この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 ルクゼック商会は服を扱っているだけあって工房は想像以上に大きくて、針子さんも十人も抱えていた。

 ルーランさんの他に針師がいて三つのチームに分かれているみたい。

 今回はルーランさんのチームについてもらい、背広作りを開始した──けど、他のチームも声をかけてくるのでなんだかわたしがチームリーダーっぽくなり、あっちのチーム、こっちのチームと、背広にとりかかる暇がない。わたし、何しにここに来たんだ?

 何て考えている暇もなく、デザインを描いてはそれを形にしていく各チーム。ちょっと休ませていただけませんでしょうか。もう限界です……。

 限界を何度か突破し、気絶するように眠ること十数日。わたし、何してんだろうと自問自答するようになってきた。

 それでも背広は完成。やっと服作りから解放された。

「……痩せたね……」

 久しぶりにわたしを見たティナが呆れていた。

 食事は三食いただいていたけど、それ以上に消費が激しく働いていた。やはり働きすぎってダメなのね。せっかく得た命、大事に使わないといけないわね。 

「ま、まーね。もう何もしたくない。帰りは馬車で帰りたいわ」

「だろうと思って馬車で迎えに来たよ」

「ティナ、ナイス」

 こういう気遣いが出来る子なのよね。

 ルーランさんや弟子の針子さんたちと馬車に乗り込み、バイバナル商会へとレッツらゴー。久しぶりに帰って来た。

「……随分と掛かりましたね……」

「ええ。帰る機会を失いました」

 とりあえずお風呂に入って何も考えず眠りたいが、まずはルクスさんとルーグさんに背広をプレゼントした。

「わたしたちに、ですか?」

「はい。お世話になりましたのでそのお礼です。普段着なので使い潰してくれて構いません」

 ルクスさんやルーグさんは肉体労働はしていないけど、毎日着ていれば肘や膝など磨り減るもの。気に入ったのならルクゼック商会に発注してください。

 二人に着てもらい、ルーランさんに細かいところを直してをしてもらった。

「どうです?」

「……ぴったりです……」

 それはよかった。お休みなさい。

 ………………。

 …………。

 ……。

 で、気持ちよく目覚めました。

「睡眠は大事って学べた時間だったわね」

 苦労に見合うかはわからないけど、これからは睡眠はちゃんととることにしましょう。

 何だかやりきったことで消失感が半端ないわね。生き急ぎすぎると早死にしそうだわ。

 今生は楽しむと決めたけど、もっと健康に気を使って長生きしたいものだ。

「おはようございます」

 ベッドで惰眠を貪ろうとしたけど、キャロルの性格がそうさせてくれず、早々に出て店に向かった。

 ルクスさんは背広を着ており、いつものようにサービスカウンター的なところで書き物をしていた。

「おはようございます。よく眠れたようですね」

「はい。ぐっすり眠れました。背広、よく似合ってますね」

 西洋風の顔立ちで、背も高くスタイルもいいから背広がよく似合っている。

「でも、髪型はもうちょっと整えたほうがいいかもですね。ルクスさんは長いより短いほうがカッコいいと思いますよ」

 そう言えば、ルクスさんって結婚しているのかしら? いつもお店にいる感じだけど。

「帰ったら散髪用のハサミ、作ってもらおうかしら?」

 ハサミはあるけど、散髪はナイフで切っているのよね。付与魔法でよく切れるようにしてたから気にもしなかったわ。

「……少し、人生の歩みを遅くしては如何ですか……?」

 あ、そうだった。ついさっきそう考えていたじゃない。キャロルの性格、社畜体質?

「あ、キャロルさん。背広、とても心地よいですよ」

 ルーグさんがやって来た。その顔はニッコニコ。背広を気に入っていることがよくわかった。

「それはよかったです。カルブラに来てからお二人には何かとお世話になりましたからね。帰る前にお礼がしたかったんです」

「帰るのですか?」

「はい。冒険者としての訓練もしたいですから」

 体力を付けたり技術を身に付けたりするために実家を出たのにね。やっていることはクラフトライフだわ。

「そうですね。少し、落ち着いたほうがいいでしょう。キャロルさんが動くと忙しくなりますからね」 

 はい、まったくそのとおりでございます。

「あ、でも、帰りは馬車を用意してもらえます? 荷物がたくさんあるんで」

 さすがに鞄に入れてたらアイテムバッグ化出来ることがバレてしまう。ここは荷物を抱えて帰ることにしましょう。わたしたちを護衛してくれているサナリクスの面々と一緒にね。

「わかりました。いい馬車をご用意しましょう。何か必要なものがあるなら遠慮なく言ってください。すぐに用意しますので」

「それなら麦酒を樽でもらえますか? ちょっと蒸留酒作りに挑戦したいので」

 この時代にも蒸留酒はあるらしいけど、極秘扱いされているみたいよ。市場にも滅多に出て来ないんだってさ。

「お酒に興味がおありですか?」

「いえ、傷口を綺麗にするための薬として使おうかと思って」

「薬、ですか?」

「傷口から悪いものが入ると肉が腐るって話、聞いたことありますか?」

「ええ、まあ」

「そんなとき傷口を洗うために蒸留酒が効果的なんです。怪我したときのために作っておきたいんです」

 回復魔法を使うにしてもバイ菌が付いたままで回復させたら大変でしょうからね。

「完成したらからならずマルケルに報告してくださいね。あと、そのことは口にしないように」

「え? あ、はい。わかりました」

 ないものを作り出すのって本当に面倒よね。バイバナル商会がバックにいてくれて本当によかったわ。
「マリカル。わたしたちは帰るけど、あなたはどうする?」

 プランガル王国のことはティナが聞いてくれ、雑ではあるけど結構書き写しててくれた。あとは帰ってから纏めたらいいわ。

「……わたしは……」

 どうやら決めかねているみたい。まあ、頼りは自分の占い(ダウジング)だけ。そんなあやふやな道標に頼るのは自分でも不安なんでしょうよ。

 ……やらせるほうも鬼よね。それだけ切羽詰まってんのかしら……?

