お見合い結婚します―僕たちやり直すことにしました!

婚約から3か月後に結婚式をあげることにした。式にはお互いの家族と仲人の大島さんだけが出席することにして、その後、家族と大島さんを含めて会食をすることにした。

お互いに2回目だから結婚式は内々に行いたかった。また、親戚や上司や友人を招いての披露宴はしないことにした。

ただ、やはり式だけは挙げておきたかった。両家族の前で添い遂げることを誓い合うことはどうしても二人には必要だった。

それから、結婚指輪は二人で買いに行った。紗奈恵は結婚指輪だけで良いと言ったのであえてそうした。そして紗奈恵の気に入ったデザインのものを選んでもらった。

会社へは結婚の話をしなかった。入籍を済ませてから手続きだけをすればよいと思っていた。赴任してきたばかりだったので上司の式への招待は不要だと思ったし、迷惑をかけると思ったからだ。

二人の結婚も同窓生にはしばらくは内緒にすることにした。二人とも照れ臭かったので話し合ってそうした。東京で落ち着いたら後から皆に結婚の挨拶状を出すことにした。

◆ ◆ ◆
結婚式は土曜日の午前11時から始まった。両家族の前で添い遂げることを誓った。紗奈恵は誓いの言葉の後に泣いていた。彼女の複雑な思いが溢れたのだと思った。それを見た僕は紗奈恵の手をしっかりと握った。紗奈恵は強く握り返してくれた。

12時から両家族に大島さんが加わった食事会が始まった。僕と紗奈恵は大島さんに感謝の気持ちを伝えた。ただ、両家の両親ともに話がはずまない。どちらの両親もこの結婚を心から喜んでいるのだが、思いは複雑なのだろう。

食事は2時過ぎには終えた。これから僕たちは近郊の湯涌温泉に一泊することにしていた。そして明朝、東京へ向かうことにしている。

新婚旅行を提案したが、紗奈恵はすぐに二人だけの生活に入るのだから行かなくてよいと言った。それでも一泊くらいはと言って近場の温泉のホテルを予約しておいた。紗奈恵の弟さんがホテルまで車で送ってくれた。

ホテルへ着いたら、ようやく一息ついた。紗奈恵も疲れているみたいだった。でも部屋に入るとすぐに僕は我慢できなくなって紗奈恵を抱きしめた。紗奈恵もしっかり抱きついてきた。ここまで本当に長い道のりだった。

ソファーに座ってからもただ抱き合ったままだった。すぐにでも紗奈恵を僕のものにしたい衝動に駆られる。

「温泉に入ってきます。久しぶりにゆっくり浸かりたい気持ちです」

「そうだね、大きなお風呂にゆっくり浸かるのもいいね」

部屋には温泉かけ流しの小さなお風呂もついていたが、やっぱり温泉へ来た以上、大浴場へ行くに限る。それにこのまま紗奈恵と愛し合うのも気が引けた。初めてだからゆっくり愛し合いたい。

浴衣と着替えを持って、二人は展望大浴場へ向かう。もちろん、ここは男湯と女湯に別れている。ゆっくり入ろうねと別れた。

時間がまだ早いせいか、一人二人入っているだけだった。窓の外にはところどころ雪が残った冬の山が迫っている。その割には圧迫感がないし、冬の寂しさも感じない。

これから紗奈恵と何を話そうか? 心の内はもうすべて話したような気がする。すっかり気持ちも楽になっていた。もう話すことが思い浮かばない。

確かにここへ着いてからもほとんど会話らしい会話をしなかった。ただ、抱き合っているだけでよかった。そして心は満たされていた。

気持ちが通い合っていて気を遣わないということはいいことだ。でもやはり不安がある。それでいいのだろうか? 智恵とはそうだった。気持ちが通じ合っていると思っていた。いつも話していないと紗奈恵の気持ちが離れて行ってしまうのではと不安がよぎる。

身体のつながりはどうだろう。智恵とは結婚するまで一切なかった。結婚して初めて交わって繋がりができた。身体のつながりが心の繋がりを生んで絆が深まっていくと信じていた。実際、その絆は揺るぎないもののように思えた時があった。僕たちは幸せだった。

でもいつの間にか心に隙間風が入り込み、身体の関係が希薄になり、それが心を離して戻れないところまでいってしまった。僕に思い込みと油断があったのは間違いないことだけれども、他にも何かあったようにも思うし、何かが足りなかったようにも思う。

