この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 朝になったら山羊にエサを与えた。

「いっぱい乳を出してね」

 おいしい乳を出してもらえるよう、山羊たちを撫でた。

「山羊の小屋を作ったらウールを運んでこないとね」

 卵は鞄に入れてあるのでしばらくは大丈夫だけど、マヨネーズをそろそろ作りたい。ここの野菜、苦いんだよね。マヨネーズでもつけないと食べられたものじゃないのよ。まあ、生で食べられる野菜が少ないからつけられるにも少ないんだけどね。

 それでもキャベツのような野菜はある。千切りにマヨネーズをつけて食べたいわ。

「おはようさん。早いんだな」

 ローダルさんが起きてきた。

「いつもこんな感じですよ。お城でも早かったですからね」

「城はそういうのがあるからお嬢様のお友達係の選定は大変なんだよな。お嬢ちゃんたちがいてくれて本当に助かったよ」

 確かに十歳くらいの女の子には厳しいでしょうね。教養もあり礼儀も知っている者を連れて来いってほうがどうかしているわ。

「わたしもたくさん学べたので助かりました。自分の魔法もわかりましたから」

「お嬢ちゃん、魔法が使えるのか?」

「はい。と言っても凄い魔法は使えませんけどね」

 固有魔法のことはローダルさんにも秘密だけど、だからと言って魔法が使えないことを隠すのは不便だ。なら、別の魔法が使えることにしちゃえばいいわ。

「どんな魔法が使えるんだ?」

「これです」

 と、十センチくらいの細い棒をスカートのポケットから取り出した。

「それは?」

「着火」

 そう唱えると、棒の先から火が生まれた。

「な、何だ!? 火がでたぞ?!」

「わたしの固有魔法です。物に魔法を込められるんですよ。名付けて移し込みです」

 ごめんなさい。上手い名前を考えてませんでした。

「う、移し込み? そんな魔法聞いたことないぞ」

「だから固有魔法なんだろうと言ってました」

 誰が、とは言わないでおく。今ならローダルさんも気にしないだろうからね。
 
「……こ、固有魔法か。確かにこんな魔法みたことがないな……」

「まあ、魔力が少ないからか、限界なのかはわかりませんが、少しの時間しか発動しない上に一日三十本が精一杯でした」

「これは、どんな役に立つんだ?」

「竈に火をつけたりお風呂に火を入れるのに使えますよ。火打石を使う必要もなく残り火を心配する必要もありませんからね。慣れれば一本で火がつけられますからね」

 お母ちゃんもお父ちゃんも楽だと好評だ。おばちゃんたちにも配っているからわたしの魔法はこれだと思われているわ。

「もう一回いいか?」

「いいですよ。たくさんあるので」

 ポケットから五本出してローダルさんに渡した。

「着火でいいのか?」

「はい。最初は出来なかったんですけど、いろいろやっているうちに出来ました」

「固有魔法は特別だと聞くからな。使う者の考えが活かされるんだろうよ」

 へー。そう言われてんだ。固有魔法って案外知られてたりするのかな? 

「着火」

 火がつくほうには炭をつけてある。ついてないほうを持って発動の言葉を口にすると、火が生まれた。

「おー。手から火を出すのは見たことあるが、棒の先から火が出るのなんて初めてだ」

 でしょうね。マッチなんてまだ発明されてないんだから。

「あ、消えた」

「ちょっとの魔力しか籠められないみたいで五つ数える間しかついてられないんですよね。それでも枯れ葉や木の皮にはつくので問題はないですね」

 この時代の人は火をつけるのが上手い。五秒もついているなら充分だわ。

「お湯を沸かすので竈に火を入れてみますか?」

 やってみたほうが早いでしょうと、台所の竈に火を入れてもらった。

「なるほど。これは楽だな」

 台所に入る人とは思えないから、野宿とかはやってそうだ。火打石を使っていたのかもしれないわね。

「雨に濡れてもつくからお父ちゃんは喜んでましたよ」

 魔法だから雨の中でも五秒はついていたわよ。

「予備はたくさんあるんで使ってみてください。いろんな人に使ってもらうば本当に便利かどうかわかりますから」

「いや、これは売れると思うぞ」

「そうかもしれませんが、利益を出すのは難しいんじゃないですか? 高ければ買わないし、安ければ利益にならないでしょうし」

「いや、これは金持ちに売る。最近、他国からタバコが流れてきてな、金持ちの間で流行っているんだよ。火をつけるのが大変だと聞いたことがある」

「お父ちゃんも吸ってたな」

「庶民の間で吸われているタバコと金持ちや貴族が吸うタバコは違うものだ。まあ、おれは吸わんからどんなものかまでは知らんけどな」

 わたしもタバコのことは知らない。けど、体に悪いものなのは確かでしょうね。

「これは着火と言うだけで火がつき、すぐ消えてくれる。携帯するのも邪魔にならない。大銅貨一枚にしても売れるはずだ」

 大銅貨一枚はぼったくりすぎない? タバコがいくらするか知らないけど、下手したらタバコより高くなるんじゃない?

