配がないな。音も聞こえない」
俺が辺りの様子を伺っていると、エミリアが何かを見つけた。
「グリム、こっちに来て!」
「どうした?」
「ねぇ、コレちょっと見て。石碑の横にあるこの岩に、何か模様みたいなものが彫られているの」
「ん? どれどれ」
エミリアの言う通り、そこには何かの模様のような絵のようなものが彫られていた。
「何だコレ」
「確かな事は言えないけど、多分3神柱の模様だと思う」
「それって今さっき話していたやつか」
「うん。3神柱はこの世に“生命”を誕生させたとも言われていて、『精霊王イヴ』『獣天シシガミ』『竜神王ドラドムート』と呼ばれる神々達が自然や動物、そして人間や数多の種族のモンスターを生み魔力を与えたと語られているの。
前に読んだ書物でこの模様とよく似た3神柱の模様を見た事がある……。確実ではないけど」
自信がなさそうに語ったエミリア。到底俺なんかの浅はかな知識ではよく分からないが、この模様と似たものを俺も見た覚えがある。それも最近。ハクの事を調べた時に、本にこんな絵が載っていた。
気がする。
「でも3神柱とやらの模様が何でこんな所に」
「そこまではちょっと分からない」
「エミリアが分からないなら仕方ない。コレは一旦置いておくとして、やっぱりどこにも人の気配がしないな」
エミリアの話しで確かに3神柱とやらも気になっているが、今は取り敢えず町長さんに言われた怪しい連中が先。住み着いているみたいな事言っていたけど一体何処にッ……「――バウワウ!」
次の瞬間、突如ハクが吠えながら石碑のとは違う方向に走っていた。
「どうしたハク!」
俺は反射的にハクを追いかけ、エミリアもそれに続いた。
「バウワウ!」
この開けた場所の丁度真ん中ぐらいの位置だろうか。ハクはそこで止まるや否や、そこに聳え立つ大きな岩に向かって吠えている。
「何だよハク」
「バウ、バウ!」
「この岩が何かあるの?ハクちゃん」
ハクは何かを訴えかけている様子。俺とエミリアはいまいちピンとこなかったが、ハクが吠える目の前の大きな岩を何気なく見た。すると、エミリアがまた何かを見つけた、
「あ、グリム見て!」
エミリアはそう言いながら大きな岩の上部を指差す。そこにはさっきの3神柱とはまた違う模様が彫られていた。だがさっきの模様より明らかに見覚えがある。だってこれは……。
「魔法陣……?」
「うん。そうみたい」
3神柱の模様なんかより圧倒的に見覚えのあるコレは魔法陣。勿論俺は使えないが小さい頃に見た事がある。魔法陣はあらゆる形で応用されているから珍しいものではない。
ただ、魔法陣はあらゆる形で応用されている分、その発動の仕方やや効果も幅広い。シンプルでありややこしいのだ。
「エミリア。さっきから俺が知識に乏しいという事は理解出来た思うが、コレが魔法陣だという事は分かった。だがそれ以上の詳しい事は分からん。コレは何の魔法陣だ?」
「確かに魔法陣だけど……コレは見た感じ結構複雑ね。何が発動するか私も分からない」
魔法陣の効果は多岐に渡る。
逆に言えば、この魔法陣が発動したらどんな事が起こるのか想像も出来ないという事だ。しかもこんな所にあるとするならば、その怪しい連中のトラップだとも十分考えられる。
「分からない以上不用意に触るのを危険だ。コレは一旦無視して……「バウ!」
皆まで言いかけた刹那、ハクが思い切りジャンプして魔法陣に触れた。
「お、おいッ!」
ヤバいと思ったが、時すでに遅し――。
発動してしまった魔法陣は瞬く間に眩い光を放ち、一瞬で目を塞いでしまう程の強い光が視界を覆い尽くした。
そして、次に目を開いた時には見知らぬ場所へと飛ばされていた。
「大丈夫か⁉」
「バウ!」
「取り敢えず大丈夫みたい。それより、ここは一体……」
俺達の目の前はさっきまでの岩と森林が広がる光景ではなく、明らかに“別次元”が広がる空間だった。
足元には見た事もない形や色の草木。空は黄色っぽい色で得体の知れない生物が飛んでいる。横を流れる川はピンク色に輝いており、水中の生物もまるで見た事がない姿形をしていた。