紗奈恵とこれからどう向き合っていったらいいのだろう? お互いのこの気持ちをどう持ち続けて行けばいいのだろう? 身体の関係ができたら、ますます心の結びつきが強くなるだろう。それを保っていくためには僕はどうすればいのだろう。

もう紗奈恵とは決して別れたくないし,離したくない。この気持ちの強さは誰にも負けない。それだけで大丈夫だろうか? 紗奈恵の夫も決して別れたくない、離したくないと思っていた、でも紗奈恵は離れていった。

ただ、こうして考えて一人で悩んでいてもしょうがない。紗奈恵という相手のいることだ。紗奈恵の気持ちを大切にしなくてはいけない。

つい先ほどまでは幸せな気持ちで満ちていたのにどうしたのだろう? 気分が悪くなってきた。湯あたりしたのかもしれない。早く上がって部屋に戻ろう。

部屋に戻ると紗奈恵がソファーに座って、ボトルの水を飲んでいた。

「湯あたりしたみたいだ」

「大丈夫ですか?」

「ここに座って、これを飲んで横になって下さい」

渡されたボトルの水を飲んだ。紗奈恵も上がったばかりのようで、ボトルの水が冷たくてうまい。紗奈恵が膝枕をしてくれた。

「ありがとう」

「どうですか?」

「疲れていたのかもしれない。今日はずっと緊張していたから、考え事をしていたら、気分が悪くなった」

「何を考えていたんですか?」

「君とのことを考えていた」

「私のことを考えていて気分が悪くなったんですか?」

「誤解しないでくれ。君とどうしたら末永く仲良く暮らしていけるかを考えていた」

「そんなに深く考えないでも、今のあなたのままでいいと思いますけど」

「そうかね。僕は一度失敗している。今までのままでよいと言われると不安になる」

「あれからあなたは変わったのではないですか? 私も変わりましたから」

「どう変わった?」

「何が悪かったか考えたと思います。私もそうですから」

「確かにそうだけど、考えるだけで変われるものなのか?」

「変われるかどうか、私も分かりません。ただ、考えたことが大切なんだと思います」

「そうだね。それを君の口から聞いてほっとした。力を抜いてもっと自然体でいいのかもしれないね」

「そうです。そんなに気を遣っているとお互いに疲れてしまうと思いますから」

「そうだね」

紗奈恵が僕の手を握ってくれた。僕はその手を握り返した。

「頭重くない?」

「いいえ、このまま休んでください」

「ああ、落ち着く」

仲居さんが「お食事の用意をします」と声をかけてきた。その声で二人は目を覚ました。二人はそのままうたた寝をしていた。二人とも疲れていたし、ほっと気が抜けたらからだろう。
美味しい食事だった。お昼の会食も美味しそうな料理が出ていたが、十分に味わっていなかった。そう言うと紗奈恵も私もですと言った。

お酒はほどほどにした。紗奈恵がビールを注いでくれる。美味しいお酒を思う存分に飲みたかったが、大切な後があるので控えめにした。これくらいにしておくと緊張がほぐれてちょうどいい。紗奈恵もビールをコップに2杯くらいは飲んでいた。頬に赤みが差している。

ほどよいころに仲居さんが料理を引きあげていく。それから布団を敷いてくれる。二人は窓際のソファーに座ってそれを見ていた。僕は紗奈恵の手を握っている。

仲居さんが「ごゆっくり」と言って出て行った。二人になるとなんとなく緊張する。シャワーを浴びてくると言って僕は部屋の浴室に入った。熱めのシャワーが気持ちいい。僕が出て行くと代わりに紗奈恵が入っていった。

僕はソファーで水のボトルを手に持って喉を潤している。紗奈恵が上がってきて、僕の隣に座った。そして「よろしくお願いします」と頭を下げた。「こちらこそよろしくお願いします」と言い返すと、水のボトルを手渡した。

紗奈恵はそれをすぐに一口飲んだ。そしてニコッと笑った。今までに見せたことのない笑顔だった。抱き締めずにはいられなかった。固くしている身体を抱き上げて布団に運んで横たえた。

