*
夕暮れどき、夕日の影響で風景がオレンジ色に染められていた。駿人さんを見送るために、玄関まで一緒に向かった。しばらく泣き続けたあと、楓ちゃんが入って来て「駿人~、何うちの娘っ子を泣かしているのよ~」と彼を弄る様子があった。駿人さんも「ち、違いますって、なんというか、えっと~」となんとか反論をしようとしていたけれど、たじたじになっていて、とても愛らしく見えた。二人のやりとりがおかしくて、わたしはついクスクスと笑みをこぼしてしまった。そんなわたしを見て、二人も笑い出した。この幸せの時間がいつまでも続けばいいのにと思えた。笑い合ったあと、楓ちゃんは駿人さんからスケッチブックを受け取り、わたしの絵を観始めた。駿人さんとは、また違う緊張感だ。でもこうして人に観てもらえるなんて久しぶりだ。前がよく親友と描いた絵を観せ合っていた。あのときは、楽しい時間がいつまでも続くものだと思っていた。どこで違ってしまったのだろう。繋がりたいキモチはあるけれど、やっぱり許せないという思いがあった。今、彼女はどうしているのだろうか。それを知る由もない。楓ちゃんはスケッチブックを閉じると、わたしの頭を撫でて「キレイに描けているんだから、もっと自信を持ちな」と言ってくれた。頬を微かに赤く染めつつも「はい」と返事をした。そのあとは三人でお茶をして、現在に至る。オレンジ色に染まる駿人さんに、つい見入ってしまう。同い年と聞いているけれど、とても大人っぽく見える。彼と比べたら、わたしはまだまだ子どもに違いないだろう。ぼーとしていると、急に頬に手を添えられドキッとしてしまった。
「ハルちゃん、もっと自分に自信を持ってもいいよ。キミはとても素敵な人だと思うよ。人のことを落とすようなことを言わないし、むしろ人のことを褒めているんだから。話してて、きっと心がキレイな人なんだろうなって思っていたもん」
「い、いえ、そ、そんなことないですよ。全然キレイなんかじゃありませんよ。わたしにだって、ドロドロしているところもありますよ」
「僕、ハルちゃんのそういうところ好きだなぁ」
「しゅ、駿人さん!」
「ハルちゃん、僕に『さん』なんてつけなくていいよ。『ボン』って呼ぶのに緊張してしまうのであればさ。そうだな『駿人くん』で呼ぶのはどうだろうか」
「え、えっと、じゃ、じゃあ、しゅ、駿人…くん」
「はい、よく出来ました」
何げないやりとりに二人で笑い合った。男の子とこうして話せるだなんて、夢のように感じる。駿人くんを見ると、ほんのりと頬が赤くなっているように見えた。
「ハルちゃん」
「は、はい」
「キミの笑顔、とても素敵だよね」
突然の彼の言葉に、わたしの頭がショートしてしまった。彼は天然なのだろうか。それとも本気で言っているのだろうか。そんなことを言われたら、勘違いしてしまうではないか。それに『キミの笑顔、素敵だよね』だなんて、恋愛ドラマや少女マンガだけのセリフかと思っていた。リアルで言われると、どう反応していいのかわからなくなってしまう。顔を赤くし口をパクパクしていると、駿人くんはおかしそうに笑い「ハルちゃん、またね」と手を振って帰路に就いてしまった。理解が追いつかないまま、わたしは小さく彼に手を振った。彼の姿が見えなくなったころに、わたしの頭にポンッと手が置かれた。本当にどうしてこの人の手はこんなにもやさしいのだろう。不思議で仕方がない。
「悪い奴じゃなかったでしょ。駿人の奴」
「う、うん。駿人くん、すごくやさしい人だった。なんとなくどこか暖かいというか…」
「もしかして、好きになっちゃった。やるなあいつ」
「ち、違うから! もう」
赤くなった頬を隠すようにして、わたしは家の中へと入っていった。楓ちゃんもいたずらげに笑みを浮かべて、中に入り、玄関を静かに閉めた。
これからどんな出会いをするかは、まだわたしには想像することは出来ない。だけれど、彼女達と一緒ならば、再び前に進むことが出来るかもしれない。どこかそんな期待をしていた。
夜空に光る星達はそのことを知る由もないだろう。
*
懐かしい夢を見た。
わたしがまだ小さかった頃、楓ちゃんに絵を描く楽しさを教えてくれたときの夢だ。あのときも、今と変わらず人と関わるのが苦手で、すぐに母さんのうしろに隠れてしまうような子だった。最初は、楓ちゃんが遊びに来たときも人見知りをしていて、母さんのうしろから出ようともしなかった。楓ちゃんがわたしを愛らしそうに見て「一緒に絵を描かない」と声をかけてくれた。けれどわたしは首を横に振って、より母さんから離れようとはしなくなってしまった。母さんは溜め息を吐いて「一緒にお茶淹れに行こうか」とキッチンへと連れて行った。その間に楓ちゃんはスケッチブックを取り出し、リビングのソファに座って、なんらかの絵を描き始めた。その様子をキッチンから眺めていた。楓ちゃんが絵を描いているときの姿がときてキラキラとしていて、わたしはそれに引き寄せられるように、彼女のもとへと歩いて行った。
