この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

「ねぇ。気のせいかな? わたしたち、付けられてない?」

 完全にグルメ旅になっていると、なんだか誰かに見られている気配を感じたのだ。

 最初は気のせいかと思ったんだけど、わたしの仕掛けた付与魔法に後を付いて来る者に引っ掛かった。これ、わたしたちの後を付いて来ているわ。

「ん? 付けられてるよ」

 ティナに尋ねたらあっさり答えられてしまった。はぁ!?

「サナリスクの……なんだっけ? 今はエルフの男がボクたちを見張っているよ」

「今は?」

「コンミンドを出てからずっと、いや、ボクらがルルに乗ってからははぐれて、カルブラに入ってからはずっとだね」

「早く言いなさいよ、そーゆーことは!」

 わたしたちのコミュニケーション、そんなに悪かった?

「黙ってろって言われてた。キャロに心配掛けるからって」

 ……わたしたち、護衛されて旅をしてたのね……。

「まあ、バイバナル商会としてもキャロたちに何かあったら困るからね。信用の置けるサナリスクにお願いしたんでしょ」

「ルルの秘密がバレたかもしれないのよ」

「キャロとの関係を大事にしたいんならしゃべらないわよ。仮にバラされたところで構わないわ。キャロから身の守り方を教わったからね」

 ルルは基本、のんびり美味しいものを食べられたらいい猫……いや、猫だからいいのか。それでもルルは狙われたら困るので、能力を活かした身の守り方を教えたのよ。その力はわたしたちのためにもなるからね。

「はぁー。仕方がないわね」

 わたしたちはまだ見習い冒険者であり、こうして旅が出来る年齢でもなければ実力があるわけじゃない。保護者がいないとさせてくれないでしょうよ……。

「で、どうするの?」

「どうもしないわ。バレたらサナリスクに迷惑が係るしね。このまま続けるわ」

 初めてのお使いか! とは思わなくないけど、初めての旅なんだから仕方がない。なら、遠慮なく続けることにしましょうか。

 てか、わたしたち、食べ歩きしかしてないわよね。もちろん、価格調査や町の様子を記しているけど、なんかこう冒険者らしいことしているかって言えばまったくしてないわよね……。

 安全に行動することは大事だけど、それなら堅実に商人を目指すなり町での仕事を探せって話よね。

 でも、わたしたちは冒険者としていろんな場所に行きたい。なら、経験は大事だ。命を懸けたことで得られる力はあるものだ。

「この世界、竜や魔王とかいないのかしら?」

「何物騒なこと言ってるのよ。どちらも関わり合わないほうがいいに決まっているでしょうが」

「え? 竜や魔王っているの?」

「いるわよ。ただ、一介の冒険者には関わりのないことよ」

 ……マ、マジか。竜や魔王がいる世界なんだ……。

「竜は見てみたいかも」

「それなら亜竜で我慢しておきなさい。旅を続けていたら見られるから」

「そう簡単に見られるものなの?」

「亜竜なら見られるわよ。ただ、キャロが想像しているものではないと思うけど、竜は竜よ」

 そう言われると気になるわね。どんなんかしら?

「キャロ、果物が売ってる」

 ティナに引っ張られて妄想の世界から現実の世界に戻されてしまった。

「春に果物なんて生るの?」

 ないってわけではないでしょうが、わたしは見たことがないわ。どんなものかと見ると、リンゴサイズのカボチャだった。果物?

「バルボナね」

「バルボナ?」

「春に生る野菜だか果物だかわからないものね。外は固いけど、中身は柔らかくて甘酸っぱいって感じかしら。お城にはなかなか上がらないものだからどんな味だったか曖昧だけどね」

「ボクも数回しか食べたことないけど、美味しかった記憶はある」

 さすが異世界。たまにファンタジーなものがあるわよね。

「一個銅貨二枚か。なかなかの値段ね」

「それだけ美味いってことさ。買って行かないかい?」

 露店のおばちゃんが勧めてくるので、とりあえず三個買ってみた。どうやって食べんの、これ?

「このヘタをくり貫いてやると簡単に割れるよ」

 おばちゃんがやってみると、パキンって簡単に割れてしまった。謎の構造ね。

 わたしもやってみると、ちょっと力はいったもののちゃんと半分に割れてくれた。

「中は赤いんだ」

 果物をそう食べてないから何の匂いに近いかわからないけど、確かに甘酸っぱい匂いがした。

 種があるのでちょっと食べ難い。が、味はよかった。元の世界でも人気になるんじゃないかしら? 自然で出せる甘さなの?

「銅貨二枚でも安い美味しさですね」

「それは嬉しいね。春にしかならないからたくさん食べておくんだね」

 そう言われたら惜しくなるじゃない。

「おばちゃん。バイバナル商会って知ってる?」

「そりゃ知ってるよ。有名な商会だからね」

「今、これだけしかないからここにあるものしか買えないけど、もしもっと売りたいってんならバイバナル商会に持って来て。キャロルにお願いされたって話を通しておくからさ」

 おばちゃんに銀貨三枚を渡した。

 他の方々には申し訳ないけど、ここにあるのは買い占めさせてもらいます。この味は、来年まで待てないわ。来年まで持つよう買わしてもらいます。
 露店のおばちゃんから伝わったのでしょう。次の日からたくさんのバルボナが届けられた。

「どうするんです?」

「大切に食べます」

 お店を広げられる量のバルボナが届けられたけど、これを加工したら三分、いや、四分の一には減っちゃうでしょう。実家や民宿にも流すから手元に残るのは少ない。その少ないものはほとんどが食いしん坊どもの胃に消えるでしょうよ。