「じゃあ、一緒に来ない? まず拠点を決めて聖女の情報を集めたらいいんじゃない? 見落とさないための人員なら余計にそうしたほうがいいと思うよ」

 マリカルの占い(ダウジング)も気になる。もう少し一緒にいたいわ。

「い、いいの?」

「構わないわよ。ねぇ、ティナ?」

「いいんじゃない。マリカル、山菜とか獣を探すの出来るって言うし」

 占い(ダウジング)、そんな使い方があるんだ。探し物屋とかやったら儲かりそうね。

「じゃ、じゃあ、一緒に行かせて」

 ってことでマリカルを連れて帰ることをルクスさんに伝えた。

「そうですか。帰りはルーグに送らせますね。あれにもいろいろ経験させたいですから」

 出張ってことかな? まあ、商人は移動が多いとかマルケルさんが言ってたっけ。ほんと、大変よね。

 それから三日後、用意が出来たとのことでお別れ会をすることにした。

「キャロが見送られる立場なのに何で料理してるのよ?」

 それは何でかしら? まあ、好きな食材使っていうし、好きなもの作って楽しみましょうよ。

 お世話になったマリーレさんやラレア様(お弟子さんも)、ルーランさんたちも呼んでもらい、お別れ会を楽しんだ。

「キャロルさん。ありがとうございました。いろいろ学べて楽しい時間でした」

「わたしこそたくさん学べて楽しかったです。いつかコンミンドにも来てください。発表会でも開きましょう」

「発表会?」

「皆が作った服を発表する会です。技術発展するにはやはり見てもらうのが一番ですからね。優秀作品には賞とか与えてもいいかもです」

 もっと女性服が広がるならお洒落も発展するでしょうよ。わたしもいろんな服を着てみたいしね。

「……発表会ね……」

「まあ、あくまでもわたしの勝手な妄想なんで流してくれて構いませんよ。やろうとしたらいろいろ大変でしょうからね。やるんならまず内部でやってみるといいですよ。問題点が出て来るでしょうからね」

 競争はいいことばかりじゃない。嫉妬や不正を生むこともある、って聞くしね。まずはルクゼック商会内でやってみるといい。それで価値があると判断したなら発表会に移ったほうがいいと思うわ。

「キャロル。これを」

 ラレア様がやって来て本を差し出してきた。なんです?

「医学書よ。人体に興味があるなら読んでみなさい」

「あ、いや、医学書って貴重なものですよね? わたしに渡していいんですか?」

 これ、きっと高額よ。金貨うん十枚もするものだわ。知らないけど。

「貸すだけよ。あなたの魔法で写したら返しに来なさい。あと、あなたの見解も書いてくれると助かるわ。ゴブリンの解体書、とても興味深かったからね。でも、無闇に人を解剖したりしないようにね」

「さすがに人は解剖したくないですよ」

 わたしは別に解体新書を作りたいわけじゃない。健康に長生きしたいだけ。病気や怪我に備えたいだけなのよ。

「でも、人の解剖は医学の発展には必要だと思いますよ。人なんて簡単に死んじゃいますからね。人を知り、怪我を知り、病気を知れば人は百年は生きれると思います。あ、食事も大切ですね。食べすぎ飲みすぎは健康の大敵ですから」

 わたしもよく食べてよく動かなくちゃならないわね。今生は長生きしたいし。

「あなたは本当に変わっているわね」

「そうですか? わたしとしてはやりたいことをやっているだけなんですけどね」

 いや、前世の常識が出ちゃえば変わり者に見えても仕方がないか。前世の記憶があるってのも面倒よね。

 カルブラで出会った人らと最後のおしゃべりをし、次の日は朝早く出発する。

 馬車は四台も列なり、護衛のサナリクスが引き受けてくれたみたい。

「今回は儲けられるほどの仕事だったんですか?」

 銀星ともなればもっと高額な依頼を受けられたんじゃないの?

「儲けられる仕事だったし、楽な仕事だったな」

「美味しい仕事すぎて太っちゃったわ。コンミンドまで歩かないとね」

 ナルティアさん、確かに太ったような気がする。どんだけ食べたのかしら?

 旅はこれと言ったトラブルもなし。この世界、どんだけ平和なのかしら? 冒険者、何で廃業にならないのかしらね? 謎だわ。

 道もよく馬車移動なので歩いて五、六日の距離も三日でコンミンドに到着してしまった。案外、近いものね。確かにお使いクエストとしては手頃だったわね。

「お帰りなさい。結構長い旅になりましたね」

 コンミンドのバイバナル商会に着くと、マルケルさんが迎えてくれた。

「長旅じゃなくて長居でした。クルスさんたちにはお世話になりました」

「ふふ。困惑するクルスの顔が見れなくて残念です」

 困惑してたか、クルスさん? いつも平常心でいたけど。

「まあ、なんにせよ。無事、帰って来れて何よりです。依頼、完了です」

 あ、依頼を報告して本当の終了だったわ。

「はい。ありがとうございます。また何かあったら依頼してください!」

 わたしたちの初依頼、完了です!
 挨拶を終えたら実家に向かってもらった。

 荷物の半分は支部のものなので、残り二台で実家に向かうことにする。

「ルーグさん、残らなくてよかったんですか?」

 報告とかしなくていいのかしら?

「カルブラでも娯楽宿屋を開くための視察で来たので、まずはあちらに挨拶しておきたいのです」

「ルーグさんが任せられるんですか?」

「はい。よく見てよく学んで来いと言われました」

「ルーグさん、接客とかしたことあるんですか?」

 あまりお店に立っているところ見たことないけど。

「十歳から二十歳まで見習いとして店に立っていました。これでもお客様には可愛がってもらいましたよ」

 冷静さを見せてはいるけど、ルーグさんには愛想がある。確かに接客に向いているかもしれないわね。

 久しぶりの実家はさらに賑やかになっていて、何か見知らぬ建物が周りに建てられている。発展するの早いわね。

「お母ちゃん、ただいま!」

 もはや産まれ育った家はなくなり、宿屋らしい宿屋が建っている。わたし、一年くらいカルブラにいたのかしら?

