実を言えば、ユウトの動揺はメイヴにも伝わっていた。
それでいて彼女は――――
(どうして、貴方はそれほどまでに、自分に自信がないのでしょうか?)
そう思っていた。それほどまでに彼女のユウトへの評価は高い。
ミカエルたちの方針――――長時間、長距離を走り続けて戦術。 前衛は、完全に後衛を守るわけではない。
身を守るためには、常に回避と魔法を放つための位置取りを頭に入れなければなかったはず。
彼等の速攻的な戦術はユウトを特殊な魔法使いに昇華させていた。
(事実、今の貴方は単独で魔物と戦えている。そのような魔法使いがどれだけ貴重なのか、きっと貴方は気づいていないのでしょうね)
だから、不謹慎ながら彼女はこの機会を――――ユウトの戦いを見学できる機会を楽しみにしている自分に気づいていた。
「しかし、奇妙だ。このダンジョンに出現する魔物だが、こんな蛇の魔物が大量に出現するような場所ではなかったはずだ」
「そうなのですか。私は、このダンジョンの知識が少ないので、この状態が既に異変が起きてる……そういうことなのですね」
「これは……言ってもいいのかな?」と聞こえてきたのはユウトの背後。 エイムが口にした言葉だ。
「どうした? 何かわかることがあるのか?」
彼女は、ただのメイド幼女に見える。しかし、その正体は、エルフが信仰する聖樹の化身。その本質は神々に等しい者だ。そんな彼女は――――
「おそらくなのですが、この魔素の乱れは、ご主人さまが封印を解いたのが原因だと思います」
「封印? 俺が? 何かの間違いじゃないのか。心当たりがないのだが……」
「例えば、例の魔導書を手に入れた場所はどこですか? 封印されていたダンジョンを攻略したのではありませんか?」
「――――そうか。それは、心当たりはあるな」
彼は――――
(少し怖いな。俺が力を入れる代償が、こんなにも世界に変革を与えるなんて、でも俺は――――)
そのユウトの思考は途中で止まった。 前方に出現した魔物に意識を持っていかれる。
「メイヴ……あの魔物」
「はい、今までの魔物と同じタイプではありますが……強いですね。強化種でしょうね」
その魔物は、キング・ヒュドラが召喚した取り巻きの1匹だった。
しかし、前任の主であり、ミカエルたちに最初に討伐されたもう1匹のキング・ヒュドラ。その死骸を食した事で急激に強化されたのだ。
名前は――――『多頭蛇』
4つの頭。 1つ1つが人間1人を丸のみできそうなほどの大きさ。
ならば、頭首から繋がる胴体は――――想像どおりの巨体。
大型魔物に分類する魔物だ。
「ユウト、未知の蛇型魔物と戦う時の鉄則は知っていますね?」
「うん、毒や石化攻撃に受けないために魔物の頭から直線上に立たない」
「できますか?」
そう言われて、ユウトは力強く頷いた。
「では、行きましょう。タイミングを合わせて――――今です 散!」
ユウトとメイヴは多頭蛇の左右に分かれて飛び出した。
2手に別れての奇襲攻撃。 しかし、そもそも多頭蛇は頭が4つ――――器用にも2つ、2つに分かれてユウトたちを追撃しようとする。 しかし――――
既にユウトの詠唱は始まっていた。
「詠唱 灼熱の炎よ、我が身を包み込み、敵の攻撃を跳ね返せ――――『炎壁』
炎の効果が付加された魔法の防御壁が出現する。 それもユウトの姿を多頭蛇から隠すように――――
これで、多頭蛇が毒や石化の能力を持っていてもユウトに届くことはない。
逆にユウトの攻撃は――――
「詠唱 我が手に宿る炎の力よ 今こそ力を見せて焼き払え――――『炎剣』」
彼の魔力よって出現した炎の壁は、同じ魔力によって放たれた炎の剣は阻害される事なく壁を通過していく。
その直後、炎の剣が多頭蛇に突き刺さる。それも複数――――
通常の魔物なら、これだけで戦闘不能。 強化種だからと言って致命的なダメージだ。
さらに加えて、ユウトの逆方向。 高速で移動して多頭蛇の口から吐く毒も、その眼光から放たれる石化の呪いも―――― ただメイヴは速く動くだけで無効化していく。
そして、当たり前のように接近した彼女は剣を一度だけ振るうと、多頭蛇の2本の首は無慈悲に地面に転がった。
「やれやれ、1匹だけなら苦戦する相手ではないようですが、同時に複数現れたら厄介な相手ですね。先を急ぎましょうユウト」
なぜか満足したような微笑みを向けるメイヴにユウトは――――
「もしかして、ご主人さまは自信喪失しているのですか? それともメイヴに見蕩れているのですか?」
「なっ!」と彼はエイムの言葉に動揺した。それから――――
「……両方だよ」と素直に認める事にした。
ダンジョンは奥に進むにつれて蛇系の魔物が跋扈するようになっていった。
「明らかにダンジョンの生態系が乱れている。危険な兆候だ」
「ご主人さま、ご主人さま、生態系が乱れるって具体的にどうなるんですか?」
「それはな、エイム――――」とユウトは説明を始めた。
安定していた魔物の数が乱れれば、弱い魔物はダンジョンから逃げ出す。
ダンジョンを離れた魔物たちは外の世界で繁殖を始めて、人々を襲うようになる。
また、ダンジョンには強い魔物だけが残る。
すると、どうなるのか?
