いつもより何倍も気持ちが楽だ。数年前の自分に戻ったような感じがする。中学1、2年とかそれよりもっと前の感情とか、もうとっくに忘れかけているはずなのに私はその感情が今、再び蘇っているような気がする。なくしていた感情というパズルのピースが見つかって、それがはめられる。楽しかった過去が……。その原因は言うまでもないだろう。
 
 忘れかけていたものが、次々と私の中に入っていく。

 私の持っている感情のはずなのに、誰か違う人の感情のような気がしてしまう。

 私は、久しぶりにお母さんとお父さんも入っている家族のグループラインにメッセージを打った。『今、電話してもいい? 少し話したくなっちゃって』と。ラインは数日に1回あっちから確認の意味も込めてしてくるけれど、出張に行ってから生の声を聞くことはまだしてない。でも、その声を聞きたくなってしまった。

 数分たってから既読2と表示された。どうやら2人が見てくれたようで、お母さんから『いいよ』というメッセージが来た。だから、私は何日ぶりだかは分からないけれど、その声を久しぶりに聞くために、2人に電話をかけた。

 自分を産んでくれたお母さんと、お母さんとともに私を大切に育ててくれたお父さんに電話するだけのはずなのに、妙に緊張してしまった。その原因は、久しぶりに声を聞くからだけじゃない気がする。

「もしもし……」

 始めに声をかけたのは、私だ。でも、すぐ消えてしまう少し弱々しい声だ。

『もしもし、心葉』

『久しぶりだな、心葉』

 懐かしい声。どこかにおいてきてしまったかのような声。久しぶりに二人の声が聞けた。やっぱりこの声が一番私を落ち着かせる。

『どう、変わりはない?』

「うん、お母さん、大丈夫。むしろ、大切な人と出会えて、いい意味で少しずつ変わってる気がする」

 私の本音だ。大切な人――海佳ちゃんに唯衣花。そして汐斗くん。その3人により少しずつ私の世界はいい意味で変わってきてるような気がする。特に、明日を見る君には沢山助けてもらった。でも、全てがまだ変われたわけではないからもう少し自分を変えたい。自分と思えるような姿になりたい。その話題になったからか私はいつも2人に話すような口調に戻っていた。

『それならよかった。電話越しだからかもしれないけど、確かに、口調もいつもより落ち着いてるかも』

 そうなんだろうか。私には分からない。でも、ずっと私と過ごしてきたお母さんが言うのなら、そうなんだろう。

「仕事の方はどう?」

『うん、忙しくて大変だけど、なんとか……かな』

 今思ったことだけれど、逆にお母さんの口調は少しだけ乱れているようにも思えた。でも、そういうことを触れられるのはあまり好きではないだろうと思い、特段気にしないことにした。

『お父さんも少し話したいって』

「分かった」

 少し経った後に、今度はお父さんの声がした。

『俺だ、心葉。まだまだ帰ってこれなくてごめんな。最近、なんか楽しいことあったか?』

「楽しいこと――」

 楽しいこと、なんだろうか。汐斗くんに出会えたことだろうか、でもそれだけじゃない気がする。さっき、お母さんが変わりないかと聞いてきたときにも思ったけど、海佳ちゃんや唯衣花とも仲良くなれたとこもそうだし、それから公園に行ったり、今日も汐斗くんとカフェに行ったり……そういう日常が楽しいような気がしてきた。もちろん、少し前も明日を閉じようとしてしまったけれど、踏み留めることができたし、前より楽しいと思える回数が増えてきたのは、確かだ。

「言葉にするのは、少し難しいけど、色々あるよ。自分がやるべきことが分かったから、もっと今後楽しくしていきたいって思ってる」

『そうか。今日は声を聞かせてくれてありがとうな。なにをやってるのかは分からないけど、いつも心葉は自分の部屋にいて、忙しそうだからこっちからはかけづらくて。また、時間あるときにでも声をかけてくれたら嬉しいな。もちろん、帰りに心葉が好きなもののお土産も買ってくるから待っててな』

