肉料理と言っても調味料や道具がない状態では作るものは決まってくる。と言うか、作るものは決まっています。カツサンドを作るのです。
油はあるので猪のロース的な肉を揚げて食パンに挟んだ。
「甘辛マー油がいい味出しているわね」
「……こんな美味いものがこの世にあったんだな……」
試食をお願いしたルイックさんが感涙している。そんなにか? てか、どんな食生活だったのかしら? 昨日は必死に食べてたけど。
「確かに美味いな」
この世界のエルフさんは菜食主義ってわけじゃなく肉を好んで食べている。関心なさそうにしているけど、それ二つ目。かなり気に入っているようだわ。
鞄は時間がゆっくり流れているようなので、出来たものは乾かした笹に包んで入れておく。
三十個を作ったところで食パンが切れてしまった。あとは、豚汁の材料と焼き肉用に小分けにしておく。
午後になって三人で薪集めをする。
アタッカーなルイックさんだけに木を一本簡単に伐り倒し、わたしは手斧で枝を払い、アルジムさんは倒れた木を手頃なサイズに切った。
一時間もしないでシェルターに運び切れないほどの薪が出来てしまった。
「うちに持ち帰るか」
樵を雇い、定期的に薪を集めているから運ぶ必要もないのだけど、帰る途中にもシェルターを作ってある。そこに置くとしましょうかね。
ティナたちが帰って来るまで時間がありそうなので近くに生っている山菜を採ることにした。
「山芋なんてあったんですか」
アルジムさんが太くて長い山芋を採って来てくれた。
「これはすりおろして薄切りした肉に掛けるとしましょうか」
ご飯に掛けて食べるみたいだけど、ご飯がないのだから別の方法でいただくとしましょうか。
試作品を作ってみて二人に食べてもらう。
「うめー!」
「うん。いい」
どうやら合うようだ。いつかお米を見つけて山芋のすりおろしを掛けて食べてみたいものだわ。この世界にお米があることを切に願います。
採った山菜を揚げていると、ティナたちが帰って来た。どうだった?
「依頼分は何とか採れたよ」
「それはなによりです。帰るんですか?」
「ああ。三人で話し合ったが、魔法の鞄を売って欲しい」
「わかりました。じゃあ明日、帰りますか。わたしたちの家まで来てください」
山葡萄はまだ先っぽいし、一旦帰って新しい鞄を作るとしましょうかね。
「水も溜めておいたので汗を流してください。薪はいっぱいあるのでお湯にしてもいいですよ」
力持ちのルイックさんに新しい竈を作ってもらったのでお湯沸かし用にしたのよ。今度、煉瓦を持って来てお風呂でも作ろうかしら?
明日は早めに出発するので午前中に作ったカツサンドとすりおろした山芋を掛けたマー油炒めの肉にたものを出した。
「明日の朝の分もあるからほどほどにしてくださいね」
どんだけ飢えてんのかしら? 高位冒険者になっても美味しいものを食べられないって大変な時代みたいね……。
何とか明日の朝の分は残せて、早めに眠りについた。
今日中に帰れるように夜明けとともに起きて出発。湧水があるところで朝食にし、三十分くらい休んだら発った。
やはり高位冒険者。歩くことが商売とばかりに疲れる姿を見せない。わたしは付いて行くのがやっとだわ。ヒィーしんど。
「狼の群れだ」
こ、こんなときに!? タイミング悪いんだから!
「お、いい毛並みじゃないか。狩るとしようぜ」
「そうだな。あれなら高く売れそうだ」
「キャロルとティナはそこにいろ。アルセクス、頼む」
もしかしてわたし、気を使われた?
「お前たちは隠れていろ。すぐ終わるから」
気を使われたとしてもわたしにどうこうすることも出来ないので木の陰に隠れ、鞄から水筒を出して水分を補給した。
アルセクスさんの言うとおり、十分くらいで終わってしまった。
「四匹逃したか。なかなか賢い群れだったな」
戦いを見ていたようで、狼の群れをそう称していた。
「そう言えば、わたしたちって狼と会ったことなかったね」
「それはルルが威圧してたから」
「そうなの?」
「にゃ~」
そうだとばかりに鳴くルル。全然知らなかったわ。
「出て来ていいぞ」
アルジムさんの声で木の陰から出ると、頭から尻尾まで三メートルはある黒い毛の狼が五体も転がっていた。
「デッカ! こんなのがいるんだ!
「どこからか流れて来たんだろう。ここでは見ない種類の狼だ」
流れて来る獣や狼、多くない? 何かそれ以上の魔物が暴れているとかなの?
