冒険者の始まりの街でキャンプギアを売ってスローライフ〜アウトドアショップin異世界店、本日オープン!〜

「もうひとつの依頼ですが、()()()()を使える人と、護衛のできる冒険者を紹介してくれないでしょうか? できれば信用や実績のある人だと助かります」

「収納魔法……なるほど、そういうことですか」

 おお、さすがパトリスさんだ。察しが良くてとても助かる。

「……どういうことだ?」

 ……まあこれだけで分かるパトリスさんの察しが良すぎるだけで、ライザックさんが分からないのも無理はないのかもしれない。

「実はうちのお店で売っている商品は少し特殊な場所から仕入れを行っております。ですので、収納魔法を使える人に定期的に仕入れを手伝ってほしいんです。

 それとうちのお店の商品は他で売っていない物が多いので、仕入れ場所を知ろうと街の外で強硬手段を取ろうとする輩が現れるかもしれません。なので、その収納魔法を使える人を護衛する人も必要になります」

 この世界には収納魔法がある。いわゆるアイテムボックスというやつで、いろんな物を収納しておける便利な魔法のようだ。荷物を楽に持ち運びすることができるので、この魔法を使える人は商人でも冒険者でも重宝されているらしい。

 今までは屋台で商品を販売していたから、商品を一度で大量に仕入れてそれを少しずつ売っていたで通るが、これからは店を借りて継続して商品を販売することになる。それなのに店で仕入れをまったくしていないと、どこから商品を持ってきているのか怪しまれることになる。

 そのため、収納魔法を使える人を雇って、定期的に仕入れを行うフリをしてもらおうと思っている。具体的には、尾行に気をつけながら、普段人が立ち入らないような場所に何ヶ所かに行ってもらってから、うちの店に寄ってもらうという依頼を定期的に頼む予定だ。

 秘密の場所で特殊な製法で作られた商品と言い張れば、どこでどんな商品を仕入れたのかわからなくなる。もちろん、その収納魔法を使える人にはこちらの事情も話さなければならないので、ある程度は信用のおける人物でなければならない。

「なるほどな。仕入れに収納魔法を使うってわけか。確かに珍しい商品みてえだから、普通に荷馬車で運ぶよりも、収納魔法を使ったほうが安全だな」

「ええ、うちで扱う商品にはそれほど大きな商品はないので、そこまで容量が必要というわけではありませんから。護衛の方のほうは多少依頼料が高くなってしまっても構いませんので、信用ができて強い方を頼みたいです」

 収納魔法の容量は使用者の魔力によって変わるらしい。とはいえ、方位磁石やストロー型の浄水器など、うちの店で扱うキャンプギアは基本的に小さいものばかりだから、容量はそれほどなくても怪しまれはしない。

 収納魔法を使える人が多少はいると聞いているので大丈夫そうだが、問題は護衛のほうだ。ここは駆け出し冒険者が集まる始まりの街、護衛のできるCランク以上の冒険者はリリアみたいに引退間近だったり、訳ありの冒険者が多い。

「私がその者の護衛をすれば良いのではないか?」

「いや、リリアには店の護衛のほうに専念してほしい。仕入れには数日かかってしまうからね」

 少なくともこの街からは離れた場所で仕入れをしていることにしておきたい。

「……テツヤの要望にピッタリのやつがいることにはいるな。そいつだったら収納魔法を使えるし、そいつ自身がBランク冒険者で護衛をする必要がないくらい強い」

「……なるほど、ランジェさんですね。実績もありますし、能力的には問題ないでしょう」

 いることにはいる、能力的には問題ない……ライザックさんもパトリスさんもなにやら歯切れが悪い。

「収納魔法も使えて護衛も必要ないなら、依頼をするのがひとりで済んで助かります。……そのランジェさんという方は、何か問題のある人物なんですか?」

「いや、問題はないんだが、あいつはちょっと特殊なやつでな……依頼をひどく選り好みしやがる。依頼を受ける際は必ず依頼者と会ってから決めんだよ。依頼内容が難しかろうが依頼料が安かろうが、受ける依頼は受けるし、受けない依頼はいくら金を積んでも受けやしねえ」

「ランジェさんがどういった基準で依頼の受ける受けないを決めているのか、我々にはサッパリわからないんですよ。本人に聞いてもインスピレーションで決めているとしか教えてくれませんし……」

「………………」

 なにやら一癖も二癖もありそうな人らしい。

「それにこの街を拠点にしていると言うよりは、いろんな街をフラフラと渡り歩いているやつだからな。幸い今はこの街にいるはずだ。とりあえず、まずはランジェと会ってみたらどうだ? 断られた時のために別のやつも探しといてやるよ」

「ありがとうございます、そうしてくれると助かります」

 断られるかもしれない前提で話を進めるのもあれだが、どうやらランジェさんは一風変わった人物のようだ。俺としては、仕入れの事情を話す人はできる限り少ないほうが良い。可能なら収納魔法を使え、護衛も必要ないその人に依頼をお願いしたいものだ。こちらの依頼についてはランジェさんに連絡が取れ次第、俺の宿に連絡を入れてくれるそうだ。

 凶悪な顔をした大男に話しかけられた時はどうなるかと思ったが、まさかそれがこの街の冒険者ギルドマスターだったとはな。顔はともかくライザックさんはまともな人だったし、パトリスさんは頭の回る人だった。これからは良い付き合いができればいいな。
「むっ、すまない。少し遅くなってしまったようだ」

「いや、ちょうど今来たところだよ」

 う〜む、露出の少ないロングスカートだが、リリアにとてもよく似合っている。リリアは背も高くてスタイルが良いから、本当に外国人のモデルさんみたいだ。

 ……非常に残念なことではあるが、デートの待ち合わせなどでない。昨日から屋台でやっていたお店を閉めて、今後は店舗を借りてお店を開こうと思っている。そのため、今日は借りる店舗を探しにリリアと不動産を回る予定だ。

 ありがたいことにリリアがうちのお店の従業員として働いてくれることになった。そのため、店舗を借りる時に、この街に住んでいるリリアにもついて来てもらうことになった。元の世界で家を借りた経験はあるが、こちらの世界での賃貸の常識についてはまったくわからないからな。

