この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

「キャロ。暇だから狩りに行ってくる」

 ボクにやれることもないし、さすがに食べすぎた。我が身の肉となる前に燃やして来ないと。

「わたしも行くわ。さすがに食べすぎちゃったしね」

 ボク以上に食っていたルルも太るのは嫌なんだろう。意外と美意識が高い猫だからな。

「わかった。夜には帰って来るの?」

「手間とったら野宿する」

 今から行くとお昼は過ぎる。獲物がいなかったら野宿は決定だな。

「そう。気を付けてね」

 机に座ったまま見送られ部屋を出た。

 荷物は出してあるのでリュックサックを背負うだけ。そこにルルが乗ってきた。食べすぎたはどうした?

「で、どこに行くの?」

「ゴブリンが出たところに行ってみる」

 別にゴブリンを狩るわけじゃないが、あそこは豊かなところだった。鹿やウサギがいるはず。川もあったから魚ってのもいいかも。

「付いて来てるわよ」

「ボクにもか」

 キャロを守るために護衛していると思ったらボクもなんだ。

「暇なんじゃない? キャロは閉じ籠ってるし」

 確かに。護衛としては暇でしかないか。だからボクに付いて来たのかもしれないな。理由にもなるし。

「どうするの?」

「いいんじゃない。大物を狩れたら手伝ってもらえるし」

 以前はボクがやってたけど、キャロのほうが上手いから交代してしまった。なので、腕が衰えたんだよな。大物とか一人で捌く自信がない。

 町を出てしばらくすると、サナリクスのリュードとナルティアがやって来た。

「気付いていたか」

「うん。コンミンドを出たときから」

 ボクたちが気付いたことに気付いてなかったのか?

「そんなときからか。お嬢ちゃんはぼんやりしているようで鋭いんだな」

 ボク、そんなにぼんやりしているように見えるか? まあ、しゃべるのはキャロに任せてるしな。ぼんやりしてると思われても仕方がないか。

「ボクの護衛までするなんて大変だね」

「そりゃ、あのお嬢ちゃんの仲間だしな、お嬢ちゃんに何かあったら悲しむだろう」

「ボクは無茶しないよ」

 どちらかと言えば意識散漫なキャロのお守り担当だ。キャロは集中したかと思ったら次には別のことに意識を向けるからな。困ったもんだよ。

「そうだな。で、何しに行くんだ?」

「ちょっと運動。最近、食べすぎたから」

「それは羨ましいもんだ。キャロルのお嬢ちゃんが作る料理は美味いからな……」

 忘れそうになるけど、ボクたちは恵まれている。キャロと出会うまでかあ様の料理が一番だと思ってた。でも、キャロが作る料理はそれの数十倍美味しいのだ。あれを知ったら前の食事になんか戻れないよ。

 でも、さすがにキャロの料理に慣れてばかりでは舌が肥えてしまう。いざってとき、普通のものが食べられなくなる。たまには粗食にも慣れておかないと。

「それならボクが持っているものを出すよ。サナリクスはボクらのこと見てたんでしょ」

「それもバレてたか」

「サナリクスなら無闇にしゃべらないからね。バレたところで困らない」

 ボクらのことをしゃべることは魔法の鞄のこともバレる可能性も出てくる。この人らならしゃべることはないはずだ。

「……おれたちが思う以上にしっかりしているお嬢ちゃんだ……」

「まあ、あの子と一緒にいる子だしね。当然と言えば当然か」

「ボクはキャロみたいに頭はよくないよ」

「お嬢ちゃんほ直感力がずば抜けてんだろうな。おれたちの尾行にも気が付いてんだからな」

 まあ、確かに勘はいいほうだ。それしか取り柄がないってことだけど。

「暇なら付き合ってよ。獲物の解体とか手伝って欲しいから。報酬はキャロの作った料理を出すよ」

「やっぱりあの鞄はお嬢ちゃんが作ったんだな?」

「偶然だったみたい。今はもうちょっと優秀な鞄を作れるようになった」

 背負ったリュックサックを見せた。

「たくさん入るの?」

「前の倍は入る。欲しいなら売るよってキャロが言ってた」

 どうせバレるだろうから教えても構わないと言われている。サナリクスとは仲良くなっておくべきだからって言ってた。優秀な商人、優秀な冒険者との伝手はボクらの後ろ盾になるからって。

「本当か!?」

「うん。魔法の鞄を売ったときと同じでいいってさ」

 キャロの魔法には熟練度みたいなものがあるのか、 作れば作るほど魔力消費量が減っているみたいだった。

「これと同じものが人数分ある。キャロが持ってるからいつでも言って」

 ボクは管理するの面倒だから食料しか入れてないのです。

「あのお嬢ちゃんは、本当に見た目とおりの年齢なのか?」

「見た目とおりの年齢だよ」

 ときどきボクより年上なんじゃないかと思うときもあるけど、興味を持っているときは小さな子供みたいだ。まあ、変わったヤツなのは間違いないけど。

「あとで背負い鞄を見せてくれるか?」

「いいよ。説明するのも面倒だし」

 ボクのリュックサックはそう難しい作りにはなっていない。適当に入れて欲しいものを出せる作りになっているだけだ。

「助かる」

「ティナ。獲物は何でもいいのかい?」

「特には決めてない」

「じゃあ、あれにしよう」

 ナルティアが空に向けて指を差した。

「鳥?」

「モリガルって渡り鳥さ。冬から逃げて来て今は肥えている時期なんだよ。太ったのが美味いらしい」

 それは魅力的な鳥だこと。って、体を動かすために来たのに食べることばかり考えが行ってんな。

「キャロに料理してもらおう」

 鳥料理のレパートリーはたくさん持っている。いいのを狩るとしよう。フフ。
 狩りに出たティナが四日後に帰って来た。サナリスクの面々を連れて。

 わたしたちを陰ながら護衛していてくれたから一緒に帰って来ても不思議じゃないんだけど、何で獣人の女の子を連れて来たのよ?

