「リーズ、お前はもうこの家の人間ではない、二度とここに足を踏み入れるな」
彼女は自分が何を言われたのかわからず、その場に呆然と立ち尽くす。
「お父様っ!!」
「記憶もないくせに偉そうに『お父様』などと呼ぶな!!」
彼女は反論もさせてもらえないうちに、父親に馬車へと押し込められる。
どうして、という気持ちが彼女の心を支配して離さない。
軽蔑したような目で見遣る彼女の父は馬車が消え去っていくのを見届けもせずに、黙って自室に帰っていった。
彼女──リーズ・フルーリーは17歳の誕生日の今日、父親に捨てられた。
馬車は整地されていない石ころで荒れている坂道を下っていく。
「きゃっ!」
馬車の中でリーズの茶色く長い髪や肩が激しく揺れる。
(あまりのあぜ道でお尻が痛い……)
馬車は何度も何度も横転しそうになりながら、ある辺境の地へとたどり着いた。
(どこかについた?)
御者が馬車の扉を開き、降りるようにリーズに伝える。
(降りろ、と言うの? ここで?)
周りはただの森で、四方どこを見ても家や街は見当たらない。
リーズが地に足をつけた瞬間、御者は何も言わずにさっと席に乗るとそのまま馬車を操って去っていく。
「えっ?! 待ってください! どこに行くのですか?!」
馬車は逃げるようにしてその場を離れ、やがてその姿も見えなくなった。
リーズは自分の置かれた状況がわからず、辺りをもう一度見回す。
(ここ……どこなの? 森?)
辺りは小鳥の鳴き声一つ聞こえない深い深い森の奥のようだった。
あまりの木の多さと大きさに日の光が遮られて少し薄暗い。
そんな状況の中でリーズは自分の置かれた状況について必死に考えようとするが、頭が混乱してそれどころではなかった。
(え? 私、置いて行かれてしまったの?)
リーズは恐れていることを心の中で思い浮かべたが、確かな情報ではないためその場にとどまることにした。
◇◆◇
しかし、いくら待てども迎えはやってこない。
その場にしゃがみ込んで長い髪でカーテンをするように自分の身体を包み込む。
だが、悲観しているわけではなくあくまで彼女はわからないという状況の中に身を置いていた。
(えっと、これは試練とかなのかしら? 伯爵令嬢は馬車で行ったらもしかして歩いて帰る慣例がある?)
とんちんかんな考えを巡らせるリーズだが、彼女に至ってはこれは本気で考えている。
なぜ、このような考えに彼女が至るのか──
そう、彼女には先月までの記憶がない。
つまり、令嬢としての振る舞いやおこないも全て忘れていた。
普通の生活に必要なある程度の記憶はあるのだが、家族のことはおろか自分が伯爵令嬢として生きてきた17年間の記憶がない。
彼女は以前のように令嬢として品ある行動の仕方がわからず、メイドに教えられたり、時には嘲笑われたりする日々。
そんな様子を見た彼女の父親は、リーズを用なしと判断してこの辺境の果てに彼女を【捨てた】のだ──
自分の父親の考えが、彼女自身にわかるわけもなく、彼女はそのまま森で三日三晩さまよい続けた。
(もうダメ……食べるものもないし、飲み水もない、限界だわ)
リーズはその場で仰向けに倒れて空を見上げる。
すると、雲行きの怪しかった空はやがて雨が降り出し、彼女に容赦なく降り注ぐ。
(ここで私は死ぬのね、お父様ごめんなさい。そして、お母様、今そちらに向かいます)
ゆっくりと目を閉じて意識を失ったリーズ。
その身体をゆっくりと抱きかかえる一人の騎士がいた。
彼女は騎士の乗る馬に乗せられながら、森を脱出した──
(あたたかい……、きっとここが天国なのね。ふわふわで気持ちいい。そっか、私死んじゃったのね)
「……うぶ」
(なんだかはっきり見えてきたわ。目の前に誰かいる? 誰?)
「大丈夫?」
「わっ!」
リーズの目の前には見目麗しい金髪に蒼い目をした男性がいた。
「よかった、目が覚めてくれて」
「え?」
「森であなたが倒れていたので、拾ってきたんだ」
(拾ってきたっ?!)
その言い方は人間に対して大丈夫なのかと不安になるリーズだが、おそらく自分の命の恩人なのだろうと理解してお礼を言うことにした。
「あ、ありがとうございます。助けていただいて」
「いや、びっくりした。あそこは獣も出るから無事でよかった」
(獣……?)
自分が獰猛な獣に食べられる様子を想像して、頭をふるふるとさせる。