冒険者の始まりの街でキャンプギアを売ってスローライフ〜アウトドアショップin異世界店、本日オープン!〜

「そしてこちらの今回は棒状ラーメンの他にもうひとつ新商品がございます! こちらは栄養食品といって人が生きていく上で、必要な栄養をバランス良く摂ることができる保存食となっております」

「「「おお〜!」」」

 確かこの栄養食品には身体に必要な五大栄養素であるタンパク質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラルが手軽にバランスよく補給できるようになっていたはずだ。さすがにカロリーをメイトする商品名だとアレなので、栄養食品として販売することにした。

「お湯を沸かして3分も待てないというあなた! これまでの固くて臭い干し肉にうんざりとしていたそこのあなた! この栄養食品なら手軽で簡単に補給ができる上に、味も少し甘くてとても美味しいですよ。さらにさらに、こちらの商品は日持ちもするので、非常食としてとても優秀なんです」

「「「おお〜!」」」

 口の中が多少パサつくという欠点もあるが、こちらの世界でよく食べられている保存食や非常食として扱われている干し肉に比べたら断然美味しい。

 ちなみに購入できる味はチーズ味とメープル味である。甘い物が少ないこっちの世界では、たぶんメープル味のほうが人気があると思っている。実際に従業員のみんなもメープル味のほうが好きだった。

「こちらも棒状ラーメンと同様に、朝早く並んでくれたお客様に試食分をご用意しておりますので、ぜひ試してみてくださいね」

 そしてこの栄養食品はかなり日持ちする。もちろん個別包装している元の世界の賞味期限には敵わないが、それでも水分が少なく、日持ちすることは間違いない。

 同様に棒状ラーメンやアルファ米も日持ちするのだが、ようかんやチョコレートバーについてはそれほど日持ちしないので、販売しても数日しか持たない行動食として販売する予定だ。

「うおっ! こりゃうめえ!」

「なにこれ!? こんな美味しい麺料理は初めて食べたわ!」

「温かくて最高だ! これは寒い夜に食べたら絶対うまいに違いない!」

「おおっ、これは甘いな! あの干し肉と比べたら雲泥の差だ!」

 どうやら試食品はお客さんに大盛況のようだ。

 棒状ラーメンは作るところから見せたかったが、店頭でお湯を沸かしたり、取り分けたりするのが大変だから、ちょうど開店直前で作って小皿に取り分けてある。

「おっす、テツヤ!」

「おはよう!」

「2人ともおはよう! フィアちゃん、その新しい服はとっても似合っているわよ!」

「おはようございます! ニコレお姉ちゃん、ありがとうです!」

「きゃあああ、やっぱりフィアちゃんは可愛いわ!」

「ロイヤ、ファル、ニコレ。朝から並んでくれてありがとうな」

 フィアちゃんと一緒に試食品を並んでいるお客さんに配っていくと、見知った顔を見つけた。ロイヤ達も朝から並んでくれていたようだ。ニコレのいつも通りの言動はスルーしておこう。

「前回のインスタンスープはとても便利で美味しかったからな。今回も期待しているぞ」

「すごくいい匂いがするわね! 朝ごはん食べてないからお腹空いちゃった!」

「前回は試食があったと聞いていたからな。今回は頑張って早く並んだよ」

「前回のインスタントスープに負けないくらいうまいと思うぞ。棒状ラーメンは醤油味と豚骨味、栄養食品はチーズ味とメープル味があるけれど、どっちにする?」

「どう味が違うんだ? チーズ味しか聞いたことがないぞ」

「う〜ん、どれも実際に味を見てもらわないと説明が難しいな。醤油は穀物からできている調味料で少ししょっぱくて、豚骨は動物の骨から取った出汁だね。メープル味は樹液で少し甘い味がするぞ」

「へえ〜じゃあ俺は醤油味とチーズ味にするかな」

「それじゃあ私は豚骨味とメープル味にするわ」

「そしたら俺は豚骨味とメープル味にするかな。少しずつ分けようぜ」

「オッケーだ。相変わらず購入制限はあるけれど、気に入ったらぜひ買ってみてくれ」

「はい、こちらです!」

 ロイヤ達はパーティだから、パーティ内で試食品を試せるのは大きいな。インスタントスープと同様に今回販売する商品にも購入制限を付けている。転売防止対策にはこれが一番いい。

「うわっ、なんだこれ!?」

「んん、おいし〜!」

「おお、これはうまい!」

 ロイヤ達の驚きの声を聞きつつ、試食品を配っていった。



「……大変申し訳ありません。ここまでになりますね」

「うおっ!? 目の前ってマジかよ!」

 一応試食用の棒状ラーメンは50人分以上作ったのだが、それでもお店に並んでいるお客さんのほうが多かったようだ。

「栄養食品のほうはまだあるので、こちらのチーズ味かメープル味のどちらかをお選びください」

「うう……それじゃあメープル味でお願いします」

「はい、こちらです!」

「ああ……ありがとう」

 まだ若くて装備品もロイヤ達と同じくらいのだから、たぶんこの人も駆け出し冒険者だろう。フィアちゃんから栄養食品を受け取るが、目の前で終わってしまった試食品である棒状ラーメンをうまそうに食べている前の人を羨ましそうに見つめている。

「うわっ!? こんなにうまいのか!」

「こんな美味しいものが簡単にできるのか! こりゃ買うっきゃないな!」

「うう……」

 そう、ラーメンの美味しそうな香りはこの辺り一面に漂っている。屋台ではないのだが、ラーメンの香りに誘われて通行人がこのお店を見ている。

 たぶん飯屋と勘違いして新しく並び始めた人もいるだろうな。うん、試食品は今日だけだから。この香りは飯テロとなって周りのお店にも迷惑をかけてしまいそうだ。

 ……そしてラーメンを食べれなかったその後ろのお客さん達も、とても羨ましそうに前の列の人達を見ている。早くお店をオープンしてあげるとしよう。
「大変お待たせしました、ただ今よりお店を開きます! 店内はそれほど広くありませんので、店内への入場制限をさせていただきますので、従業員の指示に従ってください。何かありましたら、この黒い服を着ている従業員にまで、お気軽にお声をおかけください」

 さて、いよいよお店のオープンである。さすがに店内に何十人も入りきらないので、15人くらいでいったん区切らせてもらい、ひとり退店したらひとり入店するようにさせてもらった。

