「皆、心配をかけたな」
クリムヒルデとグラムはエトワールの南、山岳地帯の古い採石場を訪れていた。この場所はクリムヒルデをリーダーとする、エックハルト邸の奪還を目指す解放部隊の騎士が拠点として利用している。
これまでの衝突で囚われたり、戦死した仲間も少なくない。残る解放部隊のメンバーはすでに10人を切っている。騎士達は天望が見出せず、肉体的にも精神的にも大きく疲弊していた。
「リム、無事で何よりだ。一時はどうなることかと思ったが、君がいてくれれば我々はまだ戦える」
解放部隊の副官を務める金髪の青年騎士、オスカルがホッと息を撫で下ろす。目の下の深い隈が、これまでの心労を物語っていた。クリムヒルデは戦闘能力はもちろんのこと、その高潔な精神とリーダーシップから、部隊の精神的支柱としての側面も強い。もしもクリムヒルデが処刑されていたなら、解放部隊は自然消滅していた可能性も考えられる。
「リム、そちらのお方は?」
オスカルら解放部隊の視線が、クリムヒルデの後ろに控える大柄なグラムへと注がれる。
「このお方はグラム殿。処刑の危機に瀕していた私を救って下さった命の恩人だ」
「処刑の危機を? リムの処刑に際し、奴らは厳重な警戒を強いていたはずだ。それをお一人でどうやって?」
「説明すると少しややこしいんだが、俺はワープ系のユニークスキル持ちで、たまたま処刑台の上に飛ばされてな。正義のありそうなリムの側に加勢して今に至る」
「グラム殿の戦闘力は私の遥かに上をいく。瞬く間に処刑人を倒してしまったかと思えば、次の瞬間には私を抱えたまま追手を撒いてしまった」
俄には信じがたい話だが、処刑の危機にあったクリムヒルデが健在で、彼女自身がそう語る以上それは疑いの余地はない。周りの騎士達が唖然とする中、副官のオスカルだけは記憶の中に何か思い当たる節があったようで。
「グラム殿? もしやあなたは、氷結戦争で活躍したグラムロック殿ですか?」
名前の類似点と、クリムヒルデを鮮やかに救出してみせた圧倒的な戦闘能力。オスカルの記憶の中の勇者の名が、目の前の青年の姿と重なる。
「俺の昔の名を知っているとは珍しいな。確かに俺は氷結戦争に参加していたグラムロックだ。今はグラムと名乗っているがな」
冷静な反応を示したグラムとは対照的に、周囲は騒然としている。クリムヒルデも例外ではなく、初めて出会った時以上の衝撃を受け、大きく目を見開ていた。ただ者でないことを理解しながらも、氷結戦争を生き抜いた程の大物であることまでは想定外だったのだろう。
「驚きました。氷結戦争でご活躍された勇者様とこのような形でお会いすることになるとは」
「オスカルさんだったか。どうして俺の名前を知っている? 英雄級の人間ならばともかく、勇者級の名前まで把握しているのは珍しい」
「僕の伯父も、かつて氷結戦争に参加していました。その頃同じ部隊に所属していたという、グラムロック様のお話しを、伯父からよく聞かされていたものでして」
「伯父さんの名は?」
「マックスという名の斧騎士です。負傷で戦線を離脱したため、終戦前にはエトワールの地へと戻っておりました」
「マックスさんか、懐かしいな。そう言えば故郷に俺と同い年くらいの甥っ子がいるって話してた時があったが、それがオスカルさんか」
かつての戦友の身内との思わぬ出会いにグラムの心は躍る。
壮年の斧騎士のマックスとは、氷結戦争初期から中期にかけて同じ部隊に所属していた。陽気なおっちゃんといった人柄で、故郷の甥っ子を思い出すと言い、グラムによく食事を奢ってくれていたことが印象深い。
戦士としては戦闘経験豊富なベテランとして、若手のグラムによく戦術的指導も行ってくれた。猪突猛進の傾向があったグラムに、状況判断の大切を説いた人物でもあり、それは此度のクリムヒルデ救出の際の周辺観察にも大いに役立った。当時は攻撃系スキルばかり習得していたグラムに対して守備の大切さを教え、毒や麻痺耐性スキルの取得を勧めたのもマックスだ。
マックスが前線を退いた後もグラムは終戦まで戦い抜いたが、マックスの教えのおかげで難を逃れた場面も少なくない。お互いに所在を知らせる術を持たなかったので戦後には一度も顔を合わせていなかったが、グラムにとってはとても印象深い戦友であった。
「僕で間違いないと思います。伯父は独り身で、甥っ子の僕のことを可愛がってくれいましたから」
「マックスさんは元気にしているか?」
「……伯父は、氷結戦争終結の翌年に亡くなりました。戦前より患っていた病の影響です」
「……そうだったのか。状況が落ち着いたら墓参りに伺いたい。今度案内してくれ」
「喜んでご案内させて頂きます。伯父も喜びますよ」
マックスの死を残念に思いながらも、ショック自体はそこまで大きくはない。
氷結戦争終結から早5年。戦友が亡くなっていても不思議ではない。こうして彼の身内と出会い、故人について語る機会を得られたことは幸運だった。
