「はぁ~っ。さすがにもう食えねぇな」
俺はゴロンっと寝転がる。
夜空には星が燦々と輝き、大きくて丸い月みたいな星が見える。色はほんのり紫色をしているから、月ではないんだろうが、少し日本の夜空を思い出す。
「ふぁ~あ……」
今日は色々ありすぎて、もう体力の限界だ。
『らんどーちゃま、このまま寝たら風邪ひくでちよ?』
琥珀がテチテチと歩いてきて俺の前に座る。
その体はふわふわしている。
琥珀がクリームでベッタベタだったので「もう一回水浴びした方がいいな」って言うと、「綺麗になってくるでち」っと湖に走って行った。幼子も琥珀の後をついて行き、二人仲良く水で遊んでいた。
ちょっと前までケーキの取り合いしてた癖に。
いつの間にやら仲良くなっていた。面白い二匹だ。
水浴びの後、ビショビショで戻ってきたもんだから、幼子の体を拭いてやろうかなと思ったら、琥珀と同じように体をプルプルと震わせて水を切っていた。
そんな所は九尾の狐って感じだな。
幼児の姿をしているから、つい心配になるが、本来の姿は俺より遥かに強いんだ。
そこまで心配する必要もないのかもな。
幼子は遊び疲れたのか、マントに包まりスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。
俺も寝るか。
確か大きな布があったよな?
それを下に敷いて寝よう。見た感じ国旗かもしれんが、まぁいいだろう。あんなクソ王国の国旗だ。
明日は野宿も出来るよう色々な夜営道具の購入も必要だな。
俺は布を広げて、琥珀をぎゅっと抱きしめる。
ふわふわの抱き心地に、一瞬で深い眠りに入った。
★★★
「…………ん。眩しっ」
強い日差しが俺の顔を照らす。
よく寝たなぁ……ん?
何でコイツが俺の腕の中にいるんだ?
いつの間にか俺は、幼子と琥珀を抱いて寝ていたようだ。
幼子は少し離れたところで一人寝ていた筈なのに……?
いつの間に俺の腕に中に入ってきたんだ? 全く気づかなかった。
スヤスヤと気持ちよさそうに寝てやがる。
琥珀と幼子をそっと置くと、俺は立ち上がって体を伸ばす。
「んん~っ!」
今日は街を探索して色々と購入しないとだな。
宝物庫にあった地図を見たら、この城のすぐ近くに城下町があるみたいだしな。
そこで色々と購入しよう。
「よしっ! 準備すっか」
俺は湖で顔を洗うと、パンと昨日の残りの肉をアイテムボックスから取り出し食べた。
……米が食べたいなぁ。
この世界にもありそうなんだがな。食材などを見ると、俺がいた世界と遜色無い気がするし。
違う国に行けばあるのかもな。
この国には良い思い出が無いからな。さっさと出て行きたいところだぜ。
パンを食べていると、いつの間に起きたのか、幼子が俺の前に座る。
「ん? これが欲しいのか?」
俺がそう言うと「うみゃ!」っと頭を上下に振る。
食べ物の事を旨いって言うんだと、勘違いしちまったのかも。
パンをアイテムボックスから取り出し。渡してやると旨そうに食べていた。
九尾の狐ってなんでも食うんだな。
さてと……城下町に向かうとするか。
「琥珀ー! 起きろ? もう行くぞ」
『……むにゃ? はいでち』
琥珀は目を擦りながら、テチテチと歩いてきた。
あの九尾の狐はここでお別れだな。
多分この森に住んでるんだろうし、連れて行くわけにもな。
それに……
幼子ましてや謎の種族を、どう扱って良いのか俺には分からないしな。
俺はパンを食べている幼子に肉を渡す。
「じゃあな? この肉もあとで食えよ?」
「んゆ?」
幼子に手をふり、地図を片手に歩いて行く。
少し歩くと、ジャケットの裾を琥珀が引っ張り出した。
引っ張られると微妙に歩き辛いんだが。
「琥珀なんだ?」
『なんでち?』
引っ張られてる方とは逆の方から、琥珀がひょこっと顔を出す。
「え?」
じゃあ引っ張ってるのは……?
「うゆ?」
振り返ると、にちゃあっと笑いながら、マントを巻いた幼子が、俺の裾を引っ張っていた。
「お前!? ついて来たのか? 困ったな……」
「うみゃ!」
幼子は俺を見ながら嬉しそうに笑う。
俺がどうしたものかと困惑していたら。
『らんどーちゃま? どうやらコイツはワレらと一緒にいたいみたいでちよ?』
などど琥珀がとんでもない事を言い出した。
「琥珀! お前っコイツの言葉が分かるのか?」
『勘でち!』
琥珀はドヤァ~っと踏ん反り返る。
なんだそれ! 動物の直感ってか?