「避妊しようか?」耳元で囁くと、首を振ったと思うと僕に抱きついてきた。僕は今までの思いを紗奈恵にぶつけた。

薄明りの中で紗奈恵は僕のなすがままになっている。紗奈恵の身体はあの美香と同じだった。大きな乳房に大きな乳輪、くびれたウエスト、大きなお尻、顔が似ていると身体も似ている。

それから身体全体が敏感で何度も何度も昇りつめた。美香と同じだった。だから僕にはそれを楽しむゆとりがあった。違うことがひとつだけあった。紗奈恵はとても恥ずかしがった。

「みだらな女でしょう。恥ずかしい」

「いや、敏感なだけだから」

紗奈恵はどう思ったか分からない。そして二人は同時に昇りつめて果てた。僕は美香と同時に昇りつめて果てることには慣れていた。紗奈恵とも同じようにそれができた。ただ、紗奈恵には少し後ろめたいような複雑な思いだ。

僕は紗奈恵の亡くなった夫があれほど彼女に執着した理由が分かったような気がした。僕も絶対にもう紗奈恵を手放したくないと思った。亡くなった紗奈恵の夫のように彼女に執着する気がした。ひょっとすると紗奈恵は自分でも言ったように魔性の女なのかもしれない。

心地よい疲労の中で僕は紗奈恵を腕の中に抱き締めている。紗奈恵も手だけが生きているように僕にしがみついている。

「ずっと、一緒にいたい」

「ああ、もう離さない」

紗奈恵の手に力が入る。その力が抜けていったと思ったら僕も眠ってしまった。

◆ ◆ ◆
朝、紗奈恵が布団から出て行くのに気づいて目が覚めた。浴室に入って行った。もうすっかり明るくなっていた。朝風呂もいいかなと僕も後を追って浴室へ入った。

「おはよう。一緒に入っていい?」

外を見ながら身体を洗っている紗奈恵は驚いて振り向いた。

「いいって、もう入っているでしょう」

笑って言った。僕は浴槽からお湯を汲んで身体にかけてそのまま浸かった。部屋には温泉かけ流しの小さなお風呂がついていた。窓の外には冬の山並みが近くに見える。春には桜が咲き、新緑も美しいと言う。

身体を洗い終わった紗奈恵が湯船に入ってきた。近くで見る裸身は締まっていて美しい。

「昨晩はありがとう」

「こちらこそ、何もかも忘れられました」

「避妊しなくてよかったのか?」

「できにくい体質だと思います。それに授かりものですから」

「そうか、僕もそうかもしれない。分かった。そうしよう」

子供ができると絆がもっと強くなる。僕も紗奈恵にもそれがなかった。作られるものならすぐにでも作りたい。僕は別れてしまうことを恐れている。紗奈恵もそうかもしれない。

「明るくなるまで目が覚めなかった。明け方にもう一度、君を可愛がってあげたかった」

「昨晩、十分可愛がっていただきました。それでぐっすり眠れました」

「僕もぐっすり眠った」

「今日は東京まで行かなければなりませんから、そうゆっくり入っていられないと思いますが」

「休暇を取ってもう1日ここにいるんだった」

「私は早く二人の生活を始めたいです」

「それはそうだけど」

「さあ、上がりましょう」

上がって、身体を拭きあってから、二人はすぐに帰り支度を始めた。浴衣から服に着替えた。時計は8時を過ぎていた。それから食堂へ行って朝食を食べた。

9時30分に駅行きの送迎バスが出るので、それに乗ることにしてあった。10時56分発の「はくたか」に乗車すると13時52分に東京着、午後3時ごろにはマンションへ着ける。

駅では昼食用と夕食用のお弁当を買った。これで自宅に二人が着いてからゆっくりできる。駅に紗奈恵の両親が見送りに来てくれていた。娘のことが気になって仕方がなかったのだろう。僕にどうか娘のことをよろしくと何度も頭を下げていた。紗奈恵は「しばらくは帰らないから」と言っていた。

実家へ戻って4年ほど過ごして、このままずっと両親と一緒にいようと思っていたのだと思う。僕とこういうことになってまた実家を離れることになった。「しばらくは帰らないから」は紗奈恵の両親への思いと帰らないという決意が現れていた。

