実家の近所同士では体調が悪くなった人がいるときに、それぞれの家が助け合って薬や果物などをそこに持ち寄る習慣があり、それは一時的な訪問者にも適応されるのだ。
奏と大雨の中、言い合いになった日に僕は帰ってすぐ母親によってお風呂に投げ入れられたのでなんとか風邪をひかずに済んだが、奏は大丈夫だったかは知らなかったが秀影おじさんから近くの宿に合宿してるバンドの学生の女の子が……という話を聞いて奏が風邪をひいてしまったということを感じ取った。
「これを村上さんの経営している宿に持って行って欲しい」と言われた時は奏に謝るチャンスだと思って僕は引き受けた。
自転車を漕いで村上さんの経営する宿へリンゴの入ったバスケットを持って向かう。
宿の中に入ると受付に村上さんが居て、お見舞の品はこの部屋に持っていってと部屋番号を教えて貰った。
階段を上がり、教えてもらった部屋の前へ向かいドアをノックする。
しばらく待ってみたが返事がないのでリンゴの入ったバスケットをドアノブのところに引っ掛けてその場を離れる。
受付にまだいた村上さんに部屋をノックしても留守だったことを伝えると念の為大丈夫か確認しておくと言われたのでひとまず実家へ戻ることにした。
「あれ、村上さんの宿に行ってたんじゃないのかい?」
僕のあまりにも早い帰宅に驚いた母親が何かあったのかと聞いてきたが僕が尋ねたが留守だったことを伝えると納得したのかまた台所へと戻っていった。
未だにあの日に奏と言い争いをしてしまったことは母親にも秀影おじさんにも話せていない。
「はぁ……、どうしようかな。」
正直今日奏に勇気を出して謝ろうとはしたが正直会っても何も変わらない気もした。
あの時奏は今の僕とは楽しそうではないし、友達にもなりたくないと言っていた。
あの時から何か変わったかというと何も変わっていない気がする。
ただきた初日から変わらずに農作業やご近所さんと物々交換をしているだけで特に新しい行動は起こしていないのだ。
「またギター、やるしかないのか……?」
ギターをまた再開する。それは一番やりたくなかったことで、今絶対ギターを見たらおかしくなってしまうに違いない。
「別に今やらなくちゃいけない訳じゃないし、それに無理してやるまでもないけど……。」
奏のあの言葉が胸に引っかかってずっとむずむずしている自分がいるのも確かだ。
そんな時に母親が村上さんが尋ねてきてると僕をキッチンから呼んでいる。
キッチンに向かうと窓から村上さんがバンドメンバーが帰ってきたと教えてくれた。
どうやら薬などを買い出しに行っていたらしく、部屋の中には寝ている奏しか居なかったので対応できなかったらしい。
「どうせなんだし、久しぶりに会いに行ってきなさいよ。」
母親にそう言われて僕は一度は断ったが、何も知らない母親によって結局つまみ出されてしまったので仕方がなく村上さんと淀へ向かうことにした。
「なんでそんなに嫌がるのだい?お友達なんだろう?」
村上さんは不思議そうに僕に尋ねてくる。
「実は、昔少しいざこざがありまして……。」
僕は村上さんと田んぼ横の小道を歩きながらあの文化祭の時にあったことや、昨日奏と言い合いになったことを話す。
「なるほどな……。」
村上さんは少し難しそうな顔をしてから一言こういった。
「それはつまり、吉人君が大切な存在でモチベーションの燃料だったってことじゃないのかい?」
「どういうことですか……?」
ミスしてしまった人が大切な存在でモチベーションの燃料とはどういうことなのだろうか。
「つまり、その奏ちゃんという幼馴染の子は吉人君、君がいたから軽音楽部を続けていられたということなのではないか?おそらく今は、彼女は仕方がなく続けているような状態なのだろうな……。」
奏に昨日言われた言葉を思い出してみると確かにそんな話をしていた。
「もしそうだったとして僕は、僕はどうしたらいいんですか?喧嘩しちゃってて……。」
「簡単なことだ、実力で納得させるしかない。吉人君はギターをやっていたんだろう?なら、ギターをまたやって奏ちゃんのモチベーション担ってあげればいいんだよ。」
村上さんの言うことは確かに理にかなっているし、一番現実的だ。
「でも、僕もうギターを見るだけでも怖くて……。あの文化祭のことがフラッシュバックしてくるんです。」
村上さんの真摯な態度に僕はほぼ全てのことを話してしまったがなぜか後悔は無かった。
「そうか……そこまでなのか。ならまずは家に飾っておくというだけでもいいのではないか?おそらく吉人君は無理に克服しようとしてるから、そうやって嫌な記憶が思い出されるんだろうな。」
家に飾っておくという考えは思いつきもしなかったアイデアだった。
確かにいつも通るところに置いておくだけでも少しずつ克服できる材料になるかもしれない。
「ありがとうございます。僕、そのアイデア試してみます!」
