この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 ルクゼック商会をあとにしてバイバナル商会に行くと、馬車が何台も出て行った。

「物資かな?」

 あの量となるとゴブリンも大量に現れたっぽいわね。大丈夫なんだろうか?

 非力なわたしにはどうすることも出来ない。ただ、無事討伐されることを願うしかない。どうか無事に帰って来てください。

「……そう言えば、宗教の話、全然聞いたことないわね……?」

 パルセカ村でもロンドカ村でも教会っぽい建物を見たことないわ。神様とかいない世界なの? まあ、生まれてこのかた祈ったこともないし、いなけりゃいないで不都合はないか。

「キャロルさん」

 出て行く馬車を見送っていたらマルケルさんに声を掛けられた。

「あ、こんにちは。忙しそうですね」

「はい。王都から騎士団も来てくれたので伯爵様からその物資をお願いされたんですよ」

「マレイスカ様が来ているからですか?」

「相変わらず事の本質を見極めるのに長けてますね」

 やっぱりそうなんだ。マレイスカ様、わたしが考えるより地位が高い人なのかもしれないわね。

「そのマレイスカ様のことで相談があるのですがよろしいですか?」

「嫌とは言えない案件で?」

「そこまで深刻なことではないですが、まあ、マレイスカ様を守れ、喜ばすることが出来、結果、バイバナル商会の利益にはなるんじゃないですかね?」

 たぶん、だけどね。

「それはもう嫌とは言えない案件ですね」

「そこまで深刻になることもないかと。ダメなときの場合を考えてルクゼック商会にロコルさんを借りるお願いをしてきましまから」

 ゴルフウェアやゴルフバッグを作ってあげるだけで喜ばれるでしょうよ。

「ハァー。深刻になる案件です。わたしどもは何をしたらよいのですか?」

 何だかわたしが無理難題言ってるような? ダメならダメで断ってくれても構わないのに。

「人足さんを三十人から四十人。可能なら五十人は用意してくれませんか? ちょっと作りたいものがあるので」

「五十人ですか。それは大事ですね」

「数がいるならゴブリンも進んで集まって来ることもないでしょう。仮に集まったとしてもマレイスカ様たちを逃す時間稼ぎは出来ます」

 護衛騎士のロックダル様と配下の騎士様が三人いる。ティナやルルもいるんだからロンドカ村のお城まで逃がすことが出来るわ。

「人足に何をさせるので?」

「なだらかな山を整備してマラッカ場を作ります」

「マラッカ、ですか?」

 手頃な棒を借り、ライカの実(松ぼっくり)を出して打ってみせた。

「こんな感じの遊戯ですね。マレイスカ様が気に入ってしまったので、その場を作ろうかと思いまして。高位貴族のマレイスカ様が気に入ったのなら他のお貴族様もやるようになるでしょう。道具、服、場所、宿泊所、食事、お酒、お風呂と一大収容施設が必要となります。最初はたくさんお金は掛かりますが、民宿が儲けているなら損はしないと思いますよ」

「…………」

 どうイメージしていいかわからず沈黙してしまうマルケルさん。説明がダメだったかな?

「絵にしてみますか?」

 視覚的のほうがイメージ出来るでしょうよ。

「お願いします」

 紙を用意してもらい、一大収容施設を描いてみた。

「わかりやすくしているだけで、こうしろってわけじゃないですからね。土地が違えば配置も変わってきますからね」

 上下水道があるわけでも電気があるわけでもない。この時代に合わせるとなるといろいろ違ってくるでしょうからね。

「まずは民宿周辺をちょっと変えるくらいですね」

 なだらかな斜面のところをマラッカ場とする。この辺は太い木もない。たぶん、薪用にするために伐ったんでしょうね。それとも畑にしようとしたのかな?

 頭をフル回転させているんでしょう。マルケルさんの額に汗が浮かんでいるわ。ハゲなきゃいいけど。

 わたしのことなど見えなくなったようなのでお茶の用意でもする。あ、クッキーでも出してあげますか。

「マルケルさん、いますか?」

 お茶を飲みながらマルケルさんが復活するのを待っていると、ルーグさんがやって来た。

「また無理難題ですか?」

「わたし、無理難題なんて言ったことないですよ」

 失礼な。出来ないなら出来ないで構わないことしか言ってないわ。やると決めたのはバイバナル商会側よ。

「冗談ですよ。次は何をしようとしているんです?」

 マルケルさんにした説明をルーグさんにもした。

「それはまた大仕事ですね」

「やれないのなら別の商会に回せばいいのでは? 誰もやったことがないもの。苦労も失敗も大きい商会でやってもらうのも手ですよ」

 別に二番煎じが悪いってんならこの世は一つしか商売が出来ない。特許がある世界でもないんだしね。誰かがやったあとで上手くやればいいだけだわ。

「みすみす儲けられる商売を捨てれる商人はいませんよ。キャロルさんがやることに失敗はなく、しっかりと利益を出してますからね」

「わたしも失敗することもありますよ」

「キャロルさんは、失敗するくらいならやらないでしょう。勝算があるから動いていました」

 周りからはそう見えたんだ。別に勝算とか失敗とか考えてなかったんだけどな~。
「ハァー」

 もう何度目のため息だろうか? もう癖になっているのではと思えてくるよ。

「お茶です」

 天井を仰いでいたらルーグがお茶を出してくれた。

 あのクルスが目を掛けるだけの男は気配りも出来る男だよ。

「ありがとう」

 感謝してお茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。

「あの子はいつでもどこでも嵐の目ですね」

 嵐の目か。上手いことを言う。

「そうだな。嵐の目であり商売の風でもあるところが厄介だよ」

 キャロルさんが私利私欲に走っているならまだいい。私利私欲なんでしょうが、九割以上はバイバナル商会の利となりわたしの利となっている。

 バイバナル商会は大手ではあるが、バイバナル商会以上の商会は二つもあり、三大商会の最弱と影口を叩かれたりもする。

 コンミンドでは伯爵様に取り入ることは出来たものの、他のところではダメだった。必ず二つの商会が上にいた。

 それがキャロルさんの出現で変わった。

 コンミンド伯爵様との関係はレンラさんのお陰でよき関係を築けていたが、キャロルさんのお陰でさらに関係は太くなり、王都でもよくお声を掛けてもらえるようになったそうだ。