「とりあえず、あるだけ売ってくれ」

「いいですよ。知り合い価格で一本銅貨一枚ってことで」

 銅貨十枚で大銅貨一枚のはず。悪くない取引でしょうよ。

「ふふ。商売が上手くなったな。大量に作ってあるんだろう?」

「はい。いろいろ欲しいものがあるので。いろいろ金策になりそうなものを作っておきました」

 ティナに剣を買ってあげたいからね。コツコツ作っておりました。まさかこんなに早くチャンスが来るとは思わなかったけど。

「いいだろう。あるだけ買わせてもらうよ」

「ありがとうございま~す」

 イェーイ!
「お酒のことはティナに聞いてください。わたしは、山羊の小屋を作るんで」

 鉈を持って山に入った。

 本格的な小屋はさすがに作れないので、手頃な木を伐って来て簡単な小屋を作るとしましょう。あとはルルに結界を張ってもらえば狼が来ても問題ないわ。

 お昼まで手頃な木を伐ってティナに運んでもらった。

「凄いな。身体強化って」

 とても十歳の女の子に運べそうもない木を両肩に担ぐティナにローダルさんが驚いていた。

 まあ、無理もない。身体強化にもほどがあるんだからね。

「おれも手伝おうか?」

「大丈夫ですよ。夕方には完成させるので」

 完成図は頭の中に入ってある。ティナはそんなわたしの指示に応えてくれる。他の人が入るほうが手間だわ。

 見立てとおり、夕方には山羊の小屋が完成。とりあえず今日は落ち葉を敷いて山羊を小屋に入れたい。

「藁をもらってこないとね」

 安心して眠れる場所があったほうがいい乳を出してくれるでしょうからね。

「ローダルさん。明日、村まで連れてってください。藁を運びたいので」

 まだ帰る様子がないので藁運びをお願いした。

「ああ、構わないぞ。泊まらしてもらっている礼はするよ」

「じゃあ、今日の夜はとっておきのを出しますね」

 山の家には窯があり、そこでパンを焼いていたそうだ。この窯なら本当のピザを焼けるはずだわ。まあ、トマトがないので似た野菜で代用するんだけどね。

「ほー。それは楽しみだ」

「にゃ~」

 ってルル、いたんかぁーい! まあ、いいけどさ。

 手を洗い、小麦粉を練って平らにし、トマトの代用品、ルシカって酸味のある野菜だ。緑色だけど、誰もピザを知らないのだからケセラセラよ。ケセラセラがなんなのか知らないけど。おばあちゃんが言ってたから頭に残っているのよね。

 生地を寝かしている間にルシカを刻んでマー油と塩を少々入れて棒で潰す。あとは腸詰めを適当に切り、チーズを切る。

「ティナ。窯はどぉう?」

「いい感じに火が回っている」

「強めにお願いね」

 寝かせた生地を平らにしてルシカを塗り、腸詰めをばら撒いてチーズを乗せる。

「ヘラが必要だったわね」

 まあ、鉈があるからこれでいっか。

「ルル。お願い」

 しゃがんでこそっとお願いすると、理解したルルが鉈に結界を施してくれ、ヘラにしてくれた。察しがいい猫だよ。

 熱々の窯にピザを入れ、焼き上がるのを待った。

「いい匂いだ」

 待ってればいいのにローダルさんもルルも窯の前から動こうとしなかった。ちょっと邪魔なんですけど。

 二十分くらいでいい感じに焼けてきた。チーズがぷくぷく言ってるし、こんなものかしら?

 失敗したら次に活かせばいいと、窯からピザを取り出した。いい匂い。

「盆も欲しいわね」

 そのまま置くのには抵抗があるけど、結界が盆になっていると自分に言い聞かせ、家のテーブルまで運んだ。

 包丁で四等分に切り分け、お皿に乗せてあげた。

「はい、召し上がれ。熱いから気をつけてね」

 何てわたしの注意など耳に届いてないとばかりにアチアチ言いながらピザを食べる二人と一匹。これは一つじゃ足りないみたいね。

「もう一枚焼くからわたしの分も食べていいわよ」

 わたしはハンバーガーでも食べるとしましょう。今回はそこまで自信作ってわけじゃないしね。どうせなら自信作を食べるとしましょうか。

「何か足りないのよね~」

 前世でピザを食べた記憶はあるけど、小さい頃過ぎて味が思い出せない。でも、何か違うのよね~。トマトじゃないからダメなのかしら? 二人と一匹を見たら美味しく出来上がっているみたいだけどさ。

「お母ちゃんに作ってもらうか」

 わたしにお母ちゃん並みの料理センスはないっぽい。どこをどう変えていいんだか考えもつかないわ。

 同じように具を乗せ、同じように焼いてみる。やはり、何か違うな~って思いが出て仕方がなかった。

「こんなに美味いのに何が不満なんだ? これは革命的美味さだぞ」

 革命的って、大袈裟でしょ。いや、この時代の食を考えたら納得もいくセリフだけどさ。

「わたしもよくわからないんですよね。もっと美味しく出来るはずなんですけど……」

「これ以上美味くなるものなのか?」

「料理に到着点はありませんよ。どこまでも美味しいを求めるのが料理です」

 いやまあ、そこまで突き詰める気はないんだけど、もっと美味しくなるなら妥協はしたくないわ。

「キャロは拘り強すぎ」

「そうだな。だが、それもいいだろう。もっと美味いものが食えるなら」

「にゃ~」

 ルルさん。それじゃ、人の言葉がわかっていると勘づかれますよ。いいんですか?

「なあ。これ、他のヤツに教えても構わないか?」

「構いませんよ。好きに教えてもらっても」

 わたしが考案したものでもなければ元祖や初代をを名乗りたいわけでもない。広まるならご勝手に、だ。

「ただ、コンミンド発祥にはしてくださいね。人気になればコンミンドの名も広まるでしょうから」

 お嬢様の応援になるかわからないけど、少しでもお嬢様の力となれたら嬉しいわ。

「ああ。それは約束するよ」

 なら、あとはローダルさんにお任せ。わたしは納得出来るピザを目指すとしましょうかね。
 次の日、藁をもらいに山を降りた。

 藁は家畜のエサや寝床になるので、売ってくれるところは結構あり、おとうちの知り合いのところで荷台一杯に売ってもらった。

「今さらですけど、ローダルさん、仕事はいいんですか?」

 何の商売をしているか未だに知らないけど、何日もわたしたちに付き合ってていいのかしら?

「問題ない。今、一番の商売相手と取引しているからな」

 一番の商売相手? って、わたしたちのこと? わたしたち、そんなに儲ける商売してないけど?