 てか、この世界に猫耳獣人がいたのね。まんま、猫耳に尻尾が付いているわ……。

「プランガル王国から来たのでしょう」

 と教えてくれたのはクルスさんだ。

「プランガル王国ですか?」

「わたしは行ったことがないので聞いた話なのですが、大陸の奥にあり、大きな湖を持つ獣人の王国だそうですよ」

 へー。大陸とわかるくらいには天文学? 地学? は進んでいるんだ。元の世界じゃ地平は平面とか信じられていた時代があったのにね。

「獣人の国ですか。見てみたいものです」

 わたしは猫派でも犬派でもない。長い病院生活で動物を愛でる気持ちは生まれなかった。ただ、不思議な生き物がいる王国ってのは興味があるわ。獣人なんてファンタジーじゃない。

 いや、そこにしゃべる猫っていうファンタジーがいるじゃん! とかの突っ込みは受け付けませんのであしからず。

「で、何で連れて来たの?」

 仮にこの子が助けを求めて来たとして、命を助けたことで達成されたんじゃないの? あとは警察……はないか。伯爵様に任せたらいいんじゃないの? ここの問題はカルブラ伯爵様の問題でしょう。

「キャロにどうしようか聞こうと思って連れて来た」

 わたしたち、お世話になっている身よ。クルスさんの許可は得るべきでしょう。

「クルスさん。申し訳ありません。この子を泊めてもいいですか? 費用は出しますので」

 わたしも鬼や悪魔じゃない。放り出すなんてことは出来ない。獣人の子と繋がりが出来るのなら費用を出すくらいおしくはないわ。プランガル王国のことを聞けるんだからね。

「構いませんよ。キャロルさんに考えがあるようなで」

「そこまで深い考えはありませんよ。ただ、プランガル王国の情報や獣人のことに興味が出ただけです」

「キャロルさんらしいですね。情報収集を大切にするのは。纏めたらわたしにも読ませてください。プランガル王国の情報はあまりないので」

 バイバナル商会としてもプランガル王国のことは知らないんだ。交易はしてないのかな?

「あ、これを機会に魔法医って呼べますかね? 回復魔法を見てみたいんですよ。もしかしたら転写出来るかもしれないので」

 見なくても治癒力上昇の付与は出来るかもだけど、転写って形にしている以上、一度は見ておかないとね。

「そうですね。普段は予約が必要ですが、緊急ということで声を掛けてみましょう。ルーグ。お願いします」

「畏まりました」

 ルーグさんが出て行き、一時間して四十歳くらいの女性と弟子と思われる二十歳くらいの男性を連れて来た。

「ラレア様。お忙しい中、ありがとうごさいます」

「構わないわ。患者が獣人と聞いて興味を持っただけだからね」

 この人も研究者タイプみたいね。

「さっそく診るわ。男は部屋を出て行きなさい」

「わたしが手伝います。ティナ」

 女でよかった。間近で回復魔法を見れるわ。

 一向に目を覚まさない獣人の女の子の毛布を剥がし、服を脱がせた。

 体は人間の女の子とまったく変わらない。わたしくらいの年齢なので胸は小さいけど、痣があちらこちらに。ムチャクチャに走ったんでしょうね。

「人と変わらないのね」

 魔法医のラレアさんもそう見えてわたしと同じことを口にした。

「かなりあちこちに体をぶつけたみたいね。骨に異常はなし。切り傷もないわね」

 手を体に触れているところをみると、魔力を使ったエコーみたいなことが出来るみたいだわ。

 瞼を開いて瞳孔を診たり、手首に触れて脈まで測っている。

「医療技術が高いんですね」

 まさかここまでとは思わなかった。魔法を掛けて終わりだと思っていたわ。

「……あなたは?」

 怪訝な顔でわたしを見た。自己紹介しておけばよかったわね。

「わたしはキャロルです。そっちはティナ。バイバナル商会でお世話になっている冒険者見習いです」

「見習い冒険者がなぜバイバナル商会に世話になっているの?」

「コンミンド伯爵様のところでお嬢様のお友達係をしていました。バイバナル商会はそのときからのお付き合いです」

「貴族なの?」

「いえ、農民の子ですよ。バイバナル商会からは変わった子供と見られていますが」

「……そうね。変わった子供だわ……」

 否定することじゃないけど、そうはっきり言われると悲しくなるわね……。

「なので気にせず治療を進めてください」

 ラレアさんは気を取り直して痣のところに手を当てると、回復魔法を発動させた。

 治癒力を高めるとかじゃなく、ラレアさんの魔法で痣になったところを外部から回復しているわ。

「局所回復も出来るんだ」

 ちゃんと確立された技術があるんだ。これは、固有魔法なのかしら? でもそれだと確立されるの大変よね? てことは、通常魔法で行えるってことかな?

 でも、病気とかには不向きそうね。外傷しか効果がないのかな? 風邪とかに効いたらノーベル賞ものよね。回復魔法、奥が深そうだわ……。
 痣のところに手を当てて回復魔法を施していき、綺麗に治してしまった。

「獣人の体は人より丈夫なんですね」

 悪いと思ったけど、女の子の肌を押すと、思うより弾力があった。わたしの腕なんてぷにぷによ。これで冒険者やれるのか?

