この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 何とか予定したとおりには作れたような気がする。

「雪が降らないといいんだけどな~」

 今が冬だってのを忘れて働いてたけど、雪が降っても不思議じゃない季節だったよ。

「マレイスカ様。寒いから民宿で待っててもらってもよろしいのですよ」

 朝起きてマラッカ場に来たらもうマレイスカ様たちが来ていたのよね。遠足前の子供か! わたしは遠足行ったことないけど。

「いや、わたしにもやらせてくれ。楽しみにしていたんだ」
 
 子供か。仕方がないな~。

「それでどうするんだ?」

「山側に穴入れを楽しむ場で谷側で打ちっ放しを行います」

 パターコースは三つ。バンカーコースが一つ。打ちっ放し場には距離がわかるように旗を立てているわ。

 そこまで細かな説明はいらないので、一つ一つコースを回ってみた。

「なかなかいいではないか。屋敷にも欲しいな」

「管理が大変なので、網を張って打つといいかもしれませんね。玉が遠くに飛んで行くこともありませんから。あ、そろそろ戻りますか。朝食の時間を過ぎてますし」

 もう九時前にはなっているはず。レンラさんも困っているでしょうよ。

「うむ。確かに腹が空いたな。戻るとしよう」

 ロックダル様に視線を飛ばしてあとはお願いしますと頷いた。

 マレイスカ様が民宿に上がって行ったら人足頭さんたちを集めて朝食とした。

「ありがとうございました。バイバナル商会によく働いてくれたと報告しておきますね。十人だけ残して山を下りてください」

「そうか。いい仕事は、あっと言う間に過ぎてしまうな」

「そのことなんですが、またお願いするかもしれません。バイバナル商会と相談してからになりますけど」

「それは楽しみだ。こんな美味い仕事はなかなかないからな」

「そうなんですか? 外で眠ってもらったのに?」

 この真冬に天幕一つで眠ってもらった。なかなかブラックな仕事だったと思うんだけどな~。

「寒さが吹き飛ばすほどの美味いものが食えるんだ。それだけでいい仕事だと言えるよ」

「しかも、夜は酒まで出してくれるんだから最高さ」

「そうそう。仕事も暗くなったら終わりだもな」

 わたしが考えるよりこの時代の労働は大変なようだわ。

「帰る人にはわたしからも少し出させてもらいますね。またお願いしたいので付け届けです」

「いいのか? こっちとしてはありがたい限りだから」

「大丈夫ですよ。そんなにたくさん出せるわけじゃないんですから。お酒代くらいですよ」

 一晩の飲み代がいくらかわかんないけど、大銅貨一枚あれば充分でしょう。

「昼までに用意しますね」

 朝食を終えたらわたしも民宿に向かい、レンラさんと打ち合わせをする。

「ロコルさんはどうしてます?」

 一応、マレイスカ様の寸法を測ってもらい、あとは完全に丸投げなのよね。

「部屋に籠っていますよ」

「そうですか。朝食が終わったらマレイスカ様をお願いします。わたしはロコルさんの様子を見ますんで」

「わかりました」

 そうお願いして一旦家に戻ってティナに付け届けを用意して人足さんたちに渡すようお願いした。

「マリカル。奥様はどう?」

「執筆に勤しんでいるわよ。たまに散歩に出ているみたい」

「休みに来たのにね」

 ってまあ、唆したわたしが言っていいことじゃないけど。

「マリカル。奥様が大丈夫なら娯楽宿屋に今回のことを伝えてくれない。わかることでいいから」

 ドジっ子ではあるけど、頭はいいマリカル。上手く伝えてくれるでしょうよ。

「わたしも行く。久しぶりにあっちの料理を食べたいから」

 ルルは相変わらずね。食っちゃ寝の猫なんだから。

「キャロは大丈夫?」

「大丈夫だよ。そんなに疲れてないから」

 ちゃんと夜は暖かい部屋で、柔らかいベッドで寝ている。疲れはしっかり取れているわ。

「じゃあ、あとはよろしくね」

 家を出たらロコルさんがいる部屋に向かった。

 マレイスカ様たちのために民宿は貸し切りなので、一室をロコルさんに貸し、作業部屋として使ってもらっている。

 ノックをして中に入る。職人さんは集中すると周りの音が耳に入らないからね、遠慮なんてしてらんないのよ。

「ロコルさん。進捗はどうですか?」

「あまりよくないわ。寒くなく動きやすく。素材を代えてやっているけど、なかなか上手く行かないのよ」

「完全に寒さを遮断しなくてもいいですよ。汗が逃げないのも体を悪くしますからね。そこは火を焚いて体を暖めたらいいですからね」

 あとは蒸留酒、ブランデーが出来たら中からも暖められる。体にいいかまでは知らないけど。

「まずは一着作って、マレイスカ様に具合を見てもらいましょう。マレイスカ様は、ちゃんと理を知った方です。理由があれば納得して答えてくれますよ」

 大貴族ってことで気負っているようだけど、マラッカウェアが出来ないことが一番ダメなことだわ。

「だ、大丈夫かしら?」

「ロコルさんの腕なら問題ありませんよ。落ち着いて、普段どおりの仕事をしてください。それでいい服が出来るんですからね」

 大貴族の仕事をたくさんして、たくさん経験を積んでください。たぶん、たくさんの注文を受けるようになると思いますんで。
 マラッカウェアが完成したのでマレイスカ様に着てもらった。