「みなさん、押さないでくださいね〜! はいごめんね、ここで少しだけ待っててね」

 お店の入り口でお客さんを順番に入れるのはランジェさんにお願いした。

 ランジェさんは今日がお店で接客をする初日だから、いきなりこの数のお客さんのお会計を相手にするのは難しい。夕方くらいになって、お客さんの数が減ったら会計を任せてみるつもりだ。

 先週言っていたように、新商品の販売を始めるこの数日は忙しくなるので、ランジェさんにも手伝ってもらっている。

 昨日と一昨日の休日で俺とリリアでランジェさんに接客を教えた。言葉遣いは少し軽いかんじだが、ランジェさんの明るい雰囲気に合っているので、お客さんもそれほど気にはしないだろう。

「待っている間に何か質問があったら答えるからね! このお店の商品のことから、冒険者についてでも質問があったら遠慮なく聞いてよね!」

「あ、あの。さっきの棒状ラーメンなんですけれど……」

「はいはい。えっとそれはねえ……」

 そう、そしてランジェさんはこの街には数少ないBランク冒険者だ。知名度はこの街で駆け出し冒険者のために活動していたリリアよりもないかもしれないが、その実力は冒険者ギルドマスターのライザックさんも認めている。

 そんな冒険者のランジェさんにいろいろと話を聞くことができるため、待っているお客さんも有意義な時間を過ごせるだろう。

 通常営業の時も、リリアのアドバイス目的でお店に来てなにか買ってくれるお客さんもいるからな。珍しいエルフの高ランク冒険者に話を聞ける機会なんてそうそうないし、ランジェさんは美形だから、女性冒険者にも人気が出そうだ。現に今話している女冒険者の人なんか顔が真っ赤である。……ちっ。



「はい、お待たせしました。銅貨3枚のお釣りになります!」

「銀貨2枚と銅貨1枚のお釣りだ。またのご利用をお待ちしております!」

 店の中ではフィアちゃんとドルファに会計を任せている。ドルファもだいぶお店での仕事に慣れてきて、計算もだいぶ早くなったし、言葉遣いも丁寧になってきている。

「こちらの棒状ラーメンはお湯で少し茹でて、お湯に付属の木筒に入っている粉を入れるだけで完成するぞ。お湯の量は麺が浸かるぐらいだが、こっちのシェラカップという物があれば、正確な量が計れるようになっている。そのまま火にかけたりもできるし便利だぞ」

「なるほど。リリアさん、ありがとうございます」

 リリアは店内を回って、お客さんの質問を受けたり、商品が少なくなってきたら補充をしたり、怪しい人物がいないかを見回ってもらっている。

 新しい商品についても詳しい説明ができるし、別の商品を勧めてくれたりと完璧な接客である。リリアの冒険者のころを知らないが、今の接客の仕事のほうが天職だと思ってしまうな。

 そして俺は店を見回って会計をしたり、お客さん対応をしたり、店の外のランジェさんの様子を見たりと店全体を見ている感じだ。ひとりずつ休憩する時も空いた仕事を交代していく。



「さっき試食で食べた棒状ラーメンってのはいくらするんだ?」

「はい、5回分がセットになって銀貨3枚となっております。次回以降に木筒と入れ物を返却してくれれば、銀貨2枚となります」

「てことは次からは一食あたり……銅貨4枚ってわけか。量にもよるけれど、それくらいであのうまさなら十分安いな!」

 棒状ラーメンはアウトドアショップで一人前銅貨2枚で購入できる。約200円だから元の世界で買うより少し割高なようだ。

 それを5人分で銀貨1枚。木でできた入れ物と粉末スープを入れるための小さな木筒が合わせて銀貨1枚、銀貨1枚が利益というわけだ。

「量は少し少ないかもしれませんね。野菜を入れたり、1.5人分くらいにしたほうがいいかもしれません」

 棒状ラーメンは普通の男性が食べると少し足りないかもしれない。冒険者として行動するなら、なおのこと一食分では足りないかもしれないな。

「なるほどな。もうひとつの栄養食品ってやつはいくらだ?」

「こっちは10本セットで銀貨1枚です。入れ物は別売りとなっていますね」

 栄養食品は2本で銅貨1枚、10本で銅貨5枚の仕入れ値だ。元の世界では4本入りで150円くらいだったかな。こちらは木の入れ物ではなく、こちらの世界で使っている抗菌作用があるらしい包みに入れている。

「こっちも安いな。一本くらいじゃ腹一杯にはならなそうだけれど、軽くつまめそうでいいかもしれない。それに甘くてうまかったから、いいおやつにもなりそうだ。1セットもらうよ」

「ありがとうございます」

 ようかんやチョコレートバーと比べればそこまで甘くないが、こちらの世界では十分なお菓子になるようだ。

 今週は棒状ラーメンと栄養食品とシェラカップを新しく販売する。他にもレベルアップしたことにより販売できる商品はたくさんあるが、すべての商品を一気に販売すると、お客さんだけでなく俺達がパンクしてしまう。

 これから時間を空けつつ、少しずつ新商品を販売していく予定である。
「「「ありがとうございました!」」」

 パタンッ

 無事に本日の営業が終わり、最後のお客さんが帰っていった。

「ふう〜みんなお疲れさま。いやあ、今日は疲れたね。もしかしたら今までで一番お客さんが来てくれたかもしれないよ」

「接客業って本当に疲れるんだねえ……下手な高難度クエストよりも疲れたかもしれないよ。みんなよく平気だね?」

「いや、いつもよりお客が多くて疲れている。ただ多少は仕事にも慣れてきたから、ランジェよりは疲れてないだけだと思うぞ」

 ドルファの言う通り、なんだかんだでこの仕事にも慣れてきたからな。接客業が初日のランジェさんよりは慣れているのだろう。

「ランジェさんは初日なのに接客は問題なさそうだったね。今日はお客さんが多かったから、臨時で手伝ってくれて本当に助かったよ」

「それならよかったよ。普段からいろんな場所に行って人とはよく話すから、こういうのは得意なんだ。それに可愛い女の子とも知り合えるから、この仕事も悪くないかもしれないね!」

