「「「うぉおおおおお!!!」」」
複数の兵士が多方向から同時に突撃してきた。
見事な連携だ。
彼らの練度が高いことを表している。
ただ……
「なっ!? 剣が弾かれた、だと!?」
「防御魔法? いや、コイツは魔法を唱えていないはず!」
「待て! 防御だけじゃない、これは……がっ!?」
自動で防御魔法を展開。
さらに、こちらも自動で反撃を行う。
自動で展開される攻防一体の結界。
『ガーディアン』。
俺が開発した、オリジナルの魔法だ。
俺は敵の中を突き進むだけ。
それだけで、大抵の相手はガーディアンの反撃を食らい、自滅してくれる。
「少しはやるようだな」
奥から巨漢の兵士が現れた。
巨人が使うような戦斧を片手で担いでいる。
驚くべき膂力の持ち主だ。
名前のある戦士なのだろう。
ただ……
「俺の名前は、ガロウ。人呼んで鮮血の……」
「ライトニングバレット」
「ぎゃあっ!?」
俺の魔法を受けて、戦士は屋敷の外にまで吹き飛んでいった。
「隊長!?」
「貴様、卑怯だぞ! 名乗りをあげている最中に攻撃をするなんて、騎士道精神に反する!!!」
「騎士道精神?」
はっ、と俺は鼻で笑い飛ばす。
「バカを言うな。女の子を誘拐するような連中が、騎士道精神を持っているわけがないだろう? お前達は、ただの賊だよ」
「うっ……」
「卑怯者連中と、誇りなどを賭けて戦うつもりなんてない。無駄だ。俺がやるべきことは、邪魔な敵を可能な限り速やかに排除する……それだけだよ」
冷たく言い放ち、次いで、広範囲魔法を唱えた。
俺を中心に、円形に爆発が広がる。
炎が竜のごとく荒れ狂い、全てを飲み込む。
兵士達は避けることはできない。
逃げることもできない。
彼らは、全て俺の魔法に飲み込まれた。
後に残るのは、動けず、昏倒した兵士達だ。
一応、手加減はしたので死んでいる者はいない。
ただ、治癒院送りは確実。
後遺症が残る者もいるかもしれない。
「まあ、自業自得だな」
命令されただけ、なんて思うヤツもいるかもしれないが……
そんなこと知らん。
命令されたから。
逆らえないから。
だから、誰かに刃を向けてもいい。
そんな理屈、通るわけがない。
いちいち兵士の事情を汲んでやる義理も義務もない。
敵として立ちはだかるのなら、容赦なく蹴散らすだけだ。
「さて……俺の邪魔をするというのなら、覚悟してもらうぞ?」
――――――――――
広い執務質にネコネとアリンはいた。
特に拘束されているわけではなくて、その身を縛るものはない。
ただ、部屋の入口には屈強な兵士が二人。
さらに、窓側にも二人。
彼らを欺くことは難しく、軟禁状態だ。
二人が座るソファーの対面に、ドグとフリス。
そして、彼らの親であるゴーケンとアーニがいた。
「お会いできて光栄です、ネコネ王女、アリン王女」
ゴーケン・マクレーンは丁寧に頭を下げた。
そんな彼をネコネとアリンは睨みつける。
「ちょっとあんた! あたし達にこんなことをして、タダで済むと思っているの!? あんたの首だけじゃ済まさないわ! 一族郎党……」
「アリン」
「姉さん?」
ネコネは鋭い表情を崩さないものの、噛みつくような勢いで喋るアリンを手で制した。
そのまま、妹の代わりに静かに、しかし鋭く問いかける。
「あなた達の目的はなんですか?」
「なんだと思いますか?」
「王位簒奪」
ネコネは即答した。
「ほう……その根拠は?」
「あなたは、以前から現体制に不満を持っていたでしょう? 父の政策に異を唱えて、ぶつかることが多い。それだけならいいのですが……その不満を周囲に語り、扇動して、賛同者を増やしていた」
「ふむ」
「目立ちすぎていましたからね。少し調べていました」
「なるほど、なるほど。さすがネコネ王女、その聡明さは私も見習いたいところですな」
「どうも」
ネコネは無愛想に答えつつ、さりげなくアリンを背中にかばう。
自分達は人質だ。
娘を溺愛する王ならば、ある程度の要求には屈してしまうだろうが……
玉座を渡せと言われたら、迷うことなく断るだろう。
娘を溺愛する父だとしても、それ以前に、彼は王なのだ。
そうなった時、二人に人質としての価値はなくなる。
せめて妹だけでも。
ネコネは頭をフル回転させて、いざという時、妹を守る方法を考えた。
そして、答えを導き出して実行に移す。
「ファイア!」
「なっ……!?」
まさか、あの無能王女が魔法を?