「筋肉密度が違うのかな? 折れてないところをみると骨の密度も高いみたいね」

 人間より獣に近いのかな? 爪もなんか尖っているわね。歯もちょっと尖っているわ。

「服の縫い方からして縫製技術も高そうね。生地もかなりいいわ。地位がある子なのかしら?」

 見た目は十二、三歳。汚れているけど、髪の色は金色か。ちゃんと洗ったら輝きそうね。

「キャロ。そのくらいにしたら」

 あ、そうね。好奇心に我を忘れたわ。

 体を拭いてあげ、わたしの替えの下着を着させて毛布を掛けた。

「ラレア様。ありがとうございました」

 わたしがお礼を言う立場でもないけど、この子から情報を得ようとしているのだからわたし預かり、ってことになる。保護者(?)として責任を持ちましょう。

「これが仕事だからね。あなた、どこでそんな知識を得たの?」

「知識?」

「あなたの言動は人体をよく知っている言動だったわ」

「そうなんですか? ごく一般的な知識だと思うんですけど……」

 わたし、何か難しいことやった? 見たまんまのことを述べていただけなんだけど。まあ、病院暮らしが長かっから先生の真似事はしたと思うけどさ。

「そんな一般的な知識を冒険者見習いが知っているわけないでしょう」

 いや~そう言われても~。一般的な知識でしかないしな~。

「……まあ、いいわ。バイバナル商会が預かっている子ですしね」

「後学のために魔法医って固有魔法がないとなれないものなんですか?」

「それなりの素質がないとなれないものだけど、固有魔法がなくてもなれるわよ」

 それに環境も整ってないとダメってことか。まあ、お医者さんもなるまで大変でお金が掛かるようだしね、この時代ならさらになるのは厳しいんでしょうね。

「素質は魔法ってことですか?」

「それは危険な考えるだから止めておきなさい」

 あー。これは魔法がなくても治療が出来ることを上のほうは理解しているってことか。この時代にも利権だなんだとあるものみたいね……。

「ありがとうございます。以後、気を付けます」

 これは忠告だ。目を付けられないようにしないとね。

「……本当に賢い子なのね……」

「まだまだ世間知らずな小娘ですよ。処世術も学ばないとダメだってことがわかりました」

 後ろ盾や伝手だけではなく処世術も必要とか、生きるって大変だわ。まあ、それでも身に付けなければ生きられないのなら身に付けるまでだ。わたしはやりたいことがいっぱいあるんだからね。

「ティナ。クルスさんを呼んで来て。ラレア様。ラレア様のほうからクルスさんに説明をお願いします。看病はわたしがしますので」

 わたしも話を聞きたいところだけど、その場にわたしはいないほうがいいでしょう。きっとわたしのことを話し合うでしょうからね。

「わかったわ。クイス。支度を」

「はい、先生」

 道具や服を片付け始めるお弟子さん。師弟制度なのかしら?

 片付けが終わると二人は出て行き、わたしは飲み水を用意する。

 脱水症状にはなってないみたいだけど、唇はカサカサだ。食べてもいないなら飲んでもいないんでしょうね。

 布に水を含んで唇に当てると、無意識に布を吸い出した。

「体が水を求めていたみたいね」

「そういう知識を見せるから怪訝に思われるのよ」

 ルルがベッドに上がって来て、器用に嘆息した。猫としての構造間違ってない?

「で、あの魔法医を追い出して何するの?」

「追い出したなんて人聞きが悪いわね。わたしは身を引いただけよ」

「悪知恵が働くこと。あんなに素直な子だったのに」

 わたしとあなたは一年とちょっとの付き合いでしょうが。

「回復魔法は見たし、治癒力を高める付与をこの子に掛けてみるわ」

 ただ、転写って建前だから布で作った腕輪を作り、腕につけてあげた。

 治癒力上昇の付与を施し、様子を見る。
 
 唇に濡らした布を当てていると、獣人の女の子が目を覚ました。

 髪と同じ金色の瞳。何か高貴そうな目よね。お姫様ってオチじゃないでしょうね?

 いきなり飛び掛かることはなく、知らない天井に戸惑っているようだった。

「自分の名前は言える?」

 わたしの声に反応してこちらに目を向けた。

「名前、言える?」

 優しい声音でもう一度尋ねた。

「……マ…リカル。マリカル・ルーナイ……」

 名字持ちか。やはりいい家の出っぽいわね。

「マリカルね。わたしはキャロル。あなたを助けた人たちの仲間よ。自分が倒れたときの記憶、ある?」

「……崖から落ちて、誰かに助けられた……」

 崖から落ちたんだ。よく生きてたわね。獣人の肉体、どんだけよ?

「水、飲める?」

 うんと頷いたので、上半身を起こして白湯を飲ませた。

「……ありがとう……」

「どう致しまして。体はどう? 痛いところはある?」

 ううんと首を振った。やはり回復魔法って凄いのね。付与魔法で代用できないかな? いや、怪我や病気にならないようにしたほうが早いか。

「痛くはないけど、凄くダルい」

 回復魔法の影響かしら? 外からのエネルギーで治るってわけでもなささうね。

「もうちょっと休んだら胃に優しいものを入れましょうね。今は白湯を飲んで体を慣れさせましょうか」

 残りの白湯を飲ませたら眠くなったのでしょう。横にさせたらすぐ眠りに付いてしまったわ。
 獣人の女の子が目覚めた。

 お腹に入れたのは白湯だけど、顔に赤みが戻っていた。

 また白湯を一杯飲ませたら麦粥を少しだけ食べさせた。

「足りないでしょうけど、我慢してね。突然胃を動かしたら体に悪いから。ゆっくり馴染ませるほうがいいのよ」

 お腹に入れたら腸が動き出したんでしょう。トイレに行きたくなったようなので付き添いしてトイレに向かった。

「随分綺麗なカホね」

「カホ?」

「出すところ」

 あ、トイレのことね。カホって言うんだ。ちなみにここでは野屋って呼ばれているわ。

「こういうところは綺麗にしないと病気の素になるからね。しっかり掃除しないといけないのよ」

 クルスさんの許可をもらってしっかり掃除して抗菌付与を施したわ。

「マリカル。そこでしっかり手を洗ってね」

 なぜかは訊かないでね。

 部屋に戻り、鍵を閉めてマリカルの体を拭いた。

 新しい下着に着替えさせ、わたしの服を着させた。マリカルが着ていた服は洗濯に出しているのよ。

「今さらだけど、ありがとう」

「気にしなくていいわ。獣人の国、プランガル王国のことを聞きたいから助けたんだから。教えてくれたらここでの生活はわたしが引き受けるわ」

「そんなことでいいの?」

「プランガル王国のことを知っている人がいないからね。そこに住んでいたマリカルの話はとても貴重よ。もちろん、あなたに不利になることは言わなくていいわ。話していいことだけでいいわ」

 まあ、話していいことばかりしゃべっていたらどんな立場か自ずとわかっちゃうけどね。

「まずは体力を戻すことを考えましょう。あ、マリカルって何歳?」

「十三歳よ」

「わたしは十一歳よ。あなたを助けたティナは十二歳ね」

「十一歳なの? 随分と大人びているのね。雰囲気は……」

「そう? 年相応……じゃないわね。まあ、性格がそうさせるんだと思うよ」

 前世の年齢にプラスされるほど生きてないし、前世のわたしとキャロルの性格が合わさったのが原因じゃないかしらね?