「「「………………」」」

「ランジェは相変わらずだな。頼むから女関係のトラブルをこの店には持ち込まないでくれよ」

「大丈夫だよ、リリア。そのあたりはこれまでもうまくやってきたからね!」

 ……どうやらランジェさんはプレイボーイらしい。美形のエルフだし、高ランク冒険者だしモテそうだもんなあ。

 でも頼むから、ストーカーとか冒険者パーティの女性関係とかで、他の従業員に迷惑をかけるのは勘弁してほしい。まあランジェさんは結構軽そうな性格をしていそうだが、そのあたりの分別はありそうだし、ランジェさんを信じるとしよう。

「そのあたりはほどほどにね。フィアちゃんも今日はお疲れさま」

「お疲れさまです! お客さんがいっぱいきてくれたよ。新しい商品がいっぱい売れて良かったね、テツヤお兄ちゃん!」

「うん。用意していた分は昼過ぎには全部売れちゃったからね。たぶん今日の噂を聞いて明日の朝もお客さんが大勢並ぶんだろうなあ……」

 今回棒状ラーメンと栄養食品は前回店をオープンした時のインスタントスープと同じ数を用意しておいた。前回は夕方くらいにその日の分が完売したが、今日は昼過ぎには用意していた分がもう完売してしまった。

 この店を開いてからしばらく経って、よく商品を買いに来てくれる常連のお客さんもできてきたし、冒険者ギルドに方位磁石や浄水器を置いてもらえて、この店の知名度も上がってきた結果だろう。

 それに今回の棒状ラーメンは試食の時にだいぶ美味しそうな香りを振り撒いていたからな。道を歩いていた人も気になって買ってくれたようだ。

「あのラーメンという食べ物は本当にうまかった。日持ちもするし、お湯で茹でるだけとなれば、冒険者は重宝するに違いないからな」

「とっても美味しかったです!」

 もちろんドルファやフィアちゃんにも新商品の試食をしてもらっている。2人とも棒状ラーメンの味を気に入ってくれたようだ。

「こちらの栄養食品も他の保存食と比べれば、甘くてとてもうまいからな。冒険者に人気が出るだろう」

 栄養食品も棒状ラーメンほどではないが、冒険者によく売れた。とはいえ、一番人気があったのは棒状ラーメンであった。

 5食分のセットになっているから、おひとり様ひとつまでとしたが、醤油味と豚骨味の両方がほしいという人も多くいた。こういう時にパーティだとシェアできるのが強いよな。

「棒状ラーメンと一緒にシェラカップも売れてくれたのは大きいな。やっぱり普通に売るよりも、棒状ラーメンと一緒に売るのが正解だったみたいだ」

 棒状ラーメンと合わせて、沸かすお湯の量を正確に計れるシェラカップもかなり売れてくれた。シェラカップも便利なのだが、普通に売っても今日ほどは売れないだろうからな。

 とはいえ、シェラカップは計量カップとして使えるだけでなく、直接火にかけて調理もできるし、取り皿やインスタントスープなどを入れる器にもなる。いろいろと万能なので、ひとつくらい持っておいて損はないと思う。

「このカップも丈夫だし、便利そうだものな。たぶん明日は今日買うことができなかったお客さんや、別の味を購入したいというお客さんが大勢並ぶだろうな」

「たぶんリリアの言う通り、明日は朝からお客さんが大勢くると思う。列の並びとかで揉めるお客さんとかいるかもしれないから、気をつけようね。ランジェさんはどうする? 計算もできるみたいだし、列の整備の役割を変わろうか?」

 新商品が完売したあとは、お客さんも減ってきたので、ランジェさんにも会計をやってみてもらったが、こちらも問題なくこなせていた。

「ううん、外でお客さんと話しているほうが面白いから大丈夫だよ。明日も来てくれるって約束した子もいるからね!」

「「「………………」」」

 まあ、たまに様子を見ていたけれど、女の冒険者の人だけでなく、男の駆け出し冒険者の質問にもちゃんと笑顔で答えていたから大丈夫だろう……たぶん。

「とりあえずみんな今日はお疲れさま。それじゃあ早く閉店作業をして明日に備えようか」
「やっぱり閉店作業も5人いると早いね」

「いつもお店が終わった後にこんな作業をしていたんだ。やっぱりお店を営業するのは大変なんだね」

 いつもお店が終わったあとは、売り上げの計算、お店の掃除、明日の商品の品出し、返却された木筒の洗浄、営業中に倉庫からすぐに商品を出せるように商品を整理するなどといった閉店作業をおこなっていく。

 いつもは4人で閉店作業を行うのだが、今日はランジェさんがいるので、5人で閉店作業をおこなった。やはり一人増えるだけでもだいぶ楽になる。

「それじゃあドルファはフィアちゃんをお願いね。あとこれは制服のウインドブレーカーにアウトドアショップの刺繍を入れてくれたお礼だよ。アンジュさんとレーアさんにお礼を伝えておいてね」

 1週間という短い時間に5人分の刺繍を入れてくれたふたりにはとても感謝している。お土産はまだお店では販売していないようかんとチョコレートバー、それと棒状ラーメンにアルファ米などを入れておいた。

「テツヤさん、ありがとうな。前にようかんとチョコレートバーをもらった時に、アンジュはとても喜んでいたから、今回もきっと喜ぶよ」

「テツヤお兄ちゃん、ありがとう!」

「うん、それじゃあまた明日ね」

 ドルファとフィアちゃんを3人で見送った。明日も昨日と同じくらい忙しくなるだろうし、2人には明日も頑張ってもらわないとな。



「2人ともお待たせ。今日の晩ご飯の肉野菜炒めとチャーハンだよ」

「おお、良い香りだな!」

「うん、こっちのチャーハンっていうのは、見たことがない料理だけれど、とても美味しそうだね!」

 ランジェさんがこの街にいる時は基本的にこのお店に泊まっていく。2階の居間にはスペースがあるので、そこにマットと寝袋を敷いて眠っている。同様にご飯もリリアと一緒に3人で食べることが多い。

「ふっふっふ、しかしこれはただの肉野菜炒めとチャーハンではないぞ! なんと味付けにはラーメンのインスタントスープを使っているんだ!」

 そう、今日の晩ご飯である肉野菜炒めとチャーハンには例の棒状ラーメンのスープの素を使っている。インスタントスープと同様に、ラーメンの粉末スープは調味料の代わりとして使うことができる。

