船を発見してから二週間後の土曜の朝、俺たちは、まず、ジャンクショップを訪れた。
「本当にここなんだよな?」
セイジが聞いてきた。目の前には、廃品や何かの部品が野ざらしで置かれ、あちらこちらの鉄柱が錆びている、寂れた店が建っていた。
「ここでいいはず」
レイがモバイルデバイスを見つめた。俺は、ここは大丈夫な店なのかと不安になった。
「とりあえず、入ろうぜ」
セイジが足を踏み出した。それに続いてレイも恐る恐る店内へと進んだ。俺は少し一呼吸を置いてから、二人の後を追いかけた。
店内に入ると途端に油などが混ざった臭いが鼻についた。少し埃を被ったまだ使われていなさそうな部品の数々、「半額!」と書かれた貼り紙。まるで昔のSF映画から飛び出してきたような状況だった。
「いらっしゃい」
奥から掠れた女性の声がした。現れたのは、三十代程の見た目で、薄っすらと汚れた作業着を着崩した女性だった。レイはいつになく真剣な表情で、彼女に訊ねた。
「あの、ここに宇宙船用のコンプレッサーやジェネレーターの交換用パーツってありますか?」
「具体的な部品の名前を見ないとわからないよ」
彼女は、手に持っていた飲み物を飲んだ。まるで、俺たちのことを侮っているようだった。それでも、レイは怖気付くことなく、彼女に詳細なメモを無言で手渡した。
「なんだいこれは?」
「僕たちが必要としている部品のリストです」
彼女は目を丸くして、メモに目を通した。素早く、丁寧に読み込んだ彼女はメモをレイに返すと、
「全部あるぞ」
と言って、奥へと戻った。
程なくして、彼女は部品を大きなケースを二つ持ってきてくれた。
「これはまだ必要なものの一部だが、まずはこれでいいか?」
彼女はそれを地面に置いた。レイはすぐに部品を確認すると、こう言った。
「買います!」
それから俺たちはあの店で借りてきたリアカーに買った船の修理に必要な部品たちを積み、それを引っ張りながら歩いた。結局、レイとあの店の店主である日向さんと意気投合し、船に必要な部品は全てあそこで仕入れることとなった。
「これ、結構重いな…… 」
リアカーを引っ張っているセイジが言った。実際、かなりの数の部品が積まれているのと、整備されているとは言い難い山道を進むにはとても大変そうだった。
「しょうがないよ、最初に見たときに必要そうだった部品は全て揃えて持ってきたから重くなって当然だよ」
レイが反論した。彼もまた、図面や端末をリュックサックや手提げバックにぎっしり詰めていたので大変そうだった。すると、レイとセイジが声を合わせて
「ワタル、お前もなんか持ってくれ」
と言ってきたので、俺は急いでレイが持っていた手提げバッグをもらった。持ってみると予想していたよりもかなり重かった。
「こんなに重かったのかよ」
俺がそう言うと、二人は激しく頷いた。
そうしているうちに、目的の場所である、草原へと到着した。発見してから二週間は経っていたが、船は相変わらずそこで、今度は俺たちを待っていたかのように存在していた。
「なあ、これを動かすんだよな?」
セイジが言った。
「そうだよ」
レイがセイジに返しを入れた。
「どんなことが起きるだろうな」
俺が一言更に言った。俺たちはまるで、覚悟を決めるかのように喋っていた。
俺たちの計画はあまりにも荒唐無稽だった。宇宙船を直して、この田舎町を出る、それ以外は決まっていない。でも杜撰すぎるこの道を歩みはじめた、引き返せるかもわからなかったのに。レイが装置を弄ってスロープを展開し、俺たちは船内へと入った。それからすぐに運んできた荷物を船内に移した。その後、ラウンジで作戦会議を始めた。はじめにレイから、話を始めた。
「ひとまず、僕たちが最優先でやるべきは機関室に行って、実際に飛べるように直すことだと思う」
「それで良いぜ」
「俺も賛成」
俺とセイジが同意する。レイは更に話を進めた。
「では、このまま機関室へと行こう。どこが壊れているかを念入りに再確認するところから始めよう」
「じゃあ、いよいよだな」
セイジが言った。
「行こう」
俺が少し大きい声で言った。すると、二人は、
「おう」
と言って、俺たちは必要な道具を持って機関室へと向かった。
機関室へと入った。機械に強いレイの指示で、俺とセイジが部品を外してレイがそれを一つずつチェックすることにした。どれが動いて、どれが壊れているのかを調べるために。俺はこの手の機械を弄ったことが無かったので、部品を外すだけでも苦戦した。対してセイジは、一度機械を弄ったことがあると本人から聞いていただけあって、手際よく外していた。外した部品はすぐにレイがチェックした。俺たちはこの作業を二時間程続けた末、全てのチェックが終わった。
「ふう。やっと、確認が終わった」
レイが疲れた口調で呟いた。レイは今度は俺とセイジに向けるように言葉を続けた。
「これは、直すのに思っていたよりも時間がかかりそうだよ。今日用意してない部品も交換が必要だった」
「おいマジかよ」
セイジが残念そうに言った。どうやら、早く済むかと思っていたらしい。俺も少し残念だったが仕方ないと思ったので、
「仕方ない。全力で直して、こいつを飛ばすんだ」
と二人と自分を勢いづけた。
「そうだな。よしやるか」
セイジが顔を叩いて気合を入れる仕草をする。
「やろう」
レイもそれに応じた。こうして、俺たちの船を直す作業がはじまった。この日はその後一時間ほど更に時間をかけて交換や修理が必要な部品をリストアップして船を出た。
俺たちはそれからというもの、土日に集まって、日向さんの店から部品を仕入れては、船のある草原まで行って船を修理をする日々が続いた。そのことは誰にも知られてはいけないはずだった。はずだった。
「ねえ、山の中であなた達、何をしているの?」
ある日の帰り。俺たちは揃って学校から帰ろうとすると目の前にユイがいた。ユイはまるで、悪事を暴いた探偵のような勢いで話しかけてきた。
「なんのことかな?」
俺は知らないふりをした。
「なんのことって、あなた達、最近山奥で宇宙船の修理をしているみたいじゃん」
彼女には何もかもお見通しのようだった。俺たちは大人しく降参することにした。
「そうだよ。俺たちはあの船を直しているんだ。でも、この通りだ。誰にも言わないでくれ」
俺は恥を覚悟で土下座をした。
「おい、ワタル……」
「そこまでしなくても……」
レイとセイジの声がする。すると、ユイは俺の土下座を見て何を思ったのか、こう言った。
「ねえ、あの船で私をイギリスまで連れて行って」
「えっ?」
俺は思わず顔を上げた。
「私のお父さんはイギリスに単身赴任中でさ。たまには会いたいなと思って」
それは俺にとって意外なことだった。ユイは至って真面目な性格で、こんなことには決して付き合わないような人だと思っていた。
「イギリスまではここからそんなにかからなし、旅客船だって通ってるよ。なのになんで、わざわざ僕らのことを頼ろうと思ったの?」
レイが訪ねた。その通りだった。なぜ、俺たちを頼ろうと思ったのだろうか?
「簡単な話よ。お母さんがなかなかオッケー出してくれないの。お父さんとお母さん、少し仲が悪いし……」
「じゃあ、イギリスまで一緒に行こうよ! 僕らも目的地が決まっていなかったから丁度良かった」
レイが笑顔で答えた。セイジも俺もそれに異論は無かった。
「ありがとう! じゃあ、船が直ったら教えてね」
彼女は嬉しそうにこの場を後にした。俺は彼女の後ろ姿を見て、あの子のことをまたしても思い出していた。それと同時に、なぜユイは俺たちの船のことを知っていたのだろうかという疑問が残った。
船の修理は二ヶ月ほど続いて、気がつけば、季節は冬となって、学校は冬休みになっていた。
「雪が降ってきたな」
「そうだな」
この近辺では冬になるとよく雪が降る。船の外で休憩をしていたセイジと俺は空から降ってきた結晶たちを見て呟いた。
「おーい、二人。準備ができたよ!」
そこにレイが大声を出しながらやってきた。そう今日、遂に船の修理が終わろうとしていた。どうやら、レイが最後の部品を取り付ける準備を整えたようだ。
「お、いよいよか」
セイジが立ち上がって嬉しそうに言う。俺もセイジに続いて立ち上がった。
「よしやりますか」
俺はストレッチもどきをしながらそう言った。そして、俺たちは船内へと戻っていった。機関室へと三人で入っていく。床には交換用の部品が置いてある。これを取り付ければ、いよいよこの船は息を吹き返す。
「じゃあ、いくよ」
レイが促す。俺とセイジは頷いた。そして、レイは慎重に確認をしながら部品を取り付けた。部品が収まるところに収まり二ヶ月続いたこの船の修理が遂に終わった。
「できた!」
「終わった」
「やっとか」
俺たちは思わず、ハイタッチをして船の修理が終わったことを喜びあった。
「さて、じゃあいつ出発しようか? 」
達成感からか無言が少し続いた後、俺が二人に聞いた。二人はすぐに、
「今日の夜とか?」
「いいな。俺も今夜でいいぜ」
と言ってくれたのでその流れでこの日の夜に船で宇宙へと飛び立つことを決めた。目的地はイギリス、ユイを連れて行かなければならない。
「あと、ユイにも連絡しないと」
「そうだね」
俺はデバイスのチャットアプリでユイに連絡を取った。「船が直ったから今晩に旅立つ。山の麓で集合」という内容を送った。
それから、俺たちは宇宙へと旅立つ荷造りをするために一度、それぞれの自宅へと帰ることにした。船を出ると雪はまだ降り続いていて、地面は少しだけ白になっていた。
俺が荷物を取るために家に帰るとリビングで両親がいつも通り喧嘩をしていた。内容はわからなかったが、母がまたしてもヒステリックになっていて、父は母の話を聞いているようで聞いていなさそうな態度だった。俺は気づかれないように上へと上がろうとした。その時だった。
「あああ!!」
母は叫びながら玄関を飛び出していった。俺はただ驚いて、階段の上で母が出て行く瞬間を見届けることしかできなかった。
「…… 」
父は相変わらずの表情だった。冷蔵庫から酒を取り出して一杯飲んだ。特に追いかけようとする素振りは全く見えなかった。俺はそれがどういう訳か許せなくなって、リビングに駆け込んだ。
「父さん! いくらなんでも追いかけないのはひどくないか! 母さんだってその態度が許せなかったからあんなになったんだろ!」
俺は思わず激昂していた。だが、もう何もかもがどうでもよさそうな父にはこの叫びは届かなかったようで、
「だから?」
とあっさり返されてしまった。
「じゃあ、こんな家こっちから出ていってやるよ!」
俺はまたしても思わず口に出していた。これくらい言えば、父も考えを改めるだろうと思っていたが、それもむなしい願いで、
「好きにして」
と、どうでもいいように返された。
俺はこのロクでもない男を正すのはもうダメだと思った。それと同時にこいつはこうも言った。
「お前、仲間達となんかやってるみたいだな。でもな、お前もどうせ本当の仲間や家族なんか、できたりはしねぇよ。だって、俺の息子なんだから」
俺は思わず拳を強く握りしめてこいつの顔を一回思いっきり殴った。殴ってもこいつは相変わらず、それがどうしたと言わんばかりの顔だった。
「俺はあんたとは違う! あんたは仲間なんか作れなかったかもしれないけど、俺は違う! 俺には大事な、大事な仲間達がいるんだ!」
一時の満足感を得た俺は自分の部屋へと向かい、まとめた荷物を持って家を飛び出した。こんな家、二度と戻ってやるかとも思った。
走った、全力で走った。ただ、森にいるであろう二人のために俺は全力で走った。途中で聞こえた救急車のサイレンなんかも気にしないで走った。後になって知ったことだが、このサイレンが聞こえる十分ほど前に女性と車が衝突し、結果として爆発事故が起きたという。女性は全身が炎で焼け爛れたために身元不明。だが目撃者からの情報を聞く限り、その女性は母だった。
俺は山の麓へとたどり着く、そこにはレイとセイジ、それからユイがが既に待っていた。
「おそいよ、ワタル」
「いくら待ってたと思うんだ」
「そうよ、そうよ」
「ごめん、ごめん」
日が暗くなりはじめていたので、俺たちは急いで船の場所まで向かった。
「随分とかかるよね……」
ユイが息を切らしながら言った。
「そうだね。ところでさ、なんでここに船があることを知ってたの?」
俺は前々から気になっていたことを彼女に聞いた。俺たちは足を止めずに進み続ける。彼女は少し息を整えてからこう答えた。
「簡単よ。あなた達が宇宙船のことを話している様子をこっそり聞いたからよ」
「そうだったんだ。答えてくれてありがとう」
もし、仮にあの子がまだ俺たちの前に居たら、きっと俺たちは四人で宇宙に行っていたに違いないと思った。ネックレスを触りながら、俺はあの子、メリーのことを思い浮かべた。