「うん、お土産、楽しみにしてるね。じゃあ、また」

『うん、心葉、またね』

『またな』

 声はもうしない。
 
 電話をゆっくりと切ったのだ。

 本当は、その話が出たから、最後ここで私は自分の部屋で何してるか分かる? とでも一瞬、聞こうとしたけれどやっぱりやめた。親は私が自分の部屋でほとんどを過ごしているのは知っているけれど、具体的に何をやってるのかは多分知らない。だけど、勉強しかやって辛いんだよというのを言うのは今じゃない気がしたし、もしかしたら、それはただたんに自分の心のせいかとも思ったから、それを言うのをやめた。

 電話を切った後、私は久しぶりに心の落ち着く音楽を聞いた。これは汐斗くんがおすすめしてくれた曲だった。

 その音を近くで感じ取りたいため、誰もいないけれど私はイヤフォンを両耳につけた。

 音楽もこんなにちゃんと聞いたのは久しぶりだったから、本当に美しい音色に思えた。音楽の力を感じることができた。こんなにも音楽の世界って透き通ってるんだ、そう感じた。私の中で時間がゆっくりゆっくりと流れていく。心臓の音が時を刻んでいく。

 ――落ち着く。

 それから少し、あるものを書いた。こんなのを書く必要なんてたぶん今の私にはない。でも、本当にもしかしてもしかしたらの時に、伝えられなかったら嫌なので、書くだけ書いておいた。文字だけでいつの間にか紙いっぱいになっていた。だけど、たぶんいつの間にかこれもゴミ箱に捨ててしまうんだろう。むしろ、捨てたい。捨てられた方がきっと幸せだ。

「よし、少し勉強をやろう」

 仮に落ち着いた状態で勉強すれば私は本来の力を出せるんだとしても、それが勉強をほとんどしなくていいという意味に結びつくわけではないので、勉強をいつもよりは控えるけれど少しやることにした。

 たしかに、シャーペンで英単語を書いてるときの感覚まで違う気がする。これまで見えていなかった世界が少し見えてきた気がする。私の世界が少し広くなったんだろうか。

「はぁー」

 英単語の勉強をやっているところで少しあくびが出てしまった。少しの間、私は椅子の背もたれによりかかって目を閉じた。いつもなら、頑張って目を開けようと色々なことをするが、今日は無理をせずに、ちょうどいいところで切り上げて眠りについた。



「心葉、じゃあねー」

「私も部活行ってきまーす」

「2人ともバイバイ」

 私は、唯衣花と海佳ちゃんに手を振る。教室にいた人が、皆部活だったり家に帰えるために出ていき、さっきまでは楽しそうな笑い声も聞こえたこの空間が一瞬にして変わってしまった。森の中みたいに静まり返っている。
 
 今、この教室には私と、汐斗くんしかいない。

「皆行っちゃったな。というか、唯衣花、学校に来られてよかったな。特に今は体調が悪いようにも見えなかったし」

 窓からの景色を眺めていた汐斗くんだけど、皆のいなくなった途端に私の方に寄ってきた。私は今、自分の席に座っている。

「うん、唯衣花はすっかり元気になったってたよ。親に土日は寝かせられてたって言ってたけど、元気になってたから暇だったみたい」

 金曜日に体調を崩してしまった唯衣花は土日はお母さんに寝てなさいと言われて寝てたみたいだが、もう土曜日には完全にいつも通りの体調に戻っていたたみたいだ。その日は大人しく横になっていたけど、日曜日はこっそりとバレないようにベッドでユーチューブを見てたらしい。

「そうか、ならもう大丈夫そうだな。まあ、俺もいつかこの体調悪いのも治るよ。そんな心配するなよ」

「……汐斗くんがそう言うなら。でも、無理しないでよ」

 汐斗くんは相変わらず体調が少し優れないらしい。これと関係があるのかは分からないけれど、今日も何回か少し苦しそうな姿を見てしまった。体育の時間、いつもより息が切れていたりとか、休憩時間に少し貧血かのように少し倒れそうになっていたところとか。

「で、今日の英語の小テスト、どうだった?」

 汐斗くんが話しを小テストの話題に持ち込む。今日、ここに残ったのは、汐斗くんとそれについて話すためだ。落ち着いた結果、本当に成果が現れたのかどうなのかというところ。

「どうだと思う……?」

 ためるほどの内容ではないと思うし、それに今の私の表情から結果は明らかだと思うけど、私は汐斗くんに意地悪な問題を出した。汐斗くんならこんなしょうもないことに乗ってくれると思ったのだ。