 好転、と言うのだろう。すべでがいい方向に転がっているのだ。

 バイバナル商会として好転しているならまだ冷静になれたが、その好転はわたしにも起こっている。

 レンラさんはバイバナル商会でも特別なお方。あのお方の下に付けたということは将来約束されたようなもの。同期で一番になれたようなものだ。

 だが、レンラさんがいる限りその上には行けない。行けるとしたら四十を過ぎたくらいからだろう。

 それでも王都の支店を任せられる。平民出身のわたしにしたら大出世と言っていいだろう。

 そんな未来予想図もキャロルさんに破かれた。コンミンド伯爵領の支部長になってしまったのだ。さらに、お城の側使えの方と婚姻話まで出て来た。

 側仕えは下級貴族しかなれないものだが、平民からしたら下位でも貴族は貴族。上の身分だ。頭を下げなければならない存在である。

 そんな存在と婚姻話とか、普通だったらあり得ない。キャロルさんがお嬢様と仲良くなったからその繋がりをよく太くするためにレンラさんが動いたのだろう。

 これで意味がわらないと言うようでは商人失格だ。わたしは選ばれたのだ。キャロルさん担当に。

 バイバナル商会としてもキャロルさんは引き込んでおきたい存在だ。キャロルさんも自分の立ち位置を理解しているからこそバイバナル商会の顔を立てている。

 ……立てすぎて仕事が増えるばかりだからな……。

「ルーグから見て、キャロルさんの話はどう思った?」

「まだ下っぱでよかったと思いました。事が大きすぎてわたしなら怖じ気付いて腰を抜かしているところです」

「ふふ。クルスがそんな腰抜けを目を掛けるか。商人にとって野望は活動源だ。ないヤツは出世などせん」

 わたしも野望で動いている。動いているからキャロルさんの言葉を無視できないのだ。

「キャロルさんは本当に商人を動かすのが上手いよ」

「そうですね。断れないところが悪辣です」

 決定権をこちらに渡しているのがさらに悪辣だ。断れないとわかっているからバイバナル商会に言って来ているのだ。

「キャロルさんの頭の中はどうなっているのやら」

「そうですね。心根がいいのが救いです」

 そうだな。冒険者になるための私利私欲。地位や名誉はまったく求めていない。それはバイバナル商会で受け持ってくださいとばかりにこちらに放り投げて来ている。

「さすがに王都から応援を呼んではどうです? キャロルさんの頭の中にはさらに進んだ考えがあるはずです」

「そう思うか?」

「キャロルさんはこちらの能力を完全に把握しています。こちらが出来ないことは言って来ませんしね」

 そうなのだ。無理難題は絶対に言ってこないのだ。しかも、こちらの断れないギリギリを攻めて来る。

「そうだな。応援を呼ぶか。なんなら、ルーグが責任者になってもいいぞ」

「よしてくださいよ。若い芽を摘む気ですか?」

「フフ。はっきり言うヤツだ」

 クルスが気に掛けるのもよくわかるよ。と言うか、よく手放したものだ。配下としてはかなり優秀なのにな。そういうところがクルスのイヤらしいところなんだよな。

「この歳になって出世するのがこんなに大変なことだとは思わなかったよ」

 大変だが、辞められないのが業の深さを語っているな。

「わたしは出世する前に知れてよかったです」

「気楽に言いよって。お前も出世するんだから覚悟しておけ」

 バイバナル商会は大きくなる。そうすれば仕事は増え、役職も増える。ルーグは必ずその一つに座らされるだろう。そのとき仕事の多さ、大変さに泣くといい。

「それは戦々恐々です」

 クソ。必ず出世させてやるからな。そのときを震えて待っていろ。

 ハァー。まずはわたしが戦わねばならんか。 

「さて。どこから手を付けていいものか……」

「あ、わたしは宿屋に戻りますので──」

 ったく。そそくさと逃げ出しおって。わたしにだって優秀な部下はいるんだ。お前などに頼らんわ。
 朝、顔を洗いに借りていた部屋を出ると、人足さんと思われる人たちがお店の広場に集まっていた。

「仕事が早いよね」

 さすが支部長になる人は違う。一晩でこんなに集めちゃうんだから。

 顔を洗って用意をしたらマルケルさんのところに向かった。

「おはようございます」

「おはようございます。すぐ出発しますが、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 お昼前には着きたいと言った身。ダメですとは言えないわ。

「何人揃いました?」

「まずは二十人。残りは午後と明日には移動させます」

「食事を作る要員はどうしました?」

「昨日のうちに移動させました」

 本当に優秀な人だよ。

「ありがとうございます。マレイスカ様も喜ぶと思いますよ」

 バイバナル商会の株も上がるでしょう。マルケルさん、出世して王都に戻っちゃうかもね。

「そう言えば、バイバナル商会に子商会や孫商会とかあったりするんですか?」

「子商会、孫商会、ですか?」

「バイバナル商会が資金を出した他分野の商会って感じですかね。まあ、バイバナル商会の下にはあるので同じ商会と言ってしまえばそうなんですけど」

「……そうする利点があるので?」

「そうですね。独自の資金を運用出来て命令が迅速になる、って感じですかね? あと、出世する先にもなるんじゃないですかね? ダメならそこだけ切れば他に飛び火することもないはずです」

 ざっくりとした知識で申し訳ありません。

「……そんな考えもあるのですね……」

「マルケルさんが王都に行っちゃったら困るから、子商会を設立して一大収容施設の代表になって欲しいですね。ってまあ、わたしの妄想なので気にしないでください」

 バイバナル商会が分解されても困るしね。下手なことは言わないで──って、何か考えに入っちゃったわ。こりゃ、上層部にも話が行っちゃうかもしんないわね……。

「あんたがキャロルさんかい? おれは人足頭のジョガだ」

 人足頭とかいるんだ。結構組織的なの?