船のある草原へとたどり着くと、俺たちは船へと入った。入るやいなや俺たちは操縦室へと入りレイがエンジンを点火した。船の計器たちが一斉に起動する。
「エンジン、異常なし。出力、問題なし。その他計器、問題なし」
スイッチ類を一つずつオンにしながらレイが言った。一通りの確認が終わる。
「よし。飛ぶよ」
レイがそう言ったのを聞いて俺とセイジは改めて覚悟を決め、頷いた。
「じゃあ行くよ。テイクオフ!」
レイがレバーを上げると船が宙を浮いた。どんどん高度を上げていく。
ついに俺たちの冒険が始まった。
船は音速の速さで宇宙空間へと飛び出した。操縦席に座っていたレイは何かの計算を始めた。
「レイくんは何をしているの?」
ユイが俺に訊ねた。
「俺もわからないよ」
すると、俺とユイの会話に気づいたのか、レイが手を動かしながら答えてくれた。
「今は、イギリスに向かって安全かつ短い時間で、到着できる道順を船のAIに計算をさせてる」
「そうなんだ」
「だけど、この船を僕は初めて動かしたからマニュアルを見ながら操作しているし、AIも起動に時間がかかってる……」
レイが少し苦い顔を浮かべながら手を動かし続けていた。
しばらく、俺たちは何も話すことがなく、無言の時間が続いていたが、機械音声が沈黙を破った。
『計算完了まで残り三十分』
「…… 船の航行を一旦止めよう」
「どうしてだ? 計算が終わるまで進めれば良いのに」
セイジがレイに疑問を投げかけた。俺も同じことを考えていた。
「この船の通常時の動力は外部から取り入れた酸素なんだ。酸素を取り入れて燃やして、二酸化炭素を生み出し、今度は二酸化炭素を燃やしてサイクルを作る。そうやって動いている。だけど、この船は最近の船に比べると燃費が悪くてさ。船内の生命維持装置を動かすのにも酸素が必要だから、長くは動かせないんだ」
「そうなのか」
俺たちはひとまず、船を停止しても良い場所を見つけて、船を停めた。他の船の航行の邪魔にならないように、宇宙上には停泊可能領域がある。実際、俺たちが船を泊めると、周りにも何隻かの船が停泊していた。船を泊めてそれから、レイは手を動かすのを止めた。
「そうだ、この間に船の名前を考えておこう」
レイが俺たちの方に席を向けた。
「そういえば、すっかり忘れていた」
俺は同調の意味で言葉を返す。
「かと言って、俺は何も思いつかないな……」
セイジが頬杖をついて、考え込むような体制をとる。確かに、思いついていなさそうだった。
「私も思いつかないわ……」
ユイも考えてくれていたが、良い名前が出なかったようだった。
「うーむ……」
俺たちは各々、家から持ってきた辞書やデバイスの検索機能で言葉を探した。
「ランナウェイとか?」
俺は辞書を引きながら、皆んなに聞いた。
「逃げるって意味だよな。それはネガティブ過ぎないか?」
「そうね」
「確かに」
「ごめん……」
俺は面目ない気持ちになった。確かに、この旅は決して明るいものではないのだけど、かと言ってネガティブな言葉を使うのもどこか違うような気がした。
次に案を出したのはセイジだった。
「プレシャス」
「宝ね。良いけど、なんとなくダサい」
ユイがキッパリと言った。
「僕もそう思う」
「おい、そんな……」
セイジが悔しそうに肩を落とした。
「どんまい」
俺はセイジの肩を叩いた。
やがて、レイが何か良いことを閃いたような顔をした。
「アバンチュール、ってのはどう?」
「どういう意味だ?」
セイジが言葉の意味を聞いた。レイはデバイスを見ながら答えた。
「フランス語で冒険って意味らしいよ」
「良いんじゃないかな」
ユイが笑顔で賛成した。
「俺も良いと思うよ」
俺も納得のいく言葉だったので賛成した。
「確かに、悪くないな」
セイジも同じ考えだった。
「じゃあ、これで決まりだね。今から名前を登録するよ」
そう言うとレイは船のコンピューターに名前を登録した。
程なくして機械のアラームが鳴った。レイが確認をする。
「ようやく計算が終わった」
「やっとか」
「いよいよだな」
船内に安堵の空気が流れた。これで、イギリスまで飛べる。レイは急いで、船のエンジンを起動し、装置の数々を動かした。
「目的地、イギリス。五十分くらいで到着するよ。用意はいいかな?」
俺たちは頷いた。いよいよだった。
「じゃあ、出航!」
レイが操作をした。船は順調に航行を再開した。停泊可能領域を出て、深くて暗い宇宙の中を進んでいく。
「ワープドライブエンジン始動」
ワープドライブエンジンが起動し、船内に轟音が鳴り響いた。ワープドライブエンジンは長距離用宇宙船には欠かせない物だった。2040年代の中頃に起こった技術的特異点の流れの中で発明された。発明した研究機関はエンジンに関する特許を無償で誰でも使えるようにしたために世界中に普及。宇宙開拓に大きな影響を与えたと、レイに聞いた。
「いよいよね……」
ユイはポケットから一枚の写真を出した。写真を少しだけ覗くとそれは彼女の家族写真だった。ユイには彼女なりの目的と理由があって俺たちと宇宙へと出た。俺たちの最初の旅の目的は彼女を無事に父親の元まで届けることだ。俺は改めてそのことを考えた。
「ゴー!」
レイがワープドライブを開始した。直後、とてつもない圧力が体に掛かった。周りの景色が目にも止まらぬ速さで過ぎ去っていった。
イギリスへのワープを開始してから三十分が過ぎ、幾らかの惑星や衛星を一瞬のうちに通過して、到着まであと十分程のところまで来ていた。ユイはあれから、ワープドライブの速度に酔ってしまったようで、船室の一室で横になっていた。俺たちはその間無言だったがあと十分というところでレイが声を出した。
「……、僕たちさ、何も考えずに飛び出したけど、ユイさんとの約束を果たした後でこの先どうしようか」
そうレイに言われた俺は少し戸惑った。少なくとも俺にはもう帰る場所などなくて、この言葉にどうやって返したらいいのか言葉に詰まる。セイジも表情から見るに悩んでいるらしかった。場の空気が重くなる。
俺たちは行き先も目的もなく、ただ自分たちの世界に嫌気がさしたから飛び出しただけだった。この先どうやって生きていくかの当てもない。それでも、どうにかしなきゃいけないことだけは確かだった。そうしているうちに、目的地近くまで到達したことを告げるアラームが鳴った。レイがワープエンジンを停止させる。直後、俺たちの目の前に一つの星が見えてきた。イギリスである。俺たちは、この目で初めて他の星を見ることになった。その星は見るにとても豊かそうだった。俺は、ユイを起こしに部屋へと向かった。
「ユイ、着いたよ」
船室の扉をノックをする。すると、扉が開いて彼女が出てきた。彼女の表情は少し苦しそうだった。
「ありがとう。すぐに戻るよ」
「大丈夫?」
「うん……、すぐに良くなると思うから心配しないで。先に戻っていて」
「……わかった」
俺は先に二人のいる操縦室へと戻った。
俺たちの船は星の中へと突入していく。地上の街が次第に鮮明に目に写ってきて、俺はそれに目を奪われていた。その間にレイは下の街を見下ろしながら船を操縦し、セイジはデバイスで調べ物をしているらしかった。レイが停泊場を見つけて、適当な場所に船を着陸させた。窓の外には“ロンドン宇宙港”と書かれた大きなモニターが宙に浮いていて、周囲には大小様々な船が上空を行き交っている。船のエンジンを完全に停止させた後、俺たちはこの地で今からすることを具体的に練ることにした。
「で、まずは何をする?」
セイジが話を切り出した。俺は少し考えて、
「まずはユイのお父さんを探さないと。話はそれからでも良いはずだ」
と返した。すぐにセイジが同意の仕草をした。何かの作業をしていたレイも俺の考えに続いた。するとレイは俺とセイジにフックのついた五メートルくらいはあろうロープを渡してきて説明を始めた。
「この港には盗難防止の為にフックが地面に据え付けられているから、念のためにそのロープで船と地面のフックを繋いで盗まれないようにする。今からそれを繋ぐから手伝って」
俺たちはフックを繋ぐために外に出ることにした。レイが出入り口を開け、新鮮な空気が入ってきた。今まで感じたことのない、新しい空気だった。初めて、他の星の地面を踏む。俺は少し感慨深くなって、不思議な気分になった。俺たちは手分けして着陸脚と地面のフックをロープで固定し、その上でレイが南京錠を取り付けて厳重な盗難対策を施した。
船を固定し終え、一度船内に戻って、最低限の荷物を準備する。途中でユイが部屋から出てきた。
「大丈夫?」
レイが聞いた。
「大丈夫よ。さあ、行きましょう」
彼女には何かを決意した表情があった。
準備が整い、俺たちは船を降りた。レイがスロープを閉じたことを確認し俺たちはその場を離れ、ユイの父親探しをはじめた。時刻は午前を過ぎ、真昼の空に太陽が昇っていた。
港を後にした俺たちは繁華街へと向けて歩いていた。繁華街に出れば、ユイのお父さんを探すことができるのではないかと考えたからだ。
「で、どうやって、ユイの親父さんを探すんだ?」
セイジが俺に聞いてきた。俺は、少し先を急ぎ足で歩いているユイの背中を見つめた。
「俺に聞かれても……、本人に聞いてくれ」
「そうだな。なあ、ユイ?」
セイジは遠くまで響く声を上げた。急ぎ足のユイはそれに気づいて、こちらの方に振り返った。
「どうしたの?」
「気になったんだけど、親父さんを探す、手がかりはあるのか?」
「まずは、お父さんの会社を訪ねようと思うの。そこからはあまり考えてないわ」
意外だった。ユイにも無計画なところがあったとは。そう思ったのは、学校での彼女は、完璧そのものだからだった。そう思いながら、俺たちは宇宙港から都市部に向けて進み続けた。
もうしばらく歩いた先で、高層ビル群と古い造りの時計塔が見えてきて、この星の首都ニューロンドンに到着した。
この星には、イギリス系の人々が移り住んできたこともあって、“地球”にあったイギリスの歴史的な建物や遺跡を可能な限り移築したり再現したりしてあるのだという。
「見ろ、ビックベンだ!」
セイジが興奮した様子で時計塔を指さした。セイジは歴史に詳しかった。だから、歴史的な建物を見て、感動を覚えているようだった。俺たちはセイジの勢いにつられて時計塔の方を眺めた。
セイジから聞いた話だが、この街は、面積約三千キロ平方メートルの中に一千万人近くの人口を抱え、地球から移築した歴史的建築物による観光業によって経済を回しているという。街には二十二世紀最新の建築技術で建てられた現代的なオフィスビルや商業施設、十六世紀から十七世紀にかけて造られた寺院の数々やイングランド銀行博物館や大英博物館に代表される未来永劫残すべきとされる建築物が立ち並んでいた。
街をしばらく歩いていると、観光案内のドローンが至る所に飛んでいることに気がついた。観光客らしき人々の目線くらいの高さで飛行し、彼らと会話しながら何かを案内しているようだった。
『私はワトソン。なにかご用件はありますか?』
「うわあ!」
その直後、俺たちの前に例のドローンが現れ、優しい口調の男性の声で話をかけて来た。俺たちは声を合わせて驚いてしまったが、すぐに体勢を立て直す。このドローン、いや、ワトソンにはカメラとプロジェクター、それから紙のリーフレットをたくさん載せたカゴが取り付けられていて、映像と音声から得られる情報を人工知能を使って処理している、比較的簡単な作りのドローンだった。
『なにかご用件は?』
ワトソンが繰り返し尋ねる。俺たちは目を合わせたあと、ユイが代表して返事をかけることにした。
「マルタエレクトロニクスのオフィスがどこにあるか教えてもらえる?」
『少々お待ち下さい』
ワトソンは沈黙した。どうやら、情報を検索をしているらしい。三十秒ほど経ってアラームが鳴った。どうやら検索を終えたらしかった。
『ここから、西に向かって一キロ先、エイダタワーの地上三十五階です』
「情報を見せて」
レイがワトソンに要求する。彼はプロジェクターを起動して、俺たちの目線くらいの高さで空中に情報を映し出した。俺たちは映し出された経路地図を一斉に見つめた。地図上に表示された目的地までの所要時間と経路を確認した。レイは、ワトソンに頼んで経路情報を自分のデバイスに転送した。その間、俺は何気なく、カゴに備えられていた観光案内の紙を貰っておいた。セイジはというと、辺りをキョロキョロと見回していて、ユイはレイが話を終えるのを真剣な眼差しで見つめていた。
「もう、大丈夫だよ。ありがとうワトソン」
レイがワトソンに別れを告げた。
『承知しました。良い旅を』
それに応じてワトソンはその場を離れ、どこかへと飛んでいった。
「それじゃあ、そこまで行きますか」
背筋を伸ばし、大きく腕を上げながらレイが言った。
「よし、行こう」
