木々が途切れた向こうは再び崖で、さらに坂を上ります。その道の途中、頭上の台地が見えてきたところで、思った通りの方が姿を現されました。テオとミマスは気づきもしません。見えていないのですから。
乾燥した風に豪華な金髪が揺れています。夏より弱まった日差しの中でもその方の御髪(おぐし)は輝いています。輝ける頭の御方――女神さまの弟君――は、嬉しそうにこちらを見下ろしていらっしゃいました。
「今朝まで叔母上の国の連中がいたんだよ。だから姉上のところの奴らも来るだろうなと思ってたけれど」
テオが奉納の儀礼に参列している間、女神さまは神殿の脇の台座にお座りになっていました。その向こうは切り立った崖で、その合間の深い渓谷には森の緑がこんもりとしてトビが飛んでいるのが見えました。
音もなく現れた弟君はにこにこと女神さまに話しかけられます。かと思うと、この場所からわずかに姿を確認できるミマスを見て嫌そうに目を細めました。
「あいつ誰?」
「ミマスじゃ。弓の名人らしいぞ」
「ふうん」
「隣国の奴ら、戦のことで託宣をもらいに来たのだろう? テオは神官にその内容を聞き出そうとしてるんじゃないのか?」
「ああ、もう。そういうの、うんざりだよ」
秀麗な顔を歪めて弟君は前髪をかきあげました。
「あんな煙でラリッってるオバサンの戯言なんか、ぼくの知ったことじゃあないよ」
「ひとつもか?」
「そうだなあ。百にひとつくらいは?」
眉をひそめて問いかける女神さまに、弟君も珍しく神妙にお答えになります。女神さまは難しいお顔で背後の神殿を振り返りました。
「そう。前に言っておったなあ、なにやら煙が出てきたと」
「そうだよ。岩の割れ目から湧いて出てるんだ、臭いのが。おかげでぼくは神殿の中に入れない。まったく、ぼくのための社なんじゃなかったの? ぼくの趣味に反して、ごてごてごてごて大きくなってくし!」
「確かに、以前は粗末な泥レンガじゃったが、屋根の瓦なぞは品が良かったものなあ」
「さすが姉上、わかってくれるんだね。あれ、気に入ってたんだよ。それなのにさあ。もうこんな神殿、ぶっ壊してやりたいよ」
らしくない言葉使いの弟君にわたしはびっくりしてしまいます。そんなに鬱憤が溜まってらっしゃるのでしょうか。
「もうそういうことも、できなくなっちゃったからなあ」
「ああ。父上がそれはもう、うるさいからのう」
先の英雄の時代までは、神々はわりと気軽に人間と交わり、半神の英雄を生んだり時にはひどい悪戯やお仕置きをしたりと、それはやりたい放題だったそうです。
乾燥した風に豪華な金髪が揺れています。夏より弱まった日差しの中でもその方の御髪(おぐし)は輝いています。輝ける頭の御方――女神さまの弟君――は、嬉しそうにこちらを見下ろしていらっしゃいました。
「今朝まで叔母上の国の連中がいたんだよ。だから姉上のところの奴らも来るだろうなと思ってたけれど」
テオが奉納の儀礼に参列している間、女神さまは神殿の脇の台座にお座りになっていました。その向こうは切り立った崖で、その合間の深い渓谷には森の緑がこんもりとしてトビが飛んでいるのが見えました。
音もなく現れた弟君はにこにこと女神さまに話しかけられます。かと思うと、この場所からわずかに姿を確認できるミマスを見て嫌そうに目を細めました。
「あいつ誰?」
「ミマスじゃ。弓の名人らしいぞ」
「ふうん」
「隣国の奴ら、戦のことで託宣をもらいに来たのだろう? テオは神官にその内容を聞き出そうとしてるんじゃないのか?」
「ああ、もう。そういうの、うんざりだよ」
秀麗な顔を歪めて弟君は前髪をかきあげました。
「あんな煙でラリッってるオバサンの戯言なんか、ぼくの知ったことじゃあないよ」
「ひとつもか?」
「そうだなあ。百にひとつくらいは?」
眉をひそめて問いかける女神さまに、弟君も珍しく神妙にお答えになります。女神さまは難しいお顔で背後の神殿を振り返りました。
「そう。前に言っておったなあ、なにやら煙が出てきたと」
「そうだよ。岩の割れ目から湧いて出てるんだ、臭いのが。おかげでぼくは神殿の中に入れない。まったく、ぼくのための社なんじゃなかったの? ぼくの趣味に反して、ごてごてごてごて大きくなってくし!」
「確かに、以前は粗末な泥レンガじゃったが、屋根の瓦なぞは品が良かったものなあ」
「さすが姉上、わかってくれるんだね。あれ、気に入ってたんだよ。それなのにさあ。もうこんな神殿、ぶっ壊してやりたいよ」
らしくない言葉使いの弟君にわたしはびっくりしてしまいます。そんなに鬱憤が溜まってらっしゃるのでしょうか。
「もうそういうことも、できなくなっちゃったからなあ」
「ああ。父上がそれはもう、うるさいからのう」
先の英雄の時代までは、神々はわりと気軽に人間と交わり、半神の英雄を生んだり時にはひどい悪戯やお仕置きをしたりと、それはやりたい放題だったそうです。