その返事を待ってましたとでも言うように、村上さんはにっこりと笑ってくれた。
宿は気づけばもう目の前だった。
「まぁ、とりあえず会って話をしてみてもいいのではないか?」
村上さんにそう言われて僕はバンドメンバーのいる部屋へと向かった。
ドアをノックすると知らない顔の少年が出てくる。
「あれ、ここの近所の人っすか?お見舞いの品なら受け取るので渡してくれれば大丈夫っすよ!」
謎に軽い感じの雰囲気の男の子に僕は一言こう言った。
「奏はどう?」
少年は少しびっくりした顔をしてから何かを納得したような顔をした。
「なるほど……奏さんが言っていた幼馴染というのはあなただったんですか。」
奏が僕のことを話していたのもびっくりだがそもそもこの少年は誰なのか。
村役場で見たルーズリーフに書いてあった名前を思い出そうとしていると向こうから名乗り出てくれた。
「あ、申し遅れましたね。僕は大山 惇って言います。よろしくっす。」
確かにギターの所に大山と書かれていた気がする。
「つまり、君が新しいギターの担当ってことか。まぁ、そんなことはどうでもいいけど……。奏に少し会って行ってもいいか?」
そうっすね、と答えたあとで惇はえっ!?と言ってからまぁ、いっか。とだけ呟いて僕を中へと入れてくれた。
奏は少し狭めの部屋ですやすやと寝ていた。
「ここは奏さんの部屋として割り振られてて、僕は2個左隣の部屋っす。」
惇の何の得があるのかよく分からない自分の部屋の話を適当に返事して聞き流しながら僕は奏の横にそっと座る。
「やっぱ幼馴染馴染みとして心配なんっすか?」
惇が僕に紙コップに入れた冷えた麦茶を渡してくれた。
「まぁね。後は奏とは色々あったからさ……。少しでもやれることはやってあげたくて。」
「あぁ、確かになんかそんな話もしてたっすね……。喧嘩、しちゃったんっすよね?」
どこまで奏は話しているんだと思いながらもまぁ、昔からそんなところもあったなと少し納得しながらそうだね。とだけ答える。
「あの日、奏さん泣きながら帰ってきたんっすよ。んで、僕達で何があったのか聞いたら、幼馴染でずっと仲良くしてた吉人に酷いこと言っちゃったって言い出して。そこで僕は前までここのバンドでギターをやってたのが吉人さんだって分かったんすよ。」
惇は前から軽音楽部は気になっていたそうなのだが他に一緒にやる人がいなかったらしく、たまたま僕が抜けたギターの枠で入ることが出来たらしい。
「どう、軽音楽部は。楽しい?」
「すごい楽しいっす。でも、奏さんはあんまり楽しそうじゃ無くて……。」
やっぱり村上さんの言う通りに僕が奏の軽音楽部にいるためのモチベーションになっているのだろうか。
「じゃあ、やっぱり僕がいなくなってからバンドが少し変わってしまったって訳か……。」
「そうっすね。僕が見に行った時にはみんな死んだ様な顔をしていて……。最近やっと少し元気になってきたなって感じっすね。」
僕がいなくなった事によってバンドも大きく変わってしまったいたようで、惇が来る前は本当に解散間際だったのかもしれない。
正直、引退してしまった自分が言うのもあれだが解散だけはして欲しくない。
「そっか……。話してくれてありがとう。もし奏が起きたら僕が来て、またギターをやり始めるかもって言ってたって言っておいてくれ。」
惇はわかったっす。とだけ答えて僕を無言で外まで送ってくれた。
宿から家へ帰ろうとしていると外の植え込みに水をやっている村上さんに会った。
「村上さん、ありがとうございました。お陰様で1歩踏み出せた気がします。」
「何を言ってるんだ。わしはただアイデアを出しただけで実際に行動に移したのは吉人君自身の力だ。」
自分自身の力。確かに今までならバンドメンバーと話をするのも嫌だっただろう。それが話をできるまでに一応成長した。これは僕にとっては大きな進歩だ。
「でも、まだメンバーと話せただけなので……ここからギター嫌いを克服しないと……。」
そう言うと村上さんは笑いながらそんなの吉人君なら楽にできるはずだ。と言ってくれた。
僕は家に帰ってからすぐに、充電していた携帯に手を取る。
明日、単身赴任で青森に行っている父親が1日だけ家に帰ってくる日なのだ。
チャットアプリを開き、父親に「明日実家宛にギターを送って欲しい」とメッセージを送る。
すると、丁度昼休みだったのかすぐにOKと鳥が喋っているスタンプが帰ってくる。
まずはギターをまた好きになるところから。村上さんのその言葉を思い出して1歩を踏み出してみる事にした。
数日後、東京の自宅へ大きな段ボールの中に厳重な包装をされてギターは届いた。
一緒に父親からの手紙も入っていた。
「吉人、久しぶり。まだ学校には行けてないらしいな。まぁ、無理せず頑張れ。俺も昔は一時期不登校だった時があった。でも、段々と周りの友達のおかげで行きたくないという思いが無くなったんだ。
だから、お前もがんばれ!
