馬車を作ろうと思ったけど、わたしたちには魔法の鞄があり、ルルがいるのだから馬車に拘る必要もないんじゃない?
「ねぇ。馬での移動ってどう思う?」
ティナとマリカルに相談してみる。
「いいんじゃない?」
ティナは賛成か。
「馬って高いし、エサ代が大変だよ。大丈夫?」
あ、エサ。そこら辺の草を食べるんじゃダメなの?
「マリカル、馬、飼ったことあるの?」
「実家で三匹飼ってたよ。わたしも小さい頃、馬の世話をやらされたものだわ」
へー。馬、飼ってたんだ。さすがいいところの出だわ。
「それなら馬を見に行く? バイバナル商会なら売ってるとこ知ってるでしょう」
それもそうね。まだ時間はあるんだし、見に行ってもいいかもね。
ローダルさんは山を降りちゃったので、次の日の補給馬車で山を降りた。
「馬車も悪くはないんだけどね」
「このクッションがあるからいいけど、馬車なんてお尻や腰が痛くなるだけよ」
まあ、バネが衝撃を殺してくれるわけでもなければ道がいいわけでもない。馬車の旅が流行らない理由よね。貴族はよく馬車移動していると思うわ。
バイバナル商会に到着し、マルケルさんに面会。馬のことを相談した。
「それならルクラグ村に行くといいでしょう。コンミンド伯爵領で唯一馬を育てているところです。手紙を書くので牧場主に見せてください」
「バイバナル商会も関わっているんですか?」
「いえ、関わってはいませんが、お世話にはなっていますね。馬がいないと商品を運ぶことは出来ませんからね」
確かにそうか。流通で生きている商会だものね。
「馬っていくらですかね? 三頭欲しいんです」
「バイバナル商会が出しますので手紙を書きます。牧場主に見せてください」
すぐに手紙を書いてくれ、さらに馬車を出してくれた。
ルクラグ村は二時間くらいの距離で、広い牧場が視界内に収まらない。どんだけなんだか。馬の名産地だったの?
「あ、馬かたくさん!」
四、五十頭もの馬が走っていた。なかなか壮観だわ。
「あれ、何だろう? モグ?」
マリカルが遠くを指差した。
何か、某スターなウォーズに出てきた牛だか羊だかわからない生き物っぽいものが草を食んでいた。
「モグルだよ。乳が出て毛が糸になる家畜で、コンミンドの名物だ。って言っても、王都に運ばれて村には落ちないがな」
御者のおじさんが教えてくれた。
なるほど。だから知らなかったのか。地産地消ってないのかしら?
ルクラグ村全体で牧場をやっているようで、家は集まって建てられており、牛舎? 畜舎? なんかそんな感じの建物が防御柵のように村を囲んでいた。どんな作りだ、これは?
村に到着して、御者のおじさんにバイバナル商会がお世話になっている牧場主の家に向かった。
家は村の中心くらいにあり、柵の中にたくさんの馬が放し飼い? されていた。
「馬ってそんなに売れるものなの?」
「売れるんじゃない? バイバナル商会にたくさん馬車が出入りしてるし」
「確かに」
気にもしなかったけど、村のあちらこちらで馬が往来してたわ。
「嬢ちゃんたち。こっちだ」
御者のおじさんに呼ばれて開け放たれた家の中に入った。
家の中も家畜の臭いがして、なんかよくわからない道具が壁に掛けられていた。
「マルセオさん、いますか! バイバナル商会の者です!」
御者のおじさんが呼び掛けると、作業着らしきものを着たおじいちゃんが現れた。
「いらっしゃい。今日はどうしたい?」
「馬を三頭欲しいので見せてください」
「あいよ。息子は一号舎にいるから言ってくれ」
ってことは、このおじいちゃんが牧場主さんってこと?
「はい、ありがとうございます。嬢ちゃんたち、行くぞ」
勝手知ったるってヤツなのか、御者のおじさんは迷うことなく一号舎にやって来た。
一号舎ってところは作業場のようで、馬の爪を切っていた。
「ルグスク、久しぶり」
「おーガルジ。久しぶりだな。また馬が死んだか?」
ん? 知り合い?
