「先生。この学園にあるダンジョンに、純魔はいないんですか? 初級ダンジョンにはいませんでしたが」
軽い準備運動から始まり、走り込みと剣捌きを見る訓練。そして鞘による素振りまでを終えたトゥールは、クタクタになりながらリンケードに問いかけた。
リンケードはその問いに怪訝そうに眉根を寄せたが、すぐに察したように苦笑する。
「……ははん。さてはあんた、純魔を討伐して魔石を手に入れるつもりだな?」
「……はい、そのつもりですけど」
あっさり企みが看破され、トゥールはバツの悪い表情を浮かべながらも素直に頷いた。リンケードの言うとおり、ダンジョンに純魔がいるのであれば討伐し、魔石を手に入れたかったのだ。
「あのな? 簡単に言ってくれるが、純魔は基本的に魔物よりも強い。あんたは純魔がどんな存在か知っているのか?」
「はい。一応は書物で読んだので」
「そうか。じゃあ、あんたが書物を読んで知ったことを教えてくれるか? せっかくだから、座学らしいこともしてみよう」
鍛錬場の土の上に、胡坐を掻いてリンケードが座る。そしてこちらにも、座るように促してきた。
トゥールもそれに従って胡坐を掻いて座ると、書物で読んだ純魔のことを思い出す。
「ええと……まずは純魔とは、魔石を核とする生き物の総称です。主に虫や動物が何らかの原因で魔石を体内に形成し、その力によって巨大化あるいは凶暴化します」
「ああ、そうだ。他には?」
「純魔は魔石により強化されますが、同時に魔石が弱点にもなります。核である魔石が破壊されると、純魔は消滅してしまうんだとか……あとは長く生きた純魔ほど強くなり、強い純魔ほど魔石が大きく硬くなる……そのくらいでしょうか?」
自分の知識が十分であったか心許ない想いで首を傾げたトゥールに、リンケードは満足そうな顔で大きく頷いた。
「十分だ。その歳で純魔に関してそれくらい知っているなら大したものだ。付け加えるとするならば……純魔は魔力を持っている――つまり、一部の純魔は魔法が使える」
「――っ! 『王純魔』……」
「ほう? それも知っていたか」
思わず呟いたトゥールの言葉に反応し、感心したようにリンケードが笑う。
トゥールが読んだ書物によると、長命の純魔は知能が発達し魔法を覚えることもあるらしい。長く生きたことにより、核も身も大きく丈夫となり、さらに魔法まで使える厄介な存在となるのだ。そうやって強大な力を持つようになった純魔は特に王純魔と呼ばれる。
王純魔の討伐には五つ星以上の冒険者が複数名必要とされ、過去には一体の王純魔により複数の国が滅亡したこともあったのだとか。
「別に魔放剣の素材に王純魔の魔核が必要だという話じゃない。そんなもの、この学園の教師陣にだって簡単に採れるものか。だが、魔法を使えない通常の純魔にしても、危険度はそこらの魔物よりはるかに高い。安易に純魔から魔石を採取しようなどと考えるな」
「それは分かりますけど、でもなるべく早く魔放剣が欲しいんです」
「……はぁ」
諫めようとするリンケードをそれでも真っ直ぐに見つめれば、彼は根負けしたように眼を逸らしてため息を吐いた。
「……わかった。先の質問に答えよう。この学園にも、純魔が出現するダンジョンはある」
「本当ですかっ?」
「ああ。だが、純魔が出現するのは五級ダンジョン以上だ。原則、ダンジョンの攻略は順番にしかできない。つまり、初級ダンジョンをクリアしたばかりのあんたには、まだ五級ダンジョンへ挑む資格はないってことだ」
「そんな……」
「まぁ、そもそも一年次に五級ダンジョンに挑むのはいくらなんでも無謀だ。大人しく力をつけ、信用できる鍛冶科の生徒と仲良くなってから挑むんだな。どのみち素材があっても、剣を造ってくれる奴がいないと意味がない」
落ち込み項垂れるトゥールに、リンケードは慰めるように腕を組んで優し気な笑みを浮かべる。
だが、一刻も早く魔放剣を手に入れたいトゥールにとって、そんなアドバイスは何の慰めにもならない。
「……先生はさっき、『原則、ダンジョンの攻略は順番にしかできない』って言いましたよね? つまり、裏技を使えば飛び級して挑むことも可能なのではないですか?」
「あんた、本当に諦めが悪いな……」
「放っておいてください。それよりどうなんですか?」
「まぁ……できないことはない。だが、現実的ではないな。特に、あんたには」
意味深長な視線でこちらを見ると、リンケードは両手の七本の指を立てて見せる。
「七年。七年だ。この学園に在籍できるのは、七年間だけだと知っているな?」
「――えっ? あ、はい……」
その話は、朧気ながら聞いていた。
たしか妹であるドロシーが言っていたはずだ。「冒険者学園はいくつから入っても七年生までしか在籍できない」と。
つまり十歳で入学したトゥールも、二十歳で入学した他の生徒も、学園にいられるのは七年間だけなのだ。
その間に卒業試験を受けて合格し、晴れて冒険者になるか。あるいは卒業できずに強制的に退学となるか。
ちなみに割合としては、後者の方が圧倒的に多い。
冒険者学園の卒業試験は難関として知られ、そもそも試験を受けるための資格を得るのも生半可なことではないのだ。
「入学試験に受かる実力があったとしても、年若くして入学する方が不利なんだよ、この学園は。それならある程度の年齢まで独学で力をつけて入学し、七年間さらに鍛えた方が良い。だから同じ一年生でも、歳を食っている方が実力はある――みんな、そう考えるだろうな」
「……ええと、それがダンジョン攻略とどう繋がるんですか?」
「そうだな。結論から言うと、あんたが五級ダンジョンへ飛び級で挑みたいのなら、学パを組めばいい。学パの中に一人でも四級ダンジョンまで踏破している奴がいれば、パーティーを組んでいるあんたも挑戦資格を得られる」
「――っ! なるほど」
「そこで先ほどの話だ」
目から鱗と納得したトゥールに、リンケードが冷や水を浴びせるような声で鋭い視線を寄越してきた。
「学園の中でも群を抜いて年若いあんたと学パを組む物好きはそうはいない。四級ダンジョンをクリアしているような、中堅のパーティーならなおさらな」
「うっ、く……で、でもっ! 探せば――」
「本当にいると思うか? 十二歳の一年生を、それも剣士科のEクラスを仲間にしてくれる中堅パーティーが」
「…………」
(うん、無理だな)
立場上、トゥールがEクラス以上の力を持っているのがバレるのは好ましくない。
だが、マイカやキィキはともかく、それなりに力のある生徒たちならトゥールが身体強化――つまり魔法――を使っていることも見破る可能性がある。
そのためトゥールは純粋に剣の実力だけで学パを探す必要があるのだが、自分の程度は弁えている。どれだけ頑張ったところで、今の実力では中堅パーティーには見向きもされまい。
(うーん、厳しいな……)
どれだけ頭を捻っても、この状況を打開できる策が思いつかず頭を抱える。
そんなこちらを面白そうに見て、リンケードは唇の端を吊り上げた。
「よし。まだまだ元気なようだし、訓練を再開しよう」
「えぇっ!」
「なぁーに、明日は休業日だ。今日は午後も目一杯修行しよう。俺も今日一日は雑用もないしな」
「……わ、分かりました。とことんやってやりますよっ!」
しばらく魔放剣を手に入れられそうにないことが嫌というほど分かり、トゥールはやけくそ気味に叫んだのだった。