「らんちゃ!」
「えっ?」
『ほらぁ? らんどーちゃまを呼んでるでち! ね?』
「うゆ! らんちゃ!」
幼子はそうだと言わんばかりに、頭を上下しニコニコ笑う。
「…………はぁ。まじか」
俺は自分の頭をクシャクシャと掻いた。
———まぁいいか。これも何かの縁だな。
「よろしくな」
「うゆ! らんちゃ」
幼子がニカッと笑う。
ったく。呑気な顔で笑いやがって。
俺の仲間に不思議な種族が増えた。
大きな塔の中にある、最上階の部屋に数人の男達が集まり、何やら密談をしてる。
男達は同じような黒いローブを纏い、その顔には皆個性豊かな仮面を付けている。
「おいっ! エスメラルダ帝国付近の森に転移門を使って送った幻獣は、どうなったんだ!?」
白い道化師の仮面を付けた男が声を荒げる。どうやらこの中にいる者たちの中で、この男が一番立場が偉いようだ。
「九尾ですね! それが……そのう……」
問い詰められたウサギの仮面を付けた男が返事に詰まる。
「そうだ! 九尾だ。エスメラルダ帝国に潜む間者の話では、森は何も異常はないと言うし、幻獣の姿もないと言っていた! 一体どうなっているんだ。送った九尾は何処に消えたんだ!?」
ウサギの仮面を付けた男は、額から垂れ流れる汗を拭きながら、唇を震わせ質問に答える。
「…………とっ突然……この魔道水晶の反応が全くなくなり。幻獣の消息が途絶えました。幻獣に刻んだ紋が解呪かされたのかと……」
ウサギの仮面を付けた男が、直径三メートルは優にある大きくて丸い水晶を見ながら話す。
どうやらこの大きな水晶に、幻獣のいる現在地が赤い点で記されるみたいだが、急にその赤い点が消えたので、男たちは焦っているのだ。
「なっ!? 解呪されただと!? そんな馬鹿なことがあるか! あの紋は呪縛をかけた者しか解呪できない筈だぞ!」
道化師の男は仮面を付けていると言うのに、焦っているのが皆に伝わる。
「それは確かにそうなのですが、現に消息不明になったのです。紋が刻まれている限り、この魔導水晶に幻獣の位置は映し出される筈です」
クマの仮面を付けた男が、さらに付け加える。
「じゃあ誰かがあの紋を消して、幻獣をさらったとでも言うのか?! そんな事が出来る奴がいると!?」
道化師の仮面の男が声を荒げる。
「「「「「…………」」」」」
その言葉を聞き、全ての男達が黙る。
「とにかく! あれは貴重な幻獣なのだ。草の根分けても探し出せ! 分かったな」
「「「「「はっ!!」」」」」
仮面を被った男達が、急いで塔の部屋から出て行った。
幼子はどうやら琥珀と気が合うのか、琥珀が幼子を肩車し仲良く俺の前を歩く。
何をやってるんだか。
二匹は何を話してるのか、楽しそうにキャッキャと笑い合っている。
そんな二匹を見ていたら、琥珀が振り返り『らんどーちゃま、この九尾の名前はなんでち?』っと言って来た。
「え? 名前?」
そうか……そういやコイツ名前がなかったんだ。これから一緒にいるんだ名前は必要だよな。
「名前かぁ……?」
何が良いかな? 九尾の狐……狐って言えばおいなりさん……いなり! おおっ! 稲荷良いな。
「琥珀決めたぜ! そいつの名前は稲荷だ!」
『イナリでちか……ふむ。琥珀の次にカッコ良いでちね』
俺は琥珀に肩車された幼子の頭を撫でながら、青銀色した綺麗な瞳をじっと見つめる。
「お前の名前は稲荷だ。いいな?」
「いにゃい……?」
俺は口を大きく開けてわかりやすく発音する。
「い・な・り!」
「いにゃり」
「い・な・り!」
「いにゃり」
何回教えても「な」が言えない稲荷。
「あははっまぁいいか。これからよろしくな稲荷!」
「うゆ!」
稲荷がにちゃあっと笑い、頭を大きく上下にふる。
『イナリよろしくでち! ワレは琥珀様でち!」
「ワエ! ワエ! キャフフ」
稲荷はワエ! ワエっと言いながら楽しそうに笑う。
『ちっ違うでち! ワレは琥珀でち!』
琥珀が必死に自己紹介するも稲荷は「ワエ!」「らんちゃ!」っと名前を呼びながら俺達を見た。
「おおっちゃんと分かってるっぽいぞ!」
『分かってないでちよ! はぁ…… ワレにはかっこいい琥珀という名前があるんでちよ?』
「はははっまぁ良いじゃねーか。そのうち言えるようになるって!」
口を尖らせプンスカ怒っているので、俺は琥珀の頭を撫でてやる。
『ぐぬぬ……折角らんどーちゃまが付けてくれた特別な名前でちのに……』
ああそう言う事か、俺が付けた名前だからちゃんと言って欲しかったのか。
可愛い奴め!
「琥珀~っ!」
『わっぷ!? そんな強く抱きしめたらクルチイでちっ』
思わず琥珀をきつく抱きしめすぎたみたいだ。
あまりに可愛いこと言うからな? ついだ。
★★★
「お!? あれが城下町の入り口か?」
大きなアーチ型の門に「城下町イスカンダル」って書いてるのが見える。不思議な文字なのに読めるんだよなぁ。いまだに慣れねえ。
あれ? みんな街に入る時に何かを見せている。もしや入り口で検問してるのか?