その驚きが動きを鈍らせて、ゴーケンとアーニは棒立ちになってしまう。
やった。
ネコネは笑みを浮かべるが……それはすぐに消えてしまう。
「あ」
彼らの部下が前に出て魔法を防いだ。
不意をついたものの、ネコネの魔法は拙い。
簡単に防がれてしまう。
「まったく、驚かせて……」
「な、なら……ライト!」
光が放たれる。
ただ、それだけ。
「なんの真似だ?」
「……」
ネコネは答えない。
でも、これでいいはずだ。
これが合図となるはずだ。
不安は感じていなかった。
心配もしていない。
なぜなら……
ゴガァッ!!!
突然、部屋の壁が吹き飛んだ。
それに巻き込まれた兵士が数名、吹き飛ぶ。
煙の中から姿を見せたのは……
「おまたせ」
ジーク・スノーフィールドだった。
「なっ、お、お前は……!?」
「どうして、こんなところに……!?」
俺の姿を見て、ドグとフリスが動揺をあらわにした。
一方で、ネコネは安堵した表情を浮かべている。
「ありがとうございます、スノーフィールド君」
「まだ礼を言うには早いだろう」
「???」
アリンは、訳がわからないという様子で不思議そうにしていた。
ただ、説明は後だ。
「貴様! 何者ぐはぁ!?」
アーニとかいう貴族だったか?
そいつが騒いだので、うるさいので無詠唱魔法で黙らせた。
続けて、ゴーケンにも炎弾を叩き込むのだけど……
「へぇ」
パァンッ! と弾けるような音と共に、炎弾が消えてしまう。
今、なにをした?
あらかじめ防御魔法を展開していたのか。
それとも魔道具か。
どちらにしても、俺の知らない技術だ。
興味深い。
「なるほど。先程からやけに騒がしいと思っていましたが、君の仕業ですか。君は?」
「レガリアさんの……えっと、ネコネさんのクラスメイトだ」
ネコネもアリンもどちらもレガリアなので、今回は名前で呼ぶことにした。
「ふむ、クラスメイト? そのような者が、なぜここに?」
「友達がピンチなんだ。見過ごせないだろう?」
「なるほど。正義の味方に憧れる愚者、というわけですか」
ゴーケンはにこりと笑い……
パチンと指を鳴らす。
隣の部屋から大量の兵士がやってきた。
あっという間に俺を包囲する。
ネコネとアリンを捕らえているから、これくらいの用意はしているか。
まあ、大したことはないだろう。
いずれも平凡なレベルで、大したプレッシャーを感じない。
「君はなかなかの力を持っているようですが、これならどうですか?」
「どうもこうも、なにも障害にはなっていない。邪魔者は蹴散らす。それだけだ」
「ふむ……ハッタリというわけではなさそうですね。それなりの力を持っていて、自信があるというわけですか」
ゴーケンは余裕を失わない。
彼にとって、この程度、ピンチでもなんでもないのだろう。
実際、対峙しているのは学生だからな。
なかなか脅威に思うことはできないだろう。
「さて……君がどこの誰か詳しくは知らないが、私を敵に回してタダで済むと思っているのかね?」
「と、いうと?」
「なるほど、確かに君は強い。ここまで一人で辿り着くだけのことはある。しかし、君は本当の強さを知らない」
「へぇ」
問答無用で叩き潰してもいいのだけど、ゴーケンの言う本当の強さに興味を覚えた。
素直に話を聞くことにする。
「強い魔法を使うことができる……それは素晴らしいことだ。しかし、個人の力では限界がある。全てに手が届くことはない。だが、それを可能とする力がある……それこそが権力だ」
