『死の翼』
 王国全土を震え上がらせた凶悪な盗賊団だ。

 彼らに襲われたら無事で済むことはない。

 男は殺されて。
 女は犯されて。
 子供は奴隷として売られる。

 被害者は100人を超えると言われていて……
 恐怖のあまり、一時、街道に出る人が激減したという。

 懸賞金がかけられて、多くの冒険者が彼らの討伐に向かう。
 しかし、『死の翼』の大半が元冒険者で、しかも高ランクで占められていた。
 それ故の蛮行であり凶行だ。

 並の冒険者が敵うはずもなくて、全てが返り討ちに遭ってしまう。

 もちろん、王国も黙ってはいない。
 特例として、軍事行動にのみ適用される騎士団を派遣した。

 血反吐を吐くような訓練を乗り越えた騎士達ならば、必ずや盗賊を討ち取ってくれるだろう。
 そう期待されていたのだけど……
 結果は全滅だ。

 『死の翼』の力は予想以上だった。

 冒険者では敵わない。
 騎士団でも敵わない。
 誰もが絶望する中……一人の少年が立ち上がった。



――――――――――



「いやぁあああああっ!!!」

 林道に女性の悲鳴が響いた。
 男に組み伏せられて、衣服が乱れている。

 そんな反応が楽しいというかのように、男はニヤニヤと笑い……
 そして、彼の周囲にいる仲間達もニヤニヤと笑っていた。

 ちなみに、そんな男達の足元には兵士の死体が転がっている。
 皆、彼らに殺されてしまったのだ。

「いやー、助かるよ嬢ちゃん。俺らが有名になりすぎたせいか、ここんところ、獲物がろくに見つからなくてなあ。のんびりと林道を馬車で走ってくれて、ホント助かるよ」
「や、やめて……お願い、助けてください……!」
「安心しろ。お前は極上品だから、殺しはしないさ。奴隷商に買い取ってもらわないといけないからな。まあ、変態のサド野郎に買われたらどうなるかわからないけど、そこは知らないな」
「助けて、助けてください……私は、病気の母のところへ行かないと……お願い、お願いします……」
「あー……ホント、たまらないな。こういう女を抱くのって、マジ最高。そそられすぎて、どうにかなりそうだよ」

 男が下品に笑い、周囲の仲間も笑う。

「ボスってば、本当に良い趣味してますよねー」
「俺らにも味見させてくれません? お願いしますよー」
「ああ、いいぜ。ただ、味見程度にしておけよ? 壊したら価値が下がるからな」
「ういっす」

 仲間は笑いながら頷いて、組み伏せられた少女に欲情の視線を送る。
 そして……

 ドンッ!

 鈍い炸裂音と共に吹き飛んだ。

「……は?」

 突然、仲間が吹き飛ばされた。
 他の男はなにが起きたか理解できず、呆然とする。

 ややあって我に返り、吹き飛ばされた仲間のところへ駆け寄る。

「……」

 仲間は腹部を貫かれていて、絶命していた。

「なんだ、お前?」

 『死の翼』の頭目が立ち上がり……
 そして、そんな彼の前に一人の少年が姿を見せた。

 陽の光を束ねたかのような金色の髪。
 女性のように美しく、中性的な顔。

 体が細いところも見ると、性別を勘違いしてしまいそうになるのだけど……
 しかし、彼は男だ。

「てめえがドクをやったのか?」
「あー……殺す。全殺し確定だわ」
「……」

 盗賊達が殺気立つのだけど、少年はまるで動じない。
 彼らの前に立ち、逃げることはない。

 少年は、ちらりと襲われている少女を見て……
 それから、盗賊達に視線を戻して、彼らに手の平を向ける。

「ライトニングバレット」

 紫電が走り抜けた。
 雷撃は途中で二つに分かれて、それぞれ盗賊を打つ。

「「……」」

 なにが起きたかわからない。
 そんな顔をして、盗賊達は声をあげることもできず倒れて、その命が消えた。

 残りの盗賊達は唖然として、

「てっ……」
「ストームバレット」

 怒声を叩きつけようとするのだけど、それよりも先に少年が動いた。
 今度は風の刃を生み出して、盗賊達を切り裂いて……
 仲間の後を追わせる。

 さらに魔法が連打されて、炎や氷が荒れ狂う。
 気がつけば盗賊達は次々と殺されて、その数を半分に減らしていた。

 数十人の精鋭があっという間に半数に減る。
 それは悪夢以外の何者でもなくて、盗賊達は顔を青くする。

「な、なんだよ、おい……なにが起きているんだよ!?」
「俺達は、最強の『死の翼』だ。誰も歯向かうことはできない、できないはずなのに……!」
「なんなんだよ、あのガキは!?」
「落ち着け」

 恐慌状態に陥りそうになった盗賊達を鎮めたのは、頭目の静かな声だった。

 彼だけは慌てていない。
 恐怖も抱いていない。
 それどころか、楽しそうな顔をして少年を見る。

「お前……もしかして、王国の切り札か?」
「……」

 少年は応えない。

「切り札? ボス、なんのことです……?」
「噂に聞いたことがある。どんな事件も解決して、どんな強敵も打ち破る、最強の魔法使いが王国にいる、ってな。噂だと、単独でドラゴンを討伐したそうだ。ま、それはさすがに誇張された噂だろうが……それくらいの強敵ってことだな」
「そ、そんなやばいヤツがこのガキだって言うんですかい!?」
「実際のところはわからねえけどな。応えてくれる雰囲気でもねえし」