彼等は共食いを始めるのだ。 まるで、蟲毒――――毒虫同士を戦わせて、最強の毒を作るように――――ダンジョンには規格外の魔物が1匹だけ残ることになるのだ。
普通の冒険者が手も足も出ない最強の魔物。
対抗するためには、最強クラスの冒険者をぶつける。あるいは、軍隊を送り込みダンジョンごと爆破させて封じ込むか……
「なるほどです。危険なことはわかりました」とエイムは真剣な顔で答えた。
ただし――――
(最強の魔物ですか。でも、強化を重ねただけの魔物だったら、メイヴとご主人さまで倒せそうな気もしますが……)
彼女は、エルフの聖樹。神に近い神秘の存在だ。どれほど、強い魔物であっても、自分の主人は負ける事などあり得ない。
本気でエイムは、そう考えていた。
「ユウト、ここを見てください」とメイヴが地面を指す。
岩がある。しかし、よく見ると不自然な位置だ。
きっと何者かが、動かして置いたのだろう。 メイヴは、岩を動かした。
「これは……符号か? なんて書いてある?」
「このダンジョンの簡易地図ですね。先行している仲間が残したものです」
「それは助かる」とユウト。 もちろん、このダンジョンの地図はもっている。
しかし、出現する魔物が変わっている。 残された簡易地図には、出現する魔物も記されているようだった。
「どうやら、この先に出現する魔物は、さらに強化種が増えているそうです」
「さらに――――」とユウトは考えた。 例えば、先ほどの多頭蛇……あれが3匹、4匹と同時に出現したら対処できただろうか?
(薄々、気づいてはいるが……これは異常だ。新しい主であるキング・ヒュドラが大量に、無秩序に、魔物を召喚している。過去にそんな例があったのか? 一体、この先では何が――――)
「大丈夫ですよ、ユウト」と肩を叩かれた。
「私と貴方の2人なら、何があっても問題はないはずですよ」
きっと、ユウトの不安に気づいたのだろう。そう言って、不安を取り除こうとしてくれた。
しかし、それは事実だった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
『ナーガ』
その魔物は、滑らかな鱗に覆われた長大な体を持っていた。その全長は数メートルにも及ぶ。
巨大な肉体と言っても良い。――――しかし、体は非常に美しい。
煌めく色彩に彩られ、宝石のように輝いている。
そして最大の特徴は、獰猛なる顔。
鋭い牙と瞳の奥に潜む冷酷な光が見え隠れしている。
蛇系の魔物に共通している存在感。それは――――まるで魂を喰らうかのような存在感を放っている所だ。
瞳の奥――――ナーガの目は冷徹の一言。
冷徹な瞳は、知識と知恵を秘めているかのように見える。
ならば、動きは? その動きは優雅でしなやかであり、同時に驚異的な力強さが感じられる。その美しい体を蛇のように――――いや、蛇そのものなのだが――――くねくねと体をくねらせ、俊敏に動き回る様子はまさに舞踏のようだ。
ならば、強さに疑問はない。
姿は神秘的で、人々に畏敬の念を抱かせる。ナーガの周りには常に力強いオーラが、ゆらりゆらりと漂っている。
その存在感――――王者の風格を持ち合わせている。
しかし、その強い強いナーガは――――
「破っ!」と気合と共に放たれたメイヴの一撃で、あっさりと絶命した。
「さて、危険な魔物でしたね。次に急ぎましょう」
「……」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
『メデューサ』
メデューサは、魔物の中で有名な部類に入るだろう。
魔物は知名度と脅威度が比例する。 ならば、メデューサの脅威度に説明は不要なのかもしれない。しかし、あえて伝えるのならば――――
ソイツは長く太い髪を持つ。その一筋一筋からは蛇のような鱗が浮かび上がっている。蛇のような? ――――いや、髪が蛇そのものではないか?
女性のような曲線を持ちながらも、それでいて蛇のような冷たく滑らかさも持ち合わせている。
背中には尻尾が伸びている――――蛇の尾だ。
なめらかに、しなやかに動く尻尾。地面を這いずりながら妖しく舞い踊っている。
彼女の存在は邪悪なオーラに包まれており、周囲の空気まで凍りつかせるような気配を放っている。
その顔には恐ろしいまでの鋭い牙と、無数の蛇の舌がある。
だが、それらはメデューサを脅威度を現す一片に過ぎない。
誰もが知るメデューサの最大の特徴は――――顔。
その顔には、人を石化させる魔力がある。
顔を直視することは、生命そのものを危険に晒す行為といえるだろう。彼女の視線が目に触れれば、石に変えられてしまう運命に縛られることになるだろう。
だからこそ――――
彼女の存在は人々に恐怖を抱かせ、近づく者たちは一歩も引かずに勇気を持って立ち向かわなければならない。
しかし、その強い強いメデューサは――――
「斬っ!」とメイヴは横薙ぎの一撃。
メデューサは凶悪な石化攻撃を放つ間も許されなかった。
「さて、危険な魔物でしたね。次に急ぎましょう」
「……」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・
『ヒドラ』
その姿は恐怖そのものであった。 ヒドラの体は不気味にくねりながら地を這い、その動きはしなやかかつ俊敏――――
――――しかし、その強い強いヒドラは――――
「掃っ!」とメイヴの刺突。
「さて、危険な魔物でしたね。次に急ぎましょう」
「……」
そんな様子を眺めていたエイムは――――
「ご主人さま、もうメイヴ1人で問題ないのでは……」
彼女の言葉にユウトは強く同意した。
ユウトは感じている。 人の気配が遠く離れていく感覚。
自分たち以外にダンジョンを攻略しているS級冒険者も、A級冒険者も後ろに位置している。
ここが最前線――――異変が起きたダンジョン攻略の最前線に自分が立っている感覚。
つい油断をすると精神が恐怖に囚われそうになる。
(そう……ここがダンジョン攻略の最前線だ。動揺するな、ユウト……
これはお前の功績じゃないだろ? メイヴのおかげだろ? だったら――――気負うな。 お前はメイヴの支援に徹底しろ)
そうやって彼は恐怖を振り払う。
後ろ向きなとも言える彼の精神。とても、強靭な精神とは言えないものだが、それでも恐怖と向き合うには十分に有効だった。
(落ち着け。ダンジョンでは恐怖に飲まれた奴から――――パニックになった奴から死んでいく。思い出せよ、それがダンジョン攻略の鉄則であり、基本だったはずだろ?)
