君の心に、灯りがともるまで。

みんな、うわべだけの笑顔を浮かべて生きている。人を信じたら、きっといつかは裏切られてしまう。


そう感じたあの日、私は本音を言わなくなった。






「おはよー。昨日のテレビ、見た?」
「やベっ。課題終わらせてない。」
「朝からめっちゃ眠いよぅ。授業中寝るかも。」

学校の正門前はおしゃべりをする人でいっぱいだ。みんなそれぞれのことに集中していて周りなんか見やしない。

「白石さん、おはよう!」
「あ、おはよう、白鳥さん。」

私に後ろからそう声をかけてきてくれたのは同じクラスの白鳥葵さんだった。新学期、席が前後ということから仲良くなって、最近は挨拶をよくするようになった。いつもにこにこと笑顔を浮かべている白鳥さんはまるで太陽みたいだ。私とは真逆の存在。

「数学の課題、終わった?私は難しくて全然できなかったんだけど。」
「何とか頑張ったよ。最後の問題が分からなかったけど。」
「え、すごい!あとで教えてくれる?」
「うん。」

他愛もない会話をしながら私たちは教室までの道を歩く。私にとっては嫌われないように、相手がどんな答えを待っているのかを考えるので精いっぱいで毎日バクバクしているのだけれど。

考えすぎだからいけないのかな。でも、どうしてもそう考えてしまう自分がいる。

「そういえばさ、白石さんって何か好きなものとかあるの?私が一方的に話すばっかりで白石さんのこと全然聞けてないなーって。」
「あんまり好きなこと、ないんだよね。なんかハマれるものがなくて…。」
「そっか。あれ、でも図書委員会には入ってるよね?本好き?」
「えっと…。」

読書は好きだ。暇なときとか一人でいるときのお供になってくれるし、空想の世界に飛んじゃえば現実からは少しの間だけでも逃れられる。でも積極的に委員会をやろうとかそんなことは思わなかった。なんとなく、「誰もやる人いなさそうだしひっそりとできそうだから」という理由で入ったにすぎない。

でもそんなこと正直に言ったら空気悪くしそうだし…。

「うん、本、好きだよ。」
「なんかおすすめの本とかある?良ければ教えてほしいな。」
「おすすめ…。」

考え込んでいるといつの間にか教室まで来ていたようで、わいわいがやがやとした声が聞こえてきた。

「おはよう。」
「あ、おはよう、白石さんに白鳥さん。」
「お、おはよう。」

クラスメイトとも挨拶を交わすぐらいは自然にできるようになり、名前をちゃんと覚えてもらうことにも成功した。

中学の時は名前すら呼ばれてなかったし…。

そこまで考えて、頭をぶんぶんとふる。あまりいい思い出がないので封印しておこうと高校に入学する前に誓ったのだ。不用意に自分から思い出そうとするなんて馬鹿すぎる。

「どしたの、白石さん。すっごい首ふってるけど。」
「ううん、なんでもない!」

怪訝そうな顔で白鳥さんに見られ、私はあわてて否定しながら席に着いた。



「疲れた…。」

放課後、誰もいない図書室で私はひとり呟いた。今日もうわべだけの笑顔を浮かべてクラスメイト達と話し、白鳥さんに「一緒にお弁当食べない?」と今日こそ話しかけるつもりが結局白鳥さんと同じグループの人に悪いと思って話しかけられなかった。
毎日こんな調子だからいつも自分を責めたくなる。

そういえば今日はひとりの仕事だったっけ…?

図書委員会の割り振り表をぼんやりと眺めていた私はそれならば!とカバンの中から一冊のノートを取り出した。かわいくデコってあるそのノートの表紙には『ファッションデザイナーになるために』と色ペンで書いてある。そのノートをパラパラとめくりながら、私は今日の朝のことを思い出した。

あそこで「実は洋服とか好きなんだよね…。」って打ち明けていれば何か変わっていたのかな。でも、どうせ馬鹿にされるだろうし…。

また中学時代のことを思い出してしまいそうで、私は大急ぎでノートに絵を描き始めた。





「ねぇ。ねぇってば。」

誰かに強く揺さぶられ、私は目を覚ました。

もしかして寝ちゃってた⁉

がばっと体を起こすと、一人の男子生徒が本を片手にこちらを見ていた。

「この本を借りたいんだけど。」
「あ、あぁ、ごめんなさい!寝てたから気が付かなかった…。」

ぺこぺこと謝りながら私は本の貸し出し作業を始める。ピッとバーコードを読み取って本の後ろについている貸出票に今日の日付をスタンプしていると、

「あのさ、このノートって…。」

男子生徒がノートをちらりと見て聞いてきた。

「へぁ⁉」

思わず素っ頓狂な声が飛び出た。そういえばノートを描いている最中に寝落ちをしていたから開きっぱなしだった。ババっとノートを閉じてカバンの中にしまうと、突き返すように本を差し出し、

「返却期限は来週の水曜日ですっ!」

逃げるようにその場を後にした。



あ、鍵閉めてくるの忘れた…。今日は何かとついてない日だ…。

落ち込みながら、私は少しでも気分を上げるためにターミナル駅のビルに入っているコスメショップに来ていた。お気に入りのブランドのコーナーを見て回ってコスメ情報を得ることがわたしのここ最近の日課だ。いつもならワクワクとその時を待っているはずが、今日は図書室での一軒があったことで少し気分が沈んでいた。

バレちゃったよ…。あの人の人柄がどういうものなのかよくわからないけど、絶対馬鹿にされるよね…。「こんな地味な奴が洋服のデザインしてんのww」って。

どんよりとした気持ちで私の最近好きなコスメブランド、Louismakeのコーナーまで来ると、私と同じ高校の制服を着た人が真剣にリップを見比べていた。なんか見覚えがあるような…。