余りの異質な世界に一瞬言葉を失ったが、ここが魔法陣で飛ばされた別次元である事を直ぐに理解させられた。
「どうやらコレが魔法陣の効果みたいだな」
「ええ。恐らく転移魔法の類ね。しかもかなり強力な魔力が施されたものみたい」
「ハクが魔法陣に触れた時は少し焦ったが、どうやら“当たり”みたいだな――」
ここに来た瞬間から俺達以外の気配を感じている。
「じゃあここに町長さんにが言っていた怪しい人達が?」
「ああ。何者かは分からないが確かにいるぞ。まぁこんなコソコソした場所で何かしている奴らなんて絶対普通じゃない。怪し過ぎるぜ。早く気配の感じる方へ行ってみよう」
俺はハクを抱え、エミリアと共に気配の感じる方へ向かう。すると、俺達の視線の先に1つの建物が見えてきた。あの建物が何なのか分からないが、唯一分かった事があるとすれば、建物の前に人がいるという事。
確認出来た人影は1人ではなく全部で13人。
奴らは全員黒いマントの様なものを羽織りながら円状に並んでおり、足元には淡く光る魔法陣が浮かび上がっていた。
「何者だアイツら。あれが町長さんの言っていた怪しい奴らだよな?」
「きっとそうよ。というかそれ以外考えられないわ……」
「しょうがない。ここで見てても埒明かないから行ってくる。ハクとエミリアはここで待っててくれ。とても平和に解決出来そうな雰囲気じゃなさそうだ。まぁ人を見た目で判断しちゃいけないけど」
「気を付けてね」
「ワウ」
ハクとエミリアに危険が及ばないよう待機させ、俺は思い切り地面を蹴って奴らの元へ跳んだ。
――ザッ!
「「……⁉」」」
「何してるんだ?」
突如現れた俺に対し、その場にいた13人全員が一斉に俺の方へ向いた。
「何者だ貴様」
男が頭を覆っていたマントを下げながら俺に言ってきた。その男の顔には不気味な模様が描かれておりとても冷酷な目をしている。
「先に聞いたのはこっちだろ。お前らか? この場所に住み着いてるとかいう奴らは」
男から躊躇なく放たれている殺気を真正面から受け止め、俺は奴を睨み返しながら再び聞いた。すると、男は不敵に笑いながら口を開いた。
「ククククッ。住み着いているだと……? 何の事だか知らんが、私達は今大事な“儀式”を行っている。ガキに構ってる暇などない」
「儀式? こっちだってお前達に時間を使っている暇はない。何してるか知らないけど早くこの場所から出て行けよ」
「急に現れて生意気なガキだな。人の魔法陣にまで勝手に入り込んでおいて」
「街の人達が大事にしている場所にお前らが先に勝手に入り込んだんだろ。早く後ろの連中がやってる儀式とやらを止めさせろ」
「グッハッハッハッ! 止める訳ないだろうが馬鹿が。私達の儀式は世界を創り変えるのだ!
まずはこの世界を1度壊す為に“終焉”を訪れさせるのさ。そしてこの終焉によって世界はリセットされ私達が再び新たな世界を創る――!」
高らかに笑う男は完全にイカれていた。
終焉だと……? もしかしてあのノーバディとかいう触手はコイツらが。
「おい。あの気持ち悪い触手はお前らの仕業か?」
「グハハハハハハ! だったら何だと言うんだこのガキィ!」
「こりゃとんでもない当たりだ。町長さんに感謝しなくちゃいけないかもな。この話を受けたエミリアとハクにも」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる」
「でもよ、お前らあんな触手程度で世界を終わらせられると本気で思っているのか?」
確かに数も多くてどこの騎士魔法団も困っているみたいだが、これだけで世界を変えようなんて不可能だ。
「グフフフ。やっぱり馬鹿だなガキ。私達があの程度の下級モンスターだけ召喚する訳ないだろう。アレはお試しだ。
私達がこれから召喚するのが本物であり、最も強力である奴の“究極体”モンスターなのだッ! コイツの存在によって世界は瞬く間に滅びるだろう――!」
「最初と違って随分ノリよく話すじゃねぇか」
「貴様1人が知ったところで今更どうにもならん。それに貴様の言う通り、私はもう興奮を抑えきれないのだよ! 何故なら新たな世界がもう目の前にあるのだからな! グッハッハッハッハッ!