「おれの勘が、お嬢ちゃんたちの発想には金一万枚の価値があると言っている。だから今のうちに恩を売っておくのさ」

「わたしたちにそんな価値があると思えないんですけど」

 所詮、わたしは若くして死んだ身。勉強だって知識だってそこまで深いわけじゃない。漫画や小説の薄い知識しかない。とても金一万枚の情報なんて持ってないわ。

「いや、お嬢ちゃんたちには価値がある。おれはおれの勘を信じる。まあ、今はそう思っておけばいい。だが、お嬢ちゃんたちを一番買っているのはおれだと知っておいてくれ。お嬢ちゃんたちに一番買っている商人はおれだと思われるようがんばるからさ」

「……変わってますね、ローダルさんは……」

 儲けたいならもっと違うことすればいいのに、こんな小娘にそんなこと言うんだから。

「一番の褒め言葉だ」

「…………」

 自信満々に言うローダルさんに何も言えなくなってしまった。

 ま、まあ、悪い人じゃないし、商人との伝手を持っているのは悪いことじゃない。仲良くしようって言うなら仲良くしておきましょう。

「そうそう。マッチを置きにバイバナル商会に向かうな」

「わかりました。ティナ。悪いけど、実家から卵をもらってきて。マヨネーズを作るから」

「あれか! 任せて! ルル、行くよ!」

 なぜかルルまで連れて行ってしまった。

「何だ、マヨネーズって?」

「調味料の一つですね。いろいろ作ってみて発見したものです。食材をたくさん無駄にしてお母ちゃんに怒られて封印してたものですが、今は食材があるのでまた挑戦しようと思ったんです」

 わたしの付与魔法とルルの結界があれば簡単に作れるはず。前はちょっと作ってティナに味見したらマヨネーズに取り憑かれちゃったのよね。でも、作るの大変だったから我慢させてたのよ。

「あ、酢も買わなくちゃならないか。材料、何が必要だったっけ?」

 何て考えながらバイバナル商会に向かい、ローダルさんがマッチを渡している間に酢と油を大量に買った。

「お待たせ」

 一時間くらいしてローダルさんが戻って来た。

「随分と時間が掛かりましたね? 売れませんでした?」

 火をつけるなら火打石や置き火でもいいんだしね。お金持ちなら火を点けるのに拘らないでしょうよ。

「いや、売れた。それどころかもっと欲しいと言われた」

「あらら」

「あらら、じゃない。お嬢ちゃんが作ることになるんだぞ。次来るときは倍は欲しいと言われたよ」

「倍もですか? 需要ありすぎじゃないですか?」

 どこで求められてんのよ? 火を点けるくらいいくらでも方法があるってのにさ。

「コルディアム・ライダルス王国って聞いたことあるか?」

「いえ、ありません。と言うか、この国の名前も知りません」

 お城で聞きそうなものだけど、なぜか耳にすることはなかった。まあ、そのうち聞くだろうと呑気にしてたら聞かず仕舞いに終わっちゃったわ。

 王国や王都で話が通じたからね。わざわざ国名を出す機会もなかったし。

「ニーシアリ王国だ。コルディアム・ライダルス王国に比べたら小国だが、魔物が少ない地で住みやすい国だな。まあ、それでも魔物の被害はあちらこちらで起こっているがな」

 ファンタジーな世界は危険なのね。やはりわたしも何か武器を持ったほうがいいかもしれないわね。何がいいかしら?

「少し前からコルディアム・ライダルス王国からタバコが輸入され、貴族の間では人気になっているだよ」

「あー。前に言ってましたね」

「タバコは火を点けて吸うものだ」

「ですね。あ、コルディアム・ライダルス王国にもマッチがあるんですか?」

「いや、ライターって魔道具がある。十数回火が出せるものだ。貴族の必須とされている。だが、ライターは高額でありこの国の貴族でもかなり高位でなければ持つことも出来ない」

「そこでマッチと言うわけですか」

「ああ。ライターには劣るが、持ち運べるのがいい」

「綺麗な箱か布に入れると見映えはしますしね」

「箱か。そこまでは考えなかった。どういう箱がいいんだ?」

 普通の箱でええやん。って言葉は飲み込んでおく。

「うーん。すぐには思い付きませんけど、貴族の男性の服に入れやすいものがいいんじゃないですか? マッチなんて十本も入っていればいいんですから」

 貴族の服なんてそうじっくり見たわけじゃないし、人の前に立つ服も知らない。そういうのは貴族の服を作っている人にやらせたらいいんじゃないの?

「そうだな。それは後々で構わないか。で、マッチは作ってくれるのか?」

「まあ、毎日三十本は作れるので十日に一回くらいに取りに来てくれたら三百本は渡せますよ。毎日やっていれば上達するかもしれませんしね」

 面倒になったら一気に作っておけるしね。

「まあ、いきなりたくさん売るのも価値が下がるしな。うん。十日に一回取りに行くとしよう」

 何だかマッチを売るだけで一財産築けそうだわ。
 山での生活が慣れた頃、ローダルさんが帰って行った。

「何だかんだで結構いたね」

 仕事、大丈夫なん? って思ったけど、元々行商人。決められたルートを通る行商人じゃなく、放浪系の行商人なんだって。ほんと、自由気ままに商人よね。

「あのまま住み着くのかと思った」

「だね」

 まあ、馬車があるのは助かったわ。ルルだと大っぴらに出来ないしね。

「ボクは狩りに行ってくる」

「うん。わたしは作業小屋を作るわ」

 ここに来たのは冒険者になる修業なんだけど、冒険者になる費用はほとんど稼いだようなもの。山での暮らしを経験しながら心身ともに鍛えるとしましょう。

「ルル、手伝って。パンを美味しくする菌を作る小屋を作るわよ」

「菌? カビのこと? カビでパンが美味しくなるの?」

「菌にはいい菌と悪い菌があるの。わたしが作ろうとしているのはいい菌よ。と言っても作ったことないから試行錯誤になっちゃうけどね」

 実家で挑戦しようと思ったけど、やる場所がなくなったから諦めたのよね。でも、ここなら場所はたくさんあり、ルルの結界がある。温度湿度を管理しやすい結界があれば麦麹を作ることだって可能だわ。

 それには小屋が必要ってことで、ルルの結界を使って小屋を作った。

「まずは干し葡萄で酵母を作りましょうか」

 この時代には葡萄酢ってのもあるので酵母を作るのも可能ってこと。結界瓶をいくつも作ってもらい、量別、温度別と、いくつものを仕込んだ。

 二日くらいして発酵したような臭いがしてきた。小麦粉を混ぜながら様子を見て行き、八日くらいで何か出来たような気がする。漫画での知識だから完成品がどんなのか知らないのよね。

「何事も試行錯誤よ」

 時間はある。美味しいものを食べるには手間隙を惜しんでらんないのよ!

