「毒だって? 救出まできて、毒を飲まそうとするはずないだろ!」

 ユウトは叫ぶ。しかし、レインは冷笑みで答える。

「騙されたらいけないわ、ミカエル。どうして、ユウトがここまで来たと思ってるの? 貴方を殺すために決まっているじゃない?」

「殺す? 俺にそんな恨みはない!」

「その通りです。どれほどの想いを背負って、ユウトは、あなた達を助けに来たと思っているのですか! 」 

「隣にいるのはメイヴ……S級冒険者ね。そんな大物を連れて《《2人》》だけ、私たち3人を騙し討ちにするには丁度いいチャンスね」

「2人?」と一瞬、ユウトは不思議に思った。 どうやら、本当に聖樹の化身であるエイムは他者に見えないようだ。 しかし、その表情をレインは――――

「ほら、ごらんなさい。動揺が顔に出た……隠れている3人目がいるね?」

 いる。確かに3人目が……しかし、隠しているわけではなく、彼女たちの目には見えてないだけだ。

 しかし、それを説明することが難しかった。

「ほら、ミカエル。貴方は私だけを信じればいいのよ」

「レイン? だが、俺は――――」とミカエル。

 彼にもわかっている。 彼女が荒唐無稽な話をしていることぐらいは……

 しかし、問題はなぜ彼女が、そんな事を言うのかわからない。

 「いいの? 貴方の矜持は? ここで貴族の貴方が平民のユウトに助けられたら、実家であるシャドウ家に泥を塗る事になるわよ?」

「――――っ!」とミカエルは目を見開いた。

 貴族の矜持。 実家に泥を塗る。

 その言葉は、彼にとって弱点であった。 彼は、激しい動揺を見せる。

 冷静になれば、今はそのような事を考える場合ではない。 しかし――――彼は冷静ではなくなっていた。

「私だけよ。貴方の気持ちがわかるのは同じ貴族である私だけよ」

「ほら」と彼女はミカエルに瓶を投げ渡す。

「これは、もしものために隠していた回復薬よ。私を信じるなら、それを飲んで見せてよ」

 だが、レインが渡した回復薬(ポーション)は、明らかに通常の物ではない。

 見ているだけで禍々しさが伝わってくる。

「止めろ、飲むなミカエル。 俺と一緒に街に帰ろう」

「飲みなさい。貴方が貴方らしく、貴族の使命を全うするなら、それを飲んで――――超越者になるのよ」

「うぅ…… うぅ…… 俺は……俺は……」と手を震わしながら、レインの回復薬に口を――――

 しかし、その直前に大地が揺れた。

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 新たな(ボス)  キング・ヒュドラ

 ダンジョン『炎氷の地下牢』に生まれて間もないはず…… 

 しかし、高い知識と本能による行動。 それによって罠をしかけていた。

 彼には、逃げて隠れているミカエルたちの位置が分かっていた。

 キング・ヒュドラが持つ能力。

  熱感知や赤外線感知に特化した特殊な感覚器官――――ピット器官をもっている。 
 熱を感知する。だから、人間が彼から逃げ隠れる事は、そもそも不可能なのだ。

 それは、蛇系の魔物が環境に適応し、捕食行動や生存戦略を発展させる上で重要な役割を果たす能力。

 では、なぜ? なぜ、ミカエルたちの居場所が分かっていて襲わなかったのか?

 理由が単純である。 他の冒険者たちが救援が来るのを待っていたのだ。

 彼は本能によって知っている。 自分を殺そうとする生物――――冒険者たちは、逃がして、生かしていると他の冒険者たちが――――餌が自ら集まって来る事を。

 そんな怪物が、ユウトたちの前に姿を現した。 餌である彼等を捕食するために――――

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 姿を現したキング・ヒュドラ―――― その存在は英雄の試練と言える存在だ。

 キング・ヒュドラは人々に畏怖と恐怖を与えるのだ。

 その姿……見た者は、放たれる恐怖により言葉を失い、ただただその威圧感に圧倒される。

 だが――――

「ちっ! このタイミングで襲ってくるなんて!」と意外な事に最初に動き出したのはレインだった。

 一度、戦った経験。それに怪我を負ってない余裕。 

 そこから他の面々よりも、恐怖心が薄まっていたのだろう。

 彼女は弓を構えて、キング・ヒュドラの目を狙う。

 しかし、キング・ヒュドラは口から猛毒を吐いた。

(ボス)とは言え、やっぱり蛇ね。ここまで毒が届くはずが――――」

 彼女は最後まで言えなかった。 キング・ヒュドラは攻撃のために毒を吐いたのではない。

「煙幕? こっちが遠距離攻撃を察して、姿を隠した? そんな頭脳があるはずがないでしょ!」

「――――逃げろ! 距離を取れ、レイン!」とミカエルは声を張り上げる。

 前衛として、キング・ヒュドラと文字通りにぶつかり合った彼にはわかる。

 その巨体に反して、異常とも言える俊敏さ。 安全な距離を取ったと思っても、すぐに距離を詰めてくる。

 だから、レインの目前――――煙幕を切り裂いてキング・ヒュドラの牙が彼女を頭から飲みこもうと大きく開かれた。

 しかし、もう1つ。 毒の煙幕を切り裂く物は飛来していく。

 その正体は―――― 

炎剣(イグニスグラディウス)

 魔力によって具現化された炎の剣――――ユウトの魔法だった。