「ねぇ、何を描いているの?」
「そうだねぇ、動物さん達の絵かな。ハルは動物さん好きかな?」
「うん大好き! わたしね、うさぎさんとかねこさんとか大好き!」
楓ちゃんはやさしく微笑んで、わたしに描いた絵を見せてくれた。かわいらしい動物達の絵。わたしはその絵を観てパァと目を輝かせた。楓ちゃんは目を細めて「一緒に描くかい」という声かけに、わたしは元気いっぱいに「うん!」と返事をした。これが、わたしが絵を描くことが好きになったターニングポイントとなった。それからわたし達はたくさん絵を描いた。動物達の絵、お花の絵、両親の絵。たくさんの絵が床に踏み場がないくらいに散らばっていて、母さんから「少しは片づけなさい」とお叱りを受けた。わたし達は顔を見合って、ニカッと笑った。母さんは呆れた様子で「一緒に片づけるよ」と言って、わたし達は散らばった絵を片づけた。この時間がすごく楽しかった。
わたしは定期的に楓ちゃんから絵の描き方などを教えてもらいながら、描くことを続けた。小学校の高学年に上がる頃にはコンクールで賞をもらえるようになった。楓ちゃんに報告すると、一緒になって喜んでくれていた。中学生のときにもコンクールで金賞をもらったときには、楓ちゃんが出したイラスト集を『ハル、金賞おめでとう』というメッセージカード付きで送ってくれていた。
楓ちゃんはわたしにとって、憧れの人で、背中を追いかけて行きたい人。わたしは今、その人と一緒に暮らしている。わたしは、これからこの人のもとで、見失っていた光を再び見つけようとしている。すぐに見つけるのは難しいかもしれない。だけれど、それでいい。自分のペースで光を見つければいいのだから。その光は以前のモノよりも輝かしいモノだと思うから。
週が明けて、また新しい日々が始まる。今日から、わたしは転校先の中学校へ初登校をする。一度、先生達には挨拶をしに行ってはいるけれど、それ以上に緊張をしている。以前の制服は紺色のブレザーに緑と赤のチェック柄のプリーツスカート、そして赤いリボンだったけれど、今回はボレロに水色の紐タイへと変わっていて、当たり前のことなのに、新鮮さがあって、ウキウキがとまらなかった。六月ということもあり、夏用の制服へと袖を通した。いつものように髪を二つ結びにして、リビングへと向かった。もうすでに朝食が用意されていて、おいしそうな匂いが食欲を襲う。お腹からぐぅと音を鳴らした。わたしは笑みを浮かべながら、椅子に座った。二人揃って「いただきます」と手を合わせて言い、箸を進めた。両親と暮らしているときはパンに目玉焼きやウィンナーなどの洋食がメインだったけれど、焼き魚や漬物などの和食が朝食で出て来るのが、とても新鮮だ。楓ちゃんの家に来てから感動してばかりいる。わたしは無心にごはんを食べ進めていた。その様子を見て、楓ちゃんは微笑ましそうに笑った。
「ハルは本当においしそうに食べるねぇ」
「楓ちゃんの料理がおいしいからだよ。普段はもっとゆっくりなんだから」
「うん知ってるよ。でもうれしいな。あたしの料理のことをおいしいって言ってくれるだなんて。お母さんが聞いたら泣いちゃうかもね」
「ちょっ、もう、楓ちゃんはそうやっていじわるなことを言う」
「ごめんごめん。そういえば今日、駿人迎えに来るんでしょ」
「う、うん。そのはずだけれど…」
「初々しいわねぇ」
「わたしと駿人くんはそんな関係じゃないんだから。わ、わたし達は、えっと…、その…ただの友達。それ以上はないんだから」
「遠まわしに振ってるよね。それ」
楓ちゃんのいたずらげに放った言葉に、わたしは口を噤んでしまった。何も言い返せる言葉を見つけることが出来なかった。確かにさっきの言い回しだと、確かに彼とは付き合えないと言っているのと同じだ。失礼なことを言ってしまったのだと反省をした。もし彼がわたしと付き合ってほしいと言われたとき、彼と付き合いたいと思えたとき、わたしはどうするべきなのだろうか。今のわたしにその答えを見つけることが出来そうにはない。わたしはうつむき、箸を置いた。自分の愚かさに気づかされ、胸が苦しくなる。
「ごめん、ハル。いじわるなことをしたね。あなたにそんな顔をさせちゃうなんて。あたしの悪いところだな。本当にごめんね」
「ううん、大丈夫だよ。楓ちゃんは悪くない。多分、お互い悪くないよ」
「そうだね。だけど、ハル。もしあなたに好きな人が出来たら、あたしはハルの味方だからね」
「うん。楓ちゃんありがとう。ごはん食べちゃお」
わたし達は笑みを浮かべ合い、ごはんを食べ進めた。以前から、仲がいい関係ではあるけれど、まだまだ同居人としては未完成な二人だ。これから少しずつ関係を築いていけばいいのだ。わたしは彼女と共にごはんを食べる幸せを噛みしめた。