「いや、今日はこっちの嬢ちゃんたちの馬を買いに来た。長旅に耐えられるのを選んでくれるか?」
ルグスクさんって人がわたしたちに目を向けた。
「最近、ウワサになっているお嬢ちゃんたちか?」
「ああ。バイバナル商会の重要人物だ。変な馬は選ばんでくれよ。金はバイバナル商会が出すんでな」
わたしたち、何かウワサになっているみたいよ。
「長旅か。それなら若い馬でなく四歳馬にしておくか。嬢ちゃんたちは、馬に乗ったことはあるのか?」
「全然ないです。旅に出るまで覚えようと思います」
「それならしばらくここに滞在して馬を覚えるといい。旅をするなら馬のことを知っておくべきだからな」
売って終わりじゃないんだ。信頼出来るところみたいね。
「是非、お願いします。マルケルさんに伝えてもらっていいですか?」
山の家はレンラさんに任せて来た。しばらく帰らなくても大丈夫でしょう。
「ああ、伝えておくよ。必要なものがあるなら持って来るぞ」
「大丈夫です。いつも何泊か出来る用意はしてきているので」
何があるかわからないからね。魔法の鞄には数日の着替えや食料は入れてあるわ。
「そうか。ガルジ。嬢ちゃんたちを頼むぞ。滞在費もバイバナル商会が払うんで、不自由させないでくれよ」
「わかったよ。バイバナル商会の大事な金の卵。ちゃんと面倒はみるよ」
金の卵とかの喩え、あるんだ。
「よろしくお願いします。手伝えることがあるなら遠慮なく言ってください」
牧場の暮らしとか興味ある。溶けたチーズをパンに乗せて食べたりするのかな? 楽しみ~!
「この部屋を使ってくれ。必要なものは運ばせるから」
ガルジさんが案内してくれまのは母屋の屋根裏部屋で、二段ベッドが二つとテーブルがあった。
屋根裏部屋にはちゃんと窓があり、板を外すと家の前が見下ろせた。
「これは、歓迎されてない感じ?」
「単に部屋がここしかなかったんじゃない?」
「いい部屋じゃない。藁の寝台だったらアルプスの少女だわ」
わたし、あれに憧れてたのよね。犬とかいないのかな?
「アルプス? なに?」
「なんでもないわ。掃除しちゃいましょうか」
そこまで埃は被ってないけど、数ヶ月は使ってない感じで空気が籠っている。空気の入れ換えと数日借りるんだから綺麗にしましょうかね。
ティナには水を汲んで来てもらい、わたしとマリカルではたきを使って埃を落とした。
「ルル。埃を吸って」
結界を作ってベッドで眠るルル。掃除してんだから手伝いなさい。
「はいはい」
動かないで部屋の埃を結界で吸ってくれ、外に排出してくれた。
ティナが戻って来て、水拭きしていると、三十歳くらいの女性と二十歳くらいの女性が藁を運んで来た。あ、やっぱり藁を敷くんだ。
「もう掃除してたのかい」
「お城で働いていたのでつい」
別にそんな理由ではないけど、好感を持ってもらえるようにそう言っておいた。
「お城で?」
「はい。お嬢様のお友達係として働いていました」
領民なら誰でも……かどうかはわからないけど、長いことコンミンドで生きていたらお嬢様がいることくらいは耳にしているでしょうよ。
「そう言えば、そんなウワサを聞いたことがあるわ」
ウワサになるんだ。案外、筒抜けなのね。まあ、別に隠すほどでもないか。お嬢様、そこまで重要な立場でもなかったしね。
「今はバイバナル商会の手伝いをしています。今度、隊商に付いて行くので馬を買いに来たんです」
おそらく、この女性はガルジさんの奥さんでしょう。ガルジさんが説明している時間もなかったはずだからわたしからも説明しておいた。
「……何だか凄いお嬢さん方だったのね……」
「あくまでもわたしたちはバイバナル商会のお手伝いをしているだけです。あまり畏まらず、気軽にお付き合いください」
さすがにバイバナル商会に関係あるわたしたちを無下には出来ないでしょうが、だからと言って気を使われるのも面倒だ。娘だと思って扱われるほうがいろいろ尋ねられるってものだわ。
よく思われつつ、フレンドリーに相手してもらう。これが一番よ。
藁の他にシーツと蝋燭ランタン、何かの毛皮で作った毛布を持って来てくれた。
「寒かったら手持ち暖炉を持ってくるから」
鉄のもので、炭を入れて暖を取るヤツよ。暖炉のない部屋で使われるものだ。
「ありがとうございます。寒いときは声を掛けさせてもらいます」
わたしたちはルルの結界があるので寒さ暑さは関係ないんだけどね。