 一応午前中には商業ギルドに行って、店舗を借りる際の注意点などを聞いてきた。この街は冒険者だけでなく、商人にもそれなりに優しい街らしく、商業ギルドの職員さんがいろいろと丁寧に教えてくれた。

 そういえば冒険者ギルドマスターには会ったが、商業ギルドマスターにはまだ会っていない。たかが一店舗の店長が会う機会はあるのかはわからないが、どんな人なのかは少し興味があるな。

「それでテツヤ、どんな店を借りる予定なんだ?」

「そうだな。とりあえず予算は月で金貨10枚から多くても20枚くらい。冒険者ギルドでお店の告知もしてくれる予定だし、立地条件よりも家賃の安さや店の大きさを重視したいところかな」

 この街で屋台を始めてしばらくしてアウトドアショップのお店の名前も多少は知られてきている。そして、今後は冒険者ギルドで方位磁石を販売して、お店の告知もしてもらえるので、ある程度街の入り口や冒険者ギルドから離れた場所でも、冒険者のお客さんは来てくれるはずだ。

 それとお店の他にも俺が住む住居スペースが必要になる。少なくとも台所とトイレは必須だな。本音を言うと、お風呂もほしいところではあるが、この世界のお風呂は貴族や大商人くらいしか持つことができない贅沢品だ。さすがに今の予算でお風呂付きの住居なんて借りられない。

「なるほど。店の良し悪しはよくわからないが、住居については多少アドバイスをできそうだぞ」

「それは助かるよ。そういえばリリアは今どこに住んでいるの?」

「ああ、この街に来てからはずっと宿を借りているんだ。ちょうどあっちのほうにある宿だな」

 リリアが指差した方向はこの街の高級宿がある方向だ。さすが元Bランク冒険者である。

「理想は一階がお店スペースで、2階は住居スペースみたいに別れていると良いんだよなあ」

 こちらの世界ではそういった店舗も多い。まずはそんな間取りの店舗を探してみようと思っている。

「ふむふむ。よくわかったぞ。では不動産に行くとしようか。おっと、ひとつ言い忘れていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………………ん?」

「どうした?」

 ……俺の聞き間違いかな? その言い方だと俺だけでなく、リリアも店舗に住むように聞こえるんだけど?

「いや、まさかとは思うんだけど、リリアも一緒に住むなんてわけないよね?」

「何を言っているんだ? 店の護衛をするなら店に住むのは当然のことだろう?」





「こんにちは」

「いらっしゃいませ。おや、若いお客さんだね。新婚さんで新居の相談かな?」

「し、新婚などではないぞ!」

「そ、そうかい」

 ……一緒に住むのは問題なくて、不動産の店主に新婚と言われるのは恥ずかしいのか。リリアの感覚はよくわからないな。

 お店の護衛というものは営業時間の最中だけだと思っていたが、営業時間外も含まれる場合もあるらしい。確かにこの世界では警備会社なんてものはないだろうし、本当に気をつけるべきなのは、日中より夜間の泥棒や強盗などだ。

 大きな商店などでは交代で夜も店の護衛を雇っているらしいが、うちの店でそこまでする気はなかった。営業時間中の俺やフィアちゃんの身の安全さえ守られれば、最悪泥棒には入られてもいいと思っていた。

 しかし、リリアがお店に住み込みで働いてくれれば、それは最大の泥棒や強盗に対する抑止力となる。さすがに元Bランク冒険者が住み込みで働いているお店にやってくるやつらはいないだろう。たとえそのことを知らずに夜に店へ侵入してきたとしても、すぐに気付くとリリアは言っていた。

 それにしてもリリアは男と一緒にひとつ屋根の下に住むということが分かっているのだろうか? もちろん冒険者なら男女関係なく野営をしてきただろうし、俺なんかが力尽くで襲おうとしても一瞬で返り討ちにあうことは間違いない。

 それでも男として見られていないのなら、それはそれで少し悲しい……でも新婚と間違われて照れてはいるんだよなあ。う〜ん、よくわからない……

「実はお店を開こうと思っておりまして、商店用の店舗を探しています。住居付きの店舗をいくつか見せてもらいたいのですが」

「はい、店舗用の物件ですね。少々お待ちください」
「その条件ですとこの辺りとなりますね」

「なるほど。実際に物件を見せてもらうことは可能ですか?」

「はい、もちろんですよ」

 4つほどに物件の候補を絞ったあと、実際にその物件の場所に向かうこととなった。当たり前だが、この世界の不動産屋では詳細な物件の見取り図や写真などがないため、物件の詳細を知るためには、現地まで自分の足で行き、自分の目で確かめなければならない。



「ここが1軒目となります。この物件は大通りに面しているので、冒険者様を相手に商売をするなら、とても良い場所だと思いますよ」

 不動産屋の主人である40代くらいの男性とリリアと一緒に1軒目の候補となる物件へと向かった。

「うん、なかなかいい物件なんじゃないか。テツヤ、ここにしないか?」

「……う〜ん、立地はなかなかいいと思う。結構大きな通りに面しているし、街の入り口からも近い。ただ店が少し狭いのと住居の部分が少し狭いかな。これだと賃貸の金額が少し割高になるし、もう少し広い店舗がほしいところだ」

「そ、そうかもしれないな。一旦保留にしておいて次に行こう」

「そうだね、ちょっと時間はかかるけれど、他の物件も見せてもらおう」

「かしこまりました。それでは次の物件を案内しましょう」

 多少は街の中を歩くことになるが、店舗の場所や間取りは今後の商売でとても重要になる要素だ。物件すべてとは言わないが、できる限りいろんな場所を見ておきたい。



「こちらが次の物件になります。こちらですと立地はあまり良くないものの、店舗や居住スペースがとても広くなっております」

「おお、確かに先程の店舗に比べると倍以上広いな。これならたくさんの商品を置けそうだ。テツヤ、ここならいいんじゃないか?」

「……う〜ん、店舗や居住スペースの広さは十分だな。むしろ少し広いくらいだ」

 店舗の広さもかなり広く、特に2階にある住居スペースには台所と居間にトイレ、小さな部屋が3つと家族4人でも住めるくらいのスペースがあった。

 リリアと俺が一緒に住むとしたら、最悪俺が居間で寝るとしても、もう1部屋が必要になる。そういう意味だと、どんなに小さくてもいいから、部屋は2部屋ほしいところである。その意味ではこの店舗は十分すぎるほど条件を満たしている。