「はい。キャロルです。よろしくお願いしますね。話はジョガさんを通せばいいんですか?」

「まあ、そうだな。あんたが指揮するのかい?」

「そうなっちゃいますね。なるべく二日で形にしたいので。そのあとはバイバナル商会が決めると思います。たぶん、レンラさん、レンラさんってわかりますか?」

「コンミンドであの人を知らないヤツはいないよ」

 レンラさん、わたしが思う以上に凄い人だったりする?

「そのレンラさんから話が行くと思います。まずは、お貴族様の要望を叶えるために動いてもらえると助かります」

「貴族が関わってんならしっかりやるよ。目を付けられたら嫌だからな」

 わたしが人足を使うことなんて今後ないでしょうからね。今回、ちゃんとやってくれるならそれで充分だわ。

 マルケルさんが用意してくれた荷馬車に乗り込み出発した。

「皆さん、朝は食べたんですか?」

「持ってきたヤツは食うだろう」

「バイバナル商会が用意してくれるんじゃないんですか?」

 早い人は陽が出る前から集まっていたんじゃないの?

「昼を出してくれるだけマシだな。まあ、今回は泊まり掛けなんで朝昼晩と出してくれるみたいだが」

 なかなかブラックな職業のようだ。

「じゃあ、着いたらまずは食事にしますね。しっかり働いて欲しいので」

 改善する立場じゃないので食事だけはよくしてあげましょう。

「ちなみになんですけど、わたしでも人足さんを雇えますか? どこかに口利きをお願いしないとダメなんですか?」

「あんたならバイバナル商会に声を掛けたら済む話だろう」

「ちょっとした興味本意です。そういう仕組み、全然知らないので」

「……あんた、変わってんな……」

「そうですか? そういう仕組みって外から見てただけじゃわからないですからね。その道の専門家から聞けるなんてありがたい限りですよ」

「専門家って大袈裟だな。長いことやっているだけだ」

「長くやっていることは才能があったから。そこで食べてきたんだからその道の専門家であり玄人ですよ」

 プロの知識を聞こうと思ってもそう簡単に聞けるものじゃない。社会勉強として最高の先生だわ。

「ま、まあ、聞きたいってんなら構わんがな」

「はい。是非とも聞きたいです」

 到着するまで時間はある。聞きたいこと、これまでの苦労話、お金のことなんかを話してもらった。

 あっと言う間に時間は過ぎて民宿に到着。聞かせてもらったお礼に昼食を奮発。地下倉庫のお肉を出してあげた。

「夜は葡萄酒も出しますね」

 わたしたちは飲まないけど、ブランデーを作りたくてちょこちょこ買っている。結構貯まってきたから出してあげるとしましょうかね。

「キャロって結構人たらしだよね」

「あ、わかる~」

 なぜか二人からそんなことを言われた。なんのこっちゃ?

「そんなことよりお二方はどうだった?」

「変わらないよ」

「こっちもよ」

「午後もお願いね。わたしは人足さんたちに付きっきりになっちゃうからさ」

 せめて今日中には形にしたいからね。

「わかった。そっちはほどほどに。また仕事が増えたらレンラさんやマルケルさんが大変だから」

「もう遅いと思うよ、キャロルのことだから」

 わたしだから何なのよ? 何か最近、わたしのこと誤解してない?
 昼食を終えたら民宿から少し下りた細木が生えているところに向かった。

 ここは学校のグラウンドくらいの広さがあり、ちょっと斜めになっているけど、パターをするくらいなら充分な広さと言っていいでしょう。

「まずはこの一帯の草を抜いてください」

 冬だからそんなに生えてないけど、枯れた雑草が生い茂っている。細木を伐る前に片付けちゃいましょう。

 職人さんたちには休憩小屋を作ってもらった。

 わたしも草を抜くのに参加し、夕方になったら夕食の用意を始めた。

「人足さんたちは寝床をお願いします」

 真冬に野宿は辛いでしょうけど、薪は腐るほどあり、幕も運んで来た。葡萄酒もあるので我慢してもらいましょう。

「久しぶりに当たった仕事だな!」

「美味いものが食えて酒も飲める。ずっと続けて欲しいものだ」

 普段、どんな仕事をしているか興味はあるけど、そんな余裕はない。明日の用意もあるので諦めることに。明日も人足さんが来るんだからのんびりしている暇はないのよ。

 あれやこれやとやってたら朝になっており、また二十人がプラスされた。

 四十人もいると仕事が早い。今日一日で細木はすべて伐られ、根っこもすべで取り払われた。

 三日目に最後の人足さんが連れて来られてなだらかに整地された。

「ほう。これは見事に均されたな」

 次の日はコース作りだと整地されていた場所を眺めていたらマレイスカ様がやって来た。ロックダル様、ティナ、レンラさんも一緒にね。

「控えてください!」

 誰だって目を向ける人足さんたちに叫んだ。

 人足頭さんがすぐに気が付き、人足さんたちに叫んで控えさせた。来るなら一報が欲しかったわ。

「構わぬ。続けてくれ」

 人足頭さんに視線を送り、山の上のほうに向けた。

 打ち合わせはしてないけど、わたしの言いたいことを理解してくれ、人足さんたちを移動させてくれた。空気が読める人でよかった。

「それで、ここをどうするのだ?」

 完成後に見せたかったんだけどな~。せっかちな人だ。

「マラッカ場です。穴に入れる場所。打ちっ放しの場所を作ります。本当はここに草を生やして短く刈って草の絨毯にしたかったんですけど、冬なので均そうと思います」

「いつできるのだ?」

「明日中には形にして、明後日の午前中に具合を見て、午後からマレイスカ様にやってもらおうかと思っています」

「そんなに早く出来るものなのか?」

「人数は確保してあるので大丈夫だと思います。そこまでいいものは作れませんけど」

「急なことなのに計画を組むのが早いな」

「うーん。もう勘に近いですね。とりあえず、人海戦術で行います。失敗なら失敗で次に活かせる材料にすればいいだけですから」

 これからもマラッカ場は作られるはず。ノウハウはいくらあったって困らないわ。

「わたしのため、だけではあるまい?」

「そうですね。マレイスカ様のため、と言うよりはバイバナル商会のためてますね。これからマラッカをやる人は増えるはずです。その過程の知識や問題を蓄えておいてもらいたいんです」

