もう少しで冬が終わりそうだ。
気温も少しずつ上昇しており、今は十度くらいの気温じゃないかしらね?
「魔道具を作る冬だったわね」
紐を強化するもの。マッチを作るもの。松明大のマッチを作るもの。あと細々としたものを作り、バイバナル商会に渡したわ。
まあ、永遠に動くものではないからね。五、六個ずつ作ったわ。
かなりのお金を支払ってもらったけど、今のわたしたちに使う当てはない。なので、バイバナル商会に預かってもらうことにしたわ。バイバナル商会は王国に支店がいくつかあるからね。そこでもらうほうが安全だわ。
今年は雪が多い冬だったけど、昼には解けることが多かったので、民宿の経営に支障が出ることもなかった。今も泊まりに来ている人は続いているわ。
「工房も出来てきたわね」
別にここに造らなくてもいいんじゃない? って思いはあるけど、お金を出しているのはバイバナル商会。わたしが口を出すことじゃない。損にならないことを願っているわ。
「キャロ。服が小さくなった」
それは服が小さくなったんじゃなくてティナが成長したのよ。
わたしと一歳しか違わないのに背は十五センチくらい違っている。今年で十二歳になるのに百五十センチくらいはあるんじゃないかしら? まあ、毎日たくさん食べているしね。そりゃ育つか……。
「じゃあ、布を買いに行きましょうか」
わたしはまだ大丈夫だけど、確実に成長している。大きくなる前に普段着を作っておきますか。
民宿に食料を運んで来た馬車に乗せてもらい山を下り、実家に一泊(もちろん、手伝わされたけどね)。朝からバイバナル商会に向かった。
バイバナル商会は基本、何でも屋だ。食料品や生活用品、豚や山羊までいろいろ扱っている。けど、布や服は少ない。隣のルクゼック商会が大手なんだってさ。
バイバナル商会に大変お世話になっているからマルケルさんに話を通してもらった。
ルクゼック商会も本店は王都にあり、店はたくさんの服が並んでいた。
わたしは服や下着は自分で作っていたので表を見るだけだったけど、こんなにあるとは思わなかった。
まあ、既製品なんてない時代だからすべてが手作りで、微妙にサイズが違う。そこはお店で直してくれるそうだ。
民族衣裳的なものはない。ただ、大体が似たようなものが多いわね。色合いも少ない。染物の技術はないのかしら? てか、白色のものはないわね。黄ばんだものが多いわ……。
「これはマルケルさん。どうしました?」
隣だけあって顔見知りになっているよね。
「はい。今日はこちらの子たちが布が欲しいと言うので連れて来ました。見せてもらってもよろしいですか?」
と、わたしたちに目を向けた。
「この子たちですか。バイバナル商会が飛躍している要因は」
飛躍? バイバナル商会、飛躍してるの? かなり大きい商会なのに?
「はい。この二人のお陰で繁盛しております」
「世の中には天才はいるのですね。我が商会もあやかりたいものです」
「それはこの二人が興味を持てばあやかれるかもしれませんね。バイバナル商会としても振り回されてばかりですから」
わたしたち、振り回してたんだ。そんな慌てた姿見てないけど。
「そうみたいですね。いろんなところからウワサが回ってきますよ」
「情けないばかりです。もっと滞らずにやりたいのに、こうしてウワサが回ってしまうのですから」
「紐を強化する魔道具、あれはいいですね。糸にも応用できるので本店からどうにか手に入らないかと催促されてますよ」
「正直、あれが売れるとは思いませんでした。やはり本職の方でないと価値がわからないものですね」
あれ、売れてるんだ。魔石がないから作れないでいるけど。
「確かにそうですね。あれにら他のところでも欲しがると思いますよ」
「魔石が手に入ればいいのですが、こればかりはなんとも……」
「コルディーにはバッテリーという魔力を溜めるものがあるそうですよ」
バッテリー? って、あのバッテリーのこと? ライターといい、やはりわたし以外にも転生している人がいるってことだ。ここまで元の世界の名前が偶然出て来るってことはないもの……。
「……バッテリーか……」
ってことは魔力は溜められるってことだ。いったい何に溜めているのかしら? これまでの経験から木でも金属でも溜めようと思えば溜められてたけど。
「キャロ」
あ、そうだった! 今日は布を買いに来たんだった! バッテリーのことはあとにしておきましょう。
「新品の布と羊毛糸、羊毛布、各種生地をください。あと、針と糸もお願いします」
「代金はバイバナル商会が持つので好きなだけ買っていいですよ」
お、それなら遠慮なく買って行こうっと。
店内を見て回っていたら針金が売っていた。この時代、針金なんてあったのね。
「この金属の細い棒、何に使うんですか?」
「手袋の甲に使ったり膝や肘の守りに使ったりします」
ガード目的か。これならブラの針金に使えそうだわ。ティナ、Cくらいになたなっているからね。
「こんなものかしらね。マルケルさんお願いします」
銀貨五枚になったけど、いい買い物が出来たのでオッケーだ。
「こんにちは~。こちら、キャロルさんとティナさんのお家でしょうか?」
お昼時、見知らぬ女性の声がした。
「はぁ~い! どちら様でしょうか~?」
竈をルルに任せてドアのところに向かった。
「初めまして。ルクゼック商会に属している針師のロコルです」
「ルクゼック商会? 針師?」
なぜルクゼック商会の方が? 針師って確か服を作る最高位よね? なぜうちに?
「これ、バイバナル商会の紹介状です」
手紙を受け取って中を読むと、マルケルさんが書いただろう内容が記されていた。
「ちょっと待ってくださいね。ティナ、ロコルさんにお茶を出してて。わたしは民宿に行って来るから」
ティナに任せて民宿に向かい、レンラさんに確認してもらった。
「確かにマルケルの字ですね。針師とはいったい何をしたのです?」
わたしが何かした前提ですか!? まったく身に覚えがないんですけど!