「んー、その表情からいつもよりいい!」

 やっぱり、汐斗くんは当ててしまった。その通りだ。

「うん、それも初めて満点だった! 他にも日曜にやったオンライン模試も落ち着いてやったっていうのもあって、いつもより格段によかったし、家で勉強した範囲の歴史の問題集も解いたけど、いつもより解けたし……本当に、汐斗くんのおかげだよ!」

 私が今言った通り、英単語テストで初めて満点を取れたし、オンライン模試も、問題集の正答率もいつもよりかなりよかった。オンライン模試については結果がすぐ出るのだけど、その結果を見て本当に自分の点数なのか疑ってしまったぐらいだ。私はその模試の結果をちらりと見せたけれど、その点数を見て汐斗くんが目を大きく開いていた。

「おー、これ勉強したの?」

「落ち着いてこれの範囲を勉強をしたのは金曜と、土曜に少し復習がてらに勉強したかな」

「おー、そうか。この点だったら伸びしろもあると考えると、この高校じゃなくても、もっと上に……って今では思っちゃうよな」

 汐斗くんはこの高校じゃなくても、もっと偏差値の高い高校にでも行けたんじゃないかという意味でそういったんだと思う。たしかに、私は落ち着ければもう1つかもう2つの高校に入ることもできたのかもしれない。

「――いや、仮に落ち着けばできるって分かってても、私はこの高校に来られてよかったと思う」

 だけど、そうだとしても私はこの高校に入ってしまうんだと思う。この高校に入学するという選択肢が私にとって一番だと思った。だって、もし、この高校じゃなきゃ出来ないことがあるから――

「――だって、もし、この高校じゃなかったら、汐斗くんに会えなかったじゃん。私にとって汐斗くんは必要な存在なんだから」

 私は本当の気持ちを言っただけなのに、汐斗くんは少し止まっていた。まるで、時間が止まったかのように。何も、変なことは言ってないはずなのに、自分の心から思ったことを言っただけなのに、なぜか汐斗くんはいつもの汐斗くんではなかった。

 少し強い風が吹いたのか、カーテンが棚引いた。カーテンが音を立てる。そして私の髪の毛も揺らす。

「ど、どうしたの?」

 別にこれが体に異変があって止まっているわけではないということは見て分かっていたけれど、私は気になって声をかけてしまった。それでも、反応がないのでおーいという意味も込めて、汐斗くんの瞳の周りで手を振ってみた。

「あ、ごめん。なんか、単純にそう言われたのが嬉しくてさ。こんなに誰かに必要とされたの初めてだったから。だからだよ……」

 そんなに私の言ったとこが意味のあることだったのかは分からいけれど、少しでもその心が力になったのなら私は嬉しい。こんな私でも、誰かを嬉しくする言葉を言うことができるんだ。

 私にも、価値があるんだ。

 そんな私は、汐斗くんと少し行きたい場所があった。私を少し変えてくれたのだから、汐斗くんみたいに大きくその人の世界を変えることはできないのかもしれないけれど、少しでも汐斗くんの体調がよくなるように私にできることをしたい。少しでも汐斗くんの力になりたい。

「ねえ、この近くにある神社行かない? 汐斗くんの体調がよくなるように」 

「いや、別に僕の体調のことはいいよ。数日経ったら医者に診てもらえるし。でも、たしかに心葉とどこか行きたいな」

「じゃあ、今からそこに行く?」

「うん、じゃあ行こうか」

「じゃあ!」

 私は椅子から立ち上がり、荷物をまとめた後に、私が先頭に立って、この学校からもほど近い神社に向かった。その神社は車通りの多い大通りから少し離れたこじんまりとしたところにある。周りには、昔からこの地域に住む人の住宅が広がる。少し場所が変わっただけでも、街の雰囲気は大きく変わってしまうものだ。

 まるでそこにあることが運命かのように、堂々とそびえ立つ鳥居に入る前に一礼してから境内の中に入った。この神社は決して大きい神社ではなく、普通の日はあまり人は見かけないけれど、願いが叶うとこの地域では有名で新年には1時間近く待つこともあるそうだ。私も受験祈願のお参りはここでしたし、その前にも何回か本当に叶えてほしい大きな願いはここでお願いしてきた。その願いはどれも叶なっている。