 頭目は笑う。

「ただ、それに匹敵するくらい、って考えるのが適当だろうな」
「……」

 少年はなにも応えない。
 無表情のまま、盗賊達を殲滅するために魔法を……

「ちょっと待った。提案があるんだが」
「……提案?」

 頭目の言葉が予想外のものだったらしく、魔法の詠唱以外で、初めて少年は言葉を発した。

「お前のせいで、部下が半分に減ったんだよな」
「すぐに全員死ぬ」
「ははっ、大した自信だ。だが……無用な争いは避けるべきじゃないか? なあ、そうだろう?」
「おとなしく捕まると?」
「いいや……お前さん、俺達の仲間にならないか?」

 さすがにその提案は予想外だったらしく、少年は目を大きくして驚いた。
 ついでに盗賊達も驚いた。

「ボス!? そんな馬鹿なことを……」
「言っておくが、俺は正気だぜ? 俺の部下は、一人で騎士十人分の働きをする優秀な連中だったんだが……このガキは、それを一瞬で半分にしてみせた。その力、ここで失うのは惜しいからな」
「……」
「俺の仲間になれ。お前の力、俺がうまく使ってやる。そうすれば良い思いをさせてやるし、なにより、殺さないでやるよ」

 少年はじっと頭目を見て……
 ややあって、ため息をこぼす。

「それは俺の台詞だ。警告をするつもりはなかったんだが……おとなしく投降しろ。そして、裁きを受けろ。どうせ死刑だろうが、少しは長く生きられるぞ」
「やれやれ、慈悲をかけてやったんだが、自らはねのけるとは」
「俺の台詞だ」
「生意気なガキだ。やっぱりガキは好かねえな……死ね」

 頭目は一瞬で魔法の詠唱を完了して、力を解き放つ。

「ダークネスクロウ!」

 頭目の影が盛り上がり、獣の形を取る。
 それは風のように駆けて、少年に鋭い牙を突き立てた。
 肉を断ち、骨を砕く。

「はははっ! 見たか、これが俺の力だ。一瞬で詠唱を完了することができる。これが一流の魔法使いの力だよ」

 頭目は勝ち誇り、

「それはデコイだ」
「なっ!?」

 いつの間にか少年に背後に回られていたことに気がついて、笑みを消した。

 まったく気配を察知することができなかった。
 それだけじゃない。
 少年は背後を取るついでに魔法を放ったらしく、さらに複数の部下が倒れていた。

 頭目はニヤリと笑う。

「なるほどな……お前さんが王国の切り札だとしたら、さすがに、高速詠唱だけで倒すことはできないか」
「高速詠唱なんて、初心者レベルだろう? あまり侮るな」
「バカ言うな。一流の魔法使いが汗水垂らして、ようやく習得できる技術だぞ。だからこそ、俺はこの高速詠唱で成り上がってきたんだ」
「そうか。でも、それも終わりだな」
「……そうでもねえさ」

 頭目は生き残った部下に向けて叫ぶ。

「おいっ、アレを解き放て!」
「あ、アレを!?」
「でも、ボス。アレは完全にコントロールできたわけじゃあ……」
「いいからやれ! このままだと死ぬぞっ!!!」
「わ、わかりました!」

 頭目の指示に従い、一人の盗賊が水晶球を取り出した。
 黒く濁り、輝きとは程遠いものだ。

 それは、魔晶石と呼ばれている特殊な道具。
 特定の生物を封印できるという代物で、破壊することで解放できる。
 そのため、一種の召喚装置として利用されている。

「い、いけっ!」

 盗賊が魔晶石を叩き割る。

 黒い霧がブワッとあふれて、光を遮り、周囲を夜のように黒に染めた。
 そこから現れたのは、鋭い牙と強靭な鱗。
 大空を飛ぶ巨大な翼を持つドラゴンだった。

 城のように高く大きく、常人ならばそこにいるだけで気絶してしまいそうなプレッシャーを放つ。
 まさに生きる災厄だ。

「いざって時のために取っておいた切り札だが……なあに、お前に使うならもったいなくはない。こいつの餌になりな!」
「ガァアアアッ!!!」

 飼いならされているらしく、頭目の合図でドラゴンが吠えた。
 天を突くような咆哮を放つと同時に、体内で魔力を収束させる。
 それを一点に集めて……

 ドラゴンブレスを放つ。

 超々高熱の炎。
 鉄を溶かすことができて、人が浴びれば骨も残らない。
 それは絶対的な死を与えるだろう。

 ゴッ……ガアアアアアッ!!!!!

 ブレスが少年を直撃した。
 一歩も動くことがなかったのは、足がすくんでいたのか?
 あるいは、諦めていたのか?