「お帰り。あんた、何か縮んでないかい? ちゃんと食べてんの?」

 やはりわたしは育ってないようだ。見た目が八歳くらいから止まっているみたい。あ、でも、身長はちょっと伸びているから成長してないってことはないみたい。

 ……日本人だった記憶を持つわたしとしては充分年相応に見えるんだけどね……。

「あ、こちらルーグさん。カルブラ伯爵領の支部から視察に来たからいろいろ教えてあげて」

「ルーグです。キャロルさんには何かとお世話になっております。しばらくここで修行させていただきます」

 マイゼンさんとナイセンも出て来たのでルーグさんを紹介。あとは任せてお風呂に入ることにした。

 夕方近いのでお客さんはそれなりにいたけど、お風呂は大きくなっており、湯船も十人は余裕で入れるくらいになっている。そう問題なく入れるわ。

「何だか恥ずかしいわね」

 カルブラでは小さなお風呂だったので二人がやっとで、マリカルと入るのはこれが初めて。尻尾ってそこから生えていたのね。

 まあ、パンツを作ったからどこから生えているかは想像が出来たけど、実際生えているところを見ると不思議なものよね。

「は、恥ずかしいからそんなにマジマジ見ないで」

 こりゃ失礼。つい気になって。

「意外と毛は生えてないんだね」

 獣人だから体毛が凄いと思ったらツルッツル。肌艶もよく赤ちゃんみたいにもっちもちだった。

「止めなさい」

 ティナにチョップされてしまった。ハイ、ごめんなさい。

「この辺、獣人なんていないから珍しく思われるけど、悪い人はいないから許してね」

「一番珍しく見てたのはキャロだけどね」

「ナハハ。つい珍しいものに意識が行っちゃうのよね」

 その耳も調べてみたいわ。頭から耳が生えるとかどうなってんのかしらね? 顔の脇に耳がないって不思議だわ。

「耳が頭の上にあると、髪を洗うの大変そうね」

 獣人はあまりお風呂に入らないようだけど、髪と尻尾は清潔にするようで、国いたときは布を濡らして綺麗にしてたみたいよ。

「そうね。わたしは耳を動かすのが下手だから雨の日は大変だったわ。耳の中に水が入って乾かすのに手間で手間で。いつも布を詰めていたわ」

 獣人も大変みたいね。

「雨の日のためのフードを作ってあげるわ。あ、わたしの魔法で水が入らないようにすればいいのか」

 水反射とかでいいのかな? 

「それは助かるかも。お風呂は気持ちいいんだけど、湯気が耳に入っちゃうから」 

 今はタオルを巻いているけど、長時間入っていたら湿っちゃうわね。なんだっけ、頭に被るヤツ? お風呂キャップ? まあ、タオルはたくさんあるし、試しに作ってみましょうか。

 お風呂から上がったらよく冷えた山羊の乳を飲む。これも根付いてきたわよね。紅茶(コーヒー味)を混ぜたらカフェオレになるんじゃない? これも試してみようっと。

「ここ、おもしろいわよね」

「マリカルが喜ぶならプランガル王国でも娯楽宿屋は受け入れられそうね」

「そうかもね。ただ、水が豊富なところじゃないと無理かもね。プランガル王国の半分は水が少ない地だから」

 獣人なだけに肉食が中心で、羊や牛のほうが多いとか言われているみたいよ。

 ……元の世界にもそんな国があったような……?

「あ、ルーグさんもお風呂ですか?」

 ベンチに座って山羊の乳を飲みながら涼んでいると、ルーグさんがやって来た。

「はい。試してみないとよさがわかりませんからね」

「ゆっくり浸かって汗を流してください。冷たい麦酒を用意しておきますから。葡萄酒も冷えたのは美味しいみたいですよ」

「こんなところがあったら仕事をサボる人がいそうですね」

「奥さんがそんなことさせないから大丈夫ですよ。サボっていたら蹴り飛ばされますからね」

 この時代の女性はとにかく強い。ぐうたら旦那は蹴っ飛ばされても文句は言えないわ。

「ふふ。わたしも蹴られないよう働きますか」

「忙しいから休む暇もないかもしれませんよ。いっぱい食べてがんばってください」

 いつでも人手不足みたいに忙しい。きっとこき使われるでしょうね。

「キャロル! 手伝っておくれ!」

 うん。娘のわたしも当然のようにこき使われますわ~。
 旅の疲れを癒す暇なく二日も手伝わされ、やっと山の家に帰ることが出来た。

「三日くらいはのんびりしようか」

 初めての土地に来て二日も手伝わされたマリカルも疲れた様子だ。旅の疲れを落とすことにしましょう。

「いいね。旅より手伝いに疲れたよ」

 身内だからって容赦なく仕事を回された。ああやってブラック企業が出来ていくのね。労働基準局が生み出される前になんとか労働改善させないとね。

「マリカルはそっちの部屋を使って」

 客室をマリカルの部屋にしましょう。

「いいの? 立派なようだけど?」

「構わないよ。わたしたちが留守の間、誰も泊まった様子もないしね」

 きっとレンラさんが気を利かして誰も泊めなかったんでしょう。ここは、わたしたちの家だと思ってね。

 そのレンラさんには先ほど迎えられたので、ゆっくり過ごしたらお風呂の用意をして交代で入った。娯楽宿屋なのにゆっくり入れたのは帰って来たときだけ。あとは入る暇もなかったわ。鬼ね、お母ちゃんは。

 その日はダラダラと過ごし、次の日は運んで来たものを整理することにした。

「休むんじゃなかった?」

「あ、うん、まあ、本気を出してないから暇潰しみたいなものよ」

 もしかしてわたし、ワーカホリックか? 朝起きてから動きっぱなしなんだけど! お母ちゃんの血かしら?

「じゃあ、ボクも暇潰しに狩りしてくるよ。マリカルも来る? 獣の位置教えてよ」

「いいわよ。ただお世話になるのも悪いしね」

 なんだかんだとワーカホリックなわたしたち。じっとしてられない性格なのね。

 二人が出かけ、のんびり荷物整理していたらサナリクスの面々がやって来た。あ、バイバナル商会で別れたままだったわね。

「いらっしゃい。中へどうぞ」

 とりあえず中へと通してお茶を出した。

「今回の仕事、ちゃんと儲けられました?」

 前に訊いたときは問題ないって言ってたけど、結構長い期間をわたしたちの護衛に使った。バイバナル商会はそんなに使ったのかしら?