朝食を食べ終えると、わたしはカバンを持って、玄関で彼を待っていた。こうして待ち合わせして登校するなんて、本当に久しぶりだ。それも男の子と一緒に登校をする。初めてのことで、とても緊張してしまう。今にでも心臓は飛び出て来そうなぐらいにドキドキと踊っている。しばらく待っていると「おーい」と遠くから叫ぶ声がした。顔を上げると、彼が走って向かってきているのが見えた。まるで小学生ぐらい子どもを見ているようで、とても微笑ましい。ついクスクスと笑ってしまう。きっと心がすごくキレイな人なんだろう。わたしも彼のように誰かにやさしく出来るようになりたい。
「ごめん、待たせたね」
「いえ、そんなに待ってないですよ」
「そっか、よかった。じゃあ行こうか」
「はい」
わたし達は歩幅を無自覚ながらも合わせて、登校を始めた。
*
職員室に着くと、駿人くんは「待ってようか」と言ってくれたけれど、わたしは首を横に振って「先に教室へ行ってても大丈夫ですよ」と返答し、彼には教室へ向かってもらった。一呼吸を吐いて、職員室のドアをノックし「失礼します」と中へ入って行った。わたしは二学年の先生の列へと歩いて行った。それに気がついた小柄で赤い色の丸縁眼鏡をかけた先生がこちらに歩いて来た。最近、一度会ったことがあるから覚えている。野田圭子先生だ。担当科目は美術だという。わたしは緊張のあまりにぶるぶると震えつつ、丸く猫背となっていた。そんなわたしを見兼ねたのか野田先生が、わたしの両肩に「ビシッバシッ」と擬音を言いながら叩いたのだ。より頭の中がパニックになった。何が起きたのかさっぱりわからなかった。わたしはあわあわと野田先生を見た。テンパっているわたしと裏腹に野田先生は満面の笑顔を浮かべていた。
「おはよう水森。待っていたよ」
「お、お、お、おはよ…う…ございましゅ」
緊張し過ぎてしまい、どもった挙句に噛んでしまった。はずかしくて穴があったら入りたいぐらいだ。近くにいた先生もクスクスと笑っているようであった。より体温が急激に上がり、とてつもなく暑く感じてしまう。唐辛子のように体が赤くなっていないだろう。わたしはまたクセのようにうつむいた。野田先生のフーと息を吐くのが聞こえた。呆れさせてしまっただろうか。とても申し訳ない気持ちになってしまった。野田先生はわたしの手を掴み、口を開いた。
「水森。まずは落ち着け。深呼吸をするんだ。今からこんなんじゃ一日もたないぞ」
「そ、そうですよね。すみません」
わたしは野田先生に言われたように、一回二回と吸って吐いてを繰り返した。そしたら、少しずつ視界がクリアになって来ているのがわかった。野田先生のほんわかとした笑みも見えた。わたしは「もう大丈夫です」と伝えると、「そろそろホームルームの時間になるからついて来い」と言われ。わたし達は職員室をあとにした。野田先生のクラスは二組だそうだ。明るくて面白いクラスなのだと、初めて会ったときに話してくれた。けれどやはり緊張をしているからか胸がバクバクと躍っている。今にでも心臓が破裂してしまいそうだ。わたしは深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせていた。登校中、野田先生が担任になると駿人くんに話すと同じクラスになると喜んでくれていた。知っている人がいると、少し安心する。わたしはうつむきつつ、野田先生の背中を追いかけ続けた。教室に向かう途中、他クラスの生徒が覗き込んでいるのがわかった。その度に、ビクッとしてしまう。転校生が来れば当たり前の反応だろう。わたしは人の視線が恐く必死のように息を殺していた。『お願いだからわたしのことをそんなに見ないで』と願いながら。二組の教室の前に着くと、ここで少し待っているように言われ、野田先生は先に入室していった。いよいよだと考えると、なんだか背筋が引っ張られるような感覚がした。リラックスしなくてはとわかっていて、緊張してしまう性分なのかもしれない。わたしは、なんとか呼吸を整えようと無心に深呼吸をしていた。少し落ち着いたところで野田先生の「入れ」という声かけに、わたしはゆっくりと扉を開け、静かに教壇のほうへ足を運んだ。男の子達の「女子だぞ。女子だぞ」とささめき声が聞こえて来る。その中で「あの子、ボンの彼女じゃない」とドキッとする言葉が聞こえて来た。一緒に登校していて、楽しそうに会話しているところが交際しているように見えたのかもしれない。確かに彼のやさしさに甘えてしまっていることに対して事実に変わりはないけれど。わたしがすぐ顔を赤くさせてしまうから、そのような誤解をさせてしまったのだろう。気をつけてはいるのだが、なかなか難しい。野田先生がわたしの名前を書き終えると「簡単に自己紹介をしてくれ」と指示を受け、わたしはやっとの思いで自己紹介を始めた。
「えっと、そ、その、み、水森晴香です。えっと、しゅ、趣味は絵を描くことです。よ、よろしくお願いします」