 どちらにしても、普通の人間にドラゴンブレスを防ぐことはできない。
 どうすることもできず、死神に迎えられるしかない。
 死……あるのみだ。

 そのはずなのに、

「……バカな……」

 少年は健在だった。
 肉が焼けることはなくて、骨が溶けることもなくて。
 服が焦げることすらなくて、五体満足で悠然とその場に立っていた。

「終わりか?」
「なっ、あぁ……や、やれぇっ! そいつをぶっ殺せ!!!」

 頭目に応えるように、ドラゴンは前足を振り上げた。

 それは神の一撃に等しい。
 空が落ちてくるかのような打撃に耐えられる者はいない。
 どのような方法を使ったとしても、止めることはできないだろう。

 できないはずなのに……

「プロテクトウォール」

 少年は魔法を使い、ドラゴンの一撃を受け止めてみせた。

 ありえない光景だ。
 防御魔法を使ったとしても限界がある。
 人間の魔力がドラゴンの力を上回ることはない。
 魔法の盾は一瞬で消し飛ばされて潰されるのがオチのはず。

 ただ、少年はその常識を覆してみせた。

 ドラゴンの一撃? それがどうした。
 そんな感じで平然としている。

「終わりか?」
「バカなバカなバカなあああああ!? ドラゴンだぞ!? ドラゴンの攻撃を、どうやって防ぐことができるんだ! 抗うことなんてできるわけないだろ!!! ありえない、こんなことは絶対にありえないぞっ!!!?」
「現実を見ろ。それと……」

 少年はドラゴンに手の平を向けた。

「そろそろ終わりにしよう」

 大気が震えるほどの膨大な魔力が収束されていく。

「アブソリュートインパクト」

 肌を刺すような冷気が周囲を漂い……
 それらは氷となり、ドラゴンを包み込んだ。

 巨大なが氷の山ができあがる。
 それは、少年が指をパチンと鳴らすと、ドラゴンと共に粉々に砕け散る。

 最強の生物の一角であるドラゴン。
 あまりにもあっけない最後だった。

「そんな……バカな……」

 もう叫ぶ気力もないらしく、頭目はその場に膝をついた。

「ドラゴンさえも倒す……あれは噂じゃなくて、本当のことだったのか……」
「さて」

 呆然とする頭目の前に少年が移動した。
 手の平を向けつつ、静かに問いかける。

「ここで死ぬか、おとなしく投降するか。好きな方を選べ」
 俺……ジーク・スノーフィールドは魔法が好きだ。

 魔力を糧に色々な奇跡を起こすことが可能だ。

 炎や水を生み出すことができる。
 風や土を生み出すことができる。
 光や闇を生み出すことができる。

 他にも……
 転移魔法、収納魔法、結界魔法、治癒魔法、防御魔法……などなど。
 使い道は多種多様で、数え切れないほどの魔法が世の中にあふれている。

 俺はそれに魅了された。

 たくさんの魔法を習得したい。
 それだけではなくて、オリジナルの魔法を開発したい。
 そうやって魔法を極めたい。

 幼い頃から魔法について学び、研鑽を積んだ。
 遊んでいるヒマなんてない。
 そんな時間があれば、全て魔法を学ぶことに費やした。

 結果……

 俺は、15歳で、最強の魔法使いに送られる『賢者』の称号を得た。
 それくらい成長することができた。

 ただ、まだまだ終わらない。
 魔法の道は果てしなく、どこまでも終わりがない。

 これからも魔法の勉強をしよう。
 残りの人生、全てを魔法に捧げよう。

 そう思っていたのだけど……



――――――――――



「ジーク・スノーフィールドよ。そなたにとても重要な任務を与える」

 謁見の間。
 玉座に座る王は、俺を呼び出して、そんなことを口にした。

「はぁ……」

 周囲の兵士や大臣達は凛とした表情をしているが、俺は、たぶんめんどくさそうな顔をしているだろう。

 だって、そうだろう?
 こうして話をしている時間が惜しい。
 数分だとしても、その時間を魔法の研究に捧げたいのだ。

 とはいえ、魔法の研究は金がかかる。
 魔法書はどれも高く、オリジナル魔法の開発の素材も高い。

 仕方ないので給料の良い王国に雇われたものの……
 ちょくちょく任務を与えられてしまうので、なかなか魔法の研究がはかどらない。
 大きな仕事をしてたくさん稼いで、そのまま辞めてしまいたいところだ。

「魔法学院に通ってもらいたい」

 もう少し続けてもいいかもしれない。

「お主も知っているだろうが、儂には三人の息子と六人の娘がいる」

 ごめん。
 今、初めて知った。

「娘達は魔法学院に通っているのだが……三女のネコネの護衛をしてほしいのだ」
「護衛?」
「娘が狙われているかもしれない、という情報を得たのだ」
「なぜ俺に? 狙われているというのなら城に戻すか、あるいは、他の者に護衛をさせてもいいのでは?」
「どうしようもなくなったのなら、そうしたいところだが……あまり大きく動きたくないのだよ」

 王曰く……

 敵は謀反を企んでいる貴族の可能性があるらしい。
 それに利用するため、第三王女の身柄が狙われているのだとか。

 彼女を守るだけなら簡単だ。
 しかし、大きく動いてしまうと、危険を察知した敵は逃げてしまうだろう。

 末端を捕まえても意味がない。
 大本を叩くため、ある程度のところまで引きずり出したい。
 故に、大きく動くことはしたくない。

「娘を囮にするのは心苦しいが……敵を放置すれば、娘だけではなく、国全体に被害が出るかもしれぬ。それだけはダメだ」

 そのために、あえて非情な策を取る、ということか。
 でも、本当に娘を見捨てるなんてことはしたくないから、俺を護衛に回すことを思いついたのだろう。

 良策だろう。

 俺は15歳なので、魔法学院に通うにはちょうどいい歳だ。
 やや時期が遅れているものの、病気の療養をしていたため遅れた、とか言い訳は自由にできる。

 それに、俺は一般に顔を知られていない。
 王国の切り札と言われているため、知られていては困るのだが。

「敵の調査は他の者が担当する。お主は、娘の安全だけを考えてくれればいい」
「……他の姫殿下は狙われる可能性はないんですか?」
「ある。ただ、すでに別の護衛を派遣している。ネコネの護衛だけ、良い者が見つからず困っていたのだよ」

