夕飯の時間までは汐斗くんの工芸作品を色々と見させてもらった。どれも私はプロとかそういう人が作った作品に見えるので、汐斗くんに「すごい!」という言葉をさっきから沢山はなっているけれど、毎回同じでまだまだだよと言ってるところが少し面白かった。でも、仮にまだまだな作品だったとしても、私を不思議な世界に連れてったのは事実だ。どの作品もなにか、私の感情を動かす美しいとか、眩しいとか、落ち着くとか、輝いているとか……そんな言葉では到底表せないものを持っている。
「こんにちは」
工芸作品を見てから少し経つと、汐斗くんの部屋におばあちゃんらしき人が入ってきた。私はおじゃましてますという挨拶の後に私にとって大切な自分の名前を名乗った。
「なんか、名前も姿もかわいいお嬢さんだね。まあ、うちには何もないけどゆっくりしていってちょうだい。あと、汐斗とも仲良くしてくれると嬉しいな」
「はい、ありがとうございます」
やっぱり親子って似てるんだろうか。今のことはさっきのお母さんも言っていた。そして、その言葉がまた私の心をオレンジ色にさせる。
「そういや、うちのおばあちゃん、折り紙が得意なんだ」
「へー」
「まあ、得意っていっても、そこまでではないけどね。じゃあ、お嬢ちゃんになんか似合いそうだから沈丁花って言う花を折ったものを持ってくるね。押し入れまで行くから少し待ってて」
おばあちゃんはそう言うと、階段を下りていく。沈丁花って言う花は聞いたことがないけれど、その言葉の美しさ通りきっときれいなんだろう。
「あ、沈丁花ってこれ」
私がどんな花なのかと思っていたけれど、汐斗くんは私のことを悟ったかのようにスマホで調べてくれたらしく、沈丁花の写真を私に見せてくれた。香りが高く、そして丸くこんもりとしたものらしい。春先に外側が桃色で内側には白の小さな花が塊になって枝先に開花することも書かれていた。花言葉は何なんだろうか。
「なんか自分が工芸に興味を持ったのも、おばあちゃんがさー、小さい頃から折り紙を教えてくれたってことが少し関係してる気がするんだ」
確かにこの2つは似ていることがあるのかもしれない。ある意味、知らないうちにおばあちゃんから汐斗くんがそれを受け継いだとも言えるのかもしれない。
少し経ってから、おばあちゃんが戻ってきた。おばあちゃんの手には沈丁花の折り紙がいくつも重なり、くす玉みたいになった作品があった。きれい――いや、この言葉よりも心が引かれる……こっちの言葉の方が似合うかもしれない。
「すごい、お上手ですね」
決してお世辞とかじゃなく素直な心だ。1つ1つ丁寧に折られている。その丁寧さは汐斗くんの作品と似ている。やはりこういうのは遺伝するんだろうか。
「ありがとうね。でも、作り方さえ覚えちゃえば簡単だけどね」
おばあちゃんはお嬢ちゃんだってすぐにできるよという言葉を付け足して、半笑い気味に言った。
確かに、覚えちゃえば簡単にできるのかもしれないけれど、私にはずっとずっと遠くの、手の届かないところにある雲のように見える。
「これ、実は汐斗も少し手伝ってくれたんだよ」
「へー」
そうなんだと思い、汐斗くんの方を見てみると、少しだけ照れた顔をしていた。なんだ、うちのおばちゃん、折り紙が得意なんだって言ったくせに、自分だって得意なんじゃん。
「なんか、お守りになると思うから、お嬢ちゃんがもし、持って帰るのに困らないんだったら、プレゼントさせてちょうだい」
「――えっ」
それは流石に、と言うとしたけれど、確かに、今の私にお守りみたいなのは必要なのかもしれない。自分の気持ちがコントロールできなくなったときの為に。この人は、私が自分で明日を閉じようとしてるのなんか知らないはずなのに、何か長年の知恵で、そして感覚でそのことが分かったのかもしれない。何かを必要としてることを。
私は遠慮することなく、それをおばあちゃんから受け取った。一瞬、おばあちゃんの手に触れたが、温かい手だった。そのぬくもりが、私のもとにも少し移る。
「じゃあ、邪魔して悪かったね。もうそろそろ夕飯だし戻ろうかな。2人も、もうそろそろ夕飯ができるから切りのいいところでおいで」
おばあちゃんはそう言うと、私に優しい笑顔を見せた後に、階段を下りていった。
「なんか、いいおばあちゃんだね」
「そうなのかもな」
私は、そのおばあさんからもらったものをかばんの中に、崩れないようにそっと閉まった。それから、汐斗くんは工芸作品とかを少し片付けてから汐斗くんとともに1階に下りた。
1階に下りると、汐斗くんのお母さんやおばあちゃんだけではなく、おじいちゃんやお父さん、お姉ちゃんなども席についていた。普通だったら少し気まずくなるけれど、皆、優しそうな人だったので特別そういうことにはならなかった。むしろ、少しこういう光景に羨ましい気持ちになる。たくさんの家族に囲まれて食事という時間を共有できるなんて。
「あ、どうぞどうぞ、心葉ちゃんだよね、ここに座って!」