 肉野菜炒めは醤油味の方を使ってみた。実際に醤油を使った味とは少し違うが、それでもなんちゃって醤油味くらいにはなっているはずだ。

 ちなみに麺のほうは前回ラーメンを2人前食べた時に、いわゆる替え玉としてスープはそのままで、麺だけ2人分使っているから、スープは少し余っている。その分を調味料として使ったわけだ。

「へえ〜このラーメンってやつはそんなふうにも使えるんだね!」

「そういえば以前もインスタントスープの素を同じように使っていたな」

「そうそう。チャーハンのほうは米を炒めた料理だよ。こっちのほうは豚骨味のスープの素を使っているんだ」

 チャーハンのほうは白米のアルファ米を使って従来のチャーハンを作り、味付けとして棒状ラーメンの豚骨味のスープの素を使ってみた。

「おお、ただの肉野菜を炒めただけなのに美味しいな! 確かにあのラーメンという料理の味がするな」

「俺の故郷だと、この醤油という調味料をよく使っているんだ。ラーメンのスープの味とはちょっと違っているけれど似たような味を付けることはできそうだね」

「うん、こっちのチャーハンって料理もすごいよ! この前食べた米っていうのを炒めるとこんな味になるんだね。肉と野菜と米の味が香ばしい味と一体となっていて、とっても美味しいね」

「うん、チャーハンも我ながらうまくできたよ。ご飯をパラパラにする技みたいなのがあっていろいろと試したりもしてたな」

 元の世界でもチャーハンはよく作っていたが、米をパラパラにする技もいくつかあって試してみた。ご飯にマヨネーズをかけてから炒めたり、ご飯を水洗いしてから炒めるなどいろいろやってみたな。

 個人的に一番良かったのは、先にご飯と卵を混ぜておく技だったな。卵を多めに使って、半分くらいを先にご飯と混ぜて卵かけご飯にしてからチャーハンを作ると、米がパラパラになって美味しいんだよね。

「相変わらずテツヤが作ってくれるご飯は美味しいよね。僕はこれまでにいろんな街を旅してきたけれど、これだけ美味しい料理はなかなかないよ」

「嬉しいことを言ってくれるね。でもこれはランジェさんが持ってきてくれた肉が美味しいおかげでもあるからなあ」

 今回使っている肉はランジェさんが狩ってきてくれた魔物の肉を使っている。ダナマベアの肉ほど高級な肉ではないが、普段街で買っている肉よりもランクが数段上だ。

 肉野菜炒めにも使っているし、チャーハンのほうはわざわざチャーシューを作っている。燻製肉でも簡単で十分にうまいけれど、チャーシューとはまた違った味だからな。

 ちなみにチャーシューを作る時も醤油ラーメンのスープの素を使っている。先日ラーメンにのせた時も2人には好評だったな。

「いや、私もこれまでにいろんな料理を食べてきたが、その中でもテツヤの料理は群を抜いているぞ。それに単純に焼くだけじゃなく、揚げたり蒸したり煮込んだりと、初めて見るものも多くて新鮮だ」

「そう言ってくれると、俺も作った甲斐があるよ。2人ともおかわりはいる?」

「うん、おかわり!」

「私も少しいただこう」

 こうして作った料理をみんなで食べるのは、やっぱりいいもんだな。ソロキャンプもいいが、みんなでワイワイやるキャンプもいいのはこういうことである。
「「「ありがとうございました!」」」

 パタンッ

 新商品を売り出してから2日目の営業が終了した。

「ふう〜さすがに今日は疲れたね」

「ああ。まさか本当に昨日よりもお客さんが増えるとはな」

 リリアの言う通り、今までで一番お客さんが多かったと思われる昨日よりも、今日のほうがさらに多くのお客さんが訪れてくれた。

 やはりこちらの世界の情報は口コミが基本なだけあって、口コミでの情報の早さはなかなかのものだった。昨日販売し始めたばかりの棒状ラーメンや栄養食品の噂を聞いて、多くのお客さんがやってきてくれた。

 それに加えて昨日売り切れで新商品を買えなかった人や、棒状ラーメンの違う味を求めるお客さんも来てくれたため、朝から長蛇の列ができていた。たぶんしばらくの間は忙しくなりそうである。

「テツヤさん、昼間はすまなかったな。おかげで助かった」

「僕も朝は助かったよ。まさかいきなり殴り合いの喧嘩に発展するとは思わなかったからね」

「ドルファもランジェさんも対応に問題はまったくなかったよ。あれはお客さんのほうが熱くなりすぎていただけだから。2人とも手を出さずに我慢してくれて助かったよ。面倒なお客さんがいたらすぐに俺を呼んでくれていいからね」

 とはいえ今日はいくつかトラブルがあった。これだけお客さんが多くなると、多少のトラブルが起こることは仕方のないことである。

 まずは朝に起きたトラブルは、先日もあった列に並ぶ際のトラブルだ。トラブルの起き始めは見ていなかったが、どうやらどちらが先に並んだかで、お客さん同士が口喧嘩を始め、そのまま手を出して殴り合いへと発展したらしい。

 さすがのランジェさんもいきなり殴り合いの喧嘩を始められて、どうしたらいいかわからなくなり、助けを求められた。

 とはいえ、俺に冒険者同士の喧嘩を止める術はないので、そこだけはランジェさんにお願いして喧嘩に割って入ってもらい、2人の動きが止まった時に、これ以上喧嘩をするなら出入り禁止した上に憲兵を呼ぶと伝えたところ、一気に冷静になってくれた。

 話を聞いた上で、どちらが先に並んだのかは俺もランジェさんも見ていなかったから、2人お客さんが退店したあとに2人同時に入店してもらった。幸い新商品はまだ売り切れていなかったので、2人とも目的の商品を購入でき、満足して帰ってくれたのでよかったよ。

「俺のほうはお釣りを間違えただけで、まさかあれほどお客さんが怒るとは思わなかったな」

「ああ〜あれはたぶん何かにいちゃもんをつけたかっただけだと思うよ。俺のいた世界だとクレーマーっていうんだ。ああいうお客さんが来たらすぐに俺を呼んでね」

 ドルファの方のトラブルはお釣りを間違えてしまい、少ない金額をお客さんに渡してしまったらしい。ドルファは教えた通りに、ちゃんと頭を下げて謝罪したのに、その若い男のお客さんは大声で怒り続けていた。