「体はどう? 痛いところはある?」

「ないわ。魔法で治してくれたの?」

「ええ。痣はたくさんあったけど、骨が折れてはいなかったみたいよ。丈夫な体よね。獣人って皆そうなの?」

「どうだろう? 丈夫とか考えたことなかったし」

「ちょっと手を握ってみて」

 握ってもらい、少しずつ強く握ってもらったらなかなかのものだった。ティナより握力があるじゃない。

 付与魔法で握力を強化したのに痛みを感じるんだからリンゴくらい潰せそうな握力だわ。てか、リンゴを潰せる握力ってどのくらいなんだろ?

「マリカルは力強いほうなの?」

「普通じゃないかな? わたしはそんなに鍛えているほうじゃないから」

 鍛えてなくてこれな。やはり獣よりな体の構造なのね。

「これだけ力が出せるなら体は大丈夫なようね。治癒力も高いのかもしれないね」

 体重は……また今度でいっか。女性に体重を聞いたら失礼かもしれないしね。

 ぐぅ~。と、マリカルのお腹が鳴った。

「胃も丈夫みたいね」

 顔を赤くするマリカル。お腹を鳴らすと恥ずかしいって感じる羞恥心はあるんだ。やはりいい身分の子かもしれないわね。

「じゃあ、胃に優しいものを食べましょうか」

 野菜スープなら胃に負担を掛けないでしょうよ。

 従業員用の食堂に向かい、料理人のおじちゃんにお願いして野菜スープを出してもらった。

 お皿一杯の野菜スープをあっと言う間に完食。まったく足りてないようだ。

「いつもはどのくらい食べるの?」

「これの倍、くらいかな? でも今はお腹が空いてたまらないわ」

 治癒能力が高いんでしょうね。回復するためにエネルギーを求めているんでしょうよ。

「お腹、痛くない?」

「痛くわないけど、空腹で堪らないわ」

 そう言うので、焼いたモリガルの肉を出したらこれもあっと言う間に完食してしまった。

 ……丈夫な胃みたいね……。

 まだお腹が満ちないようなので、もう一品追加。これも完食したら一旦お腹を休ませた。

「今のでどのくらい満ちたかわかる?」

「全然満ちてない感じ、かな?」

「ここに来るまでちゃんと食事していた?」

「ううん。堅いパンと水で過ごしていたわ」

 ってことは、この状態は痩せている状態か。ただ、細身ってわけじゃないのね。脂肪を燃やして生きてたのかな?

「胃はどう? ピリピリした痛みや引っ張られるような痛みもない?」

「ないわ。ただ、お腹が空いた状態だわ」

 その言いようからしてお腹が空いた暮らしをしたことない感じね。今回初めて空腹を経験した感じか。

「……ごめんなさい。こんなに食べてしまって……」

 しゅんとしてしまった。

「気にしなくていいわ。獣人のことがわかってきたしね。胃が大丈夫なら満腹するまで食べてみましょうか。ただ、ゆっくり噛んで食べてね。消化が悪いと治りも悪くなるからね」

 わたしも手伝って料理をしてマリカルに出してあげた。

 それでもティナがお腹を空かしているときくらいかしら? 食べる量は人とそう違いはないのかもしれないわね。

 お腹を満たしたマリカルは、回復するために眠くなったようだ。

「ゆっくり眠って回復させなさい」

 ベッドに入らせると、おやすみ三秒で眠りについてしまった。これなら明日には完治してそうだわ。
 獣人の治癒力恐るべし。三日もしないで減った体重が元どおり。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ。

「……獣人って凄いわね……」

 この世界で最強生物なんじゃね? 

「わたしの服じゃ着れなくなったわね。ティナの服でもダメそうね」

 どんだけボンキュッボンになるんだか。逆に獣人としての能力を阻害しているんじゃない? わたしもその半分は欲しいものだわ。

 なぜかまったく育たない胸部装甲。前世もなかったけど、まさかキャロルに生まれても薄装甲とはね。一度はバインバインを経験してみたいものだわ。

 ってことはどうでもいいのよ。今はマリカルの服だわ。

「クルスさん。カルブラにルクゼック商会ってあります?」

 確かレンラさんがバイバナル商会でも無下には出来ないって言ってた。なら、カルブラ伯爵領にもあるはずだ。

「はい。ありますよ。どうしました?」

「コンミンド伯爵領のルガリアさんか針師のロコルさんの名前で呼べませんかね? ちょっと協力を得たいんですよ」

「わかりました。声を掛けてみましょう」

 さすがクルスさん。すぐに行動してくれた。

 十時くらいにお願いしたのに、昼過ぎにはルクゼック商会の支部長さんと針師さんがやって来た。

 ……行動力、鬼早いな……。

「支部長のナグルカと針師のルーランです」

「お越しいただいてありがとうございます。コンミンド伯爵領のキャロルと申します」

 てか、なぜ支部長さんまで? いや、最高位の針師を呼び付けるのもどうかまと思うけどさ。

「いえ。コンミンド支部からはキャロルさんのことは聞いております。染物では大変お世話になりました」

 染物? 

「染物でそんな儲けられるものなのですか?」

 別にこの世界にもある色を再現しただけなんだけど。

「新しい色を出すのはとても大変なものです。しかも、簡単なもので色を出すなど新発見です。ルクゼック商会に無償で譲渡していただけるなどあり得ないこと。そのお礼を少しでも返せるのなら喜ばしいことです」

 クルスさんを見ると、何だか仕方がないって顔をしている。それは許諾って意味だろうか? いや、許容かな?