セイジも足を屈伸させていた。
「あ、ちょっと待って!」
「どうした?」
ユイが歩き始めようとする俺たちを止めた。すると、彼女のお腹から空腹を告げる大きな音が鳴ってしまった。
「お腹すいちゃった……」
その途端、俺たちのお腹も空腹を告げた。
「まずは、腹ごしらえからだね」
俺たちはその足で近くにあった、安い料理店を訪れた。
その店は、都心の中でもかなり立地の良い繁盛店のようだったが、この時は俺たちと何組かの家族連れ以外の客はいなかった。俺たちは各々の注文を済ませて、テーブル席に腰掛けた。
「とりあえず、近くにこういうお店があって助かったよ」
レイが水を一口飲んでからこう言った。その通りだった。
「イギリスの料理では特にフィッシュアンドチップスが美味しいって言うからそれを頼めてよかったぜ」
「そんなに美味しいの?」
「うーん、ちょっと違うな。正確に言えば、フィッシュアンドチップス以外はあまり美味しくない」
「そうなんだ……」
ユイは残念そうに一口水を飲んだ。俺は、ここでまたしても気になったことがあった。彼女はどうして、父親にすぐに会いたがったのだろうか? そこを彼女はこれまで教えてくれなかったので、俺はこのタイミングで聞いておこうと思った。
「そういえば、ユイはどうして、お父さんに会いたいんだ?」
ユイの水を飲む手が止まる。彼女はコップをテーブルに置いて、こう答えた。
「うちのお父さんとお母さんがさ、ここ一年くらい喧嘩しているの。最近はホロ電話をするといつもいがみ合っているわ。どうしてお前はこうなんだ、とか、あなたと結婚して失敗だったとか……」
「……その会話をいつも聞いてるの?」
レイが疑問を投げた。ユイはこっくりと頷いた。
「いつもいつも、その声が聞こえてくるの。私はそれが嫌で仕方なくてさ。なんで、こんなに喧嘩してるんだろうって。だから、お父さんにもう喧嘩はやめてって言いたくてここまで来た」
彼女の目には少しの涙があった。それを見て、彼女はとても辛いのだと言うことを理解した。一方で、俺は、この話を聞いて複雑な思いを抱いた。どう表現したらいいのかわからない黒々とした何か。それで俺は、これは他所の家族の話なんだと、自分に言い聞かせて、話を聞いていた。
「仲直りできるといいな」
セイジが慰めた。ユイは少し間を置いてから、涙を拭いて、ただ頷いた。
「お待たせしました。フィッシュアンドチップスです」
直後、ウェイターさんが俺たちの席までやってきて、フィッシュアンドチップスを四つ、テーブルに置いた。ウェイターさんは俺たちの様子を見て、特に何も言わずに店の奥の方へと戻っていった。
「さあ、食べようぜ。折角の料理が冷めちゃうからさ」
「そうだね」
「いただきます」
俺たちはフィッシュアンドチップスを食べはじめた。食べてみると、まあ美味しかったが、俺たちの地元にあった美味しいレストランのハンバーグには敵わなかった。
「ありがとう、ここまで連れてきてくれて」
ユイが言った。
「良いんだよ。俺たち、同級生じゃないか」
俺は、正直にそう思っていた。彼女と俺たちの関係は学校の同級生でしかなかったが、だからこそ手伝いたかった。俺は後になってそう考えた。
「うん」
彼女はとても笑顔だった。
「本当にここでいいのか?」
「いいの、これは私の問題だし、あなたたちにはあなたたちの問題があるんでしょ」
料理店を出た後で、ユイがここから先は一人で行くと言った。その言葉には熱があった。俺たちはそれを受け止めて、彼女とはここで別れることにした。
「ねえ、また会えるかな私たち?」
「えっ?」
彼女の疑問は俺たちにとって意外なものだった。俺はどう答えていいのか、わからなくなった。
「私は、いつか、また会えるって信じてるわ。それじゃあ、良い旅を!」
「そちらも、良い旅を!」
彼女の背中が遠のいていく。その背中には強い意志のようなものが感じられた。俺たちはそれを見送りながら、果たして彼女とはまた会えるのかと、一抹の不安が頭を過っていた。
「さて、どうする?」
セイジが俺とレイに聞いてきた。確かに。どうすれば良いのだろうか。いつのまにか日が下がりはじめていて、このままだとまずいということを俺たちは理解した。
「宿とかを探さないと」
「それじゃあ、この辺で泊まれそうな場所を少し、デバイスで調べてみるよ」
そう言って、レイがデバイスをポケットから取り出したその時だった。何かがレイの手に近づいてきて、デバイスを奪い取った。
「ああ! 待って!」
俺たちはその何かを追って走り出した。空の色は、もう暗くなりはじめていた。
「待って!」
俺たちは無我夢中でレイのデバイスを盗っていった何かを追いかけたが、追いつけなかった。夕日に照らされながら見えたそれは、小型のドローンだった。そのドローンの胴体には、物を掴むためのロボットアームが取り付けられていた。俺はもう諦めるしかないのかと思った、次の瞬間だった。
「君たち。後は任せろ」
俺たちの前方に1人の中年程の紳士が現れ、俺たちは足を止めざるえなかった。ドローンはどんどん遠くへと飛んでいく。
「おじさん、ちょっと!」
「いいから、いいから」
そう言うと紳士は自分のデバイスを起動して、何やら操作をした。俺の目にふと見えたデバイスの表示には“Crack”の文字があった。
「ええと、これで良いかな。えいっ」
紳士がデバイスの操作を終えた瞬間、俺たちが追いかけていたドローンが突如墜落した。地面に落下したドローンに驚いた通行人たちが群れを成しはじめる。落下したことを確かめていた紳士は、ドローンの方へと歩きはじめた。俺たちはその後を追いかけることしかできずにいた。
紳士はドローンの側まで行くと、いくらか様子をみるような素振りをした。
「これは、最近のこの街で多発してる泥棒ドローンだな。よくもまあ、ロボットアームなんか取り付けて、遠隔でひったくりをやろうと思ったもんだ」
紳士はドローンを手に持った。そして、レイのデバイスをドローンのロボットアームから離して、後を追っていた俺たちの方まで近づいて、俺にデバイスを手渡した。よくみてみると、デバイスは今の騒動で幾らか破損しているようだった。
「君たちが盗られたのはそれかい?」
紳士は英語を喋っていたが、耳に取り付けていた翻訳機のおかげで、俺たちは困ることなく彼の言葉が理解できた。紳士は俺の手にあるデバイスを指差した。
「そうです。これです」
レイがデバイスを目で確かめて、紳士に返事をした。
「取り返せて良かったな」
「でも、いくらか壊れてる…… 」
紳士の言葉にレイが残念そうに返した。紳士は落ち着いた調子で、
「ああ、安心しろ。私が直してあげよう」
と約束してくれた。
「ありがとうございます」
レイはお礼を言った上でお辞儀をした。俺とセイジもそれに続いた。
「ところで、あなたは?」
セイジが紳士に一つ質問をする。確かに、この紳士のような男性は何者なのだろうかと俺も改めて思いはじめた。
「ああ、そうだったな。自己紹介がまだだった。私はエドワード。エドと呼んでくれ。この近くでちょっとした発明家をしている。そういう君たちは? 」
どおりでドローンの操作を乗っ取れた訳だ、と俺は感心した。俺たちの方も自己紹介がまだだったので、三人それぞれの紹介と俺が代表して軽い挨拶をすることにした。
「セイジです」
「僕はレイ」
「ワタルです。この三人で、ニホンからやってきました。宿探しをしていた最中にああなってしまったんです。今回はありがとうございます」
「なるほど。宿探しをしていたのか。では、我が家に来ないか? 案内するよ。ついて来い」
「でも…… 」
「いいから、いいから」
そう言ってエドは俺たちに有無を言わせず案内を始めた。空を見ると、気づけば、空には月が綺麗に見えはじめていた。
俺たちはエドに連れられた勢いで彼の運転する車の中にいた。時間帯は既に夜の七時となっており、辺りはとても暗く、町の中心部からも少し外れた道を走っている。街を外れると、そこは舗装された二車線の道路以外は手付かずの自然が広がっていた。おそらく、惑星一個という広大な土地を住人たちが持て余しているからだと俺は思った。俺たちが住んでいた地元でも、街の中心部を抜ければこういった風景が広がっていた。俺たちの目的地はエドの自宅だった。街の中心部から車で三十分ほどかけて車を走らせた。
車内はしばらくの間静かだったが、ふとしたタイミングでエドが一息をついて、運転を自動モードに切り替えて話を始めた。
「なあ、君たちは家出でもしてきたのかい?」
その通りだった。俺たちは今、家出をしてこの車の中にいる。どうして見抜けたのだろうか。
「…… どうしてわかったんですか?」
気になった俺がエドに尋ねた。すると、彼は少し微笑んだ様子で答えてくれた。
「なあに、簡単なことだ。君たちのような子を大勢見てきたからね。私には直感的にわかるのだよ」
俺たちはその答えの真意がその場では、よく分からなかったが、何か、自分たちが大事にすべきことを受け入れてくれるような安心感をこの紳士は俺たちにもたらしてくれた。
『自宅前に到着しました』
またしばらく無言が続いてたが、車の人工音声が、アラーム音と共に目的地への到着を告げ、車が停車した。目を窓の外に向けると、前方には大きな格子状の門が立ち塞がっていた。
「待ってろ。今、門を開けるから」
エドがそう言って車から降りて門の方まで向かった。レイは少し驚いた表情で、
「これが、おじさんの家?」
と問いかけた。エドが門の横にある装置を操作し終えると、門が自動でゆっくりと開かれはじめる。彼は自動車のキーを操作すると、自動車の方もゆっくり動きはじめて、門の向こうへと走る。
「ようこそ! 我が家へ!」
彼は大きな声をあげている。俺は呆気に取られて少し混乱した。レイもセイジも同じ思いだったらしく、セイジは少し小さめの声で
「マジかよ…… 」
と呟いていた。
門をくぐった先には二つの建物が建っていて、一つは豪華絢爛の言葉が似合う大昔の建築様式が取り入れられている手入れの行き届いた大屋敷。またしても、セイジの歴史的知識を頼りに説明するのならば、この大屋敷は十七世紀頃の建築様式で作られたカントリーハウスというかつての貴族たちが住んでいた邸宅だった。もう一つは、大きなガレージの様な建物で、出入り口の周囲には様々な工学部品が散乱していた。
車から降りた俺たちは屋敷の入り口まで歩いて移動した。その際、エドはこの屋敷についての説明をしてくれた。
「この家は、私の先祖が大事にしていた屋敷でね。地球からこの地に移築したんだ」
一人の老男性が立っていた。格好からするに召使いのようだった。
「お帰りなさいませ、エドワード様」
「ただいま。アルフレッド」
召使いはエドの脱いだジャケットを手に取ると何も言わずに去っていった。
「今のは私の召使いのアルフレッドだ。さて、ご飯にするとしよう。彼にご飯の相談をしてくる」
そう言ってエドもアルフレッドと同じ方向へと歩いていき、この場には俺たちだけになってしまった。
「なんか、とんでもねえことになったな」
セイジが小声で俺とレイに話しかけた。俺とレイは共感の意で大きく頷いた。これから俺たちはどうなるのだろうか。そう考えている間にエドが
戻ってきた。
「こっちに来たまえ、さあ今からご馳走だ」
戻ってくるなりエドは手招きをしながらこう言った。俺たちは昼から何も食べてなかったこともあって、彼についていくことしかできなかった。
しばらく歩くと、これまた豪華な部屋へと案内された。広めの空間に綺麗に整えられた大きなダイニングテーブルが一つと、豪華な装飾の施されたイスが左右合わせて十席ほど並べられ、壁には価値のありそうな大きい絵画が掛けられている。俺たち三人は横に並んで座る。エドは俺たちと対面できるように斜め前の席に座った。それから程なくして、アルフレッドがご馳走を人数分運んできてくれた。
「さあ、ゆっくり食べてくれ」
「いただきます…… 」
エドに言われるがまま、俺たちはご馳走を口へと運ぶ。とても美味しい。気がつくと、料理を口へと運ぶ手が止まらなくなっていた。
「君たちのデバイスを直すのに時間がかかりそうなので、しばらくここに泊まるといい。必要なことがあったらアルフレッドに聞いてくれ」
食事が一通り済んだあと、エドはこう言ってくれた。俺たちは断る理由もなかったので彼にレイのデバイスを預けて、アルフレッドに部屋へと案内してもらった。部屋へと入ると、やはり部屋はとても広くて、俺たち三人がしばらく滞在する分には困らない環境だった。
「なあ俺たち、とんだ所まで来ちまったな」
部屋に荷物を広げ、三人それぞれシャワーを浴びたあと、いざ寝ようとした時にセイジが少し楽しげにこう言った。
「だね」
「そうだな」
レイと俺も同感の言葉を愉快げに言う。直後、俺たちの間で爆笑が起こった。