「おー。なかなかいいではないか」

「少し、振ってもらってよろしいでしょうか? 動き難いところがあれば教えていただければ幸いです」

「うむ。わかった」

 ウキウキなマレイスカ様は快く引き受けてくれ、外で振ってくれた。

「問題ないな。少しこれで歩いてみるか」

 それはロックダル様にお任せしてわたしは職人さんのところに向かった。

 職人さんたちにはクラブの製作をお願いしている。マレイスカ様が使うのは当然として、王都に帰ったときに布教用に使ってもらうためのものだ。

「進みはどうですか?」

 職人さん総動員で作っていた。

「順調だよ。今んところ十二本か? 今日中に十五本は行けるだろうよ」

 それなら帰る頃までに五十本は余裕ね。

「これが終わったら打ち上げしましょうね。密かに作っているお酒を出しますんで」

 夜な夜なブランデー作りに励んでいるんですよ。付与魔法の実験も兼ねてね。

「おー。それは楽しみだ」 

「はい。楽しみにしててください。では、お願いしますね」

 次はロコルさんのところに向かった。

「ロコルさん。次にコート──外套を作ってください。民宿からマラッカ場に行くまでに着るものを」

「生地が足りないから持って来てもらうわ」

「急ぎならティナに走ってもらいますよ」

 ルルに乗ればすぐでしょう。

「大丈夫よ。ルクゼック商会からも馬を出してくれたからね」

「ルクゼック商会も本気なんですね」

「それはそうよ。侯爵様と繋がれる機会なんてそうはないこらね。ルクゼック商会としても全力で取り込むわ」

 侯爵って立場はそれだけってことか。地位を見なければいいおじいちゃんって感じなんだけどね。

 ……大臣をやっているときはそうじゃなかったみたいだけど……。

「もしかすると、ルーランが応援として来るかもしれないわ。間に合うかはわからないけどね」

 確かにカルブラ伯爵領からだと間に合うかどうかよね。まあ、マレイスカ様が帰ってからでも大丈夫でしょう。来たからと言って製作が間に合うわけでもないんだからね。

「ルーランさんも大変だ」

「そこは我慢してもらうしかないわ。ルクゼック商会の未来が掛かっているんだからね」

 うん。ご苦労様です。そして、巻き込んで申し訳ありませんでした。

「わかりました。では、進められるところまでお願いします」

「わかったわ」

 各所の様子を確認してくると、マレイスカ様たちが戻っていた。休まる暇がないわね。

「どうでした?」

「ああ。とても動きやすい服だ。普段でも着ていたいくらいだ」

「自宅用のを作りますか? お客様が来たりしたら着替えなくてはいけませんが」

「客が来るときは連絡があるから大丈夫だ」

 突発に来たりはしないんだ。案外、面倒なのね。

「それなら四着くらい作りますね」

 ロコルさんの仕事がさらに増えちゃった。ごめんなさい。

「ああ、頼む。マラッカ場に行っても問題ないか?」

「もう少しでお昼になりますが、あちらで食べますか? 食べてから行きますか?」

「そうだな。あちらで食べるか」

 すっかり外で食べることに抵抗がなくなったね。

「では、用意します」

 側仕えの方とマーシャさん、料理人に連絡してマラッカ場に向かってもらった。

「奥様もどうですか? 部屋の中ばかりにいると滅入ってしまいますからね。外の刺激を浴びたほうが頭を働かせますよ」

 こっちはすっかり引きこもりになっている。強制的にでも外の空気を吸わせるとしましょう。

「そうね。マラッカ場も見てみたいし、行ってみましょうか」

「はい。火は焚いてますが、少し、着込んだほうがよろしいかと思います」

 暖かい部屋にいたから外の空気は厳しいでしょう。厚着させるとしよう。

 わたしは奥様と向かい、まずは火の側にいてもらい、料理人さんと一緒に昼食の準備を手伝った。

 用意が出来たらお二方をテーブルに付かせ、温かいスープを出した。

「外で温かいものを食べるのもいいものだな」
 
「そうですね。何だかいつもより美味しく感じますわ」

 ここらお二方の空間なので会話には参加せず、お二方が食べるのを見守った。わたしたちは交代で食べるわよ。

「よし。やるか」

「何からなさいますか?」

「穴入れからやるとするか。まだ腹が落ち着かんからな」

 落ち着くよりマラッカがやりたいようだ。

「では、穴入れ用をいくつか作ったので試してください。気に入ったのがあったら自分用にどうぞ。職人によって微妙に違って微妙に反映されますからね」

「なるほど。マラッカは奥が深そうだ」

 マレイスカ様は拘る派だと思う。好きなことにはとことん突き詰めるんじゃないかしら?

「慌てず少しずつ試してください」

 こちらとしても時間が稼げて助かる。お二方が動くと優先度がいろいろ変わってくるからね。なるべく一つのことをやっててもらいましょう。

 まあ、わたしが仕事を増やしている説もあったりなかったりだけどね。

「奥様。お戻りになりますか?」

「いえ、もうしばらくここにいるわ。景色もいいしね」

「畏まりました」

 その場は側仕えの方にお任せしてまたロコルさんのところに向かった。フー。
 お二方が民宿に来て早十日。

 他のお客さんに忘れられそうになるんじゃないかと思うけど、侯爵様が気に入った宿、としての名は欲しくても滅多には得られない名誉。それだけでこの先何年も戦えるとのことだった。

 まあ、隠居した身とは言え、いつまでもここにいられるわけでもない。長くとも二十日から三十日くらいでしょうとのこと。

 最初は十日を予定していたみたいだけど、帰るとは聞いてないので延長したのでしょう。この分では三十日くらい滞在しそうね。

 わたしはマレイスカ様と奥様を行ったり来たり。ロックダル様や側仕えの方々と打ち合わせ。わたしの見習い冒険者期間はどこに行ったんだ?

 そうは思いはしても大貴族相手にどうこう言えるわけもなし。ただ淡々と今をこなすしかないわ。

「キャロルさん、少しよろしいでしょうか?」

「はい、構いませんよ」

 レンラさんに呼ばれて事務所に向かった。

「ゴブリンが討伐されたそうです」

「へー。それは何よりですね」

 こちらまで話が流れて来ないのですっかり忘れてたけど。

「ええ。死者も出たそうですが、二百匹以上いたゴブリンは討伐されたそうです」

 二百匹もいたの!? かなり大事だったじゃん! 