「ほぉう。バイバナル商会のためにわたしを使うか」

「その見返りとしてマレイスカ様には歴史に名を刻んでもらいます」

「歴史に名を刻む? わたしが?」

 首を傾げるマレイスカ様。

「はい。おそらくマレイスカ様は初めてマラッカをやった者として歴史に名が刻まれます。マラッカの父、とかね」

 ゴルフの歴史なんてまったく知らないけど、元の世界では人気だった。この世界でも受け入れられるのならマラッカは誰が始めたんだってなる。そのとに、無名より貴族が始めたってほうがインパクトがあるでしょうよ。

「……わたしが歴史に名を刻むか……」

「少なくともこの国でマラッカを始めた方はマレイスカ様です。バイバナル商会としても自分たちが始めたと言うよりマレイスカ様が始めたほうが都合がいいでしょう」

 バイバナル商会としては名より利を取るでしょう。マレイスカ様が後ろ盾となってくれるほうが得でしょうからね。

「いつか大きなマラッカ場を作ったとき、マレイスカ様の名を使ってもいいですか? そこでマラッカ好きが勝負をするのも楽しそうですし」

 マラッカの父、父の名を冠したマラッカ場、そして、マレイスカ様の名を冠した大会とか、バイバナル商会としては金儲け出来るでしょうよ。

「……そこまで大事になるのか……?」

「絶対、とは言えませんが、マレイスカ様も一人では寂しいですよね? 誰かと遊んだり競ったりしたくなりませんか?」

「ま、まあ、確かにそうだな」

「マレイスカ様が一緒にやるとしたらそれなりの地位の方。そんな地位のある方がやっているものを下の者が気にしないわけがありません。ジェドも同じです。楽しいものは上から下へと流れて行くものです」