「わたし、何もしてませんよ? ルクゼック商会で買い物しただけです。それ以上何もしてませんよ」
「まあ、ルガリアもやり手ですからね。キャロルさんを見て思うところがあったのでしょう。ルクゼック商会もかなり大手。バイバナル商会でも無下には出来ませんからね」
へー。バイバナル商会に匹敵する商会だったんだ。
「マルケルが許したのなら本店の許可を得たのでしょう。資金はルクゼック商会が出すそうなのでロコルをお願いします。あとでマーシャを向かわせます」
お願いしますと家に戻った。
「お待たせしました。ロコルさんはうちで預かることにしました」
まだ何しに来たか聞いてないけど、外に荷物が積んであった。泊まる気満々で来たのでしょうよ。
「ありがとうございます。あの、これは染め物ですか?」
最近、染め物に凝っていて竈はすべて染め煮(?)に使っているのよね。お陰で食事は職人さんたちと一緒にいただいているわ。
「はい。今は実験ですね。色の元となるものが手に入らないので」
今は黄色い石と山葡萄の皮、色の濃い葉を使ってどんな色になるか調べているわ。
「キャロルさんは、発明家と聞いてますが、自分で考えているのですか?」
「発明家? わたし、そんなこと言われてんですか!?」
何やそれ? わたし、冒険者見習いなんですけど! いや、クラフトガールになっちゃっている自覚はあるけどさ!
「わたしは、ただの冒険者見習いですよ。いろいろ作っているのは売ってなかったり必要だったからです。発明なんて大袈裟なことはしてませんよ」
「何の説得力もないけどな」
ハイ、そこ。無口キャラなんだから突っ込んで来ないの!
「ロコルさんが何をしに来たかはわかりませんが、適当にやってください。わたしたちはいろいろやることがあるので」
まずは職人さんたちの食堂で食事を済ませたら染め煮を続けた。
色が付いたら川で洗い、陽当たりのいいところに干した。
「青ってより藍って感じね」
元の世界にこんな色あったな。おばあちゃんが虫除け効果があるとかなんとか言ってたような気がする。
「虫が嫌う草って何かありますかね?」
そういう知識は職人さんたちのほうが知っているはずだ。
「それならカラホ草だな。今生っているはずだ」
どこにでも生っているそうで、家の周りや山にもたくさん生っていた。
それらを集めて叩いて水の中に入れて一晩浸け置き。煮て覚ましたらカラホ草を布に入れて絞り、ルルの結界で遠心分離。底に溜まったものを乾かして粉にする。
粉を水に溶かし布を浸ける。いい感じに色が付いたら乾かし、何度も浸けては乾かすの繰り返し。藍色となった。
「緑じゃなく藍になるなが不思議よね」
何でや?
「まあ、何でもいっか」
藍色染めの布をたくさん作り、それでワンピースを作ることにした。
「キャロルさんが着るには小さいのでは?」
「これはお母ちゃんたちに渡すものです。夏は虫が多いですからね」
この世界にも蚊はいる。でも、お風呂に入ることで垢のコーティングがなくなり、虫刺されが出てきたのよね。カホラ草の効果が出るなら虫除けになるはずだ。
「変わった形ですね? わたしも作っていいですか?」
「構いませんよ」
針師なのに染め物にも興味を示し、ティナに作ったブラジャーにも興味を示して夜な夜な研究しているみたいよ。
「やっぱり針師となるとたくさんの針を持つものなんですね」
針箱が食パン二つは入りそうなバスケットくらいある。その中に針が百本は入ってそうだ。てか、こんなに必要なの?
「わたしの固有魔法が金属を自由に形を変えて操れるんです」
「そんな魔法があるんだ~」
この世界、ゲームみたいな世界じゃなく能力バトル系なの? わたし、付与魔法で戦うなんて無理だからね!
「と言っても針くらいのものを操るのが精一杯なんですけどね」
「それでも針を十分自在に操れるなら細かな縫い方も出来そうですよね」
わたしは縫い方をそれほど知っているわけじゃないけど、針を仕込んで敵を縫い合わせるとか出来そうね。まあ、ロコルさんは戦闘するわけじゃないから服飾系の仕事に付いたんでしょうけどね。
「また布を買いに行かなくちゃいけませんね」
染め煮で白い布を使いすぎた。赤みも欲しいので新しく買って来るとしよう。
わたしの付与魔法は転写魔法ってことにした。
少々苦しいけど、この世界の人に詳しい違いがわかる人もいない。ましてや固有魔法は千差万別。同じのようでちょっと違う。ロコルさんの固有魔法も独特で同じことが出来る人はいなかったそうだ。
そこで転写魔法だ。
ある現象をある物質に写せる。多少の誤魔化しはあるけど、一番転写ってのがしっくりくると思う。今からそっちに似せてけばいいわ。
で、転写(付与)したいのがロコルさんの技術だ。
金属を操れる固有魔法がなくてもロコルさんの腕は一流だ。この腕があるなら欲しかったものが作れるはずだわ。
さすがのロコルさんでも作るのに五日ほど掛かってしまったが、一度作ってしまえば付与(転写)した技術で量産出来る。
転写(付与)にはロコルさんの金属を操れる固有魔法も転写(付与)している。
木枠を作り、バイバナル商会が手に入れたバッテリー(ただの陶器の箱で、それに魔力が溜まるように付与されているっぽい)を接続。針を自由に動かす全自動タオル製造器の出来上がりっと。
「これでタオル使い放題だわ!」
布で体を拭くの、ちょっと物足りなかったのよね。
五日で一枚はさすがに時間が掛かり過ぎなので魔力を消費するけど、五倍速の付与を施した。
これは魔力消費を上げたからって説明をしておく。検証出来る人がいないんだから言ったもんが勝ちよ。
機械製造を知っているから一日一枚なんて効率悪すぎると思うけど、こちらの人からしたら驚天動地(何となく勢いで使ってます)。レンラさんから伝わったのでしょう。山にルクゼック商会のルガリアさんがやって来た。
「素晴らしいです!」
そりゃどうも。わたしとしてはこんなに早く伝わるとは思わなかったわ。ここの商人、どんだけ迅速なのかしら? タオル製造器が出来てまだ三日よ。せめて十枚は作りたかったわ……。
「これはもっと作れるのですか?」
「バッテリーと魔石があればすぐですね」
木枠なんて職人さんに掛かれば秒で作れるんじゃないかしら? わたしの転写(付与)なんて一瞬だしね。
「あ、糸も必要ですね。一枚作るのにかなりの量を必要としますから」
「バッテリーと魔石でしか……」
「ただ、バッテリーならわたしでも何とかなるかもです。この魔法を別のものに転写すればいいだけですからね」
転写じゃなく複写だろうって突っ込みは誰からも受けませんでした。転写も複写も細かいことはわかってないんでしょうよ。転写もよくわかってない感じだったからね。
「出来るんですか!?」
「ただ、それをやって構わないんですか? これを作った人か、国に怒られたりしません?」
実はもう作ってみたのよね。魔力を溜める付与はそれほど難しくなかったわ。
……てか、バッテリーを作った人、かなり頭がいい人だわ。分解したら魔法が解けたからね。分解されることを見越して作っているんだろうね……。
「そう、ですね。真似をした、とは言われるでしょうが、罪になることはないと思いますよ。国交はないので罪に問われることはありませんしね。ただ、名前は変えておきますか。何がいいですかね?」
「何でもいいんじゃないですか? わたしは器を作れるだけで、魔力を溜め込むのは別の人なんだし」
バッテリーとはよく付けたと思うわ。これを作った人、わたしと同じ世界から転生か転移したんじゃないかしら?