「僕、神社来るの久しぶりだなー。受験期以来かな」

 私も受験祈願をした中学3年生以来。だから、少し神社というものが珍しいものに思えてくる。神聖な空気を肌で感じている。

「あっ……言っておくけど、別に僕の健康のこと願うなよ。それより、自分がこのまま変われるように願うんだぞ。明日を開こうと思えるようになってるんだから。あと、神様に願うのは、1つだけだぞ。2つだめ」

 汐斗くんが急に思いついたような顔をしたから何だと思ったっけど、そういうことだった。確かに、自分のことを考えるのであればそういう願いをしたほうがいいのかもしれない。でも、私は汐斗くんの方を願いたい。だけど、自分のことを願わないと、汐斗くんに怒られしまいそうだ。じゃあ、この方法なら――

「あ、2人が幸せになれますようにとかもなしだぞ。ちょっとそれはよくばりすぎ。自分のが叶いにくくなっちゃうから自分のだけな」

 私の心を読んだのか、今、まさに考えていたことを目の前で否定されてしまった。

 ――明日を見る君が、見るんじゃなくて、本当に過ごせるように。そして、明日を閉じたい私は、明日に進みたいと思えるようになりますように、とでもお願いしようと考えていたのに。

 そこまでして、私に自分自身のことを願ってほしいのだろうか。私に明日をもっと開きたいと思ってほしいんだろうか。

「じゃあ、汐斗くんも自分自身のことを願ってね。私のことじゃなくて、自分自身の健康を」

 だったらと私も反撃した。そうしないと釣り合わない。

「何だよ、ばれたか」

 汐斗くんは微笑を浮かべた。どうやら私も汐斗くんの心を読んでしまったようだ。つまり、お互いの考えてることが分かってしまったようだ。もう、気づけばいつの間にかそんな深い関係になれているのか。でも、そう思うのは汐斗くんにとって少し失礼なのかもしれない。この関係だって私が変わればきっと簡単に切れてしまうのだから。私たちをつなぐ糸には期限があるのだから。

「汐斗くん、分かった?」

「うん、分かったよ」

 私たちはお互いに自分のことを願いと確認してから、お賽銭箱の近くまで来た。そこでお財布から25円を出して、お賽銭箱に向かって投げた。それぞれ3つの方向に別れたけれども、ギリギリそれらがお賽銭箱に入った。

 少し遅れて同じ行為を汐斗くんも行なった。

 私はどっちを願うべきなんだろう。自分自身のことか、汐斗くんのことか。本来の私の目的は汐斗くんの病気がよくなってほしいということできたけれど、当の本人は自分のことは願わないくていいからと言われてしまってるし。

 じゃあ、自分の本当の願いはどっちなんだろう。

 自分がここで願いたいと強く思うのはどっちなんだろう。

 それで私は願うことを決めることにした。

 自分自身のことか。

 それとも、汐斗くんのことか。

 もちろん、どっちも私の大切な願いだ。でも、私の中で願う方が決まった。

 何が、私にとって――

 だから、その願いを強く願った。どうか、叶いますように。この願いが、叶いますように――。

 私の願いが叶いますように。

 私は最後にもう一度、強く願った。

 私は願い終わったとに、次の人が並んでいたため、邪魔にならない場所まで離れた。

「ちゃんと願えた?」

 ごめん、汐斗くん。あっちを願ってしまった。

「願ったけど、汐斗くんのことを願っちゃった。でも、約束まではしてなかったから許して」

 私は、やはり自分の想いが強い願いはこっちだった。自分の願うべきことはこっちだった。私は自分のことよりも汐斗くんの方が大事だった。仮に自分が、また明日を閉じようと思うぐらい追い詰められたとしても、汐斗くんの病気が治るなら私はいい。逆よりも何倍もいい。このことを、汐斗くんに怒られても、願ってしまったのは事実だからそれで構わない。

「ごめん、心葉。実は僕も……、心葉のことを願っちゃった。でも、心葉が言った通り、約束まではしてないから許して」
 
 どうやら、汐斗くんも私を裏切ったみたいだ。お互いが自分のことではなく、相手のことをお願いしたみたいだ。なんで、お互い自分のことを願わなかったんだろう。自分より、相手のことを大切にしてしまったんだろう。分かるけど、分からない……そんな問題だ。