「二人とも。今日はここで野宿する。用意してくれ」
さすがにこのサイズじゃ手間が掛かるか。今日中に終わるかもわからないわね。
「ティナ。その辺を刈ってちょうだい」
山の斜面なので野宿するのは大変だけど、運のいいことに小川が流れていた。狼の解体をするには問題ないでしょうよ。
「狼って食べられるの?」
「食べれないことはないが、あまり美味いものではないな」
「腿のところを切ってもらっていいですか? 試しに調理してみたいので」
背負い籠は空いている。あのくらいなら持って帰れるはずだ。
「わかった。もう片方は血抜きして塩で食うか。美味くはないが、肉が食えるからな」
美味しくないものでも食べられるなら食うって感じか。冒険者はワイルドなのね。
持って帰ろうとしたけど、さすがに大きな狼だったから腿も大きかった。とても持って行けるものじゃないから食べることにしたわ。
「ルル。ちょっと手を貸して」
「にゃ?」
手を? と自分の前足を見た。いや、比喩的表現だよ。
「結界でこの肉を包んで。下はちょっと空間を作ってね」
水があれば血抜きが出来るんだけど、小川程度の水じゃ時間が掛かり過ぎる。ここは遠心力で血を抜くとしましょうか。
木の枝に吊るしたモモ肉に結界を纏ってもらい、自動で回るように別の結界を纏わせてもらった。
地面に円を描くように回してもらうと、血が空けた空間に溜まり出した。
「結構抜けてないものね」
一回水で洗ったんだけどね。もうコップ一杯分の血が溜まったよ。
「……そんな血抜き法があったんだ……」
「あ、単なるわたしの思い付きです。本当に血が抜けるとは思いませんでした」
ってことにしておきましょう。本当は重力結界とか作って欲しいけど、概念もない猫に教えるのが面倒だ。遠心力で血抜きを行いましょう。
三十分くらい回すと、コップ四杯分は溜まった感じかな? まずはこんなもので焼いてみましょうかね。
Yの字の枝を見つけて来て焚き火の端に刺し、モモ肉を木の串に刺して火に掛け、ウルカと塩を掛け、焼けてきたら油を塗ってさらに焼く。
一時間くらい弱火で焼いていると、なかなかいい感じの匂いがしてきた。
「香草とか欲しくなるね」
この世界にはどんな香草があるのかしら? あったらカレーとか作ってみたいわ。わたし、カレーって小さい頃に甘口のしか食べたことないのよね。味も微かにしか覚えてないわ。
「こんなものかな?」
二時間くらいでいい焼け具合になった。
表面を切って試食。どちらかと言えば鶏肉寄りかな? 悪くはないけど、そう好んで食べる肉じゃないわね。
「ティナ。切り分けてくれる? 中をもうちょと焼きたいから」
サナリクスの面々も食べたいって顔をしている。狩ったのはそちらなんだから好きなだけ食べてください。
「なかなか美味いじゃないか!」
「狼の肉、結構臭かったのにね」
「やはり血抜きが大事なんだろうな」
サナリクスの面々には好評のようだ。ルルもティナもモグモグ食べている。そんなに美味しいのかしら?
わたしの舌も贅沢になったものよね。このくらいの味では満足できなくなっているんだからね。
十五キロはあったモモ肉も六人+一匹の胃に消えてしまった。どんだけ食べるんだか。
「……もう動けない……」
でしょうね。腹八分って言葉ないのかしら?
もう狼もおらず、ルルが結界を張ってくれているので皆ダラケ切っている。
「お嬢ちゃんは何をしているんだ? 食べないのか?」
奥の肉を剃り落として火で炙っていると、アルセクスさんが尋ねてきた。
「お酒のおつまみになるものを作っているんです。わたしはそんなに食べないので大丈夫なんです」
普通にカツサンドを一つ食べたら充分だし、わたしは美味しいものを少しずつたくさん食べたい派なのです。
「酒のつまみか。さっさと仕事を終わらせて酒を飲みたいよ」
どうやらアルセクスさんは飲兵衛さんのようだ。
「山葡萄のお酒って飲んだことあります?」
「ああ、よく飲むよ。その鞄はどのくらいの容量があるんだ?」
「いろいろ入れているのでどのくらいとは言えませんが、感覚で言うなら荷馬車二台から三台分ですかね? ただ、空間に余裕がないと奥に入れたものは出ないです。六割くらいで止めておくのが使いやすいですよ」
必要なものを念じると上がってくる感じで、物が多いと出て来ない感じなのよね。次はそこも考えて付与しないとダメよね。
剃り落とした肉を食べてみると、あまり味は感じない。味付けしないとダメな感じね。
鞄から壺を出して剃り落とした肉を入れた。
「ルル。これに結界をお願い。空気が入らないくらいしっかりとね」
あ、結界があれば真空にも出来るんじゃない? 今度試してみようっと。
「キャロルはおもしろいことを考えるんだな。どこで学ぶんだ、そういうの?」
「お城です。わたしたち、お嬢様のお友達係として働いてましたから。そこでいろんな人から教えてもらったり、本を読ませてもらいました。まあ、一季節だけだったので大した知識は学べませんでしたけどね」
一年いられたら魔法のことも学べたのに残念だわ。
「キャロは元々頭がいい。ボクはまったく学べなかったし」
「ティナはお嬢様の運動係だったじゃない。わたしは勉強係よ」
お嬢様も運動は必要で、走ったり縄跳びしたりに付き合うのはティナのほう。乗馬も少しやったみたいよ。
「お友達係って、貴族の子弟がやるものじゃないか?」
「お嬢様は賢い方だったので、見合う者がいなかったそうですよ」
「それでお嬢ちゃんか。凄く納得だな……」
わたしは辛うじて前世の知識があり、漫画や小説、動画なんかを観ていたから付き合えただけ。何の知識や教養もなかったらローダルさんの目にも止まらなかったでしょうよ。
「やることは終わったので、わたしは先に休ませてもらいますね」
この中でわたしがお荷物。明日のために体力回復しないとね。
野営したところは家の近くだったので、ゆっくり出発しても昼前に家に到着出来た。
「すぐにお湯を沸かすので順番で入ってください」
家は誰も使っていないようなので、沢から引いている水を湯船に流し、竈に薪を放り込んで火を点けた。
「風呂なんてあるんだ」
「はい。わたし、お風呂好きなので」
やっぱり元日本人としてはお風呂に入らないと気持ち悪いのよね。まあ、命が尽きる前は体を拭いてもらう毎日だったけどね。
「わたしたちは、あちらのお風呂に入ってきますね。沸いたら入ってください。拭くものは横の棚にありますから」
昼間からお風呂入る人はなかなかいない。今なら空いているでしょうなら民宿のお風呂を借りるとしましょうか。
民宿に向かうと、珍しくレンラさんがおらず、奥さんのマーシャさんが迎えてくれた。
「今、村に下りているの。民宿の経営状態の説明会をしているわ」