「希に見る儲けであり楽な仕事だったよ。逆にこんなにもらっていいのかと訊いたくらいだよ」

 相当使ったようだ。大丈夫なの、バイバナル商会は?

「まあ、そろそろマルカットラに行こうとは思っているがな」

「マルカットラ?」

「マルカットラって呼ばれる大森林が広がっているところで凶悪な獣が生息するところさ。魔石を宿した魔物もいるんで一人前になった冒険者が目指す地でもある」

 へー。この世界にはそんなところがあるのね。ちょっと見てみたいわ。

「お嬢ちゃんはダメだぞ。銀星でも厳しいところだ。物見遊山で行く場所じゃない」

「本当だぞ。旅がしたいなら他を回れ」

「そうよ。あんたは戦いに不向きだからね」

 何て止められてしまった。まあ、わたしも戦闘向きじゃないのは重々承知している。勝てない相手には迷わず逃げを選択する女だ。

「そうしますよ。まだ死にたくないですからね」

 せめて前世の年齢以上は生きたいものだわ。目標は老衰での死だけど。

「そんなところに行くならリュックサックは人数分必要ですね」

「ああ。奥まで行くとなると数十日は掛かるだろうな」

「数十日もですか。何だか過酷そうですね」

 大自然の中で数十日も生きなくちゃならないとか、想像するだけで体が痒くなりそうね。水浴びも出来ないんじゃない?

「ちょっと待っててください。職人さんたちに聞いてきますんで」

 人数分となると予備を渡しても足りない。作り置きがないか聞いて来ましょう。

「おう。疲れは取れたかい?」

「はい。ぐっすり眠ったら元気になりました。リュックサック、五つありますか?」

「あるよ。倉庫にあるからもってきな」

「ありがとうございます」

 お弟子さんも来て、工房も増えたので倉庫も二つ出来ている。バイバナル商会はここをどうしたいのかしらね? 民宿に影響ないといいけど。

 リュックサックのタイプは三種類くらいあるので、十五個持って戻った。

 好みのものを選んでもらったら一日一つずつアイテムバッグ化する。わたしの魔力では一日一個が精々っぽいのよね。

 予備のを二つ渡し、人数分が完成するまで買い出しを勧めた。

 魔力を使うと体がダルくなっちゃうけで、動けなくなるわけじゃない。カルブラで手に入れたバルボナでパンを作るとする。

「いい匂いですね」

 もうちょっとで焼き上がる頃、レンラさんがやって来た。

「出来たら食べてみてください。とっても美味しいですよ。まあ、バターや砂糖をたくさん使っているから食べすぎには注意、ですけどね」

 カロリー多めで一日二つで止めておいたほうがいいかもね。

「甘いのですか?」

「甘いですね。くどいのが苦手な人には一つも食べられないんじゃないですかね? カルブラでもダメな人はいましたから」

 素朴なパンばかり食べていた人にしたら濃すぎるんでしょうね。砂糖を抜いて作ってみようかしら?

「いろいろ学んで来たようですね」

「はい。たくさん学べました。やはり土地が違うと料理も違うんですね。味の濃さも違ってました。汗をそんなに流さない町だからですかね? 村では濃い味付けが好まれてましたから」

「そうかもしれませんね。わたしもそう濃い味は苦手ですから」

 やはりそういうものなんだ。味の調整が難しいわね。

「気に入ったら民宿でも作ってみてください。やはり本格的な窯じゃないと上手く焼けないので」

 出来上がったバルボナパンを食べてもらい、感想をもらって次に活かすことにした。
 聖女探索者にわたしが選ばれてしまった。

 ──わたしが!? なんで?!

 ってのが素直な驚きだった。

 当時のわたしは十二歳。まだ子供と言っていい年齢だ。だれか大人と一緒にかと思ったらまさかの一人で行けとのことだった。

 それはないっしょ!! と叫んだところで意味はなかった。これは国命。逆らうなど非国民扱いを受けるだけ。国で生きて行けなくなるわ。

 わたしはそれなりの身分がある家で、兄や姉はいい職に付いたり嫁いだりが決まっていた。わたしが嫌だと騒いだところで受け入れられることがないくらい痛いほどわかったわ。だってわたし、四番目の子供だし。そんな代えにもならい存在の子が何を言ったって無駄じゃない。嫌なら放り出されるだけよ。

 それがわかったから逆らうことも愚痴を言うこともしなかった。淡々と聖女探索に出る準備を行ったわ。

 国も無責任に放り出すってことはなく、探索者として選ばれた者を集め、半年ほどそれなりの知識や訓練を行ってくれたわ。身になったかと言ったら笑うしかないんだけどねっ。

「あなたはの特殊才は遠視ね。どのくらいか調べましょう」

 この国では神様から与えられた才を特殊才と読んでいる。国によって違うので気を付けるようにとのことだ。

 調べた結果、わたしの遠視は三級とのことだった。低っ。

「まあ、あなたは探し物が得意なようだし、問題ないでしょう」

 適当に集められたってことはなく、ちゃんと調べられて集められたようだ。誰よ、わたしを選らんだヤツは?

 確かにわたしは鎖に水晶を付けた振り子で物を探すのは得意だった。でもだからって、どこにいるともわからない聖女を探せとか無茶もいいところだ。こっちはまだ十二歳なのよ!