 一月後、完成と言っていい酵母菌が出来たと思う。たぶん。きっと。そうならいいな~って思います……。

「今日のパンは美味しいわ!」

 グルメ猫ルル様が尻尾をブンブンと振って美味しいを表現しているわ。

「それはよかった。でも、まだ改良が必要ね。ルル、また結界瓶を三十個くらいお願いね」

「これ、まだ美味しくなるの?!」

「なると思うわ。小麦粉もまだ粗いのかな?」

 薄力粉と強力粉の違いがわからない。粉の挽き方が違ってくるのかな? 今度、臼を買おうかしら?

「キャロ、拘りすぎ。もうキャロ以外の料理食べれなくなる」

「まったくだわ」

 何よ、それ? 褒めてんのか文句を言ってるのかどっちよ?

「ん? 誰か来きた。馬車二台よ」

「ティナ」

「了解」

 昼食を中断してわたしが対応、ティナは陰から警戒。ルルは屋根の上から援護。これがわたしたちが考えた対応法だ。

 ドアの前で待っていると、ルルが言ったとおり馬車が二台現れた。

「レンラさん?」

 先頭の馬車にはレンラさんと御者さんが座っており、後ろの馬車は箱馬車だった。

 ……そう言えば、泊まりに来るとか言っていたっけ……。

「ティナ、大丈夫よ。出て来て」

 家畜小屋の陰から出て来た。相変わらず隠れるのが上手いわよね。

「お久しぶりです。元気そうでなによりです」

「はい。レンラさんも元気そうで。お店はいいんですか?」

「十日ほど休みをいただきました。五日ほど宿泊させてもらいます」

「喜んで。何人ですか? たくさんいると相部屋になっちゃいますけど」

「妻とわたしの二人でお願いします。この荷物を宿泊する代金として受け取ってください」

「いいんですか? かなりの量ですけど」

 荷台には木箱が四つに樽二つ。藁まで持って来てくれたわ。

「構いません。マッチが思いの外好評で、予想以上の高値で売れました。またお願い出来ますか?」

「はい。毎日作っているので三百本はあると思います」

 酵母を作る間にマッチも作っていた。数えてないけど、三百本はあると思うわ。

「それは助かります。どんどん売ってくれとのことでしたから」

「でも、そんなに売れるなら別の方法も考えないとダメですね。わたしだけしか作れないのでは商売として成り立たないでしょうし」

「今、キャロルさんのようなことが出来る者を捜しています。まあ、見つけるにはかなり時間が掛かるので、しばらくはキャロルさんに頼ることになるでしょうが」

「魔力があればもしかするともっと作れると思うんですけどね。今のわたしでは三十本くらいが精々なんで」

「魔力があればもっと作れるのですか?」

「ま、まあ、感覚のことなで絶対とは言えませんけどね」

 何か解決法でもあるのかしら?

「次回、来たときに試してください」

「はあ、わかりました」

 次回と言うならそんときに教えてもらえばいっか。作ろうと思えば百でも二百でも作れるんだからさ。
 
「あなた」

 と、レンラさんの奥さん、マーシャさんが箱馬車から降りて来た。

 マーシャさんとは実家で会っている。まあ、そんなにしゃべったわけじゃないけどさ。

「いらっしゃいませ。ちょうどお昼なので皆さんもどうですか? たくさんあるので遠慮はいりませんよ」

「それはありがたい。ご馳走になるとしましょう」

「はい。御者さんもどうぞ」

 荷物の降ろしはあとにし、皆を家に入れた。
「なんだ、このパンは!?」

 昼食に出したパンを食べたレンラさんが叫んだ。

「コッペパンですね」

 形がそうだからそう命名しました。なぜコッペっていうかは知りません。

「いえ、そうではなく、なぜこんなに柔らかいのです?」

「どう焼けばこんなに柔らかくなるの?」

 サーシャさんも柔らかさに驚いているわ。

「ないんですか、こんな柔らかいパンって?」

 さすがにあるでしょ、異世界って言っても。

「貴族の間では食べられているとは聞いたことがありますが、伯爵様のところではどうでした?」

「食べてなかったですね。いつも固いパンでしたから特別な日だけかと思いますよ」

 思い返すと酵母を作っている姿も容器もなかった。コンミンド家では食べられないものなのかしら?