「じゃあ、針師のルーランさんにお力を借りたいのですがいいでしょうか? あと、布も用意していただけると助かります」

「そんなことでしたら喜んで。ルーラン。キャロルさんの力となってあげなさい」

「わかりました」

「じゃあ、ルーランさん。部屋に来てもらえますか? 獣人の女の子の服を作りたいのでご教授ください」

 女の子の服を作るので男性はご遠慮いただく。

「ルーランさん、本当にありがとうございます。針師のような方にわざわざ来ていただいて」

「いえ、あなたには会いたかったから構わないわ。ロコルさんはわたしの師匠でもあるの。あの人が認めた女の子がどんなか知りたかったのよ」

 ロコルさんは四十過ぎで、ルーランさんは三十半ばに見える。ロコルさん、わたしが考えるより優秀で偉大な針師みたいね。

「ルーランさんも固有魔法をお持ちなので?」

「わたしは持ってないわ。ただ手先が器用なだけよ」

 それで針師になるんだからルーランさんも優秀のようね。

「わたしも手先が器用なだけなので、特別な上手いってことはありませんからね。自分では一から作るのは時間が掛かるから助けを求めたんです」

 すぐに必要なもの。わたしが作っていたんじゃ一週間くらい掛かっちゃうわ。

「どういったものを作るか考えているの?」

「これです」

 紙に描いた服のデザインを見せた。

「随分と精巧な絵ね。あなたが描いたの?」

「わたしの固有魔法を応用した技ですね。見たことのあるものと想像したものを合わせて描くんです」

 試しに描いてみせた。

「……凄いわね……」

「まあ、ここまで精巧なものを描かなくてもおおよそで構わないと思います。作るときの大まかな想像図ですから」

 イメージとおり作れるわけでもなし。作っている間に変わってくるものよ。

「ロコルさんから基礎は教わりましたが、わたし、胸は平らなのでブラジャーを作るの下手なんですよね」

「わたしとしてはブラジャーが画期的だったわ。あんな風に胸を覆う下着があるものなね」

 この世界の女性はコルセットのようなカリーってもので胸を支えている。けど、大きい胸の人は結構痛いみたい。

 ……この世界の女性、大きい人ばかりなのよね。わたしはちっとも成長しないのに。おっぱいはミステリーね……。

「マリカル。ちょっとこっちに来て。ルーランさん。胸を測る方法ってありますか? ロコルさんは見ただけで把握してましたが」

 あの人、測るってことしなかった。見ただけでぴったりのものを作っていたっけ。

「そうね。見て理解するのが一人前だからね」

「物を測るものってないんですか?」

 職人さんも定規とか持ってなかったけど。この世界の人は目算能力に長けてんのか?

「ないこともないけど、あまり使わないわね。測るのは見習いのときくらいだわ」

 マジか。この世界の人、スゲーな! 目算能力、もう超能力じゃない。

「ルーランさん。ちょっとご協力お願いします」

 目算能力が凄いならそれを利用させてもらいましょう。
 さすが目算能力。かなり正確と思われる定規とメジャーが出来たわ。

「クルスさん。鍛冶屋さんを紹介してください」

「今度はどんなことを思い付いたのです?」

「長さの規格を作りたいだけです」

「長さの規格?」

 ルーランさんの協力を得て作った定規とメジャーを見せた。

「わたしは目算能力が低いですし、極めるつもりもありませんので、長さの規格を決めたんです。これなら書いて残せますし、他の者にも長さを教えられますからね」

 大体に長さはわかるとしても他の人と同じとは限らない。長さを決めておけば間違いはないでしょうよ。

「これをどうするかはバイバナル商会にお任せします。他のところと兼ね合いもあるでしょうからね」

 服飾系のギルドがあるみたいだから定規は嫌われるかもしれない。わたしが欲しいだけなのであとのことはバイバナル商会が決めたらいいわ。

「……わかりました。こちらで対処しておきましょう。鍛冶職人はすぐ用意致しましょう」

 その言葉とおり、次の日には職人さんを紹介してくれ、馬車で工房まで連れてってくれたわ。

「工房長のマルグレンさんです」

 連れてきてくれたのはルーグさん。どうも外に行くときの担当になったみたいよ。

 通されたところは工房の一室で、わたし、ルーグさん、そして、工房長のマルグレンさんの三人だけ。そこまで重要なことなの?

「初めまして。キャロルと申します」

「随分と礼儀正しいお嬢ちゃんだな」

「コンミンド伯爵領でご令嬢のお友達を経験した子ですので」

「なるほど。バイバナル商会の秘蔵っ子ってわけかい」

「はい。バイバナル商会が後ろ盾となっています。クルスからも粗相がなないようにと厳命されています」

 マルグレンさんへの警告、かな? そうだったら物騒なことよね。張本人が言うなって話だけど。

「また面倒なことを持ち込んでくれるな」

「また?」

「キャロルさんが考えた金具なんかはここで作っているんです」

 それはまたご苦労様です。そして、ご迷惑お掛けします。

「で、今日はなんだい? 重要な話があるとか手紙には書いてあったが」

「これです」

 と、定規を渡した。

「ロコックか」

「ロコック?」

「物を測る道具のことだ――が、これは凄いな。明確な考えがあって深い理があるように見える。これはお嬢ちゃんが考えたのか?」

 そんな理あったか? 当たり前にあるようなものだったからその価値を知らないってことなんだろうか?

「針師の方にいろいろやってもらって導き出しただけなんですがね」

 他に上手いことも言えないのでそう言っておく。

「金属盤に刻んで欲しいんですよ。それを基準にしたいので」

「金属は伸縮するぞ」

「そこはわたしの固有魔法で暑さや寒さに左右されないようにしますし、わたしが使えればいいんだから問題ありません。そもそも規格なんてよく使う人が決めたらいいんです。わたしに合わせることはありませんよ」

 わたしが使えたらいいのだから、他がどう変えようと気にしないわ。

「四つ、お願いします。二つはバイバナル商会に。残りはわたしが使いますんで」

「これ、弟子に見せてもいいか? 数字に強いヤツがいるんだよ」

 ルーグさんを見る。わたしはどちらでも構わないので。

「秘密は守ってもらいますよ」

「当然だ。漏れたらおれが始末を付ける」

 どう始末を付けるかは聞かないでおく。わたしの平穏のために。

 で、連れて来られたのは十六、七の男の人だ。職人より商人になったほうがいいような見た目だった。

「これを見ろ」

 定規を持つと目を大きくさせた。

「……美しい……」

 はあ? 美しい? 何が? どこが? 意味不明なんですけど!