「ただ立地があんまり良くない。大きな道からだいぶ離れているし、入り組んだ場所にある。これだとこの店を見つけること自体が難しそうだ。それに人通りも少ないから、悪いことをするやつらにちょっかいを出されやすそうなんだよな……」

「そ、そうかもしれないな。次の店舗に案内してもらうとしよう」

「そうだね。とはいえ、賃料も考えるとさっきの店舗よりもこっちのほうが良さそうだ。こうやって候補の店舗を比べていって一番良い場所に決めるとしよう」

「うむ」

「それでは次の物件に案内しますね」



「お客さんのご要望と先程の2軒の店舗候補を見た時の反応ですと、おそらくこちらの物件が一番気にいられるのではないかと思います。最後の1軒はこちらの物件よりも少し劣ってしまうかと」

「なるほど。確かに今までの中では一番理想的な物件ですね!」

 案内された店舗は1軒目の店舗よりは人通りの少ない場所であったが、そこそこ人通りのある場所だ。他の料理屋や服屋などのお店も近くにいくつかあることから、ある程度のお客さんが来てくれそうである。

 そして2軒目の店舗候補よりも小さいが、1軒目の店舗候補よりは大きい。それに2階の住居スペースには台所、トイレ、居間、小さな部屋が2つと、リリアと一緒に住むということになっても最低限のプライバシーは守れそうだ。

「それに小さいですけれど、裏庭があるんですね」

「ええ。日々の鍛錬やちょっとした物置なんかにも使うことができますよ」

 この店舗には小さいながらも裏庭があった。そしてその向かいの家には広い庭があるので、裏庭にテントを張ってキャンプの気分を味わいながら煙の出る料理をしても、洗濯物に煙が当たるなどといった迷惑をかけることはなさそうだ。

「うむ、確かにここが一番いいかもしれないな。テツヤ、ここにしてはどうだ?」

「うん、他の2店舗と比べてここなら文句はないな」

「おお、それならここで決定だな」

「いや、確かに今のところこの物件が一番よかったけれど、残りのひとつも見てみるよ。それに商業ギルドに聞いた他の不動産屋でもいくつか物件を見てみる予定だからね」

「そ、そうなのか……」

「店舗を決めるのは結構大きな決断だからね。足を使って確認できるところは確認しておかないと」

 ネットもないこの世界だからな。良い物件を探すなら足を使って一つでも多くの店舗候補を回るしかない。物件を探すような能力はないから、営業と同じで足と手数を武器に物件を探していくしかない。

「なるほど、店の場所を選ぶというのは大変なんだな……」

 リリアはあんまり物件選びとかには向かないかもしれないな。根が真面目だから、お店の人の言うことをすべて信じてしまい、相手が悪意を持っていたら簡単に騙されてしまいそうである。俺がしっかりしないといけないな。



 そのあと商業ギルドでおすすめされた不動産屋も回り、結局15軒以上の物件を回ってみたが、この物件以上のものはなかったので、この店舗に決めて契約をした。

 長い間お世話になった、ご飯の美味しいこの宿とも今夜でお別れだ。明日はお店としての準備をする前に、台所や寝具など、居住スペースの準備をする予定だ。
「それでは長い間お世話になりました」

「おう、この街で新しい店を出すんだってな。頑張れよ、応援しているぞ!」

「もしよかったらご飯だけでもまた食べに来てちょうだいね」

「ええ、新しいお店はここからそんなに離れているわけじゃないので、たまにご飯は食べにきますよ」

 店舗と契約した次の日の朝、長い間泊まっていたこの宿ともお別れだ。とはいえ、この辺りのお店を食べ歩いた中でも、上位に入るほどの美味しいご飯を出す宿だから、たぶんちょこちょこ通うことになるだろう。

「お兄ちゃん、また来てね!」

 アルベラちゃんとも今日でお別れだ。なんだかんだでこの子の笑顔には癒されてきたものである。アルベラちゃんにはアウトドアスパイスが美味しかったとお礼を言われたし、おっちゃんにはこの世界の食材のことについていろいろと教えてもらった。またなくなった頃に分けに来てあげるとしよう。

「うん、また来るよ。アルベラちゃんも元気でね」

「うん!」





 一度荷物を新しい店舗へ運び、拠点を変更したことを冒険者ギルドに伝え、同じように宿を引き払ったリリアと合流した。

「それじゃあ、市場に行っていろいろと買い揃えに行こうか」

「ああ」

 昨日と同様に私服のリリアと一緒に、生活するのに必要な食器や寝具などを市場で買い揃えていく。……非常に残念なことではあるが、デートではないんだよ。

「……よし、こんなもんだろう」

「テツヤ、こっちも終わったぞ」

 店舗の2階にある居住スペースへの家具などの配置が完了した。それぞれの部屋にはベッドと小さめの机、居間のスペースには大きめのテーブルや椅子、台所には食器棚や食器などを配置している。

「なんだかんだでいい時間になっちゃったな。それじゃあ晩ご飯にしようか。今日は簡単なものになっちゃうけど良いかな?」

「もちろんだ。なんでも構わないぞ」

 これからリリアとの共同生活を送るにあたって、いろいろな取り決めをした。

 まずは基本的な家事についてだが、食事は基本的に俺が作ることになる。リリアは片腕なので料理をするのは難しく、今までも基本的には外食で済ませていたようだ。自分の食事は自分で準備すると言っていたのだが、一人分を作るのも二人分を作るのも大して変わらないし、料理を作るのは結構好きなので、俺に任せてもらうことにした。

 その代わりに掃除についてはリリアに任せることとなったし、食事の材料費も出してもらうことになった。洗濯については下着などの問題もあるので、各自で行うことになった。

 そして家賃についてだが、この店舗の賃料は一月に金貨20枚となっている。他の店舗候補よりも立地や店の大きさなどが理想的だったため、予定していた予算ギリギリになってしまった。

 リリアもこの店舗に住み込みで働くため家賃の一部を払うと言ってくれた。お店の護衛のために必要な経費でもあるので、家賃は必要ないと伝えたのだが、部屋も貸してもらい、食事も作ってもらうのだから家賃は払うと折れてくれなかった。