「うー。何にしますかね~?」
「別に付けなくてもいいんじゃないですか? 重要なのはタオル織り器ですからね」
セットにしてしてしまえばパクったと言われることもないでしょうよ。
「なるほど。確かにそのとおりですね。キャロルさんとロコルがいれば真似をされることもないのですからね」
しれっとわたしも混ざっているんですね。いやまあ、今さらなんですけど。
「バッテリーじゃなく魔石にしたら切れるまではずっと動きますよ」
魔石がないからバッテリーにしたけど、魔石なら四十日くらいは動いているんじゃないかしら? 魔石って凄い量の魔力が結晶化したようなものだからね。
「難しいところですね。魔石は希少ですから」
「魔力を集めるのも大変だと思いますよ。魔法使いを集められるなら別ですけど」
魔法使いはいると思うけど、バッテリーに魔力を溜めるほどの持ち主がどれほどいるか。貴族でもないとバッテリーを満杯に出来ないんじゃないかな?
「わたしは無理ですよ。バイバナル商会からお願いされているものもありますから」
優先権(?)はバイバナル商会だ。タオルが欲しいからタオル織り器を作ったまでだ。
「タオルは高級品として貴族に売り、ルクゼック商会の宣伝に使うといいんじゃないですか? 貴族と仲良くなれればお金に困っている貴族を紹介してもらえるかもしれません。そんな貴族から魔力を買えばいいと思いますよ」
貴族もピンキリっぽい。爵位はあるけど、暮らしは楽ではない人もいるって聞いたわ。
「……なるほど。バイバナル商会がキャロルさんを全力で囲うわけです……」
「協力はしますが、キャロルさんの自由意思を汚すことはしないでください」
何やらレンラさんとルガリアさんが熱い視線を飛ばし合っている。
ハァー。そういうのはわたしの見えないところでやって欲しいです……。
春の季節になってきた。
いつまでもクラフトガールはやってらんない。わたしは冒険者として旅がしたいのよ。その力を身に付けなくていけないのよ。なのでわたしたちは旅に出ることにした。
「カルブラ伯爵領ですか?」
レンラさんや職人さん、ロコルさんに伝えた数日後、ローダルさんがやって来てお使いクエストをお願いしてきた。
「ああ。どうせ旅をするなら目的があったほうがいいだろう。カルブラ伯爵領ならここから歩いて五日から六日の距離だ。そこにあるバイバナル商会の支部にこれを届けて欲しい」
と渡されたのはマッチ箱サイズの金属板だった。
「何です、これ?」
「何であるかは秘密だ。それをバイバナル商会の支部に届けるのがおれからの依頼だ」
まあ、お使いに何であるかを知らせる必要もないか。でも、見習いにやらせる仕事なの? かなり大切なものっぽいけど……。
「重要なものではあるが、誰も見習い冒険者に依頼したとは思わないだろう。それなら肌身に付けておけば盗まれることもないからな」
「盗もうとするのがいるんですか?」
「いるさ。子供だと思ってナメてくるヤツもいる。それらを跳ね退けての冒険者だ。やるか?」
そこまで言われて断ったら冒険者になる覚悟がないと言っているようなもの。受けるしかないじゃない。
「カルブラ伯爵領にあるバイバナル商会の支部にこれを届ければいいんですね。期限はあるんですか?」
「特にないが、十五日以内なら問題ない。確実に届けてくれたらそれでいい」
随分と甘々なお使いクエストだこと。これ、お使いクエストじゃなく接待クエストだったりする?
まあ、ローダルさんの言うとおり、目的地や目的があったほうがやる気が出るってものだわ。
準備はもうできているので、次の日には出発することにした。
何だか初めてのお使い並みにたくさんの大人たちに見送られて出発。まずはパルセカ村にあるバイバナル商会に向かう。
わたしはパルセカ村やロンドカ村しか行ったことがない。あとは山だ。カルブラ伯爵領がどっちにあるかもわからない。なので、バイバナル商会で地図を買うことにした。
マルケルさんにローダルさんから依頼を受けたことを伝え、地図を売ってもらった。
概略図? としか思えない地図が銀貨一枚と、なかなかいい値段がした。これでも安くしてくれたんだからこの時代の地図学(?)は遅れているようだ。
まあ、行商人や隊商は決まったルートを通るのでこれで充分なのだそうだ。
「地図って、細かく書いたり正確に描いた罰せられたりします?」
元の世界で罰せられた時代か国があったみたいなことを本で読んだことあるわ。
「そんなことはありませんよ。もっと精巧な地図もあります。その分、値段は上がりますが」
あ、あるんだ。ただ、地図が高い時代だってこと?