へー。そんな説明会をしなくちゃならないんだ。大変ね~。
「民宿の経営は順調なんですか?」
「とても順調よ。今日も夕方に六人のお客様が来てくださるわ」
ちょうど今日帰って今日来るのか。未だに予約が埋まっているのね。
「そんなにお客さんが来るものたんですね」
世の中、そんなに余裕がある人がいるものなのね。
「そうね。領外にも名が知れたみたいでかなり先まで埋まっているわ。増築しようという話も上がっているわ」
「それなら冒険者を定期的に雇って山狩りするといいですよ。帰りに大きな狼の群れに襲われました」
「狼に!? 大丈夫だったの?!」
銀星のリュードさんたちに出会ったことや追っ払ってくれたこと、今うちに来ていることを説明した。
「わたしたちもしばらく家にいるのでティナに見回りをお願いしますんで」
ティナもあのくらいの狼なら相手出来る。まあ、群れに勝てるかと言われたら無理でしょうが、追い払われるくらいの装備は常にしている。一人でも生き残れるわ。
「わたしからも主人に言っておくわ」
「はい、お願いします。お風呂借りますね。上がったら掃除して水を張っておきますんで」
忙しいときはわたしもお風呂掃除をしているのでお手の物よ。
お客さんが来る前に冒険の汗を流し、掃除してまた水を張って沸かした。
「もっといいお湯の沸かし方ってないものかしら?」
「お湯を沸かす仕事がなくなるよ」
それもそうね。楽にするばかりがいいことじゃないか。手間を楽しむのも今の時代だわ。
マーシャさんに上がったことを伝え、料理人さんに今回の収穫を渡した。
「狼の肉か。おれも食ったことないな。試しに出してみるか」
「お客さん、嫌がったりしません?」
「いや、結構喜ばれるぞ。冒険者料理って感じでな」
町で暮らしている人はそういうものなんだ。まあ、冒険者でもなければ生まれ育った場所から出ることもないか。移動もそう危ないところを通るわけでもないしね。
「お客さんが泊まるのでパンをもらって行きますね」
「ああ、朝に焼いたヤツがあるから持って行くといい」
「食パンはどうです? 喜ばれてます?」
「喜ばれているよ。教えてくれとお願いしてくる客もいるくらいだ」
干し葡萄酵母は秘密ってことになっていて、それをどうするかはバイバナル商会に任せてある。わたしは、使わせてもらっているって形にしているわ。
「鉄箱の生産はどうです?」
「順調に作られているよ。もう少ししたら新しい鉄箱が届くはずだ」
食パンを作るための型箱って意外と作るのが大変らしいわ。ちなみにわたしは深底のフライパンで焼いています。
「それは楽しみです。そうなると新しい窯が欲しいですね」
「もう新しくパン屋を作ったほうが早いんじゃないか? 増築の話も上がっているからな」
「パン屋、いいですね。お客さんも増えるならパン屋があってもいいかもしれませんね。山のパン屋として人気になるかもしれませんよ」
まあ、半日も掛けて買いに来る人がいるかわかんないけどね。
「アハハ。レンラさんに伝えておくよ」
食パきン二斤もらって家に戻った。
「皆入りました?」
「今、ナルティアが入っているよ。しばらく上がってはこないだろうな。あいつ、水浴び長いから」
「ナルティアさんも女性なんですね」
男勝りなところがあったのに水浴びが長いとかギャップがあるわね。
「アハハ! そうだな。いつもいるからあいつが女であることを忘れるよ」
まあ、男に混ざって冒険となれば女を出すことなんてないのかもしれないわね。
「男女混合の隊って大変ですか?」
「大変ってか、面倒ではあるな。色恋は隊を崩壊させるものだから」
そういう面でか。わたしは前世でも色恋なんて経験したことないし、理解する前に死んでしまった。今も十歳だからどう面倒かは理解出来ないわ。
「同性同士が一番だが、女だけの隊はそれはそれで大変だ。バカな男にちょっかいを掛けられたり襲われたりする。お嬢ちゃんたちも本格的に冒険をするなら気を付けろよ」
「そうだな。お嬢ちゃんなら大丈夫だろうが、人のよさそうな顔で近付いて来る男は騙そうとしていると思え。お互い、警戒しながら付き合うほうが上手くいくものだ」
「いざとなればサナリクスの名を出しても構わないぞ。お嬢ちゃんたちとは長い付き合いになりそうな予感がするからな」
わたしもサナリクスの面々とは長い付き合いになりそうな予感はしているわ。
さて。昼食は食パンをもらったので簡単なピザパンにするとしましょうか。
ルスカと言うトマトに似たものを潰し、塩と砂糖を混ぜてケチャップソースに近付けた。
「腸詰めがいまいちなのよね」
香辛料を入れた腸詰めは一般的に食べられるものだけど、わたし、ちょっと香辛料が苦手なのよね。
サナリスクの面々はそうでもないようで、ピザパンを美味しそうに食べていた。
生まれ持った好みか、育った環境か、味覚って不思議なものよね。あれだけいろんなものを食べたいと思いながら好き嫌いが出てくるんだから。
お昼を食べたら鞄から入れたものを出し始めた。
薪を入れたので出すのが大変だわ。一気に出せないのが難点よね。
……もっと自分の力を研究しないとダメよね……。
この世界の魔法は呪文とかじゃなくイメージが大事っぽい。特に固有魔法はその人の性質や性格、知識なんかに左右されると、魔法使いのアルセクスさんが言っていたわ。
薪が終わったら鍋やフライパンと言った調理道具、調味料、お皿とか、こうして出すと本当によく入る鞄よね。じいちゃんが残したら木工道具なんかもあって、すべてを出すのに一時間くらい掛かっちゃったわ。
「ふー。たくさん入るってのも面倒なものよね」
「キャロ、終わり?」
出したものを片付けてくれてたティナがミルクティー(味はカフェオレ)を持って来てくれた。
「うん。終わり。リュードさんたちは?」
「民宿にお酒を飲みに行った」
「へー。民宿でお酒なんて飲めたんだ」
お酒は樽で運び込んでいるのは見たことあるけど、酒場みたいなことするなんて聞いたことなかったわ。
「その鞄、本当に売ったりしていいの?」
「構わないわ。別にじいちゃんの形見でもないしね」
放置されていた鞄をアイテムバッグ化してしまった。偶然の産物だ。また作れるとわかったのならまったく惜しくないわ。それどころかわたしの好みの鞄を作ってアイテムバッグ化したいわ。
「ティナの分も作ろね。どんなのがいい?」
「両手が塞がらないで動きに不自由しないもの」
なかなか難しい注文をするわね。あ、なんか腰に付ける大きなポーチがあったはず。なんてヤツだっけ? 名前、全然出て来ないわ……。
「リュードさんたちからお金をもらったら材料を買いに行きましょうか。背負い鞄を作りたいしね」
「お金が余ったら槍を買っていい? 突きが欲しい」
ルイックさんの槍捌きを見て欲しくなったのかな?