 って言えない悲しさよ。ここに集められた者たちも諦めの顔を見せていたし、仕方がないと受け入れていたわ。

「国の調べでは星詠み様が聖女は、コルディアム・ライダルス王国と海を越えた大陸にいるそうです。ですが、聖女の気配が各地に感じるそうです」

 何だそれ? 居場所がわかっているならそちらに話し掛けたらいいじゃない。わたしたちが行くこともないでしょう。

「聖女は他国の者。存在を知られるということはそれだけ重要な立場にいるということ。お力をお貸しくださいと言って素直に寄越してくれるわけもありません」

 まあ、確かにそうか。他国に送って何かあったら困るのは自国だしね。そんな危険を冒してまで寄越したりしないか。

「聖女となる可能性の星、または聖女に繋がる事象がある光があります。あなたたちに与えられた役目はその光を探し出すこと。頼りない光ですが、我が国の危機を救うかもしれない光です。見逃さず、可能性があるなら求めなさい」

 何とも曖昧だこと。けどまあ、星詠み様がそう言ったのなら国は従うしかないか。この国で星詠み様は国王より上にいるお方なんだものね。

 聖女の光を見逃さないためにわたしたちは集団になることは許されず、探す場所が被ることがないように各地にバラけて旅に出された。

 星詠み様でもわからない聖女の光を探し出す。なかなか酷なことをやらされるな~と思うけど、わたしたちに拒否権はない。見付けるまで帰って来ることも許されない。

「はぁ~。わたしはどこに向かえばいいのかしらね?」

 わたしの遠視は目標物がわからないと探し出すことは出来ない。ただ、わたしが目指す場所を占うことは出来る。

「何にせよ、お金を稼ぐことをしないとダメよね」

 国からお金はもらったけど、それで何年も探索出来るわけじゃない。稼ぎながら探せってんだから酷いものだわ。ただ、追い出されたようなものじゃないのよ。

「でもまあ、あのまま家にいたってどこかに嫁がされるだけ。旅に出るのもいいかもね」

 ここは気持ちを切り替えるとしよう。わたしの特殊才は遠視だけど、小さなときからわたしは草花が好きで、庭にいろんなものを植えていた。

 山菜だって採りに行ったこともあるので、遠視を使った探索で大量に採ったこともある。

 遠視の応用で毒があるかを判別することも出来る。これを使えば何とか生きられるでしょう。

 と思ったけど甘かった。山はそんなに優しい場所ではなかった。

 何か緑色の肌をした猿みたいなものと遭遇。ギーギーと襲って来た。

 少しは山歩きに慣れてきた頃だからギリギリ逃げられることが出来た。でも、メチャクチャに逃げたからか持っていた荷物はなくなり、何度も転んで体中が痛かった。

 辛うじて鎖は持っていたから町の方向はわかるけど、そこまで向かう体力がなかった。

「……わたし、死んじゃうの……?」

 絶望に泣きそうになっていると、人間の女の子が現れた。

「魔物?」

 違うと言いたかったけど、もう何日も食べておらず、喉も枯れていてあうあう言うのがやっとだった。

「魔物じゃなく獣人だ。プランガル王国から来たんだろう。この辺では珍しいが、この国と国交を結んでいる」

 わ、わかる人がいてよかった。確かにこの辺で獣人は珍しい。よくジロジロ見られていたものだわ。

「ちょっと危ないかもな」

「キャロのところに連れて行こう。キャロなら何とかしてくれるから」

 わ、わたし、助かるの? 

「安心して。助けてあげるから」

 優しい声に意識が途絶えてしまった。
 さあ、次の冒険へ! とはならなかった。

 サナリクスの面々の用意を手伝うことになったからだ。

 わたしたちより長く生き、長く冒険をしている人たち。冒険の用意も結構勉強になるのだ。

「今までよく冒険してましたね」

 アイテムバッグがないときの話を聞いていると、それはもうサバイバルしてんのか? ってくらいのものだった。

 町から町の旅なら現地調達で何とか過ごせるけど、町から離れた場所だと別の意味で現地調達になる。水を調達するのも一苦労。食料を調達するのも一苦労。苦労しかない冒険だった。

「それが普通だと思っていたからな」

 まあ、確かにそうか。

「楽を覚えるのも良し悪しですね」

 アイテムバッグを渡してしまったわたしのセリフじゃないけどさ。

「いや、楽を覚えられてよかったよ」

「そうだな。これで楽に冒険が出来るんだから万々歳だ」

「そうよ。もう不味い食事をしなくていいなんて最高よ」

 どうやらサナリクスの面々は楽を覚えられて喜んでいる。それだけ過酷だってことなんでしょうね。

 五人にリュックサックを用意し、その容量は荷馬車一台分。なかなかの容量だからか、入れるものもたくさんになる。

 荷物を分散することなく、水や食料は均等に分け、道具や着替え、キャンプ用具を人数分取り揃えるだけで結構な時間が掛かってしまった。

「マリカルは、どうやったら旅をしていたの?」

「わたしは町から町を旅してたから現地調達だよ。まあ、天候が悪くなって山の中で迷子になっちゃったけどね」

 獣人なのに方向感覚がいまいちなマリカル。ダウジングがなければ旅に出ちゃダメなタイプだった。

「獲物を捕まえたときはどうするんです?」

「重要な部位だけ持って帰るだけさ」

 なかなか効率の悪いことしてたのね。

「魔法の鞄、バレないように市場に流すってこと出来ませんかね。 サナリクスの活躍が広まればその活躍の理由を探る者が現れるはず。その前に魔法の鞄を十個くらい広めてウワサを拡散したほうがいいと思うんですよね」