「それならわたしが作っても問題外ないってことですね」
「ええ、まあ、そうですね。作ったら見せてください」
「わかりました。と言ってもそう精巧な地図は作りませんけどね」
まだ精巧な地図を必要とするほど旅をするわけじゃない。ただ、方位磁石は欲しいところよね。磁石の代わりに付与魔法で作れるかな? と、作ったら出来ちゃった。
「……わたしの付与魔法何でもありだな……」
まあ、アイテムバッグとか作っている時点で何でもありなんだけどね。ただ、魔力が少ないようにも思える。アイテムバッグを作ると気絶しちゃうからね。
付与魔法はチートでも魔力はチートじゃないけど、まあ、そこまで付与魔法に頼った生活は……してるか。ま、まあ、便利は正義。ゆるく冒険を楽しみましょう。
矛盾してるやん! とかの突っ込みは聞きませ~ん。わたしは今生を謳歌するんだからね。
「冒険者が利用する宿で汚くて嫌だわ」
初めて宿はロンドカ村にある冒険者御用達みたいな宿だ。バイバナル商会で泊まれとマルケルさんが言ってくれたけど、冒険者が利用する宿も経験したから断ったのよ。
でも、ちょっと後悔している。こんなに汚いものだとは思わなかった。これなら野宿のほうがマシだわ。
「キャロの魔法で何とかならない?」
ティナも嫌そうな顔をしている。すっかり綺麗好きになっちゃって……。
「ルル。結界で部屋を作れないかな?」
「結界で部屋?」
首を傾げるルルに別空間に結界を作り、部屋として使うことを説明した。
「……キャロって変なこと考えるわよね……」
変な猫に変と言われるわたし。まあ、前世の記憶を宿している時点で変だから受け入れるしかないわね。
「で、出来そう?」
「ちょっと絵にしてちょうだい。そのほうがイメージしやすいからさ」
わたしと話しているせいか、前世の言葉をちょくちょく口に出している。いや、わたしが使っているのか。気を付けないとならないな。
絵にしてルルに伝えると、ルルも納得。結界部屋を作ってしまった。
「……自分の力が怖くなってきたわ……」
どうやらルルの魔法もチートっぽい。出来たことに戦いているわ。
「まあ、力は使い方次第よ。出来たことに喜びましょう」
結界部屋に入り、まずはお風呂にすることにした。
「ねぇ。歩かないとダメなの?」
ティナのリックサックの上に乗るルルが呆れたように尋ねてきた。
「あまり楽を覚えると冒険がタダの旅行になっちゃうからね、よほどのことがない限り歩きで行くわよ」
これも修行。心身ともに鍛えないと堕落した人生になりそうだわ。
カルブラ伯爵領までは歩いて五、六日。次の領までは三日。それまで村はあるけど、宿次第で泊まるかどうか決めるわ。
「キャロ、絵まで描けたんだ」
村の様子を絵にしていると、ティナが呆れるような顔をした。基本、無表情なのに表情は豊かだったりするのよね、この子って……。
「そこまで上手くはないけどね」
わたしの腕なんてお絵描きレベル。これで食べて行けるほどの腕じゃないわ。
「やっぱり木炭じゃ上手く描けないわね」
紙も画用紙のような質でもない。描き難くて──あ、そっか。自動書記的な付与を施せばいいんじゃない?
木炭で作ったクレヨン(?)に見たものを描き写せる付与をイメージして施してみた──ら、出来ちゃった。うん、まあ、結果オーライってことで納得しておきましょう。
自動書記──自動写生付与が出来たことにより、紙の消費が早い早い。こりゃ、途中で買い足さないとカルブラ伯爵領までもたないわね。
「キャロ、お昼にしよう」
最初の村はまだコンミンド伯爵領なので、買った地図には載ってはいない。グー○ルが欲しいわ。
あれ? わたしの付与魔法ならドローンとか作れそうじゃない?