 なるほど。

 事情は理解した。
 護衛は面倒だけど……
 でも、魔法学院に通うというのは魅力的な話だ。

 一般的な魔法理論などは全て学んだつもりだけど……
 それとは別に、学院で得られることもあると思う。

 ただ……

 面倒だな。
 魔法学院に通えるのは魅力的だけど、メインは護衛。
 魔法の勉強に使える時間は少なそうだ。

 それよりは自分で研究を詰めていく方が、時間をより有効的に使えるような……

「見事、任務を成し遂げた際は褒美を与えよう。そうだな……以前から城の禁書を閲覧したいと言っていたが、その許可を出そうではないか」
「おまかせください」

 二つ返事でオーケーした。
 仕事は大事だよな、うん。

 そんなこんなで……
 俺は正体を隠して魔法学院に入学して、密かに第三王女の護衛をすることになった。
「ここか」

 一週間後。
 準備を終えた俺は魔法学院にやってきた。

 国の南に扇状に伸びている商業区。
 そこをさらに南に進んだところに魔法学院はある。

 城の次に広い敷地を持ち。
 校舎は三階建て。
 実習棟や教員棟など、多くの建物が並び……
 全学生を収容するだけの寮も完備されている。

 別名、アカデミー。
 魔法使いを志す者が憧れる場所だ。

「……誰もいないな?」

 門の前に来たけれど、誰もいない。
 ここで事情を知る者と待ち合わせの予定だったのだけど……

「少し早いのかもしれないな」

 せっかくだから見学してみよう。
 少しくらいなら問題ないだろう。

 好奇心を抑えることができず、俺は門を潜る。
 そのままグラウンドの方に向かう。

「へえ、色々な設備があるな」

 アカデミーの中で学生が暮らしているからなのか、魔力を動力とした明かりがあちらこちらに設置されていた。
 不審者対策なのか、簡易的な結界装置も設置されている。

「ふむ……少し古いタイプのものだな。でも、この型番のヤツは悪くない。多少、性能は劣るが値段は安いからな。ほどほどに使いやすいから、ちょうどいいだろう」

 好奇心の赴くまま、ついつい調べていると、

「やめてください!」

 ふと、鋭い声が聞こえてきた。

 グラウンドからだ。
 トラブルか?

 ヒマなので様子を見に行く。

「あなたは今、なにをしようとしているのか理解しているのですか!?」
「もちろん。貴族としての務めを果たそうとしている……それだけのことですが、なにか?」

 グラウンドの中央で二人の生徒が対峙してて……
 その近くに女子生徒。
 そして、彼らを遠巻きに眺めている生徒達。

 彼らが生徒であることは、皆、同じ服を着ていることからわかる。
 マントとリボンが特徴的な服で、色が分かれている。
 たぶん、学年で違うのだろう。

 その中で一際目立つ少女がいた。

 銀色の髪は腰に届くほど長い。
 シルクのようにサラサラで、そよ風を受けて静かに揺れていた。

 女性にしては背が高い方だろうか?
 スタイルも良く、背の高さもあって人目を引くだろう。

 顔は綺麗に整っていて、異性を魅了するだろうが……
 それよりも目を引くのは、彼女の瞳だ。
 宝石のように輝いていて、それでいて、強い意思を感じさせる。

「そう、これは貴族としての務めなのですよ。平民を教育する、というね」

 対する男子は、美形と言えば美形だ。
 二枚目といって問題ない。

 ただ、表情は醜悪なもので、黒い感情が隠されることなく表に出ている。

「理不尽な要求を突きつけて、従わなければ暴力をふるうことが教育だと?」
「ええ、その通りですよ」
「ふざけないでください! そのようなこと、絶対に認められません!」
「認められなければ、どうするのですか? 学年主席である僕に逆らうとでも? あなたがどのような方であれ、アカデミーでは実力が全てだ。おとなしく言うことを聞かせられるとは思わないことですね」
「くっ……」

 貴族が平民をいじめる。
 よくある話だ。

 彼らは民を導いて、模範とならなければいけないのだけど……
 その本文を忘れたものは多く、好き勝手に振る舞う者ばかりだ。

 とはいえ、言ってしまえば、これはただの生徒同士のケンカ。
 殺し合いに発展することはまずないだろうから、放っておいていい。

 本来なら、わざわざ介入することはないのだけど……

「ちょっと待った」

 貴族らしき男子と対峙しているのが、第三王女のネコネだというのなら話は別だ。

「なんだい、君は?」
「あなたは……?」

 男子はうさんくさそうなものを見る目をこちらに向けて。
 ネコネは、俺の意図を察した様子で、驚いた顔をする。

「事情は軽くしか知らないが、その辺にしておいたらどうだ? あまり騒ぎになると、教師がやってきたりして面倒なことになるだろう?」
「はははっ、どこの誰か知らないが、勉強は真面目にした方がいい。アカデミーでは決闘が許可されている。一度成立したら、教師であろうと止めることはできない。これ以上、そちらの世間知らずの王女様が己の非を認めないのなら、僕は決闘で全てを決めるつもりなのだよ」
「なるほど」