お母さんがある席に案内してくれた。その席の椅子は他のとは違ったので、急遽用意してくれたのだろう。
「あ、初めまして。汐斗くんと同じクラスの白野心葉です。学校の課題を2人でやることになったのでお邪魔してます。私の家は親がどっちも出張中で今いないので、どうせなら泊まっていきなよと汐斗くんに誘われたので、今日一日失礼します」
少しだけ新たに嘘をついた部分もあるけれど、汐斗くんがさっきお母さんに言った話し合せると正しい。それから私はペコリとお辞儀した。それから私は席につく。
「こんにちは、なにもないけどゆっくりしていってね」
そう言ってくれたのは汐斗くんのお姉さんと思われる人だった。たしか、大学で心理学科を学んでるんだっけ。見た目で判断するのはあまりよくないけれど、そんな感じの人に思える。私のあのことを言えば、この人は少し相談にのってくれるだろうか。
他の人たちもよろしくお願いしますという感じに私に対してペコリとお辞儀してくれた。
「なに、汐斗のクラスにこんなにかわいい人いたの? 羨ましいなー」
「いや、お姉ちゃん。余計なことを言うな!」
「はいはい、ごめんなさい」
お姉ちゃんと汐斗くんって仲がいいんだろうか。たった少しの会話だったけれど、私にはそういう風に感じてしまう。というか、お姉さんがかわいいって言ってくれたのは汐斗くんをからかうためだったり、もしくはお世辞だったりで言ったことなんだろうか。それとも、まさか、本音……? いや、流石に本音はないか。だって別に私、鏡で自分の顔を見たことなんて何回もあるけれど、一度も自分をかわいいだなんて思ったことないし、それにクラスの中で、かわいい人を決めるコンテスト(いわゆるミスコンみたいなやつ)があったとしてもランキングに載ることは絶対にないだろうし。
お姉さんがそう言った時、汐斗くんはどんな顔をしているのか少し気になったけれど、そんなの絶対にないという顔をしていたら……と思って、見ることはできなかった。
「じゃあ、いただきましょうか」
お母さんが皆分のご飯をもったお茶碗を皆のところに置いたら、夕飯の開始だ。手を合わせてからいただく。
今日の夕飯の魚料理はマグロの刺し身、肉料理は生姜焼き、あとは小さなポテトサラダというメニューだった。さっきカフェで沢山の料理を食べてお腹はいっぱいなはずなのに、手はそんなことを気にせずに次々に動いていく。
箸に乗った料理はどれも美味いしかった。自分なんかが作るよりも何倍も何倍も美味しかった。お腹はいっぱいだけど、その味はしっかりと感じられる。
「ねぇ、心葉ちゃん、学校では汐斗、どんな感じ?」
お父さんが話しかけてきた。確かに、親ならそのことはけっこう気になるかもしれない。ここで、おっちょこちょいな部分とか言ったら盛り上がるんだろうけれど、私は汐斗くんのそんな部分は見つけてないので、ここは素直に汐斗くんのいい部分を言うことにした。
「クラスの皆の悩みを聞いてくれたり、クラスの色々な小さな変化に気づいてくれたりするなんかある意味先生みたいな存在です」
「そうなの? なんか意外!」
「本当? 心葉ちゃん、それって過大評価してるとかじゃなくて事実!?」
私は何の偽りもなく言ったはずだけれども、私の言ったことにそうお姉さんとお母さんが反応した。どうやら家族にはそういう感じには見えていないのだろうか。それがなんだかおかしくて、心の中で笑ってしまう。でも、本当のことだ。気になるなら今度動画でも撮って渡してあげようかな。
「そうだよな、事実だよな、心葉」
家族の圧に押されそうになっている汐斗くん本人が私にヘルプを求めてきた。
「うん、事実です」
だから、私はそのヘルプを受け取った。
「そうだよな、なー」
「えー、本当にそうなんだ」
私の言ったこともようやく家族の人たちは信じてくれたようだった。なんか、こんな家族、温かい。私のお母さんも、お父さんも本当は温かい人だ。でも、私が言えないのがいけない。もし、私も汐斗くんの家族の一人だったら、この感情を抱くこともなかったんだろうか。 私がいけないことは分かってる。でも――
「あ、あとお母さんからも聞いていいかな。汐斗は将来、工芸関係の大学に行こうとしてるんだけど、心葉ちゃんはどこに行こうとしてるの?」
「えっと……」
もちろん、もう高校2年生だし全く考えていないわけではない。親にもこういうところがいいんじゃないとはいくつか言われている。でも、その大学に行くまで私はこの世界で生きている力があるのかわからない。それに、親が進めたところが本当に私が行きたいところなのか分からない。ただ、ここで何も答えないのは違う。だから、お母さんが一番進めているところを答えた。
「まだ全然決めてないですが、✕✕大学の日本文学部とかを考えてます」
「へー、いいじゃん。そこの大学有名だしね。汐斗も心葉ちゃんに負けないように頑張りなよ」
「分かってるよ」
でも、お母さんがここがいいんじゃないと言ってくれたのは私が中学の時に文芸部に入っていたし、本を読むことが好きだからどうかと言っただけだ。私は本当はどうなのか、分からない。
