マリー様に一通りお城の中を案内されたら伯爵家の説明を受けた。

 領主様には正妻と第二、第三夫人がいて、第二夫人はミロム村に。第三夫人はサイルズ村の館に住んでいるそうよ。

 お嬢様は領主様の二番目の子で、上に十四歳の兄がいて下には五歳の弟がいるそうだ。

 基本的なこととは言え、子供に話していいことなの? 知っておかなくちゃならないことなの? どう言った理由で話すんだろうね?

 でもまあ、人間関係を知っておいて損はないか。藪を突っ突いてヘビを出す必要はないんだからね。

「あなたちにはお嬢様と一緒に学んでもらい、お嬢様が育つために動いてもらいます」

「それは、学業的ですか? 精神的にですか? それとも己の限界を教えるためということですか?」

 何を目指すかに寄って変わってくるわ。

「お嬢様はいずれ嫁がれます。貴族として生きる術や覚悟は家庭教師が教えます。あなた方がやるべきことはお嬢様に民の考えや過ごし方を教えてもらいます」

「つまり、コミ──対人関係が円滑に出来るよう育てよ、ということですか?」

 貴族もコミュニケーション能力は大切ってことかしら?

「ローダルが紹介してくるだけはありますね。お嬢様は、同年代の友人がいません。それどころか同年代の同性がいません。十五になれは王都に向かい、三年間、学園に通う必要があります」

 学園? この時代に学園なんてあるの? 時代的にそんなものあるとは思えないのだけれど? まさか、わたしって漫画かアニメの世界にでも転生しちゃったの?!

「それまで集団生活を学ぶ必要があるのです」

「その、学園とやらには上下関係があるんですか?」

 伯爵はかなりの地位だと思うけど、その上の爵位もあるはず。下にいる者を付けるだけでいいの?

「あります。が、それは旦那様や奥様が教えます。あなたたちが心配することはありません」

「気にしなくてよい、ということですか?」

「気にすることがありますか?」

「お嬢様の言葉は絶対。否定することは出来ない。下の者は自分の言うことはすべて聞くものだと思い込ませることになるのではないですか? お嬢様より上の方が戯れて貧しい格好をしてお嬢様に近付いたとき、悪い印象を与えるのではないかと思います」

 仮にこの世界が漫画かゲームの世界なら、そんなバカげたことをする者がいても不思議ではないわ。まあ、お嬢様に関係があるかは知らないけど、傲慢な性格を助長する行為は止めておいたほうがいいんじゃないかしら?

「考えすぎでしたらすみません」

 ちょっと言いすぎたと思って謝罪した。わたしは別にマリー様と言い合いがしたいわけじゃないんだしね。

「いえ、あなたの言葉はもっともだわ。世の中には困ったお方もいますからね」

 まるで近しい者にいるみたいにため息をついた。

「お嬢様を人格者に育てる必要はありません。賢く生きられる方に育ってもらいます」

「わかりました。お嬢様のために働かせていただきます」

 何となくではあるけど、マリー様の言いたいことはわかった。要はお嬢様をまっとうに育てること。そのための要員としてわたしたちが選ばれたってことだ。

「細かいことはその都度指示をします。これからお嬢様の家庭教師に挨拶してもらいます」

 家庭教師に? 何故かはわからないけど、マリー様に付いていき、上層部の部屋に連れて行かれた。

 その部屋には四十過ぎくらいの上品な女性がいた。

「お嬢様の家庭教師であるナタリア婦人よ」

「キャロルです。よろしくお願いします」

「ティナです。よろしくお願いします」

 恐らくこの人も貴族。お上品にお辞儀した。

「なるほど。あの方が推してくるだけはありますね。本当に農民の子なの?」

「はい。間違いなく農民の子です」

 わたし、疑われていた? まあ、大切なお嬢様の側に付かせるんだから調べるか。ローダルさんがいたのはそれもあったんでしょうね。

「生まれに関係なく賢い子はいるものね」

「少々、異質な賢さですが、性格に問題はありません」

「あなたが言うなら間違いないようね。わたしは、お嬢様の家庭教師をしているロイター・ハイク男爵の妻、ナタリアよ。よろしくね」 

 男爵夫人ってことか。なら、マリー様はなんだろう? 男爵の下って何?

「よろしくお願いします、ナタリア様」

「よろしくお願いします」

「では、さっそくだけど、あなたたちの実力を見せてもらうわ」 

 席に座らせ、自分の名前と簡単な足し算を記された紙を配られた。

 ……マジか……?

 疑惑が確証に変わった瞬間ってこのことを言うのかしらね? この世界は漫画かゲームが元になっているわ。

 数字がアラビア数字で+と=があるとか異世界にしたって都合がよすぎるでしょう。それともパラレルワールドだとでも言うの? 文字が英語っぽかったから考えもしなかったわ。

「難しいかしら?」

「あ、いえ、よく出来ていると思います」

 計算ではなくこの世界が、ね。なんとも都合よく出来ているわ。元の世界のものが上手く交じり合っているんだから……。

「そう? 計算を習ったことのないあなたたちには難しいかなと思ったのだけれど」

 小学一年生でも計算出来るような問題だし、文字を教わるお返しとしてティナには計算を教えた。自頭がいいティナは九九もすぐ覚えちゃったけどね。

 これは、わたしたちの学力を見るというより解けない問題を前にどんな行動をするかを見ているのね。

 わかりすぎてどんな行動をしていいかのほうが難問だわ。仕方がない。ここは素直に解いておくとしましょう。不思議がられたらそれはそれよ。解いてから考えるとしましょう。