「ぎゃ!」

さっきの図書室の人だと一目見て分かった。私のノートを偶然にも見てしまった人。私の声にその人はこっちを見た。パチリと目があって、逃げ出そうとした時、

「ちょっと待って!」

いきなり手首をガシッとつかまれた。そのまま、私はぐいぐいと引っ張られて男子生徒の目の前まで来てしまった。細そうに見えて意外と力が強い。

「あのさ、君に聞きたいことがあったんだけど。」
「な、なんでしょう?」
「洋服とか、コスメとか好き?」

真っ直ぐ私の顔を見て問いかけた男子生徒はそのまま続けた。

「さっき図書室でちらっと見ちゃったんだけど、あのノートに洋服のデザインとかどんなメイクをしたら綺麗に見えるかとかいっぱい書いてあったから…。」
「…。」

どうやってごまかそう。私が洋服やメイクが好きなことは秘密にしてなくちゃいけない。私の平穏な学校生活のためにも。
学校中にばらされたら私は多分学校に行けなくなってしまう。そうなってしまったらまたお母さんたちを心配させることになる。

でも…。
期待に満ちた瞳で私を見ている男子生徒を裏切れないような…。

1分ほどそのまま固まって考えた後、私は心を決めた。もうどうにでもなれ!と。

「ここで話すのはちょっとあれだからどこか別の所で話さない?」





その後、私たちは駅ビルにあるファーストフード店に入り、飲み物やポテトを注文して席に着いた。

明日はサラダをちゃんと食べなきゃ…。また逆戻りしちゃう…。

「それで、結局好きなの?」

主語も何もかもすっ飛ばして本題を聞いてきた男子生徒に、私はどう話そうか考えを巡らせていると、ハッとしたように男子生徒は口を開いた。

「あ、待ってごめん。僕の自己紹介がまだだったね。僕の名前は紺野陽彩。陽彩って呼んで。」
「私も自己紹介してなかった。白石朱莉。」
「じゃあ、朱莉って呼ぶね。」

いきなり呼び捨てでもいいの?とちょっとびっくりしたけど少しでも話したことで緊張はほぐれてきた。すぅっと息を吸って一気にしゃべる。

「洋服もメイクも好きだよ。陽彩は?」
「僕も好き。メイクをしてると幸せになれるから。」

私の答えに陽彩は引くこともなく、うんうんと笑顔で耳を傾けてくれた。その姿に、私はメロンソーダを一口飲んで一番気がかりなことを聞いてみた。

「あのさ、私の趣味を聞いて引いたりとかしないの?」
「なんで?いいことじゃん。自分の好きなことを口にしていいんだよ?」
「そっか。ありがとう。」

当たり前のことを聞いてしまったかな、と一瞬思ったけど、少しだけ心が軽くなったような気がした。こんなふうに自分の趣味を認められたのは家族以外に陽彩が初めてだったから。

でもきっと、私の過去を知ったら意見は変わっちゃうんだろうな。

また余計なことを考えそうになって、私が少し俯くと、

「そだ。さっきのノート、もう一回見せてもらうことってできる?」
「いいけど…。ほかの人には絶対しゃべらないで。」
「分かった。」

陽彩がノートを見たいと言ってきた。学校の人にはバレたくないので、しっかりと念を押して、私はカバンの中からノートを出して手渡した。陽彩はノートをめくるなり、「すごっ!」とか「確かにこのメイクはこの洋服にぴったりだわ」とかいろいろとしゃべりながら一つ一つをじっくりと見ていった。

「見せてくれてありがとう。いろんなアイデアが詰まっててすごくおもしろかったしメイクの勉強にもなった。」
「そんなにすごいものだった?自分では納得できてないところがあるけど。」

嬉しそうな表情でお礼を言った陽彩に私はびっくりした。あんな趣味のノートが人のためになるとは一ミリも思ってなかったのだ。

「どこが納得いってないの?メイクのことだったら一応分かってるつもりだけど。」
「えっと…。まずはこのページの…。」

自分の趣味を受け入れてくれたことが初めてで、私は戸惑ったけれど、少し嬉しくなった。
眠い…。

アラームのけたたましい音に起こされて、私は眠い目をこすった。昨日は、帰った後も「しゃべり足りないね」ということで交換したSNSのチャットで陽彩と永遠にしゃべり続けていたのだ。

初めてかも、初対面の人と会って話して、勢いでSNS交換するとか…。でも、なんだか今日の目覚めはいい感じだったかもしれない。

そんなことを感じながら、私は顔を洗いに部屋を出た。



「おはよ、白石さん。」
「あ、おはよう。」

朝、正門の所でいつものように白鳥さんが声をかけてくれた。

「もうすぐ文化祭の出し物決めだったよね。何になるんだろう。」
「楽しみだね。白鳥さんは何かやりたいのある?」
「私はカフェ系やりたいなぁ。みんなでコスプレするっていうのも面白そう。白石さんは?」
「私は…なんだろ?お化け屋敷とか?」
「あ、それもいいね!」

珍しく自分から話題をふって会話を続けることに成功した。少しは変わったのかなと思いつつ、一緒に教室へと向かっていたその時、

「あ、朱莉。おはよ。」

後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと、そこには陽彩がいた。

「へ⁉おおおはよ!」
「なんでそんなびっくりしてんの。またね。」

クスリと陽彩は笑うと、そのまま私たちのクラスへと入っていった。

びっくりしたぁ。というか同じクラスだったんだ…。自分のことで精いっぱいでクラスメイトの顔も全員は覚えてなかった…。って!