って、今は旅に集中しましょう。あれもこれもでは目的を見失うわ。まずはお使いをまっとうするとしましょう。
コンミンド伯爵領を出たらしばらくは村はない。と言っても一日の距離なので途中で野宿(結界部屋でだけど)。次の日にはマクブル男爵領に入った。
お隣さんの領だけど、この領は小さく、村って規模だ。ただ、宿場町的な感じなのでなかなか賑わっていた。
「そう言えば、ティナって剣を持たなくていいの?」
今は職人さんたちが片手間に作ってくれた槍を使い、山刀を腰に差している。ちなみにわたしは鉈を腰に差し、これまた職人さんたちが片手間に作ってくれたナイフを装備しているわ。
「うーん。本格的な剣術なんて知らないし、獣を狩るなら槍で充分かな」
まあ、ティナは剣士とかじゃなく狩人みたいなもの。人と戦うタイプじゃない。する必要もない。槍のほうがいいのかもしれないわね。
「でも、弓は欲しいかな」
「弓って高いの?」
「自作ならタダだけど、職人が本気で作った弓は高い」
へー。そうなんだ。まあ、お金はあるんだし、欲しいなら買うのもいいでしょうよ。
お昼を食べたらちょっと休んで出発。暗くなる前に次の村に到着出来た。
ここはそこまで大きな村ではないので宿はあまりなく、わたしたちが泊まれるような宿は雑魚寝部屋くらいだった。
「どうする?」
「野宿しようか」
自分の身は自分で守らないといけない時代。誰ともわからない雑魚寝部屋は危険すぎるでしょう。これなら山で野宿したほうが安全だわ。
「ルル、お願い」
暗い森の中に入ったらルルにネコバス化してもらい、山の山頂まで走ってもらった。
そこで火を焚き、作り置きのお弁当を食べたら結界で湯船を作ってもらい、アイテムバッグ化させた水筒からお湯を結界湯船に流した。
「どこでもお風呂に入るのね」
お風呂に入らないルルが呆れている。
西洋人っぽい見た目のわたしたちだけど、毎日お風呂に入ってもこれと言った異常はない。髪も艶が出ているし、抵抗力が下がったってこともない。健康な毎日を送っているわ。逆に一日入らないとベタついた気分になるわ。
誰も周りにいないので構わず服を脱ぎ、体を洗ってから湯船に入った。ふぃー。
「ルル、見張りをお願いね」
一応、結界は張ってもらったけど、覗かれるのは嫌だしね、見張ってもらうとしましょう。
「何だか冒険らしくないな」
「まあ、こんな冒険もあっていいじゃないの」
これはこれ。あれはあれよ。人間、都合よく生きなくちゃ。
「冷めてきたね」
やっぱり沸かしてないから冷めるのも早いわね。追い焚き機能、考えないとダメよね。
そこまで長湯はしないでお湯から上がり、焚き火の前でのんびり山葡萄ジュースを飲んだ。
明日のために早めに就寝。朝になったら村まで降り、冒険者や旅人相手の屋台で朝食を買って食べた。
「屋台の料理も悪くないわね」
冒険者や旅人が買えるものだからそこまで豪華なものじゃないけど、味は悪くない。これまでの食生活を考えたら中の上って感じだ。
「うーん。ボクはキャロの料理のほうがいいな」
「わたしも」
「仕事先で食べる料理がいいんじゃないの」
土地土地の料理を食べるのも冒険の醍醐味。これも絵にして残しておこうっと。
「他の屋台も回ってみましょうか?」
食べ切れないときは鞄に入れておけばいいんだしね。美味しそうなのは買うとしましょうか。
グルメ旅みたくなっているけど、それもまたよし。こういう体験が出来るから冒険者を目指しているんだしね。
「次は肉が食べたい」
「わたしは、焼いた川魚が食べたい」
二人も賛成のようで食べたいものを言ってきた。
「……ゴブリンがいる世界なんだ……」
ちょっと緩めなファンタジーワールドかと思ったらコテコテのファンタジーワールドだったようだわ。
緑色の肌に醜い顔。身長は一メートルくらい。どこで手に入れたかわからない体格にあった剣と革鎧。文化水準高くね? って突っ込みが入ってるのが聞こえて来そうだわ。
「亜人が出るなんて珍しいわね」
ティナのリュックサックが定位置となったルルが「へー」って驚いているわ。
「そんなに珍しい存在なの?」
「狩られる存在だからね。冒険者の前に出てくることはないわ。女子供の前なら別だけど」
「わたしたち、狙われちゃってる!?」
ゴブリンでスレイヤーなファンタジーワールドなの?!
「女子供の肉が好きなみたいよ」
あ、食人鬼的なほうね。イヤらしいほうじゃないんだ。
「じゃあ、殺しても構わないね」
八匹に囲まれているのに一切怯えもしないティナが槍を構えた。
「いいわよ。でも、剣や革鎧に傷付けないでね。売れそうだから」
誰が着るんだかはわからないけど、ゴブリンの技術を知りたいからいただけるものはいただいておきましょう。
「ボク、触りたくないんだけど」
「わたしがやるわよ」
変に潔癖になっちゃったんだから。猪とか鹿とか解体しているのに。
「汚さないようにね」
「わかってる──」
ゴブリンがどれほど強いかわからないけど、ティナの防具には防御強化を施し、槍には切れ味強化を施してある。八匹いても負けることはないでしょう。
素早い動きでゴブリンたちを翻弄し、大振りで首を一刀両断。ちゃんと噴き出す血に注意しながら地面に倒していた。
……わたしもスプラッター慣れしてきたわね……。
獣を解体しているから首狩り族となっているティナを平然と見ていられるわ。
五分もしないでゴブリンたちは全滅。安らかにお眠りください。南無南無。
「さて。身ぐるみ剥いじゃおうか」
「どっちが襲撃者かわからないわね」
「この世は弱肉強食なのよ」
このファンタジーワールドで冒険をしようってなら強くなるしかない。わたしは食うほうの立場になってやるんだから。
「お、このゴブリン、メスじゃない。ゴブリン界はメスが強いのかしら?」
革鎧を外したらおっぱいが出てきたよ。アマゾネス的な種族なのかしら?
「ちょっと写生しておきましょうか」
「趣味悪いよ」
「趣味じゃなく学術的によ。せっかく珍しい亜人に会ったんだから記録しておかないとね」
体は人間と変わらない。亜人って呼ばれるのもよくわかるわ。内臓はどうかしら?
「ちょっ、止めておきなよ!」
「嫌なら火を焚いておいて。終わったらお風呂に入りたいからさ。ルル。わたしの体に薄い結界をかけて。ちゃんと動けるくらいによ」
「わたしの結界、何でもありじゃないからね」
「わかっているって」
チートかと思った結界も、出来ることと出来ないことがあった。お湯を沸かす結界とか冷やせる結界とか無理だったわ。
病原菌対策で薄い膜の結界を纏ってもらい、ゴブリンを解体し始めた。
「中も人と変わらないのね」
まあ、そこまで人体に詳しいってわけじゃないけど、心臓の位置や形、胃があって腸がある。胃の中には肉や木の実が入っていた。
「雑食ではあるんだね」
肉食ってわけじゃないようだし、なんか調理してないか? 思った以上に文明文化は高そうだ。
解体してないゴブリンの臭いを嗅ぐと、そこまで酷くはない。垢もそこまで溜まってない。水浴びしているのかしら?