軽く頭を下げると、パチパチと拍手された。窓際のうしろの席に座るよう指示を受け、わたしは注目から逃げるようにてくてくと速足で席に向かった。わたしが席に着いてから、野田先生は今日の予定を話して、教室から出ていった。野田先生の姿が見えなくなったのを確認するとクラスメイト達が、わたしのもとに集まった。どこから来たのか。好きな芸能人は誰か。ボン(駿人くん)とはどんな関係なのか。どんな絵を描くのか。次から次へと質問が飛んで来て、わたしの頭がショート寸前だった。ただでさえわたしは人に囲まれるのがとても苦手だ。閉じ込められている感じがして、恐くて息がすごく苦しくなってしまう。あのときも一緒だ。陰口を言われたり、直接的に罵倒されているときのようだ。わたしは周りの視線にわたしはうつむいて、「えっと…、えっと…その」を繰り返していた。恐怖心に支配されているわたしに手を指し伸ばしてくれたのは、駿人くんだった。
「あのさ、いきなり囲まれて質問攻めされたらさ、普通に恐いと思うよ。水森さんだって、そういうのすごく苦手なタイプだと思うし、タイミング見て、少しずつ声かけてあげなよ。そのほうが彼女も話しやすいんじゃない」
駿人くんの言葉に、みんなからわたしに「ごめん」と謝罪をさせてしまった。別に謝罪がほしいわけではない。それなのに少し安心をしている自分がいた。今はわたしに手を指し伸ばしてくれる人がいる。わたしはうつむいたまま「こちらこそ、その…ごめんなさい…」と呟いた。誰も悪いことをしていたわけではないのに、とても空気が悪くさせてしまった。その罪悪感に襲われ、とても申し訳なく感じてしまった。顔も上げられず、声を出すことも出来なかった。ここにいるのは、大人しくて臆病な厄介者の転校生だ。そんな人間とは、関わりたいとは誰も思わないだろう。わたしはこれから、この学校でも息を潜めて過ごしていくことになるだろう。駿人くんもいつしか離れて行ってしまい、また独りぼっちになってしまうんじゃないかという恐怖心に包まれた。そんな思いに裏腹な言葉が飛んで来た。
「ねぇ、二時間目さ。移動教室だから、水森さん、一緒に行こうよ」
とても明るくはきはきしていて、澄んだ声で思わぬ誘いだった。わたしは驚いて顔を上げた。そこには、モデルさんのようにすらりとした体型で、さらさらとしているショートカットがすごく似合う女の子が立っていた。何か習っているのかと思えるほど姿勢がピンッとしていた。そんな彼女につい見入ってしまう。驚いて何も話せずにいたわたしに「イヤだったかな?」と尋ねる彼女に、急いで首を横に振った。誘ってもらえたのは素直にうれしかった。包み込んでいた恐怖心がなくなり、わたしは笑みを浮かべて「一緒に行ってくれると、助かります」と返事を返した。なんとか新しいスタートを切れただろうか。それはまだわからない。だけど今は独りぼっちではないことがわかった。それがなんだかすごくうれしく思えた。
*
一時間目が終わり、わたし達は理科室へ足を運ばしていた。さっき声をかけてくれた女の子がわたしの席まで来て「行こっか」と声をかけてくれて、わたしは笑みをこぼしつつ頷いた。彼女はなんだかとても安心する。まるでお日さまのように暖かくて心地がよい。なんだか春みたいな人だなという印象だ。
「そういえば自己紹介していなかったね。うち、瀬戸内ひなたって言うんだ。女子バスケ部。よろしく」
「あ、あの、せ、瀬戸内…さん」
「あぁ、うちのことは『ヒナ』でいいよ。みんなもそう呼んでるから」
「ひ、ヒナちゃん」
「そ、そんな上目づかいで言われると照れちゃうな。水森さん、結構癒し系だからさ。気をつけなよ。特に男子。目の色を変えていたからさ」
「は、はぁ」
癒し系だなんて、生まれて初めて言われた。うれしい反面照れくさくて、顔が燃えるんじゃないかと思うぐらい熱くなった。わたしは赤くなった顔を隠していると、ヒナちゃんはけたけたを笑っていた。笑いごとじゃないのにとツッコミたくなったけれど、彼女の笑顔を見たらまぁいいやという気持ちになり、わたしも彼女につられて笑みをこぼした。こんな楽しい気持ちなんて久しぶりだ。同じクラスの女の子と、こうして話しを出来るなんて夢みたいな感覚だ。うれしいキモチでいっぱいになる。
「ねぇ、水森さんは、友達や家族とかからなんて呼ばれたりしているの?」
「えっと、そ、そのよく『ハル』って呼ばれてます」
「ハルね。了解。あとタメ口でいいよ。同い年なんだしさ」
「そう…だよね。その、わたし、緊張しちゃってて」
「まぁ初日だし。仕方がないよね」
「う、うん」
ヒナちゃんはわたしが話しやすいようにゆっくりとやさしく話してくれる。わたしは前へ前へと話されるのは、とても苦手意識がある。何を話せばいいのかわからなくなってしまう。パニックへと陥ってしまうのだ。何も話せなくなってしまうと、無口でつまらない人だと思われてしまうんじゃないかと恐くなってしまう。初めての親友はそれも含めて好きだと言ってくれていた。どこですれ違ってしまったのだろう。ヒナちゃんもいつかわたしから離れていってしまわないだろうか。急な不安に襲われる。わたしはヒナちゃんの袖を掴んでいた。彼女には離れて行ってはほしくはなかった。このままそばにいてほしい。わたしのわがままだというのはわかっている。それでもわたしは彼女と友達になりたい。そしていつか親友と呼び合えるようになりたい。わたしは勇気を出して、ヒナちゃんに口にした。