恐る恐る隣にいた白鳥さんを盗み見ると、驚いたように固まっていた。

「し、白鳥さん。」
「いいなぁ。」

うらやましそうに私…ではなく陽彩を見て白鳥さんはつぶやいた。

「え?」
「私も朱莉ちゃんって呼んでもいい?」

そっち⁉てっきり私が普通にあのキラキラ男子としゃべってたことに嫉妬してるのかと…。

「い、いいよ。」
「やった。これで私も陽彩と肩を並べてのスタートだ!あ、私のことも葵でいいからね、朱莉ちゃん。」
「もしかして白鳥さ…じゃない、葵ちゃんって陽彩に何か恨みがあるの?それになんか仲良しだね。」

キッとドアのほうを睨んでいた葵ちゃんに聞くと、目をぱちぱちと瞬かせて私のほうを向いた。

「仲いいっていうか…。幼馴染なの、陽彩とは。でも恋人とかそういうのじゃないから安心してね!奪わないから!」
「え、そうだったの⁉というか奪わないって?」
「え、好きじゃないの?」

なかなかかみ合わない会話をしながら私たちは教室に入り、それぞれの席に向かった。

「それで、さっきの話の続きなんだけど。朱莉ちゃんって陽彩のことが好き、ってことなんじゃないの?」

朝の支度が終わった後、私の席へまっすぐに向かってきた葵ちゃんに私は首をぶんぶんとふって否定した。

「違うよ!えっと、いろいろとあって仲良くなったの。」
「いろいろと、ね…。具体的には?」
「え、具体的⁉」

ニヤニヤと恋バナを楽しむように葵ちゃんは私を見た。自分の趣味のことは他人に話してもいいのかどうか…。陽彩には不可抗力で話してしまったし、ちゃんと受け入れてくれたけど葵ちゃんはどうなんだろう。ぐるぐると考え込んでいたら、先生が入ってきて「ホームルーム始めるよー」と声をかけた。




お昼休みの時間…。
私はお弁当をもって葵ちゃんのもとへと行った。今日はいつも食べてる友達が委員会などでいないらしく、一人だった。これをチャンスに!とよくない事を考えてしまったが、私の趣味を知る人は少なくていい。授業中も考えた末、私は葵ちゃんには本当のことを打ち明けることにした。葵ちゃんなら中学時代の子たちみたいにはならないという希望を胸に私は話しかけた。

「あのっ!朝のことなんだけど…いい?」
「いいよー。私も聞きに行こうと思ってたから。」

にこりと笑ってくれた葵ちゃんの姿に励まされながら、私は「中庭で食べない?」と誘った。

「わ、めっちゃ綺麗!こんなとこあったんだ。」
「私も学校探検してる時に見つけたの。花いっぱい咲いててきれいだよね。」

そんなことをおしゃべりしながら、私たちはベンチに座り、お弁当を広げた。ふと隣を見ると、かわいいお弁当箱においしそうなおかずがたくさん詰まっていた。

「わぁ。おいしそうだね。」
「毎朝手作りしてるの。料理が好きなんだ。」
「へぇー。すごいね。」

私も自分のお弁当を口に運びながら、どんなふうに話を切り出そうか考えていた。すると、ふいに葵ちゃんがお弁当を食べる手を止めて私のほうを向いた。

「それで、話って何?」
「えっと…。私の趣味のことなの。」
「趣味?」
「うん。私前にさ、好きなことないって言ってたけど、実は洋服とかデザインしたり、メイクしたりするのが趣味なの。ちょっと事情があって話せなかったんだけど。でも、今ならいいかなって。陽彩とはそれで仲良くなった、だけだよ。」

思い切って打ち明けてみた。自分でも何を話しているかわからない。ただ、必死になって葵ちゃんに話していた。反応が全くないのでやっぱり引かれたのかなと怖くなってうつむくと、いきなりぎゅっと抱きしめられた。

「私にドーンと頼ってよ、朱莉ちゃん。しゃべっていいんだよ、自分の趣味なんだから。」
「葵ちゃん…。」
「というか、一番仲いいかなーって思ってたのに陽彩に追い越されたことがめっちゃ悔しいし。」

私を抱きしめたまま、葵ちゃんはちょっと不貞腐れたような声を出した。私は涙を流したくなったけれど、何とか思いとどまって、

「ありがとう、葵ちゃん。」

と答えた。

「うん。これからはなんでも話していいからね。」

葵ちゃんも微笑んでくれた。
私は今、大切なことを知ったような気がした。
『速報!韓国コスメブランドの10色パレットが来月発売するって!』

夜、お風呂から出て英語の課題を片付けていると、私のスマホに陽彩からの通知が来た。メイク情報をなるべく共有しようということで、毎日夜にはチャットを使って情報交換をしている。おかげで、私も毎日コスメブランドの公式SNSをチェックするようになった。10代、20代に人気の韓国コスメブランドの10色パレットはパッケージがものすごく可愛くて、しかも自分も可愛くなれる。このブランドのコスメはどれも可愛くてすぐに欲しくなるから、中学時代は必死になってお小遣いを貯めていた。

バイトができるようになってからはだいぶ楽になったな。役に立っているかは分からないけど、やっててよかった。

『やった。絶対買いに行く!』
『いつもパケ可愛いもんね。僕も絶対買う。』
『情報提供ありがとう。』
『どういたしまして。』

スマホのカレンダーに発売予定日をしっかりとメモしておくと、私は『おやすみ』とメッセージを送った。






翌朝、学校に向かっていると、葵ちゃんからメッセージが来た。
『ごめん、風邪ひいちゃったから今日は休む!』
泣いているクマさんのスタンプとともに送られてきたメッセージを見るなり、私は落ち込んだ。

もしかして昨日のことがあったから避けられてる…。いや、でも、「頼ってね」って言ってくれてたし…。

またぐるぐると考え込んでしまいそうで、私は急いでメッセージに返事をした。

『お大事に。授業内容のノート、今度見せようか?』
『神!ありがとう。』

ちゃんとノートを取るんだから、今日は授業にいつも以上に集中しよう、と気持ちを切り替えて私は学校へと足を進めた。





ふぅ。

一息ついて私は教室のドアに手をかけた。いつもは途中で葵ちゃんが声をかけてくれるから、一緒に教室まで入れたけれど、今日は自分1人だ。挨拶しても返してくれるかな…と不安になりながら一歩踏み出した。