「コンミンド伯爵領は大丈夫なんですか?」

 村一つ滅んだようなもの。収入、かなり減ったんじゃない? 

「かなり痛手を負いましたが、お家が崩れるほどではありません。天候が悪くなったり農作物が実らなかったわけでもありませんからね」

 そんなものなんだ。時代劇みたいに若い娘が売られるってことはないのね。

「ゴブリン討伐も終わったので、伯爵様がマレイスカ様方をお城に呼ぼうと思っているようなんです」

 まあ、侯爵が来ているのなら呼びたいと思うのは不思議じゃないことよね。

「──もしかして、わたしに説得しろと?」

 そんなことないよね? てか、なんでわたしが説得することになるのよ?

「はい。どうにかならないでしょうか?」

「……伯爵様とマレイスカ様、関係がよくないのですか……?」

 どんな関係か知りたくないけど、そこを聞いておかないと説得もなにもあったものじゃないわ。

「悪くはないですが、そこまでいい関係ではあるとは言えません。今回のことはバイバナル商会の会長から話を通して、伯爵様には協力していただいた、と言った感じです」

「面倒ですね」

 率直な感想を口にした。

「……はい。面倒なことです……」

「あちらを立てればこちらが立たず、と言うわけですか」

「上手いことをおっしゃいますね。まさにそのとおりです。両方を立てるいい方法はないものでしょうか?」

 レンラさんもバイバナル商会では上のほうでもさらに上がいるってことか。大人の世界は大変よね……。

 子供に頼らないでください、何てことは今さら。子供らしからぬことをやっているんだからね。

「急ぎですか?」

「今日中に決めていただけるとこちらも早めに動けます」

 無茶なこと言ってくるわね。

「ロンドカ村に鍛冶工房ってあります? 鉄を打つのが優秀な方がいれば最高です」

「すぐに用意させます」

 そういうところは早いよね。工房の職人さんには申し訳ないけど。

「ガラス職人も用意できます?」

 窓ガラスがあるくらいだからいるはずだ。

「用意させます」

「あと、ルクゼック商会の全面的協力をいただければ」

「もちろん、全面的協力させます」

 これでマレイスカ様や伯爵様を動かせないんだから人間社会は大変よね……。

「じゃあ、マレイスカ様に相談してみます。お城はお二方を招き入れる準備はできているんですよね?」

「必要とあれば民宿の者を送ります」

 完全にわたしなら何とかすると思っての行動のようだ。わたし、そこまでじゃないのになぁ~。

「わかりました。マレイスカ様に話して来ます」

 マラッカ場に向かった。

「マレイスカ様。その棒、クラブのことで少しお話しがしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 打ちっぱなしをしているマレイスカ様に話し掛けた。

「どうした?」

「はい。クラブの打つところ金属にしたいと思いまして、ロンドカ村の鍛冶工房に行こうと思いまして。お城に協力を求めたら快く引き受けてくださったので奥様と一緒に行ってみませんか? 奥様にもガラスで作った筆を見てみたいのです」

「金属にする?」

「はい。玉もよくなりましたが、木だと飛ばすのに限界があります。より遠くに飛ばすなら金属にしたほうがいいかと思いました」

 金属にするのはもっと先にしたかったんだけど、伯爵様を立てるには今使うしかないわ。

「……なるほど。金属か……」

「はい。興味があるなら準備を進めますが、如何なさいますか?」

 断られたらそれにて終了。また別の方法を考えるとしましょう。何も案はないけどさ。

「……そうだな。コンミンド伯爵にも挨拶をしたいと思っていたところだ。世話になるとしよう」

 なんだ。それなら正攻法で行くんだったよ。手札を無駄に一枚切っちゃったじゃない。

「わかりました。こちらで進めておきます。あ、もし、どんな形にしたいか案があれば考えておいてください。使えるかどうか試したいので」

「わたしが考えるか。うむ。やってみよう」

 乗り気でなによりだわ。
 事が決まれば迅速に動くのがバイバナル商会。次の日には出発出来た。

「わたしも行って大丈夫なの?」

 わたしたちは別の馬車に乗ってお城に向かい、不安そうなマリカルが何度目かの不安を口にした。

「大丈夫よ。獣人を知らないなら差別もないから。まあ、珍しがられるとは思うけどね」

 こちらも何度目かの説得をする。

「ルルはマリカルの側にいてあげて。お嬢様の猫が慣れている姿を見たら文句を言う人もいないでしょうからね」

 お城の人たちにそう悪い人はいなかったけど、ルルがくっついていれば獣人だからってことは言わないでしょうよ。同じ猫科(?)だし。

「りょーかい」

 話のわかる猫でなによりだわ。

 バイバナル商会が準備を進めてくれているお陰ですんなりお城に入れ、伯爵夫妻との面会を果たした。

「ラルフ、世話になる」

「歓迎致します、マレイスカ様、リアヤナ様」

 奥様、リアミアって言ったんだ。知らんかったわ~。

 しかし、何でわたしたちまで同行しないといけないのかしら? お城のことなんだから伯爵夫妻が取り仕切ればいいのに。

 何てこと言えるわけもなし。声を掛けられるまで側仕えの方と控えていることにする。

「お疲れでしょう。まずは汗を流してください。城にも風呂を造りました。あと、蒸し風呂も。上がったら冷たい麦酒を用意しておきます」

 へー。造ったんだ。お嬢様が話したときは乗り気じゃないって言ってたけど。何か変化があったのかしら?

「それはありがたい。蒸し風呂が気に入ってな、動いたあとに入らないと気持ち悪くて仕方がないんだよ」

 おじさんはサウナ好きって聞いたから造ったんだけど、この世界のおじさんも大嵌まり。おじさんさんにサウナ魂でも宿っているのかしらね?

