「ですが……」
「心配するな。ほれ、ここから見えるじゃろう?」

 確かに、扉の陰からでも、石段を数段下りた先にある岩から白い煙が細く立ち上っているのが見えます。その煙が狭い岩室(いわむろ)の隅々にまで充満し、扉の外へと漏れ出ているのです。
 託宣の巫女とやらはこんな部屋に入って病気にならないのでしょうか。人間なら平気なのでしょうか。わたしは扉の外にいるというのに、胸がむかむか、頭がくらくらしてきます。

 女神さまが今、わずかに開いた扉の隙間からお体を滑り込ませて石段を下りてゆきます。子どもがうずくまったほどの大きさの岩に近づかれます。そこで女神さまの足が止まります。どうされたのでしょう?

「……なんじゃと? 火……?」
 くちびるから声を漏らしたかと思うと、両手で左右の耳をふさがれます。
「ええい、うるさい。やめろやめろ、うるさい!」
 言いつつもがきますが、女神さまの足は岩の床に張り付いたように動きません。まさか、身動きが取れないのでしょうか。

「女神さま!」
 叫びましたが、女神さまは振り向かれません。
「女神さま、女神さま!」
 小さな頭のてんこに向けて叫んでも女神さまは頭を振るばかりです。どうしよう。お助けしなければ。わたしは煙の濃い室内に飛び込もうとしますが、息苦しさにからだが進んでくれません。

 こんなものを苦しがってる場合じゃないのに。女神さまのおそばに行かなければならないのに。わたしなんか潰されたっていいから女神さまをお助けしなくちゃ……っ。

 歯を食いしばって体中に力を込めたとき、背後から風が吹くのを感じました。ふわりといい匂いがしてきます。気分が少し楽になったような気がします。

 振り向くと、薄暗い岩肌の階段の途中に、テオの姿がありました。ぼんやりした表情で佇んでいます。おそらく、弟君が霧の息を吹きかけてテオをここに寄越したのでしょう。

 テオの目が、不意にぱっちりします。
「どこだ、ここ?」
 いいから早く、女神さまを! わたしの叫びは聞こえなかったでしょうが、テオは煙が噴き出している扉に気がつき手をかけます。
「ファニ! 何やってる!? なんだ、このもやは? まさかここは……」

 声をあげるテオの懐で、突然何かが光りました。光は一瞬で強くなり、衣を透かして青白い光を岩室中に満たしたのです。

「テオ!」
 足の裏は床から離れないらしく、女神さまは腰をねじって振り向きました。
「ブローチを出せ!」