だが、彼はすぐに気づいた。
(馬鹿か、俺は? 既に気負っているじゃないか。精神に均等を保て)
大きく息を吸い込むと、大きく吐き出す。まるで執着を捨て去るような息吹。
邪念を振り払うためのルーチンワークだった。
「――――落ち着きましたか、ユウト?」
彼女は――――メイヴは、彼が落ち着くのを待っていたようだ。
「よかった。どうやら、私たちの目標は近いようです。 ここで、落ち着かないようでしたら、なんて声をかけようか悩んでいたところですよ」
彼女には余裕があるように見えた。 しかし、それは戦うために必要な精神状態を整えてるために、そう見えている。
彼には、それが分かるようになった。
「どうして、目標の位置が近いって思う?」
「ここを」と彼女は地面を触る。 湿った後、それでいて巨大な何かが通った跡。
「あのケイデンやエリザが言う通り、キング・ヒュドラが規格外の大きさまで進化してダンジョンを自由に徘徊してるのであれば……ここの近くに通ったに違いありません。それも、すぐ直前に――――」
「――――」と緊張が走る。
救出を待っているミカエルたちの強さは、誰よりもユウトは理解しているつもりだ。
そんなミカエルたちを壊滅状態にまで追い込んだ魔物。相手は怪物中の怪物――――
整えた精神が乱れていく事にユウトは気づき、再び呼吸から精神を整える。
それから――――
「――――よし、行こう!」と覚悟を決めた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
ユウトは探知魔法を発動する。
「――――反応があった。これは……2人?」
「2人ですか? ミカエルたちは3人でしたよね?」
「おそらく、レインが周辺を警戒するために離れている。男性1人、女性1人か……たぶん、ミカエルと――――もう1人は新しい子かな? おそらく、ミカエルは怪我をしている」
「そこまで正確に把握できるのですか?」
「? 普通の探知魔法だと思うが? メイヴの仲間にも魔法使いがいるだろ?」
「……いますけど、探知魔法は魔物の気配を探したり、罠の確認にしか使えないはずですよ」
「そうなのか? 自分じゃ、よくわからないが……とにかく、急ごう」
ユウトは駆け出し、その後をメイヴは追いかける。 彼女の表情は納得していなかった。
やがて――――
「いる! そこにミカエルたちがいるぞ」
大岩の影。隠れている空間に、2人の気配を感じた。
そして、近づくとミカエルとオリビアの姿がはっきりと見えた。
「大丈夫か?」
声をかけるユウト。 最初に反応したのはオリビアだった。
「ミカエルさん、助けが来ましたよ。しっかりしてください」
彼女の声に、ミカエルは信じられない物を見たように驚く。
「――――お前は、ユウト? どうしてお前がここに」
彼、ミカエルは力なく声を出した。
「決まっているだろ? お前たちを救出に来た」
「俺は、お前を追放して、冒険者としての人生を奪おうとしたのに――――」
「今は、良いだろ? 後ろの子が俺の後任かい? よくミカエルを助けてくれた」
その声は、あくまで朗らかだ。元気付けるために皮肉交じりの冗談。
「しかし、ミカエル。腕をバッサリやられたな。待ってろ……回復薬を持ってきている」
ユウトは、ミカエルに回復薬を手渡そうとした。しかし――――
回復薬の瓶は空中で砕け散った。
攻撃。
それも、ミカエルもユウトも反応できない距離と速度による攻撃だった。
魔物か? いや、違う。 それは矢だった。
「ミカエル……止めなさい。ユウトは貴方を恨んでいるのよ? はっきり言って、彼が手渡そうとしているのは毒よ」
『高弓兵』だからこそ、ユウトの探知魔法の範囲外――――隠密行動からの超距離超精密射撃が可能なのだ。
その攻撃は―――― 『高弓兵』 レイン・アーチャーによるものであった。
「毒だって? 救出まできて、毒を飲まそうとするはずないだろ!」
ユウトは叫ぶ。しかし、レインは冷笑みで答える。
「騙されたらいけないわ、ミカエル。どうして、ユウトがここまで来たと思ってるの? 貴方を殺すために決まっているじゃない?」
「殺す? 俺にそんな恨みはない!」
「その通りです。どれほどの想いを背負って、ユウトは、あなた達を助けに来たと思っているのですか! 」
「隣にいるのはメイヴ……S級冒険者ね。そんな大物を連れて《《2人》》だけ、私たち3人を騙し討ちにするには丁度いいチャンスね」
「2人?」と一瞬、ユウトは不思議に思った。 どうやら、本当に聖樹の化身であるエイムは他者に見えないようだ。 しかし、その表情をレインは――――
「ほら、ごらんなさい。動揺が顔に出た……隠れている3人目がいるね?」
いる。確かに3人目が……しかし、隠しているわけではなく、彼女たちの目には見えてないだけだ。
しかし、それを説明することが難しかった。
「ほら、ミカエル。貴方は私だけを信じればいいのよ」
「レイン? だが、俺は――――」とミカエル。
彼にもわかっている。 彼女が荒唐無稽な話をしていることぐらいは……
しかし、問題はなぜ彼女が、そんな事を言うのかわからない。
「いいの? 貴方の矜持は? ここで貴族の貴方が平民のユウトに助けられたら、実家であるシャドウ家に泥を塗る事になるわよ?」
「――――っ!」とミカエルは目を見開いた。
貴族の矜持。 実家に泥を塗る。
その言葉は、彼にとって弱点であった。 彼は、激しい動揺を見せる。
冷静になれば、今はそのような事を考える場合ではない。 しかし――――彼は冷静ではなくなっていた。
「私だけよ。貴方の気持ちがわかるのは同じ貴族である私だけよ」
「ほら」と彼女はミカエルに瓶を投げ渡す。
「これは、もしものために隠していた回復薬よ。私を信じるなら、それを飲んで見せてよ」
だが、レインが渡した回復薬は、明らかに通常の物ではない。
見ているだけで禍々しさが伝わってくる。
「止めろ、飲むなミカエル。 俺と一緒に街に帰ろう」
「飲みなさい。貴方が貴方らしく、貴族の使命を全うするなら、それを飲んで――――超越者になるのよ」
「うぅ…… うぅ…… 俺は……俺は……」と手を震わしながら、レインの回復薬に口を――――
しかし、その直前に大地が揺れた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
新たな主 キング・ヒュドラ
ダンジョン『炎氷の地下牢』に生まれて間もないはず……
しかし、高い知識と本能による行動。 それによって罠をしかけていた。
彼には、逃げて隠れているミカエルたちの位置が分かっていた。
キング・ヒュドラが持つ能力。
熱感知や赤外線感知に特化した特殊な感覚器官――――ピット器官をもっている。
熱を感知する。だから、人間が彼から逃げ隠れる事は、そもそも不可能なのだ。
それは、蛇系の魔物が環境に適応し、捕食行動や生存戦略を発展させる上で重要な役割を果たす能力。
では、なぜ? なぜ、ミカエルたちの居場所が分かっていて襲わなかったのか?