「俺たちの街からまさか、ここまで行くことになるなんて」
俺が笑いながら呟いた。すると、どういうわけか笑いながら俺の目から涙が出てきた。
「おい、ワタル大丈夫か?」
「大丈夫」
俺は笑い泣きながらセイジの心配に対して“大丈夫”と言ってしまった。心のどこかでは大丈夫じゃなかったはずなのに。この時の俺は感情を整理しようにもできなかったし、どんな感情なのかもをうまく言葉にはできなかった。レイとセイジはそれを汲み取ったのか何も言わずにいてくれた。俺が一通り泣き止んだタイミングでドアをノックする音がした。
「はい」
レイが応じるとドアの向こうからエドがやってきた。彼は少し優しい表情で話をはじめた。
「明日の朝、君たちを連れていきたい所がある。良いかな?」
「…… 良いですよ」
「良いですが」
「構いませんよ」
特にここでやることを決めていなかった俺たちは、エドの提案に乗ることにした。
むしろ、この地でやることができてありがたかった。
「じゃあ決まりだ。では、おやすみ」
「おやすみなさい」
三人揃ってエドに挨拶をした。彼はそれを聞くとドアの向こうへ去っていった。俺たちは一日動き回って疲れていたので、程なくして部屋の明かりを消してベットに入った。窓から月がよく見ていた。
目が覚めてふと窓の外を見るとまだ外は暗かった。何時だろうかと思い部屋の壁にかけられた時計を見ると時刻はまだ朝の五時くらいだった。一体何時間しっかり眠れたのだろうか。レイとセイジに目を向けると二人はまだ眠っている。とてもいい寝顔だったので、俺は二人をそのままにして部屋の中にある洗面台へと向かった。洗面台にたどり着いて、顔を洗う。それが俺の朝の日課だった。顔を洗い終えてタオルで拭いていると、ふと気になって、デバイスを見た。そこには父や母からの連絡はもちろんなかった。決して父や母から何かを期待していたわけではない。だが、それはただの虚勢だと自分でも分かっていた。俺は、本当は何かを求めていて、期待していて、それが叶うことは無いのだと理解していたが、それでも悲しかったのは紛れもない事実だった。
そうしていると、ドアを叩く音がした。俺が応じてドアを開けるとそこにはエドが立っていた。彼は機嫌良さそうに挨拶をした。
「おはよう」
「おはようございます」
「これから朝ご飯だ。二人を起こしてダイニングまで来てくれ」
俺は頷いてそれに応じた。すると彼はすぐに向こうのほうへと歩いていった。ドアを閉じた俺はすぐに服を寝巻きから着替えた。ネックレスをいつも通り首に下げる。それは俺とってはとても大事なことだった。ベットのそばには二人のイヤーカフとブレスレットが置かれていた。
「おい、起きろ二人とも。朝ごはんだぞー」
俺は二人を起こそうとした。
「だめ……、まだ、眠い……」
「俺も……」
とても眠たそうに二人が言った。以前、俺とセイジはレイの家に泊まったことがあったのだが、レイもセイジも朝にとても弱かった。それを思い出して、俺は少しばかり頭を抱えた。
「とにかく、起きろ!」
大声出すと、二人は驚いて飛び上がった。二人はとても眠そうだったが、なんとか着替えと準備を整えて部屋を出てくれた。
「なあ、今日はエドがどこかへ連れて行くって言ってたよな。どこへ行くんだろうな? 」
ダイニングまで歩いているとセイジがそう言った。確かにエドはどこへ連れて行くつもりなのだろうか。俺たちは歩きながら少し考えてみたが行き先は全く思い浮かばなかった。後で冷静に考えるとそれもそのはずで、俺たちはこの星に何があるのかさえ詳しく知らずに来ていたからだった。ダイニングへと着くと、すでにアルフレッドがテーブルに朝食を並べてくれていて、エドも席に座って俺たちを待っていたようだった。
「おはよう諸君。今日はかなりの長いドライブになるから、今のうちに好きなだけ食べておけ」
「ありがとうございます」
「では、遠慮無く」
「いただきます」
エドの挨拶にそれぞれ返しを入れると、俺たちはすぐにご飯を口に入れた。
二十分ほどかけて食事を済ませた俺たちは、少しの手荷物を持って屋敷内の庭に出て、エドの車へと乗った。
「では、行くぞ」
そうエドが言うと、車の自動運転装置が作動して、設定された進路を走り始めた。屋敷が少しずつ遠くなっていく。よく見るとアルフレッドが手を振り続けている。俺は開いた窓から入ってくる外の空気が少しだけ美味しいと感じた。
車を走らせはじめて一時間が経過した。エドが連れていきたいという場所まではもう一時間はかかると車のナビシステムが教えてくれたので、俺たちはエドとまた話をすることにした。
「エドって貴族の末裔だったりするんですか?」
セイジが一つ疑問を尋ねた。エドはこれまでと変わらない様子で、
「まあ、説明すると長くなるから簡単に言えばそうだな」
と返したが、
「これまでどんな発明をしたんですか?」
そこにすかさずレイが新たに質問をした。俺はよくわからなかったが彼はレイの質問にもしっかりとした答えを出してくれたのでレイは納得しているようだった。
「ワタルはエドに聞きたいことあるか?」
「ああ、そうだ、そうだ」
セイジが俺に話を振ってきた。レイも相槌を入れている。俺は少しだけ考えた末に一つ気になったことがあった。
「昨日、“君たちのような子を大勢見てきた“と言っていましたけど、どういうことですか?」
俺が聞いたあと、エドの表情が少しだけ変わった気がした。さっきまでとは車内の空気が違う。
「私は若い頃、金にモノを言わせて旅をしたんだ。金だけはあったからね。まだ人の手が及んでない星とか、衛星とかにな。目的はロマンを追い求めるためで、その時に多勢の同志たちと出会った。彼らと交流が深くなっていくうちに彼らの昔も知るようになった。すると、中には家出したからずっと旅をしているという連中がいたりしたものだ。仲間にアリスという女船長がいるのだが、彼女なんかもそうで…… 」
話はそこからさらに続いた。エドが若かった頃、ティーンエイジャーが家出した末に旅人か海賊になることが続出したそうだった。エドは高校生三人きりで離れた星からやってきた時点で家出の類だと気がついていたそうだ。気がつくと俺はエドの観察力に思わず感銘を受けていた。
「ロマンってどういうことですか?」
話が一区切りしたところでレイがまた質問した。エドは屋敷から持ってきた水を一口飲んでから話をしてくれた。
「私の場合は人間がまだ発見できていない資源を自分の手で見つけることだった。私は途中で諦めてしまったが、同志たちや海賊は今も探し続けている。私は何年も何年も探したが実際に現物を手にすることまではできなかった。懐かしい」
最後の一言には言葉通りの意味や悔しさ、諦めなどのいろいろな含みがあるように俺は感じられた。エドの本質が知れた気がした。
「君たちが聞きたいことは全て話したかな?」
「ええ、ありがとうございます」
「良いんだ、これくらい。では、私からも聞きたいことがある。どうして、君たちはいつも行動を共にしているんだ? それに、君たちがアクセサリーにしているその金属製の棒。それは、トライアングルメモリーだよな。なぜ、君たちが持っているんだ?」
すると、エドの方から思わぬ質問が出た。エドの読みは全て正しかった。俺たちは少しの間沈黙した。
目的地まではさらにあった。今の会話でも三十分程しか時間が経っていなかった。しばらく俺たちは何も答えられなかった。否、答えたくなかったのだ。これは俺たちの問題であって。エドには関わって欲しくない問題だった。エドは、俺たちの気持ちを察したのか、それ以上は話さなかった。
そうしているうちにまた三十分ほどが経ち、遂に目的地へと到着した。
「さあ、着いたぞ」
エドはそういうと、ドアを開けて外へと出た。俺たちも続いて外へと出た。ここはどこなのだろうか。少し冷たい空気が体に当たって寒かった。
ついた場所は、見渡す限り草原だった。一見すると何もなかったが、遠くの方を見ると、何かが直立していることに気がつく。
「ここはな、ソールズベリーと呼ばれてる街の中心から二十キロは離れた場所で、もう少し歩いた場所に遺跡があるんだ。遺跡と言っても、地球にあった物のレプリカだが」
エドが現在地の説明をゆっくりした速さで歩きながらはじめる。俺たちは彼の歩くスピードに合わせてついて行った。ソールズベリーという街もまた、かつて地球にあった街の名前から来ていて、観光業で経済を回していると彼は教えてくれた。
「ここには人間が住むまでは何も無かった」
エドが感慨に浸りながら話を少しずつ切り出していく。彼は何かに思いを馳せているようだった。話が続く。
「半世紀以上前。当時の人類は国家間での戦争の危機や人口問題、それ加えて環境や資源の問題を抱えて暗い時代を生きていた。そんな中でコンピューターの技術的特異点が起こった。その結果、多くの技術が見直された上、全く新しいものも発明された。その末に人類は惑星環境をテラフォーミングする技術とワープドライブエンジンを手に入れて宇宙開拓を始め、多くの国家、人々が新天地を求めてあちこちの星へと移っていった」
エドの話は学校のいつかの授業で習ったものだった。もともと地球には七十億以上の人間が住んでいたが、宇宙進出が始まると徐々に住人は減っていき、今現在地球に住んでいるのは一世紀前と比べて四分の一にも満たない数だという。俺は何か壮大な物語を現実に見ている気分になっている。つい一週間ほど前まで地球の片田舎に住んでいた俺にとって今の世界は現実味が無く、人が本当に宇宙で暮らしているも実感が湧かななかった。だけど、今こうして宇宙を飛んで、人が宇宙で暮らしているのを見て、この時は言葉では表せなかったが強い思いが俺の中を駆け回っていた。
「さあ、歩いているうちに着いたぞ」
いつの間にか目的の場所へとたどり着いた。前方を見るとさっき遠くで見た直立している何かがとても近くにあった。よく見ると、巨大な石を立てているだけの簡単な造りで、同じ物が円を描くように何個も並んでいる。
「これはストーンヘンジという物で、地球にあった遺跡の複製だ」
「すごい……」
俺たちはこの壮大なストーンヘンジを見て、思わず息を呑んだ。
「どうして、複製をここに建てたんだ?」
セイジが気になることをエドに尋ねた。確かになぜ、複製を建てる必要があったのだろうか。
「確かに、気になる」
「俺も」
レイも気なっているようだし、俺も思わず同意していた。エドは俺たちになんと言えば納得してもらえるのかと考えているのようだった。しばらく同じ場所で立ち止まって無言が続く。時は少しずつ進んでいくがエドはなかなか答えてくれない。冬の風がさっきと変わらない強さで吹きつけている。
エドはついに満足のいく言葉を見つけたのか、納得した表情をして俺たちの疑問に優しい口調で答えはじめた。
「自分たちの文化と歴史をこれから生きる人々に伝え残すためだ。かつては何十、何百の文化が同じ星でひしめき合っていた。文化と土地は人間が文明という物を持ちはじめた頃から脈々と受け継がれた。だが、次第に土地が意味を持たなくなって、いずれは文化ですら意味を持たなくなるかもしれない。それでも、人々は自らの土地と文化を残したいと思ったから、建てたのだ」
エドの言葉を俺は必死で理解しようとしたが、すぐにはできず、彼の言葉を完全に理解できたのはこの時から何年も経った後となる。だけど、彼の答えは何故だか納得のいくもので、俺は理解はできなかったが満足だった。レイとセイジの二人も同じ思いを抱いていたと思う。エドと俺たちはまた歩きはじめた。サークルの中へと入っていくと、思っていたよりも広い。俺たちは石でできたサークルの中をただ歩き続ける。歩き続けているとあることが俺の頭の中に浮かんだ。
「コレってどういう意味で建てたんだろう?」
気がつくと思わず呟いていた。それに気づいた様子のセイジが、
「確か、ストーンヘンジはどんな目的で造られたのか理由はわかってないはずだ」
と返してくれた。さすがは歴史に詳しいだけはある。さっきのエドとの会話も実はセイジが一番理解していたのかもしれない。そう思いながらセイジに礼を言ったあと、俺はまた思考の渦に嵌る。“意味”という言葉に引っかかって、自分が今ここにいる意味がわからなくなった。
サークルを見回しながら、俺はまたしても"居場所"や"意味"ついて考えている。そんなことを考えても良いことはないというのに。レイとセイジは俺から少し離れた場所でそれぞれ石像を観察している。俺の考えはどんどん落ちていく。
「悩んでる様だね」
「うわあ!」
思わず叫んでしまったが、エドがいつの間にか近くまで来て俺に声を掛けた。彼はどうやら俺の心を見抜いているようで、俺は今思っていることを話すことにした。