「白石さんおはよう。」
「あ、おはよー!」

真っ先に私に気が付いて挨拶をしてくれたのは葵ちゃんと仲良しな黒川さんと赤坂さんだった。

「おはよう!」

少しホッとして私は挨拶を返した。少し緊張している私に気が付いたのか、

「今日は葵、休みなのよね。」

と黒川さんがわたしに微笑みかけてくれた。スマホをいじっていた赤坂さんも顔をあげて、

「いつもにこにこしてる葵が風邪なんて珍しい!って思っちゃったもん。アイスの食べすぎかな。」

心配そうな顔になった。「それはあんただけでしょ」と鋭い突っ込みを受けていたけど。
楽しそうに会話をしている2人の邪魔をしてはいけないと思い、そっと離れて自分の席へ向かうと、葵ちゃんの席に座っている陽彩が手をひらひらとふっていた。

「おはよ。葵、休みだってね。」
「おはよう。勝手に座っちゃって怒られないの?」

机の中を勝手に覗いたりしている陽彩に私が聞くと、ちょっといたずらっ子のような顔でニヤリと笑った。

「いいのいいの。いつも僕のコスメ、勝手に使うから。仕返しってことで。あ、葵には不用意にしゃべんないでね。あいつ怒ると怖いから。」

そう言い残すと自分の席へと戻っていった。


よし、午前中の授業の分はまとめ終わった。

お昼休み、私は「一緒にお昼食べない?」と黒川さんたちに声をかけられずにまた中庭にいた。お弁当を食べる前にまずはノートをまとめちゃおうということで、シャーペンを必死で走らせていたのだ。

とりあえずまとめ終わったからご飯食べよ。

お弁当箱を取り出して、私は「いただきます」と一人で食べ始めた。

「一人で食べてるの?」
「わ!」

ビクッとして後ろを振り向くと、そこには購買のメロンパンといちごミルクを手に持った陽彩がいた。そのまま、私の隣に座ってメロンパンの袋を開けると、パクっとおいしそうにかぶりついた。

「一人じゃさみしいでしょ。一緒に食べよ。」
「あ、ありがとう。でもいいの?友達とか、いるでしょ?」
「そこらへんは気にしなくていいの。ってか僕、いつも一人でお昼食べてるし。」

平然とした顔でそう言い放つと、そのまま大きなメロンパンをぺろりと平らげてしまった。

購買の人気商品を勝ち取れるって相当すごい人なんだな、陽彩って。

熱血運動部系の男子たちが授業が終わるとこぞって買いに行くメロンパンは売り出してから数分で売り切れる大人気商品だ。私はその空気の中に行くだけでも怖いから購買に入ったことがないけれど、毎日すごい争奪戦が起きているらしい。

「あのさ、聞きたいことがあったんだけど。」
「何?」
「今週の土曜日、一緒に出掛けない?」
「…え?」

ぱちぱちと目を瞬かせて陽彩を見上げると明確な返答がなかったことに戸惑っている陽彩の顔があった。

「だから、土曜日に一緒に出掛けない?って。」
「分かった。でもどこに行くの?」

我ながら事務的な返事をしてしまったと心の中で責めた後、私はデザートについていた小さなゼリーを食べ終えた。

「ふふふ。これ!」

よくぞ聞いてくれましたとでも言うように、スマホの画面をずいっと見せてきた。

「アットコスメ東京?」
「そう。いろんなコスメがあって自由に試せるらしいよ。一回行ってみたかったんだけど忙しくてなかなか行けなくて。」

陽彩からスマホを借りてホームページを見ると、プチプラからデパコスまでたくさんのブランドのメイクがあった。しかも、全部自由に試したりできるし、コスメ選びの相談までできちゃうらしい。今まで私が気が付かなかったのが不思議なくらいに魅力にあふれていた。

ここが本店みたいなものなんだね。いろんなところにお店があるんだ。

するするとそのままスクロールをしていってると、視線を感じた。

「あ、ごめん!これ、陽彩のスマホだったよね。長々と借りちゃってごめんなさい。」
「いいよ。すっごい夢中で見てたし。」

私はぺこぺこと謝りながら陽彩にスマホを返した。陽彩はスマホをいじりながら、「待ち合わせどこにする?」と特に気にした様子もなく聞いてきた。

「場所って原宿だっけ?」
「うん。駅の改札の所で待ち合わせる?」
「分かった。時間はいつぐらい?」
「10時集合?いっぱい見たいから?早すぎたらもうちょっと遅めにするけど。」
「ううん、10時集合で大丈夫。」

細かいことを決めていっていると、お昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。私がハッとして荷物をまとめていると、

「それじゃあ、また分からないことがあったらチャットとかで聞いて。」

そう言って陽彩はサッと立ち上がると手をひらりとふって校舎へと戻っていった。

ほんとに自由人だな…。そこが陽彩の良さなのかもしれないけど。

ノートをひとまとめにすると、私も後を追うように教室へと向かった。


次の日の朝のこと。

「お、おはよう!」

勇気を出して、私は黒川さんたちに自分から挨拶をした。すると、黒川さんたちはくるりと後ろを振り向いて、

「あ、白石さん、おはよう。」
「おはよー!」

ニコっと笑顔で挨拶を返してくれた。

「今日は文化祭の出し物決めだねぇ!どんなのになるかな!」
「どんなのになっても頑張りなさいよ。すぐに飽きちゃうんだから、桃花は。」
「ひどいなぁ、芹菜は。私だって頑張ってるんだよ。」

2人のおしゃべりを聞きながら、私はふと、葵ちゃんが話していたコスプレカフェのことを考えていた。

コスプレカフェってどんな感じなんだろう。私のバイト先のカフェみたいなのをコスプレしてやるってことかな。

「ねぇ、白石さんはどんなのがやりたい?」

コスプレカフェについて考えていると、私のほうを向いた赤坂さんとぱっちり目が合った。

「コスプレカフェ?」
「みんなでコスプレして飲み物とか出すってこと?楽しそうね。」
「え⁉あ、うん。」

自分の考えていた言葉がするりと出てきてしまって私は焦った。黒川さんは肯定してくれたけど、内心では「こんな地味な人がコスプレカフェやりたいなんて言い出すとは思わなかった」と感じているのではないか。慌てて弁解しようとするも、時すでに遅し。赤坂さんも