「いいんじゃない。高かったら柄の部分はわたしが作るわ」
柄がなければそれだけ安くなるでしょうしね。
夕方になってサナリスクの面々が帰って来た。そこまで飲んでないみたいで、顔が少し赤くなっているくらいだった。
「あまり飲めませんでした?」
「いや、話し合うために飲んだだけさ。夜に飲む分は買ってきたよ」
陶器の壺を見せた。
この時代ではまだ瓶は貴重で、高価だからワインを瓶には入れず小樽や陶器の壺に入れたりするのよね。都会に行けば少し安くなっているみたいだけど。
「じゃあ、夕食は肉料理にしますか。熟成させてる猪の肉がありますから」
冒険に出る前に地下の倉庫に猪の肉を吊るしておいた。七日くらいは熟成しているから食べ頃でしょうよ。
「それはいいな」
「お嬢ちゃんの料理は美味いから楽しみだ」
「急ぎでなければうちの実家にも行ってください。わたしより料理上手ですから、お母ちゃんは」
「ああ、そうするよ」
ちなみに娯楽宿屋ローザ亭ってなったわ。お母ちゃんは嫌がってたけどね。
「夕食の前にこれを渡しておきますね。実際使って確かめてください」
鞄自体にもわたしの魔法が掛かっているようで、古いだけで強度もかなりある。アイテムバッグ化させてから破れや傷も付かないわ。
「代金はこれで」
と、ナイフを一本渡された。
これは魔法銀と呼ばれる金属で、かなり高価なものらしい。売れば金貨五十枚にはなるってことだ。
この時代に銀行や冒険者組合で謎のハイテクガードも発行されてない。馴染みのある商会で預かってもらうこともあるらしいけど、サナリスクはそんな商会に伝手はないのでお金になる武器を買っているそうだ。
「お釣とか出せないですよ」
「釣りはいらない。パンを焼いてくれないか? 肉や野菜はおれらでも手に入れられるが、パンはお嬢ちゃんからしか買えないからな」
「魔法の鞄はゆっくりと時間が流れるのであまり溜め込めないでくださいね」
三十日は余裕だったけど、それ以上は試してない。お湯も二十日くらいで冷めちゃったわ。
「ああ。五日もしないで食ってしまうから問題ないさ」
「わかりました。いつまでいられるんです?」
「魔法の鞄があるからな。五日くらいはいるよ」
青実草を鞄に入れてあるので二十日くらいは新鮮さを失わないでしょう。
「そうですか。なら、明日は買い出しに出ますね。小麦粉は買わないと充分な量を作れないので」
五人分となると家にある分では足りないでしょう。鞄の材料も買っておこう。パンを焼く時間は何も出来ないしね。
「それならおれらも行くか。必要なものを買うとしよう」
そういう方向で話が纏まり、わたしは夕食の準備に取り掛かった。
朝になり、リュードさん、アルセクスさん、アルジムさんと一緒に山を下りた。
ルイックさん、ナルティアさん、ティナは残り、周辺の見回りに出たわ。家の近くまで狼が出たからね。
山葡萄もそろそろ生る頃なので、ついでに集めてもらうようお願いしたわ。
主要な村まで歩いて半日なので、まずは実家に向かうことにする。今日中に帰るのは大変なので二泊三日で下りることにしたのよ。
その間の食事は民宿にお願いしてきたわ。見回りの報酬としてね。
わたしの足に合わせてくれるので三人は大変でしょうけど、嫌な顔見せずわたしに合わせてくれ、昼間に実家に到着できた。
「賑わっているな」
建物もどんどんと出来ており、人が三倍くらいに増えていた。
「マイゼンさん」
「おや、お帰りなさい。元気そうでなによりです。今日は……お客様ですか?」
「はい。銀星の冒険者さんで、うちに一泊させたいんですけど、空いてます?」
「部屋は空いてませんが、広間なら泊まれますよ。冒険者の方もよく泊まりに来てますね」
素泊まりのために建てたもので、布団や座布団はなく、ただテーブルがあるだけのものだった。
「こんなところに泊まるんですか?」
わたしが考えたとは言え、ここまで利用されるとは夢にも思わなかったわ。
「結構泊まりに来ますよ。屋根があり安い料理が食べられて風呂にも入れる。広間の料金は新米冒険者でも泊まれる値段。冒険者ギルドの支部をこっちにも建てて欲しいと陳情まで上がっているそうです」
そこまでか。ロンドカ村がこの領で一番栄えたところなのにね。
「リュードさん、どうします? ロンドカ村の宿に泊まりますか?」
銀星の冒険者ならもっと高級な宿に泊まれるでしょう。高級な宿がロンドカ村にあるかわからないけど。
「ここに泊まるよ。野宿するより断然快適そうだからな」
他の二人も異論はないようで、今日はここに泊まるそうだ。
「わたしはロンドカ村に行きますけど、リュードさんたちはどうします? 今からだとゆっくりは見れないと思いますけど」
三人の足なら三十分くらいで行けるでしょうが、ロンドカ村に行くのは初めてのこと。いろいろ探していたらあっと言う間に暗くなっちゃうわ。
「そうだな。場所だけ見ておくか。本格的に買うのは明日にするとしよう」
アルセクスさんとアルジムさんが了承の頷きをしたのでロンドカ村に向かった。
「あの商売もお嬢ちゃんが考えたのか?」
「考えただけですけどね。あとは、お母ちゃんや他の方ががんばったからです」
わたしは考えを言葉にしただけ。あとは他の人のがんばりだわ。
世間話をしていたらロンドカ村に到着。まずはマーチック広場に連れて行った。
「食料品を買うならマーチック広場がいいと思いますよ。最近、食べ物の屋台が増えているそうですから」
「お嬢ちゃんも屋台とか出してたのか?」
「はい。お城の広場でやってました。冒険者なら入れるので行ってみるといいですよ。ローザ亭でやっている屋台がありますから」
代わり映えしないメニューなのになかなか廃れないわよね。こんなに屋台が出来ているってのにね?