「ひ、ヒナちゃん、そ、その、わ、わたしと友達になってくれませんか」
「いいよ。うちももっとハルのこと知りたいし、知ってもらいたいな。だからそんな心配にならなくてもいいよ。うち達はそんな簡単にキライになったりはしないから。そうでしょボンちゃん」
「そうだね」という返事が背後から聞こえて来て、わたしはビクッと震わせた。まさか駿人くんがうしろにいるだなんて思っていなかったから。てっきり先に行っているのかと考えていた。駿人くんはわたしのほうを見て、ニコリと笑った。不意打ちの笑顔で、伏せてしまう。胸が異様に踊り出していた。恐いとは別の感情というのはわかる。暖かくて安心するような感情。友情に近いようで、どこか遠いモノ。その感情の名前を知る由もないのが現状で、今のわたしには見つけることは出来ないと思う。それがどことなく悔しくて仕方がない。
「ねぇ二人は知り合いなの? 朝、二人で登校して来たらしいけれど」
「そうだよ。僕とハルちゃん、友達なんだ」
「うち、知らなかったよ。いつから」
「先週ぐらいかな。楓さんに呼ばれてさ」
「楓さんが? どうしてまた」
「ヒナ、ハルちゃんの苗字」
「確か水森だよね。あっ、もしかして娘とか? って違うか」
「姪っ子だってさ」
「あぁ、なるほど、なんだか納得」
ヒナちゃんは、わたしの隅々まで見渡した。確かに、楓ちゃんとは印象は違うだろう。わたしはよくお母さん似だと言われる。楓ちゃんから内向的で奥手なところや美人なところがよく似ていると言われたことがある。確かにお母さんはキレイだなとは思うけれど、自分が美人と言われるとなんだがはずかしいキモチになってしまう。むしろわたしは地味なほうだ。化粧っけもなく、特別特徴もない。つまらない容姿だ。それのどこを美人だと言うのだろうと思ってしまう。わたしにはよくわからない。それなのに楓ちゃんやヒナちゃんはわたしのことを癒し系や美人だと言ってくれている。褒めてくれていることはうれしいはずなのに、納得出来ていない自分がいる。
「どうしたのハルちゃん?」
「い、いいえ。大丈夫です…」
「ならいいんだけれど。体調悪くなったら言うんだよ」
「しゅ、駿人くん。その心配し過ぎです」
「そう?」
駿人くんのやさしい笑顔に、頬が熱くなってしまう。彼はやさしいけれど、天然なところがあるから、妙に意識してしまう。それに初めて会った日に、わたしは彼の前で大泣きをしてしまった。思い出しただけでもはずかしい。でも彼は泣いた理由を聞くことはなかった。ずっとわたしの頭をやさしく撫でて気が済むまで泣いているのを見守ってくれていたのだ。彼に抱くこの感情の名前を、わたしはまだ知る由もない。いつかわかるときが来るのだろうか。
予鈴が鳴り響く、ヒナちゃんが「やば、急ご」と声をかけ、わたし達は理科室へと運ぶ足を速めた。
*
一時間目が終わり、わたし達は理科室へ足を運ばしていた。さっき声をかけてくれた女の子がわたしの席まで来て「行こっか」と声をかけてくれて、わたしは笑みをこぼしつつ頷いた。彼女はなんだかとても安心する。まるでお日さまのように暖かくて心地がよい。なんだか春みたいな人だなという印象だ。
「そういえば自己紹介していなかったね。うち、瀬戸内ひなたって言うんだ。女子バスケ部。よろしく」
「あ、あの、せ、瀬戸内…さん」
「あぁ、うちのことは『ヒナ』でいいよ。みんなもそう呼んでるから」
「ひ、ヒナちゃん」
「そ、そんな上目づかいで言われると照れちゃうな。水森さん、結構癒し系だからさ。気をつけなよ。特に男子。目の色を変えていたからさ」
「は、はぁ」
癒し系だなんて、生まれて初めて言われた。うれしい反面照れくさくて、顔が燃えるんじゃないかと思うぐらい熱くなった。わたしは赤くなった顔を隠していると、ヒナちゃんはけたけたを笑っていた。笑いごとじゃないのにとツッコミたくなったけれど、彼女の笑顔を見たらまぁいいやという気持ちになり、わたしも彼女につられて笑みをこぼした。こんな楽しい気持ちなんて久しぶりだ。同じクラスの女の子と、こうして話しを出来るなんて夢みたいな感覚だ。うれしいキモチでいっぱいになる。
「ねぇ、水森さんは、友達や家族とかからなんて呼ばれたりしているの?」
「えっと、そ、そのよく『ハル』って呼ばれてます」
「ハルね。了解。あとタメ口でいいよ。同い年なんだしさ」
「そう…だよね。その、わたし、緊張しちゃってて」
「まぁ初日だし。仕方がないよね」
「う、うん」