「でも、お互いのことを願ったのは偶然じゃないのかもね。仮に何度人生を繰り返したとしても、そう願ってしまうのかもね」

「素敵なこと言うな、心葉。じゃあ、お互いのためのお守りでも買っていかない?」

「うん、そうだね」

 汐斗くんの提案により、お互いにお守りを買うことにした。縁結びや金運など沢山の種類が売られているが、汐斗くんに買うべきお守りは1つしかない――健康祈願だ。だから、私は迷わずにそれ買った。でも、この中から汐斗くんは私にどれを買うんだろうか。汐斗くんに買うべきお守りを買うのは簡単だけど、私の悩みにあったお守りを探すのは難しいんじゃないだろうか。私が買った後も少し悩んでいた。もし、私が自分のために買うのならどれを買うんだろうか。

 少し経ったところで、汐斗くんもお守りを買えたみたいだ。でも、私はどれを選ぶのか楽しみな部分もあって、そのお守りを見ないように少し離れたところで待っていたので、汐斗くんが何のお守りを買ったのかは分からない。

 今から交換会だ。私は汐斗くんに買ったお守りを汐斗くんに。汐斗くんは私の為に買ってくれたお守りを私に。

 私は小さな紙の袋からそのお守りを取り出した。

 ――幸せ。

 汐斗くんが私に買ってくれたのは、幸せになれるようにという想いが込められたお守りだった。私はあの中だったら安全祈願のお守りでも買ってくるのかなと思っていたが、それ以上に上のものだった。

「汐斗くん、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうな。これで元気になれそうだ」

「私も、幸せになれそう。私、もう1回、自分の趣味だったアクセサリー作り、再開してみようかな。時間も少し取ることができそうだし」

「いいんじゃない。というか、何でアクセサリー作りやめちゃったの? 確かあのときの発表では中学2年生の夏頃までやってたって言ったじゃん? でも、心葉が受験勉強を始めたのって中学3年生とかだったから少し疑問に思って。なんかあったの?」

「……あ、まあ少しあってね。じゃあ、帰りながらそれについて話すよ」

 私は、あまりいい話じゃないけどという前置きを置いてから、その過去のことについて話し始めた。

 まず私がアクセサリー作りが趣味になった発端から話し始めた。

 確か、それは私が小学校3年生の時だった気がする。おばあちゃんが私の誕生日に髪飾りをプレゼントしてくれたのだ。その髪飾りの美しさに魅力を感じ、早く誰かに見せたくなった私は、それを早速付けて翌日学校に行くと、友達から「かわいい」とか「似合ってる」とか言われて嬉しくなってしまったのだ。別に特別かわいくなかった私をアクセサリーというアイテムで姿を変えてしまった。それから私はお小遣いが入るたびに、計画しながらアクセサリーを買っていた。だから、今は押し入れにしまってあるけれど、自分で買ったアクセサリーのボックスというものも今でも私の部屋には存在している。

 でも、ある時から自分で作ったらいいんじゃないかと思うようになった。そしたら、自分通りのものが作れるのに。もっと、自分にあったものが作れるのに……詳しくは覚えてないけど、そうとでも思ったんだろう。それで私は小学5年生の夏休みの工作で、アクセサリーを作り見事入賞した。これが私が唯一もらった賞状だ。全校集会でこの賞状をもらったけれど、確かそれをもらう前日は緊張のあまり寝られなかったっけ。

 それからも中学2年生の夏頃までは趣味としてアクセサリー作りを続け、うまくできたものについては友達にプレゼントなどもしていた。唯衣花にもミサンガを渡したことがあるけれど、その時の素直に嬉しそうだった笑顔は今でも忘れられない。それを今も大事に持ってくれているということが、私にとってはとても嬉しいことだ。自分に希望を与えてくれた。

 ここから少し暗い話に入る。私がやめてしまった理由だ。中学2年の夏休みという時間が取れるときに私はクラス全員にミサンガを作った。このミサンガこそが、今も唯衣花が持ってくれているものだ。