 そんなルールがあったのか。
 教えてくれてありがとう。

「なら、俺はあんたに決闘を挑もう」
「……なんだって?」
「俺と戦え。そして、この場から手を引け」
「……まるで、君が勝つことが決定しているような言い方だね」

 男子は不快そうに眉をしかめてみせた。

「見知らぬ者の決闘を受ける意味も義務もないが……いいだろう、おもしろい。平民の代わりに君を教育してやろう」
「ま、待ってください! そのような勝手なことは……」
「彼が決闘を挑み、僕はそれを受けた。もう決闘は成立したのですよ? 例え王女であろうと、それを止めることはできない」
「くっ……」

 ネコネは悔しそうな顔に。

「では」

 男子は親指くらいの宝石を取り出して、それを地面に放る。
 すると淡い光が放たれて、半径十メートルほどの円ができた。
 様子を見ていた生徒達は、慌てた様子で円の外に出る。

「これは?」
「おいおい、そんなことも知らないのかい? 決闘用のフィールドだよ。周囲に被害が出ないように、魔力を完全に遮断することができるのさ」
「なるほど」

 とても興味深い。

 魔力を完全に遮断というのは、かなりの高機能だ。
 そんなものをずっと、というのは難しいから、時間が決まっているのだろうか?
 決闘のために、全生徒にこういったものが支給されているのだろうか?

 調べることがたくさんだ。
 それだけでも、ここに来た甲斐がある。

「あの……!」

 ネコネは円の外に出る前に、俺に声をかけてきた。

「どうか無理はしないでください。あなたの健闘を祈ります」
「ありがとう」

 律儀な人だ。
 彼女からしてみれば、俺は勝手に決闘を挑んだ見知らぬ人。
 無視してもいいのに、そうしないで無事を祈るとは……

 なるほど。
 少しだけだけど、彼女に対しても興味が湧いてきた。

「僕の名前は、ドグ・マクレーン。マクレーン伯爵家の長男であり、いずれ、全てを手にする男だ」

 名乗りをあげるのだけど……
 全てを、とは大きく出たものだ。

 俺も似たようなことをした方がいいのだろうか?

 ……いや、やめておこう。
 正体は秘密だ。
 無茶はしない方がいい。

「ジーク・スノーフィールド。ただの平民だ」
「やはり、君も平民か。そうだと思ったよ。礼儀がなっていないし、品がない。それに平民臭いからね」
「うん? 平民は臭いのか? どういう匂いがするんだ?」
「それは……平民らしい臭いさ」
「そうか、勉強になった」
「……その態度、僕をバカにしているのか?」

 なぜかドグが怒る。
 俺はなにもしていないはずなのに……なぜだ?

「さあ、来い。僕が教育してやろう!」

 そして、決闘が始まる。
「まずは小手調べといこうか……ファイアランス!」

 ドグは炎の槍を生成して、勢いよく放つ。
 うん。
 なかなかの一撃だ。
 主席と言っていただけのことはある。

「ふっ」

 俺は横に跳んで炎の槍を避けた。
 炎の槍は円状に展開された結界に衝突して、そのまま消えた。

 魔法で防御することも可能だったのだけど……
 結界の効果を確かめたかったため、避けることにした。

 なるほど。
 これなら確かに、周囲に被害が出ることはなさそうだ。

 しかし、魔力を通さない結界か……ものすごく興味がある。
 あの宝石を分解してみたい。
 頼んだら、百個くらいくれないだろうか?

「どこを見ている! ファイアランス・ダブル!!!」

 ドグは再び魔法を詠唱した。
 二つの魔法を同時に詠唱する『ダブル』だ。

「どうだ、これこそが僕の力! ダブルを使いこなせる魔法使いはかなり少ない。城の魔法使いでも、三割いればいい方だ。それを僕は使うことができる!」
「ふむ」

 ヤツの言葉に嘘はないが……
 しかし、精度は甘い。
 さきほどよりも狙いは雑で、より少ない動きで避けることが可能だ。

「サンダーランス」

 試しに俺も魔法を放つ。

 さて、どう防ぐ?
 あるいは、どうやって回避する?

 気がつけば俺は、ネコネのためということを忘れていて、純粋に戦いを楽しんでいた。
 魔法の打ち合いは楽しいから仕方ない。

「プロテクトウォール!」

 ドグは魔法の盾で俺の魔法を防いでみせた。

「はははっ、そんな魔法、効くわけがないだろう! この防御魔法も、限られた者だけが使うことができる。愚民には使うことはできない。選ばれたものだけが得る力だ! とはいえ、ふむ……なかなかやるようだね。今まで、僕と決闘をして、一分以上持った者はいなかったというのに」

 ドグは一度、動きを止める。

「君は、平民にしてはなかなかやるじゃないか。その力は認めてあげよう」
「どうも」
「だが、力は正しい者が導いてやらなければならない。そして、僕は正しい者だ。僕に従いたまへ」
「まだ、そのようなことを言っているんですか!」

 話が聞こえたらしく、戦いを見守っていたネコネが強い様子で叫ぶ。

「他者を強引に従えようとして、逆らえば罰と称して暴力をふるう。そのようなこと、正しいわけがないでしょう!」
「はあ……黙っていてくださいよ、無能王女は」
「……っ……」

 王女に対して、やけにひどい口を叩くものだけど……
 ヤツは不敬罪を気にしないのか?

