わたしは自室で、ここに置いて来た自分の絵を観ていた。教室の風景や公園の風景、校庭にある花壇や美術室の風景、そしてシズの似顔絵。どれもかもが儚く懐かしい。確かに以前の中学校では辛いことばかりではなかった。シズや美術部の人達と似顔絵を見せ合って笑い合うこともあった。辛いことばかりに目が行っていて、楽しかった思い出を忘れてしまっていた。あんなにもキラキラとしていたのにも関わらず、わたしは忘れてしまっていたのだ。あのとき、シズはどんな想いでわたしを抱きしめたのだろう。うれしい、苦しい、それともイジメに加担してしまったことによる罪悪感。あのときのわたしは、冷静に考えることも出来なかった。黒い感情がわたしの心にかかり、怒りのような感情を爆発させてしまっていた。また繋がりたいと思ったシズのキモチを踏み躙った。わたしも彼女達と同じことをやってしまったのかもしれない。

「ハール。起きたんだ」

 突如、ドアが開き、声をかけられた。

「…楓ちゃん、その…」

「いいよ。謝らなくても。ハルなりに向き合った結果だろう」

「ううん。わたし、きちんと向き合えてない。ただわたし、怒りにまかせて、親友を傷つけてしまったの。同じことをしちゃったんだよ。わたし、最低だよ」

「ハル、それでもいいんだよ。ハルはまだ十三歳なんだよ。たくさん間違えればいい。その度に正していけばいいんだよ。あたしもあんたのお母さんも、そうやって大きくなって来たんだから」

 楓ちゃんはやさしく微笑み、わたしのことを包み込んだ。わたしは彼女に救われてばかりだ。自分がまだまだ弱い存在なのだ。でも楓ちゃんの言う通り、わたしはまだ十三歳だ。これから少しずつ強くなっていけばいい。今は独りじゃない。暖かく見守ってくれる人がいる。寄り添ってくれる人がいる。だからこそ、わたしは前に進みたいと思える。だけれど、このまま楓ちゃんの家に帰っても、決して前には進むことは出来ないと思う。わたしは楓ちゃんに自分のキモチを隠さず話した。

「楓ちゃん、わたし、きちんと前に進めるようになりたい。だから、わたし…、わたし、恐いけれど、もう一度、親友と会ってみようと思うの。ちゃんと自分のキモチ伝えなきゃ…。わたし、後悔したくない」

「うん。ハル、今、すごくいい顔している。大丈夫、ハルはちゃんと自分の足で立てるようになっているから。自信を持って行って来な」

「楓ちゃん、ありがとう。いつも暖かく見守ってくれて」

「礼を言われることはしてないさ。あたしはハルが元気に過ごしてくれるだけで、うれしんだから」

 楓ちゃんは二ッと笑い、わたしのことを抱きしめた。
 楓ちゃんの腕の中は、とても落ち着く。楓ちゃんは、なんだか親鳥のようだ。わたしを守るために包み込んでくれたり、笑顔にするために一生懸命になってくれている。でもそれに甘えてばかりではいけない。いつかわたしは楓ちゃんのもとから飛び立たないといけない。今は、その準備を少しずつでもして行こう。わたしはスマホを手に取り、メッセージアプリを開いた。シズからのメッセージは引っ越してからも幾度か来ていたけれど、開くことはしなかった。許せないというのもあったけれど、やはり恐いというキモチがあった。勇気を出して、彼女のトーク画面を開いた。そこにはわたし宛に謝罪やもう一度やり直したいという思いが届いていた。胸が締めつけられる感覚がした。わたしは『明日、二人でゆっくり話しがしたい』という旨を綴り、シズへと送信した。返事が返って来ない可能性だってある。断られる可能性だってある。正直恐かった。しばらくして『あたしもハルとゆっくり話しがしたい』という返信が来た。わたしは楓ちゃんの目を見た。彼女はニコリと笑い「がんばれ」と応援してくれた。わたしは楓ちゃんとは目を逸らさず、笑顔を見せた。わたしはもう一度、シズとの縁を結ぶための一歩を踏み出した。