夕飯はカフェで沢山食べてきたから他の人よりは食べられなかったけれど、でも、思ったよりも食べることができた。お風呂はこの家では女性陣から入るというルールがあるらしく、私が一番最初に入ることになった(私の次はお姉さんが入るみたいだ)。
汐斗くんの部屋で本棚にあった、タイトルに目を引かれた小説を読んでいると(なんか甘めの恋愛小説だった)、お母さんにお風呂が沸いたよと言われたので、私はそのままお風呂に入った。
お風呂は少し特別なラベンダー色。たぶん入浴剤だろう。体を洗ったとに浴槽に入った。
――落ち着く。
なんだか、初めて来た家なのに、初めて会った人なのに驚くぐらいに落ち着く。なんでなんだろう……。
このお風呂から湯気が出てくるように、私の心から、あの時――数時間前の記憶が少し浮かび上がってくる。
それによって、汐斗くんが言ってくれた言葉が反復する。
――1ヶ月だけは待ってほしい。その1ヶ月の間に、僕は君にあげられるものはできるだけあげる。楽しいも、嬉しいも……。だけどもし、その1ヶ月で君の気持ちが変わらなかったんだとしたら、自由にしていい。そう、約束してほしい。
ただ、この言葉で思うことがあるのだとしたら、なんで気持ちが変わらなかったら自由にしていい……そう言ったんだろう。普通なら自由にしていいなんて言わないはずだ。だけど、汐斗くんはその言葉を選んだ。明日を生きるのに必死な汐斗くんの立場を考えればそれは絶対に絶対に許せないはずなのに。
お風呂に上がって髪の毛も乾かし終わったときに(着替えは持ってきてなかったのでさっきのを着ている)、お母さんにウッドデッキがあるから少し外に出てみてもいいよと言われたので、言われた通りにウッドデッキに出てみた。もうこの時期とはいえ夜だし少し寒いかなと思ったけれど、外はちょうどいいぐらいの気温だった。
「あ、心葉ちゃん」
私がウッドデッキに来てから少し経った後、お姉さんもこの場所に来た。お姉さんにとって、この家の中で一番好きな場所だそうだ。たしかに、この空間、私も好きだ。心を何か変えてくれそうな……そんなふうに思えてしまう。
「星がきれいだよ」
「ほんとうだ」
お姉さんにそう言われて、視線を夜空に向けると、輝いている光――星が見えた。もちろんどこかのキャンプ場とかみたいに沢山見えるわけではないけれど、むしろこういう感じに真暗な空に少しポツポツと見えるほうが幻想的なのかもしれない。
――きれいだ。
素直にそう思えるこの景色。この世界が私の心の中でも広がっていたのなら、私は今、どんな景色を見ていることができていたんだろう。
お姉さんと2人きりの空間。ここしか、相談するときはないのかもしれない。私は少し勇気を出して、まず、一言目を出してみる。
「あの、お姉さんって、心理学科に通ってるんですか?」
汐斗くんが嘘をついてるかもとか思って聞いたのではない。あくまでも、私の話に持っていくために聞いたのだ。
「うん、一応ね。汐斗からでも聞いたのかな」
「はい。あの、でしたら少し相談にのってくれませんか?」
「えっ……あ、うん、私で力になれるのなら全然」
お姉さんは最初少し驚いた顔をしたけれど、すぐに優しい顔に戻り、そんなことを言った。確かに、まだ会ってからほとんど経ってない人に相談しているし、一応課題をやるために来たという設定になっているので、相談されるなんて思ってなかったんだろう。でも、流石汐斗くんのお姉さんだ。臨機応変に対応してくれた。
「あの、これ、汐斗くんは知ってるんでいいんですけど、この話は他の人には話さないでもらえますか?」
「うん、心葉ちゃんが汐斗以外の他の人に話してほしくないのなら、その約束は守るよ。じゃあ、私からも1つ約束してほしいことがあるかな。どんな相談されるのかは分からないけど、私の言うことはあくまで1つの道に過ぎないから、必ずしも一番正しいってことは保証できないよ。つまり、これよりももっといい答えがあるかもしれないってこと。最終的に何が正しいのかは自分で決めるんだよ」
「はい」
私はちゃんとその言葉の意味を理解して大きくうなずいた。私はやっぱこの人なら相談しても怖くないと思った。だから、言いたいことを吐き出した。
「あの、まずごめんなさい。課題があるから来たっていうのは嘘で、汐斗くんが私を助けるために、ここに連れてきてくれたんです」
まず本題に入る前に、嘘だった部分をお姉さんに謝った。でも、お姉さんは特に何も言わない。全て言いたいことをいい終わるまで待ってくれている感じだった。だから、私はこのまま話しを続けた。
「少し長くなりますけど、私、自分で明日を閉じようとしてしまったんです」