俺は琥珀を見る。
『なんでち?』
二足歩行で歩く謎の生物。
流石に怪しすぎんだろ!
「琥珀? ちょっとタトゥーに戻ってくれねーか? そのっ疲れただろ?」
お前が怪しいから戻ってくれとは、流石に言えない。
『ええ? ワレは疲れてないでちよ! まだまだ余裕でち』
琥珀が余裕でちと、いつもの様に踏ん反り返る。まぁそうだわな……困ったな。
「それがな? お前みたいなカッコイイ召喚獣を連れてたら目立って仕方ないんだよ! こんな事は言いたくなかったんだけどな? こればっかりは仕方ねーよな。お前ってばカッコ良くって、目立ちすぎるんだからな……」
俺は少し大袈裟に、琥珀の大好物であるカッコいいをアピールする。
案の定琥珀は、鼻の穴を膨らませ。フンスっと言うと。
「それはぁ……仕方ないでちよね? ワレはカッコ良すぎでちから……』
「アアソウダヨナ……」
『仕方ないでちね?』
琥珀は目を細めドヤりながらタトゥーに戻っていった。
「はぁーっどうにかなった」
大きく溜息を吐いた時、稲荷と目が合った。
「うゆ?」
そうだった、コイツはどうする? とりあえず獣人族ってやつに見えるのか?
ただ城下町に獣人族が居なかったら目立つよな……。
マントで耳と尻尾を分からないように隠して、俺が抱いてたら人族の幼子に見えるだろ。
「稲荷おいで」
「う?」
俺は稲荷を抱き、少し緊張しながら門へと歩いて行った。頼むから何も起こりませんように、と願いながら。
「おいっ通行証は?」
城下町入り口の門に辿り着くと、胸の所だけ簡易な鎧を着た男が二人立っていて、通行証は? と俺に向かって一人の男が手を前に出す。
やはり通行証ってのが必要なんだな。そんなもん持ってねーしな。
「ええと……通行証を持ってないんだが」
「通行証がない? じゃあ身分証と一人につき銀貨一枚だ。その抱いてる小さな子供も一人と数えるからな?」
何!? 身分証だと!? あれだよな? 免許証みたいなやつだろ? そんなもん持ってるわけねーだろ! 勝手に召喚されてんだからさ? だがそんなこと言える訳ないし。
「おいっ! 早くしろ?」
どうしようかと困っていたら、早くしろと急かす男達。ったく、ちょっとくらい待ってくれてもいいだろう?
「ええと……身分証がなくて……そのう」
「はぁ? 身分証がない? まさか……お前」
身分証がないと言うと。
訝しげに俺を見た後、腕の中にいる稲荷をじっと見る。
次の瞬間、稲荷のマントを軽く捲り上げた。
服を着てない稲荷の、肌が露になる。
「何も隠してねーか」
「そいつ……服を着てないじゃねーか!」
「いきなり何するんだよ!」
「そんなマントにぐるぐる巻きにされているガキなんて、なんか隠していると思うのが普通だぜ? ましてや身分証も無い怪しい男が連れているんだから、なおさらだろ?」
「うぐ……それはそうだが」
「うゆう……」
俺が声を荒げたせいで、稲荷が唸り声をあげ男達を睨む。
慌てて稲荷を包み直し、大丈夫だからなっと、ぽんぽんと軽く頭に手を乗せる。
「稲荷……落ち着け」
とりあえず耳と尻尾には、気付いてないみたいだし。このまま上手くやり過ごさないと。
耳まで見つかると、余計にややこしい事になりそうだし。
「これは……ちょっと色々ありまして……」
俺は男達二人に金貨一枚ずつを手渡した。
「おお?」
「身分証の代わりにお納め下さい」
俺がそう言うと男はニヤリと笑い。
「お前は身分証を紛失したんだな? 再発行は街のギルドがしてくれるから行ってみな?」
「中々賢いな? これは通行証二人分だ! ほらっさっさと通れ」
そう言って通行証を無造作に手渡し、中に通してくれた。
金貨の力ってスゲエな!
あの態度の変わりよう。
この世界の身分証の作り方も教えてくれたし。
金貨いっぱい盗っ……拝借して良かったな。
街の中に入ると、そこには異国の風景が広がっていた。
煉瓦で作られた壁に、屋根の色が色とりどりで美しい。
「うわぁ綺麗だな」
昔。師匠と一緒に旅した国もこんなだったなと、思い出す。
そうだよな。行った事のない国に来たって思えばいいんだ。
異世界って気負っちまうから、不安になるんだ。
外国に遊びに来たと思やーどって事ないじゃん。
「ははっ何だか楽しくなって来たぞー!」
「うゆ?」
稲荷が不思議そうに俺を見る。
さてっと、城下町の探索に行くとするか!