 すぐに俺が対応したが、そのお客さんは怒りを鎮めることはなく、挙げ句の果てに購入した商品をタダにしろと無茶苦茶なことを言い始めた。

 これはクレーマーの類いと判断しつつも、お釣りを間違えたことについてはきちんと謝罪して、タダにしろという要求は絶対に受け入れなかった。最終的にお金は返すから商品を購入するのをやめるかと聞いたところ、怒りながらもしぶしぶ正規の料金を支払って帰っていった。

 ああいうお客さんは要注意だな。しっかりと顔は覚えておいたので、次にまた同じような騒動を起こしたら躊躇なく出禁にするとしよう。もしかしたら、お釣りが少なかったというのも嘘だったのかもしれないしな。

「それにしてもテツヤはそういったお客への対応に慣れていたな。散々怒っていたお客さんに対しても冷静であったな」

「テツヤお兄ちゃん、すごかったです!」

 リリアとフィアちゃんが褒めてくれた。

「……元の世界でもそういう面倒なお客はいっぱいいたからね」

 接客業をやっていたわけではないが、下手をしたら営業のほうが面倒な顧客を相手にすることは多いかもしれない。ブラック企業なら尚更である。また、ブラック企業での経験が役に立ってしまったぜ……

「へえ〜テツヤの世界にも面倒なお客さんはいたんだね」

「むしろ俺の故郷のほうが面倒なお客さんは多かったよ。武器を持っていないのが唯一の救いかな」

 こちらの世界のお客さんは武器を持っているので、それだけは怖いところだが、リリアやドルファもいるし、今日はランジェさんもいる。俺ひとりなら武器をチラつかされたら、すぐに要求を呑んでしまっていたかもな。

「面倒なお客さんがきても、とりあえずこちらのほうからは手を出さないようにね。もちろん向こうから手を出そうとしてきたら、迷わずに自衛してほしい。それと俺やフィアちゃんに戦闘能力はないから、お客様対応中になにか起きそうだったら、そっちも気にしてくれるとありがたいかな」

 この街のお客さんでリリアやドルファより強い人はほとんどいないからな。

「今週中はたぶん今日くらい忙しいと思うから、今回みたいなトラブルもあるだろうけれど、落ち着いて対処すれば大丈夫だからね」

 まだまだ今週は忙しくなりそうだが、みんながいればなんとかなるだろう。今週はランジェさんもいてくれて本当に助かったよ。
 バタンッ

「この店の責任者はおるか!」

 新商品の販売を始めて3日目。予想通り連日お客さんがやって来てくれて、忙しく多少のトラブルが起きつつも対処してきたのだが、なにやら面倒そうなお客さんがやってきた。

「ちょっと、ちょっと! ちゃんと順番に並んでくれないと困りますよ」

 ランジェさんが突然お店に入ってきた男を咎めた。どうやらこの男は列の順番に並ばずにいきなり入ってきたらしい。

 30〜40代くらいの小柄な男で、この世界に来てから初めて見る立派に仕立てられた服装だ。パリッとした布地に刺繍で模様などが入っており高価そうに見える。おそらくだが冒険者ではないのだろう。

「ふん、私は客などではない! 早くこの店の責任者を出してもらおうか」

「……私が店主のテツヤと申します。何か御用でしょうか?」

 どう考えても面倒ごとの予感しかしないが、一応お店にやってきた人にはちゃんと対応しないといけない。もしかしたら、冒険者ギルドマスターのライザックさんみたいに外見は怖いが、実際にはまともな人という可能性もある。

「ふむ、テツヤと言ったな。喜ぶが良い、我が主人であるクレマンス=リジムン男爵様が、このアウトドアショップとかいう店に興味をお持ちだ。この店の経営権と、ここで売られている商品の製造方法や仕入れ先を、お前のような庶民が一生見ることもできないほどの大金で買ってやろうというありがたい申し出を伝えに参ったのだ!」

「………………」

 ……そんな可能性はなかった。間違いなく面倒な連中だ。

 立派な服装をしているが、どうやら貴族の遣いらしい。男爵だと言っていたが、確かリリアに聞いた話だと、貴族の中の爵位の中では一番低かったはずだ。

 そもそもこの冒険者の始まりの街と呼ばれるアレフレアの街は大きな街ではあるが、物価も低くて経済や文化の中心からはほど遠い街なので、男爵よりも上の貴族はいないと聞いている。

「店の前に馬車を待たせてある。話の詳細は我が主人より聞くが良い。……見窄らしい格好ではあるが、まあ仕方あるまい。さあ、我が主人を待たせるな、早く来るのだ!」

「お断りします!」

「……なに?」

 こういう輩が来る可能性は考えていたが、すでに答えは決まっている。

「……聞き間違いであると思うが、貴族であるリジムン男爵様からのありがたい申し出を、話も聞かずに断ると言ったのか?」

「はい。申し訳ありませんが、このお店はお金の為だけに開いているわけではありません。私はこの街の冒険者に命を救われ、そのあともこの街の冒険者達にとてもお世話になりました。その恩を返したくて、この街に店を開いたのです。

 いくら大金を積まれても売ることはできないのです。お手数をおかけして申し訳ないのですが、リジムン男爵様にはそうお伝えください」

 はっきり言って、まったく望んでいない申し出ではあるが、貴族様からの遣いということだし、こちらもちゃんと頭を下げて誠意を見せる。

 いきなり異世界に飛ばされて魔物に殺されかけたところをロイヤ達に救われて、今も冒険者ギルドやこの街にいるみんなにお世話になっている。どんなに大金を積まれてもこの店の権利や商品を渡すつもりはない。

 そもそもお金を稼ぎたいだけなら、王都みたいな大きい街に店を開いているし、もっと高い値段で売れることは分かっているから、値段をもっと上げている。

 それとこういう面倒な貴族達が少ないと思っていたから、この始まりの街で店を開いたという理由もあったのだが、こういった連中はどこにでもいるらしい……

「そちらに悪い話ではないぞ。お前が思っている以上の大金をもらえる上に、リジムン様との繋がりまでできるのだ。庶民であれば、会うことすらできない貴族様であるのだぞ?」