 拡散したらわたしのところに辿り着くのも困難になるはずだわ。

「確かにそうだな。わたしは二人くらいなら流せるか?」

 魔法使いのアルセクスさんが目線を上にしながら口にした。

「おれらは三隊か?」

「そうだね。マルミグ、ロウガ、ナシェックかな?」

「あ、おれ、商人に知り合いがいるから一つは流せるかも」

 幼なじみの三人は交遊関係が広いようだ。

「わたしは、五人はいますね」

 人間の倍の寿命があるだけにアルジムさんの交遊関係はさらに広いようだ。

 ちょうど十個になったので、すべてを違う形の鞄にしてアイテムバッグ化させた頃には夏がやって来ていた。

 サナリクスの面々はバラバラに別れてアイテムバッグを世に広めるために出て行った。

 帰って来るまでわたしたちはマリカルのダウジングがどれほどのものかを検証するために村に下り、冒険者ギルドに向かった。

「……あるものなのね……」

 依頼書が張り出されているボードには、探し物依頼が結構あった。なくした指輪くらい自分で探せよ。

「これがあるからわたしも旅が出来たのよ」

「それで自分が迷子になってたら世話ないだろう」

 ティナの突っ込みがマリカルにクリティカルヒットした。

 まあ、確かにそうね。人の探し物を探していて自分を失い掛けるとか笑い話にもならないわ。マリカル、ドジっ子属性があるのかしら? 何もないところで度々転んでいるし。

「とりあえず、片っ端から依頼を受けましょうか」

 カルブラで銅星の冒険者となったので、コンミンドでも冒険者として依頼を受けることが出来る。ちなみにティナも銅星よ。

「手始めに指輪を探す依頼から受けましょうか」

 何かゲームの依頼っぽいけど、これならすぐ終わるでしょう。検証はわかりやすいのからやったほうがいいからね。

 依頼書をボードから剥がしてカウンターに持って行く。

「銅星になったのか」

「はい。ゴブリンの解体書を提出したら銅星になれました」

「あれ、お嬢ちゃんだったのか! やたらと正確な絵でびっくりさしたわ」

「もう冒険者ギルドに広まっているんですか?」

 あれから一月、いや、もう二月か。この時代の伝達能力を考えたら異常なスピードじゃない? 何かファンタジーな伝達方法があるの?

「最近、ゴブリンの被害が出ててな。領主様からも討伐依頼が出ている。この辺にも出ているから気を付けるんだぞ」

 へー。ゴブリンが増えているんだ。この世界にもゴブリンなスレイヤーとかいるのかしら? 

「ちなみにゴブリンを倒したらいくらになるんです?」

「一匹銅貨五枚だ」

「安いんですね」

 せめて銅貨十枚じゃない? 

「魔石を持つヤツもいるみたいでな、魔石を持って来たら銀貨一枚になるぞ」

 ゴブリン、魔石なんてあったんだ。もっと細かく解剖するんだった。

「まあ、ゴブリンはもっと大人になってからにします。今回はこれをお願いします」

「探し物か。これも溜まっているから片付けてくれると助かるよ。まったく、自分でなくしたのなら自分で探してもらいたいもんだ。何でもかんでもギルドに持って来られても困るんだよな」

 どうやらわたしの感想はそう間違ったものじゃないみたいだわ……。
 マリカルの固有魔法──プランガル王国では特殊才と呼ばれているようで、遠視は三級のことだった。

 でも、探し物依頼ををいくつか受けてわかった。マリカルの特殊才はいくつかの能力が混ざった千里眼系だ。

 直接、と言うか、目や心眼で見る系ではなく、媒体を使っての間接遠視? 的なものだ。

 対象者の記憶や魔力、気配を複合的に感知して、媒体を通して対象物を視ているのだ。

 いくつかの中には未来視も多少なり混ざっているようで、自分の未来を感じて進む方向を視ているみたい。

 ってことはだ。媒体となる道具にそれぞれの能力を上昇させる付与を施したらもっと細かく、もっと正確に能力を発動させられるんじゃない?

「遠視であり透視であり未来視でもある、か。複合型超感覚的知覚能力ね、マリカルの特殊才は」

「な、長ったらしいね」

「じゃあ、感眼でいいでしょう。感覚知覚で視ているんだからね」

 テレパシーとか言ってもわかんないでしょうしね。

「感眼か。いいんじゃない。なんかしっくり来たわ」

 マリカルも遠視には違和感があったみたいね。しっくりくるならよかったわ。

「探し物クエスト、なくなっちゃったわね」

 十個はあったのにもうなくやっちゃった。もっと検証したいことはあったのに。

「にゃ~」

 静かにティナのリュックサックの上にいたルルが泣いた。

 意識を周囲に向けると、怪我をした人が入って来た。

「ゴブリンの群れがランザカ村に現れた! 至急出動を頼む!」

「手の空いている者はランザカ村に向かえ!」

 ギルドの人がすぐに反応し、ベテラン感のある人らがすぐにギルドを出て行った。

「わたしたちも行ったほうがいいのかな?」

「どうだろう?」

「てか、わたし、まだ見習い試験やってないよ」

「あ、そうだった」

 依頼はわたしが受けてたんだったっけ。

「とりあえず、職員さんに訊いてみようか」

 ここで考えても仕方がない。職員さんに訊いたほうが手っ取り早いわ。どうなんでしょう?

「お嬢ちゃんたちは援護だ。こらから向かう職員と向かってくれ」

「わかりました。仲間のマリカル、まだ見習いでもないんですが、一緒に連れて行っても構いませんか?」

「そっちのお嬢ちゃんか。まあ、一緒に依頼をこなしているんだし、冒険者に登録するよ。銅星だ」

 いいのか? とは思ったけど、わたしたちも特例でなったんだから構わないかと納得してマリカルも銅星冒険者となった。

「いいのかな?」

「いいんじゃない。依頼をこなしていれば認められるよ」

 何事も結果を出さなきゃ認められないもの。銅星に相応しい仕事をやって行くとしましょう。

 職員の用意が出来るまで待ち、出来たら馬車に乗ってランザカ村に出発した。

「ランザカ村ってどんなところ?」

「ボクは知らない」

「わたしも。名前を聞いたのも初めてだわ」

 コンミンド伯爵領、それなりに広い領地であり、パルセカ村とロンドカ村で大体は事足りるから他の村って行かないのよね。ねぇ、あなたどこの村出身とかもなかなか訊かないしね。

「ランザカ村は端にある村で果実を主に作っている村だ。リンゴとか市場でよく見るだろう」

 と、御者をする職員さんが教えてくれた。

「あー。ありましたね。高いから買ったことはないですけど」

 一個銅貨二枚もしたから買わなかったのよね。わたし、そんなに領地を好きじゃないのよね。前世ですりおろしリンゴ、よく食べていたからさ。

「ボクは好き。でも、今の時期のは酸っぱいんだよね」

 そうなの? 好きなら言ってよ。初めて知ったわ。

「わたしも好き。焼きリンゴ、美味しいよね」

「プランガル王国にもリンゴがあるんだ。結構広く作っているものなの?」

「そうじゃないかな? でも、寒い地でよく作られているって聞くよ」

 元の世界でも寒い地のリンゴが有名だったっけ。世界が違えどそういう果物なのかしら?

