聖女の力を失った私は用無しですか?~呪われた公爵様に嫁ぎましたが、彼は私を溺愛しているそうです~

 レオンハルトは頭を掻きながら目を閉じて気まずそうにすると、クリスティーナは思わず笑ってしまう。

「ふふ、どちらでも結構よ。レオンハルトはもう兄みたいなものですから、呼び捨てでも王女でもなんでも呼び方は構わないわ。でも、ぜひ今度うちでお茶でもしたいわ!」
「わたくしで良ければぜひご一緒させていただきます」

 ドレスの裾を持ってちょこんとお辞儀をすると、クリスティーナは満足そうに笑って、次の挨拶へと向かった。

「クリスティーナも昔はお転婆だったけど、ほんとに最近は国を代表する王女の顔になってきたな」
「ええ、素晴らしい方だとお見受けしました」
「コルネリアと年は変わらないはずだから、よかったら仲良くしてやってほしい。手紙や伝言なら僕が王宮にいった時に伝えられるから」
「ありがとうございます」

 そんな風に言葉を交わしていると、レオンハルトの元にはどんどんと挨拶の波が押し寄せてくる。
 国の宰相やそのご子息、そして侯爵令息など、それはそれは様々な人々が彼のもとに挨拶にとやってきた。

 最初こそ彼の横で妻として同じく挨拶をしていたのだが、少し込み入った話をするようになってきたため、コルネリアは気を利かせて少し離れたところでパーティーを楽しむことにした。


 しばらくしてパーティーの空気感にも少し慣れてきた頃、1時間ぶりくらいに一人になっている様子のレオンハルトを見つけた。

(レオンハルト様っ!)

 レオンハルトを待つ間も他の令嬢や夫人たちから挨拶を受けており、その対応で少し気疲れをしたコルネリアは夫のもとに行こうとする。
 しかし、彼のもとにたどり着く少し前に彼に近づく美しい女性がいた。

(ご挨拶かしら?)

 そんな風に見守っていたコルネリアだったが、二人の距離が他の皆よりも近い事に気づく。

(誰なんでしょうか、あの方は。それにこのざわつきは何?)

 コルネリアの心の奥に眠っていたドロドロとした感情がうごめき出した瞬間だった──
 レオンハルトの元に近づこうとしたコルネリアの目に映ったのは、自分の夫が見知らぬ美しい女性と微笑み合っているところ。
 それも何故か女の勘からか他の女性と違う雰囲気を醸し出しているように思えた。
 それまでの社交的な挨拶のそれとは全く別の、クリスティーナとの会話の雰囲気とも違うような大人な雰囲気を感じた。

(もやもやする……)

 コルネリアの中で嫉妬という感情が巻き起こって、そしてそれはどんどん大きく膨らんでいく。
 今までこんな気持ちを感じたことがなかったコルネリアは戸惑いを覚えていた。

(どうして? どうしてこんなに嫌な感じがするの? ざわざわして落ち着かなくて……)

 そう思っていたコルネリアは、その思いを感じていた時にはすでに足が二人のほうへと向かっていた。


「ああ、それでさ、辺境の地である……っ! ──コルネリア?」

 レオンハルトは自分の袖を掴む小さな手の存在に気づいた。
 一方、レオンハルトと話していた美しい女性もコルネリアの存在に気づき、そしてすぐさま彼女の意図や気持ちに気づいた。

「レオンハルト様、辺境の地の詳細に関しては後日手紙でお送りいたしますわ」
「ああ、申し訳ないが頼めるか?」
「かしこまりました」

 そして紅がくっきり差された形のいい唇が弧を描いた。
 レオンハルトと話していた女性は自分よりも少し小さい身長のコルネリアに深々とお辞儀をすると、コツコツとヒールを鳴らして去って行く。

 コルネリアはその上品かつ美しい、流れるような所作に思わず見とれてしまって動けなくなっていた。

「彼女は僕の部下でね、一年前から辺境の地に赴任して様子を教えてくれているんだ」
「そうだったんですか……」

 コルネリアは自分の中にあるドロドロとした嫌な感じの気配の存在になんとなく気づいてきた。

(私、レオンハルト様を独り占めしたいと思ってしまった……)

 そんな風に思ってしまったコルネリアは自分が嫌になり、レオンハルトから思わず目を逸らしてしまう。

「すみません、少し外の風にあたってきます」
「え? ああ……」


 コルネリアはそう言いながら、そっと彼の元を離れた。
 このままだとなんだか情けない顔をして、そしていつか彼を責めてしまいそうなそんな気がしたからだった──



◇◆◇



 レオンハルトはバルコニーに出て、玄関を出て行ったコルネリアを目で追っていた。

「なんか喧嘩でもしたの?」

 入口で挨拶をした以来の再会だった彼女──クリスティーナと並んで話を続ける。
 バルコニーの手すりに身体を預けると、そのまま月を眺めてふうと息をはく。

「なんか悪い事でもしたの?」
「いや、なんだろうか、その、いや、でも」
「もうっ! はっきりしなさいよ」
「嫉妬……をされた気がする」
「え?」
「マリアと話をしていたところを見られて、それで彼女はそっと近づいて僕の袖を握ってなんとも嫌そうな顔をしていた」