ヒナちゃんはわたしが話しやすいようにゆっくりとやさしく話してくれる。わたしは前へ前へと話されるのは、とても苦手意識がある。何を話せばいいのかわからなくなってしまう。パニックへと陥ってしまうのだ。何も話せなくなってしまうと、無口でつまらない人だと思われてしまうんじゃないかと恐くなってしまう。初めての親友はそれも含めて好きだと言ってくれていた。どこですれ違ってしまったのだろう。ヒナちゃんもいつかわたしから離れていってしまわないだろうか。急な不安に襲われる。わたしはヒナちゃんの袖を掴んでいた。彼女には離れて行ってはほしくはなかった。このままそばにいてほしい。わたしのわがままだというのはわかっている。それでもわたしは彼女と友達になりたい。そしていつか親友と呼び合えるようになりたい。わたしは勇気を出して、ヒナちゃんに口にした。
「ひ、ヒナちゃん、そ、その、わ、わたしと友達になってくれませんか」
「いいよ。うちももっとハルのこと知りたいし、知ってもらいたいな。だからそんな心配にならなくてもいいよ。うち達はそんな簡単にキライになったりはしないから。そうでしょボンちゃん」
「そうだね」という返事が背後から聞こえて来て、わたしはビクッと震わせた。まさか駿人くんがうしろにいるだなんて思っていなかったから。てっきり先に行っているのかと考えていた。駿人くんはわたしのほうを見て、ニコリと笑った。不意打ちの笑顔で、伏せてしまう。胸が異様に踊り出していた。恐いとは別の感情というのはわかる。暖かくて安心するような感情。友情に近いようで、どこか遠いモノ。その感情の名前を知る由もないのが現状で、今のわたしには見つけることは出来ないと思う。それがどことなく悔しくて仕方がない。
「ねぇ二人は知り合いなの? 朝、二人で登校して来たらしいけれど」
「そうだよ。僕とハルちゃん、友達なんだ」
「うち、知らなかったよ。いつから」
「先週ぐらいかな。楓さんに呼ばれてさ」
「楓さんが? どうしてまた」
「ヒナ、ハルちゃんの苗字」
「確か水森だよね。あっ、もしかして娘とか? って違うか」
「姪っ子だってさ」
「あぁ、なるほど、なんだか納得」
ヒナちゃんは、わたしの隅々まで見渡した。確かに、楓ちゃんとは印象は違うだろう。わたしはよくお母さん似だと言われる。楓ちゃんから内向的で奥手なところや美人なところがよく似ていると言われたことがある。確かにお母さんはキレイだなとは思うけれど、自分が美人と言われるとなんだがはずかしいキモチになってしまう。むしろわたしは地味なほうだ。化粧っけもなく、特別特徴もない。つまらない容姿だ。それのどこを美人だと言うのだろうと思ってしまう。わたしにはよくわからない。それなのに楓ちゃんやヒナちゃんはわたしのことを癒し系や美人だと言ってくれている。褒めてくれていることはうれしいはずなのに、納得出来ていない自分がいる。
「どうしたのハルちゃん?」
「い、いいえ。大丈夫です…」
「ならいいんだけれど。体調悪くなったら言うんだよ」
「しゅ、駿人くん。その心配し過ぎです」
「そう?」
駿人くんのやさしい笑顔に、頬が熱くなってしまう。彼はやさしいけれど、天然なところがあるから、妙に意識してしまう。それに初めて会った日に、わたしは彼の前で大泣きをしてしまった。思い出しただけでもはずかしい。でも彼は泣いた理由を聞くことはなかった。ずっとわたしの頭をやさしく撫でて気が済むまで泣いているのを見守ってくれていたのだ。彼に抱くこの感情の名前を、わたしはまだ知る由もない。いつかわかるときが来るのだろうか。
予鈴が鳴り響く、ヒナちゃんが「やば、急ご」と声をかけ、わたし達は理科室へと運ぶ足を速めた。
*
学校から帰宅し、普段着に着替えたあと、わたしは楓ちゃんが作った料理を次々とテーブルへと運んで行った。ご近所さんからもらった野菜で作られたサラダや煮つけモノから香るおいしそうな匂いが食欲を誘い、お腹からぐぅと音が鳴り、二人顔合わせて笑い合った。暖かな時間。誰かと笑い合うということは、本当に幸せのことなのだろう。当たり前の日常で、忘れてしまうこともあるだろう。親友と笑い合っていたあの時間も、確かに幸せだと感じていた。この時間が永遠に続けばいいと願ったこともあった。それはもう昔のことで叶うこともないだろう。でもわたしは今、新しい学校で前に進んでいけたらいいと思っている。
「ハル、転校初日はどうだった?」
「うん。すごく楽しかったよ。ヒナちゃんって子と友達になれたし、野田先生にね、美術部に誘われて、入部したんだ」
「へぇ、よかったじゃない。ハルは新しい一歩を踏み出したんだね」
「うん。楓ちゃんのおかげだよ。わたし、今すごく楽しいよ」
「よかった。またハルが笑顔になってくれて。それだけでも安心だわ」
楓ちゃんは安心したように頬を緩ませた。今日一日わたしのことを心配してくれていたのだろう。また悲しみに暮れてしまうんじゃないかと。本当にやさしい人だなぁと思う。楓ちゃんは、いつだってわたしが明るいほうへと導いてくれる。それが純粋にうれしい。わたしには心強い味方がそばにいてくれるのだから。楓ちゃんだけではない。今は駿人くんやヒナちゃんだって、いてくれる。まだ落ち込みやすいわたしだけれど、支えてくれる人がたくさんいる。だから今は安心をして生活を送って行ける。