「マリカルはガルジさんから予定を聞いてきて。ティナは馬のことを教えてもらって。わたしは家のお手伝いをするから」
わたしは二人より習得が遅いから、ティナが学んでからゆっくり教えてもらうわ。いざとなればわたしの付与魔法で馬を従わせればいいしね。それより、牧場の料理がどんなものか知りたいわ。
ルグスクさんの奥さん、ミルコさんとガルジさんの妹さん、アルシンさんと台所に向かった。
牧場では三世代と妹さん夫婦、弟さん夫婦が働いており、下働きの夫婦で回しているそうだ。
ルクラグ村では家族経営が普通であり、マージック牧場(ここの名前ね)はまだ小さいほうなんだって。ただ、馬を扱っているのはルクラグ村一。バイバナル商会が主な商売相手だから儲けもグルング村一らしいわ。
そんな話を聞かせてもらいながら、夕食作りをする。
マージック牧場の食はミルコさんとアルシンさん、そして、下働きのミニカさんの三人で当たっているそうよ。
ミルコさんの子供たちは牧場に出て牧草刈りや柵の修繕、厩舎の掃除をしているんだってさ。
パンは村のパン屋が担っているそうで、ミニカさんの子供さんが取りに行き、タイミングよく両手に手提げ籠を持って帰って来た。
バゲットのようなパンを四等分に切り、母屋の食堂に並べた。
「大家族の食卓って感じですね。でも、ちょっと狭くありません?」
一般家庭の三倍はあるけど、ここで働いている数を考えたら狭いんじゃない? テーブルも二つで六人用じゃない?
「まあ、生き物相手の商売だからね、皆一緒にってことはならないんだよ」
へー、そうなんだ。牧場業も大変ね。
「チーズ、美味しそうですね」
家々でチーズは作っており、家庭によって味が違うらしい。
牧場だからお肉とか出るのかと思ったら野菜中心で、蒸し野菜にパン、チーズ、腸詰めが一人一本。モグルの乳が水代わりだそうだ。
「汁物は出さないんですか?」
この時代、汁物が主なのに。
「朝に出すよ。夜はいつもこれだね」
これ、なんだ。自分たちの食卓が豊かになったから忘れていたけど、今の時代を考えたらこれでも豪華なほうだ。
「芋があるなら芋餅を作ってもいいですか?」
さすがにこれじゃティナやルルががっかりしてしまう。せめて今日は芋餅を出してあげましょう。おかあちゃん特製のマー油は持って来ているからね。
「芋餅?」
「わたしの家で作っているものです。すぐ作れてとっても美味しいんですよ」
「へー。じゃあ、お願いしようかね」
よし。これで台所の食材を探れるわ。ウフフ。
その日は早くベッドに入り、陽が昇る前に起きた。
「もう起きてる」
板窓を開けたティナが呟いた。
「夜中に起きてるみたいよ。馬やモグルは夜中に異常をきたすのが多いんだってさ」
料理をしているときにいろいろ聞かせてもらったわ。
「本当に部屋を出てたりしていいの? 皆まだ眠っているよね」
「大丈夫よ。靴に音消失の付与を施したから普通に歩いたくらいじゃ音はしないから」
わたしの付与はチートだってのがわかってきた。わたしが思う付与は施せる。ただ、複雑な付与は魔力を食う。一日一回、鞄をアイテムバッグ化することを考えると魔力量はチートでじゃないみたいだけど。
作業服に着替えたらわたしは台所に。ティナはモグルの厩舎に。マリカルは馬の厩舎に向かった。
昨日出した芋餅が大人気。もっと食べたいとリクエストを受けたので、ミルコさんたちが起きる前に下準備をすることにしたのだ。
「お、もうモグルの骨を用意してくれたんだ」
モグルは万能なようで、捨てるところがない家畜のようだ。
骨も出汁が取れるようで、王都に運ばれたりするそうだ。だったらここでもやればいいのにと思うが、忙しくて煮込む暇がないそうだ。
「マルケルさんに言って民宿や娯楽宿屋に卸してもらわないとね」
骨スープは料理の元になる。また新しい料理が出来るのだから手に入れないのは損ってものだわ。
マージック牧場で一番大きな鍋を借り、ルルの結界で汚れを落とし、砕いて鍋にほうり込んだ。
わたしの付与は熱を生み出すことも出来る。
火を焚きながら鍋に熱を付与し、じっくりことこと骨を煮ることにした。
ネギとか玉ねぎとか臭み取りをしたほうがいいんでしょうけど、まずは骨だけを煮てどんな味になるかを知っておかなければならないのよ。
どのくらい煮るかはわからないので、一時間煮たら味見をする。旨味、って感じはしないけど、悪い味ではない。まだまだ煮込む必要があるわね。