「権力?」
「そう、権力だ。君のような平民では成し遂げることができないことも、私のような貴族ならば成し遂げることができる。単純な力の問題ではないのだ。さらにその上の段階の話をしているのだよ」
「ふむ」
「そう、君は無力だ。平民である君にはなにもできない。例えば、私が一つサインをするだけで、君はこの国で生活することはできなくなる」
事実、その通りだろう。
ゴーケンほどの立場にいる者ならば、無茶を成し遂げることができる。
「牢に放り込むことも簡単だ。生きるために必要な権利を剥奪してもいい。奴隷に堕とすこともできる……なんでも可能なのですよ」
「それで?」
「ここまで言えばわかるだろう? どうやら王女達を助けに来たようだけど、バカな真似はやめておくことだ。社会的に死にたくないだろう?」
ゴーケンはニヤリと笑い、そう忠告をしてきた。
確かに、ヤツの言う通りだ。
権力というものは圧倒的な力を持つ。
下手に逆らえば、そこで人生終了。
死ぬよりも厳しい状況に追い込まれるだろう。
ただ……
「そんなこと知るか」
「……なんだと?」
ヤツは一つ、大きな勘違いをしている。
「あんたの持つ力は理解した、というか、最初から理解しているよ。貴族にケンカを売る。それは、国にケンカを売るようなものだ」
「理解しているのなら、バカな真似はやめたまえ。社会的に死にたくないだろう?」
「だから、そんなこと知るか」
「……なんだって?」
「確かに、俺は人間社会の中で生きている。その枠組の中にいる。ただ、この国に属した覚えはない。俺に命令できるのは俺だけだ」
「やれやれ、なにも理解していないな。それはつまり、この国を敵に回すということだ。そんなことをして勝てるとでも?」
「勝てるさ」
即答。
そして、迷いなく言い放つ。
「この国の全てを相手にしても、俺が勝つ」
「なっ……」
「あと、貴族だろうが権力だろうが、そんなこと知らん。権力があるから従え? バカ言うな。そんなめんどくさいこと、するわけないだろう。俺は、俺のやりたいようにやる。それを邪魔するなら、みんな敵だ。そして……敵は叩き潰す」
権力の力は大きい。
絶大と言ってもいい。
その国に生きる者にとって、決して逆らうことはできない。
ただ、俺はこの国なんてどうでもいい。
いつでも出ていっていいし、なんなら敵対してもいい。
そして、叩き潰す覚悟がある。
それを成し遂げる自信がある。
そんな俺にとって、ゴーケンの持つ権力はまるで意味がない。
立っている舞台が違うのだ。
「貴様、本当にこの国を敵に回すつもりか……正気か!?」
「だから、そんなこと知るか。俺がやるべきことは、ネコネとアリンを助けることだ」
二人を見る。
ネコネとアリンはぽかんとした様子で……でも、どこか嬉しそうにしていた。
「そんなわけで、俺に倒されてくれ」
「正気か!? この私を敵に回すということは、この国の貴族の大半を敵に回すということだぞ!? この国で生きていくことなど不可能に……」
「だから、どうでもいいんだよ」
そんなことよりも、ネコネとアリンだ。
「そんなわけで……エアリアルシールド」
ネコネとアリンを魔力の盾で包み込む。
それから、魔法をもう一つ。
「インフェルノ」
ゴッ……ガァアアアアアッ!!!