 リリアなりに新しくお店を出すから、気を遣ってくれたのだろう。ありがたく月に金貨5枚をもらうことにしたが、お店が軌道に乗ったら給金を上げるなどしていくとしよう。



「お待たせ。今日は疲れたから簡単なもので悪いけど、どうぞ召し上がれ」

「おお、良い匂いだな。スープまであるじゃないか、確かに時間は早かったが、とても簡単な料理には見えないぞ」

 さすがに昨日今日は街中をかなり歩き回って俺もクタクタである。今日の晩ご飯は手抜きの肉野菜炒めとパンとスープである。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

 まずは肉野菜炒めだ。肉は市場で売っていたブラックブルという比較的安い魔物の肉を使っている。それとキャベツもどき、玉ねぎもどき、ニンジンもどきなどといった元の世界にもあった野菜と近い野菜を使っている。宿でいろんな料理を食べていた時に、少しずつこちらの世界の肉や野菜について勉強してきた甲斐があった。

「うん、十分いけるな!」

「おお、これはうまいぞ! ただの肉と野菜に見えるが、とてもうまい味が付いているな!」

 味付けはもちろんアウトドアスパイスを使っている。宿で出てきたご飯もそうだが、濃い味付けの料理はそれほどなかったので、今日はちょっと濃い目の味付けにしてみたが、悪くはない味だ。本当はお米もほしいところであったが、この街の市場では見かけなかったので、パンを買ってきてある。

「それにこのスープもうまいぞ! こんな味のスープは今まで飲んだことがないな!」

「そうか、()()()はやっぱり飲んだことがないんだ。結構独特な香りがすると思うけれど大丈夫そう?」

「ああ。今まで味わったことのない味だが、良い香りと味だぞ!」

「それはよかったよ。他にもいろんな味のスープがあるから、今度少しずつ試してみよう」

 アウトドアショップがLV3に上がったことにより新しく購入できるようになった商品であるインスタントスープ。最近のアウトドアショップでは保存食やインスタントスープなどが売られている。ありがたいことにお湯を注ぐだけで手軽に作れる、味噌汁、コーンクリーム、コンソメスープ、たまごスープの4種類のインスタントスープが新しく追加されていた。

 残念ながら水を注ぐだけでご飯が食べられる、保存食のアルファ米などはまだ出てなかったが、インスタントスープだけでもありがたい。さすがに屋台の時には販売をしなかったが、この店舗をオープンする時の目玉商品のひとつとして販売する予定だ。

 インスタントとはいえ、懐かしい元の世界の味噌汁は沁みるなあ。少しだけ元の世界が懐かしい気持ちになってしまった。
「とても美味しいご飯だったぞ。テツヤは料理がうまいのだな!」

「いや、これは料理がうまいっていうわけじゃ……そうだね、明日詳しく説明するよ」

「んん?」

 店舗も無事に借りれたし、あと数日もしたらいよいよこの街にお店をオープンする。その前に一緒に働くリリアとフィアちゃんには、俺のアウトドアショップの能力についてちゃんと話そうと思っている。

 明日はフィアちゃんも誘って、お店を始めるために必要なものを買いに行く予定だ。借りたこの物件が店舗用の店だったため、商品を置く棚などの基本的な物はあるので、値札やカゴなど細々したものを中心に買っていく。そのあとで2人には俺の能力のことについて話しておくとしよう。

「晩ご飯の片付けは俺がやるよ」

「私も手伝いくらいはできるぞ」

「それじゃあ2人で一緒にやろうか」



 カチャ、カチャ

「………………」

 ……うん、なぜだか分からないが、もの凄く気恥ずかしい。さっきの晩ご飯の時にはあんまり意識していなかったのだが、2人で一緒に作業をしていると、同い年くらいの綺麗な女性と一緒にひとつ屋根の下で暮らしていることを改めて思い出してしまう。

 というか今更なんだけど、リリアは誰かと付き合ったりしたことはあるのかな? こんなに綺麗で性格の良い女性なんだから、やっぱり男性と付き合ったことがあるよな。少なくとも、今俺と一緒にいるということは、今付き合っている男はいないということでいいはずだ。

 俺はもちろん女性と付き合ったことなんてないよ。なにがもちろんなのかよく分からないけれど、これまで女性と付き合ったことはない。いや、たぶんいろいろとタイミングとかが悪かっただけなんだよ、きっと……

「そういえばテツヤはこの街から遠い場所より来たと言っていたな?」

「うおっと!?」

「ど、どうしたんだ!? 何か悪いことでも聞いてしまったか?」

「いや、ごめん。ちょっと別の考え事をしていただけで、なんでもないんだ。そうだね、俺の故郷はここからとても遠くにあるんだ。それこそもう一度帰れるかも分からないくらい遠くにね」

 今のところ元の世界に帰れそうな気配はまったくない。日本などといった元の世界の情報などもまったく入ってこない。

「テツヤは故郷に帰れるとしたら帰りたいのか?」

「……いや、言われてみるとそこまで帰りたいというわけでもないな。家族や友人に会えなくなったのは寂しいけれど、生活は今のほうが楽しい気がする」

 両親や友人に会えなくなったことは寂しいが、ブラック企業で働いているよりは、よっぽど今の生活のほうが楽しい。休みもこれからは週に2日は休む予定だしな。

「この街はみんな優しくてとても良い街だし、いろんな人達にも出会えた。リリアにも本当に感謝しているよ」

「そ、そうなのか」

「そういえばリリアの故郷はこの辺りなんだっけ?」

「ああ、このアレフレアの街から少し離れたところにある村が私の故郷だ。まだ幼い頃に両親を病で亡くしてしまってな。女ひとりで娼館くらいしか行き先がないところを、この街にいたとある冒険者に助けられたんだ。

 冒険者になり始めたころに助けてくれたこの街のみんなには、いくら感謝してもし足りない。だから私は冒険者を引退する時には、みんなが私を助けてくれたように、この街で駆け出し冒険者達を手助けしようと思っていたんだ」