新幹線が動き出した。両親の顔が見えなくなると寂しそうな表情が見て取れた。僕は紗奈恵の手をしっかりと握っている。

「向こうに着いたら、慣れるまでしばらくはゆっくりして」

「そう言っていただけると気が楽です。でも落ち着いたら仕事を探します」

「管理栄養士の資格を持っていたんだよね。すぐに見つかると思うけど」

「帰りが遅くならないようなところを探そうと思います。二人の時間を大切にしたいから」

「僕に気兼ねはいらないから、僕もそんなに早くは帰れないから」

「そうさせてください」

「君にまかせる。そう言ってくれて嬉しい」

「僕も二人の時間を大切にしたいと思っているから」

紗奈恵は嬉しそうに僕の腕をしっかり抱きかかえた。

二人がもたれ掛かって居眠りをしているとすぐに東京駅に到着した。東京へ戻ってきた。これから二人の生活が始まる。
マンションへは午後3時前に到着した。紗奈恵の荷物は先週の土曜日に搬入されていた。母親と午後1番の搬入に合わせてやってきて、整理をすませると午後6時には帰って行った。もともと彼女の荷物は多くなかった。家具や家電は僕のものを使うことにしていた。

だから荷物は紗奈恵の衣類や身の周りの物、布団、それに食器と調理器具だった。もともと僕がここへ引っ越ししてきてから日が浅かったので、収納スペースは十分に余裕があった。すべて難なく収まった。必要なものがあれば、買うか、紗奈恵の実家から送ってもらうことにしていた。

紗奈恵は到着するとすぐにスーツケースを開いて片付け始めた。それから洗濯を始めた。一人暮らしに楽なようにドラム式の乾燥機付きの洗濯機を買ってあった。これで紗奈恵の負担も少なくて済む。

僕はコーヒーメーカーでコーヒーを2杯作った。ソファーに座って二人で飲んだ。

「家事は君のペースでいいからね。僕にできることは何でもするから、遠慮しないで言ってくれればいい。食事の準備が大変なら弁当でも総菜でも買ってくるから言ってくれればいいから」

「ご心配には及びません。こちらの生活になれるまでは、家事に専念しますけどそれでいいですか? 食事もきちんと作りますから、ご安心ください。慣れてきたら、勤め口を探してみます」

「君のペースでやってくれればいうことはない」

「それじゃあ、一休みしたら、近くのスーパーへ連れて行ってください。今日の夕食はお弁当を買ってきましたが、明日の朝食や夕食の材料を仕入れてきたいです」

「それじゃ、一休みしたら、案内しよう」

二人は駅前のスーパーへ行って、必要なものを買ってきた。カードで支払おうとしたが、紗奈恵はカードを使わないで、現金で支払いたいと言った。カードではお金を使い過ぎるからと言う。意外と倹約家だと感心した。

帰ってから、相談していなかった家計のことを率直に話し合った。僕は基本的にすべて紗奈恵に任せたかった。僕は給料をすべて紗奈恵に渡してそれからお小遣いをもらうことにした。始め紗奈恵は任せられても困るといっていたが、最後は引き受けてくれた。前は亡くなった夫がすべて取り仕切っていて、生活費だけ渡されていたと言っていた。

でもそうしたことが嬉しそうだった。僕が彼女を信じていると言う証にもなる。ただ、これまでの僕の貯金は僕の思い通りに使わせてもらうことで承知してもらった。もちろん彼女の貯金もそうしてもらうことにした。

幸い僕は海外赴任中にかなりの額を蓄えることができていたが、その額は彼女には内緒にしておいた。いずれ自宅を購入するときの頭金にしようと思っている。

こうして紗奈恵との生活が始まった。落ち着いた二人だけの生活だ。僕は何一つ不満がない。紗奈恵もそう思っているのだろうか。いつも柔和な笑顔を見せてくれる。

僕は紗奈恵と愛し合った後は必ず抱き締めて眠ることにしている。愛おしくてたまらないのと、眠っている間にどこかへ行ってしまいそうな不安があるからかもしれない。またあのような失敗を繰り返してはいけないと思っているからだ。

紗奈恵は僕がそうすることを決して嫌がらない。むしろ彼女の方からしっかり抱きついてくるし、抱きついて眠っている。同じ思いなのかもしれないと思うとますます愛おしさが募っていく。