「お嬢ちゃんは、冒険者より商人になったほうが大成するんじゃないか?」
「商才に溢れすぎだろう」
「わたしは、いろんなところに行ってみたいんです。商売は資金を稼ぐためのものでしかありませんよ」
儲けたいのなら真似してもらっても一向に構わない。独占して面倒なことになるのは嫌だからね。
「まあ、冒険ってより旅がしたいんですけどね。リュードさんは海に行ったことはありますか?」
前世ではとうとう海に行くことはなかった。今生では海を見てみたいものだわ。
「海か。ここからなら馬車で二十日くらいは掛かるんじゃないか? 一度、王都に向かって海に向かう隊商に乗せてもらえば難なく行けるはずだ」
「お嬢ちゃんなら下働き要員として喜ばれるだろうな。料理を出来るヤツは重宝されるからな」
ほう。いい話を聞かせてもらったわ。海を目指すときはその手を考えてみるとしましょうか。
「細々としたものが欲しいときはバイバナル商会がいいですよ。わたしもよくお世話になっていますから」
「……お嬢ちゃんは大商会とも繋がりがあるのかい……」
「民宿のレンラさんは、ここで副頭をやっていた人ですよ」
「支店の副頭が民宿の主をやるのか? 副頭ってかなり優秀な者でないとなれないものだぞ」
「レンラさんは、民宿でも優秀ですよ。部屋を空けることなくお客さんを呼べるんですから」
未だにどこから集めて来るのかは謎だけど。
バイバナル商会に行くと、レンラさんの配下だったマルケルさんを呼んでもらった。
役職は番頭と呼ばれ、副頭の下で働く人らしいわ。どこまで偉いかは知らないけどね。
「これはキャロルさん。いらっしゃいませ」
「お久しぶりです。今日はこちらの人を紹介しに来ました。銀星のサナリスクの人たちです」
「これはまた有名な冒険者を連れて来ましたね」
「え? リュードさんたち有名人だったんですか?」
ネットやテレビがない世界で有名になるとか凄いことじゃないの!?
サナリスクの功績を聞いたらなるほどと納得しか出来ない功績ばかりだった。
「……凄いんですね……」
語彙力が死んじゃったけど、戦闘力、知識力、問題解決能力と、若いのに英雄クラスの人たちじゃない。と言うか、問題に遭遇してばかりじゃない? 竜と戦って生き残れるとか意味わからないわ。なんて主人公の集まりよ?
「運が悪いだけさ。おれたちとしてはもっと安全に仕事をこなして稼ぎたいだけだからな」
まあ、冒険もほどほどが一番。毎回ギリギリな冒険なら心身がボロボロになっちゃうわ。わたしは、おもしろおかしくなる冒険を心掛けるようにしようっと。
「あ、鞄が作りたいので革をいただけますか? 背中に背負うものを二人分作るのでたくさんいただけると助かります」
「鞄ならうちでも売ってますよ」
「いえ、大容量の鞄なので自分で作ります」
わたしが思う鞄と売っている鞄では全然違うのよね。
「キャロルさんが作るものなら画期的なんでしょうね。完成したら見せてください」
「鞄ですよ? 画期的なことなんてありませんよ」
わたしは別に発明家ってわけじゃない。そんな画期的なことなんて考え付かないわよ。
材料を用意してもらった。
「革と革をくっつける溶剤ってありますかね?」
「ありますよ。カワニシキと呼ばれる木の樹液で作るものです」
固めた樹液と獣の油、そして、硫黄を混ぜて作るらしい。考えた昔の人に感謝です。
「ついでだから靴も作っちゃおうかな?」
今履いているものはサンダルに布を縫ったもので、防御力があまりないのよね。革で作れば……あ、鉄板を仕込めば安全靴になるかも。
「キャロルさんは、何でも自分で作ってしまいますね」
「自分で作ったほうが体に合ったものが作れますから」
成長期なので少し大きめに作らないとダメかもね。
今は百三十センチくらい。小柄なわたしだけど、これから十センチは伸びることを想定して作らないと。さらに身長が伸びたらまた作ればいいわ。
「完成を楽しみにしていますよ」
そこまで期待されても困るんだけどな~。
材料がかなりの量になってしまったので、マッチを取りに来るついでに持って来てもらうことにした。
「リュードさんたちはどうします? 帰ります?」
「そうだな。どうする?」
「暗くなるまで時間もないし、帰るか。腹も減ったし」
「あ、お酒は買って行くといいですよ。うちは安い麦酒しか置いてないので」
水代わりにワインを飲むってあるけど、ここは水が豊富で綺麗なのでワインは高めなのよね。
「じゃあ、買って行くか」
「マルケルさん、瓶詰めのをお願いします」
ワインは壺に分けて売るスタイルだけど、瓶に詰めたワインも売っているのよ。まあ、その分高いけどね。
「はい。どのくらい必要ですか?」
「三十本くらい頼む」
「三十本ですか? それならキャロルさんの荷物と運びますか?」
「いや、おれらで運ぶから大丈夫です」
鞄のことは秘密だしね、そう言うしかないわよね。
二つの木箱に入ってワインが運ばれて来たので、リュードさんとアルジムさんが持って帰ることにした。
「では、また来ますね」
「はい。お体にお気を付けて」
バイバナル商会をあとにし、途中で鞄にワインを詰め込んだ。
「やっぱり便利だな」
「そうだな。これだけ入れたのに重さが感じない」
異空間に入っているからね、重さは鞄の重さしかないわ。
「他に知られないようにしないといけないのが面倒ですけどね。リュードさんたちなら問題ないでしょう」
わたしたちでは守ることも出来ないしね。