「亜人、かなり知能が高いっぽいわね」
「村を作るくらいには知能があると言われているわよ」
「そうね。縫製技術もなかなかのものだし、人間並みに知恵がありそうだわ」
針や糸もしっかりしている。これを自分たちで作るなら相当なものよ。
「殺しちゃ不味かったかしら?」
「襲ってきたのはこいつらなんだから構わないわよ。こいつらは人間を襲うんだから」
それもそうね。襲われて慈悲を掛けてやるほど優しくないしね。
他のゴブリンも腹を割いて確認。あ、こいつはオスだ。アレがある。これはちょっと似てるかわからないわ。見たことないし。
「亜人とか言われるのもよくわかるわ。人間によく似てるもの」
人間が何かの原因でこうなっちゃったのかしら? ファンタジーは理不尽が多いから困ったものよね……。
「こんなものかしらね」
専門家でもないのでわかるだけの情報は紙に書き、絵に出来ることは絵にした。
「ルル。これに薄く結界を纏わせて」
「わたしの力、いいように使ってくれるわね」
「力は使ってこそよ」
あるのなら使う。利用する。ただし、悪いことには使わない。でも、必要なら躊躇いなく使いましょう、よ。
「ティナ、お風呂沸いてる?」
「沸いてるよ」
ルルに結界を解いてもらい、服を脱いでお風呂に入った。あ、燃やしてから入るんだったわね。
「ルル。亜人に結界を纏わせて燃やしておいてよ」
「まったく。猫使いが酷いんだから」
「肉塊になった側で食事したくないでしょ。がんばって」
わたしは平気だけど、ティナが心底嫌そうな顔をしている。ティナに乗らしてもらっているんだからそのくらいやってちょうだい。
「ハァー。わかったわよ」
よろしく~。
ゴブリンは何の素材にもならず、魔石が取れるわけでもない。ただ、討伐対象とはなっているようで、耳を切り落として冒険者ギルドに持って行くとお金になるらしいわ。
何事もなくカルブラ伯爵領に到着。バイバナル商会の支部に向かう前に冒険者ギルドへゴー。カウンターで要件を告げてゴブリンの耳を出した。
「……あなたたちが倒したの……?」
受付のおねーさんに驚かれた。
「相棒のティナが一人でやりました。わたしは見てるだけでしたね」
わたしはまだ戦闘を出来るほど強くはない。物作りばかりで戦闘訓練もしてこなかったしね。
「どこで遭遇したかわかる?」
鞄から自作の地図を出し、ゴブリンが出た場所を説明したら受付のおねーさんが黙ってしまった。どうしました?
「ちょっと待ってて」
そう言って下がると、白髪のおじちゃんを連れて戻って来た。
「こいつらか?」
「はい。ウソを言っている感じはありません。場所も正確です」
確かにわたしたちのような見習いたちがゴブリンを倒しましたって言っても信じられないわよね。
「ゴブリンが装備していたものもありますよ」
冒険者ギルドに来る前に背負い籠に入れてある。まあ、八匹分となると二人でもキツいので、運んで来たのを疑われないか心配だけど。
「随分と綺麗だな」
「売れるかなと思って汚れないように倒して綺麗にしました。これって買い取りしてくれますか?」
ダメなら解体して別のものの材料にするわ。
「もちろん、買い取るさ。他に情報があるならそれも買おう」
なかなか出来るおじちゃんのようだ。まだ隠していると察したのでしょうね。隠しとおせないか。
仕方がないのでゴブリンを解体したときの絵を出した。
「……お嬢ちゃんが描いたのか……?」
「はい。ゴブリンがどんな生き物か興味が出たので。可能なら剥製にして取っておきたいくらいです」
ルルの結界があられば可能なんだけど、ティナが嫌がったから止めたわ。どこかで保存してくれないかしら?
「そ、そうか。相棒も大変だな」
なぜかティナを見るおじちゃん。何がよ?
「ま、まあ、これだけの情報なら銀貨十枚、いや、十五枚は払おう」
十五枚とは破格だこと。そんなに重要だったのかしら?
「銀貨五枚は銅貨でください。細かがないんで」
露店を使うなら銅貨のほうが使いやすいのよね。
「あと、これに名前と出身地を書いてくれ。あと、お嬢ちゃんたちを正式な冒険者とする」
お金をもらうと、紙を出された。
「十五歳からじゃないんですか?」
「決まりはそうだが、才能がある者は特例で冒険者にさせることも出来る。お嬢ちゃんは今から銅星一つだ」
タグみたいなものを出され、そこに星が一つ、刻印されていた。
「次からはそれを見せるといい。ちなみに星が三つ刻印されたら鉄星に進級出来る。まあ、星を三つ溜めるとなると十年は必要だがな」
それが十一歳と十二歳に与えるとか、ゴブリンの情報はそれだけのものだったことか。
出された紙に名前と出身地、あと、年齢を書いた。
「末恐ろしい子が入って来たのかもな」
「はい?」
「いや、何でもない。ところで、カルブラ伯爵領に来た理由は何だ?」
「バイバナル商会にお届けものを運んで来ました。行く前に冒険者ギルドに寄ったんです」
「バイバナル商会とは大きい商会だな」
「ここでも大きいんですか?」
「あの商会は王国中にある。規模だけ言えば三番目、と言ったところだな」
あれで三番目なんだ。さらに大きな商会があるとか想像が付かないわね……。
「それと、武器屋を紹介してもらえますか? 相棒が弓が欲しいって言うので」
「それなら紹介状を書いてやるよ」
その場で紙に書いてくれて渡してくれた。なかなか気前がいい人で助かったわ。
「ギルドを出て右に四軒目だ。支部長のロッグからだと渡すといい」
「ありがとうございました」
ギルドを出て四軒目のところにあったのは工房のようなところだった。武器屋じゃないんだ。
「こんにちは~。支部長のロッグさんの紹介で来ました~」
そう声を掛けると、汚れたエプロンを掛けた四十くらいのおばちゃんが出て来た。
「ロッグの紹介だって?」
「はい。これ、紹介状です」
出した紹介状を渡し、中を読んだおばちゃんは「ふ~ん」と声を出した。何?