「そっか……リリアがいつも駆け出し冒険者を応援していたのはそういう理由だったんだ」

「ああ。だから冒険者を引退したあとも、駆け出し冒険者の役に立つことができるテツヤの店に雇ってもらえて、私もとても感謝しているのだぞ」

「……その冒険者には俺も感謝しないといけないな。その人のおかげで、リリアをこの店で雇えることになったんだから」

 間接的にだが、幼い頃のリリアを手助けしてくれた冒険者のおかげで、リリアがこの店で護衛として働いてくれることになったんだからな。また少しだけリリアのことを知ることができた。





「……テツヤ、これはいったいなんなんだ?」

「ふっふっふ、これはポータブルシャワーと、ブルーシートで作った簡易シャワー室だ!」

 店舗の裏庭にあるスペース、そこには青いシートによって作られた小さな個室のようなものがあった。俺の身長よりも高い場所にある店の端に2本の長い棒を打ち込み、そこにアウトドアショップで購入したブルーシートをかけて、周りから見えない小さなシャワー室を作った。

 そして吊り下げ式のポータブルシャワーと呼ばれる黒いビニール製の水が入ったタンクと、そこから伸びるシャワーがある。このキャンプギアがあれば、どこでも簡単にシャワーを浴びることができる。

 この黒いビニール製のタンクに温水を入れてから高い位置に設置して、ノズルを開けば中に入った温水のシャワーが出てくるという簡単な仕組みだ。今回は先程インスタントスープを作る際に多めに沸かしたお湯に水を混ぜてタンクに入れてある。

 しかもこのタンク、なんとお湯を沸かさなくても、水を入れて陽の当たる場所にしばらく置いておけば、黒い素材でできているため、太陽光の熱で温められて勝手に温水になるという優れものなのだ。

 さすがにお風呂がある物件は借りれなかったが、このポータブルシャワーがあれば、この世界でもシャワーを浴びることができてしまう。このブルーシートもポータルシャワーもアウトドアショップのレベルが3に上がったことによって増えた商品である。
「こんな感じでここのノズルを開けば温かいお湯が出てきて、身体や髪の毛を洗えるようになっているんだ」

「なるほど、これは便利だな!」

 実際のところ、元の世界でこのキャンプギアはあまり使い道がないと思っていた。まあキャンプをする際に、シャワーを浴びたくなるなんてことはあまりないからな。使うとしてもシャワーのない海や川で遊ぶときくらいの物だと思っていた。確かポータブルシャワーには電動式やポンプ式などもあったはずだが、今アウトドアショップで買えるのは吊り下げ式の物だけだ。

 俺も元の世界では持っていなかったキャンプギアだが、こちらの世界ではとても便利である。お風呂に入ることができなくても、シャワーを浴びられるだけでだいぶ違う。ちなみにこれまでは井戸で汲んできた冷たい水で身体を拭いたり、髪を洗ったりしていただけだからな……

 しかしこのキャンプギアを販売するかは微妙なところである。森まで自力でいける冒険者達は川で水浴びをしているし、宿や個人の家でポータブルシャワーを使うのかというとちょっと怪しい。たぶんそこまで需要はないと思うんだよな。



「ああ〜生き返るなあ〜」

 シャワーで温水を浴びながら髪と身体を洗っていくが、だいぶ身体が汚れていたらしい。今まで生きてきた中で一番垢が出た気がする。

 本当は石鹸やシャンプーもほしいところだが、さすがにそこまで贅沢は言えない。少なくともこの街では石鹸もシャンプーも売ってはいなかったな。確か石鹸は油と灰から作ることができたと思うが、詳しい作り方も覚えていないし、さすがに一から石鹸を作るまでする気はない。今はこの温水シャワーだけで十分である。

「リリア、次どうぞ。温水も補充しておいたよ」

「すまないな、ありがたく使わせてもらおう」

 続いてリリアがシャワーを浴びる。当たり前だが覗きなんてしないぞ。リリアは護衛ということもあって、私服ではあるが、基本的にいつも剣を持ち歩いている。リリアの性格からすると問答無用で叩っ斬られることはないと思うが、これから一緒に過ごすわけだし、そんなことで信頼を失うわけにはいかない。……男として覗きたいという気持ちは決してゼロではないがな。



「気持ちよかったぞ。あのシャワーというものは魔道具か何かなのか?」

「いや、あれは魔法とかは使っていないよ。俺の故郷で使っていた道具なんだ」

「そうなのか。方位磁石といい、テツヤの故郷には便利な道具がいろいろとあるんだな」

「……そうだね。それも含めて明日説明するよ」

 明日はフィアちゃんも一緒に店の開店の準備をする予定だ。その際に俺の能力のことを2人には伝える。2人になら信用して話せるが、どんな反応をするのか少しだけ心配ではある。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆

「ふあ〜あ、良く寝た」

 新しく買ったベッドもそこまで柔らかいというわけではないが、十分すぎるほどによく眠れた。それに小さいとはいえ、自分の部屋があるというのはとても安心する。

「おはよう、テツヤ」

「おはよう、リリア。今から朝ご飯の用意をするからちょっと待っててね」

 自分の部屋のドアを開けると、居間には私服のリリアがいた。彼女がいたことのない俺にとっては、なかなか刺激的な光景だぞ。



「お待たせ。今日の朝ごはんはサラダとコーンスープとホットサンドを用意したよ」

「おお、いい匂いがするな」

 今日の朝ごはんはキャンプ飯の定番であるホットサンドだ。アウトドアショップがレベル3まで上がったことで新たにガス缶が買えることになった。そのおかげで元々この世界に来た時に持っていたガスバーナーが、ガスを気にせず使えるようになったのだ。

 残念ながらガスバーナー本体はまだ買えないのだが、ガス缶だけでも買えるのはとても助かる。ガスバーナーは次のレベルあたりで、購入できるようになればいいな。

 こちらの世界では火を起こすのも、火打ち石が必要となり一苦労だ。ガスバーナーが使えるだけでとても便利である。

「これは美味い! 少し焼いた温かいパンの中にいろいろな具材が入っているのだな! こっちはチーズと肉、こっちはジャム、こっちは野菜か」

 ホットサンドとはパンの中に具材を挟んでホットサンドメーカーと呼ばれる、2枚の鉄板に挟みバーナーで焼くだけというお手軽キャンプ飯だ。簡単な割に中身を変えるだけでいろんな味が味わえる。