私はどうして明日を閉じようとしたのか簡単に話した。お姉さんは終始うなずいてくれた。だから、ためらうことなく私は親の期待もあり、勉強に費やしてそれ以外に何もすることがないことや、勉強してもついていくことが難しいこと。他にもあの時なんで自分の意見を言えなかったんだろうと後悔してることだったり、辛かったことを話していった。この話しを聞いているお姉さんはどんなことを思ってるのか分からない。どう思ってるのかなんて考える余裕は私になんかにはない。
「それで、自分で明日を閉じようとしてることを偶然、汐斗くんに見つかって……。それで、もうバレてるんだったらと思って話したんです。そしたら、まだ心が不安定だらって言われてここに」
「そうか、ちなみに汐斗があれっていうのは……知らない、かな……?」
あれ――つまり、汐斗くんの病気のことだろう。それなら、あのカフェで汐斗くんが自ら告白してきた。ネタバレとして。そこで私たちは違う明日を見ていることを知ったのだ。
「知ってます、汐斗くんの病気のこと。自ら教えてくれました」
「自分から言ったんだ……」
お姉さんは少し驚いた表情をしながらそう言った。もしかしたら、自分の弟がこんな状況に立たされているのにも限らず、自分から明日を閉じようとしている人が許せないなんて思ってるかもしれない。そのことを考えずに、お姉さんに相談してしまったことを少し後悔しているが、そのことを後悔しなくてもいいということはすぐにお姉さんの言葉から分かった。
「普通なら明日を生きたい人が、明日を閉じようとしてる人なんかと仲良くしようとは思わないよ。でも、汐斗は自分から病気のことを教えたし、心葉ちゃんと仲良くしようとしてる。それは、明日を閉じようとしてる心葉ちゃん自身が悪いわけじゃないし、本当は自分から明日を閉じようなんて思ってない……そう感じたからだと思うよ。だから、汐斗は……ってことだよ。そういうことなら、私も心葉ちゃんを守りたいな」
そうなのか、自分では分からない。自分が悪いわけじゃないのか、本当は自分から明日を閉じようなんて思ってないのか。でも、汐斗くんには少なくともそう感じたのかもしれない。お姉さんも言ったけど、普通、明日を生きたい人が、明日を閉じようとしてる人なんかと仲良くしようとは思わない。でも、汐斗くんは私に関わってくれたし、怒ることなんてなく、むしろ優しくしてれた。
「私を、守ってくれる……?」
「うん。もちろん私だけじゃなくて、汐斗も守ってくれると思うよ」
守ってくれる。それは、私にとって支えとなる言葉。たった一言に、簡単な言葉に思えるかもしれないけれど、今の私には大きな意味を持つ。私にとって今、どんな言葉よりも必要としてる言葉なのかもしれない。
「あと、汐斗くんがこんなことを言ってくれたんです。『1ヶ月だけは待ってほしい。その1ヶ月の間に、僕は君にあげられるものはできるだけあげる。楽しいも、嬉しいも……。だけどもし、その1ヶ月で君の気持ちが変わらなかったんだとしたら、自由にしていい。そう、約束してほしい』こう言ってくれたんです。印象に残りすぎて一語一句頭に残ってしまったので、覚えちゃってました」
んーと言いながら、お姉さんは少し考えた後に、自分の考えを述べてくれた。
「そうか、けっこう汐斗も攻めたな。汐斗がこれ言うなんて少し意外だな。もちろん、どうしていったのかは100パーセントは分からないけど、たぶん、それは心葉ちゃんの気持ちが変わると信じてるか、気持ちを変えられる自信が汐斗にあったんじゃないなかって。本当の答えは本人にしか分からないけど。でも、仮に1ヶ月で気持ちが変わらなかったとしてもできればすぐに明日を閉じるのは待ってほしいかな」
「分かりました。でも、汐斗くんはそういう意図で……」
そうなのか、汐斗くんはこんな私を信じてくれているのかもしれない。もしくは、自分が変えられる力を持っていると……自分が言うのは少しあれかもしれないけれど、どちらにしろ確かに攻めた発言だ。人の心は世の中の流行とかみたいにいつの間にか変わってるのもでもないのに。
「あとは、なんか吐き出したいこととかない?」
「……本音を言うのなら、どうして自分はこうなっちゃったんだろうとか、自分は何を目指すべきなんだろうとか、自分は自分のことを好きになれるんだろうとか沢山ありますけど、それはこの1ヶ月で見つけていきたいと思います」
そう、これからの1ヶ月が、私にとって大きな意味を持つ1ヶ月になるのだ。その中で、私は成長しなければいけない。
「そうだね、きっと汐斗とこの1ヶ月間で見つけられるはずだよ。今日はなかなか人に言えないことを話してくれてありがとう。心葉ちゃんの勇気はすごいな。私だったら誰かに相談なんてできないかも。特に、今日初めて知った人なんかには。もちろん、また相談とかあったらいつでもいいよ。心葉ちゃんの力なれるのなら」
「本当に、相談にのってくれてありがとうございました。自分もそうなれるように頑張らなきゃって思えました。また、お世話になるかもしれませんが、そのときはお願いします」
「うん」
こうやって相談できたことで、私は色々なことを感じられた。自分を変えたい。明日を閉じたいなんて思わないような……そんな人に私はなりたい。今、私にとって一番の夢がそれかもしれない。