「キャロルさんは、どうして知ったんです?」

「お城の食堂です。干し葡萄からパンを柔らかくする酵母菌があるって聞いたのでいろいろ試しました。できるまでかなり時間と試行錯誤をしましたよ」

 前世の知識とは言えないので用意していた答えをさも同然に語ってみせた。

「これをこねたパン生地に混ぜてしばらく寝かしてから焼くとこの柔らかさにならりました。わたしとしてはもっと美味しくできると思うんですよね」

「……キャロルさんは、研究熱心なのですね……」

「自分でも変な性格をしていると思いますけど、つい夢中になっちゃうんですよね。麦で作れるみたいなので満足できるものが出来たら挑戦したいです」

 醤油と味噌を作りたい。小さい頃飲んだおばあちゃんの味噌汁が飲みたいのよね。

「おおよその作り方はこれです。バイバナル商会でも作ってみてください」

 レシピの紙をレンラさんに渡した。

「いいのですか? 作るのに大変だったのでしょう?」

「構いません。これ、作るの面倒なんですよ。作ってもらえるなら買った早いです」

 別にわたしが考えて作ったものでもなし。手間隙を考えたら作ってもらうほうがいいわ。教えたなら安く売ってくれるでしょうしね。

「……わかりました。キャロルさんたちには安く売らせてもらいます」

「ありがとうございます。パンは柔らかいのを食べたいですからね」

 昼食を続け、少し食休みしたら運んで来た荷物を降ろし始めた。

「ウール、随分と運んで来たんですね。また大量発生しましたか?」

「いえ、増やしました。キャロルさんがウールの骨から出汁を取る方法を教えてくれたので消費が増えたので」

「ウール、いい美味を出してくれますよね。煮るのが大変ですけど」

 完成させるのは好きだけど、毎日作るのは面倒だと思うわたしなんですよ。

「ウールの小屋も作らないとダメですね」

 山羊たちは放し飼いして、夜に小屋に戻すことをしている。まだ乳は出さないけど、すくすく育ってくれているわ。

「いろいろもらっちゃっていいんですか?」

 布団や服、下着なんかまで持って来てくれた。買ったら結構な値段になるわよ。

「キャロルさんたちはお得意様ですからね。今回もこうして酵母菌をいただきました。これでも足りないくらいです」

 他人の知識でこんなにもらえて申し訳ないけど、どれも必要なもの。ありがたくいただいておきましょう。

 荷物を運び入れたらマッチを渡し、箱馬車は帰って行った。また五日後に来るそうよ。

「ルクスは昔冒険者をやっていた男。薪割りや力仕事をやらせてくれて構いません」

 ルクスさんは、三十半ばくらいのおじさんで、御者や山仕事も出来ると言うので連れて来たそうよ。

「それは助かります。毎日お風呂に入るんで薪割りが大変なんですよね。レンラさんとマーシャさん、明るいうちに入っちゃいますか? 夜だと小さな灯りしかないので怖いでしょうからね」

 わたしたちだけだから家の中から裸で行っているし、ロウソクの光だけで充分。だけど、慣れない人には大変だ。明るいうちに入ってもらいましょう。

「ティナ。お風呂に案内して。わたしは部屋を整えるから」

 レンラさんたちには寝室を。ルクスさんには客室で寝てもらうとしましょうか。

 ローダルさんが帰ってから掃除はしたけど、わざわざ出しておくと埃が被るので布でくるんで物置に入れてあるのよね。

「キャロルお嬢さん。おれは木を伐りに行ってくるな。斧は出ているのを借りるよ」

「はい。お願いします。暗くなるまで帰って来てくださいね」

「ああ、わかった。初めてのところだからまずは様子見してくるよ」

 慣れた人のようなので一切お任せ。部屋の用意が整えば夕食の準備に取り掛かった。さすがに五人+一匹の量となると今から作らないと間に合わなくなるからね。

「キャロ。肉が食べたいわ」

 ルルが冷蔵庫(冷たくなるよう付与を施した木箱だけどね)に入れた豚肉に気が付いたようね。目敏いんだから。

「はいはい。生姜とニンニクで焼いたものを出すわよ」

 生姜もニンニクも全然平気な猫さん。悪食なんだかグルメなんだかわからないわね……。

「醤油があればさらに美味しくなると思うんだけど、マー油で味付けしましょうか」

「楽しみだ」

 尻尾ふりふりで台所から去って行った。

「もう一人、手伝ってくれる人が欲しいわね」

 次は料理が出来る人を連れて来てもらいましょうっと。
 お二人に泊まりに来るよう誘ったけど、わたしたちにはやることがあるので、お二人には自由行動してもらうことにした。

「すみません。相手出来なくて」

「構いませんよ。こうしてのんびり出来ることなんてありませんからね」

「ええ。この人は仕事仕事ばかりでしたからね」

 仕事人間だったんだ。それなら余計に暇なんじゃないかしら?

「もし暇なら陶器でも焼いてみますか? ティナのお母さんが窯焼きをしていたので道具は揃えているんですよ」

 ティナの両親って多才なのか、ここって何気に充実しているのよね。窯もその一つで、なかなかしっかりした窯があるのよね。

「老後に窯焼き、ってのもいいかもしれませんよ。まあ、レンラさんにはまだ早いかもしれませんがね」

 まだ引退する歳でもない。商人の定年って知らないけど、まだまだ働き盛りでしょうよ。

「わたしたちが冒険者として旅立ったらここを自由に使ってください。それまで快適にしておきますんで」

 老後、山でスローライフってのも悪くないでしょうよ。レンラさんならお金も持っているでしょうし、使用人とか雇えばそう大変な暮らしにはならないでしょうよ。

「宿屋にするのもいいかもしれませんね。お金持ちなら泊まりに来るんじゃないですかね? 美味しい料理とお風呂を売りにすれば」

 まだペンションとかの概念はないはず。娯楽も少ないんだし、ちょっとした旅行なら需要はあるんじゃないかしら? 日帰り宿屋も今では娯楽施設になっている。

 あそこが庶民の娯楽ならペンションはちょっと裕福な人の娯楽になるんじゃないかな? ゴルフでも広めようかしら?

「キャロルさんは、本当におもしろいことを考えますね」

「考えただけですよ。それをどういう形にするかは別問題。子供の戯れ言です」

「その戯れ言がすべて商売になっていて、少なからず儲けとなっています。キャロルさんの言葉は無視できませんよ」

「そんなものですかね?」

 わたしは思い付きでやっているだけ。勝算とかまるでないわ。まあ、どう考えるかはレンラさんの自由。好きなように山の家で過ごしてもらい、そして、帰って行った。この近くに家を建てさせてもらいますと言い残してね。

「何だか大袈裟なことになりそうね」

「いいんじゃない」

「ティナは嫌じゃなかった? 勝手に言っちゃったけどさ」

「構わないよ。ボクはキャロと冒険者になると決めたし。それに、もう実家はここじゃない。キャロやおばさん、おじさんがいるあの家だしね」

 なかなか可愛いことを言うティナに抱き付いた。

「わたしたちは姉妹。家族だよ」

 ティナのほうが年上だけど、わたしの中では妹だ。この先、どんなことがあろうとも妹を守ると誓うわ。

「はいはい。じゃあ、狩りに行って来るよ」

 ひょいとわたしの腕の中から逃げ出し、狩りに出掛けて行った。ティナのイケず!

「……まあ、わたしも麦麹に挑戦しましょうかね。醤油が食べたいしね」

 醤油の味なんて忘れちゃったけど、美味しくなればオッケーよ。米麹を作るわけじゃないんだしね。

 麦麹に挑戦しながらあれこれやっていると、また馬車がやって来た。

「今度は誰かしら?」

 落ち着いて実験も出来ないわね。

 ティナは山菜採りに出ているので、わたしとルルで迎えた。

「料理長さん!?」

 馬車に乗っていたのは料理長さんと側仕えのミーカさんだった。

「どうしたんです? 料理長ともあろう人が……」

 てか、伯爵家の料理はいいの? 