理由が単純である。 他の冒険者たちが救援が来るのを待っていたのだ。
彼は本能によって知っている。 自分を殺そうとする生物――――冒険者たちは、逃がして、生かしていると他の冒険者たちが――――餌が自ら集まって来る事を。
そんな怪物が、ユウトたちの前に姿を現した。 餌である彼等を捕食するために――――
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
姿を現したキング・ヒュドラ―――― その存在は英雄の試練と言える存在だ。
キング・ヒュドラは人々に畏怖と恐怖を与えるのだ。
その姿……見た者は、放たれる恐怖により言葉を失い、ただただその威圧感に圧倒される。
だが――――
「ちっ! このタイミングで襲ってくるなんて!」と意外な事に最初に動き出したのはレインだった。
一度、戦った経験。それに怪我を負ってない余裕。
そこから他の面々よりも、恐怖心が薄まっていたのだろう。
彼女は弓を構えて、キング・ヒュドラの目を狙う。
しかし、キング・ヒュドラは口から猛毒を吐いた。
「主とは言え、やっぱり蛇ね。ここまで毒が届くはずが――――」
彼女は最後まで言えなかった。 キング・ヒュドラは攻撃のために毒を吐いたのではない。
「煙幕? こっちが遠距離攻撃を察して、姿を隠した? そんな頭脳があるはずがないでしょ!」
「――――逃げろ! 距離を取れ、レイン!」とミカエルは声を張り上げる。
前衛として、キング・ヒュドラと文字通りにぶつかり合った彼にはわかる。
その巨体に反して、異常とも言える俊敏さ。 安全な距離を取ったと思っても、すぐに距離を詰めてくる。
だから、レインの目前――――煙幕を切り裂いてキング・ヒュドラの牙が彼女を頭から飲みこもうと大きく開かれた。
しかし、もう1つ。 毒の煙幕を切り裂く物は飛来していく。
その正体は――――
『炎剣』
魔力によって具現化された炎の剣――――ユウトの魔法だった。
ミカエルは驚愕のあまり、声を漏らす。
「こ、これほどまでに強いのか……」
魔力が具現化した幻想の剣が灼きつける。 果して、その刃には何を宿らせているのか?
巨大な魔物は血潮を舞い散らせる。 その姿は英雄伝を切り取ったように幻想的な美しさを有していた。
猛る魔物 キング・ヒュドラは、怒気を込めた咆哮によって敵を――――ユウトを退けんとする。
だが、彼が持つのは、揺るがない意思である。 身を守るは屈強な盾と鎧。
――――キング・ヒュドラの牙。あるいは巨体と俊敏さを兼ねそろえた体当たりでも崩れない。
疾風のような動き。もはや、防御すら必要なく魔物の攻撃は当たりはしない。
ユウトの戦いに驚愕するのはミカエルだけではない。
「魔法戦士を薦めたのは、私ですが――――まさか、ここまで噛み合うなんて――――」
彼女、メイヴ・ブラックウッドはS級冒険者――――冒険者の頂点に等しい存在である。そんな彼女であっても、ユウトの戦闘力は想定外だった。
(優れた動体視力。俊敏な動き。無尽蔵の体力。魔力の絶対量。ダンジョンや魔物への知識力。その瞬時の判断能力は剣と魔法を使え分けれる。そう思ってはいたのですが――――)
彼女は思考は途中で停止する。
何か異変を感じ取ったからだ。 それは嫌な予感――――何度となく死線を越えてきた一流冒険者のメイヴの予感は、予知能力に近い。
それはユウトにも伝わった。
(――――なんだ? このプレッシャーは? 何かを狙っているのか?)
カチッ…… カチッ……
耳に届くのは異音。そこはキング・ヒュドラの口から聞こえてくる。
舌打ち音
上下の牙を激しくぶつけている。 それは火打石のようなぶつけ方だ。
「まさか、火を吐く? いやそもそも――――」
キング・ヒュドラが吐き出す猛毒。 それが、もしも――――可燃性なら?
その可能性に思い当たったユウトは背筋が凍りつく。
周囲に吐き散らかしている猛毒。それは気化していて、ユウトの周辺に漂っている。
もしも、それが燃えたら?