「もっと作ってくれたら絞ってお酒にするんですけどね」

 発酵させたらお酒になるはず。そうなれば葡萄酒とは違う味が楽しめるでしょうよ。

「樽と人手、お願いできますか? あ、作業できる場所も」

「わかりました。すぐに手配しましょう」

 そうクルスさんが言うと、午後には町外れの工房だった家を借りてくれ、近所のおばちゃん(わたしくらいの子も何人かいたわ)たちを集めてくれた。

 さすがマルケルさんのライバル。仕事が早い。ちゃんとこの場を仕切る人も用意してくれたわ。

「クルスさんに任されるって、ルーグさんは幹部候補なんですか?」

 ルーグさんは二十五歳と若い。バイバナル商会に入って十年みたいだけど、クルスさんから直接使命されていた。雰囲気も出来る男感が出ている。かなり優秀なんでしょうね。

「そうだといいですね。これが初めて任された仕事なので」

 十五歳から下積みとか商人も大変だよね。あんちゃんも十五歳で行商人の弟子になったしね。

「これからルーグさんの快進撃が始まるんですね」

「アハハ。おもしろいことを言うんですね。確かに見た目とおりではない子だ」

 そこで嫉妬しないのが優秀さに磨きが掛かっているわよね。バイバナル商会って、どんな育成法を取っているのかしらね? これで王国で三番目ってのが不思議でしかないわ。

「快進撃になるかどうかはわかりませんが、キャロルさんのお力となれるよう精進しますよ」

「それならバイバナル商会でバルボナを作る農家と契約してください。なんでしたっけ? 先に買い取ること?」

「先物買いですね」

「そう、それ。来年分のバルボナ、買い取ってください。値上がりされたら困りますからね」

「必ず収穫されるとは限らない、一種、賭けのようなものですよ」

「そうですね。でも、他に買い占められるよりマシです。バルボナは将来性がありますからね」

 元の世界でたとえられる果物が思い付かないけど、糖度は高いし、保存も利く。何より美味しいときてる。賭けに出るに値する果物(わたしは果物と認定します)だわ。

「さすがにわたしだけでは決められないのでクルス様と相談させてください」

「お願いします。でも、売りに来たものはすべて買い取ってくださいね」

 ジャムも作りたいし、パン生地に混ぜてもみたい。可能ならジュースも作りたい。いくらあっても足りないわ。

 へたをとり、二つに割って中身を鍋に移して布で濾す。絞った汁は樽に移す。

「何をしているんですか?」

「樽を真空にして外の空気に触れないようにしてます」

「魔法を転写できる固有魔法ではなかったのでは?」

「転写ですけど、多少手を加えることは出来るみたいですね、わたしの固有魔法って。結界魔法を使って空気を抜くんです。これだと長く保存が出来るんですよ」

 本当はルルの結界で一纏めにして保存しておきたいところだけど、作業を考えたら人を雇ったほうが大量に作られるでしょうよ。

 この場は、ルーグさんに任せることにして、わたしは工房の台所でジャム作り。窯もあったのでパン生地に練り込んで焼いてみた。

「葡萄パンや食パンもキャロルさんとのことでしたが、パン屋を目指したほうが成功するのでは?」

 バルボナパンが気に入ったようで、もう三つも食べてるルーグさん。そんなに美味しいかな?

「これ好き!」

 ティナも気に入ったようで、焼いた側から食べている。いや、味見分を残しておいてよ!

「わたしとしてはバルボナの風味が活かし切れてない気がするわ」

 料理研究家じゃないので極めようとは思わないけど、山羊から作ったバターがダメなのかな? 

 作り方は何となく覚えていても食べた記憶がないから区別が出来ない。周りの反応で作って行くしかないか~。

「そう言えば、バイバナル商会って料理人も抱えていたりするんですか?」

「抱えてはいますが、おそらくキャロルさんが満足するような料理人はいないと思いますよ。キャロルさんから調理法が流れて来るまではただ腹を満たすだけの食事でしたからね」

 それはコンミンドの支部でも同じだったわ。民宿の料理人も他から引っ張って来たみたいだからね。

「カルブラ伯爵様と交流はないんですか?」

「ここではルーディヒ商会が幅を利かせています。バイバナル商会が入る隙はありません。いや、料理人なら付け入る隙はあるかもしれませんね。わたしの幼なじみが料理人として城にいます」

「人脈も凄そうですね」

「父親から伝手は大切だと教えられましたので」

「それは至言ですね。わたしも見習わせてもらいます」

 後ろ盾だけじゃなく伝手も築いて行くことも大事なんだと思わせるセリフだよね。

「わたしもキャロルさんから学ばさせていただきますよ」

 遥か年下からでも学ぶ。この人は将来出世するわ。
 やっと満足できるバルボナパンができた頃、ルーグさんの幼なじみさんがやって来た。

 ……女の人なんだ……。

 この時代はまだ男社会。女性が職人になることは少ない。そんな時代で料理人になれるって凄いことじゃない?

「わたしの幼なじみでマリーレと言います」

「マ、マリーレよ。よろしくね」

 連れて来られて紹介されたのが遥か下のわたしじゃ戸惑うのも当然よね。

「冒険者見習いのキャロルです。来てくださりありがとうございます」

「ず、随分と礼儀正しい子ね」

「コンミンド伯爵領では伯爵令嬢のお友達をしていたようです」

 ルーグさんにはわたしのこと伝わってなかったの? まあ、わたしの情報なんて知っても出世には関係ないか。

「お友達係か。平民でなるなんて凄いね。大抵は男爵令嬢がなるものなのに」

 お嬢様に問題がーとは言えないので黙っておく。

「マリーレさんは、お城に上がって長いんですか? 女性で料理人なるの大変だったのでは?」

「ま、まあ、そうだね。わたしの場合は運がよかっただけさ。坊ちゃんが食合わせが悪いお方でね。パンが食べれなかったんだよ。わたしがパコレの粉で作ったパンを食べられて気に入られたのよ」

 パコレとはトウモロコシで、粒を乾燥させて挽いたもので作るナンみたいなものみたい。

「アレルギーですか。そんなものがあるんですね」

 異世界でもアレルギーがあるんだ。あれは現代病かと思っていたわ。

「アレルギー、ですか?」

「食合わせが悪いみたいな感じの言葉です。パンや卵で泡を吹いたり肌に赤い点が出たり、埃でくしゃみするとかもそうですね。体の免疫が働かなかったとか狂ったりするみたいですよ」

