七月に入って、初めての日曜日。わたしと駿人くん、そして藤堂くんは学校の体育館に向かっていた。今日は、ヒナちゃんの大切な試合があり、その応援へとやって来た。休みの日に学校にいるだなんて不思議なキモチになる。他校の生徒も来ていて、なんだかこちらも緊張をしてしまう。わたしと同じ小柄な子もいるけれど、バスケをやっているだけのこともあり、背が高い人が多い。二十センチぐらい離れている子もいるんじゃないかと思ってしまう。

「今日も一段と暑いね」

「駿人くん、それ何度も言ってますよ」

「そうだっけ? ごめん」

 駿人くんはおちゃらけたように言って、楽しそうに笑った。笑った顔が、あぁ男の子なんだなと思ってしまう自分がいる。信頼している人ではあるけれど、妙に緊張してしまう。傍にいると体温が上がって、胸が躍っている。野に咲く花のようにキレイだと言った彼の真剣な表情が、今でも思い出してしまうときがある。その度、息の仕方がわからなくなってしまう。もともと男の子と話すのは苦手ではあるけれど、それとはまた違う緊張だ。彼に対するキモチの正体は一体なんだろうか。友情とは違うこの感情。今までに抱いたことのない感情で、とてももどかしく思える。わたしは、駿人くんの顔を盗み見た。シュッと引きしまった輪郭でメガネで隠れているけれど、目は二重になっている。その上さっぱりとした表情を浮かべている。彼の目には、この景色が、どうのように見えているのだろうか。興味が湧いて来た。だけれど聞く勇気もなく、わたしはそっと目を閉じた。きっとわたしのことは、ただの友達としか思われていないのだろう。そう思うと、なんだかさびしく思えてしまう。そのことに気づいて、わたしの体温が急上昇して、頭の中がボッと沸騰した。

「だ、大丈夫、ハルちゃん?」

「は、はい。だ、大丈夫です」

「顔が赤いけれど、熱があるんじゃない?」

「い、いえ。今朝測ったら平熱でしたので」

「今朝測ったんだ。真面目だね。でも無理しちゃダメだよ。ハルちゃん、体力あるわけじゃないんだから」

 確かにわたしは体力があるほうではない。少し走っただけでも息を切らしているし、重たい荷物を運ぶにしても一苦労だ。それにまだ精神的に落ち着いていないときもある。たぶん駿人くんはそのことも心配をしてくれているのかもしれない。わたしは、駿人くんの袖を掴んだ。「ん?」と振り返る彼に対し、わたしは何も話せずにいた。沈黙が流れ、わたしは静かにうつむいた。用があったわけではなく、どうしてか手が勝手に彼の袖を掴んでいた。今、この状況をどうすればいいのだろうか。困惑をしていた。

「なぁ、俺、さきに場所取ってるから、少し、二人で話して来いよ」

 この沈黙を破ったのは藤堂くんだった。彼に目をやると藤堂くんが軽く頷いた。駿人くんもやさしい声音で「そうだね」と返答して、校庭近くにあるベンチに腰を下ろした。風がさぁと吹き、わたしの髪を揺らした。

「ハルちゃん、大丈夫かい」

「す、すみません。だ、大丈夫です」

「本当に? 急に深刻な顔になるし、うつむいたりするし。なんだか変だよハルちゃん」

「ごめんなさい。その、わたし…」

「いいよ、ゆっくりで」

「駿人くん、いつもやさしいし大人っぽいから、なんだか置いて行かれているキモチになるときがあるんです。出会って間もないのにおかしいですよね」

「そう。話してくれてありがとう。大人っぽいか。初めて言われたなぁ。いつもヒナとか他の奴らにガキとか子どもっぽいとか言われているから新鮮だな。でも僕からしたら、ハルちゃんのほうが先に走っている感じがするんだよね。絵に対する好きっていうキモチとか、描いているときすごく伝わってくる。だってすごくキラキラしているんだもん。このままだと、ハルちゃんに置いてきぼりにされちゃうってなるんだよ。って何言っているんだろ僕」

 駿人くんは切なさが混じった笑みを浮かべ、まっすぐ前を向いた。その様子を見ると、駿人くんも一人の年頃な男の子なのだと感じさせられる。彼自身も焦ったり悩んだりもするのだ。決してわたしだけではない。勝手に自分だけだと思い込んでいた。勝手な思い込みで、わたしは彼のことを傷つけてしまったのではないだろうか。わたしは、彼の手にそっと手を差し伸べた。

「駿人くん、その、ごめんなさい。わたしが変な気を起こしたから、駿人くんに悲しい思いをさせてしまって。本当にごめんなさい」

「いいんだよ。別に悲しいキモチにはなっていないからさ。ハルちゃんが心病むことじゃないよ。そうだな。いい刺激になってるよって伝えたかったんだけどな。ごめん伝え方が下手くそで…」

「い、いえ…、その、わたしは…」

「さっ、行こうか。竜も待っているだろうしね」

「そうですね。急ぎましょう」

 お互いに顔を見合わせ、フッと笑みをこぼし、体育館へ足を進めた。