「せっかくだ。ラルフ殿もどうた? 爵位の服を脱いで裸の付き合いもいいものだ。それをサーシャ嬢の友人から教えてもらったよ」

 全員の目がわあしに向けられる。うん。止めてください。

「キャロルだったな。娘から手紙を預かっている。返事を書いてやってくれ。候補教育で少し落ち込んでいたからな」

「畏まりました。お嬢様の心が晴れるような手紙をお書きします」

 お嬢様からの手紙か。それは楽しみだわ。

「リアミア様は如何なさいますか?」

「わたしは遠慮するわ。茹でっちゃうから」

「それなら足湯を用意しております。足元を温めながらお茶でも如何でしょうか? いろいろお話を聞かせてください」

 奥様も積極的ね。お城にいたときは物静かな方だったのに。貴族モードだと積極的になるのかしら?

「あら、いいわね。民宿でも浸かっていたわ」

 足湯まで用意するとか、本当にどうしたのかしら? あの頃はなかったから急遽造ったってことだ。もしかして、お嬢様が何か言ったのかしら?

 さすがにわたしを連れてってことはなかったけど、側仕え頭や執事長に呼ばれてしまった。

「あなたはあの頃からさらに影響力を増してますね」

 執事長さんに呆れられてしまった。

 あまり話したことはなかったけど、お嬢様のことで話すことは何回かあった。真面目な方って印象だったわ。

「畏れ入ります」

「まあ、今回はそれて助かりました。侯爵様と関係を結ぶのは難しかったので」

「お嬢様が動いたのですか? マレイスカ様はお嬢様のことを知っている口振りでしたが」

 お妃候補は何人もいるのに、マレイスカ様はお嬢様の名前を口にしていた。選別に関わっているから名前を知ってたんじゃないの?

 もちろん、メインでは関わってはいないでしょうが、選別員の一人、って感じじゃないかや?

「ええ。どうやら七人の中に選ばれたそうです」

「七人ですか。それは名誉なことなのですか?」

「はい。クラウンベルに選ばれるのはとても名誉なことです。さらにお妃にでもなればコンミンド伯爵家はさらに名が上がるでしょう」

 クラウンベル? この王国にはそんな風習があるんだ。でも、クラウンって王冠って意味じゃなかったっけ? それとも別な意味か?

「コンミンド伯爵家はクラウンベルに堪えられるだけの力を持っているのですか?」

 お妃を出した家ともなれば凄いことになる。足の引っ張り合いとか起こるんじゃない? そのときコンミンド伯爵家は対抗出来るものなの?

「さすがお嬢様に気に入られるだけはありますね。コンミンド伯爵家としてもロクラック侯爵家の後ろ盾が欲しいということです」

 それはまた大変なことで。

「……もしかして、わたしにどうにかしろとおっしゃっているのですか?」

 いや、無理でしょう! わたしにそんな力はないわよ!

「さすがにそんな無茶は言いません。ただ、協力をお願いします。バイバナル商会も頷いていただきました」

 そう言われちゃったら断れないわ。ハァー。

「お嬢様が望むことならご協力させていただきます」

 わたしの知るお嬢様はお妃なんて立場は望まないでしょうけど、嫌だと拒否することも出来ない。貴族は家を優先する生き物だからね。ただ、お嬢様が別のことを望むなら喜んでお手伝いさせてもらうわ。

「ただ、無茶なことは出来ないと心に止めておいてください。マレイスカ様はそんな思惑は見抜いている様子ですから」

 ただのマラッカ好きのおじいちゃんってわけじゃない。たまに目が笑ってないときがあるからね。

「わかっています。あなたはマレイスカ様のご機嫌取りをお願いします」

 そのご機嫌取りが難しいんだけどね……。
 身分的に貴族の食事の席には同席は出来ないけど、それ以外は側に控えることが多かった。

 ……わたし、何なんだ? どんな立場でここなにいるの……?

 いやまあ、立場を決められても困るんだけどね。わたしは冒険者になりたいんだし。

「マラッカも楽しいが、ジェドもいいものだな」

 今、わたしの前でマレイスカ様と伯爵様がジェドに興じている。いや、この位置は側仕えの方がいるところ。わたしのような平民が立つ位置ではないわ。

「そうですな。まさかこんなに流行るとは思いませんでした」

 やっぱり流行っているんだ。チェスを広めた人は典型的な転生者ムーブを起こしているみたいね。

 まあ、こちらとしては転生者であることを隠し、そのムーブに便乗出来て大助かりだけど。

 今のところこの世界にはわたし以外に二人の転生者がいる。チェスを広めた人は海の向こうに。ライターを広めた人は同じ大陸っぽい。話から海を伝って来たことからかなり遠いみたいだわ。

 二人の会話に混ざることはなく、二人にお茶を注いだり、暖炉に薪を入れたりしているわ。

 他の側仕えの方が嫌な予感しかしない。貴族のゴタゴタに巻き込まれたくないわ……。

 お二方の会話は世間話で、ジェドを本気でやっている。いや、他にも考えていて言葉が発せられないって感じかしかしら?

「キャロル。サーシャの手紙は読んだか?」

 突然、伯爵様が口を開いた。

「すべてではありませんが、三分の一は読んだかと思います」

 単行本にした四冊くらいある。お嬢様、相当鬱屈しているんでしょうね。文面からもひしひしと伝わってきたわ。

「元気にしているか?」

「健康面はよろしいかと思います」

 お妃選別のことは書かれてないけど、暮らしのことは書かれていた。まあ、それだけでも大変なことがよくわかったわ。

「そうか。クラウンベルに入ると面会するのも難しいからな」

「手紙は届かないのでしょうか?」

 検閲は受けているようだけど、選別内容やお城のことさえ書かなければ問題ないみたいだ。まあ、その辺のことはよくわからないけど。

「親の力なしに勝ち取らねばならないものだからな」

「厳しいのですね」

 まだ十三、四の少女には拷問みたいなものじゃないの?