「え、いいね!楽しそう!私はうさぎさんのコスプレしたいなー。」

とものすごい乗り気になってしまった。

あぁぁ、これ、今更否定はできないやつだよ。どうしよう。

困り果てている中、先生がやってきて「はい、ロングホームルーム始めるよ。みんな座ってー。」と声をかけた。


「今回のロングホームルームで話し合うことは前々から決めていた通り、文化祭の出し物を決めます。その時に注意があるんだけど、まず、みんなが協力して準備から当日まで頑張れること。次に、決まらなかったら多数決という方法を取ってもいいけどみんなが同意したうえで決めること。最後に、誰もが楽しめる内容の出し物をすること。この3つを守れないと文化祭で出し物を出せなくなるからね。あ、予算は各クラス2万円。その中でできるだけやりくりしてね。」

先生はすらすらと手に持った資料の内容を説明し終わると、「じゃあ、学級委員の2人にこの後はお任せします」と言って教卓の前から移動した。呼ばれた学級委員の2人は黒板の前まで来ると、学級委員長が「はい、なんかやりたいのあるー?」と呼びかけた。

「お化け屋敷!」
「縁日とかやりたい!」
「劇なんかどう?」

口々にみんなが意見を出す中、私は隣の席の黒川さんに「白石さん、さっきの案は言わないの?」と聞かれた。

「え⁉いや、だって…。黒川さんが言ってもいいんじゃ…。」
「いや、私が考えたんじゃなくて白石さんが考えたんだから取っちゃ悪いじゃない。結構面白そうだなーって思ったんだけど。」

不思議そうに首を傾げられて、私は黙り込んだ。急に地味な奴が言ったって誰かに笑われるだけでしょ、という心の声はしまっておく。すると、不意に誰かに手をつかまれて挙げられた。

「お、白石さん何かある?」
「え、え?」

急に委員長に名指しされ、私が混乱していると、黒川さんの後ろで話を聞いていたらしい陽彩がにこりと笑っていた。

お前か…!

一気にクラス中の注目を浴びてしまい、私が答えに詰まっていると、隣から後押しをするように「大丈夫。」と黒川さんが声をかけてくれた。こうなったら仕方ない!と腹をくくって私はいまにも消え入りそうな声で「コスプレカフェ…とかはどうでしょう…。」と発言した。

あぁ、やっぱり変な奴だと思われるよね。どうかボツにして聞かなかったことにしてください…!

みんなが驚いたように固まっているのを見て、私は下を向いて席に座りかけた。その時!

「いいじゃん、コスプレカフェ。」

陽彩がふわりと楽しそうな笑みを浮かべて言った。その言葉に乗るように、赤坂さんや黒川さんも、

「うん、面白そう!」
「いいわね。」

と口々に賛成してくれた。その言葉に私はホッとして、席に着いた。くるりと後ろを振り向いて、「ありがとう」と口パクで陽彩に伝えると、「自分の意見を言うことも大事だよ」とこれまた口パクで返ってきた。
その後も、しばらく議論は続き…。

「結構出たね。この中から一個選ばなきゃいけないんだけどどうやって決める?」

委員長が黒板を隅々まで見て腕を組んだ。「もう、多数決で決めちゃっていいんじゃない?絶対選べないし。」そう1人の女子が発言した。その言葉に、委員長は少し頷くと、「じゃあ、多数決で決めちゃうけどそれでもいいですか?」とクラス全体を見回して言った。みんなが賛成するのを見て、委員長は黒板に書いてある出し物を次々と読み上げると、「じゃあ、考える時間を30秒つくるから一個に絞って。30秒経ったらみんな伏せてもらうよ。」と告げた。

私は…どうしよう?やっぱり無難にお化け屋敷、かな。

黒板に書いてある出し物を見て、私は表に立つ仕事が少なそうなお化け屋敷を選んだ。

「はい、じゃあみんな伏せたので多数決をしていきます。まずは縁日やりたい人ー。」

委員長がみんなが伏せたのを確認してからどんどんと出し物の名前を読み上げて決を採っていく。

「みんな顔上げて。」

最後の一個が読み上げられた後、私たちは顔をあげて最終結果が知らされるのを待った。

「決まりました。今年の文化祭、クラス出し物は…コスプレカフェです!」

わー!パチパチ。拍手が教室中にこだまする中、私は信じられずにポカーンとしていた。

え、え、え?コスプレカフェって私が出したやつじゃん。良かったの?

周りを見渡すと、みんな口々に「頑張ろうな!」とか、「なんのコスプレしようかな♪」とか楽しそうに話している。
私だけが状況を呑み込めていないようで、隣の黒川さんも「楽しみね、文化祭。」と笑顔で話しかけてきた。

女子はみんな乗り気だけど、男子はどう思ってるんだろう。

辺りを見回すと、ワクワクしていそうな人が半分、それ以外はなんだかちょっと不満そうな顔をしていた。そんな顔には気づかずに委員長は

「今日はここまでにして来週のロングホームルームで役割分担をしましょう!」

と宣言した。







放課後…。
私はバイト先のカフェでバイトの先輩である青山七咲さんに今日のことを話した。青山さんは大学2年生で、明るいお姉さんみたいな人だ。

「へぇー。コスプレカフェやるんだ!楽しそう。」
「楽しいことばかりじゃなさそうですけど…。」

パンケーキに一つ一つトッピングをしながら青山さんはにこにこ笑った。私もアイスをすくいながらちょっと肩をすくめる。

「えー、でもみんなでワイワイできるのなんて今しかないよ。めいいっぱい楽しみな。」

ポスッと私の肩を叩くと、出来上がったパンケーキを持ってキッチンから出ていった。私はその後姿を見送りながら、青山さんにはいろいろと助けてもらったな、とバイトを始めたばかりのころを思い出した。