「それにこっちのスープは昨日のスープとはまた違うな。優しい味がしてとても美味い! それにこのサラダも何か味がついているな!」

 今日の朝は味噌汁ではなく、パンにあうコーンスープだ。これも味噌汁と同様にお湯に溶かすだけのインスタントスープである。

 サラダに関しては異世界ものの定番であるマヨネーズを作ろうかとも思ったのだが、新鮮なたまごが市場では売っていなかったので、今回は諦めた。市場で売っているいつ産んだかわからないたまごだと、お腹を壊す可能性があるからな。

 その代わりに、市場で売っていた植物から取れたサラダ油のような食用油に、アウトドアスパイスを混ぜた簡易ドレッシングをかけてみた。こんな使い方もできるからアウトドアスパイスは万能である。

「どれも簡単に作った割にはなかなかいけるな。やっぱり久しぶりに料理をするのは楽しくていいね。それにリリアみたいに美味しそうに食べてくれると、こっちも作った甲斐があるよ。おかわりもあるからね」

「うっ……あまりにも美味しかったので、もう食べ終わってしまった。すまないがおかわりをもらえるだろうか?」

「もちろん」

 うん、料理をするのは好きだし、リリアみたいに美味しそうに食べてくれるとこちらも嬉しくなるな。
 朝ごはんを食べたあと、リリアと一緒にフィアちゃんの家へと向かった。今日はそのまま商店へ行き、お店のオープンに必要な物を購入していく予定だ。

「おはようございます、レーアさん、フィアちゃん」

「あら、テツヤさん。おはようございます」

「テツヤお兄ちゃん、おはよう! あれっ、リリアお姉ちゃん!?」

「ああ、フィアちゃんにはまだ伝えていなかったけれど、リリアが護衛兼従業員として一緒に働いてくれることになったんだ」

「リリアです。レーアさん、フィアちゃん、どうぞよろしくお願いします」

「リリアは元Bランク冒険者なので、とても頼りになりますよ」

「Bランク冒険者!? 女性なのにすごいのですね。娘がご迷惑をかけることがあるかと思いますが、何卒よろしくお願いします」

「はい、お任せください。テツヤとフィアちゃんは私の命に代えても守ります!」

 リリアが格好良すぎて困る。女性が女性に惚れるというのも分かる気がするな。でもフィアちゃんはともかく俺はリリアの命に代えなくてもいいからな。

「リリアお姉ちゃん、これからよろしくお願いします!」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。お店の従業員としてはフィアちゃんのほうが先輩だからな。いろいろと教えてほしい」

「は、はい! フィアも頑張ります!」

 この2人なら大丈夫だろう。フィアちゃんの母親であるレーアさんにご挨拶をしてから、リリアとフィアちゃんと一緒にお店へと向かった。



「そうか、フィアちゃんはそうやってテツヤと出会ったのだな」

「はいです! お母さんが倒れちゃった時に、テツヤお兄ちゃんが助けてくれました。リリアお姉ちゃんはテツヤお兄ちゃんが出した依頼で知り合ったんですね?」

「ああ。この街で護衛依頼というのはなかなか珍しいんだ。それに新人冒険者も一緒の護衛依頼ということだったからな。護衛依頼は普通の依頼とは異なって、私にもいろいろと教えられることがあるから、あれば受けるようにしているんだ」

 そういえばあの時も俺やロイヤ達にいろいろと教えてくれながら護衛をしてくれていたよな。そうやって普段から駆け出し冒険者の役に立つような依頼を受けているのもリリアらしい。

 そんな感じでリリアとフィアちゃんが話をしながら買い物をしていった。この様子なら2人とも一緒に仲良く働いていけそうだな。



「ここが新しいお店だよ」

「うわあ〜おっきいです! それにとっても綺麗ですね」

 いろいろな買い物を終えてお店まで戻ってくる。いろいろなお店に寄ってきたこともあって、お昼は屋台で簡単にすませてきた。

 フィアちゃんが借りた店舗を見るのは初めてだ。元いた屋台とは違って全然大きいし、昨日リリアと一緒に多少は掃除をしてあるから、ある程度は綺麗になっている。

「中も結構広いから、屋台とは比べものにならないくらいの商品を置けるようになっているよ」

「はわわ、たくさん覚えることがありそうです!」

「商品の値段は一覧にして会計の場所に置いておくし、それぞれの商品棚にも値段は書いておくから、ゆっくりと覚えていけば大丈夫だよ」

「私も接客業をするのは初めてだ。それに見ての通り片腕だからな。護衛のほうは大丈夫だと思うのだが、店のほうは少し不安がある」

「普段のリリアの対応で十分丁寧だから大丈夫だよ。確かに会計は少し難しいかもしれないけれど、品出しや店内の見回りやお客様対応とやることはいろいろとあるからね。手伝ってくれる人がひとり増えてくれただけでとても助かるよ」

 2人ともいろいろな不安はあるようだが、この2人ならすぐに慣れてくれるだろう。接客のほうは問題ないと思うのだが、お店を出すとなるといろいろな問題が出てくるだろう。

 一応駆け出し冒険者を相手にしている商店とはできるだけかぶらないような商品を置くつもりだが、それでも何かしらのトラブルはあるだろうからな。2人の接客よりも、むしろそっちのほうが心配である。

「それじゃあもう少し内装を綺麗にしたり、買ってきた値札とかを配置していこうか」

 そのあとは3人でお店の内装を準備していく。元々この物件にあった商品用の棚に商品の値札を付けていった。



「やっぱり俺が書くの?」

「そうだな、この店はテツヤの店なのだからな」

「はいです! テツヤお兄ちゃん、頑張って!」

 一通り店の中の準備が終わって、残るはお店の看板を残すだけとなった。一応こちらの世界の文字は、日本語で書こうとすると自動的にこちらの世界の文字に変換されるのだが、そもそも文字を書くのが苦手なんだよなあ。

 昔から習字の授業とかが一番苦手だった。バランスよく文字を書くというのが難しいんだよな。とはいえ、リリアの言う通り、一応は俺の店である。ペンキのような塗料を買ってきており、何度かはやり直せるから頑張るとしよう。