あ、そうだ。いい事思いついちまった。召喚祝いに最初の餌を貴様にしてやるぞガキ。良かったなぁ、偉大な歴史の最初の餌だ!」
男はゲラゲラと笑いながらそう言い勢いよくマントを脱ぎ捨てた。手には剣が握られており、どうやら俺を殺す気らしい。
「悪いがあんな気持ち悪い奴の餌になる気なんてない。お前に譲ってやるよ」
「どこまでも舐めたガキだ。格好つけて剣2本もぶら下げているからって俺に勝てると思っているのか? あぁ?
そんなランクの低い安物持ってる時点で実力が知れるなぁ。前に殺しそこなった冒険者の方がまだマシだ! グハハハ!」
確かに、ランクの高い武器をまともに扱えているのならばそれはかなりの実力者だろう。弱い奴では使えない。
だが残念。
弱者は強い武器を使いこなせないが、その“逆”は幾らでも可能――。
全ては本人の実力次第だ。
「死ねぇぇぇぇ!」
男は安っぽい言葉と共に剣を振り下ろしてきた。
受けるまでもない。
「遅い――」
「ッ⁉」
男の振り下ろした剣を簡単に躱し、俺は剣の柄を思い切り男の腹部に撃ち込む。男は悶絶するようにその場に崩れ落ちたが、ガクガクと脚を震わせながら何とか堪え立ち上がってきた。
「ぐッ、貴様……!」
「だ、大丈夫ですかイズム様⁉」
「何だコイツ? もしかして騎士団じゃないだろうな」
怪しい連中は攻撃を受けたイズムとかいう男を心配して駆け寄ってきた。そしてそれに続くように他の者達も不気味な儀式とやらを止め集まって来る。
儀式も運よく中断したみたいだから、このまま全員まとめて片付けるか。
そう思った矢先、イズムという男が再び不気味な笑みを浮かべながら口を開いた。
「落ち着くんだお前達……! 私達がずっと儀式を行ってきた事によりもう蓄えは出来ている。グハハハ! お前達、遂に“究極体”の召喚をする時が来たぞぉぉッ!」
イズムが高らかに天を仰ぎながら叫び、手にしていた剣を上に掲げた。すると、マントを被った他の者達も剣を取り出して上へと掲げる。
マズい。
魔法陣や召喚魔法なんて詳しくないから発動の仕方が分からないけど、コレは何かヤバい感じがする――。
「やられたくなかったら全員大人しくしろ」
「グハハハ! もう“遅い”」
次の刹那、イズムを含めたマントの者達13人が全員上に掲げていた剣の切っ先を己に向け、そのまま躊躇することなく胸へと突き刺した。
「なッ……⁉」
「グハッ……ハハハ……ッ!」
余りの予想外の行動に動けなかった。
剣を刺した者達のマントの下からは夥しい量の血が流れ、次々にその場に倒れていく。
「マジかコイツら。もしかしてコレが召喚する方法とか言うんじゃないだッ……『――ブォォォォン』
そう思ったのも束の間、今度は奴らが儀式を行っていた場所の魔法陣の光が急激に強くなり、倒れていたイズム達の体が1人また1人と消滅していった。
そして13人全員の体が消滅すると同時、より輝きを増した魔法陣……いや、大地が大きく揺れだした。強い揺れと地響きが鳴り響く中、更に魔法陣が描かれていた地面がバキバキと割れ次の瞬間、見た事のない禍々しい存在が突如現れた。
『ギヴヴォォォォォォォォッ!!』
これはまた凄いのが出てきた……。
奴らの儀式によって召喚されたソレは、地上や洞窟で見たノーバディととても似た姿をしていた。だが、目の前のコイツは本体と思われた洞窟のノーバディを優に凌駕する存在。奴らが“究極体”と呼んでいたに相応しい格の違う魔力の強さを持つノーバディだった。
「取り敢えず連中は片付いたけど、アレも倒した方がいいのかな? このままこの空間に閉じ込めたり出来ないんだろうか」