追記:ギターを箱に詰める時から1弦は切れていました。俺が切ってしまった訳ではありません。」
手紙を読んですぐにギターの方を見てみると確かに1弦が切れてしまっている。
「あれ、ここの弦って確か……。」
僕は高校1年生の時の記憶を呼び返す。
――――――――――――――――――――
「最後に演奏致します曲は私達のデビュー曲、『ラストサマースカイ』です!」
あの時は、初めての大人数の前での公演に僕達は緊張していた。
明梨の4カウントでスネアとフロアが豪快に叩き鳴らされる。
前のコーナーまでに出演していた先輩たちが、お客さんを引き止めていてくれたお陰もあり、僕たちは沢山のお客さんと共にファーストライブを始められた。
高校一年生はまだ始めたばかりということで部活のルール上、カバー曲かオリジナル曲で一曲のみトリとして演奏するという伝統がある。
なので僕たちはオリジナル曲を作成して演奏する事にしたのだ。
無事に演奏の終盤まで行き、最後の音を全員で一気に鳴らした後でギターの1弦が急にプツン!と切れた。
曲が終わった後だったので良かったが演奏中だったら、今の僕みたいに確実に心が折れていただろう。
なんとか弦の部分を抑えて写真撮影は誤魔化し、待機室へと戻る。
綾音と明梨は軽音楽部の野外公演の片付けの担当に先輩達と駆り出されており、僕と奏は待機室の清掃の担当になっていたのだ。
「そういえば、吉人さ写真撮影の時になんかギターの持ち方が変だったけどあれ、どうしたの?」
二人でお菓子のゴミをまとめたり、机を元の位置に戻している時に奏が聞いてきた。
「あー、あれ?奏には教えてあげようかな……。」
学校学期の弦を切ってしまった事に、当時謎の責任感を持ってしまっていた僕はなるべくその事を隠そうとしていたが奏には何故か話してもいいかなという気持ちがあった。
僕は奏は整理した机の上に座って1弦が最後に切れてしまったことを、他の誰にも聞こえないように奏に耳打ちした。
すると奏は少しびっくりしたのか呼吸が小刻みになった後で「実は、私もなんだ……。」と耳打ちし返してきた。
その頃はもっと音に厚みが欲しいからと言うことで、奏はギターボーカルをやっていた時期だった。
奏は待機室へ持って帰ってきていたギターケースを持ってきて、開いている机の上に置き、チャックを開ける。
学校楽器の白色がベースで茶色の木のような模様をした線の入っているベースで確かによく見ると1弦が切れてしまっている。
「お揃い、だね。」気づけば口からはその言葉が出ていた。
「お揃いって……あはは!確かにそうかもね!楽器は違っても、今だけは同じ弦が切れてるお揃いの弦楽器だね。」
僕たちは気づけば片付けのことは忘れて、ずっと話し続けていた。
昔のことから、軽音楽部に入ってすぐの頃のことなど沢山の事を話した。
「やっぱり、私達何か関係性があるというか……シンクロしてることがあるよね。そう思わない?吉人。」
「確かにそうかもね……。この楽器もそうだし、考えてることが似ている時も小さい頃はよくあったよね。」
「そういえばそうだったね……。親同士の交流がてら、ご飯食べに行こうってなった時も行きたいところが一緒だったりしたよね。」
奏はどこか昔を懐かしむような目で話をしている気がした。
「最近はお揃いが少なかったけどこれでまたお揃いの思い出が増えたね。」
奏にそう言うと奏はニコッとしながらうん!と答えてきた。
――――――――――――――――――――
「そっか、また1弦が切れたのか……。」
奏と直接話し合いをして仲直りできている訳ではない僕にとっては、少し複雑な感情だった。
「あの時は楽器屋さんに奏と一緒にこっそり持って行ったんだっけな……。」
実際放送されているギターを出すときに少し身震いをしてしまったが、触ることができたので前よりかはギター嫌いを克服できているのかもしれない。
「ギターを完全に克服できたら楽器屋さんに修理に出さないとだなぁ……。」
今はなぜかギターの弦を直す気にはなれないので僕はギターを自分用にと秀影おじさんが用意してくれた部屋の角に立てかける。
少しだけホコリをかぶっているギターは僕を待っているかのように思えたが、「まだ、君とは分かり合えないんだ。ごめんね。」とだけ返しておく。
「そういえば奏もよく物に対して話しかけてたよなぁ……。昔は植物にも話しかけてたっけ。」
奏は大丈夫だったのだろうか、風邪は治ったのだろうか。一瞬だけ考えるつもりが気づけばずっとそのことばかりを考えていた。
ギターが実家に来てから数日、僕は秀影おじさんに頼まれて少し遠い場所まで野菜を届けに行くために自転車を漕いでいた。
野菜を届けた後で、僕はすぐに帰る気分にはなれず、少し回り道をして帰る事にした。
村役場の方へと自転車を走らせ、少し丘の上の公園へ自転車を走らせようと思っていたのだ。
しかし、公園に行く前に僕の自転車を漕ぐ足は村役場の前で止まった。
「この音は……。」
僕は吸い寄せられるように村役場の前で自転車を停め、開いている窓の近くにあるベンチに座る。
「よし!もう1回通してみよう!」
「明梨、流石に休憩入れないと……。流石に疲れたし、今日は奏いないんだし……。」
「あぁ、まぁ、そうか。確かにそうだね。ごめん、綾音。」
奏がいないんだし。その言葉を聞いて惇や村上さんの言っていたことを思い出した。
「あれ?吉人さんじゃないっすか。どうしたんですか――って聞くまでもないっすねこれは……。」