 ルーグさんを見ると、ルーグさんもよくわからない顔をしていた。だよね~。

「よく出来ているだろう。それを作ったのはそこのお嬢ちゃんだ」

 わたしを見てさらに驚くお弟子さん。わたし、何かやっちゃいました?

「き、君は数学者なのか?」

 この時代にも数字を研究する人いるんだ。まあ、元の世界でも紀元前からいたんだから不思議じゃないか。どうやって生計を立てているかは想像出来ないけど。

「そこそこ計算は出来ますけど、円の面積を求めろとかは無理ですよ」

 底辺×高さ÷2は知っているわよ。

「円の面積を出せるのか?」

「出せるんじゃないですか? 三角形の面積は出せるんですから」

 わたしは小学四年生か五年生までしかない。ただ、すべてが解けるとは言わないでおくわ。

「あ、角度を測るのも必要だった」

 木工品を作っているとき角度を知りたいと思ってたんだっけ。職人さんに任せていたから忘れていたわ。

「円は何度だ?」

「何度? 三百六十度、ですか?」

 人生百八十度変わったって聞くから足して三百六十度になるんじゃない?

「そこまで知っているのか!?」

 はぁ。知っていると驚きになるのか?

「どこで学んだんだ?」

「お城、ですかね。計算を習ったのは」

 別にウソは言ってない。足し算と引き算は習ったからね。

「……こんな小さい子が……」

 何か話が進まないな~。

「もし可能ならこういうのも作ってください」

 話を進めるために木で作ったコンパス(円を描くヤツね)を出した。
 この世界というか、この時代というか、感覚に頼りすぎじゃない? まあ、それはそれで凄いことだし、職人としては間違ってないとは思う。けど、そこに辿り着けるの何人よ? 一握りの人材に任せていたら技術は発展しないんじゃないの?

 ってまあ、元の世界の技術まで持ち上げたいわけでもなし。わたしが暮らしやすく、わたしが使えればそれでいい。ここで潰されても、さらに伸ばそうとも好きにしたらいい。判断はバイバナル商会に丸投げです。

「あの、鉄板って、どこまで薄くできます。もちろん、それなりの強度がないと困りますが。あと、針ってここでも作れますか?」

 せっかく来たので金具関係のことは尋ねておくとしよう。

「また、仕事を増やす気か?」

「いえ、どこまで出来るか知っておきたいだけです。作るなら他でお願いしますんで」

 手工業だもんね。あれもこれもは無理だとわかりますよ。

「……強度がどれだけのもんかわからんが、やろうとおもえば紙くらいまで薄くは出来る。針は細工師の領分だな」

「手で薄くするんですか? それとも水の力を使ってですか?」

「手だな。水車は金が掛かるし、場所が限られてくる」

 水車を利用した技術はあるわけだ。普及はしてないだけで。

「今、薄い鉄板なんてあります? あればもらえる助かります」

 細工師さんなら作れるかもしれないし。材料だけもらっておきましょうかね。

「何を作ろうとしているのですか?」

「髪留めとピン留めです」

 パッチン留めと安全ピンね。何気ないものだけど、それらがない世界だと不便で仕方がないわ。ないときってどうやったらたんだろうね?

「これは、ルクゼック商会の分野ですかね?」

 髪留めは違うとしても安全ピンはルクゼック商会のほうがいいかも。ブラのワイヤー、ルクゼック商会から仕入れているし。

「取り上げ、どういうものか教えてもらえますか?」

 紙をもらい、パッチン留めと安全ピンの図を描いてみた。

「儲けにならないと思うのでわたしがやりますよ」

 そもそも大金を生むようなもの世に出してない。パッチン留めも安全ピンも儲けにならないでしょうよ。

「いえ、キャロルさんの考案したものならバイバナル商会が預かります」

「そうですか? まあ、髪留めなら女性相手に流行るでしょうし、がんばってください」

「流行るのですか?」

「流行ると断言出来ますね。男の方にはわからないと思いますが」

 わたしもそれほど女歴が長いわけじゃないけど、おしゃれはしたいものだ。髪留めなんて格好のおしゃれアイテムだわ。

「……キャロルさんがそう断言するなら本当なんでしょうね……」

「確かめたいのならルクゼック商会に任せるといいですよ」

 髪にティナの似顔絵を描き、おしゃれな髪留めを足した。

「これを見せて動かないようなら向いてないんでしょうね」

 さすがに女失格は言いすぎだろうからそう言っておく。

 鉄板をもらい、あとは工房に任せて帰ることにした。お弟子さんには引き止められたけど。

「随分と掛かったね?」

「また仕事を増やしてたんだろう」

 お店に着いたときはすっかり暗くなっており、留守番していたマリカルに心配され、真実を見抜いたティナに呆れられてしまった。

「欲しいものがたくさんあるのが悪いのよ」

 変に前世の記憶があるからこの世界を不便に感じてしまう。手間も楽しいにもほどがあるのよ。パンが食べたいからって種蒔きからしてられないでしょう? それと同じよ。

「マリカル、ごめんね。服を作るのが遅くなっちゃって」

「キャロは拘りすぎ」

「こればかりは性格だから仕方がないわ」

 前世のわたしはそこまで拘りがあったわけじゃない。両親から受け継いだ性格なんでしょうね。お母ちゃんも拘り屋だから。

「マリカル、もうちょっと我慢してね。最高の服を作るから」

「いや、そこまでしてくれなくてもいいのよ? そんなにしてもらっても何も返せないから」

「大丈夫大丈夫。これはわたしが好きでやっていることでもあるからね」

 冒険は? とかは訊かないで。出来るようになったらやりますんで。

「そう言えば、マリカルがここに来た理由、聞いてなかったけど、言えること? 言えないのならこれ以上訊かないけど」

 今さらかい! とか突っ込まれそうだけど、今さらなので仕方がありません。突っ込みどうぞ。

「聖女を捜しに来たの」

「聖女? 聖なる女って書いて聖女と読む的な?」

「ま、まあ、そんな感じね。プランガル王国に渦という厄災が起きると予言がされたの。わたしは聖女を見付けるために旅に出たの」

「聖女はともかく、そういうのは大人の仕事じゃない? マリカルが捜す特別な理由があるの?」

 まさかプランガル王国の王女様とか?