ユウトは今――――巨大な爆弾の内部に閉じ込められいると同じだ。
そして、カチッとキング・ヒュドラの口内に小さな火が見えた。
爆発。 ただの爆発ではない。 連続した爆発がユウトに向かって襲いに来る。
ユウトの一瞬の思考――――
(魔法による防御壁? ダメだ。一方からの攻撃ではない。上下左右前後から高熱の爆風が襲い掛かって来るはず…… なら、相反する氷系の魔法で相殺? ――――いや、ダメだ)
瞬時の思考も間に合わない。 ユウトの体は爆風に飲み込まれた。
音が消えた。 激しい閃光で視線は閉ざされた。
まるで無の空間から、視力と聴覚が戻った時、その場に立っていたはずのユウトの姿は消えていた。
体が残らないほどの衝撃。 その場にいたメイヴも、ミカエルも、レインも、オリビアも生存は絶望的だと予感した。
その予感を裏切って――――
「――――あ、危ない。 地面に潜なければ、やられていたぜ」
今も火が残る地面が割れ、人間が――――ユウトが顔を出した。
彼は迫り来る爆風を前に、地を操る魔法を使用。
地面を泥に変えて、下に潜ったのだ。爆発の衝撃は、下から上に向かって行く。
「一か八かの判断だったが……助かった。 でも、泥で鎧も盾もボロボロに汚れてしまったぜ」
爆破の高熱も泥が吸収してくれた。
「それじゃ、今度は俺が攻撃する番で良いよな?」
不意に空気が変わった。 ユウトが魔力を集中させているのがわかる。
彼のは手元から青く輝く魔力が湧き上がる。彼は詠唱の言葉を唱えた。
「詠唱 我が手に宿る炎の力よ 今こそ力を見せて焼き払え――――『炎剣』」
そして、突如として魔法の力が放たれる。彼の手から放たれた魔力の余波が空気を振るわせる。
魔法の力は敵の身体に直撃した。
今回の魔法の剣は、切り裂く代わりに、激しい爆発音を。そして――――
炎が舞い上がる。
炎は、巨体を包み込み、灼熱の炎柱と化す。魔物は悲鳴を上げ、必死に炎から逃れようとするが、魔法の力は容赦なく追い続ける。
やがて、全身を焼かれたキング・ヒュドラは動きを止め、その場に倒れた。
「やった……か?」
勝った。その思う反面、いつだって魔物の生命力が彼の想像を越える。
その経験が、勝利の確信に疑問を持たせる。 しかし、その疑問は当たっていた。
キング・ヒュドラが持つ最大の特徴は――――
再生能力
焼かれた肉体が、再生していく。
「――――詠唱で強化した炎剣でも殺しきれないのか。 なら、封印するしかないか?」
「いえ、大丈夫です。わたしに合わせてください!」とユウトの背後に憑りついていたエイムが顔を出した。
「合わせる? 合わせるって何を?」
「決まっているじゃありませんか、ご主人さま」
そう言うと彼女は――――詠唱を始めた。
「詠唱 雷霆の力を――――」
ユウトは、その詠唱に驚く。なぜなら、彼が切り札として使う魔法の詠唱だったからだ。
元より、彼女はユウトが長年愛用した魔法の杖――――彼の魔法を再現できるのも、道理であった。
だから――――ユウトもエイムの詠唱に合わせる。
「「――――我に与え 今こそ地の落ちろ」」
『落雷撃』
完全に同調した魔力の動き。 ただ魔法を2発放っただけの効果ではない。
そして、それは、ユウト・フィッシャーが使える最強の魔法
何倍にも跳ね上がった魔法の威力は―――― 今度こそ、キング・ヒュドラの命を完全に奪い去っていた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「本当に倒したのか……あの不死身の魔物を―――ユウト・フィッシャーがたった1人で?」
「認めてはいけないわ、ミカエル」
「レイン。お前は……お前は俺に何をさせたいんだ」
「そうね。強いて言うなら、私は貴方を――――完全な人間にしたい」
って感じかしら? そう付け加えた彼女は笑みを見せた。
「飲みなさい」と再びレインは回復薬を――――いや、禍々しい薬を彼に手渡した。
「これを飲むと俺は、どうなる?」
「解き放たれるわ。この世の束縛から」
「束縛? レイン、お前には俺が何に囚われていると思っている?」
彼は覚悟を決めていた。 答えによっては、彼女を処する覚悟。
もしも、彼女が貴族としての矜持を否定したら――――
もしも、彼女が地位と名誉への執着を否定したら――――
もしも、彼女が自分の夢を否定したら――――
「自分の弱さってところかしら?」
いとも容易く、彼女は答えた。
「……また、丸焦げだ。これじゃ素材は期待できないか」
ユウトは、戦闘の緊張感から解き放たれ、その場に座り込んだ。
「やりましたね、ご主人様」とエイムが背中から顔を出した。
「お前のおかげだよ。ありがとうな、エイム」と自然と彼女の頭を撫でる。
そんな2人に駆け寄ろうとするメイヴだったが、彼女よりも早くユウトに駆け寄って行ったのが、意外の女性だった。
彼女はオリビア。ユウトの代わりにミカエルたちの仲間に入った大魔導士であったが、
「す、凄いです! 今の魔法はどうやって放ったのですか? 魔力源が2カ所あったように思えましたが? 何を媒体にして――――」
「いや、えっと――――」とオリビアのの勢いに気圧されるユウトだったが、思い出したかのように―――
「君、だれ?」と口にした。
「し、失礼しました!」とオリビアは、初対面であることを自覚したのか、頭を下げる。
「私はオリビアと言います。オリビア・テイラーです。研究者から大魔導士の資格を取ったらばかりの新人冒険者です」
「そ、そうか。俺の名前はユウト・フィッシャー……君の前任者ってところかな?」
「前任者……ですか? あんなにも、お強いのにどうして……?」
「いくら強くても、ただの魔法使いじゃダメなんだってさ」と彼はお道化たように言った。
「ただの魔法使いだなんて……あんな戦い方は初めて見ました! どなたに師事を受けていたのですか?」
「どなたに師事って言われても……独学?」
「――――」と彼女は絶句した。 魔法使いは、成長するのに長い時間が必要だ。
だからこそ、指標とする師を持つのが一般的であった。
「凄い……本当に凄いです。わ、私は、あなたの、ユウトさんの代わりが務まるとはとても思えません」
「ん~ それは、ミカエルたちに聞いたほうが――――」
ユウトはミカエルがいる方角を見た。 しかし、不穏な何かを感じ取る。
そして、殺意――――殺意が向かっているのは――――
「逃げろ! メイヴ!」
「え?」と名を呼ばれた彼女は、背後に接近する者に気づかなかった。
完全に気配を消して、S級冒険者の背後を取れる者はいるだろうか?