爆炎が部屋にあふれて……
一気に外に噴出して、屋根が吹き飛んだ。
爆弾がまとめて十数個、炸裂したような感じだ。
ネコネとアリンは魔法で保護しているので問題ない。
俺は、きちんと自分を範囲外に指定しておいたから大丈夫だ。
ただ、他の者は……
「がっ……」
「あ、う……」
「な、なにが……」
皆、倒れて痙攣していた。
最大限威力を絞ったものの、それでも火属性魔法の上級は厳しいだろう。
殲滅完了だ。
「しかし、手加減するのは面倒だな……」
突入前、リーゼロッテになるべく死者は出すなと口うるさく言われたため、手加減はしているのだが……
やっぱりスッキリしないな。
全力で放ってこその魔法だ。
「大丈夫か?」
「は、はい……なんとか」
「それにしても、こ、この威力……ど、どういうこと?」
ネコネとアリンに手を貸して立ち上がらせる。
二人は呆然とした様子で、半壊した屋敷を見回していた。
「前もバハムート召喚してたし……あんた、何者よ?」
アリンがじっとこちらを見る。
さすがにやりすぎたか?
任務のことは秘密なのだけど……
ただ、そこに気づいた様子はないか。
俺の力の源を疑問に思っている様子だ。
それなら、まあ、なんとかごまかせるだろう。
「俺は……」
「ぐっ……こ、この愚物が、よくもやってくれたなぁあああ……」
怨嗟の声が響く。
振り返ると、ボロボロになりつつも立ち上がるゴーケンの姿が。
他の連中は軒並み昏倒しているが、彼は気合で耐え抜いたらしい。
やるな。
素直に感心してしまう。
ただ、よくも俺の魔法を耐えやがったな? というイライラもある。
複雑だ。
「大貴族である私に、よくもこのような暴挙を……! 貴様は許さん、絶対に許さんぞ!!!」
「知るか。なんでもかんでも自由にやれると思うな」
貴族だろうとなんだろうと、それを気にしない相手に権力は通用しない。
そのことをきちんと理解して、その上で、改めてケンカを売ってこい。
「この私を怒らせたこと、死んでも尚、後悔し続けるがいい!!!」
怒りで血管が切れそうな勢いで叫び、ゴーケンは机に設置されていた隠しスイッチを押した。
ガコン、と屋敷の遠くで妙な音が響く。
それはほどなくして爆音に変わり、壁を砕く音と共にこちらに近づいてきた。
「ガァアアアアアッ!!!」
壁をぶち破り現れたのはゴーレムだ。
ゴーレムというのは、魔力を糧に動く兵器のことだ。
人型をしているものの、その大きさ、力は人の数倍。
平時は力仕事をさせられているが、戦時中は攻城兵器として使われることも多い。
その力は一騎当千。
敵として現れた場合、討伐するのに熟練の騎士30人は必要と言われている。
「これが……切り札?」
「はははははっ、見たか! これが私の力だ、これが貴族としての証だ! ひれ伏せ、平民。新しい王である私に対して頭が高いぞ!!!」
「……はぁあああ」
思わず深いため息が出てしまう。
「あれだけ自信たっぷりにしているから、どんなものが出てくるかと思いきや……ただのゴーレムか。警戒して損した」
「な、なんだと……?」
「来い。すぐに終わらせてやる」
「この……ガキがぁあああああっ!!!」
ゴーケンは顔を真っ赤にして、ゴーレムに俺を殺せ、という命令を出した。
ゴーレムの目が光る。
命令に忠実に従い、そして実行するために巨体を動かした。
屋敷全体を震わせるかのように大きな足を動かす。
巨体に似合わない速度で、たぶん、馬よりも速いだろう。
城の門を突き破る攻撃力。
全身が鋼鉄と同じくらい硬い防御力。
そして馬よりも速い機動力。
その三つを兼ね備えているのがゴーレムだ。
「危ない! 逃げてください、スノーフィールド君!? 私達のことはいいから!!!」
「ゴーレムに立ち向かうなんて無理よ!? そんなこと、上位の騎士でさえできるかどうか……」
真正面からぶつかるのは愚策の中の愚策。
距離を取り、遠距離攻撃をひたすらに叩き込む。
ゴーレムの装甲も無敵というわけじゃない。
何度も攻撃を繰り返せばいずれ破綻する。
その時を待ち、耐え忍ぶのが定石なのだけど……
「はははははっ! もう遅い、遅いわ! 虫のように潰され、己の愚かな選択をあの世で後悔し続けるが……は?」
ガシィッ!!!