歩いている人を見ると、かなり少ないが獣人族だろうと思われる、動物の耳や尻尾がついた人も歩いている。
良かった。これなら稲荷もそこまで目立たないぞ。
まずは服屋だな。早く稲荷の服を用意しないと。
後はギルドって言ったか? そこに行って身分証を作って貰わないとだな。
琥珀を出してやりたいけど、流石に二足歩行で歩いている謎の動物はいない。
町の様子がもう少し分かるまでは、ちょっとだけ我慢してもらおう。
俺は少しワクワクしながら、町を歩いて行った。
城下町の街道を、稲荷を抱きながら歩いていく。
あんまりキョロキョロしたらダメなんだが、つい町の景観や色んな種族の人々を見てしまう。
「うゆ?」
その気持ちは稲荷も同じなのか、腕の隙間からひょこっと顔を出し、不思議そうに見ている。
街道の真ん中の道を馬車が勢い良く行き交っている。
なんだろう古い映画のワンシーンみたいだ。
魔法や召喚って不思議な力があるのに、化学の力がないからか、この世界の生活基盤はかなり地球より遅れている様に思う。
人を観察していると、獣人にも二種類あるようで、琥珀みたいな姿の獣人がいることも分かった。
姿はまんまライオンなんだが、二足歩行で服を着て歩いている。
なんとも不思議な感じだが、誰も注目していないので普通なんだろう。
これなら琥珀にも服を買ってやれば、獣人として見てもらえるかもだな。
ちょっと見た目のバランス悪っ……ぬいぐるみっぽいのは、仕方ないとして。
「おっ? これって服屋じゃ?」
ショーウィンドウに鞄や靴に服などが並べられている、一軒の路面店が目に入る。
子供の服があるのかは分からないが、入って見るか。
ドアを開けると、カランっと鐘の音が店内に鳴り響く。
すると店内にいた客が一斉に俺に注目する。ちょっと勘弁して欲しい。
これは……女性服のお店なのか? 周りには女性客しか居ない。
明らかに男の俺は異質だ。ジロジロと変な目で見られているのを感じる。
これはちょっと恥ずかしいぞ。
「何か探されているんですか?」
俺が立ち尽くし困っていると、一人の女性店員が話しかけて来た。
「おおっ助かったぜ。女性客ばかりでどうしようかと思ってたんだよ。コイツに合うサイズの服はあるか?」
俺は抱いている稲荷を女性店員に見せる。
稲荷が頭をブルルっと横に振ったせいで、隠していた耳が出てきた。
「まぁ! なんて可愛いんでしょう。桃色髪の獣人なんて、初めて見ましたわ。この子は何獣人ですか?」
何獣人? 原則的には獣人じゃねーんだが。困ったな。九尾の狐だから……。
「…………ええとだな? 狐獣人だ」
「狐獣人にこんな珍しい見た目の子がいるんですね。大体の狐獣人の毛色は、赤茶色ですので」
そう言って店員は、稲荷の頭を触ろうとするが、それを手で薙ぎ払う稲荷。
「がう!」
どうやら触られるのが嫌なのか、俺にしがみついて来た。
「稲荷? 大丈夫だ」
俺は稲荷の頭をそっと撫でてやる。
「うゆっ。らんちゃ……」
こうすると、気持ちよさそうに目を閉じる稲荷。
どうやら撫でられるのが好きみたいだ。
「コイツちょっと人見知りだからな。とりあえず、早く服を見せてくれないか?」
「はぁい。……ではこちらについて来てください」
店員は稲荷に触れる事が出来なくて、少し残念そうに肩を落とす。
案内された奥のコーナーに子供服が置いてあった。
数はそんなに無いが、色んなタイプの服が置いてある。
どこに着ていくんだ? って豪華なドレスから、見慣れたTシャツにトレーナーもあるんだが、どこか異世界っぽい。
「稲荷お前の服だぞ? 欲しい物あるか?」
「ほち?」
俺は稲荷を下ろし、選ばせて見た。
稲荷は何の事だか分かってない様だが、マントを引き摺り店内を歩く。
すると一枚の服を取って来た。
「うゆ!」
「えっ? これが欲しいのか?」
「ほち!」
稲荷は頭を上下させる。欲しいの意味分かってるのか?
持って来た服は何だろう? 巫女服みたいな白い変わった形の服。ちょっとサイズが大きい様な気もするが……。
「ほち!」
稲荷が欲しいと何度も言う。分かったよそれがいいんだな。
「ええとこれを下さい」
俺は店員に稲荷が握っている服を指した。
「まぁ! こちらの服は異国の服で、最近入荷したなかりなんですよ! お目が高いですわ。でもサイズが少し大きそうなので、すぐにお直しさせていただきますね」
「がう!」
そう言って店員が稲荷から服を取ろうとしたら、稲荷が服を渡さない。
よほど気に入ったのか?