「妃にはそれだけのことが求められるのだ」

「王子様には何が求められるのでしょうか?」

「王子に?」

「はい。妃に過分以上の期待を求められるなら王子様にはさらなる期待がかけられているのでしょうね。それとも妃となる方が王子様に足りないものを補わなければならないのですか?」

「フフ。アハハ! キャロルはおもしろい。確かに次の王たる者、妃に劣るようでは立つ瀬がないの」

「失礼さしました。言葉がすぎました」

「いや、お前はサーシャのお気に入りだったからな。率直なことを聞きたかったのだ」

 わたし、たまに空気を読めなくなるからやらかしたと思ったわ。

「キャロルから見てサーシャ嬢はどう見えるのだ?」

「異才です」

「異才? 見た感じ、そうは見えなかったが」

「お嬢様は自分を普通に見せることも出来ます。わたしたちの前でも本当の思いは隠していました」

 知能指数はかなり高いと思う。

 でも、お嬢様の場合、ただ頭がいいってだけじゃなく、人の心にも敏感なところがあり、精神感応、テレパシー的能力があるんじゃないかってときが度々あったんだよね。

「もしかして、ですけど、お嬢様には固有魔法的なものがあるのではないですか?」

「そう見えるか?」

「間違っていたら申し訳ありません」

「いや、責めてはおらん。固有魔法を持つからこそクラウンベルに選ばれたのだ」

「能力の囲い込みですか?」

「ふふ。お前もお前で異才だな」

「わたしの場合は変人だと思います」

 天才でも秀才でもない。ただ変わった娘なだけだと思うわ。

「アハハ! 変人か! 確かにお前は変わった娘だな」

 正しく理解されて嬉しいわ。期待されても困るからね。

「確かにあのサーシャが望んだのお前だけだったな」

「お嬢様の度量には助けられました。あの方は王妃より外交官が向いていると思います。外国との交渉ならお嬢様は確実に利益を勝ち取ってくるでしょう」

 狭い世界より広い世界で活躍したほうがお嬢様の才能は発揮されると思うし、お嬢様も幸せなんじゃないかと思うわ。
 
「王妃としての才能はないか?」

「ありすぎてお城を掌握すると思います」

 あの方は思い切りがいい。必要となればお城を乗っ取るんじゃないかしら?

「……冗談に聞こえんな……」

「お嬢様はまだ自分の力に気づいてないのだと思います。でも、人と関わって行くうちに気付き、自分の力を理解し、使い方を覚えて行くでしょう。それを何に使うまではわかりませんが」

 わたしとのおしゃべりでどんどん変わって行った。今はまだ内に向いているけど、外に向いたとき、その成長速度は目を見張るものがあるでしょうよ。

「お前は親より娘のことを理解しておるな」

「すべてを理解しているわけではありません。お嬢様の心はお嬢様にしかわかりませんから」

 見せているようで重要なことは見せてなかった。一種、防衛本能が働いていたんでしょうよ。
「伯爵様。個人的な質問、よろしいでしょうか?」

「ん? 何だ?」

「聖女のウワサを耳にしたことはありますか?」

 無礼かと思ったけど、話を変えるために訊きたかったことを口にした。

「聖女?」

「わたしのところにプランガル王国から来た者がいます。その者は星詠み様と呼ばれる、王国でもかなり特別な方から聖女を捜すよう命令されております。一国上げての捜索。となれば国家の存亡に関わる事象が起きつつあるということです。プランガル王国内で済むならこの国には関係ありませんが、近隣諸国を巻き込むようなら友人のためにもこの国のためにも協力したいと思い、無礼ながら伯爵様にお尋ねしました」

「聖女か。その話は時折耳にするな」

「確か、そんなお伽噺がありましたな」

 やはり聖女伝説は各地にあるようだわ。

「これは友人から話を聞き、わたしが纏めたものです。ご一読いただければ幸いです」

 ちゃんとマリカルと相談して書いたものだ。

 プランガル王国の情報を晒すことになるけど、聖女の情報や他国の動きがわかればプランガル王国側としても不利なことはないはずだ。一国の情報なんてそう簡単に手に入れることなんてないんだからね。

「キャロル。それの写しはないのか?」

「一応、四部作ってあります。他の方からも情報を得られそうな場合を考えて」
 
 伯爵様に出したのはわたしがコンミンド伯爵領の者だから。領主である方に出すのが筋ってものでしょう。

「どうぞ」

 マレイスカ様にも纏めたもの渡した。

 そう長い文章でもなく、マリカルが知っていること、わたしが推測したことを並べたので十五分くらいで読み終わった。

「事実の検証はしておりません。間違っていることや意図的に情報操作されているかもしれませんのでご留意くださいませ」

「お茶をくれ」

「畏まりました」

 二人のカップにお茶を注いだ。

「……聖女か。海の向こうから聞こえて来たな……」

「コルディアム・ライダルス王国ですか?」

 その国名、ローダルさんから聞いたな。

「ああ。聖女教会が設立されたと耳にした」

「ですが、あの国は守護聖獣が治める国でありませんでしたか?」

 守護聖獣? そんなものがいるんだ。さすがファンタジーな世界よね。

「ああ。そうではあるが、新たな教会を立ち上げたというところが深刻さを語っておるなと思ったよ」

「聖女を立てるほどの何かがあった、と」

「であろうな。そうでなければ守護聖獣がいる下に聖女教会など立てたりはしないだろうからな」

 黙り込むお二方。それだけ大変なことがあった、ってことでしょうからね。

「……防げた、ということでしょうか? それとも備えた、ということでしょうか?」

 思わず間に入ってしまった。

「失礼しました」

「いや、よい。確かにそれは重要なことだ」

「そうだな。どちらか次第で我が王国にも関わってくるかもしれん」

「防げた、というなら解決策があること。備えた、というならこれから起こること。少なくともプランガル王国は備えようとしている」

 あまり伯爵様と関わってこなかったからわからなかったけど、伯爵様ってかなり賢い方だったのね。

「我が王国は何も知らない、関わり合えない。蚊帳の外というわけか」

 言い方を変えるなら対岸の火事、かな? 

