テーブルが片付くと、藍蓮様が徐に、口を開いた。

『実はね、忍葉ちゃん、今日は、君に合わせたい人がいるんだ。』
と言った。

ああ、さっきの思わせぶりな言葉はこれだったのかと思った。凄く嫌な予感がする。
隣の美月は嬉しそうに見えるのも、嫌な予感に拍車をかけた。

『今から呼んで良いかな?』

『誰ですか?』
自分でも思い掛けないほど硬い声が出た。

『多分、忍葉ちゃんが、予想している人だよ。』

『そんなわけ…ない。だって、花紋が現れていないのに…。』

『普通はね、花紋が現れていない花姫の花王子は、誰かわからない。
だけど、忍葉ちゃんは、別なんだよ。』

『…なんで?』

『昨日、神蛇先生が、忍葉ちゃんの花王子は、美月ちゃんの花王子より、上位の可能性が高いって言ってたでしょ。』

そう言えば、そんな様なことを言っていたような気がするけど…

『それと花王子が誰かわかることと何の関係があるの?』

『神獣人の男児は、胸に番の花紋を持って生まれてくるから、誰が花王子か?神獣人なら皆んな知っているんだよ。
そして、僕はね、鳳凰一族の時期当主なんだよ。
だから、僕より上位の花王子は、一人しか居ないんだ。』

『…それって…神蛇先生も龍咲さんも、昨日の地点で私の花王子が誰か知ってたってこと?』

『そうだね。』

あー、だから、藍蓮様は、化粧や髪のセットを頼んだのか…、龍咲さんが張り切っていたのも…、皆んなに嵌められたのか…、
悪意からじゃないのは、わかるから、こんな風に思うのは失礼なんだろうけど…
私にとったら、罠に嵌められたのと変わりないとしか思えない…。

『………昨日、黙っていたのに、なんで今、言うの?』

『忍葉ちゃんの花姫になることへの抵抗が強そうだったからね。ちゃんと準備してから話した方が良いと思って。十中八九間違いないとは思ったけど、一様、確認したかったし…ね。』

藍蓮様の言い方は、確認が済んで間違いは無いって言っているのも同じだと思った。

まるで死刑宣告を受けた気分になった…。

どうしよう会いたくない。知りたくない、見たくない…

逃げ出したい衝動に駆られながら、美月も知っていたのか気になった。

『美月は、今日、ここへ来るって知ってたの…?』

『うん。内覧が終わって、レストランに移動する車の中で、藍蓮様に教えて貰った。
だからレストランに来るのが少し遅くなったの。』

『美月ちゃんには、他のことを考えずに、内覧をして欲しかったからね。
だからって何も言わずに連れて来る訳ににも行かないから、ここに来る直前に話したんだ。』

『実はね、これは美月ちゃんにも、まだ、話していなかったけど、昨日の夜、忍葉ちゃんの花王子と一緒に、神蛇先生のところへ行ったんだ。』

私も美月も、藍蓮様が何を言い出すのか固唾を飲んで見つめていた。

『忍葉ちゃんの花紋が出る抵抗が強いのは、わかっていたからね。当然、花王子に会うことにも抵抗は起きるだろうし、祈祷の時のようなことが起きるかもしれないからね。』

美月の顔色が変わったのが目に入った。

藍蓮様は、美月の手を握って話し続けた。

『神蛇先生に相談した方が良いと思って…、やっぱり危険だとは、言われたよ。

それでも避けては通れないとも言ってたよ。
それは僕も同じ意見だよ。

忍葉ちゃんがどう思っていても、忍葉ちゃんはもう神獣人一族にとっては、花姫なんだよ。

それにね、花姫と違って生まれた時から花紋を胸に持って生まれる花王子は、花紋を通して、花姫の感情を時折、感じながら育つんだよ。会うことどころか何処にいるかすら、わからないのに…。

僕も花王子だからね、勝手かもしれないけど、無理でもいいんだ、忍葉ちゃんが、また、体調を崩しそうなら、花王子もすぐ帰るよ。そう話し合ったからね。

だけど、会うことや、花姫になる抵抗について向き合うことはしてあげてくれないかな、
その結果なら、まだ、受け入れられると思うんだよ。
ごめんね。勝手なお願いばかりして…。』

ここまで言われて嫌とは言えない。

神獣人は、敵に回さなくても、利害が合わないと手強い相手なんだと思った。

誠実で思慮深くはあるけど、強引で逃げ道がないよう外堀を全て埋められてしまった……大事にされ信頼できるのかも知れないけど、それが受け入れられない私には、巨大な何かに飲み込まれるような恐怖すら感じる。

逃げ出したいけど、それでは何の解決にもならないんだろうな…、

『わかりました。会うだけ、会います。
でも、美月のように花王子の家に入ることは私には考えられない。』

『家に入ることを今、考えなくていいから。良かった。会うだけ、会ってくれれば、今はいいからね。』

ホッとした顔をした藍蓮様が、
『ここにもう来て貰っているんだ。呼んでもいい?』
とまたもや思いがけないことを口にした。

『ここに来て貰っているって…。』

『うん。僕たちとは別の席で、お昼を取って貰っていたよ。お腹すいちゃうでしょ。』

そうかも知れないけど、そうなのかな…、

こういう状況を生み出しているのは、私だけど、私が花姫になることに抵抗があることを知っていて、その花姫だという私を前に、食事が、喉を通るものなのだろうか?