ちょっと待ってて欲しいっす。とだけ言って惇は村役場の中へと戻って行ってからペットボトルのお茶を二本持って戻ってきた。
「これ、吉人さんに僕からの奢りっす。」
渡されたお茶はまだキンキンに冷えており、おそらく買ったばかりの物なのだろう。
「ところで、奏が来てないって聞こえてきたけど……どう言う事なんだ?」
「そのままっすよ……。二日前くらいから急に部屋から出てこなくなっちゃったんっすよ。」
前にあった時には、明るそうに見えた惇の顔がとても暗くなっていた。
「何かあったのか……?喧嘩したとか、方向性が一致しなかったとか。」
そう聞いてみると惇は首を振った後で「全くそう言うのは無かったっす。なんか急にこう言う状況になってたんっすよ。」
奏を練習に誘おうと全員で色々したらしいが全く出てくる気配も無く、ただ「先に行ってて。」としか言われなかったという。
奏はボーカルなので数日なら欠けてても大丈夫だろうという話にもなり、今は練習をしているらしいが流石に愛宕祭の開催日的にも危ないようだ。
「なるほどな……。」
だから……。と言った後で惇は言葉を続ける。
「吉人さんにお願いがあるっす。奏と話してきて欲しいんっす。あと頼れるのは吉人さんぐらいなんっすよ!」
「分かった。でも、1つだけ交渉をしない?」
「僕が飲める内容ならいいっすよ……。」
僕は交渉内容を耳打ちすると、惇はびっくりしつつも話を通してみるっす。と答えてくれた。
そのまま惇と別れ、村上さんの宿に向けて自転車を漕ぐ。
お昼過ぎなのもあり、自転車を漕ぐたびに汗が物凄いがそんなのはお構いなしに漕ぎ続ける。
「ちくしょう……!回り道ついでに村上さんの所の宿に寄るとなると、めちゃくちゃ遠いなっ……!」
しばらく自転車を漕ぎ、やっとのことで宿の前へと着く。
村上さんに軽く挨拶をし、奏達が部屋を借りている階まで疲れてパンパンになっている足に鞭を打って階段を登る。
扉をノックしても返事はなく、ただ僕が扉を叩く音がフロアに響くだけだ。
「奏、居るなら返事をしてくれ!」
返事がないので出直そうと思ったその瞬間に、耳元に風を感じた。
「吉人は昔から視野が狭いよね。」
びっくりして横を見てみると寝巻きに着替えた奏が立っていた。
「久しぶりに大きいお風呂に入りたくて、下の大浴場に行ってたんだ。ごめん。」
奏はそのまま部屋の鍵を開けてからこちらを振り向き、僕を手招きした。
「話があるんでしょ?私もあるから。入って。」
中へ入ると、借りてる部屋とはいえども、きちんと整頓されている綺麗な部屋があった。
「座っていいよ。狭いかもだけどそこはごめんね。」
丁度二人がけほどのサイズのソファーに僕と奏は座る。
「まぁ、吉人が来た理由はなんとなく分かるよ。私がバンド練習に行ってないっていうのを、誰かから聞いたんじゃない?」
「まぁ、そうだね。奏の方の話したい事っていうのは何なんだ?」
「私が風邪ひいた日の話だよ。惇が私に伝言預かってるって聞いたからさ。聞いてみたらまたギターやる事にしたんだって?」
少しだけ内容が変わってしまってはいるが、だいたい伝えたい内容は当たっていたようでよかった。
「じゃあ、まぁこっちから。奏の予想通り何だけど最近練習に来てないっていうので心配で僕しか頼りがいないって言われて来たんだけど……。」
「そっか……。吉人は何でだと思う?」
急な質問にすぐには返せずに、少し考え込む。
「前言ってた昔のように演奏したいってことか?」
思いついたのはそれしか無かった。
「半分正解。またあのメンバーと新しく増えた惇とで私は今回の愛宕祭のステージをやりたい。」
奏も同じ想いだった。
僕がここにくる前に惇に交渉した内容もステージに参加したいから練習に入れて欲しいという内容だった。
「同じことを僕も考えてた。久しぶりにギターを見て弾きたくなっちゃってさ……。」
「久しぶりにお揃い、になったね。」
奏がこちらをにっこりと見ながらそう言ってくる。
「そうだな……。久々のお揃い、だな。」
そう言って二人で笑い合った後で奏は僕に一言こう言ってきた。
「今の吉人は、昔一緒にバンドしてた時の吉人にそっくりだよ。この吉人が私は好き……。」
突然の事に僕はしばらく固まってしまっていた。
奏とお互いに話を共有してから数日たったある日、僕は少し散歩をしようと思って自転車で丘の上の公園まで行く事にした。
最近は少しずつだがギターを見ても怖くは無くなってきていて、後少しで完全に克服もできるだろうというところまできた。
「この前は奏のところに行っちゃってここには来られなかったからな……少しゆっくり散策でもしようかな。」
幼稚園の頃に奏と一緒によく遊んだ公園。そんなこの公園は今も昔と全く変わらずにここに残っている。
ある程度散策し終わり、ベンチで休んでいると数人の高校生らしきグループが公園に入ってくる。
そのグループにいる一人の少年を見て、僕は寒気がした。
「げっ、山田じゃん……。」
僕と奏がここ、広島から東京の方へと引っ越した直接の原因でもあるのが山田だ。
僕達が小学校の頃、奏と僕との家は近く、いつも一緒に登校していて、そんな時に僕をいじめてきたのが山田だった。
山田は当時、奏のことが好きだったらしく僕がいつも奏と一緒に登校していたりしたのが気に食わなかったようで僕に対してよくいじめをしてきていたのだ。
幸いにも奏には被害を与えさせることは無かったが、僕は先生に相談をしてもやめない山田のいじめにうんざりして父親の転勤を機に東京への転校を決心した。
