それにしてもこのアルテミシア、祭礼の最重要の任務を担う〈聖衣の乙女〉に選ばれるくらいの名家の娘でありながら、たいした行動力です。深窓の令嬢には無縁であろう路地裏を、美しくひだの寄った衣の裾をなびかせてずんずん歩いていきます。布をかぶって頭を隠していても場違いな身分の人間であることはバレバレです。
 それに比べて我が女神さまときたら、すっかり路地裏の暮らしが板についてしまって……。

「え、この家なの?」
 アルテミシアが声をあげます。なにやら驚いたようすの彼女をデニスがきょとんと見上げています。
「もう、いいだろう」
 アルテミシアの手を振りほどいて女神さまは先に庭に入っていかれます。
「こっちです」
 続いてデニスがアルテミシアの腕を引いて入っていくと、エレナが目を丸くして井戸端から立ち上がりました。

「あの、この子たちが何か?」
 尋ねるエレナに返事もせずにアルテミシアはじろじろと庭や家屋を眺めまわし、それから視線を戻してエレナの頭からつま先までを観察しました。
「テオは?」
 ぽってりした唇から、いきなり名前が飛び出します。
「ここはテオの家でしょう。テオはいないの?」
「テオのお知り合いですか?」
「そうよ」

 デニスと女神さまが目と目を合わせます。女神さまが眉をひそめるのに、デニスもぶんぶんと首を横に振ります。アルテミシアがテオを知っているなど、思いもよらないことでした。

「あなたたちはここに住んでいるの?」
「そうですけど……」
「ふうん」
 唇に指をあててアルテミシアは思わし気に目を細めます。
「あの……」
「わたくしはアルテミシア。テオの許嫁(いいなずけ)よ」
 エレナに皆まで言わせず、アルテミシアは一気に吐き出しました。そのけん制する口振りといったら。

 ますます目を丸くするデニスに、同じように目を見開いて口元に両手をあてるエレナ。その陰で、女神さまがおもしろそうににんまりされるのをわたしはしっかり目撃したのでありました。




「いいなずけって何?」
「馬鹿だなあ、ミハイル。そんなことも知らないのか? 親同士が結婚の約束をした間柄ってことだよ」
「テオとあのひとが結婚するの?」
「そういうことだ」
「テオが結婚したらぼくたちどうなるの?」
「そりゃあ、ここにはいられないだろうけど」
「おかしくない?」
「何が」
「あんなひとがこの家に住むの? テオと結婚して?」
「……そおだよなあ」
 ミハイルが小首を傾げたのに合わせて、ハリも首を傾げています。ですよねえ、わたしもそう思います。