「……母は家を飛び出して、父はそれを追いかけようともせずにいたから俺は思わずアイツを殴ったんです。その勢いで俺も家を飛び出して…… 、生活にウンザリして飛び出した俺にもう居場所とかあるのかな、旅してる意味ってなんなんだろうと思うんです」
俺の目からは少し涙が出ていた。エドは俺を優しく見てくれていたのだと思う。レイとセイジは、俺が泣いていることに気づいていない。エドは俺が泣き止むのを待ってくれた。数分間、温かな静寂がこの辺りを包んでいた。俺がある程度泣き止んだところで、エドは話を再びはじめた。
「今、この旅に意味を見出せなかったとしても、いつかその意味に気がつく日が来るのだよ。それが人生って物だ」
「どうして、そう断言できるのですか?」
俺は思わず訊き返してしまった。それでも、エドはさっきまでと変わらぬ顔で話を続ける。
「言ったじゃないか。私だって旅をした。理由を言葉にできずに旅を続けていたらある時遂に気づいたんだよ。自分が旅をしている意味を、そして、自分が大事だと思えるモノを」
「その大事なモノってなんですか?」
「それは、自分でいつかわかる」
この時エドは肝心な答えを俺に教えてはくれなかった。なぜ教えてくれないのかと訊くと、その答えは他人に言われても実感が湧かないだろうから今は教えない、と彼に返されてしまった。それでも、俺は数分前よりも気が軽くなっていく感覚があった。この紳士は俺のことをしっかりと見てくれていたのかもしれない。そう思うと心が少しだけ救われた。
エドの屋敷に戻ったあと、俺たち三人は今後のことを決める方針会議を行うことにした。机に地図やデバイスを広げて、特に必要ではなかったが準備を念入りに整える。三人がそれぞれのイスに座ったところで会議は始まった。俺から今回の議題を切り出す。俺にはある一つの結論が出ていた。
「……この二日間で俺思ったことがあるんだよ。まだ、自分が旅に出た理由をみつけられてない。そう思ったら、見つけるまでは旅を続けたいと思った。……理由にはなってないかもしれない、でもそれを探すために旅をしたい。……ダメかな?」
俺は恐る恐る提案をする。ダメと言われるかもしれないと思っていたが、意外なことにすぐにセイジが、
「いいぜ。俺もまだいろいろな星を見に行きたいし」
と言ってくれた。それに続けてレイも
「僕もそうだし、まだ旅を続けようよ」
と思っていたよりも明るく返してくれた。今度は二人に心を助けられた気がする。
俺たちは全会一致で旅を続けることにした。
「そうか。じゃあ、船を改造しないとな」
会議のあと、俺たちがここを出て旅を続けることを告げると、エドはこう返した。
「どうしてですか?」
レイがエドに尋ねる。すると彼はこの周辺の領域は進む航路によっては、海賊などがいて危険だと告げた。だから襲われた時のために船に自衛のための装備を付けた方が良いと助言を受け、俺たちは迷わず彼に自衛用の装備の取り付けをお願いした。
船の改造には四日を要した。その間、俺たちはニューロンドンの散策をして時間を潰し、誰に渡すでもないお土産などを買い漁った。エドは船にどれだけの装備を積んだのかは俺には全て把握できなかった。レイでさえ、全てを確認できたか怪しい。こうしているうちにエドとアルフレッドに別れを告げる時が来た。
「寂しくなるな。一週間、君たちがいて楽しかった」
ロンドン宇宙港のポート、俺たちが船でこの星を旅立つ前に俺たちはその場でエドとアルフレッドに別れの挨拶をしている。エドがとても寂しそうにこう言った。
「私も寂しくなります」
続いてアルフレッドも感想を言ってくれた。彼はもしかすると、エドよりも悲しげかもしれない。
「僕たちも寂しいです」
レイがエド達にこう返した。レイもとても寂しそうにしている。
「また連絡します」
セイジも同じ思いのようだった。セイジはいつの間にか、エドの連絡先を聞いていたようだった。
「ありがとうございました」
俺は単純だけど、一番思いが伝わる言葉を使って挨拶をした。俺もエドとの別れが寂しかった。
「じゃあな。君たち…… 、おっと、いけない。大事な物を忘れるところだった」
そう言って、エドはポケットからデバイスを取り出した。よく見ると市販の物よりも無骨になっている。
「君たちのデバイスだ。返すのをすっかり忘れるところだった。改造を施してある。銀河系一つ分の広さならどこでも通じるようにしておいた」
それは、俺たちがエドと出会った時に壊れたレイのデバイスだった。どうやら本当に直してくれた上、グレードアップまでしてくれたらしい。
「ありがとうございます!」
レイはとても嬉しそうに自分のデバイスを受け取った。しばらくの談笑の後、俺たちは街で買ったお土産やエドから貰った今後の旅路で必要そうな道具といった荷物を持って船へと乗り込んだ。船に入るとエドが改造してくれた様々な箇所が目に見えた。以前まではなかった装置が空きスペースに詰め込まれていたり、緊急時の脱出ポッドも強化されているようだった。操縦室へと入ると、今まで無かった計器が新たに取り付けられている。エドから説明を受けたレイが確認しながらスイッチ類を押していく。
「エンジン順調! 問題なし。よし、行くよ!」
「オッケー」
「了解!」
船のエンジンが起動して、出航するためのセッティングをレイが続ける。船のエンジンは順調でエンジン音を聞いていると今にも飛び立ちたいと船が言っているような気がする。窓から下を覗くと、船の横にはエドとアルフレッドがまだ見ていてくれた。
「出航!」
船が離陸した。俺とセイジは下の二人に手を振った。向こうもそれに気づいたのか手を振り返している。ありがとう。俺の心は彼らへの感謝の念でいっぱいだった。街からどんどん離れていく。しばらくすると宇宙空間へと突入していた。
「これからどこへ行く?」
俺が二人に尋ねた。二人は直ぐに結論を出したようで、セイジが、
「まあ、ひとまずあっちまで飛んでみようぜ」
と窓の外を指さしながら答えた。レイもそれに同調する。俺もそれに従った。俺たちは特に行き先を決めずに通常速度で航行を開始する。さっきまでいた星がとても綺麗に見えていた。
通常速度で航行を続けること三時間。何事もなく進んでいたが突如、船の動きが止まった。大きな衝撃の後に停止した船は再び動きはじめた。ラウンジにいた俺たちは急いで操縦室へと向かった。何が起こったのか。俺は混乱した。
「何があったんだ? 」
操縦室へとたどり着くとセイジがレイに尋ねた。レイは急いで計器を確かめる。レイの顔は焦りと恐怖に満ちていた。俺とセイジも表情が曇っていった。
「……制御不能になってる。誰かの船のトラクタービームに捕まったらしい」
「なんだって!」
俺は思わず声を上げた。セイジもパニックになっているようだ。船は尚も制御が効かない。すると、前方に俺たちの船よりもさらに大きな船が見えてきた。俺たちの船との距離は徐々に近づいていく。俺たちの船はこの大型船に牽引されているらしい。
「海賊かもしれない」
レイが怯えながら呟いた。まさか、エドが言っていた海賊というものに出会したのだろうか。この状況を鑑みるに本当に会ってしまったのかもしれないと俺は思った。船内にさらなる緊張が走る。
「どうすんだよ!」
俺はレイにどうすればいいのか聞いた。レイは動揺しながらも、
「とりあえず、向こうとコンタクトを取ってみよう」
と返した。レイは急いで船の通信装置を動かそうとする。幸い、通信装置は作動したので、向こうとの連絡を試みた。
「こちらアバンチュール号、応答してください。どうぞ」
『 …… 』
少し待ってみたが向こうからの反応は無い。レイは間を置いて再び通信を試みたが応答はなかった。距離はさっきよりもより近づいている。緊迫の中、俺たちにはもうどうすることもできなかった。次第に俺たちの船は大型船の中のドッグへと入っていく。仕方なくレイは着陸脚を出した。俺たちは船が完全に止まるのを待つことにした。いや、正しくはそうすることしかできなかった。
程なくして、船が完全に止まった。俺の中に恐怖の感情が走った。その直後船の出入口が開いた。向こうの誰かが操作スイッチを操作したらしい。
「おら! 行くぞお前ら!」
「おお!」
直後、船内の向こうから甲高い男たちの声が響いた。船内を物色する音が聞こえる。どうやらこの大型船は本当に海賊たちの船だった。俺たちは命の危険を感じて、隠れることにした。できるだけ声を上げずに隠れ場所を探す。だが、遅かった。
「おっと、お前ら。そこまでだ」
海賊のメンバーに見つかってしまった。俺たちは反対の方へ逃げようとしたが、そっちにも海賊がやってきて俺たちの腹を殴ってきた。
「うえっ!」
俺とレイとセイジは一瞬のうちにその場で倒れ込んだ。
「元気がいいなお前ら。高く売れそうだ」
そう海賊が言うと、そいつは俺にスタンガンか何かを向けた。俺の意識はそこで途絶えた。
意識が戻った頃には俺の手には手錠がかけられ横にされていた。右横を振り向くと、レイとセイジも同じ状態だった。まだ二人は気絶していて、かなりの怪我を負っているようだった。俺は思わず、
「レイ! セイジ!」
と叫んだが、二人は起きる気配がない。すると左横にいた海賊が
「うっせーんだよガキが!」
と叫んで、俺を蹴り倒した。直後さらに海賊が集まって俺を一斉に蹴りはじめた。身体中が痛い。
「お前ら、そこまでだ!」
蹴られ続けること数分、ついに誰かの一声で海賊たちは俺を蹴るのを止めた。俺の顔からは血が出ている。
「すみません、ボス」
海賊たちの一人がご機嫌を取るかのように奥にいる大柄な男に向かってペコペコしている。アイツがこの海賊たちの親分らしい。そう思っているうちに男は銃を取り出し、さっきまで頭を下げていた部下に向かって一発撃った。撃たれたそいつの血が俺の顔や服に飛び散る。
「……どう……して」
こう言ったきりその部下が動くことはもう無かった。残った部下たちは怖気付きながらさっきまで生きていたそいつの亡骸を引きずってその場を去っていく。引きずられたことで床に付いたそいつの血を見た瞬間、俺の中に死への恐怖が湧いた。
「安心しろ。お前たちは殺しやしねえ」
奥の男は自らの部下を撃ち殺した銃を愛でながら俺にこう言った。嘘だ。どう足掻こうといずれはアイツに殺される。確証はなかったが、アイツの目は間違いなく人の痛みが分からない奴の目だった。
「……お前、目つき悪いな。お前の目ん玉潰してやるよ」
どうやら思っていることが顔に出ていたらしかった。
「俺は、この場でお前たちを殺すことができるんだ。まずは、そこの奴から殺してやろうか」
すると、男はレイの方を指さした。
「やめろ! こいつらだけには手を出すな!」
「おうおう、どうした小僧。やけに焦ってるじゃねぇか」
俺はこの二人をなんとしてでも守りたかった。それは、あの時からずっと変わらない。
「てか、今気づいたが、お前が着けてるそのネックレス、トライアングルメモリーじゃあねぇか」
「それがどうしたんだ!」
「それを渡してくれたら、お前たちを自由にしてやっても良いと思ってな」
男は静かにそう言った。その顔には恐ろしい笑みが浮かんでいた。
「お前みたいな奴に、絶対渡すもんか!」
俺は死を覚悟した。その時だった。奥の自動ドアが開いた。
「失礼しますボス」
「……なんだよ。楽しんでる時に」
ドアの向こうから現れたのはさっきいた部下たちよりは位の高そうな女の部下だった。“ボス”は舌打ちを一回したが今度は撃ち殺すことはせず、女は“ボス”の耳元に近づいて何かを話しているようだった。耳元での話を終えると“ボス”は俺に聞こえるくらいの声で女と会話を始めた。
「ちぇ。またアリスのやつか」
「どうしますか?」
「……この部屋に通してやれ」
「承知しました」
一通りのやりとりを終えた後、女は入ってきたドアから戻っていった。アリス、どこかで聞いたことがある気がする名前だ。
「……命拾いしたな小僧。お前の目を潰すのはまた今度だ」
愉快げに“ボス”は俺に向かって言い放った。俺はこの瞬間は命拾いをしたが、恐怖に駆られていることに変わりはない。程なくして、何人かの武装した女たちがやってきた。集団のリーダーらしき女は強い調子で“ボス”にこう言った。
「キャプテン・アリスだ。今すぐにその子たちを解放しろ」
キャプテン・アリス、やっと思い出した。彼女はエドの昔からの仲間の一人だった。アリスという名を思い出した俺は思わず叫んだ。
「あなた、エドの仲間なの!」
「なに、エドを知っているのか。なら話が早い。ドン・マダー、この子らをすぐに解放しろ」
「それはできない相談だな」
「なに」
アリスは海賊の“ボス”であるドン・マダーに銃を向けた。それでもドンは銃を向けられても尚、憎たらしい態度を変えなかった。レイとセイジは未だに眠っている。この場で俺にできることはあるのだろうか。そうしている間にもアリスとドンの交渉は続く。