奏はその際に僕と離れたくないという理由で東京にある親戚の家から登校するという条件で僕と一緒の学校に転校し、そのまま二人で音楽を始めた。
「せっかくここでゆっくりしようと思ったのに……。バレないようにこっちから回り道するか。」
円形上になっているこの公園の構造上、山田が来ている道とは反対の道を通れば遭遇せずにこの公園から出られると思った僕は少ししゃがみながらゆっくりと出口へと向かう。
もう少しで出口に着くという時に、僕は後ろから誰かに突かれた感触がして振り向いてみると案の定、彼がいた。
「おい、吉人じゃねぇかよ。久しぶりじゃねぇか。ん?」
「山田か。久しぶりだな。」
僕はあえて少し強めの口調で返事をして、山田をびびらせようとする。
「お前いつからそんな偉そうになったんだよ?でも、それもガワだけだな!見た目はただの引きこもりの不登校野郎じゃねーかよ!」
山田は相変わらず僕を舐めたような態度であしらってくる。
「見た目が悪いから何だよ、僕はただ生きたいように生きてるだけだ。お前みたいな奴に左右されるような人生は送りたくないね。」
正直口論で勝てる可能性は薄いが、少しでも威嚇をするために僕は普段は使わないような強い口調を続ける。
山田は何だと?と言って拳を構える。完全に僕に対して殴ろうとしている体制だ。
僕が拳をブロックしようと腕を出したその直後に急に山田は動きを止めた。
「はぁ、やっぱり山田は昔から変わってないね。」
山田が動きを止めたのは、後ろにいた奏を見たからだったようだ。
「奏、何でここに?バンド練習はどうしたんだよ。」
「いや、吉人のお母さんが村役場まで来て吉人のことを探しててさ。ここにいるんじゃないかなっていう私の勘で来たら、こんな状況だったって訳。」
そういえば家を出る時に母親にも秀影おじさんにも何も言わずに出てきてしまったことを思い出した。
母親には怒られるかもしれないが後で謝っておこう。
「んで、山田はまだ吉人のことをいじめてるって訳ね。」
奏は呆れたような顔で僕に確認をする。
「いや、違う!た、たまたま久々に吉人に会ったから挨拶でもって思っただけで……。」
「へぇ?じゃあ、山田は挨拶する時に人を殴ろうとするんだ。」
奏は追い討ちをかけるように山田に話している。
「何だよお前!昔から家が近いからって吉人とばっか仲良くしやがって!俺には全く目も向けてくれなかったくせに、大口叩きやがってよ!」
怒りが抑えられなくなったのか山田は奏に対して怒鳴りつける。
「そういうところ。」
「はぁ?」
「そうやってすぐ怒って手を出したり、大声出したりするのが昔から嫌だった。それだけだよ。」
奏は冷静に、そして鋭い目つきで山田を睨みつけ、言葉を続ける。
「それに比べて吉人はいつでも優しく私に接してくれたし、暴力を振るおうとしたりもしなかった。だから私は吉人について行って東京に行った。」
山田は何かくるものがあったのかその場で立ったまま動かなくなっていたがそのまま踵を返して「ちっ、ラブラブ野郎どもめ。」と言って去っていった。
「奏、みっともないところ見せちゃったな。助けてくれてありがとう。」
奏はいいんだよ、私も山田に一言ガツンと言ってやりたかったし。と言って笑ってくれた。
「奏、覚えてるか?昔ここで隠れん坊とかしたの。」
「もちろん!いつも私が勝ってたよね?」
小さい頃は隠れるのが苦手ですぐに奏に見つかっていた記憶が確かにある。
「今なら負けないぞ?」
「本当に?じゃあ私が10秒数えるからその間に隠れてよ!」
奏は近くの木のみきに顔を当ててじゅーう!と言って数え始めた。
「おいおいマジかよ!」
僕は急いで近くの茂みに隠れた。
その後すぐに奏は僕を見つけてニコニコ笑ってからこう言った。
「やっぱり吉人はすぐ、私に捕まっちゃうね。」
山田との1件があってから数日後、僕は家でギターに対するトラウマがやっと解消され、触れるくらいになっていた。
久しぶりに少し弾いてみるかと思ったが1弦が切れてしまっていることを思い出し、バスに乗って少し都会の方まで出ることにした。
楽器店の店員さんにギターを出すと1時間ほどで出来ますと言われたので少し周りで時間を潰すことにした。
さすがに都会の辺りまで出ると実家の周りのような木造建築も無くなり、コンクリート造りの家やマンションが多くなってくる。
楽器店に戻り、数分ほど中を散策しているとギターの修理が終わったという連絡が携帯に届いたので、受け取りを済ませる。
そのまま家に戻ると、僕はギターをアンプに接続し、久しぶりに音を鳴らしてみる。
1弦、2弦、3弦と少しずつピックで弦を弾いていく。
久しぶりに鳴らすギターの音はどこか透き通っていて気持ちが良かった。
気づけば僕は色々な曲のベースパートを弾いていた。
バンドのみんなと初めて演奏したオリジナル曲の『ラストサマースカイ』、1度は僕を挫折させた『エピック・キャンパス』。
いつも聞いているアーティストの曲をギターアレンジして弾いてみたりと気づけばもうすっかり日は落ちて夜になっていた。
明日は久しぶりにバンドメンバーのみんなと曲練習をする日で夜更かしをする訳にもいかないので、夕飯を食べたあとはすぐにお風呂に入り、明日に備えて寝ることにした。
翌朝、僕は村役場の集合している小ホールへ1番に到着し、ギターにアンプなどを接続させていた。
小ホールには明梨の使っているドラムなどが組み立てられた状態で置かれている。
「明梨のやつ、スティック1本折っちゃったのかよ……。これで何本目だ?」