「稲荷? これはお前のだから? でも大きくてサイズが合わないから、お前のサイズに直してくれるんだよ? だから渡してくれるか?」
俺は身振り手振りをしながら必死に伝える。
すると伝わったのか、稲荷は俺に服を差し出してくれた。
「あい! らんちゃ」
「ありがとな稲荷」
意外と言葉を理解するのが早い。稲荷は賢いのかもな。
店員が直してくれている間に、他にも数点服を選びカウンターに置いていく。
稲荷はあの服以外に興味を示さなかったので、残りの服は俺が適当に選んだけど。
後は琥珀が着れそうな服も買ってと。アイツの体型ちょっと特殊だからな……合うサイズあるか?
そうだ。ベストならサイズが合わなくても着れるだろ。
パンツも尻尾が出せる獣人用ってのを売っていたので、それも買ってと……。
気がつくとカウンターの上は俺が選んだ服で溢れていた。
服を直して戻ってきた店員は、大量の服がカウンターに並られていたので、目をまん丸にして驚いていた。
まぁ流石に買いすぎかもだが、しょっちゅう買いに来れないかもしれねーからな。
あまりの服の量に、本当に支払えるの? っと不審に見られたが、金貨を出してお釣りはいらねーっと言うと、店員総出でニコニコと送り出してくれた。
分かりやすくゲンキンな奴らだ。
「うゆ!」
稲荷は自分サイズに直してくれた服を着て、俺の回りをクルクルとご機嫌に走り回っている。
「らんちゃ!」
「はいよ」
「らんちゃ! らんちゃ!」
「はいはい」
「らんちゃっ!」
「ははっなんだよ?」
稲荷が足に抱きつき俺の名前を連呼する。
よほど嬉しかったんだな。
変わった服が好きとか、幻獣族ってのは不思議な種族なんだな。
さぁ次は冒険者ギルドに行って身分証を作ってもらうぞ!
「どこにあるんだ?」
服屋のねーちゃんが言うには、まっすぐ行った先に、黒くて大きな建物があり、上には目立つ看板あるから分かるって言ってたのに。
「うゆ?」
小さな稲荷の手を繋ぎ、一緒に歩いて冒険者ギルドを探しているんだが、そんな看板はどこにもない。
まず黒くて大きな建物がない。
手を繋ぎながら歩くのは、俺としては恥ずかしい。
だが稲荷が手を握るのを気に入っちまって、離してくれない。
「らんちゃ!」
稲荷が急に手を強く引っ張る。
「ん? どうしたんだ稲荷?」
「らんちゃ!」
「うわっ!? っちょ稲荷!?」
何処かへと誘導するかのように、凄い力で俺を引っ張っていく。
さすがは九尾の狐。俺は振り回されないようについて行くので精一杯だ。
「がう!」
「えっ?」
引っ張られた先に居たのは大きな熊獣人二人と、ペタリと座り込み震える女の人。
もしや稲荷はこの女を助けようと?
「がうぅ!」
稲荷を見ると、熊獣人に怒っている。
「何だぁお前ら? 今俺たちは取り込み中なんだよ? 分かったら
さっさと何処かに行け!」
声に気付いた熊獣人が振り向き俺達を威嚇する。
「たっ……助けっ」
俺に気付いた女が助けを求めて俺を見る。
はぁ……俺は別にいい人じゃねーけど。知っていて無視出来るほど悪人でもねーんだわ。
「稲荷? お前は助けたいんだよな?」
「うゆ!」
俺よりだいぶデカイ熊獣人、どう戦う? 普通に戦って勝ち目はねーよな。
日本にいた時は、売られた喧嘩なら負けなかったけど、それとコレは次元が違う。
「お前らその子に嫌な事してるんだろ? 悪りぃけど見過ごせねーわ」
「おい? そんなヒョロイ体で俺達とやるってか?」
「ガハハハッ! 馬鹿がいるわ!」
熊獣人二人が、俺を馬鹿にして嘲笑う。まぁそりゃそうだよな。
俺もそう思うわ。
さてとどう戦いますか。
「ニイチャンよう? さっさとかかってこいよ?」
「グハハハッ。ビビっちまって足が動かねーんじゃねーの?」
いちいち癇に障るクマだな。コレはあれを試してみるか?
俺、魔法使えちゃったからな。
火魔法が使えるのは分かったんだ。次は違う種類をこのクマさんで試してみますか。
何にしよう? 風か? 氷か? 雷……いいな。雷魔法を試してみるか!
俺は大きな雷をイメージして唱えた。
《サンダー》
「ギャァァアアアアア!!」
俺の想像を遥かに超えた大きな雷が、熊獣人の一人に落ちる。
もう一人はどうにか逃げ延びたみたいだが、腰を抜かしたのか真っ青な顔で俺をみる。
「…………マジかよ!?」
雷魔法が直撃した熊獣人は、黒こげになりピクッピクッと体を震わせ、辛うじて生きているのが分かる。
「ったたっ助けっ……」
熊獣人が黒こげの仲間を担ぎ上げ、震えながら俺をみる。
さっきの威勢は何処に行ったんだよ。
しっかし……こんなに威力があるなんて思わなかった。
俺……もしかして最強じゃね?