「よ、よろしくお願いします…。」

自分のコスメ代などを稼ぐため、バイトを始めようと思った私は自分に合ったバイト先を探すため、求人情報サイトを見た。その中で、のんびりした感じのおしゃれなカフェを見つけ、早速応募してみたのだが…。

「接客、できそう?大丈夫?」

キッチンの仕事だけをすれば接客はしなくて済む。幸い、同じ作業をすることはちっとも苦にならないからちょうどいい。と、思い応募したカフェは仕事が選べず、人手不足のため接客もしなくてはいけなかった。

「が、頑張ります…。」

心細い思いで迎えたバイト初日、私はまずキッチンでの仕事を覚えることに専念した。カフェで働く人は面接をしてくれたオーナーと、大学生の女の人が一人。大学生の青山七咲さんが私の指導をしてくれることになり、キッチンでの衛生管理や紅茶やコーヒーの入れ方、ソフトドリンクの作り方やパンケーキのトッピング方法などを叩きこまれた。

「呑み込みが早くて助かるー!ずっと2人で回してたからさ、新しくバイトが増えるの大歓迎なんだよね。」

青山さんが明るく言ってくれたり、オーナーがなるべく私が表に出ない仕事ができるように取り計らってくれたりしてもらったおかげで、私はずいぶんと楽にバイトをできるようになった。けれど…。

「青山さん、1番テーブルの方がお帰りになられるよ!対応お願い!」
「はい!」
「オーナー、こっちのテーブルの片付けお願いしてもいいですか?」

忙しくホールの仕事をしている2人を見て、私は段々と申し訳なくなってきた。

私、キッチンの仕事しかしないって結構ダメダメなのでは?

そのことに気がついた私は思い切ってオーナーに相談した。

「あの、やっぱり私、ホールの仕事もやります。」

言い方がちょっと悪かったかな、と感じたが、オーナーは輝く笑顔で了承してくれた。

「ありがとう、本当にありがとう。」

青山さんが教育係を務めてくれることになり、私は必死で接客を覚えた。最初は慣れないことばかりだし、人と接するのが少し怖かったけれど、青山さんがサポートやアドバイスをしてくれたおかげで、今では普通に接客もできるようになっている。

こうして思い出すと、青山さんに全然恩返しができてないな。もっと頑張らないと。

「あかりん、レジ打ちお願いしていい?こっちの片付けは引き受けるから。」
「はーい。」

私は洗い物の手を止めて、一度手を洗うとキッチンから出た。レジカウンターのそばにあるカレンダーが目に入り、私はハッと思い出した。

そういえば、明日は陽彩と出かける予定があった!服とか、どうしよう?

サッと青ざめた私はそれからある人の姿を思い浮かべた。

お姉ちゃんがいるじゃん!帰ったらアドバイスをもらおう。

そう心に決めて、私はレジ打ちに精を出した。

ピピピピッ!ピピピピッ!

けたたましい目覚ましの音で私は目が覚めた。やっぱり目覚まし時計の音がでかい…と耳をふさぎながら私はがばっと起き上がると、私は昨日お姉ちゃんの助けも借りながら永遠に悩んで決めた服に着替え始めた。

気合入りすぎかな…。普通にいつも通りの格好をしたほうがいい?

おしゃれなワンピースを見てそう思ったとき、誰かにコンコンと部屋のドアをノックされた。

「朱莉ー?入ってもいい?」
「あ、お姉ちゃん?どうぞ。」

そう返事をするとガチャリとドアが開き、メイクボックスを抱えた姉の(ゆかり)が入ってきた。

「お姉ちゃんが魔法をかけに来たよー!」

そういたずらっぽく笑った姉は「よいしょ」と手に持っていたメイクボックスをテーブルの上に置いた。

「自分でメイクぐらいするのに…。お姉ちゃんだって忙しいんじゃないの?」
「悩める妹を助けるのは姉の役目だよ?それに今日はお休みなんだから忙しいも何もないわよ。」

手際よくテーブルの上にコスメを並べていくと、「はい、始めるから目閉じて。」と問答無用で椅子に座らされた。

お姉ちゃんってすごい面倒見がいいんだよね。私が不登校になった時も嫌な顔一つせずにずっと側についていてくれたし。

目を閉じながら、私は不登校になってしまった時のことを思い浮かべた。



「今日は学校、行きたくない。」

そう告げたのは中学2年生の冬休みが明けてから数週間が経った時だった。ちょうど友達関係がグチャグチャになってしまい、クラス内での私の立場がどんどんとなくなってきていた時のことだ。その時、お母さんは驚いたように固まってしまっていたが、お姉ちゃんはすべてを悟ったように軽く目を伏せるだけで何も言わなかった。あぁ、私はきっと親不孝な子供なんだろうな。そう感じた。
それから、私はしばらく家族のことも信じられなくなり、ずっと心を閉ざしてきた。その間も、ずっとお姉ちゃんは「ここにお昼置いとくね。食べれそうだったら食べてね。」と部屋にこもりきりの私に声をかけてくれたり、自分の部屋にある本とか漫画を自由に読んでいいよと言ってくれたり、夜、私が寝れないと言った時には私が寝るまでずっと側についていてくれた。

