聖女の力を失った私は用無しですか?~呪われた公爵様に嫁ぎましたが、彼は私を溺愛しているそうです~

 職業柄だろうかと考えていると、マスターがコーヒーを持ってきてくれる。

「ブレンドとカフェオレ」
「ありがとう、マスター」

 やはり口数少なく用件のみ伝えるとそのまま今度はスフレチーズケーキを準備しにカウンターの中へと戻っていく。
 下の方にしまってあったスフレチーズケーキのホールを出すと、ワンカットにして皿に盛りつける。
 さらにベリーを乗せ、その横にはクリームを絞ってさらに上からベリーソースをかけている。
 コルネリアはその手つきに思わず息を飲んだ。

「コルネリア、マスターばかり見ないで僕も見てよ」
「え?! あ、ごめんなさい」
「確かにマスターはかっこいいけどさ」

 少し拗ねるようにそっぽを向いたタイミングで、マスターが二人分のスフレチーズケーキを運んでくる。
 スフレチーズケーキはふわふわで少し揺らしただけでもその柔らかさが伝わる。

「おお、これは傑作の予感だね」
「すごいです、ふわふわですね」

 二人はほぼ同時にフォークを入れると、そのまま口に入れる。

「「──っ!!」」

 なめらかさとふわっとした感じが口いっぱいに広がり、とろける食感になっている。
 チーズケーキでもレアチーズケーキやベイクドチーズケーキは食べたことがあったレオンハルトだが、スフレのこのふんわり感に即やられてしまう。

「これは美味しすぎる」
「はい……」

 二人の感想をこっそり耳で来ていたマスターは表情には出さないが、内心はガッツポーズをするほど喜んでいた。
 期間限定の新メニューとして出していたが、お店の看板メニューとしてレギュラー入りさせてほしいと二人が懇願したのは言うまでもない──

 カフェでまったりとしていた後、レオンハルトは少し仕事があるからと席を外すことになった。
 馬車で待たせるのも申し訳ないからと、カフェで待つようにお願いをされたコルネリアは二杯目の飲み物となるラテを飲んでいた。
 ソファに一人で座っていて手持無沙汰にはなっているが、窓の外から見える草花の景色が気に入ってそちらを眺めている。

(レオンハルト様は毎日お忙しそうにお仕事をなさっている。私も何かお手伝いできたらいいのだけど……)

 そんな風に心の中で思っていたコルネリアに、意外にも普段口数の少ないマスターのほうから声をかけられた。

「ヴァイス公爵夫人とお呼びしたらよろしいでしょうか」
「え? あ、その、どんな風に呼んでいただいても問題ございません」
「かしこまりました」

 だが、少し時間が経つにつれてなんとなく違和感を覚えてコルネリアは自分の発言を修正する。

「その、もしよろしかったら、コルネリアと呼んでいただけないでしょうか。その、レオンハルト様ととても仲が良さそうでしたので」

 なんとなく夫であるレオンハルトが親しくしているのであれば不審な人物ではないし、いわゆる良い人なのではないかと思い、コルネリアはそう言う。
 それにだけ仰々しくされてもなんとなくしっくりこないというのが一番の理由であった。

「では、コルネリア嬢」
「はい、ぜひよろしくお願いします」

 コルネリアは窓際のソファから少し声を張るようにしてマスターにそう言うと、マスターはまた黙々と豆を挽き始めた。
 コーヒーを見たことがなかったコルネリアは自分が今日初めて口にしたコーヒーの原形がどんなものか気になり、席を立ってカウンターにいるマスターのほうへと近づいていく。

 カウンターは背の小さなコルネリアにとっては少し高めに感じられ、なんとなくカウンターの中が気になる彼女は背伸びをしながらマスターの後ろの棚などを見る。
 棚には各産地のコーヒー豆やミルなどなどコーヒーを淹れるのに欠かせないものが並んでいる。
 興味深そうに眺めているとマスターがそんなコルネリアに声をかけた。

「コーヒーは口に合いましたか?」
「あ、はいっ! とても美味しかったです。あれははちみつで甘くなっているのですか?」
「そうです。本来のコーヒー豆の多くは苦味や酸味を主に感じるのですが……そのままで一度飲んでみますか?」
「いいのですか? お願いします」

 そう言うと、挽きたての豆を使って少し小さめのカップにコーヒーを注ぐ。
 湯気がふわっと立ち込めたカップをマスターがコルネリアの前にそっと差し出す。
 いい香りを感じながらやけどをしないようにゆっくりと飲むと、コルネリアは思わず感じた苦味に身体をビクリとしてしまう。