「……よし、こんな感じでどうだ?」

「うむ、いいと思うぞ!」

「はい、とっても上手ですよ!」

 何度か書き直したが、俺も納得できる看板が出来上がった。こちらの世界でアウトドアショップという文字が書いてある。

「あとはこっちの小さいほうだな。こっちはみんなで書こう」

 店の正面の上部に設置する看板とは別に店の入り口に設置する小さな看板には、この店には何が売っているかを表す絵などを描くのがいいらしい。アウトドアショップといえば、テントのイメージが強いのだが、こちらの世界ではまだテントは売っていないので、この店の看板商品でもある方位磁石の絵をみんなで描いた。

 元々商店としての商品棚などが置いてあったのは助かった。これであとは商品さえ置けば、立派なお店として営業を開始できるようにまで準備はできたな。
 さて、お店の準備もある程度できたことだし、今日の晩ご飯を作るとしよう。今日はレーアさんの仕事が遅くなるそうなので、フィアちゃんもここで一緒に晩ご飯を食べていく。

 レーアさんの分も持っていってもらうから、合計4人分だな。みんながどれだけ食べるかまだ分かっていないから、多めに作っておけばいいだろう。余ったら明日の朝に食べればいいだけだ。

 というわけで完成した今日の晩ご飯がこちら。

「今日の晩ご飯は唐揚げだ! 熱いから気を付けて食べてね」

「唐揚げ……初めて聞く料理だな」

「ふわあ、いい匂いです!」

 今日の晩ご飯は唐揚げとサラダとパンとスープだ。サラダは生野菜に朝の油とアウトドアスパイスを使ったドレッシングに、今回は酸味のある果物の果汁を加えて、少しだけパワーアップしてある。スープは唐揚げに合いそうな中華風のたまごスープのインスタントである。

 そして今日のメインとなるのは唐揚げだ。この世界に来てから、泊まっていた宿や街の屋台では揚げ物がまったくないことに気付いた。基本的に宿や街の屋台で出てくる料理は焼いたり煮たりするものばかりだ。

 一度揚げ物がないと分かってしまうと、どうしても揚げ物が食べたくなってしまったんだよな。というわけでないなら作ってしまおうと考えたわけだ。幸い唐揚げは元の世界で作ったことがあるので、一から作ってみた。

 ライガー鳥という鳥型の魔物の肉をひとくち大の大きさに切り揃え、ニンニクや魚醤、アウトドアスパイスなどを混ぜ合わせたタレで揉み合わせ、しばらくタレに漬けておく。タレを漬けた肉に小麦粉と片栗粉混ぜた衣を付け、油で揚げる。一度揚げた後に、さらに高温でもう一度揚げることにより、中はジューシィで外側はパリッとした食感になるのだ。

「おお、パリッとした衣の中から、アツアツの肉の旨みが溢れてくるぞ! これは今まで味わったことがないが、本当に美味しいな!」

「ふーふー、熱いけど本当に美味しいです! こんな美味しいお肉初めて食べました!」

「多めに作ってあるから、ゆっくり食べていいよ」

 唐揚げはまだ揚げたてでアツアツなので、ふーふーと冷ましながら唐揚げを食べるフィアちゃん。なんだか癒されるな。

 うん、こちらの世界で初めて作った唐揚げにしてはだいぶ上手くできたな。魚醤を使ったタレでも十分にうまい。それほど高くない肉だったが、元の世界の鶏よりも美味しいかもしれない。

 こちらの世界では油がそこまで高くないから助かった。魚醤は多少高かったが、醤油に近い味の調味料は必要だからな。多少高くても買い続けるとしよう。

「こっちのお野菜も味がついていて美味しいです!」

「このスープも優しい味で美味しいな! これも朝や昨日のスープとは違って美味しいぞ!」

「サラダにはドレッシングがかけてあるんだ。こっちのスープはふんわりとしたたまごが入っていて美味しいでしょ。あと唐揚げはこっちの酸味のある果物の果汁をかけるとサッパリして美味しいよ」

 うむ、2人ともとても美味しそうに食べている。宿で食べる食事も美味しいが、こうやってテーブルを囲んでみんなで食べる食事も良いものである。俺も久しぶりにカロリーとかを気にしないジャンクな味を楽しめた。

「もしも〜し、テツヤさんはいますか〜?」

「うわっと!?」

 食事を楽しんでいたところ、いきなり下の階から大きな声がした。それと同時に扉をノックする音が聞こえた。

「びっくりしたあ。こんな時間に誰だろう? ロイヤ達にはまだ店の場所を伝えてないし、声も違うな」

「テツヤ、たぶん冒険者ギルドで依頼していた収納魔法を使える者の件ではないか?」

「あっ、冒険者ギルドに依頼していた件か。悪いけどリリアも一緒に来てもらっていい?」

「ああ、もちろんだ」

 ありえないとは思うが、冒険者ギルドの使いのフリをした強盗の可能性もある。用心はしておいたほうがいい。

「すみません、お待たせしました」

「君がテツヤさんだね。冒険者のランジェだよ、よろしくね〜」

 美しく輝く長い金髪を後ろで束ね、肌は白くて整った顔立ちをしている男。そして彼の両耳は()()()()()()()。その容姿はファンタジー小説で見かけるエルフそのものだった。

「……初めまして、テツヤです。よろしくお願いします」

 この世界に来てからエルフの人を見るのは初めてだ。やはりエルフの容姿は整っているのか、めちゃくちゃイケメンである。……というか冒険者ギルドの使いの人かと思ったけれど、いきなり本人が来たのか。

「久しぶりだな、ランジェ。その軽い感じ、変わっていないな」

「やっほ〜リリア。リリアが冒険者を引退した後に、お店で働くってギルドマスターから聞いた時は驚いたよ!」

 ……んん? もしかしてリリアはこの人と知り合いだったりするのか?