「王国は何年続いているのですか?」

「……約二百五十年だな。つまり、二百五十年前に何かあったということか」

「問題期間を足せば約三百年周期で起こる局所的災害。聖女なら解決できる災害なんて想像もつきませんね」

 一個人が解決できる災害って何だ? この世界の災害って何よ? どんな定義なのよ? 

「何もわからないことばかりか」

 今はそうとしか言いようがないでしょうね。二百五十年前も関わり合えなかったみたいだからね。

「コルディアム・ライダルス王国に人を送ろうにもあの国とは国交を結んでおらんからな」

「物は流れて来るのですから商人を送らせてはどうでしょうか? 海から物が入って来ると言うならこの国に港はあるということですよね? コルディアム・ライダルス王国から来た船と交渉して商人を送ってはどうでしょう? コルディアム・ライダルス王国側の商人としてもこの国と関係を結べれば得でしょうし」

「そうだな。それしかないか」

 つい差し出がましいことを言ってしまったが、決めるのはこの国の偉い人。国が動いたなら情報も入って来るでしょう。

「プランガル王国にも商人を送ってはどうでしょう。あちらの情報も得ていたほうがよろしいかと思います」

「確かに。帰ったら各所に相談してみよう」

 マレイスカ様が立ち上がり、部屋を出て行った。

「……とんでもないことになったな……」

「ですが、マレイスカ様にコンミンド伯爵家の印象を強く植え付けられました」

 びっくりした顔で見られてしまった。

「それがお望みだったのでは?」

 そのためにマレイスカ様を招待したのでは?

「いや、まあ、確かにそうではあるが、計算ずくだったのか?」

「半分は思い付きです。わたしは、お嬢様を守りたいですから」

「そんなに深い間柄だったのか?」

「深くはないと思います。ただ、お嬢様にはお世話になりました。そのご恩を返したいのです」

 すれ違ったくらいの関係だけど、お嬢様がいてくれたから今のわたしがいる。そのご恩は返さないとね。

「そうか。我が娘といいお前といい、怖い娘が揃ったものだよ」

 わたしは怖くはないですよ。
 聖女の報告や対策は国に任せ、わたしは本来の目的を果たすために動くとする。

 マルケルさんと打ち合わせをし、マレイスカ様を鍛冶工房に連れて行った。

 大まかな形は伝え、雑でもいいから形にしてもらった。

「重さや安定感はどうですか?」

「うーん。やはり重いな。安定感もよくない」

 わたしも持たせてもらい振ってみる。

「確かに重くて安定感がありませんね。それなら鉄の板を貼るようにしますか」

 手頃な鉄板を貼ってもらい、マレイスカ様に振ってもらう。

「まあ、悪くないな」

「では、いろんな型を作ってもらいますね。マルケルさん。革職人さんに握るところに革を巻いてください」

 絵にしてマルケルさんに渡した。

「あと、工房名も棒に刻んでください。初めてマラッカ棒を作った工房として名を刻んでおきたいので」

 プレートに記録を刻んで工房に掲げてもらいましょう。

「念入りだな」

「記録として残しておくことは大事です。元祖を他に捕られては堪りませんから。マレイスカ様の名を刻む許可もいただけますか? 初めてのマラッカ棒に製作番号とマラッカ棒を作った工房名、そして、マレイスカ様の名を後世に残したいので」

「わたしの名を後世に? 本当に残るものなのか?」

「歴史は残るものではなく残すものです。名と現物があれば数百年先までマレイスカ様の名、あ、肖像画も残したいですね。後世の者に変な風に描かれたら困りますし」

 この時代に肖像画を描く絵師さんっているんだろうか? お城に肖像画ってなかったけど?

「貴族として名が残るのは名誉だが、そこまでやると気恥ずかしくなるのぉ」

 ちょっと気恥ずかしそうにするマレイスカ様。わたしなら全力で拒否するけどね。

「自伝も残しておくとよいかもしれませんね。マレイスカ様を調べたいと思う歴史家さんもいるでしょうから」

「あまり大袈裟にするでない。気恥ずかしくて堪らんわ」

「失礼しました」

「アハハ。よいよい。自伝か。忙しい老後になりそうだ」

 うん。気恥ずかしいながらもやる気はあるようだ。よかったよかった。

 嬉しそうにマラッカ棒を振るマレイスカ様からマルケルさんを見た。そのサポートをよろしくお願いしますってね。

 苦笑いをするマルケルさんだけど、わたしの言いたいことは察してくれたようで頷いてくれた。

「マレイスカ様。市場で食事でもしてみませんか?」

「市場で?」

「はい。経験したことがないことをしてみるのもよいと思います。王都がどんなかは知りませんが、ここなら王都ほど人はいませんし、知らない土地を歩いてみるのも楽しいと思います。土地土地の食事を楽しみ、そこにしかない空気を感じる。今しか出来ないことだと思います」

 どんなに偉くても好き勝手に旅行など出来ないはず。引退した今だからこそ自由に旅行が出来るのだ、いろいろ見て回らないともったいないわ。

「そう、だな。町を歩くなどしたこともなかったな……」

 遠くを見るマレイスカ様。偉くとも自由がないってのも嫌なもののよね。

「……第二の人生を歩んでください」

「第二の人生か。お前はおもしろいことを言うな」

「大きな役目から解放されたのです。残りを自分のために使ってもよろしいと思います」

 それだけの財力と権力があるのだ。悪いことに使うんじゃなければ自分のために使ったっていいじゃない。わたしも授かった魔法を自分のために使っているしね。

 平等なんてないことは前世で学んだ。恵まれた者がいれば恵まれない者もいる。努力じゃ覆せないものがある。あるものはある。ないものはない。あるなら使う。自分のために使うのよ。

「ふふ。お前を見ていると人生もまんざらではないと思えてくるよ」

「わたしは生きていることは素晴らしいことだと思ってますから」

 運や才能が物言う世界でも努力で覆させることは多くある。生きていられるなら努力し放題なのよ。

「素晴らしいか。わたしもキャロルを見習うとしよう」

「はい。たくさん見習って長生きしてください」
 
 と、柔らかく微笑んだマレイスカ様に頭を撫でられてしまった。わたし、そんなに幼く見えるか? いや、見えるか。他から十歳以下に見えているようだしね……。

「では、行こうか」

 何だか人が変わってしまったかのようなマレイスカ様。今、何が起こったの?