「伯爵様方は王都に移ったからな、その間、お嬢ちゃんにパン作りを教わろうと思ってな」

 わたしみたいな小娘から、何て今さら。そこは問題じゃない。伯爵家の料理人が付いて行かなくていいものなの?

 いろいろ聞きたいので、まずは家に招き入れた。

 お茶はレンラさんが持って来てくれたので、カフェオレ(見た目は紅茶なんだけどね)にして出した。

「王都の館にも料理人はいるからな、伯爵様方が帰って来るまでは城の者たちの食事を作る。だが、今は充分足りているからな、お嬢ちゃんのところに教わりに行こうと思ったのさ。柔らかいパンは限られた者にしか伝承されないからな」

 そうなの? 長い歴史があれば誰か見つけているものなんじゃない? 伝承されるもの?

「わたしって、不味いことしました?」

「まあ、そうだが、だからと言って法で縛れることじゃない。バイバナル商会が売り出すならお嬢ちゃんに害はないさ」

 それはよかった。わたし、何かやっちゃいました? になるところだったわ。

「でも、いいのか? あれは一財産になるものだぞ」

「お金は大切ですが、だからと言ってお金に縛られる人生はしたくありません。お金よりコネのほうが後々役に立ちますからね」

 わたしは豪華な暮らしがしたいんじゃない。自分の足で世界を見ることがしたいのよ。人生を楽しみたいのよ。

「……相変わらず歳に見合わない考えをするお嬢ちゃんだ……」

「わたしはただ、冒険者になりたいだけです。まあ、冒険者の修業に来て、それらしいことしてませんがね」

 あれやこれやとやりたいことが多くて本当に困るわ。もっと早くに前世の記憶が蘇って欲しかったわ。 

「で、料理長さんたちはしばらく滞在するんですか?」

「ああ、構わないか? 料理は任せてくれ。そして、新しい料理があるなら教えてくれ。もちろん、酵母の作り方もな」

 道具は揃えてきたと言うので承諾することにした。料理の時間が削れるなら他のことも出来るしね。
 やっぱりプロって凄い。一を理解したら十を知るみたいな感じだわ。

「天ぷらか。苦い山菜がこうも美味くなるとはな」

「山菜の見立てはティナがしてくれますから。いい具合のを天ぷらにしないと美味しくないんですよね」 

 わたしは多少苦くても構わず食べちゃう。知らない味が新鮮だからね。

「いつか海の魚で天ぷらをしてみたいですね」

 エビやキスとかどんな味か全然知らない。天ぷらに合う魚を探したいものだわ。

「魚か。おれはどんな肉が合うかが気になるな」

「肉ならパン粉をまぶしたフライがいいかもですね」

「フライ?」

 肉に小麦粉を付けて解いた卵に浸してパンを崩したものを纏わせて油で揚げる。ってことを簡単に説明すると、猪の肉でトンカツを作ってしまう料理長さんは、本当にプロだと思う。

「やっぱりその道を極めた人は違いますね。前に作ったときは中が赤くて食べれなかったんですよ」

 温度計なんてないのに油の温度管理が完璧すぎる。何で見極めているのかしらね?

「おれから言わせてもらえばそんな発想が出るほうが人とは違うがな」

「わたしのは思い付きです。形に出来なければ意味がありません」

 知識に偏りがあるから正解を見つけるまで時間が掛かってしまう。それじゃ意味がないのよ。完成させてこそ知識であり技術なんだからね。

「猪も肉が柔らかくなるよう育てたらもっと美味しくなりますね」

 これでも充分美味しいけど、歯応えがありすぎる。顎や歯が丈夫な人にはいいだろうけど、弱い人には厳しいわ。肉にクセもあるしね。

「豚でやりたいですね。柔らかい肉ならマー油を掛けてパンに挟めばきっと美味しいでしょうね」

 カツサンド、いつか食べたいと思っていたのよね。あ、油で揚げられるならカレー……はないからマー油で炒めたひき肉を詰めるのもいいかもしれないわね。

「お嬢ちゃんは案外食いしん坊なんだな」

 食いしん坊はそこで無心に食べているティナとルルよ。わたしは、そんなに食べれないしね。

「わたしは、知らない味を感じたいだけですよ」

 前世ではまともに食べれた時期は少かった。十歳を過ぎてからは流動食と点滴あばかり。味もなにもあったものじゃなかったわ。

「食べれる野菜も欲しいですね。お肉ばかり食べてたら体が悪くなりますからね」

 それは知られているようで、バランスのよい食事が大切にされていると料理長さんが言っていたわ。

「そうだな。野菜も仕入れるとしよう」

 そのお金は料理長さんが出してくれるので、ティナとミーカさんで買い出しに出てくれた。

 買い出しに出たはずなのに、なぜか職人集団がやってきた。

「凄い数を連れて来たね」

「バイバナル商会が依頼したんだって。これで職人たちの食事をお願いされた」

 渡された革袋を受け取って中を見ると、金貨が五枚と銀貨が二十枚くらい入っていた。

「こっちは料理長さんに。食材はバイバナル商会が毎日運ぶ。明日には料理人も送るから自由に使って欲しいって」

 料理長も革袋を受け取り、中身を見たら相当な金貨が入っていたそうよ。

「こんなに出してバイバナル商会は儲けられるんですか?」

 出資のほうが多いんじゃないの? 大丈夫?

「おれは商売は門外漢だが、これは儲かるとわかるよ」

 わかるんだ。わたしにはさっぱりなんですけど。

「料理長さんは受けるんですか?」

 と言うか、受けていいものなの? お城で働いている人は副業オッケー?