しかし、その者はここにいた。 そして、メイヴの背後に剣の刃を突き立てた。
ユウトは見た。 倒れていく彼女の姿を――――
そして、卑劣にも背後から彼女を襲った人物を見た。
「なぜ、どうして彼女を刺した! 答えろ――――ミカエル!」
だが、彼の表情は虚ろ。感情の起伏が失われている。
その瞳には空虚が浮かび上がり、きっと彼には現実感は薄れているのだろう。
ミカエルは、彼女の――――自身の血で溺れているようなメイヴの血を掬い拾う。
彼は、さらに表情から感情を消し去るように血化粧を施す。
あまつさえ、髪を赤く染めていく。 そこで見え隠れする狂気は、ユウトが知るミカエルではなかった。
彼の変化は、それだけではおさまらない。 キング・ヒュドラとの戦いで失った片腕。それが再生している――――いや、再生と言って良いのだろうか?
その腕は、彼の精神と示すように異常な怪物の腕をしていた。
「何を――――ミカエルに何をした?」
その言葉は彼の背後に立っている彼女に向けられた言葉だった。
「答えろ! レイン・アーチャー!」
激高。怒気を孕んだユウトの声にも彼女は動じる様子は皆無。
どこまでも平坦な抑揚で彼女は超える。
「何をした? 困ったわ。そう言われてもね…… 強いて言うなら彼の夢を叶えてあげた……かな?」
「夢……何が夢だ! こんなものが、あのミカエルの夢なものか!」
「それは、貴方が気づいてなかっただけでしょ?」
「――――何を!」
「彼の夢は、栄光と名誉。その2つに天井知らずの執着心を見せていたわ。だから、私は叶えてあげた――――栄光と名誉を容易く手に入れれるほどの力を!」
それを証明するようにミカエルは、ユウトの前に立った。
その背後には倒れたメイヴ……死んではいない。 しかし、助けに走ろうとする気持ちを拒むようにミカエルは立っている。
「彼女を、メイヴを助けたければ、倒してみろって事か? 上等だよ!」
その言葉と同時にユウトは魔法を放った――――『炎剣』
さらに、自身の魔法に合わせて前方に駆けだす。
(ミカエルは前衛の聖戦士。魔法攻撃は対処される。だが――――)
ユウトの予想通り。 彼は迫り来る魔法『炎剣』に対して、自らの剣で切り払った。
「魔法切断――――見事だ! しかし、ここで隙が生まれる!」
接近したユウトは、盾を振り回す。 平べったい盾……しかし、高速で振るう事で鋭利な切れ味を生み出す。
斬ッ!
しかし、盾は盾だ。精々、切れ味はナイフ程度だろう。
ミカエルは腕で防御する。怪物の如き、醜く変化した彼の腕。
斬りつけたユウトに伝わってきた感触は、鋼の防具を連想させる。
さらには攻撃終わりの隙を突かれる。 ミカエルの攻撃は単純な前蹴りだった。しかし――――
「ぐっ――――!?」とユウトは強烈な浮遊感に襲われる。
軽量な玩具にでもなったかのように、浮き上がった体が後方へと吹き飛ばされていった。
吹き飛ばされたユウトは、ダンジョンに壁に叩きつけられた。
「盾がなければ、やられていた……もう使えないか」
ミカエルの蹴りを防御した盾。 しかし、その蹴りの威力に亀裂が走っている。
改めてミカエルを見る。 彼は追撃を目的に、駆け出していた。
怪物のそれに変化した腕。
それを地面に当てたまま―――― バチッ、バチッと地面に火花を走らせている。
その姿は、まさに異形。
「このっ!」と接近を阻害させるため、使えなくなった盾をミカエルに向けて投げ捨てた。
しかし、そんな物は歯牙にもかけない。
防御はなし。頭部に直撃しても速度を落とさず襲い掛かって来る。
「この――――『炎壁』」と防御壁を出現させて、身を守る。
だが、ミカエルは魔法壁と衝突すると、そのまま素手で強引にこじ開けようとしてくる。
「続けて――――『炎剣』
防御壁に守られ、至近距離で魔法攻撃を放ったユウト。
果して、その効果は――――薄い。
ミカエルは前衛の聖戦士。
聖戦士と言われる職業。 先人に弟子入りとして秘伝とされる特殊な技能を受け継いだ者だけが名乗る事が許されている。
特殊な技能――――接近戦で戦う技術はもちろん、魔法を軽減する防御技術をミカエルは有しているのだ。
「だったら、ミカエル! 吹き飛べよ――――『大地の震え』」
地属性の魔法。 急激な足場の変動にミカエルは吹き飛ぶ。
物理的な衝撃を受けたわけではない。遠距離を有利とする魔法使いが、接近してきた敵を物理的に飛ばして、距離を取る事を目的に使われる魔法だ。
強制的に距離を取らされたミカエル。 こちらを窺うようにゆっくりと歩いてくる。
もしも、攻撃をすれば、この距離であっても素早く反撃をしてくるだろう。
それは、先ほど見せた驚異的な機動力ならば簡単に違いない。
ゆっくりと歩きながら、その構えは極端だった。
ミカエルの腕、まだ人間の方の腕は大剣を持っている。
それを隠すように、体を捻って背中を見せている。
一撃。
人間離れした防御力と耐久力を生かして、強打を狙ってくる。
(前衛の腕力から放たれる強打は厄介だ。何より、回避のタイミングが取りにくい)
そして、それは――――今。
剛腕から放たれた大剣の一撃。もしも、盾で受けても、容易に砕け、切り裂くだろう。
それは当たればの話だ。 身を縮めたユウトは、地面を転がるように回避。
再び振るわれた二撃目も後方に転がり逃げる。
(三撃目は――――来ないか)
自然と距離が生まれる。 だが、それもミカエルの狙いだったのかもしれない。
彼は―――― ユウトに向けて、大剣を投げつけた。
「投擲!? 唯一の武器を!」
その一撃は予想外の投擲。 だが、ユウトは攻撃を躱して、前に出る。
(狙いは切り札。 両手に仕込んだ魔石での爆破魔法――――直線爆破を直接叩き込む!)
しかし、ユウトが狙った決死の一撃はミカエルに届かない。
(風切り音。 それも背後から……だと!)