お姉さんにもらったものを無駄にしないためにも、汐斗くんのような人を苦しめないためにも。
――私は自分らしく生きる、そんな未来を描いていきたい。
「こんにちは」
工芸作品を見てから少し経つと、汐斗くんの部屋におばあちゃんらしき人が入ってきた。私はおじゃましてますという挨拶の後に私にとって大切な自分の名前を名乗った。
「なんか、名前も姿もかわいいお嬢さんだね。まあ、うちには何もないけどゆっくりしていってちょうだい。あと、汐斗とも仲良くしてくれると嬉しいな」
「はい、ありがとうございます」
やっぱり親子って似てるんだろうか。今のことはさっきのお母さんも言っていた。そして、その言葉がまた私の心をオレンジ色にさせる。
「そういや、うちのおばあちゃん、折り紙が得意なんだ」
「へー」
「まあ、得意っていっても、そこまでではないけどね。じゃあ、お嬢ちゃんになんか似合いそうだから沈丁花って言う花を折ったものを持ってくるね。押し入れまで行くから少し待ってて」
おばあちゃんはそう言うと、階段を下りていく。沈丁花って言う花は聞いたことがないけれど、その言葉の美しさ通りきっときれいなんだろう。
「あ、沈丁花ってこれ」
私がどんな花なのかと思っていたけれど、汐斗くんは私のことを悟ったかのようにスマホで調べてくれたらしく、沈丁花の写真を私に見せてくれた。香りが高く、そして丸くこんもりとしたものらしい。春先に外側が桃色で内側には白の小さな花が塊になって枝先に開花することも書かれていた。花言葉は何なんだろうか。
「なんか自分が工芸に興味を持ったのも、おばあちゃんがさー、小さい頃から折り紙を教えてくれたってことが少し関係してる気がするんだ」
確かにこの2つは似ていることがあるのかもしれない。ある意味、知らないうちにおばあちゃんから汐斗くんがそれを受け継いだとも言えるのかもしれない。
少し経ってから、おばあちゃんが戻ってきた。おばあちゃんの手には沈丁花の折り紙がいくつも重なり、くす玉みたいになった作品があった。きれい――いや、この言葉よりも心が引かれる……こっちの言葉の方が似合うかもしれない。
「すごい、お上手ですね」
決してお世辞とかじゃなく素直な心だ。1つ1つ丁寧に折られている。その丁寧さは汐斗くんの作品と似ている。やはりこういうのは遺伝するんだろうか。
「ありがとうね。でも、作り方さえ覚えちゃえば簡単だけどね」
おばあちゃんはお嬢ちゃんだってすぐにできるよという言葉を付け足して、半笑い気味に言った。
確かに、覚えちゃえば簡単にできるのかもしれないけれど、私にはずっとずっと遠くの、手の届かないところにある雲のように見える。
「これ、実は汐斗も少し手伝ってくれたんだよ」
「へー」
そうなんだと思い、汐斗くんの方を見てみると、少しだけ照れた顔をしていた。なんだ、うちのおばちゃん、折り紙が得意なんだって言ったくせに、自分だって得意なんじゃん。
「なんか、お守りになると思うから、お嬢ちゃんがもし、持って帰るのに困らないんだったら、プレゼントさせてちょうだい」
「――えっ」
それは流石に、と言うとしたけれど、確かに、今の私にお守りみたいなのは必要なのかもしれない。自分の気持ちがコントロールできなくなったときの為に。この人は、私が自分で明日を閉じようとしてるのなんか知らないはずなのに、何か長年の知恵で、そして感覚でそのことが分かったのかもしれない。何かを必要としてることを。
私は遠慮することなく、それをおばあちゃんから受け取った。一瞬、おばあちゃんの手に触れたが、温かい手だった。そのぬくもりが、私のもとにも少し移る。
「じゃあ、邪魔して悪かったね。もうそろそろ夕飯だし戻ろうかな。2人も、もうそろそろ夕飯ができるから切りのいいところでおいで」
おばあちゃんはそう言うと、私に優しい笑顔を見せた後に、階段を下りていった。
「なんか、いいおばあちゃんだね」
「そうなのかもな」
私は、そのおばあさんからもらったものをかばんの中に、崩れないようにそっと閉まった。それから、汐斗くんは工芸作品とかを少し片付けてから汐斗くんとともに1階に下りた。
1階に下りると、汐斗くんのお母さんやおばあちゃんだけではなく、おじいちゃんやお父さん、お姉ちゃんなども席についていた。普通だったら少し気まずくなるけれど、皆、優しそうな人だったので特別そういうことにはならなかった。むしろ、少しこういう光景に羨ましい気持ちになる。たくさんの家族に囲まれて食事という時間を共有できるなんて。
「あ、どうぞどうぞ、心葉ちゃんだよね、ここに座って!」
お母さんがある席に案内してくれた。その席の椅子は他のとは違ったので、急遽用意してくれたのだろう。
「あ、初めまして。汐斗くんと同じクラスの白野心葉です。学校の課題を2人でやることになったのでお邪魔してます。私の家は親がどっちも出張中で今いないので、どうせなら泊まっていきなよと汐斗くんに誘われたので、今日一日失礼します」