「大変光栄な申し出ではありますが、すでに心に決めていることですので、申し訳ございません」

 全然光栄じゃないからね。気を遣っているだけだから、言葉通りに取らないでくれよ。

「……詳しい話は我が主人としてもらおう。とりあえず一緖に来てもらおうか?」

「いえ、たとえリジムン男爵様にお会いしたとしても、気持ちは変わりません。男爵様の貴重なお時間を割いてもらうのは心苦しいので、遠慮させていただきます」

 その手にはのらんよ。わざわざ貴族の屋敷になんて行ったら何をされるか分からない。話を断ったらいきなり監禁、拷問コースだってありえる。たとえ話の内容を聞く前であっても、何かと理由を付けて断るつもりだった。

「……あまり手荒なことはしたくないのだがな」

 パチンッ

 男爵の遣いの男が指を鳴らすと、全身に鎧を身に付けた騎士のような格好をした3人の男達が店の中に入ってきた。

「話し合いはそこまでになりそうだな、テツヤ」

「テツヤさんは下がっていてくれ」

 話し合いではすまなくなりそうになったところで、リリアとドルファが俺を庇うように前に出てくれた。

「え、衛兵に知らせてくる!」

「俺は冒険者ギルドに知らせてくる!」

 お店の常連のお客さん達が、店を出て人を呼びに行ってくれた。しかし不味いな……このまま貴族の遣いの人と戦闘になるのは避けたい。たとえリリア達がこの人達を倒せたとしても、いろいろと問題になることは間違いないんだよな。とはいえ、この人達を怪我しないように捕らえてくれなどという甘いことを2人に言うつもりもない。

「……リリア、ドルファ、大丈夫そう?」

「問題ないな。装備は良いかもしれないが、身のこなしでその者の腕はだいたいわかる。私とドルファで十分対処できる相手だ」

 戦闘についてはまったく分からないが、元Bランク冒険者のリリアがそう言うなら信じるしかない。2人には少しでも危険があるなら、降参して時間を稼ぐ作戦に変更すると伝えてある。

「まったく店員風情が手間をかけさせるな。ほら、さっさと取り押さえるんだ。くれぐれも殺したりはするなよ!」

 ジリッ

 鎧を身につけた3人の男達が前に出てくる。相手のほうが数は多いけれど、本当に大丈夫なのか?

「……断っておくが、先にそちらから手を出すのなら、こちらも容赦はしない。たとえ鎧があっても命を捨てる覚悟で来い!」

「悪いが俺も手加減する気はねえ! そっちが来るなら殺す覚悟でいく!」

「「「うう……」」」

 リリアとドルファの迫力に圧倒され、前に出ることができない男達。どうやら2人よりも格下の相手らしい。

「そこまでだ! 双方武器を下せ!」

「なにっ!?」

 戦闘が始まるかと思った矢先、冒険者ギルドマスターであるライザックさんの大声が周囲に響き渡った。

 ふう〜どうやら間に合ってくれたらしい。
「テツヤ、大丈夫!?」

「ありがとう、ランジェさん。まだ戦闘になってない。おかげで間に合ったよ!」

 店の外にはランジェさんが呼んできてくれた冒険者ギルドの人達が大勢いる。危ないところだった、もう少しランジェさんが冒険者ギルドのみんなを連れてくるのが遅れていたら、戦闘が始まっていたに違いない。

 こんなこともあろうかと、面倒な貴族が来た時の対応はすでに決めてある。基本的にはこちらからは手を出さず、ランジェさんに冒険者ギルドへ連絡をしてもらい、ライザックさんを連れてくるように頼んである。

 お店のことを思って冒険者ギルドと衛兵さんに連絡をしてくれたお客さん達には悪いが、こちらは貴族や貴族の遣いがお客さん以外でお店に現れたら、すぐに連絡をするように伝えていた。

「冒険者ギルドマスターのライザックだ。街中で戦闘が起きそうになっていると連絡があってやってきたわけだが、一体これはどういうことだ?」

「い、いや。私はこの街のクレマンス=リジムン男爵様に仕える身である。さ、最近噂となっているアウトドアショップなる商店の店主と一度話がしたいと男爵様に申し付けられ、店主を迎えに来たところ、あまりに男爵様に対して不遜な態度を取られたので、少し灸を据えようとしただけである!」

 強面であるライザックさんに睨まれ、怯えながらも必死に弁明しようとしている。言っている内容はメチャクチャだがな。

「いえ、このお店の経営権と、ここで売っている商品の製造方法や仕入れ先を購入したいとの申し出を受けました。申し訳ないが売る気はないとお伝えしたところ、無理やり馬車に乗せられそうになったため、やむを得ず自衛しようとしただけです」

「……なるほど、互いに言っていることが食い違っているようだな」

「ふん、そこの平民が嘘をついているに決まっているであろう? さっさとその者をひっ捕えよ!」

 すげえ無茶を言うな、この人……いや、この文明レベルの貴族なんて、こいつみたいなやつらがいても不思議ではないのかもしれない。しかも貴族どころか、ただの使いっ走りなんだけど。主人が貴族だったり、良い服を着たりすると、自分が偉い人物だという気持ちにでもなるのかな。

「はあ……はあ……やっと追いつきました……」

 ゼエゼエと息を吐きながら冒険者ギルドの副ギルドマスターであるパトリスさんもやってきてくれた。よっぽど急いで来てくれたようで、息がだいぶ上がっている。

「……貴様は何者だ?」

「はあ……はあ……大変お見苦しいところをお見せしました。私は冒険者ギルドの副ギルドマスターのパトリスと申します。表に停められている馬車より、リジムン男爵様の遣いの方とお見受け致します」

「いかにもクレマンス=リジムン男爵様の遣いの者である。そちらの大男よりも話が分かりそうであるな」

「ああん?」

「ひっ!?」

 大男と言われてライザックさんはムッとする。ライザックさんには申し訳ないのだが、そこだけは少し同意してしまう……

「ありがとうございます。それで、こちらのお店の方々が、男爵様の遣いのあなた様にご無礼をはたらいたとお聞きしましたが?」

「うむ、この店の者が我が主人である男爵様を侮辱したのである。即刻ひっ捕えよ!」

 話が通じそうなパトリスさんが来たからか、先程よりも大きな仕草で俺を指さしてくる。

「……なるほど、事情は分かりました。ひとつお聞きしたいのですが、今回のご訪問は男爵様ご本人の指示であると理解してもよろしいですね?」

「うむ、当然である! 私はリジムン男爵様の正式な遣いであるのだからな!」

「そうですか。それでは、リジムン男爵様に抗議させていただくとしましょう」

「………………はあ?」

「男爵様の遣いの方であれば、当然ご存知のことであると思いますが、先日この街に住む貴族様と商店に、冒険者ギルドよりこのアウトドアショップに関する正式な通達をさせていただきました」

