「さきほどはすまなかったのう……」
カフェテリアに移動した後、トムじいさんが頭を下げてきた。
「姫様が暴君と一緒におるものだから、妙な早とちりをしてしまったよ」
「その暴君っていうのは?」
「お主のことじゃよ」
「うん?」
「遅れてやってきた新入生。首席の同級生を一蹴して、さらに上級生までも叩きのめした。その圧倒的な力から、一部では暴君と噂されているのだよ」
「マジかよ……」
誰だ、そんな迷惑な噂を流したヤツは。
「本当にすまなかったのう」
「いいよ、謝罪を受け入れる」
「そんなに簡単に許していいのか?」
「別に大したことじゃないからな」
「大したことない、か……ふぉっふぉっふぉ、そう言われてしまうと自信をなくしてしまうのう」
なんて言いつつ、トムじいさんは朗らかな笑みを浮かべていた。
気持ちのいい人だ。
「それにしても、トムおじいさんはとても強かったのですね」
ネコネが紅茶を飲みつつ、驚いた様子で言う。
「姫様、お忘れですかな? 儂は庭師ですが、姫様の護衛でもあるのですぞ」
「そうなのか?」
「あ」
ネコネを見ると、すっかり忘れていた、という様子でつぶやいた。
しっかりしているようで、けっこう抜けたところがあるのかもしれない。
護衛が被っているが……
トムじいさんは平時の、俺は緊急時の。
そんな感じで役割が分けられているのだろう。
「まあ、大した魔法は使えないので、姫様がお忘れになるのも仕方ありませんが」
「そうか? トムじいさんは、十分すごい魔法使いだと思うが」
「ほう……どうして、そのように思うのかな?」
「身体能力を強化する魔法を使っていたじゃないか」
魔力を外に放出するのではなくて、内に留めてエネルギーに転換する。
そんな技術があるのだけど、誰にでもできるものじゃない。
むしろ、ごくごく一部の者しか使えない高等技術だ。
だからこそ、フリスとドグはトムじいさんの力を見極めることができなかったのだろう。
「体内の魔力を活性化させることで、身体能力を何倍にも高める……なかなかできることじゃない」
「詳しいのう」
「魔法は好きだからな」
トムじいさんがネコネを影から護衛していたというのも納得だ。
そして、先程襲ってきたのも納得だ。
護衛からしたら、俺は不審者極まりないからな。
早とちりしてしまうのも仕方ないだろう。
「トムじいさん……トムじいさんって呼んでもいいか?」
「ああ、かまわないよ」
「なら、トムじいさんはレガリアさんの護衛なんだよな?」
「うむ」
「いつから彼女の護衛を?」
せっかくの機会なので、犯人探しも行おう。
「姫様がアカデミーに入学した時からじゃな」
「ってことは、もう9年近いのか……すごいな」
「なに。大した事件は起きておらぬから、誇れることではないさ」
「それはそれで退屈じゃないか?」
「とんでもない。姫様の安全が一番じゃからな。それに、このようなことを言うのは恐れ多いが、姫様のことは孫のように感じておる。そんな姫様の身を守ることができる栄誉は、とても素晴らしいものじゃよ」
「トムおじいさん……いつもありがとうございます」
ネコネは感激した様子で言う。
トムじいさんは少し照れた様子で、ごまかすように笑い声をあげていた。
「ふむ?」
見た感じ、トムじいさんはネコネの呪いと無関係のように見えるが……
彼女に向ける感情が少し気になるな。
9年も一緒にいれば親しみを持つことは当たり前のことだ。
でも、相手は王族。
普通は、孫のようになんて思わない。
乳母となれば、また話は別だろうが、彼はただの庭師なのだ。
「ところで……」
小さな違和感はひとまず保留にして、情報収集に務める。
ネコネの周囲で怪しい人物はいないか?
どんな些細なものでもいいから、呪いに関する情報を持っていないか?
彼女を恨んでいる、逆恨みをしている、利用しようとしている者はいないか?
色々な質問をしてみるものの、全て空振り。
トムじいさんはなにも知らず、力になれなくてすまないと頭を下げた。
「すまないのう……なにやら大変なことになっている様子。こういう時こそ儂が力にならなければいけないのに……」
「いえ、そんな! トムおじいさんが謝るようなことではありません」
ネコネはあたふたと手を横に振る。
「いつも守っていただいて……そのことだけで、とてもありがたいです。いつもありがとうございます」
「姫様……もったいなきお言葉。もしもよろしければ、これからも姫様を護衛する栄誉を与えていただけませぬか?」
「ええ、もちろんです」
ネコネとトムじいさんは笑みを交わす。
二人の間に流れている信頼関係を表しているかのようだ。
良い光景ではあるが……
なるほど、そういうことか。
「レガリアさん、そろそろ行こうか。他にも聞き込みをしないと」
「あ、はい。そうですね」
トムじいさんと別れて、ネコネと一緒にカフェテリアを後にした。
「あれ?」
しばらく歩いたところで、ネコネが不思議そうに小首を傾げた。
寮に向かっていることに気づいたのだろう。
「えっと……スノーフィールド君、どこへ行くのですか? 聞き込みをするのなら、アカデミー内の方がいいと思うのですが」
「聞き込みなんてしないさ。内緒話……対策やら色々考えたい」
「え?」
「あれ、レガリアさんは気づいていなかったのか?」
足を止めて振り返る。
ネコネはきょとんとしていた。
気づいていなかったみたいだ。
「えっと……なにを、でしょうか?」
「犯人だよ」
「えっ」
「自白していたぞ」
「えっ、えっ」
ネコネは瞬きを繰り返して、いつの間にそんなことが? と驚いている様子だった。