「アリスさんよ…… 、お前のせいで俺はどれくらいの損失を被ったと思ってるんだ。そもそも、ウチの船の通信を傍受して中に乗り込むのはコンプラ的にどうなんですか?」
「さあね。でも、お前の方こそ人様の船をハイジャックして中の積荷を乗組員ごと裏マーケットで売りさばくのはどうかと思うが」
「なんだと…… 」
どうやら、交渉は決裂したらしかった。膠着状態が続く。手錠をかけられた俺にはなにもできない。
「この小僧三人と船一隻の代わりになるような俺の利益をお前は見つけられるのか? アリスさんよ…… 」
「黙れ。お前に渡す金など無い」
二人の喧嘩は続いている。だが、この会話を聞いた俺はあることを咄嗟に思いついた。そして、気づけば俺は叫んでいた。
「なあ、代わりの利益を見つければ良いんだろ!」
「少年!」
「おお、威勢がいいじゃあねえか、小僧。だったら、良い話がある。アマゾネスって星に俺が探してる資源があると聞いた。それを一つでも見つけてこい! 時間はこの船を出てから二十四時間。いいな!」
「受けて立ってやるよ!」
これは命懸けの戦いだった。生きるか死ぬかの瀬戸際で思いついた物としては、あまりにも無茶な賭けだった。ドンは一考している様だった。アリスの方は焦っている様にも見える。俺は自分がどうしようもないくらいに無謀だったことを理解した。どうせ見つけられずに怒ったこの男に俺は殺されるだろう。どうせ死ぬなら、最後まで悪足掻きしてやる。そう一人で覚悟した。
「よし、取引成立だ。お前らに船を返してやる。その代わり、アマゾネスまで行って、俺の利益になる様な物を探してこい。いいな」
「……わかった」
「お前! 何を取り決めたのかわかっているのか! お前の命が…… 」
「黙れ、アリス! これは俺たちの取引だ」
「くっ…… 」
アリスにはどうすることもできなかったらしい。ひとまず、ドンは俺たちの手錠を外して、持ち物を返すと言った。だが、これで自由になれたわけではない。ドンは、もし俺たちが逃げたら問答無用で殺すと宣告した。俺はアマゾネスまで飛ぶ前にレイとセイジが目を覚ましたら事を説明することにした。二人の命まで賭けてしまったことを俺は後悔している。二人は何と言うだろうか。窓の外を見ると真っ暗だった。
レイとセイジが目を覚ましたのはあれから二十分程経った頃だった。俺は二人が気を失っている間に起こった事と、二人が知らないうちに命を賭けた取り引きをしたことを説明する。
「冗談じゃねえ! 何勝手に決めてんだよ!」
話を聞いたセイジが俺に怒りをぶつけるために俺を殴った。セイジが殴ったのは当然だ。俺が勝手に決めて良いことではないことを決めてしまったから。レイも何も言えないでいた。レイの表情は焦燥しきっていた。俺には二人に責められる以外何もできなかった。血まみれの顔が痛い。俺は自分が泣いていることに気がついた。二人を怒らせてしまった、巻き込んでしまった、命を賭けてしまった。それが自分でも許せない。しばらく沈黙が続いた。
「お前たち。なにをメソメソしているんだ」
長い沈黙を破ったのはまだドンの船に居たアリスだった。
「お前たちが喧嘩するのは構わないが、時間は待ってくれない。このままウジウジしていても、待っているのは死だ」
「あなたに、何がわかるんですか!」
感情を抑えきれなくなったレイが反論した。アリスはそれを聞くとレイの肩を叩いて、
「俺にお前らの気持ちなどわからない。だが、どうすれば良いのかなんて呑気に考えている時間なんて人生にはないんだ! それがわかったらお前たちの手で船を出せ!」
レイは今にも泣きそうだった。一通り話すと、アリスは俺の元へとやってきた。彼女は辺りを見回してから、ホルスターから銃を一丁取り出して、俺に差し出した。
「持ってけ」
「いや、受け取れないです」
「……持っていくんだ」
アリスの強引な説得に負けた俺は渋々銃を受け取った。本当は銃なんて持ちたくはなかった。それでも、命がかかった今、俺は人を殺める力を持つしかなかった。
「……行こう」
セイジがやっと状況を受け入れたようだった。レイも泣きじゃくりながら同意する。俺もやっと気持ちが落ち着いたので、頷いた。俺たちの喧嘩が収まった。
自分たちの船に戻った俺たちは、急いで応急手当てをしてから船のエンジンを起動した。スイッチを入れる時の一つ一つの音が普段よりも重く響いてくる。ドンから与えられた猶予は船で出発してから二十四時間。二十四時間後にドン自らアマゾネスに赴いて、チェックするということだった。本当に彼が探している物を見つけられるだろうか。俺たちに死への不安が募るなか、船のエンジンは場違いなくらいにどんどん大きくなっていく。まるで元気そのものだった。時計を確かめる。時刻は午前零時の一分前。
「じゃあ、行くよ」
レイが操縦桿を動かして船が動き出した。ドンの船を出た瞬間、時刻はちょうど午前零時になり、レイが惑星アマゾネスまでの航路を設定してワープを開始する。自分たちの命がかかった二十四時間が始まった。
船は順調に航行を続け、アマゾネスの近くまで到達することができた。だが、そこで思わぬ事態が起きた。機械の不調を告げるアラートが船内に鳴り響いた。
「なんだ!」
レイが急いで整備をして、船が完全に停止することは免れた。しかし、予期せぬ事実が発覚した。
「この船、このままだと次にワープドライブをしたら、バラバラになってしまうかもしれない」
「なんだって!」
セイジが焦った。もちろん俺も焦る気持ちがあった。俺たちはこの時、ありとあらゆる面で窮地に立たされた。俺は、どうすべきか考えたが、答えは一つだった。
「それでも、今、ここで戦わないと、俺たちに先はないんだ。だったら、ここで資源を見つけて、ドンを納得させて、自由になろう。船を直すことを考えるのはそれからだ」
苦し紛れの結論だったが、俺たちにはもうこの道しか残されていなかった。
惑星アマゾネスの成層圏に到着したのは、出発してから三時間後だった。残り二十一時間。その間にドンが気に入りそうな物を見つけなければならない。俺たちは着陸できる場所を見つけて船を停め、歩くことにした。窓から辺りを観察すると、この一帯には森林と大きな河川しか存在せず、誰も人が住んでいるようには見えなかった。
「……さっきは殴って悪かった」
船を停めて、いざ外へ出ようとした時セイジがぎこちなく俺に謝ってくれた。
「いいよ。俺の方こそ悪かった」
俺がセイジに返事をすると、奥からレイもやってきた。
「ワタル、……生きてまた旅を続けよう」
「ああ」
レイとセイジの言葉を聞いて、俺は嬉しくなった。俺はレイとセイジの過去や気持ちの全てを知ることなんてできないけれど、二人との確かな絆があることを改めて噛み締める。
「行こう」
船の出入口を開けた。残り二十時間。なんとしてでも生きて、この三人で旅を続ける。そう決意して俺たちは船を出た。
歩くこと二時間の時点で目ぼしい物は見つかっていない。俺たちは更に歩き進めた。
景色は相変わらず、草木が生い茂ったジャングルで、俺たちは探し物を求めて永遠の迷宮の中を彷徨う旅人のようだった。
このままじゃ、まずい。俺は少しばかり焦っている。レイとセイジも焦りを顔に浮かべていた。しばらく歩いていると俺の足に何かが引っかかった。その瞬間、急に足元がすくわれた。
「うわあ!」
どうやら、レイとセイジも巻き込まれてしまったらしく、気がつくと俺たちは誰かが仕掛けた罠にかかってしまったようだった。
「誰か!」
レイが叫んでみたが、特に返事はない。こんな罠、誰が仕掛けたのだろうか。俺たちがしばらく混乱していると、茂みの向こうから何人かの人が現れた。相手は銃を携帯している。よく見ると、全員女性だ。
「なあ、アマゾネスの意味って知ってるか?」
小声でセイジが尋ねてきた。俺はすぐに返事をした。
「知らない」
「そうか。じゃあ教えてやる。アマゾネスっていうのは神話に出てくる女性だけで暮らしている部族のことだ」
その時、俺はあることに気がついた。この星は未開発なんかじゃない、女性だけの集団が暮らすための隠蓑だったのだ。そう思った瞬間、電気が身体中を走った。本日二度目の衝撃だった。気を失う直前に腕につけた時計が見えた。残り十七時間。果たして生きて出られるのだろうか。意識が途絶えた。
目を覚ますと、俺は毛布に包まっていた。二人も気持ちよさそうに起きてきた。どうやら、相手方は俺たちを丁重に扱ってくれたらしい。その直後、俺と同じ歳くらいの女性が一人で部屋にやってきた。
「先程はすみませんでした。経緯の詳しい説明も兼ねて、村長がお詫びをしたいと申しております」
「…… わかりました」
俺たちにはそうすることしかできなかった。ひとまず、俺たちは村長の元へと案内された。時計を見ると残り時間は十二時間。あと半日で何かを見つけられるだろうか。
案内された部屋は荘厳な雰囲気に包まれていた。壁には簡単な物から高度な物までありとあらゆる武器が、まるで武器の進化を表しているかのような配置で立て掛けられている。扉の左右の横には槍を持った女性二人が表情を一切変えずに立っている。程なくして、案内をしてくれた方の動きが止まった。俺たちもそれに合わせて歩みを止める。
「ここでお待ち下さい。すぐに村長が参ります」
そう言って彼女はゆっくりした歩調で部屋を出ていった。部屋には俺たちとドア横の二人しかいない。時計を見ると目覚めてからはそんなに経過していなかった。五分程経って、豪華な装飾を身につけた、この場にいる他の人達よりも歳を重ねているであろう女性が向こうからやってきた。彼女は俺たちのもとへ近づいてきた。
「はじめまして、私の名はシエナ。この村の村長です」
「はじめまして、シエナ。僕たちは…… 」
「大丈夫です、レイ。先程、勝手ながらあなたたちの事を調べさせていただきました」
村長は表情を崩さすに俺たちにこの五時間ほどで何をしたのか説明してくれた。俺たちが動物用の罠に引っかかってしまったことに気がついたが罠の仕組み上、すぐには降ろせなかったこと。罠の電気ショックで気絶した俺たちを村まで運んだこと。運び込んだあとで、村の設備で俺たちの記憶を覗いて、俺たちがどういう状況に置かれているのかを知ったということ。それらを丁寧に説明してくれた。
「大変でしたね」
「すみません。巻き込んでしまって」
俺は申し訳なくなって村長に謝った。彼女は少し微笑んだだけで咎めはしなかった。俺にはそれがただ、ありがたく思える。
「残念ながら、ドン・マダーに渡せそうな資源を私たちは持ってはいません」
「そうですか…… 」
俺は不謹慎ながら無いと言われて少し残念に思った。二人も落ち込んでいるように見えた。すると村長が、
「ですが、向こうの山にある鉱山で採れる鉱石は、もしかしたら価値があるかもしれません」
「どういうことですか?」
「…… ついて来てください」
村長の言葉で俺たちには一筋の希望が見えた。村長は急ぎ足で歩き始めた。俺たちは彼女の後を追う。少数の護衛と共に村長と俺たちは部屋を出て、建物を出て、自動運転の車に乗った。どうやら、この村の技術はだいぶ進んでいるようだった。車を走らせること一時間。車は山の中腹を進んでいた。タイムリミットまで残り十時間強。この山で採れる鉱石とはどのような物なのだろうか。俺は焦っていた。焦っている間にも車は更に整備された山道を進んでいく。車の中は無言だった。村長の顔にも次第に汗が現れはじめている。どうやら、この車の中の全員がそれぞれの命のために戦いを始めようとしていた。
走り始めてから二時間程で車がついに停車した。全員が車から降りて、採掘場の入り口へと向かう。だが、目の前には採掘場らしき物は何も無かった。歩みを止めた村長はおもむろにデバイスを取り出して、操作した。
「解錠しました。これで採掘場へ入れます。どうぞ」
「…… どうぞと言われても」
セイジが困惑したその途端、空間に穴が開いた。穴の向こうを覗くとそこには、採掘用の設備らしきものが確かに見えている。
「すごいや、ホログラムで隠されているのか」
レイが説明をしてくれた。この山一帯に遮蔽装置が設置されていて、山を掘削した跡を隠しているのだという。すると村長が、
「その通りです」
どうやらレイの見解は間違いなかったようで、レイは少し照れ臭そうにした。俺たちはホログラムの向こうへと入っていく。入ると、山は掘削されていて、既に開発されていた。
「私たちの村は元を辿ると、とある女性だけで構成された集団の存在に行き着きます…… 」
村長は採掘場に併設された、施設へと向かう中で俺たちに村の歴史を教えてくれた。もともと、アマゾネスというのは半世紀以上前に結成された科学者集団の名前で、宇宙開拓が進むにつれて、メンバーだけで暮らせる場所を探すようになったのだという。探し続ける間にメンバーたちは家族と同等の存在になり、最終的に一つの生き方として、村として存在するようになった。村の技術が発達しているのは、村の起源が科学者達にあるからで、彼女らが発明した物を子孫たちが発展させ続けているからだと言う。