 そう、今後は写本した地図や図鑑などが公開されることもあって、貴族や大手の商店がちょっかいを出してくることは予想できた。そのため、事前にライザックさんとパトリスさんと相談して、ひとつの対策を講じていた。

「こちらのアウトドアショップという商店は冒険者ギルドと契約をした協力店となっております。何か交渉ごとがある場合には、いかなる場合においても、冒険者ギルドを通すよう通達しております」

「………………なっ!?」

 簡単な対策がこのアウトドアショップというお店を冒険者ギルドに保護してもらうということだ。何か交渉ごとがある場合には、必ず冒険者ギルドを通してもらうことによって、相手方も無茶な要求はしてこなくなるはずである。下手をすれば冒険者ギルドを敵に回すんだからな。

 もちろん冒険者ギルドの保護下に入るということは、冒険者ギルドから無茶な要求をしてくる可能性もあるが、その辺りはライザックさんとパトリスさんを信用することにした。

 まあ本当に最悪の場合は、店を畳んで別の街で新しい店を始めるなんてこともできるから、頭の良いパトリスさんはそんなことをしてこないだろう。そんなことになったら、冒険者達から冒険者ギルドが非難を受けることは間違いないもんな。

「ばっ、馬鹿な! そんな話は聞いていないぞ!」

「あなたがその通達を聞いていたかどうかは関係ありません。このお店の者が男爵様を侮辱したかどうか以前に、このお店に遣いを出した時点で、そちらに問題があるということです」

「そういうわけだ。詳しい話を聞きたいから、ちょっくら冒険者ギルドまでご同行願うぜ」

「ひっ!?」

 肩をライザックさんに叩かれて震え上がる遣いの男。うん、それほど怖い気持ちも分からんでもない。

 鎧を身に付けた男達も冒険者ギルドの職員達に囲まれていたので、無駄な抵抗はせずに冒険者ギルドへと連行されていった。
「パトリスさん、ありがとうございました」

「いえ、みなさんがご無事で本当に良かったです」

「それにしても、まさかこんなすぐにちょっかいを出してくるとは思ってもいませんでしたよ……」

「貴族様や大手の商店に通達をしたのが先日でしたからね。もしかすると、向こうの連絡ミスか何かで、あの遣いの者は本当に知らなかったのかもしれません」

「なるほど」

「あるいは主人があえて教えずに遣いに出したのかもしれません。うまく屋敷に連れてこれればそれでよし。たとえ失敗したとしても、そんな遣いの者は知らないと言えばいいだけですからね。どちらにせよこうなってしまっては、トカゲの尻尾切りで、そんな遣いは知らないと言い張られるでしょう」

「………………」

 どこの世界でも権力者によるトカゲの尻尾切りはあるようだ。そうなるとあの威張っていた遣いの人も少しだけ可哀想な気もするな。とはいえわざわざ庇う気もない。

 あえてこちらから冒険者ギルドと協力関係にあることを遣いの人に言わずに、ライザックさん達の到着を待ったのは、見せしめにするためでもあった。

 たぶん今日のことはすぐに街中に広まるだろう。うちの店に手を出そうとして酷い目にあったという事実がほしかった。あの遣いの人はともかく、リムジンだかリジムンだか分からない男爵には、ぜひとも厳罰を与えてほしいところである。

「なんにせよみなさんが無事でよかったです。それでは私はギルドに戻って話を聞いて、リジムン男爵に今回の出来事を抗議したいと思います。結果は後ほどお伝えしますね」

「はい。本当に助かりました」

「いえいえ。どうぞ今後ともよろしくお願いします」

 パトリスさんは他の冒険者ギルド職員と一緒に冒険者ギルドへ戻っていった。また改めてお礼を伝えに行くとしよう。

「みなさん、大変お騒がせしました。憲兵や冒険者ギルドに知らせに向かってくれたお客様も、本当にありがとうございました。今後ともアウトドアショップをよろしくお願いします」

 従業員のみんなと今日のことを話すのはお店が終わってからでいい。まずは店にやって来てくれたお客さんの対応をするとしよう。





「「「ありがとうございました」」」

 バタンッ

 今日は面倒なトラブルがあったが、それ以外は問題なく営業を終えることができた。

「ふう〜みんな今日はお疲れさま。いろいろとあって大変だったけれど、みんなのおかげで乗り切ることができたよ」

「しかし災難だったな。今までも販売制限以上の商品を購入したいという商人が来たことはあったが、まさかあそこまで面倒な貴族がいるとは驚きだ」

「リリアの言う通り、まさか白昼堂々とお店にやって来て大騒ぎするとは思ってもいなかったよ。これだから貴族ってやつは面倒だよね」

「もしかしたら、ランジェさんが見つけた尾行者はその貴族の手先かもしれないね」

 今週ランジェさんが街に戻ってきた時に報告を受けたのだが、先週この町を出た際にランジェさんが尾行されたらしい。向こうは襲ってくる様子はなかったようで、ランジェさんの跡をつけ、様子を伺っているだけだったようだ。

 とある森に入ったところで尾行を撒いたらしいが、うちの店の商品の仕入れ先を探りにきた輩で、もしかすると今回ちょっかいを出してきた貴族かもしれない。

「尾行の腕もまだまだだったよ。例の遣いの取り巻きもそんなに強くなかったんでしょ?」

「ああ。確かに装備はまともだったが、あの身のこなしではいいところDランク冒険者相当だろう。あの程度の相手なら、10人単位で来ても私とドルファがいれば対応できた」

「10、10人もですか!?」

「それは頼もしいね」

 フィアちゃんが驚くのも分かる。俺にはその強さは分からないが、敵が5倍いたとしても対応できるようだ。高ランク冒険者というのは本当にすごいな。

「……一応補足しておくが、この街に現役Bランク冒険者と、元Bランク冒険者が一緒にいるのは相当おかしいことだからな。この街で傭兵を雇うにしても、さっきのやつらの腕なら十分上の方だぞ」