 体は悪かったけど、アレルギーはなかったからよく知らないのよね。

「詳しいのですね」

「まったく詳しくはないですよ。そういうのがあるって知っているだけです。治し方も知らないですしね」

 このファンタジーワールドなら治す方法もあるかもしれないわね。

「回復魔法とかあったりします?」

「ありますよ。ただ、強力な技は教会が独占していますが」

「擦り傷程度を治すのなら?」

「……唾でもつけて勝手に治りますが、魔法医に行けば治してくれるかもしれませんね。ただ、銀貨一枚は取られると思います」

 なかなか高額治療費を求められるのね。考えてみればお医者さんとか見たことがないわね。さすがに薬師はいるような話は聞いたことあるけど。

「回復魔法でアレルギー──食合わせは治せなかったんですか?」

「逆に治せるものなの?」

「やり方次第じゃないですか? 食合わせが悪いってことは体が正常じゃないってことですよね? 免疫力を高めて……」

 あ、そっか。わたしの付与魔法で何とか出来るか。

「回復魔法、わたしでも受けることは出来ますかね?」

「必要ならバイバナル商会が出します。クルス様からキャロルさんのことには金に糸目をつけるなと命令されてますから」

 いや、付けなくちゃダメでしょう。どんだけわたしに掛けようとしてんのよ?

「そ、そうですか。なるべくお金を使わせないよう心掛けます」

 さすがにわたしのせいで商会が傾いたとかなったら嫌だからね。

「キャロルさんは大丈夫でしょう。短い間ですが、キャロルさんは自制が取れてますから」

「集中すると我を忘れるけどね」

 そこ! うるさいよ! 黙ってなさい!

「ま、まあ、回復魔法は後にして、まずはマリーレさんにお城で作っているものを教えてください。わたしもお城で教えてもらった料理を教えますんで。ここにある食材で足りますか?」

 あ、食材を揃えてもらうのにお金を使わせちゃったわね。ごめんなさい。わたしの報酬から引いてください。

「充分だよ。てか、どんだけ集めたんだい? わたし、今日しか休みもらえなかったんだよ?」

「五品も作ってもらえたらあとはこちらでアレンジ、工夫してみます」

「そ、そうかい。手の込んだものじゃないのになるけど、いいの?」

「構いません」

 本当に知りたいのはこの世界の食材だ。それを知る前にマリーレさんと仲良くなっておく必要がある。料理人なら料理で仲良くなりましょう。

 カルブラ伯爵領で採れた食材の他に、カルブラ伯爵領で用意出来る調味料。これをどう使うかを見て、細かくメモしていった。

 あ、これか。わたしが求めていたものは。ゼラチンに変わるものがないかてな探していたけど、コンミンドでは発見出来なかったのよね。やはり大きな町にはあったわ。

 わたしが思う以上にこの世界は食材が豊富だ。ただ、地方には回って来ないだけで、他にはあると踏んでたのよね。

 これがあればホイップクリームが作れてフルーツサンドが作れるわ。入院中、ずっと食べたいと思ってたのよね。

 ふと視線を感じて顔を向けると、ルーグさんが真面目な顔でわたしを見ていた。あ、わたしの目的がバレちゃったかも。ナハハ。

 この人も洞察力が高いからやり難いわよね。人生経験も上だから隠すことも大変だわ。

 まあ、バレたところでわたしのやりたいことを止めるつもりはないわ。もっと人を学ばないといけないわね。自分の目的を果たすために、ね。
 マリーレさんによる一日だけの料理教室(?)だったけど、いろんな話が聞けて、学べたことがたくさんあった。

 そのことを忘れないうちに紙に書き出し、料理を絵にした。

「これもキャロルさんの魔法なんですか?」

 横で見ているルーグさんが尋ねてきた。

「はい。転写の応用ですね。見たものを記憶。それを絵にする。試行錯誤して出来るようになりました。まあ、今のところわたししか使えませんけどね。と言うか、絵を描ける人を用意すればこんな魔法いらないんですけどね。バイバナル商会で確保してください。絵にしたら文字が読めない人にもわかるでしょうからね」

 文字を書ける人が少ないんだから絵を描ける人はさらに少ないでしょうが、写真がない時代では重宝すると思うわ。

「長い時間を掛けて修行するのもいいですが、それじゃ人が育つのに時間が掛かります。専門職なら特にそうです。教育出来ることはさっさと教育して、現場で修行させたほうがいいと思いますよ。ってまあ、バイバナル商会のやり方にどうこいうつもりはありませんから、わたしの言葉は軽く流してください」

 どうするかの決定権はバイバナル商会にある。提案はするけど、強制はしないわ。いろいろ教育方針はあるだろうからね。

「ティナ。マレーナさんが作った料理はどうだった? コンミンドのお城で食べたものと違いはあった?」

 味のことはティナやルルに聞いたほうが信頼はある。わたしの舌、そこまで優秀じゃないのよね。あ、味音痴ってわけじゃないからね。ちゃんと美味しいもの不味いものはわかりますから。

「美味しかった。全体的にマレーナさんのほうが味が濃かった感じ。塩分が多いんだと思う」

「全体的に濃いのか。確かに肉の味付けは濃かったわね。伯爵一家はよく動くのかな? カルブラ伯爵家って、武門のお家ですか?」

「いえ、大臣を多く輩出しているお家ですね。今の伯爵様は、何の役職には付いてません」

「よく動く方なんですか?」

「読書が好きな方ですね」

「それで、あの塩分量か。病気にならないといいですね」

「塩分量が多いとどうなるのです?」

「わたしも詳しくはないんですが、脳に血が溜まったり心臓を悪くしたりするみたいですね。喉が渇いたり手足が痺れ始めたら病気になっているかもしれませんね」

 自分の病気が何なのか知るためにいろいろ調べたものよ。ちなみに前世のわたしら心臓の難病だったわ。

「治し方はあるので?」

「んーどうでしょう? 詳しいことは薬師か魔法医に訊くほうがいいと思いますが、塩分を控えめにして運動をよくする。緑の野菜をよく食べるといいんじゃないですかね?」

 そんな感じのことをすればよかったはずだ。

「そう言えば、ここって蒸し風呂があったりするんですか?」

「蒸し風呂、ですか?」

 ありゃ、ない感じなの?