少しだけ新たに嘘をついた部分もあるけれど、汐斗くんがさっきお母さんに言った話し合せると正しい。それから私はペコリとお辞儀した。それから私は席につく。
「こんにちは、なにもないけどゆっくりしていってね」
そう言ってくれたのは汐斗くんのお姉さんと思われる人だった。たしか、大学で心理学科を学んでるんだっけ。見た目で判断するのはあまりよくないけれど、そんな感じの人に思える。私のあのことを言えば、この人は少し相談にのってくれるだろうか。
他の人たちもよろしくお願いしますという感じに私に対してペコリとお辞儀してくれた。
「なに、汐斗のクラスにこんなにかわいい人いたの? 羨ましいなー」
「いや、お姉ちゃん。余計なことを言うな!」
「はいはい、ごめんなさい」
お姉ちゃんと汐斗くんって仲がいいんだろうか。たった少しの会話だったけれど、私にはそういう風に感じてしまう。というか、お姉さんがかわいいって言ってくれたのは汐斗くんをからかうためだったり、もしくはお世辞だったりで言ったことなんだろうか。それとも、まさか、本音……? いや、流石に本音はないか。だって別に私、鏡で自分の顔を見たことなんて何回もあるけれど、一度も自分をかわいいだなんて思ったことないし、それにクラスの中で、かわいい人を決めるコンテスト(いわゆるミスコンみたいなやつ)があったとしてもランキングに載ることは絶対にないだろうし。
お姉さんがそう言った時、汐斗くんはどんな顔をしているのか少し気になったけれど、そんなの絶対にないという顔をしていたら……と思って、見ることはできなかった。
「じゃあ、いただきましょうか」
お母さんが皆分のご飯をもったお茶碗を皆のところに置いたら、夕飯の開始だ。手を合わせてからいただく。
今日の夕飯の魚料理はマグロの刺し身、肉料理は生姜焼き、あとは小さなポテトサラダというメニューだった。さっきカフェで沢山の料理を食べてお腹はいっぱいなはずなのに、手はそんなことを気にせずに次々に動いていく。
箸に乗った料理はどれも美味いしかった。自分なんかが作るよりも何倍も何倍も美味しかった。お腹はいっぱいだけど、その味はしっかりと感じられる。
「ねぇ、心葉ちゃん、学校では汐斗、どんな感じ?」
お父さんが話しかけてきた。確かに、親ならそのことはけっこう気になるかもしれない。ここで、おっちょこちょいな部分とか言ったら盛り上がるんだろうけれど、私は汐斗くんのそんな部分は見つけてないので、ここは素直に汐斗くんのいい部分を言うことにした。
「クラスの皆の悩みを聞いてくれたり、クラスの色々な小さな変化に気づいてくれたりするなんかある意味先生みたいな存在です」
「そうなの? なんか意外!」
「本当? 心葉ちゃん、それって過大評価してるとかじゃなくて事実!?」
私は何の偽りもなく言ったはずだけれども、私の言ったことにそうお姉さんとお母さんが反応した。どうやら家族にはそういう感じには見えていないのだろうか。それがなんだかおかしくて、心の中で笑ってしまう。でも、本当のことだ。気になるなら今度動画でも撮って渡してあげようかな。
「そうだよな、事実だよな、心葉」
家族の圧に押されそうになっている汐斗くん本人が私にヘルプを求めてきた。
「うん、事実です」
だから、私はそのヘルプを受け取った。
「そうだよな、なー」
「えー、本当にそうなんだ」
私の言ったこともようやく家族の人たちは信じてくれたようだった。なんか、こんな家族、温かい。私のお母さんも、お父さんも本当は温かい人だ。でも、私が言えないのがいけない。もし、私も汐斗くんの家族の一人だったら、この感情を抱くこともなかったんだろうか。 私がいけないことは分かってる。でも――
「あ、あとお母さんからも聞いていいかな。汐斗は将来、工芸関係の大学に行こうとしてるんだけど、心葉ちゃんはどこに行こうとしてるの?」
「えっと……」
もちろん、もう高校2年生だし全く考えていないわけではない。親にもこういうところがいいんじゃないとはいくつか言われている。でも、その大学に行くまで私はこの世界で生きている力があるのかわからない。それに、親が進めたところが本当に私が行きたいところなのか分からない。ただ、ここで何も答えないのは違う。だから、お母さんが一番進めているところを答えた。
「まだ全然決めてないですが、✕✕大学の日本文学部とかを考えてます」
「へー、いいじゃん。そこの大学有名だしね。汐斗も心葉ちゃんに負けないように頑張りなよ」
「分かってるよ」
でも、お母さんがここがいいんじゃないと言ってくれたのは私が中学の時に文芸部に入っていたし、本を読むことが好きだからどうかと言っただけだ。私は本当はどうなのか、分からない。
夕飯はカフェで沢山食べてきたから他の人よりは食べられなかったけれど、でも、思ったよりも食べることができた。お風呂はこの家では女性陣から入るというルールがあるらしく、私が一番最初に入ることになった(私の次はお姉さんが入るみたいだ)。