「わたしは占い師の家系で、わたしは探し物を見付けることが出来る特殊能力を持っているのよ」

 占い師? 特殊能力? わたしみたいな固有魔法ってこと?

「ここに聖女がいるの?」

「ううん。ただグルークスが西を指したから西を目指しているの」

 ダウジング? みたいな鎖に水晶が付いたものを出した。そんなものどこに隠していたの? 具現化系? 眼が赤くなっちゃう系? ジャンル変更なの?
 聖女探索はプランガル王国の命であり、マリカルみたいな特殊能力者が国外に出されたそうだ。

 深刻ではあるが、まだ十三歳のマリカルにはそこまで期待はしてないみたい。本隊はいて、マリカルたちのような者は万が一の場合に備えての要員みたい。

「万が一って?」

「わからないわ。ただ、聖女は突然現れるときもあるんだって」

 自然発生するのか、聖女って? 何か隠しているわね、プランガル王国は。

 まあ、わたしには関係ないこと。まずはマリカルの服を完成させて、プランガル王国の情報をいただくとしましょうかね。

 ルーランさんのお力によりマリカルの服は完成。なかなかいい出来で、ルクゼック商会で飾るらしいわ。

「店先にガラスの部屋を造って飾るといいかもですね。いい宣伝になるんじゃないですか?」

 ネットで見るんじゃなく、デパートとかでウィンドショッピングをやってみたかったわ。まあ、今のわたしでは見るより作っちゃうかもだけど。

「ガラスの部屋に飾る、ですか」

「まあ、ガラスは高いし脆いから店内で人形に着せるでもいいかもしれませんね。目で見たほうが自分が着ている想像がしやすいでしょうからね」

 マネキンってまだ発明されてないのかしら? 武器屋で木を組み合わせて防具とか飾ってたのにね。

「……人形に着させるか……」

 イメージが出来たみたいで考えに入ってしまったわ。

「ティナ。マリカルを連れて町中を歩いてきてよ。どこの服と訊かれたらルクゼック商会だって答えておいて」

 一番の宣伝は着ているところを見せること。町を歩いて見せてきてちょうだいな。

「キャロは?」

「わたしはまだ作りたいものがあるから」

 ルーランさんが持って来てくれた布がまだあるので家で着る用のワンピースを作ろうとしましょう。

「ルーランさん。ありがとうございました。思ったより早く作れました。またカルズラに来たらよろしくお願いしますね」

「もう帰るの?」

「はい。そろそろ帰ろうと思います」

 お使いクエストはとっくに終わっている。長々とお世話になりすぎたわ。そろそろ帰るとしましょうかね。次は討伐依頼とか受けてみたいわね。まあ、そうそうないものだけど。 

「……そう。残念だわ。まだあなたから学びたかったのに……」

「わたしこそルーランさんからたくさん学ばさせてもらいました」

 針師となると国宝級の技になるから見本とはならなかったけど、発想や改善はとてもためになったわ。やはり本職は凄いわ。

「あ、男性服も作りたいので、もうちょっとご協力をお願いできますか? たくさんお世話になったので、クルスさんとルーグさんに贈りたいんです。あ、わたしのお金から出しますね」
 
 手持ちのお金をルーランさんに渡した。

 バイバナル商会に預けているお金から出るとは言え、それではプレゼントにはならない。手持ちから出すとしましょう。

「いえ、資金はルクゼック商会で出させて。服はあなたからの贈り物としていいから」

「それだとわたしからの贈り物にならないのでは?」

 結局、ルクゼック商会の商品になるんじゃない? いや、ルクゼック商会で売り出すのは好きにしていいんだけどさ。

「心が籠っていれば問題ないわ」

 ま、まあ、確かにそうだけど、そんなんでいいんか?

「それに、キャロルさんが考えてキャロルさんが作るのだからさらに問題はないわ」

 うん、まあ、そういうことにして作るとしましょうか。

 規格を作ろうとしていてなんだけど、ルーランさんの目算能力はありがたいわ。わざわざ二人を読んで寸法を測ることもしなくていいんだからね。びっくりプレゼント作戦が出来るわ。

「それで、どんな服を作るの?」

 これですと、この時代に合う感じの背広を描いてみた。

「コルディアム風ね」

「コルディアム風?」

「コルディアム・ライダルス王国の貴族が似たような服を着ている」

 もしかして、転生者かもしれない人の国かしら?

「この国では流行ってないんですか?」

「貴族の間では着ているって話は聞くけど、ルクゼック商会は庶民向けだからウワサ程度にしか入って来ないの」

 住み分けかな?