 戦争が起これば別だろうけど、娯楽が少ない時代なら広がる確率は高い。わたしは広がると読んでいるわ。

「なるほどな。キャロルはそれで何を得るのだ?」

「わたしはバイバナル商会の後ろ盾が欲しいだけです。冒険には資金が必要ですからね」

 名誉もお金もわたしにはいらない。欲しいのは楽しい人生だけよ。
 何とか予定したとおりには作れたような気がする。

「雪が降らないといいんだけどな~」

 今が冬だってのを忘れて働いてたけど、雪が降っても不思議じゃない季節だったよ。

「マレイスカ様。寒いから民宿で待っててもらってもよろしいのですよ」

 朝起きてマラッカ場に来たらもうマレイスカ様たちが来ていたのよね。遠足前の子供か! わたしは遠足行ったことないけど。

「いや、わたしにもやらせてくれ。楽しみにしていたんだ」
 
 子供か。仕方がないな~。

「それでどうするんだ?」

「山側に穴入れを楽しむ場で谷側で打ちっ放しを行います」

 パターコースは三つ。バンカーコースが一つ。打ちっ放し場には距離がわかるように旗を立てているわ。

 そこまで細かな説明はいらないので、一つ一つコースを回ってみた。

「なかなかいいではないか。屋敷にも欲しいな」

「管理が大変なので、網を張って打つといいかもしれませんね。玉が遠くに飛んで行くこともありませんから。あ、そろそろ戻りますか。朝食の時間を過ぎてますし」

 もう九時前にはなっているはず。レンラさんも困っているでしょうよ。

「うむ。確かに腹が空いたな。戻るとしよう」

 ロックダル様に視線を飛ばしてあとはお願いしますと頷いた。

 マレイスカ様が民宿に上がって行ったら人足頭さんたちを集めて朝食とした。

「ありがとうございました。バイバナル商会によく働いてくれたと報告しておきますね。十人だけ残して山を下りてください」

「そうか。いい仕事は、あっと言う間に過ぎてしまうな」

「そのことなんですが、またお願いするかもしれません。バイバナル商会と相談してからになりますけど」

「それは楽しみだ。こんな美味い仕事はなかなかないからな」

「そうなんですか? 外で眠ってもらったのに?」

 この真冬に天幕一つで眠ってもらった。なかなかブラックな仕事だったと思うんだけどな~。

「寒さが吹き飛ばすほどの美味いものが食えるんだ。それだけでいい仕事だと言えるよ」

「しかも、夜は酒まで出してくれるんだから最高さ」

「そうそう。仕事も暗くなったら終わりだもな」

 わたしが考えるよりこの時代の労働は大変なようだわ。

「帰る人にはわたしからも少し出させてもらいますね。またお願いしたいので付け届けです」

「いいのか? こっちとしてはありがたい限りだから」

「大丈夫ですよ。そんなにたくさん出せるわけじゃないんですから。お酒代くらいですよ」

 一晩の飲み代がいくらかわかんないけど、大銅貨一枚あれば充分でしょう。

「昼までに用意しますね」

 朝食を終えたらわたしも民宿に向かい、レンラさんと打ち合わせをする。

「ロコルさんはどうしてます?」

 一応、マレイスカ様の寸法を測ってもらい、あとは完全に丸投げなのよね。

「部屋に籠っていますよ」

「そうですか。朝食が終わったらマレイスカ様をお願いします。わたしはロコルさんの様子を見ますんで」

「わかりました」

 そうお願いして一旦家に戻ってティナに付け届けを用意して人足さんたちに渡すようお願いした。

「マリカル。奥様はどう?」

「執筆に勤しんでいるわよ。たまに散歩に出ているみたい」

「休みに来たのにね」

 ってまあ、唆したわたしが言っていいことじゃないけど。

「マリカル。奥様が大丈夫なら娯楽宿屋に今回のことを伝えてくれない。わかることでいいから」

 ドジっ子ではあるけど、頭はいいマリカル。上手く伝えてくれるでしょうよ。

「わたしも行く。久しぶりにあっちの料理を食べたいから」

 ルルは相変わらずね。食っちゃ寝の猫なんだから。

「キャロは大丈夫?」

「大丈夫だよ。そんなに疲れてないから」

 ちゃんと夜は暖かい部屋で、柔らかいベッドで寝ている。疲れはしっかり取れているわ。

「じゃあ、あとはよろしくね」

 家を出たらロコルさんがいる部屋に向かった。

 マレイスカ様たちのために民宿は貸し切りなので、一室をロコルさんに貸し、作業部屋として使ってもらっている。

 ノックをして中に入る。職人さんは集中すると周りの音が耳に入らないからね、遠慮なんてしてらんないのよ。

「ロコルさん。進捗はどうですか?」

「あまりよくないわ。寒くなく動きやすく。素材を代えてやっているけど、なかなか上手く行かないのよ」

「完全に寒さを遮断しなくてもいいですよ。汗が逃げないのも体を悪くしますからね。そこは火を焚いて体を暖めたらいいですからね」

 あとは蒸留酒、ブランデーが出来たら中からも暖められる。体にいいかまでは知らないけど。

「まずは一着作って、マレイスカ様に具合を見てもらいましょう。マレイスカ様は、ちゃんと理を知った方です。理由があれば納得して答えてくれますよ」

 大貴族ってことで気負っているようだけど、マラッカウェアが出来ないことが一番ダメなことだわ。

「だ、大丈夫かしら?」

「ロコルさんの腕なら問題ありませんよ。落ち着いて、普段どおりの仕事をしてください。それでいい服が出来るんですからね」

 大貴族の仕事をたくさんして、たくさん経験を積んでください。たぶん、たくさんの注文を受けるようになると思いますんで。
 マラッカウェアが完成したのでマレイスカ様に着てもらった。