皮を剥いた芋も茹で上がったので、棒で潰していく。
明かり取りの窓から陽が入って来て、下働きのミニカさん、続いてミルコさん、アルシンさんとやって来た。
「骨の煮込みはどうだい?」
「悪くないと思います。これならいろんな料理に使えると思いますよ」
味見してもらうと、わたしの感想に頷いてもらえた。
「ルグスクさんにもお願いしますが、バイバナル商会としてモグルの骨を買わせてもらいます。これは、料理の幅を増やすので」
「王都でも人気らしいけど、冬しか送れないから助かるよ」
「マージック牧場も送っているんですか?」
「うちは送ってないよ。馬が主だからね」
そっか~。なら、他の牧場から仕入れないとダメか~。
その辺は帰ってからマルケルさんに相談しよう。まずは馬に乗れるようにならないとね。
骨を煮るのはアルシンさんにお願いし、わたしたち三人は朝食をいただき、厩舎に向かった。
ルグスクさん、いつ寝ているんだろうってくらい厩舎に詰めており、馬の世話をしていた。過酷やな~。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします」
「ああ。まずは厩舎の掃除だ。馬は世話をしてくれる者を見ているからな。馬に自分を覚えてもらえば乗れるのも早くなるものだ。マリカル。お前さんが指揮して動いてくれ」
それだけマリカルが馬の世話に長けていたってことか。相当馬の世話をしてたんだろうな~。いいところのお嬢さんなのかどうなのかわからないわね。
「マリカル、よろしく」
「了解。じゃあ、まずは馬の部屋を一つずつ掃除していくよ」
マリカルが先頭切って動き、わたしとティナはそれに続いた。
一日中馬の世話に明け暮れ、陽が暮れる頃にはぐったり。夕食もそこそこに部屋に戻ってそのまま眠りに就いてしまった。
てか、わたし自身に付与すればよかったじゃん! ってのを目覚めてから気が付いたわ。わたし、おバカちゃん!
「ティナ、マリカル、体力倍増、回復倍増、気力倍増を付与するね。ただ、わたしの魔力がもつかわからないから、そのまま気絶しちゃったら上手く説明しておいてね」
魔力は満タンだとは思うけど、たくさん付与すると魔力がなくなっちゃうかもしれない。人に付与するのあまりしてないから加減がわからない。ダメなときは二人に任せるしかないわ。
「ボクは大丈夫だからキャロとマリカルでいいよ」
「わたしも大丈夫よ。キャロルが自分に付与しないよ」
「……二人は疲れてないの……?」
もしかして、わたしだけ? 疲れているの?
「そんなに疲れてない」
「わたしも」
どうやらわたしだけが体力ないだけのようでした……。
「あ、うん。じゃあ、わたしだけにするね」
自分に施して効果があるのか? と思いつつやってみたら効果絶大。自分じゃない力が漲ってきた。マジか!?
「よし! 今日もがんばりましょうか!」
気力倍増にしたからじっとしてられないわ。
「それ、切れたら大丈夫なの?」
「どうだろう? そのときはお願いね」
「なんか、キャロルの付与魔法、不安しかないね」
「まあ、あまり使ってないからね。これからはいろいろ使って極めていくわ」
とりあえず効果が切れるまで働き続けてみましょうかね。おっしゃー!
厩舎の掃除を三日くらい続けたら、売ってもらえる馬を紹介してもらえた。
「荷馬車を引く馬と人を乗せる馬は育て方は違う。荷馬車用の馬は育てていて人を乗せるほうには回せない。なんで、まだ調教前の一歳馬を任せる。十日ほど世話をして、馬に認められるように」
馬には性格があるので、まずは三頭を三人で世話をすることにし、わたしは栗毛の牡馬が懐いてくれたのでこの子に乗ると決めて世話をすることにした。
「あなたの名前はスプリングよ」
春に産まれたみたいだからスプリングって名前にしてみました。
それから二日ほど世話したらルグスクさんが馬具を持って来てくれた。
「まずは馬具に慣らせろ」
「手間が掛かるんですね」
馬って一日二日で乗れるものだと思ってた。まさかこんなに手間暇が掛かるなんて夢にも思わなかったよ。
「これでも早いほうだ。三人とも馬に好かれているからな」
へーそうなんだ。いい冒険者は動物に好かれるってヤツかな?
馬具を着けて慣れさせ、手綱を引いて牧場内を歩いた。
「スプリング、馬具は痛くない?」
ブルブルと鳴くと、鼻先を押し付けてきた。人間の言葉、わかるの?