あぁ、私はまだ大丈夫。家族がいる。って思えたような気がしたんだよね。その時。


「はい。出来たよ。うんうん、似合ってるー!」

お姉ちゃんの声で、私はハッと現実に戻ってきた。鏡を見ると、そこには綺麗に髪もメイクも整えられた私がいた。唇は少し色づいていて、髪の毛はサラッサラになっていた。

「朱莉はナチュラルメイクが似合うからね。そんなにごてごて飾り立てなくても綺麗になれるの。」

満足げにそうお姉ちゃんは言って、「楽しんできなよ!」と背中をポンっと叩いて部屋を出ていった。

私はその背中を見送ると、気持ちを切り替えるように椅子から立った。






「お待たせしましたっ!」

集合場所に着くなり、私はぺこぺこと謝った。あんまり外に出ていなかったので、改札から抜けるのに迷子になっていたのだ。

渋谷とか新宿よりはましなのに迷うって何事よ、私。

自分を責めつつ、陽彩にものすごく謝っていると、クスリと笑われた。

「まだ1分しか遅れてないんだし、気にしすぎだよ。さ、行こ。」

ポンと私の肩を叩くと、まだ気にしている私の腕を引っ張ってように歩き出した。



「なんか一生分のコスメを見たような気がする…。」
「いろんなの試せてほんと幸せな空間だった…。」

ちょうどお昼のピークを過ぎたカフェで私たちは余韻に浸っていた。いろいろなコスメに囲まれた幸せな空間が広がっていて、あれもこれも試してみたくなっちゃったのだ。

結構たくさん買っちゃったし…。

欲しかったお気に入りのオレンジ色のリップとアイブロウは買おうと思っていたけど、チークやアイシャドウパレットまで買う予定はなかった。

試したらすごい良かったし…。頑張ってバイト代を貯めててよかった。

ホッとしながら、私は頼んだオレンジフロートを一口飲んだ。うちのカフェにもこんな飲み物あったな…。てか、私最近食べ過ぎかな?

「朱莉がおすすめしてたリップってこれ?」

ごそごそと買った袋の中を漁っていた陽彩は私と同じ色のリップを取り出した。私が「おすすめのコスメある?」と陽彩に聞かれたとき、私がおすすめしたのがこのリップだった。あまり自己主張をしない色だけれど、少し華を持たせてくれる、とおすすめしたような気がする。

「この色、ほんとに綺麗。おすすめしてくれて、ありがとう。」
「こちらこそ!陽彩がおすすめしてくれたチーク、パッケージがすごく可愛いし!」
「僕も愛用してるんだよね、それ。だから、お揃い、かな?」

お揃い。中学時代はそんなことを友達とやっていたような気がするけど遠い記憶の物だ。なんだか久しぶりにお揃い、って言葉を聞いたな、と感じ、私は思わずマジマジと陽彩の顔を見てしまった。

「どうしたの、そんな顔して。お揃い、嫌だった?」
「全然!びっくりしちゃっただけ。なんか久しぶりで。」

慌てて否定するとホッとしたように胸をなでおろした。それから、ちょっと心配そうな顔になって私を見た。

「前から気になってたんだけどさ、朱莉ってあんまり昔のこと話さないよね。」
「…。」
「いや、別に無理に話そうとしなくてもいいんだけど。何かあったのなら友達として知るべきかなって…。」

私が反応しないことに気づいてか、少し気遣うように口を閉ざされた。

気まずい沈黙がその場に流れた。

「あ、あのっ。私、ちょっと急用思い出しちゃったから、帰るね。今日はありがとう。また明日!」

その場にいることが耐え切れずに、私はガタッと席を立ってカフェを出た。

はぁ。失敗しちゃったよ。あんなつもりはなかったのに。

その後、陽彩からのメッセージが数件あったけれどすべて未読のままにしてしまった。自分が変なことはわかる。あの場を気まずくさせてしまったことも。でも、私にはどうしても、陽彩を信じて話すことができなかった。

やっぱり私って変われてなかったんだな。
「朱莉ちゃーん!!!」
「わっ!葵ちゃん!風邪治ったの?」
「うん。さみしかったよー!暇だし、熱で苦しいし、みんなには会えないし!」

涙を浮かべながら私に抱きついてきたのは葵ちゃんだった。しきりに「さみしかったよー」と言いながら私に抱きついたまま歩き出す。

「え、このまま⁉」
「ダメなの?友達充電しときたいんだけど。」
「じゃあ、どうぞ。でも、歩きにくいよ。」
「えー、でもスキンシップ取らないと会えなかった分の力出ないよ。」

ちょっと悲しそうにしながら「じゃあ、後でいっぱい愚痴聞いてね」と言って私の横に並んでくれた。その後、いなかった時の学校がどんな風だったのか矢継ぎ早に質問される。

「え、じゃあ、朱莉ちゃんの案が文化祭の出し物として通ったってこと!すごいじゃん!」
「私はすごくないよ。葵ちゃんが呟いていたのを聞いていたから、葵ちゃん喜ぶかなーって。」
「ほんと、いい子過ぎるよ、朱莉ちゃん。」

感動した様子の葵ちゃんにしみじみと言われ、私がちょっと照れ臭くなっていると、「朱莉ー。」と陽彩が走ってきた。

「これ、朱莉のだよね?」
「あ、そうだ。ごめんね。」

陽彩がかわいい猫のマスコットが付いたポーチを手渡してきた。今までなかったことに気が付かなかった私、我ながらやばいなと思いながらポーチを受け取る。中には、私がいつも使っている身だしなみ用品が入っている、大事なものだ。

「葵も元気になったんだね。」
「うん。」

また後でね、と言ってそのまま陽彩はスキップでもしそうな勢いで去っていった。

「いいなぁ、私も遊びに行きたかった。朱莉ちゃんと。風邪さえ引いていなかったら遊びに行けたのに…!」
「あ、葵ちゃん?」
「今度は私と遊びに行こう!ね?」

にっこりと笑って言われ、私は「う、うん。」と圧に押されて返事をした。


「葵ー‼‼」
「わっ。桃花、おはよう。芹菜も。」
「ほんとに心配したのよ。風邪ひいたっていうから。」
「ごめんって。」

教室に着くなり、がばっと葵ちゃんに抱きついたのは赤坂さんだった。後ろから黒川さんもやってきて、3人は仲良さそうにおしゃべりを始めた。私は邪魔にならないようにそっとその場を立ち去ると、自分の席へと戻った。