振り向けば、ミカエルが投げたはず大剣が迫ってきていた。
「っ――――!?」とその場で身を屈めてやり過ごす。
その直後、いつの間にか接近していたミカエル。
背負っていたのだろう。その手には巨大な盾が握られており――――
盾を武器にした一撃――――所謂、シールドバッシュがユウトの体に叩き込まれる。
そのまま、壁際まで押し込まれていく。
シンプルな押し合い。 ならば、聖戦士であるミカエルに、魔法使いであるユウトが腕力で勝てるはずはない。
壁と盾に挟まれて、体力が激しく消耗していく感覚。
(こ、このままだと反撃の機会も失われて、ジリ貧……だったら――――)
ミカエルの盾を押し返そうと両手を備えて――――
『直線爆破』
両腕に受ける激しいダメージを代償に、強烈な爆破を叩き込む魔法。
その威力は、盾もろともミカエルを吹き飛ばした。
「くっ、裂傷を焼かれるような痛み。 もう少し代償を抑える工夫が必要かもな」
吹き飛ばされたミカエルが立ち上がるまで、回復薬を飲み干す。
負傷した両腕を回復させる。
再び対峙する両者。 ならばと再び大剣を投擲してきたミカエル。
ミカエルの手から離れた大剣は、無軌道に見える斬撃を放つ。それは物理法則を無視している。
「魔法で大剣を操っている?」
しかし――――
「いえ違います!」と外部から声が飛ぶ。 声の主はオリビアだった。
「複雑な魔力調整に、連続的な魔力出力……」
彼女は、大魔導士――――魔法の研究者である。
ユウトよりも魔法の理に精通している。 そんな彼女が声を出して断言する。
「単純な魔法による物体操作ではありません。 何か、別の要因を加えて――――鉄を操る魔法。磁場を使っている?」
オリビアの推測。それはユウトを焦りを隠せなかった。
「磁場!? 金属を操っているのか――――だとしたら、まずい!」
ミカエルは、御名答と言わんばかりにユウトに手をかざして、魔力を発動させた。
ユウトの全身は、金属の鎧。 体が浮き上がる感覚と共に、彼の体は吸い寄せられていく。
そして、ミカエルは大剣を構えている。 剣先をユウトに向け、刺突のタイミングを測っている。
魔力によって引き寄せられるユウトの体。
もはや魔法の隠蔽は不要ということか? 変形した腕と大剣は魔力の色――――赤く染まっていた。
ユウトの必死の抵抗の無意味。 その力には抗いがたさを感じている。
体が引き寄せられるにつれ、必死に足を踏ん張る。それも虚しい。
彼は瞬時に自身を守る魔法の盾を展開――――
『炎壁』」
だが、無意味。 ミカエルの刺突はそれを貫き、ユウトの体に剣先を刺し込んでいく。
「――――うっ! がぁ!」と激痛が身体を駆け巡る。
思わずユウトが痛みを声に出すが―――― 彼は闘志を失わずに魔法を繰り出し、反撃を試みる。
しかし、
「くっ!? 痛っ!」と傷口から鮮血が滲み出し、その動きは鈍くなる。
反撃の動きが大きく乱れた。 もはや、ユウトは反撃もままならず。
逆にミカエルは攻撃の手を加えてきた。 大剣による無慈悲な一撃。
ユウトが次撃を躱せたのは幸運か? 実力か?
地を這うような動きで、その攻撃も辛うじて避ける。
傷口の痛みによって動揺し、攻撃を仕掛けるタイミングを逃してしまった彼。
「だが、今度こそは!」
苦悶の表情を浮かべながら、自身の魔法に集中しようとする。
今度はミカエルが間に合わない番だった。
大剣による斬撃。 大盾により打撃。 あるいは、怪物化した腕を武器に使うか――――いや、どれも間に合わない。
だから、ユウトの攻撃は叩き込まれた。
『風斬』 ――――風による乱撃がミハエルに叩き込まれる。
ここで、『炎剣』を選択しなかったのは、斬撃を与える以上に風の衝撃による吹き飛ばし効果を期待しての選択。
事実、ミカエルの肉体は吹き飛ばされた。
遠距離を得意とする魔法使いの間合い――――しかし、すぐさま立ち上がったミカエルは、腕を赤く光らせる。
磁力魔法の使用だ。 無理やり、ユウトを引き寄せて間合いを潰しにかかる。
「くっ!」と抵抗するユウト。 だが、無意味だろう。
ミカエルが使う、対象を引き寄せる魔法の効果。 それを抗うのは、精々は遅延目的くらい。 しかし、最初からユウトの目的は遅延だった。
「残念だが、その魔法は既に見せて貰っている!」
ミカエルは気づかなかった。 ユウトの体に隠れて飛翔してくる金属の物体――――それは、ユウトが投げ捨てた盾だった。
ミカエルが引き寄せ魔法を使用する前に、ユウトは捨てた盾が背後に位置するように移動していたのだ。
無論、盾は鉄性。 ミカエルの磁気を利用した引き寄せに効果がある。
だから――――不意打ちのように飛んできた盾の一撃を受けて、ミカエルはバランスを崩して、体を大きく仰け反らせる。
その隙にユウトは飛び込んだ。
「今日、2回目の切り札だ――――食らえ!」
いつの間にか、予備の手袋を装備し直していたユウト。 その手袋には魔石がはめ込まれている。
ミカエルの頭部を両手で掴むと――――「直線爆破」
閃光と共に、強烈な爆破呪文がミカエルの頭部に叩き込まれた。
決定的な一撃。 ユウトは勝利を確信した。
「何が強さだ。力に溺れて、狂気に染まって……ミカエル。お前は弱くなった。 本来のお前だったら、こんな小細工に引っかかるお前じゃなかった」
しかし――――
「いや、狂気に染まったって……正常な判断力が低下したわけではない」
「……喋れたのか、ミカエル?」
「当たりまえだ。お前は何を言っている? 戦いの最中に話すのは、無作法だからな」
頭部に爆破の魔法を受けたはずのミカエルは、普通に立ち上がってきた。
今もの剣先はユウトに向けられている。
ユウトは回復薬を飲み、次のぶつかり合いに備える。
「じゃ、メイヴを刺したのは?」
「彼女には悪い事をした。 彼女が無事なら、この戦いを止められていただろう」
チラリと視線をメイヴに向ける。