「そういえばそうだったね……」

 あまりに身近過ぎて忘れそうになるが、リリアもランジェさんもドルファも、この始まりの街では相当な実力者だ。今日はランジェさんもいてくれたが、リリアとドルファだけでも戦力的にはまったく問題なさそうなことが再確認できたな。

「とりあえず打ち合わせていた通り、何かあったらすぐに冒険者ギルドに連絡をして、ライザックさん達を呼びに行くで大丈夫そうだね」

「うん。たぶんこの街で一番強いのはライザックだから、とりあえずライザックさえ連れてくればなんとかなると思うよ」

「ライザックさんてそんなに強いんだ……」

「元Aランク冒険者だからな。引退したとはいえ、正面からまともに戦えば、少なくともこの街に彼より強い者はいないだろう」

 そこまでなのか……ただ単に見た目が怖いだけでなく、相当な実力者だったらしい。味方になってくれるなら、これほど頼もしいことはない。

「たぶん今日の出来事はすぐに広まると思うから、ちょっかいを出してくるやつらは減ると思うけれど、警戒はこのまま続けていこう。ランジェさんも街を出る時は尾行者には気をつけてね」

「ああ、了解だ」

「了解だよ」
「こんばんは〜ブライモンさん、マドレットさんいらっしゃいますか?」

「おお、テツヤさんに、リリアさんか」

「あらあら、いらっしゃい。さあ、どうぞ上がってくださいな」

「それでは失礼します」

「お邪魔します」

 例の貴族からの遣いが冒険者ギルドマスターであるライザックさんに連行されていき、従業員のみんなと今後のことを話し合ったあと、閉店作業をみんなに任せて、俺とリリアはアウトドアショップの隣にある不動産屋にやってきている。

 この不動産屋さんは60代くらいのご夫婦が経営しているお店だ。引っ越しに来た時や新商品の販売を始める時は必ず挨拶に来ている。当然今回は昼間の件についてだ。

「しかし、昼間は災難だったらしいな。こちらの店まで騒ぎが聞こえてきたぞ。従業員のみんなは無事だったようでなによりだ」

「ええ。みんな怪我ひとつなかったのは、不幸中の幸いでした」

「テツヤさんが仰っていたように、すぐに衛兵さんに知らせに行きましたけれど、あれで大丈夫でした?」

「はい、マドレットさん。衛兵を呼びに行ってくれて、本当に助かりました」

 結果的には冒険者ギルドのみんなの方が早く到着してくれたが、そのあとにマドレットさんや常連のお客さんが呼んでくれた衛兵達も到着したので、リジムン男爵の遣いの件について事情を説明した。

 そのあと衛兵達は連行された遣いの者から話を聞くために、冒険者ギルドへと向かっていった。あの遣いの人達や男爵がどのような処分を受けるかは、ライザックさんとパトリスさんの報告待ちになる。

「なあに近所なんだし、お互いさまだろう。はっはっは!」

「そうそう、うちの店の隣にリリアさんみたいな強い元冒険者の人が来てくれて、私達も安心なんですよ」

「ああ。なにせ老夫婦ふたりでやっている店だからな。いくら治安の良い街であっても、悪いやつはどこにでもいるもんだ。お隣さんに元高ランクの冒険者が引っ越してくれて本当に助かるよ」

 確かにこういう世界だからな。お隣さんに強い人が住んでくれるのなら大歓迎なのだろう。

「ああ、何かあったら頼ってくれて構わないぞ。私もできるだけ隣人の力になりたいからな」

 相変わらず格好良いリリアである。今日も敵と対面していた時も改めて思ったのだが、とても頼りになるんだよな。リリアがこのお店で働いてくれることになったのは、本当にラッキーだった。

「いつもお店のほうが騒がしくなって申し訳ないです。あっ、これは前回持ってきたのと同じで甘いお菓子です」

 伝家の宝刀、ようかんとチョコレートバーである。うむ、営業もそうであるが、接待やお土産を渡すという行為はコミニュケーションを円滑にするために必要なことである。……決して賄賂なんかではない。

「おお、これはありがたいなあ。あんな甘いお菓子を食べるのは初めてだったよ。たぶん貴族様でもこんなお菓子を食べることはできないんじゃないか?」

「ええ。甘くて本当に美味しかったですよ。それにテツヤさん達のお店に並んでいるお客さんが、うちの店の前に貼ってある広告を見ていってくれるから、いつもよりお客さんも店にやってきてくれるんですよ」

 お隣さんが不動産屋で良かった。もしも同じような商品を扱っている商店だったら、ここまで友好的な関係にはなれなかっただろう。まあそれもあって、お店はこの場所を選んだんだけどな。

「そう言っていただけると助かります。今後ともどうぞよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく頼むよ」

「ええ、よろしくお願いします」

 うん、ご近所さん付き合いも大事だよな。今週はランジェさんがいてくれたから良かったが、もしもランジェさんがいなかったら、ライザックさん達が来てくれるのはもっと遅くなっていたはずだ。

 冒険者ギルドや衛兵に知らせに行くのは常連のお客さんやご近所さんに任せることになる。戦闘能力のない俺やフィアちゃんが行くのは危険だ。待ち伏せされている可能性もあるからな。普段のご近所さん付き合いはこれからもマメにしていこう。

 ちなみに右隣のお店は薬屋さんで、向かいのお店は服屋さんだ。ブライモンさん達のお店に挨拶をしたあとは、そのままリリアと一緒に反対のお隣さんと向かいのお店へと挨拶しに向かった。


 


 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 新商品の販売を始めて、いろいろとトラブルがあったが、なんとかこの一週間を無事に乗り越えることができた。

 そして休みの日に例の貴族の遣いがどうなったのかと地図の制作状況を聞くために、リリアとランジェさんと一緒に冒険者ギルドを訪れることになった。

「テツヤさんおはようございます。ギルドマスターの部屋へお願いします」

「はい、ありがとうございます」

 なんだかんだで冒険者でもないのに冒険者ギルドの職員さんに顔を覚えられてしまった。毎週方位磁石や浄水器などを納めに来てもいるからな。