『死の翼』
 王国全土を震え上がらせた凶悪な盗賊団だ。

 彼らに襲われたら無事で済むことはない。

 男は殺されて。
 女は犯されて。
 子供は奴隷として売られる。

 被害者は100人を超えると言われていて……
 恐怖のあまり、一時、街道に出る人が激減したという。

 懸賞金がかけられて、多くの冒険者が彼らの討伐に向かう。
 しかし、『死の翼』の大半が元冒険者で、しかも高ランクで占められていた。
 それ故の蛮行であり凶行だ。

 並の冒険者が敵うはずもなくて、全てが返り討ちに遭ってしまう。

 もちろん、王国も黙ってはいない。
 特例として、軍事行動にのみ適用される騎士団を派遣した。

 血反吐を吐くような訓練を乗り越えた騎士達ならば、必ずや盗賊を討ち取ってくれるだろう。
 そう期待されていたのだけど……
 結果は全滅だ。

 『死の翼』の力は予想以上だった。

 冒険者では敵わない。
 騎士団でも敵わない。
 誰もが絶望する中……一人の少年が立ち上がった。



――――――――――



「いやぁあああああっ!!!」

 林道に女性の悲鳴が響いた。
 男に組み伏せられて、衣服が乱れている。

 そんな反応が楽しいというかのように、男はニヤニヤと笑い……
 そして、彼の周囲にいる仲間達もニヤニヤと笑っていた。

 ちなみに、そんな男達の足元には兵士の死体が転がっている。
 皆、彼らに殺されてしまったのだ。

「いやー、助かるよ嬢ちゃん。俺らが有名になりすぎたせいか、ここんところ、獲物がろくに見つからなくてなあ。のんびりと林道を馬車で走ってくれて、ホント助かるよ」
「や、やめて……お願い、助けてください……!」
「安心しろ。お前は極上品だから、殺しはしないさ。奴隷商に買い取ってもらわないといけないからな。まあ、変態のサド野郎に買われたらどうなるかわからないけど、そこは知らないな」
「助けて、助けてください……私は、病気の母のところへ行かないと……お願い、お願いします……」
「あー……ホント、たまらないな。こういう女を抱くのって、マジ最高。そそられすぎて、どうにかなりそうだよ」

 男が下品に笑い、周囲の仲間も笑う。

「ボスってば、本当に良い趣味してますよねー」
「俺らにも味見させてくれません? お願いしますよー」
「ああ、いいぜ。ただ、味見程度にしておけよ? 壊したら価値が下がるからな」
「ういっす」

 仲間は笑いながら頷いて、組み伏せられた少女に欲情の視線を送る。
 そして……

 ドンッ!

 鈍い炸裂音と共に吹き飛んだ。

「……は?」

 突然、仲間が吹き飛ばされた。
 他の男はなにが起きたか理解できず、呆然とする。

 ややあって我に返り、吹き飛ばされた仲間のところへ駆け寄る。

「……」

 仲間は腹部を貫かれていて、絶命していた。

「なんだ、お前?」

 『死の翼』の頭目が立ち上がり……
 そして、そんな彼の前に一人の少年が姿を見せた。

 陽の光を束ねたかのような金色の髪。
 女性のように美しく、中性的な顔。

 体が細いところも見ると、性別を勘違いしてしまいそうになるのだけど……
 しかし、彼は男だ。

「てめえがドクをやったのか?」
「あー……殺す。全殺し確定だわ」
「……」

 盗賊達が殺気立つのだけど、少年はまるで動じない。
 彼らの前に立ち、逃げることはない。

 少年は、ちらりと襲われている少女を見て……
 それから、盗賊達に視線を戻して、彼らに手の平を向ける。

「ライトニングバレット」

 紫電が走り抜けた。
 雷撃は途中で二つに分かれて、それぞれ盗賊を打つ。

「「……」」

 なにが起きたかわからない。
 そんな顔をして、盗賊達は声をあげることもできず倒れて、その命が消えた。

 残りの盗賊達は唖然として、

「てっ……」
「ストームバレット」

 怒声を叩きつけようとするのだけど、それよりも先に少年が動いた。
 今度は風の刃を生み出して、盗賊達を切り裂いて……
 仲間の後を追わせる。

 さらに魔法が連打されて、炎や氷が荒れ狂う。
 気がつけば盗賊達は次々と殺されて、その数を半分に減らしていた。

 数十人の精鋭があっという間に半数に減る。
 それは悪夢以外の何者でもなくて、盗賊達は顔を青くする。

「な、なんだよ、おい……なにが起きているんだよ!?」
「俺達は、最強の『死の翼』だ。誰も歯向かうことはできない、できないはずなのに……!」
「なんなんだよ、あのガキは!?」
「落ち着け」

