家に帰ると、わたしは楓ちゃんの書斎へと向かった。今日あったことをいち早く楓ちゃんに話したかった。藤堂竜くんという男の子と友達になったこと。部活で野田先生に褒められアドバイスをもらえたこと。美術部のみんなとより仲よくなれたこと。今すぐにでも話したかった。わたしは書斎の襖にノックすると中から「はーい」と返事があり、ゆっくりと襖を開けた。

「おかえりハル」

「ただいま楓ちゃん。あのね今日ね」

「うん聞かせて」

 楓ちゃんは作業していた手をとめて、笑顔で体をこちらに向けた。わたしは気分を高揚させながら話し始めた。止まることのないわたしの話しに楓ちゃんはとても楽しそうに「うんうん」と頷いてくれていた。こんなにもはきはきと話しているのは初めてかもしれない。引っ込み思案なわたしは人の顔色を伺いつつ話して、基本的に受け身になってしまっていた。小さいとき、楓ちゃんと話すときも、彼女がメインになって話すことが多かった。だからこうして、わたしがメインとなって話すなんて滅多にないことだ。こうしてうれしかったことを自分から共有するだなんて初めてだ。絵のコンクールで賞をもらったときも、自分から言い出せず、結局周りから先に祝われることが多かった。うれしかったことを共有することは悪いことではないのだと知ることが出来、とても楽しい。

「ハルが明るくなってよかった。引きこもる前も大人しいほうだったけど、こうしてうれしかったことを楽しそうに話してくれるだなんて、あたしはうれしいよ」

「楓ちゃん…わたし…」

「ハルは、もっと自分に自信を持ってもいいんだよ。確かにハルは大人しくて憶病なところはあるけれど、困っている人に静かに寄り添ったり、好きな絵を楽しそうな笑顔で描いたり。あたしはそんなハルが好きだよ」

 楓ちゃんは、わたしのもとに来て、やさしく抱きしめた。暖かく心地がいい。彼女の胸の中はとても安心する。弱虫なわたしも、絵を描くわたしも、楽しそうに話すわたしも、どんなわたしのことを受け入れてくれる。だからこそわたしは楓ちゃんのことを信頼することが出来るのだろう。わたしは楓ちゃんの背中に手を回した。楓ちゃんがいなかったら、わたしは今頃、どうなっていただろう。暗い闇の中で、わたしはずっと溺れていたかもしれない。そこから引っ張り出してくれたのは楓ちゃんだ。わたしにとって、楓ちゃんはヒーローのような存在だ。いつか彼女のように誰かに手を指し伸ばせるようなりたい。もう守られるだけの女の子でいたくない。そのためにもわたしは、もっと強くならなくてはいけない。将来、何になりたいかはまだ決めているわけではない。だけど、今は地道なことから努力していこう。

「ねぇ、楓ちゃん」

「なんだい、ハル」

「今度、絵の練習に付き合ってよ。もっと上手になりたいし、もっと自分らしい絵を見つけたいの」

「いいよ。付き合ってあげるよ。そのためにも今の仕事を早く片付けないとね」

「む、無理しなくてもいいから」

「へーきへーき。心配いらないさ。ハルともっと一緒に絵を描きたいからね」

 楓ちゃんは二ッと笑い、わたしもつられてクスクスを笑みがこぼれた。
 どんなに暗闇の中にいたとしても、わたしは独りではない。気づかないだけで、誰かがずっととなりにいてくれている。わたしは心に温もりを感じながら、次の季節に進もうとしていた。