 夏休みが終わって久しぶりにクラスの皆に会える日、私はミサンガが沢山入った紙袋を持って登校した。一番初めに、そのミサンガを渡したのが、当時私と一番仲のよかった唯衣花だった。唯衣花に渡した後も、仲のいい女の子から順番に渡していった。たった小さなプレゼントではあるけれど、「ありがとう!」だとか、「早速付けるね」だとか言ってくれて喜んでくれた。たぶん、あの時は私が沢山の人を一番笑顔にできた日だったんだろう。つまり、特に取り柄のなかった私が自分の力を一番出せた日だったんだろう。

 半分配り終えたところで、別にクラスの中心人物でもない私が渡すのは少し恥ずかしかったけれど、クラスの男の子たちにも渡し始めた。でも、渡してみるとちゃんとお礼を言いながらもらってくれるし、皆、女の子に渡したときと同じように嬉しそうな顔をしてくれたのでいつの間にか恥ずかしさは消えていた。

 でも、皆が皆そういうわけではなかった。

『よかったら、どうぞ』

 それは、私がクラスの中でも少しチャラめの(そして少し悪ふざけのする)ほとんど関わったことのない男の子にミサンガを渡したときだった。

『何だこれ?』

『ミサンガだよ』

 最初はこれは何かという名前について聞いてるのかと思ったので、私は丁寧にそう答えた。でも、『何だこれ?』の意図が違うことはすぐに分かってしまう。

『いや、俺みたいなやつがそんなのつけたり、持ってたらかっこ悪いだろ。それにさ、そんなの作ってる暇あったら、もっと役に立つもの作れよ。だいたい、アクセサリーなんてさ……まあいいや、俺はとにかくいらねえよ、悪いな』

 そんなことを私の目の前で言われてしまったのだ。『何だこれ?』というのは、俺をバカにするなとか、私に対しての批判を表していたのだ。この言葉に私は強くダメージを受けた。言葉という形としては残らないもののはずなのに、当分消えることはなかったし、今でも残っている。この時、自分のやっていることが否定された。このときの生きがいはアクセサリー作りだったのに、自分の全てを否定されたみたいで私の風船みたいに弱い心は傷ついた。

 このときから、私はアクセサリーを作るのをやめてしまった。急に自分の趣味がなくなった。そして、中3になり受験勉強を始めることにより勉強で忙しくなると、完全にアクセサリー作りとは縁を切ってしまったのだ。それが数年経った今でも続いている。

「そうなのか。というか、心葉にそれ言ったやつ、ひでーな」

「でも、さっきも少し言ったけど、男の子でもすごく嬉しそうにもらってくれた子もいるし、それを言われた後にも『気にする必要ないよ』とか、『僕は大切にするから』とか言って励ましてくれた人も沢山いたから。たぶん、もしもの話ではないけど、あの空間に汐斗くんがいたら、そんな感じに私を励ましてくれたんだろうな」

 もちろん、全員が私に傷つけるような言葉を言ったわけではない。言ったのは、その人ぐらいだ。その人以外は私の味方をしてくれた。でも、その1人の言葉の大きさの方が大きかったのだ。本当はまだまだ続けたかっただろう、その時の私は。

「……それは分からないけど、世の中は味方も沢山いる。それだけは忘れるなよ」

「うん。私、今ならもう1回作れる気がする。海佳ちゃんにも今度作るときはほしいって言われてるし。でも、最初だから簡単にミサンガからかな。汐斗くんのも一緒に作ってもいい?」

 いきなり難しいものを作ると多分失敗して挫折してしまうかもしれないので、まずはミサンガからだ。前のトラウマがあるから、私はもらってくれる? ではなく作ってもいい? という言葉をあえて選んだ。

「もちろん。というか、作ってほしい! 僕もつけたいよ。心葉が頑張るなら、じゃあ、僕も染め物、もっと頑張らないとな。お互い見せあいっこできるようになったら報告しような。そうだ、僕もその染め物、心葉にあげちゃおう! そしたら、平等だろ」

「うん、分かった。私も汐斗くんの染め物もらえるの、楽しみにしてるね」

「よーし! じゃあ今日は帰ったらそれをやろうかな」

「じゃあ、今日はここで解散にしようか」

「そうだな」

 それぞれのことをやるため、今日はここで解散することになった。私は帰り道にあったお店でミサンガを作るための材料を買ってから家に戻った。

 ――染め物を作る君と、ミサンガを作る私。

 何かそれが特別なように感じてしまうのは、私だけだろうか。