屋敷に帰って、彩海が出してくれたチョコクッキーをほおばりながら、

亜里香は一人悩んでいた。

「こくはく、かあ。」

美紗に言われたことを思い出した。

そして、告白してきた男子に言われたことも。

亜里香と雄輝は恋人関係ではない。

好きになってしまったのだから、彼女になりたいと思うのは不思議ではないだろう。

「お悩み事でございますか?」

彩海が尋ねる。

「わたくしでよろしければ、お話、伺いますよ?」

「ん~、彩海さんって、彼氏います?」

彩海は少し顔をほころばせた。

「あら、恋煩いでございますか。

ええ、3年ほど、お付き合いしている婚約者がおります。

で、雄輝様に関する、どのようなお悩みですか?」

「ん~、なんというか、あたしと雄輝って、

カレカノじゃないじゃないですか。

なんかそれに違和感というか。

それに、ただの花嫁だからOKでしょ、って思ってるみたいで、

最近告白ラッシュなんですよね。」

「そうでございますか。

そもそも、亜里香様は雄輝様がお好きなんですよね?」

少々圧をかけて、彩海が尋ねる。

「え?あ、うん。」

「ならば、恋人関係でいたいのは当たり前です。

言いたいこと、思ってること、すべておっしゃってみればよいのです。」

「すべて、ねえ。

それができたら困ってませんよ。

あたし、あんまり自分の感情を表に出さないようにしてきたので。」

亜里香はあまり感情を表に出さなかった。

相良家では、嫌なことがたくさんあったが、

嫌な顔をすればもっと面倒なので、ずっとため込んでいたのだ。

「大丈夫でございますよ。ここに来てから、ずいぶんと表情が柔らかくなられましたよ。」

「え~、1ミリも自覚ないですよ?」

「嘘はつきませんよ。」

亜里香はふと、テーブルの上でじっとしている瑠海を見た。

瑠海はかわいらしくコテンと首をかしげた。

「にゃ?」

亜里香は瑠海を見たまま、話し始めた。

「雄輝と出会って、あの家を出てここにきて、

随分と環境が変わってしまったんです。

彩海さんが、瑠海が、雄輝がいる。

この幸せな環境に慣れすぎてはいけないと思うんです。

あたしには居場所がなかったことを忘れてはいけない。

それが、今のあたしを形作ったから。」

「ええ。忘れない方がよろしいと思います。

でも、幸せになるのと、苦しみ、

悲しみを忘れることは一緒ではありません。

幸せになってはいけない人など、いないのです。」