「じゃあ、庶民向けに作りますか。貴族みたいにたくさんお金が使えるわけじゃないですからね」 

「それならルクゼック商会の工房に移らない? さすがにここでは限界があるわ。ルクスさんにはわたしたちのほうで説得するわ。もちろん、あなたに迷惑をかけないと約束するから」

 確かにここでは狭すぎるか。

「そうですか。ではお願いします」

 任せてと、即行動に移すルーランさん。支部長のナグルカも来てルクスさんの承諾をもぎ取っていたわ。

「ティナは、マリカルからプランガル王国のことを聞いて書き写していて」

「ボク、字、苦手」

「なら、練習よ。文字はこれから先使うものなんだから」

 ティナな感覚派だけど、頭は悪くない。ちゃんと学べば人並み以上に出来る子なのよ。

「毎日ルーグを向かわせますので、何かあれば遠慮なく言ってください」

 わたしを捕られないようの措置なんでしょうね。

「なら、焼き菓子を持って来てください。頭使うと甘いものが欲しくなるので」

 それなら毎日来る名目にもなるでしょうよ。

「わかりました。朝と夕に持って行かせます」

「はい。よろしくお願いします」

 ってことで、ルクゼック商会の工房に場所を移した。
 ルクゼック商会は服を扱っているだけあって工房は想像以上に大きくて、針子さんも十人も抱えていた。

 ルーランさんの他に針師がいて三つのチームに分かれているみたい。

 今回はルーランさんのチームについてもらい、背広作りを開始した──けど、他のチームも声をかけてくるのでなんだかわたしがチームリーダーっぽくなり、あっちのチーム、こっちのチームと、背広にとりかかる暇がない。わたし、何しにここに来たんだ?

 何て考えている暇もなく、デザインを描いてはそれを形にしていく各チーム。ちょっと休ませていただけませんでしょうか。もう限界です……。

 限界を何度か突破し、気絶するように眠ること十数日。わたし、何してんだろうと自問自答するようになってきた。

 それでも背広は完成。やっと服作りから解放された。

「……痩せたね……」

 久しぶりにわたしを見たティナが呆れていた。

 食事は三食いただいていたけど、それ以上に消費が激しく働いていた。やはり働きすぎってダメなのね。せっかく得た命、大事に使わないといけないわね。 

「ま、まーね。もう何もしたくない。帰りは馬車で帰りたいわ」

「だろうと思って馬車で迎えに来たよ」

「ティナ、ナイス」

 こういう気遣いが出来る子なのよね。

 ルーランさんや弟子の針子さんたちと馬車に乗り込み、バイバナル商会へとレッツらゴー。久しぶりに帰って来た。

「……随分と掛かりましたね……」

「ええ。帰る機会を失いました」

 とりあえずお風呂に入って何も考えず眠りたいが、まずはルクスさんとルーグさんに背広をプレゼントした。

「わたしたちに、ですか?」

「はい。お世話になりましたのでそのお礼です。普段着なので使い潰してくれて構いません」

 ルクスさんやルーグさんは肉体労働はしていないけど、毎日着ていれば肘や膝など磨り減るもの。気に入ったのならルクゼック商会に発注してください。

 二人に着てもらい、ルーランさんに細かいところを直してをしてもらった。

「どうです?」

「……ぴったりです……」

 それはよかった。お休みなさい。

 ………………。

 …………。

 ……。

 で、気持ちよく目覚めました。

「睡眠は大事って学べた時間だったわね」

 苦労に見合うかはわからないけど、これからは睡眠はちゃんととることにしましょう。

 何だかやりきったことで消失感が半端ないわね。生き急ぎすぎると早死にしそうだわ。

 今生は楽しむと決めたけど、もっと健康に気を使って長生きしたいものだ。

「おはようございます」

 ベッドで惰眠を貪ろうとしたけど、キャロルの性格がそうさせてくれず、早々に出て店に向かった。

 ルクスさんは背広を着ており、いつものようにサービスカウンター的なところで書き物をしていた。

「おはようございます。よく眠れたようですね」

「はい。ぐっすり眠れました。背広、よく似合ってますね」

 西洋風の顔立ちで、背も高くスタイルもいいから背広がよく似合っている。

「でも、髪型はもうちょっと整えたほうがいいかもですね。ルクスさんは長いより短いほうがカッコいいと思いますよ」

 そう言えば、ルクスさんって結婚しているのかしら? いつもお店にいる感じだけど。

「帰ったら散髪用のハサミ、作ってもらおうかしら?」

 ハサミはあるけど、散髪はナイフで切っているのよね。付与魔法でよく切れるようにしてたから気にもしなかったわ。

「……少し、人生の歩みを遅くしては如何ですか……?」

 あ、そうだった。ついさっきそう考えていたじゃない。キャロルの性格、社畜体質?

「あ、キャロルさん。背広、とても心地よいですよ」

 ルーグさんがやって来た。その顔はニッコニコ。背広を気に入っていることがよくわかった。

「それはよかったです。カルブラに来てからお二人には何かとお世話になりましたからね。帰る前にお礼がしたかったんです」

「帰るのですか?」

「はい。冒険者としての訓練もしたいですから」

 体力を付けたり技術を身に付けたりするために実家を出たのにね。やっていることはクラフトライフだわ。

「そうですね。少し、落ち着いたほうがいいでしょう。キャロルさんが動くと忙しくなりますからね」 

 はい、まったくそのとおりでございます。

「あ、でも、帰りは馬車を用意してもらえます? 荷物がたくさんあるんで」

 さすがに鞄に入れてたらアイテムバッグ化出来ることがバレてしまう。ここは荷物を抱えて帰ることにしましょう。わたしたちを護衛してくれているサナリクスの面々と一緒にね。

「わかりました。いい馬車をご用意しましょう。何か必要なものがあるなら遠慮なく言ってください。すぐに用意しますので」

「それなら麦酒を樽でもらえますか? ちょっと蒸留酒作りに挑戦したいので」

 この時代にも蒸留酒はあるらしいけど、極秘扱いされているみたいよ。市場にも滅多に出て来ないんだってさ。

「お酒に興味がおありですか?」

「いえ、傷口を綺麗にするための薬として使おうかと思って」

「薬、ですか?」

「傷口から悪いものが入ると肉が腐るって話、聞いたことありますか?」

「ええ、まあ」

「そんなとき傷口を洗うために蒸留酒が効果的なんです。怪我したときのために作っておきたいんです」

 回復魔法を使うにしてもバイ菌が付いたままで回復させたら大変でしょうからね。

「完成したらからならずマルケルに報告してくださいね。あと、そのことは口にしないように」

「え? あ、はい。わかりました」

 ないものを作り出すのって本当に面倒よね。バイバナル商会がバックにいてくれて本当によかったわ。