「おー。なかなかいいではないか」

「少し、振ってもらってよろしいでしょうか? 動き難いところがあれば教えていただければ幸いです」

「うむ。わかった」

 ウキウキなマレイスカ様は快く引き受けてくれ、外で振ってくれた。

「問題ないな。少しこれで歩いてみるか」

 それはロックダル様にお任せしてわたしは職人さんのところに向かった。

 職人さんたちにはクラブの製作をお願いしている。マレイスカ様が使うのは当然として、王都に帰ったときに布教用に使ってもらうためのものだ。

「進みはどうですか?」

 職人さん総動員で作っていた。

「順調だよ。今んところ十二本か? 今日中に十五本は行けるだろうよ」

 それなら帰る頃までに五十本は余裕ね。

「これが終わったら打ち上げしましょうね。密かに作っているお酒を出しますんで」

 夜な夜なブランデー作りに励んでいるんですよ。付与魔法の実験も兼ねてね。

「おー。それは楽しみだ」 

「はい。楽しみにしててください。では、お願いしますね」

 次はロコルさんのところに向かった。

「ロコルさん。次にコート──外套を作ってください。民宿からマラッカ場に行くまでに着るものを」

「生地が足りないから持って来てもらうわ」

「急ぎならティナに走ってもらいますよ」

 ルルに乗ればすぐでしょう。

「大丈夫よ。ルクゼック商会からも馬を出してくれたからね」

「ルクゼック商会も本気なんですね」

「それはそうよ。侯爵様と繋がれる機会なんてそうはないこらね。ルクゼック商会としても全力で取り込むわ」

 侯爵って立場はそれだけってことか。地位を見なければいいおじいちゃんって感じなんだけどね。

 ……大臣をやっているときはそうじゃなかったみたいだけど……。

「もしかすると、ルーランが応援として来るかもしれないわ。間に合うかはわからないけどね」

 確かにカルブラ伯爵領からだと間に合うかどうかよね。まあ、マレイスカ様が帰ってからでも大丈夫でしょう。来たからと言って製作が間に合うわけでもないんだからね。

「ルーランさんも大変だ」

「そこは我慢してもらうしかないわ。ルクゼック商会の未来が掛かっているんだからね」

 うん。ご苦労様です。そして、巻き込んで申し訳ありませんでした。

「わかりました。では、進められるところまでお願いします」

「わかったわ」

 各所の様子を確認してくると、マレイスカ様たちが戻っていた。休まる暇がないわね。

「どうでした?」

「ああ。とても動きやすい服だ。普段でも着ていたいくらいだ」

「自宅用のを作りますか? お客様が来たりしたら着替えなくてはいけませんが」

「客が来るときは連絡があるから大丈夫だ」

 突発に来たりはしないんだ。案外、面倒なのね。

「それなら四着くらい作りますね」

 ロコルさんの仕事がさらに増えちゃった。ごめんなさい。

「ああ、頼む。マラッカ場に行っても問題ないか?」

「もう少しでお昼になりますが、あちらで食べますか? 食べてから行きますか?」

「そうだな。あちらで食べるか」

 すっかり外で食べることに抵抗がなくなったね。

「では、用意します」

 側仕えの方とマーシャさん、料理人に連絡してマラッカ場に向かってもらった。

「奥様もどうですか? 部屋の中ばかりにいると滅入ってしまいますからね。外の刺激を浴びたほうが頭を働かせますよ」

 こっちはすっかり引きこもりになっている。強制的にでも外の空気を吸わせるとしましょう。

「そうね。マラッカ場も見てみたいし、行ってみましょうか」

「はい。火は焚いてますが、少し、着込んだほうがよろしいかと思います」

 暖かい部屋にいたから外の空気は厳しいでしょう。厚着させるとしよう。

 わたしは奥様と向かい、まずは火の側にいてもらい、料理人さんと一緒に昼食の準備を手伝った。

 用意が出来たらお二方をテーブルに付かせ、温かいスープを出した。

「外で温かいものを食べるのもいいものだな」
 
「そうですね。何だかいつもより美味しく感じますわ」

 ここらお二方の空間なので会話には参加せず、お二方が食べるのを見守った。わたしたちは交代で食べるわよ。

「よし。やるか」

「何からなさいますか?」

「穴入れからやるとするか。まだ腹が落ち着かんからな」

 落ち着くよりマラッカがやりたいようだ。

「では、穴入れ用をいくつか作ったので試してください。気に入ったのがあったら自分用にどうぞ。職人によって微妙に違って微妙に反映されますからね」

「なるほど。マラッカは奥が深そうだ」

 マレイスカ様は拘る派だと思う。好きなことにはとことん突き詰めるんじゃないかしら?

「慌てず少しずつ試してください」

 こちらとしても時間が稼げて助かる。お二方が動くと優先度がいろいろ変わってくるからね。なるべく一つのことをやっててもらいましょう。

 まあ、わたしが仕事を増やしている説もあったりなかったりだけどね。

「奥様。お戻りになりますか?」

「いえ、もうしばらくここにいるわ。景色もいいしね」

「畏まりました」

 その場は側仕えの方にお任せしてまたロコルさんのところに向かった。フー。
 お二方が民宿に来て早十日。

 他のお客さんに忘れられそうになるんじゃないかと思うけど、侯爵様が気に入った宿、としての名は欲しくても滅多には得られない名誉。それだけでこの先何年も戦えるとのことだった。

 まあ、隠居した身とは言え、いつまでもここにいられるわけでもない。長くとも二十日から三十日くらいでしょうとのこと。

 最初は十日を予定していたみたいだけど、帰るとは聞いてないので延長したのでしょう。この分では三十日くらい滞在しそうね。

 わたしはマレイスカ様と奥様を行ったり来たり。ロックダル様や側仕えの方々と打ち合わせ。わたしの見習い冒険者期間はどこに行ったんだ?

 そうは思いはしても大貴族相手にどうこう言えるわけもなし。ただ淡々と今をこなすしかないわ。

「キャロルさん、少しよろしいでしょうか?」

「はい、構いませんよ」

 レンラさんに呼ばれて事務所に向かった。

「ゴブリンが討伐されたそうです」

「へー。それは何よりですね」

 こちらまで話が流れて来ないのですっかり忘れてたけど。

「ええ。死者も出たそうですが、二百匹以上いたゴブリンは討伐されたそうです」

 二百匹もいたの!? かなり大事だったじゃん! 

「コンミンド伯爵領は大丈夫なんですか?」

 村一つ滅んだようなもの。収入、かなり減ったんじゃない? 

「かなり痛手を負いましたが、お家が崩れるほどではありません。天候が悪くなったり農作物が実らなかったわけでもありませんからね」

 そんなものなんだ。時代劇みたいに若い娘が売られるってことはないのね。

「ゴブリン討伐も終わったので、伯爵様がマレイスカ様方をお城に呼ぼうと思っているようなんです」

 まあ、侯爵が来ているのなら呼びたいと思うのは不思議じゃないことよね。

「──もしかして、わたしに説得しろと?」

 そんなことないよね? てか、なんでわたしが説得することになるのよ?

「はい。どうにかならないでしょうか?」

「……伯爵様とマレイスカ様、関係がよくないのですか……?」

 どんな関係か知りたくないけど、そこを聞いておかないと説得もなにもあったものじゃないわ。

「悪くはないですが、そこまでいい関係ではあるとは言えません。今回のことはバイバナル商会の会長から話を通して、伯爵様には協力していただいた、と言った感じです」

「面倒ですね」

 率直な感想を口にした。

「……はい。面倒なことです……」

「あちらを立てればこちらが立たず、と言うわけですか」

「上手いことをおっしゃいますね。まさにそのとおりです。両方を立てるいい方法はないものでしょうか?」

 レンラさんもバイバナル商会では上のほうでもさらに上がいるってことか。大人の世界は大変よね……。

 子供に頼らないでください、何てことは今さら。子供らしからぬことをやっているんだからね。

「急ぎですか?」

「今日中に決めていただけるとこちらも早めに動けます」

 無茶なこと言ってくるわね。

「ロンドカ村に鍛冶工房ってあります? 鉄を打つのが優秀な方がいれば最高です」

「すぐに用意させます」

 そういうところは早いよね。工房の職人さんには申し訳ないけど。

「ガラス職人も用意できます?」

 窓ガラスがあるくらいだからいるはずだ。

「用意させます」

「あと、ルクゼック商会の全面的協力をいただければ」

「もちろん、全面的協力させます」

 これでマレイスカ様や伯爵様を動かせないんだから人間社会は大変よね……。

「じゃあ、マレイスカ様に相談してみます。お城はお二方を招き入れる準備はできているんですよね?」

「必要とあれば民宿の者を送ります」

 完全にわたしなら何とかすると思っての行動のようだ。わたし、そこまでじゃないのになぁ~。

「わかりました。マレイスカ様に話して来ます」

 マラッカ場に向かった。

「マレイスカ様。その棒、クラブのことで少しお話しがしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 打ちっぱなしをしているマレイスカ様に話し掛けた。

「どうした?」

「はい。クラブの打つところ金属にしたいと思いまして、ロンドカ村の鍛冶工房に行こうと思いまして。お城に協力を求めたら快く引き受けてくださったので奥様と一緒に行ってみませんか? 奥様にもガラスで作った筆を見てみたいのです」