「ふふ、苦いでしょう」
「え、ええ……」

 マスターは上品に口元に手をあてて微笑むと、コルネリアが置いたカップにミルクとはちみつを入れてもう一度彼女の前に置く。
 今度は苦くないからどうぞ、と言って差し出すと、コルネリアは一口飲む。

「やはり私にはコーヒーはまだ早いようです」
「いつか慣れますよ。レオンハルトがそうでしたから」
「そうなのですか?!」
「はい、彼はもともとコーヒー全く飲めませんでしたから。コルネリア嬢よりもはちみつを多めに入れたものをずっと飲んでいましたよ」

(そうだったんだ……)

 彼の秘密と言い、そして意外に甘党のような情報を聞くと、なんだかより一層可愛らしい人に思えてコルネリアは頬を緩めてしまう。
 ああ、レオンハルトのことが好きなんだな、とマスターは思ったが、おそらくコルネリアのことだから自覚していないのではないかと気づき、さらにレオンハルトのことを思って口には出さなかった。
 マスターは今度は棚にあったお菓子を取り出すと、それを紺色のシックな小皿に出してコルネリアの元へと渡す。

「こちらは?」
「メレンゲクッキーです。卵白と粉砂糖で作られているので甘いんですよ」

 コルネリアは軽いふわっとした白いメレンゲクッキーをつまむと、そのまま口に運ぶ。

「──っ!!」

 口の中でふわっと溶けてしまうその食感は未体験で、なんとも言えない幸せな気持ちになる。
 こんなに儚くて甘いものがこの世にあったのか、と思うほどに美味しくそしてそのおかしの虜になった。

 メレンゲクッキーの三つ目を口に運ぼうとした時に、カフェの入り口の扉が開く音がした。

「あっ! メレンゲクッキー!」
「レオンハルト様」

 入り口から目ざとくコルネリアの食べていたメレンゲクッキーを見つけると、そのまま一目散に彼女の元へと向かい小皿にあったそれを自らの口に放り込む。
 その様子を見てやはり甘いものが好きなんだな、と実感したコルネリアは小皿にあった最後のメレンゲクッキーもレオンハルトに差し出す。

「いいのかい?」
「はい、私は十分いただきましたから」

 コルネリアのその言葉に甘えてレオンハルトはメレンゲクッキーをもう一つ手に取って口に入れる。
 これまでに見たことがないほどに顔を綻ばせて、蕩けるような表情をするレオンハルトを見て、コルネリアはやっぱりこの人は可愛い人だなと思った。
 マスターもはあ、とため息を吐くとまたコーヒーの豆を挽き始める。
 すると、レオンハルトは今度は少し口をとがらせるようにしてコルネリアとマスターを交互に見つめると、何か言いたそうな雰囲気を醸し出す。

「何か文句があるなら言え」

 その雰囲気をいち早く察知したマスターは手元のミルから視線を逸らすことなくレオンハルトに告げる。

(何か私、いけないことをしてしまっていたでしょうか?)

 そんな風にコルネリアが不安に思っていたところで、非常に小声でレオンハルトは言う。

「──くしてる」
「え?」
「なんか二人仲良くしてる」

 その言葉を聞いて、まあ予想通りだなと言った様子で取り合うこともなくマスターは自分の後ろにある棚から新しい豆を取り出す。
 逆にコルネリアはレオンハルトのそれが『嫉妬』だと気づかずに、首をかしげている。

「僕がいない間に二人でなんか怪しいことしてた?」
「してるか、アホ」

 自分への言葉遣いと全く違う様子で返答をするマスターに驚きつつ、二人の言葉を聞いて自分の友達であるマスターを自分にとられてしまったのではないかと勘違いしているのでは、と思い違いをする。

「レオンハルト様からマスターさんをとったりしないので安心してくださいっ!!」

「「…………は?」」

 もう勇気の限りを振り絞ってコルネリアは二人に向かって叫ぶ。
 それに対して思わず二人とも目が点になるように驚いて、固まってしまうが、コルネリアの叫びは終わらない。

「あの、その、私誰にも言いません! その、私はお飾りの妻で大丈夫です、はい。その、お二人のあ、あ、愛を邪魔しようとかそんなことは思いませんっ!!!」

 その必死の叫びを聞いて二人はようやく、コルネリアが自分たちの間に『禁断の恋』のようなものが存在しているのではと勘違いしていることに気づいて目を合わせる。
 二人は一瞬そのままどうこの軌道修正をしたらいいのか、と考えていたが、もうこらえきれずに笑ってしまう。

「あはははっ!!!」
「ふふ」

 二人がなぜ笑っているのかコルネリアには見当がつかず、また首をかしげてしまう。
 その後、自分とマスターの仲を怪しんで嫉妬していたことを告げられて、顔を赤くしてしまうコルネリアだった──