私は、食事の前にこんな話しを聞かされたら食事どころじゃなかったと思うけど…。

『そんな来ているなら、先に会わせてくれたら良かったのに…。』

『そしたら、忍葉ちゃん、食事どころじゃ無くなったでしょう。』

私への配慮か…美月への配慮でもあるんだろう。花姫に甘いというか…、昨日から、行き届き過ぎて最早、恐い…と思った。

『わかりました。これ以上、お待たせしては悪いので、呼んで下さい。』

『ありがとう。呼んで来るよ。』

と言うと藍蓮様は立ち上がって、

『美月ちゃん、忍葉ちゃんの隣に移動してて。僕の横に座って貰うから。』
と言うと、レストランの奥へ向かった。

入れ替わるように、店員さんが飲み物を運んで来た。

藍蓮様もすぐ、2人の男の人を連れて戻って来て、
『後2つ、ホットを持って来てくれるかな。』
と言うと、席に座った。

藍蓮様と同じく凄く整った顔をして、藍蓮様同様、強い神気を纏っている男の人2人も、席に座った。

真ん中の男の人の纏う神気が一番強いと感じた。

藍蓮様が
『紹介するね。通り側に座っているのが、忍葉ちゃんの花王子の黄竜門 紫紺(きりゅうもん しこん)君。そして、僕の隣が紫紺君の秘書の高桜 道忠(たかさくら みちただ)君だよ。』
と言った。

紫紺と呼ばれた男の人の紫色の瞳が目に入ったら、胸騒ぎがした。

『紫紺君は、神獣人一族を纏める麒麟の次期当主だよ。』

『えっ?』

『忍葉ちゃんは、神獣人一族トップの花姫だよ。』

『そんな筈あるわけない‼︎花姫だとすら信じられないのに、一族トップだなんて…。
何かの間違いです‼︎』
思わず、口をついて出た。

そのあとで、あー、さっき、鳳凰一族の当主の藍蓮様より上位の花王子は一人しかいないと言ったのは、こういう意味だったのか…とやっと気づいた。

その時、紫紺と紹介された男の人が口を開いた。

『忍葉、君は、俺の花姫だ。間違いない。
俺が花姫を間違えたりしない。』

そう言うと、立ち上がって、私の桃色の瞳を覗き込むようにして、頬を撫でながら、ジッと見つめた。

さも、愛しそうに。

紫色の目に見つめられていたら、何故かわからないけど、足元から強烈な恐怖が上がっきて、ガタガタと震えてきた。

思わず、身を退いて、美月に擦り寄る。

『紫紺君、忍葉ちゃんが怯えて震えてる。離してあげて。』

『すまない。会えて嬉しくて、つい…。』
そう言って、私の頬を撫でていた手を下ろして座った。

私は、力が入らず、固まったままその場を動けないでいた。

『大丈夫?忍葉ちゃん。』

『……恐い…ここから離れたい。』
そう言うのが、精一杯だった。

得体の知れない恐怖を感じて足がガタガタ震えている。

胸が苦しい…どうなっているんだろう、わけがわからないまま、涙目になってきた。

『やっぱり無理そうだね。紫紺君は、離れた方がいい。』

『ああ、道忠後は頼んだ。』
そう言うと、紫紺様は、振り返ることもなく、スタスタとレストランを出て行ってしまった。

後ろ姿が見えなくなっても、呆けたように見つめていると、

『忍葉ちゃん、忍葉ちゃん。』
と藍蓮様が何度も名前を呼んでいるのが、聞こえてきた。

ハッと我に返った。

『忍葉ちゃん、大丈夫?』
と心配そうに聞かれた。

震えも、胸の苦しさもいつの間にか消えていた。代わりにどうしようも無いない絶望感を感じた。

『…このままじゃ私、花姫なんて絶対に無理。ごめんなさい…。帰してしまって…紫紺様やお家の方に迷惑を掛けるどうしたらいいの…。』

『忍葉ちゃん、今、そんなことを気にしなくていいんだよ。』

『そうだよ。お姉ちゃん。花姫になって欲しかったけど、それは、幸せになって欲しいからだよ。
お姉ちゃん、今にも倒れそうだった。
命懸けで、花姫になって欲しいわけじゃない。』

『……そんな命懸けなんて大袈裟な、、』

そう言いながら、あの恐怖を思うと、そうじゃないとは、正直、言えない…と内心思っていた。