 あと、無能というのはどういうことだ?

「で、返事を聞きたいな。もちろん、それは……」
「断る」
「……今、なんて?」

 即答されると思っていなかったらしく、ドグが顔を引きつらせた。

「だから、断る」
「この僕が慈悲をかけてやろうというのに、それを断る? なんて愚かな……いや。愚かだからこそ、平民なのか。常にバカな選択しかできない。本当に救いがたい愚かな……」
「ファイアランス」
「おぉう!?」

 ダラダラと話していたので魔法を叩き込んでみたのだけど、避けられてしまう。

「貴様……! 不意打ちとは卑怯なっ」
「決闘なんだろう? タイムとか、ないと思うが」
「生意気を言う……いいだろう。ならば、僕の最大の魔法で決着をつけてやろう!」

 ドグは距離を取ると、魔法陣を構築した。

 ふむ。

 ここで発動を阻止することは簡単なのだけど……
 学年主席の魔法、見てみたいな。

 そのまま様子を見ることにした。

「さあ、見ろ! 感じろ! この僕の膨大な魔力を!!!」

 ドグの魔力に反応して、足元に展開された魔法陣が巨大化した。
 おおよそ二倍のサイズに広がり、そのまま発光する。

「これこそが頂点に立つ者の力だ! 恐れおののいて、自分の選択を一生後悔するがいい! くらえっ、アストラルブラスト!!!」
「なっ!?」

 ドグが魔法を放つと同時に、ネコネが驚きの声をあげた。

「あれは、光属性の上級魔法!? そんなものを使用すれば、殺してしまいますよ!?」
「僕は、従えと警告した。それを跳ね除けた愚か者の責任だな」

 極大の光が迫る。
 それは、圧倒的な破壊力が秘められている。
 光の粒子が内部で嵐のように荒れ狂い、触れる者を分解。
 同じ光に昇華してしまうという、凶悪な攻撃魔法だ。

 そんな魔法が直撃したら、さすがに痛い。
 なので……

「ディスペル」

 アストラルブラストを消した。

「…………………………は?」

 忽然と魔法が消失した。
 その事実を認識できない様子で、ドグは間の抜けた顔をする。

「これは……な、なんだ? いったい、なにが起きた……?」
「基本的に、魔法は、魔力と構造式によって構築されている。魔力の流れを乱す、あるいは構造式に介入して書き換える……そうすることで、魔法の特性を強引に変化させたり、そのまま消失させてしまうことが可能だ」
「なにを……言っている?」
「簡単に言うと、お前の魔法を無効化した」
「なっ……!?」

 ドグはふらりとよろめいた。

「魔法を無効化する魔法……だと? 消滅魔法のこと……なのか? バカな……それこそ、ほんの一部の者しか使えない、超高等魔法なのに。平民などに使えるわけがない、ないのだ!?」
「さて。次は俺の番だな」

 足元に魔法陣を展開した。
 ヤツのような大きな魔法陣ではない。

 そもそも、大きくすればいいというわけじゃない。
 大事なのは密度だ。

 三重に魔法陣を構築した。

「立体魔法陣……!?  バカな、それこそありえないぞ!!!? 確かに理論はあるものの、未だ誰も実現させていないはずだ! 机上の空論でしかないはずだ。この世にあるはずのない技術なのに、いったいどうして……!?」
「それは」
「そ、それは……?」
「……よくよく考えると、律儀に教えてやる必要はないな」
「なぁ!?」
「くらえ……インディグネイション」

 神の裁き。
 それを体現するかのような雷撃を放つ。

 直撃させるとさすがにまずいので、ドグの横を走り抜けるように設定した。
 狙い通りに雷撃は駆け抜けるのだけど、

「がっ!?」

 ドグは余波で吹き飛んでしまう。

 それだけでは終わらなくて……
 結界を砕いてしまう。
 地面を大きく抉り、隕石が落ちてきたかのような有様に。

「ふむ」

 そんな光景を見て、俺は、

「結界は全ての魔力を吸収するわけじゃないのか? 一定量を超えると壊れる……まだまだ改良の余地がありそうで、その研究も楽しそうだな」

 という呑気なことを考えていた。
 あの後、すぐに教師がやってきて……
 俺は、そのまま学院長室に連れて行かれた。

「やれやれ……君はなにをしているのじゃ?」

 6歳くらいの幼女が、60歳くらいのような感じで肩をすくめてみせた。

 人形のように愛らしい幼女だ。
 将来が期待されるのだけど……

 あいにく、彼女はずっとこのまま。

 『時の魔女』。
 不老不死を成功させたらしいが、代償として、肉体年齢が8歳で固定されてしまったとか。

 ソファーに座っているものの足が届かなくて、ぷらぷらと遊ばせている。
 精神年齢も幼いのかもしれない。
 あるいは、肉体年齢が幼いから、それ故の無自覚の行動なのか。