「いや、おれたちも秘密にするさ。魔法の鞄を欲しがるヤツはいるからな」
「そうだな。擬装する必要があるかもな。お嬢ちゃんが持っていた鞄だと知っているヤツは多そうだから」
確かにわたしはいつも肩から下げていたしね。それがリュードさんたちが下げていたら何かと思うか。
「まあ、盗まれないよう気を付けてください」
「お嬢ちゃんは本当にあっさりしているよな。魔法の鞄がなくなったというのに」
「不自由もまた楽しいものですよ」
今のわたしは五体満足。加えて付与魔法を授かった。出来なかったことが出来るようになったのよ。なら、やるしかないじゃない。出来ることをたくさん見つけるだけよ。
「お嬢ちゃんは変わっているな」
「そうですね。それもまたよしです」
変わっているなら人とは違う人生を楽しめるってことだもの。全然気にしないわ。
「変わっているだけじゃなく強くもあるか」
「お嬢ちゃんの周りに人が集まるのもよくわかるよ」
何だかよくわからないけど、褒められいるのはわかる。ちょっと気恥ずかしいわね……。
気恥ずかしさに堪えながら実家に帰り、リュードさんたちが買ったワインをいくつかもらい、湯上がりに飲めるよう井戸水で冷やしてあげた。
しばらくしてお風呂に入って来たリュードさんたちによく冷えたワインを出してあげた。
「冷えた葡萄酒もいいもんだな」
「ああ。これはクセになる」
「地面から泡の出る水って見たことありますか?」
この世界にも炭酸水はあるはず。山葡萄と混ぜて飲んでみたいわ。前世では炭酸ジュースって飲めなかったからね。
「ああ。あるぞ。貴族の間では果汁を入れて飲んでいるって話だ」
それはいい情報を聞いた。また冒険に出る楽しみが出来たわ。
久しぶりに実家に泊まり、朝から働かされてしまった。
「人足りてないんじゃないの?」
よくこれまでやってたね! 俗に言うブラック企業なの、うちって!?
「仕方がないだろう。人気になりすぎたんだから。ほら、手を動かしな」
動かしているよ! 誰よりも!
今日は特に人が多いせいか、昼まで休む暇もない。やっとお昼を食べ、また夕方まで休む暇なく働かされた。
夜は新しく出来た従業員の家で休み、次の日は朝の仕事を手伝ってから山の家に帰ることにした。わたしにもやることがあるからね。
「店の体制、何とかしないといけないわね」
リュードさんたちはまだ買い物があると言うので一人で帰った。
ティナたちは山に入っているのか姿が見えない。なので、民宿に行ってレンラさんにローザ亭のことを話した。
「そんなに人気になっていましたか」
「人は増やしたほうがいいですよ。ここでお母ちゃんが倒れたら仕切る人がいなくなりますからね。店は頓挫します」
「キャロルさんが言うなら速やかに検討する必要がありますね。明日にでも山を下りてみます」
こういうところが優秀な所以よね。問題が出たらすぐ行動出来るんだから。
ローザ亭に関わった者ではあるけど、経営に口出す立場ではない。まあ、横から口は出しているけどね。
夕食の下拵えをしたら作業小屋に向かってマッチ作りや新しい鞄に入れる編み籠作りを開始した。
夕方になりティナたちが帰って来た。狼を担いで。
「また狼がいたんだね」
「たぶん、はぐれだと思う。他には見えなかったから」
一匹でいたところを狩られるとか可哀想だこと。まあ、狩ってしまったのなら美味しく食べてあげましょう。
ここには道具と調味料、水が揃っているので捌くのも楽でいいわ。民宿の料理人さんも手伝ってくれたからその日で捌くことが出来たわ。
食べるには二日三日掛かるので食べるのは先。今日は熟成させた猪の肉で夕食を作った。
次の日にはリュードさんたちが帰って来た。
「必要なものは買えましたか?」
「ああ。初めて何も考えず欲しいものを買ったよ」
魔法の鞄がないと持ち歩ける量は決まってくるからね。厳選して買う必要があるか。
「明日にでもここを発つよ」
夕食の席でリュードさんがそんなことを口にした。
「そう言えば、依頼の途中でしたっけね」
青実草を採取しに来てたんだったわ。すっかり忘れていたよ。
「じゃあ、明日のお弁当を作りますね」
魔法の鞄とは別にここに泊まるお金はもらっている。明日のお弁当くらい作らないと罰が当たるってものでしょう。
……一日銀貨一枚とか高位冒険者は違うわよね……。
「それは助かる。パンを多めに頼むよ」
そうなると今から作る必要があるわね。
夕食が終われば仕込みを始め、朝はちょっと早く起きて窯と竈をフルに使ってパンを焼いた。
焼き上がったものは木の皮で編んですぐに魔法の鞄に入れてもらった。
朝を食べたらサナリクスの面々が旅立って行った。
「あっさりしたものね」
サナリクスの面々がいる間、ずっと黙っていたルルが口を開いた。
「冒険者だからね。風の吹くままなんでしょう」
わたしたちもあんな風にならないとね。いちいち別れを惜しんでいたらどこにも行けなくなっちゃうわ。
「キャロ、また冒険に行く?」
「鞄の材料が来ると思うから待っているわ。ティナはルルと山葡萄を積んで来てよ」
ルルに乗れば山葡萄が生っているところまですぐだし、ティナ用の鞄があるのでたくさん摘み放題。わたしが留守番でも問題ないでしょうよ。
「たくさん採って来てね。ジャムも作りたいから」
砂糖の消費量が増えたからかバイバナル商会もたくさん買い付けてくれている。その循環で砂糖が少し安くなったのよね。この世界、どこで砂糖を作って、どこから運ばれて来るのかしらね?