俺たち一行は施設に入って、しばらく歩くと一つの部屋に行き着いた。村長の護衛たちが部屋の備え付けのパネルを操作した。パネルが操作された後、部屋の中央に円形のテーブルが床から上がってきた。テーブルが出現してすぐに、今度はテーブル中央に穴が開き、中から鉱石らしき物が現れてきた。村長はそれを慎重に手に取った。
「これが、私たちが持っている中で一番価値のある資源です」
村長はそう言うと、レイに鉱石を渡した。レイは鉱物にも詳しかったので、すぐに鉱石を見回った。鉱石を見ていく内にレイの表情がだんだんと深刻になっていく。
「…… コレを渡して平気なんですか?」
「平気ではありませんが、これを渡すしか私たちに生き残る術が無いのです」
「そんな…… 」
レイと村長の顔がどんどん深刻さを増していく。俺とセイジは状況を理解できなかった。
「なあ、それってそんなに大事な物なのかよ」
セイジがレイに尋ねた。俺も気になる話しだった。なぜ、そこまで深刻な話になるのだろうか。
「…… この鉱石は、上手に使えば一欠片で小惑星一個を半壊させられる」
俺とセイジは絶句した。気になって時計を見ると、残り八時間弱。いつのまにか、俺たちの人生最大の選択が迫っていた。
村長によれば、現状アマゾネスでしか採掘することのできないその鉱石は、村の人々が四半世紀程前に発見し危険を承知の上で採掘作業を始めた。鉱山全体に遮蔽装置を設置したことで、開発にやってきた多くの探検家は鉱石の存在に気づかずに帰っていったという。村での鉱石の使い道は生活に必要なエネルギーを取り出すためであり、研究はしたが兵器として実際には一度も使っていないのだという。村長は苦しい表情を浮かべている。
「…… これを渡さなければ、エドが守ってくれたこの地を失ってしまう」
「待ってください。エドとお知り合いなのですか?」
「ええ、そうです。彼は私たちと鉱石の存在に気付いてしまったのですが、隠し通すことを約束してくれたのです」
意外な事実だった。エドは以前、この星では何も見つけられなかったと言っていたが、本当は見つけて隠し通していたのだ。それを僕たちはあの海賊たちに渡さなければいけないのだろうか。そう思うと俺は申し訳ない気持ちになった。
「…… この星のことを話してしまって、すみませんでした」
俺の言葉を聞いた村長は優しい顔をして、何も言わないでくれた。村長や村のみんなのことを見ていると、俺は不思議とこのままじゃダメだという思いに駆られて、決意した。
「…… なあ。レイ、セイジ、俺たちであいつらと戦わないか?」
レイとセイジ、村長は静かに話を聞いてくれた。俺は話を続ける。
「このまま鉱石を渡しても、俺たちは本当に生きて帰れるのか? 帰れたとしても、村のことをずっと後悔することになる! だから戦わないといけない気がする!」
勢いに任せて俺は言い切った。言い切ったあと二人はなぜか笑い始めた。一通り笑い終えるとセイジが、
「いいぜ。俺は戦う」
その言葉はとても頼もしかった。続いてレイも、
「僕も戦う。海賊にやられた分はきっちり返したい」
レイの言葉にも覚悟を決めた響きがあった。二人の言葉を聞いた俺は、村長に対して話をする。
「シエナ、一緒に戦いましょう。お互いの明日のために」
「ええ、もちろん」
こうして、俺たちは明日、ドン・マダーとの決戦を挑むことになった。
村に戻った村長は大急ぎで戦いのための準備を始めた。村の人々が急ピッチで戦闘準備を行う。鉱石の力は一切使っていないが、高火力のレーザーブラスターや大砲、近接武器などが武器庫から次々と外へ運び出されていった。一方で俺たちは村の通信設備を用いて、アリスに応援を頼んだ。アリスは、出来る限り朝に間に合うようにここに向かうことを約束してくれた。心の準備を終えた俺は、アリスから受け取っていた銃を眺める。村長の判断でレイとセイジも銃を持っていくことになった。二人もそれぞれの心の決心をつけているようだった。ついに夜明けになった。ドンの到着まで残り一時間。決戦が始まろうとしていた。
朝日が登り始めたの合図に俺たちは草原の真ん中に立った。草原の辺りを木々が囲っているので、木の裏などに村の人々が武器を構えて隠れている。俺の時計は出発から丁度、二十四時間が経ったことを告げた。
「時間だ。来るぞ」
それから二分くらい経って上空から大きな船が草原に着陸しようとしていた。ドン・マダーの船だった。船は着陸脚を広げて、地面を着く。着陸した衝撃が辺りに響き渡った。程なくして、船の出入口が開かれた。開かれた扉の向こうにはドンが嫌味な顔をして立っていた。ドンは船のスロープをゆっくりと降りていく。それに続いて大勢の部下たちが現れた。全員、武器を持っていて、数もかなりいた。俺はとんでもない負け戦を始めてしまったのかもしれないと心の中で思った。ドンとその部下たちはゆっくりとした足取りで俺たち三人の元へと歩く。正面から見えるこの集団には凄まじい圧倒感があった。ドンが遂に俺たちの真正面に現れた。
「何か見つけたか」
ドンはいかにも興味がなさそうな顔を浮かべて話しかけてきた。俺はそれに答える。
「もちろん。約束通り見つけ出した」
「どんな物だ。見せろ」
俺は後ろにいるレイとセイジに向き直って目配せをする。それを見たレイは肩に掛けていたバックから慎重に鉱石を取り出した。もちろん、手元の鉱石はただのレプリカで、俺たちは厳重な取り扱いをしている演技をしているに過ぎなかった。慎重に扱う演技をしながら、レイは俺にレプリカを手渡した。手渡されると、俺はドンにレプリカを差し出した。
「これでどうだ」
「どんな物だ。教えろ」
「街一個のエネルギーを発している鉱石、これを売れば、俺たち三人を売るよりも高く売れるんじゃないのか」
「ふーん」
ドンは手招きして、部下を呼んだ。部下は何も言わずにレプリカを俺の腕から取りあげて、船の方へと歩いていった。
「取引成立だ。俺たちを解放しろ」
セイジがそう言った。ところがドンは少し考えるような仕草をしてから、銃を取り出した。
「何!」
俺は叫んだがもう遅かった。辺りに銃声が響く。振り向くと、俺の後ろにいたセイジの腹あたりから血が出ていた。セイジの口から血が少し垂れ落ちていく。
「セイジ!」
「あはは!!」
ドンは大笑いした。一方でセイジは地面に倒れ込んだ。レイと俺がセイジの側に近寄る。血の勢いが止まらない。
「セイジ! セイジ!」
「すま…… ん」
彼の目が閉じてしまった。レイは慌てて手の甲を抑える。
「まだ、脈はあるけどすぐに手当てしないと危ない…… 」
レイは冷静さを装っていたが、今にも泣きそうだった。俺も人のことは言えない状態だった。
「どうだ! 威勢の良いお前らもこうすれば大人しくなると思ってな! ざまあみろ! あははは!」
俺はとうとう目の前にいるクズが許せなくなって、アリスの銃を取り出した。辺りにまた銃声が鳴り響いた。
「あああ! 目が!! 」
今度は、俺の方があいつの片目を銃で撃ち潰した音だった。
ドン・マダーはとてつもなく苦しんでいた。後ろの部下達はどうすることもできずにいる。彼らは自らの意思では俺たち三人に報復すらしなかった。
「お前ら、このガキ三人を殺せ!! そうしないと、俺がお前らを一人ずつ殺してやる! あはは!!」
ドンは完全に狂っていた。部下達は自らの命を守るために俺たちに銃を向けた。この人数では、逃げても決して敵わない。部下が銃の引き金を引こうとしている。もうダメかと思った、その時、再び銃声が鳴った。直後、部下の一人の銃が宙を舞っていた。
「誰だ! 」
村の誰かが俺たちを助けてくれたようだった。辺りに隠れていた、村の人々が戦闘態勢で表に出てきた。
「こいつらもまとめて撃ち殺せ! 」
ドンの命令で、部下の一人が発砲した。村の一人に当たりそうになる。
「こちらも撃て! 撃って生き残れ! 」
村長が、自ら表に立って、指示をした。こうしてすぐに銃撃戦が始まった。銃弾が飛び交い、次から次に人に当たって倒れていく。俺は倒れたセイジを担いで、レイと共に安全な場所へと行くことにした。四方八方で戦闘が繰り広げられている。全力で走っている間に、ドン側は船から大砲を出して応戦し、村の人々も用意していた武器で報復を重ねる。一方では、槍などを用いた奇襲を敵に仕掛けている。俺たちは走った。走りながら何度も目の前や横で弾が当たったことによる爆発が起きた。逃げ隠れる場所がもうなかった。
俺たちは何とかして岩場の後ろに隠れた。そこに隠れていても長くはもたないが、走り続けるよりはマシだった。
「どうする!」
レイが俺に尋ねてきた。銃声や爆発音がうるさくて聞こえづらい。
「どうするたって、船に戻ってセイジを手当てしないと!」
「でも、船はここから反対の方向にある。激戦地に当たるから、生きて走り抜けられるかな…… 」
俺は岩場に隠れて辺りを見回した。既に大勢がそれぞれの目的のために死んでいったらしい。眠ったまま動かない人、大怪我を負った人、仲間に助けてもらっている人。これが、人間というモノなのだろうか。生きるために仲間は大事にするが対峙する者は殺していく。それが人類史では何千回、何万回と繰り返されてきた。それでも、今の俺たちは生きるために走って、邪魔をしてくる連中は撃ち殺していくことしかできないようだった。俺は明日のために覚悟を決めた。
「…… レイ、どうやら俺たち、それしか生きる手段がもう残っていないや。ここにずっと隠れていても、いずれは弾が当たって死ぬ。だったら、少しでも生きれれる方へ走らないか? 」
「…… ああ。そうだね」
俺たちは、岩場から離れて、走り始めた。何としてでも船に戻る。その一心だった。だが、向こうに行くには俺たちは劣勢だった。ドン側の方が人手も武器を多かった。船に近づけない。そう思った時、空からの銃撃が始まった。頭上を見ると、見知らぬ船が飛んでいた。
船はドンの部下だけを狙って正確に撃っている。俺はようやく理解した。あれはアリスの船だ。どうやら間に合ったようだった。船は水平になって、何人かがロープを伝って降りてきた。降りてくるなり、何人かは俺たちの方に駆け寄ってくる。よく見るとその一団の中にアリスがいた。
「どういう状況だ!」
アリスが走りながら叫んだ。俺たちの側にたどり着く。俺たちは岩の裏に再び隠れた。俺はアリスに答えた。
「セイジが撃たれた。船に戻って手当てをしないと!」
「そうか…… 」
アリスは何かを考えているようだった。周囲は戦況が読めない程に混乱している。
「お前、ええとレイ、エドから貰ったデバイスがあるだろ?」
「うん。あるけどどうして?」
「いいから、見せろ」
そう言われてレイは急いでアリスにデバイスを渡した。アリスは手に取るなり、デバイスを起動せずに裏に取り付けられた部品を眺める。アリスはなぜか微笑んでいる。
「これは返す。今からそのデバイスにメールを送る。簡単なメールで、ここから一番近い宇宙ステーションの座標を書いておく。お前たちは自分の船に乗り込めたらすぐにこの座標までワープしろ。いいな」
「わかった」
俺はアリスに了解した。レイもそれに応じた。
「船の前まで援護する」
「頼む」
「行くぞ」
アリスが合図すると、俺たちは一斉に走り出した。すぐにドンの部下が俺たちに狙いを定めるが、そこはアリスの仲間たちが援護射撃で応戦してくれた。俺はセイジを担ぎながらレイと共に戦場を走り抜ける。村のみんなとアリスたちがドンの部下たちと命がけで戦っている中を全力で、必死で走った。これが生きるということなのだろうか。頭の中に人生で初めて走馬灯というのが流れる。何とか、激戦地を潜り抜けた俺たちは急いで船の前まで道を急ぐ。それでも、ドンの標的は俺たちであることに変わりはなく、部下の何人かが走って追いかけてきた。アリスとその仲間たちはそれに応戦しながら、俺たちを守っている。途中でアリスの仲間が一人、また一人と離れて行く。ある者は足を撃たれ、ある者はドンの部下を足止めするために列を抜けた。ついさっき会ったばかりの俺たちを守り抜くために彼らは全力を尽くしている。
「どうして、僕たちのためにここまで戦ってくれるの? 」
レイが走りながらアリスに尋ねた。彼女は特に考える様子もなくすぐに、
「お前たちには、何でもできる未来がある。その未来が無くなったら、俺たちが悔しいからだ。だから、戦う」
と答えた。俺はその言葉を聞いて、自分にはまだ希望が残っていることを知った。
俺たちの船の前にようやく着いた。俺たちは一瞬安堵したが、すぐにまだ脅威が残っていることに気がついた。船の前には、潰された片目を手で押さえ、もう一方の手に銃を持っている、ドン・マダーが居た。