付与魔法で人語理解とか出来るかな? ってやってみたらあら出来た。スプリングがわたしの言うことを聞いてくれた。マジか!?
さすがにしゃべられるようにするにはかなりの魔力が必要なようだ。一気に魔力が持って行かれたわ。
ティナとマリカルも順調なようで、ルグスクさんから騎乗する許可が下り、まずはルグスクさんに引かれながら乗ることになった。
牧場を一周したら一人で乗ってみる。決して走らせず、スプリングに任せた騎乗だ。
一時間ほど騎乗したら一旦馬具をすべて外す。まだ体が人を乗せることに慣れてないので馬具を外して楽にしてやる。
まだ気温が高くないから馬は汗をかいてないけど、藁の束で体を拭いてあげた。
「キャロ。どう?」
ティナが厩舎に戻って来た。
「順調だよ。スプリングも機嫌がいいし。そっちは?」
「こっちも順調。アルフェは賢い子よ」
アルフェとはティナの馬の名前ね。
「ふー。ただいま」
ティナもアルフェの馬具を外していると、マリカルとラーラルが厩舎に戻って来た。
「お疲れ~。凄い汗だね。走ってきたの?」
馬に乗れるマリカルは二日前くらいから騎乗して牧場内を走っているわ。
「うん。ラーラルは走るのが好きみたい」
「馬にも性格ってあるんだね」
スプリングはどちらかと言えば大人しいタイプ。暴れたりしない感じだ。
訓練を重ねること五日。マージック牧場にローダルさんがやって来た。
「ローダルさん。どうしたんです?」
「様子見だよ。プランガル王国に向かう目処が出来たからな」
「それは何よりです。わたしたちはもう少し馬に慣れないとダメですね」
一月くらいじっくり訓練すれば旅は出来るだろうって言われたわ。
「まあ、まだ時間は掛かるからな、もうしばらく訓練していろ」
「わかりました。わたしたちもあと五日したらロンドカ村に向かいます。山の家の片付けやレンラさんと話をしなくちゃいけませんからね」
スプリングも馬具に慣れてきたので山の家で訓練するわ。長距離を歩く訓練もしないといけないからね。
「そうか。おれはルグスクと話してくるよ」
「モグルの骨をバイバナル商会で買うことも相談してください。いい仕上がりになったので豚骨より美味しいものが作れると思いますよ」
「……最後まで仕事を増やす天才だな、お嬢ちゃんは……」
「美味しいものが作れるんだからがんばってください。わたしも旅の間使えるように工夫してますので」
旅の間も美味しいもの食べたいしね。苦労は問わないわ。
「それは旅が楽しみだ。んじゃ、話し合ってくるよ」
「がんばってください」
商売のことはローダルさんにお任せ。わたしたちは馬の訓練に集中した。
五日で乗馬にも慣れ、スプリングたちも筋肉も付き始めたので、マージック牧場を去る日がやって来た。
ミルコさんとアルシンさんに別れを惜しまれたけど、骨を煮込む技術はマスターした。マージック牧場でも美味しい料理が生まれることを期待してお別れした。
「楽しかったね」
「うん。毎日お肉が食べられた」
「チーズが美味しかった」
二人とも料理しか記憶になかったの? まあ、確かに美味しい料理が出てよかったけどさ。
「チーズと骨スープもたくさん買えたから旅の食事は万全よ」
「楽しみだ」
わたしのリュックサックに乗るルルが一番楽しみにしていた。
馬の足ならロンドカ村はすぐそこ。スプリングたちは疲れてもいないからバイバナル商会まで向かった。
プランガル王国に向かう馬車なのか、屋根付きのが八台停まっていた。あれで行くことになるのね。
ローダルさんとマルケルさんは会合に出掛けているというので、娯楽宿屋に向かった。
お母ちゃんやお父ちゃんに旅に出ることを伝え、マージック牧場で覚えた料理をお母ちゃんに伝えた。
「あんたまで旅に出るとはね。子供が一人立ちするのは早いもんだよ」
この時代じゃ、土地持ちでもなければ家を後を継ぐってことはない。一人立ちするのがほとんどだ。
うちも畑は売り、娯楽宿屋に集中している。バイバナル商会の参加に入っているようなものなので、後継ぎとか考える必要もない。考えるのは両親の老後くらいね。
「大丈夫よ。ちゃんと帰って来るから。孫を見せられるかはわかんないけど」
「それは諦めているよ。ただ、元気な顔だけは見せておくれ」
今生の別れではないけど、お母ちゃんとお父ちゃんに抱き締めてもらった。