汐斗くんの部屋で本棚にあった、タイトルに目を引かれた小説を読んでいると(なんか甘めの恋愛小説だった)、お母さんにお風呂が沸いたよと言われたので、私はそのままお風呂に入った。
お風呂は少し特別なラベンダー色。たぶん入浴剤だろう。体を洗ったとに浴槽に入った。
――落ち着く。
なんだか、初めて来た家なのに、初めて会った人なのに驚くぐらいに落ち着く。なんでなんだろう……。
このお風呂から湯気が出てくるように、私の心から、あの時――数時間前の記憶が少し浮かび上がってくる。
それによって、汐斗くんが言ってくれた言葉が反復する。
――1ヶ月だけは待ってほしい。その1ヶ月の間に、僕は君にあげられるものはできるだけあげる。楽しいも、嬉しいも……。だけどもし、その1ヶ月で君の気持ちが変わらなかったんだとしたら、自由にしていい。そう、約束してほしい。
ただ、この言葉で思うことがあるのだとしたら、なんで気持ちが変わらなかったら自由にしていい……そう言ったんだろう。普通なら自由にしていいなんて言わないはずだ。だけど、汐斗くんはその言葉を選んだ。明日を生きるのに必死な汐斗くんの立場を考えればそれは絶対に絶対に許せないはずなのに。
お風呂に上がって髪の毛も乾かし終わったときに(着替えは持ってきてなかったのでさっきのを着ている)、お母さんにウッドデッキがあるから少し外に出てみてもいいよと言われたので、言われた通りにウッドデッキに出てみた。もうこの時期とはいえ夜だし少し寒いかなと思ったけれど、外はちょうどいいぐらいの気温だった。
「あ、心葉ちゃん」
私がウッドデッキに来てから少し経った後、お姉さんもこの場所に来た。お姉さんにとって、この家の中で一番好きな場所だそうだ。たしかに、この空間、私も好きだ。心を何か変えてくれそうな……そんなふうに思えてしまう。
「星がきれいだよ」
「ほんとうだ」
お姉さんにそう言われて、視線を夜空に向けると、輝いている光――星が見えた。もちろんどこかのキャンプ場とかみたいに沢山見えるわけではないけれど、むしろこういう感じに真暗な空に少しポツポツと見えるほうが幻想的なのかもしれない。
――きれいだ。
素直にそう思えるこの景色。この世界が私の心の中でも広がっていたのなら、私は今、どんな景色を見ていることができていたんだろう。
お姉さんと2人きりの空間。ここしか、相談するときはないのかもしれない。私は少し勇気を出して、まず、一言目を出してみる。
「あの、お姉さんって、心理学科に通ってるんですか?」
汐斗くんが嘘をついてるかもとか思って聞いたのではない。あくまでも、私の話に持っていくために聞いたのだ。
「うん、一応ね。汐斗からでも聞いたのかな」
「はい。あの、でしたら少し相談にのってくれませんか?」
「えっ……あ、うん、私で力になれるのなら全然」
お姉さんは最初少し驚いた顔をしたけれど、すぐに優しい顔に戻り、そんなことを言った。確かに、まだ会ってからほとんど経ってない人に相談しているし、一応課題をやるために来たという設定になっているので、相談されるなんて思ってなかったんだろう。でも、流石汐斗くんのお姉さんだ。臨機応変に対応してくれた。
「あの、これ、汐斗くんは知ってるんでいいんですけど、この話は他の人には話さないでもらえますか?」
「うん、心葉ちゃんが汐斗以外の他の人に話してほしくないのなら、その約束は守るよ。じゃあ、私からも1つ約束してほしいことがあるかな。どんな相談されるのかは分からないけど、私の言うことはあくまで1つの道に過ぎないから、必ずしも一番正しいってことは保証できないよ。つまり、これよりももっといい答えがあるかもしれないってこと。最終的に何が正しいのかは自分で決めるんだよ」
「はい」
私はちゃんとその言葉の意味を理解して大きくうなずいた。私はやっぱこの人なら相談しても怖くないと思った。だから、言いたいことを吐き出した。
「あの、まずごめんなさい。課題があるから来たっていうのは嘘で、汐斗くんが私を助けるために、ここに連れてきてくれたんです」
まず本題に入る前に、嘘だった部分をお姉さんに謝った。でも、お姉さんは特に何も言わない。全て言いたいことをいい終わるまで待ってくれている感じだった。だから、私はこのまま話しを続けた。
「少し長くなりますけど、私、自分で明日を閉じようとしてしまったんです」
私はどうして明日を閉じようとしたのか簡単に話した。お姉さんは終始うなずいてくれた。だから、ためらうことなく私は親の期待もあり、勉強に費やしてそれ以外に何もすることがないことや、勉強してもついていくことが難しいこと。他にもあの時なんで自分の意見を言えなかったんだろうと後悔してることだったり、辛かったことを話していった。この話しを聞いているお姉さんはどんなことを思ってるのか分からない。どう思ってるのかなんて考える余裕は私になんかにはない。