「は、はい」

 マルケルさんに視線を送り、先に人を走らせてもらう。何もないとは言え、この国の重鎮。もしものことがあってはならない。先に走ってもらい、準備を進めてもらいましょう。

「こうして歩くのもいいものだな」

「はい。いろんな人の暮らしが見えておもしろいです」

「……人の暮らしか……」

「本の知識ですが、社会は上から腐り、下から崩壊していくと書いてありました。わたしはコンミンド伯爵領に生まれて幸せですし、この光景が美しいと思います。十年後も二十年後も残していきたいです」

 前世のわたしに故郷はなかった。あるとしたら病院でしょう。

 こうして小さい頃から見た光景を残しておきたい。そして、大人になってもこの光景を見たいものだわ。
 き、緊張で吐きそうだわ。

 お城なんて一生縁がないと思っていたのに、領主様の命により足を踏み入れることになってしまった。

 わたしは農家の娘として生まれ、針子見習いとして日々を過ごし、針師という高みまで登れた。

 その道では高みに登れたけど、所詮、わたしは平民だ。貴族と関わり合うなんてことはないと思っていた。貴族には貴族専用の針師がいるからね。

 そんなわたしがお城に上がるばかりか侯爵夫人なんて雲の上にいるお方の採寸をしている。緊張するなと言うほうが間違っている。吐かないだけ褒めて欲しいくらいだわ。

「変わった採寸をするのね?」

「はい。キャロルが考えた方法です。数字にして記録すれば奥様の針師も同じものを作れますので」

「それでは針師として仕事を捨てるようなものではないの?」

「どんなに技術を極めても一人でこなせる仕事は決まっております。なにより、針師は着てくださる方を満足させるのが仕事でございます」 

 針師は名を示すより技術を示すもの。名ばかりの針師は見かけ倒しだ。技術で勝たなければ針師の名が泣くというものだ。

「ふふ。立派ね」

「ありがとうございます」

 なるべく冷静に感謝を述べた。

「あら、これは何の絵かしら?」

 採寸が終わり、ルクゼック商会で売り出している厚手の外衣を着た奥様が胸に付けた商号《ロゴ》を不思議そうに見ていた。

「それはルクゼック商会を示す商号《ロゴ》と申します。」

「ロゴ?」

「はい。これもキャロルが考えたものです。これからは個人の技量ではなく商会の名を高めて商品を売る。この商号《ロゴ》の社会的地位を上げれば高貴な方も無視出来なくなると言っておりました」

 正直、わたしにはその理屈はわからないけど、商会としては納得出来たようで、これからはそれを目指して行くそうだ。

「天才っているものなのね」

 天才と言ってしまえば確かに発想は天才だ。人とは違うものを見ている。でも、あの子は努力の子だ。何か飛び抜けた才を持っているわけじゃない。出来ないからこそ出来るように何度も何度も繰り返し、少しずつ技を高めているのだ。

「そうですね。あの子は自分の才能に驕ることなくただ技を極めようとしているところが職人として尊敬出来ます」

 遥か年下だけど、先達者にはちゃんと敬意を示し、職人の地位を高め、作品には職人の名前を刻まさせるようにしたのもあの子だ。あの子がいなければ職人はずっと地位が低かったでしょうね。

「バイバナル商会があの子を大切にするのがよくわかるわ」

 ルクゼック商会もあの子を守るために全力で動いている。あの子は守らねばならない子だわ。

「マレイスカ様がお戻りになられました」

 お城の側仕えの方が連絡に来てので、奥様に着替えてもらい、部屋から見送った。

「ふー」

 安堵の息が出てしまった。

「緊張した~」

「ね~」

 さすがにわたし一人では対処出来ないので針子たちを三人連れて来ている。

 わたしですら緊張して吐きそうだったのだから若い子には身が削られる思いだったでしょうよ。人目がなければわたしも床に崩れていたわ。

 扉が叩かれ、ハガリアさんたちが入って来た。

 奥様の採寸だったので、男性陣には出てもらっていたのよ。

「ご苦労様。奥様のご機嫌はどうだった?」

「悪くなかったと思います。商号《ロゴ》にも興味が引いていたようです」

「そうか。商号《ロゴ》を覚えていただいたら御の字だな」

 ルクゼック商会はそこそこ大きな商会だけど、侯爵夫人から見たらたくさんある商会の一つ。よほど興味がなければ覚えることはないでしょうね。

「キャロルはこれを見越して商号《ロゴ》を作らせたんですかね?」

「だろうな。あのお嬢ちゃんは、先の先を見て動いている。ルクゼック商会を大きくしてバイバナル商会を支えられるようにしているのだろう」

 バイバナル商会の下に付くのはルクゼック商会として思うところはあるでしょうが、侯爵様と繋がれたのはバイバナル商会が大きかったから。ルクゼック商会単独では不可能だったでしょうよ。

「問題は、あのお嬢ちゃんがルクゼック商会をどこまで大きくするかだな」

 本来なら喜ばしいことだけど、商売相手が大きすぎる。下手したら大手と張り合わなくちゃならないようになる。ハガリアさんとしてはバイバナル商会とルクゼック商会で相手出来るか心配なんでしょうね。