「受けるしかないな。コンミンド伯爵領でバイバナル商会は大きい立場にいる。伯爵様でも無視出来ないくらいなのに、おれなんかでは断れないよ」

 そ、そうなんだ。そんな大きい商会だったんだ……。

「料理長はいつまでいれるんですか? かなり長くなりそうな感じですけど」

「料理人を連れて来るならそう長い間にはならんだろうし、おれも伯爵様方が帰って来ないと出番もない。呼ばれるまではここにいるさ」

 何だか自由な職業形態なのね、この時代って。

「お嬢ちゃんはどうなんだ?」

「わたしは構わないですよ。料理は料理長さんが仕切るでしょうし、わたしが出来ることは下拵えや配膳くらいだろうし」

 それでこの金額はもらいすぎだと思うんだけど、返したところで断られるだけでしょう。なら、バイバナル商会の好きなようにしてもらいましょう。わたしとしても後ろ盾があることはいいことだしね。

「まあ、そうだな。そのうち仕切る者を寄越してもらおう。おれたちは雇われた身みたいなもんだからな」

「そうですね。わたしもやりたいことややらなくちゃならないことがありますからね」

 マッチ作りをやっているところを見せておかないといけないしね。

「マルゼグ一家の者だ。あんたがキャロルって嬢ちゃんかい?」

 体格のいい職人さんがやって来た。親方さんかな?

「はい。キャロルです」

「レンラさんからどういう建物を造るか聞けと言われたんだが、どんなものを建てたらいいんだ?」

 わたしに丸投げかい! だからこの金額だったのね!

「わたし、大工の知識はないから技術的なことは任せますね」

「ああ。構わないよ。嬢ちゃんの考えをなるべく形にしてくれって言われているからな」
 
 その道何十年って職人にこんなこと言わせるとか、バイバナル商会ってどんだけなのよ?

「わかりました。紙と書くものありますか? 絵で描いたほうが説明しやすいと思うので」

 わたしの絵心では落書きレベルでしょうが、言葉で伝えるより理解されるはず。あとは職人さんたちの技術とセンスにお任せするしかないわ。
 商人って、一度やると決めたら迅速に動くものなのね。次の日から資材が次々と運ばれて来たわ。

「どんだけお金を注ぎ込もうっていうんですかね? 小さい商会なら潰れる金額でしょうに」

 元の世界なら億単位な仕事になるんじゃない? 十歳の女の子の言葉を信じていいの?

「まあ、バイバナル商会なら問題ないだろう。マッチや酵母だけでとんでもない儲けになるだろうからな」

「……そんなもんなんですかね……」

 マッチと酵母だよ? 億単位の儲けになるものなの?

「バイバナル商会の料理人はどうです?」

「優秀だよ。よく集めたと思う」

 やって来た料理人は三人。補助として五人。人件費だけでも大変でしょうよ。

 料理長さんがリーダーになって料理を教えている。わたしは、干し葡萄酵母の作り方を教えているわ。バイバナル商会でも作ってみたんだけど、なかなか上手くいかないから教えてやってくれってお願いされたからね。

 なんだか冒険者の修業じゃなく、寮のお手伝いみたいな感じになってしまったけど、もらった金額を考えたら文句も言えない。職人さんの世話はまた別のおばちゃんが来てやっているからそこまで忙しくないしね。

「キャロ。山刀の切れ味がおちたから研いで」

 作業小屋で木の皮で籠を作っているとティナがやって来た。

「わかった」

 山刀を受け取り、刃を見たらそんなに刃こぼれしている感じはなかった。

「どう鈍くなったかわかる?」

「スパッて切れていたのにスッてなった」

 ティナは無口で感覚派なので説明はそこまで詳しくは求めてない。スパッてのはわたしの魔法が消えたからでしょう。

 わたしの固有魔法は永遠に継続するものではなく、衝撃を加えると減っていったり時間が経つとなくなってしまう感じなのよね。

 砥石を出して山刀を研ぎながら切れ味が増すように念じる。

 固有魔法が付与なら別に研ぐ必要もないんだけど、思いを込めながらのほうがしっくりくるんだよね。

 井戸のところで研いでいると、休憩なのか職人さんがやって来た。

「嬢ちゃん、なかなか研ぐの上手いな」

「ほんとですか?」

 研いでいる山刀を見せると褒めてくれた。

「ああ。前からやっていたのか?」

「はい。死んだじいちゃんの道具を全部研ぎました」

 作業小屋に置いてある刃物工具を見せた。

「下手な見習いより上手いな。金を出すからわしの道具を研いでくれるか?」

「構いませんよ。研ぐの好きですから」

 一心に研ぐのって結構気持ちいいのよね。

 おじさんが持ってきたみのを研いだ。

「どう研げばこんな切れ味が出るんだ?」

「たぶん、わたしの魔法じゃないですかね? 魔法を籠められるっぽいので」

 ぼかして答えた。

「嬢ちゃん、魔法が使えるのか?」

「はい。道具に魔法を籠められる魔法っぽいです」

「あー。そんな魔法があると聞いたことあるよ」

 いや、あるんかい! この世界の魔法何でもありだな!

「他にもお願いできるか?」

「いいですよ。でも、使っていると魔法は切れますからね」

「それでも構わんさ。頼むよ」

 わかりましたとやっていたら他の職人さんにも話が回ったようで、次から次へとお願いされてしまった。

 職人さんたちはそれほどお金を持って来ているわけではないので、余った資材で木刀や杖、弓矢、ゴルフクラブなどを作ってもらった。

 夏が過ぎると、わたしが考えた家が完成した。

 家と言うか館か。部屋数も十以上あり、煉瓦製の厨房、木のお風呂、テラスとか、よく三ヶ月ちょっとで建てたものよね。この世界の技術、わたしが思うより高いみたいね。

 誰が報告していたかわからないけで、完成した次の日にはローダルさん、レンラさん、バイバナル商会コンミンド伯爵領支店の長、マルゲルさんがやって来た。

 三ヶ月もいた料理長さんがペンション──民宿で出す料理を振る舞い、一泊してもらった。もちろん、給仕はわたしとミーカさんで行ったわ。まだ出来る人がいないからね。

「なかなかいい出来だな。料理も美味かった」

 決定権はマルゲルさんが持っているので、この話を進めたローダルさんもレンラさんもほっとしているわ。

「娯楽になるかわかりませんが、こんなものを用意しました」

 猪の毛皮で作ったマットを敷き、ゴルフクラブと革で作ったボールを見せた。

「それは?」

「ゴルフって遊戯ですね。外でやるようものを考えたんですが、時間がなかったから家の中で出来るようにしました」

 百聞は一見に如かずと、わたしがやってみせた。もちろん、穴には入れられなかったけど。

「ほう。おもしろそうだな。貸してくれ」

 ノリノリなマルゲルさんにゴルフクラブを渡し、やってみたら一発で入っちゃった。ま、まぐれね。 

「敷き物の下に木を入れて変化を生めば夜の一時を楽しめると思います」

 なんてわたしの声など届いてないとばかりにゴルフを楽しむ男性陣。やっといてなんだけど、そんなに夢中になる遊びだった?

