聖女の力を失った私は用無しですか?~呪われた公爵様に嫁ぎましたが、彼は私を溺愛しているそうです~

 考えられる行動の理由は一つしかなかった──

(好き避け……?)

 どうも今までの彼女の傾向からしてそうなのではないかと思う。
 いつもより飲むペースの早い紅茶、そしてよく見るとチラチラとこちらを見ては目を逸らす仕草。
 おそらくこれは……。

 レオンハルトは安心したように一息つくと、一気に彼女との距離を詰める。

「──っ!!!」

 案の定彼女は嫌がる表情ではなく、顔を真っ赤にして恥ずかしそうな顔を見せた。
 そうなれば、もうレオンハルトの独壇場。

「コルネリア、好きだよ」
「──っ!! い、いきなりなにを……!」
「だって、好きだから。それに夫婦で愛を囁き合ってもおかしくないだろう」
「今は昼間です」
「夜ならいいのかい?」
「──っ!!」

 墓穴を掘ったというように耳まで真っ赤にして唇を噛みながら、言い返せないコルネリアを楽しそうに攻めるレオンハルト。
 コルネリアの頬に手を添えてそっと撫でて耳元で囁く。

「そろそろ寝所を一緒にしない?」
「し、しません!」
「え~」

 子供の姿の新月はとっくに過ぎたのに、子供のように不貞腐れた表情を浮かべるレオンハルトを自分から引きはがそうとする。
 でも男の人の力に抗えるわけもなく、彼に腕を掴まれた。

「コルネリア」
「はい……」
「大好き、僕の奥さん……」
「ありがとう、ございます……」

 嫌われたわけではなかったことに安堵して、そしてさらにレオンハルトの愛は加速する。

(もう、遠慮しないからね)

 そう言って彼はコルネリアの頭を優しくなでて、そっと唇を寄せた──



 そしてレオンハルトに異変が起こったのはその数日後だった。

「レオンハルト様っ!!」

 コルネリアがドアを開けて勢いよく部屋に入って来る。
 彼女の視線の先にはベッドに苦しそうにしながら横たわるレオンハルトの姿があった。

「コルネリア様」
「テレーゼ、様子は?」
「今朝、執務室で急に倒れられて、そのまま高熱で……」
「お医者様の到着は?」
「もうすぐです」

 しばらくして医師が到着して診察をしたのだが、病気の類ではなさそうということであった。
 そしてよく見ると、胸のあたりに何か禍々しい跡があり、それが何か影響しているのではないかとのことだった。

「呪詛の類かもしれません」
「じゅそ……?」
「呪いです」
「──っ!!」

 コルネリアの目の前は真っ暗になって、そして力なく床に座り込む。
 テレーゼの声が遠くの方で聞こえたが、コルネリアの意識には届かなかった──

 呪いが自分の夫の身体を蝕んでいく。
 苦しそうに何度もはあ、はあ、と息を吐きながら、目を閉じて苦しむ。

「コルネリア様?」
「少し外に出てきます」

 コルネリアは静かにその場を去ると、庭園へと向かった。
 庭の象徴ともいえる一際大きな木の裏に隠れると、そのまま崩れるようにしゃがみ込む。

(呪い……レオンハルト様……!)

 呪いを目の当たりにするのは実は初めてではなかった。
 そう、彼女がルセック伯爵家でいた時の患者に一人、酷い呪いにかかったような老婆がいたのだ。
 しかし、もうその老婆がルセック家に来た時には、コルネリアは聖女の力を失ってしまっていた。
 医療で助けることもできず、聖女の力も受けられなかった彼女は、翌日に亡くなった。
 一晩中苦しみ悶え、そして意識を失った数時間後に──

(嫌……もうあの時のようなことは、見たくない)

 コルネリアは涙を堪えながら、唇を噛む。
 そして自分の手のひらをじっと見つめて力を込めてみる。

「どうしてなくなってしまったの?」

 彼女にとって救えなかった事実が重くのしかかり、そして自責の念に駆られる。
 苦しむ老婆の様子を見ていたからこそ思う。

(レオンハルト様にあのような思いはさせたくない……でもどうしたら……)

 コルネリアは何か自分に出来ないかと必死に思考を巡らせるが、答えは見つからない。

 その時、ふと足元にある花を見つける。

(この花……)

 それは白い花でコルネリアが幼い頃、教会で出会った頃にレオンハルトといた庭にあった草と同じだった。
 白く小さな花を咲かせているそれは、誰かに踏まれたのか茎の部分が折れてしまっている。
 曲がってしまった茎は栄養を与えても元には戻らないだろう。