「わかった」
ティナが出掛けてしばらくすると、バイバナル商会の馬車がやって来た。
民宿の荷物もありから三台でやって来て、受け取りに民宿に向かった。
「ご苦労様です」
「ああ、ご苦労さんな」
三日に一度の割合でやって来るから御者の人ともすっかり馴染みになったものだわ。
朝に出て昼に着くので、わたしがいるときはサンドイッチを差し入れする。たまに個人的に買い物をお願いするからね。
「小屋まで運んでやるよ」
思った以上に荷物があったので御者さんたちが運んでくれた。ありがとうございます。
御者さんたちは明るいうちに帰らなくちゃならないので、昼を食べたらすぐに帰って行った。
「さて。鞄を作りますか」
作業小屋に籠り、鞄──リュックサックを作り始めた。
山葡萄採りや山菜採りはティナとルルに任せ、わたしはリュックサック作りに集中。五日くらいで一つを完成させた。
まずはティナの体に合わせて調整し、アイテムバッグ化の付与魔法を施した。
マッチで訓練したお陰で気絶することもない。わたしの魔力、上昇してるの? それとも熟練度? 数値化されてないからわかんないわね。
「斧がリュックサックの横に付けられるのがいいね」
「バランス悪くない?」
「大丈夫。あ、反対側に山刀を付けて。山歩きだと槍のほうがいいから」
まあ、ティナは体が柔らかいからリュックサックに付けていてもすぐ抜けるでしょうよ。
「村に行ってマルケルさんに見せて来てよ。あと、布を買って来てちょうだい」
「わかった」
さて。次はわたしのリュックサックを作りますか。
鞄作りに励んでいると、ティナが見知らぬおじちゃんを連れて来た。どちら様?
「革職人のラルグさん」
「いらっしゃいませ。わたしに何か用ですか?」
ティナの簡素な言葉も慣れたもの。ラルグさんはわたしに用があってティナが連れて来たんでしょう。
「お嬢ちゃんがキャロルさんかい?」
「キャロルで構いませんよ。見てのとおり小娘ですから」
さん呼びにも慣れたけど、それは商売柄から丁寧にしているだけでしょう。職人さんからさん呼びされるとただただ困るだけよね。
「いや、マルケルさんからあんたを失礼に扱うなとキツく言われているんでな」
わたし、どんなビップを受けてんのよ? そこまでの人間じゃないのにさ。
「まあ、何と呼んでくれても構いませんよ。どんなご用ですか?」
「その鞄の作り方を学んでこいって言われてね」
「鞄、ですか? 見たところ職人になってうん十年。どこか有名な工房の親方さんですよね、ラルグさんって」
「まあ、そうなんだがな。天下のバイバナル商会に言われたら小さな工房は従うしかないんだよ」
「……大人の世界は世知辛いんですね……」
わたしには馴染めない世界だわ。自由に生きられるよう冒険者で大成しようっと。
「そんな世知辛い世界で生きるのが一人前の大人ってことさ」
渋く笑うラルグさん。そんな世界で揉まれるとこんな笑いも出来るのね……。
「わたしに教えられる技術があるかはわかりませんが、学ぶことがあったら遠慮なく学んでください。わたしもバイバナル商会とは仲良くやって行きたいので」
「その歳でそれがわかるならお嬢ちゃんは大成するよ。うちの弟子にも学ばせたいくらいだ」
職人の世界も大変そうね。
「この背負い鞄、お嬢ちゃんが作ったみたいだな」
「はい。たくさん物が容れられて長時間担いでいても疲れないものを作りました。何か問題でもありましたか?」
「縫い方はまだまだ甘いが、よく出来ている。背負い鞄を極めたかのようだ」
極めるのにそう難しくないと思うんですけど? まあ、リュックサックは作るのにお金が掛かるからずだ袋を背負うのが一般的だけどね。
「細かな部品が集まっていたんだな」
その道うん十年なだけにパーツを見ただけで理解している。凄いものよね。わたしは思い出し思い出し作っているのに。
「道具があればもっと早く作れるんですけどね」
「それなら持って来た」
ティナがラルグさんが持って来た道具を作業小屋に運び込んでくれた。
「やっぱりいろんな道具があるんですね」
ハサミも何種類もあって糸は何十種類とあった。工房の道具、すべて持って来たの?
置き場所がないのでわたしの道具は一旦片付けてラルグさんの道具を並べた。
「金床まで持って来たんですね」
「結構使うものだからな。念のため持って来た」
「しばらく滞在するんですか?」
工房、大丈夫? 商売出来ているの?
「ああ。その金もいただいた」
マルケルさん、どんだけ本気なんだか? リュックサックなんてそんなに儲けにならないでしょうに。
「材料、もっと買っておくんでしたね」
「それも大丈夫だ。バイバナル商会で用意してくれるそうだから」
それから三日後、馬車で材料が運ばれて来た。ここで商売でもしようかってほどのね……。
本職に教えようなんて最初からおこがましく、三日で教えたことを理解したラルグさんは自分で作り出してしまった。なので、わたしは好きにしていいと許可をもらった材料で靴を作りを開始した。
靴の知識なんてまるでないけど、ルルの結界でわたしとティナの足の形を取り、木を削って型を作った。
型に合わせて革を切っていき、パーツにして編んでいった。
靴というかブーツの試作品が出来た。
ここから試作に試作を重ね、なかなかお洒落なブーツが出来た。
けど、これで完成というわけじゃない。素足でブーツなんて履いたら水虫になっちゃう。靴下があってこそ足元は完成されるのよ。
ってまあ、靴下は前々から作っていたから履くだけなんだけとね。
「うん。我ながらいい出来だわ」
何だか履くのがもったいないわね。傷つかないようルルに結界コーティングしてもらいましょうか。
「……お嬢ちゃんは仕事を増やす天才だな……」
はい? 何のこと?
ラルグさんが変なことを口にしてたから三日後、靴職人のガブレアさんって人がやって来た。どーゆーこと?