明梨は昔から気合を入れて演奏しすぎるとスティックが折れてしまうことがあり、最初は部費で買っていたのだが経費が嵩むため、いつの間にか自腹にさせられていた。
しばらくギターをチューニングがてら鳴らしていると小ホールに奏が入ってくる。
「おはよう、吉人。早いね。」
奏は珍しくロングヘアを結んでポニーテールにしていて、いつもよりも少しクールな感じになっている。
「おはよう。そういう奏も早いじゃん、2番のりだよ?」
僕は奏に返事をしながら残りのチューニングを済ませてしまう。
「お、チューニング終わった?ならさ、昔2人で作った曲やらない?」
奏はマイクのセッティングをしながら提案をしてくる。
「昔作った曲って……小学校の頃に作った『アオナツ』のこと?」
アオナツはその頃に流行っていたアオハルという単語を文字って作ったもので、夏の思い出などを詰め込んだ曲になっている。
「そうそう!1人で弾けてもボーカルと合わせたらズレるってこともよくある事だし、リハビリ程度にやってみようよ!」
ゆっくりとしたギターソロから始まり、奏のボーカルが入る。
奏のボーカルに合わせて弾こうとするして少しだけズレているが、久しぶりにしては上手くいっている方だろうと自分に言い聞かせる。
ゆったりとして静かなAメロが終わり、サビに入ると一気に音圧のあるメロディーになる。
サビが終わり、またゆったりとした静かなBメロに変わっていき、曲が終わる。
「いやー、やっぱり久しぶりだと大変でしょ?でも、久しぶりにしてはよく出来てたし、何よりすっごく楽しかった!」
奏は額の汗を手で拭いながら、いつもよりも元気に話しているような気がした。
「頑張って奏に合わせようとしてたけど流石にキツかった……。あと少ししか時間が無いのにいけるかなぁ。」
「大丈夫、吉人ならいけるよ!」
その後、お互いそれぞれの準備をしている間に残りのメンバーも集まったので当日の打ち合わせをする事になった。
「やっぱりここのメロディーはこうして……。」
「いや、ここはこうした方がいいと思うっすよ!」
お互いにさまざまな意見を出し合って決まったのは曲はアンコールも含めて3曲で、一曲は事前に作ってあった新曲を出す。
ギターは2本で演奏するので少し譜面の書き換えもしなくてはならないようでそれをあと1週間とちょっとで詰めるのは結構ハードなスケジュールだ。
「多分、このスケジュールは相当ハードだと思うけど、みんな一緒に頑張ってくれる?」
奏は全員の顔を見渡しながら質問をし、全員が頷いたのを確認してからもう一言付け足した。
「いつものあの言葉、言わせて欲しいんだ。」
奏は大きく息を吸ってから「最高のライブにしよう!」と普段より大きな声で言う。
おー!と全員の声が小ホールに響き渡る。
愛宕祭まであと1週間と数日。
久しぶりのギターの演奏ができることにワクワクしている自分がいた。
アオナツはまだ始まったばかりだ。
「いやぁ、やっぱいっぱい練習すると疲れるねぇ……!」
明梨は珍しく練習中に疲れを感じているようだ。
「今日は流石にやるけど明日は休みにしたいなぁ。指が疲れたよ……。」
綾音も長時間の練習に疲れてきているようでベースを置いてその場に座り込んでいる。
「じゃあ、明日だけはオフにしてここの近くの川沿いでみんなでバーベキューでもする?」
奏の提案に全員が賛成し、それぞれで材料を持ち寄る形になった。
僕は帰って早速、秀影おじさんに事情を説明して野菜を持っていく事にした。
翌日、僕は自転車に野菜を大量に詰めた段ボールを乗せて河原へと向かう。
「おーい、吉人!遅いぞー!」
河原では既に惇が持ってきてくれたバーベキューコンロをセットしている明梨がいた。
「あれ、惇は?」
「買い物に行くってバスに乗って行ったよ。だから今こうやってあたしが用意とかしてるってわけ。」
明梨は手際良くコンロに火をつけると、全員分の椅子などを用意し始める。
僕は惇が用意して行ってくれた小型テーブルの上で野菜を適当な大きさに切って串に刺していく。
「はぁ、やっと着いた。ごめん、遅くなっちゃった!」
串に刺す作業を続けていると保冷バッグを持った綾音がこちらに向けて手を振っている。
綾音は家の近くに川があることもあり、魚などを色々と持ってきてくれたようだ。
「あとは奏が来るのと惇が帰ってくるのを待つだけだね。」
その後、惇はすぐにソーセージやら色々な物を買って帰ってきた数分後に奏のお待たせ!という声がした。
奏は白いワンピースで身を包んでおり、手には沢山の花火の入った袋を持っている。
「ごめん!服選びに時間かかっちゃって。花火を買う時間とか考えてなかった……。」
奏は急いで河原まで降りてきて花火の入った袋を安全なところに置き、バーベキューが始まった。
「では、あと数日、頑張りましょう!かんぱーい!」
こう言う時の盛り上げ役の明梨のかんぱいの号令で各々紙コップをぶつけ合う。
そのあとは全員で色々な串を焼いては食べての繰り返しだった。
「いやー、たまにはこうやってゆっくり休むのもいいっすね……。」
「あと少しで日が暮れるみたいだし、そしたら私の持ってきた花火しよう。」
バーベキューも終わり、全員で一息ついているうちに日は段々と落ちていく。
数十分経つと周りはもう暗くなってきていて、花火をするには十分な暗さになった。
バーベキューコンロの薄明かりを頼りに奏が花火を開封していき、全員に配ってくれている。
他の人に花火を均等に配り終え、残りを僕に渡しに来た奏は花火を渡した後で、すれ違いざまに囁きた。
「この花火が終わったら、少しだけいきたいところがあるんだけど……。いい?」