「らんちゃ! らんちゃ!」
稲荷が俺の足にくっ付いてニチャアっと笑う。はいはい嬉しいんだよな。
俺は稲荷を抱き上げる。
「お前達もうこんな事するんじゃねーぞ?」
「ははっはい! まさか大魔法師様と知らず! 失礼しました!」
熊獣人はグッタリした仲間を担ぎ上げ大急ぎで去っていった。
なぜか俺を大魔法師とやらと勘違いして……。
「はぁーっどうにかなった!」
「うゆ?」
お俺は稲荷を抱いたまま座り込む。一気に張り詰めていた緊張がほぐれる。
「らんちゃ! らんちゃ!」
「ちょっ稲荷! 腹の上で暴れるなっ」
興奮した稲荷が腹の上で飛び跳ねる。
「うゆ?」
そんな俺に恐る恐る、女が話しかけてきた。
「あっありがとうございました! 前からアイツらには絡まれて、困っていたのです。私にできる事でしたら、ぜひ何かお礼をさせて下さい!」
「いや……お礼は大丈夫だよ。助けたのだって偶々だしな。それに俺は、この後いろいろと予定があってさ」
「でっでも……」
女は助けてくれた御礼がしたいと、どうしても引き下がらない。
困ったな。お礼なんてほんと要らないんだが。
あっそうだ!
冒険者ギルドの場所を教えて貰おう。
「あのさ? ならお礼は冒険者ギルドに案内してくれねーか?」
「冒険者ギルドですか! それなら任せてください! 私は冒険者ギルドでお仕事をしているのです」
女が目を輝かせながら胸を叩く。
「私はイスカンダル冒険者ギルドで受付をしております、サラサと言います」
女はサラサと名乗り、俺に向かって深くお辞儀をした。
「俺は乱道だ。コイツは稲荷、よろしくな」
「しゅ!」
「乱道様に稲荷ちゃんですね。よろしくお願いします」
なんと助けた女はギルドの職員だった。
偶然だが、これで冒険者ギルドに行けるようになった。
「ほええ~コレが冒険者ギルドか」
教えてくれた通りだ。ほんとに黒くてデカイ建物だな。案内されて気付いたんだが、どうやら俺は反対方向にずっと歩いていたみたいだ。
そりゃいくら歩いても辿り着かねーわ。
「さぁ、お入りください」
サラサが大きな扉を開き、中へと案内してくれる。
中に入ると無骨な男達がいっせいに俺達を見る。
んん? 睨んでくる奴もいるな。なんでだ? 意味がわかんねーぞ?
「あちらのカウンターが私の場所ですので、今すぐ解放しますので、少しの間だけ前で待っててくれますか?」
「ん? りょーかい」
俺はサラサに言われたカウンターの前に立った。
よく見ると他にもカウンターは四つあり、色んな子が受付をしている。
すごく並んでいるカウンターの子が人気って感じか?
「おいっ! お前サラサちゃんとなんで一緒に入って来たんだ?」
「え?」
サラサを待っていると、後ろから急に声をかけられた。振り返るとそこには男が三人立っていた。
コイツらは俺が入ってきた時に睨んでいた奴らだな。
「なんでって? ええと……ギルドを案内してくれたから?」
「はあああ? そんな事で俺たちのサラサちゃんを独占してるのか!?」
「ふざけた奴だ! さっさとカウンターを退け!」
男達が俺の腕を掴み、無理やりカウンター前から退かそうとする。
「何すんだよ! 急に触んな」
俺は触れられた手をなぎ払う。何が嬉しくておっさんに触られないと行けねーんだっての。
「なっお前! 俺たちは朝からサラサちゃんが来るのを、ずっと待ってたんだぞ!?」
「そうだ! さっさと退け!」
「なんでお前らの言うことを聞かなきゃ行けねーんだよ? 俺はサラサに言われてこの場所にいるんだ」
「がうぅ!」
俺が声を荒げたから、稲荷まで怒ってしまった。
「なっサッサラサちゃんを呼び捨てにして!」
「お前! もしかしてサラサちゃんと、ただならぬ関係なのか!?」
「別にそんな関係じゃねーよ」
「なら呼び捨てをやめろ!」
男達がどうでも良いことで、ギャアギャアと騒ぐ。気がつくと、他にも同調している男達が増えてきている。
もしかしてサラサは人気の受付嬢なのか?
「お待たせしました! あれ? どうしたんですか? 騒がしいですね」
そんな中、服を着替えたサラサがカウンターにやって来た。
「どうしたもないよ! サラサちゃん! なんでコイツと一緒なんだよ」
「そうだよ! 俺たちがいくら誘ってもOKしてくれなかったのに」
俺を押し退け、サラサにわぁわぁと詰め寄る男達。
「なんでって……それはぁ……ね? 乱道様」
サラサは両手を頬に当てて俺を見る。ちょ!? なんだその意味深な態度は?