クリムヒルデとグラムはエトワールの南、山岳地帯の古い採石場を訪れていた。この場所はクリムヒルデをリーダーとする、エックハルト邸の奪還を目指す解放部隊の騎士が拠点として利用している。
これまでの衝突で囚われたり、戦死した仲間も少なくない。残る解放部隊のメンバーはすでに10人を切っている。騎士達は天望が見出せず、肉体的にも精神的にも大きく疲弊していた。
「リム、無事で何よりだ。一時はどうなることかと思ったが、君がいてくれれば我々はまだ戦える」
解放部隊の副官を務める金髪の青年騎士、オスカルがホッと息を撫で下ろす。目の下の深い隈が、これまでの心労を物語っていた。クリムヒルデは戦闘能力はもちろんのこと、その高潔な精神とリーダーシップから、部隊の精神的支柱としての側面も強い。もしもクリムヒルデが処刑されていたなら、解放部隊は自然消滅していた可能性も考えられる。
「リム、そちらのお方は?」
オスカルら解放部隊の視線が、クリムヒルデの後ろに控える大柄なグラムへと注がれる。
「このお方はグラム殿。処刑の危機に瀕していた私を救って下さった命の恩人だ」
「処刑の危機を? リムの処刑に際し、奴らは厳重な警戒を強いていたはずだ。それをお一人でどうやって?」
「説明すると少しややこしいんだが、俺はワープ系のユニークスキル持ちで、たまたま処刑台の上に飛ばされてな。正義のありそうなリムの側に加勢して今に至る」
「グラム殿の戦闘力は私の遥かに上をいく。瞬く間に処刑人を倒してしまったかと思えば、次の瞬間には私を抱えたまま追手を撒いてしまった」
俄には信じがたい話だが、処刑の危機にあったクリムヒルデが健在で、彼女自身がそう語る以上それは疑いの余地はない。周りの騎士達が唖然とする中、副官のオスカルだけは記憶の中に何か思い当たる節があったようで。
「グラム殿? もしやあなたは、氷結戦争で活躍したグラムロック殿ですか?」
名前の類似点と、クリムヒルデを鮮やかに救出してみせた圧倒的な戦闘能力。オスカルの記憶の中の勇者の名が、目の前の青年の姿と重なる。
「俺の昔の名を知っているとは珍しいな。確かに俺は氷結戦争に参加していたグラムロックだ。今はグラムと名乗っているがな」
冷静な反応を示したグラムとは対照的に、周囲は騒然としている。クリムヒルデも例外ではなく、初めて出会った時以上の衝撃を受け、大きく目を見開ていた。ただ者でないことを理解しながらも、氷結戦争を生き抜いた程の大物であることまでは想定外だったのだろう。
「驚きました。氷結戦争でご活躍された勇者様とこのような形でお会いすることになるとは」
「オスカルさんだったか。どうして俺の名前を知っている? 英雄級の人間ならばともかく、勇者級の名前まで把握しているのは珍しい」
「僕の伯父も、かつて氷結戦争に参加していました。その頃同じ部隊に所属していたという、グラムロック様のお話しを、伯父からよく聞かされていたものでして」
「伯父さんの名は?」
「マックスという名の斧騎士です。負傷で戦線を離脱したため、終戦前にはエトワールの地へと戻っておりました」
「マックスさんか、懐かしいな。そう言えば故郷に俺と同い年くらいの甥っ子がいるって話してた時があったが、それがオスカルさんか」
かつての戦友の身内との思わぬ出会いにグラムの心は躍る。
壮年の斧騎士のマックスとは、氷結戦争初期から中期にかけて同じ部隊に所属していた。陽気なおっちゃんといった人柄で、故郷の甥っ子を思い出すと言い、グラムによく食事を奢ってくれていたことが印象深い。
戦士としては戦闘経験豊富なベテランとして、若手のグラムによく戦術的指導も行ってくれた。猪突猛進の傾向があったグラムに、状況判断の大切を説いた人物でもあり、それは此度のクリムヒルデ救出の際の周辺観察にも大いに役立った。当時は攻撃系スキルばかり習得していたグラムに対して守備の大切さを教え、毒や麻痺耐性スキルの取得を勧めたのもマックスだ。
マックスが前線を退いた後もグラムは終戦まで戦い抜いたが、マックスの教えのおかげで難を逃れた場面も少なくない。お互いに所在を知らせる術を持たなかったので戦後には一度も顔を合わせていなかったが、グラムにとってはとても印象深い戦友であった。
「僕で間違いないと思います。伯父は独り身で、甥っ子の僕のことを可愛がってくれいましたから」
「マックスさんは元気にしているか?」
「……伯父は、氷結戦争終結の翌年に亡くなりました。戦前より患っていた病の影響です」
「……そうだったのか。状況が落ち着いたら墓参りに伺いたい。今度案内してくれ」
「喜んでご案内させて頂きます。伯父も喜びますよ」
マックスの死を残念に思いながらも、ショック自体はそこまで大きくはない。
氷結戦争終結から早5年。戦友が亡くなっていても不思議ではない。こうして彼の身内と出会い、故人について語る機会を得られたことは幸運だった。