 まあ、楽しめるものみたいだし、どう遊ぶかは任せたほうがいいかもね。わたし、ゴルフとかよく知らないしさ。

「あとは任せてわたしたちは休みましょうか」

 民宿の運営はバイバナル商会がやる。形は見せたのだからあとは任せることにしましょうかね。
「そろそろ冒険者としての修業を始めようと思うんだけど、どうかな?」

 民宿も形になり、運営はバイバナル商会が行い、料理長さんとミーカさんは帰ってしまった。

 わたしたちが手伝うこともないので山に入って己を鍛えようとティナに相談してみた。

「いいんじゃない。そろそろ秋の山菜が生えてくる頃だし、またマコモがあるかもよ」

 あーマコモね。あれは美味しかったっけ。

「ミソとショーユは出来たの?」

「味噌は出来たけど、醤油は無理。諦めたわ」

 マコモに醤油を掛けて食べたかったけど、上手く行かないから諦めました。マー油や塩を掛けても美味しいしね。

「食を求めたいけど、このままやっていたら料理人にさせられちゃいそうだしね、料理は民宿に任せるわ。あっちのほうが設備も経験も上なんだしね」

 食べたいものはあちらにお願いすればいいでしょう。狩ったものや採ったものを差し出せばもらえると思うしね。

「ボクはキャロが作る料理が好きだな」

「わたしも~」

 やだ。嬉しいこと言ってくれるじゃない。野営のとき美味しいものを作れるように調味料類は持って行くとしましょうか。

「冒険に困らないよう山菜や獣を捕獲しましょうか」

 体力増強しながら食材の確保。冬もやって来るしね。

「それならウルカを採りに行こうか。山の上なら生っているかも」

 ウルカは木の実の種で、それを潰すと香辛料になるヤツだ。胡椒みたいなものかな? 猪の肉に付けると美味しくなるのだ。

「まず三日くらいにする?」

「それでいいと思う」

 じゃあ、三日分のパンと下着を持って行かないとね。

 冒険しているときはお風呂に入れないけど、下着だけは毎日着替えたいわ。

 準備に一日かけ、夜、民宿の代表であるレンラさんに伝えに行った。

 バイバナル商会でもかなり高い地位にいたはずのレンラさん。なぜか民宿の代表となった。そこまで遣り甲斐のある仕事なんだろうか? まあ、本人はやる気に満ちているので口にはしないけどさ。

「そうですか。気を付けて、無事帰って来てくださいね」

「はい。ありがとうございます。民宿はどうです? 食材を積んだ馬車が来たみたいですけど」

「裕福な方々には広まっていて、三十日先まで予約が埋まりましたよ」

「そんなにですか!?」

 どんだけ裕福な方々がいるのよ? 結構な値段を設定してたのに!

「ええ。日帰り宿屋のことが広まり、裕福な方々もそういう場が欲しかったようです」

 そんなに娯楽に飢えてんのかしら? この国、そんなに平和なの? それはそれでいいけど、冒険者としては仕事がないんじゃないの?

「ゴルフのほうも男性陣に広まり、やってみたいとおっしゃる方が多くいるそうです」

「だから木を伐っていたんですね」

 陶芸をやるのかと思ってたわ。

「山が剥げない程度にお願いしますね。禿げ山にしすぎると山が崩れちゃったりしますから」

「禿げ山になると不味いのですか?」

「木はたくさんの水を吸収します。大雨が降ったらその水は地面に染み込むしかありません。溢れた水は地盤を崩しやがて崩壊します。被害を生まないためにも木を伐りすぎないことです」

「……博識ですね……」

「そうですか? 山で暮らしている人なら経験則で知っているんじゃないですか?」

 平野で暮らす人は知らなくても山で暮らしている人なら知っている常識でしょうに。

「まあ、山で暮らす人に尋ねてみるといいですよ。自然の山を人工的にするには山に詳しい人がいたほうがいいですからね」

「ええ、そうします」

「では、明日の朝、早くでますね。家は開けておくんで好きに使ってください」

 わたしたちの部屋はさすがに鍵を掛けるけど、他なら自由に使ってくれて構わないわ。

「ありがとうございます。マッチはいつもの棚ですか?」

「はい。物置小屋にも置いてあるので好きなだけ持って行ってください」

 今日の夕食をいただいて帰り、食べたらすぐに就寝した。

 朝になり、この日のために買っておいた革の鎧と山刀を装備し、アイテムバッグ化させたリュックを背負った。

 外に出たらルルがわたしのリュックの上に飛び乗った。

「わたしも行くわ」

「いいの? 今回は結界は使わないし、なるべく煮るものにするよ」

 さすがに快適に慣れすぎた。冒険に出るなら質素な食事にも慣れおかないとね。

 ……ま、まあ、だからって不味いのは食べたくないから可能な限り美味しいものは作るけどさ……。

「構わないわ。あなたたちといたほうが気が楽だしね」

 いつも気を楽にしている姿しか見てないんだけど。

「仕方がないわね。でも、わたしたちの仲間として働いてもらうからね」

 わたしとティナは姉妹みたいなものだけど、冒険に出るなら仲間として信頼を築かなくちゃならない。お互いを支え合い、役割を決めてともに歩む仲間としてね。

「任せなさい。食べられるものか食べれないものかの見極めは得意だから」

 悪食の能力の一つらしいわ。悪食も何でも食べられるってわけじゃないみたいよ。

「よし。いざ冒険の修業へ行くわよ!」

 まずはティナの案内でウルカが生る山へと向かって出発した。