「さて、ご飯食べようか」
「うん。今日もおいしそう」
「おいしそうじゃないよ。おいしいの」
「そうだね」
わたし達は笑い合って椅子に座り、二人手を合わせて「いたたきます」と言った。楓ちゃんのご飯はどれもやさしくて安心する味がしておいしい。そしてどこか懐かしさを感じさせてくれる。幸せの味と言えばいいのだろうか。心が暖かくなっていく。楓ちゃんは本当にすごいなって思う。わたしは箸をとめることもなくご飯を食べ続けた。
「本当にハルはおいしそうに食べるから、作りがいがあるなぁ」
楓ちゃんはうっとりとした表情を浮かべて、わたしは見つめた。わたしは顔を赤く染めて「楓ちゃんのご飯がおいしいからだよ」と返した。楓ちゃんはクスっと笑って「うれしいことを言ってくれるねぇ」とみそ汁を啜った。この暖かい時間がいつまでも続いて行けばいい。それはとても難しいことなのかもしれない。けれど、わたしはそうなって行ければいいなと思う。そして心の底から『この町に来てよかった』って言えるようになりたい。時に躓いてしまうこともあるだろう。だけれどそれでいいのかもしれない。少しずつでもいい。その度に強くなればいいのだから。前に進んで進んで行こう。わたしはそっとみそ汁を啜った。甘酸っぱさが心地よい。わたしはクスリと笑った。楓ちゃんもわたしのその表情を見て微笑んでくれていた。
*
晩ごはんを食べ終えたあと、わたしは椅子に座って、スケッチブックを開いた。誰かに観せるわけではないけれど、自然と絵が描きたくなったのだ。今日仲よくなったヒナちゃんの似顔絵や教室の風景を鉛筆で描き進めた。以前だったら、親友の女の子と絵を観せ合っていたのに、今はそれを行うことが出来ない。彼女は今、元気にしているのだろうか。彼女に裏切られてからは、連絡を取っていなかった。何度かメッセージが送られて来たこともあったけれど、それを開くことはなかった。わたしは彼女のことを許すことは出来なかった。逆らうことが出来なかったことは理解しているけれど、キモチでは許すことが出来なかった。彼女がいたから学校に行けていた。それなのにわたしを絶望の海へと背中を押したのは彼女だった。信じていた味方からの裏切りが一番辛かった。これからもわたしはヒナちゃんと友達でいられるのだろうか。また離れて行ってしまうんじゃないか。自分に自信をもてないわたしがすごくキライだ。この不甲斐なさを紛らわせるように、下唇を噛んだ。
「ハル、絵を描いているのかい?」
突然、声をかけられて、肩を震わせた。襖のほうへと視線を向けると。少しだけ襖を開けて、顔を覗かせる楓ちゃんがいた。彼女のことを見て、ホッとする自分がいた。
「うん。楓ちゃん、観てくれるかな?」
「もちろんだとも。ハルのお願いだからね」
楓ちゃんはやさしく微笑んで、スケッチブックを受け取って、似顔絵と風景画を観てくれていた。以前にも観てもらっていたころもあったけれど、やはり人に観てもらうのは緊張をしてしまう。楓ちゃんはスケッチブックを閉じ、わたしの頭をやさしく撫でてくれた。
「よく描けているじゃない。てかヒナちゃんって、瀬戸内ひなたのことか!」
「そ、そうだよ。フルネームで言ってなかったっけ? 楓ちゃん、ヒナちゃんのこと、知ってたんだ」
「そりゃね。駿人とよく遊んでいたところを見ていたからね」
「やっぱり二人、幼なじみなんだ」
「そういうことになるか」
「なんだか少女マンガみたい」
「へぇ、ハルもそういうの興味あるんだ」
「そ、そういうわけじゃないけれど…」
わたしは顔を赤く染め、うつむいた。
恋なんて、よくわからない。男の子を好きになるということは、どういうことなんだろう。いつかわたしも恋を知るときが来るのだろうか。いささか見当もつかない。
「そういえばハル…」
「何、楓ちゃん」
「さっきさ、何か考え込んでいる様子だったけれど、大丈夫かい?」
「うん、大したことじゃないけれど。わたし、これからヒナちゃんと友達でいられるのかな? また離れて行っちゃうじゃないかって心配になっちゃって…」
「そうだよね。恐いよね。心配になっちゃうよね。だけれどさ、大丈夫だよ。ひなたは明るくて思いやりのある子だよ確かに突っ走ってしまうところはあるけれど、人を簡単に裏切ってりはしない子だよ。それはあたしが保証する」
不安そうな表情を浮かべていたわたしを、やさしく包み込んだ。どうしてなんだろう。この人に包み込まれると、いつも安心することが出来るのは。
「ハルはハルのペースでいいんだよ。焦らなくたっていい。少しずつ心の傷を癒して行けばいい。そしたらさ新しい光が見えて来るから。それに駿人があんたのことを独りにはさせないからさ」
「ありがとう楓ちゃん。わたし、そう言ってくれる楓ちゃん大好きだよ」
「うれしいことを言ってくれるじゃない。あたしもハルのことが大好きだよ」
わたし達は顔を見合って、フフフと笑い合った。
ゆっくりでもいいんだ。自分のペースで前を歩いて行けば、いつかは虹を見つけることが出来るのだから。