ここが地上なら勿論始末するが、良くも悪くもここは魔法陣で生み出された別次元の空間。もし閉じ込められるなら無駄に戦う必要ないよな。
そんな事を思った直後、召喚されたノーバディが俺に気付いたのか、威嚇する様に雄叫びを上げてきた。
『ギギヤァァァァァッ!!』
「……⁉」
まるで衝撃波。
奴から発せられた雄叫びは凄まじく、まるで衝撃波の如く周りの岩や木々を吹き飛ばしてしまった。
「ハク、エミリア! 大丈夫か⁉」
俺は奴を無視して直ぐにエミリア達の元へ向かう。
「う、うん……何とか大丈夫」
「バウ!」
「良かった。それにしても、とんでもない奴が出てきたな」
エミリアとハクは少し離れた位置にいたお陰で何とか今の衝撃波から身を守れていた。洞窟で倒した4つ頭のノーバディより一回り小柄でどちらかと言えば人型に近い姿をしている。オークみたいな感じだな。まぁアレより圧倒的に強いし、4つ頭と比べても魔力が桁違い。
「あんな恐ろしいノーバディがまだいたなんて……。あの人達は余程この召喚に時間を費やしてきた様ね」
「ああ。それに最後の最後の自分達の命まで使ったからな。最早イカれ集団だよ。
それよりエミリア、アイツをこの空間に閉じ込めて置く事とかって出来るのか?」
「どうかな……。この空間を魔法陣で作ったのがさっきの人達なら、ここが消滅するのも時間の問題かもしれない」
「って事は、もしそうなったらアレは外に?」
「分からないけど多分。どの道あのノーバディの魔力が強過ぎて、この空間に留めるのは難しいと思う」
成程。やっぱりアレは倒しておかないとヤバそうだ。万が一にも地上に出たらと考えただけで恐ろしい。今まで出会った中で1番強いモンスターかもしれないな。
「よし。俺はアイツの相手してくるから、エミリアとハクはなるべく離れて自分達を守る事だけに徹してくれ」
「え、グリム1人で大丈夫? 私なんかが行っても確かに足手まといだけど……」
「大丈夫だよ、ありがとう。正直今までとはレベルが違うけど、多分倒せる。それよりも自分の事とハクを頼む」
「うん、分かった。気を付けてね。行こうハクちゃん」
エミリアはハクを抱えて更に離れた場所へと移動する。俺はそれを確認して再び奴の元へと戻った。
「さてと……。見た感じ中ランクぐらいの剣だよなコレ。持って“5~6”……本気なら“2”が限界か。どうか剣が壊れる前に倒せますように」
そんな事を軽く祈りながら剣を双剣を抜くと、最強のノーバディも俺に気付いた。そして得意の雄叫びを上げるや否やノーバディはさっきの威嚇とは違い、今度は確実に俺を“敵”と認識して襲い掛かって来た。
『ギギォァァッ!!』
ノーバディはその巨体に似つかない速さで俺との間合いを詰めると、
剣よりも硬く鋭そうな鉤爪を躊躇なく振り下ろしてきた。俺は向かってきた奴の攻撃を受け流しながら体勢を整え、そのままノーバディの腕を斬り落とした。
――シュバンッ!
『ヴヴァァ⁉』
「よし、ダメージはあるみたいだな。これならイケそうだ」
斬ったノーバディの腕がズドンと地面に落ち、凄い量の血が流れ落ちている。斬られた事により一瞬怯んだノーバディであったが、奴はもう片方の腕で再び俺を狙ってきた。
――シュバンッ!
『ギゴァァ⁉』
まるでデジャブかの如く立て続けに腕を斬り落とされたノーバディは叫び声を上げていた。
「こっちも攻撃回数が限られてる。このまま一気に終わらせてッ……『――ヴヴィァァッ!』
一気に勝負を着けようとした瞬間、ノーバディは斬り落とした筈の腕からまた腕を再生させ、神々しい光を放った魔力弾を勢いよく放ってきた。
「マジかよッ……⁉」
――ズドォォォォン!!