「金属にする?」

「はい。玉もよくなりましたが、木だと飛ばすのに限界があります。より遠くに飛ばすなら金属にしたほうがいいかと思いました」

 金属にするのはもっと先にしたかったんだけど、伯爵様を立てるには今使うしかないわ。

「……なるほど。金属か……」

「はい。興味があるなら準備を進めますが、如何なさいますか?」

 断られたらそれにて終了。また別の方法を考えるとしましょう。何も案はないけどさ。

「……そうだな。コンミンド伯爵にも挨拶をしたいと思っていたところだ。世話になるとしよう」

 なんだ。それなら正攻法で行くんだったよ。手札を無駄に一枚切っちゃったじゃない。

「わかりました。こちらで進めておきます。あ、もし、どんな形にしたいか案があれば考えておいてください。使えるかどうか試したいので」

「わたしが考えるか。うむ。やってみよう」

 乗り気でなによりだわ。
 事が決まれば迅速に動くのがバイバナル商会。次の日には出発出来た。

「わたしも行って大丈夫なの?」

 わたしたちは別の馬車に乗ってお城に向かい、不安そうなマリカルが何度目かの不安を口にした。

「大丈夫よ。獣人を知らないなら差別もないから。まあ、珍しがられるとは思うけどね」

 こちらも何度目かの説得をする。

「ルルはマリカルの側にいてあげて。お嬢様の猫が慣れている姿を見たら文句を言う人もいないでしょうからね」

 お城の人たちにそう悪い人はいなかったけど、ルルがくっついていれば獣人だからってことは言わないでしょうよ。同じ猫科(?)だし。

「りょーかい」

 話のわかる猫でなによりだわ。

 バイバナル商会が準備を進めてくれているお陰ですんなりお城に入れ、伯爵夫妻との面会を果たした。

「ラルフ、世話になる」

「歓迎致します、マレイスカ様、リアヤナ様」

 奥様、リアミアって言ったんだ。知らんかったわ~。

 しかし、何でわたしたちまで同行しないといけないのかしら? お城のことなんだから伯爵夫妻が取り仕切ればいいのに。

 何てこと言えるわけもなし。声を掛けられるまで側仕えの方と控えていることにする。

「お疲れでしょう。まずは汗を流してください。城にも風呂を造りました。あと、蒸し風呂も。上がったら冷たい麦酒を用意しておきます」

 へー。造ったんだ。お嬢様が話したときは乗り気じゃないって言ってたけど。何か変化があったのかしら?

「それはありがたい。蒸し風呂が気に入ってな、動いたあとに入らないと気持ち悪くて仕方がないんだよ」

 おじさんはサウナ好きって聞いたから造ったんだけど、この世界のおじさんも大嵌まり。おじさんさんにサウナ魂でも宿っているのかしらね?

「せっかくだ。ラルフ殿もどうた? 爵位の服を脱いで裸の付き合いもいいものだ。それをサーシャ嬢の友人から教えてもらったよ」

 全員の目がわあしに向けられる。うん。止めてください。

「キャロルだったな。娘から手紙を預かっている。返事を書いてやってくれ。候補教育で少し落ち込んでいたからな」

「畏まりました。お嬢様の心が晴れるような手紙をお書きします」

 お嬢様からの手紙か。それは楽しみだわ。

「リアミア様は如何なさいますか?」

「わたしは遠慮するわ。茹でっちゃうから」

「それなら足湯を用意しております。足元を温めながらお茶でも如何でしょうか? いろいろお話を聞かせてください」

 奥様も積極的ね。お城にいたときは物静かな方だったのに。貴族モードだと積極的になるのかしら?

「あら、いいわね。民宿でも浸かっていたわ」

 足湯まで用意するとか、本当にどうしたのかしら? あの頃はなかったから急遽造ったってことだ。もしかして、お嬢様が何か言ったのかしら?

 さすがにわたしを連れてってことはなかったけど、側仕え頭や執事長に呼ばれてしまった。

「あなたはあの頃からさらに影響力を増してますね」

 執事長さんに呆れられてしまった。

 あまり話したことはなかったけど、お嬢様のことで話すことは何回かあった。真面目な方って印象だったわ。

「畏れ入ります」

「まあ、今回はそれて助かりました。侯爵様と関係を結ぶのは難しかったので」

「お嬢様が動いたのですか? マレイスカ様はお嬢様のことを知っている口振りでしたが」

 お妃候補は何人もいるのに、マレイスカ様はお嬢様の名前を口にしていた。選別に関わっているから名前を知ってたんじゃないの?

 もちろん、メインでは関わってはいないでしょうが、選別員の一人、って感じじゃないかや?

「ええ。どうやら七人の中に選ばれたそうです」

「七人ですか。それは名誉なことなのですか?」

「はい。クラウンベルに選ばれるのはとても名誉なことです。さらにお妃にでもなればコンミンド伯爵家はさらに名が上がるでしょう」

 クラウンベル? この王国にはそんな風習があるんだ。でも、クラウンって王冠って意味じゃなかったっけ? それとも別な意味か?

「コンミンド伯爵家はクラウンベルに堪えられるだけの力を持っているのですか?」

 お妃を出した家ともなれば凄いことになる。足の引っ張り合いとか起こるんじゃない? そのときコンミンド伯爵家は対抗出来るものなの?

「さすがお嬢様に気に入られるだけはありますね。コンミンド伯爵家としてもロクラック侯爵家の後ろ盾が欲しいということです」

 それはまた大変なことで。

「……もしかして、わたしにどうにかしろとおっしゃっているのですか?」

 いや、無理でしょう! わたしにそんな力はないわよ!