「にゃ~にゃ~」

 と、ルルがお腹空いたと鳴き出した。

「はいはい。職員さんたちもどうぞ」

 リュックサックからサンドイッチを出して職員さんたちに配った。

「用意がいいんだな」

「リュックサックの一つはお弁当用なので」

 ルルたちにも出して揺れながらちょっと遅めの昼食を食べた。

「後方から馬が来るよ」

 ティナは目がいいのでわたしにはまだ見えない。よく見えるわよね。

「おそらく城の兵士だろう」

「兵士って魔物が出たときにも動くんですね」

 そんなに兵士はいなかったからはず。戦争も数百年もしてないって聞いたわ。

「たまに魔物の被害は起こるんだよ。ゴブリンが出たってのは今回が初めてだけどな」

 それなりに平和なファンタジーワールドかと思ったらそうでもないみたいね。やはり武器は作ったほうがいいかな?

 わたしにも見えてきて、わたしたちに構わず通りすぎてしまった。

「緊急事態に迅速に動けるんですね」

 もっと鈍いのかと思ったよ。

「動けず滅びた領地は結構あるからな。コンミンド伯爵様は優秀なほうさ」

 さすが王国でも有力な立場にいる人。お嬢様が王子様の婚約者候補になるのも納得だわ。

「見えて来たぞ」

 職員さんの声に振り向くと、黒い煙が上がっていた。
 ランザカ村は結構大変なことになっていた。

 果樹園が多く占めた村らしく、家は点在しているけど、繁華街的な場所はある。火はそこから上がっていた。

「ゴブリン、人の多いところを襲うんだね」

 点在する家を襲うほうが楽で安全だと思うんだけど、わざわざ人の多いところを狙うってなんでだ? 

「火を消せ! 怪我人を集めろ! お嬢ちゃんたちは水を汲んでくれ!」

 職員さんの指示にしたがい、わたしたちは井戸に向かって水を汲んだ。

「キャロとマリは桶を探して」

「わかった」

 力仕事はティナに任せて、わたしたちはまだ燃えてない家に向かって桶や鍋を探して持ってきた。

 あれこれやっていたら繁華街的な場所以外ね村の人が集まり出し、燃える家を消火したり怪我人を運んだりして、あっと言う間に暗くなってしまった。

「食料を集めてください! 夕食を作ります!」

 一応、冒険者ギルドが備蓄の芋や小麦、塩なんかを運んできたので村の女性陣とすいとんを作ることにした。

 村長さんの家はゴブリンの襲撃から守られたようなので、避難所をそこに移すことになり、わたしたちは食事班に任命され、なぜかわたしがリーダーとして仕切ることになった。

 村と言っても町の規模はあり、村長さん宅もかなり大きい家で、台所もちょっとしたお店の厨房くらいはあり、料理人さんもいたので、わたしたちは外にある竈を使ってパンを焼くことにした。

 緊急時なので寝かせることはせず、すぐに焼き、いまいちなパンを配ってもらった。

「キャロル。結構な人が死んだみたいだよ」

 マリカルがどこからか情報を仕入れてきた。

「結構な数で襲ってきたんだね」

「そうみたいだよ。生き残りの人が五十匹はいたってさ」

 そんなに? もう害獣とかの話じゃなくなってきてんじゃないの?

「こ、怖いわね」

「まあ、ゴブリンは珍しいけど、魔物に滅ぼされた村なんて結構あるよ」

「あるの!?」

 そこそこ厳しい異世界と思ったらかなりハードな異世界だったよ! 

「あるある。うちの国でも渦が活発になって魔物がたくさん出てきてるしね」

 な、なぜ、笑顔でそんなこと言えるのかしら? 呑気か!