「それで、自分で明日を閉じようとしてることを偶然、汐斗くんに見つかって……。それで、もうバレてるんだったらと思って話したんです。そしたら、まだ心が不安定だらって言われてここに」
「そうか、ちなみに汐斗があれっていうのは……知らない、かな……?」
あれ――つまり、汐斗くんの病気のことだろう。それなら、あのカフェで汐斗くんが自ら告白してきた。ネタバレとして。そこで私たちは違う明日を見ていることを知ったのだ。
「知ってます、汐斗くんの病気のこと。自ら教えてくれました」
「自分から言ったんだ……」
お姉さんは少し驚いた表情をしながらそう言った。もしかしたら、自分の弟がこんな状況に立たされているのにも限らず、自分から明日を閉じようとしている人が許せないなんて思ってるかもしれない。そのことを考えずに、お姉さんに相談してしまったことを少し後悔しているが、そのことを後悔しなくてもいいということはすぐにお姉さんの言葉から分かった。
「普通なら明日を生きたい人が、明日を閉じようとしてる人なんかと仲良くしようとは思わないよ。でも、汐斗は自分から病気のことを教えたし、心葉ちゃんと仲良くしようとしてる。それは、明日を閉じようとしてる心葉ちゃん自身が悪いわけじゃないし、本当は自分から明日を閉じようなんて思ってない……そう感じたからだと思うよ。だから、汐斗は……ってことだよ。そういうことなら、私も心葉ちゃんを守りたいな」
そうなのか、自分では分からない。自分が悪いわけじゃないのか、本当は自分から明日を閉じようなんて思ってないのか。でも、汐斗くんには少なくともそう感じたのかもしれない。お姉さんも言ったけど、普通、明日を生きたい人が、明日を閉じようとしてる人なんかと仲良くしようとは思わない。でも、汐斗くんは私に関わってくれたし、怒ることなんてなく、むしろ優しくしてれた。
「私を、守ってくれる……?」
「うん。もちろん私だけじゃなくて、汐斗も守ってくれると思うよ」
守ってくれる。それは、私にとって支えとなる言葉。たった一言に、簡単な言葉に思えるかもしれないけれど、今の私には大きな意味を持つ。私にとって今、どんな言葉よりも必要としてる言葉なのかもしれない。
「あと、汐斗くんがこんなことを言ってくれたんです。『1ヶ月だけは待ってほしい。その1ヶ月の間に、僕は君にあげられるものはできるだけあげる。楽しいも、嬉しいも……。だけどもし、その1ヶ月で君の気持ちが変わらなかったんだとしたら、自由にしていい。そう、約束してほしい』こう言ってくれたんです。印象に残りすぎて一語一句頭に残ってしまったので、覚えちゃってました」
んーと言いながら、お姉さんは少し考えた後に、自分の考えを述べてくれた。
「そうか、けっこう汐斗も攻めたな。汐斗がこれ言うなんて少し意外だな。もちろん、どうしていったのかは100パーセントは分からないけど、たぶん、それは心葉ちゃんの気持ちが変わると信じてるか、気持ちを変えられる自信が汐斗にあったんじゃないなかって。本当の答えは本人にしか分からないけど。でも、仮に1ヶ月で気持ちが変わらなかったとしてもできればすぐに明日を閉じるのは待ってほしいかな」
「分かりました。でも、汐斗くんはそういう意図で……」
そうなのか、汐斗くんはこんな私を信じてくれているのかもしれない。もしくは、自分が変えられる力を持っていると……自分が言うのは少しあれかもしれないけれど、どちらにしろ確かに攻めた発言だ。人の心は世の中の流行とかみたいにいつの間にか変わってるのもでもないのに。
「あとは、なんか吐き出したいこととかない?」
「……本音を言うのなら、どうして自分はこうなっちゃったんだろうとか、自分は何を目指すべきなんだろうとか、自分は自分のことを好きになれるんだろうとか沢山ありますけど、それはこの1ヶ月で見つけていきたいと思います」
そう、これからの1ヶ月が、私にとって大きな意味を持つ1ヶ月になるのだ。その中で、私は成長しなければいけない。
「そうだね、きっと汐斗とこの1ヶ月間で見つけられるはずだよ。今日はなかなか人に言えないことを話してくれてありがとう。心葉ちゃんの勇気はすごいな。私だったら誰かに相談なんてできないかも。特に、今日初めて知った人なんかには。もちろん、また相談とかあったらいつでもいいよ。心葉ちゃんの力なれるのなら」
「本当に、相談にのってくれてありがとうございました。自分もそうなれるように頑張らなきゃって思えました。また、お世話になるかもしれませんが、そのときはお願いします」
「うん」
こうやって相談できたことで、私は色々なことを感じられた。自分を変えたい。明日を閉じたいなんて思わないような……そんな人に私はなりたい。今、私にとって一番の夢がそれかもしれない。
お姉さんにもらったものを無駄にしないためにも、汐斗くんのような人を苦しめないためにも。
――私は自分らしく生きる、そんな未来を描いていきたい。