ただ、眠ってしまうとお互いに力が抜けて離れてしまう。夜中に紗奈恵が無意識に抱きついてくることがある。僕は夜中に目が覚めて紗奈恵と離れていても必ず彼女に触れている。腕を抱いていたり、手を握っていたり、胸に手がかかっていたりしている。無意識でも繋がろうとしているみたいだ。

紗奈恵も同じだ。僕の腕にしがみついていることや手を握っていることが多い。僕の大事なところに手を置いていたこともある。寝顔はいつも安らかだ。思わず抱き寄せてしまう。

思い返すと智恵とはこういうことはなかった。確かに始めのころはあったが、長くは続かなかったように思う。

どこに違いがあるのだろう。紗奈恵への思いの強さしかないように思う。それとも何度も何度も切れかけた糸を繋いで繋いでようやく結ばれたからだろうか?

僕は身体のつながりがやがて心のつながりを生み、その心のつながりが身体のつながりを凌駕して絆が強くなっていくと思っていた。

でもそれだけはないことが分かった。ほかに何か大切なことがある。僕と紗奈恵の間にあったもの、今もあるもの、でもそれがなんだかはっきりとは分からない。
僕たちは最初から避妊をしなかった。それは二人とも前の結婚で子供ができなかったからと、天からの授かりものと思ったからだった。

愛し合って果てるときに紗奈恵は「赤ちゃんがほしい」と僕によくしがみついていた。それでも期待はしていたものの妊娠はしなかった。

紗奈恵は東京での生活に慣れてくると、近いところに働けるところを探した。電車で2駅の病院に管理栄養士として就職した。

彼女は仕事を優先しなかった。できるだけ定時に帰っていた。無理をしなくてもよいといっても定時に帰ることを心がけていた。

僕も仕事が終わればすぐに帰ることにしていた。僕も彼女も二人の生活と時間を大切にした。

休日には僕は紗奈恵を東京の観光スポットと言われるところを連れ回った。また、一日ショッピングに付き合ったり、美味しいものを食べに出かけたり、また一日部屋にいてゆっくり二人で過ごしたりもした。

お互いの呼び方も変わっていった。僕は紗奈恵を最初は君と呼んでいたが、紗奈恵ちゃんになり、サーちゃんになっている。紗奈恵も僕のことをあなたとか雅治さんとか呼んでいたが、いつの間にかマー君と呼ぶようになっている。

僕たちにはやはり子供ができないかもしれないと心配していたが、2年後、紗奈恵は妊娠した。体調がすぐれないので勤めている病院で診てもらったら妊娠が分かった。諦めかけていたので紗奈恵の喜びようはなかった。

紗奈恵の両親が喜んだことは言うまでもない。そして紗奈恵は実家へ帰って、可愛い女の子を産んだ。予定日よりも1週間早かった。

僕は出産には立ち会えなかったが、すぐに駆け付けて、生まれたばかりの我が子を抱いた。両手にすっぽり入るほどの小さな命だった。すっかり憔悴した紗奈恵が嬉しそうに笑っていた。その憔悴した笑顔が今も忘れられない。僕はようやくパパになった。

僕はその時、買っておいた指輪を持っていった。婚約指輪を買ってあげていなかったし、改めて買ってあげることもなかったのでよい機会だと思った。誕生日は僕と同じ9月だったのでサファイヤの指輪にした。

紗奈恵のその憔悴した力のない指に「頑張ったね、ありがとう」と言って嵌めてあげた。紗奈恵は「ありがとう大切にします」と泣きながら言った。

赤ちゃんを美奈と命名した。母親に似て顔立ちが整っている。人を癒せる優しい娘に育ってほしいと願ってつけた。

◆ ◆ ◆
今、僕と紗奈恵は離れて寝ている。ただ、その間には美奈が眠っている。僕はその小さな身体をいつも手で触れている。紗奈恵もそうだ。いつも手を触れて美奈と繋がっている。そして3人が繋がっている。

夜中に美奈がピーと泣く。僕は跳び起きてすぐにおむつを替える。紗奈恵は赤ちゃんを抱いて乳首を口に含ませているが疲れていて半分眠っている。幸い乳の出はよい。授乳が終わるとまた3人繋がって眠りにつく。

この3人の繋がりはこの先もずっと大切していかなければならない。紗奈恵も美奈も僕の宝ものだから。

これで僕たちの見合い結婚のお話はおしまいです。めでたし、めでたし。

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