洞窟で倒した4つ頭とはやはり桁違いの魔力。奴の放った魔力弾は大地を抉りながら数キロ先まで飛んでいった。
俺は咄嗟に全力で剣を振るい今の魔力弾から身を守ったが、その凄まじい威力の攻撃に剣が耐えられずに1本が壊れてしまった。
「くっそ。今のはヤバかったな。お陰で早くも片方壊れた……。しかもアイツ再生能力まであったのかよ。こりゃ一撃で確実に仕留めないとマズいな」
正直最初の攻撃で油断した。これなら何とか倒せると。だが、思った以上に厄介な奴を相手にしちまったなぁ。腕斬ったからアイツも怒ってるみたいだし、また魔力が上がってる。
「次で決めるしかない。もし失敗すれば、俺の負けだ」
今みたいな魔力弾をまた放たれたらヤバいな。範囲がデカくて躱しきれないからどうしても攻撃で相殺するしかなくなるけど、そうなったらこっちの剣まで壊れて即終了だ。もし今以上の攻撃を持ってるなら尚更ヤバい。
事態は一刻を争う。
俺は次の一撃で決める覚悟で奴に飛び掛かった。
『ギギォァァ!』
ノーバディの繰り出してくる攻撃はただ腕や脚を振り回しているだけだが、その一撃一撃が威力も速さも他を圧倒していた。下手すればこの一撃で小さな村が消し飛ぶ程に。
だが俺は既に癖を見つけた。奴は攻撃を繰り出して次の動作に入る瞬間、僅かな隙が生まれる。そこを狙って頭を斬ってやる。
連続で繰り出される奴の攻撃を掻い潜り、俺はその僅かな隙を狙って一気に地面を蹴り奴の眼前まで跳んだ。
ここだ――。
隙を突いた俺は折れていないもう1本の剣でノーバディの首を一刀両断……しようと剣を振り下ろそうとしたまさにその瞬間、突如奴の首が大きく裂けた。何事かと思ったのも束の間、奴は裂けた部分を“口”へと姿を変化させ、全くの予想外に出現し開かれたその口には、既に神々しい光の魔力が集まっていた。
『ヴギュァ――!』
「なッ⁉」
もう既に攻撃態勢。
しかも今は空中にいる状態。
とてもじゃないが躱しきれない。
直撃したら死ぬ。
相殺させれば剣が壊れれてしまう。
そうなればもう次はない。
もうこのまま振り切るしかない。
だがコレはもう相打ち覚悟だ。
本当にヤバい時は世界がスローモーションに見えると言うが、もし本当ならば今がそれだろう――。
ノーバディの首から突如出現した口は既に魔力弾を放つ直前。俺ももう躱しきれないからこのまま攻撃を止める訳にはいかない。時間にしたら1秒にも満たないこの一瞬で、俺の頭には様々な事が駆け巡った。
そして、俺は玉砕覚悟で剣を振るった。
「“ディフェンション”!」
――バキィィィィン!
「……⁉」
自分の耳を疑った。
俺とノーバディの攻撃が互いに直撃する瞬間、突如俺の耳に聞こえたのはエミリアの声だった。更にエミリアの声が聞こえたと思った次の瞬間には、俺の目の前で“何か”が砕かれ粉々に吹き飛ばされた。
余りに唐突な一瞬の出来事。
俺は何が起こったのか分からなかったが、今の一瞬でノーバディの口から放たれた神々しい光が消え去っており自分も無傷。
反射的に目の前の状況を呑み込んだ俺は、そのまま今度こそ奴の首を一刀両断した。
――ザシュンッ!!
『ギッィ……⁉』
「俺の勝ちだ」
斬ったノーバディの頭は地面に転がり、首からは血が噴水の様に湧き出てきた。奴の頭が落ちると同時に剣も壊れてしまったが、今の一撃で決まった様だ。もう再生する気配もないし急激に魔力が弱まっているから確実だろう。
地面に着地した俺は直ぐにエミリアの方を見た。
「エミリア、さっきのは……」
「何とか出せて良かった! グリム大丈夫⁉」
「バウワウ!」
遠くに離れさせていたハクとエミリアがいつの間にか俺のところまで駆け寄って来ている。やはりさっきの声はエミリアだよな。って事は目の前に現れたあの“防御壁”は……。
「さっき突然現れたのはやっぱエミリアのお陰か」
「うん。私の防御壁なんか出しても意味無いって思ったけど、気が付いたら使ってたの。良かったぁ……」
エミリアはそう言いながらホッと胸を撫で下ろしていた。
「アレは本当に助かったよエミリア。ありがとう! ぶっちゃけもう相打ち覚悟だったんだ」
「もう、本当に良かったよ。何か今のだけでどっと疲れが押し寄せてきちゃった」
俺の目の前に現れノーバディの強力な魔力弾を防いだのは他でもないエミリアの防御壁。この防御壁のお陰で助かったし、ノーバディを倒す事も出来た。
正直、今のエミリアの防御壁には驚かされたな。まさか木の杖の魔法で奴の攻撃を防ぎきるなんて――。