 コルネリアは少しの間考えると、その花に自分の手をかざしてみる。

(お願い、元気になって……)

 茎の折れてしまっていた花は少しずつではあるが生気を取り戻し、また再び真っすぐに太陽のほうを向いた。
 失った聖女の力が戻ってきているかもしれないと思ったコルネリアは、急いで病室へと戻る。


「コルネリア様?」
「できるかどうかわからない、でもやってみる」

 そう言ってレオンハルトの近くに寄ると、先程やったように手のひらを禍々しさを放つ胸にかざす。

「──っ!!」

 先程とは違って今度はコルネリアの中に苦しみや悲しみのような負の感情が勢いよく流れ込んでくる。

「んぐっ!!」
「コルネリア様っ!!」

 あまりの禍々しさに抱え込むことができずに意識を手放してしまいそうになる。

(これが、レオンハルト様が受けてる呪い……?!)

 自然と涙が溢れてきて、その雫がぽたりとコルネリアの靴に落ちる。

「おやめくださいっ! コルネリア様が死んでしまいます!!」
「それでも構わないっ! たとえ死んでも、私はレオンハルト様に生きてほしい!!」
「──っ!!」

 それまで見たことも聞いたこともないほどのコルネリアの感情の叫びに、テレーゼは思わず手が震えた。
 今、必死に彼女は自分の愛する人を助けるために力を使っているんだ、と気づき、同じように涙を流して見守る。

(レオンハルト様を死なせない、死なせたくないっ!)

 彼女の叫びが届いたのか、禍々しい跡は少しずつ小さくなって次第にうっすらと一つの傷になる。
 それまで彼を蝕んでいたものは収まった。

「レオンハルト……さ、ま?」

 先程まで苦しんでいた彼は正常な呼吸を取り戻し、静かに眠りを続ける。

「よか……った……」

 レオンハルトの頬を優しくなでると、コルネリアは力尽きたようにそのまま倒れた──

 レオンハルトは夢の中にいた。
 彼の脳は幼い頃の記憶を呼び起こし、彼に両親から受けた愛、そして「あの日」の悪夢を見せている。

「もう、あなたったら! レオンハルトを甘やかしすぎです!!」
「だって、可愛いじゃないか。こんなにつぶらな瞳で俺を見つめるんだぞ?!」
「だからっておもちゃをなんでも買い与えてはなりません!」

 レオンハルトの両親は政略結婚ではあったものの学院時代の同級生であり、恋愛結婚でもあった。
 故に使用人たちも微笑ましく、時には恥ずかしくなるほどに仲が良く、待望の第一子であるレオンハルトへの寵愛は凄まじい。
 やっと立てるようになったところであるにも関わらず、すでに数十個ものおもちゃを買って遠征から戻ってきたレオンハルトの父であるダーフィットは妻のアンネに叱られていた。
 家業のメインが繊維業であったアンネの実家は、天候不順によって裕福とは言えない時期を過ごしたことがあった。
 爵位は伯爵という位ではあったものの、身に染みて金の大切さを理解していた彼女は、ヴァイス家に嫁いだ後も無駄遣いをしなかった。

「アンネ、これ可愛くないか?!」
「まあ、ぬいぐるみですか。しかもこれはアイシール織物ですね」
「あいしーる?」
「天然の綿で作られ、独特な編み込みがある織物で、最近女性に人気なのですよ」
「そうなのか、よかった、これならレオンハルトも……」

 てっきりダーフィットは妻に褒められると思って、嬉しくなって表情を明るくした。
 しかし、彼女から返ってきた返答は自分の予想とは違ったものだった。

「女性の流行りのものをご存じだなんて、どこかのご令嬢にでも教えていただいたのですか?」
「え?」
「最近ご帰宅時間が遅かったと思いまして」
「ち、違うっ! 違うっ!! 決して浮気じゃない!!」
「あら、わたくしは浮気だなんて一言も言っておりませんわ。やましいことでもあるのですか?」
「俺はお前しか愛していない!! お前が好きなんだ!!」

 部屋中に、そして廊下にも響き渡る愛の言葉。
 冷静に聞いている眼鏡をした執事、口元に手を当てて笑うメイド、意外にも皆驚かずに聞いている。

「ふふ、私も好きですわ。ダーフィット様」

 そう言って、ぴとりと彼の胸元に身体を預けるアンネ。