新しい中学校に転校して来て、数日が経ち、今の生活にも慣れて来た。少しずつではあるけれど、クラスメイトとも話せるようになって来て、楽しい生活を送れるようになっていた。ときどきキモチが落ち込むこともあるけれど、駿人くんやヒナちゃんのサポートのおかげで、なんとかキモチを保てている。二人は、わたしがイジメを受けていたことはまだ知らない。いつか話さなくてはいけないことだと思うけれど、知られたくないというキモチが先行して、話せずにいる。二人ともっと仲良くなりたい。自分のことも知ってほしいし、二人のことももっと知りたいとも思う。そのためにも、わたしはもっと強くなりたい。強くならなくちゃいけない。
昼休み、わたしは駿人くんとヒナちゃんに誘われて、あるところに足を運んでいた。そこは体育館のとなりにある武道館だ。そこは剣道部や柔道部などが活動している場所だ。そこになんの用があるのか。二人は会わせたい人がいるということではあったけれど、ジャマにならないか心配になってしまっていた。扉の窓から、覗き込むと、一人の男子生徒が真剣なまなざしで素振りをしていて、その姿に負けたくないという雰囲気がここまで感じさせられて、思わず息を呑んでしまった。駿人くんは、そんなわたしの様子を見てクスリと笑い「じゃあ、中にはいろうか」と声をかけ、ガラリと扉を開けた。この人に遠慮というのはないのだろうか。怒られるのではないのかと心臓をバクバクさせながら、目を閉じていた。不意に肩にトントンと叩かれ、わたしは思わず「ひっ」と悲鳴をあげ肩を震わせた。ゆっくり目を開けて顔を上げると、そこに驚いた顔をしている男の子が立っていた。
「すまない。恐がらせてしまったな」
男子生徒は申し訳なさそうな表情を浮かべて、彼は一歩うしろへとさがって行った。近くで見ると、体格もいいからか駿人くんと身長が同じくらいなのにより大きく見える。思わず、駿人くんのうしろに隠れてしまっていた。失礼なことだとわかっているはずなのに、反射的に動いてしまっているのだ。やっぱり初めて話す男の子は恐く感じてしまい、体が震えてしまう。男子生徒も困ったような表情を浮かべていた。どうしたらいいのだろうと困っていると、駿人くんが、わたしの頭をやさしく撫でてくれた。やさしくてとても暖かく心地よい手だ。不思議と心が安心することが出来る。だからだろうか。彼のことを信頼することが出来るのは。
「ハルちゃん、こいつ藤堂竜。僕達の友達。確かに雰囲気は恐いかもしれないけれど、結構いい奴だよ」
「恐いは失礼だろう」
「ごめんごめん。竜、この子、昨日話した水森晴香さん」
「あー、よろしく」
藤堂くんは軽く会釈し、わたしもつられるように会釈を返した。とても礼儀正しい人なのだろう。まだ彼に対して、恐いというキモチはあるけれど、駿人くんの背中からゆっくりと出て行った。背筋がピンッと伸びている彼に対し、わたしは自信なさげな猫背だ。それを見た藤堂くんがクスクスと笑った。
「なんだか水森さんって小動物みたいな子だな」
「小…動物…ですか?」
「褒め言葉だから落ち込むな」
「い、いえそ、その大丈夫です」
顔が熱くなった。赤くなった顔を隠すようにうつむいた。美人、癒し系の次は小動物と言われるとは思ってもいなかった。うれしいというよりもはずかしいというキモチが強いかもしれない。わたしが小動物ならば、彼は熊ってところだろうか。わたしは彼の目をジッと見た。練習をしているときの真剣なまなざしいう印象よりぼんやりとした印象だ。初対面ということもあるけれど、何を考えているのかわからない。悪い人ではないというのはわかったけれど、まだ警戒心が解けないでいた。警戒するわたしと同じく緊張する藤堂くん。それを見兼ねたヒナちゃんが噴き出すように笑い出した。
「二人とも固くなり過ぎだって。リラックスリラックス」
「わかってる。だけどな…」
「男のあんたがそんなに固くなっていたら、ハルなんて余計固くなっちゃうでしょうが。もう」
「す、すまん」
ヒナちゃんの言葉に藤堂くんは面目ない表情で肩を落とした。もしかしてと思うのだが、藤堂くんは女の子と話すのが苦手な人なのだろうか。小難しそうな人なのだと思っていたけれど、思春期を迎えた年ごろの男の子なのだと思うと、親近感というものを感じられた。わたし自身も、異性と話すのが苦手だ。異性ということを意識してしまい余計に緊張してしまうため、何を話せばいいのかがわからなくなってしまう。彼もわたしと似ているところがあるのかもしれない。彼自身も緊張してしまって何を話せばいいのかがわからなくなってしまうのだろう。そんなことを考えるとすごく親近感が沸いて来きた。彼の困っている表情に、わたしはおかしくなってしまい、フフフと笑ってしまった。
「ご、ごめんなさい。なんだかおかしくなってしまって」
「極端な人だな。あんたは…」
そう言って藤堂くんも笑い出した。駿人くんやヒナちゃんも、わたし達を見て笑い出したのだった。