「王国で名の通る商会までにすると思いますよ。規格を作ったのだから」

 規格さえわかれば針子でもそのとおりに作れる。と言うことは大量生産を考えていることだ。

「……商売をしていて怖いと感じたのは初めてだよ……」

 見ている世界が何なのかわからないのに、莫大な利益を生むってことだけはわかる。なのに、こちらは理屈がわからないのだから怖くなるのも仕方がないわ。

 わたしだって仕事は増えるとわかっているのに何を準備したらいいかわからないでいる。このあと、侯爵様がやって来る。

 これを用意しててくださいとキャロルに言われているのに不安でしかないわ。

「革職人は来ているんですか?」

「ああ。緊張しているのを宥めているよ」

 わかるわ、その気持ち。わたしだって正直、逃げられるなら逃げたいわ。

「マレイスカ様が来ます。ご用意を」

 側仕えの方の言葉に気合いを入れた。勝負はこれからだ!
 マレイスカ様のマラッカウェアが完成した。

 さすが針師の技量は凄いものよね。もう魔法だわ。

「いいではないか。常に着ていたいものだ」

 マレイスカ様も気に入ってくれたようだ。

「では、部屋着にしたものを作りましょうか? 人前に出ないのでしたらゆったりした寸法にも出来ますし」

 ロコルさんの許諾はないけど、ルクゼック商会としてはありがたいことでしょう。

「それはよいの。人前に出ないときくらい緩やかな服でいたいからの」

「ロコルさん。お願いしますね」

「はい。すぐに作らせていただきます」

 少し表情は固いけど、動揺はしてないみたい。覚悟は決まっているよね。

「本当は靴も新調したかったのですが、さすがに今日明日は不可能なので完成したらバイバナル商会を通じて送らせていただきます」

「靴はまあ仕方がないの。楽しみに待っておるよ」

「はい。マレイスカ様、着替えますか? それともその服を慣らしますか?」

「しばらく着ていよう。この服は本当によいからの」

「疲れていないのならマラッカ棒を少し振ってみますか? 服の強度も知っておくのもいいと思うので」

 ロコルさんの作りに問題ないとは言え、マレイスカ様にそれはわからない。動いてみてこそわかることもある。安心して着てもらうためにも試してもらうのが一番だわ。

「そうだな。少し動いてみるか」

「ハガリアさん。マレイスカ様のお供をお願いします。わたしは夕食の手伝いがありますので」

 ギョっとするハガリアさん。いや、ルクゼック商会が請け負っているんだから驚かないでくださいよ。

「なんだ、キャロルは料理人もやるのか?」

「料理というよりお酒の用意ですね。お城にあった本に蒸留酒の作り方があったので去年から試していたんです。いつか伯爵様に献上しようと思っていたのですが、せっかくだから一年熟成させたものを飲んでもらおうと思いました。その用意です」

「蒸留酒? お前は蒸留酒の作り方を知っておるのか? あれは一子相伝の技術だぞ」

「そうなんですか? 蒸留酒の仕組みは本に書いてありましたけど」

「それは基本中の基本だ。飲めるような蒸留酒などわたしでも滅多に飲めんぞ」

「基本さえわかればあとは創意工夫です。失敗を何度も重ねれば成功に辿り着けます。と言ってもお酒の味がわからないので成功しているか失敗しているかわかりませんけど」

 この世界で初めて葡萄酒を口にした。いいのか悪いのかなんてわからないわ。

「……お前は本当に凄いのだな……」

「完成させたわけではありませんし、小樽に三つしかありません。おそらくですが、ちゃんと飲めるには三、四年は掛かるんじゃないかと思います」

 蒸留酒の熟成期間なんて知らないけど、蒸留酒も年数を重ねたほうが美味しいんじゃない? よく何年物とか聞くしさ。

「美味しかったらバイバナル商会に作ってもらいます」

「……バイバナル商会は本当に大変だな。こんな変人を抱えなくてはならんのだから……」

 なぜか呆れてしまった。何でや?
 
「では、失礼します。ハガリアさん。ロコルさん。あとはお願いしますね」

 夕食まであと二時間くらい。氷を作らなくちゃならないのよ。

 部屋を出て厨房に向かうと、ベテランの料理人さんたちが忙しく動き回っていた。

「料理長さん。氷を出せる魔法使いさんはどこですか?」

「第二厨房にいるよ」

 と言われたので第二厨房に行ってみると、白髪の老人が椅子に座っていた。

「副料理長さん。この方がそうですか?」

「ああ。冒険者を引退して城で働いてもらうようになったマグリック老だ」

 老は敬意するときに使われるはず。ってことはかなり高名な冒険者だったのかな?

「マグリック老。この子が氷を作れる魔法使いを雇うべきだと言った張本人だよ」

「キャロルです」

 普通に名乗り、お辞儀した。

「なるほど。変わった子とは聞いておったが、確かに変わっておるわ」

 今のどこに変わった様子があった? お辞儀しただけだよね?

「ふふ。お前さんの行動ではなく、魔力のことだよ。固有魔法持ちなんだって?」

「はい。転写系の固有魔法っぽいです。本当かどうかはわからないですけど」

「それでよい。無駄に調べる必要はない。そういうことにしておくとよい」

 わたしが転写系じゃないって見抜いている? いや、追及してこないのなら流しておくべきだ。せっかく忠告してくれたんだからね。

「ありがとうございます」

「ふふ。なに、サナリクスのアルセクスはわしの弟子で、この仕事を紹介してもらった。その恩を返しているだけさ」

 ってことはわたしが付与魔法であることを知っているわけか。

「アルセクスさんのお師匠様がよろしいんですか? 氷を作る仕事ですよ?」

「この歳になると仕事を探すのも大変だ。寝床をもらえて朝昼晩と食えるななら喜んで氷を作らせてもらうよ」

 年金とかない時代だし、最後まで働かないといけないんだ。まさか異世界でも金貨二千枚問題に直面するとは思わなかったわ。

「堅実な生活が一番ですね」

「そうだな。それが一番だ」

 まあ、わたしは危険な生活を送ろうとしているけどね。