「わたしはわかりませんが、クルス様ならもしかすると知っているかも。訊いて来ますね」

 と、席を立って部屋を出て行った。

「蒸し風呂なら王都で流行ってるみたいよ」

 ルーグさんがいなくなったのでルルが口を開いた。

「そうなの? お城にはなかったけど」

「伯爵が好きじゃなかったからね。どちらかと言えばお風呂が好きだったみたいよ」

 あー確かに湯浴み場は石作りで立派だったわね。

 しばらくしてルーグさんが戻って来た。クルスさんも連れて。

「ルーグから聞きましたが、伯爵は病気なのですか?」

「いや、会ったことがないのでわかりませんよ。ただ、あの塩分量を毎日摂っていたら危険かもって話です。伯爵様、太ってたりします?」

「歳は四十。体格はわたしの倍は余裕であると思います」

 クルスさんは細身だけど、身長があるから六十はありそうだ。その倍ともなれば百キロは確実に超えて(肥えてか?)いるわね。

「じゃあ、病気になっていても不思議じゃないですね」

 逆にそれで病気になってなかったら驚きだわ。特異体質かよ! って突っ込みたいわ。

「少し出て来ます。ルーグは店に。キャロルさんは店を出ないでください」

 わたしにどうこう出来るわけもないけど、まだ書くことはあるので頷いておいた。

 部屋が暗くなり、蝋燭に火を点けていたらクルスさんが帰って来た。

「伯爵様の状態を聞いて来ました」

 と、紙を渡された。

 そこには汗をかきやすく息が切れやすい。手足が痺れたりすると、まあ、典型的な塩分過多な症状が書かれてあった。

「薬師や魔法医に診てもらったほうがいいですね。まだ政務に就いているのなら取り返しの付かないって状況にはなってないと思いますので」

 ダメなら倒れているでしょうからね。

「それをどう伯爵様に伝えるか……」

「薬師か魔法医に言ってもらえばよいのでは? 何だか顔色がよくないですね、とか言ってもらって塩分過多の症状を伝えればいいんじゃないですか?」

 別に難しい問題ではないでしょう。何か問題があるの?

「バイバナル商会に伯爵様との伝手はありません」

「じゃあ、ルーデッヒ商会に言ってもらえばいいんじゃないですか? 伯爵様との伝手はなくともルーデッヒ商会との伝手はあるのでしょう? なら、ルーデッヒ商会に貸しでも作ればいいんじゃないんですか?」

 クルスさんらしくない。そのくらい考え付かないのかしら?

「そ、そうでしたね。わたしとしたことが慌てすぎました。キャロルさんの言うとおりです。バイバナル商会がルーデッヒ商会を差し置いて伯爵様と繋がる必要はありませんね」

 ナンバー1にはナンバー1の立ち位置があり、ナンバー3にはナンバー3の立ち位置がある。実力もないのにナンバー1になっても仕方がないわ。なるのならなれるだけの実力を身に付けてからにしたらいいのよ。

「精々高く売ってきてください」

「ええ。高く売ってくるとしましょうか」

 ニヤリと笑うクルスさん。怖いわ~。商人を敵にしないよう気を付けようっと。
「キャロ。暇だから狩りに行ってくる」

 ボクにやれることもないし、さすがに食べすぎた。我が身の肉となる前に燃やして来ないと。

「わたしも行くわ。さすがに食べすぎちゃったしね」

 ボク以上に食っていたルルも太るのは嫌なんだろう。意外と美意識が高い猫だからな。

「わかった。夜には帰って来るの?」

「手間とったら野宿する」

 今から行くとお昼は過ぎる。獲物がいなかったら野宿は決定だな。

「そう。気を付けてね」

 机に座ったまま見送られ部屋を出た。

 荷物は出してあるのでリュックサックを背負うだけ。そこにルルが乗ってきた。食べすぎたはどうした?

「で、どこに行くの?」

「ゴブリンが出たところに行ってみる」

 別にゴブリンを狩るわけじゃないが、あそこは豊かなところだった。鹿やウサギがいるはず。川もあったから魚ってのもいいかも。

「付いて来てるわよ」

「ボクにもか」

 キャロを守るために護衛していると思ったらボクもなんだ。

「暇なんじゃない? キャロは閉じ籠ってるし」

 確かに。護衛としては暇でしかないか。だからボクに付いて来たのかもしれないな。理由にもなるし。

「どうするの?」

「いいんじゃない。大物を狩れたら手伝ってもらえるし」

 以前はボクがやってたけど、キャロのほうが上手いから交代してしまった。なので、腕が衰えたんだよな。大物とか一人で捌く自信がない。

 町を出てしばらくすると、サナリクスのリュードとナルティアがやって来た。

「気付いていたか」

「うん。コンミンドを出たときから」

 ボクたちが気付いたことに気付いてなかったのか?

「そんなときからか。お嬢ちゃんはぼんやりしているようで鋭いんだな」

 ボク、そんなにぼんやりしているように見えるか? まあ、しゃべるのはキャロに任せてるしな。ぼんやりしてると思われても仕方がないか。

「ボクの護衛までするなんて大変だね」

「そりゃ、あのお嬢ちゃんの仲間だしな、お嬢ちゃんに何かあったら悲しむだろう」

「ボクは無茶しないよ」

 どちらかと言えば意識散漫なキャロのお守り担当だ。キャロは集中したかと思ったら次には別のことに意識を向けるからな。困ったもんだよ。

「そうだな。で、何しに行くんだ?」

「ちょっと運動。最近、食べすぎたから」

「それは羨ましいもんだ。キャロルのお嬢ちゃんが作る料理は美味いからな……」

 忘れそうになるけど、ボクたちは恵まれている。キャロと出会うまでかあ様の料理が一番だと思ってた。でも、キャロが作る料理はそれの数十倍美味しいのだ。あれを知ったら前の食事になんか戻れないよ。