俺がゴーレムの拳を素手で受け止めたことで、ゴーケンの高笑いが止まった。
時が止まったかのように、大口を開けたまま言葉を失っている。
「す、すごいです……」
「嘘……そんな、まさか……」
ネコネとアリンも呆然としていた。
そんな中、俺は不敵に笑う。
「で?」
「……な、なに?」
「これで終わりか?」
「こ、このっ……ガキがぁあああああっ!!! ゴーレム! 魔導砲を撃てぇ!!!」
ゴーレムの頭部が変形して、中から砲身が出てきた。
蓄積されている魔力を全て放つという、ゴーレムの最大最後の武装だ。
ネコネとアリンが顔色を変える。
「な、なにを考えているのですか!? このようなところで魔導砲なんてものを使えば、どれだけの被害が出るか……!」
「ちょっと、あんた! 終わるなら勝手に一人で終わりなさい、周囲を巻き込むな!!!」
本気で慌てて、本気で怒っているところを見ると、二人は民想いの優しい王女なのだろう。
だから俺は、そんな二人のために力を貸すことにした。
逃げることなく、逆に立ち向かう。
ゴーレムの懐に潜り込み、その分厚い装甲に手の平を当てて、
「プラズマフレア」
ゼロ距離で上級雷魔法を撃つ。
紫電が竜のように暴れ狂い、ゴーレムに絡みついて、その機巧を徹底的に破壊する。
ゴーレムの内部構造は雷撃に弱い。
いくら頑丈といっても、ゼロ距離で上級雷魔法を撃たれたら終わりだ。
ゴーレムは原型を留めたまま……
しかし、内部はズタボロに破壊されて、活動を停止する。
「ば、バカな……装甲を貫くためにゼロ距離で魔法を……? そんなバカな発想、普通、思いつくわけが……それに、ゼロ距離とはいえ一撃でゴーレムを……ありえないありえないありえない……!!!」
ゴーゲンは現実を受け入れられない様子でその場にへたりこみ、ぶつぶつとつぶやいていた。
ヤツはもう終わりだな。
今の姿を見ていると、そう断言することができた。
「ネコネ、アリン」
二人のところに歩み寄り、それぞれに手を差し出す。
「おまたせ。大丈夫か?」
事件の顛末を記しておこう。
貴族の屋敷を半壊させたわけだから、当然、すぐに騎士団、憲兵隊の両方が駆けつけてきた。
我に返ったゴーケンは俺を捕まえるようにわめいたものの、こちらにはネコネとエリンがいる。
彼女達の証言で、逆にゴーケンが逮捕されることになった。
もちろん、アーニやフリス。ドグも逮捕された。
いずれも国家反逆罪が適用される。
フリスとドグはまだ若いため減刑されるかもしれないが……
ゴーケンとアーニは間違いなく死罪となるだろう。
そして俺は……
――――――――――
「おはよう」
登校すると、すでに教室にはネコネがいた。
挨拶をすると、にっこりと笑顔を返してくれる。
「おはようございます、スノーフィールド君」
彼女の笑顔は癒されるな。
城でいかつい騎士団長や厳しい顔しかしていない王の顔ばかり見ていたせいか、尚更そう思う。
「改めて、ありがとうございました」
「またか?」
あれから何度も礼を言われている。
でも、ネコネはまだ言い足りないらしく、こうしてちょくちょく頭を下げてくる。
「本当に気にしないでくれ。あれは……」
任務だから助けた。
でも……
「友達を助ける、俺は当たり前のことをしただけだ」
そんな理由があってもいいような気がした。
「ありがとうございます。ですが、やはりなにもお礼がないというのは……」
「礼なら国から色々ともらったよ」
「それはそれ、これはこれです。エリンの姉として、妹を助けてもらったお礼をしたいのです」
「そう言われてもな……」
「私になにかしてほしいことはありませんか? なんでも構いません」
年頃の女の子がなんでも、とか言わない方がいいぞ。
「なら、一つ頼みたいことがある」
「はい、なんですか?」
「……アレをなんとかしてくれないか」
「アレ?」
ネコネが不思議そうに小首を傾げた。
と、次の瞬間……
「いたっ、ジーク様!」
とても元気な声。
振り返るとエリンがいた。
にっこりと満面の笑み。
そのまま勢いよく駆けてきて、俺に抱きついてくる。
「おはよ、ジーク様! 朝からジーク様に会えるなんて、あたし、なんて幸せ者なのかしら」
「えっと……エリン?」
「あ、お姉ちゃんもおはよう」
「おはよう……ございます?」
これは本当に私の妹か?