「まあ、だから冒険者は廃れないし、暮らしていけるってことだよ」

 た、確かにそうだけど、そう明るい声で言うことではないと思うよ……。

「キャロ、職員が怪我人の手当てを手伝って欲しいって」

「わかった。マリカルはこのままパン焼きを続けて」

「了解」

 ドジっ子ではあるけど、結構器用になんでもこなしたりする。パンも何回かやっているので任せることにした。

 ティナに案内してもらって向かうと、さながら野戦病院って感じになっていた。

「魔法医さんは来ないんですか?」

 職員さんに尋ねてみた。

「村に払える金があるなら呼ぶだろう」

 なかなかシビアな世界でもあるようだ。

「なら、わたしが治療してもいいですか?」

 人体実験って言ってしまえばそのとおり。非道と言われても仕方がない。甘んじて受け入れましょう。でも、こんな機会はそうはない。あったらあったで嫌だけど。

「お、お嬢ちゃんが?」

「魔法医療を噛った程度のものですけど、少しでも救える命があったほうがいいですからね」

「わ、わかった。お嬢ちゃんのことはバイバナル商会から聞いている。やれるならやってくれ」

「はい。ありがとうございます」

 傷口を綺麗な水で洗い、綺麗な布で巻くというのは常識なようなので軽度の人は任せ、わたしは重傷な人を探した。

「火傷が酷いな。この人からやるか」

 鞄からリストバンドを出して男の人の腕に付けた。

 即効性はないけど、生命体増強、治癒力増強、熱発散の付与を施してある。

 確か、火傷のときは水を余り飲ませないほうがいいんだっけ? 本当に聞き噛りだから悩むわね。
 
「大丈夫ですからね。諦めないでください」

 即効性はないものの、籠めた魔力はそれなりにある。重傷な火傷が中傷くらいにはなった。効果はあった。

「この人にお水を上げてください」

 効果がわかったなら次に移り、同じく傷だらけの女の人の腕にリストバンドを付けた。

 リストバンドは十個。まったく足りてないけど、重傷な人にはリストバンドを付け、わたしの魔力で治癒力増強を施した。

 さすがにわたしの魔力はチートではなく、十数人で打ち止めとなってしまった。

「お嬢ちゃん、回復魔法なんて使えたのか?」

「回復魔法を転写しただけです。それも余り質はよくないみたいですね。なにが悪かったんだろう?」

 マリカルに触っての回復魔法を受けたから悪かったのかな? やはり直接じゃないとダメっぽいわね。

「もういいから休め。お嬢ちゃんに何かあったらバイバナル商会にどやされるからな」

「だ、大丈夫です。経過を見ないと」

 どういう感じで治って行くかも大事だ。そうしないと改善出来ないわ。

「いいから休め! お嬢ちゃんの仲間を連れて来てくれ」

 職員さんに邪魔されてしまい、ティナがやって来て背負われてしまった。

「無茶しすぎ。ボクが見てるから休め」

「細かくよ」

「わかったから寝ろ!」

 強く言われてしまい、仕方がなく瞼を閉じた。
 起きたら早朝だった。

 今、山から太陽が出た感じで、わたしはタープの下で目覚めたようだ。

「気分はどう?」

 ルルの声がして辺りを探すと、リュックサックの上で香箱座りをしていた。あなた、リュックサックの上好きね……。

「うん。いいよ。魔力が切れちゃったみたいね」

 ステータス画面があるわけじゃないから自分の魔力がどれだけあるか感覚でしかわからない。見極めながらやらないと電池切れを起こしてしまうのよね。

「あまり無茶しないのよ。魔力枯渇で死ぬことだってあるんだから」

「気を付けるわ。まだ死にたくないしね」

 この若さで死んだら何のために転生したかわかったもんじゃないわ。命大事に生きていかないと。

「そうだといいわね。あなたは夢中になると周りが見えなくなるから」

 は、はい。ご忠告ありがとうございます。

「わたしが眠ってからどうなった?」

「別にどうもなってないわよ。好転もしてないし暗転もしてないわ。まあ、運ばれて来た者が死んだってことはないわ。苦しんでいる者はたくさんいるけど」

 そっか。まあ、死んでないのなら現状維持ってことにしておきましょう。

「お腹空いたわね。ルルも食べる?」

「食べる」

 鞄からハンバーガーと山葡萄ジュースを出して食べた。

「それ以上は出さないようにしなさい。魔法の鞄だってバレるわよ」

 はぁ~。便利のようで不便よね。もっと魔法の鞄を普及したほうがいいかしら? でも、わたしの魔力じゃ一日一つが限界だし、なんともかんともよね……。

 二個も食べればお腹一杯なので、わたしの魔力は燃費はいいよね。あ、魔力回復強化とかすればいいんじゃない? 家に帰ったら試してみましょうっと。

「お風呂に入ってさっぱりしたいわね」

「我慢しなさい」

 そうね。一日二日お風呂に入れないで泣いてたら冒険者なんてやってらんないか。服に清浄の付与を施して実験してみましょう。

 まずはリストバンドの効果を確かめるとしましょうかね。

「呻き声は聞こえないわね?」

 テントやタープは張られておらず、野ざらしで寝かされていた。

 まだどの人も眠っているので起こさないよう怪我人を見て回った。

 一とおり見て回ったら重傷者さんのところに向かって状態を確認した。

 火傷は軽めのものになっているけど、完治したってのにはほど遠い。元の世界なら今すぐ救急車を呼べ! ってレベルだわ。

「……厳しい時代よね……」

 医療が発達した世界でもわたしの病気は治せなかったけど、お医者さんにも診てもらえないってのも酷いものよね。

 まあ、だからと言ってお医者さんを目指す気持ちは湧いてこないのだから時代を呪うのは筋違い。失っていく命を受け入れるしかないわね。

 リストバンドを外し、回復した魔力を籠めた。

 魔力を満タンにしたら別の人の腕につけ、魔力切れを起こしたリストバンドを集めた。

「やっぱり十個が精々か」

 もっと出来そうなものなのに、なにが制限をかけているのかしら? アイテムバッグ化させるより魔力はかからないと思うんだけどな~?

「また無茶する」

 ぺしっとティナに頭を叩かれてしまった。

「昨日のことを忘れたのか? 魔力切れ起こしたの? 何でいつも全力なんだよ」

 襟首をつかまれて、先ほど寝ていた場所に戻されてしまった。

「ルル。ちゃんと見張っておいて」

「はいはい」

 結界を纏わせられ、強制的に寝かせられてしまった。

 あれほど眠ったのに魔力枯渇は体に負担を掛けるようですぐに眠りに付いてしまった。

 で、起きたら真夜中でした~。

「……わたし、何しにここに来たんだ……?」

「無茶しにじゃない?」

 眠りにつく前からリュックサックの上で香箱座りをするルル。その隙間に指突っ込んだろうか?

「ハァー。誰か死んだ人はいる?」

「薬を運んで来たから死んだ者はいないわ。あと、サナリクスのアルセクスが来たわ」

「アルセクスが?」

 アイテムバッグを広めは終わったのかしら? 

「ええ。夕方にね。今はティナと見張りに就いているわ。あなたは寝てなさい」

 起きようとしたらルルの結界で閉じ込めれていた。牢獄か。

「食事して眠りなさい」

 説得は無理そうなのでサンドイッチを出して食べ、お腹が落ち着いてから横になった。

「魔力は使っちゃダメよ」

 はいはい。大人しく眠りますよ。

 まったく眠くないと思ったけど、気が付いたら眠っており、起きたらお昼になっていた。疲れてた、わたし?

「起きたか」

 アルセクスさんの声がして顔を上げると、ルーグさんがいた。

「え、えーと、あれ?」

 わたし、夢でも見てた? カルブラから帰る途中だった?

「君たちを迎えに来ました。あとは、鉄星の冒険者たちに任せなさい」

「そうするといい。君たちがいてもやることはないだろうからな」

 どうも有無を言わせないような感じがあった。

 まあ、今のわたしたちに何が出来るって話だけど、もうちょっと実験をしたかったわ~。

「ティナ。リストバンドを集めて」

 一日で重傷が中傷まで回復した。なら、それより程度が低い人はそこそこ回復したでしょうよ。

「また実験ですか?」

「実験しないと成否がわからないですからね。必要なことです」

「帰ったら説明してくださいね」

「もちろんです。わたしが持っていると危険ですからね」

 危ないものはバイバナル商会にお任せ。わたしはその結果だけをいただきます。