 でも、さすがにキャロの料理に慣れてばかりでは舌が肥えてしまう。いざってとき、普通のものが食べられなくなる。たまには粗食にも慣れておかないと。

「それならボクが持っているものを出すよ。サナリクスはボクらのこと見てたんでしょ」

「それもバレてたか」

「サナリクスなら無闇にしゃべらないからね。バレたところで困らない」

 ボクらのことをしゃべることは魔法の鞄のこともバレる可能性も出てくる。この人らならしゃべることはないはずだ。

「……おれたちが思う以上にしっかりしているお嬢ちゃんだ……」

「まあ、あの子と一緒にいる子だしね。当然と言えば当然か」

「ボクはキャロみたいに頭はよくないよ」

「お嬢ちゃんほ直感力がずば抜けてんだろうな。おれたちの尾行にも気が付いてんだからな」

 まあ、確かに勘はいいほうだ。それしか取り柄がないってことだけど。

「暇なら付き合ってよ。獲物の解体とか手伝って欲しいから。報酬はキャロの作った料理を出すよ」

「やっぱりあの鞄はお嬢ちゃんが作ったんだな?」

「偶然だったみたい。今はもうちょっと優秀な鞄を作れるようになった」

 背負ったリュックサックを見せた。

「たくさん入るの?」

「前の倍は入る。欲しいなら売るよってキャロが言ってた」

 どうせバレるだろうから教えても構わないと言われている。サナリクスとは仲良くなっておくべきだからって言ってた。優秀な商人、優秀な冒険者との伝手はボクらの後ろ盾になるからって。

「本当か!?」

「うん。魔法の鞄を売ったときと同じでいいってさ」

 キャロの魔法には熟練度みたいなものがあるのか、 作れば作るほど魔力消費量が減っているみたいだった。

「これと同じものが人数分ある。キャロが持ってるからいつでも言って」

 ボクは管理するの面倒だから食料しか入れてないのです。

「あのお嬢ちゃんは、本当に見た目とおりの年齢なのか?」

「見た目とおりの年齢だよ」

 ときどきボクより年上なんじゃないかと思うときもあるけど、興味を持っているときは小さな子供みたいだ。まあ、変わったヤツなのは間違いないけど。

「あとで背負い鞄を見せてくれるか?」

「いいよ。説明するのも面倒だし」

 ボクのリュックサックはそう難しい作りにはなっていない。適当に入れて欲しいものを出せる作りになっているだけだ。

「助かる」

「ティナ。獲物は何でもいいのかい?」

「特には決めてない」

「じゃあ、あれにしよう」

 ナルティアが空に向けて指を差した。

「鳥?」

「モリガルって渡り鳥さ。冬から逃げて来て今は肥えている時期なんだよ。太ったのが美味いらしい」

 それは魅力的な鳥だこと。って、体を動かすために来たのに食べることばかり考えが行ってんな。

「キャロに料理してもらおう」

 鳥料理のレパートリーはたくさん持っている。いいのを狩るとしよう。フフ。
 狩りに出たティナが四日後に帰って来た。サナリスクの面々を連れて。

 わたしたちを陰ながら護衛していてくれたから一緒に帰って来ても不思議じゃないんだけど、何で獣人の女の子を連れて来たのよ?

 てか、この世界に猫耳獣人がいたのね。まんま、猫耳に尻尾が付いているわ……。

「プランガル王国から来たのでしょう」

 と教えてくれたのはクルスさんだ。

「プランガル王国ですか?」

「わたしは行ったことがないので聞いた話なのですが、大陸の奥にあり、大きな湖を持つ獣人の王国だそうですよ」

 へー。大陸とわかるくらいには天文学? 地学? は進んでいるんだ。元の世界じゃ地平は平面とか信じられていた時代があったのにね。

「獣人の国ですか。見てみたいものです」

 わたしは猫派でも犬派でもない。長い病院生活で動物を愛でる気持ちは生まれなかった。ただ、不思議な生き物がいる王国ってのは興味があるわ。獣人なんてファンタジーじゃない。

 いや、そこにしゃべる猫っていうファンタジーがいるじゃん! とかの突っ込みは受け付けませんのであしからず。

「で、何で連れて来たの?」

 仮にこの子が助けを求めて来たとして、命を助けたことで達成されたんじゃないの? あとは警察……はないか。伯爵様に任せたらいいんじゃないの? ここの問題はカルブラ伯爵様の問題でしょう。

「キャロにどうしようか聞こうと思って連れて来た」

 わたしたち、お世話になっている身よ。クルスさんの許可は得るべきでしょう。

「クルスさん。申し訳ありません。この子を泊めてもいいですか? 費用は出しますので」

 わたしも鬼や悪魔じゃない。放り出すなんてことは出来ない。獣人の子と繋がりが出来るのなら費用を出すくらいおしくはないわ。プランガル王国のことを聞けるんだからね。

「構いませんよ。キャロルさんに考えがあるようなで」

「そこまで深い考えはありませんよ。ただ、プランガル王国の情報や獣人のことに興味が出ただけです」

「キャロルさんらしいですね。情報収集を大切にするのは。纏めたらわたしにも読ませてください。プランガル王国の情報はあまりないので」

 バイバナル商会としてもプランガル王国のことは知らないんだ。交易はしてないのかな?