 まあ、本人は楽しんでいると聞いている。

「教員との待ち合わせをすっぽかして、勝手に学院内を歩く」
「散歩だ。それくらい、いいだろう?」
「貴族を相手にケンカを売る」
「任務のためだ」
「挙げ句、校庭に大穴を開ける」
「もっと結界を強固にした方がいいぞ?」
「だぁあああああ! 誰のせいじゃと思っているのじゃ!?」

 学院長……リーゼロッテ・エンプレスが怒り、ばしばしと机を叩いた。
 しかし、その外見のせいで微笑ましい印象しかしない。

「ジークよ。お主、任務のことを忘れたのか?」

 ちなみに、彼女は俺の正体や任務を知る、学院で唯一の人間だ。
 サポートがいないと困るので、彼女だけは全てを明かされている。

「もちろんだ」
「そう、お主の任務は密かに王女の護衛を……」
「魔法学院で技術と知識を学び、さらなる魔法の高みへ……」
「ちっがーーーう!!!」

 ばしばしと再び机が叩かれた。

「お主の任務は、第三王女の護衛じゃ! 密かに護衛するのじゃ! あと、周囲に正体がバレるような行動は慎め! もっと、おとなしくするのじゃ!!!」
「了解」
「はぁ、本当にわかっているのやらいないのやら……とにかく、決闘の件はなんとかもみ消してやろう。じゃから、これ以上騒ぎを起こすでないぞ?」
「努力しよう」
「では、教室へ向かうがよい。もちろん、第三王女と一緒のクラスじゃ」
「わかった。色々と手を回してくれて、ありがとう」

 学院長室を後にしようとして、

「ああ、そうそう」

 軽い調子で言葉をかけられた。

「我がアカデミーへようこそ」



――――――――――



「「「……」」」

 教室の壇上に立つと、たくさんの視線が集まるのを感じた。

 教室へ移動して、遅れた新入生である俺の紹介がされた。
 そして、自己紹介をするように言われたのだけど……

 なぜだろう?
 やたら注目されているな?

「……あいつだよな? ドグ様にケンカを売った無謀者は」
「……校庭の大穴、彼の仕業だって聞いているけど、本当かしら?」
「……腕が六本足が四本、目が三つの化け物って言ってたの誰だよ」
「ふむ」

 どうやら、今朝の決闘が注目されてしまい、噂が広まっているみたいだ。

 目立たないように、と言われていたのだけど……
 でも、仕方ないか。
 ネコネを守る、という任務のためだ。
 相手がドグのような貴族であっても、排除の対象になるだろう。

 とはいえ、このままだとまずい。

 人間、第一印象が大事と聞く。
 最初の挨拶をうまいことやれば、ある程度のリカバリーは可能だろう。

「はじめまして、ジーク・スノーフィールドです」

 あらかじめ考えておいた挨拶を口にする。

「病気の療養をしていたため、入学が一ヶ月遅れてしまいました。一ヶ月分、みなさんの後輩ということになります。そのため知らないことが多いと思うので、色々と良くしてもらえると幸いです」

 うん。
 ほどほどに良い挨拶ができたのでは?
 ついつい自画自賛してしまう。

「よろしくお願いします」

 ぱちぱちと拍手が響いた。

 それを見て、担任はほっとした顔に。

「えっと……スノーフィールド君の席は、レガリアさんの隣ですね」
「はい」

 第三王女のことだ。

「ただ、せっかくなので親交を深めるために、少しだけ質問タイムを設けましょうか。誰か、彼に聞きたいことがある人はいませんか?」
「「「はーい!」」」

 たくさんの生徒が手を挙げた。

 目立つな、と言われているが……
 これはクラスメイトとの親交になるから、特に問題ないだろう。

「定番の質問だけど、趣味はなに?」
「魔法の研究だ。魔法がすごく好きだから、いつも魔法のことばかり考えている」
「へー、だからここに?」
「なら、とんでもない魔法を使う、っていう噂は本当のことなのか? なんか、校庭の大穴はノースフィールドの仕業、って聞いているけど」
「ただの偶然だ」

 偶然。
 それで片付けてしまえば、なんとなく相手は納得してしまう、とても便利な言葉だ。

「そっか、偶然か」
「なーんだ、つまらないの」
「でも、そうだよな。常識的に考えて、あんな大穴、ありえないし……」

 良い方向に話が流れていく。

 うん。
 これなら目立つことなく、普通の生徒として潜入することができそうだ。

「あ。そういえば、病気って?」
「正確に言うと怪我だ」
「怪我?」
「ちょっと失敗して、腹が半分吹き飛ぶような怪我をしたんだ。さすがに治療に時間がかかってしまった」

 嘘を吐くには適度なリアルを混ぜるといい。
 そんなことを誰かが言っていたような気がする。

 なので、過去の経験を交えた話をしてみたのだけど……

「「「……」」」

 クラスメイト達は顔をひきつらせて、ドン引きしていた。

 ……なぜだ?
 一限目が終わり、休み時間が訪れた。

「「「……」」」

 クラスメイト達から好奇心の視線が飛んでくる。
 しかし、声をかけてくる者はいない。

 どれくらいの期間になるかわからないが、しばらく、俺はアカデミーに通うことになるだろう。
 不都合が起きないように、クラスメイトと友好的な関係を気づいておきたいのだけど……