 恐慌状態に陥りそうになった盗賊達を鎮めたのは、頭目の静かな声だった。

 彼だけは慌てていない。
 恐怖も抱いていない。
 それどころか、楽しそうな顔をして少年を見る。

「お前……もしかして、王国の切り札か?」
「……」

 少年は応えない。

「切り札? ボス、なんのことです……?」
「噂に聞いたことがある。どんな事件も解決して、どんな強敵も打ち破る、最強の魔法使いが王国にいる、ってな。噂だと、単独でドラゴンを討伐したそうだ。ま、それはさすがに誇張された噂だろうが……それくらいの強敵ってことだな」
「そ、そんなやばいヤツがこのガキだって言うんですかい!?」
「実際のところはわからねえけどな。応えてくれる雰囲気でもねえし」

 頭目は笑う。

「ただ、それに匹敵するくらい、って考えるのが適当だろうな」
「……」

 少年はなにも応えない。
 無表情のまま、盗賊達を殲滅するために魔法を……

「ちょっと待った。提案があるんだが」
「……提案?」

 頭目の言葉が予想外のものだったらしく、魔法の詠唱以外で、初めて少年は言葉を発した。

「お前のせいで、部下が半分に減ったんだよな」
「すぐに全員死ぬ」
「ははっ、大した自信だ。だが……無用な争いは避けるべきじゃないか? なあ、そうだろう?」
「おとなしく捕まると?」
「いいや……お前さん、俺達の仲間にならないか?」

 さすがにその提案は予想外だったらしく、少年は目を大きくして驚いた。
 ついでに盗賊達も驚いた。

「ボス!? そんな馬鹿なことを……」
「言っておくが、俺は正気だぜ? 俺の部下は、一人で騎士十人分の働きをする優秀な連中だったんだが……このガキは、それを一瞬で半分にしてみせた。その力、ここで失うのは惜しいからな」
「……」
「俺の仲間になれ。お前の力、俺がうまく使ってやる。そうすれば良い思いをさせてやるし、なにより、殺さないでやるよ」

 少年はじっと頭目を見て……
 ややあって、ため息をこぼす。

「それは俺の台詞だ。警告をするつもりはなかったんだが……おとなしく投降しろ。そして、裁きを受けろ。どうせ死刑だろうが、少しは長く生きられるぞ」
「やれやれ、慈悲をかけてやったんだが、自らはねのけるとは」
「俺の台詞だ」
「生意気なガキだ。やっぱりガキは好かねえな……死ね」

 頭目は一瞬で魔法の詠唱を完了して、力を解き放つ。

「ダークネスクロウ!」

 頭目の影が盛り上がり、獣の形を取る。
 それは風のように駆けて、少年に鋭い牙を突き立てた。
 肉を断ち、骨を砕く。

「はははっ! 見たか、これが俺の力だ。一瞬で詠唱を完了することができる。これが一流の魔法使いの力だよ」

 頭目は勝ち誇り、

「それはデコイだ」
「なっ!?」

 いつの間にか少年に背後に回られていたことに気がついて、笑みを消した。

 まったく気配を察知することができなかった。
 それだけじゃない。
 少年は背後を取るついでに魔法を放ったらしく、さらに複数の部下が倒れていた。

 頭目はニヤリと笑う。

「なるほどな……お前さんが王国の切り札だとしたら、さすがに、高速詠唱だけで倒すことはできないか」
「高速詠唱なんて、初心者レベルだろう? あまり侮るな」
「バカ言うな。一流の魔法使いが汗水垂らして、ようやく習得できる技術だぞ。だからこそ、俺はこの高速詠唱で成り上がってきたんだ」
「そうか。でも、それも終わりだな」
「……そうでもねえさ」