「ガブレア、お前もか?」
「どこかに行ったとは聞いてたが、ここに来ていたのか」
何やらわかり合うお二人さん。わたしはさっぱり何ですけど。
「バイバナル商会の金で工房を建てるそうだ」
「確かに工房は必要だな。このお嬢ちゃんは次から次へと仕事を増やしてくれるからな」
「そうみたいだな。お前んとこの工房、忙しくなっていたぞ」
「そんなにか?」
「夜遅くまで灯りが点いているくらいにはな」
「さすが天下のバイバナル商会だ。やることが迅速だ」
あの~。二人だけでわかってないでわたしに説明して欲しいんですけど。
「話に出てた長靴はこれか。まだまだ甘いところはあるが、貴族に喜ばれそうな意匠だ。これをお嬢ちゃんが作ったのか……」
「恐らく、お嬢ちゃんはもっと作るぞ。鍛冶屋も呼んだからな」
「この小屋を見ただけでわかるよ」
二人にはわかっているようなので、わたしは麦麹の様子を見に作業小屋を出た。
うん。鍛冶の職人さんもやって来てしまった。
「バイバナル商会、大丈夫? 利益出るの?」
そう心配するくらいわたしにお金掛けすぎなんですけど!
大工さんがたくさんやって来て、音が激しいのでちょっと離れたところに鍛冶工房を建て、職人さんたちのお世話をする女の人(おばちゃん)も滞在することになった。
「……村になりそうな勢いよね……」
と言うかわたし、冒険者じゃなく職人扱いされてない? いや、ラルグさんが来てから冒険に出てないけどさ……。
「こんな鍋が欲しかったんですよ」
寸胴鍋があると大量に煮込むことが出来る。人が増えたことで豚骨スープの消費が激しくなったのよね。
「これはいいな。うちにも頼むよ」
いつの間にかやって来た民宿の料理長さんが、寸胴鍋を見て発注した。
「あいよ。弟子に伝えておくよ」
ここはわたしが希望したものを作る工房で、売り出すためのものは工房が集まった村で行うんだってさ。
わたしはお願いする立場になったので、完成した麦麹で味噌を作る実験に集中することにした。
「今度は何を作る気ですか?」
豆を煮ていると、レンラさんがやって来た。
「新しい調味料ですね。豆と麦麹、塩を混ぜて作ろうと思って」
「麦コウジですか?」
「干し葡萄から酵母を作った応用ですね。麦からも酵母、麹が出来るみたいなんですよ。麦麹を作るのが難しかったですが、味噌は……まあ、これからですね。熟成させるのに一年くらい掛かるので食べれるのは来年になりそうですけどね」
わたしも動画で観た程度の知識。試行錯誤するしかないわ。
……ますます冒険が遠退きそうね……。
「あ、干し葡萄の酵母から作った味噌を食べてみますか?」
案外、作れるものなのね。酵母なら何でもいいのかしら? そこら辺の知識がないからさっぱりだわ。
「是非、お願いします」
と言うので、豚骨スープに味噌を混ぜたラーメンモドキを作って食べさせた。
「美味しいですね!」
そうなんだ。わたしもよく出来たとは思うのだけれど、何かイメージしてた味とは違うのよね。やっぱり、食べたことないってネックよね。
「発展は料理長さんに任せます」
わたしにはこれが限界。あとは本職に任せるわ。
工房に戻り、靴下を編む日々を過ごしていると、今年初めての雪が振り出した。
この地方は雪は降るけど、そこまで積もったりはしない。キャロルの記憶では五センチくらい積もったのが最大かしらね?
本当なら冬を越すために用意をするんだけど、うちはバイバナル商会がやってくれるので忙しくはなかった。好きなことに集中出来たのだからそこには感謝ね。
「キャロ。山葡萄酒がいい感じになったよ」
別にティナが味見したわけじゃないよ。ルルが試飲してティナに報告。わたしに伝えたってことよ。
山葡萄酒が保管してある地下室に向かった。
ルルがいることで山葡萄を潰すのも濾すのも自由自在。保管も大きいタンクにして収められている。結界万歳ね。
「ルル。出来はいいの?」
「とてもいいわよ」
普通の猫じゃないとは言え、お酒が飲めるってのも凄いものよね。酔わないのに飲んでて楽しいのかしら?
山葡萄酒作りはティナの家で作っていて、ティナも手伝っていたから完全にお任せ。わたしは、道具の代わりに結界を使う方法を教えただけ。
「結構な量になったわね」
山中の山葡萄を集めたかの量だったからね。樽四つ分くらいにはなるんじゃない? こんなに作ってどうすんのよ?
「まあ、鞄の中に入れて置けばいいわね」
わたしたちが飲める年齢になるまで保管しておけばいいわ。今回の鞄は時間停止を念じて作ったものだからね。五年くらい保管してても大丈夫でしょうよ。
……来年も作ったらとんでもない量にやりそうね……。
「少し、民宿にあげましょうか」
ルルだけじゃなく、他の人の意見も聞いておきましょう。
「あ、ワインソースってのもあったわね」
作り方はわからないけど、野菜を煮たスープにワインと砂糖、クロネ(玉ねぎっぽい野菜)を入れたらそんな感じになりそうな気がする。
まあ、まずは作ってみろね。
それっぽく作ってみて焼いた猪の肉に掛けてみた。まあ、悪くないって感じかしら? ちょっと味に深みがないわ。
「これ好き!」
ティナには好評のようだ。わたしの舌、人とは違うのかしら?
「ルルはどう?」
「美味しいわよ。でもこれは鹿肉のほうがいいかも」
鹿肉か~。鹿は冬眠しないし、よく見るからティナに狩って来てもらいましょうか。
これもここまでがわたしの限界。料理長さんに発展をお願いするとしましょうか。
「ワイン煮込みはどうかしら?」
猪肉を厚鍋で煮てみると、なかなか悪くない出来上がりだった。わたしはこっちのほうが好きかしらね。
「最後のソースをパンで付けて食べるのもいいわね」
「うん。キャロ、カリカリ焼いて」
うちのグルメモンスターは注文が多いわね。まあ、二人の意見はとても参考になるのでパンを焼いてあげた。
「うん。いいわね」
わたしもやってみると結構美味しかった。
これならビーフ(ではないけど)シチューも行けそうね。作り方はまったく知らないけど。