彼女は、オリビアの手で解放されている。すでに回復薬を飲まされ、ショック状態から動けずにいるのだろうが……安定している。
「次が最後の衝突になるな」とユウトは予感を口にした。
「そうだな」とミカエルも同意した。
「最後に質問だ。どうして俺たちは戦っている? どうして戦わなければならなかったのか?」
「俺からしてみたら、逆だ」
「逆?」とユウトはいぶしがる。
「俺に取って見たら、ユウト……お前は、どうしてそんな事が疑問に浮かぶのか? どうして、戦わなければならないのか? 俺には、そんな疑問は浮かばない。なぜなら――――」
ミカエルは剣を構え直す。 最後に、最高の一撃を放つための準備。
入念な準備を続けながら――――
「――――俺はお前と戦いたい。葬り去りたいとすら思っている!」
叫びながらミカエルは前に出る。 しかし、それよりもユウトの方が速かった。
一瞬の隙を突き、ミカエルに魔法の連続攻撃を浴びせる。
『風斬』
『炎剣』
『落雷撃』
『冬嵐』
ユウトの魔法――――風が切り裂き、炎が舞い、稲妻が煌めき、氷が凍てつく。
魔力による暴力がミカエルの身体を貫き、彼の防御を徐々に崩していく。
最後に、ユウトは最大の魔法力を解放し、魔力の渦を形成する。
「今度は逆だ。 引き寄せられろミカエル――――魔力の渦に落ちろ!」
その言葉通り、ミカエルは抗え切れない力へ。
魔力の渦に巻き込まれていく。
だが彼は、簡単に諦めない。抵抗が激しく暴れるが――――
最後には魔法の力に耐えきれず、絶叫と共に倒れた。
目前には倒れたミカエル。 壮絶な最後――――と言うには、絶命したわけではないのだが。
体力と共に魔力も底を尽きたユウトも、倒れ込みたい衝動に駆られるが……
「その前に、やるべき事が残っているか?」
ジロリと視線をレイン・アーチャーに向けた。しかし、本人の反応は――――
「え!? 私? 私って、何か悪い事をした?」
それから彼女は「ちょっと待って、言い訳を考えるから」と悩み始める。
その姿にユウトは「――――っ!?」と絶句するしかなかった。
「ノリでやっちゃったんだよ、正直言って。私だって予想不可能だよ。こうなるなんて誰が予想できたっていうの?」
彼女は軽い感じで――――彼女の内面にある異常さを暴露してくいく。
「今回、私の動機はただ1つだけ。『愛と正義』なんだ。わかるかい?」
その言葉は思いつき。 その場で取って付けたような言葉であり、とても彼女の真意が含まれているとは思えなかった。
「いや、わからない。俺は、お前が何を言ってるのかわからないだよ、レイン」
「例えば、ミカエル…… 私も貴族の家柄だからね、気持ちはよくわかる。
貴族は地位と名誉を死守する。それに嫌悪感を持つ者がいるけど貴族にとっては当然なんだよね。数百年前の親族が戦争に行って得た地位と名誉だからね」
それはユウトにもわかっている。
ミカエルの固執――――それは数百年の執着。
自分だけの物ではなく先祖代々……数百人が押し上げた地位と名誉。
「だからね。私は彼の執着を壊してあげようって考えたんだ。そうすればいい……簡単な事だったよ」
彼女は、レインは笑った。
「力を与えれば良いんだ。だから動機は『愛と正義』……わかる? でも、それを理由に私を『悪』だって断じるなら浅はかな意見ね。だって――――
力があることで人は本来の姿を取り戻せるんだから」
「――――これが」
「ん? どうした、ユウト?」
「これがミカエルの望んだことだって言うのか!」
「大げさだね。君だって悪いことじゃなかっただろ? 1人で主を倒すほど強くなって」
「そんな、結果論で!」
「結果論だよ? 世の中、終わりよければ全て良し! なんて言葉もあるじゃないか? 運命のサイコロ? 運命の歯車? とにかく、そういうの……もう良い? 自分の頭を言葉にするの面倒だ」
彼女は「君も絶望から希望へ舞い上がる瞬間は、至上の快感だったはずだぜ」と付け加える。
「それでどうするの? 私がした事って冒険者を強くしただけだよ。称賛されても、犯罪者のように扱われるのは心外だよ。 だって私は悪くないのだから――――」
「レイン、お前の言葉に納得できない。力を与えることが必ずしも善であるとは俺には思えない。
君がミカエルに力を与えたことで何が起きた? その結果が今の混乱を招いている!」
だが、ユウトの言葉にレインには、何も動じない。 何も感じていないように見える。
「もしも、不満があるなら司法の舞台に立たせればいい。国が、法が、私を悪だと断じるなら、私は甘んじて――――」
彼女は、続きを言えなかった。
なぜなら、メイヴが近づき――――彼女の顔面をぶん殴ったからだ。
「何をする! 貴方も私が間違って――――」
今度も拳で彼女の言論を封じ込めた。 腹部への強打。
「メ、メイヴ……それは流石にやり過ぎでは?」とユウトもドン引きだった。
「ご安心を、コツはありますが――――前後の記憶を消すように殴っています」
「そういう問題じゃない!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・
外で待っていた冒険者たちにも中から声が聞こえてきた。 それは声援――――つまり、行方不明者の発見を意味している。
どうやら、全員無事のようだ。
ダンジョン――――『炎氷の地下牢』から出てきたのは――――
メイヴ・ ブラックウッド
言わずと知れたS級冒険者だ。 その後ろから行方不明だったミカエルたち3人が運び出されている。
どうやら、酷い目にあったようだ。 歩いて、外に出れたのは1人――――確か、新人のオリビアだけ。残りの2人――――ミカエルとレインは簡易的な担架に乗せられている。
ミカエルは意識があるようだが、レインの方は――――
「コイツはひでぇな。どんな凶悪な魔物にやられてんだ?」
他の冒険者たちの呟きに、動揺しているメイヴだった。