偽物では?
なんていう感じで、ネコネが顔をひきつらせていた。
そして、説明を求めるような感じでこちらを見る。
「レガリアさんは知らなかったな……あれから、ずっとこんな調子なんだ」
「ずっと……」
「だから、なんとかしてくれると助かる」
「えっと……エリン? 私の記憶の限りでは、エリンはスノーフィールド君を敵視していたように思うのですが……」
「あれは、あたしの黒歴史よ」
エリンは俺に抱きついたまま、きっぱりと断言してみせた。
「ジーク様に対する数々の無礼……ああもう、あの時のあたしは本当にどうかしていたわ。バカ、あたしのバカ! 過去に戻れたら、あの頃のあたしを徹夜で説教してやりたいわ。それと同時に、ジーク様の素晴らしさを3日かけて説明するの」
そう語るエリンは、目をキラキラと輝かせていた。
本当にエリンなのだろうか?
何者かが王女になりすましているのではないか?
そんな可能性を疑い、ありとあらゆる方法で調べたものの、エリンはエリンだった。
つまり……
先日の誘拐騒動をきっかけに心境の変化があったらしい。
俺のことを物語に出てくる王子様のように思い、こんな態度をとるようになった、というわけだ。
「……勘弁してほしい」
護衛対象に好かれるのは問題ないが、だからといってこれは困る。
こうもつきまとわれていたら、俺の正体がバレてしまうかもしれない。
そう。
俺は、このまま学院に残ることになった。
まだまだ王家の敵は多い。
王女が狙われる可能性もある。
ということで、ネコネと……さらにエリンの護衛も追加された。
仕事を押しつけすぎだ。
ブラックか。
まあ、その分報酬を追加要求したから、ウィンウィンの関係ではあるが。
「ジーク様、今日はヒマ? 時間ある? よかったら、あたしと一緒にデートしましょう。街で遊んで、ごはんを食べて、それから夜は……きゃーきゃー!」
「むぅ……」
なにやら勝手に盛り上がるエリン。
そして、なぜかネコネが不機嫌そうになる。
「レガリア、俺は別に君と遊ぶつもりは……」
「エリン」
「え?」
「エリン、って名前で呼んで。でないと返事、一切しないから」
「いや……レガリア?」
「……」
「……エリン」
「うん、なに?」
にっこりと笑うエリン。
この変わりよう、いったいどういうころだろう?
あの事件で好意を抱かれたのだろうが、だからといって変わりすぎだろう。
「スノーフィールド君」
ふと、ネコネが口を開く。
なにやら怖い顔をしているが……?
「私のことも、今後はネコネと名前で呼んでください」
「……どうしてそうなるんだ?」
「どうしても、です」
答えになっていない。
「……ネコネ」
「はい♪」
とても良い笑顔をされてしまった。
「あ、お姉ちゃんずるい!」
「ずるくなんてありません。それを言うのなら、エリンこそずるいです」
「そんなことないし」
「そんなことあります」
「えっと……」
任務をしつつ、学院の技術を学び、さらなる段階へ上がるつもりだった。
それなのに実際は、二人の王女に翻弄される日々。
どうして、こんなことになってしまったのだろう?
「……まあ」
これはこれで悪くないのかもしれないな。
苦笑しつつ、俺は窓の外を見た。
空は青く晴れていて、白い曇がゆっくりと泳いでいる。
その中で輝く太陽はどこまでも明るくて、まぶしくて……そして、温かかった。