「あ、これを機会に魔法医って呼べますかね? 回復魔法を見てみたいんですよ。もしかしたら転写出来るかもしれないので」

 見なくても治癒力上昇の付与は出来るかもだけど、転写って形にしている以上、一度は見ておかないとね。

「そうですね。普段は予約が必要ですが、緊急ということで声を掛けてみましょう。ルーグ。お願いします」

「畏まりました」

 ルーグさんが出て行き、一時間して四十歳くらいの女性と弟子と思われる二十歳くらいの男性を連れて来た。

「ラレア様。お忙しい中、ありがとうごさいます」

「構わないわ。患者が獣人と聞いて興味を持っただけだからね」

 この人も研究者タイプみたいね。

「さっそく診るわ。男は部屋を出て行きなさい」

「わたしが手伝います。ティナ」

 女でよかった。間近で回復魔法を見れるわ。

 一向に目を覚まさない獣人の女の子の毛布を剥がし、服を脱がせた。

 体は人間の女の子とまったく変わらない。わたしくらいの年齢なので胸は小さいけど、痣があちらこちらに。ムチャクチャに走ったんでしょうね。

「人と変わらないのね」

 魔法医のラレアさんもそう見えてわたしと同じことを口にした。

「かなりあちこちに体をぶつけたみたいね。骨に異常はなし。切り傷もないわね」

 手を体に触れているところをみると、魔力を使ったエコーみたいなことが出来るみたいだわ。

 瞼を開いて瞳孔を診たり、手首に触れて脈まで測っている。

「医療技術が高いんですね」

 まさかここまでとは思わなかった。魔法を掛けて終わりだと思っていたわ。

「……あなたは?」

 怪訝な顔でわたしを見た。自己紹介しておけばよかったわね。

「わたしはキャロルです。そっちはティナ。バイバナル商会でお世話になっている冒険者見習いです」

「見習い冒険者がなぜバイバナル商会に世話になっているの?」

「コンミンド伯爵様のところでお嬢様のお友達係をしていました。バイバナル商会はそのときからのお付き合いです」

「貴族なの?」

「いえ、農民の子ですよ。バイバナル商会からは変わった子供と見られていますが」

「……そうね。変わった子供だわ……」

 否定することじゃないけど、そうはっきり言われると悲しくなるわね……。

「なので気にせず治療を進めてください」

 ラレアさんは気を取り直して痣のところに手を当てると、回復魔法を発動させた。

 治癒力を高めるとかじゃなく、ラレアさんの魔法で痣になったところを外部から回復しているわ。

「局所回復も出来るんだ」

 ちゃんと確立された技術があるんだ。これは、固有魔法なのかしら? でもそれだと確立されるの大変よね? てことは、通常魔法で行えるってことかな?

 でも、病気とかには不向きそうね。外傷しか効果がないのかな? 風邪とかに効いたらノーベル賞ものよね。回復魔法、奥が深そうだわ……。
 痣のところに手を当てて回復魔法を施していき、綺麗に治してしまった。

「獣人の体は人より丈夫なんですね」

 悪いと思ったけど、女の子の肌を押すと、思うより弾力があった。わたしの腕なんてぷにぷによ。これで冒険者やれるのか?

「筋肉密度が違うのかな? 折れてないところをみると骨の密度も高いみたいね」

 人間より獣に近いのかな? 爪もなんか尖っているわね。歯もちょっと尖っているわ。

「服の縫い方からして縫製技術も高そうね。生地もかなりいいわ。地位がある子なのかしら?」

 見た目は十二、三歳。汚れているけど、髪の色は金色か。ちゃんと洗ったら輝きそうね。

「キャロ。そのくらいにしたら」

 あ、そうね。好奇心に我を忘れたわ。

 体を拭いてあげ、わたしの替えの下着を着させて毛布を掛けた。

「ラレア様。ありがとうございました」

 わたしがお礼を言う立場でもないけど、この子から情報を得ようとしているのだからわたし預かり、ってことになる。保護者(?)として責任を持ちましょう。

「これが仕事だからね。あなた、どこでそんな知識を得たの?」

「知識?」

「あなたの言動は人体をよく知っている言動だったわ」

「そうなんですか? ごく一般的な知識だと思うんですけど……」

 わたし、何か難しいことやった? 見たまんまのことを述べていただけなんだけど。まあ、病院暮らしが長かっから先生の真似事はしたと思うけどさ。

「そんな一般的な知識を冒険者見習いが知っているわけないでしょう」

 いや~そう言われても~。一般的な知識でしかないしな~。

「……まあ、いいわ。バイバナル商会が預かっている子ですしね」

「後学のために魔法医って固有魔法がないとなれないものなんですか?」

「それなりの素質がないとなれないものだけど、固有魔法がなくてもなれるわよ」

 それに環境も整ってないとダメってことか。まあ、お医者さんもなるまで大変でお金が掛かるようだしね、この時代ならさらになるのは厳しいんでしょうね。

「素質は魔法ってことですか?」

「それは危険な考えるだから止めておきなさい」

 あー。これは魔法がなくても治療が出来ることを上のほうは理解しているってことか。この時代にも利権だなんだとあるものみたいね……。

「ありがとうございます。以後、気を付けます」

 これは忠告だ。目を付けられないようにしないとね。

「……本当に賢い子なのね……」

「まだまだ世間知らずな小娘ですよ。処世術も学ばないとダメだってことがわかりました」

 後ろ盾や伝手だけではなく処世術も必要とか、生きるって大変だわ。まあ、それでも身に付けなければ生きられないのなら身に付けるまでだ。わたしはやりたいことがいっぱいあるんだからね。

「ティナ。クルスさんを呼んで来て。ラレア様。ラレア様のほうからクルスさんに説明をお願いします。看病はわたしがしますので」

 わたしも話を聞きたいところだけど、その場にわたしはいないほうがいいでしょう。きっとわたしのことを話し合うでしょうからね。

「わかったわ。クイス。支度を」

「はい、先生」

 道具や服を片付け始めるお弟子さん。師弟制度なのかしら?

 片付けが終わると二人は出て行き、わたしは飲み水を用意する。

 脱水症状にはなってないみたいだけど、唇はカサカサだ。食べてもいないなら飲んでもいないんでしょうね。

 布に水を含んで唇に当てると、無意識に布を吸い出した。

「体が水を求めていたみたいね」

「そういう知識を見せるから怪訝に思われるのよ」

 ルルがベッドに上がって来て、器用に嘆息した。猫としての構造間違ってない?

「で、あの魔法医を追い出して何するの?」

「追い出したなんて人聞きが悪いわね。わたしは身を引いただけよ」

「悪知恵が働くこと。あんなに素直な子だったのに」

 わたしとあなたは一年とちょっとの付き合いでしょうが。

「回復魔法は見たし、治癒力を高める付与をこの子に掛けてみるわ」

 ただ、転写って建前だから布で作った腕輪を作り、腕につけてあげた。

 治癒力上昇の付与を施し、様子を見る。
 
 唇に濡らした布を当てていると、獣人の女の子が目を覚ました。

 髪と同じ金色の瞳。何か高貴そうな目よね。お姫様ってオチじゃないでしょうね?