僕はみんなにバレないように小さく頷くと、奏は少しだけ笑って返事を受け取ってくれた。
花火が始まると、まずは全員で激しい花火に一気に火をつける。
「花火アートにしてやる!」
「明梨!周りに気をつけてやってね?」
明梨が花火の尾を使って流れ星のようにしているのを綾音が後ろで見張っている。
「花火とか久しぶりっすよ……。吉人さんも久しぶりっすか?」
「数年前に従兄弟とやった時以来かな。まぁまぁ久しぶりだね。」
「吉人、従兄弟いたんだ!?」
僕と奏、そして惇はふざけている明梨とそれを止めようとしている綾音とは別に川の真横で静かに線香花火をしていた。
「あー!落ちちゃったっすよ……。」
真っ先に惇の線香花火の火球が川の水の中に落ちる。
「よし、吉人。勝負しよう?どっちが長く続くか。」
「いいぞ、望むところだ!」
お互いになるべく手を振るわせないように固定した体制で線香花火をキープし続けていたが、数秒後に僕の方の火球が川の中に落ちていった。
「やった。私の勝ち。」
奏はまだ火球の残っている線香花火を持ちながらにっこり笑っていた。
「奏、その笑顔は反則だ……。」
おそらく奏は狙ってはいないのだが、花火との相乗効果で奏の笑顔は僕の脳天を破壊するレベルの美しさを放っている。
「ん?なんか言った?」
しかも当の本人は線香花火をキープすることに夢中だったようで聞いていなかったようだ。
「いいや、なんでもない。」
僕はとりあえず何事もなかったかのように、はぐらかしておいた。
その後、花火も終わり、各々の荷物を持って別れた後で奏はさっきの約束の所に連れていくと言って自転車を押している僕の少し前を歩いている。
「奏、こっちの方向って……。」
向かっているのは村役場から少し離れた丘の方面だった。
「そう、あの公園だよ。夜は夜景が綺麗だし、吉人にも見せたくてさ。」
ぐるぐると上へ向かっている道路を二人で登っていく。
「やっと着いたね……。」
「流石に歩いて上がるのは無謀だろ……。下に自転車置いてバスでもよかったんじゃないか?」
「そんなことないよ。ほら、こっちこっち。」
奏は展望用のスペースの前で僕に手招きをしている。
「ほら、こんなに綺麗な夜景なんだよ?苦労して登った方が綺麗に見えるんじゃない?」
確かに、奏に言われて見た光景は普通の夜景とは違って綺麗に見える気がした。
「ここの公園には小さい頃よくきたことがあるけど、こうやって夜景を見るのは初めてじゃない?」
手すりに寄りかかりながら奏はこちらを向いてから大きく息を吸う。
「ねぇ、少し話をしてもいい?」
奏は急に少し声のトーンを下げて、なぜかこちらとは別の方向を見て聞いてくる。
僕は何と返答したかは覚えていないが肯定の返答をしたはずだ。
「私はさ、吉人には隠してたんだけど結構いじめられてることが多かったんだ……。」
奏とはクラスが違かったのと、周りの目が気になるということでクラスの状況は見られていなかったのもあり、奏の口から出た発言は衝撃的だった。
「それこそ、男子からの発言も多かった。特になんで吉人なんかとって言うのも多かったなぁ。今思えばああいうのって嫉妬から来るものなんだろうね。」
ごめん。と一言、言うことしかできなかった。
「いや、これは吉人のせいじゃないよ。私がバンドでボーカルやってることについても言われたし。」
どうやら奏は僕の知らないところで色々耐えながら生きてきたようだ。
「あぁ、別に吉人に謝らせたくてこんなこと言ったわけじゃなくてさ、色々知っておいて欲しかったの。」
風になびく彼女の白いワンピースは、風に従ってゆっくりと揺れている。
「いつも通り、接してくれればいいんだ。今は別にそんなことには困らされてないし。」
奏はやっとこっちを向いたがその目にある粒には夜景が映っていた。
「ねぇ、吉人。周りに人いないよね?」
僕は周りを見て、誰もいないことを確認して頷くと奏は僕の胸元に思いっきり頭を寄せてきて泣いた。
「奏、気づいてあげれなくて悪かったな……。自分のことにばっか気にしすぎて、お前のこと気にしていられてなかったし、何もやってやれなかった――」
「そんなことないよ。一緒に音楽をできたってことが私の支えだったんだよ……?だから吉人は立派に私のために動けていたんだよ。だから、いつも通り私に接してくれればいいんだよ。」
奏はそのまま僕の胸元に頭を押しつけたまま言葉を続ける。
「あの時、吉人と一緒に音楽をやってたから私は今もこうやって生きられてるんだと思う。多分吉人と知り合ってなかったら今頃私は今のあのメンバーみんなと会う前に死んでいたかもしれない……。」
死んでいたかもしれない。その言葉には確かな重みがあった。
「奏、じゃあ僕がバンドを辞めてから辛かっただろ……。ごめん、本当に……本当に、ごめん。」
気づけば僕の目にも涙が浮かんできていた。
「ねぇ、もう1回だけ線香花火の勝負しない?」
しばらく経ってから奏は僕の胸元から顔をどかして、袋から2本の線香花火と点火棒を出した。
夜景の見える公園のベンチに座り、僕と奏はお互いに線香花火に火をつける。
ポッと小さな火球がお互いの線香花火につく。
「今日の夕方みたいに大人数でやるのもいいけど、こうやって静かに二人でやるのもいいよね。」
夜景を線香花火を片手で持ちながら、二人でぼーっと眺める。
「吉人はまたこうやってバンドやってて楽しい?」
「今は楽しいかな。学校に行かなくなってから一番楽しい瞬間かもしれない。」