「……あの」

 声をかけられて振り返ると、ネコネがいた。
 そういえば、すぐ隣の席だった。

 ネコネはまっすぐにこちらを見ると、ややあって、ぺこりと頭を下げた。

「今朝は申しわけありませんでした……」
「うん?」
「私の問題なのに、無関係のあなたを巻き込んでしまうなんて……王族としてだけではなくて、一人の人間として失格です。本当に申しわけありません」

 そこまでしなくても、と思ってしまうくらいネコネは頭を深く下げた。

「そのことについて、別に謝ってもらう必要はない。俺が勝手にしただけだ」
「ですが……」
「そうだな……気にしているというのなら、礼をしてもらいたい」
「はい、もちろんです。なにをすればいいでしょうか? 私にできることであれば、なんでも……」

 真面目な人だな。
 本当に俺が勝手にしただけなので、気にすることなんてないのに。

 王女だから、そういった責務を感じているのだろうか。

 いや。
 身分は関係ないような気がした。
 ネコネ・レガリアという人物だからこそ、と言えるのかもしれない。

「なら、友達になってくれないか?」
「……え?」
「王国に来たばかりで、友達どころか知り合いも一人もいない。打算も混じっているが……君が友達になってくれると嬉しい」
「えっと……そんなことでいいんですか? その……私、一応、王女なんですけど」
「さすがにそれは知っている」
「なら、他にも用意できるものが……お金とか地位とか」
「そんなものよりも、君と友達になりたい」
「……っ……」

 ネコネが赤くなる。
 風邪だろうか?

「それで、どうだろう?」
「は、はい! 私でよければ喜んで」
「よかった。じゃあ、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします。スノーフィールド君」
「よろしく、レガリアさん」

 握手を交わす。

 友達になれば一緒に行動しやすく、護衛もしやすい。
 打算が九割なのだけど……

 でも、残りの一割は、彼女に興味があってのことだった。



――――――――――



「スノーフィールド君」

 昼休み。
 飯をどうするか考えていると、ネコネに声をかけられた。

「お昼、どうするんですか?」
「それを今、考えていたところなんだ」

 弁当なんてものはない。
 アカデミーにある施設でなんとかしようと思っていたが……

「私、いつも学食を利用しているんです。よかったら、一緒に行きませんか?」
「ありがとう。一緒させてもらうよ」

 どうにかしてネコネを誘おうと考えていたので、ちょうどよかった。

 それにしても……
 他に誘う人はいないだろうか?
 俺のことを気にしているのかもしれないが、気にかけすぎて他の友だちを蔑ろにしたら、問題の種となる気がする。

「他に誘う人は?」
「えっと……私、友達がいないので」

 ネコネが寂しそうに苦笑した。

 彼女は美人だ。
 そして、第三王女。
 友達なんて腐るほどできそうなのに……どうしてだろう?

「行きましょう」
「ああ」

 今は疑問を後回しにして、ネコネと一緒に学食へ移動した。

 学食は円形になっていて、三階建てだ。
 全ての生徒、教員がやってきても対応できるように、これだけの広さにしたらしい。

「スノーフィールド君はなにを食べますか? ごちそうしますよ」
「いや、それは悪い。今朝のことなら、あまり気にしないでほしい」
「大丈夫です。お詫びとかではなくて、なんていうか……アカデミーへようこそ、みたいな歓迎の挨拶みたいなものですから」
「なるほど。そういうことなら甘えるとしようか。肉を頼む」
「はい」
「……」
「……え、それだけですか?」

 不思議そうな顔をされてしまった。

「肉であればなんでもいい。多めだと、なお嬉しい」
「ふふ、お肉が好きなんですね」
「よく食べるからな」

 魔法の研究で部屋に一ヶ月閉じこもっていた時、干し肉には世話になったものだ。

「少し待っていてくださいね。代わりに、席を取っておいてもらってもいいですか?」
「了解だ」

 ネコネと別れて席を探す。
 ほどなくして、二人用の席を確保することができた。
 中央のカウンターに近いから、ネコネもすぐに見つけることができるだろう。

「……おい、見ろよ」

 ふと、そんなささやき声が聞こえてきた。
 視線を向けてみると、男子が二人、ネコネの方を見ている。

 敵意はないが、良い感情もない。
 嘲るような笑みを浮かべている。

「……あれが無能王女なんだろう?」
「……姉妹はとても優秀なのに、あの人だけらしいぜ」
「……もったいないな。でも、外見は俺好み」
「……それな。彼女にして、俺好みに調教してやりたいな」
「ボム」
「「うわぁ!?」」

 鬱陶しい会話をしていたので、二人の料理を魔法で爆破してやる。
 怪我はないが、料理が飛び散りひどい有様になっていた。

「おまたせしました。って……あれ? なにかあったんでしょうか?」
「さあ?」

 とぼけつつ、ネコネに奢ってもらったハンバーグ定食を食べることにした。

 それにしても……
 今の連中も今朝の貴族もそうだけど、ネコネに対する雑を超えた態度が気になる。

 ここはアカデミー。
 地位は関係なくて、実力だけが全て。

 だからといって、ネコネは第三王女だ。
 いくら立場を気にしなくてもいいとはいえ、多少は気にするのが人というものだ。

 それなのに、ネコネはまったく敬われていない。
 それどころか嘲笑われている。
 無能と蔑まれている。

 いったい、その理由はなんだろう?