 いきなり飛び掛かることはなく、知らない天井に戸惑っているようだった。

「自分の名前は言える?」

 わたしの声に反応してこちらに目を向けた。

「名前、言える?」

 優しい声音でもう一度尋ねた。

「……マ…リカル。マリカル・ルーナイ……」

 名字持ちか。やはりいい家の出っぽいわね。

「マリカルね。わたしはキャロル。あなたを助けた人たちの仲間よ。自分が倒れたときの記憶、ある?」

「……崖から落ちて、誰かに助けられた……」

 崖から落ちたんだ。よく生きてたわね。獣人の肉体、どんだけよ?

「水、飲める?」

 うんと頷いたので、上半身を起こして白湯を飲ませた。

「……ありがとう……」

「どう致しまして。体はどう? 痛いところはある?」

 ううんと首を振った。やはり回復魔法って凄いのね。付与魔法で代用できないかな? いや、怪我や病気にならないようにしたほうが早いか。

「痛くはないけど、凄くダルい」

 回復魔法の影響かしら? 外からのエネルギーで治るってわけでもなささうね。

「もうちょっと休んだら胃に優しいものを入れましょうね。今は白湯を飲んで体を慣れさせましょうか」

 残りの白湯を飲ませたら眠くなったのでしょう。横にさせたらすぐ眠りに付いてしまったわ。
 獣人の女の子が目覚めた。

 お腹に入れたのは白湯だけど、顔に赤みが戻っていた。

 また白湯を一杯飲ませたら麦粥を少しだけ食べさせた。

「足りないでしょうけど、我慢してね。突然胃を動かしたら体に悪いから。ゆっくり馴染ませるほうがいいのよ」

 お腹に入れたら腸が動き出したんでしょう。トイレに行きたくなったようなので付き添いしてトイレに向かった。

「随分綺麗なカホね」

「カホ?」

「出すところ」

 あ、トイレのことね。カホって言うんだ。ちなみにここでは野屋って呼ばれているわ。

「こういうところは綺麗にしないと病気の素になるからね。しっかり掃除しないといけないのよ」

 クルスさんの許可をもらってしっかり掃除して抗菌付与を施したわ。

「マリカル。そこでしっかり手を洗ってね」

 なぜかは訊かないでね。

 部屋に戻り、鍵を閉めてマリカルの体を拭いた。

 新しい下着に着替えさせ、わたしの服を着させた。マリカルが着ていた服は洗濯に出しているのよ。

「今さらだけど、ありがとう」

「気にしなくていいわ。獣人の国、プランガル王国のことを聞きたいから助けたんだから。教えてくれたらここでの生活はわたしが引き受けるわ」

「そんなことでいいの?」

「プランガル王国のことを知っている人がいないからね。そこに住んでいたマリカルの話はとても貴重よ。もちろん、あなたに不利になることは言わなくていいわ。話していいことだけでいいわ」

 まあ、話していいことばかりしゃべっていたらどんな立場か自ずとわかっちゃうけどね。

「まずは体力を戻すことを考えましょう。あ、マリカルって何歳?」

「十三歳よ」

「わたしは十一歳よ。あなたを助けたティナは十二歳ね」

「十一歳なの? 随分と大人びているのね。雰囲気は……」

「そう? 年相応……じゃないわね。まあ、性格がそうさせるんだと思うよ」

 前世の年齢にプラスされるほど生きてないし、前世のわたしとキャロルの性格が合わさったのが原因じゃないかしらね?

「体はどう? 痛いところはある?」

「ないわ。魔法で治してくれたの?」

「ええ。痣はたくさんあったけど、骨が折れてはいなかったみたいよ。丈夫な体よね。獣人って皆そうなの?」

「どうだろう? 丈夫とか考えたことなかったし」

「ちょっと手を握ってみて」

 握ってもらい、少しずつ強く握ってもらったらなかなかのものだった。ティナより握力があるじゃない。

 付与魔法で握力を強化したのに痛みを感じるんだからリンゴくらい潰せそうな握力だわ。てか、リンゴを潰せる握力ってどのくらいなんだろ?

「マリカルは力強いほうなの?」

「普通じゃないかな? わたしはそんなに鍛えているほうじゃないから」

 鍛えてなくてこれな。やはり獣よりな体の構造なのね。

「これだけ力が出せるなら体は大丈夫なようね。治癒力も高いのかもしれないね」

 体重は……また今度でいっか。女性に体重を聞いたら失礼かもしれないしね。

 ぐぅ~。と、マリカルのお腹が鳴った。

「胃も丈夫みたいね」

 顔を赤くするマリカル。お腹を鳴らすと恥ずかしいって感じる羞恥心はあるんだ。やはりいい身分の子かもしれないわね。

「じゃあ、胃に優しいものを食べましょうか」

 野菜スープなら胃に負担を掛けないでしょうよ。

 従業員用の食堂に向かい、料理人のおじちゃんにお願いして野菜スープを出してもらった。

 お皿一杯の野菜スープをあっと言う間に完食。まったく足りてないようだ。

「いつもはどのくらい食べるの?」

「これの倍、くらいかな? でも今はお腹が空いてたまらないわ」

 治癒能力が高いんでしょうね。回復するためにエネルギーを求めているんでしょうよ。

「お腹、痛くない?」

「痛くわないけど、空腹で堪らないわ」

 そう言うので、焼いたモリガルの肉を出したらこれもあっと言う間に完食してしまった。

 ……丈夫な胃みたいね……。

 まだお腹が満ちないようなので、もう一品追加。これも完食したら一旦お腹を休ませた。

「今のでどのくらい満ちたかわかる?」

「全然満ちてない感じ、かな?」

「ここに来るまでちゃんと食事していた?」

「ううん。堅いパンと水で過ごしていたわ」

 ってことは、この状態は痩せている状態か。ただ、細身ってわけじゃないのね。脂肪を燃やして生きてたのかな?