 その様子を聞く限りおそらく可愛らしい嫉妬なんだろうと確信したが、レオンハルトとしては納得がいかないらしい。

「僕の自惚れだったらどうしようか」
「……へ?」
「いや、だってコルネリアが僕を好き……?ってあるのかな」

 クリスティーナはその言葉を聞いて、ああ、この二人はどちらも不器用で相手を想うが故に自分のことを本気で好きになるなんてことはないと想っているのかもと気づいた。
 彼女はふふっと笑いながら、言葉をかけた。

「もう、あなたはいい加減その臆病な根を直しなさい」

 クリスティーナはそう言いながら手をひらひらとして去っていく。

「臆病な性格……」

 彼女の残した言葉をつぶやきながらそのまま玄関にいるコルネリアを見つめる。

(うぬぼれてはいけない、そう思っていたが……)

 彼はコルネリアの気持ちを確かめるため、彼女のもとへと歩き出した──

 コルネリアの意思を確かめるためにレオンハルトは彼女がいる玄関口へと向かう。

「レオンハルト様っ?」
「コルネリア、挨拶も無事に済んだしそろそろ帰ろうか」
「……はい」

 コルネリアは明らかに目を逸らしてしまい、レオンハルトの後をついていくのにいつもよりも距離をとってしまう。
 そんな微妙な距離をレオンハルトも感じながら、帰りの馬車へと乗り込む。


「今日はうまく挨拶もできていたね」
「そうだといいのですが」
「…………」
「…………」

 会話を交わすときこそコルネリアはレオンハルトのほうを見るが、すぐに目を逸らしてそのまま窓の外を眺めてしまう。
 いくつか言葉を交わしても、はい、そうですね、そうだと思います、そのような言葉しかコルネリアからは出ず、言葉数も少ない。

 やはり嫌われてしまったのかもしれない──

 そんな不安が頭をよぎるレオンハルトだったが、彼女をよく観察しているとこれまでの感情がなかった時の彼女とは明らかに違う反応をしていた。
 窓の外を眺めながらも、数分に一度自分のほうにちらっと視線を送っては、また窓のほうに慌てて視線を戻していることに気づく。
 自分の何かが気になるのだろうか、とも思ったその時、バルコニーで交わしたクリスティーナとの言葉を思い出す。


『もう、あなたはいい加減その臆病な根を直しなさい』


(僕は何かを怖がっているのだろうか)

 そう思いながらコルネリアのほうをじっと見つめてみる。
 ああ、やはり愛らしい。
 一緒に見に行って見繕ったドレスも、白を基調とした刺繍の映えるドレスも、今日のために下ろしたであろう花の髪飾りも、いつもより大人っぽくまとめられた髪も全て可愛い。
 こんな姿、それこそ独り占めにしたい、とレオンハルトはそう思い、そして同時に気づいた。

(そうか、この気持ちを今まで抑えていたつもりだったけど、コルネリアも同じ気持ちなら……?)

 クリスティーナの助言、そしてあのパーティー会場でのマリアとの会話でのコルネリアの行動と表情。

(コルネリアは僕のことが好きかもしれない)

 そんな風に思うも、なんとなく自惚れかもしれないと一歩を踏み出せずにいた。
 それでも考えれば考えるほど、コルネリアの仕草や行動、表情を思い出せば思い出すほどそのようにしか思えなかった。

 レオンハルトはゆっくりとコルネリアのほうに視線を遣ると、ちょうど彼女もこちらを見ていたタイミングで、彼女は目を一瞬見開いてそしてすぐに逸らす。
 これは期待してしまってもいいのか?とレオンハルトはそう思い、屋敷へと戻った──



◇◆◇



「おかえりなさいませ、レオンハルト様、コルネリア様」
「ただいま、テレーゼ」

 すっかり夜になった頃、馬車はヴァイス邸へと無事につき、そしてテレーゼの出迎えを受けていた。
 レオンハルトは執事と一言、二言話すと、テレーゼと話をするコルネリアの手をとった。

「レオンハルト様?」
「テレーゼ、少しコルネリアを借りてもいいかな?」
「奥様がよろしければ、わたくしは問題ございません」
「いいかい? コルネリア」
「……はい、大丈夫です」

 そう言って二人は屋敷の中へと入ると、長い廊下を抜けてレオンハルトの部屋へと向かう。
 パーティー衣装のまま二人は部屋に入ると、レオンハルトはドアをゆっくりと閉めた。