「おっと、これ以上は……行かせない」
ドン・マダーはさっきまでは見せていた余裕が今はもうなかった。片目を潰されたからだろう。どことなく、銃を持つ手元もふらついている。
「お前らよくも俺の目を潰したな…… 。俺はお前らを絶対に許さない。だから、お前らの船を壊してやったよ。ざまあみろ!! あはは!! あは…… 」
ドン・の狂った言葉は途切れ、彼は事切れた。アリスがドンの胸を撃ったからだった。アリスの目は達成感と疲れに満ちている。
「あんな、ろくでも無いやつを殺すのは大人の仕事だ」
彼女の言葉には重みがあった。
ドンの遺体を船の側から退けたあと、俺とレイとアリスは急いで、セイジの応急手当てをした。幸いまだ生きていて、あとは意識の回復と適切な処置をすれば大丈夫そうだった。問題は船だ。
「いろいろな回路が銃で壊されている…… 」
レイは船の航行に必要な装置を壊れていないかできる限り確認したが、ドンが先に船の装置を破壊していたようだった。
「ダメだ。急いで直してもそんな長くは飛べない」
「そんな…… 」
俺は思わずこう言ってしまった。アリスは何かを考えているようだった。沈黙の末に、アリスが口を開いた。
「……今すぐにさっき教えた座標まで飛べ」
「どうして? 今の状況じゃあの座標までは行けないよ」
確かに、昨日の時点でこの船はあと一回のワープドライブで壊れることは分かっていた。さらに言えば、ドンにあちこちを壊されていて、船の状況はさらに悪くなっていた。だが、今すぐにこの星から逃げないといけないことも解っていた。
「今飛ばないと、コントロールを失ったドンの部下たちが殺しに来るぞ!」
俺とレイは何も言えなくなった。
「わかった、僕がなんとかする! その間に、ワタルはセイジのことを頼む」
「オッケー!」
レイはその言葉を聞いて急いで船をできるだけ修理することにした。レイが修理をしている間、俺はセイジの看病をし、アリスはドンの部下たちが来ないかを外で見回った。アリスによると、村のみんなと海賊たちの戦いは未だに続いているようだった。アリスは俺たちが出発してから激戦地に戻って、止めに行くという。
「終わったよ!」
レイの声が聞こえたので俺は船に戻ることしたが、その前にアリスが俺に声をかけてきた。
「大丈夫だ。お前らはきっと生きて帰れる。……あばよ」
アリスはその言葉を俺に残して、元来た道を戻り始めた。
俺は急いで船の操縦室へと入った。レイは深刻な顔をして計器を操作している。
「あと一回ワープしたら、この船は完全に壊れるだよ。それでも、飛ぶんだよね?」
レイの言葉には深刻さがあった。レイによるとこの船の装置を完全には直せなかったので、あと一回ワープして、うまくいかなかったら船が壊れて宇宙空間でバラバラになるかもしれないということだった。この周りには混乱した海賊たちがいる。このまま、この場所に居ても死ぬ。一方で、船を飛ばしても死ぬ確率が高い。だったら、答えは簡単だった。なんとしてでも生きてやる。そう思った。
「もちろんだ……、飛ばしてくれ」
「……」
レイが苦しい顔をする。それでもすぐに、レイは返事をした。
「いいよ。行こう」
決死のオーバードライブが始まろうとしていた。
レイはすぐにエンジンを起動した。昨日の時よりも鈍い音がしている。
「じゃあ、行くよ…… 」
レイの合図で船が離陸しようとする。だが、うまく離陸できずに変に傾いた体勢で地面を擦る。地面を抉っている衝撃が船内に響き、俺は倒れないようにするので必死だった。レイは苦しそうな顔をして、計器類を操作している。レイは船の体勢を立て直そうとしているようだった。
程なくして、体勢を立て直した船は空に向かって飛びはじめた。ゆっくりとした速度で高度を上げていく。
「これ以上の速度って…… 」
「応急処置だけではこの速度が限界だった」
レイからの返答にはどこか悔しさが混じっている。だが、それをじっくり考えていられる程の余裕は俺には無かった。直後、何かが船体を掠った音がしたのだ。
「なんだ!」
俺は急いで窓から外を覗くと、ドン・ボラーの船から銃撃を受けたようだった。
「まずい。あの部下たちはまだ俺たちを狙ってる」
「なんだって! 」
状況を理解したレイはポケットから取り出した一枚のメモを俺に投げ渡した。
「これは? 」
「エドがこの船に取り付けてくれた装備の一覧! これであの船からの攻撃を防がないと!」
船内に再び衝撃が響いた。二発目が発射されたらしい。俺は急いでメモを見る。何か、何か攻撃を防げる装備はないだろうか。このままだと、船が破壊される。するとメモの中にこの状況を凌げることのできるある装備を見つけた。
「レイ! レーザーバリアだ! バリアを張って!」
「そうか、バリアがあった!」
俺は急いでレイにバリアを張る方法のメモを返した。レイはすぐに計器を操作してバリアを張った。直後、三発目の銃撃がバリアによって防がれた。バリアのおかげで、前の銃撃の時よりも衝撃はなかった。俺はエドの技術力を改めて凄いと思った。するとレイが話を切り出した。
「今は攻撃を防げたけど、このバリアは長くは持たないよ」
「どのくらい持てるか?」
「あと銃撃を二回は耐えられるくらい」
レイの話を聞いて俺は焦り始めた。このままではあと三回銃撃を受けたら船は今度こそ壊れてしまうからだ。俺はレイに尋ねた。
「あとどのくらいで宇宙空間まで行けるか?」
「そうだね……、あと十分あれば」
俺たちが宇宙まで到達する十分であとどのくらいの攻撃があるだろうか。俺は他に攻撃を凌げる手はないかとレイから再びメモを借りた。その最中に四発目の銃撃があった。あと一回の攻撃でバリアは効力を失う。俺は焦りつつも冷静さを保ってメモを見つめた。
「あった…… 」
一つ、攻撃を凌げる方法が見つかった。それは一回しか使えないが、一回だけで十分な程の手段だった。俺はこれに今の俺たちの運命を賭けることにした。
「レイ、一つ手が見つかった」
「どんなの? 」
「レーザーキャノン」
「なるほど、キャノンか!」
レイの表情が晴れた。
「で、どうすればいい?」
俺はレイにメモを返した。船を操作しながらレイはメモを確認する。レイは一通りメモを見てから、俺に説明を始めた。
「向こうの空きスペースを改造してキャノン砲が取り付けられているみたい。その部屋に入ってすぐのところにレバーがあるから、それを下げて。そしたら後はこのメモに沿って動かして」
「わかった」
「頼んだ」
「うん」
レイからの説明を聞き終えた俺は急いでキャノン砲のある部屋まで走り始めた。エドの改造によって、この船には武器が搭載されていた。いざという時の緊急手段としてレーザーキャノン砲が船の空きスペースに備えられている。今の船の状況では一回しか使えないが、エドのメモによると一撃で船体に穴を開けられる程の威力はあるという。このキャノンを使って、俺は地上からの銃撃を止めようとしていた。
俺はキャノン砲が置かれている船室に入った。直後、船内に衝撃が走った。あと一回の攻撃で船は壊れる。俺は壁に取り付けられているレバーを下ろして、船のハッチを開けた。強烈な風が船内に吹き渡る。風が吹いている中で、キャノン砲がハッチが開くのと連動して外に出て行く。これで砲撃体勢が整った。あとは照準を定め、エネルギーをチャージして発射するだけだった。
『バリアの効力が切れた! 早くして!』
レイが船内アナウンスで俺を急かした。急がなければならない。俺はメモに書いてある手順に沿ってキャノンのエネルギー充填を始めた。数十秒で準備が整う。俺は操作パネルで地上に狙いを定めた。標的はドン・ボラーの宇宙船。モニターで地上の様子を確認した。
狙いを定め終えて、エネルギーの充填を終えたキャノンの発射準備を行う。計器の操作に慣れていなかったが、思っていたよりも簡単に準備を整えられた。俺は発射スイッチに目を向けた。今撃たないと、俺たちは死ぬ。地上で俺たちを守ってくれたみんなのために、俺はこの一発を放つ。
「頼む…… 」
俺は発射スイッチを押した。すぐにキャノン砲が眩い光を放って、エネルギー弾を発射した。モニターから見える地上では、ドンの船が五回目の銃撃を始めようとしている。間に合ってくれ。俺にはもう、この状況から生き延びられることを願うしかできなかった。モニターを見ると俺たちのキャノンが標的に命中した様子が映し出されていた。命中して、小規模の爆発が起こっている。どうやら向こうの船の銃口に当たったようで、もう攻撃が来ることはなかった。
俺はハッチを閉めて、レイのいる操縦室へと戻ることにする。その途中で俺はセイジのいる部屋へと入った。どうやらセイジの意識が戻っていたようだった。
「大丈夫か?」
俺がセイジに尋ねる。セイジはにこやかな顔をして返事をした。
「…… ああ。問題ねえよ」
「そうか、良かった……」
俺は思わず涙が出た。船は大きく揺れながら、高度を上げ続けている。
「なあ、戦いは終わったのか?」
セイジが聞いてきた。
「少なくとも、俺たちの戦いは終わった。だけど、村のみんなや、ドンの部下たちの戦いがどうなったのかはわからない……」
俺は村のみんなやアリス達に申し訳のない気持ちになった。俺たちがこんなことをしなければ、彼女達は平和に暮らし続けられたのかもしれない。俺達は、彼女達の安息を壊してしまった。
「なに、申し訳ない気持ちになってんだ。俺は俺たちがいなくとも、みんなはきっと戦ったと思うよ。だから、決してお前のせいじゃない」
セイジがそう言った。俺は思わず涙が溢れて、彼の寝ているベットの横に顔を埋めた。俺の気持ちはぐちゃぐちゃだった。ここまでぐちゃぐちゃになったのは、きっとあの時以来だった。セイジのブレスレットが目に入った。メリー、俺はどうしちゃったんだろうか? この時の俺は、もう側には居ない、あの日の少女のことが頭に過った。
俺はセイジを連れて操縦室へと向かった。
俺はセイジと共に操縦室へと入る。
「大丈夫? 」
レイがセイジに容体を聞く。
「大丈夫だよ。俺は死なねーよ」
その言葉を聞いて俺とレイは安心した。
船はついに宇宙空間に突入していた。あたりの景色が真っ暗になる。船は鈍い音を立てながら、ゆっくりと宇宙という名の海を進んでいく。レイはアリスから聞いた座標を船のナビシステムに入力していく。この座標まで行けば安全だろうということだったが、この船の今の状況で果たしてたどり着けるのだろうか。入力を終えたレイが俺とセイジに尋ねる。
「座標はセットした。あとはワープを始めるだけだけど、途中でエンジンが停止しても大丈夫な覚悟はあるね? 」
俺は迷わず、
「ああ、いいぜ」
と答えた。一方でセイジも、
「レイの言っていることだから、俺も乗るよ」
と言ってくれた。
「…… わかった」
そう言って、レイはワープの準備を始めた。慎重に計器類を操作していくレイの手はどこか怖がっている様にも、心配していないようにも見えた。
「じゃあ、行くよ」
レイが合図をして、レバーを上げた。船の速度が上がる。だが、やはり前回のワープの時よりも強い衝撃が船内に駆け回った。
「うぐ!」
俺たちは衝撃のあまりに思わず叫んだ。とてつもない負荷が体にかかる。まさしく命がけのワープだった。ワープを始めてから程なくして、船内のあちこちから火花が散り始めた。船自体にも相当な負荷がかかっている。オーバードライブとはこのことだった。次第に計器が壊れ始めて、散る火花の量も増えていく。配線がカバーを突き抜けて剥き出しになり、小さな火が燃え始めた。
「止めないと、バラバラになる!」
「止めてくれ!」
「早く!」
レイは俺たちの言葉を聞いて、慌てて船の計器を操作した。ナビパネルに表示されておる座標は目的地まであと僅かなところだった。レイが船のワープを止めた。ワープエンジンが停止すると、船は一気に減速した。直後、船の明かりが全て消えた。
「何!」
「おそらく、生命維持装置以外の全ての機能が停止した…… 」
「なんだって…… 」
俺たちは混乱する。更に幸か不幸か、俺の目の前に惑星の地表が見えた。
「なあ……、目の前の状況はどういうことだ? 」
「……、まずい! 地上に不時着する!」
船は凄い勢いで、どこの星かわからない地面に向けて降下し始めた。船内がどんどん暑くなっていく。勢いはますます速くなって、ついに地面が目の前のところまで来た。
「頼む!」
レイが急いで操縦桿を持ち上げた。直後、船の方向が少しだけ傾いて地面に斜めの向きに激突した。操縦室にとてつもない衝撃が走り俺は倒れた。レイもセイジも耐えられなかったようで、すぐにその場に倒れた。衝撃はなおも続き、船体はしばらく横にスライドし続けた末に止まった。目を開いて、窓の外を見るとそこは、雪山の中だった。