「なんだよサラサちゃん!? こんな弱そうな男が良いのか!?」
「なっ! 乱道様は弱くないです。すごく強いんですから! ねっ?」
サラサは微笑みながら俺にウインクしてきた。
頼むから男達をこれ以上煽るのはヤメテクレ。
「あははっ。サラサちゃんは見る目がないな。こんな細っこい体の男だぞ?」
「なっ! 乱道様は大魔法師様なんです!」
「え?! 嘘だろ!?」
「本当ですよ! すごい魔法が使えるんですから!」
その言葉に、男達の視線が俺に集中する。マジ勘弁。
「はいっ分かったら、そこを退いて下さい。私は乱道様と大事なお話がありますので」
サラサ? 俺はお前と大事な話はねーぞ? 案内を頼んだだけだぞ。
はぁー……こんな目立つ中、身分証を作るとか。なんの罰ゲームだ。
これ以上目立つ前に、さっさと作ってギルドを後にしよう。
男達はサラサに嫌われたくないのか、舌打ちをしながらカウンターから退いた。
サラサは豊満な胸をカウンターに乗せ、「こちらへどうぞ」と俺を呼ぶ。
目のやり場に困るんだが……まぁ仕事で女の胸なんて、腐るほど見てるんだが……今は仕事中じゃないからな。
「乱道様、ギルドに何の御用でしょう?」
「ええとだな。身分証を作って欲しくって」
「身分証ですか? 紛失されたのですか?」
「紛失というか……まぁそんな感じだ」
「そうなると、再発行になりますので、冒険者ランクが最低ランクである、Fランクからスタートになってしまいますが……」
冒険者ランク? 俺は冒険者になるつもりはないからな、ただ身分証が欲しいだけだし。
「それは大丈夫だ。作ってくれ」
「分かりました。乱道様ならすぐにランクも上がりますもんね。ではこちらの水晶に手を当てて貰えますか? これで魔力を測定させていただきます。この数値が高いと冒険者ランクも上がりやすくなっています」
これって……城で測定不可能ってでたやつじゃ。
ん? 何だろう嫌な予感しかしないんだが。
「さぁ乱道様、この水晶に触れてください」
サラサが俺の前に水晶を出す。
う~ん。水晶にはいい思い出がないが、触れないわけにはいかねーよな。
俺はカウンターに置かれた水晶の上に手を置いた。
「…………えっ?」
サラサの顔が驚いている。これは城と同じパターンか?
「すみません乱道様。どうやらこの測定器が壊れているみたいで……違うのを持ってきます!」
サラサが裏へと走って行く。はぁ……やっぱりか。何度やっても同じだと思うが。
「もう一度これで測定させてください。何度も申し訳ありません」
そう言って頭を下げるサラサ。
次も同じ結果だと思うけどな……そう思いながら測定器の上に手を置いた。
「…………どうして!? そんな?」
サラサの顔が青ざめる。
「サラサちゃーん? そんなに凄い結果なのか? この魔法師様の魔力は?」
「俺たちにも教えてくれよ!」
男達はサラサの様子を見て、何か感じ取ったんだろう。結果を教えろと煽り出した。
「個人の結果は教えられません。さぁ皆様、下がってください!」
サラサが煽る男達を、必死に退けようとしてくれる。
……だがそんな気遣いも虚しく。
この騒めきに寄って来た別の職員が「なっ!? 測定不可能!?」っと大声で叫びやがった。
「ちょっと! ギルドマスター! 個人の情報を叫ぶなんて問題ですよ!」
「だってさ? 測定不可能なんてヤツ初めて見たからさっ……くくっ。魔力なしだぜ?」
なんだ? この失礼な男がギルドマスターだと!? マスターって一番偉い奴のことじゃないのか?
こんな奴が一番偉いとか、大丈夫かこのギルドって所は?
「何だって! コイツ魔力なしなのかよ! あはははっ」
「サラサちゃんも冗談がきついぜ? 魔力なしが魔法を使えるわけないだろ?」
「コイツに変な薬を飲まされて、幻覚でも見せられたんじゃないのか?」
「あははっ。魔力なしって……下民でもちったぁ魔力があるぜ?」
男達が腹を抱えて笑い、俺を指差し馬鹿にする。
「そんな事ないんです! 乱道様は凄い魔法を使って、私を荒くれ者の熊獣人から助けてくれたんです!」
サラサが熊獣人の話を出すと、ギルマスが少し呆れたようにため息を吐く。
「熊獣人ってBランクの兄弟だろ? 悪さばかりするが、ここらじゃ誰も逆らえなくって手を焼いていたんだ」
あの熊獣人そんな悪い奴だったのか。
「そうですよ! その二人に襲われそうになっていたんです!」
「コイツが勝てるわけないだろう。何を言ってるんだサラサ?」
ギルマスは一向にサラサの話を信じようとしない。
まぁそうだろうな。城でもそんな扱いだったからな。
「それにだ? 魔力なしが魔法を使えるわけがないだろう?」
「でも! 本当なんです!」
「分かったよ。だが魔力が低いものには、下民の紋を入れないといけないからな。魔法師を呼んでこよう」
「ちょっと待ってください!」
サラサが引き止めるも、ギルマスは奥に行こうとする。
ちょっと待ってくれ!
またあの首輪を入れられるのか?