 頭目は生き残った部下に向けて叫ぶ。

「おいっ、アレを解き放て!」
「あ、アレを!?」
「でも、ボス。アレは完全にコントロールできたわけじゃあ……」
「いいからやれ! このままだと死ぬぞっ!!!」
「わ、わかりました!」

 頭目の指示に従い、一人の盗賊が水晶球を取り出した。
 黒く濁り、輝きとは程遠いものだ。

 それは、魔晶石と呼ばれている特殊な道具。
 特定の生物を封印できるという代物で、破壊することで解放できる。
 そのため、一種の召喚装置として利用されている。

「い、いけっ!」

 盗賊が魔晶石を叩き割る。

 黒い霧がブワッとあふれて、光を遮り、周囲を夜のように黒に染めた。
 そこから現れたのは、鋭い牙と強靭な鱗。
 大空を飛ぶ巨大な翼を持つドラゴンだった。

 城のように高く大きく、常人ならばそこにいるだけで気絶してしまいそうなプレッシャーを放つ。
 まさに生きる災厄だ。

「いざって時のために取っておいた切り札だが……なあに、お前に使うならもったいなくはない。こいつの餌になりな!」
「ガァアアアッ!!!」

 飼いならされているらしく、頭目の合図でドラゴンが吠えた。
 天を突くような咆哮を放つと同時に、体内で魔力を収束させる。
 それを一点に集めて……

 ドラゴンブレスを放つ。

 超々高熱の炎。
 鉄を溶かすことができて、人が浴びれば骨も残らない。
 それは絶対的な死を与えるだろう。

 ゴッ……ガアアアアアッ!!!!!

 ブレスが少年を直撃した。
 一歩も動くことがなかったのは、足がすくんでいたのか?
 あるいは、諦めていたのか?

 どちらにしても、普通の人間にドラゴンブレスを防ぐことはできない。
 どうすることもできず、死神に迎えられるしかない。
 死……あるのみだ。

 そのはずなのに、

「……バカな……」

 少年は健在だった。
 肉が焼けることはなくて、骨が溶けることもなくて。
 服が焦げることすらなくて、五体満足で悠然とその場に立っていた。

「終わりか?」
「なっ、あぁ……や、やれぇっ! そいつをぶっ殺せ!!!」

 頭目に応えるように、ドラゴンは前足を振り上げた。

 それは神の一撃に等しい。
 空が落ちてくるかのような打撃に耐えられる者はいない。
 どのような方法を使ったとしても、止めることはできないだろう。

 できないはずなのに……

「プロテクトウォール」

 少年は魔法を使い、ドラゴンの一撃を受け止めてみせた。

 ありえない光景だ。
 防御魔法を使ったとしても限界がある。
 人間の魔力がドラゴンの力を上回ることはない。
 魔法の盾は一瞬で消し飛ばされて潰されるのがオチのはず。

 ただ、少年はその常識を覆してみせた。

 ドラゴンの一撃? それがどうした。
 そんな感じで平然としている。

「終わりか?」
「バカなバカなバカなあああああ!? ドラゴンだぞ!? ドラゴンの攻撃を、どうやって防ぐことができるんだ! 抗うことなんてできるわけないだろ!!! ありえない、こんなことは絶対にありえないぞっ!!!?」
「現実を見ろ。それと……」

 少年はドラゴンに手の平を向けた。

「そろそろ終わりにしよう」

 大気が震えるほどの膨大な魔力が収束されていく。

「アブソリュートインパクト」

 肌を刺すような冷気が周囲を漂い……
 それらは氷となり、ドラゴンを包み込んだ。

 巨大なが氷の山ができあがる。
 それは、少年が指をパチンと鳴らすと、ドラゴンと共に粉々に砕け散る。

 最強の生物の一角であるドラゴン。
 あまりにもあっけない最後だった。

「そんな……バカな……」

 もう叫ぶ気力もないらしく、頭目はその場に膝をついた。

「ドラゴンさえも倒す……あれは噂じゃなくて、本当のことだったのか……」
「さて」

 呆然とする頭目の前に少年が移動した。
 手の平を向けつつ、静かに問いかける。

「ここで死ぬか、おとなしく投降するか。好きな方を選べ」