「胃はどう? ピリピリした痛みや引っ張られるような痛みもない?」

「ないわ。ただ、お腹が空いた状態だわ」

 その言いようからしてお腹が空いた暮らしをしたことない感じね。今回初めて空腹を経験した感じか。

「……ごめんなさい。こんなに食べてしまって……」

 しゅんとしてしまった。

「気にしなくていいわ。獣人のことがわかってきたしね。胃が大丈夫なら満腹するまで食べてみましょうか。ただ、ゆっくり噛んで食べてね。消化が悪いと治りも悪くなるからね」

 わたしも手伝って料理をしてマリカルに出してあげた。

 それでもティナがお腹を空かしているときくらいかしら? 食べる量は人とそう違いはないのかもしれないわね。

 お腹を満たしたマリカルは、回復するために眠くなったようだ。

「ゆっくり眠って回復させなさい」

 ベッドに入らせると、おやすみ三秒で眠りについてしまった。これなら明日には完治してそうだわ。
 獣人の治癒力恐るべし。三日もしないで減った体重が元どおり。出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ。

「……獣人って凄いわね……」

 この世界で最強生物なんじゃね? 

「わたしの服じゃ着れなくなったわね。ティナの服でもダメそうね」

 どんだけボンキュッボンになるんだか。逆に獣人としての能力を阻害しているんじゃない? わたしもその半分は欲しいものだわ。

 なぜかまったく育たない胸部装甲。前世もなかったけど、まさかキャロルに生まれても薄装甲とはね。一度はバインバインを経験してみたいものだわ。

 ってことはどうでもいいのよ。今はマリカルの服だわ。

「クルスさん。カルブラにルクゼック商会ってあります?」

 確かレンラさんがバイバナル商会でも無下には出来ないって言ってた。なら、カルブラ伯爵領にもあるはずだ。

「はい。ありますよ。どうしました?」

「コンミンド伯爵領のルガリアさんか針師のロコルさんの名前で呼べませんかね? ちょっと協力を得たいんですよ」

「わかりました。声を掛けてみましょう」

 さすがクルスさん。すぐに行動してくれた。

 十時くらいにお願いしたのに、昼過ぎにはルクゼック商会の支部長さんと針師さんがやって来た。

 ……行動力、鬼早いな……。

「支部長のナグルカと針師のルーランです」

「お越しいただいてありがとうございます。コンミンド伯爵領のキャロルと申します」

 てか、なぜ支部長さんまで? いや、最高位の針師を呼び付けるのもどうかまと思うけどさ。

「いえ。コンミンド支部からはキャロルさんのことは聞いております。染物では大変お世話になりました」

 染物? 

「染物でそんな儲けられるものなのですか?」

 別にこの世界にもある色を再現しただけなんだけど。

「新しい色を出すのはとても大変なものです。しかも、簡単なもので色を出すなど新発見です。ルクゼック商会に無償で譲渡していただけるなどあり得ないこと。そのお礼を少しでも返せるのなら喜ばしいことです」

 クルスさんを見ると、何だか仕方がないって顔をしている。それは許諾って意味だろうか? いや、許容かな?

「じゃあ、針師のルーランさんにお力を借りたいのですがいいでしょうか? あと、布も用意していただけると助かります」

「そんなことでしたら喜んで。ルーラン。キャロルさんの力となってあげなさい」

「わかりました」

「じゃあ、ルーランさん。部屋に来てもらえますか? 獣人の女の子の服を作りたいのでご教授ください」

 女の子の服を作るので男性はご遠慮いただく。

「ルーランさん、本当にありがとうございます。針師のような方にわざわざ来ていただいて」

「いえ、あなたには会いたかったから構わないわ。ロコルさんはわたしの師匠でもあるの。あの人が認めた女の子がどんなか知りたかったのよ」

 ロコルさんは四十過ぎで、ルーランさんは三十半ばに見える。ロコルさん、わたしが考えるより優秀で偉大な針師みたいね。

「ルーランさんも固有魔法をお持ちなので?」

「わたしは持ってないわ。ただ手先が器用なだけよ」

 それで針師になるんだからルーランさんも優秀のようね。

「わたしも手先が器用なだけなので、特別な上手いってことはありませんからね。自分では一から作るのは時間が掛かるから助けを求めたんです」

 すぐに必要なもの。わたしが作っていたんじゃ一週間くらい掛かっちゃうわ。

「どういったものを作るか考えているの?」

「これです」

 紙に描いた服のデザインを見せた。

「随分と精巧な絵ね。あなたが描いたの?」

「わたしの固有魔法を応用した技ですね。見たことのあるものと想像したものを合わせて描くんです」

 試しに描いてみせた。

「……凄いわね……」

「まあ、ここまで精巧なものを描かなくてもおおよそで構わないと思います。作るときの大まかな想像図ですから」

 イメージとおり作れるわけでもなし。作っている間に変わってくるものよ。

「ロコルさんから基礎は教わりましたが、わたし、胸は平らなのでブラジャーを作るの下手なんですよね」

「わたしとしてはブラジャーが画期的だったわ。あんな風に胸を覆う下着があるものなね」

 この世界の女性はコルセットのようなカリーってもので胸を支えている。けど、大きい胸の人は結構痛いみたい。

 ……この世界の女性、大きい人ばかりなのよね。わたしはちっとも成長しないのに。おっぱいはミステリーね……。

「マリカル。ちょっとこっちに来て。ルーランさん。胸を測る方法ってありますか? ロコルさんは見ただけで把握してましたが」

 あの人、測るってことしなかった。見ただけでぴったりのものを作っていたっけ。

「そうね。見て理解するのが一人前だからね」

「物を測るものってないんですか?」

 職人さんも定規とか持ってなかったけど。この世界の人は目算能力に長けてんのか?

「ないこともないけど、あまり使わないわね。測るのは見習いのときくらいだわ」

 マジか。この世界の人、スゲーな! 目算能力、もう超能力じゃない。

「ルーランさん。ちょっとご協力お願いします」

 目算能力が凄いならそれを利用させてもらいましょう。