「ならよかった。私たちもどうやったら戻ってきた吉人が楽しめるかって議論してた時期もあったし……。」
バンドメンバー全員が僕のために色々なことを考えてくれていたのだ。
「昔もここでこうやって花火したよね?あの時に吉人が言ってくれた言葉を今そのまま返すよ。『諦めなければいつかはどうにかなる。』だよ。」
そういえば昔、奏と僕とお互いの親でこの公園で集まって花火をした時に奏が何か相談をしてくれたことを思い出した。
何を相談してくれたのかは正直覚えていないが、奏が言ってくれたセリフを言ったのは覚えている。
「あの言葉も私の助けだったんだよ。あの時から私は色々なことに悩んでたんだよね……。」
でも、と言って奏は付け足す。
「何回も言うけど吉人が気づかないうちに私を助けてくれてたから私は今もこうやって楽しく生きられている。だから、今度は私の番だよ。愛宕祭の公演が終わって夏休みが終わったら、また学校においでよ。何かあっても私が手を差し伸べてあげる。」
この愛宕村に来てから確かに引きこもっていた時よりも、色々と前向きにできるようになった気がしている。
「奏、僕のことばっか考えすぎて無理はするなよ?」
「別に無理じゃない。恩返しだから。」
話しているとジュッと火球が落ちる音がする。
線香花火の方へ目をやってみると2つとも火球が落ちていた。
お互いに見ていなかったのでどっちの火球が先に落ちたのか分からない状況になってしまった。
「どっちが先に落ちたか分からな――奏、何笑ってるんだよ?」
「いや……なんか面白いなって思っちゃって。ふふふ。」
奏の静かに笑っている姿に釣られて僕もなぜか笑ってしまった。
「あ、今日も月が綺麗だよ。満月だね。」
奏が指差した先にはまん丸で黄金のように輝く満月があった。
「今日は満月か……。確かに綺麗だな。」
そう呟くと奏はなぜか少し不貞腐れたような顔をしていた。
バーベキューの次の日、僕たちは村役場の小ホールに集まってまた練習を再開し始めた。
新曲の譜面は既にもう配られており、全員で必死に練習している状態だ。
明梨はいつもよりも練習量が多いためか、1週間に1回のペースだったスティックが折れるというイベントが3日に1回と言う高頻度なペースになっている。
しかも、僕は設営のための機材の受け取りや保管などの仕事も兼任でやっているため他の人よりも練習時間が少ないのだ。
今日も機材の搬入などでお昼からは村役場の職員の人と話し合いをすることになっているので午前中に1回通し練習をしておくすることにしてもらった。
新曲は昔僕たちがやっていた時よりもスピードが速く、指遣いを気をつけないと一気に遅れてしまう。
何回も練習してやっとのことで指が追いつくようになった僕は昔のように感情を込めて演奏していると言うよりも今はただ演奏しているだけなのだ。
メンバーのみんなは久しぶりなんだからしょうがないと言ってくれているが、僕自身は納得できていないままでいた。
ステージの機材の話し合いをしている間も、頭の中では曲のことばかりを考えていた。
「あれ、吉人君聞いてますか?」
担当の人に呼ばれてやっとのことで曲の世界から意識が戻ってくる。
「あぁ、はい。聞いてます。」
一応聴きながらメモを取っているので言われていること自体は分かっているのだが、話をしっかりと聞いているかと聞かれたらいいえと答えるしかない。
そのままなぁなぁに話し合いを終わらせ、小ホールに戻ると練習は既に終わっていたらしく残っているのは奏だけだった。
「あ、吉人。お疲れ様。」
奏はマイクを安全な場所に片付けながら僕に挨拶をしてくれる。
「お、奏か。お疲れ様。遅くまで残ってるけど、大丈夫なのか?」
「うん、ちょっと心配なフレーズのところがあったから自主練してただけ。」
あ、そうだ。と言って奏はマイクを繋ぎ直す。
「ここのところ、リズムにちゃんと合うか不安だから吉人弾いてよ。」
奏はマイクを握ってこちらを見てくる。
「分かった。ちょうど僕も練習したいところがあったし代わりにこっちの練習にも付き合ってもらうからな?」
お互いに心配なところを何回も繰り返して練習していると気づけばもう7時を回っていた。
「もうこんな時間か。流石に練習しすぎたな……。」
「本当に。吉人あそこのフレーズ練習しすぎ。」
「べ、別にいいだろ!?心配なところは練習しといたほうが安心できるし!」
「悪いとは言ってないけど。」
奏はそう言って少し意地悪な笑い方をする。
その後、奏は家に両親が今日はいないらしく一緒に近くの食堂に行った。
親にも連絡を入れておき、僕もそこで一緒に食事をとる。
「にしても、こんなに遅くまで奏が練習することなんて昔はなかったよな……。」
僕は帰りながら奏に聞いてみると奏は一言こう答えた。
「いや、とあることが原因でこうなってるだけ。」
何が原因なのだろうか。家庭内で何かあったとかではないといいのだがと思い聞いてみる。
「何かあったのか?家で親から暴行を喰らってるとか……。」
「そう言うのじゃない。」
キッパリと奏に言い返されてしまい、僕は閉口してしまう。
「全く、本当に鈍感だね。」
「誰が鈍感だ。僕だってある程度人のことは考えられているつもりだよ。」
そういうと奏は頬を膨らませながら「いいや、そんなことはない。」と一言キッパリと言ってきた。
そのまま奏はずんずんと前に進んでいく。
「お、おい。こんな夜中に一人で歩いたら危ないだろ?送って行くから。」
「分かってる。どうせついてくるんだから横にいても前にいても変わらないでしょ。」
結局、奏はその後一言も話してくれなかった。