「弓が欲しいのはどっちだい?」
「ボク」
お休みの問いにティナが手を挙げた。
「じゃあ、こっちに来な。そっちのお嬢ちゃんは待ってな」
ティナだけ連れて奥に行ってしまったので、仕方がなく待つことに。長くなりそうだから店内を見て待つことにした。
ここは木を使った工房のようで、弓だけじゃなく箱とか簾なんかも作っているんだ。弓だけじゃ食べて行けないってことかしら?
「商売って大変なのね」
手に職があまってもままならないか。わたしもいろんなことが出来るようになって食べるのに困らないようにしないとな~。
三十分くらいしてティナとおばちゃんが戻って来た。
「キャロ、銀貨三枚だって」
「わかったわ」
銀貨三枚か。五枚くらいかな? って思ってたのに、案外安かったのね。知り合い割引してくれたのかしら?
銀貨三枚をおばちゃんに渡した。
「矢はどうする?」
あ、矢ね。弓だけじゃ意味なかったっけ。
「じゃあ、五本ください」
鏃さえあればわたしでも作れそうだしね。まずは五本で構わないでしょう。
「あの、あの棚に並んでいる箱も商品ですか?」
「そうだよ。何か欲しいものでもあったかい?」
「はい。小物を入れる箱が欲しかったんです」
自分で作るとなると時間を取られちゃうからね。買えるものなら買っておきましょう。
なかなかいい値段はしたけど、物はいいので十個ほど買わしてもらった。
「毎度あり。また来ておくれ」
「はい。帰りにまた寄らせてもらいます」
お母ちゃんのお土産にするとしましょう。
「ここか」
バイバナル商会カルブラ伯爵領支部。こちらのほうが何だか大きい感じがするわね。
王国の規模はお嬢様との勉強で学んだものの、何か地図や資料を見ての勉強じゃなかったからいまいちわからない。だから、バイバナル商会は各地に支部がある大きな商会ってしかわからないのよね……。
ただまあ、その領地で他の支店と見比べたら商会の規模はそれなりに理解は出来るけどね。
「確かに王国で三番目ってのもわかるわね」
左右にさらに大きな商会があり、わたしから見て右のお店は建物や敷地が広く、左のお店は何の屋敷かと思うくらい豪奢。間のバイバナル商会は一般人向けの活気あるお店って感じだわ。
「ルーデッヒ商会とライグルス商会が並んでいるなんて珍しいわね」
敷地がのがルーデッヒ商会。豪奢な屋敷がライグルス商会みたいよ。
てか、トップ3が並ばして大丈夫なの? 利用するお客さんは違うみたいだけど、カルブラ伯爵領って、商会が儲けるほど大きいの?
「キャロ、入らないの?」
長いこと考えていたようでルルが頭に乗ってきて猫パンチされてしまった。
「う、うん。入ろっか」
お客さんたちに混ざり店内に入った。
……なんだかスーパーマーケットみたいな感じね……。
店内の広さは病院のコンビニの三──いや、四倍はありそうね。いろんな商品が並んでおり、スーパーマーケットってよりホームセンターって感じかしら? まあ、ホームセンター行ったことないからよくわかんないけど。
食料品もあることはあるけど、加工品ばかり。生鮮品はないわ。それは市場と住み分けしてるのかしら?
スーパーマーケット的な感じならどこかにサービスカウンター的なところがあるはず。どこですか~? あ、あった。
サービスカウンター的なところにいる品のよさそうな男性にコンミンド伯爵領から来たことを告げた。
「あなたが。本当にお若い方だったのですね」
わたしたちのことが伝わっていたようだけど、伝達方法が口伝や手紙くらい。姿を見なけりゃ信じられないでしょうよ。
「はい。まだまだ未熟者です」
「ふふ。なるほど。謙虚な方だ。奥へどうぞ」
わたしたちが小娘でも丁寧な対応はバイバナル商会の教えなのかしら?
サービスカウンター的なところから奥に入ると、商談スペース的なところだった。
……大口取引はここで、ってことなのかな……?
「わたしは、支部長のクルスです。以前、レンラさんの下で働いていました」
「レンラさん、もしかしてバイバナル商会でもかなり上の方なんですか?」
「あの方はバイバナル家の本家の方です。四男でしたが、仕事が出来る方で、王都の本店を任されていたときもありました」
「それで決定権が高かったんですね」
わたしのような小娘の話を信じて決定を下すとか不思議だったのよね。本家の人なら納得だわ。
「あ、依頼された品です」
そんな話はあと。まずは依頼された金属板をクルスさんに渡した。
「確かに受け取りました。依頼署名書を出しますね」
へー。そんなのを書くんだ。なあなあにはしないんだね。
依頼署名書ってのをもらい、内容を確認。サインだけじゃなくバイバナル商会の判も押すんだ。
「それをなくさないでマルケルに渡してください」
ん? クルスさんの口調に首を傾げた。
「もしかして、マルケルさんとは仲がいいんですか?」
「マルケルが侮るなとは書いていましたが、なるほど、あなたを見た目で判断したらダメですね」
いや、見た目で判断してくれてかまわないのですが。前世の知識をプラスしても人生経験はクルスさんにまったく届いてないんだからね。
「マルケルとは同期です。バイバナル商会に入ったときから出世を争っていました」
「クルスさんが勝ったんですか?」
コンミンド伯爵領よりカルブラ伯爵領のほうが大きい。出世したと言うならクルスさんのほうでしょうよ。
「そうですね。評価はわたしのほうが上でしょう。ですが、運のよさはマルケルのほうが上だったようですね。あなたと出会えたのですから」
あん? わたしと出会えたことが運がいいの? わたし、マルケルさんに何かした?
「きっとマルケルは近いうちに王都に戻るでしょう」
「そうなんですか? それは残念です。マルケルさんには何かとお世話になっているのに」
何だかんだとわたしの要望に答えてくれている。そんな人がいるとなると寂しいものだわ……。
「わたしがマルケルに勝てないと思うところはそこですね」
うん? そこ? そこってどこよ?