「ランジェとは冒険者の時の知り合いでな。見た目と話し方はこんな感じだが、冒険者としてのこいつは信用できるやつだぞ」

 そういえばリリアもランジェさんと同じBランク冒険者だったな。同じ高ランク冒険者同士だし知り合いでも不思議はないのか。

「とりあえず店の入り口ではあれなので、まずは中へどうぞ」
「あれ、なんだかいい匂いがするね」

「ちょうどみんなで晩ご飯を食べていたところだったんですよ。もしよろしければ、ランジェさんも一緒に食べていきませんか?」

 冒険者ギルドマスターのライザックさんの話によると、この人が依頼を引き受けてくれるかはまだ分からない。とりあえず印象は良くしておいたほうがいいだろう。

「えっ、いいの? まだ晩ご飯を食べてないからお腹ペコペコなんだよ。遠慮なくいただくね。あとテツヤ、僕に対する口調はもっとフランクでいいからね! むしろ堅苦しいほうが苦手だよ」

「……わかったよ。それじゃあ準備するから少し待っててくれ」

 リリアの時もそうだったけれど、こちらの世界ではあんまり敬語や丁寧語では話さないのかもしれない。でも初対面の人を相手にタメ口って、何気にハードルが高いんだよな……

「はいは〜い。あっ、こっちの可愛い女の子は初めてだね。ランジェだよ、よろしくね!」

「フフ、フィアです! よ、よろしくお願いします!」

 ……俺のエルフのイメージって、もっと厳格で寡黙な感じだと思ったんだけど違うのか? 見た目は10代後半から20代くらいに見えるのだが、めちゃくちゃ軽い感じだ。



「お待たせ。これは俺の故郷の料理だ。もし口に合わなかったら、別の料理もあるから教えてくれ」

「へえ〜僕はこう見えてフラフラといろんな街へ出かけるんだけど、この料理は初めて見るね」

 ……こう見えてというよりは見たまんまなんだが、とはさすがに言えない。どうやらこの街以外にも唐揚げという料理はないらしい。というより揚げ物という文化がまだない可能性もあるな。

「これは唐揚げといってライガー鳥の肉に衣をつけて、高温の油に浸した料理だよ。それとこっちがサラダとスープだ」

 リリアやフィアちゃんに出したとのと同じ料理を、テーブルに座ったランジェさんの前に置く。というか俺達も食事の途中だったので、改めてテーブルに座って食事を再開した。

「うわ、なにこれ!? めちゃくちゃ美味しいよ! 外はサクサクしているけれど、中はとっても柔らかくて肉の味が溢れてくる! へえ〜焼いたり煮たりするのとは全然違った味だけど、本当に美味しいよ!

 それにこっちのサラダには高そうな香辛料がいっぱい使われているね! こっちのスープも優しくて今まで味わったことのない味だ。これはすごいよ!」

「ふっふっふ、テツヤの料理はうまいだろう? 唐揚げにはこっちの果汁をかけるとサッパリとしてまた違った味になるぞ!」

「へえ、そうなんだ!」

 なぜかリリアが得意げに説明してくれた。リリアやフィアちゃんもそうだが、ランジェさんもとても美味しそうに俺の作った料理を食べてくれるな。見ていて清々しいくらいの食べっぷりだ。

「それだけ美味しそうに食べてくれると、作った俺のほうも嬉しいよ」

「これはお酒にとても合いそうだね。よし、それじゃあ僕もとっておきのを出そうじゃないか!」

 ランジェさんが何もない空間に右手を伸ばすと突然黒い平面が現れ、そこに手を入れた。

「おお! もしかしてこれが収納魔法なの?」

「そうだよ。ここにいろいろな物を入れられるようになっているんだ。しかもここに入れた時点で時間の流れが止まるから便利なんだよね。どこだったかな……あ、これこれ」

 そういってランジェさんは一本の筒を取り出した。これが魔法か、初めて見たけれど面白いな。しかも時間停止する収納魔法なんて羨ましい!

「これは?」

「これは他の街で作られているエールだよ。結構有名なお酒でね、ドワーフにも人気があるんだ。さらに僕の氷魔法で冷やしているんだよ」

「えっ!? 冷えたエール!」

 今日は一応お酒も買ってきてはあるが、リリアはお酒を飲まないし、フィアちゃんは言うまでもなくお酒を飲めないから、今日はもう飲まずにいようと思っていた。

「ランジェさん、俺にも少しくれない?」

「もちろん、こんな美味しいご飯を食べさせてもらったんだからね。リリアは……飲めなかったんだっけ? フィアちゃんはもう少し大人になってからだね。2人はこっちの果物の果汁で我慢してね」

「ああ、ありがたくいただこう」

「は、はい。ありがとうございますです!」

 さらにランジェさんはもう一本の筒を何もない空間から取り出し、コップに注いでいく。

 へえ〜元の世界のビールと違って濃い色をしている。確かエールは、いつも飲んでいたビールと発酵方法の仕方が違うんだっけかな。おお、しかもちゃんと冷えている! いいなあ、俺も氷魔法を使いたい。

「それじゃあ改めて乾杯!」

「「「乾杯!」」」

「おお、これはうまい!」

 前に泊まっていた宿でもエールや他の酒を何度か飲んだが、そのどれよりもうまい味だった。元の世界で飲んでいたビールよりもゴクゴクと飲めるキレはないが、その代わりに複雑で深い味わいと香りがある。

 そしてなによりも氷魔法によって、冷やされたお酒を久しぶりに飲んだ。確かエールビールはラガービールみたいにキンキンに冷やすよりも、これくらいに少し冷やしたくらいがちょうどいいんだよな。

 今度はアツアツの唐揚げを食べてから冷えたエールを流し込む。かああ、これだよ!

「それにしても本当に美味しいエールだな。ランジェさん、ありがとう」

「こちらこそご馳走さまだよ。思った通りこの料理は冷やしたエールによくあうね! 僕も結構いろんな街に行っていろんなお酒を飲んだけれど、この飲み方が好きなんだよ」
 
「うちの故郷でもお酒はこうやって冷やして飲むことが多いんだ。せっかくなら他の街でどんなお酒を飲んで料理を食べてきたのか教えてほしいな。まだこの街以外の街にはほとんど行ったことがないから、他の街の料理とか気になるんだよ」

 実際にはほとんどどころか、この異世界に来てからまだこの街しか見たことがない。いろんな街を旅してみるのも面白そうなんだけれど、なにせ戦闘能力が皆無だからな。命の危険が多いこの世界では、極力街の外に出たくはない。

「うん、もちろんいいよ。テツヤの料理もとても美味しいけれど、他の街にもいろんなお酒や料理があるからね!」

 お酒や食事を楽しみながら、ランジェさんの旅の話などをいろいろと聞いて楽しんだ。やはり異世界だけあって、元の世界にはなかった食材や料理などが山ほどあった。楽しそうに旅の話を語るランジェさんが少し羨ましく思える。