「さすがにそんな無茶は言いません。ただ、協力をお願いします。バイバナル商会も頷いていただきました」

 そう言われちゃったら断れないわ。ハァー。

「お嬢様が望むことならご協力させていただきます」

 わたしの知るお嬢様はお妃なんて立場は望まないでしょうけど、嫌だと拒否することも出来ない。貴族は家を優先する生き物だからね。ただ、お嬢様が別のことを望むなら喜んでお手伝いさせてもらうわ。

「ただ、無茶なことは出来ないと心に止めておいてください。マレイスカ様はそんな思惑は見抜いている様子ですから」

 ただのマラッカ好きのおじいちゃんってわけじゃない。たまに目が笑ってないときがあるからね。

「わかっています。あなたはマレイスカ様のご機嫌取りをお願いします」

 そのご機嫌取りが難しいんだけどね……。
 身分的に貴族の食事の席には同席は出来ないけど、それ以外は側に控えることが多かった。

 ……わたし、何なんだ? どんな立場でここなにいるの……?

 いやまあ、立場を決められても困るんだけどね。わたしは冒険者になりたいんだし。

「マラッカも楽しいが、ジェドもいいものだな」

 今、わたしの前でマレイスカ様と伯爵様がジェドに興じている。いや、この位置は側仕えの方がいるところ。わたしのような平民が立つ位置ではないわ。

「そうですな。まさかこんなに流行るとは思いませんでした」

 やっぱり流行っているんだ。チェスを広めた人は典型的な転生者ムーブを起こしているみたいね。

 まあ、こちらとしては転生者であることを隠し、そのムーブに便乗出来て大助かりだけど。

 今のところこの世界にはわたし以外に二人の転生者がいる。チェスを広めた人は海の向こうに。ライターを広めた人は同じ大陸っぽい。話から海を伝って来たことからかなり遠いみたいだわ。

 二人の会話に混ざることはなく、二人にお茶を注いだり、暖炉に薪を入れたりしているわ。

 他の側仕えの方が嫌な予感しかしない。貴族のゴタゴタに巻き込まれたくないわ……。

 お二方の会話は世間話で、ジェドを本気でやっている。いや、他にも考えていて言葉が発せられないって感じかしかしら?

「キャロル。サーシャの手紙は読んだか?」

 突然、伯爵様が口を開いた。

「すべてではありませんが、三分の一は読んだかと思います」

 単行本にした四冊くらいある。お嬢様、相当鬱屈しているんでしょうね。文面からもひしひしと伝わってきたわ。

「元気にしているか?」

「健康面はよろしいかと思います」

 お妃選別のことは書かれてないけど、暮らしのことは書かれていた。まあ、それだけでも大変なことがよくわかったわ。

「そうか。クラウンベルに入ると面会するのも難しいからな」

「手紙は届かないのでしょうか?」

 検閲は受けているようだけど、選別内容やお城のことさえ書かなければ問題ないみたいだ。まあ、その辺のことはよくわからないけど。

「親の力なしに勝ち取らねばならないものだからな」

「厳しいのですね」

 まだ十三、四の少女には拷問みたいなものじゃないの?

「妃にはそれだけのことが求められるのだ」

「王子様には何が求められるのでしょうか?」

「王子に?」

「はい。妃に過分以上の期待を求められるなら王子様にはさらなる期待がかけられているのでしょうね。それとも妃となる方が王子様に足りないものを補わなければならないのですか?」

「フフ。アハハ! キャロルはおもしろい。確かに次の王たる者、妃に劣るようでは立つ瀬がないの」

「失礼さしました。言葉がすぎました」

「いや、お前はサーシャのお気に入りだったからな。率直なことを聞きたかったのだ」

 わたし、たまに空気を読めなくなるからやらかしたと思ったわ。

「キャロルから見てサーシャ嬢はどう見えるのだ?」

「異才です」

「異才? 見た感じ、そうは見えなかったが」

「お嬢様は自分を普通に見せることも出来ます。わたしたちの前でも本当の思いは隠していました」

 知能指数はかなり高いと思う。

 でも、お嬢様の場合、ただ頭がいいってだけじゃなく、人の心にも敏感なところがあり、精神感応、テレパシー的能力があるんじゃないかってときが度々あったんだよね。

「もしかして、ですけど、お嬢様には固有魔法的なものがあるのではないですか?」

「そう見えるか?」

「間違っていたら申し訳ありません」

「いや、責めてはおらん。固有魔法を持つからこそクラウンベルに選ばれたのだ」

「能力の囲い込みですか?」

「ふふ。お前もお前で異才だな」

「わたしの場合は変人だと思います」

 天才でも秀才でもない。ただ変わった娘なだけだと思うわ。

「アハハ! 変人か! 確かにお前は変わった娘だな」

 正しく理解されて嬉しいわ。期待されても困るからね。

「確かにあのサーシャが望んだのお前だけだったな」

「お嬢様の度量には助けられました。あの方は王妃より外交官が向いていると思います。外国との交渉ならお嬢様は確実に利益を勝ち取ってくるでしょう」

 狭い世界より広い世界で活躍したほうがお嬢様の才能は発揮されると思うし、お嬢様も幸せなんじゃないかと思うわ。
 
「王妃としての才能はないか?」

「ありすぎてお城を掌握すると思います」

 あの方は思い切りがいい。必要となればお城を乗っ取るんじゃないかしら?

「……冗談に聞こえんな……」

「お嬢様はまだ自分の力に気づいてないのだと思います。でも、人と関わって行くうちに気付き、自分の力を理解し、使い方を覚えて行くでしょう。それを何に使うまではわかりませんが」

 わたしとのおしゃべりでどんどん変わって行った。今はまだ内に向いているけど、外に向いたとき、その成長速度は目を見張るものがあるでしょうよ。

「お前は親より娘のことを理解しておるな」

「すべてを理解しているわけではありません。お嬢様の心はお嬢様にしかわかりませんから」

 見せているようで重要なことは見せてなかった。一種、防衛本能が働いていたんでしょうよ。