やっぱりあの輪の中に入れない…。

へこみながらカバンの中を整理していると、隣の席に黒川さんが戻ってきた。

「おはよう、白石さん。今日は文化祭の分担をする日ね。」
「おはよう、黒川さん。」

にこりと笑顔で挨拶を交わすと、黒川さんはそのままスマホに視線を落とした。やっぱり自分から話しかけられず、また私の心は沈んだ。



「これから、文化祭の分担決めを始めます。」

ロングホームルームの時間、委員長がそう宣言してにっこりと笑った。

「今年の1-Ⅾの出し物はコスプレカフェです!コスプレカフェとは、名前の通り、コスプレをして飲み物や軽食を出す、というものです。そこで、まぁ、当日はシフト制で全員に仕事をしてもらいますが、準備期間の間は誰が何をやるのか、今日決めちゃいたいと思います。分担する係は、コスプレの衣装を作る衣装係、教室をカフェに作り替える内装係、メニューや食材の調達をする食材係、ポスターや看板などを作ったりする広報係、全ての費用を管理する会計係の5つ。それぞれ、6~8人ほどでお願いします。この中から、1人1つはやってもらいます。」

その言葉と同時に、黒板に書記の人が分担する係を書いていく。周りが、「どれやる?」「一緒にやろうよ」と盛り上がるなか、私はものすごく悩んでいた。

本当は衣装係とか楽しそうだけど…。あんまり目立たなさそうなのは内装係かなぁ。でも、衣装係をやりたい。だけど、目立たず、みんながやりたい係をできるようになるなら…。

悩んでいると、ふとこの前の陽彩の言葉を思い出した。

『自分の意見を言うことも大事だよ』

そうだ。周りを窺ってばかりじゃなくて、自分がどうしたいのかをはっきりと述べてもいいんだ、と陽彩はあの後言ってくれた。だったら自分の心に従うべきなのかもしれない。

「みんな決まった?それじゃあ、何をやりたいか、やりたいところで手を挙げて。まず、衣装係。」

恐る恐る手を挙げた。周りを見渡すと、私を含めて8人。結構ぎりぎりの人数だ。その中には、黒川さんや赤坂さんの姿があった。

これを機に普通に話しかけられるようになるかな。

そんな思惑を胸に、私はこれからの文化祭に思いをはせた。



「ふーん。あかりんは衣装係として頑張っていくってことね。良かったじゃん、自分の好きなこと出来て。」

放課後、バイト先のカフェで大学生の青山さんが氷をカップに入れながら微笑んでくれた。私はレジ打ちから戻ってくると、コクリと頷いた。

「でも、私みたいなのがやってもいいのかなって…。衣装デザインとかは得意ですけど、一部の人にしか言ってないですし。」
「大丈夫だって!自分のやりたいことをやっちゃいけないなんて言う決まりはない!」

きっぱりと青山さんはそう言って、「あかりんは自己肯定感上げてかないとだね。」と呟いた。紅茶の茶葉を入れていた私は後ろを振り向いて、「青山さんみたいにいつでも明るくはできませんよ」と反論しておく。青山さんが本気を出したら怖いのだ。いろんな意味で。




翌日…

「ねぇ、ガムテープある?」
「こっちにもっと色紙ちょうだい!」
「会計係、この費用でお願いします。」
「男子、力仕事は任せた!」

いろいろな人の声が飛び交う教室の中、私たちはみんなが着たい衣装を集計していた。

「早速今日から始めるなんて…。まぁ、後2か月ぐらいしかないことを考えればみんなで頑張ってかないとなんだけど。」

ぶつぶつと言いながら、赤坂さんはパソコンに入ってきたアンケートの結果を書き出していく。私はその横でデザインを考え、黒川さんは必要な材料をメモしている最中だ。他の衣装係のメンバーには、使えそうな布が余っていないか家庭科の先生に聞きに行ったりしてもらっている。私は必死になりながら、一人一人のコスプレの要望に合ったものを描いていった。

高校生の力では何とかできない衣装もあるから、そこは自分たちで買ってもらうかしてもらわないと。

「白石さん、ほんとに絵上手だし、センスいいし。いてくれてよかったー!」
「本当に。すごく助かってるわ。デザインは個人で考えてもらおうと思ってたもの。葵が推薦してくれて、よかった。」

心から嬉しそうに赤坂さんは言って、パソコンと睨めっこをしている。黒川さんもメモを続けながら笑顔でお礼を言ってくれた。私が洋服のデザインが好きなことは隠して、葵ちゃんが私が得意なことを生かせる仕事に推薦してくれたのだ。

私でも役に立つことってあるんだ。

少し嬉しくなりながら、私は一つ、デザイン画を完成させた。



「ふぅ。こっちの集計は終わりっと。ちょっと後で出してなかった数人には話を聞きにいかないと。」
「こっちもあらかた終わったわよ。」
「私はまだ…。半分までは書き終わったけど。」

申し訳なく思いながら、小さな声で告げる。なんだか納得いかないところもあり、何回も描き直したりしていたら、いつの間にか時間が経っていたのだ。なにしろ、着ぐるみや手の凝った衣装を希望する人以外の35人分の衣装をデザインしなくてはいけないのだから。家に帰ってからも描かないと、と決意していると、

「ガムテープもうないの?」

と言う声が聞こえてきた。どうやら、内装係が使っていたガムテープが切れてしまったようだ。

「ほんとだ。でも、今忙しくて行けない。」
「俺らもこっちの仕事あるし。誰か他の係に頼むしかなくね?」
「誰かガムテープ取りに行ってくれる人いる〜?」

あまり手が進まないし、気分転換も大事だよね。ここは私がっ!

「私取りに行ってくるよ。何個必要?」
「わぁ、ありがとう白石さん!2個取ってきてくれる?あ、それと、本当にごめんなんだけど、追加でリボンを全種類1束ずつと…。」

必要なものをガンガンしゃべっていく内装係の子に目を白黒させながら必死で聞いていると、黒川さんと赤坂さんが作業の手を止めて、こっちへ向かってきた。

「私たちも取りに行くの手伝うよ。一人じゃ絶対多い量だし。」
「本当にごめんね!」

内装係の子にぺこぺこ謝られながら、私は2人と教室を出た。