カフェテリアに移動した後、トムじいさんが頭を下げてきた。
「姫様が暴君と一緒におるものだから、妙な早とちりをしてしまったよ」
「その暴君っていうのは?」
「お主のことじゃよ」
「うん?」
「遅れてやってきた新入生。首席の同級生を一蹴して、さらに上級生までも叩きのめした。その圧倒的な力から、一部では暴君と噂されているのだよ」
「マジかよ……」
誰だ、そんな迷惑な噂を流したヤツは。
「本当にすまなかったのう」
「いいよ、謝罪を受け入れる」
「そんなに簡単に許していいのか?」
「別に大したことじゃないからな」
「大したことない、か……ふぉっふぉっふぉ、そう言われてしまうと自信をなくしてしまうのう」
なんて言いつつ、トムじいさんは朗らかな笑みを浮かべていた。
気持ちのいい人だ。
「それにしても、トムおじいさんはとても強かったのですね」
ネコネが紅茶を飲みつつ、驚いた様子で言う。
「姫様、お忘れですかな? 儂は庭師ですが、姫様の護衛でもあるのですぞ」
「そうなのか?」
「あ」
ネコネを見ると、すっかり忘れていた、という様子でつぶやいた。
しっかりしているようで、けっこう抜けたところがあるのかもしれない。
護衛が被っているが……
トムじいさんは平時の、俺は緊急時の。
そんな感じで役割が分けられているのだろう。
「まあ、大した魔法は使えないので、姫様がお忘れになるのも仕方ありませんが」
「そうか? トムじいさんは、十分すごい魔法使いだと思うが」
「ほう……どうして、そのように思うのかな?」
「身体能力を強化する魔法を使っていたじゃないか」
魔力を外に放出するのではなくて、内に留めてエネルギーに転換する。
そんな技術があるのだけど、誰にでもできるものじゃない。
むしろ、ごくごく一部の者しか使えない高等技術だ。
だからこそ、フリスとドグはトムじいさんの力を見極めることができなかったのだろう。
「体内の魔力を活性化させることで、身体能力を何倍にも高める……なかなかできることじゃない」
「詳しいのう」
「魔法は好きだからな」
トムじいさんがネコネを影から護衛していたというのも納得だ。
そして、先程襲ってきたのも納得だ。
護衛からしたら、俺は不審者極まりないからな。
早とちりしてしまうのも仕方ないだろう。
「トムじいさん……トムじいさんって呼んでもいいか?」
「ああ、かまわないよ」
「なら、トムじいさんはレガリアさんの護衛なんだよな?」
「うむ」
「いつから彼女の護衛を?」
せっかくの機会なので、犯人探しも行おう。
「姫様がアカデミーに入学した時からじゃな」
「ってことは、もう9年近いのか……すごいな」
「なに。大した事件は起きておらぬから、誇れることではないさ」
「それはそれで退屈じゃないか?」
「とんでもない。姫様の安全が一番じゃからな。それに、このようなことを言うのは恐れ多いが、姫様のことは孫のように感じておる。そんな姫様の身を守ることができる栄誉は、とても素晴らしいものじゃよ」
「トムおじいさん……いつもありがとうございます」
ネコネは感激した様子で言う。
トムじいさんは少し照れた様子で、ごまかすように笑い声をあげていた。
「ふむ?」
見た感じ、トムじいさんはネコネの呪いと無関係のように見えるが……
彼女に向ける感情が少し気になるな。
9年も一緒にいれば親しみを持つことは当たり前のことだ。
でも、相手は王族。
普通は、孫のようになんて思わない。
乳母となれば、また話は別だろうが、彼はただの庭師なのだ。
「ところで……」
小さな違和感はひとまず保留にして、情報収集に務める。
ネコネの周囲で怪しい人物はいないか?
どんな些細なものでもいいから、呪いに関する情報を持っていないか?
彼女を恨んでいる、逆恨みをしている、利用しようとしている者はいないか?
色々な質問をしてみるものの、全て空振り。
トムじいさんはなにも知らず、力になれなくてすまないと頭を下げた。
「すまないのう……なにやら大変なことになっている様子。こういう時こそ儂が力にならなければいけないのに……」
「いえ、そんな! トムおじいさんが謝るようなことではありません」
ネコネはあたふたと手を横に振る。
「いつも守っていただいて……そのことだけで、とてもありがたいです。いつもありがとうございます」
「姫様……もったいなきお言葉。もしもよろしければ、これからも姫様を護衛する栄誉を与えていただけませぬか?」
「ええ、もちろんです」
ネコネとトムじいさんは笑みを交わす。
二人の間に流れている信頼関係を表しているかのようだ。
良い光景ではあるが……
なるほど、そういうことか。
「レガリアさん、そろそろ行こうか。他にも聞き込みをしないと」
「あ、はい。そうですね」
トムじいさんと別れて、ネコネと一緒にカフェテリアを後にした。
「あれ?」
しばらく歩いたところで、ネコネが不思議そうに小首を傾げた。
寮に向かっていることに気づいたのだろう。
「えっと……スノーフィールド君、どこへ行くのですか? 聞き込みをするのなら、アカデミー内の方がいいと思うのですが」
「聞き込みなんてしないさ。内緒話……対策やら色々考えたい」
「え?」
「あれ、レガリアさんは気づいていなかったのか?」
足を止めて振り返る。
ネコネはきょとんとしていた。
気づいていなかったみたいだ。
「えっと……なにを、でしょうか?」
「犯人だよ」
「えっ」
「自白していたぞ」
「えっ、えっ」
ネコネは瞬きを繰り返して、いつの間にそんなことが? と驚いている様子だった。