「いえ、忘れてください。キャロルさんたちらすぐにお帰りになるのですか?」
「いえ、しばらく滞在しようかと。初めてのところですし、いろいろ見て回りたいので」
「それなら我が商会を拠点にしてください。従業員の部屋が空いてますので。もちろん、お代はいりませんよ。あなた方はバイバナル商会にたくさんの利益をもたらしてくれてますからね。好きなだけ利用してください」
「そんな悪いですよ」
さすがにタダは不味いでしょ。いくらか出しますよ。
「まったく悪くはありません。マルケルからもあなた方をよろしく頼むと言われていますからね」
「どうしようか?」
一応、ティナにも訊いてみる。答えはわかっているけどさ。
「キャロが決めていい」
「では、お世話になります」
お金をもらってもらえないのならお手伝いでもさせてもらいましょうか。
貸してくれた部屋は二人部屋で、陽当たりのいいところだった。
「何だか悪いわね」
「バイバナル商会としてはそれだけキャロを囲っておきたいんでしょう」
「わたし、そこまで価値があるのかしらね?」
そこまでバイバナル商会に利益をもたらしているとは思えないんだけどね。重要なことは秘密にしてるだしさ。
「あると思っているからこんな部屋を与えたんでしょ。キャロは気にならないの?」
「別に。わたしたちはまだ子供だし、後ろ盾がないと好きなことも出来ないわ。自由にさせてくれるバイバナル商会には感謝しかないわ」
悪どい商会なら自由を奪い、低賃金で働かせているところだわ。けど、バイバナル商会はそんなことしない。こうして冒険にも出させている。優良商会が後ろ盾になってくれるのなら喜んで利用されるわ。
「そういう割り切ったところがあるわよね、キャロは」
「大事なことを優先するならどうでもいいことは割り切らないとね」
前世で早く死んだからかやりたいこと優先で、どうでもいいことはほんとどうでもいいのよね。名誉も功績も欲しいのならくれてやるわ。まあ、お金は必要なのでしっかりいただきますけど。
「大事なことを優先しすぎるのもどうかと思うけど」
「そうね。逆に大切なものを蔑ろにしているように見えるわ」
え? そうなの?
「何事もほどほどがいいものよ。あちらを立てればこちらが立たずと言うでしょ」
いや、それはまた違う意味じゃなかったっけ?
「……つまり、どうでもいいことにも目を向けろってこと……?」
「どうでもいいはさすがに言いすぎだけど、余裕を持て、ってことよ。人生、急いだからって望む人生になるとは限らないわ。歩いてこそ見える世界があるからね」
猫に人生観を諭される人間《わたし》。まあ、何度も生まれ変わっていれば悟ることもあるんでしょうよ。
「そんなことよりお腹空いた」
まだ十二歳には人生論は早かったわね。いや、わたしも人生がわかるほど生きてないけど!
……ちなみに夏にはわたしも十二歳になりますよ……。
ダミーの荷物を部屋に置いて部屋を出て、またサービスカウンター的なところにいたクルスさんに出掛けることを伝えた。
「誰か案内を付けますか?」
「いえ、大丈夫です。探索しながら見て回るので」
「そうですか。必要なら声を掛けてください。いつでも人を出しますので」
「そのときはお願いします。では、暗くなる前には帰って来ますね」
「はい。気を付けて」
クルスさんに見送られておお店を出た。
今日はバイバナル商会の周りと主要な場所を探索することにした。
大きな町とは言え、商業施設はそう多くない。と言うか、三大商会がある場所が商業区の中心であり、商店街通りが二本あるだけ。一時間も歩けば大体把握してしまった。
「人が多いだけに食べるところが結構あるわよね」
「美味いものばかりで腹一杯になったよ」
屋台もあったので気になったものを買って食べていたらさすがのティナもお腹が膨れたようだ。
「ティナはまだまだね。ちゃんと計算して食べないとダメよ」
ルルの胃に計算とか関係ないでしょ。もうティナの倍は食べているじゃないのよ……。
わたしはティナの三分の一も食べてないけど、もうお腹一杯よ。紅茶を飲んで休みたいわ。
紅茶は高価なので売っているところはない。この時代はまだ喫茶店とか生まれてないのかしら?
「この時代に噴水とかあったのね」
カルブラには噴水があり、水場が結構あった。地下水が豊富な土地なのかしら?
澄んだ水だけど、水が違うとお腹を壊してしまうもの。ヤカンで水を汲み、携帯コンロで沸かして紅茶を淹れた。
広場でそんなことしているのはわたしたちくらいだけど、奇異な目で見られることもない。無関心なのかしら?
「食べ物屋さんが多いところよね」
「いいところだわ。次は何を食べようかしら?」
まだ食うんかい。その小さな体のどこに入るよ? ブラックホールでも飼ってんの?
「それだけ食材が豊富ってことよね。ここならソースとか作れそうね」
小麦粉を水で溶いて野菜を入れて焼いたものがあった。ソースはワインを使ったデミグラスっぽかったけど、方向性は同じなはず。お好み焼きを作れるかもしれないわね。
「帰ったらクルスさんに厨房を借りれないか訊いてみようか」
「それはいいわね。帰るときの分も忘れないでね」
ほんと、よく食べる猫だこと。
「あ、パンを買っておかないと。もうないんだったわ」
一人と一匹がよく食べるからもう在庫切れなのよね。滞在中もよく食べそうだからいろんなパン屋で買ってみるとしましょうか。
「パン屋、どこかしら?」
そう言えば、パン屋は見なかったわね。町の人、どこで買っているのかしら?
「あっちから匂ってくるわね」
あなたの嗅覚どうなってんのよ? 犬か。
「パンの香りが結構強いわね。まだ焼いているのかしら?」
パンは朝に焼いて売り切る感じだ。長持ちするパンはそれから焼くらしく、昼前には終わって明日の仕込みをするって聞いたことがあるわ。
とりあえず、匂いがするほうへ向かった。