琥珀を使えばすぐに消せるが、もう一回あの紋を入れるとか、いい気はしねぇ。
「なぁギルマスよ? 俺が本当に魔法が使えたなら、下民の紋は入れなくていいのか?」
「魔法が使えたらな? だが魔力なしのお前では無理だろう?」
「それは見てもらったら分かる」
「はっ魔力なしが偉そうに、そんなに恥をかきたいならいいぜ? みんなの前で見せてくれよ、お前の魔法とやらを」
ギルマスが馬鹿にした目で俺を見る。
「あはははっこりゃいいわ。俺たちも見学しようぜ?」
「そうだな。嘘つきが恥をかくのを見せてもらうか」
サラサの件もあったからか、男達はギルマスの言葉に同調し、楽しそうにニヤニヤと笑う。
まぁいいさ。笑っていられるのも今の内だけだ。
「じゃあ地下にある闘技場に降りて来い。サラサ? 嘘つき君を案内してやれ。俺は先に下りて準備している」
ギルマスはサラサの肩を軽く叩くと「馬鹿に関わると痛い目見るぞ?」っと言って去っていた。
……聞こえてるよ。
「乱道様、私が騒いだせいでこんなことになってしまって、本当に申し訳ありません」
サラサが泣きそうな顔をして、頭を下げる。
「大丈夫だ、そんな顔すんなって? 俺が魔法使えるの知ってるだろ? だから安心して見てろ」
「乱道様……はい!」
さてと、なんの魔法を披露しようかな?
「この下から闘技場に下りる事が出来ます」
サラサが扉を開き、説明をしながら階段を先に下りていく。
「この闘技場でランクアップ検定があったり、剣や魔法の訓練なども行われています」
「へぇ~。そんな場所がギルド内にあるんだな」
「はい。冒険者の方のために作られた闘技場ですので」
その闘技場で、俺を笑い者にしようとしているギルマス。ろくな奴じゃねーな。
階段を降りると、ドーム状の広い場所があった。思っていたよりもはるかに広い。
地面は土か……奥に並んでいる丸いのは的か?
二階からこっちを見下ろせる場所があり、俺を馬鹿にした冒険者達は、そこでニヤニヤと嫌らしく笑いながら、俺を見ている。
「やっと来たか。魔力なし君」
「ギルドマスター失礼ですよ?」
サラサがギルマスをキッと睨む。
ギルマスの横には、黒いローブを纏った男が立っている。
あれか? 俺に下民紋を入れる魔法師さんってか?
そんなの入れさせねーけどな。
「さぁ? ここに立って魔法とやらを見せてもらおうか」
ギルマスがこっちに来いと手招きしてくる。
「乱道様! 頑張ってくださいね」
「サラサありがとな。まぁ頑張ってくるわ」
ギルマスが立っている場所まで歩いて行くと「今からこの魔法師が見本を見せるので、同じように出来たなら認めてやろう」と言いやがった。
はぁ? 魔法を使えたらって言ってなかったか? 魔法師と同じことをいきなり出来るわけねーだろ!
そんなに俺の事をバカにしたいのかよ。ったく暇な奴らだな。
「同じ事って何をするんだよ?」
そう質問すると、ギルマスは不敵な笑みを浮かべる。
「魔法師クルトンよ。みせてやれ」
「分かりました。ギルマスも酷いお人だ。こんな事できますかね?」
クルトンとやらが俺をチラっと見て鼻で笑った後、手に持っていた杖を掲げた。
「天空を満たす光よ、我に集いその力を解き放て!」
《サンダラ》
稲妻が遠くに並ぶ丸い的に当たり、二つに割れた。
「ふっ……こんなもんですかね」
それを二階で見ていた男達から、歓声が上がる。
「すげえ!!」「さすが魔法師様だ!」
そんなに驚くほど凄かったか? あんな恥っずかしい詠唱をして、あの程度の威力だぞ?
あれくらいなら俺も出来そうな気がする。
「さぁ? やってみせろ」
ギルマスの顔が、お前には無理だろうがな? っと言っているようだ。
俺は無造作に頭を掻いた後、背伸びをして気合を入れた。
「あのさ? あそこにある的全て壊しても良いのか?」
「なっ? さっき一つ壊したから、残りは九個残っている。それをお前が全て壊すってか?」
ギルマスがわざと大声でバカにする。
「あははっ出来るならやって見せてくださいよ。楽しみにしてますよ?」
クルトンが俺をバカにしたように嘲笑う。まぁ黙って見てろ。
「ギャハハッ! 頭おかしくなったんじゃねーか?」
「全部って一個も壊せませんの間違いだろ?」
……二階の雑魚どもも、うるせえな。
「ほら! さっさと見せろ」
ギルマスが早くしろと煽ってくる。
そんな慌てなくても見せてやりますよ! 雷魔法なら、熊獣人で試したばっかだからな!
《サンダー》
俺がそう唱えると、さっきの雷の何十倍もある雷が的に向かって飛んでいく。
次の瞬間。闘技場が大きく揺れ、轟音が響く。
全ての的が灰となり消えさった。
「「「「「「えっ!?」」」」」」
闘技場にいる全ての者達が、目を見開きあんぐりと口を開け、間抜けな顔で固まっていた。
ざまぁ。