それはつまり、お友達になりたいということだ。雨宮さんの近くで、雨宮さんのことを観察したい。
 そして、私はきっと、雨宮さんのことをよく知ることで、自分自身の本当の強みと弱みを知ることができる、――ような気がする。

 勇気を、出さなきゃ。迷惑に思われるかもしれないなんて考えは、今は捨てろ。
 足を前に踏み出さなきゃ、きっとこれからも何も変わらない。


「何読んでるの、雨宮さん!」
 読書に集中していた雨宮さんの表情が驚きに変わる。
 だけど、それはやがておだやかなものになって、雨宮さんは本の表紙をこちらに向けてくれた。
「……これ」
 そこには『魔王様殺人事件~魔王様が死んだ! 容疑者は配下のモンスターたち!?~』というタイトルが書かれていた。
 くわえてコミカルなイラストのモンスターたちが、その表紙を彩っていた。
 帯に書かれている文字を読むと、どうやら魔法がある世界で起きた殺人事件を解き明かすお話らしい。

「えーっと、それって事件の謎を解いたりするやつでしょ!
 うわー、難しそうな本! やっぱり雨宮さんって頭いいんだね!」
「やっぱりって?」
「だって、雨宮さんって難しそうな本を読んでるから、頭いいのかなって」
 私がそう口にすると、雨宮さんは首を傾げる仕草をした。
 ただ素直な感想を言ったつもりだけど、何か変なことを言ってしまっただろうか。

 少し不安になりながらしばらく見つめていると、雨宮さんの唇が小さく動いた。
「……かさね」
「ん?」
「私の、下の名前。雨宮って名字、あんまり好きじゃないから、下の名前で呼んで」
「えー! 雨宮っていい名前なのに!
 でも、下の名前で呼んで欲しいなら、そうするね!
 かさにゃ、……じゃなくって、かさにぇ――」
「……言いにくいなら、かさちゃんでいい」
 いいのかな、そんな特別な呼び方。
 でも、雨宮さんが、……ううん、かさちゃんがいいって言うなら遠慮しなくていいのだ。
「分かった! それじゃ、かさちゃん。
 私のことは、さきちゃんって呼んでね!」
 それが私たちの、とても大切なモノクロの青春が始まる、少し前のお話。
 それから私たちは一緒に登下校するようになって、無二の親友になったのだった。



 かさちゃんと一緒に登下校するようになって、何日か経ったあとのことだ。
「それじゃあ、かさちゃんもゲームやるんだー!」
 帰り道で、かさちゃんと並んで歩きながら話をしていると、ふとそんな話になった。
「うん、お父さんがゲーム好きだから、よく一緒に遊ぶよ」
「どういうので遊ぶの!?」
「協力型のアクションとかレースゲームとか、すごろくのやつとか……。
 いろいろあるよ。古いゲーム機とかも」
 どうやら意外にも、――と言ったら失礼かもしれないけど、かさちゃんは結構なゲーマーらしい。
 ちなみに、これまで話をした中で、かさちゃんと私の趣味が一致したのはこれが初めてのことだった。
 正直なところ、なかなか共通の話題が見つからなくて困りかけていたところだった。

「いいなあ、私もかさちゃんと一緒にゲームしたいなー」
「じゃあ、今からうちにくる?」
 ひとりごとに似た私のつぶやきに、あっけらかんとかさちゃんはこたえた。
「え、いいの?」
「え、そういう話じゃないの?
 ごめん、私友達少ないから、どういうタイミングで誘ったらいいのか分からなくて」
「全然! うれしいよ、かさちゃん!
 それじゃ、お邪魔させてもらおうかな。おうちの人はいるの?」
「おかあさんはいると思うけど……、たぶん喜ぶよ。
 あんまり友達を家に呼ぶことってないから」
 友達、か。こんなにも短い付き合いで、そんな風に言ってもらえてうれしい。
 かさちゃんとの、心の距離がだんだん近づいているような気がする。


「うわっーーー、また負けたーーー!!」
 かさちゃんの部屋で始めた落ちものパズル、全戦全敗。ええっと、これで5連敗目だっけ?
 軽い気持ちで始めたけれど、まったく歯が立たない。と言うより、私がひとつ消そうとする前に、すでにかさちゃんは連鎖を組んでいて攻撃されてしまう。
 そうして落ちてきたおじゃまブロックをなんとかしようとする間に、もう一度かさちゃんの連鎖攻撃が飛んできて……。
 反撃の隙すら与えられず、私はただ呆然と自分の側の画面がブロックで埋め尽くされるのを眺めるしかない。でも、それが楽しかった。

「ご、ごめんね、さきちゃん。操作も覚えたてなのに、上手く手加減できなくて。
 このままだと一方的な試合になっちゃうからさ、ハンデをあげようか?」
 このゲームにはハンデ機能があるそうだ。それを使えば相手のほうだけ初めからおじゃまブロックが置かれた状態で始まるとか、いろいろ有利な条件で戦えるらしい。
 私は別にこのままでもいいんだけど……。でも申し訳なさそうにするかさちゃんを見ると、なんだかこちらも申し訳なくなってくる。
 だから素直に、その提案に乗ることにした。

「あはは、かさちゃんは強いからなあ。それじゃ、とびっきりのハンデをちょうだい。
 そして後悔させてあげよう。鬼に金棒を持たせたことを!!」
「……そのことわざ、なんか使い方違くない?」
 そして、最大級のハンデをつけた試合が始まる。
 かさちゃんのほうは初めからおじゃまブロックあり、落ちてくる色の数が多い、連鎖をしてもあまり大きな攻撃にならないといったかなり不利な状況だ。
 一方でこちらは、少しのブロックを消すだけでも、相手に多くのおじゃまブロックを送りつける攻撃ができる。
 ドッジボールで言えば、相手側は内野にひとりだけで、こちら側は内野と外野に5人ずついるくらいのハンデだ。
 だけど、そんな重いハンデがあっても、その後の試合は勝ったり負けたりだった。
 それに私は喜んだり悲しんだりする振りをする。本当は勝ち負けなんかどうでもいい。
 おおげさなリアクションをするのは、そうしたほうが楽しいからでしかない。私はただ、かさちゃんと一緒に遊べるだけでしあわせだった。


「かさねー? もう夕方よー?
 さきちゃんを帰らせてあげてー」と、リビングからかさちゃんのお母さんの声がする。
 それに「はーい」と元気よくこたえるかさちゃん。学校では聞かないような明るい声だった。
 かわいいうさぎ型の時計を見れば、もう17時30分を過ぎていた。門限が18時であることは伝えてあるから、心配して声をかけてくれたのだろう。
 本当はまだもう少しだけ遊んでいってもいいんだけど、そう言われてしまってはいつまでも居座るわけにはいかない。

「じゃあ、今日はもう帰るね。おじゃましました!」
「あ、うん……。玄関まで見送るね……」
 どことなくかさちゃんの元気がない。遊び疲れちゃったのかな?
 私は急ぎながらスマートフォン(――最近みんな持ち始めた携帯電話の一種だ)がポッケの中にあるのを確認してから、ランドセルを背負った。
 そんな私の様子を見ながら、かさちゃんは少し悲しそうな顔をしている。何を考えているのか読み取れない。